民法 平成10年度第1問 

問  題

 Aは、Bに対し、自己所有の甲建物を賃料月額一〇万円で賃貸した。Bは、Aの承諾を得た上で、甲建物につき、大規模な増改築を施して賃料月額三〇万円でCに転貸した。その数年後、Bが失踪して賃料の支払を怠ったため、AB間の賃貸借契約は解除された。そこで、Aは、Cに対し、「甲建物を明け渡せ。Bの失踪の日からCの明渡しの日まで一か月につき三〇万円の割合で計算した金額を支払え。」と請求した(なお、増改築後の甲建物の客観的に相当な賃料は月額三〇万円であり、Cは、Bの失踪以後、今日に至るまで賃料の支払をしていない。)。これに対し、Cは、「自らがBに代わってBの賃料債務を弁済する機会を与えられずに明渡しを請求さ
れるのは不当である。AB間の賃貸借契約が解除されたとしても、自分はAに対抗し得る転借権に基づいて占有している。Bの増改築後の甲建物を基準とした金額を、しかもBの失踪の日から、Aが請求できるのは不当である。」と主張して争っている。
 AC間の法律関係について論ぜよ。

答  案

一 甲建物の明渡請求について
1 AのCに対する甲建物の明渡請求が認められるためには、(マル1)AB間の賃貸借契約の解除が有効であること及び(マル2)解除によってCの転借権がAに対抗できないものになることが必要である。

2 ではAB間の賃貸借契約の解除は有効か。
  解除が有効なためには(マル1)債務の履行がないこと、(マル2)相当期間を定めての催告、(マル3)催告期間内に履行無きことが必要である。
  また、賃貸借は当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約であることに鑑み、債務不履行が信頼関係を破壊するに至らない特段の事情がないことが必要と解する。
  本件ではBが失踪するにいたっているため、右特段の事情は存在しない。
  ではAはCにも履行を催告しなければならないか。
  この点六一三条一項が転借人は賃貸人に対し直接に義務を負うと定めていることからすればAはCにも催告をすべきとも思える。
  しかし六一三条一項は賃貸人の賃料債権を確保する手段として直接の取立権を認めたものにすぎず、AC間に賃貸借契約の成立を認めるものではない。
  また、賃貸借契約の当事者はAとBである。
  よってAは契約の相手方であるBに対し催告をすれば足りると解する。
  よってAB間の賃貸借契約の解除は有効である。

3 では、解除によりCの転借権は消滅するのか。
  思うに、転借権は賃借権による占有権限を基にして成立するものである。したがって賃貸借契約の解除により賃借権が消滅すれば消滅する、と解する。

4 それではAは解除による転借権消滅をCに対し主張できるのか。Cが五四五条一項但書にいう「第三者」に当たるか否かが問題となる。
  思うに、同条は、解除の遡及効を制限することによって取引の安全を図ろうとしたものである。
  したがって「第三者」とは、解除前の法律関係につき解除前に固有の利益を有するに至った第三者をいうものと解する。
  転借権は賃借権を基礎としてこれに付随するものだから転借人には固有の利益が認められない。
  よってCは「第三者」に当たらない。
  したがってAは解除による転借権の効果を主張してCに対し甲建物の明渡しを請求できる。

二 一か月につき三〇万円の割合で計算した金額の請求
1 まずAとしては、CがAに対し「直接ニ義務ヲ負フ」(六一三条一項)ことを根拠としてCに対し月額三〇万円の割合で計算した賃料を払うことを請求することが考えられるが、できるか。
  思うに、六一三条一項が転借人が直接義務を負うとしている趣旨は、取立権を認めることにより賃貸人の賃料債権を担保しようとしたものである。
  また、偶々賃借人が失踪したのを奇貨として自らが本来得られた額以上の金銭を得られるとするのは妥当ではない。
  よってAはBの失踪宣告から解除までの間の月額一〇万円の割合で計算した金額を得られるにすぎない。

2(一) また、Aとしては、CがBの失踪以来賃料を支払わずに甲建物を占有していることで不当利得を得ているとしてその返還を求めることが考えられる(七〇四条)。

 (二) この点、家賃を支払っていないCには、月額三〇万円の割合で計算した金額分の「利得」がある。
    それではAに「損失」はあるか。
    思うに、契約を解除するまではAはBから月額一〇万円の賃料を得られたにすぎない。よって、B失踪から契約解除までは月額一〇万円の割合で計算した額が「損失」であり、Aは右金額について不当利得として返還請求できる。(七〇四条)。
    これに対し解除後についてはAは月三〇万円の収益を揚げることができたのだから、解除から明渡しまでは月額三〇万円の割合で計算した金額を返還請求できる、と解する。

以 上


所  感

 今年も民法は第1問目から書きました。また今年も頭でっかちです。トイレにも行きました(←学習効果がまるでない。昨年度民法の受験記参照)。
 Cが545条第1項の「第三者」に当たるかなんていうのは完全な余事記載。なぜなら、賃貸借の解除には遡及効はないからです(620条)。N先生には、「、結果的に第三者に当たることを否定しているから、間違いとは言えないとは思うけど、試験委員がどう思うか分からない。」と言われました。でも、試験後、予備校の解答例を見て賃貸借の解除の特殊性に気付いた時は、積極ミスをした!と思ったくらいなので、N先生の「間違いとは言えない」というコメントにはホッとさせられました。
 もう1つ気になったのは、不当利得返還請求に基づく請求権と、613条に基づく請求権の関係を書かなかったことです。これだと、失踪から解除までの分については、両者併せて月額20万円の割合で計算した金額が請求できるようにも受け取られてしまいかねない、と思いました。まあそのへんは善解してもらえたんでしょうか。
 30万円の請求について、解除後の分について認めるというのは、答案構成後書き始めてから気が付いた部分です(答案構成用紙のどこにも書いてありませんでした。)。最後に書くところでよかった〜。

注.(マル1)というのは、丸数字の1を意味します。

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