中古 よみ人しらず歌

古今集から新古今集までの八代の勅撰集所載歌より、作者不明歌百七十余首を抜萃した。万葉集所載歌の異伝と思われる歌や、他書によって作者の判明する歌などは採らない。なお『猿丸大夫集』との重複歌は古の口伝(『三十六人歌仙伝』『袋草紙』など)を信じ猿丸大夫の作とし、ここには載せていない。詞書はほぼ省略した(ほとんどの場合「題しらず」である)。

22首  6首  22首  6首  66首  1首 離別 7首
羇旅 2首 哀傷 3首  29首 誹諧歌 1首 神遊びの歌 2首 東歌 11首 計180首

 

春霞たてるやいづこみよしのの吉野の山に雪は降りつつ(古今3)

【通釈】春霞が立っているのは何処か。吉野の山にまだ雪は降り降りしている。

【語釈】◇みよしのの 地名を重ねて言う。吉野を詠む場合の慣用的な言い方。◇吉野 奈良県の吉野川流域の地。上代、雄略天皇斉明天皇等が離宮を営んだ土地で、一種の聖地と見なされていたらしく、美称の「み」を付けて呼ばれることが多い。古今集ではすでに桜の名所として詠まれているが、また都に比して春の訪れの遅い土地、春になっても雪が降る土地としてもしばしば歌に詠まれた。

【補記】暦の上では春となった頃、なお雪の降り続ける吉野の山里にあって、春の徴候である霞を想い、文字通りの春の到来を待ち侘びる心。

【他出】古今和歌六帖、和漢朗詠集、五代集歌枕、和歌初学抄、無名抄、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄

【主な派生歌】
春霞たちはそむれどみ吉野の山に今日さへ雪はふりつつ(紀貫之[続古今])
白雲のたてるやいづこ葛城の高間の山に花咲きにけり(大江匡房[続後拾遺])
けふもなほ雪はふりつつ春霞たてるやいづく若菜つみてむ(藤原家隆)
春霞たてるやいづこ朝日かげさしゆく舟をまつがうら島(後鳥羽院)
いまもなほ雪はふりつつ朝霞たてるやいづこ春は来にけり(西園寺公基[続拾遺])
桜花咲けるやいづこみよしのの吉野の山は霞こめつつ(伏見院[新後拾遺])
山風もかすむ麓の夕波にたてるやいづこ志賀の浜松(正徹)
秋の風たてるやいづこみそぎせし昨日も涼しよもの川波(〃)

 

梅が枝に来ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ(古今5)

【通釈】梅の枝に来て止まっている鶯は、春に心を寄せて鳴くけれども、まだ雪は降り降りしている。

【語釈】◇梅が枝 梅の枝。普通は花の咲く枝のことを言うが、掲出歌の場合、古今集の配列(季節の進行に合わせて歌が並べられている)からすると、梅の花はまだ咲いていないと見るべきであろう。◇春かけて 春を心にかけて。

【補記】梅の枝に止まり、雪に抗議するかのように鳴き続ける鶯に、作者は春に憧れる自身の思いを託している。

【他出】新撰和歌六帖、古今和歌六帖、和歌体十種(華艶体)、和歌十体(花体)、古来風躰抄、定家八代抄、定家十体(濃様)

【主な派生歌】
あらち山谷のうぐひす野べに出でて鳴けどもいまだ春のあは雪(藤原家隆)
鶯は鳴けどもいまだふる里の雪の下草春をやは知る(藤原定家)
村雨の跡こそ見えね山の蝉鳴けどもいまだもみぢせぬ頃(藤原良経)
鶯の鳴けどもいまだふる雪に杉の葉しろき逢坂の山(*後鳥羽院[新古今])
み吉野の山の鶯春かけて鳴けどもいまだ花ぞ物憂き(土御門院)
梅が枝に世々のむかしの春かけてかはらずきゐる鶯の声(後嵯峨院[続古今])

 

心ざしふかくそめてしをりければ消えあへぬ雪の花と見ゆらむ(古今7)

ある人のいはく、前太政大臣(さきのおほきおほいまうちぎみ)の歌なり

【通釈】深く心を寄せて折り取ったので、消えきらない雪が美しい花と見えるのだろう。

【語釈】◇心ざしふかくそめて 「心ざし」は目標に向けて心を集中させること。「そめて」は心を対象に浸透させて、ということ。枝に積もった美しい雪を愛で、それを落とさないように慎重に枝を折り取ったのである。◇をりければ 「折りければ」と解したが、「居りければ」の意に解する説もある。「折る」というのは手で折り取ることで、もともと草木の生命力を自身の魂に移す呪的な行為であった。◇前太政大臣 古今集で「さきのおほきおほいまうちぎみ」と呼ばれているのは藤原良房。しかし古今集の左注「ある人のいはく」は多くの場合伝説で、根拠のあるものとは思えない。

【補記】何を折ったのかが言明されていないが、当時、雪と見間違えるべき花は梅と相場が決まっていた。雪が消えずに残っている梅の枝を、余りの美しさに、心込めて折り取ったのである。その心ざしの深さゆえに、消えずに残っている雪が自分の目には美しい花に見え続けている、という。春に憧れる心が雪を花と見せるのである。

【他出】奥義抄、柿本人麻呂勘文、古来風躰抄、僻案抄

【参考歌】凡河内躬恒「躬恒集」
春立つと聞きつるからに春日山きえあへぬ雪の花と見ゆらむ

【主な派生歌】
心ざしふかくそめてし藤衣きつる日数のあさくもあるかな(源雅通[千載])
心ざしふかく染めてしたつたひめおるや錦の山のもみぢば(藤原家隆)
世の常の色とやは見る心ざしふかくそめてし手折る紅葉を(頓阿)
心ざし花にやふかきうぐひすの消えあへぬ雪のふるす出づらむ(中院通村)

 

春日野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり(古今17)

【通釈】春日野は今日は野焼きしないでおくれ。いとしい人も中に入り込んでいる、私も入り込んでいる。

春日野
春日野

【語釈】◇春日野(かすがの) 大和国の歌枕。奈良市の春日山・若草山の西麓の台地。平城遷都後、都人たちの遊楽地として愛され、しばしば歌に詠まれるようになった。ことに早春の若菜摘みは好んで和歌に取り上げられる。◇今日はな焼きそ 今日は焼かないでおくれ。副詞「な」と助詞「そ」で、「…してくれるな」という意の婉曲な禁止をあらわす。◇若草の 「つま」の枕詞。また若草は春日野の縁語。◇つま 配偶者の片方。夫からみた妻、または妻からみた夫。掲出歌の場合いずれとも決し得ない。

【補記】伊勢物語十二段では初句「武蔵野は」。同書では「昔男」が女を盗んで武蔵野へ連れて行ったが、国守に捕まりそうになり、女を草叢の中に置いて逃げてしまった、その時に女が詠んだ歌としている。その場合、「つま」は夫(相手の男)の意となる。古今集の歌としては、春日野に遊ぶ男女のカップルが、土地の農民に向かって野焼きをしないよう呼びかけている歌と取るのが常識的な読み方となる。二句・四句切れの五七調で、おおらかな古調がいかにも民謡風である。

【他出】伊勢物語、俊頼髄脳、和歌童蒙抄、五代集歌枕、袖中抄、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、平家物語(延慶本)

【主な派生歌】
うづもるる雪の下草いかにして妻こもれりと人に知らせむ(大弐三位[風雅])
かへりみる雲ゐのつまはこもるとも焼かばや焼かむ武蔵野の原(藤原家隆)
唐衣すそ野のきぎすうらむなり妻もこもらぬ荻の焼原(藤原良経[新続古今])
春のきる霞のつまやこもるらむまだ若草の武蔵野の原(土御門院[続拾遺])
春日野にまだうらわかきさいたづま妻こもるとも言ふ人やなき(西園寺実氏[玉葉])
大原や雪降りつみて道もなし今日はな焼きそ峰のすみがま(宗良親王[新葉])
消ゆるまで雪にこもりし若草のつまもあらはに春風ぞ吹く(三条西実隆)
声もせず月をもいとへ野べの鹿夕べの霧に妻ぞこもれる(正徹)

 

春日野の飛火(とぶひ)の野守いでて見よ今いくかありて若菜つみてむ(古今18)

【通釈】春日野の飛火野の番人よ、野に出て見ておくれ。あと何日すれば、若菜を摘めるだろう。

【語釈】◇飛火の野守 飛火野の番人。飛火野は和銅五年(712)、春日の地に烽(とぶひ)が設置されて以後の称。

【補記】初春の恒例行事であった若菜摘みの日を待ち望む心を、野守に対する呼び掛けという形を取ることで、高らかに歌い上げている。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、秀歌大躰、僻案抄、色葉和難集、歌枕名寄、桐火桶、悦目抄、三百六十首和歌、六華集

【主な派生歌】
若菜つむ袖とぞ見ゆる春日野の飛火の野辺の雪のむらぎえ(*藤原教長[新古今])
夕すずみ飛火の野守この比やいまいくかありて秋の初風(藤原定家)
若菜つむ飛火の野守春日野にけふ降る雨のあすや待つらむ(〃)
ゆく年を飛火の野守いでて見よいまいくかまで冬の夜の月(藤原良経)
春霞たちいでて見よ吉野山いまいくかありて桜さきなむ(後鳥羽院)
春日野の飛火の野守けふとてや昔かたみに若菜つむらん(源実朝)
消そむる雪まもあらば飛火のにはや下もえの若菜摘みてむ(小倉実雄[続古今])
若菜つむわが衣手もしろたへに飛火の野べはあは雪ぞふる(藤原為家[続古今])
小倉山秋の梢の初時雨いまいくかありて色に出でなむ(冷泉為相[続後拾遺])
三芳野の山の山守こととはむ今いくかありて花は咲きなむ(後醍醐院[新後拾遺])
鶯のとぶ火の野べの初声に誰さそはれて若菜摘むらん(宗良親王)

 

み山には松の雪だに消えなくに都は野べの若菜つみけり(古今19)

【通釈】山では松の木に積もった雪さえ消えていないのに、都では野辺の若菜を摘んでいるのだった。

【語釈】◇み山 「み」は習慣的に付けた接頭語。但し「深山(みやま)」の意と見る説もある。

【補記】まだ冬の趣が残る山里と、すっかり春めいた都との、季節感のずれ。都にいる人が山を見ての感慨か、山に住む人が都に出て来ての感慨か、両説ある。感動の中心は「都は…つみけり」にあるので、山の住人の都に出て来ての驚きと見る方が素直であろう。

【他出】新撰髄脳、和歌色葉、古来風躰抄、定家八代抄、悦目抄、和歌灌頂次第秘密抄、井蛙抄、歌林良材

【主な派生歌】
消えなくに又やみ山をうづむらん若菜つむ野もあは雪ぞふる(藤原定家[続拾遺])
かへりみる都は野辺の朝霞たてるいづくに若菜つむらん(順徳院)
二葉より都は野べの若菜つめその神山の草のはつかに(尭恵)

 

あづさ弓おしてはるさめ今日降りぬ明日さへ降らば若菜つみてむ(古今20)

【通釈】春雨が今日降った。明日もまた降るならば、若菜を摘んでしまおう。

【語釈】◇あづさ弓おして 弓を「おして」すなわち力をこめて「張る」ことから、「春」を言い起こす。

【補記】春雨は草木の発育を促すものとされた。明日も引き続き降ったなら、若菜が伸び過ぎてしまうので、雨中でも摘み取ろうとの心。もとより美味追求のためでなく、芽ぐんで間もない若菜の聖なる力を尊ぶ心である。序の「あづさ弓おして」が一首全体に効力を及ぼし、若菜摘みへの殊勝な思いをつよめている。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、俊頼髄脳、定家八代抄、和歌密書、三五記、悦目抄

【主な派生歌】
あづさ弓おしてはる雨ふるさとのみかきが原ぞうす緑なる(藤原家隆[玉葉])
あづさ弓おしてはる雨をやまだに苗代水も今やひくらむ(藤原良経)
あづさ弓おしてはる雨いる方もさだかに見えぬ春の夜の月(後鳥羽院)
今日だにも道ふみ分けぬ白雪の明日さへ降らば人も待たれじ(西園寺実氏[続拾遺])
山風も花の香ながら真木の戸をおしてはる雨曙の空(正徹)

 

百千鳥(ももちどり)さへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞ()りゆく(古今28)

【通釈】百千鳥がさえずる春は何もかも新しくなるけれども、私は年老いてゆくのだ。

【語釈】◇百千鳥 鶯を始めとする、春のさまざまな種類の鳥。万葉集にも見える語。のち、古今伝授の三鳥の一つに数え、鶯と考えられるようになった。

【補記】旧暦では新春が来るたびに齢を一つ加えた。復活し更新される周囲の自然と、年老いてゆく自己とを対比しているが、「百千鳥さへづる」という最も明るく晴れやかな風物を出すことで、老いの感慨を深くしている。

【他出】俊頼髄脳、和歌童蒙抄、袖中抄、定家八代抄、僻案抄、色葉和難集

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
冬過ぎて春し来ぬれば年月はあらたまれども人はふりゆく

【主な派生歌】
百千鳥さへづる春のあさみどり野べの霞ににほふ梅が枝(後鳥羽院[風雅])
百千鳥さへづる空は変はらねど我が身の春はあらたまりつつ(後鳥羽院)
百千鳥こゑや昔のそれならぬ我が身ふりゆく春雨の空(藤原定家)
百千鳥さへづる春のかずかずに幾世の花の見て古りぬらむ(〃)
物ごとにあらたまれども鶯のさへづる春は身のみ古りつつ(藤原為家)
おのがねはあらたまれども鶯の谷のねぐらぞいとど古りゆく(宗良親王)
時しありと聞くもうれしき百千鳥さへづる春を今日は待ちえて(後水尾院)

 

折りつれば袖こそにほへ梅の花ありとやここに鶯の鳴く(古今32)

【通釈】折り取ったので、私の袖に移り香が匂うものだから、梅の花があると思って、ここに鶯が鳴くのだろうか。

【語釈】◇袖こそにほへ 袖が匂うので。係助詞「こそ」に呼応して「にほふ」が已然形に活用する。

【補記】梅の枝を折り取った袖に移り香が残っているので、花が咲いていると勘違いして、すぐ近くで鶯が鳴いているのかと見た。梅の香と鶯に寄せる耽美の心を、詩的誇張によって表現している。

【他出】奥義抄、古来風躰抄、定家八代抄、桐火桶、歌林良材

【主な派生歌】
梅が枝の花のありかを知らねども袖こそにほへ春の山風(宮内卿[玉葉])
花の香はありとやここにをとめ子が袖ふる山に鶯の鳴く(藤原範宗)
おのづから風のたよりにとふ人もありとやここに匂ふ梅が香(満済[新続古今])
折りつればありとやここに菊の花こてふも袖にしたひ来ぬらむ(三条西実隆)

寛平御時后宮の歌合の歌

梅が香を袖にうつしてとどめてば春は過ぐとも形見ならまし(古今46)

【通釈】梅の花の香りを袖に移して留めておいてしまえたら、春が過ぎても、その香りが春を思い出す形見であろうに。

【語釈】◇とどめてば とどめたならば。「て」は完了の助動詞「つ」の未然形で、「てば」で仮定条件をつくる。◇形見ならまし 形見であったろうに。助動詞「まし」は現実にはあり得ない仮定における願望を表わす。

【補記】寛平四年(892)頃、宇多天皇の母后班子女王の御所で催された歌合に出詠された歌。

【他出】寛平御時后宮歌合、新撰万葉集、定家八代抄

【主な派生歌】
面影のともに立ち出でて別れなばなにか身に添ふ形見ならまし(宗良親王[新葉])
花にだに添はでよそなる梅が香を袖にうつして春風ぞ吹く(津守国貴[新後拾遺])

 

大空におほふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ(後撰64)

【通釈】大空全体に覆うほどの大きな袖があったなら。春咲く花を風の思うがままにさせないのに。

【補記】前歌と同じく寛平四年(892)頃の歌合に見える歌。源俊頼の歌学書『俊頼髄脳』には「風情あまり過ぎたる様なる歌」すなわち趣巧が大仰に過ぎる歌の例として挙げるが、むしろ稚気を感じさせるほどの表現の大胆さに魅力のある歌であろう。「おほぞらに、おほふばかりの」と頭韻を踏む柄の大きな歌い出しも魅力の一つ。なお初句を「大空を」として載せる本もある。

【他出】寛平御時后宮歌合、新撰万葉集、俊頼髄脳、宝物集、定家八代抄

【主な派生歌】
桜花にほひあまたに散らさじとおほふばかりの袖はありやは([源氏物語])
山桜おほふばかりのかひもなし霞の袖は花もたまらず(藤原家隆[続古今])
散らすなよ笠置の山の桜花おほふばかりの袖ならずとも(藤原定家)
たちわたる霞の袖や大空におほふばかりの春のあけぼの(飛鳥井雅経)
風さわぐ草のまがきの花薄おほふばかりの袖かとぞ見る(邦世親王[新拾遺])
風さそふ花橘をそらにしておほふも雲の袖の香やせむ(正徹)
三香の原川風吹かば咲く花におほふばかりの衣かせ山(松永貞徳)
大空をおほはむ袖につつむともあまるばかりの風の梅が香(*後水尾院)
いやたかく生ひそふままに大空もおほふばかりの窓のくれ竹(〃)
天地におほふばかりのつばさもが憂き世の人をはぐくみなまし(加藤宇万伎)

桜の花の盛りに、久しくとはざりける人の来たりける時によみける

あだなりと名にこそ立てれ桜花年にまれなる人も待ちけり(古今62)

【通釈】浮気者と評判にこそ立っているけれども、桜の花は、一年でも稀にしか訪れない人を待っていたよ。

【語釈】◇あだなりと 不実であると。浮気者であると。桜の花の散りやすさを言うが、相手の不誠実に対する皮肉も籠もる。

【補記】桜の花の盛りの頃、長く訪れなかった人(在原業平)が久しぶりにやって来た時、某が贈った歌。「毎年咲く花の方が、年に一度も来てくれるかどうか分からないあなたより、ずっと誠意がありますね」と皮肉ったのである。業平の返歌は「今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや」。

【他出】業平集、伊勢物語、和歌色葉、定家八代抄、八雲御抄、悦目抄

【主な派生歌】
待たれつつ年に稀なる時鳥さ月ばかりの声な惜しみそ(藤原定家[風雅])
契りおきし花の頃しも思ふかな年に稀なる人のつらさは(月花門院[続古今])
我ならぬ人も待ちけり時鳥年に稀なる初音と思へば(後二条院[新千載])
あら玉の年に稀なる人待てど桜にかこつ春もすくなし(藤原定家)
花散りてしげる桜のかげにだに年に稀なる山時鳥(正徹)
にほひをも夢の枕にうつし佗びぬ年に稀なる花の衣手(肖柏)
いかにせむ年に稀なる逢ふことを待ちし桜に人もならはば(後水尾院)

 

春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく(古今69)

【通釈】春霞がたなびく山の桜花は、散ろうとするのだろうか、色が衰えてゆく。

【語釈】◇たなびく 雲や霞などが水平方向に薄く長く広がっている状態を言う語。語源は「たな引く」で、「たな」は「棚」と同根で水平方向に長い状態を言う。「靡く」とは関係のない語。

【補記】古今集巻二春歌下の巻頭歌。話手は山の桜の花を遠望し、今にも散りそうなありさまに感慨をおぼえている。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄、井蛙抄

【主な派生歌】
初瀬山うつろはむとや桜花色かはりゆく嶺の白雲(藤原家隆[続拾遺])
桜花うつろはむとや山の端のうすくれなゐに今朝は霞める(藤原良経)
契りありてうつろはむとや白菊のもみぢの下の花に咲きけむ(藤原定家)
月草にうつろはむとや染めおきし人の心も色かはりゆく(西園寺公経[続拾遺])
雨風に心あはせて春の花うつろはむとや思ひたつらむ(正徹)

 

待てといふに散らでしとまる物ならばなにを桜に思ひまさまし(古今70)

【通釈】待ってくれと言うのに対して、散らずに枝に留まるものであるならば、何物を桜の花以上に慕おうか。慌ただしく散ってしまうからこそ、桜をこの上なく慕うのだ。

【補記】「一首は昂奮した感情で、…分解的な、理趣的な作意を持ったものではない」と窪田空穂『古今和歌集評釈』が言うとおりであろう。言葉の勢いにまかせて詠んだ歌を、理屈で以て詮索するのは徒労である。

【他出】素性集、古今和歌六帖(作者「そせい」)、俊頼髄脳、定家八代抄、僻案抄、三五記

【主な派生歌】
山桜まてとも言はじ散りぬとて思ひますべき花しなければ(藤原定家)
待てといふにさらに別れのとどまらば何をうき世に思ひわびまし(宗尊親王)
きてかへる時にもまさじ待てと云ふに散らでしとまる桜なりとも(松永貞徳)

 

この里に旅寝しぬべし桜花散りのまがひに家路忘れて(古今72)

【通釈】この里で野宿してしまうことになりそうだ。桜の花が散り乱れるのに紛れて、家路を忘れて。

【補記】散り乱れる花に帰り道も忘れてしまうとは、桜に対する耽美の心から来た詩的誇張。花見に訪れた里で野宿を余儀なくされることに興じている。

【参考】「白氏文集」巻十三(→資料編
花下忘帰因美景(花の下に帰らむことを忘るるは 美景に因つてなり)

【主な派生歌】
桜花散りのまがひに日は暮れていづちも遠し志賀の山越え(後鳥羽院)
桜がり家路忘れて日は暮れぬ月見の床は花の下臥(他阿)
行く春も山路やすらへ名も知らぬ木草の花の散りのまがひに(肖柏)
花も根にかへるを見てぞ木のもとにわれも家路は思ひ出でける(*下河辺長流)

 

空蝉の世にも似たるか花桜さくと見しまにかつ散りにけり(古今73)

【通釈】はかない現世に似ているのか。桜の花は、咲いたと見るうちに、次から次へ散ってしまうのだった。

【参考】作者未詳「寛平御時后宮歌合」
鶯はむべもなくらん花ざくら咲くとみしまにうつろひにけり

【他出】綺語抄、定家八代抄

【主な派生歌】
桜花さくと見し間に散りにけり夢かうつつか春の山風(源実朝)
春ふかみ嵐の山の桜花さくと見し間に散りにけるかな(源実朝)
桜花さくと見しまに高砂の松をのこしてかかる白雲(順徳院)

 

春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ(古今93)

【通釈】春のけしきが及んだり、及ばなかったりする里などあるまい――おしなべて春はやって来るのに、なぜ咲いている花と咲いていない花があるのだろうか。

【語釈】◇春の色 「色」は文字通り花などの色を指すと同時に、「気色」「徴候」といった意も帯びる。漢語「春色」の翻訳であろうという。◇咲ける咲かざる花 咲いている花と咲いていない花。◇見ゆらむ なぜ見えるのだろうか。「らむ」は疑いを持って推量する心をあらわす。

【補記】上句と下句の間に「それなのに何故」といった語句を挿むと理解しやすい。

【他出】定家八代抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生歌】
秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮(鴨長明[新古今])
山かげはなほ待ちわびぬ桜花いたりいたらぬ春を恨みて(藤原定家)
山桜咲ける咲かざるおしなべてさながら花と見ゆる白雲(二条為氏[新後撰])
この頃は咲ける咲かざるおしなべて梅が香ならぬ春風もなし(*足利尊氏[新拾遺])

 

春ごとに花のさかりはありなめど逢ひ見むことは命なりけり(古今97)

【通釈】春が来るたびに花の盛りはあるに違いないが、巡り逢って花を見ることは命あってのことである。

【語釈】◇ありなめど 「なめ」は完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に、推量の助動詞「む」の已然形が付いたもの。複合助動詞「なむ」参照。◇逢ひ見むことは 花の盛りに巡り逢って、花を見ることは。◇命なりけり 命があってのことである。

【補記】無限に繰り返すかと見える自然の営みと、人の生命の有限性を対比しての感慨。「花の盛り」という自然美のピークを出して、「命なりけり」と言い切ったところ、理を超えて詩情を生んでいる。

【他出】古今和歌六帖(作者「そせい」)、定家八代抄、僻案抄

【主な派生歌】
春のきてあひみむことは命ぞと思ひし花ををしみつるかな(藤原定家)
秋風にあひみむ事は命ともちぎらでかへる春の雁がね(藤原隆祐[続拾遺])
またの春あひみむ事は命にてことしも花に別れぬるかな(宗尊親王)
ながらへて今宵の空の月も見つまた来む秋は命なりけり(*鵜殿余野子)

 

桜色にわが身はふかくなりぬらむ心にしめて花を惜しめば(拾遺53)

【通釈】我が身は深い桜色になってしまっただろう。心に沁み込ませて花を惜しむので。

【補記】「心にしめて」は「心に深く感じて」といった意味であるが、「色」の縁語「染み」と掛詞になっている。なお「心にしみて」とする本もある。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

【参考歌】紀有朋「古今集」
桜色に衣はふかく染めて着む花の散りなむのちの形見に

寛平御時、后宮歌合に

霞たつ春の山べにさくら花あかず散るとや鶯のなく(新古109)

【通釈】霞が立ち込める春の山で、桜の花が満足しないうちに散ってしまうと、それが惜しくて鶯は啼くのか。

【補記】桜の落花を惜しむ心を鶯の鳴き声に託して表現した。寛平四年(892)頃、宇多天皇の母后班子女王の居院で催された歌合(机上の撰歌合と推測される)に出された作。

【他出】寛平御時后宮歌合、新撰万葉集、定家八代抄

【参考歌】藤原後蔭「古今集」
花の散ることやわびしき春霞たつたの山の鶯の声

【主な派生歌】
散る花を惜しむとやなく鶯の折しれりとも見ゆる春かな(源重之)
鶯は惜しむとやなく朝ぐもり散りゆく雪の花のなごりに(*賀茂保憲女)

 

鶯のなく野べごとに来てみればうつろふ花に風ぞ吹きける(古今105)

【通釈】鶯の啼く野辺から野辺へと来てみると、どこも散りゆく花に風が吹いているのだった。

【語釈】◇野べごとに… 下句に掛かる。「鶯の鳴く野べに来てみれば、野べ毎に…」という文脈。

【補記】鶯の声に誘われて訪れた野辺はどこも桜の花を散らす風が吹いていたということで、花の散るのを悲しんで鶯が「泣いて」いることをほのめかしている。

【他出】定家八代抄、桐火桶

【主な派生歌】
夢のうちもうつろふ花に風吹きてしづ心なき春のうたたね(*式子内親王[続古今])
あだなりとうつろふ花にかこつかな散らぬを風も誘ひやはする(後醍醐院[続千載])

 

駒なめていざ見にゆかむ古里は雪とのみこそ花は散るらめ(古今111)

【通釈】馬を並べて、さあ見に行こう。古里では、雪とばかりに花は散っているだろう。

【語釈】◇古里 古い由緒のある里。京都の人にとっては、奈良・吉野などを思い浮かべることが多かった。他に「荒れた里」「昔なじみの土地」など、さまざまなニュアンスで用いられた語。◇雪とのみこそ まったく雪と見える様子で。

【補記】万葉集の家持の歌(下記参考歌)の影響が明らかな歌で、平安京の教養ある貴族の作に違いない。落花を降雪に擬え、耽美的気分が濃厚なところ、万葉歌との差異も明らかである。

【他出】新撰和歌、僻案抄、桐火桶

【参考歌】大伴家持「万葉集」巻十七
馬なめていざうちゆかな渋谷の清き磯みによする波見に

【主な派生歌】
駒なめていざ見にゆかむ龍田川白波よする岸のあたりを(源雅重[千載])
散る花は雪とのみこそふる里を心のままに風ぞ吹きしく(藤原定家)
駒なめていざみかの原ふる里のもみぢは今も秋を知るらむ(九条道家)

 

わが宿の池の藤波咲きにけり山時鳥(やまほととぎす)いつか来鳴かむ(古今135)

この歌はある人のいはく柿本人麻呂が也。

【通釈】我が家の池の畔の藤が咲いて、波のように揺れるさまを水面に映している。山郭公はいつになったらやって来て鳴くのだろう。

藤の花 フォトライブラリー

【語釈】◇池の藤波 池畔の藤の花。藤の花房は風になびくさまが波を思わせるので「藤波」と言う。「波」の縁から、池のさざ波に映る花の影も想像される。

【補記】古今集巻三、夏歌巻頭。春の初めを飾った「年のうちに…」の歌が、立春を迎えてまだ新年の来ない戸惑いを詠んでいたように、この歌もまた季節の上での「ずれ」の感覚を詠み、相応しい初夏の訪れを待望している。というのも、藤は晩春から初夏にかけて咲く花で、花の盛りが時鳥の訪れる時期と一致するはずだからである。『躬恒集』に「わが宿の池の藤波さきしより山郭公またぬ日ぞなき」とあるように、当時の人々は藤が咲く頃から時鳥の来訪を待ち焦がれたのである。

【他出】人丸集、躬恒集、新撰和歌、古今和歌六帖(人麻呂作)、和歌体十種、梁塵秘抄、定家八代抄、秀歌大躰

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
朝霞たなびく野辺にあしひきの山ほととぎすいつか来鳴かむ
  凡河内躬恒「躬恒集」
わが宿の池の藤波咲きしより山時鳥待たぬ日ぞなき

【主な派生歌】
時鳥まつとせしまに我がやどの池の藤波うつろひにけり(藤原家隆[風雅])
春すぎていくかもあらねどわがやどの池の藤波うつろひにけり(*源実朝)
いとはやもくれぬる春かわがやどの池の藤波うつろはぬまに(〃[続後撰])

 

五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今139)

【通釈】五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔の人の袖の香りがするのだ。

ミカンの花 フォトライブラリー
花橘

【語釈】◇五月待つ 五月を待って咲く。「その年初めてのものということを暗示する詞である。従って、『昔の人』は、全然忘れていた人で、久しぶりで、ゆくりなくも思い出したという余情を持って来る」(窪田空穂『古今和歌集評釈』)。◇花橘 橘の花。「たちばな」は柑橘類の総称。◇袖の香 袖に染み付けた香。梅花香・菊花香など、各種の香料を練り合わせて花の香に擬すことが好まれた。

