「違う太鼓」上演台本 1幕6場

    2003年11月18日〜11月23日  新宿タイニィアリスにて公演


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第7場   三月二十五日

      夜の小さな公園。ベンチが一つ置いてある。下手よりトモとマサ
      笑いながら登場。
 
トモ マサと一緒でカップルって思われたの初めてよ。水割り吹き出しそうに
   なっちゃった。あのマスターあんまり人を見る目ないわね。
マサ や、何か見て取ったんだと思うよ、俺たちに。
トモ 8年前に一度だけセックスしたただの友達同士に何を見たっていうのよ。
マサ (答えずに)すいぶん歩いたね。ちょっと座っていこうか。
トモ あら、腰でも痛いの?
マサ やっぱ、歳かな。 
  
      マサ座ると、トモちょっと躊躇してピタっと隣に座る。マサちょ
      っと横へずれる。トモ、また横にくっつく。マサ、またちょっと
      横へずれる。

トモ 取って食わないわよ。感じ悪い。(わざと大きく間を開ける)
マサ 俺は煮ても焼いても食えない奴だからさ、その心配はしておりません。
   (少し元に戻る)
トモ あら、世の中には悪食趣味ってのもあるのよね。(普通の距離に座り直
   す)
マサ そういや、白子の焼いたの、苦手だったみたいだね。飲み込んだ後すご
   い顔してたよ。
トモ いやだ、見てたのねぇ。僕、珍味とか得意じゃないのよ。味覚が子供の
   ままなのね。
マサ その割に料理うまいじゃん。
トモ だって僕が作るのは自分の好きな洋風のもの。ミートローフにクリーム
   コロッケ、ボルシチは自信があるな。
マサ お前の作るクリームコロッケだけは逸品だよ。
トモ だけは余計よ。
マサ そうか、お前。洋食が好きだったんだよな。今日はフレンチにでもすり
   ゃよかったね。
トモ あら、こんな機会でもなきゃ、ふぐなんて食べになんて行けないもの。
   嬉しかったんだから。
マサ そんならいいけど。
トモ 今日のコース高かったんでしょ。ホントごちそうさまでした。
マサ 年に一度の誕生日ですから、奮発しました。
トモ 感激しております。
マサ でも、ふぐにはちょっと遅かったかもしれないね。もう春だもの。
トモ ホント、もう春ね。暖かくなったよね。(見上げて)空も霞んじゃって。
   あぁ! きれいなおぼろ月夜。
マサ 今日は満月だったんだね。

