続拾遺和歌集 秀歌選

【勅宣】亀山院

【成立】建治二年(1276)七月、奉勅。弘安元年(1278)十二月二十七日、奏覧。

【撰者】藤原為氏

【書名】祖父定家の新勅撰集を古今集と見立て、父為家の続後撰集を受け継ぐ意思を示した命名であろう。すなわち御子左家による新しい三代集の掉尾を飾ろうとの思いである。

【主な歌人】藤原為家(43首)・後嵯峨院(33首)・藤原定家(29首)・西園寺実氏(28首)・藤原俊成(22首)・藤原信実(21首)・藤原為氏(21首)・亀山院(20首)・一条実経(20首)・藤原基家(20首)

【構成】全二〇巻一四五九首(1春上・2春下・3夏・4秋上・5秋下・6冬・7雑春・8雑秋・9羇旅・10賀・11恋一・12恋二・13恋三・14恋四・15恋五・16雑上・17雑中・18雑下・19釈教・20神祇)

【特徴】(一)構成 雑春・雑秋の部を立てたのは、拾遺集に倣ったものであろう。離別・哀傷の部立が無いのは新勅撰・続後撰を踏襲しているが、末尾に釈教・神祇を並べたのは千載集にまで立ち戻っている。全体的な構成としては千載集によく似ており、復古的な姿勢が見える。
(二)取材 万葉集・三代集の時代の歌は除外し、一条朝正暦以後の歌から選んでいる。これは千載集と同じ方針である。選歌資料となった主なものは、弘長元年(1261)の弘長百首、弘安元年(1278)の弘安百首、宝治元年(1247)の十首歌合、同二年の宝治百首など、後嵯峨院・亀山院主催の百首歌・歌合。また千五百番歌合・洞院摂政家百首・建保四年後鳥羽院百首・光明峯寺摂政家百首などからも多く採っている。
(三)歌人 撰者の父為家を最多入集歌人とし、祖父定家・曾祖父俊成も上位五位以内に入って、御子左家の血統重視の色が濃い。対して良経(19首)・家隆(16首)らは後景に退き、新古今色はいっそう薄められている。初出歌人としては、西園寺実兼(7首)・二条為世(6首)がめぼしいところ。また、次代の新風を築く京極為兼(2首)が勅撰集デビューを果たしているのは注目される。なお、篝火を焚いて京中の治安維持にあたった御家人の作が多いことから、「鵜舟集」の異名を以て揶揄されたと伝わる。
(四)歌風 平淡優美な味わいの作が多い。四季歌を中心に繊細な描写あるいは清新な趣向の佳詠が散見され、注意される。縁語・掛詞を駆使した技巧的な歌も目立ち、集に彩りを添えているが、総じて表面的な華やかさにとどまっている。恋歌・雑歌には類型的・感傷的な作が並び、殊に当代歌人の作には見るべき物が少ない。全体的にマンネリズムの印象は免れ難い。



     雑春 雑秋 羇旅   釈教 神祇


 上

百首歌に                  前内大臣

庭の(おも)はつもりもやらずかつ消えて空にのみふる春のあは雪(11)


建長六年三首歌合に、梅          後嵯峨院御製

袖ふれば色までうつれ(くれなゐ)のはつ花染(はなぞめ)にさける梅がえ(44)


光明峰寺入道前摂政家歌合に、霞中帰雁  洞院摂政左大臣

跡たえて霞に帰るかりがねの今いく()あらば古郷の空(52)


前大納言為家、家に百首歌よみ侍りけるに  藤原隆祐朝臣

暮れぬとてながめもすてじ桜花うつろふ山にいづる月影(69)


題しらず               京極前関白家肥後

春の夜は木ずゑにやどる月の色を花にまがへてあかず見るかな(71)


 下

千五百番歌合に            皇太后宮大夫俊成

白妙にゆふかけてけり榊葉(さかきば)に桜さきそふあまのかぐ山(74)


題しらず                 後鳥羽院御製

散る花にせぜの岩間やせかるらむ桜にいづる春の山(がは)(121)


弘長三年内裏百首歌奉し時、春月を     前大納言為氏

春の夜の霞のまより山のはをほのかにみせていづる月影(129)


題しらず                  鎌倉右大臣

玉藻かる井手の河風吹きにけりみなわにうかぶ山吹の花(138)



題しらず                   如願法師

暮れかかるしのやの軒の雨のうちにぬれてこととふ時鳥(ほととぎす)かな(178)


夕立                   後鳥羽院御製

夕立のはれゆく峰の木の間より入日涼しき露の玉ざさ(206)


夏の歌の中に              前右兵衛督為教

露ふかき庭のあさぢに風過ぎて名残すずしき夕立の空(208)


弘長三年内裏百首歌奉りし時、杜蝉     前大納言為氏

をりはへてねに鳴きくらす蝉のはの夕日もうすき衣手の杜(210)




 上

弘長元年百首歌奉りし時、霧        前大納言為家

朝ぼらけあらしの山は峰はれてふもとをくだる秋の河霧(276)