【補記】「たちばな」の「たち」は「顕ち」であり、その香りの高さによって、霊が「たち」あらわれる樹と考えられたので、「昔の人の袖の香」を思い出す花として橘は最もふさわしいものであった。しかも、陰暦五月という神聖な田植月、恋人たちが逢うことを禁じられた月を待って咲く花なので、切ない恋心に結びつく花としても大変ふさわしかったのである。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖(作者「伊勢」)、伊勢物語、和漢朗詠集、綺語抄、奥義抄、和歌童蒙抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、桐火桶、和歌大綱、悦目抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
風に散る花橘を袖に受けて君が御跡と偲ひつるかも

【主な派生歌】
五月雨の空なつかしく匂ふかな花橘に風や吹くらむ(*相模[後拾遺])
誰かまた花橘に思ひ出でむ我も昔の人となりなば(*藤原俊成[新古今])
あらざらむのち偲べとや袖の香を花橘にとどめ置きけむ(*祝部成仲[新古今])
いにしへを花橘にまかすれば軒のしのぶに風かよふなり(*式子内親王)
折しもあれ花橘の香るかな昔を見つる夢の枕に(藤原公衡[千載])
橘の花のしづくに袖ぬれて雨なつかしき五月雨の空(慈円)
こととはむ五月ならでも橘に昔の袖の香はのこるやと(建礼門院右京大夫)
ほととぎすこぞ宿かりしふるさとの花橘にさ月忘るな(藤原家隆)
橘のにほふあたりのうたたねは夢も昔の袖の香ぞする(*藤原俊成女[新古今])
ももしきの庭の橘思ひ出でてさらに昔をしのぶ袖かな(*土御門院)
五月待つおのが友とやほととぎす花橘にことかたるらむ(西園寺実兼[新後撰])
五月待つ花のかをりに袖しめて雲はれぬ日の夕暮の雨(*宇都宮景綱[玉葉])
袖の香は花橘にかへりきぬ面影みせようたたねの夢(*二条為子[新千載])
時しもあれ花橘にしのぶかな五月も待たぬ人の昔を(頓阿)
袖の香を花橘に残してもわが昔には思ひ出もなし(*後崇光院)

 

思ひ出づるときはの山のほととぎす唐紅(からくれなゐ)のふり()でてぞなく(古今148)

【通釈】思い出す時――その「時」という名を持つ常盤の山のほととぎすは、真紅の血を吐くかのように声を振り絞って鳴くことよ。

【語釈】◇思ひ出づる 「ときはの山」の枕詞(下記参考歌参照)。「思ひ出づるときは」で「恋人のことを思い出す時は」の意が響く。◇ときはの山 山城国の歌枕。京都市右京区常盤一帯の山。常緑樹に覆われた山を指す一般名詞でもあるが、ここは枕詞を冠しているので固有名詞であろう。◇唐紅の 唐紅は大陸渡来の紅の染料。水に振り出して染めるので、次句の「ふり出でて」を導くはたらきをすると共に、血の色を暗示している。◇ふり出でて 声を響かせて。

【補記】時鳥が鳴いて血を吐くとは中国の故事(杜鵑の吐血)に由り、白氏文集などにも見える。恋しさゆえに激しく泣く自身を、時鳥と一体化している。

【他出】新撰和歌、俊頼髄脳、綺語抄、五代集歌枕、定家八代抄、詠歌大概、色葉和難集、十訓抄、歌枕名寄、和歌口伝抄

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
思ひ出づるときはの山の岩つつじ言はねばこそあれ恋しきものを
  凡河内躬恒「躬恒集」
秋ふかきもみぢの色のくれなゐにふりいでて鳴く鹿の声かな

【主な派生歌】
くれなゐのふり出てぞなく時鳥もみぢの山にあらぬものゆゑ(慈円)
くれなゐのあさはの野らの夕露にふり出でてなく鈴虫のこゑ(順徳院)
みし春の青葉桜ぞ思ひ出づるときはの山の木々の白雪(後崇光院)

 

声はして涙は見えぬ時鳥わが衣手のひつをからなむ(古今149)

【通釈】声ばかりは聞こえて、涙は見えないほととぎすよ。私の袖が涙で濡れているのを借りてほしい。

【語釈】◇ひつをからなむ 「ひつ」は「びっしょり濡れる」意。「からなむ」は「借りてほしい」意。

【補記】悲しげな声を聞いて涙を流した自分は、ほととぎすと同じ思いなのであるから、その涙をおまえの涙とせよと時鳥に呼びかけている。

【他出】和一字抄、袋草紙、定家八代抄

【主な派生歌】
声はして雲ぢにむせぶ時鳥涙やそそく宵のむら雨(*式子内親王[新古今])
我が袖ぞかへれば濡るる声はして涙は見えぬ春の雁がね(藤原家隆)
秋の野に涙は見えぬ鹿の音はわくるをがやの露をからなむ(藤原定家)
さを鹿の涙は見えぬ夕まぐれほしえぬ袖の露をからなむ(後鳥羽院)
色ふかき涙をかりて時鳥わが衣手の森になくなり(*雅成親王[続後撰])
わが袖の涙はかさじ時鳥なきてはよそにもらしもぞする(惟宗光吉[続千載])

 

去年(こぞ)の夏なきふるしてし時鳥それかあらぬか声のかはらぬ(古今159)

【通釈】去年の夏、耳慣れるほど鳴いた時鳥――その鳥と同じなのか違うのか。声は変わらないことよ。

【語釈】◇なきふるしてし 鳴き続けて、新しさを感じなくなってしまった。

【補記】一年前の夏、耳慣れるほど聞いたはずの時鳥の声。その声は変わらないのに、年が一巡りした今ふたたび聞けば、耳新しく聞こえる、それで「それかあらぬか」(同じ時鳥なのかどうか)と怪しんでいるのである。寛平四年(892)頃、宇多天皇の母后班子女王の御所で催された歌合(机上の撰歌合と推測される)に出された作。

【他出】寛平御時后宮歌合、新撰万葉集、定家八代抄

【主な派生歌】
宿も宿なくこゑも声ほととぎす身のふりぬるや今年なるらむ(慈円)
いくとせか鳴きふるしてしほととぎす神なび山の五月雨の空(藤原家隆[続後撰])
うらめしや待たれ待たれて時鳥それかあらぬかむらさめの空(藤原定家)
村雨の雲まの月のほのぼのとそれかあらぬか山ほととぎす(徽安門院)

桂のみこの「ほたるをとらへて」といひ侍りければ、わらはのかざみの袖につつみて

つつめども隠れぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり(後撰209)

【通釈】袖に包んでも隠しきれないものは、蛍の身から余り出る「思ひ」の火なのでした。――そのように、いくら慎んでも、恋の思いの火は、隠しきれないものなのでした。

【語釈】◇桂のみこ 宇多天皇の皇女、孚子(ふし/さねこ)内親王(?〜954)。◇かざみ 汗衫。貴族の童女が表着の上に着た、単の短衣。

【補記】桂内親王が「蛍をつかまえて」と言ったので、近くにいた童女の汗衫を借り、その袖に蛍を包んだ。そうして詠んだという歌。蛍に言寄せて自身の恋心を訴えたのである。

【他出】大和物語、和漢朗詠集、和歌童蒙抄、古来風躰抄、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、瑩玉集、近代秀歌、八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・家隆・定家撰)、今物語、十訓抄、詠歌一体、撰集抄、世継物語

【主な派生歌】
物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづるたまかとぞ見る(*和泉式部[後拾遺])
夏むしの身よりあまれる思ひかはあはできえめや浪のうたかた(後鳥羽院)

 

わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋の初風(古今171)

【通釈】私の夫の衣の裾を吹いて翻し、裾裏を見せる――その「心(うら)」ではないが、心惹かれる秋の初風よ。

【語釈】◇わがせこが 私の夫の。「せこ」は女から夫や恋人を呼ぶ称。◇うらめづらしき 新鮮で心惹かれる。前句からのつながりで衣の「裏」を言い出し、「心(うら)めづらしき」と続けた。「うら」は「うら悲し」などと言う時の「うら」と同じく、心の内側で感じていることを表わす。

【補記】「吹き返し」までは「うら」を導く序であるが、嘱目を叙している形をとり、いわゆる「有心の序」となっている。またこの序によって「秋の初風」を感じているのが女性であると知られ、「衣のすそ」という細部への目配りがおのずと夫に対する気持の細やかさを伝えて、一首の情趣をしっとりとしたものにしている。『躬恒集』に見え、また『古今和歌六帖』も躬恒の作とする(但し初句は「わぎも子が」)。

【他出】家持集、躬恒集、新撰和歌、古今和歌六帖、綺語抄、能因歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌林良材
(初句を「わぎもこが」として載せる本もある。)

【主な派生歌】
水茎の岡の葛原ふきかへし衣手うすき秋の初風(藤原定家)
唐衣立田の山の郭公うらめづらしきけさの初声(藤原基俊[続千載])
雪消えてうらめづらしき初草のはつかに野べも春めきにけり(式子内親王[新勅撰])
山風の霞の衣吹きかへしうらめづらしき花の色かな(九条道家[新拾遺])
山路より磯辺の里に今日はきて浦めづらしき旅衣かな(宗良親王)
彦星の妻待つ秋の初風にうらめづらしき天の羽衣(後崇光院)
梅が香に今日は難波のあま衣うらめづらしき春風ぞ吹く(姉小路基綱)
松風も秋にすずしく音かへてうらめづらしき志賀の唐崎(後水尾院)
秋きぬと海吹く比良の山風もうらめづらしきあまの衣手(本居宣長)

 

きのふこそ早苗とりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く(古今172)

【通釈】つい昨日、早苗を取って田植をしたのに、いつの間に稲葉がそよそよと音立てて秋風が吹くようになったのか。

【語釈】◇早苗とりしか 早苗取りをしたのに。「早苗とる」とは、若苗を苗代から田へ移し替えること。

【補記】夏から秋へ、季節の移り変わりの早さに気づき、驚く心。早苗取りの賑わしさと、秋風の寂しさが言外に対比され、稲葉を眺めつつ初秋に感じ入っている人の心は余情となっている。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、九品和歌(中下)、和漢朗詠集、俊頼髄脳、奥義抄、定家八代抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
昨日こそ年は果てしか春霞春日の山にはや立ちにけり

【主な派生歌】
とる苗のはやく月日はすぎにけりそよぎし風の音もほどなく(藤原定家)
夕さればいなばそよぎて吹く風にあしのまろ屋を問ふ人もがな(後鳥羽院)
かりてほすいなばそよぎて小山田をわたる秋さのおとのさびしさ(正徹)
月やどるいなばそよぎて影きよみ見し雲いかに秋のさよ風(下冷泉政為)
ほととぎす鳥羽田のおもにきのふこそ早苗とりしか初雁のこゑ(下河辺長流)

 

うちつけに物ぞ悲しき木の葉散る秋のはじめを今日ぞと思へば(後撰218)

【通釈】急に何となく悲しくてならないのだ。木の葉が散る秋の始めを今日だと思うと。

【語釈】◇うちつけに 突然に。思いがけずに。

【補記】後撰集秋の部、第二首。立秋の日、唐突に襲われる悲哀の情を詠む。

【主な派生歌】
木の葉散る秋のはじめを今日とてや身にしみそむる峯の松風(藤原為家)

 

木の間よりもりくる月のかげ見れば心づくしの秋は来にけり(古今184)

【通釈】木々の間から漏れて来る月の光を見ると、心を使い果たす秋はとうとうやって来たのだなあ。

【語釈】◇心づくし 心を使い果たすこと。物思いなどに耽って心魂を尽きさせること。

【補記】月はもとより万葉の時代から盛んに歌に詠まれているが、秋を代表する風物としての月が確立されるのは古今集から。掲出歌はその最も早い時期の例である。「心づくしの秋」という洒脱な言い回しがことに好まれ、後世多くの歌人から本歌取りされた。

【他出】小町集、新撰和歌、古今和歌六帖(作者伊勢)、古来風躰抄、定家八代抄、僻案抄、桐火桶

【主な派生歌】
月かげの初秋風とふけゆけば心づくしに物をこそ思へ(*円融院[新古今])
いとどしく心づくしの秋しまれ世を恨みても月を見るかな(源俊頼)
秋来ても秋を暮れぬと知らせても幾たび月の心づくしに(藤原定家)
秋はきぬ月は木の間にもりそめておきどころなき袖の露かな(藤原定家)
待ちわびぬ心づくしの春霞花のいざよふ山の端の空(藤原定家)
その色と思ひわけとや秋の風心づくしの月に吹くらむ(藤原良経)
山風の木の間の雪を吹くからに心づくしの冬の夜の月(後鳥羽院)
山の端を出でても松の木の間より心づくしの有明の月(藤原業清[新古今])
初しぐれ山の木の間をもりそめて心づくしの下紅葉かな(源資平[続古今])
風の音も心づくしの秋山に木の間さびしくすめる月かげ(藤原為継[新後撰])
秋の来て今日みか月の雲間より心づくしのかげぞほのめく(西園寺実氏[玉葉])
いかに見し木の間の月の名残より心づくしの思ひ添ふらむ(*津守国助[続千載])
月はまだ木の間に見えぬ夕暮も心づくしの秋の空かな(頓阿)
木の間もる心づくしの秋もなほうき世に似たる山の端の月(飛鳥井雅世)
霞む夜も心づくしの光かな必ず月は木の間ならねど(香川景樹)

是貞親王(これさだのみこ)の家の歌合の歌

いつはとは時はわかねど秋の夜ぞ物思ふことの限りなりける(古今189)

【通釈】いつがそうだと、季節で区別するわけではないけれども、秋の夜こそは、物思いが限界にまで達する時であったよ。

【補記】寛平五年(893)九月以前、宇多天皇の皇子是貞親王の家で催された歌合に出詠された歌。『宗于集』には「物おもふころのひとりごとに」の詞書で載る。あるいは源宗于の作か。

【参考】「白氏文集」巻十四、「和漢朗詠集」
大抵四時心総苦。就中腸断是秋天(おほむね四時は心すべてねんごろなり。このうち腸の断ゆることはこれ秋の天なり)

【他出】小町集、宗于集、定家八代抄、秀歌大躰、歌林良材

【主な派生歌】
いつはとは影はわかねど夜半の月かすめば春の物にぞありける(後嵯峨院[続後拾遺])
さびしさの時はわかねど夕づくよをぐらの山の松の秋風(飛鳥井雅有)
時鳥しひても名のれいつはとは時はわかねどたそがれの声(木下長嘯子)

 

秋風のうち吹くごとに高砂の尾上の鹿のなかぬ日ぞなき(拾遺191)

【通釈】秋風が吹く日には、決まって高砂の峯の上の鹿が啼くのだ。

【語釈】◇高砂の尾上 播磨国の歌枕。松の名所であるが、古来鹿とも取り合わせて詠まれた。例「さを鹿の妻なき恋を高砂の尾上の小松ききもいれなん」(後撰集、源庶明)。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄、井蛙抄

【参考歌】藤原敏行「古今集」
秋萩の花さきにけり高砂の尾上の鹿は今やなくらむ

 

白雲に羽うちかはし飛ぶ(かり)の数さへ見ゆる秋の夜の月(古今191)

【通釈】空に浮かぶ白雲に翼を交えて飛ぶ雁――その数がかぞえられるほど、くっきりと見える、秋の夜の月の光よ。

【語釈】◇羽うちかはし 翼を雲と触れ合わせ、交差させて。

【補記】「白雲に羽うちかはし」は実景に即しつつ半ば想像的な表現であろうが、これによって雁が上空のきわめて高いところを飛翔していることが印象づけられ、これに続けるに「数さへ見ゆる」と言って、雁影の小ささと明瞭さがより一層強調され、ひいては爽やかな月の光が天空はてなく照り渡っている様まで感じ取れる。菅原道真撰の『新撰万葉集』に見えるので、寛平五年(893)以前の作。但し同書では第四句「影佐倍見留(影さへ見ゆる)」。

【他出】新撰万葉集、新撰和歌、古今和歌六帖、和漢朗詠集、俊頼髄脳、定家八代抄、僻案抄、和歌口伝抄、歌林良材

【主な派生歌】
池水のもなかに出でて遊ぶ魚の数さへ見ゆる秋の夜の月(源公忠)
白波に羽うちかはし浜千鳥かなしき物は夜の一こゑ(源重之[新古今])
石ばしる水の白玉数見えて清滝川にすめる月影(*藤原俊成[千載])
月きよみ羽うちかはし飛ぶ雁の声あはれなる秋風の空(藤原定家)
思ひたつ山のいく重もしら雲に羽うちかはし帰る雁がね(藤原定家)
くもりなき浜のまさごに君が世の数さへ見ゆる冬の月影(藤原定家)
和歌の浦や羽うちかはし浜千鳥波にかきおく跡や残らむ(順徳院[新後拾遺])
なく雁の涙なるらし月影に数さへみゆる庭の白露(宗良親王)
青葉よりもれてたえだえ散る花の数さへ見ゆる庭の木の本(大内政弘)
むすぶ手をはなれて落つる白玉の数さへみゆる山の井の月(木下長嘯子)
山陰の塵なき庭に散りそめて数さへ見ゆる今朝の初雪(香川景樹)

 

君しのぶ草にやつるる古里はまつ虫の()ぞかなしかりける(古今200)

【通釈】君を偲ぶという名のしのぶ草が生えて荒れた古里は、待つという名を持つ松虫の声が悲しいのだった。

ノキシノブ
しのぶ草(ノキシノブ)

【語釈】◇しのぶ 偲ぶ意に草の名を掛ける。しのぶ草はシノブ・ノキシノブなどの羊歯植物。古家の軒などに着生する。◇草にやつるる シノブ草によって荒れる。恋人を偲び恋を忍ぶことによって窶れる意を暗に含む。◇まつ虫の音 松虫の声。「まつ」に「待つ」を掛け、待ち焦がれて泣く女のイメージを暗示する。

【補記】古びた里に住み、訪れること稀な夫を待つ妻の身で詠んだ歌。しのぶ草に「偲ぶ」意を、松虫に「待つ」意を掛けて、自然の風物に恋の心情を浸透・一体化させている。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
昔思ふ草にやつるる軒端よりありしながらの秋の夜の月(藤原定家[続拾遺])
影やどす露のみしげく成りはてて草にやつるる古郷の月(*飛鳥井雅経[新古今])
露しげみ草にやつるる故郷は袖にぞ虫の声は乱るる(後鳥羽院)
はらはねば更けゆくままに露ぞおく草にやつるる庭の通ひ路(土御門院)
我ならで又ぞこととふ君しのぶ草にやつるる古塚の月(木下長嘯子)

 

秋の野に道もまどひぬまつ虫の声する方に宿やからまし(古今201)

【通釈】秋の野を逍遥するうちに日が暮れ、道も分からなくなってしまった。「待つ」という名の松虫の声がする方に宿を借りようか。

【補記】「宿を借りる」と言っても宿屋に泊るのでなく、野宿するのである。それに適当な場所を探すとならば、「待つ」という名に引っ掛けて松虫の声のする方がよいと興じた。さまざまな草花が咲き、虫が鳴く秋の野を浮かれ歩く心愉しさが言外に感じられる歌。

【他出】新撰和歌、定家八代抄

【主な派生歌】
松虫の声する方に宿りしてなほ長き夜ぞうれしかりける(清原元輔)
み山路や暁かけて鳴く鹿の声する方に月ぞかたぶく(土御門院[玉葉])
惜しむらん人の心をなく雁の声する方に月ぞ残れる(順徳院)

 

ひぐらしの鳴く山里の夕暮は風よりほかにとふ人もなし(古今205)

【通釈】蜩が鳴く山里の夕暮にあっては、訪れるのはただ風ばかり、それ以外にやって来る人とてない。

【補記】山里の秋の夕暮の寂しさを蜩の鳴き声で象徴させ、恋しい人の来訪をむなしく待つ女の歎きを詠む。

【他出】小町集、新撰和歌、定家八代抄、桐火桶

【主な派生歌】
あばれたる草の庵のさびしさは風よりほかにとふ人ぞなき(西行)
木の葉散る風よりほかにとふ人もなき山里ぞ秋はかなしき(藤原家隆)
吹く風に軒端の荻は声たてつ秋よりほかにとふ人はなし(藤原定家)
春来ては風より外にとふ人のなき山里に散る桜かな(俊成女)

 

いとはやも鳴きぬる(かり)か白露の色どる木々ももみぢあへなくに(古今209)

【通釈】まったく、早くも鳴きはじめた雁であることか。白露が彩る樹々もまだ紅葉し切らないのに。

【語釈】◇雁 鴨より大きく白鳥より小さな水鳥で、真雁・鴻(ヒシクイ)など多くの種類がある。日本へは秋に飛来し、春になるとシベリア・カムチャッカ半島方面へ去って行く。◇白露の色どる木々 露が木の葉を紅葉させると考えられたので、このように言う。◇もみぢあへなくに すっかり紅葉し切らないのに。「もみぢ」は動詞「もみづ」の連用形。「あへ」は動詞に付いて「〜し切る」「すっかり〜する」の意。

【補記】上句は思いがけない初雁の訪れを訝る心。雁の鳴く季節にふさわしい風物として、紅葉し始めた木々の下葉があったが(下記古今集211番歌など)、その似つかわしいものが揃わないうちに鳴き始めた雁に対して軽い抗議の気持ちを含んでいる。秩序ある季節の運行を強く祈願した古人にとって、折節の風物の然るべき取り合わせは大切な指標だったからである。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄、秀歌大躰

【主な派生歌】
白露の色どる木々はおそけれど萩の下葉ぞ秋を知りける(式子内親王[続古今])
初しぐれ色どる木々もあらはれて絵島が秋の紅葉をぞ見る(蓮瑜)

 

春霞かすみていにし雁がねは今ぞ鳴くなる秋霧のうへに(古今210)

【通釈】春霞の中、ぼんやりと見えなくなって去ってしまった雁は、今こそ鳴いているよ、秋霧の立ちこめる上に。

【語釈】◇雁(かり)がね もともと雁の鳴き声を意味する語であったが、のち雁そのものを指すようにもなった。雁は既出

【補記】霞と霧という春秋の代表的風物を配して、雁の帰来を喜ぶ心を詠む。春霞・秋霧という対比に知的な興味もそそられている。

【他出】新撰和歌、公忠集、古今和歌六帖(作者「人丸」)、俊頼髄脳、定家八代抄、西行上人談抄、十訓抄、古今著聞集、詠歌一体、三五記、桐火桶

【主な派生歌】
立ちそむる秋霧のうへに鳴く雁の声ほのかなるいざよひの月(藤原家隆)
秋霧を分けし雁がねたちかへり霞に消ゆる曙の空(藤原定家)
初雁も雲井にいまぞなき渡る浜名の橋の秋霧の上に(俊成女)
かへるさは昨日と思ふを春霞かすみていにし雁ぞ鳴くなる(藤原為家)
秋霧のうへともえやは待たれける霞みていにし春のわかれは(宗尊親王)
人の世のながき別れをいかがせむ霞みていにし雁は来にけり(頓阿)
鳴く雁の声聞く秋も忘れぬは霞みていにしうらみなりけり(宗良親王)

 

()をさむみ(ころも)かりがね鳴くなへに萩の下葉もうつろひにけり(古今211)

この歌は、ある人のいはく、柿本人麿がなりと

【通釈】夜が寒いので、衣を借りる――その「かり」が鳴くにつれて、萩の下葉も色が変わってしまったのだ。

萩の下黄葉 鎌倉市雪ノ下
萩の下葉

【語釈】◇衣かりがね 「かり」は「借り」「雁」の掛詞。◇萩の下葉 萩の下の方の葉。秋、いちはやく色づく。

【補記】「夜をさむみ衣」は「かりがね」を導く序であるが、雁が鳴き萩の下葉が色づく頃の人の暮らしぶりを髣髴させる詞であり、また「衣を借りる」イメージは恋愛的な気分も伴う。人情世態を常に自然の風物に重ね合わせ、あるいは渾融させて見ようとする、古今集時代の歌人の心に根差した表現であって、単なる言葉の遊戯と見るのはあたらない。

【他出】新撰万葉集、新撰和歌、忠岑集、古今和歌六帖(作者「人丸」)、拾遺集(重出。作者「人まろ」)、定家八代抄、秀歌大躰、色葉和難集、桐火桶、歌林良材

【主な派生歌】
秋の夜の衣かりがね鳴くからに寝覚の床も風ぞさむけき(藤原長家[玉葉])
風さむみ伊勢の浜荻わけゆけば衣かりがね波に鳴くなり(大江匡房[新古今])
いもせ山峰の嵐や寒からむ衣かりがね空に鳴くなり(藤原公実[金葉])
さえのぼる槌のひびきに夜や寒き衣かりがね空に鳴くなり(藤原家隆)
村時雨さむき雲間に音づれて衣かりがね濡れつつぞゆく(姉小路基綱)

 

秋萩の下葉色づく今よりやひとりある人のいねがてにする(古今220)

【通釈】萩の下葉が色づく今頃の季節から、独りでいる人は寝付けずに夜を過ごすのか。

【語釈】◇ひとりある人 家に独りでいる人。夫の通いが絶えた女人を思うのが王朝和歌の常識。◇いねがてにする 寝ることを困難にする。寝付けずにいる。

【補記】萩の下葉は他の草木に先んじて色づき、秋の深まりを予告する。それは夜寒の季節の始まりでもある。「ひとりある人」は話手が自身を客観的に言ったもので、その婉曲さがしっとりとした余情を生んでいる。

【他出】秋萩集、新撰和歌、定家八代抄、秀歌大躰、桐火桶、和歌無底抄、雲玉集

【参考歌】伊勢「伊勢集」
秋の夜に寝でおきゐたる白露は独りある人のなれるなるべし

【主な派生歌】
小萩原ねぬ夜の露やふかからむ独りある人の秋のすみかは(慈円)
むばたまの夜風をさむみふる里に独りある人の衣うつらし(雅成親王[続後撰])
この里はひとりある人の宿ならしなべてよりまづ擣つ衣かな(飛鳥井雅有)
春も猶ひとりある人のいねがては月にかすめる花の下陰(正徹)
夜をかさね妻はつれなき鹿の音やひとりある人の夢さそふらむ(三条西実隆)
色かはる萩の下葉をながめつつ独りある身となりにけるかも(*賀茂真淵)

 

なきわたる(かり)の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩のうへの露(古今221)

【通釈】啼きながら渡ってゆく雁の涙が落ちたのだろうか。物思いに耽る私の家の庭の萩の上に置いた露は。

【語釈】◇物思ふ宿 私が物思いに耽って暮らしている家。古語では自宅も旅宿も区別せず「宿」と言うが、ここは自宅。

【補記】朝露に濡れている庭の萩を見て、昨夜声を聴いた雁が落として行った涙かと想像した。「物思ふ宿の」の詞から、自身も夜間わびしさに泣いたことが暗示され、雁の悲しげな声に共感したことが偲ばれる。

【他出】新撰和歌、新撰朗詠集、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸、桐火桶

【主な派生歌】
聞く人ぞ涙はおつるかへる雁なきて行くなる曙の空(*藤原俊成[新古今])
萩の上に雁の涙のおく露はこほりにけりな月にむすびて(式子内親王[風雅])
飛ぶ雁の涙もいとどそほちけり笹わけし野べの萩の上の露(藤原定家)
せく袖に涙の色やあまるらむながむるままの萩の上の露(藤原良経)
下葉には色なる玉やくだくらむ風の吹きしく萩の上の露(後鳥羽院)
なきわたる雲ゐの雁の涙さへ露おく袖の夜半のかたしき(俊成女)
萩のうへの雁の涙をかこつとも恋に色こき袖や見ゆらむ(西園寺公経[新勅撰])
秋はなほ物思ふ宿の萩が枝に雁の涙の露やそふらむ(順徳院)
秋風に夜わたる雁の音にたてて涙うつろふ庭の萩原(*性助法親王[続後拾遺])
旅にして秋も暮れぬと鳴きわたる雁の涙やうちしぐるらむ(小沢蘆庵)

 

秋風にさそはれわたる雁がねは物思ふ人の宿をよかなむ(後撰360)

【通釈】秋風に誘われて渡る雁は、物思いに耽る人の家をよけてほしい。

【語釈】◇よかなむ 避けてほしい。「なむ」は希望をあらわす助詞。

【補記】雁の声に悲しみを誘われるゆえ、自身の家の上空は避けて飛んでほしいと雁に呼びかける心。この歌も自身を「物思ふ人」と客観視しているところから余情を生んでいる。

【他出】定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
秋風にさそはれわたる雁がねは雲ゐはるかに今日ぞ聞こゆる

【主な派生歌】
鶯をさそふしるべの春風も花のあたりは猶もよかなむ(後鳥羽院)

 

みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける(古今245)

【通釈】緑色の一つの草として春には見ていた。それが秋には、さまざまな色の花なのだった。

【補記】萩の紅紫色、桔梗の青紫色、女郎花の黄金色、尾花の銀白色など、秋の野は多彩である。春、緑一色で区別がつかなかった若草の頃を想い起こし、あらためて秋野の花の色の豊かさに感慨をおぼえている。

【他出】新撰朗詠集、定家八代抄

【主な派生詩歌】
わきかねしおなじみどりの夏草を花にあらはす秋の夕暮(小侍従)
夏野をばおなじみどりに分けしかど秋ぞおりつる七草の花(藤原隆房)
秋をまつひとつ草葉とみし程にみどりを分けて咲くすみれかな(藤原家隆)
おそくとくおのがさまざま咲く花もひとつふたばの春の若草(藤原定家)
うすくこき野辺のみどりの若草に跡までみゆる雪のむら消え(*宮内卿[新古今])
みどりなる春はひとつのわか草も秋あらはるるむさしのの原(順徳院)
はるばると一つ梢と見し里も今朝はいろいろのもみぢしにけり(後嵯峨院)
咲く花の千種の露も数見えて秋は色々の月ぞやどれる(飛鳥井雅世)
咲き分けし花の名はなほしられけり秋の末野の霜がれの頃(*延政門院新大納言)
秋も猶ひとつ草葉とみゆるかなみだれてまじる花の色々(頓阿)
春はなほ柳にしるしみどりなるひとつ草木のあるが中にも(後水尾院)
夏木立ひとつみどりにみし山も秋は色々の峰のもみぢ葉(長流)
草いろいろおのおの花の手柄かな(芭蕉)
消えそめし雪間ばかりと見し色もひとつに青む野べの若草(本居大平)
緑なる一つ若葉と春は見し秋はいろいろにもみぢけるかも(良寛)

