夏になると道内を始め、道外からも多くの観光客を迎える町がある。
10数年前までは観光地としてはほとんど無名で、豊かな土壌から実る農作物が特産品のごく普通の町だった。
ある時ヨーロッパ視察旅行の農協の職員が、その途中で丘を覆い尽くすように一面に咲き乱れるひまわりの花畑を見た。その様子は言葉に出来ないほど素晴らしい風景だったらしい。
ひまわりの花に感動した職員は視察旅行から戻ってきて、きっと真っ先にこう言ったのだろう。
「ひまわりの里をこの町にも作ろう!」
やがて、ひまわりは町のシンボルとなり、そして町の有力な観光資源ともなった。
今では50万本とも言われるひまわりの花が咲き乱れる町となり、いつの間にかその町は「ひまわりの里」と呼ばれるようになっていた。
そう。そんな一つの感動から生まれ、そしてその感動から町興しが成功した町。その町の名は 北竜町と言う。
上に書いた「ひまわりの里誕生のきっかけ」は、もちろん私の想像が半分。いくら「ひまわりの里を作ろう!」と誰かが言いだしたとしても、そしてそれがたとえどんなに素晴らしいことでも、そう簡単に事は運ばない。人の感動はなかなか他人には伝わらないものなのだ。
おそらく(これも想像だが)今のような「ひまわりの里」が生まれるまでは、紆余曲折があったことだろう。
それに「町興し」として始めたことなのかどうなのかも、事実かどうかは知らない。
だが少なくとも「ひまわりの花」で町の知名度が上がり、そして私を含めた観光客が大勢押し寄せる町になったことは紛れもない事実だ。
さてまたもや前置きが長くなった。
札幌から乗った高速バスが、滝川ターミナルに到着したところから旅日記は始まる。
数年に渡ってもう何度も北海道へ来ているのだが、なぜか8月と言う、東京を一番脱出したい時期に来たことがない。ところが今回は、1ヶ月以上前から「8月に札幌出張」とスケジュールが決まっていた。
そうなると、夏ならではの場所、つまりはこの季節にしか見ることが出来ないものを見てみたいと考える。
だから今回のこの旅は、本当のところは思いつきから出かけた旅ではない。少なくとも目的地は出張に来る前から決まっていたのだ。
「ひまわりを見て、その後は母の実家(道南地方の森町)に寄って墓参りでもして帰るか・・・」と、来る前から考えていた。そして仕事を終えた翌日、こうして高速バスに揺られてきたというわけだ。
滝川の市街は典型的な地方都市という印象だ。パッと見た感じでは、関東近郊の私鉄の駅前という感じがする。
雨の中を歩くことは億劫なのだが、雨を承知で出かけてきたのだからこれは諦めるしかない。
そもそも、ひまわりと言う花ほど太陽が、そして日射しが似合う花はない。
だけど今日は雨。いや今日と言うよりも、今回札幌に来てからは、ほとんど傘が手放せない日が続いている。
さて商店街を一往復したところで、途中で目星を付けて置いた蕎麦屋に入ることにした。
入り口近くのテーブルに付き、天丼とビールを頼んでからあらためて時刻表を眺める。
ここから「ひまわりの里」の最寄りのバス停「北竜中学」までは約45分。ひまわりを眺めながら2時間ぐらいの時間を過ごし、またこの滝川まで戻ってくるつもりでいる。
ビールを飲みながら天丼を待っていると、一人の男性客が入ってきた。聞くともなしに会話を聞いていたら、どうやらこのお店に勤めている人の息子さんのようだ。
「ああ、お帰りなさい。今、着いたのぉ?」
「うん、そう。いやぁ〜、涼しいね・・・って言うより寒いねぇ、今年は。東京じゃ考えらんないよ」
東京に住んでいる息子さんが、お盆の時期に合わせて帰省してきたようだ。「そうかぁ、もうすぐお盆なんだよな。だから俺も、帰りに墓参りでもして行こうって、考えたんだもんな・・・」
そんなことを考えている内に、旨そうな天丼が運ばれてきた。
やがて北竜町に入った。
ひまわりの絵が入った大きな看板には「ようこそ、ひまわりの里へ」と書いてある。
国道脇の民家にもひまわりの花が見えるし、街灯にもひまわりの飾りが付いている。だが、まだあの丘を埋め尽くすひまわりの花は見えない。
途中のバス停で降りようとするお客さんに、運転手さんが声を掛ける。
「お客さん、ひまわり見に行くんじゃないよね?ひまわりは、この先の北竜中学だからね」
もちろん地元の人と観光客の風体は違うので、地元の人と見える人には声は掛けない。声を掛けるのは観光客と見えるグループに対してだ。だがそんな中には帰省客も当然混ざっている。
途中で降りた人たちの中には、どこからどう見ても観光客!と言う感じの人たちがいたので、親切に教えてくれているのだが、帰省客と観光客の区別までは付かない。
バスを降りて、ひまわりの咲く丘に向かう。
右手には北竜中学校。
今は夏休みなので、人の気配はない。校舎の壁に大きなひまわりの絵。ここに来る間にもバスの車窓から色々とひまわりの絵や飾りを見てきたが、ここの壁画?が一番大きい。
「それにしてもこの雨、どうにかなんないのかな・・・」
そんなことを思いながら歩く。時々小降りになるのだが、すぐにまた降り出す。
この雨は台風崩れの雨なのだ。北海道に台風が来ること自体が珍しいのだが、一旦日本海に出た台風がそのまま日本海を東進して来た。
駐車場にはたくさんの車が停まっている。