百首歌の中に               前中納言定家

ほのぼのと我がすむかたは霧こめてあしやの里に秋風ぞふく(278)


建長二年八月十五夜、鳥羽殿歌合に、月前風  院少将内侍

山のはを出でてさやけき月に猶ひかりをそへて秋風ぞふく(281)


 下

題しらず                   信実朝臣

月影も夜さむになりぬ橋姫の衣やうすきうぢの河かぜ(296)


家の六百番歌合に         後京極摂政前太政大臣

山とほき門田の末は霧晴れて穂なみにしづむ有明の月(327)


建長三年、吹田にて十首歌奉りける時
                 常磐井入道前太政大臣

うらがるる芦のすゑ葉に風過ぎて入江をわたる秋の村雨(342)




建保五年四月庚申に、冬夕といへる心を     参議雅経

霰ふるまさ木のかづらくるる日の外山にうつる影ぞみじかき(433)


弘長元年百首歌奉りし時、雪        前大納言為氏

さゆる夜のあらしの風に降り()めて明くる雲まにつもる白雪(434)


百首うたよませ給うけるに          順徳院御製

山川の氷もうすき水の面にむらむらつもる今朝の初雪(437)


雑春

建保百首歌たてまつりける時        前中納言定家

花の色にひと春まけよ帰る雁ことし越路(こしぢ)の空だのめして(488)


宝治百首歌たてまつりける時、春月      前内大臣

ながめきて年にそへたるあはれとも身にしられぬる春の夜の月(523)


雑秋

弘長元年百首歌奉りける時、荻を       前内大臣

荻の葉にむかしはかかる風もなし老はいかなる夕べなるらん(567)


題しらず                   西行法師

何事もかはりのみゆく世の中におなじ影にてすめる月かな(595)


月の歌とて             皇太后宮大夫俊成女

ながむれば空やはかはる秋の月みしよをうつせ袖の涙に(600)


題しらず                   光俊朝臣

世をばさて何ゆゑ捨てし我なればうきにとまりて月をみるらん(608)


羇旅

秋の暮つかた、修行に出で侍りける道より、権大納言成通がもとにつかはしける
                       西行法師

嵐ふく峰の木の葉にともなひていづちうかるる心なるらん(691)




 一

恋の歌の中に               前大納言為氏

思ひかね猶世にもらばいかがせんさのみ涙のとがになしても(812)


 二

恋の歌の中に                 和泉式部

みな人をおなじ心になしはてて思ふ思はぬなからましかば(860)


題しらず                中務卿宗尊親王

思ふにもよらぬ命のつれなさは猶ながらへて恋ひやわたらん(876)


女の許につかはしける          後徳大寺左大臣

恋ひ死なむゆくへをだにも思ひ出でよ夕べの雲はそれとなくとも(890)


 三

久安百首歌に               待賢門院堀河

つれなさをいかに忍びて過ぐしけん暮まつ程もたへぬ心に(892)


恋の歌の中に                式子内親王

つかのまの闇のうつつもまだしらぬ夢より夢にまよひぬるかな(913)


 四

題しらず                 藤原為兼朝臣

忘れずよ霞の間よりもる月のほのかにみてし夜はの面かげ(976)


題しらず                 典侍親子朝臣

あかざりし袖かと匂ふむめが香に思ひなぐさむあか月の空(978)


春の比、物申しそめける人の梅の花を折りてさしおかせ侍りける、又の年おなじ所にてよみ侍りける
                     前中納言定家

心からあくがれそめし花の香になほ物思ふ春のあけぼの(979)

我のみやのちも忍ばむ梅の花匂ふ軒ばの春のよの月(980)


題しらず                  順徳院御製

ことのはも我が身時雨の袖のうへに誰を忍ぶの杜の木がらし(1016)




 上

建保百首歌奉りける時       西園寺入道前太政大臣

いかばかりむかしをとほく隔てきぬその神山にかかるしら雲(1094)


千五百番歌合に              嘉陽門院越前

捨てやらぬ我が身の浦のうつせ貝むなしき世とは思ふ物から(1118)


承元の比、述懐歌あまたよみ侍りける中に  前中納言定家

なきかげの親のいさめはそむきにき子を思ふ道の心よわさに(1161)


 下

弘長元年百首歌たてまつりける時、懐旧   前大納言為家

見し事のただめのまへにおぼゆるは寝覚のほどの昔なりけり(1256)


夢を                    花山院御製

ながきよのはじめをはりもしらぬまにいく世のことを夢にみつらん(1266)


女の思ひにて詠み侍りける         前大納言忠良

さめやらで哀れ夢かとたどるまにはかなく年の暮れにけるかな(1313)


釈教

十如是の心をよみ侍りける中に、如是性を
                 後京極摂政前太政大臣

さまざまに()まれきにける世々もみなおなじ月こそ胸にすみけれ(1343)


神祇

弘長元年百首歌奉りける時、神祇      前大納言為家

榊葉のかはらぬ色に年ふりて神代久しき天のかぐ山(1458)




最終更新日:平成14年8月31日

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