横須賀水道道(みち)

横須賀水道道(海軍水 道)は旧海軍が 中津川の水を取水し、逸見(へみ)浄水場までの給水配管敷設道路で1918年に完成した。いまでも昔の標石がのこる。全長 52.1km、高低差137mの水道道路とした。この全ルートを踏破後、 ルートラボでルート図を 作成。スタートボタンを押すとルートと標高を示してくれる。+ボタンを押して下地図を拡大すれば詳細が分かる。相模原にはいく筋かの川がありそれぞれ浸食 谷を形成して いるので意外に凹凸があることがわかる。残念ながらアンドロイドではルートラボは誤作動する。ルートラボで本道路を検索すると逸見浄水場から上流に遡る ルート図があるが、鎌倉から逸見浄水場までは直線ルートを示している。このようなルートは長大なトンネル工事が必用で当時の海軍力では不可能。


横須賀水道道  ルートラボで作成

ルートラボで作製した全行程の詳細地図と標高図である。詳細図では写真表示でルートをなぞった。理由は水道道 は道路と認定されていないところがあり、地図では不明確だが、建物はそこを避けているためよくわかる。 詳細図は標高を拡大表示しているのもありがたい。

中津川半原水源地ー相模川水道橋

海軍水道は中津川の水を取水する半原水源地に発する。半原水源地は宮ヶ瀬ダム(当時はなかった)の直下にある。中津川を渡り、中津川と相模 川の浸食によって残された台地にある愛川町の内陸工業団地を斜めに突っ切り、中津川と相模川の丘を南下。県道 129号とクロスして相模川を渡る。

この区間はバスに持ち込める折り畳み自転車ブロンプトンで走破することにする。2013/6/4娘に借りて青葉台駅で畳んでカバーをかけ、田園都市線と小 田急をのりついで、本厚木で下車。ここでそばの昼食をとった後、12:22の神奈川中央バスで半原に向かう。バスは中津川が造る渓谷とは別の西側のくぼみ を登って、峠をこして中津川渓谷に入る。



本厚木駅前一番バス停前のブロンプトン


日向橋のブロンプトン

間違って愛川橋で下車。日向橋で水源方向を望む。



日向橋で水源方向を望む 左手に水源地がある 2013/6/4

水源地はいまでは使われていないと思われたが、大切に維持されている。



横須賀水源地 2013/6/4

水道管は馬渡橋で中津川を渡る。中津川が谷底で蛇行している部分では道はそこを避けて坂を登る。



馬渡橋 2013/6/4

角田では中津川の洪水原に下る道に「水道みち」の標識あり。



角田への下り坂にあった水道みちの標識 2013/6/4

水道みちはかっての洪水原であった角田の水田地帯を斜めに横切り、河岸段丘を再度登る。この坂道は急で自転車を押して登る。



角田の水田地帯を斜めに横切り河岸段丘を再度登る水道みち 
2013/6/4

中津川と相模川がつくる浸食谷の間にある台地の上に広がる住宅地を過ぎると内陸工業団地を斜めに横切る。



内陸工業団地 2013/6/4

台地の頂上を延々と行くと水道道はやがて国道129と交差する。



国道129と交差後小さな角度で別れる 
2013/6/4

ところがすぐ行き止まりになる。圏央道が建設中でその取り付け道路ができたためであった。圏央道は相模川の深い谷間に建設されているため、 ここからは急坂を下って圏央道に入る。水道管は多分掘り下げて付け替えたのだろう。



圏央道入口で切断 2013/6/4

更に行くとずっと台地もつきて、水道道路は坂を下る。日射が激しい。ここでペットボトルの水はなくなり、足がつる。あわてて、アイソト ニックドリンクを購入して1本のんで一息。国道246の金田陸橋の下を横断。



