K211.日最高・最低気温の長期昇温率は季節 により違うか?


著者:近藤純正
日最高・最低気温の長期間の昇温率について調べた。昇温率は自然昇温率 (おもに地球温暖化量)と都市化昇温率で表される。昇温率の特徴として、 田舎と都市では大きく違い、田舎では単純だが都市では季節による違いが複雑 である。

田舎では、日最高・最低気温の昇温率は季節によらずほぼ同じである。つまり、 全体として気温の基準レベルは自然昇温量とともに上昇しながら、日最高・ 最低気温の季節変化は昔とほとんど同じ形のままである。

都市では季節による違いが複雑である。2月と4~9月には、日最高気温と日最低気温 の昇温率は「都市化昇温率+自然昇温率」にほぼ等しい。日最高気温の昇温率 は3月には大きめに、11~1月には自然昇温率に近い小さな値となる。日最低 気温の昇温率は10~12月には「自然昇温率+都市化昇温率」を上回り、 都市化昇温率が2倍になった大きさになる。日較差の増加率は2~9月にはゼロ に近いが、10~1月には大きなマイナス値になる。つまり10~1月の日較差は 時代とともに小さくなる。この10~1月における日較差の急激な減少傾向が 日較差年平均値の減少傾向に大きく寄与していることになる。大都市ほど こうした傾向が強い。 (完成:2020年11月5日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年11月3日:素案の作成
2020年11月4日:備考4と、用語の定義に「注意」を加筆
2020年11月5日:日較差昇温率を日較差増加率に訂正、細部を修正

    目次
        211.1 まえがき  
        211.2  都市化と最高・最低気温の関係(復習)
        211.3  用語の定義
        211.4 解析方法
        211.5 気温上昇率の季節ごとの比較
        211.6 田舎と都市における昇温率の季節変化
      (1)田舎観測所
      (2)都市観測所
        まとめ
        文献
        付録 
      付録1 図211.9
      付録2 一覧表       


211.1 まえがき

長期的な気温上昇には地球温暖化と都市のヒートアイランド現象が考えられて いるが、それらを区別した定量的・系統的な評価は行われていない。

筆者は日だまり効果や都市化による気温上昇の補正を各観測所について行い、 はじめて正しい日本平均の地球温暖化量を評価した。さらに、それを基にして 都市化による気温上昇量を91地点、あるいは43地点について評価した (近藤、2012b; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」「K174.都市化による都市の昇温量、再評価2018」「K203.日本の地球温暖化量再評価、2020」 )。

こうした基礎的な研究ができたので、本研究では、長期的な気温上昇率が季節 によって違うかどうかについて調べることにした。前報では平均気温について であり、本論では日最高・最低気温について調べる。これは今後の気候変化に よって生じる熱中症など健康障害や農作物の高温・低温障害の予測を行う 準備研究となる。


211.2 都市化と最高・最低気温の関係(復習)

本論では都市化昇温と自然昇温(地球温暖化)を区別して解析するので、 都市化と気温の関係について復習しておこう。

まず、気温の日変化幅(日最高・最低気温の差)に関して、近藤(1994)の 表6.12に示す理論的な敏感度解析によれば次の特徴がある。
(1)地表面の蒸発効率が小さくなれば(畑地・草地からコンクリート質に 都市化されて蒸発散量が減少すれば)、地表面温度は全体として昼夜ともに 上昇し、また日較差(最高・最低気温の差)は大きくなる。
(2)都市化が進み建築物が増えて地上風速が減少すると、(1)と同様に 地表面温度は全体として昼夜ともに上昇し、日較差は大きくなる。地表面温度 の上昇量は、風速ゼロに近い微風時を除けば、近似的に風速の逆数に比例する (式6.33、式6.102)。

(3)地表面層がコンクリート質に変わり、熱物理係数(体積熱容量と熱伝導率 の積)が大きくなると、日較差は小さくなり夜の最低気温は下がりにくくなる。
(4)地表面層に供給される熱エネルギー(人工熱)が増えると、地表面温度は 上昇する。

