勝新太郎アーカイブス
赤城おろし 座頭市物語 第16話 シナリオと完成作品の異同
昭和50年(1975年)1月30日初放送
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本ページ作成者は池田博明。2010年2月1日制作
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企画 久保寺生郎 角谷 優 (フジテレビ) プロデューサー 西岡弘善 真田正典 脚本 直居欽也 原田順夫 監督 勝新太郎 撮影 牧浦地志 美術 太田誠一 照明 美間 博 編集 谷口登志夫 音楽 冨田 勲 |
[役名] [出演者] 座頭市 勝新太郎 忠治 辰巳柳太郎 勘助 清水将夫 浅太郎 梅宮辰夫 お加代 奈三恭子 お町 池 玲子 中山精一郎 袋 正 赤堀の吉五郎 御影伸介 三ツ木の文蔵 乾分の三次 日光の円蔵 民五郎 才市 乾分 いかり床の佐平 |
[その他の出演者] 吉田 柳児 富本 広二郎 富島 一誠 南郷 成吉 細川 智 菊地 健一 笠原 明 大村 一郎 高柳 真一郎 田中 一美 |
完成作品のあらすじ(台本とはかなり異なっている) ご存知・国定忠治(辰巳柳太郎)を、情婦お町(池玲子)を交えて人間味ある、弱さのある人間として描いた作品。 強風の描写が冴える。重厚な傑作である。 市は赤城にやって来た。 ちょうど国定忠治は、情婦お町(池玲子)に会うために赤城山を下山していた。 お町の家には若い男(袋正)がいた。お町はその若い男を「兄さん」と紹介し、「酒を買ってきておくれ」と外へ出す。 しかし、酒を飲まないはずの男が酒を買う不審さを目明しの吉五郎(御影伸介)に疑われる。 吉五郎は忠治がお町のところに来ていると察する。役人が家を取り囲んだところで、三室の勘助(清水将夫)が機転をきかせ、 家のなかの忠治に危険を知らせ、一番に乗り込んで逃げ道を示唆する。 勘助は忠治に恩があったのだ。市が役人を切り伏せ、忠治は山へ逃げる。 勘助は市を迎えて、酒を酌み交わす。 娘・お加代(葵三恭子)のうどんをすすりながら、勘助は落ち目の忠治の判断力を疑う。 一方、山へ戻った忠治は、叔父・勘助からの情報をもたらした浅太郎(梅宮辰夫)を叱責する。浅太郎は裏切り者の疑いを免れる為に勘助の許へ現われる。 許婚者の浅太郎が現われて喜ぶ加代。叔父を責める浅太郎。勘助は「凶状持ち、 忠治の許を去れ」と答え、怒った浅太郎は勘助を斬る。全てを見ていた市は勘助の真意を浅太郎に伝える。 市は山へ登り、忠治を諭す。 勘助の願いでもあったもう一度忠治に人々の憧れになって欲しいと。 自分の不明を恥じた忠治は子分に盃を返し、山を下りる決心をする。お町にも最後の別れを告げる。 年季の入った清水将夫、辰巳柳太郎のセリフ回しもみどころ。池玲子は弱さのある女として見事に描かれている。 もとの台本では偶像破壊的な描写が多かった脚本をほんの少し変更することで、忠治の乾分たちへの想やお町の辛さなどを描き出した。忠治やお町の人物像は台本とはまったく異なったものとなった。 |
脚本は黒字、付け加えられた場面はピンク文字で。脚本にあったが、削除された部分は灰色文字で示す。
シークエンス全体が削除されている場合は【削除】と記した。
赤城おろしが音を立てて吹きまくる 砂ぼこりの中をやってくる市。 |
カメラ、パン・ダウンすると、 荒涼とした上州の風景。 森や林、川、道などにダブって、 関八州取締出役の声----- 「国定忠治が今夜、赤城山から里にくだってくるという情報(しらせ)が入った。忠治は国定村の弟、友蔵を訪ねるに違いない。山から国定村への道は三本、柏川から赤堀へ抜けるか、東へ廻って新里へ出るか、西へくだって大胡の宿を通るか、いずれにせよ各自持場を厳重に見張って行先を突きとめよ。忠治はこのあたりの土地に詳しく、味方する百姓も覆いから、決して途中で襲ってはならぬ、家に入ったところを取り囲んで捕縛するのだ。」 |
道に縄を張って、通行の薬売りや雲水を取り調べている。 百姓が粗朶を山のように積んだ荷車を曳いてやってくる。 捕り方の一人が呼び止めて、その荷車を調べようとする。 その時、急ぎ足でやって来た三度笠、旅合羽の渡世人が、荷車の脇を黙って通り抜けようとする。 誰何する捕り方---いきなり長脇差を抜いて叩っ斬り、駈けだす渡世人。 一斉に追う捕り方たち。 その隙に、百姓は荷車を曳いて検問所を通過する。 薬売り、雲水も荷車とともに姿を消す。 |
寒さしのぎに茶碗酒を飲んでいる捕り方たち。 市がやって来る。 捕り方たち、退屈しのぎにからかってやろうと市を取り囲んで、 捕り方A「おい按摩、どこから来た」 市 「伊勢崎から参りました」 捕り方B「どこへ行く」 市 「大間々から足尾の方へ行きますンで・・・」 捕り方たち、顔を見合わせる。 捕り方A「道が違うじゃねえか。ここは大胡の宿だ」 捕り方B「途中に。でっけえ道しるべが立ってたはずだぞ」 市 「そりゃご無理でございますよ、私ァこの通り盲でございますから」 目明し赤堀の吉五郎がヌッと顔を出して、十手で市の顔をなぶったり、指先で市の目をこじあけたりしたあげく、 吉五郎「そこの縄をまたいでみろ」 市、云われた通り、道に張った縄をまたごうとする。 左右から縄を引っ張っている捕り方、おもしろがって市がまたぎにくいように、縄を上下に動かす。 わざと転んでみせる市。 嘲笑する吉五郎、捕り方たち。 