パソコン遍歴コラム
総合案内
ホーム
むかしばなし
創作木工房
木彫りと囲碁
■囲碁
■書付・雑文
●デンドロカカリア レポート
●魯迅との出会い
●沖縄の旅
●パソコン遍歴
Home > 木彫りと囲碁 > 書付・雑文 > パソコン遍歴
パソコン遍歴
  
     私と同年代のPCユーザーの中には,パーソナルコンピュータの草分け時代
  からPCに親しみ,ハード・ソフト両面で達人の域に達しているの方々が少な
  くない。そんな方々から見れば,私のパソコン生活などはかわいいもので,
  参考にはならないだろうが,自分史の一部として,これまで付き合ったPCに
  ついてまとめてみます。
  1. 9801NS/E   1991/12 初めてのパソコン
  2. 9801NX/C   1992 カラーに買い換え
  3. 9821AP2   1997 パソコン通信用に譲り受け
  4. 9821Xa10v 1999/03 中古カスタマイズに挑戦
  5. e-Machines J3032 2005/12 ついに,98ばなれ
  6. i5-760自作機   2010/09 初めての自作パソコン
  7. i5-5675C自作機  2016/03 自作機アップグレード
  8. VGN-B90PS   2005/02 仕事用バイオノート
※7は6の改造,8は仕事用として家置きのディスクトップと併用していた。  こうして並べてみると貧乏性なのに,パソコンに関してはかなり投資して   いるなあと思う。最初の2台のノートパソコンは特に高価だった。    現パソコンになるまでの25年でメインのパソコンは6台,平均4年に   1台買い換えていることになる。  でも,それぞれ大事に使って,Xa10はNECに有料で廃棄を依頼したが,ノ ートパソコン3台とe-Machinesは,人に譲り,Ap2 はソフマップが18000円 で買い取ってくれた。  無駄遣いかどうかは,価格ではなく,どれだけ使って役に立ったかだと 思う。つまり,市場価値より使用価値が重要だという考え方が好きだ。  パソコンに関しては,出費と時間と技術の合計一定の法則というのがあ って,時間と技術が無ければ出費が大きく,技術とお金の不足を補うには, 時間をかける必要がある。技術があれば,時間も出費も最小限で済むことに なる。振り返れば,知識の足りなかった時代には,ずいぶんお金をかけたが, その授業料でハードウエアやソフトウエアに強くなり,今では,組み立てや 修理も自分でやれるし,知り合いのパソコン問題を解決してあげることもで きるようになっている。  歴代のパソコンとの生活を振り返ってみよう。 1台目 NEC PC-9801NS/E    1991年12月 画像P1              一体型ワープロ「キャノ ワード」を使っていたが, 若い同僚が使っていた 一太郎4の連文節変換に 感心し同じものが欲しい といったら,HDDとRamカ ードもあった方が良いと いうので,早速,秋葉原 に行って買ってきた。  「アップル」と出ているお店に入って,NECのノートパソコンを見せてく れと言ったら「NECは置いていません」というので,変な店だなと思った。 店名が「アップル」だと思っていたのだ。というほどのパソコン音痴で,性 能の良いワープロのつもりだった。   ・CPU  386SX16MHz (V30 10MHz相当) ・BIOS及びN88-BASIC(86)128KB ・標準RAM 640KB ,最大ユーザーズメモリ 9.6MB ・VRAM容量 256KB 画素数 640*400 VRAM色数4096色中16色2画面  液晶ディスプレイ時は8階調 テキストVRAM 12KB ・標準実装ドライブ  FDD:3.5インチ1M/640KFDDRAMDRIVE 1M/640K ・HDD増設 40MB ・消費電力 標準 9W, 最大24W ・外形寸法 本体 (mm)(W):316 (D):254 (H):54,3Kg* (本体価格278000,HDD 11万円,Ramカード4MB 4万円!)高かった!  液晶は白黒8階調だったが,ブラウン管式で熱転写プリンタ一体型のキ ャノワードの代わりだから気にならなかった。  主に,一太郎を使っていたが,N88ベーシックをいじっていたらプログラ ミングにはまってしまった。 2台目 NEC PC-9801NX/C       1992年  ベーシックプログラミングが面白かったのだが,画像P1 できたプログラムを9801のディスクトップを借りて 走らせないと 色がわからない。  