K121.空間広さと気温―「日だまり効果」のまとめ


著者:近藤純正
観測地点の空間広さが狭くなると風が弱まり、晴天日中は「日だまり効果」によって気温が高めに、 晴天夜間は気温が低めに観測される。こうした狭空間と広空間の「空間広さの差」と「気温差」との 関係について、これまでの結果に、神奈川県立花菜ガーデンにおける昼夜の観測を加えてまとめた。
一般の気象台のように、単一の連続した芝・草地内の狭空間と広空間との気温差よりも、生垣内や 森林内の開空間のように樹木に取り囲まれた観測点では、葉面による大気の加熱・冷却が加わり、 日中は「日だまり効果」が、夜間は気温低下がより顕著になる。狭空間・広空間の気温差の絶対値は、 日中のほうが夜間より2倍ほど大きい。
また、気温差の絶対値は熱慣性が大きくなる雨後の晴天日に小さく、風速の増加とともに小さく なる。(完成:2015年12月22日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2015年11月25日:素案の作成
2015年12月3日:細部に加筆・修正
2015年12月22日:「露場通風率」と図121.14に説明を加筆、備考9を追加、細部に加筆


  目次
      121.1 はしがき
      研究の動機
      観測点の空間広さの定義
      研究方針
      121.2 風速と空間広さの関係
      121.3 気温と空間広さの関係
     (1)理論的考察
     (2)各種空間における関係
     (3)理想に近い空間における関係
     (4)日だまり効果の風速依存性
      1214 まとめ
   引用文献


観測協力者・機関(主たるもの)
 内藤玄一・菅原広史
 松山 洋、和田範雄
 桑形恒男
  気象庁観測部
 神奈川県立花菜ガーデン
 平塚市みどり公園・水辺課
 農業環境技術研究所
  環境省自然環境局皇居外苑管理事務所北の丸分室



121.1 はしがき

本章は、神奈川県立花菜ガーデンにおける観測結果に、これまでの結果を加えてまとめたものである。 これまでの結果の主なものは、以下の各章である。

「K56.風の解析ー防風林などの風速低減域」
「K59.露場の風速と周辺環境の管理ー指針」

「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」
「K65.北の丸露場の風速減率と周辺の森林遮蔽率」

「K76.日だまりの気温ー理論的考察」
「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果-実測」

「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」


研究の動機
地球温暖化量の正しい評価方法を探るために全国の気象観測所を巡回してきた。その途中、滋賀県今津 アメダスのように、都市化の影響とは異なる原因「観測所の移転」にともない気象観測露場の空間 広さが変化することで、気温が不連続的に上昇あるいは下降する例がある (「4.温暖化は進んでいるか」(2004)の図4.13)。

空間広さが狭くなり気温が上昇するのは、風速の弱化によって、地表面に入射する太陽エネルギーの 顕熱・潜熱への変換割合が小さくなり、そのぶん、地表面温度が高くなる。さらに風速の弱化は、 顕熱の上空への拡散を弱めるので、 地上気温が高くなる。これを「日だまり効果」と名づけた。

伊豆石廊崎を最初に見学したのは2002年1月12日であった。この周辺は自然に近い状態にあり、 気候変動の観測に適した観測所だと思った。ところが石廊崎では、時代による測器や観測法の 変更による補正を行なっても、風速の年々の弱化にともなって、年平均気温が上昇し、気温日較差 が大きく(最高気温が高く)なっている。

「K24.伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇」(2006)に示したように、 年平均風速は1965年頃からしだいに減少し、1950年代に比べて23%も減少した。 これと連動して 気温日較差が増加する傾向となった。風速が減少すると「日だまり効果」によって日中の最高気温は 上昇し、また年平均気温も上昇する。

東京都心部の大手町露場が「森林公園内の北の丸露場」に移転されることになり、試験観測が 2011年8月から開始された。気温データを解析してみると、日だまり効果が顕著に現れ、都市ビル街の 大手町に比べて晴天日中の最高気温は1℃前後も高いことがしばしばあり、0.7℃以上高い年間日数は 45日ある。また晴天夜間の最低気温が大手町より1.5℃以上低い年間日数は120日、最低気温の年平均は 約1.2℃低い(「K54.日だまり効果と気温:東京新露場」)。

大手町露場は樹林に囲まれており、過去から現在まで森林環境が変化してきたように、将来も変わって いくことが予想される。このことから、林内気温の振舞いも理解しなければならない。

北の丸露場に限らず、一般に周辺環境は時代と共に変化していく。この変化は都市化とは異なる観測所 周辺の約100m以内における環境変化である。

それゆえ、気候変動を正しく評価し、観測資料の有効活用のために、観測点の空間広さと気温の関係 について明らかにしておかねばならない。

図121.1はある期間内(10年~40年間)の年平均風速の変化と日だまり効果による年平均気温の上昇との 関係であり、すでに近藤(2010、2012)が報告した。四角印は樹木の成長などにより、風速が弱まり、 日だまり効果によって年平均気温が上昇することを表している。丸印は都市化の影響を含む可能性が ある観測所で、一応、記号分けしてある。10年~40年間の期間に風速が40%減少すると、年平均気温は 0.3℃程度上昇している。あとの節「まとめ」の(3)で議論するように、この0.3℃は納得できる 値であることがわかってくる。

風速と日だまり効果
図121.1 年平均風速の変化と日だまり効果による年平均気温の上昇の関係。
四角印:樹木の成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点、
小丸印:都市化による昇温を含む可能性がある地点。
(近藤(2010;2011)、あるいは「研究の指針」の 「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」の図45.6に同じ; 「K46.日本における温暖化と気温の正確な観測」の図46.1に同じ)。

