小野小町 おののこまち 生没年不詳

出自不詳。『古今和歌集目録』には「出羽国郡司女。或云、母衣通姫云々。号比右(古)姫云々」とあり、『小野氏系図』にはの孫で、出羽郡司良真の女子とあるが、いずれも疑わしい。ほかに出羽守小野滝雄の子とする説などがある。
経歴等も明らかでないが、仁明朝(833〜850)・文徳朝(850〜858)頃、後宮に仕えていたことは確からしい。「小町」の名から、姉と共に仁明天皇の更衣(または中臈女房)であったと見る説があり、また『続日本後紀』承和九年(842)正月の記事に見える小野吉子(仁明天皇の更衣とみられる)と同一人、またはその妹とする説がある。
古今集・後撰集の歌からは安部清行小野貞樹僧正遍昭文室康秀との親交が窺え、また「小町が姉」の歌が見える。
家集『小野小町集』に百余首の歌を伝える(異本系は七十首足らず)が、後世の他撰であり、他人の作が混入している。確実に小町の歌と言えるのは古今集所載歌十八首のみとも言い、あるいはこれに後撰集の四首を加える論者もいる。古今・後撰以外の勅撰集入集歌はすべて『小町集』から採録したものと考えられ、本当に小町の作であるか疑わしいものが多いとされる。小町の名での勅撰入集は総計六十五首。
六歌仙三十六歌仙。古今集仮名序には「いにしへの衣通姫の流なり、あはれなるやうにて強からず、いはばよき女のなやめるところあるに似たり」と評されている。

以下には勅撰集と流布本系『小町集』より、小町作と伝わる歌四十五首を抜萃した。本文は新編国歌大観に拠ったが、『小町集』に限り、他本によって差し替えた箇所もある。歌の末尾の()内は出典を示す。出典を示していない歌は、全て『小町集』から採ったものである。小町集出典の勅撰入集歌は、歌の末尾に〔〕で括って勅撰集名を示した。アラビア数字は新編国歌大観番号である。

小野小町の墓
伝小野小町墓 京都府綴喜郡井手町

 夢と知りせば 9首 色見えで 12首 我が身をうらと 4首 身を浮草の 7首
 花の色は 6首 樋口あけたまへ 1首 我が身のはてよ 6首 計45首

夢と知りせば… 夢と恋

題しらず (三首)

思ひつつ()ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを(古今552)

【通釈】恋しく思いながら寝入ったので、その人が現れたのだろうか。夢だと知っていたら、目覚めたくはなかったのに。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、小町集、和歌体十種、三十人撰、三十六人撰、古来風躰抄、定家八代抄

【主な派生歌】
夢にても夢としりせば寝ざめしてあかぬなごりをなげかざらまし(安法法師)
さめてこそみるべかりけれうつつにもあとはかもなき夢としりせば(和泉式部)
思ひつつぬるよかたらふ時鳥さめざらましの夢か現か(藤原俊成女)
おのづからさめざらましの夢もうしぬればや人をたのむ枕に(藤原信実)
人はいさ思ひも出でじ歎きつつぬればや逢ふと夢にみゆらむ(宗尊親王)
思ひつつぬればや人のとばかりに夜な夜なたのむ夢もはかなし(〃)
思ひつつぬればなるべし夢にさへつらく見えつるけさのわびしさ(盛明親王[玉葉])
結ばでもあらまし物を馴れしよの契を今の夢としりせば(冷泉為相[続千載])
思ひつつぬれば見し世にかへるなり夢路やいつも昔なるらむ(*長慶天皇[新葉])
思ひつつぬれども見えぬことぞある夢や心の道たがふらむ(正徹)
月みつつぬればや袖の露の間もみえぬ夢野の秋のたまくら(*貞常親王)
思ひつつぬればやみえし俤にけささく花の春のよの夢(松永貞徳)
明けぬまに散りもやせむと思ひつつぬればや花の夢に見ゆらむ(読人不知)
思ひつつぬればあやしなそれとだにしらぬ人をも夢にみてげり(賀茂真淵)
さめてのちことかよはさむ道をだにとはましものを夢としりせば(小沢蘆庵)
ゆめと知りせばなまなかに/さめざらましを世に出でて/うらわかぐさのうらわかみ/何をか夢の名残ぞと/問はば答へむ目さめては/熱き涙のかわく間もなし(島崎藤村「昼の夢」)

 

うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき(古今553)

【通釈】不意に落ちたうたた寝に、恋しい人を見た。その時から、夢という頼りないはずのものを、頼みに思うようになってしまった。

【他出】小町集、古今和歌六帖、定家八代抄

【主な派生歌】
いかに寝て見えしなるらむうたたねの夢よりのちは物をこそ思へ(*赤染衛門[新古今])
うたたねの夢に逢ひみて後よりは人もたのめぬ暮ぞ待たるる(源慶[千載])
たのまれぬ夢てふ物のうき世には恋しき人のえやは見えける(藤原定家)
思ひ寝の夢てふものに誘はれてたのまぬ中にゆく月日かな(*藤原基家)
来ぬ人によそへて待ちし夕べより月てふものは恨みそめてき(*後嵯峨院[続後撰])
いとどまた夢てふ物をたのめとや思ひねになくほととぎすかな(*宗尊親王)
逢ふとみて頼むぞ難きうたたねの夢てふ物は誠ならねば(藤原景家[続拾遺])
歎き侘び独りぬる夜の慰めに夢てふ物はある世なりけり(藤原実伊[続後拾遺])

 

いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る(古今554)

