旅その3 小樽の寿司屋で孤独を気取る(小樽市 1996年5月)

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小樽市の位置  札幌に滞在して、もう数週間が過ぎている。いわゆる長期出張というやつ。でもって、今日は合間の休日なのだ。
 一緒に休日を過ごす家族も友人もいない、旅先の休日。そして、なぁ〜んにも予定の入っていない中途半端な時間。こんな時には何をやって過ごそうか?

 目が覚めた時には、とっくに昼を過ぎていた。慌てて起きて洗濯などを済ませていたら、4時を廻ってしまった。このままで行くと、せっかくの休日だというのに普段の生活(つまりは何をしたのか分からない内に、休みが終わってしまうというパターン)と同じになってしまう。これでは、ちょっと悲しい。

 『それでは!』と思い、次に『とりあえずどこかへ行こうじゃないの』と思って、しばらくして思いついたのが『小樽で寿司を食おう!』ということだった。
 札幌駅から快速で30分ほど。高速道路を行く路線バスでも1時間はかからない。そう、こんな時にピッタリなのが『小樽』という町なのだ。

 小樽の町で、一人寿司を摘むなんてちょっと男っぽいんじゃない?
 ・・・・というわけで、今回の旅のテーマは『小樽の寿司屋で孤独を気取る』に決定!



 さて、思い立ってから1時間半後には小樽に到着していた。

 小樽までは、札幌駅から快速電車を利用した。
 この電車で小樽に行くときは、進行方向に向かって右側の座席に座ることをお薦めする。手稲駅を過ぎてしばらくすると、一時期、その駅名が話題となった『銭函駅』を通過する。この辺りで突然右手に海が見え、素晴らしい景色を一望に出来るのだ。見える海は日本海。海が荒れているときは、波が防波堤を越えてしまい、線路が冠水してしまうのじゃないか・・・・そんな感じがするほど、海際ギリギリを線路が通っている(事実、そういうこともあるらしい。このあと何度かこの付近で不通となるニュースを聞いた)。

 ところで車窓からの風景を見ていて、面白いものが目に付いた。
 9月だというのに、アジサイの花が咲いていたのだ。そしてその横では、ちょっと弱った感じでヒマワリが咲いていた。
 以前、『北海道ではね、桜と梅の花が同じ時期に咲くんだよ』という話を聞いたことがある。聞いたときには、多少オーバーに言っているんだろう・・・ぐらいに思っていたのだが、この風景を見た瞬間にその話を信じる気になった。『やっぱりここは北海道なんだなあ。ところ変わればなんとかと言うけれど、まさしくここは関東とは違う気候風土なんだなぁ』と、あらためて感じたというわけだ。



夜の運河(1)別にアベックを隠し撮りしたわけではない(笑)  さて、このあとどうしようか。
 このまま寿司屋に直行では芸がない。せっかく小樽に出かけてきたのだから、ちょっと寄り道をしてから寿司屋に行くことにしよう。まだそれほどお腹が空いているわけでもないし、時間もまだ早い。
 迂闊にも、ここで頭に浮かんだ事が『夜の運河を見に行こう!』ということだった。

 小樽はもう何度も訪れてはいたが、夜の運河はまだ見たことが無い。もちろん、絵葉書、パンフレットの写真やテレカなどでは何度もお目に掛かってはいるのだが・・・。
 今まで実際にこの目で見たことが無かったのは、見るチャンスが無かった訳ではない。なんとなく気が向かないまま、むしろ避けていたのだ。理由は・・・皆さんのご想像通りかな(笑)。
 夜の運河なんて、きっと昼の十倍もロマンチックに違いない。だからきっと恋人同士が肩を並べて、それで彼氏が彼女の腰に腕を廻したりしながら、『奇麗ねえ〜』という彼女のささやきに、『いやぁ〜、君の方が数倍も奇麗だよぉ〜』なんて、小癪にもささやき返しているに違いないのだ。そんなところに男一人で現れて、あっちからこっちからの『奇麗だねえ〜』のささやき攻撃を耳にしたら、堪らないではないか(笑)