 

霧たちて雁ぞ鳴くなる片岡の(あした)の原は紅葉しぬらむ(古今252)

【通釈】霧が立ちこめて、空では雁が鳴いている。片岡のあしたの原はもう紅葉したことだろう。

【語釈】◇片岡 大和国の歌枕。奈良県北葛城郡王寺町あたりの丘陵。◇朝(あした)の原 『八雲御抄』『歌枕名寄』などは大和国の歌枕とする。「朝」の語感を活かして詠まれることが多い。

【補記】霧と雁の声に秋の深まりゆくことを感じ、いちはやく紅葉する場所として「片岡のあしたの原」に思いを馳せた。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄、桐火桶、井蛙抄

【参考歌】中臣清麻呂「万葉集」巻二十
天雲に雁ぞ鳴くなる高円の萩の下葉はもみちあへむかも
  伝柿本人麻呂「人丸集」
明日よりは若菜つまむと片岡のあしたの原は今日ぞ焼くめる
  たじまのわう女「古今和歌六帖」
雲のうへに雁ぞ鳴くなるうねび山みかきの原に紅葉すらしも

【主な派生歌】
霧はれば明日も来て見む鶉鳴く岩田の小野の紅葉しぬらむ(*順徳院[続古今])
片山の裾野のまゆみ朝霧のたなびくみれば紅葉しぬらむ(藤原為家)

 

(かみ)な月時雨(しぐれ)もいまだ降らなくにかねてうつろふ神なびの森(古今253)

【通釈】神無月の時雨もまだ降らないのに、前以て色が変わりゆく神奈備の森である。

龍田神社 奈良県生駒郡

【語釈】◇神な月 陰暦十月。冬の始まりの月。◇時雨 ぱらぱらと降ってはやむ、晩秋から初冬にかけての通り雨。◇かねてうつろふ 前以て色づく。◇神(かむ)なびの森 「かむなび」は、もともと「神の坐(ま)すところ」を意味する普通名詞。のち、特に奈良県生駒郡の龍田神社あたりの森を指すようになった。紅葉の名所。

【補記】他の森に先駆けて紅葉している神奈備の森に神秘性を感じている。初句・四句・五句、カ音で頭韻を踏む。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄、桐火桶、井蛙抄

【参考歌】伝大伴家持「家持集」
わが門のわさ田もいまだかりあへぬにかねてうつろふ神なびの森
  いつのおとくろまろ「古今和歌六帖」
我が門の早稲田(わさだ)もいまだ刈りあげねばかねてうつろふ神なびの森

【主な派生歌】
かきくらし時雨るる空をながめつつ思ひこそやれ神なびの森(*紀貫之[拾遺])
我が門のわさ田かりねの草の庵に夢路うつろふ神なびの森(慈円)
時雨るなりかねてうつろふ神なびの森の梢の日ぐらしの声(藤原家隆)
神なびの森の木の葉はしぐれねどかねてうつろふ秋の夜の月(順徳院)
かねてより月もうつろふ川波にみそぎ涼しき神なみの森(後水尾院)
置く露にかねてうつろふ秋萩の下葉までこそ月は問ひけれ(香川景樹)

 

佐保山のははその紅葉ちりぬべみ夜さへ見よと照らす月影(古今281)

【通釈】佐保山の雑木林の紅葉は散ってしまいそうなので、夜さえも見よと照らす月影よ。

【語釈】◇佐保山 奈良市内、平城京跡の北東の丘陵地。同じ古今集に「秋霧は今朝はな立ちそ佐保山のははその紅葉よそにても見む」(読人不知)という歌もあり、当時柞(ははそ)の紅葉の名所とされていたことが判る。◇ははそ 柞。コナラ・クヌギなど、里や丘陵によく見られる落葉樹の類の総称。

【補記】今にも散りそうな佐保山の雑木林の紅葉が月光に映えているさまを見て、月も紅葉の散るのを惜しんで照らしているのだと見た。自身の心を月に投影することで、柞(ははそ)の紅葉の美しさを愛惜する心の深さが出た。

【他出】新撰和歌、今和歌六帖(作者「ならの御かど」)、家持集、五代集歌枕、色葉和難集

【主な派生歌】
月影のよるさへみよと照らさずは花に宿かるかひやなからむ(頓阿)
もみぢ葉を夜さへ見よと照る月の光さやけき神なびの森(飛鳥井雅有)
心ありて夜さへ見よと花盛りさのみ霞まぬ春の月かげ(大内政弘)
桜花よるさへ見よと照りそひて人のこころを知れる月かな(木下長嘯子)
さまざまの色ににほへるむら菊は夜さへ見よと月やてらせる(村田春海)
滝おとし水はしらする島山を夜さへ見よととぶ蛍かも(加納諸平)

題しらず

龍田河もみぢみだれて流るめり渡らば錦なかや絶えなむ(古今283)

この歌はある人、ならの帝の御歌なりとなむ申す

【通釈】竜田川は様々な色の紅葉が入り乱れて流れているように見える。もし渡れば、その錦は途中で断ち切れてしまうだろう。

龍田川
竜田川 奈良県生駒郡斑鳩町竜田。現在周辺は県立竜田公園として整備されている。

【語釈】◇龍田河 生駒山地東側を南流し、大和川に合流する川で、万葉集にも登場する歌枕。紅葉の名所。但しかつては龍田地方(奈良県生駒郡三郷町付近)を流れる大和川を龍田川と呼んだとする説も有力。◇もみぢ乱れて流るめり (さまざまな色の)紅葉が(川面を)入り乱れて流れているように見える。「めり」は視覚によって推量判断していることを示す助動詞。

【補記】『古来風躰抄』では聖武天皇御製とし、『定家八代抄』では文武天皇御製とする。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、大和物語、袋草紙、五代集歌枕、今鏡、万葉集時代難事、柿本人麻呂勘文、奈良御集、古来風躰抄、定家十体(拉鬼様)、定家八代抄、歌枕名寄、桐火桶、悦目抄、了俊一子伝、歌林良材

【主な派生歌】
契らずよ心に秋はたつた川わたる紅葉の中たえむとは(藤原定家)
はげしさはこの比よりもたつた山松の嵐に紅葉みだれて(藤原定家)
龍田山あらしや嶺によわるらむ渡らぬ水も錦たえけり(*宮内卿[新古今])
是もまた都の秋の紅葉ばをわたらば錦中川の水(正徹)
唐錦もみぢみだれて埋むらん渡らぬ橋の中はたえけり(後柏原天皇)
あまの川わたらば錦中たえねもみぢの橋のあけがたの空(契沖)

 

龍田川もみぢば流る神なびのみむろの山に時雨ふるらし(古今284)

【通釈】龍田川には紅葉が流れている。三室山に時雨が降っているらしい。

【語釈】◇龍田川 生駒山地東側を南流し、大和川に合流する川。または、龍田地方を流れる大和川を当時は龍田川と呼んだとも言う。紅葉の名所。◇神なびのみむろの山 奈良県生駒郡の神奈備山。竜田神社の背後。紅葉の名所。

【補記】左注に「又は、あすかがはもみぢばながる」とある。古今集はよみ人しらずとするが、『人丸集』に見え、『拾遺集』『金玉集』など多くの歌集が柿本人麻呂の作としている。

【他出】人丸集、古今和歌六帖、大和物語、拾遺集(重出)、金玉集、三十人撰、袋草紙、五代集歌枕、万葉時代難事、人麻呂勘文、古来風躰抄、俊成三十六人歌合、詠歌大概、定家八代抄、秀歌大躰、時代不同歌合、歌枕名寄、桐火桶、井蛙抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
飛鳥川もみぢ葉流る葛木の山の木の葉は今し散るらし

【主な派生歌】
神なびのみむろの山のいかならむ時雨もてゆく秋の暮かな(藤原定家)
吉野川もみぢ葉ながる滝のうへのみふねの山に嵐吹くらし(源実朝)
湊川秋ゆく水の色ぞ濃きのこる山なく時雨ふるらし(*西園寺実氏[新勅撰])
たつた川もみぢ葉ながるみよしのの吉野の山に桜花咲く(花園院[風雅])

 

踏み分けて更にやとはむもみぢ葉のふりかくしてし道と見ながら(古今288)

【通釈】踏み分けて恋しい人のもとへなお訪ねてゆこうか。紅葉が仰山降り敷いて、ことさら隠してしまった道であると見ながら。

【語釈】◇ふりかくしてし 「ふり(振り)」は、「ふりはへ」「振り立て」などの「ふり」と同じで、人目を引くような動作であることを示す語。「降り」の意が掛かる。

【補記】古今集の一つ前の歌「秋はきぬ紅葉は宿にふりしきぬ道ふみわけてとふ人はなし」と対応し、同じく秋の風物に恋の心を絡めている。表面上は山の紅葉を再訪しようとの心であるが、紅葉を「踏み分けて」と言っていることから、目的は紅葉を見ることよりも、木の葉に埋もれた道の彼方の恋人の家にあることが暗示されている。

【校異】結句を「宿と見ながら」とする本もある。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
たのむべき花のあるじも道絶えぬさらにやとはむ春の山里(藤原定家)
もみぢ葉のふりかくしてし我が宿に道もまどはず冬は来にけり(土御門院[続後撰])
春はまたさらに来にけり白雪のふりかくしてし道はなけれど(藤原為家)
春来ては霞ぞうづむ白雪のふりかくしてし峯の松原(宗尊親王[続古今])

 

(かみ)な月降りみ降らずみ定めなき時雨ぞ冬のはじめなりける(後撰445)

【通釈】十月になって、降ったり降らなかったり、不規則な時雨が冬の始まりなのであった。

【語釈】◇神な月 既出◇降りみ降らずみ 降ったり降らなかったり。「み」は動詞の連用形や助動詞「ず」に付き、「…み…み」の形で「…したり…したり」の意をあらわす。◇時雨(しぐれ) 既出

【補記】冬の訪れを知らせる風物として時雨を言い、それが不安定な雨であることから、落ち着きのない気持が添わり、初冬の心細いような季節感を捉えている。

【他出】古今和歌六帖、和漢朗詠集、綺語抄、隆源口伝、古来風躰抄、梁塵秘抄、定家八代抄、六華集

【主な派生歌】
晴れくもる空にぞ冬も知りそむる時雨は峰の紅葉のみかは(藤原定家)
もみぢ葉は降りみ降らずみ置く霜の冴えゆく霜に秋風ぞ吹く(順徳院)
むら時雨降りみ降らず紅の初花染めの峰のもみぢ葉(九条教実)
冬の来て降りみ降らず大和にはむら山ありて行く時雨かな(正広)

 

龍田山錦おりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして(古今314)

【通釈】龍田山は錦を織って掛け渡している。神無月の時雨を、その縦糸・横糸として。

龍田山(奈良県生駒郡 三室山)
龍田山(奈良県生駒郡 三室山)

【語釈】◇龍田山 奈良県生駒郡三郷町の龍田神社背後の山。定家本などは「龍田川」とする。本テキストは元永本によった。◇錦おりかく 錦を織って掛け渡す。山一面の紅葉を錦に喩える。◇たてぬき 布を織るための、たて糸・よこ糸。縦横に降る時雨を糸に喩えている。

【補記】龍田山を覆っている紅葉を錦の織物に見立てた。それだけなら当時の常識を出ないが、木の葉を染める原因とされた時雨を、錦を織り上げた糸と見たところに発想の面白みがある。

【他出】定家八代抄、歌枕名寄

【参考歌】大津皇子「万葉集」巻八
(たて)もなく緯(ぬき)も定めず乙女らが織れる紅葉に霜なふりそね

【主な派生詩歌】
もみぢ葉を吹きこす風はたつた山みねの松にも錦おりかく(源経信)
霞たつ春の錦のをりを見よ柳さくらをたてぬきにして(飛鳥井雅経)
桜色に錦おりかく吉野川春ふく風をたてぬきにして(藤原為家)
七夕のいほはた衣けふぞ織る恋やうらみをたてぬきにして(伏見院)
(をし)はまだ織らぬ龍田の錦かな(蕪村)

 

大空の月の光しきよければ影見し水ぞまづこほりける(古今316)

【通釈】大空の月の光が清らかに照っていたので、その影を映した水が、真っ先に氷ったのだった。

【語釈】◇影見し水 月影を見た(映した)水。但し月影を(私が)見た、とも解し得よう。◇まづこほりける 月光が冴え冴えとしているため、月を映していた部分の水が真っ先に氷った、とした。

【補記】庭の池の水などが氷ったのを、冴えきった月光を映したためと見た。冬の月光の澄み切った感じから、その作用によって水が氷ったと想像したのである。「影見」とあるので、月の光を見たのは昨夜のことであり、氷を目にしているのはその翌朝のことである。

【校異】第三句、元永本・清輔本などは「さむければ」。艶のある「きよければ」を採った。

【他出】新撰万葉集、古今和歌六帖、和漢朗詠集、古来風躰抄、定家八代抄、桐火桶

【主な派生歌】
鳴海潟しほひの道をあけ行けば波のなごりぞまづこほりける(飛鳥井雅有)
冬ふかみ賀茂の川風さゆる夜は汀の波ぞまづこほりける(洞院公賢)

 

今よりはつぎて降らなむ我が宿のすすきおしなみ降れる白雪(古今318)

【通釈】今からは続けて降ってほしい。我が家の庭の薄を押し伏せて降っている白雪よ。

【語釈】◇つぎて降らなむ 引き続き降ってほしい。「なむ」は希望の助詞。

【補記】薄の繁みが雪に靡き臥している庭のありさまを趣あるものと眺め、その状態が続くことを望んでいる。冬の侘しげな美が既に見い出されている。

【他出】定家八代抄、詠歌大概

【主な派生歌】
いほりさす野島が崎の浜風にすすきおしなみ雪は降りきぬ(藤原家隆)
庭のおもに消えずはあらねど花と見る雪は春までつぎて降らなむ(藤原定家)
わが宿のすすきおしなみ降る雪にまがきの野べの道ぞ絶えぬる(藤原良経)
山里のすすきおしなみ降る雪に年さへあやなつもりぬるかな(後鳥羽院)

 

梅の花それとも見えず久方の(あま)ぎる雪のなべて降れれば(古今334)

この歌は、ある人のいはく、柿本人麿が歌也

【通釈】梅の花はそれと見分けることもできない。空を曇らせる雪が一面に降っているので。

【語釈】◇久方の 「あま」の枕詞◇天ぎる雪 空いちめんを曇らせて降る雪。「きる」は「霧」と同根の語。

【補記】下記参考歌のように、白梅と雪のまぎらわしさは既に万葉集に見える趣向。掲出歌は「天ぎる雪の…」と眼前の吹雪の景をありありと見せて、春のめでたい花を隠していることを惜しむ心を匂わせている。万葉歌にはない余情が漂う歌である。

【他出】人丸集、家持集、拾遺集(重出。作者人麿)、三十人撰、深窓秘抄、三十六人撰、和歌体十種(器量体)、綺語抄、奥義抄、万葉集時代難事、柿本人麻呂勘文、和歌十体(器量体)、和歌色葉、古来風躰抄、定家八代抄、詠歌大概、西行談抄、桐火桶、悦目抄

【参考歌】山部赤人「万葉集」巻八
我が背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば
  大伴旅人「万葉集」巻五
我が園に梅の花散る久かたの天より雪の流れ来るかも
  作者未詳「万葉集」巻十
梅の花それとも見えず降る雪のいちしろけむな間使ひやらば

【主な派生歌】
白雪のなべて降れれば梅の花冬咲く色はかひなかりけり(慈円)
久方のあまぎる雪の峰よりもそれかとみえて霞む春かな(藤原家隆)
降る雪はそれとも見えずさざ波のよせてかへらぬ沖つ島山(藤原知家[新拾遺])
冬ごもりそれとも見えず三輪の山杉の葉しろく雪の降れれば(源実朝)
梅が香もあまぎる月にまがへつつそれとも見えず霞むころかな(九条道家[新勅撰])
わけゆけばそれとも見えず朝ぼらけ遠きぞ春の霞なりける(西園寺実氏[続後撰])
花の色はそれとも見えず山桜あまぎる雲の春の明ぼの(二条為氏[続後拾遺])
山の端はそれとも見えずうづもれて雪にかたぶく有明の月(源通氏[続拾遺])

 

思ひつつ寝なくに明くる冬の夜の袖の氷はとけずもあるかな(後撰481)

【通釈】恋人を思いながら、寝ることなく明ける冬の夜――私の袖に張った氷は融けないのであるよ。

【補記】寒夜、袖に流した涙が氷り、朝を迎えても融けないと言って、男をむなしく待ち明かした女の悲しみを婉曲に表現している。暖房に恵まれなかった当時、「袖の氷」は詩的誇張とばかりも言い切れない。

【主な派生歌】
冬の夜のながきかぎりは知られにき寝なくに明くる袖のつららに(藤原定家)
夢よりもなほぞはかなき時鳥ねなくに明くる夜半の一こゑ(平親清四女)

 

時鳥なくやさ月のあやめ草あやめもしらぬ恋もするかな(古今469)

【通釈】ほととぎすが鳴く五月、その五月のあやめ草――その「あやめ」という名のように、筋目も分からない恋をすることよ。

【語釈】◇時鳥(ほととぎす) 初夏に鳴く鳥。ことに深夜から明け方にかけてよく鳴くとされる。「五月雨の空もとどろに郭公なにを憂しとかよただなくらむ」(貫之『古今集』)などのように、時鳥の鳴き声を古人は憂鬱な、悲しげなものとして聞くことが多かった。◇なくやさ月の 鳴く五月の。「や」は意味を強めたり調子を整えたりするための間投助詞◇あやめ草 サトイモ科のショウブ。花の美しいアヤメ科のアヤメ・ハナショウブとは全く別種である(剣のような形の葉は似ている)。五月五日の節句に邪気を祓う草として軒端に葺くなどした。同音反復から次句「あやめもしらぬ」を導く。◇あやめもしらぬ恋 筋道もわからない恋。どうしてよいか分からない恋。「あやめ」は筋目・条理などの意。

【補記】古今集巻十一、恋歌一の巻頭。あやめを飾る季節に、あやめを知らぬ恋をするというのがこの歌の眼目。陰暦五月は田植えの季節であり、早苗を植える期間、男女が逢うことを禁忌とする風習があった。ゆえに恋人たちにとっては憂鬱な季節だったのである。そうした風習(あるいはそのなごり)を背景に考えるべき歌である。

【参考歌】中臣女郎「万葉集」巻四
をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
  大伴家持「万葉集」巻十八
(前略)恋ふる空 やすくしあらねば ほととぎす 来鳴く五月の あやめぐさ よもぎかづらき さかみづき あそびなぐれど(後略)

【主な派生歌】
ほととぎす寝覚の声を聞きしよりあやめもしらぬ物をこそ思へ(大中臣能宣)
かやり火の下にもえつつあやめ草あやめもしらぬ恋のかなしき(曾禰好忠)
時鳥鳴くやさ月にうゑし田を雁がねさむみ秋ぞくれぬる(善滋為政[新古今])
白妙の衣ほすよりほととぎすなくや卯月の玉川の里(藤原家隆[続拾遺])
おのが音も袖ぬらしけり時鳥鳴くやさ月のあやめひきつつ(藤原家隆)
たがために鳴くや五月の夕とて山時鳥なほまたるらむ(藤原定家[新千載])
郭公空につたへよ恋ひわびてなくや五月のあやめわかずと(藤原定家)
うちしめりあやめぞかをる時鳥鳴くやさ月の雨の夕暮(*藤原良経[新古今])
たがためにまちし五月のあやめ草あやめもしらぬほととぎすかな(飛鳥井雅経)
さてもいかに岩垣沼のあやめ草あやめもしらぬ袖の玉水(後鳥羽院[新続古今])
我が恋は人られぬまのあやめ草あやめぬほどぞねをも忍びし(*宮内卿[玉葉])
きのふより軒ばにふける草の名のあやめもしらぬ五月雨の比(順徳院)
もろともになくやさ月の時鳥はれぬおもひの雲のはたてに(泰光[続後撰])
時鳥おのが五月のくれはどりあやめもしらぬ時と鳴くなり(二条為忠[新葉])
あやめ草ふきそめしより時鳥なくやさ月のこゑかをるなり(木下長嘯子)
朝風にうばらかをりて時鳥なくや卯月の志賀の山越(蓮月)
ほととぎすなくや五尺の菖草(芭蕉)
子規(ほととぎす)なくや夜明けの海が鳴る(白雄)
ほととぎす咲くやそのかみ潔癖の母癇癪の父にまみえし(塚本邦雄)

 

大井川くだす筏のみなれ(ざを)みなれぬ人も恋しかりけり(拾遺639)

【通釈】大井川に流れ下す筏の水馴(みな)れ棹ではないが、見慣れていない人も恋しいのであった。

【語釈】◇みなれ棹 水馴棹。使い込まれて水によく馴れた舟棹。ここまでが「見馴れぬ」を導く序詞。

【補記】稀にしか見たことのない人を恋しく思い始めた自身を怪しむ心。「みなれ棹」までは同音の「見慣れ」を導く序であるが、急流に筏を操る棹のイメージを出して、恋心の危さを暗示するかのようである。

【他出】後葉集、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄、歌林良材

【主な派生歌】
大井川くだす筏のみなれ棹さしいづる物は涙なりけり(和泉式部)
難波江の葦間わけゆくみなれ棹みなれし人の恋ひらるるかな(祐子内親王家紀伊)
よそにのみ恋ひてふことのみなれ棹今日は我が手に取りてけるかな(覚性法親王)
熊野川くだす早瀬のみなれ棹さすがみなれぬ波の通ひ路(*後鳥羽院[新古今])
大井河瀬々にいく夜かみなれ棹くだす筏の床の月かげ(二条為藤[新後拾遺])

 

よそにのみ見てややみなむ葛城(かづらき)や高間の山の嶺のしら雲(新古990)

【通釈】遠くから見るばかりでこの恋は終わるのだろうか。葛城の高間の山の頂にかかる白雲のように。

【語釈】◇よそにのみ 遠くからばかり。ずっと無縁な相手として。◇見てややみなむ 眺めて終わるのだろうか。◇葛城や高間の山 「葛城(かづらき)」は奈良県と大阪府の境をなす金剛葛城連山。「高間の山」はその主峰である金剛山の古名とされる。◇嶺のしら雲 手の届かない存在である恋人を喩えて言う。

【補記】恋の心はひとことも表に出していないが、「よそにのみ」(あるいは「よそのみに」)は万葉集以来恋歌の常套句。名峰の白雲にこと寄せて、手の届きそうにない恋人への思いを詠む。藤原公任撰の秀歌撰『深窓秘抄』に作者「無名」として見える歌で、一条天皇代以前の作。

【他出】深窓秘抄、和漢朗詠集、俊頼髄脳、五代集歌枕、無名抄、定家十体(長高様)、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄、三五記

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
よそにのみ見つつや恋ひむ紅の末摘花の色に出でずとも
  丈部山代「万葉集」巻二十(防人歌)
よそにのみ見てやわたらも難波潟雲居に見ゆる島ならなくに
  凡河内躬恒「躬恒集」
よそにのみ見てややみなむ山ざくら花の心のよのましらぬに

【主な派生歌】
葛城や高間の山の桜花雲ゐのよそに見てや過ぎなむ(*藤原顕輔[千載])
葛城や高間の山の花ざかり雲のよそなる雲を見るかな(藤原有家[続古今])
葛城や高間の山にさすしめのよそにのみやは恋ひむと思ひし(藤原家隆[新拾遺])
葛城や高間の山の時鳥雲ゐのよそに鳴きわたるなり(源実朝)
葛城や高間の山にゐる雲のよそにもしるき夕立の空(後嵯峨院[新拾遺])
雲をよそにすみこそわたれ葛城や高間の山の秋の夜の月(常縁)

 

片糸をこなたかなたによりかけてあはずは何を玉の緒にせむ(古今483)

【通釈】片糸をこちらの方にあちらの方にと縒って合わせる――もし合わなければ、どうやって宝玉を貫く緒としよう。そのように心を尽くしてもあの人に逢えなければ、私は何を命の綱としようか。

【語釈】◇片糸 縒り合わせる以前の糸。◇よりかけて 縒り合わせて。◇玉の緒 「宝玉を貫く緒」「魂を繋ぎとめるもの(命の綱)」の両義。「緒」は糸の縁語。下句は「恋人と逢うことがなければ、何を私の命にしよう。他に何もない」ほどの意。

【補記】「よりかけて」までを「逢はず」を導く序詞とする注釈書も多いが、古説の解くように一首全体が一つの暗喩をなす歌と見るべきであろう。表は首飾りのようなものを作る苦労を詠みつつ、裏には恋人と逢うことを只管に頼みとする心を縫い込んでいるのである。

【古説】「男女もあひみぬほどは、こなたもかなたも片糸のごとし、さればこなたにのみよりかくるやうに思ひても甲斐なし、かなたにもよりかくる如くあひおもひてあはずば、何を命にしてながらへんといふ心を、命をも玉の緒といへば、たとへの玉の緒にそへてよめり」(契沖『古今余材抄』)。
「余材打聞ともに、二の句の注わろし。これはたださまざまとして心をつくすことをたとへたる也。男女のこなたかなたをたとへたるにはあらず」(本居宣長『古今集遠鏡』)。

【他出】是則集、古今和歌六帖、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、歌林良材

【主な派生歌】
片糸をよるよる峰にともす火にあはずは鹿の身をもかへじを(藤原定家[続古今])
くりかへしたのめてもなほ逢ふことのかた糸をやは玉の緒にせむ(藤原良経)
糸薄こなたかなたに植ゑおきてあだなる露の玉の緒にせむ(後嵯峨院[続古今])

 

夕暮は雲のはたてに物ぞ思ふあまつ空なる人を恋ふとて(古今484)

【通釈】夕暮には、雲の果てを眺めて物思いをするのだ。天にいる人を恋い慕うというので。

【語釈】◇雲のはたて 雲の果て。雲の尽きる限界。ただし藤原定家著と伝わる『僻案抄』に「日のいりぬる山に、ひかりのすぢすぢたちのぼりたるやうに見ゆる雲の、はたの手にも似たるをいふ也」とあるように、中世歌学では「雲の旗手」と解するのが普通だったようである。◇あまつ空なる人 天空にある人。手の届かない恋人を言う。

【補記】男女の逢瀬の時である夕暮は、ことに恋心の増さる時間帯とされた。その時にあって、遥かに及び難い恋人への思いを詠んだ歌。「雲のはたてに」と空間的に大きく取ることで相手との距離の遠さを強調し、望みの少ない、しかしひたむきな恋心を歌い上げた。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、詠歌大概、色葉和難集
(新撰和歌・古今和歌六帖など、初句を「夕されば」とする本も少なくない。)

【主な派生歌】
つれづれと空ぞ見らるる思ふ人あまくだりこむものならなくに(*和泉式部)
昨日けふ雲のはたてにながむとて見もせぬ人の思ひやは知る(*藤原定家[風雅])
あはれ又けふも暮れぬとながめする雲のはたてに秋風ぞ吹く(藤原定家)
天つ空雲のはたてに飛ぶ鳥のあすかの里をおきや別れむ(藤原家隆)
物や思ふ雲のはたての夕暮にあまつ空なる初雁のこゑ(*後鳥羽院[続千載])
ながめ侘びそれとはなしに物ぞ思ふ雲のはたての夕暮の空(*源通光[新古今])
夕さればあまつ空なる秋風にゆくへもしらぬ人を恋ひつつ(*西園寺実氏[続後撰])
とまらじな雲のはたてにしたふとも天つ空なる秋の別れは(*藤原為家[続後拾遺])
かきくらし雲のはたてぞ時雨れゆく天つ空より冬や来ぬらむ(*後嵯峨院[新後撰])
山ざくら雲のはたての春風にあまつ空なる花の香ぞする(*飛鳥井雅有[続千載])
物思ふ雲のはたてになきそめて折しもつらき秋の雁がね(*二条為子[新続古今])
天つ空我が思ふ人か時鳥雲のはたてに声の聞ゆる(*宗良親王)
夕暮は雲のはたてにおり立ちてそはの山田にとる早苗かな(正徹)
あすよりは天つ空にや恋ひ佗びむ雲のはたてに春は暮れにき(肖柏)
入日さす雲のはたてに聞ゆなりあまつ空なる初雁のこゑ(細川幽斎)

 

つれもなき人をやねたく白露のおくとは嘆き()とはしのばむ(古今486)

【通釈】薄情な人を、憎らしいことに、白露の置く朝に起きては嘆き、寝ては慕うのだろうか。

【語釈】◇おくとはなげき 起きては歎き。「おく」は「置く」「起く」の掛詞。◇寝とはしのばむ 寝床に臥せっては偲ぶ。

【補記】秋の趣深い風物とされた白露にこと寄せて、つれない恋人を、意に反して起き伏し想う心を詠む。露に涙を暗示し、また四五句に対句を用いて恋の嘆きを深めている。

【主な派生歌】
白露の置くとは野辺の花を見て寝(ぬ)とはしのばむ荻の上風(藤原隆信)
いつまでか草の枕のしら露のおくとはいそぎぬとはしほれむ(冷泉為秀[新拾遺])
小山田のいなばの露の袖の上に置くとは歎きもりあかすかな(宗良親王)
朝露の置くとはなげき寝(ぬ)ともなき夢路よぶかく出でし空かな(三条西実隆)

 

ちはやぶる賀茂の(やしろ)木綿(ゆふ)だすきひと日も君をかけぬ日はなし(古今487)

【通釈】賀茂の神社の木綿襷――それを神官が毎日懸けるように、一日としてあなたを心に懸けない日はありません。

【語釈】◇ちはやぶる 普通「神」の枕詞であるが、ここでは「賀茂の社」の枕詞。◇木綿だすき 木綿襷。神事に用いる衣裳の一つ。この句までが下の「かけ」を持ち出すための序。

【補記】京都で最も古い社の一つで、最も深い崇敬を受けた賀茂神社の木綿襷に寄せて、途絶えることのない恋心を詠む。上句は序詞で、万葉風に近接する古風な歌。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、和歌初学抄、定家八代抄、歌枕名寄