【通釈】どうにもならぬほど恋しい時は、夜の衣を裏返して着るのです。

【語釈】◇いとせめて この上なくひどく。どうにもならぬほど。◇夜の衣をかへして 衣を裏返して寝ると、恋人の夢に自分が現れるという古い俗信があった。万葉集にも「我妹子に恋ひてすべなみ白栲の袖返ししは夢に見えきや」という歌がある。

【他出】小町集、古今和歌六帖、俊頼髄脳、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、女房三十六人歌合、歌林良材

【主な派生歌】
いとせめて恋しきたびの唐衣ほどなくかへす人もあらなむ(源公忠[後撰])
恋しとも思ふ心のなければや夜の衣をかへさざるらむ(藤原定頼)
夢にだにあひ見むことをいのるかな夜の衣をかへすがへすも(慈円)
いとせめて恋しきころとふるさとにかすみの衣かへる雁がね(兼好)
夢にだにせめてや逢ふとさ夜衣まちよわる床にかへしてぞぬる(後崇光院)
草まくらあひ見る夢もむすぶやとかへしてぞぬる旅の衣手(冷泉為村)
よるもなほ夢路にだにと見しけふの花染衣かへしてぞぬる(本居宣長)

題しらず (三首)

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをもると見るがわびしさ(古今656)

【通釈】現実にあっては、人目をうかがうということもあるだろう。でも夢の中でさえ、私は他人の目を気にしている。そんな夢を見ることの侘びしさよ。

【校異】第四句「人めをよくと」とする本もある。『小町集』は第四句「人目つつむと」、詞書は「やんごとなき人のしのび給に」。

【他出】小町集、定家八代抄

【主な派生歌】
うつつにはさもこそあらめほととぎす夢ぢにさへも一声はなけ(飛鳥井雅有)
逢見むといひてしものをうつそみの人めをもると月ぞへにける(本居宣長)

 

かぎりなき思ひのままに夜も来む夢路をさへに人はとがめじ(古今657)

【通釈】果てしないあなたへの思い――この「思ひ」の火のままに導かれて、暗い夜だって、あなたのもとへ来ましょう。夢路までも人は咎め立てしないでしょう。

【語釈】◇思ひのままに 「思ひ」の「ひ」に「火」を掛ける。◇夜も来む この「来む」は相手の立場に立っての謂で、自分の行為としては「あなたのもとへ行こう」ということ。

【他出】小町集、古今和歌六帖(作者名不明記)

 

夢路には足もやすめず通へどもうつつにひとめ見しごとはあらず(古今658)

【通釈】夢の中の通り路では、足も休めずにあなたのもとへ通いますけれども、いくら夢でお逢いできても現実に一目お逢いした時にはかないません。

【他出】小町集、新撰和歌髄脳、古今和歌六帖、俊頼髄脳、奥義抄、定家八代抄

【主な派生歌】
ねざめまでなほぞ苦しきゆきかへり足もやすめぬ夢の通ひ路(藤原有家[続古今])
かぎりありてあしもやすめず春や行く夢までをしきけふの別れぢ(小倉公雄)
恋ひ死ねとするわざならば夢よりも現にひと目みゆべきものを(宗良親王家京極)
旅衣うちぬるままの古里にかよふ夢路は足もやすめず(後水尾院)

〔詞書欠〕

恋ひわびぬしばしも寝ばや夢のうちに見ゆれば逢ひぬ見ねば忘れぬ〔新千載1156〕

【通釈】恋しさの果てに疲れきってしまった。しばらくだけでも眠りたい。もし夢にあの人を見れば、逢えたということだ。夢に見なければ、せめて眠っている間は忘れてしまえる。

【補記】『小町集』は詞書なし、新千載集では「題しらず」。

【主な派生歌】
夏の境を鳥渡るかなあさき夢にみゆれば逢ひぬみねば忘れぬ(山中智恵子)

〔詞書欠〕

はかなくも枕さだめず明かすかな夢語りせし人を待つとて〔玉葉1593〕

【通釈】どこへ枕を定めればよいか、空しく迷ううち、夜を明かしてしまうとは。かつて夢で親しく語り合った、あの人を待つとて…。

【補記】古今集よみ人しらずの歌に「宵々に枕さだめむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ」があり、枕の置き方によって夢見をコントロールできると信じられていたらしい。小町の歌の「枕さだめず」もそのことを言っているのだろう。『小町集』では最も後世に増補された部分にあり、歌柄も新しい。なお玉葉集では詞書「題しらず」。

〔詞書欠〕

宵々の夢のたましひ足たゆくありても待たむとぶらひにこよ

【通釈】毎夜毎夜、あなたの身体を抜け出す夢の魂――足がだるくなろうとも、私は待っていましょう。訪ねておいでなさい。

【補記】『小町集』より。『小大君集』に小異歌(と言うより誤伝か誤写であろう)が見える(【参考歌】)。

【参考歌】小大君「小大君集」
よひよひの夢のたましひ足たかくありかで待たむとぶらひにこよ

色見えで… 恋諸相

題しらず

湊入(みなといり)玉造江(たまつくりえ)にこぐ舟の音こそたてね君を恋ふれど(新勅撰651)

