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がんを明るく生きる-前立腺癌の末期から生還した伊藤勇のサイトのホーム

末期癌より生還した伊藤勇への相談の手紙とその返信

その14
看病する生真面目な父、闘病するわがままな母、家族が支えあうには?

Kさんより
初めてメールさせて頂きます。 私の母は、肺がん4期の告知を受け、抗がん剤治療で現在入院中です。2月頃から風邪のような症状で具合が悪そうだったのですが、当時は近所のお医者さんにも通っていたため大丈夫だろうとタカをくくっていたのですが、7月になっても咳がとれず、レントゲンをとってもらうように強く勧めた結果、最悪の報告を受けることになってしまいました。母の弟が肺がんで亡くなっていたため、もしやと思っていたのですが、つらいつらい告知でした。そんな中、伊藤様のサイトに出会い、とても勇気づけられました。

病状、薬の効き具合、副作用の状況、これからの進行具合などいろいろ不安でいっぱいなのですが、今一番悩むのは毎日病院に通う父、父にイラだつ母、そして離れて暮らしている私のかかわり方です。

私は一人っ娘ですが、親元から独立し両親とは離れて暮らしています。両親は決して仲の良い夫婦とは言えず、父は真面目で融通が利かず、ユーモアとは無縁でマイペースの人です。一方、母は甘えん坊ですが男のようにサバサバしたところもあり、大らかな反面、プライドも高くとても心配性です。そんな母は父の真面目さや慎重さにいつもイライラしていました。

母が発病してから父は母の指示に従って家事をやったり、入院してからは母の要求する食べ物を手に入れるべくあちらのデパート、こちらの店と帆走しています。最初は、父も母のことを思って一生懸命なんだ、自分が一番大事の父にも思いやりがあったんだと思っていました。

先週、母の入院後初めて病院に見舞いました。母は本当に喜んでくれて、二人でよく笑いました。その度に母は「お父さんとだと全然笑いがないのよね。」とぽつんとつぶやきます。「じーっと黙って人の顔見て帰っていくのよ。そんなんだったら来てくれなくてもいいのに。」と愚痴までこぼしていました。

父からすると、母のわがままに振り回されている気持ちになっているし、母からすると、人の言うことをちゃんと聞かず言った通りのものを買ってこない、と不満がたまっています。

私自身も母の影響が強いので、父に対する母のイライラはとてもよく理解でき、長い単身赴任期間にすっかり父娘の距離が離れてしまった感もあります。しかし、人の気持ちを察する術を知らない父が、母の「察してほしい」気持ちからくる発言に振り回され、精神的にかなりまいっているようにも感じられます。自分にはわがまま言い放題の一方、娘の私とは阿吽の会話をしているようにも見え、自分に対する態度が違う、と感じたようです。

父は、病院の水道水を口にすることを嫌がる母のために、毎日氷を作り、それを一口大に砕いて病院に運んでいます。お湯がまずいと言われたらお湯を持って行き、りんごが食べたいと言われたら皮をきれいに洗ってむいて小さく切って持って行きます。

母が元気な時は母が欲しい物を聞くことなど一切なかった父がこうも大きく変わるものかと、びっくりしました。母もさすがにそれは感謝しているようですが、「それだけなのよね。これやってって言ったらずーっとそれやってる」のだそうです。

離れている私は、一生懸命な父が母のわがままにへこんでいるのを癒す役目を担わなければならないのでしょうが、今日はついつい口論をしてしまいました。

ことの発端は、3回目の投薬が白血球の数値が低いために1週間延期になっていたのでレントゲンと採血をした今日こそは、と思っていたのに結局点滴もなく、検査の結果も言って来なかったためイライラした母が父にやつあたりした、という話でした。父は、「俺にはわからないよ、そんなこと!」と言ったそうです。「お父さんが先生か看護婦さんに聞いてあげればよかったじゃない!」と反論する私。その後は父の愚痴や、考え方のぶつかりあいですが、その中で私は、やはり父は母の本当の気持ちを理解していないかもしれない、という不安にかられました。