観測点の空間広さの定義
無次元の空間広さの表し方は条件よって異なる。直線的に伸びた幅広の防風林のような場合は 風下距離 X と平均樹高 h を用いて無次元量の X/h で定義する(図121.1)。

空間広さの模式図
図121.2 空間広さの説明図。


いっぽう、長時間を対象として風向が変化する場合や、3方~4方が生垣や樹林で囲まれた観測点では 風が渦巻き風向は不定となる。その例は北の丸露場で見られる (「K63.露場風速の解析-北の丸と大手町」の図63.4)。

この場合は X/h を全方位で平均した<X/h>=<1/tanα>を空間広さとして用いる。ここにαは 観測点地表面から周囲の樹木・建物を見上げたときの仰角、<>内は全方位の平均を表す。

平均風向が一定の場合でも、瞬間風向は変動するので、主風向の±20°の範囲で平均した空間広さを 用いる。

地上気温を支配する観測点の風速は周辺の幾何学的パラメータに依存する。幾何学的パラメータとは、 例えば周辺が樹木か建物か、樹木の場合は風が通り抜けるかどうかの疎か密か、風みちの有無など 様々である。

空間広さの定義として2通り:
(1)Xの全方位平均値<X>をhの全方位平均値<h>で割算した<X>/<h>
(2)X/hの全方位平均値<X/h>
がある。後者は風みちの効果を含むことになり優れたパラメータである。

それゆえ本研究では、データがよくまとまる、<X/h>を空間広さとして用いる。


備考1:「無限空間」を含む場合の<X/h>の計算方法
なお、空間広さの測量は、方位2°の幅の平均仰角αを全方位360°について、方位5°間隔で、 求める。測量から得た空間広さX/hの全方位平均値<X/h>を計算する際に、X/h>30 となったとき (α<1.9°)、X/h=30と置き換えて計算する。それは後掲の図121.3以下で示されるように、 X/h>30は無限に広い空間とみなされる範囲であり、それ以下の空間広さの範囲で成り立つ諸関係と 不連続になるので、X/h>30範囲では風速比(露場通風率)を1(100%)と置き換えることに等しい。


研究方針
図121.1から分かることは、観測所周辺の新しい建物や樹木の成長によって、観測露場の空間広さが変わり、 気温が変わる。そのとき風速の変化量と気温の変化量は比例関係にあると読み取れる。ただし、この 図の比例関係は年平均値についてである。 空間広さと風速および気温の関係を詳細に知るには、ほぼ似た地表面 状態において、広い所と狭い所((空間広さが大きい地点と小さい地点)で、気温と風速の 違いを調べる必要がある。

問題は複雑なゆえ、研究を能率的に進めるために、
(a)風速と空間広さの関係を調べる。その結果に基づき、
(b)気温と空間広さの関係を明らかにする。
(c)そうして、風速の減少と気温上昇の関係を定量的に知る。

具体的には、観測ごとに順次解析し、原理・現象を理解する。その結果によっては観測方法の変更も 行ないながら研究を進める。

後で説明されるように、日だまり効果による気温変化は空間広さのほか、風速や地中の熱慣性 (「熱伝導率×比熱×密度」の平方根、つまり降雨後の経過日数)、地表面に入射する放射量 (天候状態)などに依存する。このことを意識するものの、複雑化しないために、おもに晴天日に ついて観測を行なう。

林内については別章でまとめることとし、本章は次の図121.3の欄外上に示す「開空間」について のまとめである。


121.2 風速と空間広さの関係

平塚市の湘南海岸公園と入部の田んぼの中の林(苗木畑)の風下で風速を観測し、結果を図121.3に プロットした。平均的な関係「実験式」を実線で示した。横軸のXは林から観測点までの風下距離 (実距離)、hは平均樹高である。 縦軸の風速比=1は林の影響を受けない場所における同じ高度(2mまたは苗木畑では1m) の値である(「K56.風の解析-防風林などの風速低減域」)。

無次元の風下距離 X/h を対数目盛りで表せば、風速比(=風下風速/風上風速)は、おおよそ X/h>3の範囲で 直線になる。X/h>3で成り立つ直線を外挿すると、およそ X/h>=30 で1に漸近する。それゆえ、 X/h>=30 は森林など障害物の影響が無視できる「無限空間」と呼ぶことにする。図の欄外上に 「林内」「開空間」「無限空間」の空間広さの概略的な範囲を示した。

また、無次元の風下距離が小さいX/h <1 でほぼ一定値に収束している。

風速比と空間広さ
図121.3 風速比(風下風速 / 風上風速)と空間広さ X/h(無次元風下距離)の関係。
プロットと実線は「K56.風の解析-防風林などの風速低減域」の図56.12に同じ、
破線は風が通り抜けるような並木や疎な林の風下での関係、
赤破線の楕円形は、山脈の風下の数km~20km範囲における関係(Yamazawa&Kondo, 1989)。


備考2:風下距離が小さい X/h <1 でほぼ一定値に収束する理由
無次元の風下距離が小さいX/h <1 でほぼ一定値に収束しており、この範囲は「林内」と名づけた。 この風速比一定値は何によって決まるか?