地表面温度が上昇すれば、それに接する地上気温も上昇する。

次に、実際の現象を見てみよう。図211.1は都市の大きさ(人口)と都市化 昇温量の関係を表し、大都市ほど気温上昇量(都市化昇温量)が大きくなる。 ただし都市化昇温量は自然昇温量(おもに地球温暖化量)を含まない都市化 による年平均気温の上昇量である。

都市人口と都市化昇温量
図211.1 都市の人口(1995年)と都市化昇温量(1920~1940年を基準 とした1990年までの昇温量)の関係、横軸の人口は対数目盛である。 赤破線:平均風速(高度50m)が弱い都市、緑実線:平均風速が強い都市 (近藤 2012a の第5図;「M59.都市気候」 の図59.2に同じ)。


都市の人口の代わりに観測所周辺の半径5km域内の都市化面積率を横軸に 選んだ図は近藤(2012b)の図2.12、または 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」の図12に掲載されている。

風速の観測高度(測風塔の高さ)は観測所ごとに違うので、観測高度を50mに 統一した風速でみる必要がある。ここでは、測風塔風速から高度50mに換算した 風速を用いている(近藤ほか、1991)。

前記の図211.1によれば、都市化昇温量は風速が弱い都市では上方に、 強い都市では下方にプロットされている。なお、風速=0付近を除けば、 都市化昇温量が風速の逆数にほぼ比例する関係は 「7.都市気温上昇と風速の関係」の図7.16に、また近藤(2012b)の 図2.12、および「K48.日本の都市における熱汚染量の 経年変化」の図12に示されている。

日だまり効果による風速と気温上昇の関係についても同じで、 「K121.空間広さと気温-“日だまり効果”のまとめ」 の図121.16と121.17に示されている。

日本の都市化が急速に進んだ時代(昇温率が大きい時代)は、東京など大都市・ 主要都市では1960~1980年の経済高度成長時代と一致し、中都市では少し 遅れて1970~1985年である(近藤、1012b; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」の図6~7、図8)。

図211.2は日本の15都市における日最高気温と日最低気温の経年変化である。 時代とともに都市化が進み、日最高気温と日最低気温はともに上昇している。 特に最低気温の上昇が大きい、つまり、都市では夜間の冷却が弱くなっている。

これは年平均についての関係であり、本研究では、この関係が季節によって 同じか否かを調べることを目的としている。

15都市の日較差の経年変化
図211.2 日本の15都市(札幌、帯広、仙台、宇都宮、東京、横浜、甲府、 名古屋、岐阜、金沢、京都、大阪、福岡、熊本、大分)における日最高気温 と日最低気温の経年変化、縦軸は自然昇温量(地球温暖化量:バックグラウンド) との差である(「M73.地球温暖化・都市 昇温の実態と観測環境(記念講演)」の図11に同じ)。


15都市について、1950~2000年の50年間における都市化による気温上昇量は 次の通りである、ただしこの期間の自然昇温量(=0.5℃) は含まない(「M59.都市気候」 の表59.1)。

 最高気温の上昇量:0.50℃(0.010℃/y)
 最低気温の上昇量:1.60℃(0.033℃/y)
 平均気温の上昇量:1.04℃(0.021℃/y)


次に、年間の最低気温(年最低気温)については次の通りである。
気象観測所(気象官署)において観測された日本一の最低気温は北海道の旭川 における1902(明治35)年1月25日の-41℃である。旭川ではこの時代の年最低 気温は-30~-35℃であったが、近年の年最低気温はそれより約10℃も上昇 している。ただし、観測所は数回移転していることに注意すること (「写真の記録」の「33.旭川の都市化と 都市化昇温」)。