      ふたりじっと月を見上げている。マサがふと「おぼろ月夜」を歌
      い出す。

マサ 菜の花畑に入り日薄れ、見渡す山の端、霞深し

      トモ、途中から入ってハモる。

マサ・トモ 春風そよ吹く空を見れば、夕月かかりて匂い淡し

マサ お前ってハモれるんだ。
トモ あら、これでも小学校の時はきれいなボーイソプラノだったのよ。何度
   も山本君と一緒にみんなの前で歌わされたんだから。
マサ 誰、山本君って。
トモ 大好きだったクラスメイト。初恋ってやつ? 僕、その頃から料理とか
   好きで、遠足の時なんかも自分でお弁当作ってったのね。山本君はご両
   親が共働きだったから、二人分まで作って上げたりしてたの。けなげな
   もんよ。
マサ そんな頃から男が好きだったんだ。
トモ はっきり分かってた。自分は他の子と違うって。
マサ 俺は二十歳過ぎるまでまったく気が付かなかったなぁ。気が付いた後で
   も何年も認められなくてね。けっこう葛藤があったよ。
トモ じゃ女の人とも付き合ってたの?
マサ 付き合うって言うか、なんかやりまくってた感じだね。俺は女とできる
   んだって自分を言い聞かせて。
トモ そうだったの。
マサ だけど二十六の時に初めて男と寝たら、もうどうやっても自分を誤魔化
   せなくてさ、後はこの道一直線だよ。
トモ 僕なんか、気が付いたのは早かったけど、初めてセックスしたの三十一
   の時よ。我ながら情けないわ。
マサ なんでそんなに勿体付けてたんだよ。
トモ 勿体付けてたんじゃなくて、臆病だったのよ。二丁目出たのも遅かった
   し、結局、小学校の時から三十過ぎまでノンケに片思いばっかりしてき
   てたのね。
マサ ずっと不毛なことしてたんだね、お互いに。
トモ でも片思いってある意味で楽よね。自己完結してるから。人とちゃんと
   向き合って関係作っていくのって勇気がいるじゃない。
マサ 勇気か…。俺に最も欠けてるもんだな。
トモ 嫌ねぇ、暗い顔しちゃって。ねぇ!桜が咲いたらお弁当持って、お花見
   行かない? あっ、新宿御苑なんかいいかもね。
マサ いいね。
トモ これからは二人でいろんなところに行けるじゃない。旅行もいいなあ。
   二人で一緒にいろんなもの見て、いろんな体験して。
マサ うん…。
トモ きっとケンカもすっごくするんだと思う。でもそれはそれで大切よね。
   本音と本音がぶつかるってことなんだもん。ねぇ、もっともっと二人で
   いろんな話をしていかない? 小さい頃の話とか、仕事の話とか。今の
   話だって、8年も付き合ってるのに全然知らなかったもん。僕、マサの
   こともっと知りたい。ねぇ、マサ。
マサ うん。
トモ もしマサにこれから先、やっていきたい夢があるんだったら、僕、それ
   を応援する。もし一緒にできるようなことだったら僕もやりたいし。そ
   して、マサがおじいさんになって動けなくなったらおむつ替えてあげる。
   僕は身体に気をつけて、逆の立場にならないようにがんばるつもりよ。
   二人ならいろんなことに耐えて行けそうな気がするの。
マサ うん。
トモ どうしたの。さっきから「うん、うん」ってばかり…。
マサ お前っていい奴だね。いい奴過ぎるよ…。
トモ なによ、真顔になっちゃって。
マサ …。
トモ どうしたのよ。
マサ …。
トモ どうしたの? 何か言ってよ。
マサ (少し間があって)俺、小さい頃三輪車持ってたんだよ。(間)3歳か4
   歳の頃だと思うけど、もう乗らなくなってて、その三輪車、物置に置き
   っぱなしになっていたんだ。ある日、それを親父が見つけて、「マサカズ、
   お前も大きくなったんだから、三輪車はもう乗らないんだろ」って俺に
   言ったんだよ。俺、三輪車のことなんかすっかり忘れてたくらいだから
  「うん、もう乗らない」って答えたんだ。そしたら親父、その三輪車を近
   所の子にやるって話をまとめてきちゃってさ。それ聞いたとたん、俺も
   のすごく三輪車が惜しくなっちゃって、居ても立っても居られなくなっ
   ちゃったんだよ。だけど自分で「もう乗らない」って言った手前、今更
   嫌だとか言えなくて、もうそれ以来寝ても覚めても、そのことばかりを
   考えてジリジリした覚えがあるんだ。何がなんでも嫌なのに、でもどう
   することもできない。あんな嫌な気持ちはなかったよ。(間)実は、お前
   がヒトシ君と付き合うって聞いた時に、あの時のジリジリした気持ちが
   急に襲ってきたんだよ。
トモ 僕が、その三輪車なわけ?