【参考歌】山部赤人「万葉集」巻六
須磨の海人の塩焼き衣のなれなばか一日も君を忘れて思はむ

【主な派生歌】
ちはやぶる賀茂の社の木綿だすき千歳を君にかけよとぞ思ふ(九条良平)

 

我が恋はむなしき空に満ちぬらし思ひやれどもゆく方もなし(古今488)

【通釈】私の恋の思いは、虚空に満ちてしまったらしい。あの人に思いを馳せても、どこへも行き場がなく、どうにも胸の晴れることはない。

【語釈】◇思ひやれども 「思ひやる」は「思いを馳せる」「思いを晴らす」の両義。◇ゆく方もなし 「行くべき方向がない」「心が晴れる手だてがない」の両義であろう。「心がゆく」「思ひがゆく」とは、気が晴れる、思いが叶う、といった意味。

【補記】恋しさに悩む時、人は空を眺め、心を晴らすならいがあったが、今はどうにも胸が晴れないので、恋の嘆きが空に満ちてしまったのだろうと見なした。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、如意宝集、俊頼髄脳、古来風躰抄、定家八代抄、悦目抄

【主な派生歌】
なぐさめし月にも果ては音をぞ泣く恋やむなしき空に満つらむ(*顕昭[新古今])
わが恋は行かたもなきながめよりむなしき空に秋風ぞ吹く(慈円)
これやさは空に満つなる恋ならむ思ひ立つよりくゆる煙よ(藤原定家)
五月雨はむなしき空にみちぬらしゆく方みえず明くる白雲(藤原基家)
ながめてもむなしき空の秋霧にいとど思ひのゆく方もなし(*頓阿)

 

うちはへてねをなきくらす空蝉(うつせみ)のむなしき恋も我はするかな(後撰192)

【通釈】延々と、日が暮れるまで鳴き続ける蝉――そのように私もひたすら泣いてばかり暮らして、虚しい恋をすることであるよ。

【語釈】◇うちはへて ずっと長く。延々と。

【補記】後撰集は蝉の歌に分類し、夏の部に入れるが、正しくは恋歌である。

【他出】綺語抄、奥義抄、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
つれもなき人の心は空蝉のむなしき恋に身をやかへてむ(八条院高倉[新古今])

 

思ひ出づるときはの山の岩つつじ言はねばこそあれ恋しきものを(古今495)

【通釈】思い出す時――その「時」という名を持つ常盤の山の岩躑躅――その「いは」ではないが、言わないではいるものの、心では恋しがっているのだ。

【語釈】◇思ひいづる 「ときはの山」の枕詞のように用いている。参考歌参照。◇ときはの山 既出◇岩つつじ 渓流などの岩肌に咲く躑躅。この句までが「言は」を導く序詞。(→和歌歳時記

【補記】「岩つつじ」までが同音から「言は」を導く序詞で、一首の心は下二句にのみある。例えば万葉集巻十の歌「をみなへし佐紀野に生ふる(しら)つつじ知らぬこともち言はれし我が背」と形式を同じくし、古体の歌であるが、「思ひ出づる」を枕詞風に用いて「ときは」を掛詞とした技巧や、「こそ」「ものを」など助詞の巧みな用い方で思いの強さを表現しているところなど、万葉集の歌よりも精妙である。

【他出】新撰和歌、和漢朗詠集、俊頼髄脳、綺語抄、五代集歌枕、定家八代抄、詠歌大概、十訓抄、歌枕名寄、和歌口伝抄

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
思ひ出づるときはの山の時鳥から紅のふり出でてぞなく

【主な派生歌】
忘れにし常盤の山の岩つつじ言はねど我に恋はまさらじ(落窪物語)
しのばるるときはの山の岩つつじ春のかたみの数ならねども(藤原定家)
思ふこと言はねばこそあれ人知れぬ心のうちは苦しきものを(藤原基家)
恋しくもいかがなからむ岩つつじ言はねばこそあれ有りしその世は(宗尊親王)
わが心いくしほそめつ岩つつじ言はねばこそあれ深き色香に(木下長嘯子)

 

人知れず思へば苦しくれなゐの末摘花(すゑつむはな)の色に出でなむ(古今496)

【通釈】人に知られることなく思い悩んでいると、苦しい。紅を染める末摘花の色のように、この恋はきっと表にあらわれてしまうだろう。

ベニバナ 京都府立植物園にて
末摘花(ベニバナ)

【語釈】◇人知れず 相手に知られず。◇末摘花 紅花(キク科ベニバナ)の異名。夏に咲く花は黄から赤へと色を深める。紅色の染料にされた。◇色にいでなむ 表面に出てしまうだろう。「色」には、表にあらわれる「けはい」「おもむき」「様子」といった意がある。連語「なむ」は、完了の助動詞ヌの未然形ナに、推量の助動詞ムの付いた連語で、未来推量や決意をあらわす。なお、「出づ」は他動詞としても用いられたので、「表に出してしまおう」という能動的な決意と読むことも出来る。

【補記】忍ぶ恋の苦しさに堪えきれない思いを、紅の色を深めてゆく花に寄せて歌い上げた。下記万葉歌二首から合成したようなおもむきであるが、いずれの万葉歌よりも掲出歌の方がむしろ単純で力強く、しかも余情がある。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
よそにのみ見つつや恋ひむ紅の末摘花の色に出でずとも
  作者未詳「万葉集」巻十一
息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも

【主な派生歌】
わが恋やすゑつむ花の色ならむ紅にのみぬるる袖かな(藤原時房)
忍ぶればくるしきものを河内めの手染の糸の色に出でなむ(藤原実経)

 

恋せじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも(古今501)

【通釈】恋はするまいと御手洗川で行った禊――神は結局受け入れて下さらなかったらしいよ。

【語釈】◇みたらし川 身を清める川。王朝和歌では賀茂神社境内を流れる御手洗川と解するのが普通だが、この歌では特定の川と考えるべき理由はない。◇みそぎ 身を浄めて神に祈ること。

【補記】恋の苦しさに堪えかね、二度と恋はするまいと禊して神に祈ったが、結局また恋しい思いに苛まれているので、神は願いを受け入れてくれなかったのかと顧みている。恋の辛さから何とか逃れたいとの思い、自分の意思では如何ともし難い恋というものへの嘆きを、切々と歌い上げている。「詞が極度に含蓄を持っている点が注意される。すぐれた歌である」(窪田空穂『古今和歌集評釈』)。

【他出】新撰和歌、伊勢物語、金玉集、新撰髄脳、俊頼髄脳、奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、六百番陳状、古来風躰抄、和歌色葉、定家八代抄、近代秀歌、歌枕名寄、井蛙抄
(下句を「神はうけずもなりにけるかな」として載せる本も多い。)

【主な派生歌】
昨日までみたらし川にせしみそぎ志賀の浦波たちぞかはれる(藤原実行[千載])
たなばたの天の川原に恋せじと秋をむかふるみそぎすらしも(藤原良経)
恋せじとするにはあらず神風になびけみそぎの瀬々のゆふしで(正徹)
恋せじとせしみそぎこそうけずとも逢瀬はゆるせ賀茂の川波(三条実継[新続古今])
ゆく水に暑さながすとせしみそぎ神はうけたる川風ぞ吹く(長流)

 

思ふには忍ぶることぞ負けにける色には出でじと思ひしものを(古今503)

【通釈】あの人を思う心の強さには、堪え忍ぶ心が負けてしまったよ。表面には出すまいと思っていたのに。

【補記】恋の葛藤を「思ふこと」と「忍ぶること」の戦いと見なし、後者が前者に負けたと言いなした。醍醐天皇の御集『延喜御集』に詞書「醍醐のみかど、まだくらゐにおはしましける時、御めのとの宣旨君に色ゆるさせたまふとて」として出ているが、古歌を借用したものであろう。

【他出】延喜御集、古今和歌六帖、定家八代抄、竹園抄

【参考歌】「伊勢物語」六十五段、在原業平「新古今集」
思ふには忍ぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ
  凡河内躬恒「躬恒集」
花見れば心さへこそうつりけれ色には出でじと思ひしものを

【主な派生歌】
虫の音も忍ぶることぞ真葛原うらみや秋の色に出づらむ(飛鳥井雅経)
くるしさは忍ぶることぞ人の身にたえて涙のなき世ならねば(松永貞徳)

 

涙川なに水上(みなかみ)をたづねけむ物思ふ時のわが身なりけり(古今511)

【通釈】涙川の水上をどうして探し求めたのだろう。物思いに耽る時の、ほかならぬ我が身から流れて来るものであったよ。

【語釈】◇涙川 絶えず流れ続ける涙を川に喩えて言う。但し藤原範兼編『五代集歌枕』を始め、伊勢国に実在する川の名とする説が古くからあり、古今集の古注もそれに従っている。

【補記】絶えず涙を流し続ける理由を探ることを、涙川の水上をたずねると言いなし、結局その原因が自身の恋の嘆きにあることを、改めて思い知ったとの心。

【他出】和歌童蒙抄、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
日数ふる山より落つる滝の糸はなに水上を五月雨の頃(中院通勝)

 

種しあれば岩にも松は()ひにけり恋をし恋ひば逢はざらめやも(古今512)

【通釈】種があるからこそ、岩の上にも松は生えるのだった。心の中でひそかにこの恋を育て続けていれば、思いを遂げられないことがあろうか。

【語釈】◇恋をし恋ひば この恋を恋として続ければ。恋をし通せば。「し」はいわゆる強調の助詞。◇逢はざらめやも 逢えないことがあろうか、いやきっと逢えるだろう。「逢ふ」は情交を遂げること。「やも」は反語。

【補記】恋の成就を願う決意を、岩の上にも生える松に寄せて歌い上げた。万葉集巻七の作者未詳の譬喩歌「たらちねの母がそのなる桑すらに願へば衣(きぬ)に着るといふものを」などと発想に共通するところがあり、民謡っぽさを残す歌である。

【他出】古今和歌六帖、奥義抄、定家八代抄

【主な派生歌】
種しあれば仏の身ともなりぬべし岩にも松はおひけるものを(藤原良経)
八幡山木だかき松の種しあれば千歳の後もたえじとぞ思ふ(源実朝) 思ひそめし一夜の松の種しあれば神の宮ゐも千代やかさねむ(二条道平[風雅])

 

朝な朝な立つ川霧の空にのみうきて思ひのある世なりけり(古今513)

【通釈】毎朝たつ川霧が空に浮いているように、私の心もぼんやりと浮いてばかりいて、辛い思いを続ける恋人との間柄なのだった。

【語釈】◇空にのみうきて 心が身体から遊離した、不安定な状態を言う。◇思ひのある世 辛い思いを続ける間柄。「世」は男女の仲を言う。

【補記】初二句は「空にのみ浮きて」の比喩。困難な状態にある恋ゆえ不安定となっている心理状態を、朝毎に浮遊する川霧に喩えた。上三句を「うきて」の序とする説もある。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄

【参考歌】山口女王「古今和歌六帖」「新古今集」
塩竈のまへにうきたる浮島のうきて思ひのある世なりけり

【主な派生歌】
しらざりつ袖にながるる涙川うきて思ひのかかりける世を(藤原家隆)
空にのみ立つ朝霧の波のうへにうきて思ひの海人の釣舟(飛鳥井雅経)
いつとなき心も空の雲霧にうきて思ひのさみだれの頃(三条西実隆)

 

唐衣(からころも)ひもゆふぐれになる時はかへすがへすぞ人は恋しき(古今515)

【通釈】唐衣の紐を結う――夕暮になる時は、返す返す人が恋しいのだ。

【語釈】◇唐衣 もと外国製または外国風の衣裳を言うが、のち美しい衣服一般を指す歌語となる。ここでは「ひも(紐)」の枕詞。◇ひもゆふぐれに 「紐結ふ」から「夕」を導く。◇かへすがへすぞ 繰り返し繰り返し。「かへす」は衣の縁語。

【補記】夕暮時の人恋しさを主題とする。「唐衣」から「ひも(紐→日も)」を導き、さらに「ゆふ(結ふ)」「かへす(翻す)」と衣の縁語を連ねる。衣の紐は情交を暗示するエロティックなものでもある。縁語掛詞の奏でる隠微な副旋律が一首を艶にしている。

【参考歌】紀貫之「貫之集」「新古今集」
みそぎする川の瀬見れば唐衣ひもゆふぐれに波ぞ立ちける
  紀貫之「貫之集」「拾遺集」
忘らるる時しなければ春の田を返す返すぞ人は恋しき
(いずれも掲出歌との先後関係は不明)

【主な派生歌】
おのづから涼しくもあるか夏衣ひも夕暮の雨のなごりに(*藤原清輔[新古])
唐衣かへすがへすぞうらめしき夢にも人の見えぬと思へば(熊谷直好)
山おろし日も夕かげに吹く時ぞしみじみ人は恋しかりける(*香川景樹)

 

宵々に枕さだめむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ(古今516)

【通釈】毎晩毎晩、枕をどこに定めればよいか、そのやり方がわからず途方に暮れる。どうやって寝た夜、あの人を夢に見たのだったろう。

【補記】枕の方角などによって夢見をコントロールする呪術があったらしい。そのやり方を忘れてしまって、毎夜当惑する心を詠む。現実においては恋人に逢う手立てがなく、夢だけを頼りとしていることが暗示される。

【他出】袋草紙、定家八代抄、井蛙抄

【主な派生歌】
夕されば我が身のみこそ悲しけれいづれの方に枕さだめむ(兼茂女[後撰])
いかに寝て見えしなるらむうたた寝の夢より後は物をこそ思へ(*赤染衛門[新古今])
草枕むすびさだめむ方知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路(*飛鳥井雅経[新古今])
はかなくて見えつる夢の面影をいかに寝し夜とまたやしのばむ(*土御門院小宰相[続古今])
ふしわびぬいかに寝し夜か草枕ふるさと人も夢に見えけむ(宗尊親王)
今はただ我のみかよふ夢路かないかに寝し夜か人の見えけむ(〃)
人も又いかに寝し夜のゆくへにて覚めざらましの夢に見えけむ(正徹)

 

ゆく水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり(古今522)

【通釈】流れてゆく水に数を書くことよりも果敢ないのは、自分を思ってくれない人を恋い慕うことなのであった。

【語釈】◇数かく 物の数をかぞえる時にしるしとなる線などを記すこと。◇思はぬ人 私のことを思ってくれない人。

【補記】水に数を書くことを果敢なさの譬えとするのは仏典に基づくようであるが、万葉集にも同様の比喩は見え、古くから慣用的な表現として定着していたかと思われる。それにしても掲出歌の「ゆく水に数書く」という表現は果敢なさを際立たせる点ですぐれており、これを比較の対象としたことによって、片思いの甲斐なさを切々と感じさせることに成功している。

【他出】伊勢物語、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄

【参考】「涅槃経」
是身無常、念々不住、猶如電光暴水幻炎、亦如画水、随画随合(是の身は無常なり、念々住(とど)まらず、なほ電光と暴水と幻炎との如し。また水に画くが如し、随つて画けば随つて合ふ)
  作者未詳「万葉集」巻十一
水の上に数書く如き我が命妹に逢はむとうけひつるかも

【主な派生歌】
大空に標ゆふよりもはかなきはつれなき人を恋ふるなりけり(*元良親王[続古今])
人知れず落つる涙のつもりつつ数かくばかりなりにけるかな(*藤原惟成[拾遺])
はかなしやさても幾夜か行く水に数かきわぶる鴛鴦の独り寝(飛鳥井雅経[新古今])
月よめばはやくも年のゆく水に数かきとむるしがらみぞなき(藤原良経)

 

いかにしてしばし忘れむ命だにあらば逢ふ夜のありもこそすれ(拾遺646)

【通釈】どうすれば暫く忘れられるだろう。せめて命さえあれば、いつか思いを遂げる夜があることもあろうに。

【補記】恋人を忘れられない苦しさゆえ、今にも死にそうな精神状態にあることが暗示される。『八代集秀逸』に採るなど、藤原定家が非常に高く評価した歌。

【他出】深養父集、定家八代抄、八代集秀逸
(『深養父集』収録歌は、初句を「いかで猶」とする以外まったく同一の歌である。)

【主な派生歌】
恋ひ死なぬ身のおこたりぞ年経ぬるあらば逢ふよの心づよさに(藤原定家[新勅撰])
宿りこし袂は夢かとばかりにあらば逢ふ夜のよその月影(藤原定家)
年きはる身のゆくへこそかなしけれあらば逢ふよの春をやは待つ(飛鳥井雅経)
のちに又あらば逢ふよのたのみだに我が老いらくの身には待たれず(源有長[続後撰])
絶えぬべき命を恋の恨みにてあらば逢ふ世の末もたのまず(定為[続千載])

 

恋と言へばおなじ名にこそ思ふらめいかで我が身を人に知らせむ(拾遺677)

【通釈】恋していると言えば、世間一般に言うのと同じ概念をあらわす名に思うことだろう。どうやって我が身をあの人に知らせようか。

【補記】「恋」の一語で表わすことの出来ない自分の思い。いや思いではなく、知らせたいのは「我が身」。尋常ならぬ恋によって変わり果ててしまった自身の境遇である。

【他出】如意宝集、拾遺抄、定家八代抄

【主な派生歌】
言へば世の常のこととや思ふらむ我はたぐひもあらじと思ふに(*源重之女[玉葉])
恋と言へば世の常のとや思ふらむ今朝の心はたぐひだになし(*敦道親王[新勅撰])

 

憂しと思ふものから人の恋しきはいづこをしのぶ心なるらむ(拾遺731)

【通釈】つれないと思うものの、それでもあの人が恋しいのは、どこを思い慕っての心なのであろう。

【語釈】◇思ふものから 思うものの。接続助詞「ものから」は逆接。

【補記】辛い思いばかりさせる相手であるのに、その人のどこに惹かれているのかと怪しむ。それこそが恋というものの不可思議。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ涙なるらむ
  伊勢「後撰集」
わびはつる時さへ物の悲しきはいづこをしのぶ心なるらむ

【主な派生歌】
憂しと思ふものから濡るる袖のうらひだりみぎにも波やたつらむ(藤原道家[新勅撰])

 

恋ひわびぬ()をだに泣かむ声たてていづこなるらむ音無の里(拾遺749)

【通釈】恋しさに耐え切れなくなった。せめて声あげて泣こう。どこにあるのだろうか、音が聞こえないという音無の里は。

【語釈】◇音無の里 その名から、泣き声をあげても聞こえない里として言う。中世の歌枕書『歌枕名寄』は紀伊国にあるとする。熊野大社のそばには音無川という名の小川が流れている。

【補記】恋に苦しんだ果て、せめて思うがままに声あげて泣きたい。しかし現実にはそれさえ許されないことを、歌枕「音無の里」に託して嘆いている。

【他出】古今和歌六帖、拾遺抄、定家八代抄、歌枕名寄
(結句を「音無の滝」とする本もある。)

 

風さむみ声よわりゆく虫よりも言はで物思ふ我ぞまされる(拾遺751)

【通釈】風が寒く吹くので声が弱ってゆく虫――その虫よりも、口に出さずに思い悩む私の方が、辛さはまさっているのだ。

【語釈】◇我ぞまされる 辛いことでは私の方がまさっている。

【補記】季節のうつろいにより憔悴する虫と、恋に憔悴する我が身を比べ、泣かずに耐えている自分の方が辛さはまさっているとした。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

【参考歌】壬生忠岑「忠岑集」
風さむみ声よわりゆく虫よりも言はで物思ふ我ぞかなしき

【主な派生歌】
神山のやました水のわきかへり言はで物思ふ我ぞかなしき(源実朝)

 

あしひきの山の山菅(やますげ)やまずのみ見ねば恋しき君にもあるかな(拾遺780)

【通釈】山に生える山菅ではないが、ずっとやまずに、逢えないので恋しいあなたであることよ。

【語釈】◇あしひきの 「山」の枕詞。◇山菅 ヤブランの古名。ヤブランはユリ科の多年草で、晩夏から初秋頃、淡紫色の花穂をつける。

【補記】「山菅の」までが同音から「やまず」を導く序詞。拾遺集に初見の歌であるが、万葉歌を思わせる素朴な味わいがある。

【参考歌】柿本人麿「古今和歌六帖」
夏野ゆく牡鹿の角のつかのまも見ねば恋しき君にもあるかな
  作者未詳「古今和歌六帖」
しるしなきものならなくに足柄の山の山菅やまず恋しき

【主な派生歌】
あしひきの山の山鳥やまずのみしげき我が恋ましてくるしも([松浦宮物語])

 

逢ふことはかたわれ月の雲隠れおぼろげにやは人の恋しき(拾遺784)

【通釈】逢うことは難(かた)い――かたわれ月が雲に隠れ、朧ろに見えるように、おぼろげな気持であの人を恋しているのではないのに。

【語釈】◇かたわれ月 片割れ月。半月。「(逢ふ事は)難し」の意を掛ける。

【補記】月に寄せて、逢い難い人への朧気ならぬ思いを歌う。月に寄せた恋歌、「寄月恋」は万葉集から既に見えるテーマで、和歌史を通じて詠み継がれてゆく。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十
秋の夜の月かも君は雲隠れしましも見ねばここだ恋しき

【主な派生歌】
五月雨のたそかれ時の月かげのおぼろけにやはわれ人を待つ(*凡河内躬恒[玉葉])
逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろけにやはあはれとも思ふ(*村上天皇[新古今])
月見てもおぼろけにやはなぐさまむ霞のうちの更科の里(藤原為家)

 

たらちねの親のいさめしうたた寝は物思ふ時のわざにぞありける(拾遺897)

【通釈】親がやめるようにと言った転た寝は、今にして思えば恋に思い悩んでいる時の所業なのであった。

【語釈】◇たらちねの 「親」の枕詞。

【補記】夜間、恋に悩んで寝られないので、日中に転た寝をしてしまうのである。それゆえ転た寝を「物思ふ時のわざ」と言う。転た寝を親に見咎められるといった、卑近な日常に即して恋の思いを詠むのは、古今集には見られなかった態度である。

【他出】古今和歌六帖、拾遺抄、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
たらちねのいさめしものをつくづくとながむるをだに問ふ人もなし(*和泉式部[新古今])
今はただ親のいさめしうたた寝の夢路にだにも逢ひみてしがな(殷富門院大輔[新千載])
あはれにぞ亡き面影もかよひける親のいさめしうたた寝の夢(花山院長親[新葉])
ともすれば親のいさめしうたた寝の袖とふ月に涙落ちつつ(下冷泉持為)
うたた寝の夢ばかりだに知らすなよ親のいさめし人もたがへじ(正徹)

 

世の中の憂きも辛きも忍ぶれば思ひ知らずと人や見るらむ(拾遺933)

【通釈】恋人との仲の厭なことも辛いことも堪え忍んでいると、私のことを情けを知らぬ者と人は見るだろうか。

【語釈】◇世の中 男女の仲。◇思ひ知らず 無情な人。物の情趣を知らない人。

【補記】自分は必死で平然とした態度を装っているのに、それを情け知らずと見られてしまうことを憂える。「人」は世間の人も含もうが、やはり誰より恋する相手が中心にある。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

【主な派生歌】
恋しきに憂きも辛きも忘られて心なき身に成りにけるかな(藤原俊成)
あはれなり憂きも辛きも聞きながら耐へ忍びける人の心は(後嵯峨院)

 

ひたぶるに死なば何かはさもあらばあれ生きてかひなき物思ふ身は(拾遺934)

【通釈】一途に恋した挙句、死んでしまうなら、何だというのか。それはそれでよい、生きていても甲斐のない、恋に思い悩む我が身は。

【語釈】◇死なば何かは 死んだなら、何だというのか。それでも構わない、という投げやりな気持。

【補記】『小大君集』には男から贈られた歌として見える。小大君の恋人であった男の歌か。

【主な派生歌】
恋ひ死なむのちのうき世は知らねども生きてかひなき物は思はじ(藤原隆信[新勅撰])

 

東路(あづまぢ)の道のはてなる常陸帯(ひたちおび)のかごとばかりも逢はむとぞ思ふ(新古1052)

【通釈】東国への道の果てにある常陸の国の常陸帯――その帯のホ具(かこ)ではないが、かごとばかりも――ほんの少しでも逢いたいと思うのだ。

【語釈】◇常陸帯 常陸国鹿島神宮の正月の祭における縁結びの占いに用いられた帯。思う相手の名を書き、神意を問うた。◇かごとばかりも ほんの少しでも。帯を留める道具「かこ」の意を掛ける。

【補記】エキゾチックな東国の風俗に寄せて、恋人に逢いたい思いを歌う。勅撰集では新古今に初出であるが、『古今和歌六帖』に見えるので、後撰集の頃より以前の時代の歌である。

【他出】古今和歌六帖、俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、和歌童蒙抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生歌】
越えばやな東路と聞く常陸帯のかごとばかりの相坂の関(郁芳門院安藝[新勅撰])
めぐりあはむ契りも知らぬ常陸帯のひた道にのみ恋ひやわたらむ(藤原家隆)
常陸帯のかごともいとどまとはれて恋こそ道の果てなかりけれ(藤原定家)
命あらばめぐりあひなむ常陸帯の結びそめてし契り朽ちずは(後鳥羽院)

 

恋ひ死ねとするわざならしむばたまの夜はすがらに夢に見えつつ(古今526)

【通釈】恋しさに死ねというつもりですることであるらしい。夜はずっと夢にあの人が見え続けて――。

【語釈】◇むばたまの 「夜」の枕詞。

【補記】夢に恋人が現れ続けることを、自身の心ゆえのことでなく、相手の心ゆえのこととし、それはつまり自分に「恋い死ね」と言っているのと同じだとして恨む心。

【他出】古今和歌六帖、綺語抄、定家八代抄

【主な派生歌】
恋ひ死ねとするわざしるきつれなさにまさりて憂きは命なりけり(源兼氏[新千載])
風さむみするわざならし長月の夜はすがらに衣うつ声(二条為道[続後拾遺])
たのめつつ来ぬ夜のとこに恋ひ死ねとするわざならし君がつれなさ(後二条院)
恋ひ死ねとするわざならば夢よりもうつつに一目見ゆべきものを(宗良親王家京極[新葉])

 

涙川枕ながるるうき寝には夢もさだかに見えずぞありける(古今527)

【通釈】涙の川に枕も流れるほどの浮寝にあっては、夢もはっきりとは見えないのだった。

【語釈】◇涙川 絶えず流れ続ける涙を川に喩えて言う。◇うき寝 「浮寝」は水の上に浮かんで寝ること。「憂き寝」の意が掛かる。

【補記】流れやまない涙を「涙川」と言うことから、枕も流れたと誇張し、不安にさいなまれる独り寝にあって恋人の夢も確とは見られないことを嘆く。「夢も」と言うのは、もとより現実においても逢うこと難い相手であることを示している。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、色葉和難集

【参考歌】駿河采女「万葉集」巻四
しきたへの枕ゆくくる涙にぞ浮寝をしける恋の繁きに

【主な派生歌】
しきたへの枕ながるる床の上にせきとめがたく人ぞ恋しき(藤原定家)
花の香のかすめる月にあくがれて夢もさだかに見えぬ頃かな(*藤原定家[続後拾遺])
唐衣かへすたのみもなみだ川枕ながるる夜半ぞかなしき(九条隆博[新千載])
しきたへの枕ながるる涙川身をはやながら見る夢ぞなき(源有長[新千載])
をし鳥の床もさだめぬうき寝して枕ながるる冬の池水(頓阿)

 

いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり(古今546)

【通釈】いつだって恋しくない時はないけれども、ことに秋の夕べは不思議なほど恋しくなるのだった。

【補記】下記万葉歌の影響が顕著であるが、秋という季節を指定していることには、漢文学からの影響の浸透が窺える。

【他出】小町集、定家八代抄

【参考】「白氏文集」巻十四、「和漢朗詠集」
大抵四時心総苦。就中腸断是秋天(おほむね四時は心すべてねんごろなり。このうち腸の断ゆることはこれ秋の天なり)
  「万葉集」巻十(人麻呂之歌集出)
いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋はすべなし

【主な派生歌】
秋の日のあやしきほどの夕暮に荻吹く風の音ぞ聞こゆる(*徽子女王)
そのこととさしておもはぬ袖の上もげにあやしきは秋の夕暮(二条院讃岐)
草葉だに露おきあへぬ夕暮の袖にあやしき秋の初風(伏見院)
限りなき袖の涙もあやしきは浮世のうへの秋の夕暮(肖柏)

 

秋の田の穂のうへを照らす稲妻の光のまにも我や忘るる(古今548)

【通釈】秋の田の稲穂の上を照らす稲妻の光――その光のように僅かな間でも、私はあなたを忘れたりしようか。

【補記】第四句「光の」までは、短い間を意味する比喩。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
いとかくてやみぬるよりは稲妻の光のまにも君を見てしか(*大輔[後撰])
稲妻の光のまにも鳴神の声にとくらむ法をきかばや(源俊頼)
入るまでに月はながめつ稲妻のひかりの間にも物思ふ身の(*藤原家隆)

 

あは雪のたまればかてに砕けつつ我が物思ひのしげき頃かな(古今550)

【通釈】淡雪が枝に積もると堪えきれずに砕けては落ちる――そのように、私の心も砕けるばかりに物思いが頻りとされる頃であるよ。

【語釈】◇たまればかてに 枝に積もると、その重さに耐えられずに。「かて」は耐える意の動詞「かつ」の未然形、「に」は打消の助動詞「ず」の連用形。

【補記】恋の辛さを訴える歌。初二句は「砕けつつ」の序詞と一応は取れる。第三句で、雪が砕ける意から、心が砕ける(あれこれ思い煩う)意に転じているのである。しかし淡雪が砕け落ちる実景を見て、それを自身の心情に重ねて詠んだようにも見える。いずれにしても初二句のイメージが常套的な下句に陰翳をつけている。

【他出】綺語抄、定家八代抄、歌林良材

【主な派生歌】
夕されば野もせにすがく白露のたまればかてに秋風ぞ吹く(藤原有家[玉葉])
難波潟みぎはの雪は跡もなしたまればかてに波やかくらむ(惟宗忠貞[風雅])

 

恋しきにわびてたましひ(まど)ひなば空しきからの名にやのこらむ(古今571)