東京でも同様に1900年ころの年最低気温は-6℃前後であったが、最近では -2~0℃となり100年間に5℃ほど上昇している。

しかし、都市化されていない旭川の周辺にある江丹別アメダスや高知県の 室戸岬や静岡県の石廊崎など田舎では、都市で見られた年最低気温の上昇傾向 は見えない(「身近な気象」の 「8.都市化と放射冷却」)。

本州一の最低気温は岩手県の藪川で1945年1月26日に-35℃を記録している (観測場所は現在のアメダス地点と異なる)。 日本の各地域による地域一位の最低気温は、上空が寒冷気団に覆われ、 新雪が深く積った微風晴天の放射冷却の大きい夜に起きている (近藤・山沢、1983;近藤、1987)。


備考1:八甲田山雪中行軍遭難事件
旭川で日本一の最低気温が記録された1902年1月25日のころ、青森歩兵第2連隊は 1月23日から雪中行軍を開始している。多数の歩兵は深い積雪と低温と暴風雪 によって凍傷・凍死したのである。



年最低気温の上昇率と年平均気温の上昇率を比べると、都市化されていない 石廊崎や室戸岬などでは両者はほとんど変わっていないが、都市では年最低 気温の上昇率が年平均気温に比べて1倍以上となり、特に積雪地域では4~6倍に もなる(「K10.都市化の判定基準」の図10.17)。

以上、年最低気温について要約すると、都市では最低気温は下がり難くなって いるが、田舎ではこの傾向は見えない。
このことは、本研究で対象とする日最低気温の上昇量が冬期に顕著になる可能性 を示しており、冬期に注目すべきか? 結果はどうなるのだろうか?


211.3 用語の定義

都市化・日だまり効果の影響を除去した長期的な気温上昇の日本平均値は、 おもに温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化からなり、その他も含まれる。 これを「日本平均の自然昇温量」と呼ぶことにする。

一般に、「日本平均の自然昇温量」は「地球温暖化量」と言われている。 以下では「日本平均の自然昇温量」は略して「自然昇温量」と呼ぶことにする。

「自然昇温量」(G:global warming)は都市化影響の少ない観測所 34地点について都市化・日だまり効果を除去した年平均気温から評価した 日本平均の昇温量である。「K203.日本の地球温暖化量 再評価、2020」の結果を用いる(後掲の図211.3)。

「都市化昇温量」(U: urban warming)は年平均気温から評価した 各観測所の昇温量である。資料は近藤、2012b; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」「K174.都市化による都市の昇温量、再評価2018」 を用いる。

注意
都市化昇温量は、基準年にゼロとし、それからの都市化による昇温量である。 したがって、基準年に多少の都市化があってもそれ以来周辺環境が大きく 変化していなければ都市化昇温量はゼロである。東京の基準年は関東大震災 (1923年)の前を多く含む1910~1925年平均を基準としている。東京以外の多くは 1915~1940年平均を基準、その他は観測所創設のころを基準にしている (近藤、2012b)。

都市化昇温量と自然昇温量は月ごとに評価した値ではなく、年平気温を基に 評価したのは精度を上げるためである。仮に各月ごとの都市化昇温量と 自然昇温量を評価したとすれば大きな誤差を含むことになる。その理由は、 各月の気温の年々変動の幅が年平均気温の年々変動の幅に比べて大きいことに よる。


備考2:気象庁発表の地球温暖化量
気象庁による地球温暖化量の評価は、表211.1に示す15観測所の観測気温を用い ている (以前は長野と水戸を加えた17観測所の観測値を用いていた)。 これら15観測所について筆者の評価によれば、平均値で0.43℃の都市化昇温量 がある。それゆえ、詳細解析ではこれが誤差となり、不正確な結果を導き出す 場合があるので、利用しない。


表211.1 気象庁が選んだ15観測所の都市化昇温量(日だまり効果含む) (近藤、2012b;「K39.気温の日だまり効果の補正(2)」 の表39.1、「K48.日本の都市における熱汚染量の 経年変化」の表8;「K174.都市化による都市の 昇温量、再評価2018」の表174.1)
気象庁15観測所の表





