観光バスが厚岸のコンキリエというレストランを出発したところから、この旅日記を始めることにする。
バスは厚岸大橋を渡って、愛冠岬に向かっている。
天気は曇り。今にも雨が落ちてきそうな天候だ。
観光バスの乗客は、なんと私を入れてたったの3人(!)。他には運転手さんとガイドさんだけだから、全部で5人のみ・・・。大型デラックスバスの中に総員5名とは・・・寂しい限り。
昨日の夕方、駅前バスターミナルで予約をして、今日になってこのバスに乗り込んだときには正直驚いた。この乗客数の運行では、完全な赤字だろう。人件費すら出ない。気になってガイドさんに尋ねると,『こんなに少ないのは初めてですねえ。今の時期はそんなに観光客が少ない時期でもないんですけど。ええ、1人でもお客様がいる時は運行しますよ。さすがにゼロの時は中止しますけど。それにしてもねえ・・・・私もびっくりしてるんですよ・・・』と苦笑い。
私の他には、九州・熊本から来て、北海道をグルリと一周されているという中年のご夫婦。
それにしても、私以外のお客さんがいてくれて良かった。もし私だけだったら、気が小さい私なんかは居たたまれない(笑)。 『スミマセン。キャンセルしま〜す!』と言い出してしまうに違いないよな、きっと。
ただ人数が少ないというのも、それなりに良い点もある。他の乗客の騒々しさに悩まされることもないし、何よりも運転手さんまで含めた一種の連帯感のようなものが生まれてくるのが、なんとなく心地よかったりもする。親しい関係ではないが気が許せる関係というか、『友人の知り合いが運転する車』に同乗しているような雰囲気(う〜ん、例えると余計、わかんなくなっちゃう?)とでも言うのだろうか。
他の公共の交通機関が驚くほど不便(運休中とか、1日1往復だけとか)なので、やむを得ず観光バスを利用したのだが、結果としては正解だったのかもしれない。
このコース、もちろん、どんなガイドブックにも載っているし、北海道ならではの見どころも多いのだが、釧路を起点とする幾多の観光コースの中では目立った存在ではない。釧路の周りには、阿寒や釧路湿原、摩周湖・屈斜路湖方面と、北海道を代表する有名観光地が目白押しなのだ。途中すれ違った他の観光バスにはそれなりの人数の乗客がいたことから察するに、やはり『今日は観光客が少ないのだ』と言うわけでもなさそうなのだ。
そう思っていると、同乗している中年のご夫婦は釧路地方は2回目。もしかすると厚岸、霧多布方面は『2度目の人が訪れる場所』なのかもしれない(ちなみに私も釧路方面は10年前と今回で2度目なのだが、このコースは初めてだ)。
愛冠・・・・アイカップと読む。なんともロマンチックな響きのある名前じゃないか。
この岬の先端までは、バスを降りてからしばらくの間、樹林の中の遊歩道を歩かなくてはならない。ガイドさんによると、この遊歩道沿いには「ガリガリに痩せたキタキツネが餌を貰いに現れることが多い」という話だったが、観光客が多いためか、さすがに警戒して近づいてこないようだ。
岬の先端に出た。どんよりとした曇り空は相変わらずで、太平洋もこの空の色を反映してか、灰色に見える。なんとなく重たい風景だ。
岬には立派な鐘が設置されている。ここでこの鐘を鳴らすと恋人同士が幸せになるということらしいが、一人で鳴らした私に御利益はあるだろうか(苦笑)。
あやめの咲く季節ではないので、もちろん花を見ることは出来ないが、それなりに雰囲気がある場所で楽しめた。なんと言っても、人がいないのがいい(笑)。さっきの愛冠岬と違って、こっちはバスの乗客の3人だけだ。もっとも戻るときに2〜3組ぐらいの観光客とすれ違ったが。
ここで聞いた『アヤメと放牧馬』のエピソードはちょっと面白い。なんでもアヤメが枯れるのを防ぐために、なにか良い手はないか・・・・そう考えたある人が、『馬を放せばよいのでないかい?』と思いついたそうだ。馬はアヤメは食べずに、それ以外の雑草(?)を食べる。食べた後の糞がアヤメの肥料になる・・・・という自然の摂理をそのまま生かしたアイディアというわけだ。そう言われて足下を見ると、ここにも、あそこにも、どこにでも、確かにかなり大きな糞があることに気が付いた。
