「違う太鼓」上演台本 1幕6場

    2003年11月18日〜11月23日  新宿タイニィアリスにて公演


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第6場   三月十八日

      誰もいないトモの部屋。マサ、コートを着たまま入ってくる。

マサ あれ〜トモ、いないの?
    
      つまらなさそうにコートを着たままソファに座る。元気がない。
      辺りを見渡すとヌイグルミがないことに気づき、辺りを探してみ
      る。またソファに座り、所在なげ。

     下手よりトモの声

トモ あら、もう着いてたの。早かったじゃないの。
マサ 予定より仕事早く終わっちゃったからさ。ごめんね、勝手に中入ってた。
   電気点いてたからすぐ帰ってくるんだと思ってさ。
トモ いいのよ。ちょっとそこのコンビニに牛乳買いに行ってたの。鍵開けた
   ままで行こうかなとも思ったんだけど、マサは鍵持ってるんだしって思
   って。
マサ お袋のこと、いろいろ気遣ってくれてありがとうね。これケーキ。
トモ あら、ありがとう。今日はダイエットお休みにしようっと。で、どう? そ
   の後、お母様。
マサ 今は小康状態ってところかな。
トモ 二週間で退院できたんだから、よかったわよねぇ。
マサ うん。経過がけっこうよかったんでね。でも、2度目だったんで、最初
   はかなり緊張したよ。
トモ 心筋梗塞って怖いものね〜。
マサ お袋も歳だから、そんなに先は長くはないかもなぁ。
トモ 何縁起でもないこと言ってんのよ。ねぇお母様っておいくつ?
マサ 今年で七十五かな。
トモ 大事にしてあげなくちゃね。
マサ こんなに親不孝な息子がいたんじゃ、お袋も心臓が悪くなって当然だよ
   ね。
トモ あらあら、ずいぶん殊勝なこと言ってるじゃないよ。
マサ こんなことがあると、さすがに俺でも弱気になるね。
トモ 誰だってなるわよ。僕たちくらいの歳になると
マサ 親ももうすぐこの世からいなくなるかと思うと、妙にいろんなことを思
   うようになるもんだね。
トモ どうしたのよ、マサらしくもない。
マサ 親父が家でかいがいしくお袋の面倒を見てるんだよ。
トモ いいことじゃないの。
マサ 俺の小さい頃は、親父とお袋はそりゃ仲が悪かったんだよ。しょっちゅ
   う喧嘩ばかりしててさ。いつ別れるかと子供心にハラハラしてたんだよ。
   笑われるかもしれないけど、俺その頃毎日歯ブラシにお祈りまでしてた
   んだ。
トモ 何? 歯ブラシにお祈りって。
マサ 洗面所に歯ブラシを入れるコップがあってさ。その中に親父とお袋の歯
   ブラシが入ってるんだよ。歯ブラシって毛の生えてる向きってあるじゃ
   ないか。その向きが人の顔の向きに思えてね。コップの中で二人のハブ
   ラシがお互いそっぽを向いていると、それだけで親父とお袋がケンカし
   てるような気がしてさ。その歯ブラシの向きをいちいち向かい合わせに
   置き直しては「パパとママがケンカしませんように」って祈ってたんだ。
トモ いやだ。かわい〜い!
マサ 真剣だったんだよ、その時は。今思うと、バカバカしいけどさ。
トモ ふ〜ん。でも切ない話よね。
マサ そんな風に祈りたくなるほど、親父とお袋はいつもケンカばかりしてた。
