二条為子 にじょうためこ 生没年未詳 通称:権大納言局・贈従三位為子 など

二条為世の子。為道二条為藤為冬らの姉妹。尊良親王・宗良親王・瓊子内親王の母。しばしば京極為子(従二位為子・藤大納言典侍)と混同されるので注意されたい。
初め遊義門院に仕えて権大納言と称し、嘉元二年(1304)以後に後二条天皇の典侍となるが、徳治三年(1308)に天皇は崩御。尊治親王(後醍醐天皇)の側室となり、応長元年(1311)までに尊良親王・尊澄法親王(宗良親王)を生んだ。その後間もなく早世したらしい。文保二年(1318)の後醍醐天皇即位後、従三位を贈られた。
二条派の代表的女流歌人。正安四年(1302)六月の後二条天皇の当座歌合、乾元二年(1303)七月の後二条院歌合などに出詠。嘉元元年(1303)頃、後宇多院の召した嘉元百首に詠進。新後撰集初出。続千載集には十三首を載せ、『増鏡』に「やさしき歌多く侍るべし」と賞されている。勅撰入集は計七十首。

  6首  4首  4首  1首  4首  1首 計20首

よしさらば思ひの外の人もとへまつは木ずゑの梅のにほひを(嘉元百首)

【通釈】もうこうなったら、期待外れの人でもいいから訪ねておくれ。待つ人は来ない我が家を、梢の梅の匂いを賞美しに。

【補記】「思ひの外(ほか)の人」とは、意中にない人。「まつは木ずゑ」に「待つは来ず」を掛ける。

花の歌とてよめる

山桜まづ()のもとに尋ねきておなじ都の人を待つかな(続後拾遺66)

【通釈】山桜が咲くと、真っ先に木のもとへやって来て、私と同じ都の人を待つことだよ。

【補記】「おなじ都の人」には、自分と同じように桜の風雅を愛する人、といった意を籠めているのだろう。

徳治二年三月仙洞歌合に

しばし猶よそながらみむ山桜たづねば雲になりもこそすれ(新千載75)

【通釈】もうしばらくは、遠くから眺めていよう。あの山桜、尋ねて行けば雲になったりしてしまうから。

【補記】徳治二年(1307)、後宇多院主催の仙洞歌合。

【参考歌】紀貫之「古今集」
桜花さきにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲
  よみ人しらず「後撰集」「拾遺集」(重出)
梅の花よそながら見むわぎもこが咎むばかりの香にもこそしめ

内裏に百首歌たてまつりし時、落花

憂しとおもふ風にぞやがてさそはるる散りゆく花をしたふ心は(新後撰125)

【通釈】嫌だと思っていた風だのに、やがて私の心も誘われて、風のまにまに漂ってしまうのだ。散ってゆく花を慕って――。

【補記】新後撰集には「遊義門院権大納言」の名で入集。

嘉元百首歌たてまつりける時、花

散るは憂きものともみえず桜花嵐にまよふあけぼのの空(続後拾遺120)

【通釈】散るのが厭わしいこととも見えない。桜の花が嵐に乱れ舞う曙の空よ。

【参考歌】慈円「正治初度百首」
暮の秋梢に月はかたぶきて嵐にまよふ有明の雲

暮春

暮れはてぬ後までのこれ行く春のかすみがくれの有明の月(嘉元百首)

【通釈】空はすっかり暮れてしまった。この後までも残っていてくれ。去り行く春の霞に隠れた有明の月よ。

【語釈】◇暮れはてぬ 日が暮れたことと、春が暮れたことを掛けて言う。初句切れ。

【補記】月末近くなると、未明に出た有明月が、夕方近くまで残っていることがある。肉眼で見えることは殆どないと思われるが、それを霞に隠れていると見たものか。去り行く春の名残として、その月を惜しんだ歌である。

嘉元百首歌奉りける時、盧橘

袖の香は花たちばなにかへりきぬ面影みせようたたねの夢(新千載246)

【通釈】懐かしい袖の香は、橘の花によって甦った。いっそあの人の面影も見せてくれ、転た寝の夢よ。

【補記】古今集の名歌を、式子内親王の夢の趣向を経由して本歌取りした。「かへりきぬ。面かげみせよ。」と三句・四句切。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
五月まつ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
【参考歌】式子内親王「新古今集」
かへりこぬ昔をいまと思ひ寝の夢の枕ににほふ橘

嘉元百首歌奉りし時、蛍を

大井河空にもゆるや篝火にあらぬ蛍のおもひなるらむ(続千載314)

【通釈】大堰川の上空に燃えているのは、鵜飼船の篝火(かがりび)ではない、蛍が思いを燃やす火なのだろう。

【補記】「大井河」は桂川の上流、京都嵐山のあたりの流れを言う。鵜飼が名物。「おもひ」の「ひ」に火を掛けている。

夕立

やがてまた草葉の露もおきとめず風よりすぐる夕立の空(嘉元百首)

【通釈】雨が降ったと思う間もなく、草葉の上の露はすぐにまた散ってしまうのだ。強い風とともに通り過ぎて行く夕立の空よ。

【補記】夕立を爽快なスピード感で以て詠んだ。

【先蹤歌】二条為世「新後拾遺集」
やがて又つづきの里にかきくれて遠くも過ぎぬ夕立の空

扇風秋近といへることを

まだきより秋のやどりやしりぬらむ涼しき風をさそふ(あふぎ)(藤葉集)

