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 カンバセーション・ウィズ・トム・ペティ 2005年 トム・ペティ (完訳)  Page  1  2  3  4  5  6

Contents:(目次のタイトルをクリックすると、その箇所に飛びます)

 acknowledgement / about the author / forword by tom petty / introduction
part one , life   part two, songs
 1. dreamville tom petty & the heartbreakers
 2. california you're gonna get it
 3. anything that's rock 'n' roll damn the torpedoes
 4. tangles & torpedoes hard promises
 5. changing horses long after dark
 6. who got lucky southern accents
 7. don't come around here as much pack up the plantation :live!
 8. runaway trains let me up ( i've had enough)
 9. handle with care full moon fever
 10. into the great wide open into the great wide open
 11. somewhere you feel free greatest hits
 12. some days are diamonds wildflowers
 13. angel dream playback
 14. howie song and music from "she's the one"
 15. joe echo
anthology : through the years
the last dj
epilogue, highway companion

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Part Two Songs

Tom Petty & The Heartbreakers, 1976

Q:お許しをいただいて、多くの曲名をあげながら、コメントをいただきたいと思います。まず、最初のアルバム、[Tom Petty & The Heartbreakers](1976) は "Rockin' Around (With You)" から始まりますね。

TP:うん。この曲は、マイクが作ったリフから始まっている。マイクがあの短いギターリフを持ち込んできたことを覚えているよ。それからあのハーモニーを入れたんだけど、一音をやたら長く伸ばしたりしてね(笑)。でも、うまく行ったな。楽しかったよ。

Q:"Breakdown" は、レコーディングセッションの休み時間中に書いたのですか?

TP:そう。ちょっと時間が空いたので、スタジオにあったピアノで書いたんだ。たまにそういう、ちょうど良いシチュエーションってのはあるもんだね。スタジオじゅうのマイクが全部うまく機能していて、サウンドが最高になっている時に、インスピレーションを得るとか。そういう最高の音の時にこそ、できる限り良いものをモノにしいたい。最高のサウンドがあれば、絶好のチャンスだ。
 このアルバムは、ぼくらにとって最初の録音だった。だからスタジオ作業に関しても、まだまだ慣れていなかった。"Breakdown" はぼくが作って、録音したものだ。長い曲だったんだよ。7分か8分はあった。

Q:本当ですか?(収録曲は)たったの2分42秒ですが。

TP:ぼくにも7,8分の曲にするつもりはなかった。ただぼくらはグルーヴに乗っていて、それで長くなったんだ。そのあとで聴き返してみて、その中から一番良いところを抜き出したのさ。あと、最後の方で、マイクがあの節を弾いているところも(おなじみの下降旋律を口ずさむ)。
 あのとき、ドワイト・トゥイリーが彼のバンドと一緒に来ていて、ぼくらと同じハリウッドのシェルター・スタジオを使っていた。ある晩、11時だか12時だか、ものすごい遅い時間に、ドワイト・トゥイリーがぼくらの所にやってきた。ちょうどあの旋律がかかっているところで、彼が言った。
「これ!この旋律はすごいな!」
 それでぼくらはテープを止めて巻き戻し、もう一回聴いてみた。それからぼくが言った。「まったくだ。」
 あのころのぼくらときたら、かなりイカれていた。今じゃ遅くなってもせいぜい午前1時か2時くらいだ。あのとき、ぼくはハートブレイカーズを呼び出して、スタジオに戻ってきてもらったんだ。みんな、いったん家に帰っていたんだよ。それをぼくは電話で呼び戻して、それが午前の2時半か3時頃だった。それから録音したんだ。いま、みんなが聴いてるのがそれだよ。もうあんなことはやらないな(笑)。

Q:今はもうやらないですか?

TP:やらないよ。ともあれ、あの頃はやたらとやる気満々で燃えていたから。あのころはみんな、やる気で燃える若者だった。

Q:あのマイクの下降リフは、曲全体で実によく歌と合っていますね。

TP:そうだな。あれこそ、完璧なレコードだとは思わないかい?今でもたまにオールディーズを流すラジオで聴くけど、実によくできている。時を越える価値があるよね。
(著者注釈:TPはシングルのことを「レコード」と表現することがよくある)

Q:素晴らしいドラムビートもありますね。

TP:ああ、あれはぼく自身ではうまくいかなかったドラムビートだった。ビートルズの曲で、"All I've Got To Do" というのがある。この曲がすごいドラムビートでね(ドラムビートを口ずさむ)。ぼくは、これぞドラムビートだと思っていた。でも、実際はそういう風にはいかなかたんだよな。ぜんぜん同じような感じにはならなかったから。
 あれは、スタンが作り上げたんだ。本当に素晴らしい仕事をしてくれたよ。ロン(・ブレア)も。とても短いトラックだった。一晩中やっていたから、やっとのことで探り当てたんだろうな。まさに感覚の賜物だった。この曲からは、本物のグルーヴを感じ取るに違いない。ぼくらはこの曲を生録りで収録した。全員で演奏している。

Q:あなたがドラムビートを指定して、スタンに叩かせるというのは、典型的なやり方なのですか?

TP:場合によってはね。曲はぼくが書くわけだから、どんなリズムが良いかっていうイメージもぼくが持っている。だからこう指示するんだ。「このビートはこんな感じで、キックドラムがああで、スネアはこういうの。」

Q:スタンはすんなりやってみせましたか?

TP:うん。すんなりやっていたよ。別に変わったことだとは思わないな。よくスタンはさらに発展させて、ぼくが考えつかなかたものを出してくる。

Q:タイトルは、そのセッションの休み時間に浮かんだのですか?

TP:一気にほとばしった感じ(笑)。ぱっと思いついた。それこそ脳天からつま先へ突き抜ける感じで。
 グレイス・ジョーンズがこの曲をカバーすると言うので、ぼくは歌詞を書き足してあげたんだ。彼女のバージョンでは3番まである。あっちが録音している時に電話が来て、「この曲、短すぎるからもう一番足せない?」って言ってきた。それでぼくは、よく分からないけど、座り込んでもう一番付け足した。グレイス・ジョーンズはすばらしいカバをーしてくれたよ。
 ほかにもいくつかのカバーを聞いた。スージー・クワトロとか。彼女のこと、覚えてる?彼女も歌ったんだよ。いろんな人がこの曲を歌っているのを聞いたけど、どれも特には気に入らなかった。ただ、グレイス・ジョーンズのカバーは好きだ。

Q:"Hometown Blues" も、非常に短い曲ですね。レオン・ラッセルの家で、ベースにダック・ダン、ドラムにランダル・マーシュ、サックスにはチャーリー・ソウサが加わって録音したそうですが。

TP:そう、あれはマッドクラッチ末期のことだった。マッドクラッチ最後の叫びだな。だからこの録音に、あのバンドの何人かが加わっているんだ。ダック・ダンがベース・ラインを入れるまでは、実際の録音は始めていなかった。ぼくにとって、最後のソロアーチストしての録音が、そうやって始まった。
 ぼくはこの曲をハートブレイカーズのセッションに持ち込んだ。それでみんなで、元々あった録音にオーバーダビングしたんだ。ともあれ、ベーシックトラックは、マッドクラッチのドラマーのランダル・マーシュと、ベースはダック・ダンだった。それからマッドクラッチの最後にほんのちょっとだけ居たチャーリー・ソウサ。彼はベーシストとして入ってもらった。だからサックスの吹き方なん知らなかったけど、とにかく演奏したんだな。しかもあれこそ、サックス中のサックスという音をモノにした。
 あの録音は、レオンの家にあって、もう誰かが使っていたテープに録った。つまり、誰かの音に上書きしちゃったんだ(笑)。それから、ぼくがベーシック・トラックのエンジニアを務めた。ほかに誰も居なかったから。

Q:ダック・ダンはとても古い弦をベースに張っているとか。

TP:そうなんだよ。彼が弦を張り替えてるとは思えないな。

Q:"Wild One Forevre" は、Dマイナーの曲ですが、すばらしいメロディで構成されていて、しかもリフはDからDサスへと推移してますね。

TP:ぼくの奥さんのお気に入り曲の一つなんだ。 デイナはこの曲が好きでね。「どうしてこの曲をライブでやらないの?」って言うんだ。でも、曲はたくさんあるから。みんなが聞きたいという曲をすべて演奏するわけにもいかない。
 フィルモアでの長期ライブの時に演奏したんじゃないかな(バンドは1997年1月31日、フィルモアでこの曲を演奏している)。
 そう、この曲もスタジオの休憩時間に作った曲の一つだ。"Breakdown" を書いたのと同じ夜だったんじゃないかな。休憩が長かったから、2曲書いたんだ。それから、ロンがこの曲ではチェロを弾いている。チェロなんて弾けやしないんだけど。でもあのコーラスパートを弾ける程度には自己流でやった。だからよくよく耳をすませば、チェロの音が聞こえるよ。
 コーラスに関しては、ラスカルズみたいなサウンドにしようとしていたんだと思う。ラスカルズがやってたみたなコーラスをね。

Q:私には、"Wild One Forever" は(ブルース・)スプリングスティーンにインスパイアされているように思えますが。

TP:いや。ぼくはあのころ、あまりスプリングスティーンは聞いてなかったから。

Q:その後インスパイアされたということは?

TP:ないね。ぼくの同時代人がぼくの音楽に影響を及ぼしたとは思わないんだ。ぼくはずっと、古い音楽に興味を持っていたから。そうだな、1974年以降の音楽でぼくに影響を及ぼしているものなんて、ほんの僅かだと思うよ(笑)。
 別に新しいのが嫌いだという訳じゃないんだ。ブルースは偉大なソングライターだと思う。友達でもあるし。でも、むこうもぼくの曲は聞かないんじゃないかな。ぼくが何かを彼から吸収したということは無い。曲を聞けば評価するけど、ぼくに影響を与えたものと言えば、もっと古いものだ。

Q:彼(スプリングスティーン)はあなたの曲の中でも、"Straight into the Darkness" が好きだそうですが。

TP:まぁ、ぼくらは仲良しだから。ずいぶん長い間、仲良くしてきている。お互いの活動をそんなに熱心に見てはいないけど、ずっと良い友達できたと思うよ。すばらしいソングライターさ。でもぼくへの影響となると、もっと昔のものに思えるんだよね。ぼくが自分と同時代の人たちの音楽を聴くと、彼らもぼくとおなじく、古い音楽に影響を受けているんだと感じ取る。
 80年代のものには、まったく影響を受けていない。80年代のものは聴くことすらしない。
 ベンが言ってたんだよね。「俺たち、完全に80年代の音楽は聴き逃しちゃったな。自分のことにどっぷり浸かりすぎて、ほかのものをぜんぜん聴いてなかった。」
 たしかにぼくらは(80年代のものを)聴き逃した。あのころの音楽には気が向かず、自分の音楽に没頭していたし、ぼくらの音楽のすべては、50年代か60年代、もしくは70年代の一部から影響を受けている。

Q:それこそ、あなたの音楽が時代を越えるクォリティを持っている理由ですね。初期の曲ですら、時代を感じさせません。

TP:時代に左右されないものをしっかり作り上げるためには、かなりの困難が伴うものだ。レコード作りにしてもね。ぼくらはカラクリ仕掛けだらけの楽器は使わない。80年代に、DX-7(ヤマハ)と呼ばれていたような手のものとかね。
 みんなこのDX-7を録音に多用していた(笑)。なんかベルみたいな音で、ぼくは最悪だと思った。あの手のものを今聴いてみると、そういう時代だったんだって訴えかけてくるよ。ぼくはああいう楽器を使おうとは思わない。ある一定の時代だけを想定するようなサウンドは作らないようにしている。

Q:"Anything That's Rock 'n' Roll" という曲があります。マイクは、彼がキッスを見て、「ロックンロール」という言葉を曲に入れればうまく行くと気がついたと言っています。

TP:マイクがそう言ってたのは知らなかったな。ぼくは「ロックンロール」というフレーズが好きだ。同時に、この「ロックンロール」が消滅してしまうんじゃないかと恐れていた。この言葉はあのころに何曲かで使っている。あの曲はちょっとナイーヴで、最近ではなんとなく歌えなくなっているものの一つだ。少年がこう歌っている。"Your mama don't like it when you run around with me... You don't dig school..."
 とにかく、これがぼくらの最初のレコード(シングル)になった。まず、イングランドでヒットした。それであっちに行ったときに、よくテレビで演奏した。かなりのビッグヒットだった(笑)。チャック・ベリーみたいな、よくできたロック・ソングだよ。

Q:"Strengered in the Nigtht" はいかがですか?

TP:あの曲を書いたときのことは覚えている。これまた、ぼくのソロ活動が終わりそうなころの曲だ。ジム・ゴードンが叩くドラムで始めたんだ。デレク&ザ・ドミノスや、ほかにもたくさんの仕事をしている。ぼくが思うに、もっとも偉大なドラマーの一人だな。今は母親を殺して刑務所暮らしだけど。
(1970年代後半、ジム・ゴードンは統合失調症に苦しめられ、幻聴の症状がでていた。1983年、母親を殺害し、第二級殺人で逮捕された。翌年、終身刑を言い渡されている。)
 でも、本当に偉大なドラマーだった。あの曲では、ベーシック・トラックで叩いている。実際には、二通りのドラムが入っていて、彼は自分でオーバーダビングしたんだ。あんな凄いものは、見たことがなかった。彼はあのトラックを録音して言った。「もう一トラック、録らせてくれ。」それで彼は自分でオーバーダビングして、そっくりコピーのように叩き、ダブル・ドラムのサウンドにしたんだ。

 あれは、ぼくがハートブレイカーズを連れてきた、最初のセッションだった。バンドのみんなははじめ録音の様子を見ていて、次の曲から録音に参加した。それで、ぼくはこの "Strangered in the Night" にオーバーダビングしたんだ。あのとき、ぼくはソロ・アーチストであることをやめた。

Q:良い選択でしたか?

TP:当然(笑)。

Q:"Fooled Again (I Don't Like It)"はいかがですか?

TP:これはハートブレイカーズの曲だ。ぼくらはこれを、ワーナーの敷地にあった、ワーナー・スタジオで録音した。ぼくらはこの録音のために、移動してきたんだ。デニーはワーナーのスタジオがお気に入りだったからね。
 かなりきつくてね。エンジニアは3時間ごとに休憩を取っていた。いかにも組合がやってますって感じで。エンジニアはかなり年を食っていて、ロックンローラーではなかった。コーデルもこれにはフラストレーションを感じていた。
 この曲は、ぼくらがあのスタジオで録った唯一の曲だ。あそこには長居はしなかった。大人の世界過ぎたからね。

Q:"Mystery Man" についてはどうですか?

TP:あのセッションのことは覚えている。A&Mスタジオでのことだ。一晩だけあそこに行って、"Mystery Man" を録音した。生録でやったんだ。歌も、演奏も、すべて。

Q:A&Mスタジオは、もともとチャーリー・チャップリンの映画スタジオでした。そこで録音するのは良かったですか?