211.4 解析方法

気温の観測値
気温の観測値は気象庁ホームページの「各種データ・資料」の「過去の気象 データ検索」による公表値を利用する。

後掲の図211.4~9にプロットした値の縦軸は気温の観測値(未補正の公表値) から求めた昇温率である。

解析する43地点
観測露場の移転などによって気温が大きくプラスまたはマイナス側に不連続に なった地点などは除外し、43地点について解析する。移転時の気温不連続の値 が小さい観測所は43地点に含まれている。東京の観測露場は大手町から森林 公園内の北の丸に2014年12月3日に移転して不連続が生じたが、その分は補正 して解析することとし、43地点に含める。地点名の「東京」は東京大手町を指す。

東京大手町の2014年12月以後の気温は表211.2によって補正する (「K54.日だまり効果と気温:東京新露場」の 表54.1;「K174.都市化による都市の昇温量、 再評価2018」を参照)。

大手町平均気温=北の丸平均気温+dm
大手町日最高気温=北の丸日最高気温+dx
大手町日最低気温=北の丸日最低気温+di

表211.2 東京の北の丸露場における気温観測値を大手町の旧露場へ換算 する場合の月別補正値 dm, dx, di の表。正確には、補正値は月平均の日射量 (日照時間)と風速に依存するので、精密な補正は難しい。
北の丸補正表


解析の期間
気温計・観測方法などの変更による気温のずれ(誤差)を避けるために、 本論では主に1970年以後について解析する。1970年代には、放射除けの百葉箱 から通風筒に変更した時代である。
本解析では、最終的に月単位の日最高・最低気温の昇温率を求める。評価誤差を 小さくするために、10地点以上の平均値をもって結果とする。期間は50年間であり、 最短の長さである。


備考3:日最高・最低気温の誤差
気温観測装置・観測回数・日界(1日の区切りの時刻)・統計方法は時代と ともに何度も変更されており、気温の観測値は均質ではない。そのため、 誤差がある。

(1)日最低気温の誤差
本論では、日最高・最低気温を解析するので、日界の変更によるずれ(誤差) に注意しなければならない。日ごとの日最高・最低気温を決める日界は現在 では24時であるが、9時、10時、22時の時代もあった。大きく変化するのは 日最低気温である(「K23.観測法変更による気温の 不連続」、および「K45.気温観測の補正と正しい 地球温暖化量」の図45.3を参照)。日界が24時(1964年以後)に変更 された場合、日界9時のときの日最低気温は、全国平均で0.35℃(最大0.7℃) の違いが生じ、日界24時のほうが低温となる(近藤、2012b)。

(2)日最高気温の誤差
放射よけの百葉箱と通風筒による全国12観測所における1971~1985年に 行われた比較観測によれば、百葉箱の中の最高気温は当時の通風筒内に比べて 年平均値で0.20±0.14℃高温に観測される(近藤、2012b)。 通風筒も何度も変更されており、気象庁JMA95型では近藤の精密通風気温計 に比べて晴天日中に0.3~0.4℃高めに観測された( 「K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、農環研09S型」)。



注意事項
(1)長期の年平均気温の上昇率には自然昇温率と都市化昇温率が含まれている。 これを考慮しない場合、都市化による影響が時代とともに大きくなっている とき、仮に自然昇温量がゼロであっても気温は上昇することから地球温暖化 が進んでいると間違った判断をすることがある。

(2)前節の「用語の定義」において説明したように、「自然昇温率」は 年平均気温から評価した日本の平均値、都市化昇温率は年平均気温から 評価した各観測所の値であり、いずれも季節によらない。


211.5 気温上昇率の季節ごとの比較

図211.3は1881~2019年(139年間)の日本平均の気温の経年変化である。

日本平均の地球温暖化
図211.3 日本平均の気温の長期変化(34地点平均)、都市化や日だまり 効果を含まない気温である(「K210.温暖化の気温 上昇率は季節により違うか?(平均気温)」の図210.2に同じ)。


