裏妙義に登ってきた。
表妙義 (白雲山−金洞山) の方は 2回登っているため、 いつかは裏妙義もと思っていたのだが、 一方で 表妙義にてかなり厳しい鎖場を経験させられたため、 裏妙義に挑むのは少々逡巡するところがあり、 なかなか足が向かずにいたのである。
しかし、 11月の下旬ともなれば 高い山には雪が降り始め、 私にとって登れる山の範囲も狭まってくる中、 必然的に登る山の上位にこの山が浮上し、 ついに登ることを決断したのであった。朝 4時半に横浜を出発。まだ暗い空を見上げれば満天の星、今日の天気は期待できそうである。
渋滞に少々苛つきながら ようやく辿り着いた練馬ICから関越自動車道に入り、 さらに藤岡JCTからは上信越道に入って松井田妙義ICで高速を降りる。 高速を降りたところで左に曲がればお馴染みの表妙義方面で、 裏妙義へは右に曲がることになる。 暫く先の信号を左折。 すぐに斜め左に入る道がある。 これが本日の登山基地となる国民宿舎裏妙義への道である。道はやがてカーブの連続する山道となり、対向車が来ないとは思いつつも少々緊張を強いられる。やがて左手に現れる妙義湖を過ぎ、道がゲートで遮断される手前を右に曲がって橋を渡れば、 国民宿舎裏妙義である。
宿舎の前に車を駐めるが、 やはり国民宿舎の方に許可をもらう必要がある。 フロントに誰もいないので食堂まで行って許可をもらい、 身支度をして出発。 時刻は 7時2分であった。 車に付いている温度計は 2度を示しており、 さすがに寒い。 しかし上空は青空。 国民宿舎裏手の岩峰に朝日が当たりオレンジ色に輝く。橋の手前を右に曲がり登山道に入る。
最初は植林された杉林の中を歩くが、 すぐに周囲は自然林へと変わり、 いくつかの小さな沢を渡った後は沢 (籠沢) 沿いの道となる。
道は次第に両側を大きな岸壁で囲まれ始め、 日が差し込んできていないため、 少々薄暗く不気味な感じがする。
しかし、 歩き始めて 30分ほど経ったであろうか、 後方の山の端から朝日が谷を照らし始め、 周囲は信じられないほどの明るさに変わり始めた。 盛りを過ぎたとは言え、 まだ赤や黄色い葉を残す木々が朝日の中で輝きを増す。道は岸壁や大岩の間を縫うように進み、やがて本日最初の鎖場が現れた。ここは難なく通過できるが、その後、岩に付けられたペンキ印や木々に付けられた赤テープが見えなくなり、 少々迷ってしまった。 とは言え、道は全体的には分かり易い。
2つめの鎖場を腕力だけで登り切る感じで越え、 枯葉と岩混じりの道を登っていくと、 大岩がふたのように上に乗っかってできた岩穴が現れた。 中から水が湧き出しているようである。
道はやがてササの中を登るようになる。
荒れ果てた沢を詰めるように登っていくと、 突然石を積み上げて作った人工物に遭遇した。 炭焼き釜のような感じだが、 それにしては奥行きがないようである。 このようなところにあろうとは想像もしていないものが 突然現れたので些かビックリである。振り返れば、木々の間から岩峰が見え、しかもその岩に穴が空いている。恐らく風穴尾根の名の由来となった風穴であろう。
ひたすら登り続け、 先ほどの風穴尾根の稜線がほぼ同じ高さに感じられるようになると、 左側の岸壁の頂上に左手親指を立てたような形の岩が見え始めた。 あれが丁須の頭か ?、 しかし場所的にはおかしいし、 形も少し違うかな などと勝手な考えが頭を巡る。やがて道は徐々にガラ場の谷を詰めるようになり、細い谷の先には青空が見え始める。しかし、鎖を伝って登り切っても、岩の間から東南側の山並みがチラリと見えただけで、 ここが稜線ではない。 次にルンゼの中に長い鎖を有した登りが待っており、 そこを登り切ると右から御岳経由の道が合流し、 ようやく展望が開けるようになった。
下方には高速道路が狭い平地を横切っており、 その先には浅間隠山と思われる山が見える。岩の斜面に平行に付けられた鎖を頼りに岩の縁を回り、左に曲がっていくと、やがて道の先に 左右の岩の間隔が狭いため 門のようになっている場所が現れた。笠ヶ岳 の抜戸岩を思い出しつつ、 間を抜けるつもりで近づくと、 その先は崖で、 道は左の岩場を鎖にて登るようになっており、 この岩場を登り切ったところで 展望がグッと開けた。