TP:A&Mには良い雰囲気があると思っていたよ。ぼくは古いスタジオが好きなんだ。ジミー・アイヴィーンが乗り込んでいって、古いのを取り除き、スタジオを新しくしちゃった。かなりひどいものだけど。一度、全部入れ替えちゃったんだろうな。とにかく、ぼくはあそこの古い方が好きだった。
 とても興味深い場所だったよ。歩き回ってみると、いろいろな複合スタジオがあって、ドアから頭を突っ込んで覗いてみれば、いろんなアーチストたちの演奏が聞こえた。あそこで、ジョニー・マチスが録音しているのを見た覚えがある。そこに居た彼は、セーターを着てアルバム・ジャケットそのままだった。カーペンターズが録音しているのも見たし、ドノヴァンも見た。
 あのスタジオに居たときはいつも、歩き回ってはほかのスタジオを訪ね、いろいろ見て回っていた。自分がやっていることの進捗状況を知るには、良い方法だよ(笑)。スタジオに入り込んで聴けば、「俺たち、ここよりは進んでいるぞ」とか、「これはかなり仕上がっているな」とかで、自分のセッションに戻るためのエネルギーになるから。

Q:"Luna" についてはいかがですか?

TP:この曲は、タルサのシェルタースタジオに行ったとき、最後に録音した曲だった。もともとは教会だった所だ。シェルターがハリウッドにスタジオを作ったときは、このチャーチ・スタジオからすべての機材を持って来て、設置しなおしたんだ。
 ぼくとスタンがどういうわけかタルサに飛んで、この元教会から機材を根こそぎ持ってくることになっていた。そうしたら、シェルターのプロデューサーだったノア・シャークが言った。
「おい、どうせ行くなら、機材を持ち出す前に録音しようじゃないか。誰も居ないんだから自由に使えるぞ。」
 それでぼくとスタンは張り切ってタルサに飛んだ。すると向こうでは竜巻が起こっていて、ぼくらは離陸できずに待つことになった。なにせタルサに行くのにポンコツ飛行機を使っていたから。
 つまるところ、無人のスタジオだけがあったわけだ。実際行ってみると、まさに無人だった。ほんとうにノアと彼のセカンド・エンジニアのマックス(・リーズ)、ぼく、スタンの4人きりだった。でも、ハモンド・オルガンと、いくつかドラムがあって。そこでぼくはこの曲を即席で作り、ぼくのオルガンと、スタンのドラムで録音した。そのテープを持ち帰り、ハリウッドのシェルター・スタジオで仕上げた。ほかの連中の録音を重ねてね。
 ぼくとスタンはボーカルとオルガン、ドラムをライブで録音していたので、かなり即興的だった。特にエンディングがそうだった。ちょっとおかしな止め方と、ちょっとした節が聞こえるだろう。あれはぼくら二人のジャムだったんだ。これにストリングスが加わっている。柔軟なストリングス・サウンドだね。最初のストリングス・マシーンは、アープの物だった。スタジオには古いアープの機械があったので、スタンがこれを使い、あの柔軟なストリングス・サウンドを、上下させながら加えた。スタンは格好良くやってくれたよ。だからそれを持ち帰ったんだ。アープと、オルガン、ドラムだけだった。

Q:詞もその場で作ったのですか?

TP:うん。ぼくはただ座って、あの歌詞を仕上げた。それからコード進行をラフに作り、録音した。

Q:"American Girl" はファースト・アルバムに収録されています。これを書いたときのことは覚えていますか?

TP:はっきりとは覚えていないんだ。ぼくは、高速道路のすぐ脇のアパートに住んでいたことがある。そこを車が通っている。エンシノの、レオンの近所だ。あの音はまるで海の近くに住んで居るみたいだと、考えた覚えがある。あれがぼくにとっての海であり、ぼくにとってのマリブだった。波の砕け散る音のようにを聴こえても、実は車の走行音。それがこの歌詞を引き出したんだと思う。
(アメリカ独立)200周年だったろ。いかにもアメリカっていうことが色々あった時期だった。いかにもこのお国ですって感じで。実際、ぼくらはこの曲の録音を1976年7月4日(独立記念日)に行っている。

Q:アコースティック・ギターで作ったのですか?

TP:そう、ギブスン・ダヴで書いていた。あの頃はどの曲もこのギターで作っていたからね。ぼくが持っていた唯一のギターだった。

Q:ビートをボ・ディドリーのようにしようと、意図していたのですか?

TP:そのとおり。ボ・ディドリーみたいにしようとしていた。スタン版ボ・ディドリー・リズムだな。これはワン・トラックで録音されている。ドラムスの音が全部ワン・トラックに乗っているんだよ。これは変わったやり方だ。最近じゃみんな、ドラムだけで10トラックくらい使うだろ。バス・ドラムもトラックを分けて、スネアも分けて。少なくとも2トラックは使う。でもどういう訳かノアはこいつを試してみたくて、ワン・トラックに乗せたんだ。それでドラムの音が全部モノラルでワン・トラックになっている。
 何年か前に、ディズニー・チャンネルのドキュメンタリー([Going Home]) を作るまでは、すっかり忘れていた。このドキュメンタリーのある場面で、倉庫から引っ張りだしたテープを、カメラの前で再生し、聴いてみようということになった。そうしたら、このテープを聴いたとたんにマイクとぼくは大爆笑してしまった。だって、ドラムスが全部ワン・トラックなんだもの!(笑)

Q:その割には、サウンドはものすごく良いですよ。

TP:ああ、ドラムスがすごい存在感だな。かなりイカれたサウンドの録音だよ。このあいだ、どっかの店でこの曲を聴いたよ。その店にはコーヒーを買いに立ち寄ったのたんだけど、ラジオがかかっていたんだ。突っ立って聞き入ってみると、この録音はよく作り込めているって思った。すばらしかったよ。

Q:12弦ギターが使われているとよく言われますが、実際は違うのですよね。

TP:そう。マイクとぼくの二人で、6弦を弾いている。

Q:この曲はフロリダ大学の女子学生の自殺がベースになっているという話があります。これについてはどうですか?

TP:都市伝説だな。フロリダじゃかなりの都市神話になっている。全く違うよ。この曲はそんな事とはぜんぜん関係ない。でも、この話はよく聞くね。
 ゲインズヴィルから来た学生に会ったりするだろ。するとこう言うんだ。「やあ、あなたが以前住んでいた家(ハウス)で、ハロウィーン・パーティをやるんですよ。」
 ぼくが住んでいたとか言う家を一時的に借りて、盛大なパーティをするっていう伝統があるらしい。でもゲインズヴィルでぼくが「戸建ての家(ハウス)」に住んでいたことは一度も無いんだ。ぼくが住んでいたのはアパートだもの。それか、母と一緒の家だから、そこで彼らがパーティなんてするはずがない。要するに伝説でしかないんだ。
 たまに、家を買った人がこんな事を言う。「これは『彼』が住んでいた家だ。」ずっとそういう事になってきたんだろな。毎回ぼくはそういう人たちには違うと言うんだけど、すると向こうは「あぁ・・・」なんて言って(笑)。
 ぼくもほんとんど、「そうなんだ、すごいね」って言いたくなるんだけど、話をそれ以上膨らませたくないからね。

TP:聞く人がそれぞれ、歌の意味を見いだすというのは、曲にとってはとても実りあることですね。

TP:うん。そういうことは、ほかのいろんな曲でも言える。でも、とりわけこの曲については際立っているね。みんながそれぞれに物語を持っている。そういう物語に関する記事を、雑誌で見たことがある。それって、本当?それとも作り話?みんなぼくに電話で尋ねるんだけど、結局は作り話なんだ。
 ともあれ、この曲は今日にいたるまで、じつによく聴かれている。とても誇りに思っているよ。

Q:ロジャー・マッグインがこの曲を車の中で聞いて、自分自身の曲だと思ったという話もありますね。

TP:そう。バーズの曲だと思ったと言っていた。ぼくはバーズのサウンドと似ているとは思わないけど。みんな、ぼくらにバーズのサウンドを目指したのかと尋ねる。ぼくらはバーズのようなサウンドにできるだなんて、夢にも思わなかった。バーズのようにやりたいとは思っていたけど。とにかく、ぼくらはバーズを意図していたわけじゃない。でも、ぼくらのレコーディングのあとで、マッグインがカバーをしてくれたよ。

Q:あのギターもジャングル・サウンドでもバーズを意図したわけではないのですか?

TP:ああ、その点はそうかもね。でも歌そのものは違う。歌に関して、バーズは念頭になかった。後々になって、"Listen To Her Heart" とかで、12弦ギターサウンドを用いて、意図したことはあった。でも、この "American Girl" は違うんだ。

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You're Gonna Get It! 1978

Q:セカンドアルバムが、[You're Gonna Get It](1978)です。ものすごく大急ぎで作ったような気がしたと言っていますし、ファーストアルバムとは違うものを作ろうとしていたとも述べていますね。

TP:[You're Gonna Get It] は、大急ぎで作った、そして奇妙なアルバムだった。ほどんどエキセントリックとすら言えるほど、変わっていた。でも、今では好きだよ。かなりぶっとんでいるから。突飛なアルバムとも言える。しかも短い。すぐに仕上がった。最初のアルバムは、録音を始めてからほぼ1年間を費やした。
 ライブでファーストアルバムの曲を演奏するのに飽き飽きしていたから、ほかの物を作り出したかった。それで、大急ぎであのアルバムを作ったんだ。書くのも録音するのも早かった。
 しかも、うまく行った。良い曲もある。"I Need To Know" や、"Listen To Her Heart" が入っている。両方とも、あの頃すごく人気のある曲だった。

Q:"I Need To Know" は、とても手早く録音されたと、理解しています。2本のギターをライブで、しかも数テイクで録ったとか。

TP:だぶん、そうだな。この曲のインスピレーションになったのが、ウィルソン・ピケットの "Land Of A Thousand Dances" だっていうのは分かるよね。あの曲を聞くと、あの手のリズムが聞こえるんだ(リズムを口ずさむ)。たしか、そんな風に思いついたんだ。

Q:"Listen To Her Heart" と言えば、これもかなりのものですね。

TP:ああ、バーズとか、サーチャーズっぽいリフなんだ。12弦のリフ。あの時は、12弦にはヴォックス・ファントムをつないでいたと思う。ああいうサウンドだと、色んなことができる。

Q:レコード会社は「コケイン」という歌詞を、変えさせようとしたとか?

TP:そうなんだ。レコード会社っていうのは、いつも鼻を突っ込んでくる。もちろん、(変更には)応じなかった。だって、変えたら違う歌になってしまうだろ。歌の中の人物が、シャンパン程度の金額を気にするとは思えない。コケインってのは、もっともっと値の張るものだ。
 ぼくの前の妻が、(デニー・)コーデルと一緒に、アイク・ターナーの家に行ったことがある。そうしたら、アイク・ターナーが二人を家に閉じこめてしまったんだ(笑)。ものすごい量のコケインやら、ドラッグやらに溢れていたらしい。この話をきいたとき、すごく笑えると思った。それでコケインって歌詞ができたんだと思うな。かなり笑える話さ。

Q:理屈抜きに美しいメロディですね。

TP:すんなり出てきた。録音初日に、さぁ出かけようって頃には、もう出来ていて、バンドで演奏してみたら、これは行けるって思った。ぼくとマイクがリフを演奏してみたら、本当にぴったりだった。そこに歌をぶちこんで、「やったぞ、最高だ」って思った。すばらしかったよ。
 ぼくらはこの曲を、アルバムが発売される前にライブで演奏した。実際、エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズとの、シカゴのリヴィエラ・シアターでのライブで演奏した。1977年じゃなかったかな。

Q:コステロが、前座だったのですか?

TP:そうだったと思うよ。入場料1ドルで、1000席。売り切れには出来なかった。ぼくらとエルヴィス・コステロでソールドアウトにできなかったんだからね。ちなみに、エルヴィス・コステロは、この曲のエンディングをパクっている。あっちも認めるよ(笑)。
 彼の方ががよく覚えていてね。ぼくらの演奏のエンディングをよく聴いていて、ちょうど彼が書いていた "Radio, Radio" という曲に拝借したそうだ。聴けば、同じエンディングだと分かる。彼があるインタビューでそう言っているのを聞いたことがあるよ。
 ぼくがその曲("Radio, Radio")を聞いたとき、「おいおい、このエンディング、おれたちのと一緒じゃないか」って感じた覚えがあったから、笑ってしまった。そんなわけで、彼はリヴィエラ・シアターで、エンディングを拝借したことを認めているのさ。

Q:"Radio, Radio" は良い曲ですよ。

TP:そうだね。最高のエンディングだ(笑)。

Q:"Listen To Her Heart" はフレージングがとても良いですね。かつて(ボブ・)ディランは歌のフレージングさえうまく掴めれば、あとはうまく収まると言っていました。

TP:うん、これはものすごく重要なことだ。ぼくにも独自のフレージングがある。ぼくの曲を人がカバーしてくれたのを聞いたりすると、フレージングの点で時々がっかりすることがある。それほど、フレージングは重要なんだ。フレージングが感情表現の大多数を伝えているから。フレージングを変えると、感情表現を損ねてしまう。
 あのディランでも、毎晩フレーズを変えているし、それが実際うまく行っている。それは彼の曲自体に力があるからだ。
 まぁとにかく、ぼくにとってフレージングはとても重要だ。拍子も同様。拍子を取り、タイミング良く歌う。一音のばすだけでも、ほんのちょっとのことで、かなり感情のこもったインパクトを残すことが出来る。

Q:"You're Gonna Get It" は良い曲ですね。とてもソウルフルなヴォーカルが、ピアノのパートを凌いでいます。

TP:ぼくがピアノを弾いているんだ。ピアノで作った曲だから、録音でも自分でピアノを弾いている。あれをやった時のことはよく覚えている。弦楽器のパートのために、カルテットを持ってきたんだ。ほんの少しのストリングス・パートと、ベンモントが弾くアープのストリングス音で二重録音した。

Q:ベンモントはアープを弾くことを嫌がりませんでしたか?

TP:いいや。ぼくらはアープが好きでね。なんと言うか、クールな音がするんだ。特にレスリーとか、フェイザーなんかの類を通すと、サウンドがぐんと良くなる。ぼくたちはアープが好きだった。
 ベンモントはシンセサイザーが嫌いだった。あのころ、物知り顔のロックグループがシンセサイザーを用いて、本物の楽器の音を作っていなかったから。だからぼくらはあの手のものとは、距離を置いていた。
 ぼく個人としては、シンセサイザーについて特にどうということはないんだ。使い方さえ正しければ、うまく使いこなせると思うよ。多くの人が、うまく使えずにいるし、そうなりがちだ。

Q:韻を踏むことについてはどうですか?あなたの場合、正確に韻を踏む場合もあるし、それっぽいだけの場合もあります。韻を踏むことは重要ですか?

TP:そうだな。昔の音楽ほどではないだろうけど。もうこれ以上はもう絶対にやりたくないって、感じにまでいっちゃった(笑)。

Q:どうしてそうなったのですか?