吉五郎「こいつは本物の盲だ、通してやれ」 市 「ありがとうございます」 と、頭を下げた途端、眼にもとまらぬ早業で仕込みを抜いて縄を切る。 縄の両端を持っていた取り方がはずみを喰って転ぶ。{市が切ったとは気づかない) そこへ通りかかった大胡宿の目明し、三室の勘助が、吉五郎に声をかける。 勘助「おい赤堀の、大胡の宿がいつからお前の持ち場になったんだ」 吉五郎「・・・・・(渋い顔で)」 勘助「赤堀から国定へかけてが、お前の持ち場じゃねえのかい」 吉五郎「そう肩いからすなよ。三室のとっつぁん。俺ァ礼を云って貰いてぇぐれぇだ」 勘助「なんだと?」 吉五郎「俺の読みじゃ今日はこっちが本命だ。年寄り一人じゃいざっれ時に心細かろうと思ってな」 勘助「フン、余計なお節介だ」 吉五郎「それにとっつぁんは、以前忠治の世話になったって話だし、甥ッ子の浅太郎は国定一家の乾分じゃねえか。情にかられて十手が鈍るようなことがあっちゃ、俺たち一統の名折れだからな」 勘助「何を云いいやがる。年はとっても三室の勘助の十手は、磨きがかかっているンだ。昨日や今日の若僧が一人前の口をきくンじゃねえ」 吉五郎「ちえッ! 年寄りの冷や水とはよく云ったもんだ」 市 その場を離れて宿の方にゆく。 |
昼間というのに、あまり人とおりも無い宿場---空っ風が吹いている。 |
雲水がお経を上げている。 少し離れた道端に、さっきの荷車が置いてあり、百姓と薬売りが小声で立ち話をしている。 そこへ、かぶった手拭いの端を口で抑え、袖で顔をかくすようにした女(お町)が、急ぎ足でやってくる。 お町、薬売り達をチラリと見て荷車の前を通りすぎ、いかり床の裏木戸へ姿を消す。 |
あるじの佐平が客の髪を梳いている。 傍で将棋を指している番待ちの客(いずれも近在の百姓たち)が世間話をしている。 百姓A「正月も近ぇちゅうに、お見廻りが厳しいこんだなァ」 百姓B「床屋へくるに、俺ァ三度も取調べられただ」 百姓C「国定一家の山籠りも、こうなりゃありがた迷惑ちゅうもんだ」 |
風が音を立てて障子の隙間から吹き込む。 抱き合っている男と女。(忠治とお町である) OFFから百姓達の話声ふが--- 百姓A「お前みァ、そんだらことこくがよ、忠治親分が代官所の米倉さ開いてくれたときにァ、生き仏様だ、世直し大明神様だと、涙さおン流して拝んだでねェだか」 百姓B「日照りさ続けァ雨乞いさする。雨さ降って雷様ァあばれりゃ恨みもする。誰だってそんなもンだんべ」 お町が忠治から離れて、ほっと息をつく。 風の音にまじって、按摩の声が聞えてくる。 百姓A、百姓B、百姓C。上記の会話の一部を使い、「こんなに長く山さ籠られると困るなあ」という百姓の嘆きも織り込まれた。 目明しの勘助が顔を出し、「変わりねぇか」と声をかける。すぐに戸をしめて出て行く。 |
市が 市 「(勘助に)この近くにメシを喰うところはありませんか」 勘助「そこを左へ曲がってな、・・・(盲人であることに気がつき)・・・こっちへきな、十五歩くらい歩いた右側にあるよ」 市 「ありがとうございます」と礼をして、めし屋の方へ歩く。 勘助の傍に吉五郎が近づき、 吉五郎「とっつあん、風が強いのに頑張ってんな」と声をかける。 勘助「何を言いやがる。お前みたいな若造にはまだ負けねぇぞ」 吉五郎「甥ッ子の浅太郎が忠治の世話を受けてるだけに、 お前もつれえとこだよな」 勘助には、その言葉が迷惑そうだ。 【シーン12へ】 【削除】 裏木戸から出てきたお町が、 お町「按摩さん、お願いできるかしら」 市 「へぇ、ありがとうございます」 お町「そこの裏木戸を入ってくださいね」 と、教えておいて、近くに立っている薬売りと頷きあい、そっと去る。 市、裏木戸からいかり床の中へ--- |
市、忠治の肩を揉みながら、 市 「だいぶ、お疲れのようでございますねぇ」 忠治「・・・・・」 市 「お気をつなさいまし、これは悪い凝り方でございますよ」 忠治「・・・・・」 市 「急に寒いところへ出たり、あまりご無理をなさいますと・・・・・、卒中でもおきたら大変でございますからね」 忠治「おい」 市 「へい」 忠治「おい」 市 「へい、何か」 忠治「お前ぇじゃねぇ」 障子の外から薬売りに変装した乾分が、 乾分「お呼びでござんすか?」 忠治「お町はどうした?」 乾分「お帰りになりました」 忠治「帰えった? なんで帰ぇしたんだッ」 外の男、困った様子で--- 忠治「(起き上がって)俺ァ出かけるぞ」 市 「もう暫くお休みになっていた方が、よろしいンじゃございませんか」 忠治、市を見る。 市 「外には、何ンだか面白くねぇ奴がうろうろしているようでございますから」 忠治「お前ぇ、俺を知ってるのか?」 と、長脇差を握る。 市、さりげなく忠治の腕をとって 市 「ここが一番凝るところで・・・・、よく揉みほぐしておきませんと・・・・・」 手のスジを揉みほぐしながら 市 「実は以前、野州今市の賭場で、負けが込んでにっちもさっちもゆかねぇところを、親分さんに助けて頂いたことがございますンで・・・・」 忠治「覚えがねぇなァ」 市 「さようでございましょうとも。その頃の親分さんにしてみりゃ、そんな話は掃いて捨てるほど有ったに違ぇねぇ。・・・・・親分さんがお忘れになっても、私はその御恩をいつかお返ししなきゃァと、忘れたことはございません」 忠治、市の手を払って立ち、後ろから取り出した小判を一枚投げ与えて、 忠治「とっときな」 市、手探りで小判に触れて、 市 「とんでもございません。親分さんから頂くわけには・・・・」 忠治「ただで按摩をして貰うほど、俺ァ落ちぶれちゃいねぇよ」 と、出て行く。 |
