再生(生まれ変わり)

 「再生」という深遠なテーマについて、まずは親しみやすい言葉で、続いて少し深い視点から、物語のように綴って解説します。

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再生についての「やさしいお話」から
 この地上での私たちの生活は、実は霊としての長い旅路の途中で立ち寄る「学校」や「幼稚園」のような場所です。私たちは何も知らずに生まれてくるのではなく、今の自分にとってどんな身体や環境が魂を磨くために一番効果的かを、生まれる前に自分自身でしっかりと理解して選んできます。いわば、今世の苦労は自分で決めてきた「宿題」なのです。

 学校に難しい試験があるように、地上でも悲しみや困難にぶつかることがあります。しかし、それは魂という純金を磨き出すための大切なプロセスであり、もし何の苦労もないバラ色の人生ばかりを送っていては、魂はいつまでも成長することができません。そして、もし今回うまく宿題がこなせなかったとしても、神様は決して見捨てたりはしません。人生は死んで終わりではなく、何度でも悔し涙を拭ってやり直すチャンスが、完璧な公正さをもって用意されています。

 私たちが「死」と呼んで怖がっている出来事は、霊の視点から見れば肉体という不自由な「牢獄」から抜け出し、本当の住まいへ戻る「第二の誕生」やお祝いのようなものです。そこでは地上の肩書きや財産は通用せず、ただ「どれだけ人のために役立ったか」という魂の輝きだけが自分の持ち物となります。私たちは、地上という学校で必要な教訓を学び終えると、意気揚々と本来の輝かしい世界へ「帰宅」する巡礼者なのです。

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 再生という壮大なテーマについて、専門用語を控え、誰もがイメージしやすい「魂の成長と進化」という視点から説明します。

再生のやさしい説明その2
 私たちがこの地上に生まれてくることは、決して偶然の出来事ではありません。それは、永遠に続く生命の旅における「大切な一コマ」なのです。

1. 地上は「魂の学校」である
 古代霊は、この地上を「学校」や「訓練所(トレーニングセンター)」に例えています。私たちは、肉体という「制約」のある不自由な環境に身を置くことで、霊(本当の自分)のままでいては学べない大切な教訓を学びに来ているのです。

 たとえば、暗闇を経験して初めて光のありがたさが分かるように、困難や悲しみを経験することで、魂は「思いやり」や「強さ」といった輝きを身につけていきます。

2. 自分で選んだ「宿題」を持って生まれてくる
 驚くべきことに、私たちは生まれてくる前に、今回どの国で、どんな親のもとに生まれ、どのような人生を送るかを、自分自身の意志で選んでいます。

 それは「楽な人生」を選ぶためではなく、自分の魂がもっとも成長するために必要な「宿題(目的)」を果たすためです。肉体に宿った瞬間にその計画は忘れてしまいますが、魂の奥底では、自分が何をなすべきかをちゃんと自覚しています。

3. 「心のダイヤモンド」を磨くプロセス
 再生は、大きな「ダイヤモンド」を磨き上げる工程のようなものです。

 私たちの本体(霊)は、数多くの側面を持つ巨大なダイヤモンドのような存在ですが、一度の人生ではその一面しか磨くことができません。そこで、異なる時代や環境に何度も「自分の一部」を送り出し、別の面を一つずつ磨いていくことで、最後には全体として目も眩むような光を放つ宝石を完成させていくのです。

4. 「やり直し」と「埋め合わせ」のチャンス
 再生は、決して「罰」ではありません。それは、神(大霊)が与えてくれた「慈悲深いやり直しのチャンス」です。

 もし前回の人生でやり残したことがあったり、誰かを傷つけてしまったりした場合でも、再び地上へ戻って、その「借金」を返済し、学び直すことが許されています。この「種まきと刈り取り(因果律)」の仕組みがあるからこそ、宇宙の公正さが保たれているのです。

5. 死は終わりではなく「帰宅」
 地上の人々は「死」を悲劇だと考えますが、霊の視点から見れば、それは学校の課程を終えて「本来の家へ帰る」こと、あるいは窮屈な鳥かごから大空へ放たれるような、おめでたい「第二の誕生」なのです。

 地上での経験という「お土産」を抱えて、私たちは再び光の世界へ戻り、そこで得た知恵を大きな家族(類魂)全員で分かち合います。
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 このように、再生とは「より完全な存在に近づくための、終わりのない冒険」と言えます。


再生について少し深い解析
 霊的な真理の観点から見た再生のメカニズムは、既存の単純な輪廻転生、つまり「同じ人物がそっくりそのまま生まれ変わる」という考え方とは根本的に異なります。

 人間の真の自我は、巨大な「ダイヤモンド」のような多面体である「個霊(インディビジュアリティ)」であり、地上で私たちが「自分」だと思っているのは、そのダイヤモンドの無数の側面(相)のうち、今この瞬間に肉体を通して顔を出している、ほんの一かけらの「人物像(パーソナリティ)」に過ぎません。再生とは、このダイヤモンド全体が光り輝くために、まだ磨かれていない別の側面が、その時代や環境を選んで物質界に顕現してくる現象を指します。

 この過程を支配しているのが「因果律(カルマ)」という完璧な自然法則です。宇宙には偶然や奇跡は存在せず、すべての行為・思念・動機は数学的な正確さをもって魂に刻み込まれます。自分が蒔いた種を自分で刈り取るというこの法則は、外部から与えられる罰ではなく、霊体と肉体をつなぐ「生命の糸(シルバーコード)」が切れて霊界へ戻った際、自らの魂があるがままの姿をさらけ出す「自己審判」という形で機能します。

 地上生活の真の目的は、こうした「原因の世界」である物質界での葛藤や、相反する両極性(光と闇・愛と憎しみ・健康と病気)の体験を通じて、内奥に眠る神性の火花を燃え上がらせ、霊的本性を開発することにあります。

 もし前世で果たすべき義務を怠ったり、未完の仕事が残されていたり、あるいは誰かに負った負債があれば、霊は自らその埋め合わせ(補償)を求めて、再び地上という重く鈍重なバイブレーションの世界へ降りることを志願します。このように、再生は機械的な繰り返しではなく、類魂(グループ・ソール)全体の進化という遠大な神の計画に基づいた、目的意識のある霊的冒険なのです。私たちはこの永遠に続く進化の螺旋階段を一段ずつ昇りながら、無限なる大霊という光の源へと近づき続けているのです。


より深い、詳しい解説は「再生2」に記載しました。