TP:ぼくは言いたい事を、ただ言いたかったからさ。韻を踏むためだからと言って、妥協はしたくなかった。場合によっては、韻を踏んでいないと、良い響きにならないこともあるけどね。とにかく、歌を歌うのにたくさんの韻を意識しなきゃならないなんてことになったら、それこそソングライターとしてはかなりの気苦労だ。つまるところ、言いたいことを歌うのに、さらに韻を踏むとなると、かなり難しいことになってしまう。

 このことに関して、ぼくはとても優秀な脚本家と話したことがある。脚本家っていうは、望むとおりのことを表現するのに、いくつもの段階を踏めるし、場面だって幾つも使える。
 一方ぼくはと言えば、与えられているのはせいぜい3分半。歌で物語を展開しようと思っても、3分半の展開しかない。そんなものだから、たった一つの言葉で、第二場に進んでしまうなんてことすらあるんだ(笑)。だからぼくにはそういう余裕はない。韻だのなんだのと、いろいろな条件を満たすのは、非常に困難だ。うまく韻を踏めれば嬉しいけど。
 とにかく、ぼくが何らかのことを表現したいと思ったら、韻を踏んでいようがいまいが、ぜんぜん気にしないし、言いたいことが表現できれば、それで良いのさ。
 もうちょっとで韻が踏めるなに、なんてときはイライラするな。他の人は、韻のことなんて気にしないんだろうけど。

Q:あなたはうまく踏めてると思いますよ。

TP:まぁ、そうかな。そんなものか。

Q:韻を意識するのが、楽しかったことはありますか?

TP:楽しかったとは言えないかな。曲作りの課程でくっついてくることだよ。やってみれば分かる。

Q:韻を意識して、歌詞作りで後戻りしたり ー つまり後で出てくる詞の韻を先に作ったりしますか?

TP:うん、たまに。多くのソングライターたちが、頭に浮かんだ良い歌詞を、2番の歌詞まで取っておこうとすると思うんだ。そうすると、その気に入っている歌詞の前に、なにかをくっつけることになる。そうやって、歌詞を後戻りで作ってゆく。
 でも、ぼくは歌詞を書いているときに、それを意識してやっている訳ではない。ただ、良くできた歌詞を生かそうとしているだけだ。それに、特にこれといったルールがある訳でもない。いろいろなやり方があるし。表現し切れるまで、どんな長さになってもやってみる。
 だから、まったく同じ方法は二つと存在しないし、まったく同じルールに則すという事もない。

 曲作りに関して、「わざ」を駆使するというのも良い。かといってその「わざ」がすべてというのも望ましくはない。この手の「わざ」というのは、使い勝手が良いけど、同時に忘れられてしまうものでもある。
 「わざ」をふんだんに用いた曲を色々聞いたことがあるけど、どれも大して良くはない。そういう曲は、良い印象を長続きさせることが出来ない。「わざ」の凝らされた曲を聞いても、特にどうと言うこともなければ、長く聞き継がれる曲にはなり得ない。
 だから、「わざ」は使えるけど、忘れられやすい物なんだ。楽な人生を送るには有益だけど、あまり当てになるものでも無いな。

Q:あなたが巧く使いこなしている技術的要素と言えば、曲の構造に関することですね。ヴァース,ブリッジ,コーラスという。あなたの曲はいつも、すばらしいヴァースに、力強いコーラスがついています。同じくらい、ブリッジにも素晴らしいものがありますね。こういう構造的なものに関しては、楽しんで作っていますか?

TP:ああ、楽しんでいるよ。ジェフ・リンと仕事を始めた頃、彼がぼくにとても良いルールを教えてくれたんだ。ヴァースもコーラスと同じくらい良いくなければ、そのヴァースは使い物にならないって。

Q:音楽的にも、歌詞的にも?

TP:そう。こっちのパートが、あっちのパートほど魅力的でないとしたら、それは使えない。ミドル・エイトにしろ、ブリッジにしてもそうだ。ヴァースやコーラスに作りがちょっと止まっているとか、あるパートがあまりうまく出来ていないとか、ほかのパートほど素晴らしくはないとか、そういうのは使えない。
 このことは、自分にも言い聞かせている。ぼくは普段、ミドル・エイトは簡単に作れてしまう。でも、いつもコーラスほど良く出来ているかと言うと、そうは行かない。そういう場合は、使わずに捨ててしまうんだ。

Q:たくさんのパワフルなブリッジを作っていますけどね。

TP:幸運に恵まれたブリッジなら、そうだね。数少ない成果だよ。

Q:かなりあるでしょう。あなたは「ミドル・エイト」と呼んでいますが、必ずしも8小節というわけではありませんね。

TP:そうだな、この言い方はビートルズから来ているんだ。でも、ビートルズでも色々な長さだったな。ぼくは未だに、ちゃんとした音楽理論に関しては知らないんだ。
 とにかく、ビートルズが「ミドル・エイト」って言葉を使っているのをいつも聞いていたから。だからこう呼んでいるんだと思う。ヴァースにしろ、ブリッジにしろ、コーラスにしろ、違う呼び方をしている人もたくさん居る。とにかく、ぼくらはずっとヴァース,ブリッジ,コーラスと呼んでいる。「ブリッジ」はちょっと変わった呼び方かな。

Q:あなたには、タイトルをコーラスに入れ込む、天性の才能があるようですね。色々な曲で、パワフルなものを作り上げています。

TP:だれでも、うまく行くと良いなと思うのはその点だね。タイトルは、よく繰り返す、印象的なリフレインになる。決め文句になることもある。場合によっては、それほど強烈な存在ではないこともあるけど。
 ぼくは、曲名が歌の中に出てくる方が好きだ。曲の中に出てくるわけでもないのに、別の言葉がタイトルになっている曲って理解できないな。ちょっと気取り過ぎているんじゃないかな。ぼくはこの点に関しては昔気質でね。タイトルを聞くのが好きなんだ。

Q:曲作りの最初の段階で、タイトルは決まっているものですか?それとも書いているうちに浮かんでくるものですか?

TP:ぼくにもタイトルから先に考えたていた時期があった。"Southern Accents" なんかはそういう例の一つだ。この時期から、多少そういうやりかたをしていた。このアイディアにこだわってみたんだ。
 いつもそんな贅沢なやりかたが出来る訳じゃない。特に何か始めてしまってからだとね。たった今、ちょっとしたアイディアが形になりつつあり、美しい曲が出来そうだとする。でもそのタイトルが浮かばない。決め手になる歌詞が思いつかないんだ。だからいつも満足行くとは限らない。
 タイトルが思いついているのなら、それはそれで最高だ。タイトルさえ決まっていれば、どういう方向で行けばよいのかも決まるから、好都合に決まっている。だからと言って、常にそれが真実だというわけではない。

Q:"Hurt" を書いたときのことは覚えていますか?これもまたマイクとのコラボレーションで、"Thank God for California / thank god I'm going home" という歌詞があります。

TP:マイクが書いたのは中間部の少しと、ギターを少し。ぼくがヴァースとコーラスと書いた。飛行機の中で作ったんだ。頭の中にはあったから、どこかからカリフォルニアへ戻る飛行機の中で書いたんだ。飛行機備え付けの筆記用具を使った。家に帰ってから形にして、できあがった。
 同時に、マイクはあのすごいギターパートを作っていた。それでぼくらは顔をつきあわせて、一緒にやったんだ。それを録音したわけ。デニー・コーデルがプロデュースして、アコースティック・ギターに、素晴らしいパーカッション・パターンを被せたのだけど、ぼくらはコード無しでギターをあわせようと思っていた。それから、ボンゴもあったな。そのパターンのループを作り、それに合わせて、バンドがライブ録音する。こうして出来たのが "Hurt" だった。
 最高のコーラスだな。このコーラスは大好きだ。ぼくには、ドリー・パートンみたいなイメージがあったんだ。ドリー・パートンの歌みたいな、素敵なサウンドがほしかった。

Q:このアルバムで私のお気に入りの一つが、"Magnolia" です。美しい曲ですね。

TP:これぞまさに(笑)、ロジャー・マッグインのために作った曲だ。彼は "American Girl" をカバーしてくれて、ほかの曲もリクエストして来たんだ。でも彼は、この曲のカバーは辞退した。だから自分で歌った。
 この曲は、トニー・ディミトリアディスのアパートで書いた。トニーが、「ロジャー・マッグイン向けの曲を書かなきゃならないだろ。俺は何時間かしたら帰ってくるから」と言い残した上で、作った数曲の一つというわけ。
 これは本当に一人で作った。ロジャーのことを心に浮かべてはいたけど。でも失敗だったな。偽物のロジャーっぽいことをしただけだ。彼がどうしてこの曲が気に入らなかったのかは分からない。とにかく、歌いたいとは思わなかったようだ。

Q:それは驚きですね。とても力強い曲じゃないですか。

TP:彼には合っていただろう。でも何らかの理由で、彼は歌う気がなかった。ぼくは同じようなことを、エヴァリー・ブラザーズにも、一度したことがある。"Keeping Me Alive" という曲だ。これはかなりすばらしい曲だ。ぼくらはこれを本番ではやったことがない。ボックスセットには入っている。
 でも(エヴァリー・ブラザーズの)二人は、気に入らなかったんだ。フィル・エヴァリーがぼくの家にやってきた時、この曲はもうできていたと思う。ぼくは彼に演奏して見せたんだけど(笑)、彼は乗り気じゃなかった。ぼくはずっと、この曲は彼らにこそ、とても良いはずだと思っていた。だから(自分たちで演奏することなく)、この曲は知られることがなかった。

 ぼくがこのことで学習したのは、誰かに曲を書いてほしいと言われる場合、その人はその人っぽいサウンドを欲しているわけではないってことだ。彼らは自分らしい音なんて、自分作れる。普通、誰かが外部からの歌を求めているのだとしたら、それは彼らが普段やっていないものを求めているってことなんだ。長年やっているうちに、それを学習したよ。
 やおら、ジョニー・キャッシュのために、ジョニー・キャッシュっぽい曲なんて作るもんじゃない。人に曲作りを求めてくる人は、曲を作るその人自身っぽい物、もしくは求めてきた人らしくないものを望んでいる。ぼくはそう思う。

Q:"Magnolia" はストーリー性のある曲の一つですね。タイトルが先に思い浮かんだのですか?

TP:そうだったと思う。ぼくは南部っぽいロマンチックな曲を書こうとしていた。南部ではマグノリアの木がよく見られて、夜なんかになると、その強い香りがただよってくる。そんな感じだったと思う。

Q:この曲でもあなたは女性に対して優しく接していますし、あなたの曲における女性の扱いというのは、たいがいとても心優しいものです。ほかのロッカーのように、荒っぽい感じはありませんね。

TP:ぼくは女性が好きだから。ずっとそうだった。いつでも女性を愛する人間だった。別に好色ってわけじゃないよ。男性より、女性の多い環境で育ったから。父親はあまり家に居なかったし。だから祖母とか、母とか、叔母とか、従姉妹とか、そういう環境だった。そんな所から、女性に対する敬意を自然に持つようになったのだと思う。
 ロックンロール界では、そうではない人も多いけどね。ぼくがいつでも女性たちに対して良くしてあげられたかどうかは分からないけど、とにかく大方ちゃんとしていたと思う。

Q:"Too Much Ain't Enough" も、曲全体に、力強いドラムのグルーヴに溢れています。ほとんどロカビリーのようですね。

TP:うん、良くできているね。キャンベルがばっちりソロをぶちかましているだろ。とにかく凄いよ。
 ぼくはこの曲をフリートウッド・マックを見た後に作ったんだ。(マックは)"Oh Well" という曲をやっていて、この曲には凄くブルージーなリフを持っている。ぼくはああいうリフをやってみようとしていた。マディ・ウォーターズみたいにね。曲の出だしの所だ。
 たしか、ニューヨークに居たときにタイトルを思いついたんじゃないかな。ビルかなんかにこの言葉があって、ノートにメモったんだ。
 これにブルースっぽいリフをつけてた。それで自分一人で作り、フレージングも、コードパターンも一人でつけた。

 ぼくがこの曲を持ち込んだとき、ハートブレイカーズは大興奮してくれた。「よっしゃ!俺らはずっと、こんな曲をやってみたかったんだ。」みたいな感じでね。
 (マイクが)ソロを弾いた時のことは覚えている。全員「ワォ!すげぇ!」となった。この曲はツアーでよく演奏した。(今から)二つ前のツアーでもやったな。またやってみたら、まじで凄いことになってさ(笑)。ライブで歌っていて、楽しい曲だね。

Q:曲作りのアイディアをメモるために、いつもノートは持ち歩いていますか?

TP:うん。何か興味を引かれることを耳にしたり、何かぼくに響くようなものとかをいつもノートしている。アルバムのために曲を書く時、何かがあれば仕事のためによく耳をそばだてて、聴き入るようにしている。ぼくなんかは、レストランでも周りの人の会話とかよよく聞いている方なんだよ。それを書き留める。
 夜中にベットからでて書くこともある。今でもそうだな。たまに、寝入りばなのひととき、心がとても落ち着いて、良いアイディアがたくさん浮かんだりする。だからベッドのそばにもノートを置いてある。とてもたくさんの覚え書きとか、いろんな事を書いてある。
 まぁ、そういうものの殆どがどうなる訳でもないんだけど、たまに役立ったりもする。ノートを見れば、何か見いだすだろうね。

Q:歌が形になったり、タイトルが思い浮かんだり、音楽にうまく沿ったりするのは、素敵なことですね。まるでまったく新しいもののようでしょう。

TP:そうだな。そうなればしめたものさ。場合によっては、もっともシンプルなフレーズが、最高にクールな物にもなる。これって不思議だよね。それに、何かをいわんとする詩を耳にすることもあるだろう。
 ぼくはナッシュヴィル流のやりかたはしない。タイトルに良いように小賢しい感じの言い回しを使っている曲とか、好きじゃない。あの手のは嫌いだ。そのキャッチーなタイトルに曲全体が囚われてしまう。

Q:安っぽいジョークみたいなやつですね。

TP:そうさ。ぼくも安っぽいと思うな。いかにも狙っているみたいで。(ナッシュビル流のやりかたをする)連中ときたら、四六時中これだから。実にくだらない。我慢ならないね。

Q:"When the Time Comes" は、あなたにニュー・ウェイブを思い起こさせるという話を読みましたよ。

TP:ニュー・ウェイブから発生しているんだろうから(笑)。多分そうだと思うよ(笑)。どこからどう湧いたのかは分からない。
 これもバーズ的かな。特にコードなんか。

Q:"No Second Thoughts" はどうでしょう。

TP:この曲はループにしたテープを元にしている。ありゃ、デニー・コーデルだよ。やたらたくさんのパーカッションを入れた。みんなコンガとか、その場にあった物をいろいろ叩かせて。アコースティック・ギターまで叩いたかも。それからテープをループさせて、それに合わせて演奏してみた。
 いつも思うんだけど、これは一種のUFOソングだよ(笑)。曲の発生のしかたとかさ。UFO見ちゃったみたいな体験さ。ぼくは見たことないけど、この曲がぼくにとってはそれだな。

Q:また "Rock 'n' Roll" というフレーズを使ったのが、"Baby's a Rock 'n' Roller" という曲ですね。

TP:そう、"Anything That's Rock 'n' Roll" に続きまして(笑)。この間、この曲についてバグズと話したんだ。どこかで聞いたから。ぼくはずっと、頭の中でこの曲は好きじゃなって思っていたんだ。安い使い捨ての曲っぽいってね。
 でも聴いてみたら、良いサウンドだった(笑)。これもまた、今は歌おうって曲ではないけど、あのころのぼくらがどんなだったかを、とてもよく表している曲だね。


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Damn the Torpedoes, 1979

Q:[Damn the Torpedoes]の "Refugee" は1979年に作られましたね。あなたの、数多くの名曲の一つです。最初にタイトルが出来たのですか?それとも書いている間に、タイトルができたのですか?