上郷水管橋


国道246の金田陸橋 上流に向かって 2013/6/4

次第に左にまがってついに相模川に達する。上郷水管橋で右折し、中津川と小鮎川を渡って本厚木駅に着く。バスを含め3時間かかった。



上郷水管橋 下流に向かって 2013/6/4

相模川水道橋ー善行

2013年5月23日、ブロンプトンで善行から相模川水道橋まで走破しようろしたが、アトピー湿疹が直らず、気温も上がったのでジープで踏査。善行の湘南 FMで過払い金を受け取った後、上流に向けて出発、相模川水道橋に向かった。全長約14km。途中一般車が通行できない狭い部分、未舗装で車両立ち入り禁 止地区などあり、ルーを完全にフォロー出来ない部分があった。ルート探しに熱中してジープを路傍の鉄柱にこすってひっかき傷をつけるなどさんざんであっ た。踏査しての感想は地形は決して平たんではなく沢山の川が土地を侵食し、数十メートルの起伏があることである。帰路は用田、藤沢厚木線、慶応大キャンパ ス、遠藤松原、矢尻、小出、スリーハンドレッドクラブ、新湘南バイパス下、辻堂、国道134号経由帰宅。

水道道路は相模川を上郷水管橋でわたる。配管は鉄橋の上に鎮座している。水道管専用にしてはやけに立派な橋だ。



上郷水管橋(上流に向かって) 2013/5/23

相模線と 小田急を横断したのち、海老名市の行政ビルが林立する地区の先には 海老名市の大谷の低地がある。ここは排水路を設けて土地改良したかっての洪水原である。ここのあつアツギの工場の脇を通る水道路は未舗装で車両進入禁止と なっている。海老名市は歴史的遺産には興味がないようだ。



未舗装で車両進入禁止標識(下流に向かって) 2013/5/23

海老名市の大谷では車が通過できない程水道道路が狭いところがある。



海老名市の大谷の狭い道(上流に向かって) 2013/5/23

東名高速道路を海老名 サービスエリア近くで横断。



東名横断橋(下流に向かって) 2013/5/23

東名高速道路を渡ると日久尻川に向かって下る。そこには堀之内橋がある。



堀之内橋(上流に向かって) 2013/5/23

堀之内橋を渡ると坂を登り、綾瀬浄水場の枠を通り、中原海道を地下で横切る。新幹線を越えた葛原の森の西側の水道道路は遊歩道になっている。



葛原の遊歩道(上流に向かって) 2013/5/23

いすず自動車藤沢工場はこの水道道路を基準に工場配置を考えたようでテストコースはこの水道道路にそっている。テストコースは高い塀でそとから覗けない。



いすず自動車藤沢工場内の水道道路(上流に向かって) 2013/5/23

桐原工業団地をすぎて円行一丁目の下り坂を引地川に向かって下る。



円行一丁目の下り坂(上流に向かって) 2013/5/23

引地川はアーチ型のパイプで渡る。渡った後は河岸段丘を登る



引き地川水道橋(上流にむかって) 2013/5/23

2009年に散策した日大付属 農場の西側の道路は広くなっているが、水道道路を広げたものだ。水道配管は藤沢乗馬クラブ前で小田急線の下を埋設管で通過している。踏切はない。 水道道路は小田急線をこえた南側からまた舗装されている。



小田急線南側で道は途切れる(上流に向かって) 2013/5/23

善行の谷間にある小川にかかる橋はジープがようやく通過できる狭さだ。



善行の谷川(白幡川)にかかる橋(下流に向かって) 2013/5/23

2013年5月6日、たまたまアマ無線のケーブル注文のため善行駅近くの湘南FMに 出向いた際、横須賀水道道路を徒歩で横断した。善行駅は谷間にあり、店のある県道467は高台を走っている。この水道道路は谷から坂を登り、高台の県道 467を横断して境川にむかって再び下る。



善行近くの水道道路を高台から(上流に向かって) 2013/5/6


善行ー村岡

2012年10月11日の午後、軽量な競技用自転車で村岡から善行まで調査しようとでかけた。村岡までは6月23日とまったく同じ道をゆく。村岡交差点か らは下流から上流に向かったが、記述は上流から下流方向に紹介する。

県道467と水道道路のクロスポイントから境川に向かって急坂を下るとそこに境川を渡る水道橋がある。境川北側の土手はサイクリング道路となってサイクリ ングを楽しんでいる人がいた。ただ下水処理水の独特のにおいが鼻をつく。

この水道橋から境川を3km程遡れば、瞽女(ごぜ)淵や土手番様の言い伝え、さらに古く小栗判官・照天(照手)姫物語のゆかりの地である。詳しくは境川(遊行寺より上流部)参照。