入院中は母と直接話すこともできませんので母の愚痴も聞いてあげられないし、かといって父の話だけだと私の本当に知りたい母の病状がわかりません。もどかしい日々が続きます。父も、母のわがままにいつ爆発するかわかりませんし、来年は70歳、若くもありませんから体力的にも心配です。父はすぐ意地になるので、毎日氷を持って行かなければならないと思い込んだら、風邪を引いても絶対に行きます。車があるのに、駐車料金が気になるからとどんなに重い荷物でも電車に乗って病院まで駅から15分の道のりを歩きます。雨が降ろうとも・・・母はそんな父にイライラします。「車でくればいいのに、バカみたい・・・」

こんな時だから、それぞれの人間性が浮き彫りになるのかもしれませんが、このままで母は少しでも良い方へ向かうのか、父の方が倒れてしまわないか、こんなになったのは自分が親元を離れてしまったせいではないだろうか、とどんどん落ち込んでいってしまいます。父も母も信じて独立したつもりだったのに、何も変わっていなかったのではないか、やはり親元に戻った方がいいのだろうか、と答えの出ない堂々巡りばかりです。

もともと、家族で一番体が弱かったのは私でしたが、一人立ちして以来、自分をコントロールすることを学び、持病の喘息も年1回の軽い発作程度になりました。それなのに、母の告知以降は毎日毎日気が休まる日がありません。父と話せば話すほど不安が募ります。

病気以前の問題で、お粗末で本当にすみません。世の中には、一人ででも病気と闘っている人たちがいるというのに、家族が支え合えないなんて情けないことですよね。どうすれば、家族みんなが安らいだ気持ちで母の病気と闘っていけるのでしょうか。やっぱり離れているのはいけないのでしょうか。子供のエゴかもしれません。今の私にできることは何なのか、どうしたらよいのか、考えると涙が止まりません。

初めてのメールなのに、とても長くなってしまい申し訳ございません。伊藤様のサイトを何度も何度も読んで、前向きになれるようにがんばりたいと思います。ここまで読んで頂きまして本当にありがとうございました。

これから気候の変動が激しい季節になりますので、どうぞご慈愛下さいますよう、一日も早く退院されますよう、お祈り申し上げます。

その14
伊藤勇 より

Kさんへ
お母さんに心よりお見舞い申上げます。
私のサイトにお寄り下さいまして有難うございます。長文のお便りを何回も何回もじっくり読ませて頂きました。今回のお便りは、あなたの言われるように病気以前の問題と思われがちではありますが決してそうではなく、心と身体は、密接な関係にあり、疎かには出来ませんから、真剣に考える事が大事かと思います。

まず、お母さんの今の病状を文面から拝察して感じました事を申上げます。 肺がんの診断は、風邪と良く似た症状が多いため、町医者では中々判断が難しく、やはり専門医でないとハッキリとした診断は付かないようです。 主治医には、娘として、あなたは直接面接されて、現在のお母さんの病状が、どこまで行っているか、これからの対処方法はどうなっているか、など詳しく聞かれて、お父さんも同席された中でお母さんの病状を正確に把握し、現在の様子を先ず、しっかりと認識しておく事です。

それには前もってあなたと先生との日程、又、入院病棟の看護師長さん等とも調整をしつつ、少しでも早く説明をお受けになる事をお勧め致します。

尚、抗がん剤治療は、副作用も大きいので、治療に当たっては常に血液検査、レントゲン等で身体の状態を見ながらの増、減、又は中止、を決めて行くのが通常です。 お母さんの病院でも当然そのような形で、状態を見ながらの治療をされて見える様ですので、当たり前と受け止めて理解されたほうが良いと思います。

