民事訴訟法 平成10年度第2問
問 題
Yは、Xに対し、次の各事由を主張してそれぞれの確定判決の効力を争うことができるか。
一 XのYに対する売買代金請求訴訟においてX勝訴判決が確定した後、YがXに対し、その
売買契約はXにだまされて締結したものであるとして、取消しの意思表示をしたこと
二 XのYに対する賃金返還請求訴訟においてX勝訴判決が確定した後、YがXに対し、事実
審口頭弁論終結前より相殺適状にあった金銭債権をもってXの賃金返還請求権と対当額で相
殺するとの意思表示をしたこと
三 賃貸人Xの賃借人Yに対する建物収去土地明渡請求訴訟においてX勝訴判決が確定した後、
YがXに対し、事実審口頭弁論終結前から存在する建物買取請求権を行使したこと
答 案
一 Yが確定判決の効力を争うことができるため
には、本件の各事由が「口頭弁論の終結後に生じた
もの」(民事執行法三五条二項)と言える必要がある。
右法条は直接には執行力について定めたものであるが
既判力についても同様の理が当てはまるものと解する。
なぜなら、判決が事実審の口頭弁論終結までに
訴訟に提出された資料を基に下されるものである以上
その判断は右の口頭弁論終結時における法律関係に
ついてなされたものと解するのが自然だからである。
また、既判力による拘束力が正当化されるのは、
当事者に主張する機会が与えられていたという
手続保障によるものであるところ、当事者が主張
できたのは事実審の口頭弁論終結前に存在した
ものに限られるからである。
そして、既判力により主張が遮断されるのは
訴訟で争われた請求権に関する紛争のむし返しを
防止するものであること、右のように
既判力の正当化根拠が手続保障にあることに
鑑みると、口頭弁論終結後に生じた事由か否かは
前訴で争われた権利との関係及び右事由が
前訴で主張できた事由か否かを併せて判断すべきと
解する。
二 取消しの意思表示の主張について
1 売買契約がXにだまされたものであるとして
詐欺による取消し(民法九六条一項)の
意思表示をしたことについては、取消し自体が
前訴の確定判決後になされていることから
口頭弁論終結後に生じた事由として、
取消しによる売買の遡及的無効を主張して
(民法一二一条)、前訴の確定判決の効力を
争えるようにも思える。
2 しかし詐欺による取消しは売買代金
請求権自体に附着する瑕疵であり、主張を
認めれば紛争のむし返しとなる度合いが大きい。
また、より大きな瑕疵である無効についての
主張が封じられることとの均衡も失する。
さらに、取消しの主張は前訴での
勝訴につながるものであるから、前訴での
主張も期待できる。
よって、取消しによる意思表示を主張して
前訴の確定判決の効力を争うことは原則と
してできないと解する。
3 ただ、前訴の終了までXが欺罔されている
状態が続いていた場合のように、取消しの主張を
前訴で提出できる状況になかったときには、
取消しの意思表示自体を口頭弁論終結後に
生じた事由として前訴の確定判決の効力を
争えると解する。
三 相殺の主張について
1 相殺による賃金返還請求権の消滅の主張に
ついては、事実審口頭弁論終結前より相殺適状
にあった以上、前訴で主張可能であったとして
これにより確定判決の効力は争えないようにも思える。
2 しかし相殺は前訴で争われた請求権と別個の
債権を持ち出すものであり、紛争のむし返しの
程度は小さい。
また相殺の主張は、賃金返還請求権が
成立することを前提として行うものであり、実質
敗訴を前提とするものであるから、前訴での
提出は期待薄である。
3 よって、本件相殺の意思表示は口頭弁論終結後に
生じた事由に当たり、これにより
前訴の確定判決を争うことができると解する。
四 建物買取請求権の主張
1 建物買取請求自体は前訴でも主張することが
できたものである以上、右請求権を行使して
前訴の確定判決の効力を争うことはできない
ようにも思える。
2 しかし建物買取請求権は建物収去土地
明渡請求とは別個の権利である。
また、建物買取請求権の行使は、最終的には
Yが建物を退去しなければならないことを前提と
するものであり、実質敗訴を前提とするもので
あるから、前訴での提出は困難である。
したがって、建物買取請求権の行使
自体を口頭弁論終結後の事由として、確定
判決の効力を争えると解する。
以 上
所 感
ホント、基本的な問題だな、というのが感想です。
それだけに、単に羅列するだけでなく、視点を出してドッと降ろしていくことを心がけました。
口頭弁論終結後に生じた事由かどうかが問題なんだというのを民事執行法の条文を引くことによって出して、その後に右事由に当たるか否かの判断の際の考慮要素を2つ(請求権との関係、手続保障の有無)挙げました。
また、各主張の検討に当たっては、手続保障の有無、すなわち前訴での提出可能性を検討する際に、よく言われる「実質敗訴」の中身を具体的に書くようにしました。
さらに、詐欺による取消しの主張の可否については、判例が、場合によっては基準時後の行使も認めるかのような口吻を示していることが頭に浮かんだので、前訴での提出が期待できなかった場合に触れました。
あとは、反対説への言及→自説の論述という一般的な流れです。
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