マサ 俺、お前が俺のこと好きだって思っててくれてるの、実はちゃんと分か
   ってたんだよ。分かっていながら、俺はそれに気付かない振りをしてき
   たんだ。 お前は自分の気持ちを言わない。そして、俺がお前のことをど
   う思っているかさえ聞かない。俺は、それをいいことに好き勝手にやっ
   てこれたんだ。俺は自分がしたいことだけしてればよかったんだ。 お前
   は俺が何をしたって許しくれるから、 俺はおいしいとこ取りしてりゃよ
   かったんだよ。 俺にとってこんなに居心地のいい場所は他にはなかった。
   だけどお前がヒトシ君と付き合うって言いだしてから、俺は今まで安心
   して好き勝手できた場所が他の奴に取られちゃうような気がしてさ。だ
   んだん、何が何でも渡したくないって思うようになってきたんだ。そう
   は言っても、どっかで俺、お前があんなに歳の離れたヒトシ君とうまく
   行くわけないってタカをくくってもいたんだよ。だけどお前は必死にに
   頑張っているしさ、こりゃもうダメだって諦めかけてたんだよ。そした
   らお前が俺と付き合いたいって言ってくれたから、俺、これが最後のチ
   ャンスだって思い始めたんだ。だから、ヒトシ君とうまく行かなくなっ
   たのをいいことに「付き合おう」なんてメール出してしまったんだ。
トモ 後悔してるの?
マサ いや後悔って感じじゃないんだよ。トモは今、これからの夢とか希望を
   話してくれたじゃないか。それを聞いていたら、トモにひどく不誠実な
   ことをしてる自分の姿が目の前に突きつけられた気がしたんだ。トモは
   俺にたくさん期待していることがある。それは付き合うんだったら当た
   り前のことだと思うよ。だけど、俺がお前に期待していることを探して
   みたら、今までみたいに俺に何も期待しないで欲しいってことだけだっ
   たんだよ。それって付き合うってこととは違うだろ? それじゃダメな
   んだよ。(間)もう乗らないことが分かっているのに、三輪車を誰にも渡
   したくなかっただけなんだから。
トモ なんだかすごい誕生日になっちゃったな。
マサ ごめん。俺、今日こんなこというつもりじゃなかったんだよ。俺、都合
   良く考えていたから、付き合うって言っても、セックスだってしなくて
   いいんだし、今まで通りにしてりゃなんとかやってけるって思ってたん
   だ。だけど、お前の話聞いてるうちに、こんなのトモに対して一番いけ
   ないことしてるって分かったんだよ。(間)でも、初デートなんて誘っと
   いて、こんなこと言うなんて最低だよね。我ながら嫌になっちゃうよ。
トモ (溜息)今ね、すごく複雑な気持ち。正直言ってこんなに傷ついた気分
   って久しぶりよ。だから少し腹も立ってる。すごく回りくどいやり方で
   気持ちを弄ばれたって感じ…。でもね、なんか不思議だけど、嬉しいっ
   ていう思いもあるの。マサがこんな風に正直に自分の気持ちを話してく
   れたのって初めてじゃない…。今まで僕に心を開いてくれたことって、
   あなたなかったじゃない。でも今日は少なくとも開いてくれた。それは
   僕がなによりも望んでいたことなのかもしれない。
マサ 俺って、ず〜っとお前にひどいことをしてきたんだよね。ホントに済ま
   ない…。
トモ (間)なんかじっとしてたら寒くなってきちゃった。そろそろ帰らない? 
マサ 俺、お前に合わす顔がないよ。悪いけど先に帰ってくれる?
トモ だめよ。今日は最初で最後の本格的なデートなんだから、ちゃんと最後
   までやってちょうだい。家まで送ってくれなきゃダメ。そのくらいはし
   てもらってもいいと思うな。
マサ (間)そうだね、俺ってこういうところが子供のままなんだよね。よし、
   家までちゃんと送っていくよ。行こう。

       二人立ち上がる。

トモ マサ
マサ うん?
トモ ありがとう。本当に思っていることを聞かせてくれて。
マサ (うつむく)…。
トモ でも辛いんなら、僕一人で帰るから、ここに残ってていいのよ。
マサ (しばらくトモを見る)ダメだよ。いくらオバサンでも夜道の一人歩き
   はいけないよ。
トモ 誰かが襲うとでも言うの。
マサ 違うよ。腹立ちまぎれに誰かを襲うといけないから。
トモ ひどいわね〜。バカ。(笑う)
マサ (笑う)とにかく一緒に帰ろう。

       二人、歩き出し、袖に消える。


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