風上から防風林に水平方向に侵入した風の運動量(風速)は樹木の葉・枝・幹の抵抗によって減衰する。 防風林の幅が十分になると、この運動量はゼロに近づく。一方、 防風林の上空を吹く風は乱流運動に よって鉛直下向きに運動量を運び、通常の森林(樹高=5~20m、枝・幹も含む葉面積指数=2~6程度) であれば、林床面上でも風速は一定の有限値をもつ。この一定値がX/h <1範囲で現れたものと考え られる。

この一定値は森林の風に対する力学的な疎密の度合い(葉面積指数 ah ×個葉の抵抗係数 c )に よって決まる。ただし a は葉面積密度(m2/m3) である (「K56.風の解析-防風林などの風速低減域」)。

備考3:風上風速(林の影響のない場所の風速)
図121.3の縦軸の分母(風上風速)は次の方法で求めた。
入部の田んぼの中の林(苗木畑)では、その林の影響のない離れた所の田んぼで観測した。

湘南海岸公園では南側に、現在は平均樹高11.4mの防風林(飛砂防備林)がある。この公園では防風林 の影響のない場所の高度2mの風速(風上風速 U2)の求め方は、平塚沖1kmに設置されている海洋 観測塔の高度21.5mの風速 Useaから次の方法で推定した。詳細は 「K56.風の解析ー防風林などの風速低減域」に説明がある。

海洋観測施設の陸上側の海岸にも測風塔があり高度13.5mの風速 U13.5 が観測されている。
防風林は1970年ころ植樹されたもので、その当時は、測風塔での風速 U13.5と公園での風速 U2 は 防風林の影響は受けないとみなしてよく、昔の観測資料から

U13.5/Usea=0.75

を得る。公園の地表面粗度 z0=0.001m~0.01mとし、防風林の影響のないときの 風速 U2 は、風速鉛直分布の「対数分布則」を仮定すれば、

U2/U13.5=0.73~0.80

と推定される。したがって、

U2/Usea=(U2/U13.5)(U13.5/Usea)=(0.73~0.80)×0.75=(0.55~0.60)≒0.58

U2≒0.58×Usea

から、公園における防風林の影響のない所の風速 U2 は、現在の海上風速 Usea を用いて推定する ことができる。

備考4:風下の風速比が対数則になるメカニズム
接地境界層内の風速や気温などが高さを対数目盛で表したとき直線になる「対数分布則」は、鉛直方向の 乱渦のスケールが地表面からの距離に比例することから説明されてきた。この類推を森林など障害物の 風下に適用すると次のようなイメージが描かれる。すなわち、乱渦のスケールは障害物のすぐ後ろでは 小さいが、距離が大きい風下ほど大きくなる。つまり、風下ほど拡散係数が大きく林外の風が 入り易くなるので地上風速はしだいに林外の値に近づく。地上風(高度2m、入部の苗木畑の場合は1m) の風速比が風下距離の対数に比例するのは、乱渦のスケールが風下距離に比例することに対応している。

図121.3によれば、地上風速(高度2m) Ur は次式で表される。 障害物(樹木、建物)の影響を受けない所の風速(高度2m)を U0、λ=X/h 、 λ0=1として、

 Ur/U0=0.65×log10(λ/λ0)
    =0.282×ln(λ/λ0)、 3<λ<30 ・・・・・・・・・(1)

備考5:「林内」「開空間」「無限空間」の区別
「林内」「開空間」「無限空間」の区別を行なう理由は次の通りである。
観測地点の空間広さが十分に広い場合は「空間広さ」は定義しやすいが、森林内のような場合は その定義は難しくなる。そのかわり、林内では「木漏れ日率」と「見通し」のパラメータを用いる。 「木漏れ日率」とは林外の水平面日射量に対する林内の水平面日射量の比で定義する。
「見通し良好・不良」は目の高さで水平方向の30m以上の遠方まで見える場合を”良好”、半分以上の 方位で30m以内しか見通せない場合を”不良”と定義する。境界値30mは、いろいろな森林における 気温の振舞いから決めた値である。

次の「林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)」 をクリックして参照し、ブラウザの「戻る」を押してもどってください。

林床の木漏れ日率と林内の見通し(詳細)


備考6:風が通り抜ける疎な防風林
防風林の幅(風に垂直な方向の厚み)が小さければ風上から侵入した風は林内で弱められながらも風下 側へ通り抜ける。 そのときの風の弱化は「水平方向の葉面積指数aw × 個葉の抵抗係数」 に依存する。しかし防風林の 幅が十分厚くなれば、風上から侵入して通り抜ける風はなくなり、森林上空から鉛直下向きに運ばれた 運動量が樹木の葉・枝・幹の抵抗によって弱められ、林床面上の風速は「鉛直方向の葉面積 指数 aw × 個葉の抵抗係数」によって決まる一定の風速比となる。林内で、この一定の風速比が 観測される。

図121.4は風に対する水平方向の力学的な厚さ(=水平方向の葉面積指数aw × 個葉の抵抗係数 c)と 防風林のすぐ風下側の最小風速の関係である。最小風速とは、風がほとんど通り抜ける幹層のすぐ風下 で観測される比較的強い風速ではなく、ある程度離れた風下で観測される樹冠層(葉面の抵抗が大きい) の効果で弱められた風速のことである。横軸が十分大きくなると最小風速は森林ごとに異なる 「鉛直方向の葉面積指数 ah × 個葉の抵抗係数 c 」によって決まる一定値に収束する。 鉛直方向の ahc は疎林で小さく、密林で大きい。

防風林厚さと最小風速
図121.4 防風林の力学的な厚さ(=水平葉面積指数 aw ×個葉の抵抗係数 c)と最小風速の関係。
この図では、個葉の抵抗係数 c = 0.2 を仮定してある。ただし、 抵抗係数の定義には2通りがあり、抵抗力表示式に(1/2)付ける場合と付けない 場合があることに注意のこと。0.2は(1/2)を付けない表示の場合の値である。 (「K56.風の解析ー防風林などの風速低減域」の図56.21に 同じ)