さて、今後のあなたのご両親への関わり方ですが、自発的に親元から自立されて暮らすうちに、持病の喘息も漸く和らいで来た現在の暮らし方は、あなたにとっては、とてもいい周辺の生活環境であるのでしょうね。

しかし、両親との同居を再開する事で、またあの辛い発作が出るのではないかと言う不安もありましょうし、波長の合わないご両親との仲へ巻き混まれる事への恐れなどが、ストレスとなって気持が大変揺らいでいるように見受けられます。

病気の発症は、その原因が、生活習慣、生活環境、心身のストレスから起る事はよく言われて居ります。 心と身体は密接な関係で、極度の心配やイライラ、我慢や無理は人間の身体のあちこちに病気を出して来ますので、あなたもお気を付け下さい。

離れて暮らす中で、お母さんからお父さんへの不満や愚痴を聞き、お父さんからはお母さんへの看病の疲れの程を聞かされ、双方お互いの意思の疎通が思うように行っていない状態はあなたとしては、とても悲しい事ですね。

一人っ子のあなたが、ご両親にとって唯一のかすがいであり、特にお母さんにとっては、自分に理解がある娘が傍に居てくれる事は望ましい事であり、そのお母さんのお気持は私もとても理解出来ます。 しかし、あなたがご両親の元へ帰る事で、家族みんなが幸せになって呉れれば良いのですが・・・。お母さんから見れば、自分の元に帰って来た娘の喘息が逆に悪化したり、病気になってしまったとしたら・・、そうしてしまったご自分に今度は心悩ます事態にも成りかねません。

お母さんのお父さんへの不満というのは、お父さんがどんな風にお母さんの云う通りにした積りであっても、お母さんにとっては、今までの結婚生活の中に於いてもお父さんのやる事、成す事すべてが気に入らない、噛み合わない不満が、辛い病気との闘いの中で、お父さんに我が儘をぶつけてしまうのでしょうが、心の中ではきっと感謝してみえると思います。

お父さんのようなタイプは、本当に真面目で堅実で時として融通の効かない人にも受け取られがちですが、ご本人は多分一生懸命だと思うのです。不器用で、柔軟に対応出来ない性格はご自身も承知されて居るけれど、これもどうしようもない事で、さぞご本人ももどかしく思って居られる事と思います。

それでも、毎日氷を持って行かれ、お母さんの食べたいものを買い求められて一途に看病されて居られる様子は本当に頭が下がります。 そのようにして、お父さんはお父さんなりにゆとりのない一生懸命な日々の中で、ちょっとしたアクシデントの遭遇にもパニック状態になって、咄嗟の判断も出来ない位に不安定な精神状態になって居られるのではないかとお気の毒な気さえ致します。

そんなご両親からの愚痴は、素直に聞いてあげるあなたの優しさこそが今のご両親へ対する何よりの心のケアになるのではないかと私は思います。 返信封筒付きのお便りを、毎週差し上げ、ご両親の愚痴こぼしの文面もさらりと受け止め、感謝と励ましの心を表すお便りを送られる事も、どんなにかお二人の心の支えになる事でしょう。 遠く離れて居るからこそ「何時も両親の事を愛し、見守っているよ」と云う正直な気持を感謝を込めて伝えて下さい。それによって、あなたの心もきっと安らかになると思います。

そして先ず、ご自分の現在、将来を総合的に見据えて、ご自分の幸せを考えてから、判断されてみては如何でしょうか。 これから、寒い季節がやって来ます。お身体を大切になさって下さい。

私は、現在色々な病と闘ってはおりますが、決して、絶対に諦めません。 自分の身体の事ですから、自分で常に冷静に病状を観察し、現在の状態を的確に把握しながら、今はどうすべきかを、医師と常に相談しながら精一杯生きて居ります。

お母さんには、「これからの不安や孤独を抱え、やり場のない心の葛藤もあるでしょう。大変でしょうが、自らの病はすべて受け入れ、明るく、粘り強く生き抜いて欲しい」と、これは、私からのメッセージです。

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