境川を渡る水道橋(上流に向かって) 2012/10/11


大清水橋で境川を渡り、大清水スポーツ広場から藤沢東部下水処理場にゆく。ここは立ち入り禁止だがなかに水道管が敷設されたルートが見える。国道1号(ワ ンマン道路)の下をくぐり急坂を登る。下り坂は急で自転車のブレーキは効かなくなるおそれがある。一般車立ち入り禁止となる。とはいえ地元の 車は時折通過する。海軍境界石が2ヶ所程残っているのがみえた。遊行寺坂上最高点で振り返る。そこから先は急坂の先には境川を横断する水道橋、そして再び 急坂を登り、県道467に向かっているのが一望のもとに見える。



遊行寺坂上最高地点より善行方向を望む 中間点に境川を渡る水道橋がある 2012/10/11

少し下ると国道 1号から分岐した遊行寺脇の県道30号と交差する。坂を下ると柄沢橋があるが、暗渠になっていて境川の支流が流れている。この窪地から少し上ると藤沢団地 が第一のピークに達する。ここから真っ直ぐ阪を下ると村岡交差点に達する。

村岡ー常盤

2012年6月23日、強風の後の塩害の停電を経験してから復旧に1日かかったことから、わが七里ヶ浜町の電力供給を担う変電所はどこか、地図で 探し、遮断機の在り処を調べた。それは常盤の県道32号藤沢ー鎌倉線脇にあると推察した。

地図を見ているとき県道32号藤沢ー鎌倉線が湘南モノレールと交差する点において道32号藤沢ー鎌倉線をそのまま真っ直 ぐ延長した 白ぬけの幅の広い道路があることに気が付いた。むしろ藤沢ー鎌倉線のほうがそこから別れるように曲がっている。これは何であろうかとたどると、横須賀水道 道路とある。それでピントきた。かって海軍が軍艦給水のため力を注いで造った水道道路だと推察。 戦後は横須賀市水道局の管理地となっている。

常盤の鎌倉変電所までの給電ルート確認のためにパワーアシスト自転車で出かけた折、ついでにこの 横須賀水道道路も探検してみようと思い立った。実際には パワーアシスト自転車で常盤から藤沢の村岡交差点に向かって移動し、その後は藤沢にでて帰る。しかし記述は村岡から下流の常盤に向かって記述する。

村岡の交差点から上流は遊行寺坂上まで自動車道路でたまに使わせてもらっている一般道路になっている。まさか水道道路とは知らなかった。名もない道なのに 真っ直ぐで立派なのはなぜかという疑問も解消。

東海道線は埋設管のまま横断している。柏尾川で水道道路は切れ、地中から水道管が立ち上がり、対岸に水道橋で渡っている。水道橋は人間は渡れないため、県 道312号線の橋を渡る。



柏尾川の水道橋(上流に向かって) 2012/6/23

水道道路には水たまりのある未舗装部分もあ る。横須賀市水道局の看板があってゴミを捨てるなとある。



未舗装部分(下流に向かって) 2012/6/23

大船から南下する県道304との交差点では信号機がない。しばしば県道304を使う が、いつも頭を少しだしている車が煩わしかった。ここから出ようとする車だったのだと気がつく。日本ロシュなどの工場に取り囲まれている部分を過ぎると住 宅地になり次第に道は立派になるが車は少ない。モノレールを過ぎると藤沢鎌倉線に合流して常盤に至る。


常盤ー名越送水管ずい道

常盤から横須賀まではどういうルートなのだろうかと興味がわく。まず地図で確認後、2012年6月25日により軽量な競技用自転車で調査に出かけた。

建長寺から鶴岡八幡宮にぬける巨福呂坂に「巨福呂坂送水管路ずい道」というのがある。明治 45年から10年の間に「横須賀水道」がこの峠を通り、横須賀水道トンネル、正式には「巨福呂坂送水管路ずい道」が現在の道路の位置まで掘り下げられたと ある。 しかし北鎌倉には横須賀水道路は向かっていない。

横須賀水道は常盤から大仏に向かっているのだろうと見当をつける。大仏切通しの上には県企業庁水道局長谷配水池もあ る。現在の大仏切通しのトンネルの銘板には明治40年頃には素掘りの隧道(ずいどう)が 掘られ、大正10年(1921年)煉瓦積み覆工が行われたとある。大正10年は1921年であるから、横須賀水道が完成した時期と一致する。このとき、水 道管はこの隧道地下に埋設したのだろう。昭和32年には南側にコンクリート張りの新隧道が完成し、平成4年にはピラスターを配した煉瓦製の坑門を坑火石に し、平成21年には隧道拡幅工事を行い、煉瓦積み覆工をコンクリート覆工にしたという。煉瓦は小菅集冶監製であった。