【通釈】湊の入口の玉造江を漕ぐ舟がしきりと櫓の音をたてる――そのように音には出さずにいる。あなたを恋しく思っているけれど。

【語釈】◇湊入の 万葉集に「湊入りの葦分け小舟」と見える。掲出歌では「玉造江」を枕詞風に修飾しているようである。◇玉造江 『小町集』によれば陸奥の歌枕。宮城県北西部の海岸かという。但し大阪市天王寺区に「玉造」の地名が見え、新勅撰集の撰者である藤原定家は難波江の一部と見ていたか。◇音こそたてね 音には立てずに泣いている。「たてね」の「ね」は係助詞「こそ」との係り結びによって打消の助動詞「ず」を已然形で結んだもの。

【補記】『小町集』では初句「みちのくの」、第四句「ほにこそいでね」。新勅撰集の本文は撰者の定家が手を入れたものであろう。因みに、この歌ゆえか「玉造」はのち小町の死に場所に付会され(鴨長明『無名抄』)、また『玉造小町子壮衰書』という書の名称の所以ともなったらしい。

【他出】小町集、古今和歌六帖(作者名不明記)

〔詞書欠〕

春雨のさはへふるごと音もなく人に知られで濡るる袖かな〔玉葉1268〕

【通釈】春雨が沢へと降るように音もなく、人に知られぬまま涙に濡れる我が袖よ。

【語釈】◇さは 沢。山陰などの、水が浅く溜まっている土地。◇音もなく 「泣き声を忍んで」の意を籠める。

【補記】異本系『小町集』では第二句「沢にふるごと」とあり、万代集・玉葉集も同じ。また玉葉集の詞書は「題しらず」。

男の気色(けしき)やうやうつらげに見えければ

心からうきたる舟にのりそめてひと日も浪にぬれぬ日ぞなき(後撰779)

【通釈】自分の心から、浮いた舟――この辛い恋の舟に乗り始めて、以来一日とて波ならぬ涙に濡れない日はないことよ。

【語釈】◇心から 自分の一存で。◇うきたる舟 「うき」は「浮き」「憂き」の掛詞。◇浪 同音を含む涙を暗示する。

【補記】恋人の男の態度が次第に冷たくなってゆくように見えたので詠んだという歌。『小町集』では詞書「ある人、心かはりてみえしに」。

【他出】小町集、古今和歌六帖、新撰朗詠集

【主な派生歌】
しほたるるあまの衣にことなれや浮きたる波にぬるるわが袖(源氏物語・早蕨)
仮の世をおもひ知りてや白浪のうきたる舟によるべさだめぬ(藤原教長)

題しらず

秋の夜も名のみなりけり逢ふといへば事ぞともなく明けぬるものを(古今635)

【通釈】秋の夜長というが、それも名ばかりであった。逢い引きの夜ともなれば、別して長いなんてことなく、たちまち明けてしまったではないか。

【他出】小町集、古今和歌六帖、伊勢物語

【主な派生歌】
むつごともまだつきなくに明けぬめりいづらは秋の長してふ夜は(凡河内躬恒[古今])
あふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や(藤原家隆[新古今])
秋の夜を事ぞともなく明けぬとは七夕つめや思ひしるらむ(藤原親子[新続古今])

〔詞書欠〕

露の命はかなきものを朝夕に生きたるかぎり逢ひ見てしがな〔続後撰1281〕

【通釈】露のような命、はかないものではないか。生きている限り、朝も夕も、逢っていたい。

【補記】『小町集』は詞書なし。続後撰集では「題しらず」。

【校異】第二句「はかなきものと」とする本もある。

題しらず

人に逢はむ月のなきには思ひおきて胸はしり火に心やけをり(古今1030)

【通釈】月が出ていず、恋人に逢える手立てのない夜には、相手のことを思いながら起きていて、ではないが、胸はさわぎ、飛ぶ火の粉に我が心は焼けるようだ。

【語釈】◇月のなきには 「月」に「付き」(手がかり)の意を掛ける。◇思ひおきて 「おき」に「燠」を掛ける。◇胸はしり火 胸走り火。「胸はしり」(胸騷ぎ)・「走り火」(飛びはねる火の粉)の掛詞。恋の燃える思いを、胸の中を飛びはねる火と言った。

【補記】古今集巻二十、誹諧歌。

〔詞書欠〕

世の中はあすか川にもならばなれ君と我とが中し絶えずは〔風雅1232〕

【通釈】この世は飛鳥川のように常無きものであってもかまわない。あなたと私の仲が絶えずにいてくれるなら。

【語釈】◇あすか川 飛鳥川。大和国の歌枕。下記本歌により無常の象徴。

【補記】『小町集』の末尾近くにあり、後世増補された一首と思われるが、作者が小町ではないという確証はない。鎌倉初期の『万代集』には詞書「人のもとにつかはしける」とある。

【他出】万代集、玉葉集異本

【本歌】よみ人しらず「古今集」
世の中はなにか常なるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる

〔詞書欠〕

木がらしの風にも散らで人知れず憂き言の葉のつもる頃かな〔新古1802〕

【通釈】木枯しの風が木々の葉を吹き払うこの季節、私の憂鬱な言の葉――人のつらさを恨む歌は、風に散らされる木の葉でもないのに、人知れず積もり積もってゆくことよ。

【語釈】◇風にも散らで 風に散るわけではないのに、積もってゆく、という気持。◇憂き言の葉 人の辛さを歎く歌。◇人しれず…つもる頃かな 相手の男には見せることのないまま、歌を書き付けた紙が筐底に積もってゆく、ということ。

【補記】新古今集では雑歌とし、第二句「風にもみぢて」。

題しらず

今はとてわが身時雨にふりぬれば言の葉さへにうつろひにけり(古今782)