あたりの気配を窺って合図する薬売り。 裏木戸から出て来た忠治が、荷車に積んだ粗朶の中へ素早くもぐり込む。 お百姓に曳かれて動き出す荷車。 |
お町が台所で水を飲みながら、カメラの方を振り返って、 お町「ごめんなさい、お父っあんが急用があると云ったもんだから。・・・・・お前さん、変なことを考えてるンじゃないだろうね」 男の声「忠治と会って来たンだろう」 お町「冗談じゃないよ。こんなにお取り締りの厳しい中で、会えるわけ無いでしょ、見つかりでもしたら、私だってお前さんだって、何も彼もおしまいじゃないの」 その時、表戸を叩く音がして、 「姐さん、あけておくンなさい、姐さん!」 お町「はい・・・・どなたですか」 乾分「姐さん、裏口をあけておくんなさいまし」 お町「夜じゃなかったんですか。・・・はい、いますぐ」 お町、家の中の若い男に目くばせをする。 お町はこの男を兄と称するが、恋人のようだ。 と、表に答え、カメラの方に小声で、 お町「お前さん、早く・・・・早く隠れて・・・・」 忠治の声「何してやがるんだ、早くあけろい!」 お町、裏の障子戸をあける。 吹き込む空ッ風と共に、荷車から降りて忠治が入って来る。 お町「(忠治にお辞儀をして)・・・ご無事で」 忠治「戸締りをしろ」 と、炉端に坐って、 忠治「(お町に)・・・・・少しやせたな」 忠治は家のまんなかにいる若い男を見る。すかさず、 お町「(忠治に)兄なんです。(男に)兄(あに)さん、・・・・親分・・・・・」 若い男「いつも お世話になりまして」 お町「ひとりじゃ不用心なんで、ずっといてもらってるんです」 忠治「(なかへ入って炉端へ座りながら)・・・・そうかい、そうかい、・・・・お前さんにまで苦労かけて、すまねぇな」 忠治、くつろいだ様子で、 忠治「お町、久し振りだ、一本つけてくれな」 お町「兄さん、お酒買って来て下さいな」 若い男「では、私はお酒を買って参ります」 忠治「すまねえな」 若い男は外へ出て行く。 忠治「どういうつもりで帰ったんだ」 お町「だって・・・・・」 忠治「俺ァお前に会うために山からおりてきたんだ。なンで黙って帰ぇった?」 お町「あんまり長くいると、みんなに悪いし、せっかく骨を折って会わせてくれた勘助さんにも迷惑がかかるし・・・・・」 忠治「何ンで俺が迷惑かけちゃいけねぇんだ?」 お町「・・・・・・」 忠治「一度や二度、迷惑かけたっていいじゃねぇか、それだけの面倒はみてあるんだ。どいつもこいつもクソ面白くねぇ」 と、傍らの徳利をとって湯呑茶碗に注ごうとするが、徳利は空である。 忠治「おい、酒を買ってこい」 お町「お酒・・・・(困った様子)」 忠治「今夜はここへ泊まるぞ」 お町「泊まるの? それじゃァ・・・・どうしょうかしら・・・・・・」 忠治「何ンでぇ」 お町「いえ、いいんだけどさ・・・・(戸だなの方に)ねぇ、どうする?」 忠治「誰に向って喋ってるンだ?」 お町「(仕方なく)じゃ買って来ます」 忠治「(お町の手をなでながら)高砂楼でおしょくを張ってたお前を、こんなあかぎれだらけの手にしちまって・・・・勘弁してくれ」 お町「あたしの苦労なんて、親分の苦労に比べたら」 忠治「まだ若いのに一年も、・・・・一年も留守にしちまって、すまねえ」 |
若い男、風が吹きすさぶ中を酒を買いに店へ向って歩いている。【シーン15】へ続く。 |
店の片隅で市がうどんを喰っている。 亭主がお町に酒徳利を渡しながら、 亭主「珍しいね、お前さんが酒を買いに来るなんて」 お町「こう寒くっちゃ、独り者はお酒を飲まなきゃ眠れないよ」 と、銭を払って出て行こうとする。 そのお町を、暖簾の間から手を伸ばして調理場に引っ張りこむ吉五郎。 |
タカリ酒を飲んでいた目明し赤堀の吉五郎が、お町を好色そうな目で眺め、 吉五郎「独り寝で寒かったら、俺があっためてやってもいいんだぜ」 お町「おあいにくさま、あたしは十手を見ると、寒気がしてオコリが出る性質なんでね。用がないんなら帰しておくれよ」 吉五郎「やけに急ぐじゃねぇか」 お町「(チラリと狼狽の色が走る)」 吉五郎、十手で不意にお町の肩を打ち据える。 倒れるお町。 徳利が割れて、酒が土間に流れる。 お町「なにするんだよッ」 吉五郎「居るンだな、忠治が?」 お町「居るわけないだろう、さっき見廻りに来て確かめたじゃないか」 吉五郎「じゃどこで会うんだ。(十手でお町の顎を突つき)素直に白状すりゃァお上にもお慈悲があるぜ」 お町「・・・・(そっぽを向く)」 |
目明し赤堀の吉五郎が、徳利を持ったお町の兄を眺め、 吉五郎「お町の兄だってな、酒もタバコもやらねえ堅物だって聞いているが」 男「・・・・お町が」 吉五郎「ほんとの兄きか。兄弟ふたりで差し向かいてのもオツなもんだな」 市がうどんを喰っている。若い男は出て行く。 勘助が入って来る。捕り方の連中に向って 吉五郎が声をかえる。 吉五郎「忠治は山を下りた。俺の勘だ、お町の家にいる。逃すんじゃねえぞ」 市、食べおえて出ようとする。 吉五郎「(不審顔で)なんだ、按摩か。どこから来た?」 市 「あっちの方から」 吉五郎「歩いてみろ」 市 「(少し歩いて、頭突きをくらわす)」 吉五郎「この野郎。(殴ると市がよけるので、柱を叩いてしまう)アッ」 |