トモ それがお母さまが倒れたらかいがいしく面倒を見る。やっぱり夫婦って   
   長年連れ添ってると変わってくるのね。なんだかいい話じゃないの。
マサ お袋だって、あんなに悪口言ってたのに、今じゃ感謝しまくっててさ。「私、
   パパと一緒になってホントによかったわ」とか言っちゃって。いつもお
   袋の側に立って、愚痴聞いてた方としちゃ、なんだかたまんないよ。
トモ 仲がよくなったのが気に入らないの?
マサ 違うよ。そういうことじゃなくて、夫婦の仲ってなんなのかって思った
   りしてるわけ。
トモ 子供が大きくなってしまったら、頼れるのって結局二人だけだもんね。
   お二人ともそのことに気付いたんでしょ。
マサ トモ、自分の老後って考えたことってある?
トモ そうね、あんまり考えないようにしてるけど。
マサ お袋のこと見てたら、自分が身体が動かなくなってベッドに寝てるとこ
   ろを想像しちゃったんだよ。周りに面倒を見てくれる人もなく、じっと
   天井を見つめながら、たった一人で寝てる図が浮かんだらゾッとしちゃ
   ったよ
トモ その時にはご飯作ったり、おしめ換えに行ってあげるわよ。
マサ 口だけでもそう言ってもらうと、何か安心するね。
トモ 任せといてよ。
マサ ありがたいもんだね、そういう人間が居てくれるっていうのは。
トモ あら、今日のマサって、チョー弱気ね!
マサ でもさ、そのくらいの時には、お前の方こそじっと天井見てるかもしれ
   ないじゃないか。
トモ あっ、そういう可能性はあるわね。そん時はあなたがおしめ替えてくれ
   なくちゃ。で、二人とも倒れたら、生活保護を受けるとか、民生委員に
   助けて貰うとかやり方はあるわよ。僕たちだって今までさんざん税金払
   ってきたんだもの、そのくらいのことは当然の権利よ。
マサ お前はいいよ。ヒトシ君がいるんだから。
トモ 何言ってるのよ。そんな先のことわかんないもんよ。
マサ 何? うまく行ってないの?
トモ うん。付き合うのって難しいわ。
マサ どうしたんだよ。
トモ なんかここんとこ急に関係がギクシャクしてきちゃったの。
マサ ケンカしたんだ。
トモ ケンカっていうか、ヒトシ君、最近あなたのことひどく気にしだしちゃ
   って、何かというと「俺よりマサさんの方がいいんじゃないの?」とか
   言うのよ。ほら、二週間前のハイキングの時も「せっかくの日曜日なの
   に、俺と居るよりマサさんの誘いにすぐ乗っちゃうし」とか言って。
マサ なんか俺、悪役だね。
トモ 僕はね、あなたへの気持ちをちゃんと整理してヒトシ君と向き合ってい
   こうと思ったのよ。でもね、ヒトシ君はいい子なんだけど、いったん感
   情的になると手が付けられなくなるの。会ってる間中、不機嫌なままに
   なっちゃうし。なんて言うか、気持ちが波立ってくるとコントロールで
   きなくなるみたいなの。そんな風にされると、やっぱり歳が離れてると
   無理なのかななんて思いだしちゃうわけよ。で、あれこれ言い合ってい
   るうちに、「しばらく冷却期間をおきましょ」ってつい言っちゃったのね。
   それからはメールもまったく来なくなっちゃって、ダメかなって思って
   たら、昨日こんなメールが来たのよ。