【通釈】今はもう、時雨が降ると色が変わる樹々のように、我が身も涙に濡れて古びてしまったので、あなたが以前約束して下さった言の葉さえも変わってしまったのです。

【補記】「(時雨に)降り」に「古り」を、「言の葉」に「(木の)葉」を掛けている。古今集によれば小野貞樹に贈った歌のようで、貞樹の返歌がある。

【他出】小町集、定家八代抄

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
秋はててわが身しぐれにふりぬれば事の葉さへにうつろひにけり

【主な派生歌】順徳院「続拾遺集」
ことの葉もわが身時雨の袖の上にたれをしのぶの森の木枯し

題しらず

秋風にあふたのみこそ悲しけれわが身むなしくなりぬと思へば(古今822)

【通釈】(一)秋風に吹かれた田の実(稲穂)は、中身が空になると思えば悲しい。(二)男に飽きられた我が身は、はかなくあてもなくなったと思えば、かつて男に寄せた信頼が悲しい。

【補記】「秋風」に「飽き」、「たのみ(田の実)」に「頼み」、「身」に「実」を掛けている。(一)(二)二つの文脈を、ひとつの歌に重ね合わせているのである。

【他出】小町集、定家八代抄

【主な派生歌】
君が代に逢ふたのみこそ嬉しけれ庵もる雨の時もたがはず(藤原俊成女)

〔詞書欠〕

我が身こそあらぬかとのみ辿らるれとふべき人に忘られしより〔新古1405〕

【通釈】私の方こそ生きていないのではないかと思い迷ってしまうよ。訪ねて来るはずの人に忘れられてしまってから。

【語釈】◇あらぬか この世に存在しないのか。◇忘られしより 恋歌の「忘る」は今で言えば「恋人を捨てる」意にあたる。

【補記】新古今集は「題しらず」。

題しらず

色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける(古今797)

【通釈】花は色に見えて変化するものだが、色には見えず、知らぬうちに変化するもの、それは恋仲にあって人の心に咲く花だったのだ

【補記】「世の中」は男女の仲。「心の花」は実のない心を花に喩えた語。謎を掛けるように歌い起こし、下でそれを解くという構成の歌として最初期の例。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、小町集、三十人撰、前十五番歌合、三十六人撰、古来風躰抄、俊成三十六人歌合、定家八代抄、時代不同歌合、女房三十六人歌合

【参考歌】よみ人しらず「後撰集」
春立ちて我が身ふりぬるながめには人の心の花も散りけり

【主な派生歌】
さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまがへて(式子内親王[新古今])
うつろひぬ心の花は白菊の霜おく色をかつ恨みても(藤原定家)
色見えで春にうつろふ心かな闇はあやなき梅のにほひに(藤原定家)
折節もうつればかへつ世の中の人の心の花染の袖(*藤原俊成女[新古今])
月草のうつろふ色の深ければ人の心の花ぞしほるる(中宮但馬[新勅撰])
あだにのみうつろふ色のつらければ人の心の花は頼まじ(長舜[続千載])
うつり行く人の心の花葛永き世かけて何たのみけむ(小倉実教[続後拾遺])

我が身をうらと… 拒む女

題しらず

海人(あま)のすむ里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人の言ふらむ(古今727)

【通釈】私は海人の住む村里の案内人でもないのに、どうして人は「うらみましょうぞ」とばかり私に言うのでしょう。

【語釈】◇海人 海辺に住み、海産物によって生計を立てていた人々。◇うらみむ 「恨みむ」「浦見む」を掛ける。

【他出】小町集、新撰和歌、伊勢物語(異本)、定家八代抄

【主な派生歌】
水茎の岡の真葛をあまのすむ里のしるべと秋風ぞふく(藤原定家)
海人のすむしるべだになき身をしらでうらみんとのみ思ふ頃かな(飛鳥井雅有)

〔詞書欠〕

ともすればあだなる風にさざ波のなびくてふごと我なびけとや

【通釈】ともすれば、ちょっとした風にもさざ波が立つことはあるでしょう。そんなふうに、実(じつ)のないあなたの言葉に、私もなびけとおっしゃるのですか。

【主な派生歌】
おなじくは我にたはれよ女郎花あだなる風になびくとならば(平忠盛)
女郎花よがれぬ露をおきながらあだなる風になになびくらん(二条院讃岐[新拾遺])

題しらず

みるめなきわが身をうらと知らねばやかれなで海士の足たゆく来る(古今623)

【通釈】いくら言い寄られても、逢うつもりのない私だと知らないで、あの人は縁を切ろうともせず足がだるくなるまで通って来るのでしょうか。まるで、海松布(みるめ)の生えない浦だとも知らず、性懲りもなく通って来る海人のように。

【語釈】◇みるめ 海藻の一種「海松布(みるめ)」に「見る目」を掛ける。◇わが身をうらと 初二句は変則的な倒置で、「我が身をみるめなき浦と」の意とする本居宣長説(古今集遠鏡)に従う。「うら」に「憂(う)」や「恨む」の意が響くことは否定しないが、【通釈】では掛詞として解釈しない。◇かれなで 関係を切らずに。途絶えることなく。

【補記】謡曲『通小町』などに見える「男を拒む小町」の原型的イメージを提供した歌。上句の解釈は諸説あるが、「うら」を掛詞と見ると、話がややこしくなる。「みるめなき浦とは、逢がたき身といふ意也、浦は、たゞ見るめによれる詞のみ也」とする宣長説が明快で良いと思う。