大仏切通隧道を通過して大仏前を右折し、長谷通りを下り、長谷観音で左折して由比ヶ浜大通りを文学館前まで一般道をゆく。ここから右に分かれて水道通りに 入る。江ノ電を横断、そこから和田塚入り口を通り、若宮大路を横断する。ここから少し左にベンドして 滑川に突き当たる。そこでパイプが立ち上がり、川を渡る。この袋小路の境界には海軍の海という文字を波型の模様が付いている。



海岸橋からみた 滑川を渡る水道管 2012/6/25

海岸橋を渡り、すぐ左折して水道路に入る。途中、海という文字を波型の模様が付いている石碑を沢山みる。



海軍の境界石 2012/6/25

長勝寺を過ぎて県道311号と合流し、県道の名越隧道に向かう。国道の隧道の左側に名越送水管ずい道を発見。



名越送水管ずい道 2012/6/25

名越送水管ずい道ー横須賀

名越送水管ずい道の先がどうなっているか気がかりなので2012年7月23日に運動不足解消をかねて出かけた。ここは電車と徒歩にした。こ としは太陽黒点の異常か寒い日々がつづいている。梅雨明けだから炎天下を覚悟して出かけたが雨までぱらぱら。逗子から横須賀との境界となる山ま で歩き、日本海軍の水道配管がどこに埋設されるか探して歩いた。これは結構面白い。水道技師になったつもりで周辺の地形をみながら、私ならここに埋設す るだろうと推理しながら歩く。川を渡る地点で配管は地上に出るので予想が当たりか外れかをチェックできる。

名越送水管ずい道は横須賀線の海より(南側)にあり、名越のゴミ焼却場の北にずいどうの入口がある。これがどこに出るか分からない。田浦の山越えは横須賀 線の北側のようだから逗子駅の手前で配管は横須賀線の山側に埋設 されてい るのではと予測し、逗子駅では西口に出て歩き出すが、例の海軍の境界石は見当たらない。池子川の橋でわかるとおもったが、配管が川を渡っていない。そこで 水道道路は逗子駅前広場を通っている白ぬけの道と考えを変える。池子で右折して南下すると中原橋で青く塗られた配管が見えた。少し細いのでこれは宮ヶ瀬系 が北から合流しているのかどうか?。逗子警察署前で左折して水道道路と思しき白ぬけの道をゆくと例の海軍の境界石を見つける。田越川を渡る橋の脇には一挙 に 大きな配管もみえた。ステンレスカバー に巻かれて美観を維持している。逗子駅まで戻って確認しなかったが、グーグル地図で確認すると水道道路が池子川を渡る地点で配管が川を渡る姿を見て確認し た。要するに水道道路は横須賀線の南側を走って逗子駅前広場を横切っていたのだ。のいたのだ。



田越川を渡る大小2本(下流に向かって) 2012/7/23

東逗子駅をすぎてしばらくゆくと水道道路は県道24号に合流してしまう。五霊神社をすぎ逗子ガーデンヒル入口にいたると、そこに戦前の古いコンクリート壁 に囲まれた細長い空地があり横須賀市水道局管理地とある。ここから田越川を渡って横須賀線をクロスしているのではないかと川の覗いても配管は見えない。坂 を上り沼間跨線橋を渡るも配管は見えない。たしかに沼間跨線橋は戦後できたものだから海軍が使うはずもない。ところが沼間跨線橋の北側に配管が埋まってい るらしい道がある。そこをたどって横須賀の北側に沿って横須賀に向かって歩くと横須賀横浜道路(自動車専用道路)の橋脚の下の谷を渡るところで膨大な配管 群が谷を渡っているところを発見。有馬系という太い配管が見える。

取って返してどこで配管が田越川を渡って横須賀線をクロスしているのか探した。そしてついに逗子ガーデンヒル入口に戦前の古いコンクリート壁に囲まれた細 長い空地から地下深くに潜り、田越川の河底を渡って横須賀線地下をクロスしている場所をみつけた。地上にある水道路には海軍境界石を確認。