まず目に飛び込んでくるのは、 冠雪し、加えて噴煙をたなびかせている 浅間山。 いかにもこの周辺の盟主として君臨している感じである。 そしてその浅間山の右には、 特徴のある形をした鼻曲山、 浅間隠山と続く。 さらにその右手には冠雪した山々が目に入るが、 平標山、仙ノ倉山、万太郎山、谷川岳 といった越後の山々である。 そしてその越後の山々の右手には 榛名富士を中心として烏帽子岳、 掃部ヶ岳 (かもんがたけ) といった榛名の山々が見える。 榛名山の右に目をやれば、 ドーム型の山頂部を白くしている 奥白根山、 そして女峰山 や 男体山 といった日光の山が続き、 さらには 赤城山 が現れるという大パノラマである。思わず見とれてしまったが先は長い。さらなる展望を期待して先へと進む。
すぐに左斜面に鎖場が現れる。 見上げれば垂直に登った後、 今度は右に横バイするように鎖が付けられている。 それほど高度もなく、 足がかりもありそうなので何とかなりそうだ と思いながら ふと登山道の先を見ると、 少し下ったところにも垂直の鎖場が見えた。
どうやら横バイ部分を避けるために作られた鎖場のようだ。 当然、横バイ有りの鎖場を選ぶことにする。 そして登り着いて見上げれば、 頭上には丁の形をした丁須岩があったのだった。 後は鎖を使って垂直に登れば、 丁須岩の肩で、 ここからの眺めも素晴らしかった (8時47分着)。先ほどの岩場から見えた山々に加え、南西方向には航空母艦のような山容を持つ荒船山、その右手には 赤岳、横岳、硫黄岳 といった八ヶ岳連峰が見える。そして目の前には表妙義の岩峰群が、 ややシルエット気味となって稜線の複雑さを強調させており、 昨年の今頃に登った際の苦労を思い出させてくれる。
また八ヶ岳の右手には、 これから進む赤岩や烏帽子岩が見えており、 その厳しい姿にこの先も楽ではないことを知らしめている。さて、問題は丁須岩の頂上に登るかということだが、確かに頂上から鎖が出ているものの、足下は絶壁。何とか登れたとしても 降りるのはオーバーハング気味のため足場の確保は難しく、 宙に浮きそうなことからパスすることにした。 誰もいない山で転落した場合のことを考えるとゾッとする。
やがて人がやってきたのを機に先に進むことにする (8時56分発)。
一旦、垂直の鎖を使って降りた後は、 もう一段降りることはせずにそのまま先へと進み、 左側のピークに登る。 ここは丁須岩の絶好のビューポイントである。
次に鎖を使って下っていくと、 突然道が分からなくなる。 間違えたかと思って周囲を見渡すと、 足下の崖にチムニー状になっているところがあり、 その狭い中に鎖が垂れ下がっているではないか。 武尊山 の背スリ岩を思い出し、 少々ビビる。
しかし、 下り始めに少々勇気が必要であったものの、 後は簡単であった。 ホールドが豊富にあり、 また、邪魔かと思った背中のザックが 逆にチムニー内で背中を寄りかからせることを可能にしてくれたからである。この 20mほどの下降が終わると、赤岩の基部を示す標識のところまで 15分ほどの日だまりハイク、緩やかな道が続く。先ほどまでの谷の登りや鎖場が嘘のように、明るい日差しの中、 落葉した樹林の中を進むこととなる。
赤岩の基部からは再び鎖場の連続となる (9時27分)。
まずはスラブ状の岩を 2連の鎖で下り、 少々先に進むと鎖場が再び現れて赤岩の長いトラバースの開始となる。 このトラバースは 4箇所の鎖場で構成されている。 最初の 3つは短く、 また左下への落ち込みもたいしたことはないので 難なく通過できる。 最後の鎖場は、 ほぼ垂直な崖に平行に付けられた鎖の他、 足下には金属製の渡り板 ? が付けられていて 見た目は安心できるものの、 足下の落ち込みは深く、 また渡り板も崩れ落ちたりしているところもあって要注意である。 特に、 足下の渡り板が壊れたり、 無くなっているのを見ると、 この足場を全面的に信用して良いのか心配になり、 自然と鎖を持つ手に力が入ることになる。この難所を過ぎ、もう 1つ鎖場を越え、赤土の斜面を登ると見晴しの良い稜線に出る (9時45分)。この場所はズバリ 「見晴し」 というのだそうで、確かにここからの浅間山の眺めは素晴らしい。 この見晴らしからは 普通の登山道となるが、 周囲には岩峰がニョキニョキと生えていてなかなか面白い。 ここは七人星と呼ばれる場所だそうで、 林立するそれらの岩はモアイ像を思わせる。
