今回は「奇跡の駅」を訪れる旅。
ちょっと大げさなこのタイトルだけど、頭に最初に浮かんだキャッチフレーズがこのフレーズ。かつて一世を風靡した「愛国駅」、そして「幸福駅」のことだ。
帯広から広尾の間。かつてはこの区間約87Kmを走る「広尾線」という路線があった。だが1987年(昭和62年)2月1日に廃線になってしまったから、今はここを走る列車に乗車することは出来ない。
この旧広尾線の途中に、全国的にブームになった愛国駅と幸福駅があった。「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズで、愛国駅から幸福駅までの切符(あるいは入場券)は、のべ1000万枚近く売られたらしい。日本人の10人に1人は持っている計算になる。
そう聞いて「私の家にもあったっけ?」と思い、探してみるとやっぱりあったのですよね、このキップ。しかもキーホルダーになったものと、裸の状態の硬券(厚紙のキップ)が2枚も。
誰がいつどこで入手したのかは、もう誰も覚えていないのだけど、我が家もその10人に1人の仲間だったというわけだ。
この強烈なブームの前、この愛国駅・幸福駅の乗降客は1日数人なんていうことも珍しくないような典型的な赤字路線だったそうだ。ところがこの奇跡のようなブームのおかげで、赤字減らしにも多少の効果があったのだろう、しばらくの延命。
だが奇跡は長くは続かない。やがてブームは去り、気が付くとまた元の赤字路線・・・。考えてみれば、切符は売れているのに実際の乗客がいないなんて、バブルに浮かれたどこかの国のような話だ(笑)。
やがて廃線。そして、みんなの手元には「愛国から幸福行き」の切符だけが残ったというわけだ。
さて帯広駅前を発車した定期観光バスは、旧「愛国駅」の駅舎の前を通り過ぎた。
私は今、その観光バスの中にいる。
そして今回。札幌出張の合間の三連休を利用して訪れた。
昨日は札幌から高速バスで富良野に向かい、富良野からは列車を利用して、夜遅くなって帯広に到着した。
前回訪れた時からそれほど年月が経っていないのだが、やはり季節が秋と冬。帯広の町の印象は変わって見える。それでも駅周辺の建物の中にはいくつか覚えているものもあった。
帯広は9月ともなると外に出るとかなり肌寒く、その肌寒さが「秋」を感じさせる。もうそろそろ紅葉が始まろうかという時期なのだ。でも冷えてくると、それはそれで日本酒が旨い(笑)。だから私にとっては好きな季節なのだ、秋は(要するに年がら年中、何かしらの理由を付けて飲んでいるわけですね)。
「これはもう、今日の予定は牧場だな。うん、それしかないな」というところなのだが、昨日の夜、酔った頭で時刻表を見ていたところでは路線バスの本数は少なく、牧場をコースに入れた定期観光バスは、なんと昨日で終わっていた。おまけに天気は曇り空。いつ雨が降り出してもおかしくないような天候なのだ。
そんなことを考えつつ、昨夜は「何処へ行こうか」ということを決めないまま寝てしまった。とりあえず朝、バスターミナルまで行ってから、行きあたりばったりで過ごし方を考えようと思ったのだ。
と言うわけで、バスターミナルまでやって来たのだが、方針は依然として決まらない。「どうしようかなぁ」と思いつつ、時刻表をバッグから取り出した。路線バスを駆使すれば、半日ぐらいは牧場で過ごせるかも知れない。最悪、帰りはタクシーでも利用するかぁ・・・そう思っていた時、観光バス出発のアナウンスが聞こえた。
「"とかちめぐり"の定期観光バスは、まもなく出発します。ご利用の方はお早めに乗車券をお買い求め下さい」
あわてて時刻表の観光バスの欄を見ると、確かに掲載されている。同じページに掲載されている「ハーフデイとかち」なる牧場めぐりコースだけが、今日から運休だったのだ。
どうしようと考えている暇もなく、そしてどこへ行くのかもちゃんと確認しないまま、結局この乗車券を購入してすぐにバスに乗車してしまった。