備考7:空間広さとして全方位平均値<X / h>を用いる、もう一つの理由
風上にある樹木などがまばらに並んでいるとき、空間広さとして仮に<X>/<h>を用いると、 風速比(=風下風速 / 風上風速)は図121.3の実線よりかなり上方にプロットされる。まばらに並んで いる場合、空間広さの全方位平均値を計算すると<X/h>は大きくなる。つまり観測点の空間広さは 大きいことになり、風速比のプロットは右方にずれて実線に近い位置にくる。

前述のように、空間広さ<X/h>は風みちの効果も含む観測点の空間広さを表す適切なパラメータで ある。



次の課題として、図121.3で示した「対数則」が現実の気象観測所の露場でも成り立つかどうか、 各地の観測露場で観測した結果が図121.5に示されている。

この図では、各観測所の測風塔の高さは一定でないので、統一するために 「K59.露場の風速と周辺環境の管理-指針」において、「露場通風率」を 定義し、縦軸の風速比のかわりに用いてある。露場通風率=100%は障害物の影響のない広い理想的 芝地表面の「無限空間」(地表面粗度z0=0.0003m)における測風塔高度 UA の風速に対する高度2mの風速Urを意味する。

露場通風率は次式で定義される。

風速比=露場風速(高度2m)/ 測風塔風速(高度6~70m)・・・・現実の露場における観測値
風速比理想値=露場風速(高度2m) / 測風塔有効高度の風速・・・・理想的芝地表面上の風速
測風塔有効高度:森林などの場合、ゼロ面変位 d を補正した高度
として、

露場通風率(%)=風速比 / 風速比理想値

理想露場の風速比理想値=0.75±0.08

この値は測風塔高度(zA)に依存する。例えばzA-d=10mのときは0.80、 zA-d=20mのときは0.74、zA-d=50mのときは0.67である。

図121.5は露場通風率と空間広さの関係を示し、上図は横軸を直線目盛で、下図は対数目盛で表して ある。図中の実験式(実線)は平坦地の観測所に対する実験式である。この図から、防風林の風下で 得られた「対数則」が各地の観測所の露場でも成り立つことが分かる。

露場通風率、各観測所
図121.5 露場通風率と空間広さの関係。
上:横軸を直線目盛で表した図(「K56.風の解析ー防風林などの風速低減域」 の図74.12下に同じ)
下:横軸を対数目盛で表した図


例外として、北の丸露場では空間広さで定義される範囲内に多数の低木があり、露場の風速が弱い特殊な 観測所である。また赤塗り印(破線)で示す深浦と津山では、露場通風率が平坦地の観測所に比べて 小さいのは、小規模な丘の上にあって、吹き上げる収束風で測風塔高度で強めに観測されるのに対し、 露場の風速(高度2m)が弱めに観測されるからである。


備考8:露場通風率と空間広さの関係を表す実験式
図121.5の黒実線(実験式)は次式で表される。
λ=<X/h>、λ'0=0.4として、

露場通風率(%)=100×0.51×log10(λ/λ'0)
         =100×0.222 ln(λ/λ'0)、(3<λ<30)・・・・・・・(2)

「対数則」の係数が式(1)と式(2)で異なるのは、防風林の風下で得られた風速比は同じ高度(2m) の風速に対する比であり、露場通風率で用いる風速比は測風塔風速(6~70m)に対する露場風速 (高度2m)の比を用いるからである。




121.3 気温と空間広さの関係

年平均風速の変化と年平均気温の変化の関係を表す図121.1と、空間広さと風速の関係を表す図121.3、 図121.5から、

“空間広さを対数目盛で表せば、空間広さの対数差と日だまり効果による気温上昇は比例する”

が推論される。

(1)理論的考察
まず、この類推を理論的考察によって確かめておこう。
理論的考察「K76.日だまりの気温―理論的考察」によれば、空間広さの 対数差と日中の気温上昇量の差(気温差)は近似的に比例する。その比例係数は、地表面温度の日変化幅 (湿潤土壌、乾燥土壌、つまり降雨後の経過日数、風速の関数)に依存して変わる。

風速が強くなると、上方への顕熱輸送量が増し、地表面温度・地上気温の上昇は小さくなる。

また、理論的には「日だまり効果」による気温上昇量は有効入力放射量に比例する(近藤、1994)。 ここに有効入力放射量は、R↓-σTa4で表され、R↓=(1-ref)S↓+L↓、refは 地表面のアルベド、S↓は水平面日射量、L↓は下向きに入射する大気からの長波放射量、 σはステファン-ボルツマン定数、Taは気温である。

(2)各種空間における観測
次に観測結果を図121.6にまとめた。この図には、いろいろな場合を含み、観測点が芝地や裸地、 その他の区別はしていない。プロットは正午前後の2~5時間平均値である。

気温差、日中
図121.6 空間広さの差(対数差)と気温差の関係。
塗りつぶし印は雲のある日の値(「K84. 観測露場内の気温分布ー熊谷」 の図84.13(下)に同じ)。
赤線は後掲の図121.14で示す生垣または樹林で囲まれた空間における関係、
黒破線は後掲の図121.14で示す連続する芝地・草地の範囲内、または四方が建物で囲まれた中庭に おける関係。


