「違う太鼓」上演台本 1幕8場

    2003年11月18日〜11月23日  新宿タイニィアリスにて公演


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第1場   一月二十日

      暗闇の中から音楽が聞こえる。

      舞台中央にある人形劇の劇場にライトが当たって闇に浮かぶ。
      
      ややあって、トモとマサ下手より登場。二人で協力して劇場を上
      手の脇に用意してある台まで運ぶ。マサ、ライトに浮かぶ劇場の
      幕を開ける。二人は舞台に戻るとそこはトモの家のダイニング。
      二人の姿はシルエットで浮かんでいる。テーブルの前に来たトモ   
      とマサはそれぞれストップモーションになる。食事が終わったと
      ころらしく、トモはテーブルを台フキンで拭いている姿。マサは 
      背もたれにもたれて満腹そうなそぶり。音楽が終わったとたんに、
      トモの部屋の日常的な姿が表れ、同時にマサのセリフ始まり、全
      てが動き出す。

マサ あ〜うまかった! トモ、お前ってやっぱ料理うまいよね。お前の作る
   クリームコロッケ最高だよ。
トモ あぁ、そう。ありがとう。(全然気持ちがはいってない)

      トモ食器を片づけ始める。

マサ なんだよ、その言い方。人がせっかく褒めてんのにさぁ。「大好きなマサ
   カズのためだもの」とかなんとか言えないわけ?
トモ 言えない。(やっぱり気持ちが入ってない)

      トモ食器を持って台所の方(上手)に去る。

マサ (その背中に向かって)感じ悪いなぁ。お前、今日いつもと違うよ。食
   事中もずっと話しないしさぁ。いつもだったら、こっちがうんざりする
   ほどしゃべり通しなのに。なんかあった? あ、お前、更年期ってやつ 
   始まったんじゃないの? 男にもあんだってよ。