TP:書いている間に思いついた。書くのは簡単な曲だった。マイクがコード進行を作っていたんだ。

Q:とても良いサウンドですね。F#m,A, Eのパターンを繰り返しています。

TP:そう。マイクは、ぼくにあのコード進行を演奏しているカセットを送ってきた。この曲の作成について覚えていることと言えば、あのカセットをかけながら部屋の中をウロウロ歩き回っていたことだ。それからぼくは歌い始め、メロディはすぐに出来てしまった。それからほとんどの歌詞も出来たな。
 ほんと、あっと言う間だった。2番までしかないしね。3番はほとんど2番を繰り返しているだけだもの(笑)。とにかく、書くのに時間はかからなかった。

 ところが、録音向けに歌うのは大変だった。苦労するだけの価値はあった。ぼくらの録音の中でも最高の一つだし、間違いなく、ぼくらのシングルの中では一番の出来だ。

Q:コード進行は変化せず、コーラスがどんどん盛り上がってクライマックスに行く曲の、好例ですね。

TP:うん。ミドルエイト(中間部)があるだろ。あそこにあれがあるのには、自分でも大満足なんだ。この曲は、今でもよくラジオで耳にする。
 それからジミー・アイヴィーンも、この曲をこれほどの作品に仕上げるために、実によくやってくれた。彼は絶対に妥協しなかった(笑)。それがジミーのやり方だったし、実際に求めるものをモノにしたんだ。

Q:マイクの演奏は凄まじいですね。

TP:ああ、それにベンモントもね。あのオルガン・ソロ。すべてが光り輝いている。これぞ、オリジナル・ファイブ・ハートブレイカーズの典型ってやつだ。

Q:オープニングが良いですね。ドラムが最初に入って、それからキーボード、リズムギター、リードギターと来て、ボーカルが入る。それぞれの楽器を個別に紹介していくような感じになっています。

TP:あのアレンジは、マイクのオリジナルとはかけ離れていた。
 二人でコード進行を決めると、ハートブレイカーズがプレイに加わっていき、それを繰り返す。かなりの回数、演奏したよ。あそこを変え、ここを変えしながらね。良い演奏がうまくできあがるまで、何度も。そうやって、積み重ねるように、作り上げていく。
 ともあれこの曲は、ほかにどう歌うのも想像しにくい曲だ。他のだれも、ああいう曲は歌えていなかった。それほどぼくらにとって、ユニークだった。あんな曲はそれまで聞いたことがなかったと思うよ。

Q:歌詞はとてもパワフルですね。"You don't have to live like a refugee" というところなどは特に力強いですよ。

TP:たまにどこからどう歌詞が沸いてくるのか、分からないことがあるよね。ただ浮かんでしまうんだ。この曲こそ、ぼくがどう思いついたのかわからない歌詞の典型だ。
 とにかく浮かんで、そうなった。だからぼくは迷わなかった。これで行くしかなかったのさ。

Q:これは、ヴァースが聴く者を力強くコーラスへと引っ張っていく曲の、すばらしい好例ですね。フレージングが、"Somewhere, somehow, somebody must have kicked you around some..."の素晴らしいリズムを作り上げています。それから、"Tell me why you wanna lay there / revel is your abandon..."の所も好きです。

TP:うん。あれらの歌詞は、本当に早くできあがってしまったことを覚えているよ。なぜ、どうやってかも分からない。場合によっては、この手の仕事に深さも見いだせなくなる。この点に関して、ぼくは変に確信があるんだ。どこからともなくやってくる、っていう表現が好きだな。
 ほかの歌なんかでは、どっからどう出来上がったのかちゃんと分かっているものある。でも、この曲に関しては、ただ歩き回っていたら出来上がった。部屋を歩き回っていた覚えがあるし、そうしながらカセットに歌を入れていた。そして20分以内でおおかた出来上がった。ブリッジを作るために、もう少し手を加えと思う。でも、それだってどの程度かな。
 とにかくさっさと出来ちゃったから。全く苦労しなかった。早く書き上げるという点では、実に簡単な曲だった。

Q:自分自身で練習しつつ弾きながらではなく、マイクのカセットを使って曲づくりをするというのは、珍しいやり方ではありませんか?

TP:この曲の場合は、練習するほどのこともなく、出来ちゃったのさ。異常な早さだったから。
 ともあれ、ぼくは両方のやり方をする。カセットテープを使って、それに合わせて歌うこともある。その一方で、コードやアレンジとか、色々変える時は、ピアノかギターに置き換えて弾いてみるんだ。よく付け加えたり、変えたりするから。
 ただ、カセットテープの周りを歩き回りながらってのは珍しいな(笑)。

Q:調はマイナーですね。ソングライターの一部は、力強い曲を作る場合は、マイナーの方が容易だと言っています。この点については、同感ですか?

TP:そうだな。マイナーはより不気味な感じがするから。ある種のロマンチックなサウンドになるんだ。
 どれも容易になるかどうかは分からないけど。特にLPを作る場合なんかはどうかな。あまりマイナーを使いすぎると、どつぼにはまってしまう。ぼくはいつも、12曲のうち骨組みになるところにのみ、マイナーを多用するように考えているんだ。
 もし6曲もマイナー多用にすると、なんだかもう作りたくなくなってしまう。だから・・・そうだな、マイナーコードをつま弾くと、メジャーコードを弾いている時よりも、エキゾチックな感じになる。
 とにかく、どれもこれも簡単になるとは思わないな。マイナーだとタラタラしたグチみたいのが山ほど出来上がるんだ(笑)。メジャーでもそっか。

Q:"Century City" は、A(調)の素晴らしいブルースですね。格好良いブリッジが2回でてきます。

TP:ああ、これはブリッジがコーラスみたいな感じだね。ピアノで書いたんだ。
 法廷闘争の時期だった。訴えを起こしている期間、ぼくはしょっちゅうセンチュリー・シティに行かなきゃならなかった。行ったことのない人のために言うけど、1エーカーほどの、摩天楼の町なんだ。すごく現代的な眺めでね。そこに、弁護士どもがわんさか居る。連中が談話室でグラスをあげてるってわけだ。
 完全に、ぼくが居た世界とは隔絶していたから、行くのが当時怖くてならなかった。

Q:本当ですか?

TP:怖かったよ、法律関係者ってのは。別に悪い奴らってわけじゃないけど。
 たくさん、法律関係のミーティングがあったから、しょっちゅう行った。ぼくらはでっかい法廷沙汰をかかえており、それはミュージック・ビジネスにおいては、先駆けとなるいわば夜明けの一大事だった。だから弁護士連中も、本腰を入れて対処していた。一方で、ぼくはただの青二才でしかない。それがあの連中のまっただ中に投下されたようなものだ。
 だからこの曲は、鬱憤ばらしみたいなものだったと思うな。

Q:そんな恐ろしい体験の中からこの曲が出来上がったというのは、凄いですね。

TP:ああ。ピアノで作ったことを覚えているよ。あのころぼくが借りていた家には、ピアノがついていたんだ。"You're Gonna Get It"とか、ほかの曲なんかも書いたのと同じ家だ。ピアノで思いついた覚えがある。

Q:"What Are You Don't In My Life?" もクールな曲ですね。変化を前にして、コードがEのままで保たれるところが好きです。これがしっかりとした骨格を保っていますね。
 そして実にハーモニックで、リズムカルな作りをしたコーラス。さらに素晴らしいピアノが入ってきます。

TP:うん、ベンモントだな。覚えているよ。かなり早いうちにできていた。ニューヨークでグルーピーに煩わされたことについての曲だ。
 ともあれ、良い録音だ。最近も演奏したよ。15年近く演奏していなかったんだけど、1年ほど前に、エイズ・ベネフィット・ショーでプレイしたんだ。ぼくらがツアーをしていない時期の、1回切りのライブだったから、長い間演奏していなかった曲をやることにしたんだ。これはそのうちの一つだ。歌っていて楽しかったし、とても良かった。
(TP&HBは2004年7月、 [Art for AIDS V:The Concert for Stephen] で演奏し、ザ・ラグーナ・アート・ミュージアムおよび、エイズ・サービセズ・ファウンデーション・オレンジ・カウンティの為に50万ドル集めるのに貢献した。このコンサートは、デイナ・ペティの兄弟であるスティーヴン・コイ・コスティックに捧げられている。彼は1993年に病気で亡くなった。)

Q:良い歌ですね。

TP:あのころ自分で思ったよりは、良い曲だな。あの当時はべつに、この曲にノックアウトされたということはなかった。でも、あのショーで演奏してみて、これには、色あせない良さがあると思った。そのことがよく分かったよ。

Q:あなたは幾つものアルバムや曲について、以前はそれほど良いとは思わなかったものでも、思い返してみるとかなり良い作品であり、色あせないと気づくと言っていましたね。

TP:そういう事に気づくってのは、素敵なことだよね。ぼくが本当の良さに気づいた時っていうのは、ほんとに素晴らしい気持ちになる。そういう曲には心底やられてしまう。
 その手の曲は、ぼくが何かを表現しようとしたには違いないけど、それが何であるのかについては、確信がなかったりする。ともあれ、この曲("What Are You Don't In My Life?")は良い曲だった。でも、"Refugee"や、"Here Comes My Girl", "Even the Losers" なんかにはかなわない。そりゃ、相手が悪いよね。それにしたって、この曲の良さは変わらないよ。

Q:あなたは自分の作品を、自身のヒット曲と比較しなきゃならないわけですが、これはやり甲斐のあることですか?

TP:いつもそうだな。たしかにやり甲斐はある。何百曲作っても、つねに自分自身と比較しなきゃならないんだ。

Q:そしてそれを見事にやってのけるわけですね。

TP:でも、お手本に立ち向かわなきゃなならない。自分のそれまでの作品を頭の中で思い返しながらね。ぼくはそれを、常に念頭に置いているわけではないけど。それでも確かにある程度は、頭の中で自分自身の作品と比べざるを得ないな。
 ぼくはお手本を越えようとしている。一つのアルバムの中ででさえ、前にできていた曲と同等の良さを求めるんだ。

Q:最初に作ったアルバムが名作で、その後に続くものは、それほどのものが決して出来ないというソングライターの例は多いですね。

TP:まぁ、それまでの生涯に作り上げたものをつぎ込むのが、ファースト・アルバムだからね。それでもって、9ヶ月後には次のアルバムを作り上げなきゃいけないだろ。

Q:多くの人は、そこで上手く行かなかったわけです。

TP:うん、きつくて孤独な仕事なんだよ。最近、スコット・サーストンにそんな事を言ったばっかりだ。彼がこれまでのぼくの仕事について尋ねるから、ぼくは実に忌まわしく、孤独な作業をしてきたもんだと答えたんだ。
 曲作りってのは、そういうもんだ。曲作りは、自分の力でやりとげなきゃならない。多くの人はそれを望まないけど。特に一度成功を納めたりするとね。
 家にまっすぐ帰って部屋に籠もり、何時間も座り込んであくせく働くよりも、スターとして立ち回っいた方が、そりゃ楽しいだろう。幸運なことに、ぼくは映画のプレミアに出かけるよりも、ソングライティングに興味のある方だ。しかも、決められたことに集中してしまう。ぼくは常に、翌年のために10曲以上は用意しなきゃいけないと自覚しているから。どの曲も良いものを10曲そろえるには、たいてい1年くらいはかかるんだ。

Q:単に孤独そのものですか?それとも音楽はあなたに食い扶持をもたらしてくれるものとも言えますか?

TP:後者かな。でも、往々にして、入れ込みすぎないように距離をおかないといけないと思う。夜にしろ、日中にしろ、ぼくはそうやってきた。もし曲作りでなにも浮かんでこなければ、ギターを置いてしばらく離れた方が良いって、何年もかけて学習してきた。自分で自分を苦しめることはない。
 たしかに、曲作りは孤独な作業になることもある。でも上手く行く時は、素早く出来るし、仕上がりも最高だ。

Q:一日のうちの、同じ時間帯を曲作りあてるなど、なにか決めごとはありますか?

TP:セッションに行かなきゃならないとか、予定がある場合は、多少は決めるかな。曲作りを全くしないってこともある。ほかにするべきことがある場合もあるし。

Q:長い間なにも書けないような、曲作り上の壁にぶちあたったことはありますか?

TP:どのライターもそういう経験があると思う。でも、ただ自信を失ったってだけなんだよ。自信を無くす時もあるってことは、考慮に入れておくべきだな。前に曲が書けたなら、またきっと書けるんだから。おっかなびっくりであっても、心の中ではなんとなく浮かんできているものなんだ。
 とにかく、自分にこう言い聞かせている。
「自分がやりたいのはこれだ。今までも沢山作ってきたじゃないか。もう二度と出来ないなんて理由がどこにある?」ってね。
 まぁ、そうだな。とにかく誰にでも、書けない時期ってのはあると思うよ。

Q:あなたにとって、長く書けなかったことは?

TP:実のところ、無いな。ぼくは多作な方だから。
 こういう具合なんだ。レコードを作ることにする。10曲か11曲作る。アルバムを埋めるには事前にそれくらいは必要で、それ以上は出てこない。浮かんでこないんだよ。曲作りのアイディアが尽きる。
 それから8ヶ月経つと、ブワーン!・・・と、また湧いてくる。
 アルバムを作るとなれば、9曲か10曲は作らなきゃならない。以前使ったリズムをもう一度使うわけには行かないから、曲作りにかなり制限が加わる。同じビートも然り。ムードも同様かな。短調の曲を沢山作ってしまうと、短調の割り当て分を使いきってしまったことになる。そうなると、アルバムの残りの曲を作るのに、また制限が加わる。
 でもまぁ、一番良いのは、そういうことは無視しちゃうことなんだ。(短調ばかり書けてしまうというのは)長調の曲を書くより、短調の曲を書いた方が良い状況なんだろうから。ちょっとした気持ちの持ちようさ。

Q:10曲か11曲書けたら、次にまた書き始めるまで、少し時間を置きますか?