【通釈】恋しさに嘆き苦しみ、魂が体から迷い出てしまったなら、抜けがらになったという私のむなしい評判ばかりが残るのだろうか。

【語釈】◇空しきから 亡骸。魂の抜けた身体。「からの」は次句の「名」に掛かって「空の名」(むなしい評判)の意にもなる。◇名 恋ゆえ死んだとの評判。

【補記】寛平四年(892)頃の寛平御時后宮歌合に見える歌。

【他出】新撰万葉集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
うつせみはむなしきからも残りけりきえて跡なき朝がほの露(二条為定)
恋ひしなばむなしきからを枕よりあとよりたれか哀ともみむ(正徹)

 

よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君が影となりにき(古今619)

【通釈】あなたに逢うよすがもなく、我が身を遠く隔ててしまってはおりますが、私の心は既にあなたの影となって寄り添っているのです。

【語釈】◇こそ…つれ 逆接。

【補記】恋をすると身体はやつれ、また魂はしばしば遊離して生命力を衰えさせる。そのような状態を「影となる」と言ったが(【参考歌】)、おのれの心は常に恋人のもとに寄り添っているので、その「影」というのは他ならぬあなたの影であると、恋人に対して訴えたのである。魂の半身としての「影」、存在の薄いものの比喩としての「影」、物体の「影」、一つの語に三つの意味合いが籠められている。

【他出】業平集、定家八代抄、歌林良材

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
恋すればわが身は影となりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ

【主な派生歌】
曇り日の影としなれる我なれば目にこそ見えね身をばはなれず(*下野雄宗[古今])

 

しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき(古今637)

【通釈】暁の空がほのぼのと明るくなってゆくと、私たちのそれぞれが衣を着て別れる時であるとは、悲しいことだ。

【語釈】◇おのがきぬぎぬ 脱いだ衣を重ねて共寝していた二人が、それぞれの衣を着て別れること。

【補記】明けゆく空と、別れゆく恋人たち。上句の景から下句の情へ、暗転が印象深い。

【他出】綺語抄、奥義抄、袖中抄、宝物集、和歌色葉、色葉和難集

【主な派生歌】
いまはとやおのがきぬぎぬ急ぐらんひとり片敷くしののめの月(藤原家隆)
いまはとておのがきぬぎぬ立ちわかれ鳥の音送るしののめの道(覚助法親王[続千載])

業平の朝臣の伊勢の国にまかりたりける時、斎宮なりける人にいと(ひそ)かに逢ひて、又の(あした)に、人遣るすべなくて、思ひをりけるあひだに、女のもとよりおこせたりける

君や()し我や行きけむ思ほえず夢かうつつか寝てか覚めてか(古今645)

【通釈】あなたが逢いに来られたのか、私が逢いに行ったのか、覚えていません。夢だったのか現実だったのか、寝ていたのか醒めていたのか。

【語釈】◇思ほえず 初二句、第四句、第五句について言う。貴方が逢いに来たのか私が行ったのか、夢だったのか現実だったのか、寝ていたのか目覚めていたのか、いずれも判断がつかない、ということ。

【補記】在原業平が伊勢に下った時、伊勢斎宮であった女性と密会し、翌朝、人を使いに遣る手だてがなく悩んでいたところ、斎宮の方から寄越したという歌。伊勢物語六十九段はこの斎宮を惟喬親王の妹(恬子内親王)とする。業平の返歌は「かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは世人さだめよ」。

【他出】業平集、伊勢物語、古今和歌六帖、俊頼髄脳、袖中抄、歌林良材

【主な派生歌】
たれとかは夢うつつをもさだむべき君や来しとも問ふ人はなし(藤原隆信)
世の中のうつつの闇に見る夢のおどろく程は寝てか覚めてか(慈円[新拾遺])
見てもまた我やゆきけむとばかりに今朝恋ひわたる夢の浮橋(西園寺公経[続後撰])
聞きつるは夢かうつつか時鳥寝てか覚めてか夜の一声(他阿)
袖ぬれて旅寝の夢に君や来し我や行きけん月ぞやどれる(正徹)
花の夢さむる青葉のうつつ知る我さへにまた寝てか覚めてか(木下長嘯子)

 

むば玉の闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり(古今647)

【通釈】闇の中での現実の情事は、くっきりとした夢に何ほどもまさっていないのだった。

【語釈】◇むば玉の 「闇」の枕詞◇闇のうつつ 闇の中での実際の情事。

【補記】恋人と情事を遂げた後、夢との対比において、現実の逢瀬のはかなさを嘆いた歌。暗闇の中でのおぼつかない情事は、かえって鮮明に恋人の姿が見られた夢に劣ると言って、現実と夢についての常識的な見方を転倒させている。

【他出】古今和歌六帖、金玉集、深窓秘抄、袖中抄、定家八代抄

【主な派生歌】
梅の花よるは夢にも見てしがな闇のうつつのにほふばかりに(*平忠度)
つかのまの闇のうつつもまだ知らぬ夢より夢にまよひぬるかな(*式子内親王)
あぢきなくなにと身にそふ面影ぞそれとも見えぬ闇のうつつに(藤原定家)
いつはりの誰が面影か身にそはむ夢にまさらぬ闇のうつつに(〃)
さだかなる夢も昔とむばたまの闇のうつつににほふ橘(飛鳥井雅経)
見るとなき闇のうつつにあくがれてうちぬるなかの夢やたえなむ(藤原道家[新勅撰])
あかざりし闇のうつつをかぎりにて又も見ざらむ夢ぞはかなき(*安嘉門院四条[風雅])
さだかにも浮世の夢をさとらずは闇のうつつになほや迷はむ(澄覚[続古今])
いかにせむ闇のうつつを厭ひても夢にまさらぬ短か夜の月(宗尊親王)
野も山もさだかに見えてむば玉の闇のうつつにふれる白雪(*頓阿)
夢にだに逢ひ見ぬ中を後のよの闇のうつつにまたやしたはむ(*慶運)
夢も見じ憂き人づての一言に闇のうつつは寝て明かせども(正徹)
むば玉の闇のうつつに見ても知れ夢にぞ書きし烏羽の文(〃)
見し夢を闇のうつつになすものは今朝手枕にのこるうつり香(木下長嘯子)
春の夜の夢の枕をとひすてて闇のうつつに帰る雁がね(小沢蘆庵)

 

名取川瀬々の埋れ木あらはればいかにせむとか逢ひ見そめけむ(古今650)

【通釈】名取川で水の流れに埋れている木が現れるように、隠している恋が露わになったらどうするつもりで、あの時逢い始めたのだろう。

【語釈】名取川◇ 陸奥国の歌枕。名取市で太平洋に注ぐ。「名を取る」(恋の評判を得る)意を掛ける。◇埋れ木 水中や土中に永く埋もれていて、変わり果ててしまった木。この歌では秘めた恋の暗喩。◇あらはれば 露顕してしまったら。

【補記】「評判を取る」という意を含み持つ歌枕「名取川」に寄せて、祕めた恋が世間に知られることを憂い、相手と関係を持ち始めた当時の心を顧みている。「埋れ木」までは「あらはれば」の序詞であるが、非日常的な具象物の出現が、露見を恐れる心情に迫真性を与えている。

【他出】古今和歌六帖、五代集歌枕、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌、八代集秀逸、色葉和難集、歌枕名寄、井蛙抄、歌林良材

【主な派生歌】
ありとても逢はぬためしの名取川くちだにはてね瀬々の埋れ木(*寂蓮[新古今])
名取川いかにせんともまだしらず思へば人をうらみけるかな(藤原定家)
名取川春のひかずはあらはれて花にぞしづむ瀬々の埋れ木(藤原定家[続後撰])
名取川わたればつらし朽ちはつる袖のためしの瀬々の埋れ木(藤原定家)
せきわびぬ今はたおなじ名取川あらはれはてぬ瀬々の埋れ木(藤原定家)
嘆かずよ今はたおなじ名取川瀬々の埋れ木くちはてぬとも(藤原良経[新古今])
あらはれて悔しきものは名取川たえける中の瀬々の埋れ木(二条為子[新千載])

 

風吹けば波うつ岸の松なれやねにあらはれて泣きぬべらなり(古今671)

この歌は、ある人のいはく、柿本人麿がなり。

【通釈】風が吹くと波が打ち寄せる岸の松なのだろうか。その松の根が顕れるように、私は音(ね)に立ててあらわに泣いてしまいそうなのだ。

【語釈】◇松なれや 松だろうか。この「や」は自らに問いかける疑問を表わす終助詞。◇ねにあらはれて 「ね」は「根」「音」の掛詞。「あらはれて」は「顕れて」であるが、「洗はれて」との掛詞とする説もある。

【補記】上三句は「ねにあらはれて」を言い起こす一種の序詞。「音にあらはれて」ということを言いたいために、波が引いて根が現れる岸辺の松を引き合いに出したのである。

【他出】人丸集、古今和歌六帖(作者「人丸」)、万葉集時代難事、定家八代抄

【主な派生歌】
寄る波もたかしの浜の松風のねにあらはれて君が名も惜し(式子内親王)
浦風やとはに波こす浜松のねにあらはれてなく千鳥かな(藤原定家[続後撰])
風吹けば波うつ岸の岩なれやかたくもあるか人のこころの(源実朝)
住吉の波うつ岸の草なれや人目わすれて濡るる袂は(源兼氏[続千載])

 

逢ふことは玉の緒ばかり名のたつは吉野の川のたぎつ瀬のごと(古今673)

【通釈】逢瀬の時間は、玉と玉をつなぐ紐ほどのはかなさ。対して評判の立つことと言ったら、吉野川の激流の如くやかましい。

【語釈】◇玉の緒ばかり 短いことの譬え。万葉集から見える成語。◇名のたつ 恋の評判が立つ。

【補記】はかない逢瀬が招いた、五月蝿いばかりの世間の評判。「玉の緒」と「吉野の川のたぎつ瀬」という著しい事物を比喩に借りて、原因の些細さと結果の過大さを強調して対比させた。こうした対比は謡い物によくあるパターン。下記万葉歌(駿河国歌)の改変と思われるが、原歌にまさってはいない。

【他出】古今和歌六帖、五代集歌枕、伊勢物語、定家八代抄、歌枕名寄、歌林良材

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十四
さぬらくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと
  藤原興風「古今集」
死ぬる命生きもやすると心みに玉の緒ばかり逢はむと言はなむ
  「伊勢物語」第三十段
逢ふことは玉の緒ばかり思ほえてつらき心の長く見ゆらむ

【主な派生歌】
たぎつ瀬と名のながるれば玉の緒の逢ひ見しほどを比べつるかな(*伊勢[古今])
五月雨に吉野の川のいかならむいづくも今は滝つ瀬のごと(宗尊親王)

 

陸奥(みちのく)のあさかの沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ(古今677)

【通釈】陸奥の安積の沼の花かつみではないが、かつ見る――逢っていながらも、心は陸奥の国のように遥かに隔たっている人に恋し続けるのだろうか。

【語釈】◇あさかの沼 福島県郡山市の安積山公園辺りにあったという沼。◇花かつみ マコモ、アヤメ、ハナショウブなど諸説ある。この句までは「かつ見」を導く序詞。◇かつ見る人 一方では逢っているが、一方では恋しく思っている人。

【補記】古今集巻十四、恋四の巻頭。逢い見て後の恋心を詠む。第三句までは「花かつみ」から同音の「かつ見る」を言い起こす序であるが、「かつ見る」は相手の恋人の心理的な遠さを暗示するため、遥かな陸奥の花のイメージは一首の主意と内容的にも響き合っている。

【他出】五代集歌枕、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、井蛙抄

【参考歌】中臣女郎「万葉集」巻四
をみなへし咲沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも

【主な派生歌】
憂しつらしあさかの沼の草の名よかりにも深きえには結ばで(藤原定家)
浅ましやあさかの沼の花かつみかつみなれても袖はぬれけり(式子内親王)
夏はまたあさかの沼の花かつみかつみる色にうつる恋かな(藤原家隆)
ささ分けしあさかの沼の花かつみかつみる夢のあくるほどなさ(後鳥羽院)
花かつみかつみても猶たのまれずあさかの沼のあさき心は(小倉公雄[続千載])

 

さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫(古今689)

又は、うぢのたまひめ。

【通釈】冷たい筵に衣の片方だけを敷いて、今夜も私を待っているのだろうか、宇治の橋姫は。

【語釈】◇さむしろ 敷物。「さ」は接頭語(「狭い」の意とする説もある)。「さむ」に「寒」の意が響く。◇衣かたしき 衣の片方だけを敷いて。同衾の際は互いの衣を重ねる風習があったので、「かたしき」は独り寝を表わす。◇宇治の橋姫 宇治橋を守る姫神かという。「宇治の橋姫とは姫大明神とて、宇治の橋の下におはする神也。其の御許へ宇治橋の北におはする離宮と申す神、夜ごとに通ひ給ふとて、暁ごとにおびただしく波のたつ音のするとなん、彼の辺に侍りし土民等申し侍りし」(『顕註密勘抄』)。宇治に住む恋人を戯れに橋姫と呼んだとする説もある。

【補記】古今集では、通い婚(男と女が同居しない結婚の形態)をめぐって恋心を詠む歌群の冒頭に位置する。男の立場で、自分を待つ女を想像した歌であるが、床に臥しながら待つ女の姿態が彷彿とし、女の思いも、その女を思いやる男の情も深いことが感じられる。「宇治の橋姫」は宇治に住む女の愛称と取ってもよいし、いにしえの神の恋物語を想い浮かべて読むのも一興であろう。

【他出】古今和歌六帖、綺語抄、奥義抄、和歌初学抄、袖中抄、和歌色葉、古来風躰抄、定家十体(麗様)、定家八代抄、近代秀歌、色葉和難集、歌枕名寄、三五記、井蛙抄、歌林良材

【主な派生歌】
網代木にいざよふ波の音ふけてひとりや寝ぬる宇治の橋姫(慈円[新古今])
かたしきの袖をや霜にかさぬらむ月に夜がるる宇治の橋姫(幸清[新古今])
さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫(*藤原定家[新古今])
をちかたやはるけき道に雪つもり待つ夜かさなる宇治の橋姫(藤原定家)
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む(*藤原良経[新古今])
かたしきの袖になれぬる月かげの秋もいくよぞ宇治の橋姫(俊成女[玉葉])
橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治の明けぼの(*後鳥羽院[新古今])
かたしきの袖の涙に見る月はかすむもしらじ宇治の橋姫(頓阿)
明けばまた思ひの色や染めまさむ木の葉かた敷く宇治の橋姫(正徹)

 

君や来む我や行かむのいさよひに(まき)の板戸もささず寝にけり(古今690)

【通釈】あなたが来るだろうか、私が行こうか、そんなためらいのうちに、槙の板戸も閉ざさずに寝てしまった。

【語釈】◇槙の板戸 杉檜などの板で作った粗末な戸。◇いさよひ ためらい。行くことを躊躇してぐずぐずしていること。中世以後「いざよひ」と濁音化する。

【補記】当時は男が女の家に通うのが普通だったので、ことさら「我や行かむ」と言うのは、相手の来訪を待ちきれない女の思いである。結局話手の女は出掛けずに寝てしまうのであるが、「槙の板戸もささず」と言うのは諦め切れなかったことを示しており、哀れな余情を添える。

【他出】奥義抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生歌】
おほぞらの月のひかりしあかければ槙の板戸も秋はさされず(源為善[後拾遺])
梅が香の夜床にほはすうれしくぞ槙の板戸もささず寝にける(藤原教長)
しのびあへず我や行かむのいざよひに昔語りの夕暮の空(*源通光)
冬や来む秋や行かむのいざよひに我が衣手もうち時雨れつつ(順徳院)
槙の戸をささで寝る夜の手枕に梅が香ながら月ぞうつれる(*頓阿)

 

月夜よし夜よしと人に告げやらば()こてふに似たり待たずしもあらず(古今692)

【通釈】月夜が美しい、今宵は素晴らしいとあの人に知らせてやったなら、来て下さいと言うようなもの。でも私は待っていないわけでもない。

【語釈】◇来てふに似たり 来いと言うのに似ている。「来(こ)」は「来(く)」の命令形「来よ」の古形。

【補記】これも待つ女の立場で詠まれた歌と見るのが王朝和歌の常識。月夜の美しさに触発され、男に逢いたくて堪え切れぬ思いでいるのであるが、自分の方から告げることを躊躇させるのは、男に弱みを握られたくない女心である。万葉集巻六によく似た歌があり(参考歌)、おそらく改作と思われるが、「月夜よし夜よし」の歌い出しの調べの良さと言い、「待たずしもあらず」の結句の余情と言い、古今集の歌の方が遥かにすぐれている。

【他出】古今和歌六帖、今鏡、定家八代抄、色葉和難集、悦目抄、歌林良材

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻六
我が屋戸の梅咲きたりと告げやらば来てふに似たり散りぬともよし

【主な派生歌】
ながめても誰をか待たむ月夜よし夜よしと告げむ人しなければ(小侍従[玉葉])
月夜よし夜よしと誰に告げやらむ花あたらしき春の故郷(後鳥羽院)
月残る弥生の山の霞む夜を夜よしと告げよ待たずしもあらず(〃)
夜よしとも人には告げじ春の月梅咲く宿は風にまかせて(西園寺実兼[玉葉])
雲はれて山の端いづる月夜よし夜よしと今し誰か見ざらむ(正親町公蔭)
咲きにほふ花の春日の影もよし夜よしと言ひし月は霞みて(正徹)
一声は待たずしもあらず月影に夜よしとつぐる時鳥かな(〃)
難波潟あけぬ湊を月夜よし夜よしと出づる春の舟人(木下長嘯子)
この里の卯花月夜よよしとは告げぬ垣根も人ぞとひくる(本居宣長)
山里にひとりも月を見つるかな夜よしと待たむ人もなければ(蓮月)
山寺の鐘はしじまに鳴りななむ夜よしとうたふ月のこの頃(千種有功)

 

宮木野のもとあらの小萩露をおもみ風を待つごと君をこそ待て(古今694)

【通釈】宮城野の本あらの小萩は、露が重いので、吹き飛ばしてくれる風を待つ。――そのように、私は心を晴らしてくれる貴方を待っているのです。

【語釈】◇宮木野 宮城野とも。陸奥国の歌枕。今の仙台市東方。古来萩の名所。◇もとあらの小萩 粗く(まばらに)生えている萩。◇露をおもみ 露が重いので。「露」に涙を暗示し、「おもみ」に憔悴しうなだれている様を暗示する。◇風を待つごと… 萩が露を吹き飛ばしてくれる風を待つように、私は心を晴らしてくれる貴方を待つ。

【補記】第四句までが「君を待つ」心の比喩。陸奥の歌枕の萩に寄せて、萩の枝が露の重みにしなうように、恋の涙に屈している心を訴え、その悩みを解消してくれる恋人の訪問を風に例えて待望している。

【他出】古今和歌六帖、綺語抄、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
ぬれぬれも明けばまづ見む宮城野のもとあらの小萩しをれしぬらむ(藤原長能[金葉])
風つらきもとあらの小萩袖に見て更けゆく夜はにおもる白露(藤原定家)
里は荒れて時ぞともなき庭の面ももとあらの小萩秋は見えけり(〃)
故郷のもとあらの小萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ(*藤原良経[新古今])
宮木野の木の下露に色かはるもとあらの小萩秋ぞ深けぬる(後鳥羽院)

 

あな恋し今も見てしか山がつの垣ほに咲ける大和撫子(古今695)

【通釈】ああ恋しい。今すぐにも逢いたいものだ。山に住む人の垣根に咲いている、大和撫子のように可憐な娘に。

撫子の花
大和撫子

【語釈】◇見てしか 見たいものだ。「てしか」は、動詞に付いて実現しづらい願望をあらわす連語。「か」は上古は静音、その後濁って「てしが」と発音された。◇大和撫子(やまとなでしこ) ナデシコ科の多年草。カワラナデシコとも。夏から秋にかけて淡紅色の花をつける。おのずから「撫でし子」の意が掛かる。

【補記】「山がつの垣ほに咲ける大和撫子」に身分違いの恋人を例えたのであろう。撫子の花はすでに万葉集で「我がやどに蒔きし撫子いつしかも花に咲きなむなそへつつ見む」(巻三、大伴家持)など、愛らしい少女になぞらえて詠まれた。粗末な垣根にひっそりと咲く野生の花が、素朴で可憐な娘を髣髴とさせる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、綺語抄、和歌童蒙抄、和泉式部日記、定家八代抄

【主な派生歌】
山がつの垣ほに咲ける撫子の花の心を知る人のなさ(源実朝)
山がつの垣ほに咲ける花までも心にかかる夕顔の露(宇都宮景綱)
散らぬまに今も見てしが高円の野の上に咲ける大和撫子(宗尊親王)

「月をあはれといふは忌むなり」と言ふ人のありければ

ひとり寝のわびしきままに起きゐつつ月をあはれと()みぞかねつる(後撰684)

【通釈】独り寝が辛いゆえに、起きて座ったまま月を眺めていると、しみじみと見とれてしまって、忌むこともできなかった。

【補記】ある人から「月を『あはれ』と言うのは忌むことだそうだ」と言われて作ったという歌。竹取物語にも「月の顔見るは忌むこと」とあり、思いを籠めて月に対面することを禁忌とするならわしがあったか。

【他出】小町集、定家八代抄

【参考歌】紀貫之「拾遺集」
来ぬ人をしたに待ちつつ久方の月をあはれと言はぬ夜ぞなき

【主な派生歌】
たれゆゑぞ月をあはれと言ひかねて鳥のねおそきさよの手枕(藤原定家)

 

(あま)の戸をおしあけがたの月見れば憂き人しもぞ恋しかりける(新古1260)

【通釈】天の戸を押し開けて夜が明ける――明け方の月を見ると、つれない人が恋しくてならないのだった。

【語釈】◇天の戸 これを開けると夜が明けると考えられた天上の扉。記紀神話に天照大神が籠ったという天の岩屋の戸を踏まえる。「天の戸を押し」までが「あけがた」の序。

【補記】明け方まで男を待ち続け、有明の月に恋人の面影をなお偲ぶ。下句が同一の歌が古今和歌六帖に見える(参考歌)が、新古今集が何を典拠にこの歌を採ったかは不明。

【他出】源氏釈、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、色葉和難集

【参考歌】壬生忠岑「古今集」
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
  作者未詳「古今和歌六帖」
君をのみ起き伏し待ちの月見れば憂き人しもぞ恋しかりける

【主な派生歌】
松の戸をおしあけがたの山風に雲もかからぬ月を見るかな(藤原家隆[新勅撰])
天の戸をおしあけがたの雲間より神よの月の影ぞ残れる(藤原良経[新古今])
天の戸をおしあけ方の冬の月氷はおのが光なりけり(後鳥羽院)
やすらひに出でにしままの天の戸をおしあけ方の月にまかせて(俊成女)
芦の屋の灘のしほやの天の戸をおしあけ方ぞ春はさびしき(順徳院)
槙の戸をおしあけ方の梅が香に憂き春風や夢さそふらむ(*足利義尚)

 

天の原ふみとどろかしなる神も思ふ中をばさくるものかは(古今701)

【通釈】天の原を踏み轟かして鳴り響く雷神も、思い合う私たちの仲を引き離すことなどできようか。

【語釈】◇さくるものかは 「さくる」は下二段動詞「離(さ)く」の連体形。「裂くる」と解する注釈書があるが、「仲を裂く」と言う場合の他動詞「裂く」は四段動詞であって、「裂くる」とは活用しない(「裂くる」と活用する下二段動詞は自動詞である)。但し「裂く」との掛詞(「る」までは掛からない)とする説は文法的に成立する余地がある。「ものかは」は反語。

【補記】恐ろしい力を持つものとして雷を引き合いに出し、それさえ自分たちの仲を引き離せないと言って、恋人との契りの固さを強調した。

【他出】古今和歌六帖、定家八代抄、歌林良材

【参考歌】県犬養命婦(橘三千代)「万葉集」巻十九
天雲をほろに踏みあだし鳴る神も今日にまさりて畏けめやも

【主な派生歌】
あまの原ふみとどろかしなる神の音にはなどかおどろきもせぬ(仏国)
天の川八十瀬もとほくなる神の思ふ中をもさくる夕立(木下長嘯子)

 

梓弓ひき野のつづら末つひに我が思ふ人にことのしげけむ(古今702)

この歌はある人、(あめ)(みかど)、近江の采女に給ひけるとなむ申す

【通釈】引野に生える蔓草は繁茂して伸びてゆくが、そんなようにあの人に寄せる私の想いもどんどん増さっていって、最後には他人に知られてしまい、うるさい噂が立ってしまうだろう。

【語釈】◇梓弓(あづさゆみ) 弓を「引く」から地名「引野」を導く。◇ひき野 不詳。今の大阪府堺市引野町かともいうが、左注からすると近江国関係の地名か。◇末つひに 最後にはとうとう。「末」は「弓」の縁語。◇ことのしげけむ 他人の噂話がうるさいだろう。「繁けむ」は「つづら」の縁語。

【補記】左注によれば、天皇が近江の采女に賜った歌。『袋草紙』などにこの「天の帝」を天智天皇とする伝承があったらしい。

【他出】古今和歌六帖、五代集歌枕、万葉集時代難事、袖中抄、定家八代抄、色葉和難集、新時代不同歌合、歌枕名寄

【主な派生歌】
誰がかたに心よるともあづさ弓ひき野のつづらくるよありせば(土御門院小宰相[続後拾遺])
梓弓ひき野のつづら絶え絶えにくる人たのむ末もはかなし(源有長[続後拾遺])

 

夏びきの手びきの糸をくりかへしことしげくとも絶えむと思ふな(古今703)

この歌は返しによみて奉りけるとなむ。

【語釈】◇夏びきの手びきの糸 夏に手で繊維を引き出して紡いだ糸。初二句は三句以下を導く序詞としての働きをする。◇くりかへし 「糸を手繰り出し」の意と、「何度も繰り返し」の意を兼ねる。◇ことしげくとも 噂がうるさくても。◇絶えむと思ふな 私たちの仲が絶えるとは思わないで下さい。「絶え」は糸の縁語。

【補記】仮に前歌の左注を信ずれば、掲出歌は「近江の采女」の作ということになる。恋の評判が立つことを憂慮した男に対し、噂がうるさくても二人の関係を保ちたいと言い返した。

【他出】古今和歌六帖、万葉集時代難事、袖中抄、定家八代抄、僻案抄、色葉和難集

【主な派生歌】
夏びきの手びきの糸の年へてもたえぬ思ひにむすぼほれつつ(越前[新古今])
うちはへていくかかへぬる夏びきの手びきの糸のさみだれの空(源家長[新勅撰])
逢ふまでの契りも待たず夏引の手びきの糸の恋のみだれは(藤原為家[新拾遺])
夏引の手びきの糸のをりからや風もさはらぬ蝉の羽衣(順徳院)
夏引の手びきの糸のうちはへてくるしき恋は夜ぞまされる(後伏見院[続千載])
夏引の手びきの糸の緒をよわみ乱るる玉ととぶ蛍かな(頓阿)
夏草のことしげくとも玉桙の道たがはずは人もまよはじ(足利義詮[新千載])

 

須磨のあまの塩やくけぶり風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今708)

【通釈】須磨の海人が塩を焼く煙――風がひどいので思いもしなかった方へ棚引いたのであった。

【語釈】◇須磨(すま) 摂津国の歌枕。今の兵庫県神戸市須磨区あたり。製塩の地として知られた。◇あま 海人。海辺に住み、海産物によって生計を立てていた人々。◇塩やくけぶり 浜で海藻に海水をかけては焼き、かけては焼きして塩を採った、その時に立つ煙。◇思はぬ方にたなびきにけり 恋人の心が思いもしなかった人の方へ向いてしまったことを暗示する。「たなびく」は雲や煙などが水平方向に薄く長く広がっている状態を言う語。

【補記】古今集恋四、思うに任せぬ恋を嘆く歌群にある。第三句までは万葉集に載る古歌(参考歌)をほぼそのまま借りたものと思われるが、塩焼の煙を恋人の心の喩に、風を他者の誘惑の喩にと転じ、海辺の風物に恋の情趣を浸透させている。一首全体が暗喩をなす歌。

【他出】伊勢物語、古今和歌六帖、定家八代抄、八雲御抄、代集、歌枕名寄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻七(古集中出)
志賀(しか)のあまの塩やく煙風をいたみ立ちはのぼらで山にたなびく

【主な派生歌】
風をいたみ思はぬ方にとまりするあまのを舟もかくやわぶらむ(源景明[拾遺])
風をいたみ春もやけさは船出して思はぬ方にとまりしつらむ(源俊頼)
須磨のあまの塩やく煙春くれば空にかすみの名をや立つらむ(源延光[続後撰])
須磨の浦のあまりにもゆる思ひかな塩やくけぶり人はなびかで(藤原定家)
須磨の浦や潮風さえて春とだに思はぬ方にたつ霞かな(良基)
吹きまよふ磯山松の風をいたみ思はぬ方に立つ霞かな(後花園院)
友千鳥たちゆく須磨の風をいたみ思はぬ方に浦つたふらむ(後水尾院)

 

いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのは嬉しからまし(古今712)

【通釈】偽りというものが、もし男女の間に存在しないのであったなら、どれほどあの人の言葉が嬉しいことだろう。

【語釈】◇世 男女の仲。◇ことのは 言葉。特に和歌や手紙の文を指す。

【補記】当時は能動的に恋文などを贈るのは専ら男の方とされたので、「人のことのは」の真偽をめぐって喜憂するのは女と考えるのが常識であった。掲出歌は、男の言葉に欺かれた経験を持った女が、体のいい男の求愛に疑いを持ち、それでもなお信じたいとの思いを、仮定法を用いて歌い上げている。反実仮想という婉曲な言い方によって、ひとすじの縋るような願望があわれな余情を醸し出す。

【他出】古今和歌六帖、和漢朗詠集、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄、八雲御抄、竹園抄、和歌密書、三五記、悦目抄、和歌無底抄、和歌灌頂次第秘密抄

【主な派生歌】
いかばかり嬉しからまし面影に見ゆるばかりのあふ世なりせば(藤原忠家[後拾遺])
いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむ空に雲なかりせば(西行)
偽りの無き世なりけり神無月誰がまことより時雨そめけむ(藤原定家[続後拾遺])
待つ人とともにぞ見ましいつはりのなき世なりせば山の端の月(*宗尊親王[続古今])
憂かりける人の言の葉なげけとてなど偽りのある世なるらむ(源具氏[新後撰])
さはる事なき世なりせば偽りの幾夜なぐさめしひて待ためや(飛鳥井雅親)
うつりゆく世にしありせばうつせみの人のことのは嬉しげもなし(良寛)