      トモ戻ってきながら

トモ 突然飯食わせろって、3ヶ月ぶりにやって来て、愛想まで要求しないで
   よ。だいたいあーたのこと大好きでもなんでもないのにウソまで言えっ
   ていうの? 僕はね、そこまでお人好しじゃないの。
マサ ああ、そうですか。脳梗塞で左半身が動かなくなったって、電話で泣き
   ついてきた時に飛んできてやったのに。命の恩人に対して、ずいぶんな
   言い方だよな。
トモ …。
マサ お前は北海道の姉さんたちには知らせるなって言うし、俺、入院手続き
   から全部一人でやったんだよ。担当の先生の説明を受ける時だって、身
   寄りは誰もいないのでとか適当なこと言わなきゃなんないしさ、冷や汗
   もんだったよ。
トモ 北海道の姉さんたちとは、十年前、父が亡くなった時、遺産相続で折り
   合いが悪くなってから全く付き合いがなくなってるんだし、母も僕が子
   供の頃亡くなってるんだから身寄りがいないってのはあながちウソじゃ
   ないんです!
マサ 俺はねぇ、まさかお前の下着まで洗濯することになるとは思わなかった
   よ。あん時のお前の済まなそうな顔、写真に撮っときゃよかったよ。そ
   うしたらお前もあん時のこと忘れなかったはずだもん。
トモ 忘れてなんかいません。あ、お湯が沸いたわ。(と上手に去る)
マサ 都合悪くなるとすぐ逃げるんだから。(部屋を見渡して変なぬいぐるみに
   気がつく)お前さぁ、なんだよこのヘンチクリンなぬいぐるみ。
トモ (戻ってきながら)あーたがくれたんでしょうが。
マサ 俺がぁ?
トモ (お茶を入れながら)そうよ。あーたがくれたのよ。オトトシかなんか
   の忘年会の帰りにベロベロに酔っぱらって来て、プレゼント交換で貰っ
   たんだけど、こんなのいらないからってくれたんじゃないよ。
マサ お前、そんなの後生大事にとっといてんのかよ。物持ちのいい奴だなぁ。
トモ なんか愛着がわいちゃったのよ。よく見るとかわいいんだもん。
マサ かわいいって。(手にとって見る)これ、お前にそっくりだよ! とにか   
   く、もう捨てろよ、こんなの。(トモに渡す)
トモ いいの!(大事に抱きしめる)はいお茶。でもさ、あの時はホントに助
   かったわ。あーたの近くに引っ越しといてよかった。だって急に左側が
   動かなくなっちゃって、ホントに怖かったのよ。僕、完全にパニクって
   たんだもの。ああ、このまま一人で死んでいくんだって思ったら、あー
   たの顔がふっと浮かんでさ、で、電話したの。
マサ ま、軽く済んでよかったよ。で、どう? その後しびれとかは続いてん
   の?
トモ 手も足も動かすことには不自由してないんだけど、なんかこう、このあ
   たりの表面にしびれが残ってて自分の腕じゃないみたいな感じはあるの
   ね。
マサ そうなんだ。
トモ でも先週、半年目の検診でね、担当の先生がいずれしびれも消えますっ
   て言ってくれたから、まぁ一安心なんだけど。あのまま、左手が動かし
   にくい状態が続いたらアクセサリーだって作れなくなっちゃうし、どう
   しようかと思ったわ。そうなったら食べていけないってことだもんね。
マサ ホントだよ。
トモ (突然居住まいを正して礼)ま、あん時はホントお世話になりました。
   お陰で、姉さんたちにも借りを作らなくて済んだしよかったわ。その後
   も度々心配して来てくれて、持つべきものは友達だと心から感謝してお
   ります。
マサ だろう? そう言う風にいくつになっても人に感謝する気持ちを忘れち
   ゃダメだよ。そういや、お前今年でいくつになんだっけ?
トモ 五十よ。もう立派なウバザクラ。
マサ 桜とか持ち出しちゃダメ!。せいぜい化石とかなんとか言うんなら分か
   るけど。
トモ あなたも来月の二日で五十二になるんだから立派な化石よね。
マサ あ、憎たらしい。お前、俺の誕生日よく覚えてんなぁ。
トモ ね、おいしいケーキ貰ったんだけど食べない?
マサ だめだよ。お前さぁ、少しはダイエットとか考えた方がいいんじゃない
   のぉ。最近とみに腹出てきてるよ。そのうち高齢出産とか言われるから。
トモ あなたに言われたくないって感じ。
マサ 俺はいいんだよ。別に持てたいとか思ってないからさ。でも持てちゃう
   んだけどね。へへ。だいたい老け専の子って腹出てるくらいの方がいい
   んだから。
トモ あーたはいいわよね。オジサンタイプなんだから。僕みたいなオバサン
   タイプは大変よ。腹が出てようと出てまいと市場にニーズってもんがな
   いんだから。
マサ シビアな現状把握だねぇ。お前最近二丁目とか行ってんの?一時期張り
   切ってたじゃん。
トモ やめました。あんなとこ時間と金の無駄使いでしかないんだもの。無理
   してジャケットかなんか着こんでったって僕なんか透明人間みたいなも
   んなんだから。
マサ ハハハ。お前ジャケットなんか着てってんの! それじゃ男装じゃない。
トモ うるさいわね。結局、隣に座った子の恋愛相談の乗ってやって帰ってく
   るだけなんてのが落ちなのよ。
マサ お前、人の相談乗れるほど、恋愛経験あったっけ?
トモ その後、流行りのネットでの出会いってのを覗いてみたわ。中年同士の
   出会いの場とか中年と青年の出会いの場とかあるでしょ。だけど結局み
   んな勝手な要望ばっかり書いてて、所詮、オバサンは相手にされないの
   よ。
マサ お前、相手中年でもいいわけ? 気持ち悪くない? 
トモ あーた、自分も中年のくせによくそんなこと言えるわね。僕は、僕とマ
   ジメに付き合ってくれる気がある人なら年は関係ないの。それに中年く
   らいの人なら、遊びが面白い時期も終わって、そろそろちゃんと付き合
   おうとか思ってる人も多いはずでしょ。
マサ へぇ〜、そういうもんですかね。俺みたいにこの年まで一人で来たら、
   今更誰かと付き合おうとか思わないけどね。だいたい付き合うなんて面
   倒くさいこと、よくする気になるよな。お前みたいに気の許せる友達が
   居て、たまに身体のいいのとセックスできりゃそれで十分なのに。
トモ 気が許せるって、あーたにとってはわがまま放題できるって意味でしょ。
   忘れた頃にやってきて、言いたいこと言って、タダ飯食って帰るだけな
   んだから。
マサ お前さぁ、今日はホント、いつもと違うねぇ。なんでそんなこと言うん
   だよ
トモ 思ったことを言っただけよ。
マサ じゃあ、お前、ホントにそう思ってんの? だいたい脳梗塞の時…
トモ (遮って)そのことに関してはホントに感謝してるって言ってるでしょ! 
   僕が言ってるのは、基本的なことよ。あーたとはもう知り合って8年く
   らい経つけど、いつだってそうだったんだから。マサの関心は自分の気
   持ちがいいかどうか、ってことだけ。人がどう思うかなんてハナっか
   ら興味ないんだから。
マサ なんだよ。何かあったの? なんで今日はそんな嫌な言い方するんだよ。
   別に恩着せがましくする気はないけどさ、お前のこと心配だから来てん
   だろうがぁ。それを自分のことしか考えないとか勝手言って。迷惑なん
   だったら迷惑だって言やいいだろうが。
トモ 迷惑なんて言ってないでしょ! 僕が言いたいのはねぇ、自分がどうい
   うつもりかだけにしか関心がなくて、相手がそれをどう受け取るかなん
   てことに無頓着すぎるって言ってるだけよ! 自分がいいことしてるつ
   もりなら、相手の気持ちなんてどうでもいいんでしょ!
マサ バカヤロウ。今日のお前、絶対変だよ。なんでそんなこと突然言い出す
   んだよ。じゃなにかよ、お前、知り合ってからず〜っとそう思ってたの
   かよ。
トモ そうよ! そんなことも気がつかなかったの? 初めて会った時に「死
   ぬほどお前がタイプだ」とか言っちゃって、強引にデート誘って、その
   日のうちにセックスしたと思ったら、次に会った時には「やっぱ俺たち
   友達になるのが一番だよ」とか勝手なこと言って、それからは昼夜見境
   なく電話掛けてきちゃ「今度の男はけっこうセックスがうまかった」だ
   の「一度寝りゃ付き合いが始まるとか思ってる奴なんてバカさ」とか聞
   いてるこっちの気持ちなんてお構いなしの言いたい放題。それが今まで
   続いてるんじゃないよ。どうせ僕なんかセックス下手のバカよ!
マサ 何、ギャーギャーわめいてんだよ! お前のことセックス下手とか言っ
   てないだろうが。あん時、まさかお前が四十過ぎてたなんて思わなかっ
   ただけだよぉ! だいたい俺が友達になろうって言った時、お前だって
   「それが一番いいと思う」なんて言ったじゃないか。今更自分勝手だと
   か言うんじゃないよ! お前の方がよっぽど自分勝手じゃないか。じゃ
   あ、聞くけど、お前はどういうつもりで「それが一番いいと思う」なん
   て言ったんだよぉ!!
トモ そんなこともわかんないほどあんたは無神経なのよ! もういい。話し
   たって時間の無駄よ。もうさっさと帰ってちょうだい!!
マサ (何も言わず立ち上がる。帰りながら)ヒステリー! 更年期障害!

