旅その6 道東のフィヨルドとサバンナと(厚岸町〜浜中町 1996年10月)

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厚岸町、浜中町の位置  観光バスが厚岸のコンキリエというレストランを出発したところから、この旅日記を始めることにする。
 バスは厚岸大橋を渡って、愛冠岬に向かっている。
 天気は曇り。今にも雨が落ちてきそうな天候だ。



 さてこの観光バスは、くしろバスが企画している『丹頂とくしろ・厚岸・霧多布湿原一周コース』という定期観光バスだ。1日で300Km近い距離を移動するという、ちょっと無謀とも思えるコースなのだが、さすがは北海道。北海道の、しかも道東と言うことで、渋滞等のロス時間はほとんど考慮しなくて良い。だからこそ企画できるコースだと言える。

 観光バスの乗客は、なんと私を入れてたったの3人(!)。他には運転手さんとガイドさんだけだから、全部で5人のみ・・・。大型デラックスバスの中に総員5名とは・・・寂しい限り。
 昨日の夕方、駅前バスターミナルで予約をして、今日になってこのバスに乗り込んだときには正直驚いた。この乗客数の運行では、完全な赤字だろう。人件費すら出ない。気になってガイドさんに尋ねると,『こんなに少ないのは初めてですねえ。今の時期はそんなに観光客が少ない時期でもないんですけど。ええ、1人でもお客様がいる時は運行しますよ。さすがにゼロの時は中止しますけど。それにしてもねえ・・・・私もびっくりしてるんですよ・・・』と苦笑い。

厚岸コンキリエ コンキリエから厚岸湖を望む  私の他には、九州・熊本から来て、北海道をグルリと一周されているという中年のご夫婦。
 それにしても、私以外のお客さんがいてくれて良かった。もし私だけだったら、気が小さい私なんかは居たたまれない(笑)。 『スミマセン。キャンセルしま〜す!』と言い出してしまうに違いないよな、きっと。
 ただ人数が少ないというのも、それなりに良い点もある。他の乗客の騒々しさに悩まされることもないし、何よりも運転手さんまで含めた一種の連帯感のようなものが生まれてくるのが、なんとなく心地よかったりもする。親しい関係ではないが気が許せる関係というか、『友人の知り合いが運転する車』に同乗しているような雰囲気(う〜ん、例えると余計、わかんなくなっちゃう?)とでも言うのだろうか。
 他の公共の交通機関が驚くほど不便(運休中とか、1日1往復だけとか)なので、やむを得ず観光バスを利用したのだが、結果としては正解だったのかもしれない。

 このコース、もちろん、どんなガイドブックにも載っているし、北海道ならではの見どころも多いのだが、釧路を起点とする幾多の観光コースの中では目立った存在ではない。釧路の周りには、阿寒や釧路湿原、摩周湖・屈斜路湖方面と、北海道を代表する有名観光地が目白押しなのだ。途中すれ違った他の観光バスにはそれなりの人数の乗客がいたことから察するに、やはり『今日は観光客が少ないのだ』と言うわけでもなさそうなのだ。
 そう思っていると、同乗している中年のご夫婦は釧路地方は2回目。もしかすると厚岸、霧多布方面は『2度目の人が訪れる場所』なのかもしれない(ちなみに私も釧路方面は10年前と今回で2度目なのだが、このコースは初めてだ)。



愛冠岬先端へ 愛冠岬からの展望(遠くに見える島は大黒島)  さてさて、前置きが長くなった。バスは急坂を上って、愛冠岬に到着。

 愛冠・・・・アイカップと読む。なんともロマンチックな響きのある名前じゃないか。
 この岬の先端までは、バスを降りてからしばらくの間、樹林の中の遊歩道を歩かなくてはならない。ガイドさんによると、この遊歩道沿いには「ガリガリに痩せたキタキツネが餌を貰いに現れることが多い」という話だったが、観光客が多いためか、さすがに警戒して近づいてこないようだ。

 岬の先端に出た。どんよりとした曇り空は相変わらずで、太平洋もこの空の色を反映してか、灰色に見える。なんとなく重たい風景だ。
 岬には立派な鐘が設置されている。ここでこの鐘を鳴らすと恋人同士が幸せになるということらしいが、一人で鳴らした私に御利益はあるだろうか(苦笑)。