TP:ぼくはそうする傾向にあるな。完全に止めがち。曲作りをやめて、長いツアーにでるのが、いつものパターンだ。

Q:ツアー中には書きませんか。

TP:ぜんぜん。ツアー中に書けたためしがない。たぶん、書きモードに入っていないんだと思うよ。ツアー中も色々やることがあるし。
 あのツアーのシチュエーションにどっぷりはまると、すっかりバカみたいになっちゃうんだ。ツアーが終わった後でさえ、録音ってどんなものだったのかを思い出すのに、けっこう時間がかかったりするもの。
 だから、ショーをやるっていうのは、かなり劇的に状況が違うんだ。べつの言い方をすれば、ショーでは有効だったことが、スタジオでは効かないってことだ。両者はまったく別種の生物みたいなものさ。もしツアーの最後の時期に曲が出来たとする。すごくビートに乗っていて、こいつはそのまま録音する価値があると思うだろ。でも、実際(の録音)となると、往々にして全く違ってしまうんだ。

Q:"Here Comes My Girl" もまた、マイクの録音を元に作った曲ですね。

TP:あれは良いテープだったな。ぼくがもらったテープの最初は、"Refugee" だった。二番目が "Here Comes my Girl"。
 この曲の場合、ぼくらはマイクがやったようなアレンジを、盲信的なまでにコピーしようとした。だからぼくは、しばらくの間この曲で試行錯誤を繰り返すことになった。語りを入れるっていうアイディアを思いつくまではね。やがてこのアイディアがばっちりはまるようになった。
 とにかく苦労したよ。なにせ楽に歌える曲じゃない。そこでまずは、曲を良く聴き込むことにした。
 ある日、ロン・ブレアがぼくの家に来て、こう言った記憶がある。
「おい、あの曲は本当によく出来ているな。」
 そのことが心に引っかかっていた。だからしっかり取り組まなきゃならない。どこかにうっちゃってしまう気にはなれなかった。そうこうして、ぼくは「語り」というアイディアに行き着いたんだ。いったんこの線で始めてみると、うまく収まった。

Q:あなたはこのアイディアを、ブロンディの曲から得たという話を読みましたよ。

TP:たぶん、その通りだろ。でも、ブロンディが録音の中で語りを使っているかどうかは知らないんだ。ただ、ぼくらがブロンディとギグをやっていて、デボラ・ハリーがショーの中であんなような事をしていたのは、覚えている。
 でも思うんだけど、ブロンディじゃなくて、シャングリラズとか、そのへんじゃないかな。シャングリラズをブロンディと思い違いしていたのかも。時々あの手のガールズグループが、あの手の語りをしているのを聞くだろ。

Q:語りから、破裂するように歌に入る、すばらしいサウンドですね。

TP:うん、R&Bのボーカルみたいだね。ちょっと変わってるけど。ぼくらにとってのストーンズとバーズのイメージを、一曲に盛り込んだみたいな感じだ。R&Bっぽい語りの部分から、バーズっぽいコーラスに入るところなんて特に。そういう複数要素を一掴みにまとめると、それ自体が今度はオリジナルなものになるんだ。

Q:良い歌詞がありますね。"Yeah, I just catch myself wondering, waiting, worring about some silly little things that don't add up to nothing..."

TP:もう一度、テーマのところだな。うん、時々ぶりかえすんだよ、うん。

Q:"Even the Losers" については、曲はできていたけど、コーラスが出来ていなかったと言っていましたね。

TP:これはもっとも奇妙な曲の一つだな。ぼくは未だにどう出来上がったのか、その過程が信じられないけど、とにかく出来ちゃったんだ。
 とりあえず、コーラス以外の所は出来ていた。(コーラスも)メロディは出来ていた。おおかた出来ていたと言って良い。だから「よし、こいつを録音しようぜ」と言い出すくらいの自信はあった。
 ところが、コーラスの所が来るまで「何と歌うか」は、まったく頭になかった。ところ突如!神の思し召しか、とっさに思いついた。
「負け犬だって、時には幸運をつかむ」
 それで全てだった。(バンドの仲間にも)言ったかどうか。みんな、あの時とっさに口をついて出ただなんて事、知らないかもしれない。
 とにかくあのとき、とっさに歌ってしまってから、とても不思議に思った。嬉しかったよ。あれがどっからどう湧いてきたのか、考えようとも思わない(笑)。

Q:でも私は、「あの詞がいったいどこから?」と訊かずにはいられませんね。

TP:精神世界的な感覚なんだよ。そういうのって、身の周りに存在していると思うんだ。どこにでもね。自分でそれを受け止め、あるべき所におさめる。うまくアンテナを張ってシグナルをどうキャッチするかの問題なんだ。もしみんな、宇宙に向かってアンテナを張れば、沢山の啓示を受け取ることが出来ると思うな。
 ただ単に、思いつくのを待っているだけに専念するのだったら、本当の結果は得られないだろう。それでもセッションが設定されていて、何かをもって行かなきゃならないとなると、ひどいフラストレーションだ。かなりきついだろうね。

Q:"Magnolia" の時のように、意識的に作り込んで、すばらしい曲が作れた場合もありますけど。

TP:そうだな、あの場合は、そうせざるを得なかった。あの曲に関しては、ずっと二通りの感覚を持っていたんだ。これは自分で強いて作り込んでできあがった曲だから。

Q:そうなんですか?

TP:この曲はライブでやったことがないんだ。いまだに、"Magnolia"ってボードを掲げている人とか、コンサートに居るけどね(笑)。最近でも、"Magnolia"って書いてあるの、見られるよ。でも、ぼくらが "Magnolia" をライブでやるってのは、絶対にあえないと思うな(笑)。別に決めてるわけじゃないけどさ。
 ぼく自身が入れ込んだ曲ではないんだ。それでも、二つのことは言える。
(a)無理にでも作り上げた。
(b)ロジャー・マッグインのための曲だった。
 だからぼくはマッグインを真似て作り上げようとしていた。そんなわけでこの曲は、ぼくらしい作品だとは感じてこなかった。だからライブでやる曲に選ばなかったんだ。

Q:"Shadow of a Doubt (Comlex Kid)" ですが、マイクはこの曲がスタジオではバンド泣かせだったと言っています。それでも時間はかからず、すぐに録音できてしまったとのことですが。

TP:ぼくの記憶もそう。オープンAチューニングの曲だ。[Damn the Topedoes] の曲は全て、グループとして録音したものなんだなって、すごく思うんだよね。一緒に演奏するという意味でさ。この曲をやってる絵はすぐ浮かぶ。
 おもしろい歌詞があったと思うよ。"Sometimes she sings in French... in the morning she don't remember it".
 うん、これは良くできたロックンロール・ソングだよ。この間のツアーでも演奏した。しばらくやっていなかったのだけど。またショーでやってみたら、うまく行ったよ。

Q:"Don't Do Me Like That" はマッドクラッチの古い曲です。あなたは当時ピアノを持っておらず、小さなレコーディング・スタジオを借り、そこでこの曲を書いたという話を読みました。その通りですか?

TP:そう。ノース・ハリウッドにあったんだ。「ジ・アレイ」って呼ばれるところだった。なんだか薄汚れたところでね。マッドクラッチがそこでリハーサルをしていたんだ。

 この曲は、ぼくがマッドクラッチだった頃に書いた。そのころ、ぼくはピアノを持っていなかった。でもぼくの頭のなかでは、あのリズムが鳴っていた。ピアノの右手のパートさ。「ディン、ディン、ディン、ディン、ディン」ってね。
 そのスタジオは、1時間8ドルくらいだった。スタジオのレンタル料としては高くない。でもひどく寂しい感じがしてね。一人でのこのこ入っていって、座り込んで、ピアノを弾くなんてさ。だからあまり長居はしなかった。せいぜい1時間かそこらじゃないなかな。この曲のかなりの部分は、あそこで書いた。それから家に帰り、歌詞を仕上げたんだ。
 (タイトルは)ぼくの父が使っていた言葉なんだ。「俺にそういうことするな」ってね。ぼくはずっと、父のこの台詞は笑えると思っていた(笑)。R&Bっぽい感じだし。R&Bっぽい曲を作ろうとしていたんだ。

Q:格好良いブリッジですね。テンポが速く切り替わって。実にロックっぽい。

TP:うん、うん。あれぞまさにロックだな。しかもぼくらにとっての、ビッグヒットになった。

Q:最初AMラジオヒット曲ということですね?

TP:うん、最初のAMラジオヒット曲だった。そう、たぶんトップテンに入った最初のだよ。

Q:"Louisiana Rain" についてはどうですか?あなたにとって最も古い曲の一つですよね。

TP:そうだな。この曲もマッドクラッチに居た頃に書いた。レオン・ラッセルの家で書いたんだよ。彼がツアーに出ている間、留守番していたから。
 この曲を最初に、ワーナーブラザーズ・スタジオで、ジム・ゴードンや、アル・クーパーと一緒に録音した。それから、マイクも。そのバージョンは、ボックスセット([Playback])に入っている。そのバージョンを耳にしたのが、ジミー・アイヴィーンだった。それをぼくのところに持ち込んだ。
 ジミーは版権事務所にも掛け合って、[Damn the Topedoes] の録音が始まるまでには、ぼくがそれまでに書いたものに関する事をに関して全て、話をつけていた。
 それで、"Louisiana Rai" と、"Don't Do me Like That" を持ってきて、再録したがった。ぼくは昔に終わらせてしまった作品だから、あまり積極的にはなれなかった。でも、ジミーはこれをうまく録音しようと、躍起になった。
 実際は数テイクしかやらなかったんじゃないかな。それだけで、けっこうすぐ上手くいったんだ。[Damn the Topedoes] の中では変わり種だな。ほかの曲はほとんど、苦労したし、何テイクも費やしたからね。

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Hard Promises, 1981

Q:"The Waiting" は4枚目のアルバム、[Hard Promises] の曲ですね。あなたが、ジャニス・ジョプリンの言葉、「私はステージにいるのが大好き。ほかは全部待っているだけだけど」という言葉からタイトルを作ったというのは、本当ですか?

TP:そこから取ったんだと思うな。(ロジャー・)マッグインは、自分がぼくに言った言葉だと言い張るんだ。たぶん、言ったんだろうけど、よく覚えていない。
 実際は、ジャニス・ジョプリンの言葉の引用から来てるんだと思う。ぼくの心の中のどこかに、引っかかっていたんだ。彼女は、「待つことが一番つらい」とは言っていないと思う。でも、「あとは待っているだけ」っていうのは、影響があった。だから、彼女の言葉から来ているんだと思うな。

 この曲に関しては、形にする過程に時間がかかった。曲を書くのに手間取ったんだ。ものすごく良いコーラスを思いついていたから、コーラスから頭の方に戻って作る必要があった。そういうやりかたの場合は、たいてい難しくなる。でも、ぼくはこれをモノにしようと、心に決めていた。
 そしてモノにしたわけだけど、とにかく時間がかかった。何週間もかかったよ。

Q:その何週間か、この曲だけに専念していたのですか?

TP:この曲だけという訳にはいかないかな。ちょっとはやっては休み、また戻って取りかかるって風で。でも、これはいけるという自覚はあった。だから絶対にやりとげようと決心していた。針に掛かった魚は、ボートまでちゃんと釣り上げないとね。当たりが来ていることは分かっていた。

Q:曲の断片があって、これが名曲になる可能性を秘めているという、楽曲作りへのチャレンジだったわけですね。生かすべき要素をキープし続けるというのは、まるでほかの部品が必要だと分かってはいるものの、テントの布を持ち上げたままでいるようなものですね。

TP:そういう場合もある。いっぺんに曲ができてしまうような幸運に恵まれていない時でも、何か良いものは掴んでいるんだと分かっているし、これをモノにできる方法はいくつもある。断片を完成させてくれる方法さ。でも、本当に完璧な方法っていうのはたった一つしかないんだ。

Q:ヴァースの前に、コーラスが出来てしまうというのは、あまりないことなのですか?

TP:そう、あまりないな。ぼくは頭から直線的に作るタイプでね。コーラスから前に戻って曲を作るのは、かなり難しい。ぼくにとってはだけど。

Q:"Woman in Love" は素晴らしい曲ですね。

TP:ああ、これはマイクの曲の一つだ。あいつが作ったコードさ。これもマイクがコードを作り、ぼくがメロディと詞を作った曲の一つだよ。
 でも、あいつのアレンジは採用しなかった。ぼくの記憶では、スタジオでかなり頭をひねって苦労した。
 それから、あのとても、とても素晴らしいベースに、ダック・ダンを使っている。彼のベースラインは最高だから、「ベースラインに沿って歌おう」ってことになった。それがあのヴァースなんだ。ベース以外の楽器はあまり演奏していないだろう。

TP:どうしてダック・ダンを使ったのですか?

TP:そりゃ、めちゃくちゃ凄いからさ(笑)。たぶん、ロンはバンドを離れていたんじゃないかな。このアルバムの制作時期に、離れたんだ。一方、ぼくはダックのことを前から知っていた。
 それに彼はずっと、ぼくのヒーローの一人でもあったし。スタックスや、メンフィスから出たレコードの大ファンだった。それから、ブッカー・T・アンド・ザ・MGs。いまだに聞くと参っちゃうよ。アル・ジャクソンこそ、ぼくにとっての究極のドラマーだ。それから、ベースのダック・ダン。彼はとても素敵で、ぼくらと一緒に演奏していて、とても気持ちの良い人だった。偉大なベース・プレイヤーだよ。

 彼のベースがとても良かったので。スタンリーの刻みは静かなままにさせて、ほかは何もしないことにした。そういう風にし出来あがった曲だ。そしてコーラスが落下してくる。あれが凄いよね。

 これまた、ぼくらがまたライブでやりだした曲だ。何十年も、この曲は演奏していなかった。このあいだのツアーの時、またやり始めた。なんだかもう、大変なものだった。

Q:"Woman in Love" でのベースラインは、ヴォーカルに沿って動き、歌のためのスペースを残しています。彼の演奏は、実にうまくあなたのフレージングに沿っていますね。

TP:ダック・ダンの演奏はすさまじかった。ぼくらはライブ録音をした。彼はぼくの歌にあわせ、ぼくの方も彼に合わせていた。これが良かったんだな。やっていてとても楽しかった。

Q:後年、ニルヴァーナがこれと同様の曲をいくつも出していますね。静かなヴァースに、爆発的なコーラスを持ってくる。これは、あなたが "Woman in Love" でやった手法ですね。

TP:ああ、たしかにそうだな。良い手だよ。上手にやればうまくいく。人の心を突き動かすだろう。
 ライブなんかでは、囁くような歌声に、突然吠えるような声を出すものだから、ものすごく効果的なんだ。かなり聴衆を突き動かすものがある。

Q:それをやれるのが、良いバンドというわけですね。

TP:(笑)たしかに、そうだな。ヘタなやりかたをしたら、かなり悲惨だもの(笑)。

Q:"Something Big" というのは、巧いタイトルですね。"He put up me with it for a little while, he was working on something big."

TP:ああ、短い物語みたいだろう。

Q:書いていて楽しかったですか?