忠治、戸棚をあけて布団を引っ張り出す。 中に隠れている男、慌てて下の布団にもぐりこむ。 その布団も引っ張り出されて--- ピシャリと戸がしまる。 男、ほっとする。 忠治はお町を抱き顔を寄せて、 忠治「(お町に)お前は俺の命なんだぜ・・・おらあ、お前を喰っちまいたいほど、好きなんだぜ」 忠治はお町に抱きつく。 若い男「お酒買って来ました」 お町「(半身を起こし、酒を受け取り)・・・・兄さん、すみません」 【シーン18へ続く】 |
吉五郎「お前ぇの親父のいかり床の佐平が、三室の勘助とグルになって、忠治が山からおりる手引きをしようってんだろう。え、そうだろう?」 お町「知らないよ、そんなこと」 吉五郎「褒美の五百両を貰うか、それとも、親父もろとも代官所の牢に入るか、俺ァどっちでもいいんだぜ」 その時、市がヌッと顔を出して、 市 「あの、ちょいとはばかりを・・・・」 と、行きかけて、酒樽に腰を下ろしている吉五郎の足を、わざと踏みつける。 吉五郎「あ痛てててッ、気をつけろいッ」 市 「あ、その声は目明しの親分さんですね」 吉五郎「なんだ、さっきの按摩か。まごまごしてねぇで早く失せろッ」 と、市の尻を蹴飛ばそうとするが、ひょいとかわされて、七輪の鉄瓶を引くリ返す。 吉五郎「あ熱ッつつつ」 市 「へへへ、昼間からただ酒くらって、女にちょっかい出すなんて、いいお役目でございますねぇ、目明しの親分さん」 吉五郎「こ、この野郎ッ、ふざけたことをむかしやがって」 と、立ち上がり、十手で市の頭を殴りつけようとする。 途端、市の仕込みが閃いて十手をはねあげ、返す刀でうどんの入ったザルを切り落す。 頭からうどんをかぶって吃驚する吉五郎。あまりの早業に何がどうなったか判らない。 |
徳利酒を呷る忠治、 忠治はタタミの上をすり足で歩いて、 忠治「やっぱりタタミはいいや・・・今夜は泊まっていくぜ」 お町、驚く。やや狼狽する。 忠治「泊まっていくって云ってんだよ」 お町、我に返って、「じゃ、ご飯の仕度を」 と、台所に立つ。 |
吉五郎の指揮で、お町の家を遠巻きにして、じりじりと迫る捕り方たち。 勘助がやって来て、吉五郎に、 勘助「 と、大声で怒鳴る。 |
勘助の声が聞えて、ハッとなる忠治。 忠治「てめぇ、まさか勘助とグルになって・・・・」 お町「(怯えて) 長脇差をとって、鯉口を切る忠治。 お町「 「親分、手が廻りましたッ」 同時に表戸を蹴倒して飛び込んでくる勘助、十手を突きつけて、 勘助「忠治、御用だッ」 忠治「野郎、裏切りやがったな!」 勘助「神妙にお縄を頂戴しろッ」 |
薬売り、雲水、百姓に変装していた忠治の乾分達が隠し持っていた長脇差をとって、捕り方たちと戦う。 勘助「やい忠治、裏手へ廻って滝沢新道から水神の森、三夜沢を抜けりゃァ赤城は一本道だ、この近道を知ってるなァ俺とお前ぇだけだ、逃げようたって、逃がさねぇぞッ」 忠治「うるせぇやいッ」 と、一方に血路を開いて駈け出す。 忠治「お町、必ず帰ってくるぞ」と飛び出す。 【シーン23】へ続く。 |
お町が茫然としている。 戸棚の戸を開いて、恐る恐る顔を出す男。 表で、「御用だッ」と叫び声がする。 男、慌てて戸棚の中に引っ込み。ピシャリと戸を閉じる。 |
忠治を追ってくる数人の捕り方たち。 市 「ここはあっしにお任せなすって、勘助さんが云った道を、早くお行きなさいまし」 忠治「・・・(済まねぇ)・・・」 と、駈け去る。 追おうとする捕り方を、一瞬に斬る市、他の捕り方が駈けて来る。 捕り方A「うろうろするなッ」 捕り方B「忠治はどっちへ逃げた!」 市 「へぇ、あっちの方で・・・・」 と、忠治が逃げたのとは反対の方向を教える。 捕り方たち、駈けて行く。 市、歩き出す。 「おい、お前さん、座頭市だったんだな」 と、声をかけられて立ち止まる。 勘助が立っている。 勘助「 勘助「なあに。一緒に一杯飲みてぇのよ」 |
勘助が入って来る。 勘助「お加代、いま帰ったぜ」 お加代「お帰りなさい、寒かったでしょう。 勘助「 市 お加代の方に頭を下げる。 お加代「ごくろうさま。ちょうどいまうどんが煮えたところよ」 勘助「そりゃあいい。(お加代に)今ごろは、お山は晴れたろうぜ。・・・死んだ女房に似てきやがる」 勘助にすすめられて、炉端に坐る市。 勘助「(十手を神棚に置いて)楽にしねぇよ、お前さん、イケる口だろう」 市 「へぇ、どうも目のねぇ方なんで・・・・」 勘助、囲炉裏の灰に埋めてある酒徳利を取り出して、灰を落としながら、 勘助「ちょうどいい燗だ。誰も教えやしねぇのに、死んだかかあにだんだん似てきやがった」 市 「いいお娘御さんらしゅうございますね」 勘助「近所の奴は、鳶が鷹を産んだなンて悪口を云いやがる。(と、笑って)」 市に茶碗を持たせ、酒を注ぎ、 燗助「さ、やってくんねぇ」 と、自分も注いで飲む。 市 「 勘助「 市 「 勘助「(頷いて)かれこれ十年間勤めて来たが、今夜のようなしくじりは初めてだ。お叱りを受ける前ぇに、こっちからお返ぇしするのがスジだと思ってな」 市 「 勘助「 市 「 勘助「おいおい、変なことを云っちゃいけねぇよ。仮にもお上から十手取り縄を預かる身が、国定忠治をわざと逃すなんて・・・・・」 市 「 勘助「・・・・・・・」 市 「 お加代「お父っあん。これお隣りへ持ってってあげます」 勘助「ああ持ってっておやり。・・・(お加代が出て行くと)・・・いま、お前さん、俺の心が読めるっていってたな。・・・・そうか、読まれたか」 勘助「負けたよ、市さん・・・・・、実はそのホンネをお前さんに聞いて貰いたくて、ここまで来て貰ったんだ」 そこへ、お加代が盆の上に皿や小鉢をのせて持ってくる。 お加代「隣りのおばさんから頂いた鮒を焼いたり、お大根を煮てきたのよ」 勘助「こりゃうまそうだ。市さん、つまんでくれ」 市 「へえ、ご馳走になります」 お加代「お父っあん、あたしが側にいると、ゆっくりお酒が飲めないんでしょ・(と、笑って)ご用があったら呼んでね」 と、台所の方へ去る。 勘助「 市 「・・・・・・・」 勘助「 勘助「だがなァ、人間、落ち目にはなりたくねぇ。 市 「(話に感服して、黙って一礼をする)・・・・」 市 「私も忠治親分には恩を受けたことがございます、この宿へ参りましたのも、何かのお役に立ちてぇと思いまして・・・・・」 勘助「長ぇつき合いでも気の許せねぇ者もいるし、たった一度の出会いでも心の通じ合える相手もいる。・・・・・・市さん、今夜は久し振りに酒がうめえよ」 |