あやめガ原からの展望  再びバスは走り出す。途中、放牧馬がいる『あやめヶ原』で下車。

 あやめの咲く季節ではないので、もちろん花を見ることは出来ないが、それなりに雰囲気がある場所で楽しめた。なんと言っても、人がいないのがいい(笑)。さっきの愛冠岬と違って、こっちはバスの乗客の3人だけだ。もっとも戻るときに2〜3組ぐらいの観光客とすれ違ったが。
 ここで聞いた『アヤメと放牧馬』のエピソードはちょっと面白い。なんでもアヤメが枯れるのを防ぐために、なにか良い手はないか・・・・そう考えたある人が、『馬を放せばよいのでないかい?』と思いついたそうだ。馬はアヤメは食べずに、それ以外の雑草(?)を食べる。食べた後の糞がアヤメの肥料になる・・・・という自然の摂理をそのまま生かしたアイディアというわけだ。そう言われて足下を見ると、ここにも、あそこにも、どこにでも、確かにかなり大きな糞があることに気が付いた。
 まあそういうわけで、自由奔放に生きているように見えるが、ここにいる馬は野生馬ではないらしい。観光客に危害を加えないように、性質の大人しい馬を選んで放しているとのことだが、危害を加えるとしたら、それは人間の方でしょう・・・・という気がする。元々が馬は臆病な動物なのだ。

 私がここを訪れたときには、たまたま親子だろうか、2頭の馬が肩を並べて優雅な雰囲気で散歩していた。



 バスからの車窓風景は目まぐるしく変わる。原生林の中を走っているかと思うと、突然に海が見えたりするのだ。海が見えるときには、茫漠とした草地が続いたまま、いきなり垂直な崖になってそのまま海に切れ込むという、ちょっと日本離れした風景になったりする。ガイドさんが『この風景を評して、"北欧"に似ている・・・・と仰っていたお客様がいましたよ』と言っていたが、確かにTVなどで見たことのある『北欧のフィヨルド』に似た風景だと言えるかもしれない(本物は実際には見たことがないけどね)。
 普段だったら、この風景を目に焼き付けようと途中下車するところなのだが、今日は残念ながら観光バス。車窓からの風景で我慢するしかない。それでも運転手さんも気を遣ってくれて、一番の見どころでは減速してくれたので、それなりに楽しむことが出来た(減速しても前後に車が走っていないので、他の車に迷惑はかからず大丈夫なんですね、これが・・・)。

 さて途中、『藻散布(もちりっぷ)』、『 火散布(ひちりっぷ)』といった、いかにも北海道らしい名前の集落を抜けて、やがてバスは『琵琶瀬展望台』に到着した。



霧多布湿原 霧多布の市街地方面(右手にわずかに見える島のような場所は霧多布岬)  琵琶瀬展望台からは広大な太平洋と霧多布湿原が展望できる。

 実は今回のこの旅は、『この展望台から湿原風景を見る』ということが目的だったのだ。本屋で雑誌を立ち読み中、たまたま見たここからの霧多布湿原の風景が忘れられず、『機会があったら・・・』と思っていたのだ。それが今、念願かなってようやく訪れることができた。

 出来ることならもっと長い時間、この風景を見ていたい。どんよりとした空は相変わらずだが、そんなことが全然気にならない。
 ガイドさんに『この風景、何かに似ていると思いませんか?』と後で言われたが、なるほどこの風景はアフリカのサバンナの風景なのだ(サバンナも、もちろん行ったことがないけどね)。湿原だけに大木は見当たらない。その中をゆるやかに蛇行を繰り返しながら、ゆったりと琵琶瀬川が流れている。所々には大小の沼が見える。
 北海道特有の『大きな景色』はあちこちで見てきたが、ここは牧場でもなく、田園でもない。ただの原野と言ってしまえばそれまでだが、この大きな、それでいて手つかずの自然そのままの風景(残念ながら、完全に手つかずと言うわけではないのだが)が目の前に広がっているのだ。

 こうした風景がいかに少なくなったか。そして日常が、どれだけこういう風景から遠ざかっているか。あらためて考えてみるまでもない。心のバランスのためには、こうした風景は必要不可欠(ちょっと思い入れが強すぎるような気もするが)。
 繰り返そう。霧多布湿原は『来て良かった・・・・』と思える非日常への風景だった。

 さて出発まではまだ5分ほど時間がある。
 ここの売店で、ガイドさんお奨めの『浜中町の牧場で取れた牛乳』を飲むことにする。市販品よりもかなり濃い味だ。『牛乳は噛んで飲め』と小学生の頃、先生から言われた記憶があるが、なるほどこの牛乳のように濃い・強い味ならば、その表現もぴったりくる。
 牛乳を飲み終わってバスに戻ると、ガイドさんから『食べません?』と言われて、薫製の欠片を渡された。鮭のトバの薫製だ。噛めば噛むほど味が出て旨い。ここの売店の名物で、『トバイチロウ』という名前の薫製が売っているらしい。なんでも、歌手の鳥羽一郎が命名したとか・・・。ガイドさんも運転手さんもこれを話のタネに買おうと思っていたらしいのだが、残念ながら売り切れで、違うのを買ったとのことだった。それにしても、こういうネーミングセンスには、何故か心惹かれてしまうのだよな、恥ずかしながら・・・