「こんな雨の日に、わざわざひまわりの花を見に来なくてもいいのに・・・」とも思うが、これは私にだって言えること。自分に対しても「物好き」という気がしないでもない。
ひまわりの咲いているところまでやってきた。とりあえず傘を差しながら
カメラを構える。
もちろん、ひまわりの写真を撮ろうと思っているのだが、夏の最盛期にも関わらず、何だか花に元気がない。
このところの雨と風のせいで、半分ほど倒れかかってしまっているのだ。ひまわりはあの細い茎で大輪を支えているわけで、大輪であればあるほど雨風の影響を受けやすいのだろう。
それでも密集して咲いているせいでお互いが支え合って、なんとか完全に倒れきることだけは免れている感じだ。う〜ん、まるで人間同士の関係みたいじゃない?(笑)
「せっかくだから」と、少しでも見栄えのするところで写真を撮ろうと思うのだが、それは誰でも同じことを思うようで、人がたくさんいて記念撮影をしている。しょうがないので、丘をぐるりと一周することを先にして、あとでゆっくり写真を撮ろうと考えた。
もうひまわりの季節は終わりに近づいているのか、別の区画のひまわりは完全に枯れていたりする。
考えてみれば北海道は、夏休みもお盆の時期まで。その時期を過ぎると新学期が始まる。短い夏ももう終わりの時期に差し掛かっているのだ。
天気予報では、今降っている雨が「秋雨前線」などと言っている。
そんなことを考えていたら、明るいひまわりの花を見ているというのに、何だか寂しい気分になってしまった。
人が多くいる場所から離れると、ますます歩きにくくなった。
観光馬車がこのひまわり畑を一周しているが、馬もなんとなく歩きにくそうだ。
その観光馬車をやり過ごし、しばらくしてまた舗装された道に出た。
この舗装された側は花が向いている方向と反対側になるので、何だかひまわりにそっぽを向かれたようで面白くない。
ぐるりと一周して、また元の場所に戻ってきた。
さっきよりも幾分人が減っているので、写真を撮る。ついでに展望台(と言うほど高くはないのだが、全体を見渡せるようになっている)に上って、ここでも何枚かの写真を撮る。このひまわり畑は迷路になっていて、入場料300円で楽しむことが出来る。この位置から見ると、迷路の中を右往左往している人がよく見えて、ちょっと面白い。
しばらくそうしてひまわりの花を過ごしていたが、雨がまた強くなってきた。ますますひまわりが頭を垂れてきたように見える。その様子を見ていると、何だか本当に「夏の終わり」になったような気がして来た。この光景は花が花だけにかえって寂しい・・・。
最後の写真を1枚撮って、その場を離れることにした。駐車場脇にある観光施設に入ることにしたのだ。
「ひまわりアイス」なるものが300円で売っていたので、「食べてみようかなぁ」と迷いつつ、お腹の調子があまり良くないので断念。結局、ひまわりにはこれっぽっちも関係のない缶コーヒーを買ってその中で休み、再びバス停まで戻ることにした。帰りのバスまではまだ1時間近くあるのだが、この辺りを少し歩いてみようと思ったのだ。
雨はまた小降りになって、傘を差さないでも居られるくらいにはなったのだが、それでも完全には止まない。
私が現在住んでいる町(プロフィールを参照下さい)も、実はひまわりの町。市花がひまわりなのだ。
下水道のマンホールにもひまわりの絵が入っていたりするのだが、日常生活でそんなことを意識することがない。市内には「ひまわり畑」もあるのだが、見たことがない(関東ローカルのテレビ番組では見たことがあるのだけど)。なにより自宅の近所でひまわりの花が咲いている家を見ることがないし、そもそもひまわりを育てるスペースのある家も少ない。
そんなことを思うと何だか寂しい。ひまわりの町から、わざわざ北海道のひまわりの町までやって来て、ひまわりを見ているのだから。
やはり町全体が「感動」に乗っかった、その勢いの差のようなものを感じてしまう。
見ると、中学生くらいの女の子がこのバス停の辺りを行ったり来たりしている。
実はこの子、私がひまわりの丘に向かうときにすれ違ったので覚えていたのだ。この雨の中、真っ白なブーツを履いていたので、何だか印象に残っていたせいだ。
その時からバスを待っていたという事は、もう1時間以上バスを待っていることになる。
その女の子がしばらく見えなくなった。しばらくして見ると、何だかぎこちない歩き方で向こうから歩いて来た。
私が座っている隣に腰掛けて、しきりとブーツを気にし出した。何気なく見ると、「行ったり来たり」を繰り返している間にブーツのカカトが取れてしまったらしい。
気になって声を掛けようかと思ったのだが、すぐに気を取り直したように立ち上がって、また外に出ていってしまった。
また歩道を行ったり来たりしている。う〜ん、なかなかタフな子じゃないか(笑)。
やがてバスが来た。
ここへ来るときに乗り合わせた私と同い年ぐらいの男の人(この人も旅の途中のようだった。大きなザックを背負っていたので、きっとあちこちを歩いているのだろう)も現れ、このバス停からは4人の乗客を乗せて、バスは再び滝川駅前を目指した。
「やっぱりこの町は"ひまわりの里"なんだ」
今日何回目かの思いを、また新たにする。
ひまわりの里、北竜町。今年も町興しの花が咲いた。
そして来年もまた、この町にこの花は咲き乱れる・・・