 

いつはりと思ふものから今さらに()がまことをか我はたのまむ(古今713)

【通釈】本心ではないと思うものの、今となっては、あなた以外の誰の真心を私は頼りとしたらよいのだろう。

【補記】前歌と一組とも見える歌。男の言葉を偽りと思いつつ、今やそれを真実と頼むほかない女心。「今更に」の詞から、既に深く契りを交わした相手であることが推し量られる。拾遺集巻十五(恋五)に重出。

【他出】伊勢物語、古今和歌六帖、拾遺集(重出)、定家八代抄、三五記

【主な派生歌】
たがまこと世の偽りのいかならむたのまれぬべき筆の跡かな(藤原定家)
偽りの無き世なりけり神無月誰がまことより時雨そめけむ(藤原定家[続後拾遺])
馴れぬれば頼むるまでもいつはりと思ふものからなほぞ待たるる(飛鳥井雅有)

 

あかでこそ思はむ中は離れなめそをだにのちの忘れがたみに(古今717)

【通釈】飽きが来ないうちに、思い合う二人は別れましょう。せめてそれだけを、後々の恋の忘れ形見にして。

【他出】古今和歌六帖、俊頼髄脳、和歌童蒙抄、定家八代抄、詠歌一体、愚問賢註、井蛙抄、歌林良材

【主な派生歌】
ものごとに忘れがたみの別れにてそをだにのちと暮るる秋かな(藤原定家)

 

忘れなむと思ふ心のつくからにありしよりけにまづぞ恋しき(古今718)

【通釈】忘れてしまおうと思う気持ちが起こる途端に、以前にもましてひどく、まずともかく恋しくなるのだ。

【語釈】◇心のつくからに 決心がつくと同時に。◇ありしよりけに かつてそうであったより以上に。

【補記】別れようと決心した瞬間、以前にも増して恋しさにおそわれる。不実な恋人を思い切れない心が切々と歌われている。伊勢物語二十一段にはよく似た歌「忘るらむと思ふ心のうたがひにありしよりけに物ぞかなしき」がある。これは読人不知として新古今集にも載る。

【他出】俊頼髄脳、定家八代抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生歌】
忘れなむと思ふも物の悲しきをいかさまにしていかさまにせむ([源氏物語])
忘れなむと思ふにつけて焦がるれば恋はけつべきかたも知らずな(上西門院兵衛)
今はただ忘れむと思ふ夕暮をありしよりけに松風ぞ吹く(藤原基家[続拾遺])
忘れむと思ふものから慕ふこそつらさも知らぬ心なりけれ(覚助[続千載])

題しらず

かたみこそ今はあたなれこれなくは忘るる時もあらましものを(古今746)

【通釈】あの人の残した形見こそが今は自分を苦しめる。これがなければ忘れる時もあっただろうに。

【語釈】◇あた 敵。自分を苦しめるもの。害となるもの。

【補記】古今集巻十四恋歌四の巻末。伊勢物語百十九段では「あだなる男の形見」を見て女が詠んだ歌とする。

【他出】小町集、伊勢物語、定家八代抄、平家物語(延慶本)、太平記

【主な派生歌】
かたみこそ今はあたなれとばかりのうき夕暮をのこす秋かな(心敬)
日数こそ今はあたなれ菊花風はちらさず霜のふりはも(松永貞徳)

 

見てもまた又も見まくのほしければなるるを人は厭ふべらなり(古今752)

【通釈】逢ってもまた再び逢いたくなるので、しょっちゅう逢うことを人は嫌うものなのだそうな。

【語釈】◇なるる (恋人と)逢うことが常態となる。着物などが古びてよれよれになることも言い、新鮮味がなくなるといった意味も響く。◇人は厭(いと)ふべらなり 人はいやがるものだそうな。「人」は恋歌では相手の恋人を指すことが多いが、掲出歌では世間一般の人をも指し、また自身をも含んでいよう。助動詞「べらなり」は「必然的にそうなる」という意を表わす。

【補記】逢いたいという願望には切りがなく、逢えば逢うほど、また逢いたくなり、限りのない欲望に苦しむことになる。それで、常に逢うことを敢えて人は避けるのだろうと、恋情の機微に思いを馳せた歌。当時、恋愛に能動的なのは男、受動的なのは女、という常識があったので、その常識に従えば、「見てもまた又も見まくのほしければ」と言うのは男でなければならない。

【他出】奥義抄、定家八代抄

【主な派生歌】
見ても又またも見まくのほしかりし花の盛りは過ぎやしぬらむ(藤原高光[新古今])
厭ふべきものとは知らず見てもまたまたも見まくの秋の夜の月(宗尊親王)
馴れゆくを又も見まくのとばかりは思はじものの厭ひはつらむ(後水尾院)

 

花がたみ目ならぶ人のあまたあれば忘られぬらむ数ならぬ身は(古今754)

【通釈】花籠の網目がびっしり並んでいるように、あの人には目移りするお相手がたくさんいるので、私のように数にも入らない身は忘れられてしまうだろう。

【語釈】◇花がたみ 花籠。編目が詰まっているので、「目ならぶ」の枕詞に用いる。◇目ならぶ 花籠の編目が並ぶ意に、見比べる・目移りする意が重なる。◇数ならぬ身 数えるに足る価値のない身。話し手自身を指す。

【補記】一夫多妻制の世にあっては女の立場で詠んだ歌とみるのが常識。現代では卑屈と非難されてしまいそうであるが、花がたみの比喩が美しく、控えめな恋情をしっとりと歌い上げている。

【他出】古今和歌六帖(作者「とものり」)、俊頼髄脳、定家八代抄、色葉和難集、六華集

【主な派生歌】
つみしらばむくひを思へ花がたみ目ならぶ人はひとりならぬを(慈円)
春の野にすみれつむてふ花がたみ目ならぶ人のあまたむれつつ(藤原為家)
にほはずはしらじな梅の花がたみ目ならぶいろの春のあは雪(*飛鳥井雅顕)
我のみの思ひの色に花がたみ目ならぶ人の数ならずとも(後柏原天皇)
誰か先づ若菜摘むらん花がたみ目ならぶ人の袖のゆききに(細川幽斎)

 

暁のしぎの(はね)がき(もも)()がき君が来ぬ夜は我ぞ数かく(古今761)

【通釈】暁の鴫の羽掻きは数多い――そのように、あなたが来ない夜は、私が多くの数を書くのだ。

【語釈】◇しぎ 鴫。チドリ目シギ科の鳥の総称。細長い嘴に特徴がある。湿原・河口・干潟などに生息する。◇羽(はね)がき 嘴で羽を掻くこと。羽搏きの意とも言う。◇百羽がき 数多く羽掻きをすること。この句までは結句の「かく」を持ち出すための用意であり、「かず」が多いことの譬えにもなっている。◇数かく 物の数をかぞえる時に、しるしとなる線を記す。この歌では悲しみを紛らわせるための所作であり、床に指先で意味もなく線を何本も書くことを言っている。「しきりに溜め息をつく」「何度も寝返りを打つ」などの解もあるが、単に「数かく」と言う表現からそうした解を導き出すのは飛躍がありすぎ、無理である。

【補記】いわゆる閨怨の歌。男が訪れない夜、無聊ゆえに無意味なしぐさを繰り返す自身を描いて、恋人に対する恨みを籠めている。「百羽がき」までは一種の序詞とも言えようが、「我ぞ数かく」と言って自身と鴫とを対比していることから、「百羽がき」は話し手が日頃聞いている音とも取れる。そう思えば、夜ごと寝床で水辺の鳥が立てる音に耳を傾けている女の孤独がひしひしと迫ってくる。

【他出】古今和歌六帖、奥義抄、和歌初学抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、僻案抄、色葉和難集、歌林良材

【主な派生歌】
ももはがき羽かく鴫も我がごとく朝わびしき数はまさらじ(*紀貫之[拾遺])
わびぬれば暁かけてかへりたる鴫の羽がき我ぞ数かく(藤原元真)
旅枕よはのあはれも百はがき鴫たつ野べのあかつきの空(慈円)
まどろまぬ霜おく夜はの百はがき羽かく鴫のくだけてぞ鳴く(藤原定家)
はかなしやさても幾夜かゆく水に数かきわぶる鴛鴦のひとり寝(飛鳥井雅経[新古今])

 

恋ふれども逢ふ夜のなきは忘れ草夢路にさへや()ひしげるらむ(古今766)

【通釈】恋しく思ってもあの人と逢う夜がないのは、忘れ草が夢路にまでも生い茂っているからなのだろうか。

忘れ草(ノカンゾウ)
忘れ草(ノカンゾウ)

【語釈】◇忘れ草 ユリ科の萱草(かんぞう)のこと。ヤブカンゾウ・ノカンゾウなど幾種類かある。夏、百合に似た橙色の花を咲かせる。若葉は美味で食され、根は生薬となる。万葉集の大伴旅人の歌に「忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため」とあるように、身につけると憂いを忘れる草とされた。掲出歌では「恋を忘れる草」の意で用いる。◇夢路(ゆめぢ) 夢の中で辿る道。

【補記】夢でも恋人に逢えない理由を探り、夢路にまで忘れ草が繁って、恋人が自分を忘れてしまうせいだろうと思い巡らした。

【他出】後撰集(重出)、定家八代抄

【主な派生歌】
忘れ草露ふかき夜の夢路にやかよへる袖のひるよしもなし(順徳院)

あはれとも憂しとも物を思ふ時などか涙のいとながるらむ(古今805)

【通釈】嬉しいとも、辛いとも、物を思う時にはどうして涙がこうひどく、絶え間なく流れるのだろう。

【語釈】◇いとながる 「甚(いと)流る」に、「暇(休む間)が無い」という意味の形容詞「いとなし」の連体形「いとなかる」を言い掛けている。

【補記】「あはれ」と「憂し」は恋歌においてしばしば対立的に捉えられ、前者は恋人と心が通い合った時などの喜ばしい感情、後者は心がすれ違った時などの辛く悲しい感情を言う。いずれの時も流れる涙に、自身の心の不思議を思い巡らしている。

【他出】奥義抄、歌林良材

【主な派生歌】
ゆく人もかへるも見ゆる淀川は波の心もいとなかるらむ(藤原清正)
あはれとも憂しとも思ふ藤の花などかしづえに我をなしけむ(藤原俊成)
あはれとも憂しとも聞きつほととぎす汝が鳴くころは物を思へば(土御門院小宰相)
知らせねばあはれも憂さもまだ見ぬに涙までにはなにかこぼるる(*正親町公蔭[風雅])
すべてこの涙のひまやいつならむあはれはあはれ憂きは憂しとて(*儀子内親王[風雅])
何ゆゑに憂しとも思ひ哀れとも見なさぬ月に涙おつらむ(正徹)
あはれとも憂しとも聞くを暮ごとの心や荻にうたがはるらむ(宗祇)
人知れずあはれなりしも憂かりしも思ひぞかへす袖の月かげ(*加藤枝直)
秋の夜は寝られざりけりあはれとも憂しとも虫の声を聞きつつ(土岐筑波子)
あはれとも憂しとも人の心より荻吹く風の身にやしむらん(村田春海)

 

秋風の吹きと吹きぬる武蔵野はなべて草葉の色かはりけり(古今821)

【通釈】秋風が吹きに吹いた武蔵野では、残すところなく草葉の色が変わってしまった――そのように、私に「飽き」果てたあの人の心は、すっかり変わってしまったのだ。

【語釈】◇秋風 「飽き」を掛ける。

【補記】広大な草原として知られた歌枕に寄せて、恋人の心変わりを詠む。一首全体で暗喩となっている。

【他出】古今和歌六帖、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
荻の葉に吹きと吹きぬる秋風の涙さそはぬ夕暮ぞなき(西園寺公経[新勅撰])
忘れじの心の色や秋風の吹きと吹きぬる武蔵野の原(藤原家隆)
あらそひて吹きと吹きぬるのちはただともに枯野の葛のうら風(霊元院)

 

思ほえず袖に湊のさわぐかなもろこし船のよりしばかりに(新古1358)

【通釈】思いもよらず、端のほうで湊の波が騒ぐことよ。唐船が寄港したというだけで。――そのように、思いがけず私の袖に涙が溢れたよ。

【語釈】◇袖 「舞台の袖」などと言うように、「袖」には「端」の意もある。掲出歌では、衣服の袖の意に、湊の端の意を重ねているのである。

【補記】『伊勢物語』二十六段より。これによれば、「もろこし船」は恋人を失った男からの手紙を意味し、「袖に湊」云々は、手紙を読んだ作者が同情の涙を流していることの暗喩になる。

【主な派生歌】
さもこそは湊は袖の上ならめ君に心のまづさわぐらむ(藤原定家[続古今])
かげなれて宿る月かな人知れず夜な夜なさわぐ袖の湊に(式子内親王[続後撰])
松浦がた袖の湊に漕ぎよせむもろこし船のとまりもとめば(藤原有家)

大納言国経朝臣の家に侍りける女に、平定文いとしのびて語らひ侍りて、ゆくすゑまで契り侍りける頃、この女、にはかに贈太政大臣に迎へられてわたり侍りにければ、文だにもかよはす方なくなりにければ、かの女の子の五つばかりなる、本院の西の対にあそび歩きけるを呼びよせて、母に見せ奉れ、とて、腕(かひな)に書きつけ侍りける   平定文

昔せし我がかねごとの悲しきはいかに契りし名残なるらむ

【通釈】昔私たちの交わした誓いが悲しいことになったのは、一体どのように契った結果生じたものなのでしょうか。「ゆくすえまでも」と約束したはずなのに。

返し

うつつにて誰契りけむ定めなき夢路にまどふ我は我かは(後撰711)

【通釈】目覚めている時に誰が契りを交わしたのでしょうか。はかない夢路で途方に暮れているこの私は一体私なのでしょうか。

【補記】定文(貞文)と契りを交わした後、左大臣藤原時平の妻に迎えられた女の歌。平貞文の歌参照。

【他出】古来風躰抄、定家八代抄、十訓抄、世継物語

【主な派生歌】
迷ひきて見しよの夢の浮橋もとだゆる頃の我は我かは(西園寺実材母)

 

わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで(古今343)

【通釈】我らの主君は、千年にも八千年にも――細かい石が集まって大岩となり、苔が生えるようになるまで、それほど永い永い歳月にわたってお元気でいて下さい


さざれ石 小石が凝結して出来た岩。京都下鴨神社にて。

【語釈】◇わが君 私の主人。元来は相手に対し親しみを籠めて呼ぶ言い方であるが、古今集の賀歌巻頭歌としては、この「君」は先ず醍醐天皇を指すと考えるべきであろう。◇さざれ石 細かい石。小石が集まり、長い時間をかけて固結し、大岩となるものがある(写真参照)。

【補記】言うまでもなく国歌「君が代」の原型または異文。初句「君が代は」の形での初出は、『和漢朗詠集』平安時代の古写本かという(山田孝雄『君が代の歴史』)。

【他出】深窓秘抄、和漢朗詠集、定家八代抄、秀歌大躰、色葉和難集、歌枕名寄

【参考歌】河辺宮人「万葉集」
妹が名は千代に流れむ姫島の小松が末(うれ)に蘿(こけ)むすまでに

【主な派生歌】
めづらしき今日のまとゐは君がため千代に八千代にただかくしこそ(藤原行成[玉葉])
うごきなきさざれ石山むべしこそ千代に八千代にに数もそひけれ(藤原正宗)
さざれ石の苔むす岩となりて又雲かかるまで君ぞみるべき(慈円)
さざれ石のいはほとなりてあすか川ふちせのこゑをきかぬ御代かな(藤原定家)
君が代はからくれなゐのふかき色に八千とせ椿もみぢするまで(よみ人しらず)
色かへぬときはの松のかげそへて千世に八千世にすめる池水(大納言典侍[続後撰])
今日よりは君にひかれてあふひ草二葉の松の千よに八千世に(細川幽斎)
さざれ石のいはほをかけし新枕こけのむすまでとはぬ君かな(松永貞徳)

離別

 

すがる鳴く秋の萩原朝たちて旅ゆく人をいつとか待たむ(古今366)

【通釈】すがるが鳴く秋の萩原を、朝出立して旅を行く人――その人を、いつ帰ると思って待とうか。

【語釈】◇すがる 万葉集では腰細の美女の形容に用いられ、ジガバチを指す古語であったらしい(但し中世においては鹿と解するのが普通だった)。「鳴く」とは羽音を立てて飛ぶことを言うのだろう。

【補記】古今集巻八、離別歌。旅立つ男を見送り、その帰りを待望する女の心を詠む。別れた男が辿る「秋の萩原」の寂しげな状景が、その心情に微妙な陰翳を与えている。

【他出】俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、和歌童蒙抄、袖中抄、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
すがる鳴く野べの夕暮あはれなり尾花が末に風をまかせて(慈円)
とどめあへず朝たつ袖の白露もすがる鳴く野の秋の萩原(藤原為家)
ほさばやな秋の萩原今朝たちて片敷くままの袖の花ずり(宗良親王)
を鹿鳴く秋の萩原かりにだになびかぬ妻をいつとか待たむ(長慶天皇)
逢ふ事をいつとかまたむ色かはる人の心の秋のはぎはら(義運[新続古今])
を鹿鳴く岡べの萩にうらぶれていにけむ君をいつとか待たむ(賀茂真淵)

旅にまかりける人に、扇つかはすとて

そへてやる扇の風し心あらばわが思ふ人の手をなはなれそ(後撰1330)

【通釈】お供について行かせる扇――その風に心があるならば、私が遠く偲ぶ人の手から離れずにおれ。

【語釈】◇そへてやる この「そへ」は「つき従わせる」といった意。「やる」は「行かせる」意と共に、「与える」意にもなる。◇扇の風 扇で起こす風の意であるが、ここでは扇そのものをこう言っている。「あふぎ」に「あふ」意が掛かる。◇わが思ふ人 私が思いを寄せる人。歌を贈った相手。

【補記】扇は再び「逢ふ」ための呪物として餞別に贈られた。『宗于集』の詞書には「旅にまかる人の扇にかける」とあり、この方が「そへてやる」心ざしも生きようというもの。

【他出】古今和歌六帖、宗于集

 

忘るなよ別れ路におふる(くず)の葉の秋風吹かば今かへりこむ(拾遺306)

【通釈】忘れるなよ。別れ道に生える葛(くず)の葉が、秋風が吹けば裏返るように、私は秋になったらすぐに帰って来よう。

葛の葉と花

【語釈】◇葛 マメ科のつる性多年草。風にひるがえると白い葉裏が目立つ。◇かへりこむ 葉が風に裏返ることから、「かへる」は葛の葉の縁語。

【補記】旅立つ人(おそらく男)が見送る人(おそらく女)に贈った歌であろう。道端の嘱目として葛の葉を取り上げ、その葉が秋風に裏返ることに掛けて、秋には帰って来ようと言い遣ったもの。自然の風物に託して思いを言うことで、情趣を深めている。

【他出】是則集、拾遺抄、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、六華集

【主な派生歌】
故郷を別れ路におふる葛の葉の風は吹けどもかへる世もなし(後鳥羽院)
暁はうらみてのみやかへるらむ別れ路におふる葛の下風(宗尊親王)
かへりこむ葛の葉ならで露けきは別れ路におふる道の芝草(正徹)
今はとて這ひまつはれよ逝く秋の別れ路におふる葛の葉かづら(細川幽斎)

 

かぎりなき雲居のよそに(わか)るとも人を心におくらさむやは(古今367)

【通釈】はてしない雲の彼方のように遥か遠く隔てられようとも、あなたを私の心から後らせることなどしようか。

【語釈】◇雲居のよそ はるかに隔たった所。◇人を心におくらさむやは 別れても心の中では常にあなたに付き添っている、ということ。

【補記】旅立つ人が、あとに残してゆく人に、旅先にあっても常に忘れないと言い遣った歌。「人を心におくらさむやは」というような婉曲な表現が生む余情を当時の人は好んだのである。

【他出】遍昭集、大和物語、古来風体抄、定家八代抄

【主な派生歌】
時のまも人を心におくらさで霞にまじる春の山もと(藤原定家)

 

唐衣たつ日は聞かじ朝露のおきてしゆけば()ぬべきものを(古今375)

この歌は、ある人、(つかさ)をたまはりて、新しき()につきて、年経て住みける人を捨てて、ただ明日なむ発つとばかり言へりける時に、ともかうも言はで、よみてつかはしける

【通釈】あなたが旅に発つ日時は聞くまい。私を置いて出てゆくので、朝露が消えるように私の命もきっと消えてしまうのですから。

【語釈】◇唐衣(からころも) 「たつ」の枕詞。「衣を裁つ」から「(旅に)発つ」を導く。◇朝露の 「おき」の枕詞。「露が置く」から「後に置いてゆく」意を引き出す。◇消ぬべきものを 消えてしまうに決まっているのだから。「消(け)」は露の縁語。「ものを」は順接の接続助詞。

【補記】地方に官職を得た或る人が、先妻を捨て、新妻と一緒に「明日出発する」とだけ言った時、先妻はとやかく恨みごとを言わず、ただこの歌を贈ったという。

【他出】定家八代抄、河海抄

【主な派生歌】
暁の露やいかなる露ならむおきてしゆけばわびしかりけり(源実朝)
我が宿の軒端の木の葉そめしよりたつ日は聞かじ四方の山風(藤原隆祐)

 

しひて行く人をとどめむ桜花いづれを道とまどふまで散れ(古今403)

【通釈】無理をおして出発してゆく人を留めよう。桜の花よ、どこが道かと迷うほど激しく散ってくれ。

【補記】旅立つ人を留めたいとの思い。「しひて行く」に差しせまった事情が窺われ、止めようにも止めがたい心情を桜の落花に託して迫るものがある。

【参考歌】在原業平「古今集」
桜花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに

【主な派生歌】
惜しめどもとまらぬ君を桜花わかるる道の見えぬまで散れ(藤原元真)
神な月なべて紅葉は散りしきぬいづれを道とわきてゆかまし(藤原教長)
降る雪にあとこそ見えね草の原いづれを道とたれにとはまし(飛鳥井雅有)

 

わかれては逢はむ逢はじぞ定めなきこの夕暮やかぎりなるらむ(拾遺312)

【通釈】ひとたび別れては、再会できるかどうか、あてにはならない。この夕暮が最後の逢瀬なのだろうか。

【語釈】◇逢はむ逢はじ 旅に出た後、再会できるかどうか。◇かぎり 最後の逢瀬。翌朝別れが待っている。

【補記】恋人が旅立つ前日の夕暮、これが最後の逢瀬かと思いやる。当時の旅がいかに危険なものであったか、改めて思い知らされる一首である。

【他出】拾遺抄、定家八代抄

羇旅

 

都出でて今日みかの原いづみ川かは風さむし衣かせ山(古今408)

【通釈】都を出て、今日見る三香原、そして泉川。川風が寒い。衣を貸せよ、鹿背山。

【語釈】◇みかの原 三香原、瓶原、甕原などと書く。山城国相楽郡。かつて聖武天皇が都を置いた地。「みか」に「見」の意を掛ける。「三日(みか)」を掛けるとみる説(香川景樹『古今集正義』など)もあるが、京から三香原までは到底三日を要しない距離である。◇いづみ川 泉川。木津川の古称。鈴鹿山脈に発し南山城を流れ巨椋池に注いでいた。「いづみ」に「出づ」(広い所に出て行く)の意を掛けるか。「何時(いつ)見」(いつ見られるかと思っていた)の意を掛けるとまで見るのは無理であろう。◇かせ山 鹿背山。京から南下する場合、泉川の対岸に眺められる。「貸せ」の意を掛ける。

【補記】「みかの原」「いづみ川」「かせ山」はいずれも山城国の地名で、万葉集にも詠まれた歌枕。平安京を発って南へ下った人が、歌枕の名に寄せて、次々に名所を見る心躍りをリズミカルに歌い上げている。掛詞も旅の興に乗じてのもので、優れた効果を上げている。「かは風さむし」にしみじみとした旅情という羇旅歌の本意を出すが、それも結句の洒落で興趣に転ずる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、五代集歌枕、和歌初学抄、定家八代抄、沙石集、歌枕名寄、和歌用意条々

【主な派生歌】
都出でて朝こえゆけば風まぜに雪ふりむかふ衣かせ山(俊恵)
包みあまる袖の涙のいづみ川くちなむはては衣かせ山(源家長)
都にもあかでやむすぶ泉川てる日に雲の衣かせ山(隆祐)
五月きて今日みかの原ほととぎすしばしはここに宿をかせ山(藤原為家)
波の花こほりのひまをいづみ川けふみかの原春たちにけり(〃)
春たちて今日みかの原みわたせばいつしかかすむ泉川かな(飛鳥井雅有)
泉川かは風寒し今よりや久迩の都は衣うつらむ(宗尊親王)
みかの原川風ふかば咲く花におほふばかりの衣かせ山(松永貞徳)
泉川水のすずしさたちこめて今日より夏の衣かせ山(下河辺長流)

 

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ(古今409)

この歌は、ある人のいはく、柿本人麿が也。

【通釈】ほのぼのと夜が明ける、明石の浦の朝霧のうちに、島陰へと隠れてゆく舟をしみじみ思うのである。

【語釈】◇ほのぼのと 空がほのかに明るくなってゆくさま。◇明石の浦 播磨の国の歌枕。今の兵庫県明石市沿いの海。明るい意の「あかし」と掛詞になる。

【補記】古今集では読人不知としているが、『古今和歌六帖』は作者を人麻呂とし、公任撰の『三十六人撰』『和漢朗詠集』などでも人麻呂作とされて、平安時代には人麻呂の代表歌と見なされるようになった。人麻呂には「ともしびの明石大門に入らむ日や榜ぎ別れなむ家のあたり見ず」(万葉集巻三)など明石を詠んだ歌があるので、作者不明の歌を歌聖に仮託したものか。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、前十五番歌合、三十人撰、三十六人撰、金玉集、和漢朗詠集、深窓秘抄、九品和歌(上品上)、人丸集、古来風躰抄、定家八代抄、定家十体(麗様)、詠歌一体

【主な派生歌】
山の端も見えぬ明石の浦千鳥島がくれゆく月に鳴くなり(よみ人しらず[玉葉])
明石がた舟のむかしにこととへば島隠れゆくあとのしら波(慈円)
はるかなる波路の春の明ぼのにしばし霞の島がくれゆく(慈円)
明石潟かすみて帰る雁が音も島がくれゆく春のあけぼの(藤原良経)
明石潟かへる波路やかすむらん島がくれ行く春の雁がね(藤原伊平)
淡路潟かすみぞ白き行く船の島隠れにも花やさくらむ(飛鳥井雅俊)
淡路がた哀は雪に残し置きて島隠れゆく年の暮かな(松永貞徳)
時鳥島がくれゆく一こゑをあかしの浦のあかずしぞ思ふ(後水尾院)
見るがうちに霧たちこめて明石潟ゆくへもわかぬ海人の釣舟(冷泉為村)

哀傷

式部卿のみこ、閑院の五のみこに住みわたりけるを、いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこ住みける(ちやう)帷子(かたびら)の紐に(ふみ)を結ひつけたりけるを取りて見れば、昔の手にてこの歌をなむ書きつけたりける

かずかずに我を忘れぬものならば山の霞をあはれとは見よ(古今857)

【通釈】[詞書] 式部卿の親王が、閑院の第五皇女にずっと通われていたが、間もなく皇女が亡くなられた時に、親王が通っていた寝室の几帳の帷子の紐に手紙を結び付けてあるのを取って見ると、ありし日の皇女の手蹟でこの歌を書き付けてあるのだった。
[歌] ねんごろに私をお忘れにならないのであれば、私の死後、山に立ちのぼる霞を私の火葬の煙と哀れに思って見て下さい。

【語釈】◇かずかずに さまざまに心を尽くして。◇山の霞 亡骸を火葬した山に立ちのぼる煙を婉曲に「霞」と言いなした。

【補記】「閑院の五のみこ」が「式部卿のみこ」に宛てた辞世歌。「閑院の五のみこ」は『勅撰作者部類』によれば均子内親王(宇多天皇の皇女。890〜910)であるが、異説もあり、定かでない。「式部卿のみこ」は均子内親王の異母兄である敦慶親王(あつよしのみこ)(887〜930)。中務の父で、『大和物語』をはじめ多くの恋物語を伝える色好みの人。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、如意宝集、綺語抄、定家八代抄

【主な派生歌】
はかなくて雲となりぬるものならば霞まむ空をあはれとは見よ(伝小野小町[新古今])
とりべ山谷にけぶりの燃えたたばはかなく見えし我と知らなむ(*よみ人しらず[拾遺])

 

とりべ山谷にけぶりの燃えたたばはかなく見えし我と知らなむ(拾遺1324)

【通釈】鳥辺山の谷に煙が燃え立ったなら、あなたとはかなくも逢瀬を交わした私であると知ってほしい。

【語釈】◇とりべ山 鳥部山とも鳥辺山とも書く。京都東山。火葬の地。◇はかなく見えし我 あなたとはなかくも契りを交わした私。

【補記】作歌事情は不明であるが、常識的には死期の迫った人(男とも女とも知れない)がかつての恋人に向けて詠んだ歌と考えるべきであろう。

【他出】拾遺抄、五代集歌枕、今鏡、定家八代抄、歌枕名寄

【参考歌】閑院の五のみこ「古今集」
かずかずに我を忘れぬものならば山の霞をあはれとは見よ
  伝小野小町「小町集」
はかなくて雲となりぬるものならば霞まむ空をあはれとは見よ

 

山寺の入相の鐘の声ごとに今日も暮れぬと聞くぞかなしき(拾遺1329)