琵琶瀬展望台から太平洋方面を望む(馬が放牧されている) 車窓から瞼暮帰島(けんぼっきとう)  バスは出発して、霧多布岬へ向かう。この岬も行ってみたい場所の一つだ。
 途中、あのムツゴロウさんが最初に動物王国を開いたという、瞼暮帰島(けんぼっきとう)が見える。今は無人島だ。
 この島はお椀のように盛り上がった見慣れた形の島ではない。台形の形のまま海に4分の3ぐらいを沈めたような形をしている。つまり、遠くから見ると島の形が平らで、山の出っ張りが見えない。
 この島ではキャンプをすることも出きるそうだが(キャンプ場がちゃんとあるらしい)、なんとも冒険心がくすぐられる。男は『無人島』とか『探検』という言葉に弱い。幾つになっても少年のようにときめくものなのだ。でも、一人じゃ寂しくて行けないよなあ〜、きっと(笑)。

 ここまで来てようやく、青空がたまに顔を出すようになった。なんとか今日一日は、雨に会わずに済みそうだ。



霧多布岬 霧多布岬に到着。
 岬の先の先までず〜っと、草原が続いている。そのところどころで馬が草を食んでいる。う〜ん、北海道らしい光景じゃないかあ・・・・。この風景、以前にもどこかで見たことがあるような気がしたが、ちょっぴり本州最東端・青森の尻屋岬に似ているのだと気が付いた。

 夏場は霧が多く、ほとんどこの岬からの展望は望めないらしいが(これが名前の由来でもある)、もう秋ということもあり、今日は霧に邪魔されることはなかった。
 岬の海に接している部分は海蝕で削られた岩が荒々しい景観を作っているが、海をちょっと離れて草原を見ていると、さっきの景観が嘘のよう。なだらかな丘陵のイメージすらある。それほど人工的な建造物が少ない岬なのだ。

 岬の先まで行きたかったが、段々陽が傾き始めている。夏場はこのスケジュールでも問題ないのだろうが、さすがに10月ともなると陽が沈むのも早く(しかも日本最東端に近い場所だから)、旅程の後ろになればなるほど、観光のための時間が短くなる。この岬では、たった10分の滞在時間だった。
 どうせ、3人しかいないんだから合意の下、観光ポイントを適当に割愛して、その分1カ所の滞在時間を長くすればいいようなものだが、あらかじめ決められたコースを勝手に変更するわけにも行かないのだろう。観光名所の一番おいしいところは外していないけれど、おいしいところを味わう間もなく次へ移動するという印象。ゆっくりと味わってみれば、別の味を発見できるかも知れないのになぁ・・・と、思うのだけど。

 というわけで、ちょっぴり心残りのまま、霧多布岬を後にした。



湿原センターからの瞼暮帰島(けんぼっきとう)  さて、この後バスは湿原の中を真っ直ぐに通る、"MGロード"なる道を通って、『 湿原センター』へ向かうのだが、そろそろこの旅日記も終わりにしようと思う。

 MGロードを走るバスの車窓から見た湿原風景は素晴らしかったが、まだまだ物足りなさは残る。
 湿原を始めとする北海道の大自然を満喫する旅は、やはり自然の中にどっぷりと浸かった"優雅な時間"が必要なのかもしれない。湿原の中を流れる川をカヌーに乗って過ごしたり、バードウォッチングして過ごしたり・・・(でも、私は鳥が苦手だ。食べる鳥は大好きなんだけどね(笑)。



 帰路。車窓からちょっと薄暗い夕焼けを見つめているうちに、やがて眠ってしまったようだ。ガイドさんに起こされたときには、もう陽はすっかり沈んでいて、釧路の市街地に入っていた。
 バスが朝と同じく駅前バスターミナルに到着して、「道東のフィヨルドとサバンナを巡る旅」もここで終わり。
 今日一日お世話になった運転手さんとガイドさん、そしと熊本からのご夫婦に別れを告げて、ホテルに向かって歩き出す。

 町なかにある温度計は『5℃』を指していた。10月になったばかりだというのに、道東の町にはもう冬がそこまで来ているのだ・・・。


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1999.6.16 Ver.5.0 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)