 でもこの日はついに意を決して(笑)、運河に向かって歩き出してしまった。



夜の運河(2)  駅前から港に向かってまっすぐ歩いていけば、大体どの道を歩いていても運河に到達することが出来る。特に観光客が集中する辺りは、夜ともなるとライトアップされているので、運河の中心となる場所もすぐにわかると思う。

 さて、夜の運河。
 予想通り、恋人同士と思われる男女二人組の数は昼よりは多い。ところが意外や意外・・・。
 思っていたのと違って、彼らの存在は全然気にならないのだ。彼等は、一点に腰を落ち着けると直ぐには移動しない習性がある。しかも下手をすると30分以上も同じ姿勢のままでいる。で、それはそれで風景の一部に溶け込んでいて、その場の雰囲気にそれなりにマッチしているのだ。むしろ、夜の運河の雰囲気を盛り上げるオブジェの役目すら果たしているような感じなのだ、悔しいことに・・・。
 それにしても、これは誤算。「こんなことならもっと早く夜の運河を見に来れば良かった」などと思ったぐらいだ。

 だが実際にはそれだけでは済まなかった。
 「何だか、賑やかだなぁ」と思っていたら、現れたのが『オバチャン軍団』。夜の運河の写真を2,3枚撮りながら、私もしばらくの間はオブジェの一つに成りきろうと思っていると、いきなりのご登場だ。
 「鈴木さん(仮名)、田中さん(こっちも仮名)!こっちよ、こっち!!」と、大声で仲間のおばさんを呼んでは、「写真よ!、写真!」と、こっち向いてはカメラをパチリ。あっち向いてはカメラをパチリ・・・。
 この場に一人でいる私なんかは、いつ「ねえ、そこのお兄ちゃん!、シャッター押してくれない?」と言われるんじゃないかと、落ち着いて雰囲気に浸っているどころではない。
 人のイイ私なんか(笑)は、笑顔を振りまきながら「はいはい。いいですかぁ〜。はい、ポーズ」(最近は"チーズ"って言う日本の伝統的なスナップ写真の撮影技法が流行ではないらしい・・・まあ、そんなことはどうでもいいが)なんてやってしまい、気が付くと次から次へと1時間ぐらい撮影につき合わされてしまうかも知れない。一度捕まったらすぐには解放してくれない、そんな雰囲気をオバチャンたちは醸し出しているのだ。

 結局、そんな目には合わない内にその場を離れることにしたが、ロマンチックな雰囲気と気分は、あっと言う間に吹き飛んでしまっていた。



夜の運河(3)  さて、運河のある通りから離れ、目当ての寿司屋が並ぶ通りへ向かうことにする。ちょうど良い時間になった。運河からは歩いてもすぐの距離だ。

 小樽には『寿司屋通り』という名前の、寿司屋がズラ〜リと並んだ通りがある。
 名前の由来は残念ながら知らない。寿司屋がたまたまたくさんあったために、以前からそういう名前で呼ばれていたのか、それとも観光用に寿司屋を集めて、通りに名前を付けたのだろうか・・・ともかく、数十軒の寿司屋が通りの両端に並んでいる。

 うまい寿司で有名な土地は、日本全国津々浦々にあるだろうが、ここほど一つの通りに寿司屋が集まっているのも珍しいのじゃないだろうか。
 地元の人に話を聞くと「寿司屋通りは観光客向けだからねえ。うまくて安い寿司屋は別の場所に行かなきゃ」ということなのだそうだ。
 でも話を聞いて、「では、その旨い寿司屋に行ってみますか」と思って行ってみると、決まってそういった店は、なんとなく一人では入りにくい雰囲気(常連客ばかりのような)だったりすることが多い。
 そうなると探すのも面倒になってくる。そもそもが、東京などの寿司屋に比べれば値段に対する質は遙かに満足できるわけで、この寿司屋通りの中で探すのも悪い選択じゃないと私は思っている。ただし、これだけ多くの店があるのだから、それなりに店毎の差異はある。値段や質や雰囲気などはピンキリなので、最後は自分の勘と運が頼りになる。