【通釈】山寺の入相の鐘の声が響くたびに、今日も暮れてしまったと聞くのが悲しい。

【補記】拾遺集の最終巻哀傷部には、人の死を哀しむ歌のほか、人の世の無常やはかなさを詠んだ歌も含めている。

【他出】拾遺抄、和漢朗詠集、古来風躰抄、定家十体(有心様)、定家八代抄、三五記

【主な派生歌】
はかなしや今日も暮れぬと言ひ言ひて夜はのけぶりといつかのぼらむ(慈円)
淡路島千鳥とわたる声ごとに言ふかひもなき物ぞかなしき(藤原定家)
かねて知る秋の別れを今さらに今日も暮れぬとなに恨むらん(藤原有家[新千載])
かぎりあれば今日も暮れぬとながめつつ昨日の鐘の暁の声(飛鳥井雅経)
鐘の音に今日も暮れぬとながむればあらぬ露散る袖の秋風(後鳥羽院)
いくたびかしぐるる空の鐘のおとに今日も暮れぬとうちながめつつ(順徳院)
春暮るる入相の鐘の声ごとに老は涙を袖におくかな(宗良親王)
ながめこし花より雪のひととせも今日にはつ瀬の入相の鐘(*頓阿)
春のゆく入逢の鐘を大かたに今日も暮れぬと誰か聞くらむ(飛鳥井雅世)
山寺の花はのこりて鐘の音にけふも暮れぬと人ぞ散りゆく(契沖)

 

うれしきを何につつまむ唐衣(からころも)たもとゆたかにたてと言はましを(古今865)

【通釈】この嬉しい思いを何に包もうか。衣の袂はゆったりと裁つように言っておけばよかったのに。

【補記】古今集巻十七雑歌上の初め、よろこばしい心を詠んだ歌群にある。嬉しさを、あたかも人から贈られた品物のように見なし、大切に包んでおきたいと言い、歓びの大きさを衣の袂で喩えている。また「言はましを」と反実仮想にしたことで、それが思いがけない歓びであったことも知れる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、新撰朗詠集

【参考歌】作者未詳(柿本朝臣人麻呂之歌集出)「万葉集」巻七
夏蔭の妻屋の下に衣たつ吾妹うらまけて吾がためたたばややおほにたて

【主な派生歌】
いはね山やまあゐにすれる小忌衣袂ゆたかにたつぞうれしき(大江匡房[新千載])
春のきる袂ゆたかにたつ霞めぐみあまねき四方の山の端(藤原定家)
花すすきおほかる野べは唐衣たもとゆたかに秋風ぞ吹く(*宗尊親王[続古今])
唐錦たもとゆたかに立田姫秋は待ちえつさこそつつまめ(木下長嘯子)
うれしさも袂ゆたかにあらはるる衣の玉をなににつつまむ(中院通村)

 

紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る(古今867)

【通釈】たった一本の紫草のために、武蔵野の草はひっくるめて愛しいと思うのである。

紫草 京都府立植物園にて

【語釈】◇紫 紫草。根から紫の染料を取るのでこの名がある。栽培の難しい植物で、薬草・染料として珍重された。◇みながら 「皆ながら」の転か。残らず。まるごと。全部ひっくるめて。

【補記】この歌と、在原業平の歌「紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける」から、紫草は恋人や妻の隠喩となり、「紫のゆかり」で恋人(妻)の縁者を指すようになった。

【他出】奥義抄、和歌初学抄、定家八代抄、歌枕名寄、歌林良材

【主な派生歌】
武蔵野におふとし聞けば紫のその色ならぬ草もむつまし([小町集])
紫の色には咲くな武蔵野の草のゆかりと人もこそ見れ(藤原義孝)
根は見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露わけわぶる草のゆかりを([源氏物語])
つたへてもいかに知らせむおなじ野の尾花がもとの草のゆかりに(公衡[新勅撰])
武蔵野の春のけしきも知られけり垣根にめぐむ草のゆかりに(慈円[新勅撰])
武蔵野のゆかりの色もとひわびぬみながらかすむ春の若草(藤原定家)
武蔵野にむすべる草のゆかりとや一夜の枕つゆなれにけり(藤原良経)
武蔵野の草のゆかりに鳴く雉子春はむかしのつまならねども(俊成女)
いづれぞと草のゆかりもとひわびぬ霜枯れはつる武蔵野のはら(土御門院[続古今])
武蔵野の草のゆかりも遠ければ露消えぬともたれかつげまし(宗良親王)
紫の花なつかしみ武蔵野の草はみながらすみれともがな(本居宣長)
秋もなほ小松が原は緑にて草はみながら花ぞ咲きける(千種有功)

伏見といふ所にて、その心をこれかれよみけるに

菅原や伏見の暮に見わたせば霞にまがふ小初瀬(をはつせ)の山(後撰1242)

【通釈】菅原の伏見の里で、その名の如く伏して眺める夕暮時――初瀬の山は霞のうちにあって見分け難い。

【語釈】◇菅原や伏見 大和国菅原の伏見の里。奈良市の西。「臥し見」を掛ける。◇小初瀬の山 奈良県桜井市の初瀬周辺の山。伏見からは南にあたる。長谷寺があり、桜の名所でもあった。「小(を)」は特に意味のない接頭辞。

【補記】大和の伏見で人々が集まった時、「伏見」という地名の意を生かして詠んだという歌。「臥し見」の意を掛けて、床に臥せて眺める夕暮の景色を歌い上げている。

【他出】奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、六百番陳状、定家八代抄、歌枕名寄、井蛙抄

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
いざここにわが世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し

【主な派生歌】
桜咲く高嶺に風やわたるらむ雲たちさわぐを初瀬の山(*九条兼実[玉葉])
霞とも花ともわかず菅原や伏見の里の春のあけぼの(藤原定家)
を初瀬や霞にまがふ花の色をふしみの暮に誰ながむらん(後鳥羽院[新拾遺])
菅原や伏見の暮の面影にいづくの山もたつ霞かな(*頓阿)
里はあれて秋風さむみすが原やふしみの暮に衣うつなり(〃)
を初瀬の山の端ながら霞むなりふしみの暮に出づる月影(〃)
菅原や伏見の暮にたつ雲は初瀬の山の花にぞありける(宗良親王)

 

わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て(古今878)

【通釈】更科(さらしな)の姨捨(おばすて)山に照る月を見ていて、美しいはずなのに、私はどうしても心の憂さが晴れないのだった。

【語釈】◇姨捨山 信濃国の歌枕。長野県千曲市と同県東筑摩郡筑北村の境にある冠着(かむりき)山かという。この歌によって月の名所となった。因みに「姨(をば)」は「妻の同母姉妹」のことで、子の立場からは伯母・叔母を意味する。老女は「おば」であって、仮名遣が異なる。

【補記】山から昇る月の美しさと「をばすて」なる酷薄な山の名との対比から、月の光にも慰められぬ心の葛藤を詠む。『大和物語』では老いた伯母を山に捨てる男の歌としており、古くから棄老説話と関わりのある歌として読まれてきたことが窺われる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、大和物語、古来風躰抄、定家八代抄

【主な派生歌】
あやしくもなぐさめがたき心かな姨捨山の月も見なくに(*[小町集])
見つつ我なぐさめかねつ更科の姨捨山に照りし月かも(凡河内躬恒)
更級の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこの頃の空(〃[古今集])
姨捨の月はいかにか出でたりしなぐさめがたき人は見るらむ(馬内侍)
更科や姨捨山に旅寝してこよひの月をむかし見しかな(*能因[新勅撰])
更科や姨捨山に月みると都にたれか我を知るらむ(藤原季通[千載])
忘るなよ姨捨山の月見ても都を出づる有明の空(源頼実[千載])
ほととぎすなれも心やなぐさまぬ姨捨山の月に鳴く夜は(*宜秋門院丹後[続拾遺])
旅の空姨捨山の月影よすみなれてだに慰みやせし(藤原定家)
なぐさまずいづれの山もすみなれし宿姨捨の月の旅寝は(藤原定家)
あぢきなくなぐさめかねつ更科やかからぬ山も月はすむらん(後鳥羽院[続古今])
わが心なぐさめかねていく世へぬ姨捨山の月は見ねども(後鳥羽院)
さらしなや夜わたる月の里人もなぐさめかねて衣擣つなり(順徳院[続古今])
風の音もなぐさめがたき山のはに月待ちいづる更科の里(*土御門院小宰相[新後撰])
秋ごとになぐさめがたき月ぞとはなれてもしるや姨捨の山(二条為氏[続後撰])
いとどなほ待つ夜更け行くつらささへなぐさめかねてみつる月かな(後醍醐天皇[新葉])
身のゆくへなぐさめかねし心には姨捨山の月も憂かりき(*宗良親王[新葉])
妻恋をなぐさめかねて姨捨の山ならぬ月に鹿や鳴くらむ(後水尾院)

 

天の川雲の水脈(みを)にて早ければ光とどめず月ぞながるる(古今882)

【通釈】天の川は雲の通り道となる水脈であって流れが速いので、光を止めることなく月が流れてゆく。

【語釈】◇水脈(みを) 川や海で流れがあって、船の通り道となるところ。

【補記】月が天の川に沿って夜空を渡ってゆく様を、天の川の水脈をすばやく流れて行くと見なした。古今集雑上、季節に関らない月を詠んだ歌群にある。

【他出】新撰和歌、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
天の川やそ瀬もしらぬ五月雨に思ふもふかき雲のみをかな(藤原定家)

かをるなり吉野の滝の雲の波そのみなかみを雲の水脈にて(藤原良経)
冬の日は雲の水脈にてはやければながるる年のしがらみもなし(土御門院)
天の川ひかりとどめずゆく月のはやくも人に恋ひやわたらむ(藤原資季[新後拾遺])
逢ふ事のなどよどむらん天の川雲の水脈にてはやき瀬なれど(木下長嘯子)
月はなほ雲の水脈にて滝つ瀬の中にやよどむ影やなからむ(後水尾院)

 

いにしへの野中の清水ぬるけれどもとの心をしる人ぞくむ(古今887)

【通釈】古くからある野中の清水は、今はぬるいけれど、以前の事情を知っている人は汲むのである。

【語釈】◇野中の清水 野の中に湧く清水。「野中」は普通名詞であるが、ここは名高い清水を言っているので、特定の場所を指していることになる。『類聚国史』に見える、桓武天皇が口吟んだという古歌(下記参考歌)の「野中」と或いは同一の地か。いつからか播磨国印南野の清水とされ、様々な伝説が付け加わって謡曲などにも取り上げられた。◇もとの心 以前の事情。野中の清水が昔は冷たくて旨い水であったことを暗に示す。◇くむ 清水を汲む、心を汲む(事情を斟酌する)の両義を掛ける。

【補記】「野中の清水」にまつわる伝承を踏まえる歌かと思われるが、今やその伝承がいかなるものか分からないので、難解な歌になってしまっている。いずれにしても自然物によって人事を諷した歌であろう。現状はともあれ「もとの心」を重んずる、というのは古人の尊んだ態度であろう。

【参考歌】作者不明「類聚国史」
いにしへの野中ふる道あらためばあらたまらむや野中ふる道

【他出】和漢朗詠集、奥義抄、和歌童蒙抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、歌林良材

【主な派生歌】
年を経て野中の清水ぬるけれど冴えたる月の影ぞやどれる(覚性法親王)
秋の夜は野中の清水ぬるけれど月すみぬればつららゐにけり(藤原有家)
下にすむもとの心をしらぬかな野中の清水み草ゐぬれば(道宝[新後撰])
思ひ出でよ野中の水の草がくれもとすむ程のかげは見ずとも(*二条為重[新後拾遺])
こほりゐし野中の清水うちとけてもとの心にかへる春かな(元政)

 

今こそあれ我も昔は男山さかゆく時もありこしものを(古今889)

【通釈】今でこそ老いたが、私も昔は男盛りで、「男山の坂を行く」ではないが、栄光の道を昇ってゆく時もあったのだ。

【語釈】◇今こそあれ 今はこんな様ではあるが。◇男山 石清水八幡宮の鎮座する山。◇さかゆく 「坂行く」「栄(さか)ゆく」の掛詞。

【補記】老いた男が盛りの時を顧みて嘆いた歌。名の知れた山「男山」にことよせたことで、主題の普遍性をより高め、調子の良さも手伝って、広く愛誦されるにふさわしい歌となった。

【他出】新撰和歌、歌枕名寄

【主な派生歌】
おのづからさかゆく時もありなまし八十路もちかき山路ならずは(藤原家隆)
八幡山さかゆく峰は越え果てて君をぞ祈る身のうれしさに(*源通光[玉葉])
七十路の老のさかゆくこの春はよしや吉野の山の桜も(藤原為家)
男山老いてさかゆく契りあらばつくべき杖も神ぞきるらむ(*後嵯峨院[続拾遺])
今こそは昔に越えて男山さかゆく君が御代と見えけれ(宗尊親王)
君が代の春をむかへて男山さかゆく時にたちかへるらし(中院通勝)
秋風やまづ吹きそめし男山さかゆく光月に添へとて(中院通村)

 

世の中にふりぬる物は津の国のながらの橋と我となりけり(古今890)

【通釈】この世の中で古びてしまったものと言えば、摂津の国の長柄の橋と、私と、その二つであったよ。

【語釈】◇ながらの橋 摂津国の歌枕。淀川の河口付近に架けられていた橋らしい。たびたび壊れたらしく、朽ち果てた様や橋柱のみ残っている様などがよく歌に詠まれた。また「永らへ」と音が重なるため、古びたものの譬えとしても用いられた。

【補記】老い朽ちた橋にこと寄せて、自身の老いの感慨を歌い上げた。よく知られていたに違いない橋の名を出したことで、当時の人々には親しみやすかったのであろう、非常に愛誦されたことが窺われる。

【他出】新撰和歌、五代集歌枕、和歌初学抄、梁塵秘抄、定家八代抄、歌枕名寄
(第二句を「ふりゆくものは」や「ふりにしものは」とする本がある。)

【主な派生歌】
難波なる長柄の橋もつくるなり今は我が身をなににたとへむ(*伊勢[古今])
我ばかり長柄の橋はくちにけりなにはのこともふるる悲しな(*赤染衛門[後拾遺])
いにしへにふりゆく身こそあはれなれ昔ながらの橋を見るにも(*伊勢大輔[後拾遺])
ゆく末を思へばかなし津の国のながらの橋も名はのこりけり(*源俊頼[千載])
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり(*西園寺公経[新勅撰])
さびしくてふりぬるものは美濃山のひと木の松と我となりけり(*雅成親王)
津の国のながらの橋とわれとこそ跡なき名をば世に残しけれ(宗尊親王)
花さかでふりぬる物は奥山のかげの朽木と我となりけり(〃)

 

おほあらきの森の下草おいぬれば駒もすさめず刈る人もなし(古今892)

【通釈】おおあらき(不詳)の森の下草は、老いて堅くなってしまったので、馬も寄り付かず、刈り取る人もいない。

【語釈】◇おほあらき 不詳。『歌枕名寄』は山城国の地名とする。他に殯(あらき)の意とする説などがある。◇駒もすさめず 馬も好まず。「すさむ」は「心を寄せる」ほどの意。

【補記】老いたゆえ人から相手にされなくなった歎きを詠んだ歌。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖(作者「をののこまち」)、和漢朗詠集、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
おほあらきの森の下草しげりあひて深くも夏のなりにけるかな(*壬生忠岑[拾遺])
夏ふかくなりぞしにけるおほあらきの森の下草なべて人かる(平兼盛[後拾遺])
大荒木の杜の木の間をもりかねて人だのめなる秋の夜の月(俊成女[新古今])
老いぬればのこらぬ物とおほあらきの杜のした草かれやはてなむ(宗良親王)
老いぬとも駒もすさめずみし色を霜はのこさぬ森の下草(後柏原天皇)

 

ちはやぶる宇治の橋守なれをしぞあはれとは思ふ年の経ぬれば(古今904)

【通釈】宇治の橋守よ、おまえをこそ愛しく思う。長い年を経たので。

【語釈】◇ちはやぶる 「宇治」の枕詞。「神」にかかる枕詞として用いる例が多い。◇宇治の橋守 宇治橋の番人。

【補記】実際に年を経ているのは宇治橋なのだろうが、橋が永らえていることを橋守の功徳としているために、橋守を「あはれとは思ふ」と詠んでいる。「あはれ」には、作者自らの老いの感慨をこめているのだろう。

【他出】袖中抄、古来風躰抄、定家八代抄、歌枕名寄、歌林良材

【主な派生歌】
わが恋は年経るかひもなかりけりうらやましきは宇治の橋守(藤原顕方[千載])
年経たる宇治の橋もりこととはむ幾世に成りぬ水のみなかみ(*藤原清輔[新古今])
年ふとも宇治の橋守我ならばあはれと思ふ人もあらまし(藤原俊成)

 

かくしつつ世をや尽くさむ高砂の尾上にたてる松ならなくに(古今908)

【通釈】こんな風にして最後まで人生を送るのだろう。高砂の尾上に立っている老いた松ではないのに。

【語釈】◇高砂(たかさご)の尾上(をのへ) 播磨国の歌枕。今の兵庫県高砂市、加古川河口の東岸という。古今集仮名序に「たかさご、すみの江のまつも、あひおひのやうにおぼえ」とあるように、古来松の名所とされた。

【補記】海風に吹きさらされる老松に、老いて侘しい暮らしを送る自身を重ねている。古今集巻十七雑歌上、老いを嘆く歌群にある。

【他出】新撰和歌、定家八代抄、歌枕名寄

【参考歌】藤原興風「古今集」
誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
  作者未詳「古今和歌六帖」
憂くも世に思ふ心にかなはぬか誰も千歳の松ならなくに
(先後関係は明らかでないが、おそらく両首とも掲出歌の影響を受けたものと思われる)

【主な派生歌】
ひさしくも恋ひわたるかな住の江の岸に年ふる松ならなくに(源俊[後撰])
かくしつつ世をや尽くさむ陸奥の阿武隈川はいかがわたらぬ(作者未詳[中務集])
年ふれば老ぞたふれて朽ちぬべき身はすみの江の松ならなくに(源実朝)
ゆくすゑも今はたおなじ高砂のまつことなくて世をや尽くさむ(宗尊親王)
ゆくすゑもただいたづらに高砂の松を友にて世をや尽くさむ(飛鳥井雅有)

 

わたつ海のかざしにさせる白妙の波もてゆへる淡路島山(古今911)

【通釈】海の神が挿頭に挿した白い波――その波の花で以て結いめぐらした、淡路島山よ。

【語釈】◇わたつ海 海の神。「わたつみ」とも「わたつうみ」ともよめる。◇かざし 挿頭。髪や冠に挿す飾り。

【補記】白波を海神のかざしの花に見立てた上で、その波が島のめぐりに寄せるさまを花で結い巡らしていると見た。海上遥かに見渡す淡路島に、神々しい美しさを感じている。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、和歌童蒙抄、五代集歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌枕名寄

【主な派生歌】
卯の花の咲きぬる時は白妙の波もてゆへる垣根とぞ見る(藤原重家[新古今])
春きては淡路島山みえわかず波もてゆへるかたもかすみて(覚性法親王)
かざすてふ波もてゆへる山やそれ霞ふきとけ須磨の浦風(藤原定家)
あはぢ島なみもてゆへる山の端にこほりて月のさえわたるかな(藤原忠良[続後撰])
みちのくのまがきの島は白妙の波もてゆへる名にこそ有りけれ(藤原為家[続後撰])
わたつうみの波もひとつにさゆる日の雪ぞかざしの淡路島山(*二条為重[新後拾遺])
わたつみの波もてゆへる橋立の松をかざしに手折りつるかな(賀茂真淵)

 

世の中はなにか常なるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる(古今933)

【通釈】世の中には不変のものなどあろうか。飛鳥川も、昨日淵だったところが今日は瀬になっているのだ。

【語釈】◇あすか川 飛鳥川(明日香川)。大和国の歌枕。「あす」と掛詞になり、「きのふ」「けふ」と関連づけられる。

【補記】「明日」という語を含み持つ歌枕「あすか川」に寄せて、転変きわまりない世の無常を歌う。決して大きな河川ではない飛鳥川にあって「きのふの淵ぞけふは瀬になる」は度々見られた現象に違いなく、実感に即した例えであろう。飛鳥がかつて都として繁栄した地であったことも思われ、地名の生かし方が非常にすぐれている。古今集巻十八「雑歌下」の巻頭歌。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄

【参考歌】大伴旅人「万葉集」巻六
しましくも行きて見てしか神なびの淵は浅(あせ)にて瀬にかなるらむ
  春道列樹「古今集」
昨日と言ひ今日と暮らしてあすかがは流れてはやき月日なりけり

【主な派生歌】
世の中はあすか川にもならばなれ君と我とが中し絶えずは(*小野小町[風雅])
飛鳥川ふちにもあらぬ我が宿も瀬にかはり行く物にぞありける(伊勢[古今])
桂川かざしの花のかげ見えしきのふの淵ぞけふは恋しき(藤原実方[続後撰])
おりたちてたのむとなればあすか川ふちも瀬になる物とこそ聞け(平忠度[風雅])
五月雨にけふも暮れぬるあすか川いとど淵せやかはりはつらむ(藤原定家)
淵は瀬にかはるのみかはあすか川きのふの波ぞ今日はこほれる(飛鳥井雅経)
あすか川けふの淵瀬もいかならむさらぬ別れは待つほどもなし(八条院高倉[新勅撰])
あすか川あすとも知らぬはかなさによし流れての世をもたのまじ(*院新宰相[玉葉])
昨日まで思はざりきなあすか川けふに瀬になる恨みせむとは(宗尊親王)
あすか川きのふの淵もけふの瀬も我が身ひとつにうきしづみつつ(宗良親王)

 

幾世しもあらじ我が身をなぞもかく海人(あま)の刈る()に思ひみだるる(古今934)

【通釈】あと幾年も生きてはいまい我が身なのに、どうしてこう、海人の刈る海藻のように心が乱れるのだろう。

【補記】老いてなお落ち着かない心。古今集の世の中をめぐる感慨を詠んだ歌群にあり、「思ひみだるる」は世事にまつわるもの。

【他出】秋萩集、古今和歌六帖、四条宮主殿集、定家十体(濃様)、定家八代抄、井蛙抄

【主な派生歌】
わが恋は海人の刈る藻にみだれつつかわく時なき波の下草(*藤原俊忠[千載])
言へばなほ人こそ憂けれ幾世しもあらじ我が身をなど忘るらむ(定円[新続古今])

 

世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ(古今942)

【通釈】この世は夢なのか現実なのか。現実とも夢とも判別できない。在って無いのであるから。

【補記】「世の中は夢かうつつか」と自らに問いかけ、「うつつとも夢とも知らず」と自ら答え、「ありてなければ」とその理由を語る。仏教の諦観の影響が窺われる。

【他出】小町集、金玉集、定家八代抄

【主な派生歌】
つらしとも憂しともさらに嘆かれず今は我が身のありてなければ(葉室光俊[続後撰])
花の色は夢かうつつかうつぎ原まがきの月もありてなければ(飛鳥井雅康)

 

世の中にいづらわが身のありてなしあはれとやいはむあな憂とやいはむ(古今943)

【通釈】この世の中で、どこに我が身はあるのか――在って無いのだ。面白いと言おうか、ああつまらないと言おうか。

【語釈】◇あはれ 「憂し」の対語として用いられる時は喜ばしい感情を言うが、並列的に用いる時は悲しみなどの否定的な感情をも言う。この場合後者か。

【補記】無常に対する肯定的な感情と否定的な感情の間で揺れる心を詠む。

【他出】小町集、定家八代抄

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
あはれとも憂しともいはじかげろふのあるかなきかに消(け)ぬる世なれば

【主な派生歌】
かくてのみありてはかなき世の中を憂しとやいはむあはれとやいはむ(*源実朝)

 

み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時のかくれがにせむ(古今950)

【通釈】吉野の山の向うに宿がほしい。世の中が辛い時の隠れ家にしようから。

【補記】京の人にとって吉野は限りなく深い山地であり、仙境であった。そのさらに「山のあなた」に宿を求めたいと言って、世間を生きる辛さを強調している。

【他出】五代集歌枕、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄

【参考歌】清原深養父「深養父集」
足引の山のあなたを見てしがな世の憂き時のかくれがにせむ

【主な派生歌】
もとむれどありがたきかな憂き身には巌のなかも山のあなたも(周防内侍)
今はわれ吉野の山の花をこそ宿の物とも見るべかりけれ(*藤原俊成[新古今])
ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月やすむらん(*式子内親王[新古今])
うれしくぞまだ見ぬ山の奥も見し世の憂き時の宿もとむとて(西園寺実氏[続千載])
み吉野や世の憂き時の道絶えて山のあなたもつもるしら雪(宗尊親王)
世の中に鳥も聞えぬ里もがなふたりぬる夜の隠家にせむ(*太田道灌)

 

いかならむ(いはほ)の中に住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ(古今952)

【通釈】どうだろう。岩の中に閉じ籠もって住んだとしたら、世の中の辛いことも聞こえて来ないだろうか。

【語釈】◇住まばかは… 住んだらまあ…だろうか。◇巌 大岩のことであるが、ここでは岩窟・岩穴を指す。

【補記】「世の憂きこと」は自身の境遇にまつわる辛い経験を言う。その辛さゆえ、山家に遁れる程度では足りず、どこかの岩窟に籠るほかあるまいと思いつめた心。

【他出】古今和歌六帖、奥義抄、和歌色葉、定家八代抄

【主な派生歌】
もとむれど巌の中のかたければ我もこの世になほこそはふれ(和泉式部)
憂きことはいはほの中も聞こゆなりいかなる道もありがたの世や(式子内親王)
世の憂さや聞こえこざらむ面影は巌の中におくれしもせじ(藤原忠良[新勅撰])
身をさらぬ同じうき世と思はずは巌の中もたづね見てまし(*式乾門院御匣[続後撰])

深草の里に住み侍りて京へまうでくとて、そこなりける人に詠みて贈りける   業平朝臣

年を経て住みこし里を出でて()なばいとど深草野とやなりなむ

【通釈】何年もずっと住んで来た里を去ったなら、ますます草が深く茂り、深草の里は草深い野となるだろうか。

【補記】この歌に関しては業平の頁参照。

返し

野とならばうづらと鳴きて年は経むかりにだにやは君は来ざらむ(古今972)

【通釈】ここが草深い野となったなら、私は鶉になって何年も鳴いていよう。かりそめに、狩のついでにでも、あなたが来ないとも限るまい。

【語釈】◇うづら 「う」に「憂」を響かせる。◇かりにだにやは 「せめて仮初めにでも」「せめて狩のついでにでも」の両義。◇君は来(こ)ざらむ 前句の「やは」は反語なので、「来ないだろうか、いや来るだろう」の意になる。なお「君かこざらむ」とする本もある。

【補記】深草の里に住んでいた在原業平が京へ上ることになり、別れの挨拶として贈って来た歌への返歌。伊勢物語では作者を女とするが、古今集の歌としては女の歌と見る理由はない。

【参考歌】「伊勢物語」百二十三段
野とならば鶉となりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ

【他出】古今和歌六帖、業平集、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里(*藤原俊成[千載])
うづら鳴く折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草の里(西行)
秋を経てあはれも露もふか草の里とふ物は鶉なりけり(慈円[新古今])
深草や契り恨みて住みかはる伏見の里も鶉鳴くなり(藤原家隆)
鶉鳴く夕べの空を名残にて野となりにける深草の里(藤原定家[新拾遺])
深草や鶉の床は跡たえて春の里とふうぐひすの声(藤原良経[新拾遺])
かりにこしうづらの床もあれはてて冬深草の野べぞさびしき(後鳥羽院)
かりにきてたつ秋霧の曙にかへるなごりも深草の里(鷹司基忠[玉葉])
風はらふうづらの床は夜寒にて月かげさびし深草の里(恒明親王[新千載])
深草や秋のうづらの床の夢えやはふしみむ野べの木がらし(正徹)
露霜のいとどふか草床あれて暮れゆく秋にうづら鳴くらむ(後水尾院)

 

いざここに我が世は()なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し(古今981)

【通釈】さあ、ここに住居を定めて、私の生涯を過ごそう。菅原の伏見の里が荒れるのが惜しい。

【語釈】◇菅原や伏見の里 大和国菅原の伏見の里。今の奈良市菅原町。平城京の西。

【補記】平安京遷都の頃の歌かという。この歌によって、菅原の伏見の里は荒れた寂しい里として後世の歌に詠み継がれることになる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、六百番歌合陳状、古来風躰抄、定家十体(麗様)、定家八代抄、歌枕名寄、井蛙抄

【主な派生歌】
菅原や伏見の里の荒れしより通ひし人の跡も絶えにき(読人不知[後撰])
菅原や伏見の里を忘るるは我が荒れれまくや惜しまざるらむ([宇津保物語])
なにとなく物ぞかなしき菅原や伏見の里の秋の夕暮(*源俊頼)
菅原や伏見の里のあれ枕いふかひもなき草の霜かな(藤原家隆)
いざここにわが世は経なむみ熊野の山の桜は咲きそめにけり(後鳥羽院)
いざここにわが世は経なむひさかたの桂の里の月の夜な夜な(〃)
思ひかね荒れまくも惜し菅原や伏見の里の秋風のころ(源具親)
いづくにて世をばつくさむ菅原や伏見の里も荒れぬといふものを(源実朝)
いざここにわが身は老いむあしひきの国上の山の松の下いほ(*良寛)

 

わが(いほ)は三輪の山もと恋しくはとぶらひ()ませ杉たてる門(古今982)

【通釈】私の粗末な住まいは三輪山の麓です。なつかしく思うなら尋ねておいでなさい。杉の木が立っている門を。

【語釈】◇わが庵 庵は粗末な住居。和歌では出家者の仮住まいを指すことが多く、ここもその意であろう。但し自分の家を卑下して庵と言った例も多い。◇三輪の山 奈良県桜井市の三輪山。三諸(御諸)山とも。神体山で、祭神を大物主神とする大神(おおみわ)神社がある。◇恋しくは 「恋し」は離れている人を慕い、その人に逢いたいと思う気持。掲出歌では男女間の恋愛感情に限定すべき理由はない。

【補記】三輪山の麓に隠棲した人が、旧知の人に宛てた歌であろう。但し『古今和歌六帖』は「みわの御」の歌とし、『俊頼髄脳』『古来風体抄』なども三輪明神の歌としている。三輪山は神体山であり、出家者の隠棲地として歌に詠まれるのは異例であった。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、袖中抄、和歌色葉、古来風躰抄、定家八代抄、八雲御抄、色葉和難集、歌枕名寄、歌林良材
(初句を「我が宿は」あるいは「我が家は」とする本もある)