【通釈】まだ夏のうちから秋の居場所を知っているのだろうか、涼しい風を呼び起こす扇は。

【参考歌】九条良経「六百番歌合」
手にならす夏の扇とおもへどもただ秋風のすみかなりけり

【補記】『藤葉(とうよう)和歌集』は、権大納言小倉実教(1265-1349)の私撰集。二条派を中心に、平明流麗な佳詠を集めている。

嘉元百首歌に

物おもふ雲のはたてになきそめて折しもつらき秋の雁がね(新続古今524)

【通釈】物思いに耽って眺めていた雲の果てに、雁が鳴き始めて――恋に辛い思いをしていた折も折、秋の悲しみを添えるような、その声よ。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて

夢ならでまたもろこしのまぢかきは月みる夜半の心なりけり(嘉元百首)

【通釈】唐土も夢でなら近いというけれど、夢でなくても唐土を間近く感じるのは、月を眺める夜の心なのだった。

【本歌】兼藝法師「古今集」
もろこしも夢に見しかばちかかりき思はぬ中ぞはるけかりける
  大弐三位「千載集」
遥かなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚の心なりけり

【補記】月を眺めている時の距離感の喪失。唐で詠んだという阿倍仲麻呂の「天の原ふりさけみれば…」の歌も思い出して味わうべきだろうか。さまざまな古歌の記憶が輻輳して余情を生むところ、二条派和歌の本領発揮。

嘉元百首歌奉りし時、紅葉

龍田川水の秋をやいそぐらむ紅葉をさそふ峰の嵐に(続千載583)

【通釈】龍田川は水上を秋らしく彩ろうと急いでいるのだろうか。紅葉を誘って散らす、峰の嵐によって。

【本歌】坂上是則「古今集」
もみぢばのながれざりせば龍田河水の秋をばたれかしらまし

【補記】紅葉が散り流れることによって川の水が秋らしく変化することを「水の秋」と呼んだ。

嘉元百首歌たてまつりける時、落葉

名残なきあだちの原の霜がれにまゆみ散りしく頃のさびしさ(続後拾遺432)

【通釈】跡形も残さず霜枯れてしまった安達の草原に、美しく紅葉していた檀の葉が散り敷く頃の寂しさよ。

【本歌】「古今集」神遊びの歌
みちのくのあだちの真弓わがひかば末さへよりこしのびしのびに
【参考歌】順徳院「建保名所百首」
霜は今朝あだちのまゆみ散りはててのこらぬ色を何に染むらん

【補記】「あだちの原」は陸奥国の歌枕。安達太良山の麓で、真弓の特産地として名高かった。その材料となる檀の木は色鮮やかに紅葉する。

嘉元百首歌に

雪ふればかねてぞ見ゆる鏡山ちりかふ花の春のおもかげ(新続古今703)

【通釈】雪が降ると、春の面影があらかじめ見えることよ、鏡山では、散り乱れる桜の花の――。

【補記】鏡山は近江国の歌枕。鏡は予見の霊力をもつと考えられたことから、「かねてぞ見ゆる」と言った。降りしきる雪に、散り乱れる花を予見しているのである。

【本歌】大伴黒主「古今集」
近江のやかがみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは

嘉元百首歌たてまつりける時、初恋

いつしかと初山藍の色に出でて思ひそめつる程をみせばや(新千載1022)

【通釈】いつになったら、山藍の初草で染めた色のようにはっきりと、初恋の思いのほどをあの人に知らせようか。

【語釈】◇初山藍(はつやまあゐ) 山藍の初草による藍染め。山藍はトウダイグサ科の多年草で、葉から汁をとって青の染料にした。「初」には初恋の意が響く。

【先蹤歌】源実朝「続後撰集」
わが恋は初山藍のすり衣人こそしらねみだれてぞおもふ

嘉元内裏三十首歌に、夢にあふ恋といふことを

夢路にはうつつばかりの関やなきこゆとぞ見つる逢坂の山(新千載1163)

【通釈】夢の中の通り路には、現実にあるような関はないのだろうか。逢坂山を越えて、あの人に逢う夢を見たよ。

【補記】逢坂山は山城・近江国境の峠で、東国への出入口となる関があった。

【参考歌】源高明「後拾遺集」、和泉式部「和泉式部集」
うつつにて夢ばかりなるあふことをうつつばかりの夢になさばや

百首歌たてまつりし時、忘恋

ことのはにそへても今はかへさばや忘らるる身にのこる面かげ(新後撰1119)

【通釈】下さったお手紙に添えてでも、今はもうお返ししたい。捨てられた我が身になお残る、あなたの面影を。

【補記】嘉元百首、題「忘るる恋」。この「忘る」は、恋人を捨てて顧みなくなる意。

冬絶恋といへる事を

とふ人の跡見しことは昔にておなじ世にふる雪もうらめし(新千載1547)

【通釈】訪ねてくれたあの人の足跡を見たのはもう昔になる――同じ世にあって逢えぬまま過ごしたことを思うにつけ、今宵降る雪も恨めしいことだ。

【補記】「ふる」は「経る」「降る」の掛詞。新千載巻第十四(恋歌四)の巻末歌。

【参考歌】西園寺公相「続後撰集」
はかなくも思ひなぐさむ心かなおなじ世にふるたのみばかりに

嘉元百首歌に山家を

吹きたゆむひまこそ今はさびしけれ聞きなれにける峰の松風(玉葉2207)

【通釈】吹いていた風の音が途絶える、その僅かな時間が今は寂しく感じられる。すっかり聞き馴染んでしまった峰の松風よ。

【補記】二条為子は玉葉集に「後二条院権大納言典侍」の名で五首入集している。対立する京極派からも一定の評価を得ていたことが判る。


公開日:平成14年11月16日
最終更新日:平成19年10月16日