プロットがばらついているが、いろいろな場合でも、直線上におおよそ分布すると 見なしてよい。

プロットのばらつく条件は何か?
この図にはまだ示していないが、樹木に囲まれた地点(例:北の丸露場)では気温差は大きくなり、 建物に囲まれて樹木の無い中庭(例:防衛大の中庭)では気温差は小さくなる。その理由は、日中を想定すると、 樹木の無い空間の地上気温はおもに地表面からの顕熱によって決まるのに対し、樹木がすぐ近くにある空間では、 日射が当たる樹冠部で加熱された葉面による大気の直接的な加熱が加わり、気温差はいっそう大きく なるからである。

この過程の理解は、熱と温度の基本的な関係をよく知らない者にとっては難しい。理解を容易に するために、まず、1本の樹木の風下における気温上昇の実験結果から説明していこう。

図121.7は樹木の風下における気温上昇メカニズムを説明する模式図である。
樹冠層の葉面群で吸収された日射量が葉面温度を上げ、葉面からの顕熱に変換されて風下の気温を 上昇させる。いっぽう地上の日陰部分は日射が葉面群で遮られる分だけエネルギーが少なく、地表面温度 は低くなっている。日陰の風下側の気温は低温となる。このようにそれぞれの表面で、エネルギーバランス は成り立つようになっている。

樹木によって、エネルギーの流れ方が変れば、平坦地とは違った高温・低温域が形成されるわけで、 これが気温計によって観測される。

樹木風下の気温分布模式図
図121.8 1本の樹木が気温計の風上側約2mに生えている場合(例:神奈川県海老名アメダス)の影響を 説明する模式図。
上図:樹木がない正常の場合
下図:気温計の風上側に樹高約3mの樹木がある場合
「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」図83.2に同じ)


図中の高温域と低温域は風下へ行くほど小さく描かれているのは、熱の拡散によって影響範囲が狭く なることを表している。つまり、樹木が生えていても気温観測点から大きく離れれば、 1本の樹木が 気温観測に及ぼす影響はほとんど無いとしてよい。どれだけ離れていれば、樹木による直接的加熱の 影響が無視できるか?

樹木による大気の直接的加熱を観測から確かめるために、まず、簡単な実験からはじめよう。
図121.8はその実験風景である。サツキの苗木(樹冠部の高さ=幅=0.2m)の樹冠部中心を地表面 から1.1mの高さに並べて風下の気温上昇と風下距離の関係を観測した (「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果-実測」)。

桜ケ丘公園苗木
図121.8 平塚市桜ケ丘公園における実験。
サツキの苗木は9個(2014年5月29日)、ただし5月9日は6個を用いる。
苗木の葉面群の平均高さと平均幅は約0.2mである。写真の左側の気温計は樹木の影響を測るもの、 右側は樹木の影響のない所の気温計である。
「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」図83.10に同じ)


図121.9は地上高度=1.1mにおける気温差(樹木の影響のない所と影響する所の気温差)と風下距離 の関係である。破線は、拡散係数が一定とした場合の関係(2次元の線源の場合の熱拡散:近似的に風下 距離の平方根に逆比例)を示してある。なお、理論的には気温差は風速が弱いときほど大きくなる。

風下距離と気温
図121.9 地上高度=1.1mにおける気温差と風下距離の関係(桜ケ丘公園2014年5月、平均風速=3m/s)。
大きい丸印1つは5月9日、小さい丸印 6つは5月29日の実験( 「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」図83.11の上図に同じ)。


日射で加熱された葉面群から顕熱が放出されて大気が加熱され、風下に流されながら拡散していき、 風下ほど気温差は小さくなる。加熱される葉面層の厚さが0.2mの、この実験では、風下距離=1mで 0.2℃の気温上昇である。

この結果を利用して、風向 X 軸に垂直な Y 軸方向に延びた 2次元的な長い防風林について概算して みよう。日射のエネルギーで大きく 加熱される樹冠層の厚さを1mとすれば、加熱される層厚は5倍(=1m/0.2m)であり、気温上昇は 積分値となり5倍。それゆえ、風下距離の平方根に逆比例して高温域の熱が拡散されるとすれば、 風下距離=1mでの気温差は0.2℃の5倍の1℃となる。

風下距離10mでの気温差=1 / √10=1×0.32=0.32℃
30mでの気温差=1 / √30=1×0.18=0.18℃
50mでの気温差=1 / √50=1×0.14=0.14℃
これは樹冠層中心高度に等しい地上高度(低木で3m程度、高木で20m程度)における気温上昇である。

このことから、気温観測点(高度=1.5m)が森林の風下距離 X>50mになれば、熱拡散の効果もあって 樹木による気温観測に及ぼす影響は上記の値より小さくなると見積もることができる。 したがって、樹木の風下概略50m以上であれば、気温観測に及ぼす樹木に直接的な影響は無視して よいだろう。

次の観測として、現実に生えている1本の樹木の風下で気温差を測った。図121.10はその写真である。 樹高=2.5m、最大部の横幅=2mである。気温の鉛直分布は、樹木の最大幅の後方約0.5m (樹木中心から2.5m)の位置で観測した。その結果は図121.11に示した。

桜ケ丘公園の樹木
図121.10 桜ケ丘公園、2014年5月30日の測定風景。 (「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」図83.12に同じ)

気温差の高度分布
図121.11 気温差と高度の関係。
丸印は観測値、破線は気温鉛直分布の推定値
(「K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果ー実測」図83.14に同じ)


図121.11に示すように、気温差は地表面からの高度=2m付近で最大の1.4℃程度であり、その上下で 減少している。気温差(樹木による加熱)最大の高さは、日射が多く吸収される樹冠層であると 仮定して気温の鉛直分布を破線で描いてある。