【参考歌】三輪明神「俊頼髄脳」
恋しくはとぶらひきませちはやぶる三輪の山もと杉たてる門

【主な派生歌】
三輪の山いかに待ち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば(*伊勢[古今])
杉むらと言ひてしるしもなかりけり人もたづねぬ三輪の山もと(よみ人しらず[拾遺])
降る雪に杉の青葉もうづもれてしるしも見えず三輪の山もと(皇后宮摂津[金葉])
春来れば杉のしるしも見えぬかな霞ぞたてる三輪の山もと(藤原頼輔[千載])
見渡せばそことしるしの杉もなし霞のうちや三輪の山もと(藤原隆房[千載])
いかならむ三輪の山もと年ふりて過ぎゆく秋の暮方の空(藤原定家)
いつかこの月日を杉のしるしとて我が待つ人を三輪の山もと(〃)
下折れの音のみ杉のしるしにて雪のそこなる三輪の山もと(藤原信実[続後撰])
木枯しやいかに待ちみむ三輪の山つれなき杉の雪折れの声(*源具親)
杉たてる門田の面の秋風に月影さむき三輪の山もと(浄弁[新拾遺])
しるしなき心の杉をたよりにて思ひぞやりし三輪の山もと(宗良親王)
今宵てふしるしの杉はひかりにてとぶらひ来ませ我が宿の月(木下長嘯子)

 

荒れにけりあはれ幾世の宿なれや住みけむ人の音づれもせぬ(古今984)

【通釈】すっかり荒廃してしまった。ああ、どれほどの年月を経た屋敷なのだろうか、以前住んでいた人の気配もしない。

【語釈】◇住みけむ人 住んでいたであろう人。「けむ」は過去推量の助動詞。話手が過去を想像して言っているので、実際はその「人」を知らないのである。◇音づれもせぬ 家を出入りする音などが聞こえないということ。「おとづれ」は「音連れ」、すなわち「動きと共に音を立てる」が原義であろうが、「たより」「消息」の意もあり、この句には「ゆくえも知れない」といった意も響く。

【補記】「貴族の盛衰のはげしかった時代なので、大邸宅の荒廃したものがあり、それを目にしての感と思われる」(窪田空穂『古今和歌集評釈』)。伊勢物語第五十八段では、長岡の「色好みなる男」の隣家に住んでいた女たちの一人が詠んだ歌としている。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、袖中抄、伊勢物語、定家八代抄、色葉和難集

【主な派生歌】
ひとりふす荒れたる宿の床のうへに哀れいくよの寝ざめなるらむ(能因)
荒れはてぬ払はば袖のうき身のみあはれ幾世の床のうら風(藤原定家)
住む人もあはれ幾世のふるさとに荒れまく知らぬ花の色かな(藤原秀能[続後撰])
浅茅原ぬしなき宿の庭のおもにあはれ幾世の月かすみけむ(源実朝[新勅撰])
橘の花の軒ばも荒れにけりあはれ幾世の宿の昔ぞ(宗尊親王)
荒れにけり誰と住みこし影ならむあはれいくよの蓬生の月(西園寺実兼[新千載])
山ふかみあはれ幾世の花なれや立つをだまきにかかる白雲(*山本春正)
住みすててあはれ幾世の宿の花うゑつる木々は春も忘れず(*澄月)

菅原のおほいまうちぎみの家に侍りける女にかよひ侍りける男、仲たえて又とひて侍りければ   よみ人しらず

菅原や伏見の里の荒れしより通ひし人の跡も絶えにき(後撰1024)

【通釈】菅原の大臣の家が荒れてからというもの、以前通っていた人の足跡も絶えてしまっていました。

【補記】菅原道真の家に住んでいた女のもとに通っていた男が、しばらく訪問が絶えた後、再び訪れたので、女が詠んだという歌。上句は、古今集の歌に寄せて、道真の左遷後に家が荒廃したことを暗示しているらしい。

【他出】五代集歌枕、袖中抄、古来風躰抄、定家十体(濃様)、定家八代抄、歌枕名寄

【本歌】よみ人しらず「古今集」
いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し

【主な派生歌】
わくらばにとはれし人も昔にてそれより庭の跡はたえにき(藤原定家[新古])

 

風吹けば沖つ白波たつた山よはにや君がひとり越ゆらむ(古今994)

ある人、この歌は、むかし大和の国なりける人のむすめに、ある人住みわたりけり。この女、親もなくなりて、家もわるくなりゆくあひだに、この男、河内の国に人をあひ知りて通ひつつ、かれやうにのみなりゆきけり。さりけれども、つらげなるけしきも見えで、河内へ行くごとに、男の心のごとくにしつつ出だしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまに異心もやあるとうたがひて、月のおもしろかりける夜、河内へ行くまねにて前栽のなかに隠れて見ければ、夜ふくるまで琴をかきならしつつうちなげきてこの歌をよみて寝にければ、これを聞きてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむ、言ひつたへたる

【通釈】風が吹くと、沖の白波が立つ――たつた山を、夜にあなたは独り越えてゆくのだろうか。

【語釈】◇風吹けば沖つ白波 波が「たつ」と言うことから次句の「たつた山」を導く働きをする。◇白波 「白波といふは、ぬす人をいふなり」(俊頼髄脳)。左注に記す説話と切り離して読めば、夜盗の出る山道を行く人の身の上を憂えた歌とも取れる。◇たつた山 龍田山。立田山とも書く。奈良県生駒郡の龍田川西方の山。大和国の西境で、この山を越えると河内国である。

【補記】左注は『伊勢物語』の名高い「筒井筒」の章段の後半とほぼ同内容。また『大和物語』百四十九段の前半ともよく似た内容である。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖(作者「かぐやまのはなのこ」または「かごのやまのはな子」)、伊勢物語(第二十三段)、大和物語(百四十九段)、新撰髄脳、金玉集、和歌体十種(古歌体)、俊頼髄脳、奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、六百番歌合陳状、和歌色葉、色葉和難集、十訓抄、簸河上、歌枕名寄、悦目抄、秘蔵抄

【参考歌】長田王「万葉集」巻一
わたの底沖つ白波立田山いつか越えなむ妹があたり見む

【主な派生歌】
たつた山よはにや君がひとりとて寝し夜の夢のゆくへをぞ知る(慈円)
忘らるる身をば思はでたつた山こころにかかる沖つ白波(寂蓮)
風吹けば浅沢小野の花薄ひとつにつづく沖つ白波(藤原為家)
風吹けば空にひがたの塩津山花ぞみちくる沖つ白波(藤原基家)
露霜のおきつ白波たつた山もみぢの錦そめぬまぞなき(後宇多院)
わたつ海に見れば幾重ぞたつた山峰こす雲の奥つしら波(正広)
さみだれは晴れぬ日数のたつた山越え行く雲や奥つしら波(松永貞徳)

 

忘られむ時しのべとぞ浜千鳥ゆくへもしらぬ跡をとどむる(古今996)

【通釈】いずれ忘れられようとする時、これを読んで思い慕ってくれと、文字を書き記して残すのである。浜千鳥がゆくえも知らず飛び立とうとも、足跡を残してゆくように。

【語釈】◇跡をとどむる 文字を書き留める。黄帝の史官であった蒼頡が鳥の足跡を見て漢字を発明したとの伝説を踏まえる。

【補記】古今集ではこの歌に続き「神な月時雨ふりおける…」という万葉集の作られた時代を詠む歌が置かれており、掲出歌は古今集編纂にかける編者たちの思いを籠めた一首と推測される。古今集の排列を離れて読めば、死後に自分のことを偲んでほしいと手紙を書き遺す人の心情を詠んだ歌ということになる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、俊頼髄脳、定家八代抄

【参考歌】藤原興風「寛平御時后宮歌合」「新古今集」
霜のうへに跡ふみつくる浜千鳥行へもなしと鳴きのみぞふる

 

うちわたす遠方(をちかた)人に物申す我 そのそこに白く咲けるは何の花ぞも(古今1007)

【通釈】ずっと遠くを行く方にお尋ねします、その、そちらに白く咲いているのは何の花ですかね。

【語釈】◇そのそこ 尋ねかけた相手のそばを指す。◇何の花ぞも 白梅の花を指すとする説があるが、花にかこつけて女に名を尋ねることに話手の意図があり、何の花かは問題でない。「ぞも」は指定の終助詞「ぞ」詠嘆の終助詞「も」を添えたもので、疑問の語と共に用いて、詠嘆を含む疑問をあらわす。

【補記】古今集巻十九「雑体」のうちの旋頭歌。返歌と共に問答体をなし、男女掛け合いの謡い物であったか。男が遠くに美しい女を見つけ、花の名を尋ねることにかこつけて、その女に言い寄ろうと声を掛けた。女の方はやはり花にことよせて、たやすく名を明かせようかと応じたのであろう。

【他出】躬恒集、新撰髄脳、定家八代抄、八雲御抄、三五記、悦目抄、了俊歌学書

【参考歌】駿河采女「万葉集」巻八
沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも

【主な派生歌】
うちわたす遠方人にこととへど答へぬからにしるき花かな(小弁[新古今])
咲きにけり遠方人にこととひて名を知りそめし夕顔の花(*小侍従[続古今])
渡りする遠方人の袖かとや美豆野にしろき夕顔の花(藤原定家)
しげりゆく色は緑の夏山になにの花ぞものこる白雲(正徹)
雲と見る梢や花と山桜をちかた人にとひつつぞゆく(武者小路実陰)

返し

春されば野辺にまづ咲く見れどあかぬ花 まひなしにただ名のるべき花の名なれや(古今1008)

【通釈】春になると野辺に真っ先に咲く、見ても飽きない花。見返りもなしに、たやすく名を知らせるような花でしょうか。

【語釈】◇まひなしに 「まひ」は幣。お礼として捧げる物。◇見れどあかぬ花 いくら賞美しても満足することがない花。「見れどあかぬ」は万葉集に頻出する語。

【補記】これも旋頭歌。男が名を尋ね、女が拒むという「名」をめぐっての男女の歌のやり取りは古くからあり、その型を踏んだものと見える。

【参考歌】山上憶良「万葉集」巻五
春さればまづ咲く屋戸の梅の花独り見つつや春日暮らさむ

 

初瀬川ふる川の()に二もとある杉 年を経てまたも相見む二もとある杉(古今1009)

【通釈】初瀬川と布留川の合流するあたりの川辺に、昔から二本立っている杉――私たちも、年を経てのち、再び逢おう、二本立っている杉のように。

【語釈】◇初瀬(はつせ) 三輪山を巡るように流れ、佐保川と合流して大和川となる。◇ふる川 布留川。石上神宮のわきを流れ、初瀬川に合流する。「ふる」には「経る」意が掛かる。但し「はつせ川ふる川」を「初瀬川という古い川」の意に解する説もある。

【補記】旋頭歌。何かの事情で別れを余儀なくされた人が、恋人か連れ合いに対し、二本杉に託して再会を誓った歌。その土地では有名な二本杉であったのだろう。土地に伝わる古い歌謡と思われる。

【他出】躬恒集、古今和歌六帖、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄、三五記、了俊歌学書

【主な派生歌】
ふたもとの杉のたちどをたづねずはふる川のべに君を見ましや([源氏物語])
契りきなまた忘れずよ初瀬川ふる川のべの二もとの杉(寂蓮[続後撰])
すずしさは秋やかへりて初瀬川ふる川の辺の杉の下かげ(藤原有家[新古])
二もとの杉のこずゑは初時雨ふる川の辺に色もかはらず(藤原良経)
夕立のふる川の辺のふかみどり濡れて涼しき二もとの杉(藤原道家)
五月雨はふる川の辺に水こえて波間にたてる二もとの杉(飛鳥井雅有[続拾遺])
茂からぬ木かげもすずしふる川やただ二もとの杉の下風(中臣祐臣)
よそながらふる川の辺に立つ杉もまた逢ひ見じと契りやはせし(二条為藤[新続古今])

誹諧歌

 

我を思ふ人を思はぬ報いにや我が思ふ人の我を思はぬ(古今1041)

【通釈】前世で私を思ってくれた人を思わなかった報いなのだろうか、現世で私が思っている人が私を思ってくれない。

【補記】恋愛における因果応報を詠む。

【他出】古今和歌六帖、九品和歌(中下)、奥義抄、和歌色葉、題林愚抄

【主な派生歌】
つらきさへ君がためにぞ歎かるる報いにかかる恋もこそすれ(藤原定家
つれなくて過ぎこしかたの報いにやかはるつらさを身に歎くらん(長慶天皇中宮[新葉])
さきの世のわがつれなさの報いにや人のつらさをいま嘆くらん(日野俊光

神遊びの歌

とりものの歌

深山(みやま)には霰ふるらし外山なるまさきの(かづら)色づきにけり(古今1077)

【通釈】奥深い山では霰が降っているらしい。外山にあるまさきのかずらが色づいたのだった。

【語釈】◇外山(とやま) 山地の外側にあたる、人里に近い山。「深山」の反意語。◇まさきの葛 テイカカズラの古称と言う。常緑のつる性植物。

【補記】神前で楽人が舞う際に手に持つ「採り物」についての歌。掲出歌は「まさきのかづら」が「採り物」にあたる。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、新撰髄脳、金玉集、九品和歌、深窓秘抄、和漢朗詠集、和歌体十種(神妙体)、俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、袖中抄、和歌十体(神妙体)、定家八代抄、悦目抄、井蛙抄

【参考歌】作者未詳「新撰万葉集」
十月(かみなづき)霖降るらし山里のまさきのもみぢ色まさりゆく

【主な派生歌】
深山には霰ふるらし聞く人の袖さへやがて冴え渡りけり(藤原俊成)

おとづれしまさきの葛ちりはてて外山も今は霰をぞきく(藤原定家)
霰ふるまさきのかづら暮るる日の外山にうつる影ぞみじかき(*飛鳥井雅経[続拾遺])
風はやみ庭火のかげも寒けきはまこと深山も霰ふるらし(田安宗武)

ひるめの歌

ささのくまひのくま河に駒とめてしばし水かへ影をだに見む(古今1080)

【通釈】陽の(くま)の名に因む檜前(ひのくま)川のほとりに馬を駐めて、しばらく水を与えよ。その間に、水に映った日の光を、ひるめの神のお姿として拝もう。

【語釈】◇ひるめ 日の女神。天照大神の別称。◇ささのくま 万葉集に見える檜前河の枕詞「さひのくま」の転。◇ひのくま河 大和国飛鳥の檜前(ひのくま)を流れる小川。「陽の隈(日光のあたる隅)」の意を掛ける。◇水かへ 水を飲ませよ。「かへ」は「飼ふ(食い物や水をやる意)」の命令形。

【補記】『大嘗会悠紀主基和歌』によれば、仁明天皇の大嘗会における主基(備中国)風俗歌。

【他出】俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、定家八代抄、歌枕名寄、大嘗会悠紀主基和歌

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十二
左桧隈 桧隈河尓 駐馬 馬尓水令飲 吾外将見(さひのくま ひのくまがはに うまとどめ うまにみづかへ われよそにみむ)

【主な派生歌】
駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川(藤原俊成[新古])
いかにせむひのくま河の時鳥ただひと声の影もとまらず(藤原定家)

東歌

陸奥歌(みちのくうた) (六首)

あぶくまに霧立ちくもり明けぬとも君をばやらじ待てばすべなし(古今1087)

【通釈】仰ぐ間に阿武隈川に朝霧が立ち込め、夜が明けてしまっても、あなたを帰すまい。再び夜になるまで家で待っているのは耐えられない。

【語釈】◇あぶくま 阿武隈川。福島県白河市の山中に発し、仙台湾に注ぐ。「仰(あふ)ぐ間」と掛詞。◇君をばやらじ あなたを行かせまい。◇待てばすべなし 待つとしたら、どうしようもなくて困る。

【補記】夜が明けて帰る男を引き留めようとする女の歌。

【他出】古今和歌六帖、綺語抄、五代集歌枕、定家八代抄、歌枕名寄、歌林良材

【参考歌】大伴宿奈麻呂「万葉集」巻四
うちひさす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦しやればすべなし

【主な派生歌】
明けぬとて君をばやらじあぢきなし暮を待つまもさだめなきよに(藤原教長)
たちくもる阿武隈川の霧のまに秋をばやらぬ関もすゑなむ(藤原定家)
人しれず思へばくるし武隈の松とは待たじ待てばすべなし(源実朝)
あぶくまに瀬瀬の水かさもまさるなり君をばやらじ五月雨の頃(宗良親王)
天の川けふ七夕のあふくまに霧たちわたる思ひそふらむ(三条西実隆)
明けぬともたれをやらじとあぶくまにむすぼほれたる今朝の川霧(〃)

 

みちのくはいづくはあれど塩竈(しほがま)の浦こぐ舟の綱手かなしも(古今1088)

【通釈】陸奥は、どこかほかにも良い風景はあるが、塩竈の浦を漕ぐ舟の綱手が心にしみて面白い。

【語釈】◇塩竈の浦 宮城県の塩竈湾。多賀城の外港として古くから栄えた。松島が近く、風光の美にも恵まれている。◇綱手 舟を陸上から引く綱。またその綱で舟を引くのを業とする者。◇かなしも この「かなし」は「愛(かな)し」で、強く興味を惹かれるさま。

【補記】陸奥を旅する者の詠。古今集の東歌十四首中半分を陸奥の歌が占め、当時の都人の陸奥に対する強い関心と憧憬が窺われる。

【他出】伊勢集、奥義抄、五代集歌枕、袖中抄、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
世中は常にもがもな渚こぐ海人のを舟の綱手かなしも(*源実朝[新勅撰])
月影のいづくはあれど春の夜の霞にくもる塩竈の浦(行意)
春のくるいづくはあれど朝霞けぶりに深き塩竈の浦(定為)

 

をぐろさきみつの小島の人ならば都のつとにいざといはましを(古今1090)

【通釈】小黒崎のみつの小島が人であったなら、都への土産物に「さあ一緒に」と言おうものを。

【語釈】◇をぐろさきみつの小島 陸奥国の地名らしいということ以外は不明。「をぐろ」に「を黒」、「みつ」に「見つ」を掛けて、闇の中で逢い引きした女を暗示しているか。

【補記】これも都から陸奥に旅した者の詠であろう。美しい小島を人に喩えているが、実際には小島に現地の女性を暗示しているものと思われる。

【他出】奥義抄、五代集歌枕、和歌初学抄、定家八代抄、歌枕名寄、井蛙抄

【主な派生歌】
人ならぬ岩木もさらにかなしきはみつの小島の秋の夕暮(*順徳院[続古今])
さそふべきみつの小島の人もなしひとりぞかへる都こひつつ(藤原道家[新後撰])
をぐろ崎都のつとはやぶれにき霧につつみしみつの浦風(正徹)
さそはれていはばや月にうきねするみつの小島の人ならずとも(宗祇)

 

みさぶらひ御笠(みかさ)と申せ宮木野(みやぎの)()下露(したつゆ)は雨にまされり(古今1091)

【通釈】お供の人よ、「御笠をどうぞ」とご主人に申し上げなさい。ここ宮木野は宮木と言いながら下露が漏れ、雨にも増さるほどです。

【語釈】◇みさぶらひ 御侍。貴人の従者に対する尊敬語。◇宮木野 宮城野。宮城県仙台市あたりの野。地名に「宮木」すなわち宮殿造営の木材の意を掛け、宮木で建てた御殿なら雨漏りはしないが、この宮城野では露の漏れがひどいと洒落ている。◇雨にまされり (雫の量が)雨にまさって多い。

【補記】宮城野を旅する貴人の一行。木の下露のひどさに、土地の者が御供の者に向かって戯れを言い掛けている。上句のミ音の繰り返しがリズミカルで愛誦性に富む。

【他出】古今和歌六帖、新撰髄脳、奥義抄、五代集歌枕、和歌色葉、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
別るるもとまるも同じ宮城野の木の下露はかさもとりあへず(藤原長能[新続古今])
宮城野の小萩をわけて行く水や木のした露の流なるらむ(藤原季経[続後拾遺])
宮城野のこの下露に郭公ぬれてやきつる涙かるとて(藤原定家)
宮城野のこの下露にくらべばや雨よりけなる袖のしづくを(〃)
宮城野のこの下露をかたしきて袖に小萩のかたみをや見む(藤原良経)
とにかくにみかさと申せ夏ふかきすゑのはら野に日てり雨ふる(葉室光俊)
宮城野の木の下露や落ちぬらむ草葉にあまる秋のよの月(雅成親王[新拾遺]) 宮城野の木の下露も色見えてうつりぞまさる秋はぎの花(亀山院[続拾遺])
宮城野のこのした露に立ちぬれていく夜か鹿の妻をこふらむ(飛鳥井雅有[新後撰])
秋萩の花咲きしより宮城野のこのした露のおかぬ日ぞなき(吉田為経[玉葉])
たづきなき野路の時雨に思ふかな笠をと言ひし人の心を(大国隆正)

 

最上川(もがみがは)のぼればくだる稲舟(いなぶね)のいなにはあらずこの月ばかり(古今1092)

【通釈】最上川を上っては下る稲舟――その「いな」ではないけれど、否(いな)というわけではないのです。今月だけはちょっと…。

【語釈】◇最上川 出羽国の歌枕。福島・山形県境に発し、山形県を貫流して日本海に注ぐ。◇稲舟 稲を積んだ舟。「稲舟の」までが同音の「否」(求愛に対する拒絶)を言い起こす序詞。◇この月ばかり 今月だけは事情があって駄目だということ。

【補記】男の求愛を当面拒絶する女の歌であろう。上句は「いな舟」から同音の「否(いな)」を導き出しているが、それだけでなく、舟が上れば下るように、物事は一方通行ではなく、都合の良い時もあれば悪い時もあるということをほのめかしている。いわゆる有心(うしん)の序である。

【他出】古今和歌六帖、俊頼髄脳、綺語抄、奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄

【主な派生歌】
最上川かげこそおなじ稲舟ののぼればくだす岸の青柳(飛鳥井雅経)
最上川いなとこたへて稲舟のしばしばかりは心をも見む(*後鳥羽院下野[新後拾])
逢ひ見しもしばしばかりぞ稲舟のいなとて人は遠ざかりにき(宗尊親王)
老の波また立ち別れいな舟ののぼればくだる旅の苦しさ(*宗良親王[新葉])
いそげなほ穂波をわたる稲舟のこの月ばかり秋の初雁(正徹)
稲舟のうき世なりけり最上川のぼればくだる旅の心は(細川幽斎)

 

君をおきてあだし心をわがもたば末の松山浪も越えなむ(古今1093)

【通釈】あなたを差し措いて、もし浮気心を私が持ったとしたら、末の松山は波も越えるでしょう。そんなことは決してあり得ません。

【語釈】◇あだし心 他へ向く心。浮気心。◇末の松山 古今集の「みちのくうた」が陸奥の歌枕を列ねていることから、この「末の松山」も陸奥の地名と見られている。比定地としては多賀城付近とする説などがあるが、不明と言うしかない。おそらく「すゑ」は村などの名で(例えば日本各地に「須恵」の地名が残る)、「松山」は松の生える山を意味する普通名詞であろう。◇浪も越えなむ (末の松山を)波も越えるだろう。あり得ないことの喩え。

【補記】あり得ない自然現象を引き合いに出して、変わらぬ愛を誓った歌。おそらく当地に津波伝説があって、「大津波も末の松山は越さなかった」というような言い伝えや諺があったものと想像される。

【他出】奥義抄、和歌初学抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、和歌無底抄、歌林良材

【主な派生歌】
浦ちかくふりくる雪は白波の末の松山こすかとぞ見る(*藤原興風[古今集])
松山にまつ波こえていにけれどいかが思はむあだしごころを(元良親王)
ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波こさじとは(*清原元輔[後拾遺])
白波のこゆらむ末の松山は花とや見ゆる春の夜の月(*加賀左衛門[新古今])
鶴のゐる松とて何かたのむべき今は梢に波もこえなむ(待賢門院堀河[新拾遺])
老の波こえける身こそあはれなれ今年も今は末の松山(*寂蓮[新古今])
霞たつ末の松山ほのぼのと波にはなるる横雲の空(*藤原家隆[新古今])
思ひ出でよ末の松山末までも浪こさじとは契らざりきや(藤原定家)
浪こさむ袖とはかねて思ひにき末の松山たづね見しより(藤原定家)

常陸歌

筑波嶺(つくばね)のこのもかのもに影はあれど君がみかげにますかげはなし(古今1095)

【通釈】筑波嶺のこちらにもあちらにも陰はたくさんあるけれども、あなたの御影にまさる「かげ」はありません。

【語釈】◇筑波嶺 筑波山。歌枕紀行参照。◇このもかのもに こちらにもあちらにも。◇影はあれど 木陰・山陰などの陰はたくさんあるけれども。◇君がみかげ 恋歌と解すれば恋人の面影の意となるが、古今仮名序に「さざれいしにたとへ、つくば山にかけてきみをねがひ」とあるのに従えば、主君の庇護を意味するのだろう。

【補記】神の山として信仰されていた筑波山に寄せて、主君の恩恵に感謝した歌。

【他出】奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、和歌初学抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄、歌林良材

【主な派生歌】
筑波嶺の木の本ごとに立ちぞよる春のみ山のかげを恋ひつつ(宮路潔興[古今])
筑波山このもかのもの紅葉ばは秋は暮れどもあかずぞありける(壬生忠見)
暮れぬともいざ越えゆかむ筑波嶺のこのもかのもにかかる月かげ(藤原家隆)
筑波嶺のこのもかのもの嵐にも君が御かげをなほやたのまむ(飛鳥井雅経)
分けもみずともに心はつくばねやこのもかのもの人めしげきを(正徹)

甲斐歌(二首)

甲斐(かひ)()をさやにも見しがけけれなく横ほりふせるさやの中山(古今1097)

【通釈】甲斐ヶ嶺をはっきりと見たいのに。心なく横たわる、小夜の中山よ。

【語釈】◇甲斐が嶺 甲斐国の高山。赤石山脈の白根三山かと言う。また富士山とも。◇さやにも見しが はっきりと見たい。「しが」は願望の助詞。◇けけれなく 心なく。「けけれ」は「こころ」の東国方言。◇よこほりふせる 横たわる。小夜の中山が目の前に横たわって、甲斐が嶺を見ることを邪魔しているのである。◇さやの中山 遠江国の歌枕。静岡県掛川市日坂と金谷町菊川の間、急崚な坂にはさまれた尾根づたいの峠で、街道の難所の一つ。

【補記】遠江を旅する人が、故郷の甲斐の山を見たいと望郷の思いを詠んだ歌であろう。

【他出】俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、五代集歌枕、和歌初学抄、袖中抄、和歌色葉、定家八代抄、八雲御抄、色葉和難集、歌枕名寄

【参考歌】大伴家持「夫木抄」(古来歌)
旅人のよこほりふせる山こえて月にもいくよわかれしつらむ

【主な派生歌】
東ぢやよこほりふせる山の名もさやかに見せてはるる白雲(藤原家隆)
思ふともこふともなにのかひがねよよこほりふせる山をへだてて(藤原定家)
甲斐が嶺はかすかにだにも見えざりき涙にくれしさやの中山(*宗尊親王)
甲斐がねやさ山のともし影白しよこほりふせる鹿やなからむ(心敬)
旅人はさやにも見しか雲はるる甲斐が嶺出づる秋の夜の月(後土御門院)

 

甲斐(かひ)()()こし山こし吹く風を人にもがもやことづてやらむ(古今1098)

【通釈】峰を越し山を越して甲斐ヶ嶺を吹く風、この風が人であってほしいよ。故郷の家族に伝言を託そうから。

【語釈】◇甲斐が嶺 既出。◇ねこし山こし 嶺を越し山を越し。◇人にもがもや (風が)人であってほしい。

【補記】甲斐が嶺を見つつ旅する人の故郷への思い。

【他出】奥義抄、五代集歌枕、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、歌枕名寄

【主な派生歌】
鹿の音を嶺こし山こしことづてよ妻にもがもや秋の夕風(飛鳥井雅経)
吹く風にことづてやらむ東路の嶺こし山こし思ふ心を(宗尊親王)
夕立はふりくる空の待たるやと嶺こし山こし風や告ぐらむ(後柏原天皇)
をつくばも遠つあしほも霞むなり嶺こし山こし春や来ぬらむ(*賀茂真淵)

伊勢歌

おふの浦に片枝さしおほひなる梨のなりもならずも寝て語らはむ(古今1099)

【通釈】「おふ」の浦に片方の枝が覆いかぶさるようにして生(な)る梨の実ではないが、私たちの恋が成るにせよ成らぬにせよ、とりあえず共寝をして語り合おうよ。

【語釈】◇おふの浦 「をふの浦」とも書かれる。万葉集に「乎不(をふ)乃宇良」「乎布能浦」が見えるが、いずれも越中国の地名。掲出歌では伊勢の地名であるはずだが、どことも知れない。いずれにせよこの歌によって梨の名所とされた。「生(お)ふ」の意が響く。◇片枝(かたえ)さしおほひ 片方の枝だけが覆い被さって。◇なる梨の 生(な)る梨の実ではないが。ここまでは「なり」を言い起こす序詞。「梨」に「無し」の意が掛かるところに面白みがある。◇なりもならずも 恋が成就するにせよしないにせよ。

【補記】日頃目にしていた海岸の風景に寄せて、情事を誘った歌であろう。万葉集の東歌に類想の歌がある。古今集の中では殊に素朴な、古い歌謡の姿をとどめている歌である。

【他出】古今和歌六帖、袖中抄、定家八代抄、歌枕名寄、井蛙抄、六華集、歌林良材

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十四
小山田の池の堤にさす柳なりもならずも汝と二人はも

【主な派生歌】
かくれなき身とはしるしる山梨のをふの浦まで思ひやるかな(藤原実方)
閨のうへに片枝さしおほひそともなる葉広柏に霰ふるなり(能因[新古今])
桜麻のをふの浦波立ちかへり見れどもあかず山梨の花(*源俊頼[新古今])
片枝さすをふのうらなし初秋になりもならずも風ぞ身にしむ(*宮内卿[新古今])
六十路までなりもならずも今はわが年こそ身にはをふのうらなし(宇都宮景綱)
をふの浦の友なし千鳥みつ潮になりもならずも波に鳴く声(正徹)
白波の梢おほふと見るばかり苧生(をふ)の浦梨花咲きにけり(石川依平)


更新日:平成17年02月22日
最終更新日:平成23年09月29日