秋尾敏の俳句


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第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

秋尾 敏の俳句 2018年


軸3月号 落ちるなよ

海原は途方もなくて梅の坂
梅ふふむ言葉を貯めているように
春光は喉の奥まで野のラップ
陽炎の枝に足掛け落ちるなよ
木々芽ぐむ義務ではなくて希望である
石に傷あり残雪は消えつつあり
春ショール雲を探しているらしい
雪晴れの橋蒼天に突き刺さる
お見舞いに行こう河口に冬の雲


軸2月号 力は互角

浮かびきれない氷あり夜の森
冥界へ力は互角冬木立
バイク前傾風なき夜の枯芒
寒月光集めてコインランドリー
寒風に干すジーンズと羊雲
四回転ジャンプ引力凍らせて
雪を噛む四輪駆動墓地の前
雪踏んで夜空が軋む歩道橋
雪の貪欲ゴム長靴が直立す


軸1月号 俳句史は

水底の青さとなって初明り
イヤフォンのホルンが叫ぶ福沸
初御空俳句史は始まったばかり
光年の闇の揺らぎを今年とす
重ね着の別れに大いなる記憶
進入禁止冬天に何もない
協会を批判しており煤払
大晦日どんな結末でも素敵
像真似て空っ風から降りてくる


西日本新聞新春に寄せて 秋尾 敏
 初御空
永遠の青さとなって初明り
三ヶ日走り続ける人もいて
初御空俳句史は始まったばかり

俳句、究極の知恵
俳句とは、人間の究極の知恵なのではないかと思う。祝いの場では喜びの核心を明らかにし、哀しみの場では乗り越える力を人々に与える。それが俳句というものであろう。もっと気軽な日々の一句にしても、その日の状況をどう捉えれば心豊かに暮らせるかと考えた末の一言なのである。
七十年代のアメリカで俳句が普及したのは、ベトナム戦争に傷ついたカウンターカルチャー世代の心を捉えたからであった。九十年代のバルカン半島では、旧ユーゴスラビアからの独立運動の中で俳句が広がっていった。俳句は、傷ついた人の心を持ち堪えさせる力を生み出す。俳句とは、状況を生き抜くための知恵なのである。