(3)理想に近い空間における観測
理想に近い空間とは、地表面が芝または背丈の低い草で覆われた一様に近い場合である。気温観測の 基準点も広い芝地または背丈の低い草地である。

首都大学東京南大沢キャンパスの陸上競技場はよく手入れされた芝生で覆われ、東西幅=80m、 南北幅=160mである(和田ほか、2016)。

神奈川県平塚市にある花菜ガーデンにも広い芝地があり、気温観測の基準点となる センターフィールドは東西幅=90m、南北幅=160mである。狭い空間のキッズファームは生垣で 囲まれ、その内部は芝地で南北幅=8m、東西幅=10mである(図121.11、図121.12)。

センターフィールド
図121.12 花菜ガーデンのセンターフィールド、矢印は気温計(2015年9月27日撮影)。

キッズファーム
図121.13 花菜ガーデンのキッズファーム(2015年9月27日撮影)。
矢印はその入口の生垣に囲まれた狭い空間の気温計。
その左側に隣接してもう少し広い空間がある。
いずれも芝地で3方が生垣で囲まれている。ただし、両空間とも以前は4方が生垣で囲まれていたが、 手前の北側にあった生垣のみ2014年春に撤去された。

その1:日中の関係
図112.14は花菜ガーデンにおける2013年4月、2014年3月、2015年7月21日~11月5日の晴天日中に得た 3~4時間平均気温の結果である(赤丸印)。首都大学東京のグラウンドで得られた観測 (和田ほか、2016)(緑四角印)のほか、これまでに報告してきた結果の一部を加えてある。

プロットのバラつきは、おもに風速によるもので、後掲の図121.16、図121.17、及び別章の 「K122.北の丸露場の気温-降雨・日照との関係」の図122.14、 その他の章でも示してきた。

キッズファーム
図121.14 気温差と観測点の空間広さの対数差との関係(日中)。
赤印は生垣内と森林内開空間(北の丸露場)での観測。
首都大のプロットは和田ほか(2016)による観測である。
プロットのばらつきは、主に風速による(図121.16、図121.17を参照)。
小印:1回の観測
中印:2回観測の平均
大きい印:5~8回観測の平均

首都大学東京のよく整備された芝地の広いグラウンドで行なった観測は一つの基準1の代表となるもの であり、平塚(生垣)で行なった観測は樹木の葉面加熱の影響を受ける場合のもう一つの基準2の 代表となる。

黒丸印は基準1に属する防衛大中庭の値である。横軸=-0.79にプロットされた黒丸印2つ (2012年10月5日と16日の観測)は防衛大中庭での値を示し、周囲の建物を横から吹きぬけてくる風 の影響がゼロである。そのため、生垣や森林の葉面加熱の影響を受けない場合の代表例である。

赤四角印は基準2に属する北の丸露場で、樹木に囲まれ樹木の加熱効果を含んでいる (横軸=-3.1にプロットされた大きい赤四角印)。

基準2に属する空間:空間広さの対数差=-1の気温差=2.1℃前後、
基準1に属する空間:空間広さの対数差=-1の気温差=0.8℃前後、
両基準間における違いにおおよそ2倍の開きがある。

この図で注目すべきは、平塚(生垣)のプロット(赤丸印)についてである。横軸=-0.67の 値はキッズファーム入口空間の4方が生垣で囲まれていた2014年春以前の観測値、横軸=-0.50の 値は3方が生垣で囲まれていた2015年の観測値である。生垣が4方のときと3方のときでは 空間広さは変わるが、空間広さの対数差と気温差の関係は変わらないことがわかる。

その2:夜間の関係
図121.15は基準1に属する首都大学東京と基準2に属する花菜ガーデンにおける夜間の結果である。 夜間とは、0時~5時または2時~5時、10月~11月の観測では3時~6時の観測、例外として途中で 雲が広がってきたときは18時~23時の観測値である。なお、日没後と日の出前の比較では、 気温差に大きな差が見られないことがわかっている(和田ほか、2016)。

夜間は日中と違って気温差はマイナスである。つまり、夜間は狭い所ほど放射冷却が大きく気温は 低下する。

気温差、夜間
図121.15 気温差と観測点の空間広さの対数差との関係(夜間)、丸印は生垣内
小印:1回の観測
中印:3回観測の平均
大きい印:7回観測の平均


備考9:空間広さと放射冷却(地形と放射冷却)
本論の対象範囲外であるが、空間広さが極めて狭い場合や、急峻谷地形、あるいは高層ビル街 のように天空が僅かしか見えない場所における放射冷却は平坦地に比べて弱くなる。 その理由は、壁面・斜面からくる夜間の長波放射量が天空からの長波放射に比べて大きくなるから である。
理論的考察(近藤、1982)によれば、観測地点の地表面から見た全方位の仰角α>30°と なれば、空間広さ(地形、壁面)の影響が顕著になり、
>31°・・・・椀状・急峻谷地
>48°・・・・浅いキャノピー
>73°・・・・深いキャノピー
と名づけている。



図によれば、基準1(首都大学)と基準2(花菜ガーデン)の差は、日中における差と同様に約2倍の 開きがある。すなわち、
空間広さの対数差=-1の気温差は、
基準1の空間:-0.4℃前後
基準2の空間:-1℃前後
である。

基準1でも基準2でも、日中の気温差(プラス)が夜間の気温差(マイナス)の絶対値の約2倍である。

晴天日中の有効入力放射量≒500W/m2 であるのに対し、晴天夜間の有効入力放射量 ≒-100W/m2で絶対値では約5倍違う(近藤、1994)。それにも関わらず、気温差の 絶対値が約2倍となるのはなぜか?