焚火を囲んで、忠治の帰りを待つ日光の円蔵以下、国定一家の乾分達。 「おーい、親分がお帰りになったぞ」 と、知らせる声に、一同ハッと立ち上がる。 髪は乱れ、着物は破れ、返り血を浴びた凄惨な姿の忠治が、疲れた足取りで山道を登ってくる。 「親分、お帰りなさい」 「お帰りなさいまし」 口々に云って迎える乾分達にも無言で、 忠治、ほっと一息つく。 円蔵「お帰りなさいまし。どうです、下の様子は? (忠治の姿を見て息を飲む) 無事でよかった。あと小半時も待ってお帰りがなかったら、一家総出で探しにおりようかと相談していた所でござんす」 忠治「(ジロリと見て)俺が無事でねぇってことを、お前ぇは知ってたのか?」 円蔵「親分、何もそんなつもりで・・・・・」 忠治「浅は 円蔵「奴は今日、飯の番で・・・・・」 |
大根が切られる。 浅太郎が 乾分の一人、才市が呼びに来て、 才市「浅 浅太郎「(大根を刻みながら) 才市「(皮肉に)てぇしたご機嫌だよ。お前ぇに用があるそうだ」 浅太郎はタスキを外して、明るい顔。 「今夜はうまいメシ、食わしてやるぜ」とひとり言。 |
明るい顔でやってくる浅太郎。 浅太郎「親分、お帰りなさいまし。姐さんはお元気でござんしたか?」 忠治、じっと無言で浅太郎を見つめる。 円蔵たちも浅太郎を見つめて----- 浅太郎「何かあったんで?」 才市「わけが知りたけりゃ、手前ぇの胸に聞け」 わけがわからない浅太郎。助けを求めるように円蔵を見る。 円蔵が前に出て、 円蔵「浅、ゆうべ親分に山から出ろと薦めたのはお前ぇだったな」 浅太郎「(戸惑いながら)・・・・・伯父の勘助が、姐さんに親分をお会わせするって、云ったもんですから・・・・」 忠治、きびしい目で浅太郎を見つめる。 忠治「確かに勘助は十手を持って俺ぃらを迎ぇえに来てくれたよ」 茫然とする浅太郎。鯉口を切る音がする。緊張する乾分たちの雰囲気。 浅太郎「・・・ちょっと、待ってくれ。これはなんかの間違ェだ。伯父貴は親分に恩義を感じている。そんな馬鹿なことを、するわけはねえんだ」 忠治の目は、じっと自分の心の中を見つめるようだ。 浅太郎「(声)なんかの間違ぇだ。な、兄弟」 酒の入った盃が浅太郎の顔に飛んで来る。 忠治「浅、たったいま盃を返ぇすから山を下りろ!」 浅太郎「えッ?! 親分、薮から棒に、それァまたどういうわけで?」 忠治「わけが知りたけりゃ、手前ぇの胸に聞け」 浅太郎「これァいってぇ、どういうことなンだ。円蔵兄き、才市、わけを教えてくれ」 一同、気まずい沈黙。 円蔵「ゆうべ三室の勘助はお町とグルになって、親分をお縄にしようとしたんだ。それだけ云ヤぁ察しがつくだろう」 忠治「浅、昨日、俺に山から下りろろとすすめたのは手前ぇだぞ。この落とし前はどうつけるんだ!」 浅太郎「(衝撃に耐えて)判りやした、 円蔵「逃げるんじゃねえだろうな」 浅太郎「(キッと顔を上げて)浅太郎も男でござんす」 居並ぶ乾分たちの間を歩み去る浅太郎。乾分たちの目が冷たい。 歩みを止めて、目を閉じる浅太郎。 |
明るい親子鳥の囀り。 ひとり悄然と山を下ってゆく浅太郎。 |
頬かむりをした浅太郎が勘助の家にちかづく。 浅太郎が窓障子の破れから、そっと家の中の様子を覗く。 お加代「(声)ふふ、お父っあんたら、いつもそうなんだから」 浅太郎、窓をそっとあけると お加代が気が付き、窓の外の浅太郎に気がつく。 お加代「浅さん・・・・、(中に向って)お父っあん、浅さんが」 |
居間で、市が勘助の肩を揉んでいる。 市 「窓の外に、誰かいるンじゃございませんか」 勘助「お加代。表を見てみな」 囲炉裏端の勘助が顔を上げる。市が勘助の背中を揉んでいるようだ。 勘助「浅が・・・・。(嬉しそうに)うん、入れてやれ、入れてやれ」 |
表戸を開くお加代。 慌てて軒下から離れる浅太郎に気づいて、 お加代「あら、浅太郎さんじゃないの」 浅太郎「・・・・・・・」 お加代「何しているの? そんな寒い所に立って、早くお入ンなさいよ」 浅太郎「誰か来てるンだろう」 お加代「按摩さんよ」 浅太郎「・・・・・・」 お加代「どうかしたの」 浅太郎「どうもしねぇよ」 お加代「何だか変よ、いつもの浅太郎さんじゃないみたい」 浅太郎「・・・・・・」 お加代「うちへ来たんでしょ、いいからお入りなさいよ」 お加代、迎えに出る。 浅太郎「(じっとお加代を見て)・・・・しばらくだったな」 お加代「よく帰ってこられたわね・・・さぁ」 浅太郎「誰か来てるんだろ」 お加代「按摩さんよ」 勘助「(声)なにをしてるんだ。早く入らないか」 お加代、浅の手を取ったようだ。 手を引っ張って家の中へ連れて入る。 ↓ |