カラーノートがどうしても欲しくなってしまった。 NS/Eを引き取ってくれるという同僚が見つかったの で,さっそく秋葉原へ向かった。 ・CPU i486SX(J)(20MHz),キャッシュメモリ8Kバイト内蔵 ・BIOS,N88-BASIC(86),98ノートメニュー ・128KBユーザーズメモリ640KB(RAMドライブ加えれば1.6MB)  増設RAMボード4MB (最大13.6Mバイトまで) ・VRAM 256KB ,画素数640*400 2画面,色数4096色中16色,テキスト12KB ・FDD 3.5インチ1台内蔵 ・HDD増設 80MB ・消費電力 標準 13W  最大 28W ・外形寸法 本体 (mm) (W)316 (D)254 (H)53.8 ,2.9Kg    MS-DOSや「AUTOEXEC.BAT」,「CONFIG.SYS」,ハードディスクのフォーマ ットRAMディスクの利用などをこのパソコンで学んだ。  一太郎はVer,5,プログラミングはPC-98用のクイックベーシック日本語 版が使いやすく、グラフィックを多用したプログラムをたくさん作った。 3台目 NEC PC-9821Ap2/U2 1997年(発売は1993/11)  ウインドウズ95を使いたいが,画像P1  今使っているデスクトップパソコンではスペック 不足なので,買い換えたいので引き取り手を探し ている人がいるというので,パソコン通信用に引 き受けた。  ノートパソコンをいちいちモデムに繋ぐのが面 倒だったので,デスクトップがあっても良いなと 思ったのだった。  パソコン通信はインターネット普及前,電話回線にモデムをつけて加入者 だけの閉じたネットワークだった。通信ホストは「ニフティサーブ」に加 入していた。  「Win95にはスペック不足」と聞いていたので,インストールされていた Windouzu3.1でそのまま使っていたが,カノープスのグラフィックボードPW8 05i(PWはPowerWindowの略)が入っていることがわかって,なんとかならな いかと調べた。  NIFTYのステーション(SPCVA)のカノープスのユーティリティーライブ ラリ内にWin95用のドライバを見つけてダウンロードした。Win95が難なく動 いた。「スペック不足」というのは,パソコンショップの店員の知識不足か, 口車だったのでは無いかと思った。  CPUはインテル486DX2 66MHz だったがAMDの互換プロセッサAM5x86-P75に換え た「P-75」はPentium75MHzと同等の性能という意味。PCの発売時の希望小売 価格は\448,000円,PCと一緒に譲って貰ったマルチスキャンディスプレイ(NECではマルチシ ンクと呼んだ)NEC PC-KM171(1993年発売)は25,8000円!今考えるとすごい 値段ですね。 その後いろいろいじり,最終的には次のような構成になっていた。 ・CPU   AM5x86-P75,133MHz,98.3.8 (IOデータPK-A586/98) ・5インチFDD  AD-F50FA   アルファデータ ・内蔵HDD  540AN     ICM ・外付HDD  SHD-BA1000P(SCSIⅡ)Logitec ・グラボ    PowerWindow 805i(VRAM 2MB) カノープス ・CD-ROM CDS-44S   メルコ ・SCSIボード  LHA-20B,LHA-301 Logitec ・増設RAMボード EAC-8M3HD MELCO ・増設RAMサブ  タクサンHT08MB-60-DV(2枚+2枚) ・FAXモデム   OMRON  MA2814 ・ターミナルアダプタ  aiwa TM-AD1280(DSU内蔵)  この初めてのディスクトップとの出会いで,ハードウエアの知識が豊富 になったと思う。ノートパソコンだけだったら,ハードウエアはあまりいじ れず,ブラックボックス的で具体的な知識はあまり増えなかったろう。  パソコン通信も進化し,ニフティに接続し、ニフティでインターネット を利用することや,パケット通信で囲碁サーバーに接続して対局していた。 4台目 NEC PC-9821Xa/C4[改] 1999年3月  AP2に不足を感じ始めた頃,NECは98からPC/AT画像P1 互換機へ転換し,OSのサポートもWin98が最後だ った。  持っている資産,とくにクイックベーシック 日本語版は,98用しかなかった。 