TP:うん。べらぼうに楽しかった。ちょっとした映画みたいなものだからね。キャラクターを作り上げたという点では、ぼくにとって最初の試みだった。やってみたら、楽しかった。"Speedball and the night clerk" のところとかさ。

Q:この曲では、ベンモントのオルガンと一緒に、あなたがエレクトリック・ピアノを弾いています。あのピアノが曲全体のグルーヴの基礎になっていますね。

TP:ああ、この曲はピアノで書いたので、セッションでこの曲をいじるときに、エレクトリック・ピアノを弾くことにしたんだ。場合によっては、そういう事もある。
 もしぼくが曲をピアノで書けば、ぼくがピアノ、ベンモントがオルガンということはよくあるんだ。そういう曲をぼくが演奏する術としては、ピアノしか分からないから。
 この曲では、ぼくはウーリッツァーのエレクトリックを弾いている。

Q:(ボブ・)ディランは、あなたが書いた曲のなかの、お気に入りだと言っていますね。

TP:うん、ぼくにもそう言った。それから、"The Last DJ" もかなり好きだって言っていた。

Q:"A Thing About Me" ですが、マイクは中間部の、あなたと二人でのギターが大好きだと言っていました。

TP:ぼくらのライブ演奏という意味で、典型的な例だな。お互いの音をどう聞いているか、そして互いのギャップをどう埋めているか。ぼくらはとても長い間一緒にやっているから、直感的に分かるんだ。
 マイクと一緒にやれるなんて、本当にラッキーだよ。一緒にプレイ出来る上に、しっかりサウンドを作ってくれるんだから、本当に感謝すべき事だよね。
 だからぼくらが一緒にプレイすれば、確かなサウンドをモノにする事が出来るのさ。

Q:ストーンズを思い起こさせますね。二人での中間部におけるエレクトリック・ギターですから。


TP:うん、たしかにそんな感じだね。でも、ぼくはよりリズム・ギター・プレイヤー寄りなんだ。あまりリードは弾かない。周りがぼくに少し弾かせるんだけど。でも、ぼくはリズム・ギターの方に、より集中している。
 最近、リズムギターっていうのはやや軽んじられ気味じゃないかな。あまり、しっかりとしたリズム・ギターの演奏にお目にかからない。ぼくはリズム・ギターを巧く演奏したいって、心から思っている。だからぼくらはあまりメロディの絡め合いはしないんんだ。

 和声が重要なんだよ。和音の声部だな。ぼくがしっかりとした音を出して、あいつ(マイク)がまた自分の声部をばっちり演奏すれば、それでサウンドがモノになる。あいつがバレー・コード(複数の弦を一本の指で押さえるコード)を演奏すれば、ぼくはオープン・コードを弾く。こういうのは、ぼくらの間ではごく自然なこととして、サウンドになるんだ。

Q:本当に自然にそうなるのですか?それともわざとそうなるようにしているのですか?

TP:わざとじゃぁないな。やるとそうなるんだ。たまにぼくがソロをやったりすると、マイクはこう言うんだ。「それ、やってみろよ。かなり良い線いってるぞ。」

Q:リズムを弾いているとき、普段は基本形に近いコードで弾いているのですか?

TP:どういうサウンドになるか、場合による。

Q:エミルー・ハリスが、この曲をバンド,サザン・パシフィックとカバーしていますね。(グレイテスト・ヒッツ:Southern Pcific)

TP:うん、エミルーは大好きだ。エミルーがぼくの曲を歌っているのを聞くのは、ぞくぞくするよ。カントリーのセッティングで聞くのも格好良いね。これは正真正銘のロックンロールなんだから。彼女がこの曲を歌ったことに、敬意を払っているんだ。

Q:"Insider" というのは、クールなタイトルですね。曲を書き始める前から決まっていたのですか?

TP:いや、ぼくの記憶が確かなら、書いている最中に思いついたんだ。ヴァースから出来始めていた。ぼくはこの曲を、家で独りで書いていて、その日は調子が良かったことを覚えているよ。書き上がったときには、自分でこの曲に参っちゃった。(ジミー・)アイヴィーンも夢中だった。この曲には大興奮だったよ。

Q:彼に、この曲はスティーヴィー・ニックスのためにと言ったのですか?

TP:うん。ぼくは曲作りを頼まれていた。彼はプロデュースをするつもりだったし(スティーヴィーのアルバム [Bella Donna])。ジミーは一曲、熱望していた。彼にこの曲を聴かせたとき、
「うわぁ、お前に曲を頼みはしたけど、ここまで凄いとは思わなかったよ!」と言われたのを覚えている。

 ぼくも、この曲には愛着があった。自分でヴォーカルを録音してみたら、ひどく悲しくなってしまった。それで言ったんだ(声を潜めて)。
「スティーヴィー、この曲はあげられないや。」
 そしたら彼女は、
「うん、なるほどね。たしかに分かる。私はほかのを貰うことにする。」と応じた。

Q:"Insider"をシングルにしようという考えはありましたか?

TP:いや、ふつうシングルには、もっとアップビートなものがなるから。バラードをシングルにするのは、とても希なことだよ。ぼくは考えもしなかった。
 "Free Fallin'" が、バラードをシングルにした最初じゃないかな。それでも、アルバムから三つ目のシングルだったけどね。会社の方がシングルにしたがらなかったんだ。南カリフォルニア以外の人が、あの曲に興味を持つとは思わなかったんだよ。だからぼくは言ってやった。
「それは間違っている。みんな興味を持つ。」

Q:あなたが正しかったわけですね。

TP:そ、ぼくが正しかった(笑)。

Q:アルバム・タイトルの [Hard Promises] は曲よりも先に思いついていたのですか?それとも "Insider" の歌詞から取ったのですか?

TP:曲の歌詞から取っている。ストレスの多い時期でね。ぼくはLPの値段を巡って戦っていた。

Q:しかしそれによってファンは、あなたがレコード1枚あたりの新たな利益よりも、ファンたちのことを思いやっているということを知ったわけですね。

TP:ぼくは若く、理想に燃えていたな(笑)。

Q:今でも理想主義者なんじゃありませんか?

TP:二十代のころほどじゃないだろう。理想主義者であろうとはしているけどね。

Q:"Nightwatchman" は、マイクと書いた曲です。これもまた、ストーリー性のある曲ですね。

TP:この曲を書いた時期というのが、ガードマンつきで暮らすようになった頃なんだよ。ぼくはウンザリしたと同時に、面白いものだと思った(笑)。ぼくは、家とドアをガードする人と一緒に暮らすようにさせられていた。
 ガードマンはドアの外にある、小さなケージの中で座っていた。しかも夜もその中に座っているんだよ。外は地獄のように寒いのに。寒い時期で、ぼくは窓から彼を眺めていた。あんなところに男が一人座り込んで、ドアをガードしているなんて、良くないんじゃないかとか思った。
 これが、この曲のインスピレーションを与えたんだと思う。この曲の男は、暗くなる頃にやってきて、夜明けと共に帰る。一方、ぼくは夜中起きていた。それで、ぼくは外へでていって、その人とたくさん話すことになった(笑)。実際、家のなかでそんな時間に起きていたのは、彼だけだったから。だからこの人にインスパイアされたんだと思うな。

Q:"Nightwatchman" では、バグズに「ワイルド・ドッグ・ピアノ」を弾いてくれたと謝辞を述べていますね。


TP:真ん中へんの、ピアノの音のことだと思うよ。ブレイクがあって、ドラムがあって、(ギターの)リフに戻る前だ。そこでピアノの音がする。バグズが鍵盤たたいてくれたんだと思う。ほかに出来る人が居なかったから。彼はいつでも、本当に役に立ってくれるよ(笑)。

Q:この曲には、クモが這うような格好良いギターパートがありますね。

TP:うん、あれはマイクだ。最高の録音だった。ベースもすごいよね。ロン・ブレアがすばらしい演奏をしてくれた。

Q:すばらしい歌詞もありますね。私が好きなのは、"Yeah I got a permit it wear this .38 / But listen, my life's worth more than the minimum wage." のところです。

TP:ああ、これってぼくがその人(ガードマン)に言ったことなんだ。
「なぁ、だれかがここに来たら、そいつらを撃つつもりなの?」って(笑)。
 その人、銃を持っていたんだよね。それで尋ねたんだ。
「ここで誰かと銃撃戦を繰り広げるつもりなわけ?俺たちって、そのためにお給料を払ってるのか?」(笑)
 すると彼は言った(声を低くして)「そうだね、これが仕事だから。そうだろ。自分の仕事には真面目に取り組むさ。」
 ぼくは言った。「なるほどね。十代の女の子たちを撃ったりしないように祈るよ・・・」(笑)
 ぼくには、殺すってのはやり過ぎに思えた。

Q:この曲には二つのコーラスがあります。コーラスで歌詞が違うのですが、これはあなたがたまにやる手法ですね。

TP:やってみれば分かるけど、時々こういうすばらしい構造になったりするものなんだ。たとえほんのちょっとした変更点でも、突然全体を良くしたりする。これって良いよね。
 いま、きみが言ったような事がしょっちゅう起これば良いけど。これは昔からあるソングライティング技術でもある。とにかく、うまくいくよ。キー(調)をかえるみたいにね。

Q:転調の話になりましたけど、あなたはあまりやらないか、もしくは全くやっていないか。この手法は、ややわざとらしくなり勝ちですね。

TP:わざとらしくないサウンドを作るっていうのは、とても難しいことだ。
 このあいだ、ピーター&ゴードンが歌ってる、バディ・ホリーの曲 "True Love Way" を聴いたんだ。彼らは調を変えていてね。非常に頭の良いやりかたをしていると思ったよ。彼らはバンドの演奏を止めると、最後の一節を歌い、それからキーを上げるんだ。それがうまく行っている。
 ともあれ、ぼくらはあまりやらないな。たしかにきみの言うとおり、わざとらしくなり易いからね。

Q:"Kings Road" についてはいかがですか?

TP:あれはイングランドに行った結果、できあがった曲だ。ロンドンのキングズ・ロードってところに行ったんだ。ロンドンに行くときはいつも、あそこへ出向く。そこには、イカれた洋服やが並んでいるんだ。イカした服が買えるよ。60年代のカーナビー・ストリートに当たるんだろうな。
 ここにはでっかい緑色のモホーク族の飾りなんかがあった。あそこでは人々がパレードとかしていた。パンクとか、そのほか最新のおしゃれがあふれていた。カーニバルのようだった。通りを歩くだけで、そういうものが見られる。出店なんかもある。
 ぼくらはあそこへ行って、蛇皮のブーツを買った覚えがある。こっちじゃ見あたらないものなんかもあったんだ。
 軽い気持ちで作った曲だよ。

Q:"Letting You Go" はすばらしいメロディですね。

TP:あれを書いたときの事は覚えている。ぼくのギブスン・ドーヴ(アコースティック・ギター)で書いたんだ。ぼくはバディ・ホリーのような曲をやってみようとしていた。
 頭の一節のことはよく覚えている。これは録音していなかったんだけどね。最後の最後になって、つけたした。もうミックスまで終わらせていた。それで、マスターとして、2トラックのステレオコピーを作った。このコピーを作ったときに、冒頭の一節を録音して、2トラックコピーが一緒になるように細工した。あの手は二度とやらなかった。普通のやり方じゃない。


Q:"Letting You Go" では、あなたのヴォーカルの幅広さが分かりますね。あなたの音域の低いところから、高いところまで出てきます。

TP:それに気づいたのは、ほんの最近のことだ。誰かがある歌手の話をしていて、その人の音域が2オクターヴしか無いって言うんだ。
 それでぼくは、自分がどれくらいの音域を持っているんだろうかと考えた。ピアノの前に座って試したら、かなりの音域があった(ピアノに沿わせると)たぶん、4オクターヴはあるんだろうな。

Q:それはかなり例外的ですね。普通の人は2オクターヴ程度ですよ。

TP:うん、54歳にもなって、まだ出るなんて嬉しいよね。
 これには落とし穴があるんだ。ある一音は正確に出せるとするだろ、でもほかにどれくらい他の音を正確に出せると思う?
 ぼくは音域を高くしていくうちに、音程が正確ではなくなっていくことに気づいた。これは調によるんだけど。どの曲も、少しずつ違ったものになる。

Q:あなたは高い音を出すとき、ファルセットではなく、胸声で出していますが、これって楽ではないですよね。

TP:ああ。ぼくが歌い始めた頃、たくさんハーモニーをやっていた。バンド内では、高音域のハーモニーだったから。ガレージ・バンドだった頃のことさ。あの経験がかなり助けになっているんだと思うな。今でも、録音でいろいろハーモニーをやっているし。

Q:"The Criminal Kind" についてはどうですか?すてきなギター・リフがベースになっていますが。

TP:ああ、あれはマイクのリフだな。隙間を埋める、格好良いリフだ。すごく良いよ。ちょっとしたブルースみたいで。

Q:ブリッジに強烈な歌詞がありますね。"That little girl you used to know / she don't come around no more / Now she ain't there to watch the door / She don't wanna die in no liquor store..." それから、"They're calling you a sickness, disease of mind" なんてのもあります。

TP:(笑)忘れてた。忘れた方が良いんだ。
 ベトナムに長いこと居て、帰ってきた元兵士なのに、リスペクトされないって人に、インスパイアされたんだと思う。いかに彼らが一方的に追いつめられていったか、本で読んだことがあった。
 枯れ葉剤で復員兵たちは病気になってしまい、彼らはそのために病院で手当を受けていた。その歌詞はそのことにインスパイアされているし、曲の多くの部分もそうだと思う。"Dog tags on the mirror, hanging down on a chain" もそう、ベトナム復員兵のことだ。

Q:私はあなたがマイクと書いた "You Can Still Change Your Mind" という曲が好きです。 美しいバラードですね。

TP:ああ、ほとんどマイクの曲なんだ。アレンジメントもほとんど作っていた。ぼくはちょっとしたつなぎとか、前に戻すためのブリッジを作っただけじゃないかな。それから、メロディと詞。
 でも、この曲はあいつの作品だよ。最高の音楽作品であり、それはマイクの功績であるべきなんだ。

Q:あなたはこれを、「マイクからブライアン・ウィルソンへのトリビュート」と呼んでいますね。

TP:ぼくにはこの曲が、ビーチ・ボーイズの曲集のどっかに入っていそうに思えたんだ。ぼくらが普段やるのとは全然違っている。でもあのアルバム([Hard Promises])全体としては、何か違う分野に挑戦しようとしていたから。また [Damn The Torpedoes] と同じ事をやろうとは思っていなかった。ぼくらはいろいろと、違ったことを体験しつつあった。
 だからマイクがこの曲を演奏した時、これまた変わったものだととらえたんだ。

Q:"You Can Still Change Your Mind" では、スティーヴィー・ニックスと共に、シャロン・セイラーニが歌っていますね。

TP:あの二人は、あの日たまたまそこに居たんだ。スティーヴィーが来て言った。
「ちょっと、私に少し歌わせてよ。いいこと思いついたから。」
 彼女とシャロンは、録音ブースの端っこの方で、歌っていたんだろうな。それでお手並み拝見ってことになった(笑)。そしたらぼくらも彼女たちのが気に入ってね。

Q:あなたはこの曲をシングルにしたがったとのことですが。

TP:バラードがシングルになり得ないって気付いたんだよ。その判断は正しかったんだろうな。あんまりリズム感のある曲ではないから。
 あんまりにも美しい曲だから、ラジオで流れたら最高だろうなと思った。でもたぶん、間違いなんだろう。シングルにしていたら、どうなっていたやら。本当にビートもなにも無いからね(笑)。

 つまりさ、ぼくらの最高傑作の多くは、グレイテスト・ヒッツには入っていないってことなんだよ。ぼくらのシングルの多くはとても良く売れたけど、かと言ってアルバムの中で最高の曲ってわけじゃないんだ。
 そりゃ、シングルがヒットすれば御の字だけど。でも、ぼくらにとっての最高傑作が常にシングルになったかと言うと、それはどうかな。

Q:同感です。きっとヒットしたであろう、たくさんの曲がありますよね。しかしそれらはシングルとして発売されていません。

TP:そうだろ。アルバム [The Last DJ] の "You and Me" なんかは、良いシングルになると思ったよ。でもリリースはされなかった。ぼくは今でも、あれはヒットシングルになり得たと思っている。
 誰も知らない事だけど、その手のビジネス分野の契約ってのが随分あるものなんだ。それが場合によっては(笑)えらく失望させられる結果になる。レコード会社の連中の方はぜんぜん違う方向を見てたりするからね。連中、全くアーチスティックな視野を持っていないんだ。いかに金を稼ぐか、そっちに注目している。

Q:これまでに、シングルにすることを特に意図して、曲を書いたことはありますか?