勘助「 浅太郎「 勘助「(市に)甥ッ子の浅太郎が来たンだ。・・・・・ 市 「じゃあ、また後でつかまらさせていただきます」と下がる。 勘助「浅じゃねえか、よく来たな」 浅太郎「伯父貴・・・すっかり無沙汰しちゃって・・・・」 勘助「無沙汰はお互いさまだ」 勘助「 お加代「はい」 浅太郎「いいよ」 お加代「でも」 浅太郎「いいってんだよ。自分でやるから」 そこへ、隣家の女房が裏口から顔を出して、 女房「お加代ちゃん柚子湯を立てたんだけど入りにこない?」 お加代「いつも済みません。でも と、勘助と浅太郎の方を見る。 勘助「いいからお前だけでも貰ってきな」 お加代「・・・(でも)・・・・・・」 勘助「きれいにしてねえと浅太郎に嫌われるぞ」 お加代「 と、顔を赤らめる。 |
湯道具を持ったお加代が隣家の方へ行く。 |
市、じっと坐って成り行きに注目している。 勘助、徳利酒を湯呑茶碗に注ぎながら、 勘助「山じゃァロクに酒も飲めねえンだろ、さ、一杯のみねえ。 浅太郎、一気にグッと飲み干して湯呑を置き、 浅太郎「伯父貴・・・伯父貴よぉッ、俺ァ今日ぐれぇ人前で口惜しい思いをしたことァねぇ、それもこれも、みんなお前ぇのせいだッ! 勘助「なんだとッ、半年ぶりに顔を見せたと思ぃや、なんて言い草しやがるんでぇいきなり妙なこと云いやがって・・・・」 浅太郎「これから俺と一緒に山へ登ってよ、親分の前に両手ついて詫びを云って貰いてぇんだ、土下座して忠治親分に詫びを云って貰いてぇんだ」 勘助「何を云いやがる。俺ァお上の御用を勤める身だぜ。 浅太郎「なんだとッ、伯父貴・・・・頼むよ。 勘助「 浅太郎「俺ァ親分から疑われてるンだ。・・・・・伯父貴が詫びてくれなきァ・・・・俺ァ裏切り者にはなりたかねぇんだ。 勘助「何が忠治だ、ナンでぇ、忠治の野郎、女に目がクラみやがって、まァ、それはいい、百姓衆から世直し大明神とあがめれてはいたが、俺の目から見たら、あんな野郎は貧乏神だ。国定忠治も落ちぶれたもんだ。 浅太郎「伯父貴、そりゃ正気で云ってるのか?」 勘助「 浅太郎「・・・・・ 勘助「 浅太郎、突然長脇差を抜いて、勘助の肩先に斬りつける。 のけぞる勘助。 と、二の太刀を振り上げる そのとき、二人の間に割って入る市。 市 「 浅太郎「なンだ手前ぇは、邪魔しやがると と、斬りかかろうとする手を市が 市 「勘助さんは、ハナっから 浅太郎「なンだって?!」 市 「捕り方に 浅太郎「それじゃァ 市 「それがお前には判らないのか・・・・お前にドスを抜きやすくするためよ・・・ 浅太郎「(声が出ない)・・・・なんだって・・・・・」 浅太郎は勘助に抱きつく。浅太郎「伯父貴ッ」 傍で勘助が苦しい息の下で、 勘助「市さん、・・・・これでいいんだ・・・・ 浅太郎「知らなかったんだ、伯父貴、俺が馬鹿だったンだッ、許してくれ!勘弁してくれ!」 と、勘助に向って叫ぶ。 勘助「とんでもねぇ所へ引っ張り込んじゃまって、悪かったなァ・・・・市さん・・・・楽にしてくれ・・・・・・」 市 「朝太郎さん、息のあるうちに誓っておくんなさい。堅気になると・・・・・」 浅太郎「伯父貴、俺ァ今日限り堅気になるぜッ!」 突然、市の仕込みが閃いて、 そこへ、裏口からお加代が戻って来る。 お加代「いいお湯だったわ、柚子の香りがして・・・・・」 異様なその場の状況に気づいて、ハッと息をのみ棒立ちになる。 |
焚火を囲んで食事をしている忠治。 ふと箸を止めて。 忠治「円蔵、今日、おらァ、珍しい奴に会ったよ。座頭市だ。座頭市に助けてもらったんだ(笑う)」。皆も笑う。 茶碗にメシがもられる。忠治はその茶碗のなかのメシをじっと見つめる。 乾分たちは粟飯だ。忠治はひどい状態だと心を痛める。 円蔵が箸を止めて忠治を見る。 忠治「おう、なんで俺だけ違うメシを食わせるんでぇ」 犬市「見張りがきびしいもんで。近頃、差し入れが少ねぇもんで」 忠治「そんなことは聞いてやしねぇよ。なんで俺の口ン中へ入ぇるもんと、手前ぇッちの口の中へ入ぇるもんが違うかと聞いてるんでぇ。なんで黙ってるんでぇッ」 円蔵「米が底をついちまったんで・・・・明日の朝になればなんとかなりますんで」 忠治「そんなら、明日の朝までなんにも喰わねえからな」 忠治は立って場を離れる。忠治は火に当る。 犬市が差し出す茶碗をとって、一口喰った忠治、茶碗を犬市に突きかえして、 忠治「何でぇ、こりゃァ。菜っ葉まじりの粟飯じゃねえか。こんなものが喰えるけぇッ」 犬市「どうも済みません。米が底をついちまったもんで・・・・・」 忠治「百姓たちはどうした?」 円蔵「見張りが厳しいせいか、このごろ差し入れが少なくなりまして・・・・」 忠治「奴等は俺のことを何ンだと思っていやがるンだ。さんざん世話になっておきやがって」 円蔵、犬市顔を見合わせる。 忠治「かまうことァねぇ、佐位郡三十八ケ村ドスで脅しても米を運ばせろッ!」 |
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米俵や野菜などを担いだ百姓達が、国定一家の乾分に率いられて山を登って来る。 |