まあそういうわけで、自由奔放に生きているように見えるが、ここにいる馬は野生馬ではないらしい。観光客に危害を加えないように、性質の大人しい馬を選んで放しているとのことだが、危害を加えるとしたら、それは人間の方でしょう・・・・という気がする。元々が馬は臆病な動物なのだ。
私がここを訪れたときには、たまたま親子だろうか、2頭の馬が肩を並べて優雅な雰囲気で散歩していた。
さて途中、『藻散布(もちりっぷ)』、『 火散布(ひちりっぷ)』といった、いかにも北海道らしい名前の集落を抜けて、やがてバスは『琵琶瀬展望台』に到着した。
出来ることならもっと長い時間、この風景を見ていたい。どんよりとした空は相変わらずだが、そんなことが全然気にならない。
ガイドさんに『この風景、何かに似ていると思いませんか?』と後で言われたが、なるほどこの風景はアフリカのサバンナの風景なのだ(サバンナも、もちろん行ったことがないけどね)。湿原だけに大木は見当たらない。その中をゆるやかに蛇行を繰り返しながら、ゆったりと琵琶瀬川が流れている。所々には大小の沼が見える。
北海道特有の『大きな景色』はあちこちで見てきたが、ここは牧場でもなく、田園でもない。ただの原野と言ってしまえばそれまでだが、この大きな、それでいて手つかずの自然そのままの風景(残念ながら、完全に手つかずと言うわけではないのだが)が目の前に広がっているのだ。
こうした風景がいかに少なくなったか。そして日常が、どれだけこういう風景から遠ざかっているか。あらためて考えてみるまでもない。心のバランスのためには、こうした風景は必要不可欠(ちょっと思い入れが強すぎるような気もするが)。
繰り返そう。霧多布湿原は『来て良かった・・・・』と思える非日常への風景だった。
さて出発まではまだ5分ほど時間がある。
ここの売店で、ガイドさんお奨めの『浜中町の牧場で取れた牛乳』を飲むことにする。市販品よりもかなり濃い味だ。『牛乳は噛んで飲め』と小学生の頃、先生から言われた記憶があるが、なるほどこの牛乳のように濃い・強い味ならば、その表現もぴったりくる。
牛乳を飲み終わってバスに戻ると、ガイドさんから『食べません?』と言われて、薫製の欠片を渡された。鮭のトバの薫製だ。噛めば噛むほど味が出て旨い。ここの売店の名物で、『トバイチロウ』という名前の薫製が売っているらしい。なんでも、歌手の鳥羽一郎が命名したとか・・・。ガイドさんも運転手さんもこれを話のタネに買おうと思っていたらしいのだが、残念ながら売り切れで、違うのを買ったとのことだった。それにしても、こういうネーミングセンスには、何故か心惹かれてしまうのだよな、恥ずかしながら・・・
ここまで来てようやく、青空がたまに顔を出すようになった。なんとか今日一日は、雨に会わずに済みそうだ。
夏場は霧が多く、ほとんどこの岬からの展望は望めないらしいが(これが名前の由来でもある)、もう秋ということもあり、今日は霧に邪魔されることはなかった。
岬の海に接している部分は海蝕で削られた岩が荒々しい景観を作っているが、海をちょっと離れて草原を見ていると、さっきの景観が嘘のよう。なだらかな丘陵のイメージすらある。それほど人工的な建造物が少ない岬なのだ。
岬の先まで行きたかったが、段々陽が傾き始めている。夏場はこのスケジュールでも問題ないのだろうが、さすがに10月ともなると陽が沈むのも早く(しかも日本最東端に近い場所だから)、旅程の後ろになればなるほど、観光のための時間が短くなる。この岬では、たった10分の滞在時間だった。
どうせ、3人しかいないんだから合意の下、観光ポイントを適当に割愛して、その分1カ所の滞在時間を長くすればいいようなものだが、あらかじめ決められたコースを勝手に変更するわけにも行かないのだろう。観光名所の一番おいしいところは外していないけれど、おいしいところを味わう間もなく次へ移動するという印象。ゆっくりと味わってみれば、別の味を発見できるかも知れないのになぁ・・・と、思うのだけど。
というわけで、ちょっぴり心残りのまま、霧多布岬を後にした。
町なかにある温度計は『5℃』を指していた。10月になったばかりだというのに、道東の町にはもう冬がそこまで来ているのだ・・・。