田越川と横須賀線のクロス・ポイント 2012/7/23

旧海軍が1921年に完成させた中津川の半原系は休止しているが配管は残っている。海軍 が1939年に着工した相模川の相模大堰で取水する有馬浄水場系と宮ヶ瀬ダムで取水する宮ヶ瀬系統は綾瀬浄水場系(綾瀬市と共同)に給水したのち半原系と ならんで水道道路を走り、田浦配水 場に接続。相模川の寒川取水堰で取水する小雀浄水場系(横浜市とと共同で大船駅近くにある)は此処とは別のもっと北の朝比奈ルートをとっているらしい。



半原系 2012/7/23


田浦配水場直前の有馬系(左)と宮ヶ瀬系(右) 2012/7/23

さらにゆくと海軍が作った送水管ずい道の入り口がコンクリートで塗り固められていうのを発見。



閉鎖された隧道
2012/7/23

その向うには横須賀市水道局田浦配水場がある。その先にはあたらしくできたずい道入口があった。横須賀市水道局山中2号配水幹線ずい道とある。



山中2号配水幹線ずい道
2012/7/23

ずいどうを出て横須賀市に入ってからは国道16号に沿って北側を東進し、最終的に逸見(へ み)浄水場に至るようだ。

横須賀市内

2013/6/9横須賀線田浦駅下車で横須賀市内のルートを田浦から逸見浄水場まで徒歩で調査した。逗子側と連なる「盛福寺管路ずい道の出口」までゆき、 スタートする。



成福寺管路ずい道出口 2013/6/9

隧道の左下に原水管が敷設してある。内部を覗くとトンネルはレンガ製で入口まで見通せる。



成福寺管路ずい道内部 2013/6/9

どうも2012/7/23に逗子側からみた「山中2号配水幹線ずい道」の入り口と形状もサイズも一致しない。見落とした可能性がある。

「盛福寺管路ずい道」の次は「田浦山隧道」を通過する。ここは車も通れる。



田浦山隧道 2013/6/9

更に下ると京浜急行の下の隧道を通る。この界隈は路傍に海軍マークのついた境界石が目につく。



京浜急行下のずい道 2013/6/9

水道道は国道16に合流するかと思っていたが、田浦駅をでて国道16を歩くが橋で原水管が見えない。国道16号を横断して小さな田浦公園脇を通過して横須 賀港内の道路で右折。



田浦公園脇の水道道 2013/6/9

横須賀税関前の脇の「あづまばし」は更新されて真新しいが脇にこれも新しくなった原水管らし いものが見えた。

あづまばしの原 水管 2013/6/9

トンネルを通り、横浜ベイスターズの練習場脇を通り横須賀線を渡って国道16号に入る。新吉浦隧道を通過して吉倉公園に向かって流れる川の橋脇に忘れられ た原水管が見えた。



吉倉公園入口の橋に見える原水管

国道16号は新逸見隧道を通過する。



新逸見隧道 2013/6/9


とやがて超高層マンション、ウェルシティー前の汀橋交差点に達する。ここで再び海軍マークのある水道道に合流し、逸見浄水場にむかって急坂を登る。



逸見浄水場から振り返る最後の急坂、背景にウェルシティーが見える  2013/6/9

ついに逸見浄水場に到達。

逸見浄水場

3時間歩き回った。JR横須賀駅から帰宅。

感想

横須賀線も国道16号は横須賀軍港のために作られたと聞いているが、たしかに田浦駅も横須賀 駅も軍港直接接続だ。住民はだから京急を使っている。

水道原水管は国道用の隧道を使っていると予想したのは間違っていて隧道が少ない軍港内の道路 を使っていた。考えてみればこれは合理的だ。

しかしそれにしても原子力空母ジョー ジワシントン号を眼下に見下ろす横須賀駅裏に超高層マンションが建っているのには驚いた。2009年に按針塚か らジョージワシントンを見たときには右の12階建が1棟あっただけである。このマンションには基地内のお仕着せの宿舎では飽き足らない米兵も住んでいる。 携帯電話を掛けながら自宅に戻った若い米兵はさっそく夫婦喧嘩する声が聞こえた。

原発は自国に向けた核兵器」 という言葉があるがジョージワシントン号はそれを2基も抱えているのを知っているのだろうか?通勤には確かに便利ではあるが?

June 24, 2012

Rev. September 30, 2017


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