最近の50年間(1970~2019年)は気温上昇率が大きい時代である。

図211.4は2月、5月、8月、11月について月ごとの日最高気温と日最低気温の 昇温率を記号分けして示した。なお、数値データは付録の表211.6~表211.8に 示してある。

各図において、緑の縦線(横軸=0.022℃/y)は1970~2019年期間の自然昇温率 (地球温暖化量)を表す。田舎の7観測所のプロットはこの付近にあって 破線の上下に分布し、縦軸の平均値は概略0.022℃/yになっている。


最高最低昇温率
図211.4 月別の日最高・最低気温の上昇率と「自然昇温率+都市化昇温率」 の関係、1970~2019年(50年間)。緑の縦線は自然昇温率(0.022℃/y)である。 横軸は年平均気温から評価した昇温率であり季節によらない値である。


月ごとのプロットはバラツキが大きくなっているが、日最高気温と日最低気温 に大きな差があるのは11月(右下の図)である。この図を見やすくするために、 自然昇温率を表す座標(0.022、0.022)を原点とした図を作成してみよう。

図211.5は、10月、11月、12月について月ごとのプロットである。横軸は都市化 昇温率、縦軸は「日最低気温昇温率-日最高気温昇温率」、すなわち日較差の 増加率にマイナスを付けた値(=日較差の減少率)である。

最高低の昇温率差
図211.5 10月、11月、12月の月別の「日最低気温の昇温率-日最高気温 の上昇率」と「都市化昇温率」の関係、1970~2019年(50年間)。横軸は 年平均気温から評価した各都市の都市化昇温率であり季節によらない値である。


図211.4と図211.5から次のことがわかる。

田舎観測所
①田舎のプロットは図211.4では座標(0.022、0.022)の付近に、図211.5では 座標(0,0)の付近にある。すなわち、田舎観測所の昇温率は自然昇温率に 近似的に等しく、季節にほとんどよらない。

②田舎観測所の日較差(=日最高気温-日最低気温)の増加率はゼロ、 つまり日較差は時代によらずほとんど一定である。

都市観測所
③都市のプロットは座標(0.022、0.022)を原点として、日最高気温の昇温率 は右方に向かって破線より緩い傾斜で増加するのに対し、日最低気温の昇温率 は破線より急激な傾斜で増加している。

④都市観測所の日較差の増加率は季節によって異なり複雑である。 10~12月の日最高気温の昇温率は「自然昇温率+都市化昇温率」より小さいが、 日最低気温の昇温率は逆に大きい。したがって、日較差の増加率(マイナス値= 減少を表す) は都市化昇温率に近似的に比例して大きくなる。つまり、都市化が進むほど 日最低気温は下がり難くなり、日較差は時代とともに小さくなってきた。 これは10~12月についての明確な関係である。

以上により田舎と都市で大きな違いがあることが分かった。次節では詳細に 見るために月単位で調べてみよう。


211.6 田舎と都市における昇温率の季節変化

(1)田舎観測所
短い月単位での解析では誤差が大きくなるので、50年間に移転による不連続が なかった13か所を選んだ。これまでに解析してきた田舎の7観測所のうち、 移転のあった潮岬と屋久島を除き、新たに稚内、小樽、浦河、むつ、奥日光、 福江、名瀬、与那国島を加えた合計13観測所の日最高・最低気温の13観測所 平均の昇温率を求めた。

図211.6は田舎の13観測所平均の日最高気温の昇温率と日最低気温の昇温率の 季節変化である。その数値は付録の表211.3に示した。図の縦軸=0.022℃/yに 描いた水平の一点鎖線は自然昇温率である。