【他出】小町集、古今和歌六帖、伊勢物語

【主な派生歌】
さのみやはかれなで海人のゆきかへりみるめ絶えにし人をうらみん(阿仏尼)
くまもなき月によるとも知らねばやかれなで海人の藻塩たるらん(飛鳥井雅有)
つらからばかれなで海人のさのみなど身を浦波に袖ぬらすらむ(津守国助[新続古今])
さむき江のかげあらはなる村葦のかれなで海人のすむもはかなし(三条西公条)
幾夜かもかれなで海人の蘆の屋に我が身をうらと千鳥鳴くらん(望月長孝)

〔詞書欠〕

われをきみ思ふ心の毛の(すゑ)にありせばまさに逢ひみてましを

【通釈】あなたが私のことを思う心が、髪の毛の末ほどもあるのでしたら、間違いなくお逢いしましょうに。

【語釈】◇毛の末 極めてわずかなことの喩え。

【補記】逢ってくれないことを恨む恋人に対する返答として詠まれた歌か。勅撰未入。『小町集』には小異歌が重出、「我がごとく物おもふ心けのすゑにありせばまさにあひみてましを」。

身を浮草の… 浮世と小町

まへわたりし人に、誰ともなくて取らせたりし

空をゆく月のひかりを雲間より見でや闇にて世ははてぬべき

【通釈】空を渡る月の光が雲間から洩れるのを見ることもなく、闇夜のまま、この夜は終わってしまうのでしょうか。

【補記】流布本系『小町集』で三首目に置かれている。家の前を素通りした男に、「誰ともなくて」(誰からとも知らせずに)、届けさせた歌。上に掲げた【通釈】は表面の意。月の光を男に喩え、あなたに逢えずに「世」(生であり、男との仲でもある)は絶え果ててしまうのか、と言い送ったのである。暗転する下句の絶望の深さが凄まじい。翌朝の男の返しは、「雲晴れて思ひ出づれど言の葉の散れる嘆きは思ひ出もなき」。あなたは歌で歎いておられたが、思い当たるふしがない、ととぼけて見せたのである。

〔詞書欠〕

あやしくもなぐさめがたき心かな姨捨(をばすて)山の月も見なくに〔続古今1850〕

【通釈】いぶかしくも、なだめること難しい、この心苦しさよ。姨捨山の月を見たわけでもないのに。

【語釈】◇姨捨山 信濃国の歌枕。長野県千曲市と同県東筑摩郡筑北村の境にある冠着(かむりき)山かという。下記古今集歌により慰めがたい心痛を象徴する風物となった。

【補記】『小町集』の後世の増補歌群中にある。続古今集の詞書は「題しらず」。

【他出】万代集、歌枕名寄

【本歌】よみ人しらず「古今集」
わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て

対面しぬべくやとあれば

みるめかる海人の行きかふ湊路(みなとぢ)になこその関も我はすゑぬを〔新勅撰652〕

【通釈】海松布を刈る海人たちが行き交う湊の道に、勿来の関を私は据えたりしていないのに。

【語釈】◇みるめ 海藻の一種である海松布に「見る目」すなわち「逢う機会」の意が掛かる。◇なこその関 陸奥国の歌枕。奥州三関の一つ。福島県いわき市勿来町関田関山にあったとされる。「な来そ」(来て下さるな)の意を掛ける。

【補記】詞書は「面と向かってお逢いできましょうか」程の意。海人の行き交う浜辺の道に言寄せて、こちらには逢う意思がないわけではないと応じた。新勅撰集は「題しらず」、第二句「あまのゆききの」、結句「わがすゑなくに」。

【他出】小大君集、歌枕名寄

海のほとりにて、これかれ逍遥し侍りけるついでに

花咲きて実ならぬものはわたつ海のかざしにさせる沖つ白浪(後撰1360)

【通釈】美しく花咲いて、実を結ばないものは、海の神が髪飾りに挿す沖の白波であるよ。

【補記】沖の白波を花に喩え、海神が挿頭(かざし)にさしている、と見立てた。詞書によれば、人々と海辺を散歩していた時の気楽な即興であり、連れの人々を機知で感心させた歌ということになろう。

【参考歌】よみ人しらず「古今集」
わたつ海のかざしにさせる白妙の浪もてゆへる淡路しま山

石上といふ寺にまうでて、日の暮れにければ、夜明けてまかり帰らむとてとどまりて、この寺に遍昭侍りと人の告げ侍りければ、物言ひ心みむとて、言ひ侍りける

岩のうへに旅寝をすればいと寒し苔の衣を我にかさなむ(後撰1195)

【通釈】石上ならぬ岩の上に旅寝をすれば、肌寒くてなりません。あなたの苔の衣を貸してください。

【語釈】◇石上(いそのかみ) 奈良県天理市。石上寺と呼ばれた寺があった。◇いはのうへに 「石上」を掛けて言った洒落。◇苔の衣 僧衣。苔は岩の上に生えるものゆえ、これも洒落になっている。

【補記】大和の石上寺に参詣した小町は、そこに遍昭がいることを知り、「心みむ」と歌を言い遣った。遍昭はそれに対し、「世をそむく苔の衣はただひとへかさねばうとしいざ二人ねむ」。法衣はたった一重で寒さをしのげないが、貸さなければ冷淡だ、さあ二人で肌を寄せて寝よう。戯れに共寝を誘ったのである。小町の「心みむ」は、遍昭の道心を試したというのでなく、出家後も風流心を失っていないかを試した、ということで、小町にとっては得心のゆく遍昭の返しだったに違いない。歌仙同士、手練の贈答。『大和物語』などに説話化されている。

