秋尾敏の俳句


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第4句集『悪の種』 第3句集 「ア・ラ・カルト」
第2句集 「納まらぬ」  第1句集 「私の行方」

秋尾 敏の俳句 2018年


軸6月号  添加物

パン売りに来る驢馬がいて麦の秋
茫漠とした次世代へ田水張る
岬短し船虫の受動態
虹の直情半島を塗り潰す
逃亡のための散髪夏近し
万緑の森わたくしは添加物
木星接近ザリガニが発光す
反物質とは麦秋の黒い棘
ゴルフ場禾の先から生まれ出る


「現代俳句」6月号 もつれ合う

黒煙の西に傾く三鬼の忌
種が違うと春泥がもつれ合う
逃亡のための散髪夏近し
茫漠とした次世代へ田水張る
不特定多数を満たす石清水
虹の直情半島を塗り潰す
義侠心滝は雲から降りてくる
妄想の季感を遊ぶ更衣
文箱閉じれば遠雷が古事記から
懐疑派の襟にも茅花流しかな


軸5月号 骨あるように

おしめりの真正面から燕来る
花吹雪違う意見が出たらしい
鷹化して校歌に寂しすぎる鳩
花冷のエレベーターの急降下
音立てて台車に春は積まれ来る
執念のような葉脈柏餅
内股で来る春の鳥ビルが建つ
     金子兜太氏追悼「俳壇」4月号
ふかぶかと落暉末黒野は無中心
      「WEP俳句通信」103号
陽炎の骨あるように立ちにけり


軸4月号 春の宵

人間の隙間を探す揚雲雀
屋根替の星に昂る男かな
オカリナの一人加わる雛の夜
春の宵人の不幸を買って読む
放課後は積極的な桃の花
春北風右眼は山に疎まれて
春の香炉に迷信が立ち昇る
快眠に侠気の目覚め燕来よ
年の豆トマトに角が生えている


軸3月号 落ちるなよ

海原は途方もなくて梅の坂
梅ふふむ言葉を貯めているように
春光は喉の奥まで野のラップ
陽炎の枝に足掛け落ちるなよ
木々芽ぐむ義務ではなくて希望である
石に傷あり残雪は消えつつあり
春ショール雲を探しているらしい
雪晴れの橋蒼天に突き刺さる
お見舞いに行こう河口に冬の雲


軸2月号 力は互角

浮かびきれない氷あり夜の森
冥界へ力は互角冬木立
バイク前傾風なき夜の枯芒
寒月光集めてコインランドリー
寒風に干すジーンズと羊雲
四回転ジャンプ引力凍らせて
雪を噛む四輪駆動墓地の前
雪踏んで夜空が軋む歩道橋
雪の貪欲ゴム長靴が直立す


軸1月号 俳句史は

水底の青さとなって初明り
イヤフォンのホルンが叫ぶ福沸
初御空俳句史は始まったばかり
光年の闇の揺らぎを今年とす
重ね着の別れに大いなる記憶
進入禁止冬天に何もない
協会を批判しており煤払
大晦日どんな結末でも素敵
像真似て空っ風から降りてくる


西日本新聞新春に寄せて 秋尾 敏
 初御空
永遠の青さとなって初明り
三ヶ日走り続ける人もいて
初御空俳句史は始まったばかり

俳句、究極の知恵
俳句とは、人間の究極の知恵なのではないかと思う。祝いの場では喜びの核心を明らかにし、哀しみの場では乗り越える力を人々に与える。それが俳句というものであろう。もっと気軽な日々の一句にしても、その日の状況をどう捉えれば心豊かに暮らせるかと考えた末の一言なのである。
七十年代のアメリカで俳句が普及したのは、ベトナム戦争に傷ついたカウンターカルチャー世代の心を捉えたからであった。九十年代のバルカン半島では、旧ユーゴスラビアからの独立運動の中で俳句が広がっていった。俳句は、傷ついた人の心を持ち堪えさせる力を生み出す。俳句とは、状況を生き抜くための知恵なのである。