      トモ、立ち上がって、そのメールのプリントを持ってきてマサに
      渡す。

マサ 読んでいいわけ?
トモ 読んでちょうだい。

      マサ、しばらく読んでいる。

マサ 「やっぱり俺とトモさんではやっていけないと思います。今までありが 
   とうございました。」か。この最後んとこが何か決定的なだよね。ふ〜ん、
   そうか。それでトモはなんて返事したの?
トモ それが、何度も書こうとしたんだけど、言葉が浮かばないのよ。だから
   出してないの。「今までありがとうございました。」なんて言われてしま
   ったら、とりつく島さえない感じでしょ。
マサ でもさ、このまま返事もしなくちゃ、ホントに終わっちゃうよ。
トモ 自分でも何が何でも続けたいのかどうか分かんなくなっちゃって。書き
   たくなったら書くけど、書きたくならなかったら書かないって決めたの。
マサ ぬいぐるみ全部なくなってるし、どうしたのかなって思ってたんだ。そ
   んなことがあったんだ。で、どうしたんだよ、あいつら。
トモ なんか取り囲まれてると、辛くなっちゃうんだもの。みんなで「バ〜カ、
   バ〜カ」って言ってるようで。近くの幼稚園でバザーがあるみたいだか
   ら、寄付するつもりなの。みんな紙袋に入れて作業部屋においてあるの。
マサ それで俺があげたのもお払い箱ってわけか。
トモ ごめんね。この子はいいけど、この子はダメっていう気分じゃなかった
   のよ。
マサ 別にいいさ。気にしてないよ。たかがぬいぐるみなんだから。
トモ 歯ブラシにお祈りしてたような繊細な子供も、大人になるとそんなこと
   言うのね。
マサ もっと大事にしてくれる人に貰われていった方があいつらも幸せだしね。
トモ いじめないでよ。けっこう辛いんだから。
マサ 冗談だよ。そういえばコンテストの方の準備は進んでんの?
トモ さっきまでアイデア練ってたの。
マサ 調子はどう?
トモ 一次審査の締め切りまで、あと一月だから、ちょっと集中してみるつも
   り。自分の生活に直結する問題なんだもん、頑張らなくちゃ。
マサ こういう嫌な気分の時に、何か打ち込めるものがある奴はいいよな。
トモ 僕も助かってるって思うわ。さて、コーヒーでも入れようか。
マサ あ、いい、いい。俺もう行くから。
トモ ゆっくりしてけばいいじゃない。簡単なものだけどご飯作るから食べて
   ってよ。
マサ いや、今日はお袋のことの報告がてら来ただけだから。もう行くよ。
トモ そう。
マサ そういや、お前、携帯のメールとか使ってる?
トモ ヒトシ君がメールアドレス取ってくれたから受け取るのは出来るけど…。
   こっちから送るのはやったことないの。携帯のメールってプリントでき
   ないから受け取るのも好きじゃないんだけどね。
マサ じゃメールもらったらどうすんだよ。
トモ 電話で返事するの。
マサ ふ〜ん。変なの。ね、メールアドレス教えてよ。
トモ えーっと、ローマ字でトモサマ0325アットなんたらかんたらだっ
   たと思う。
マサ 何がなんたらかんたらだよ。お前の確かドコモだったよね。
トモ うん。
マサ トモサマ0325ね。
トモ なによ、メールくれるつもりなの?
マサ 元気付けにエロ画像でも送ってやろうかなと思って。
トモ よしてよ、いらないわよ。
マサ 遠慮すんなよ。
トモ ホントにいらないからね。やめてよ!
マサ わかったよ。送んないよ。じゃ、行くわ。
トモ 今日はお母様のこと聞かせてくれてありがとう。お大事にね。
マサ うん、それじゃ。

      マサ、去っていく。トモ送りに玄関へ一緒に行く。

      暗転
      明るくなると、トモがテーブルに座ってケーキを食べている。
      携帯メール着信音がなる。

トモ あら、メールだ。ヒトシ君かな。そんなことないわよね。あ、エロ画像
   かしら。よしてよ〜。(携帯を取りに立ち上がる。立ったまま読む。)

トモ あら、やっぱりマサだ。(操作して読む。いぶかしげな顔)「試しに付き
   合ってみようよ、俺たち」? えぇ? 何言ってんの、この人。(また読
   む。)「初めてのデートは三月二十五日でどう?」って…。何今更言って
   んの、この人。分かんないわ…。 人のことからかってるわけ? やめ
   て欲しいわよ、こんな気分の時にあくどい冗談は!(間。携帯をまた見
   る)からかってるんじゃないのよね、これって。(間。テーブルの周りを
   歩き始める。)じゃ、何、本気なの?(間)三月二十五日って僕の誕生日
   じゃないよ。その日に初デート? (間)何よ、分かんない。どうした
   らいいのよ。選りに選って、こんな時に。(間)こんな時だから言ってく
   れたのよね…。(間)試しに付き合ってみようってどういうことよ。何が
   「試し」よ。(間)でも試してみなくちゃ何だってわかんないわよね…。
   (間)これって神さまのお導きなのかもね。

      すっと真に戻って、椅子に座る。

トモ とにかく試しなんだしね。(ケーキを食べる)
     
      暗転


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