運んで来た食糧を前にして、百姓達が三人並んでいる。 乾分達は「ありがとうさんです」と礼を言って受け取っている。 犬市が点検して円蔵に報告する。 犬市「柏川村仙右衛門、米が二斗、卵五十個、野菜が少々・・・・」 円蔵「ごくろうさんです」 犬市「笠懸村源兵衛、粟五升、芋が二十本。えれぇ少ねぇなァ」 円蔵「つまらねぇこと云うんじゃねぇ。どうもありがとうさんで」 犬市「えーと、お次は阿佐美村吾作、麦一斗、鶏二羽、大根五本・・・・」 ひとわたり点検し終わって、最後に立ち止まる。 手拭で頬かぶりした市が丸い風呂敷包みを持って坐っている。 犬市「お前ぇさんは何処の村だ?」 市 「私は旅の按摩でございます」 犬市「按摩?・・・・・何を持って来たンだ」 市 「へえ、これを・・・」 と、風呂敷包みを示す。 犬市「なンだ、随分小さぇなァ。カボチャでも入ってるのかい」 と、解をあけようとする。 市、その手を払いのけて、 市 「これは、忠治親分さんにじきじきにお渡ししなけりゃならないもんでございます」 犬市「親分はいまお休みだ」と、会わせようとしない。 犬市「ごたいそうなことを云うんじゃねぇや、さ、こっちへよこしな」 と、奪い取ろうとするのを円蔵が制して、 円蔵「実は昨日、チョイとしたゴタゴタがございまして、親分はお疲れなんで・・・・・あっしが代わりにお受け取り致します」 市 「それが、どうしても親分に、じかでんきゃァお渡しできねぇんで」 円蔵「わからねぇお人だな、親分は会えねぇと云ってるンでござんすよ」 市 「私、どうしてもお会いしてぇと云ってるンで」 円蔵「いい加減にしろいいッ!」 乾分たちも市を取り巻く。 円蔵が現れ、「市っつあん、円蔵だよ」と声をかける。 市 「円蔵さん」 円蔵「親分から市っつあんのことは聞いておりやす。その節はお世話になってありがとうございます。さ。どうぞ・・・・どうぞ」と案内する。 円蔵「親分、座頭の市っつあんがお見えになりましたよ」 忠治「おう。そうかい、そうかい・・・・・よく来てくれたな」 そのとき堂の奥から忠治が姿を現し、 忠治「なんでぇ、騒々しい」 円蔵「この按摩がどうしても親分に会いてぇと、動きやがらねぇんで」 市 「忠治親分でございますか」と、頬かぶりを取る。 忠治「お前ぇ、昨日の按摩だな」 わけありそうな市の様子に、 忠治「円蔵、百姓たちを帰ぇせ」 円蔵「(心得て百姓たちに)皆さん方、どうぞお引取りなすって。犬市、途中までお送りしろ」 犬市に促されて、百姓達帰っていく。 忠治「俺に用ってなァ何ンでえ?」 市 「忠治親分に、一日も早く山を下りていただきてぇんでございます」 忠治「なんだとッ」 市 「親分さんが山に籠っていなさるために、麓のお百姓衆は迷惑してるンでございます」 忠治「早いとこ、山を下りなくっちゃな。ハラさぐられっからな」 市 「じきにおいとまいたしやす」 忠治「おらぁいいが、おらぁ、お前に迷惑がかかっちゃいけねえと思ってよ」 市 「もう私なんぞに目をかけてくださるんなら、いくらかけてくださってもかまやしません」 忠治「 市 「以前、今市の賭場でも、あっしの負けがこんでにっちもさっちもいかねえときに親分さんにお助けいただきましてその節は本当にありがとうございました。あたくしは親分さんのことは神様だと思っておりやす」 忠治「てえそうなこというんじゃねえよ。そうかい、そんなこともあったかな」 市 「あの頃の親分さんはもう困ってる人を助けるのは年がら年じゅうでございましたから、お忘れになるのは無理はございません。私はいつかご恩を返さなくちゃと、忘れたことはありません」 円蔵「お前さんのように、そう言ってくださる人もありゃ、人はさまざま、佐位郡三十八カ村のために命をお張りになった親分の・・・」 忠治「おう(円蔵の話を止めて)・・・茶を持って来い」 円蔵去る。 忠治「馬鹿なこといってやいけねぇ、俺がお上に刃向かって山にいりゃこそ、百姓達は助ってるンだ。いってみりゃァ俺ァローソクみてえに、手前ぇの体を細らせて世の中を明るくしてるンだ」 市 「そのローソクも、倒れリャ火事になる。親分のために、百姓衆はきびしい詮議の中を、山へ食い物を運ばなきゃならねぇンですよ」 忠治「なあ市さんよ、おらぁな、手前をローソクだと思ってるんだ。手前ぇの体がいくらやせ細ってもな、世間さえ明るくんりゃいいと思ってるんだ」 市 「それでこそ忠治親分でござんす。でも、そのローソクが倒れたら、どうなりますかね。火がついて燃えますね、四方八方に迷惑をかけるんじゃござんせんか。国定忠治といえば、百姓衆から世直し大明神とあがめられ、渡世仲間から日本一の親分といわれたお人、その親分さんがなんで人の心を見抜けなくなっちまったんでございます。(包みを解いて首を差し出す)」 忠治「おめぇ何が云いてぇんだ」 市 「私は三室の勘助さんと乾分の浅太郎さんのことを、お話しようと思って参りましたンで」 忠治「あいつらは恩知らずだ、裏切りもんだ」 市、黙って風呂敷包みを忠治の前に出し。解き開く。 勘助の首である。 忠治「(衝撃を受けて)」 市 「浅太郎さんに斬られなすった三室の勘助さんでござんす」 忠治「・・・・・」 市 「親分を助けるために 忠治「・・・・・」 市 「勘助さんは親分さんに夢を託して喜んで死んでいきなさいやした。 忠治「・・・・これ以上抜かしやがると叩っ斬るぞ・・・・」 市 「親代わりに育ててくれた伯父貴を、 忠治「浅はどうした?」 市 「生まれ変わって、足を洗いました」 忠治「何ッ?」 市 「人の真心を疑うような親分に、愛想をつかしたんでございますよ」 忠治、突然長脇差を抜いて市に斬りつける。 瞬間、市の仕込も閃いて 忠治の刀は遠くへ跳ね飛ばされる。 市の方袖と忠治の*が同時に切れて落ちる。 長脇差を手に、パッと市を取り囲む乾分達。 忠治「座頭市だな」 市 「・・・・・」 市 「斬らなくちゃならねえのはお前さんの心じゃねえんですか」 忠治「 市 「あっしのこころの中には親分さんは神様として残っておりやす。