【他出】小町集、遍昭集、古今和歌六帖、大和物語、新撰朗詠集、定家八代抄

(しも)出雲寺(いづもでら)に人のわざしける日、真静法師の導師にて言へりけることばを歌によみて、小野小町がもとにつかはせりける  安倍清行

つつめども袖にたまらぬ白玉は人をみぬめの涙なりけり

【通釈】包もうとしても、袖に溜めることができずにこぼれてしまう白玉は、あなたに会えなくて悲しんで流す涙なのでした。

返し

おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつせなれば(古今557)

【通釈】いいかげんな涙だから袖に玉をなす程度なのです。私など、滝つ瀬のように涙が押し寄せるので、袖で堰き止めることなどできません。

【語釈】◇下つ出雲寺 かつて京都賀茂川の近くにあったという。今の下御霊神社がこれにあたるともいう。

【補記】下出雲寺で行なわれた法事で、小町は安倍清行と同席したらしい。導師が語った法話の言葉を採り入れて、清行は小町に歌を詠みかける。『法華経』の無価宝珠を「白玉」と呼び、涙に喩えたのに対し、小町がやり返したのである。ユーモアを以て切り返しつつ、「私の思いの方がずっと強いのです」と艶に訴えている。

【他出】小町集、古今和歌六帖、定家八代抄、八雲御抄、色葉和難集、悦目抄

【主な派生歌】
おろかなるうき寝やわぶる鴛鴨のわれはせきあへず氷る池水(三条西実隆)

文屋康秀が三河の(ぞう)になりて、県見(あがたみ)にはえいでたたじやと、いひやれりける返り事によめる

わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ(古今938)

【通釈】侘び暮らしをしていたので、我が身を憂しと思っていたところです。浮草の根が切れて水に流れ去るように、私も誘ってくれる人があるなら、一緒に都を出て行こうと思います。

【語釈】◇うき草 「うき」に「憂き」の意が掛かる。

【補記】国司として三河国に下ることになった文屋康秀から、「私と田舎見物には行けませんか」と戯れに誘われて、その返事として贈った歌。康秀は小町と同じく六歌仙の一人。仁明天皇の国忌の日に詠んだ歌があり、同じ天皇に近侍したと思われる小町とは旧知の間柄だったのだろう。諧謔味を籠めてはいるが、おかしさよりもしみじみとした情感がまさって聞こえる。後世の小町流浪説話のもととなった歌でもある。

【他出】新撰和歌、古今和歌六帖、小町集、定家八代抄、女房三十六人歌合

【主な派生歌】
あだにゆく水の心に誘はれてなほ浮草と人に語らむ(源俊頼)
風をいたみただよふ池のうきくさもさそふ水なくつららゐにけり(藤原良経)
よのうさのねをやたえなむ山川にうれしく水のさそふ浮草(〃)
春の夜の夢のうき草根ぞたゆる浮世をさそふ水の涙に(藤原家隆)
さそはれぬ身を浮草のかなしきはゆくかたもなき宿の池水(藤原雅経)
いまはたださそふ水あらばと思へども袖のみぞうく五月雨の空(〃)
恨みずや浮世を花の厭ひつつ誘ふ風あらばと思ひけるをば(*藤原俊成女[新古今])
待ちわびぬ身を浮草のうきながら逢瀬に誘ふ水の便りを(源盛実[新千載])
荻の葉をさそふ風あれば夜もすがらむすびたえたる夢のうき草(貞常親王)
惜しむその心も知らでさそふ風あらばと花の思はむも憂き(内山淳時)
さそふ水あるにはあらで浮草のながれてわたる身こそやすけれ(蓮月)

花の色は… 小町の四季

題しらず

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(古今113)

【通釈】花の色は褪せてしまったなあ。我が身をいたずらにこの世に置き、むなしく時を経る――春の長雨が降り続ける中、物思いに耽っていた、その間に。

【語釈】◇花の色 「花」は古今集の排列からすると桜。「色」は、感覚――特に視覚に訴える表象。自身の容色の意が掛かる。◇うつりにけりな 以前とは変ってしまったなあ。容色が時が経つと共に失われた、の意が掛かる。◇いたづらに なすことなく。むなしく。◇世にふる 世にあって時を経る。「世」には男女関係の意もあり、「恋に人生を費やす」といった意が掛かる。「ふる」は「降る」と掛詞で、次句へは「降る長雨」と続く。◇ながめ じっと物思いに耽ること。「長雨」と掛詞になる。

【他出】小町集、三十六人撰、時代不同歌合、定家八代抄、近代秀歌(自筆本)、詠歌大概、八代集秀逸、別本八代集秀逸(後鳥羽院・定家撰)、百人一首

【主な派生歌】
おく山の松葉にこほる雪よりも我が身世にふる程ぞ悲しき(紫式部[続後撰])
たづね見る花のところもかはりけり身はいたづらのながめせしまに(藤原定家)
春よただ露のたまゆらながめしてなぐさむ花の色はうつりぬ(〃)
さくら花うつりにけりなとばかりを歎きもあへずつもる春かな(〃)
さくら色の袖もひとへにかはるまでうつりにけりな過ぐる月日は(〃)
あしひきの山路にはあらずつれづれと我が身世にふるながめする里(〃)
わが身よにふるともなしのながめしていく春風に花のちるらむ(〃[玉葉])
春の夜の月も有明になりにけりうつろふ花にながめせしまに(飛鳥井雅経[新勅撰])
暮れはつる空さへ悲し心からいとひし春のながめせしまに(*藤原俊成女)
いたづらに春暮れにける花の色のうつるも惜しむなげきせしまに(後鳥羽院)
我が身世にふるの山べの山桜うつりにけりな眺めせしまに([風雅])
あはれうき我が身世にふるならひかなうつろふ花の時のまもみず(藤原為家)
いたづらに我が身世にふる春雨のはれぬ眺めに袖はぬれつつ(二条良実[続後撰])
咲きにけりまやの軒ばの桜花あまり程ふるながめせしまに(月花門院[続拾遺])
花は皆眺めせしまに散り果てて我が身世にふる慰めもなし(静仁法親王[続拾遺])
八十ぢまで我が身世にふる恨みさへ積りにけりな花の白雪(浄弁[新続古今])