 さて寿司屋通りを端から反対側の端まで歩いた。ほんの少しだけ、どこに入ろうか迷ったが、結局以前にも入ったことがある寿司屋に入ることにした。



 店の前には、『寿司居酒屋』という看板を出している。その看板のとおりに、寿司以外の酒肴類も充実しているので、握りの前の一杯には便利。せっかく夜に出かけてきたのだから、寿司を食って、「ハイ、サヨウナラ」ではちょっともったいない。店の名前を『うしお亭』と言う。
 こんなことを言ったら店主に怒られてしまいそうだが、握りの大きさはかなり小さい。あの回転寿司の大きさぐらいだ。当然ながらそれに応じてネタも小さい。だが値段はなんと、回転寿司よりも安いのだ。それでいて、システムは普通の寿司屋と同じなのだから、雰囲気を考えるとそれだけでもコストパフォーマンスは高いと言える。

 カウンタに座り、ビールを注文。そして、ここでとりあえず、 青ツブ焼きを頼む。続いて、ホッキ貝の刺身とホヤの酢の物

 実は私、貝の類が好物なのだ。貝と名前が付けば、なんだって好物。まあご存じのようにホヤは貝ではないのだが、食感が貝の仲間に近いのでやはり好きなのだ。
 目の前に好物が並んでいるのだから、酒がまずいはずがない。だから「今日は寿司がメインなんだから。酒は程々にしよう」と思いつつも、「でも、おいしいものを食べるためには、酒が必要なんだよなあ」と、心の中で訳の分からない言い訳けのようなことをして、結局飲んでしまうことになるのだ。

 しばらくして、「これ食べて見ませんか?」と言って差し出してくれたのが、『イカゴロの味噌漬け』。イカとイカの腸(わた=内臓)を味噌漬けにして凍らしてある。好き嫌いが分かれる肴だと思うが、「ホヤを注文されたので、こういったものもイケる口かなぁと思って・・・」ということで出してくれたらしい。
 もちろん嫌いなわけがない。しかもサービスなのだ・・・タダならなんでも食べてしまう(笑)。

 「お客さん、前にもいらっしゃったことありますよね?」しばらくして言われたのが、そんな一言。
 客商売をやっている人を見て、いつも感心するのが『記憶力』。毎日、いろんなお客さんを相手にしているはずなので、私のように半年ほど前に一度、さらにその半年前に一度来たぐらいの、しかも複数人で来た人間の一人一人の顔など覚えているはずがないと思っていたのだ。

 今日の旅のテーマ(って、言うほどのもんじゃないけど)は、『孤独な自分に酔いしれる』ことだった。知らない町の(知っているけど)、知らない店で(これも知っているけど)、孤独を気取ってみようなどと思っていたのだ。
 だが、根が話好き。声をかけられ、しかも「覚えていますよ」などと言われてしまうと、もうそれだけで嬉しくなって話をしないではいられなくなる。

 結局、当初の目論見は無惨にも砕け散り、気が付いたときには酒が回ってフラフラ状態の私が『一丁上がり!』てな具合になっていたのだった(ああ、情けない)。



夜の小樽駅  さて帰り道。
 かなり酔っていた。酔い覚ましのつもりで、あっちの路地、こっちの路地をウロウロしながら駅までの道を歩いたが、これが逆効果。こんなことをしているうちに余計に酔いが回ってきた。

 ふと気が付くと銭湯があった。入り口には『東京ナンバー』のバイクが一台駐車していた。かなりたくさんの荷物を積んだままだ。おそらくツーリング途中の人が、銭湯で一風呂浴びて・・・と言うことなのだろう。
 それにしても夜はもうかなり冷える季節だ。このバイクの持ち主は今日はこの後どうするのだろう。夜通し走り続けるのだろうか。それとも、小樽から出ているフェリーで旅を終えるのだろうか。

 この町もやがて短い秋を経て、長い冬を迎える。そうなるとバイクでのツーリングは、ちょっと難しい(雪が降るからね)。そんなことを思っていたら、急に風が冷たく感じられてきた。
 今度は寄り道をせずに、真っ直ぐ駅まで向かって歩く。

 さて、帰りは列車で帰ろうか、それともバスで帰ろうか。
 孤独を気取るはずがいつの間にか、いつものパターン。なかなかカッコ付けるのも難しいようで・・・


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1999.6.16 Ver.5.0 Presented by Yamasan (Masayuki Yamada)