七人星を過ぎれば、烏帽子岩の基部で、ここも赤岩と同様にトラバースすることになる。このトラバースも鎖場通過となるが、ここは足場もしっかりしており さして問題ではない。 鎖場を通過した後、 ひと登りで稜線上に出る。 ここには見晴らしの良い岩場があって、 先ほどまでいた丁須の頭が岩峰上に浮いているように見える。 そしてその丁須の頭から左に赤岩、烏帽子岩と、 これまで進んできた峰々を見ることができる。 (10時8分)
ここを過ぎれば後は樹林の尾根を緩やかに下ることになり、やがて周囲が自然林から杉の植樹帯に変わると、着いたところが三方境であった (10時20分着)。ご夫婦が休まれていたので挨拶をし、 先に進む。 ここは樹林に囲まれ全く視界は利かず、 あまり休憩には適さない。
緩やかに下った後、再び登り返す。
やがて女道を示すと思われる標識を過ぎると急登が始まった。 思えば本日一番の登りかもしれない。 喘ぎながら登り着いたところが P1 らしく、 その後 P7 までの急激なアップダウンが続くことになる。
P1近くでは、 これまで遠くに見えた荒船山がかなり間近に見え、 その右に見える八ヶ岳も形がハッキリとしている。
この後、 鎖場が現れるのではないかと思いながら進んだが、 結局ロープが数ヶ所現れたものの、 鎖場はなかった。 かといって道は楽かというと、 木の根や岩につかまりながら登るところもあり、 また急な登りとそれをご破算にする下りがあって、 決して楽ではない。P2まで来ると、前方に周囲の中では一番高い、鈍角をした三角錐が見え始めた。あれが谷急山に違いない。そして谷急山の右手には浅間山も見える。しかし、 谷急山への道のりは意外と長く、 しかもアップダウンが激しいため、 少々バテが来る。
谷急山の姿を認めてから 30分ほど登り下りしただろうか。この登りの向こうにまた登りがあるのかもしれないな などと思いながら急斜面を登ると、ヒョイと小さな山頂に飛び出した。 この先にピークはないし、 また目の前には三角点もある。 ここが谷急山かと周囲を見渡すと、 山頂の灌木に 谷急山 と書かれた本当に小さな標識が付けられていた (11時35分着)。
狭い山頂であるが、さすがに妙義山塊の最高峰、展望は抜群である。
北西にデンと控える浅間山を中心に、 今朝程から見続けてきた周囲の山々をもう一度おさらいするように見せてくれる。 また、浅間山の右手には 今まで手前の山に隠れていて見えなかった 四阿山 も見ることができたのであった。
浅間山の左手には白い峰々が見えたが、 恐らく北アルプスであろう。 さすがにこの時間ではボンヤリとしか見えず、 同定は難しい。20分ほど静かな山頂を独り占めしていると、後からヘルメットを被った方が登ってきた。よく見れば今朝ほど丁須の頭で出会った方であり、ザックを見れば今朝ほど国民宿舎の玄関においてあったものと同じである。 聞けば、 やはり、 前日に 国民宿舎に泊まり、 私と同じルートを辿ってきたとのこと。 国民宿舎の朝食が 7時からなので 出発が遅くなったと言っておられた。 そう言えば、 食堂で食事していた方が 1名おられたが、 この方だったのだろう。
さあ、後は下山である (12時2分発)。
来た道を三方境まで戻り (12時56分)、 三方境から右に曲がって国民宿舎裏妙義を目指す。
この道は巡視道とのことで大変良く踏まれている。 紅葉は盛りを過ぎているが、 下の方ではまだ終わりではないようで、 暖かい日差しに照らされて赤や黄色の葉が輝く。
いくつかの沢を横切り、 やがて馬頭観音を見れば十数分で中木川の河原となり、 飛び石伝いに川を渡り少し登ると林道であった。
林道を少し歩けば国民宿舎で、 13時52分 駐車場に到着したのであった。仰ぎ見れば、今朝方はオレンジ色に輝いていた国民宿舎後ろの軍艦岩も、今は昼の光の中、堂々として誰をも寄せ付けない威厳を見せていた。
上記登山のデータ | 登山日:2006.11.25 | 天候:快晴 | 単独行 | 日帰り |
登山路:国民宿舎裏妙義−木戸−丁須の頭−赤岩基部−見晴し−烏帽子岩基部−風穴尾根ピーク−三方境−P1−P7−谷急山−P7−P1−三方境−馬頭観音−中木川−国民宿舎裏妙義 | ||||
交通往路:瀬谷−横浜IC−(東名高速道路)−用賀IC−練馬IC−(関越自動車道路)−藤岡JCT−(上信越道)−松井田妙義IC−妙義湖−国民宿舎裏妙義 (車にて) | ||||
交通復路:国民宿舎裏妙義−妙義湖−松井田妙義IC−(上信越道)−藤岡JCT−(関越自動車道路)−練馬IC−用賀IC−(東名自動車道路)−横浜IC−瀬谷 (車にて) |