さらに,ハングアップが当たり前だったWin95 からWin98SE(PC-98版)に換えて,OSはこれで 十分と思えたときだったので,PC/AT互換機へ転換は困った。 その頃パソコン雑誌に,98改造パソコンの組み方が出ていて,これしか無 いと思って,計画を立てた。  秋葉原で中古の9821Xa10/C4を購入し,改造のため,メモリ,CPU,ウィンド ウアクセラレータをで購入した。本体39,000円,メモリ64MB22,300円,CPU23,400円,WG PFXN20,400円だった。 本体:380(W)×390(D)×150(H)㎜9.3Kg ,Pentium (90MHz) 改造後の構成(ベンチマーク時のデータから) ・Processor  AMD K6-III 398.25MHz        [AuthenticAMD family 5 model 9 step 1] ・Cache    L1_Data:[32K] L1_Instruction:[32K] L2:[256K] ・VideoCard  WGP-FX16N(3Dfx)Resolution1024x768(32Bit color) ・Memory   175,688 KByte ・OS     Windows 98 4.10 (Build: 2222) A ・SCSI = Logitec LHA-301 SCSI Interface ・HDC = I-O DATA UIDE-66 PCI IDE Controller ・Drive  ABCD = SAMSUNG SV2001H Rev QN10E = GENERIC       NEC FLOPPY DISK  J=CD-R/RW RW7163A Rev BO08         苦労して,オリジナル98機が動いたときは達成感に浸った。 周辺機 器のIRQの割り当で苦労したのだが,それなりの知識が得られた。これで, ずっと98を使っていける!(わけなかったが) でも,周囲からPC-98が 消え去るまで使い続け,不足はあまり感じなかった。現在でも工場での生産 ライン管理や、CADシステムで,PC-98が生きているそうだ。 5台目e-Machines J3032     2005年12月 画像P1  WinXPとお値段(62790円)に引かれて,ついに 98からDOSV機へ。 本体とXPのリカバリーディスクと,「システム の復元ガイド」が付いているだけのシンプルなも のだった。                        362mm×184mm×406mm,10.2kg ・Celeron D351 (EM64T 対応256KB L2 キャッシュ, 3.20GHz, 533MHz FSB) ・IntelR 915G チップセット   ・160 GB HDD ・512MB(256MB×2) PC2700 DDR-SDRAM 最大 4GB RAM  可もなく不可もなく,WinXPも安定していて使いやすいパソコンだった。 おかげでPC-98から抵抗なく移行できた。 6台目 core i5-760 自作パソコン  2010年9月 画像P1    時代はWin7,core i になっていたが,WinXpは   安定しているし,スピードも問題を感じないし,    まあ強いて言えば,ADSLすら古くなり光回線 の時代にまだISDNなので,最近のインターネットが 重すぎると感じていたくらいであった。  ある日,友人がcore i で自作したと聞いたら, なぜか,あの98を改造したときの達成感を思い出し, ハードウエアをいじりたくなった。限りないもの それは・・・  cpuは,使っていたグラフィックボード(SAPPHIRE HD5450)も生きるGPU の無いcore i5に注目した。core i5-760が2ヶ月前に出ていた(750は1年前 の2009/09発売)ので,これで組むことにした。OSはWin7-Pro(64bit)。 ・CPU    core i5-760(2.8GHZ LGA1156)    INTEL ・Mather  P55-UD3R           ギガバイト ・Memory  DDR3-pc12800 2GB×2 CFD Felixir Heatsink W3U1600HQ-2G      (後で同CFD 4GB×2を追加して,12GBにした) ・HDD   DESKSTAR500GB 7200RPMu/min(16MB/Mo Cache) HITACHI ・DVDdrive iHAS324-27           LITEON ・pcCASE  SCBC02-BK(500W電源付)    Scythe 代金は締めて74,907 円であった。  