図から次のことが分かる。都市化昇温率がゼロに近い田舎観測所では、 日最高気温の昇温率と日最低気温の昇温率はともに、ほとんど季節によらず 自然昇温率に等しい。月ごとのバラツキは主に日最高・最低気温の年々変動 が大きいことから生じた誤差によるものであろう。したがって、日較差の 経年変化はほとんどゼロに近い。付録の表211.3の最下段に示した昇温率の 年平均値(0.024℃/y, 0.023℃/y)が自然昇温率(0.022℃/y)よりも僅かに 大きいのは、選んだ13観測所の都市化が完全にゼロではないことによる ものである。

詳しく見ると、日最高気温と日最低気温の昇温率は以下に示す都市の 図211.8に似て、3月には大きめに12月は小さめになっているのは、 誤差あるいは季節変動のほかに、多少の都市化影響が含まれることによる のかも知れない。

図211.6の下図は日較差増加率の季節変化である。ただし、日較差増加率は 次式により定義した。

日較差増加率=日最高気温昇温率-日最低気温昇温率

日較差増加率は季節によらず、ほぼゼロと見なしてよい。したがって、 田舎では日較差の経年変化はナシとしてよく、日最高・最低気温は自然昇温量 (地球温暖化)の上昇率と同じ上昇率で経年変化していて、単純である。

図211.6の上・下の図に表れた誤差と見なされるバラツキは±0.01℃/y以内、 30年間の気温変化に換算すると±0.3℃となり、大きい誤差とはならず、 得られた結果は将来予測などに利用してよい。

昇温率13田舎
図211.6 田舎13観測所(稚内、小樽、寿都、浦河、むつ、宮古、奥日光、 御前崎、室戸岬、福江、名瀬、南大東島、与那国島)平均の日最高気温の 昇温率と日最低気温の昇温率の季節変化(上図)と日較差増加率の季節変化 (下図)。



備考4:田舎7地点と田舎8地点の図
図211.6は田舎13観測所についての図である。これより少数の田舎7観測所 (寿都、宮古、御前崎、潮岬、室戸岬、屋久島、南大東島)と別の 田舎8観測所(稚内、小樽、浦河、むつ、奥日光、福江、名瀬、与那国島) の図を作成してもほとんど同じ結果が得られた(図は省略)。

なお、本論で呼ぶ田舎とは、都市化昇温量がゼロ、または小さい 観測所を指している。都市化昇温量ゼロは寿都、宮古、室戸岬、屋久島、 南大東島である。


(2)都市観測所
前掲の図211.4と図211.5に示したように、縦軸の観測値は横軸の都市化昇温率 に比例していると見なされる。したがって、季節変化を調べるには横軸 (都市化昇温率)が大きい観測所を選んで調べればよいことになる。

図211.7は5都市平均の日較差の2月、5月、8月、11月についての経年変化 である。どの月も日較差は時代とともに小さくなっているが、特に11月の減少 傾向が1桁大きい。それゆえ、特に秋に注目しよう。

日較差経年変化
図211.7 都市5観測所(宇都宮、熊谷、名古屋、高松、熊本)平均の日較差 の経年変化(1970~2019年)。


年平均気温の年々変動は激しいが、それ以上に月平均の日最高・最低気温の 年々変動は激しく、個々の都市ではバラツキ(誤差)が大きくなる。 その例は付録の図211.9に示してある。

それゆえ、多数の都市の平均値から結果を見る必要がある。

都市化昇温率が大きい5都市(宇都宮、熊谷、名古屋、高松、熊本)と、都市化 昇温率が比較的に大きい主要な9都市(札幌、仙台、水戸、つくば、東京、 横浜、岐阜、彦根、福岡)、合計14都市について季節変化を求めた。

図211.8は日最高気温の昇温率(上図)、日最低気温の昇温率(中図)および 日較差の増加率(下図)の季節変化である。なお、個々の都市の季節変化は付録の 図211.9に、数値データは付録の表211.4と表211.5に示してある。

上図と中図に描かれた2つの水平緑実線の縦軸の値 0.042℃/yは「5都市平均の 都市化昇温率+自然昇温率」と、0.037℃/yは「9都市平均の都市化昇温率+ 自然昇温率」を示し、また水平一点鎖線は自然昇温率(=0.022℃/y)を表して いる。
なお、下図に一点鎖線(0.022℃/y)が描かれていないのは、縦軸が 0.02℃/y以下の範囲であることによる。

