死後存続(霊魂の不滅)

 死後の世界は存在するのか、存在しないのかは、分からないと言うのが世間一般の見解のようですが、シルバーバーチの霊訓は誰が書いたのでしょうか?

 スピリチュアリズムは、1848年アメリカの小さな村で起こったフォックス家事件をきっかけに始まりました。
 ラップ音やノック音がしたり、家具が動いたりする現象が起きた分けですが、その音を出しているのは人間だったのでしょうか? ラップ音をだしていたのは、霊(幽霊)ですよね。

 つまりこれはスピリチュアリズムは、死後存続の証明から始まったと言うことになります。

 その後、様々な物理的心霊現象が演出されていき、科学者が心霊現象の研究に携わり始めることになります。
 科学者達も最初は強硬な反対的態度をとっていましたが、心霊現象の事実を突きつけられる中で認めることになっていきます。

 ところで、YouTubeなどで、そんな事をしていたら死ぬぞ、などと言っているスピリチュアリストが存在しておりますが、スピリチュアリズムをどのように解釈しているのでしょうか。

 肉体が死んでから本当の生活が始まることになります、地上人生はその為の訓練の場(期間)です。と言うのがスピリチュアリズムでの見解になります。

 「外の世界」の方々にとって、死後存続は「信じるか信じないか」の主観的な話に見え、客観的な「証明」として受け入れるには大きな壁があります。
 古代霊自身も、霊的真理というものは、それを受け取る側の魂の準備(受容能力)が整っていなければ、いくら説いても「岩盤に針を突き刺そうとするようなもの」で無駄であると述べています。

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 古代霊は、死後存続(霊魂の不滅)とその後の生活の様子について、全霊訓を通じて驚くほど詳細に、かつ一貫した理論を持って説いています。彼にとって「死」は終わりではなく、「第二の誕生」であり、生命の進化における不可欠なプロセスです。

 原点に基づき、古代霊が説く死後存続と死後の世界の具体的な様子を整理します。

1. 死後存続の事実と定義
 古代霊は、生命の本質は霊であり、肉体は一時的な「道具」や「衣服」にすぎないと断言しています。

 死の正体: 死とは、肉体と霊的身体を結んでいた磁気的な命綱である「シルバーコード(玉の緒)」が切断される現象を指します。

 不滅の個性: 肉体が滅びても、人間の意識・記憶・個性、そして愛する能力といった霊的属性は何一つ失われません。

 普遍的な摂理: 死後の存続は特定の宗教や信仰の有無とは無関係であり、重力の法則と同じように自然の摂理(法則)として自動的に行われます。

2. 死の瞬間のプロセスと目覚め
 死のプロセス自体には苦痛はなく、むしろ肉体の牢獄からの「解放」であると説かれています。

 孤独ではない死: 死が近づくと、愛の絆で結ばれた霊的家族や守護霊たちが枕元に集まり、霊体の分離をスムーズに行うための手助けをします。

 知識の重要性: 地上時代に霊的真理を知っていた人は、死後すぐに新しい環境に馴染めますが、無知な人や間違った教義を信じていた人は、自覚が芽生えるまで長い休息(睡眠状態)を必要としたり、自分が死んだことに気づかなかったりすることがあります。

3. 死後の世界の環境と生活
 古代霊は、霊界が地上の人間にとって「影」のような抽象的な場所ではなく、物質界よりもはるかに実在感のある世界であると描写しています。

 環境: 霊界には美しい山・海・湖・庭園があり、地上には存在しない色彩や音階に満ちています。

 住居と衣服: 地上時代の習慣や好みに応じた家や衣服が存在しますが、これらはすべて「思念」が実体化したものです。

 身体の機能: 霊的身体(幽体)には、食べる・飲む・眠るといった生理的欲求は不要となります。身体の不自由や老いは消え、霊的成熟度に応じた若々しい姿となります。

 コミュニケーション: 言語は不要となり、以心伝心(テレパシー)によって瞬時に思念が伝わります。

4. 霊界を支配する法則
 霊界は人間の法ではなく、「不変の自然法則」によって統治されています。

 階層構造(界層): 地上のような境界線はなく、霊的バイブレーション(振動数)の密度によって段階的に分かれています。自分の霊的レベル(霊格)に合った場所に自然に引き寄せられ、同じレベルの霊たちと生活します。

 因果律(カルマ)の清算: 地上での言動のすべてが魂に刻み込まれており、死後は誰の目にもそれが隠せなくなります。自分の犯した過ちは自分で償わなければならず、他人に押し付けることはできません。

 仕事と奉仕: 霊界でも各自の才能を活かした活動が行われます。芸術に励む者・子供を育てる者・地上人を指導する者など・多様な役割があり、すべては「奉仕(人のために役立つこと)」が喜びの源泉となります。

 結論として、古代霊は「死後の様子」を、「物質という重荷を脱ぎ捨て、本来の自由と神性を発揮するための広大なステージ」として、非常に具体的に描き出しています。

死後存続
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 だからと言って自殺はいけません。これは重大な摂理違反になるので暗黒の階層で暮らすことになってしまいます。
 地上は訓練の場ですので、色々な問題・障害・苦痛などがあるのが当然だからです。もしも銀行には沢山の預金があり、身体は健康で、毎日なんの問題もないとしたら、それで訓練となるでしょうか?

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「500に及ぶあの世からの現地報告」の「おわりに」から、

 霊魂説が正しいということは、「死後の世界がある」「死後の生活がある」ということを意味します。スピリチュアリズムでは当然のこととして、霊魂の存在・死後の生活・死後の世界の存在を認めます。しかしこうしたことは、実はスピリチュアリズムのほんの入り口にすぎません。それはスピリチュアリズムの本題ではありません。

 スピリチュアリズムの本当の目的は、死後にも永遠の生命があるという事実のもとで――「地上でどのような生き方をすべきか」を説くことなのです。地上人類としての正しい生き方・日常の心がまえ・考え方を教えることが、スピリチュアリズムの本来の目的なのです。

 スピリチュアリズムの明かす人生哲学は、従来の宗教・思想に比べ、はるかに深くて広大なものです。スピリチュアリズムに関心を持たれた方は、ぜひスピリチュアリズム関係の書物を読んでください。何百年か後には、これまでのような組織宗教は地上から姿を消すことになるでしょう。しかし宗教的世界がなくなるわけではありません。スピリチュアリズムによる、いっそう深い宗教的生き方・考え方が“人類共通の常識”となっていくのです。

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「霊の実在」アランカルデックの「霊媒の書」から

 霊というものについていかなる概念を抱こうと、その存在の原理は、当然のことながら物質とはまったく別の知的原理に基づくのであるから、その実在を信じることと、物的原理からそれを否定することとは、まったく相いれないことなのである。

 魂の実在、およびその個体としての死後存続を認めれば、その当然の帰結として次の二つの事実をも認めねばならない。

 一つは、魂の実質は肉体とは異なること。なぜならば、肉体から離脱したあとは、ただ朽ち果てるのみの肉体とは“異次元の存在”となるからである。

 もう一つは、魂は死後も“個性と自我意識”とを維持し、したがって幸不幸の感覚も地上時代と同じであること。もしそうでないとしたら、霊として死後に存続しても無活動の存在であることになり、それでは存在の意義がないからである。