井手の山吹を

色も香もなつかしきかな(かはづ)なくゐでのわたりの山吹の花〔新後拾遺145〕

【通釈】色も香も慕わしいなあ。蛙が鳴く井手のあたりの山吹の花よ。

【語釈】◇井手 山城国の歌枕。山吹の名所。橘氏の氏寺井堤寺があり、晩年の小町が寄住したとの伝説がある。歌枕紀行参照。

【補記】新後拾遺集は「題しらず」とする。

【主な派生歌】
沢水に蛙もなけば咲きぬらむゐでのわたりの山ぶきの花(相模)
うゑおきしたがなさけより山ぶきの井でのわたりの花となりけむ(伏見院)
春深きゐでのわたりの夕ま暮霞む汀にかはづ鳴くなり(小沢蘆庵)

〔詞書欠〕

卯の花のさける垣根に時ならでわがごとぞなく鶯の声〔続古今1543〕

【通釈】春が去った後、卯の花の咲く垣根に、鶯の声。私と同様、時に置き去りにされたかのように、悲しげに鳴いている。

【補記】卯の花に鳴く鳥はホトトギス、というのが万葉集以来の常套だった。老いて落魄した小町にふさわしい歌として『小町集』に採られたものか。「の花」「ぐひす」に「憂(う)」の響きが重なる。

【補記】『小町集』の「四のみこのうせたまへるつとめて、風ふくに」の詞書のあとに続く歌群にある。なお続古今集の詞書は「卯花がくれに鶯のなくをききてよみ侍りける」。

山里にて、秋の月を

山里に荒れたる宿をてらしつつ幾世へぬらむ秋の月影〔続後拾遺1029〕

【通釈】山里で、こうして荒れた家を照らしながら、幾代を経たのだろうか、秋の月の光は。

【補記】『小町集』では「やよやまて山郭公ことづてむ我世の中に住侘びぬとよ」(古今集の三国町の作を借用か)の少しあとに置かれ、世を住み侘びた小町が山里へ隠遁して後の作、という位置づけになっているようだ。歌柄はかなり新しく、中世的な情趣さえ漂わせる。なお続後拾遺集の詞書は「山里にて月をみてよめる」。

また

秋の月いかなる物ぞ我がこころ(なに)ともなきにいねがてにする〔新勅撰283〕

【通釈】秋の月とはどういうものなのか。私の心はこれといって何もないのに、寝つくことができない。

【補記】詞書の「また」は『小町集』の一つ前の歌の詞書「山里にて、秋の月を」を承けたもの。

【主な派生歌】
月ならでいかなるものぞ秋の夜にまたいねがての荻の上風(藤原忠方)

〔詞書欠〕

吹きむすぶ風は昔の秋ながらありしにもあらぬ袖の露かな〔新古312〕

【通釈】風は昔の秋と変らぬ風情で吹き、野の草に露を結んでいるが、我が袖に置く露といえば、かつてとはまるで違っているよ。

【補記】恋人との思い出に結びつく秋の野の風景に、袖を涙で濡らしているさまである。『小町集』では後世の増補歌群中にある。新古今集には「題しらず」として秋歌の部に載せる。

【校異】新古今集では第四句「ありしにもにぬ」とする。

【主な派生歌】
ふきすさむ風は昔の秋ながらありしにもにぬ宿の夕暮(藤原秀能)
思ひいでて昔をしのぶ袖の上にありしにもあらぬ月ぞやどれる(源実朝[新勅撰集])
忘ればや風は昔の秋の露ありしにも似ぬ人の心に(*順徳院)
松に吹く風は昔の秋ながら半ばの月や面がはりせし(長慶天皇[新葉])
みなれぬる月はいつもの秋ながらわが面影やあらずなりなむ(伏見院)

樋口あけたまへ 巫女小町

日の照り侍りけるに、雨乞ひの和歌よむべき宣旨ありて

ちはやぶる神も見まさば立ちさわぎ(あま)の戸川の樋口あけたまへ

【通釈】神もこの日照りを御覧になったなら、大急ぎで天の川の水門の口を開けて下さい。

【語釈】◇ちはやぶる 「神」の枕詞。◇立ちさわぎ 「大きな音をたてて」の意にもなり、大雨への期待を籠めた表現。◇天の戸川 天の川に同じ。「戸」は水門。◇樋口 水の出口。

【補記】旱魃の時、雨乞いの歌を詠むよう、天皇より命じられて詠んだという。後世の小町の雨乞い伝説のもととなった歌。

【他出】小大君集、歌枕名寄(いずれも結句「ひぐちあけたべ」)。

我が身のはてよ… 悲傷

題しらず

あはれてふことこそうたて世の中を思ひはなれぬほだしなりけれ(古今939)