月別昇温率14都市
図211.8 14都市平均の日最高気温、日最低気温、日較差の増加率の季節 変化(1970~2019年)。5都市(宇都宮・熊谷・名古屋・高松・熊本)平均と、 9都市(札幌・仙台・水戸・つくば・東京・横浜・岐阜・彦根・福岡)平均を 記号分けしてある。 上図と中図に描かれた水平緑実線は「自然昇温率+複数都市平均の都市化昇温率」 (9都市平均の0.037℃/yと、5都市平均の0.042℃/y)、水平一点鎖線は自然 昇温率(0.022℃/y)である。
上・中・下図に描いた赤・青・黒破線は、季節変化の傾向を分かりやすくする ために、プロットを滑らかに結んだ曲線である。



1970~2019年(50年間)の都市化昇温率=0.014~0.022℃/yの14都市(数値は 付録の表6~8参照)について描いた図211.8から次のことが分かる。

(1)4~9月には、日最高気温と日最低気温の昇温率は「都市化昇温率+自然 昇温率」にほぼ等しい。
(2)日最高気温の昇温率(上図)は3月に大きめに、11~1月には自然昇温率 (水平の一点鎖線)に近い値となる。
(3)日最低気温の昇温率(中図)は3月に少し大きめ、10~12月には「 自然昇温率+都市化昇温率」を上回り、都市化昇温率が2倍になった大きさ となる。

(4)日較差の増加率(下図)は10~1月に大きなマイナス値になる。 つまり日較差は時代とともに減少しているが、2~9月にはこの傾向はほぼ 無視できる。
(5)日較差の増加率は10~1月には-0.02~-0.03℃/y前後、すなわち30年間 に0.6~0.9℃の割合で日較差が小さくなっている。
(6)前掲の全43地点をプロットした図211.5に示したように、日較差の減少率 (=日最低気温の昇温率-日最高気温の昇温率)は都市化昇温率に 比例するので、大都市ほど日較差の減少傾向が大きいことになる。

これまでに年平均の日較差は時代とともに減少していることは分かっていたが (図211.2)、今回の解析により、中秋~真冬(10~1月)の寄与が大きいことが 分かった。


まとめ

日最高・最低気温の観測値に含まれる誤差が比較的に小さい近年の50年間 (1970~2019年)についての日最高・最低気温の昇温率について解析した。 月単位の昇温率の評価誤差を小さくするために、10か所以上の観測所の平均値 を見ることにした。

昇温率は自然昇温率(おもに地球温暖化量)と都市化による都市化昇温率で 表される。昇温率の特徴として、田舎と都市で大きな違いがあることが わかった。

(1)田舎では単純である。日最高・最低気温の昇温率は季節によらずほぼ同じ 自然昇温率で上昇している。つまり長期的傾向をみると、全体として気温の 基準レベルは自然昇温量とともに上昇しながら、日最高・最低気温の季節変化 は昔とほとんど同じ形のままである。

なお、今後の農耕地(都市内を除く)における作物の高温・低温障害の 予測などに利用する自然昇温量(地球温暖化量)として、気象庁発表値は 都市化・日だまり効果を含み過大評価になっているので、これら効果が補正 された正しい値を利用しよう(データセットKON2020 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。

都市では季節による違いが複雑である。
(2)2月と4~9月には、日最高気温と日最低気温の昇温率は「都市化昇温率+自然 昇温率」にほぼ等しい。
(3)日最高気温の昇温率は3月に大きめに、11~1月には自然昇温率 に近い値となる。
(4)日最低気温の昇温率は3月に少し大きめ、10~12月には 「自然昇温率+都市化昇温率」を上回り、都市化昇温率が2倍になった 大きさとなる。
(5)日較差の増加率は2~9月にはほぼゼロであるが、10~1月に 大きなマイナス値になる。つまり日較差は時代とともに減少している。 日較差の増加率は10~1月には-0.02~-0.03℃/y前後、すなわち30年間に 0.6~0.9℃の割合で日較差が小さくなっている。
(6)日較差(=日最高気温-日最低気温)の増加率(増加を正)は都市化昇温率に 近似的に比例する。