それをどうしてあっしのような目なし鳥が斬れましょう。 忠治「・・・・おらァ神様でもねえ、親分でもねえ。女にも惚れりゃあ、やきもちも焼く、人も疑いや、恨みもする。下らねぇ人間だ・・・・・」 天幕の外では円蔵たちが中の様子を窺っている。 市 「まぶしいばかりに輝いたおてんとう様は、沈む時には、きれいな夕陽で沈んでやっておくんなさい 忠治「(じっと考えて)・・・・わかった、おい、円蔵、今日限り山をおりるぜ」 円蔵「(驚いて)親分・・・・・」 忠治「俺ァもとの忠治にかえって出直すんだ。お前ぇ達との盃も水にするぜ」 乾分達ざわめく。 朝日の光がまぶしい。 円蔵「親分、みんな揃いました」 忠治、天幕から出て、 忠治「みんな。俺の最後のわがまま、聞いッつくれ。今日限り盃は返ぇす」。 忠治「(乾分達に一同に)山をおりたら 乾分たち、泣く。「親分」と、忠治にとりすがる。 忠治「お前たちはな、長生きをしろよ。俺も死なねぇよ。なあに死ぬもんか」 乾分たち、泣く。 市は様子を聞いている。 忠治はコモを着て、首塚を見つめている。 乾分たちが頭を下げる、その間を、山を下りる忠治。乾分たちが声をかける。 「親分、お達者で」 山を下りて里を歩く市。頬かぶりをする。 |
吉五郎がお町の酌で飲んでいる。 お町「きっとハリツケになるんですね」 吉五郎「そりゃ間違いねぇよ、天下の大罪人だからな」 お町「そうでなきゃ困るんですよ。生きて娑婆に出てこられちゃ、あたし達どんな目に会わされるか・・・・・」 吉五郎「なんでまた、急に気が変わったんだい?」 お町「あたしだってまだ若いンだし、褒美のお金だって欲しいし・・・・・」 吉五郎「(親指を出して)コレができたんだな」 お町「そんなもの、いやしませんよ」 吉五郎「勘助はいなくなったし、これで忠治をお縄にすりゃァ、佐位郷は俺の思うままだ。どうだい、もう一度姐さん風を吹かしたくァねぇかい」 お町「そうねえ・・・・ご褒美のお金を頂いてから考えてもようござんすよ」 吉五郎「じゃ明日の朝は、必ず忠治をおびき出せるんだな」 お町「来ますよ、何ンたって私に首ったけなんだから・・・・・」 |
今日も空ッ風が激しく吹いている。 |
人目を避けて戸を叩く旅姿の忠治。 忠治「お町、あけてくれ、俺だ!」 戸締りがないことに気づき、あけて中に入る。 |
大根を切る。お町である。若い男も傍らにいる。 誰かが来た気配がする。 戸が開き、男が立っている。蓑笠を取る。忠治である。 お町「・・・・親分、あたし・・・・親分のこと、ずっと待ってたのよ。ほんとよ。でも、あたし、さみしくって・・・こわくって・・・・許して。そこへ、この人が・・・・」 忠治は中へ入らない。 忠治「・・・・いいんだよ。心配するな。別れに来たんだよ」 お町「・・・・親分」 忠治「(男に目をやって)・・・・よさそうな人じゃねえか、名前は知らねえけど」 若い男「・・・・私は・・・・ 忠治「いやぁ、名前なんかいいんだよ。お町を幸福にしてやってくれ」 若い男「(力強く)はいッ」 お町「親分ッ!」と駈け寄ろうとする。 その前で戸をピシャっと閉めて去る忠治。 お町は泣き崩れる。 入ってくる忠治 忠治「・・・・お町・・・・・」 座敷に布団が敷いてあり、お町が寝ている様子である。 忠治「どうした? 体でも悪いのか」 と、座敷に上がって布団を覗き込み、ハッとしてめくる。 お町の姿は無く、代わりに座布団が丸めて置いてある。 途端、四方の戸がパッと開いて、 「忠治、御用だッ!」 「神妙にしろ!」 と叫んでひしめく捕り方たち・ 吉五郎が前に出て、嘲笑を浮かべながら、 吉五郎「女にダマされるようじゃァ、忠治も年貢の納め時だな」 忠治いきなり吉五郎を叩っ斬り、障子を蹴倒して表へ飛び出す。 |
野菜を取り入れている百姓たち。 捕り方に追われて、忠治が駈けてくる。 悲鳴をあげて逃げる百姓たち。 彼らが丹精した野菜も畑も、たちまち忠治や捕り方たちの土足に踏みにじられていく。 忠治が捕り方と斬りあっている。走る忠治の横顔のストップ・モーション。 「あれ、忠治親分でねえだか、可哀相に・・・・・」 「何が可哀想なもんけ、おらが畑さふんごみやがって」 「おれんちの大根さ、めちゃめちゃにして、まァなんちゅうことだんべぇ」 百姓達の話し声を耳にして じっと立ちつくす市----------- |
木枯らしの音----鴉の声------- 風の中を市が歩いている。 ふと市は見上げる。 画面はセピア色。祭り囃子が遠くに聞えている。風もビュウビュウ吹いている。 荒涼たる処刑場をバックに タイトル 「嘉永三年十二月二十一日、国定忠治は、上州大戸の関所で処刑された」 磔つけ柱に、息絶えている国定忠治 その傍ら、通りすぎて------- 風の中を去って行く市。 ------終------- |
新・座頭市第1シリーズ 日曜日にはTVを消せ No.9 PART2 新・座頭市第2シリーズ 日曜日にはTVを消せ No.9 PART3 新・座頭市第3シリ−ズ 日曜日にはTVを消せ No.9 PART4 『勝新演出の座頭市』 日曜日にはTVを消せ No.9 PART2-4 勝新演出の警視K 日曜日にはTVを消せ No.9 PART5 痛快!河内山宗俊 日曜日にはTVを消せ No.9 PART6 監督・勝新の『新座頭市物語 折れた杖』脚本と完成作品の異同 兵隊やくざ 映画シリーズ |
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