TP:ある。デイヴ・スチュワートと作った "Don't Come Around Here No More" の時がそうだった。ヒットを狙って作った。「よし、ヒット曲を作ろうぜ。面白いシングルにしてやるんだ」ってね。あれには、ほぼ丸一ヶ月はかかった。成功したよ。
 でも、その手のことはあまりやらないな。ヒット狙いをするのは、やや脅迫じみた仕事になってしまう。

Q:リリースしてみたものの、ヒットしなかったシングルというのはありましたか?

TP:そりゃあるだろ。多くはないだろうけど。どれもある程度のレベルには達するよ。  "Room At The Top" なんかは、ヒットしたとは思わないな。会社の方が、選ぶ曲を間違えたんだ。かなりイマイチだったな。それから、"All Mixed Up" ― あれも全然ヒットしなかったよ。

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Long After Dark, 1982

Q:[Long After Dark] は "One Story Town" から始まりますが、この one-story town というのは、ロサンゼルスのことですか?

TP:うーん、そうでもないな。LAかもしれないけど、もっと小さい町でもいいかも。言葉遊びのひとつだと考えている。話に聞いただけではわからないような、「とある町」のことだろう。文字通りにね。それで物語一つは出来上がるのかも!(笑)
 タイトルに関しては、興味をそそられるね。とにかく、特にロサンゼルスってわけじゃないよ。

Q:曲の全般にわたって繰り返される、格好良いベースラインがありますね。

TP:うん。あの節回しを何回も何回もやったことを覚えているよ。それから、オルガンも素敵だ。

Q:"You Got Lucky" はマイクの録音が元になっています。この曲を書いた時のことは覚えていますか?

TP:録音した時のことはわかっている。ドラムの繰り返しを作り、それを輪っかにして流したんだ。こいつがしっかりしたグルーヴを作り出した。このループを流しながら、スタンリーがもう一度自分のドラムを重ねたんだと思うな。それをあっちこっちに使って、しっかりとしたフィーリングやグルーヴを作り上げていった。
 ベンモントはシンセサイザーに腹を立てていた。この曲は、ぼくらがシンセサイザーを使った、数少ない例なんだ。あいつは、やりたがらなかった。ぼくらはシンセサイザーはあまり使ってこなかったし。
 でもぼくはシンセサイザーがタブーだとは思っていなかった。何事もタブーだとは思っていないし。ぼくはそれで事がうまく運べば、それで良いと思っている。
 でもベンモントは嫌々弾いていた。弾いてくれて、ぼくはうれしいよ。何せヒットしたんだからね(笑)。

Q:お気に入りの一曲ではないと、言っていましたね。

TP:たしかに。好きじゃないってわけじゃないんだ。良い曲だよ。ぼくらのヒット・シングルなんだし。人気もあるよ。そういう問題じゃないんだ。ありがちなラブソングさ。
 そういう場合、必ずしも良い点ばかりが必要な訳じゃない。"Tutti Frutti" だって(リトル・リチャードのヒット曲)、良い点ばかりじゃないだろ。ぼくは好きだけどさ。
 とにかく、この曲("You Got Lucky")は、良い感じの ー 歌詞とか、良い感じの曲だよ。ギターもそうだし、あいつ(ベンモント)が弾いてくれたシンセサイザーも。

Q:ドラミングもすばらしいですよ。

TP:ドラミングはとても良かった。この曲では、スタンが叩いていた。ああいう曲だろう?いわゆる、良くできた曲だった。ちょっとしたシングルにはもってこいだった。
 ラジオで流れているのを聞いたとき、思ったよ。
「ワォ。俺たち、ちょっとの隙間も、よくもまぁ上手く埋めたもんだな」って。
 グルーヴも良かった。スタンリーは良くやってくれたよ。

Q:"Deliver Me" があなたが独りで書いた曲の一つですね。とても美しいコーラスです。"Take this heart / set it free... deliver me."

TP:うん。ぼくも好きだな。あの時期、かなり演奏した。楽しかったよ。

Q:"Change Of Heart" を書いた時の事は覚えていますか?

TP:ELOみたいな曲を書こうとしていたんだ。インスピレーションを与えたのは、"Do Ya" だと思う(コードパターンを口ずさむ)。
 ぼくはELOのファンでね。ジェフ・リンのことは、彼がザ・ムーブの時から認識していた。よくザ・ムーブを聞いたものだよ。イングランドからの輸入レコードを手に入れた。ベンモントが買っていたんだ。
 だからぼくは実際、セカンド・アルバムの [You're Gonna Get It] を、ジェフ・リンにプロデュースして欲しかった。どうして駄目だったのかは知らないけど。あのころ、彼は忙しかっただろうし、外部のプロデュースもしていなかったんだろうな。
 とにかく、ぼくは彼に来てもらって、一緒に録音がしたかった。彼と仕事ができるように、ずっと希望を持ち続けていたんだ。

Q:そうなることを、予感していたんですね。

TP:うん、そうかもね。とても強く望んでいたから。忘れた頃になって、偶然から実現することになった。
 ぼくは(ジェフ・リンがやるような)コードが大好きだった。そこで、自分流のコードを、あの曲("Change of Heart")で試してみた(リフを口ずさむ)。歌詞はあとになってついてきた。ずいぶん後になるまで、タイトルはついていなかったんじゃないかな。

Q:"Change of Heart" は、始まりも終わりも、ガリガリしたギターになっています。この曲をライブでやろうと考えていたと、かつて述べていますが、あなたがこの曲ができた頃に戻ったような事を、したがらないとまいくが言っていますね。

TP:ライブではやりたくなかったんだ。実際はやったんだけど。昔は、何回も演奏していた。
 それから、ずいぶん後になって、またやることになった。[The Last DJ] のショーの時、急にこの曲を演奏することにしたんだ。新譜の曲をすっかりやった後、アンコールで何曲かオールディーズをやることになっていた。そいうわけで、あの夜は急にこの "Change of Heart" を演奏することになった。
 なんだか、昔に帰ったような感じだった。「ドイツに行ったときみたいだよ」と、マイクが言ったごとくさ。ぼくらはこの曲を、ヨーロッパツアーの時に、演奏していたんだ。毎晩毎晩やるものだから、しまいにはウンザリしてしまい、もうやりたくなくなった。

 とにかくさ、そうそう、ぼくは "Do Ya" みたいなサウンドにしたかったんだ(ガリガリしたギターサウンドを口ずさむ)。ああいう感じのギターが欲しかったし、それが事の起こりだった。最高傑作とは言えないけど。でも良くできたロック・ソングだよ。

Q:"Finding Out" をマイクと一緒に書いていますね。これまたドラムが素晴らしいです。

TP:うん、良いドラムだね。このアルバムでは、スタンリーが本当に良く叩いてくれた。ハウイがハーモニーを歌ったことを覚えているよ。本当に素晴らしいハーモニーを歌ってくれた。

Q:良い歌詞がありますね。"I don't think pain is so romantic / I'm just a working man / I feel each day go by..."

TP:うん、ああ・・・(pain[痛み,苦しみ]は)確かにロマンチックじゃないな。本来ロマンチックであるはずなんだけど。特に歌とか文学においては。
 より良い芸術を生み出すためには、苦痛を経験しなきゃいけないという考え方は、危険だ。事実は違う。ぼくはそうは思わないんだ。

Q:多くのソングライターたちは、人生が混乱しているときこそ、最高傑作が書けたと言っていますが。

TP:必ずしもそうじゃないだろう。曲を書きたいからって、自分自身を痛めつけたくはないさ。
 ぼくは悲しい曲を書いている時だって、ハッピーだもの。本当に悲しいときは、書く気が、そもそも起こらない。ぼくはそうだな。そうじゃない人も居るんだろうけど。
 ぼくは、自分の調子が良い時に曲を書く傾向にある。落ち込んでいるときは書かないな。落ち込んでいるときは、演奏することすらしない。

Q:この曲("FInding OUt")は、"I have to thank you baby / honey I must confess / You have pulled me from this river of loneliness...." という詞で終わっています。

TP:うん。この曲は発見についての歌だ。未知のものを見いだす事についての歌さ。だからその歌詞が「落ち」になっている。自覚についての曲なのさ。

Q:"We Stand a Chance" という曲についてはいかがですか?

TP:この曲はピアノで書いた。録音で唯一のギターを、ぼくが弾いているっていうのがおかしな点だけど。よくよく聞けば、ギターの音がゆがんでいるのがわかると思うよ。マイクはオルガンを弾いているんだ。
 ジミー・アイヴィーンがこの曲をとても気に入っていて、みんなこの曲に注目するだろうって思っていた。でも、実際注目されたのは "You Got Lucky" の方だった。

Q:"Straight into Darkness" は力強い曲ですね。

TP:良い曲だよ。同じ時期に書いたものだ。ぼくらがピアノを使ってみようとしていた時期だと思う。この曲はピアノでやってみた。

Q:ピアノのイントロが美しいですね。

TP:うん。最初に録音を始めたときは、もっとギターを基礎にしたやり方だった。ピアノに転換した時、この曲が見え始めた。
 (曲作りは)場合によっては、かなりの手間が掛かるものだ。ぼくにとっては、それぞれの曲が、レコード全体と同様の出来でなきゃいけない。そういうレコードでなきゃ、興味が持てない。
 場合によっては、ある曲があるべきサウンドの、あるべき録音におさまるまで、その曲の良さが分からないなんてこともある。この曲もそういったものの一つだった。
 ピアノを使うまでは、みんなと同じようなグルーヴを得ることもできなかった。そして(ピアノを使いだして)やっと、みんな直感的にどうプレイするべきかを見い出したんだ。こういうのも、グループ作業の一面さ。

 ハートブレイカーズにおいては、こういうぼくの考え方があった。つまり、その善し悪しはともかくとして、ぼくらは同じメンバーでやり続けること、そして、ぼくら自身にとってユニークなものを作り上げること。レコードを作るたびに、あらたに五人も雇うような真似はしなかった。
 場合によっては、これが良くないこともあった。ちょっとした窮屈さを生んでしまうんだ。でも、(この曲の場合は)ピアノを使い始めると、歌に魂が入った。

Q:暗さの連鎖を歌うような、やや暗い曲ですね。でも、"I don't believe the good times are over / I don't believe the thrill is all gone" という楽観的な終わり方をしています。

TP:そう、希望がある。ただの落ち込みの歌じゃないんだ(笑)。

Q:"The Same Old You" も、マイクと協力して書いた曲ですね。

TP:良いビートに、イカしたグルーヴがあるね。変にシリアスなものじゃなくて、ただ楽しいばかりさ。

Q:"Between Tow Worlds"もマイクと書いています。クールなイントロですね。ドラムが入る前に、ピアノがビートに乗ってコードを奏でる。そこにギターが絡み、そのれからドラムが入ってきています。

TP:ハートブレイカーズがライブ・グループであるということの好例だ。自分のやりかたをちゃんと認識している。
 ぼくらはこの曲を、サンセット・ブルヴァードにある古い方のRCAスタジオで録音した。このスタジオは、(ストーンズが)"Satisfaction" を録音したところだ。たくさんの偉大なレコードが、ここで作られている。ぼくらは "Between Two Worlds" と、"We Stand a Cahnce" を録音した。

 ほぼ、ライブ・トラックだった。そこで、あのイントロが出来上がったんだ。リハーサルも、事前の打ち合わせも無しだ。ただやってみたら、ああなった。まさに必殺イントロだよ。
 この録音では、ぼくもいくらかリード・ギターを弾いている。エンディングのギターはぼくだ。あの頃にしてみれば、珍しいことだけど。それから、最初の方のギター・リフを弾いた覚えがある。ぼくは小さな10インチアンプを使っているんだけど、無理があった。だから独特の歪みが音に出ている。最初のリフも、エンディングのソロも、あのアンプを使ったと思う。
 あのイントロは偶然できたようなものだ。それがぼくらというバンドそのものだった。ぼくらのやり方でやらせれば、こういう凄いものをぶちかますんだ。

Q:"A Wasted Life" は、美しいメロディの、とても優しげな曲ですね。

TP:(歌を口ずさみながら)ああ、これもぼくが最初に作ったと時とは、全く違うアレンジで仕上がった曲の一つだな。最初どうだったのかは、よく覚えていない。家でデモを作って、それがあまり良くなくて、自分の意図がうまく反映できてないってことに、最初に気づいた。
 セッションのかなり最後の方で、誰かが「こいつを全く違う感じでやってみようぜ。ぜんぜん違う解釈でやってみるんだ。やってみてから、どうなるか見てみよう」と言った。それでああなった。
 ベンモントを前面に押し出して、ただ一度やってみたんだ。そうやって出来上がったんだ。

Q:とても肯定的な歌ですね。"Don't have a wasted life / I love you too much"

TP:ああ、とてもポジティブだな。そうだ、もう一つ言うべき事がある。これは優しさという意味の、友情の歌なんだよ。

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Southern Accents. 1985

Q:[Southern Accents] の "Rebels" はとても伝統的で、しかも理屈抜きな感じのするコードの主和音から、六の和音へ動きます。CからAマイナーですね。これはどのように浮かんだのですか?

TP:いい並びだよね。これだと色々なことが出来る。
 この曲は録音に苦労した。悪戦苦闘だった。金管楽器を使っている。この曲にはホーンだって、ぼくは思っていたんだ。これはぼくらにとっては新境地で、同時にかなりきつかった。ホーンのアレンジを模索し続けていた。
 ぼくのギターだけのデモの方が余程良いと思った。それで、ぼくが手を骨を粉砕する話になるわけ。もう話したよね。

Q:美しい歌詞がありますね。"Even before my father's father / They call us all rebels / While they burned our cornfields / And left our cities leveled / I can still feel the eyes / Of those blue-belled devils / Yeah, when I'm walking 'round at night / Through the concrete and metal"

TP:この歌詞は好きだ。本当に。ぼくが好きなのは "one foot in the grave / and one foot on the pedal..." のところ。この歌は、刑務所を出てガールフレンドに迎えに来てもらった男の物語だ。頭の中に、この短編映画が出来あがっているよ。

Q:一部の人は、"Rebels" を歴史の歌だととらえているようですが。ある評論家は混乱期(南北戦争)についての歌だと。

TP:どうしてそうなるのかな。そんなのことないよ。この歌は、飲んでいる間に、いわれなく逮捕された男の話さ。この男のフラストレーションは、自分がしでかした失敗なんだ。そしてこいつは、自分が先祖から引き継いできたものに非難の矛先を向ける。上手く行くはずがないわけで、最後のところでは(南北戦争で)トウモロコシ畑や、焼かれた街の話になる。
 実際そういうことになったのだけど、南部では今でも、ほんの少しだけど、昔を懐かしむ傾向がある。
 たとえばアトランタなんて、実際に焼き尽くされてしまった。

 このアルバムの中で、ぼくは南部のすべてを表現しようとした訳ではない。ただ、南部を出発点にしていたんだ。この曲は良く書けているよ。かと言って、特に南部とかそういう事をテーマにしているんじゃない。
 これは問題を抱えて、自分のルーツを乗り越えようとしている男の物語だ。そうだな、モノにするのに、2,3分ってところだった。だからかなり上手く行った曲作りだった。

Q:確かに、とてもパワフルな曲ですね。

TP:バグズが聴きたがらない曲でもある。

Q:どうしてですか?