こういう定期観光バスなんて、考えてみるとほとんど利用したことがない。子供の頃、家族揃って東京の「はとバス」に乗ったことがあるくらいだ。ましてや今回は一人。観光バスで観光地を巡ることなんて、今までは考えたこともない。
バスは定員の半分くらいの混み具合だった。
ほとんどが(と言うより私以外の全員は)グループでの乗車なので、二人掛けの席に大体が並んで座っている。そのせいで座席は割合と空いているように見える。
座席に着いてホッと一息つきつつ、乗車時に貰った大量のパンフレットの束を見ると、かなりあちこちを見て廻るらしい。ただ期待していた牧場はやはりコースには含まれていない。この季節になると牛も牛舎に引っ込んでしまうのだろうか。私は牛がいなくとも構わないのだが、常識的には観光としての魅力は薄れてしまうのかなぁ。
「やっぱり、"路線バスとタクシー"で牧場の方が良かったかなあ・・・いっそのことレンタカーを借りても良かったかも」などと、ちょっぴり後悔したのだが乗車して走り出した後ではもう遅い。
やがて幸福駅に到着。
幸福駅には私が乗車してきた観光バス以外のバスも停車している。観光客が思ったよりも多い。
「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズを考え出し、それでヒットを飛ばしたのは若い国鉄職員のアイディアだったらしい。
当初は普通の券売機で発売されているようなペラペラの切符だったのを、硬券・・・厚紙の切符に変更した途端、ブームに火が付いた。思わぬヒット商品というのは、そんなものかも知れない。
本来入場券などはその駅で購入するものなのだが、帯広駅でもこの入場券を求める観光客が増え、異例の入場券発売を行ったりもしたそうだ。
予想通り、少し大きなバス待合所くらいの大きさの駅舎には、何やらの願い事や名刺、定期などがビッシリと貼られ、まるで神社のような状態になっている。真新しいものも数多くあり、幸福駅ブームは過ぎ去ったと言いながらも、根強い人気を保っているのかも知れない。現にこうして、観光バスのコースにも組み込まれているのだ。
駅舎の前には写真撮影用にベンチや駅員姿を形取った立て看板(顔の部分がくり抜いてあり、そこから顔を出して写真を撮るという、遊園地などでお馴染みのやつ)が置かれている。何だか歴史的建造物を見ているような気分になって来る。確かに後年、歴史的建造物として扱われることになるかも知れないが・・・
駐車場近くには売店もある。そしてその周りの木々では、野生のエゾリスが当然のように遊んでいたりする。
「ふるさと」と言う言葉から連想する風景が、この駅周辺には広がっているのだ。そして、これだけは広尾線が廃線になった今でも変わらない。
もう一度、バスの中から幸福駅のその姿を見る。「廃線前にここを走る列車を見てみたかったなぁ」と、そんなことを思う。そして、「一度列車に乗ってみたかった」とも。
予定の列車まで、まだ時間がある。そこで急ぎ足で六花亭の本店に向かった。ここでおみやげのお菓子を購入して、またすぐに駅まで戻って来た。
もうすでに夕暮れ時。お腹が空いてきたので駅弁を買おうかとも思ったが、ここで
名物の豚丼を思いだした。残念ながらもう時間はあまりない。手っ取り早く駅ビルの中のお店で済ませているうちに、やがて列車の出発時刻となった。
缶ビールを片手に列車に乗り込んだ時には、外はもうすでに暗くなっていた。
ここから札幌までは特急で2時間ちょっと。一眠りして目が覚めた頃には、札幌に近づいていることだろう。
夢の中で、「広い牧場」と「力強く広尾線を走る列車」を見られたらいいなぁ・・・そんな都合の良い夢はないけどね(笑)。
牧場はまたこの地を訪れれば、また何度でもこの目にすることが出来る。だが広尾線の列車は・・・過去を直にこの目で見ることは出来ない。でも、もう一度見たい過去ってあるのだよね、誰もが。それが叶わないことだと知っていてもね・・・。
そんなことを思っている内に、列車がゆっくりとホームを滑り出した。