囲碁対局ソフト「天頂の囲碁5」がほぼノータイムで打ち返してくるの が気持ちよい。  光回線は2014年に開通!こちらも気持ちよいスピードになった。 画像P1 7台目 Core i5-5675C自作パソコン     2016年3月                     外観は6代目と変わらず    この頃coreiシリーズは第6世代になり,Win7のサポート 終了とWin10無償バージョンアップのバルーンがしつこくなっていた。  こんどこそ,その手には乗らないぞと思っていた矢先,パソコンがぷっ つんした。  消去法で,電源かマザボの故障と推理して,まずは電源を交換したがは ずれ,マザボだった。だが,初代core i(i5-760)が乗るマザボは販売され ていない。  マザボを換えるならCPUもどうぞということか!もしかして,メモリ もか!2016年のこの時期 core iの第4世代,第5世代,第6世代が共 存していた。第5世代までのマザボなら,DDR3-pc12800 メモリでいける。  それで,アップグレード(実は修理)の方針決定!即実行に移した。つ いでにWin10を受け入れた。 電源  玄人志向  KRPW-N500W/85+  8,640円 マザー ASROCK  H97 PRO4       9,720円 CPU インテル  i5-5675C      37,800円 合計                  55,160円 8代目(併用)  バイオノートtype-B VGN-B90PS   2005年2月 画像P1 画像P1    NX/Cを手放した後は長いことノートは持たなかったが,転勤した職場で 必要を感じ,仕事用にソニーの通販で買った。  職場の無線LANに接続するために,LAN内蔵のノートにしたのに,まもな くセキュリティのために無線LANは外され,個人のパソコンをLANに繋ぐこと も制限され,その代わり個人割り当てのノートパソコンが入った。というわ けで,出張のときに連れて行く以外,あまりつきあってやれなかったかわい そうなノートだった。  しかし,ワープロ(書院)が壊れてしまった友人のために,フルキーボ ードと中古の大きなディスプレイを繋いで,ディスクトップの代わりに提供 し,ワープロは一太郎に乗り換えてもらった。  フロッピーの書院文書をウィンドウズ形式のファイルに変換するのに手 間取ったが,一太郎をすぐに使い始めてくれて良かったと思った。 ぎりぎりセーフで楽しんだPC遍歴  40歳まで,パソコンは遠ざけていた。若い同僚達には,パソコンに強 い連中がいた。もし今からパソコンに手を染めるれば,違いなく若手に頭を 下げる機会が増える。それが,いやだった。しかし,ワープロはどうしても 仕事に必要になっていてキャノワードを使っていた。連文節変換のワープロ ソフト「一太郎」(と言うよりATOKが優秀だったのだが)を見せられなかっ たら,パソコンには手を出さなかったろう。  遅かったパソコン入門だったが,まだ,N88BasicとMS-DOSの時代で,そ こから学べたのは滑り込みセーフだったのではないだろうか。職場にもパソ コンが,どかどかと入ってきて,ワープロソフトや表計算ができないと仕事 に差し障る時代になり,それこそ後輩に頭を下げなければ仕事にならなかっ ただろう。  その後,職場で,廃棄パソコンから抜いておいた部品で,動かないから 廃棄するというパソコンを生き返らせて喜ばれた。 データベースに強い後 輩と2人で,イーサネットを繋いで,データ処理システムを作り上げた。後 輩が転勤してからは1人で改善,改良,Windowsへの移植など維持管理し続 けた。この後輩は,最初のノートパソコンで登場した「若い同僚」で,パソ コンやデータベースについて天才級の能力を持っている。  最近,アプリケーションしか扱えないパソコンユーザーはパソコンに使 われているように見えるときがある。パソコンはプログラムを与えて操るも のだという感覚があるのでWindowsの時代になってもパソコンがどう動いて いるのかイメージできるのは大きいと思う。  おかげで,私も必死で学んだ。実践で学ぶのだから身についた。気がつ いたら,エクセルはいい加減なのに,アクセスは使えるようになっていた。 (データベースは「桐」の「一括処理」からだった。) プログラミングは HSP(ホットスーププロセッサ)とアクセスを使うようになった。
△ページトップへ