      マサ、帰っていく。トモ追いかけようとするが、諦め、椅子に力
      無く座る。
      
トモ こんなんじゃダメ…。これじゃ何も変わらない…。

      暗転





      電話の声 (暗転中に流れる)

マサ あ、もしもし、俺、マサカズ。
トモ あら、マサからの電話なんて珍しい!
マサ (照れくさいのか少し感情を抑えた言い方)バースデープレゼントあり
   がとうね。嬉しかったよ。
トモ ああ、ちゃんと届いたんだ。よかった。この前は嫌なこと言っちゃって
   ゴメンね。急ぎの仕事が重なっててちょっとイライラしてたからだと思
   うんだ。それに脳梗塞やってから精神的に不安定なのよ。ホントごめん
   なさい。ねえ、シャツ気に入ってもらえた?
マサ ああ、気に入ってる。さっそく次の日着たよ。首のサイズとかぴったり 
   で驚いたよ。好きな色だしさ、よく分かってるね、俺のこと。
トモ ま、長い付き合いだから。
マサ 俺、確かにお前のこと全然知らないもんね。長い付き合いなのに。
トモ 慣れてるわよ。あら、こんなこと言ってると、この前の蒸し返しになっ
   ちゃう。ところでちょっと相談乗ってもらえない?
マサ ええ? 相談って何?
トモ 内容は会って話すってことじゃダメかな。聞いてもらうだけでいいの。
マサ ま、いいけど。
トモ 明後日の夜とかはどう? マサの会社の近くまで僕が出向くから。
マサ 今の時点じゃ仕事終わるのが何時って言えないんで、帰りにお前んちに
   寄るってのじゃダメ? 
トモ あ、それだったら何時でもいいからウチに寄って。そんなに時間は取ら
   せないから。
マサ OK。じゃ明後日。
トモ じゃあね。



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