夜間の風速は日中より小さく、放射冷却は風速が弱いほど大きくなる。これら、有効入力放射量の 違いと風速の違いの兼ね合いによって、日中の気温差が夜間の気温差の絶対値の2倍程度になって いると考えてよい。

図121.14と図121.15にプロットした代表的な観測点について、おもな幾何学的パラメータを表121.1に 示した。


表121.1 代表的な観測点のパラメータ

花菜ガーデンのセンターフィールド(気温観測の基準点)
東西幅=90m、南北幅=160m、空間広さ<X / h>=16.7

花菜ガーデンのキッズファーム入口
3方が平均樹高=1.8mの生垣で囲まれていて
南北幅=8m、東西幅=10m、空間広さ<X / h>=5.3(2015年3月~7月)~4.8(2015年10月~11月)
(2014年春以前は北側にも生垣があり、4方が囲まれ、空間広さ<X / h>=3.6)

花菜ガーデンのキッズファーム南東部
3方は樹高=1.8~2.1mの生垣で囲まれていて、
南北幅=23m、東西幅=21m、空間広さ<X / h>=9.3
(2014年春以前は北側にも生垣があり4方が囲まれ、空間広さ<X / h>=7.6)

北の丸露場
基準点(露場の西南西100m、広い芝地)の空間広さ<X/h>=6.8 (晴天日の卓越風SSEの方位±20°平均)

盛土の露場面での空間広さ<X/h>=3.3(風が渦巻くので全方位平均)
露場面で測量した空間広さを定義する樹木先端までの水平距離 X=15m~67m、平均値<X>=29m
露場面を基準とした周辺樹木の平均樹高<h>=1/(<X/h>/<X>)=1 /(3.3/29)= 9m
いずれも方位5°間隔の測量値から得た値
「K78.北の丸露場周辺の森林遮蔽率(4月、9月)」の表78.2)

防衛大中庭
基準点(広いグラウンド)の空間広さ<X / h>=11.4

中庭の東西幅=60m、南北幅=31m、建物主要部の高さ=13m、空間広さ<X / h>=1.8



(4)日だまり効果の風速依存性
121.3節の(1)の理論的考察で述べたように、風速が強くなると、日中の気温上昇は小さくなり、 夜間の放射冷却は弱くなる。図121.16は花菜ガーデンのキッズファーム入口(空間広さ=4.8~5.2) における観測から得られた日中の気温差(プラス)と夜間の気温差(マイナス)の風速依存性を 示している。ただし、2014年の春に北側の生垣が撤去されて生垣は4方から3方になり空間広さも 変わったので、2015年の観測値のみをプロットしてある。

気温差風速依存性、花菜
図121.16 狭い生垣内(花菜ガーデン・キッズファーム入口)の気温差と風速の関係。
空間広さの対数差=-0.50~-0.55の期間(2015年の観測)のみ。
風速は海老名アメダスと辻堂アメダスの平均値
青塗り大印:雨後の晴天日11月3日(前日の11月2日の雨量=28mm)
青塗り小印:その翌日11月4日と翌翌日11月5日


この傾向について理論的に考察してみよう。
「水環境の気象学」6章の式(6.102)によれば、地表面温度の日変化振幅A1は放射量 (日射量と長波放射量)の日変化振幅 R1 に比例し、「係数+風速U」に逆比例する。 したがって 風速が大きくなるにしたがって、日変化振幅 A1 はある一定値に漸近することになる。

広い芝地の基準点でも、風の弱い空間広さの小さい観測点でも、この傾向は同じであり、また、 地上気温も地表面温度の変化傾向に類似するので、気温の日変化振幅も風速の逆数に比例すること になる。図中の破線は近似的に風速の逆数に比例する関係を示しており、理論的予想と矛盾しない。

塗り印は雨後の晴天日の観測値であり、他の晴天日のプロットと比べると気温差の絶対値は小さく なっている。これも理論的に予想されたように「K76.日だまりの気温―理論的 考察」)、雨後は地中水分量が増え熱慣性は大きくなり、その結果として気温差の絶対値が小さく なる。

次の図121.17は北の丸露場における日中の気温差の風速依存性である。露場のルーチン観測用の 気温計は放射による誤差を含むので、正午前後(おもに11時~15時)の観測値は0.3℃補正した 気温(=観測値-0.3℃)を用いてある (「K99.通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09型)」

図中の破線は、近似的に風速の逆数に比例する関係を表し、観測結果はこれと矛盾していない。 また、雨後の気温差が小さいのは、前図で説明したとおりである。

気温差風速依存性、北の丸
図121.17 北の丸露場の日中の気温差と風速の関係、2015年の5月1日~8月15日の期間中の晴天日。
気温差=(露場気温-基準点の気温)、基準点は露場の西南西約100mの池の近くの広い芝地、
露場の気温はルーチン観測の正午前後の3~4時間の平均値、放射による誤差0.3℃を補正した気温
青印は雨後の晴天日6月20日(降水量は16日に31mm、17日に11mm、19日に10.5mm)


121.4 まとめ

各地の気象観測所の観測データを解析すると、「日だまり効果」による年平均気温の上昇が年平均風速 の長期的な低下にほぼ比例している(図121.1)。この比例関係は年平均値についてであり、日々 あるいは昼夜についての関係を知るには、広い所(空間広さが大)と狭い所(空間広さが小)における、 気温と風速の違いを調べる必要がある。