田舎と都市における日最高・最低気温の季節変化の図に現れた誤差と 見なされるバラツキは±0.01℃/y以内であり、30年間の気温変化に換算 すると±0.3℃以内で小さい。したがって、本研究で得られた結果は気候変化 によって生じる熱中症など健康障害や農作物の高温・低温障害の将来予測 などに利用してよい。

注意:本研究により都市では複雑な季節変化をすることが分かったが、 単純な部分もある。例えば2月と4~8月(近似的には9月も含む)には 日最高・最低気温の昇温率は「自然昇温率+都市化昇温率」にほぼ等しく なっており単純である。したがって、2月と4~8月(または2~9月)に ついて熱中症など健康被害や農作物の高温・低温障害を対象とする場合の解析 では特別の考慮は必要ない。しかし、それ以外の3月と10~1月については単純では なく、図211.8を考慮して解析すればよい。


文 献

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギ-の流れ-.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支-.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2012a:温度と風の関係-常識は正しいか?-.天気、59, 861-864.

近藤純正、2012b:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、 224号、25-56.

近藤純正・桑形恒男・中園 信、1991:地域代表風速の推定法.自然災害科学、 10,171-185.

近藤純正・山沢弘実:1983:夜間の地表面放射冷却と積雪および日本各地の 最低気温の極値.天気、30,295-302.



付録

付録1 図211.9

図211.9は9主要都市(札幌、仙台、水戸、つくば、東京、横浜、岐阜、彦根、 福岡)の日最高気温(上図)と日最低気温(中図)と日較差(下図)の増加率 の季節変化である。都市ごとに大きなバラツキがあるのは、月単位の日最高・ 最低気温の年々変動が激しいことによる。

それゆえ、9主要都市平均値は○印または□印と太い破線で示した。なお、 数値データは表211.4に掲載してある。

月別昇温率9都市
図211.9 9都市(札幌、仙台、水戸、つくば、東京、横浜、岐阜、彦根、 福岡)の日最高気温(上図)、日最低気温(中図)、日較差(下図)の増加率 (増加を正)の経年変化(1970~2019年)。図中の水平一点鎖線は自然昇温率(0.022℃/y)、 水平実線は「自然昇温率+9主要都市平均の都市化昇温率」である。


付録2 一覧表

本文中の図にプロットした昇温率一覧表(1970~2019年の期間)を以下の6表 (表211.3~表211.9)に示す。

表211.3 田舎13観測所(稚内、小樽、寿都、浦河、むつ、宮古、奥日光、 御前崎、室戸岬、福江、名瀬、南大東島、与那国島)平均の日最高気温の 昇温率と日最低気温の昇温率の月別値の一覧表(1970~2019年)。
月別昇温率表13田舎


表211.4 5都市(宇都宮、熊谷、名古屋、高松、熊本)平均の日最高・ 最低気温の昇温率と日較差増加率の月別一覧表(1970~2019年)。
月別昇温率表5都市


表211.5 主要9都市(札幌、仙台、水戸、つくば、東京、横浜、岐阜、 彦根、福岡)平均の日最高・最低気温の昇温率と日較差増加率の月別 一覧表(1970~2019年)。
月別昇温率表9都市


表211.6 月別の日最高・最低気温の昇温率一覧表、1970~2019年 (2月と5月)
昇温率2月と5月


表211.7 月別の日最高・最低気温の昇温率一覧表、1970~2019年 (8月と11月)
昇温率8月と11月


表211.8 月別の日最高・最低気温の昇温率一覧表、1970~2019年 (10月と12月)
昇温率10月と12月




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