TP:かなり長い時間がかかったからさ。この曲を仕上げていて、決して楽しくはなかった。上手く行っただなんて全然思わない。ボーカルももっと良くなると思っている。クリアに歌いすぎている。
 あのころ、コカインが身近にあった。ぼくらはコカインをやっていたんじゃないかな。ぼくらがスタジオでドラッグをやっていた時期の一つでもある。この時期はコカインで、それがぼくの判断に影響したんだろう。今は、あれがベストな歌唱だとは思わない。

Q:"Rebels"には、ホーンが上手くフューチャーされていますが、抑えた音量になっています。同じく [Southern Accents] 収録の "The Best of Everything" とは対照的ですね。あちらのホーンは、とても明るく、目立つように、ミックスされています。
 それに、亡くなったリチャード・マニュアルもハーモニーで参加しています。

TP:彼はぼくのお気に入りシンガーの一人だ。でも、(リチャード・マニュアルが)録音したときには、一緒にいなかったんだよ。ロビー(・ロバートソン)がやったから。

Q:もともと、"The Best of Everything" は[Hard Promises] のために録音しとうとしていたのですか?

TP:うん。でも、長さ的に余裕がなくてね。いつも入れたい曲をカットする必要に迫られる。
 ([Hard Promises]に)入れなくて良かったよ。ロビー・ロバートソンが手を加えた後の方が出来が良いからね。彼が手を加えてくれたことによって、とても良くなったと思うんだ。
 ぼくが書いた中では、一番良い曲の一つだと思う。本当に良い曲だし、彼はそこを評価してくれた。今でも、この曲に関しては誇りに思っている。

 ぼくらがこの曲を作ったとき、ロビーは "The King of Comedy" っていう映画の音楽監督をしていた。それでぼくに何か良い曲はないかと訊いてきたので、ぼくは完璧に合うとても良い曲があると答えた。そうしたらロビーが言った。
「なるほど、この曲を借りて、金管とか加えても構わない?」
 ぼくは答えた。「もちろん。やってみてよ。」
 ぼくはずっとザ・バンドのホーン・アレンジが好きだったからね。それでロビーはこの曲を持って行き、少し編集を加えた。もともと、無くても構わない余計なひとヴァースがあったのだけど、これが凄いことになった。とても嬉しかったよ。

Q:(ロビーは)あなたが何かをまた追加で録音することなく、全てのミックスをやったのですか?

TP:そうなんだ。ぼくがスタジオに入ってくるのも嫌がってね。ぼくはこの曲を彼にくれてやって、仕上げるということを理解した上で、渡したんだからね。
 ある時偶然、ぼくはロビーが仕事をしている同じ建物で、仕事をしたことがあった。ぼくは彼のところへ行って、覗いてみようとした。ところがロビーはドアを締め切って言うんだ。
「だめ、だめ、だめ、入っちゃだめ。こっちが終わるまで近寄るな。お前さんが気に入らなかったら、また変えてやるから。」
 結局、ぼくは一音も変えなかった。出来上がりを聴いたとき、ぼくは「まじかよ、すげぇな」と思った(笑)。安心してくれると良いね。

 実のところ、ロビーは曲そのものに少し手を加えていた。彼がどこを削除したのかは覚えていないけど、とにかくもっと単純明快にしたんだ。歌詞には手をつけてないと思うけど、とにかく曲を少し短くした。
 さらにロビーはホーンのアレンジを加え、リチャード・マニュアルのハーモニーをぼくのボーカルに重ねた。

Q:あなたの声と重なったこのサウンドは好きですか?

TP:そりゃ、夢が叶ったんだから。ぼくはシンガーとして、(リチャード・マニュエルを)すごく尊敬しているんだ。(リチャードが録音した)その場に居なかったとしても、ぼくは満足さ。居たらぼくがドジるだろうし(笑)。
 ロビーは本当に良くやってくれた。彼には大きな借りができた。

Q:私にとっては、あの狂乱続きの時代に、あなたがタイトル・ソングの "Southern Accents"のような曲を書いたことは驚きです。これはとてもゴージャスで、スピリチュアルな曲です。

TP:この曲を書いた時のことは、よく覚えている。朝の4時くらいだったかな。朝になっちゃうぐらい、ものすごく遅い時間と言うか、早朝と言うべきか。みんな帰ってしまって、ぼくはスタジオに独りっきりだった。ピアノを弾いていた。そしてポンとこの曲が浮かんだ。

Q:(コード)Fで。

TP:F!まさにそのピアノで!ぼくが書いた中でも最高のものの一つだ。突然浮かんだんだ。ほんとうに、ピアノで、しかも速攻で出来上がってしまった。
 カセット・デッキを持っていたから、そいつに録音したんだと思う。ぼくは余りにも興奮して、眠れなくなってしまった(笑)。とても楽しかったし。
 ぼくのヒーローの一人である、ジャック・ニッツシェ(アレンジャー/作曲家)に頼んで、ストリングスをつけてもらった。ぼくらがオーケストラを使った最初だった。

Q:美しいストリングス・パートですね。

TP:そうさ。とてもハッピーな録音だった。本当に上手く行ったと思うよ。

Q:ある人たちは、これはあなたの "Let It Be" だと言っていましたが、(そういう話を)聞いたことがありますか?

TP:いいや。でも、たしかに似ているところがあるね。

Q:ブリッジが美しいのですが、あれは格別ですね。

TP:あのブリッジは大好きだ。あのブリッジが思いついたら、これこそぼくにぴったりだった。それでコードをつけて。ブリッジに関しては、よく試行錯誤をするものだけど。この場合は一回目ですぐに、うまくコードをつけられた。
 だから口に出して言ったよ。「やったね、ばっちり!」それくらい気分が良かった。うまく行ったときはそういうもんだ。
 だから、この曲を書いた時は、本当に、本当に最高の瞬間だった。あの時のことはよく覚えている。大抵は覚えていないものだけど、この時ばかりは夜通し、繰り返してカセットを流し続けていたことを覚えている。
 そんな訳で眠れなかった。興奮しちゃって。誰かに歌って聞かせたくて仕方がなかった(笑)。

Q:あなたのホーム・スタジオに居たのですか?

TP:ホーム・スタジオだった。みんなが来るのが待ちきれなかった。「ワオ、本当にすごいのが出来たぞ!」ってね。それくらい興奮してて。
 その数日に関しては、全てをカセットテープに録った。ピアノの上に小さなカセットデッキを置いてあったんだ。ラッキーなことに、そいつを回してカセットに録音していたわけだ。

 そういう訳で、翌日ぼくらはレコーディングを始めた。ぼくのスタジオで、すぐに出来上がってしまった。ピアノを弾いているのは、ベンとぼくだと思う。
 ベンはぼくに弾かせるの、好きなんだよね。ぼくがすごく初歩的なやりかたで弾くからさ。そういう、自己流で弾いたわけだ。ブリッジのところのピアノは、ぼくだと思う。
 ベンが、ぼくのブリッジの弾き方が好きだって言って、ぼくに弾かせたがったんだ。でもぼくは彼に弾いてほしかった。そこで、ベンが弾いたり、ぼくが弾いたり、交互にやる折衷案が出た。で、ブリッジのところはぼくになったわけ。
 ほかはそれほど多くの音は録音しなかった。ベースと、サイド・スティックのドラム(ドラムの縁を叩く奏法)。そんなものだった。

Q:このアルバムを最高のものにしている要素の一つですね。

TP:うん、そうだね。この曲無しには、このアルバムはあり得ない。この曲は必要不可欠だ。

Q:このタイトル(southern accents)は、曲を書く前から頭にあったのですか?

TP:(ちょっと考えて)このアルバムに取りかかった時から、頭にあったんじゃないかな。アルバムのタイトルはすぐにぱっと思いついたから。
 思ったんだ。「南部っていうのは豊かなところだし、良い考えだ。伝説的な土地柄じゃないか」ってね。
 これは良くできた曲だよ。

Q:アトランタで酔いつぶれるところの歌詞が好きです。

TP:もうひとレベル上の歌詞が書けたのはラッキーだったな。この曲は、ジョニー・キャッシュのバージョンを聞いたときに、本物の命を得たんだ。あの「酔いつぶれる drunk tank」のところ。彼が歌っているのを聞いたとき、この歌詞の真実味を確信したよ。(笑)。
"Think I might go work Orland, if those orange groves don't freeze..."霜が降りると、仕事はお手上げだったからね。

 あの曲が書けた瞬間は、魔法のような瞬間だった。ソングライターならだれでも、こういう時は心から満足だろう。とてもやり甲斐を感じるものさ。ぼくにとってもそうだった。ぼくにとっての努力の結晶だった。

Q:この歌には、母親が現れる夢について出てきますね。実際にそういう夢を見たのですか?

TP:(ちょと考えて)いいや。無いと思うな。たぶん、無いと思う。

Q:"Make It Better (Forget About Me)"についてはいかがですか?

TP:この曲は嫌いだ。ゴミ。この曲をやらせようとしたのは、デイヴ(・スチュアート)なんだ。とにかく何か書かなきゃって書いた曲だ。ぼくにとってはそんな感じだった。
 ぼくが嫌いな、数少ない曲の一つだ。自分の作品の大部分は好きなんだ。ほとんどの曲には誇りを持っている。
 こいつは見当違いな連中に引っ張られた結果だ。ぼくらは自分たちでもやっていることが良く分かっていなかった。

Q:でも、アルバムには収録しましたよね。

TP:うん。ミスった。ほかにも、アルバムに入れるべき曲はあったのだから。

Q:"Spike"についてはどうですか?笑える曲ですが。

TP:これは好き。本当にな無学なレッドネック(南部の無教養な白人労働者)って、パンクロッカーを見ただけで震え上がるようなタイプだと言うことにしたんだよね。そういう視点でこの曲を書いている。
 こういう時は気をつけないと。聴衆の一部は確実に、曲そのものが作者の見方だと考える人が居るものだから。そういう連中は、曲の作り手が、キャラになりきって書いているとは考えてくれない。

Q:ランディ・ニューマンでもない限り、どの曲もそうやって(キャラになり切って)書くわけですからね。

TP:ああ、(ランディ・ニューマンは)そうなんだろうし、ぼくもたまには同様にやれるんだけど。でも多くはない。ともあれ、実際うまく行ってる。
 この曲ができたのは、おそい時間のセッションでの事だった。すごく遅い時間に録音して、かなりイっちゃってた。やたらハイでさ(笑)。いつもより余計にハイだったな。なんかそんな雰囲気になっちゃって。
 とにかく、おかしな歌だよ。"Hey Spike... You're scarin' my wife...tell me about life..."

Q:限界に近い低音ですね。

TP:そう、別人になりきろうとしていた。それで声を低くした。

Q:あなたはいくつかの異なった歌声を持っていますし、異なったトーンも使い分けています。時々、エルヴィスっぽい声を使ったこともありましたね。

TP:そうだな、ありとあらゆる歌を歌おうとするなら、異なった声も見いださなきゃね(笑)。いろいろな声を使えるって言うのは良いものだし、実際、うまく使い分けることもできた。

Q:エルヴィスは、あなたの歌唱スタイルに影響を与えていますか?

TP:そりゃもちろん。最近はあまり聞かないけど、子供の頃、11歳か12歳の頃は、エルヴィスがあのころ出したレコードに、夢中だった。1961年頃のことさ。彼のものならなんでも血眼で探したものだった。すっかりイカれていた。
 だから、エルヴィスには多大な影響を受けていると思うよ。

 誰も思いつかないだろうけど、ぼくがボックスセット([Pkayback])でお気に入りなのは、エルヴィスの "Wooden Heart"をカバーしているやつなんだ。あの録音は大好き。
 エルヴィスより上手くできたと思うよ。ご意見もだるだろうけど、実際そうだと思う。それに、ワンテイクで録ったんだ。
 こいつをやろうとは、特には考えていなかった。この録音の時が、この曲をやった唯一の機会だった。
 ぼくが言い出したんだ。「"Wooden Heart" をやろうぜ」ってね。それでぼくから始めて、みんなでプレイした。たったの1回だった。とても心がこもっていた。ライブ録音で一回歌ったきりだった。録音を聞いたとき、ぼくは心を揺り動かされた。若かったころや、エルヴィスのレコードを聞いたときのことを思い出したから。
 実際は、エルヴィスのようなサウンドではないけど、確かにその影響はあるよ。

Q:マイクと一緒に、"Dogs on the Run" とう曲を書いていますね。

TP:たしか、マイクはコードをいくつか作っていて、ぼくもいくつかコードをつけたんじゃないかな。けっこう好きだよ。よく知られた曲ではないけどね。

Q:"Mary's New Car" は好きですか?

TP:うん。マーティ・ジョウラードがサックスを吹いている。ぼくの家で録音したんだ。頼りになるメアリー・クラウザーが元になっている。彼女が新しい車を買ったんじゃなかったかな。もしくは、買うべきだと思ったか(笑)。軽い気持ちで作った曲だよ。
(メアリーによると、彼女は1980年製の中古のゴールド・ホンダ・アコードを購入し、友人たちがが結婚式をあげた多くの教会の前に止めているのを、誇らしげにバンドメンバーに見せたとのこと。)

 彼女は素晴らしいよ。みんな彼女のことをとても愛している。彼女はまさに、ハートブエイカーズという男所帯におけるお母さんさ。ライブでのトラブルに対処してくれるし、子供たちにはおもちゃをくれるし。とにかく、全てにおいてね。

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 acknowledgement / about the author / forword by tom petty / introduction
part one , life   part tow, songs
 1. dreamville tom petty & the heartbreakers
 2. california you're gonna get it
 3. anything that's rock 'n' roll damn the torpedoes
 4. tangles & torpedoes hard promises
 5. changing horses long after dark
 6. who got lucky southern accents
 7. don't come around here as much pack up the plantation :live!
 8. runaway trains let me up ( i've had enough)
 9. handle with care full moon fever
 10. into the great wide open into the great wide open
 11. somewhere you feel free greatest hits
 12. some days are diamonds wildflowers
 13. angel dream playback
 14. howie song and music from "she's the one"
 15. joe echo
anthology : through the years
the last dj
epilogue, highway companion


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PAUL ZOLLO / Conversations with Tom Petty / 2005



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