研究を能率的に進めるため、まず、風速と空間広さの関係を調べたところ、風速は空間広さの対数に 比例する「対数則」が得られた(図121.3、図121.5)。この結果から、狭空間・広空間の気温差は 空間広さの対数差に比例することが推論される。この推論を観測によって確かめることができた (図121.14、図121.15)。

観測地点の空間広さが狭くなると風が弱まり、晴天日中は「日だまり効果」によって気温が高めに、 晴天夜間は気温が低めに観測される。これらは理論的予想と矛盾しない。

(1)観測地点の概略20m~30m以内が樹木に囲まれているか否かの「日だまり効果」の違い
一般の気象台のように、単一の連続した芝・草地内(基準1の空間)の狭空間と広空間の気温差よりも、 生垣内や森林内の開空間(基準2の空間)のように樹木に取り囲まれた観測地点での気温差が大きく なる。つまり、基準2の空間では、葉面による大気の加熱・冷却が加わり、日中は「日だまり効果」が、 夜間は気温低下がより顕著になる(図121.14、図121.15)。

生垣や樹林内のように、周辺4方が囲まれた場合と3方の場合では、空間広さは変わるが、 空間広さの対数差と気温差の関係は変わらない(図121.14)。

(2)日中と夜間の違い
狭い空間ほど日中は「日だまり効果」が強くなり気温上昇(気温差)は大きくなる。夜間は放射冷却 が大きく気温下降(気温差の絶対値)が大きくなる。

日中は、空間広さの10倍(対数差で-1)の違いで、基準2に属する空間では気温差=2.1℃前後で あるのに対し、基準1に属する空間では気温差=0.8℃前後であり、両基準間における違いに おおよそ2倍の開きがある。

夜間は、空間広さの10倍の違いで、基準2に属する空間では気温差=-1℃前後に対し、基準1に属する 空間では気温差=-0.4℃前後である。この違いも日中と同様に両基準間における違いは概略2倍で ある。

気温差の絶対値についての日中と夜間では、両基準の空間とも2倍ほどの違いである。

(3)晴天日の昼・夜の気温差(近似的に日平均の気温差)
上記の結果から、空間広さの10倍(対数差で-1)の違いで生じる晴天日の昼・夜の気温差の 変化を計算すれば、
基準2に属する空間では、2.1℃-1.0℃=1.1℃
基準1に属する空間では、0.8℃-0.4℃=0.4℃
となる。

現実に起こりうる気象観測所近傍の環境変化として、空間広さが15から5に1/3(対数差で-0.477 の違い)になったとすれば、昼・夜の気温差の変化量は、
基準2に属する空間では、1.1℃×0.477=0.52℃・・・・おもに樹木の成長による日平均気温上昇量
基準1に属する空間では、0.4℃×0.477=0.19℃
これら昼・夜の気温差の変化量は日平均気温の上昇量の近似値に相当する。

この場合の風速比は、図121.3を参照して(式1)から計算すると、
空間広さ15での風速比=0.76
空間広さ5での風速比=0.45
環境変化の生じる前の風速比を0.76とすれば、風速の変化率(図121.1の横軸)= (0.76-0.45)/ 0.76=0.41

図121.1の四角印の傾向から、横軸=-0.41の日だまり効果による年平均の気温上昇は約0.3℃である。 四角印は樹木の成長によって生じた 6観測所(室蘭、深浦、藪川、網代、石廊崎、洲本)と日光 (2000年庁舎の宿舎の解体による気温変化)の合計7観測所である(近藤(2010;2012)、詳細は
「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」)。

上記の晴天日(おもに快晴日)の日平均気温の上昇量0.52℃は、樹木の成長による観測所の年平均気温 の上昇量0.3℃と対応するものである。後者0.3℃が小さいのは晴天日、曇天日、降雨日を含む年平均値 であるからである。これらを考慮すれば、研究の動機となった図121.1に示した日だまり効果と、 今回の日単位で得られた晴天日の結果は量的にも矛盾しない。

(4)雨後の晴天日の日だまり効果
雨後は地中水分が増え(熱慣性が大きく)、地表面温度・気温の時間変化が小さくなり、 その結果として気温差の絶対値は小さくなる。

(5)「日だまり効果」の風速依存性
日中の「日だまり効果」による狭い所と広い所の気温差(プラス)、および夜間の放射冷却による 気温差(マイナス)の絶対値は風速の増加とともに小さくなる。気温差の絶対値は、ごく微風条件を 除けば、近似的に風速の逆数に比例し、強風時にゼロに漸近する(図121.16、図121.17)。


◎本研究は、気候変動の正しい評価と観測資料の有効利用のために、観測点の空間広さと気温の関係を 明らかにしたものであり、気象観測所の環境を維持管理していくときの指針となるものである。

◎また、都市気候の基礎となる内容を含んでおり、今後、観測点の空間広さを考慮した視点から行なう 都市気候の研究に生かすことができる。


引用文献

近藤純正、1982:複雑地形における夜間冷却ー研究の指針-.天気、29、935-949.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―.朝倉書店、pp.350.

近藤純正,2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱,49(208),58-67.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、25-56.

和田範雄・泉岳樹・松山洋・近藤純正、2016:観測地点の「空間広さ」と「平均気温」の関係―4重 構造放射除け通風筒を用いた高精度観測―.天気(印刷中).

Yamazawa and J. Kondo, 1989: Empirical-statistical method to estimate the surface wind speed over complex terrain. J. Appl. Meteor., 28, 996-1001.

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