葉山嘉樹 はやま・よしき(1894—1945)


 

本名=葉山嘉重(はやま・よししげ)
明治27年3月12日—昭和20年10月18日 
享年51歳(清流院葉山大樹居士)
東京都港区南青山2丁目32–2 青山霊園1種ロ12号14側 解放運動無名戦士之墓 
福岡県京都郡みやこ町豊津 市営甲塚墓地


 
小説家。福岡県生。早稲田大学予科中退。船員などの職を転々、労働運動に参加。大正12年検挙・投獄、獄中で『淫売婦』『難破』(のち『海に生くる人々』に改題)などの小説を書いた。14年『セメント樽の中の手紙』で認められた。『濁流』などがある。



 解放運動無名戦士之墓 

 福岡県・みやこ町 市営甲塚墓地


 

 ----私はNセメント会社の、セメント袋を縫ふ女工です。私の恋人は破砕器へ石を入れることを仕事にしてゐました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌りました。
仲間の人たちは、助け出さうとしましたけれど、水の中へ溺れるやうに、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入つて行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になつて、細く細く、はげしい音に呪の声を叫びながら、砕かれました。さうして焼かれて、立派にセメントとなりました。
骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまひました。残ったものはこの仕事着のボロ許りです。私は恋人を入れる袋を縫ってゐます。
私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞ひ込みました。
あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、この私を可哀相だと思って、お返事下さい。
此樽の中のセメントは何に使はれましたでせうか、私はそれが知りたう御座います。
私の恋人は幾樽のセメントになつたでせうか、そしてどんなに方々へ使はれるのでせうか。あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。私は私の恋人が、劇場の廊下になつたり、大きな邸宅の塀になつたりするのを見るに忍びません。ですけれどそれをどうして私に止めることができませう!あなたが、若し労働者だつたら、此セメントを、そんな処に使はないで下さい。いゝえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によつてきっといゝ事をします。構ひませんわ、あの人は気象の確りした人ですから、きつとそれ相当な働きをしますわ。
                                                     
(セメント樽の中の手紙)



 

 母とは13歳で生き別れた。それからは厳格な父との二人だけの生活だった。職を転々とした。厳しい労働体験によって生まれた彼の文学は、当時の文学主義のリアリズムとはまったく違った新しいプロレタリア文学リアリズムであった。
 貨物船の船員、セメント工場、木曽の飯場や山村での労働や都合4度の投獄にあった労働運動によって『海に生くる人々』『セメント樽の中の手紙』など多くの作品を書いてきた葉山嘉樹が、満蒙開拓移民として満州に向かったのは昭和18年3月、49歳のときであったが、昭和20年10月18日、敗戦によって引き揚げる途中のハルピン南方、徳恵駅手前の車中で脳溢血のため死亡。遺体は駅近くの線路際に埋葬されて葉山嘉樹の生涯は終わった。



 

 暮れかかる墓地の路を突き当たると、色とりどりの供花で華やかに輝く円味がかった三角型の自然石碑があった。「解放運動無名戦士之墓」である。労働運動の中にあっての投獄、家族との離散、果ては愛児の死など、報われなかった世の残照を解き放つかのように無名戦士たちは鎮魂されているのだ。
 葉山嘉樹の亡骸は遠い異土に埋もれたが、長女百枝によって切られた遺髪がこの墓に納められている。
 後年になって訪れた福岡県京都郡みやこ町豊津の市営甲塚墓地にある「葉山家諸霊位」墓は、矩形墓域の乾燥した苔を敷布に、経年古色、斑模様の石肌を雨上がりの鈍い空の下に晒していた。
 〈馬鹿にはされるが真実を語るものがもっと多くなるといい〉。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記


墓所一覧表


文学散歩 :住まいの軌跡


記載事項の訂正・追加


 

 

 

 

 

 

ご感想をお聞かせ下さい


作家INDEX

   
 
 
   
 
   
       
   
           

 

   


   萩原恭次郎

   萩原朔太郎

   萩原葉子

長谷川かな女・零余子

   長谷川時雨

   長谷川 伸

   長谷川利行

   長谷川如是閑

   長谷 健

   花田清輝

   花登 筺

   羽仁五郎

   埴谷雄高

   浜田広介

   林 房雄

   林 不忘

   林 芙美子

   葉山嘉樹

   原 阿佐緒

   原口統三

   原 民喜

   原田康子