【通釈】「あはれ(いとしい)」という言葉こそ、ああもう、人との仲を思い切れない妨げなのだ。

【語釈】◇うたて 自分ではどうしようもない事態に対する、あきらめ・いたたまれなさをあらわす語。◇思ひはなれぬ 思い切れない。◇ほだし 束縛するもの。枷となるもの。妨げ。

【補記】古今集では雑歌下に収め、「わびぬれば」の次に置いている。『小町集』では末尾近くの「他本歌十一首」に見える。

【他出】小町集、定家八代抄

【主な派生歌】
あぢきなく春は命のをしきかな花ぞこの世のほだしなりける(*和泉式部)
しかはあれど思ひたたれぬ心こそつみふかき身のほだしなりけれ(源俊頼)
もろともに思はばいかに世の中を思ひはなれぬほだしならまし(藤原俊成)

おきのゐ、みやこじま

おきのゐて身をやくよりもかなしきは宮こしまべのわかれなりけり(古今墨滅歌1104)

【通釈】熾火がずっと燃えていて、身を焼くのよりも切ないのは、都と島べとで、別れ別れになることであったよ。

【語釈】◇おきのゐて 燠の居て。地名「おきのゐ」(不詳。『歌枕名寄』などは陸奥国とする)を隠す。◇宮こしまべのわかれ 相手は都へ去り、自分は島辺に取り残される、という別れ。地名「みやこじま」(不詳。やはり『歌枕名寄』などは陸奥国とする)を隠す。

【補記】古今集巻十物名部に入っていたが、その後抹消された歌。伊勢物語百十五段に説話化されている。

定めたる男もなくて、物思ひ侍りける頃

海人のすむ浦こぐ舟のかぢをなみ世をうみわたる我ぞ悲しき(後撰1090)

【通釈】海人の住む浦を漕ぐ舟が、櫂がないので、あてもなく海を渡ってゆくように、この世を厭々ながら渡ってゆく我が身が切ないのだ。

【語釈】◇かぢをなみ 櫂がないので。「なみ」には波の意が掛かり、海や舟の縁語となる。◇世をうみわたる この世を厭いながら生きてゆく。「うみ」に「海」「倦み」を掛ける。

【補記】決まった恋人がなくて思い煩っていた頃に詠んだという歌。古今集の小町の歌のほとんどが「題しらず」であったのに対し、後撰集の小町の歌には全て作歌事情を説明する詞書が付いている。既に小町の歌の説話化が始まっているかのようである。

【他出】小町集、古今和歌六帖、俊成三十六人歌合、定家八代抄、時代不同歌合

見し人のなくなりしころ

あるはなくなきは数そふ世の中にあはれいづれの日までなげかむ〔新古850〕

【通釈】生きている人は亡くなり、亡くなった人の数が増えてゆくばかりの現世にあって、ああいつの日まで私は嘆き続けるのだろう。

【補記】契りを交わした人が亡くなった頃に詠んだという歌。新古今集は「題しらず」とする。『栄花物語』などに小大君の小異歌が見える(下句「あはれいつまであらむとすらむ」)。小大君の歌を改作して『小町集』に増補された歌か。しかし下句の調べの強さでは小町の歌がまさっている。

【他出】定家八代抄、世継物語(作者「小大君」)

【主な派生歌】
なげけとてなきは数そふ浮世にもあるわかれこそ身はまさりけれ(藤原家隆)
見し人もなきが数そふ露の世にあらましかばの秋の夕暮(*藤原俊成女[続後撰])
あるはなくなきはある世のさがの山冬たちくればちる木の葉かな(正徹)
遠からぬ身の古にかぞへてもなきは数そふ人のおもかげ(武者小路実陰)

〔詞書欠〕

はかなくて雲となりぬるものならば霞まむ空をあはれとは見よ〔続後撰1228〕

【通釈】我が身が空しくなって、雲となってしまったならば、その時霞むだろう空を哀れと眺めて下さい。

【補記】自分の死後、雲(火葬の煙の暗喩)となって漂う我が魂を「あはれと見よ」と恋人に訴えている。『小町集』では後世の増補歌群中にある。

【校異】続後撰集では第四句を「かすまむかたを」とする。

【参考歌】閑院の五のみこ「古今集」
かずかずに我をわすれぬものならば山の霞をあはれとは見よ

〔詞書欠〕

はかなしや我が身の果てよ浅みどり野辺にたなびく霞と思へば〔新古758〕

【通釈】はかないことだ、我が身の果てよ――それは只うっすらとした藍色――野辺にたなびく霞であると思えば。

【補記】流布本系の『小町集』に「他本五首」として付載するうちの一首。初句・二句と切れる上句の哀切な響き。つづく「浅みどり」は「野辺」に枕詞風につながると共に、霞の儚い色を予告している(「浅みどり」とは浅い緑色でなく、夕空のような薄い藍色である)。

【校異】新古今集では「あはれなり我が身のはてや浅みどりつひには野辺の霞とおもへば」と語句の異同が大きく、撰者による改作であろうか。「我が身のはてや」「つひには野辺の」など、新古今の方が調べがより強くなっている。

【他出】定家八代抄

【主な派生詩歌】
しらざりし我が身のはては見えにけり空行く雲にながめせしまに(藤原家隆)
あはれなりいかに我が身のなるとても誰かは惜しみ誰か偲ばむ(京極為子[玉葉])
折しもあれながめのすゑのうす煙わが身のはてを思ふ夕に(徽安門院)
さまざまに品かはりたる恋をして(凡兆)/浮世の果は皆小町なり(芭蕉)


更新日:平成18年02月25日
最終更新日:平成25年09月21日

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