◎久野愛著『感覚史入門』(平凡社新書)

 

 

「なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか」という副題がついている。なかなかおもろそうではないですか。今回は前置きはカットして、さっそく「はじめに」に参りましょう。著者はまず、ヴォルフガング・シヴェルブシュやアラン・コルバンの議論を紹介したあと(シヴェルブシュもコルバンもその昔読みました)、感覚に関して次のように述べている。味覚や聴覚といった感覚は、きわめて個人的なものだと考えられています。実際に人によって感じ方は異なるため、他の人がどう感じているのかを正確に知ることはほぼ不可能です。その意味で感覚は主観的なものだといえるでしょう。しかし、こうした感じ方には共通する歴史もあります。私たちの「身体」が感じ取るにおいや音などの感覚刺激の変遷は、その感覚をどのように理解し、認識するのか――言い換えれば、いかに自分たちの周辺環境すなわち「世界」を認識するのか――の歴史でもあり、それは、特定の時代や場所に生きる人々が共有するものでもあるのです。つまり、感覚は身体的であると同時に認識的でもあるのです。ここで強調しておきたいのは、感覚が決して「自然なもの」でも「普遍的なもの」でもないということです。ある時代に「洗練された味」とされていたものが、別の時代には「平凡」と感じられることもあります。かつては「陽気」とされた音が、今日では「騒音」として受け取られることもあるでしょう。それは、味や音などを感知する生物学的な感覚器官の働きが変化するということでは必ずしもなく、感覚の認識や意味づけの仕方が、歴史の流れの中で、文化的な慣習に左右されながら変化するということです(6頁)。まあ一種の表象文化論を展開する本なのかなという気がするよね。ちなみに感覚が決して「自然なもの」でも「普遍的なもの」でもないという見方は、わが訳書ではドナルド・ホフマン著『世界はありのままに見ることができない』に展開されている。ただしホフマンの議論の焦点は進化科学にあり、生き残って子孫を残す可能性を示す尺度である適応度を報告するのが感覚の役割であると見なしている。もちろんそれはホフマンの見方であり、『感覚史入門』の著者のものではない。

 

「はじめに」に関してはそれだけにして、さっそく「第1章 感覚史への扉」に参りませふせふ。冒頭に次のようにある。「雑音とはどのような音だろうか。踏切の音や救急車のサイレン、自動車の走行音などがすぐに思いあたるかもしれない。これらは多くの場合、音量が大きかったり不快な音だったりする。ただ、雑音というのは、相対的なものである。音が「大きい」とか、音が「不快」だという感じ方には個人差があり、その人が置かれた状況によっても異なる。例えば、街中やレストランで人が話している声は気にならなくても、静まり返った図書館内では雑音に聞こえる。ハイキングに行って山の中で鳥のさえずりを聞くとリフレッシュできるかもしれないが、原稿の締め切りが近い時や試験前の勉強中など、切羽詰まって仕事や勉強をしている時に部屋の外から聞こえてくると、たとえ同じ鳴き声だったとしても雑音に思えるかもしれない。多くの人が聞いて心地よいと感じる音、一方で不快な音というのはあるものの、ある音が本質的に「雑音」として存在するのではなく、時と場合によって音の感じ方は異なり、人によってその感じ方が違う場合も少なくない(17頁)。著者の主張とはあまり関係ないかもだけど、「雑音」には注意を向けないと聞こえないものと、「雑音」のほうから勝手に聞こえてくるものがある。例をあげましょう。私めは、何十年も前から「キーン」という耳鳴りがつねに鳴り響いているという状態に陥っているんだけど、常時均一に鳴り響いて完全にバックグラウンド化しているせいか、注意を向けない限り、それが意識に上ることはない。ところが、最近高血圧のせいで心臓の鼓動と同期した拍動音が聞こえてくるようになってしもたが、その音は注意を向けなくとも勝手に意識に上ってくる。つまり無視することがむずかしく、とってもとってもうざい(ただし幸いにも、周囲の音に埋もれると完全にかき消されるので、就寝時など静かなときでないと聞こえてこない)。また時と場合によって音の感じ方は異なる好例として、レストランで食事中に隣のテーブルで何人かの客が会話していても気にならないにもかかわらず、隣のテーブルに座っている誰かが携帯を取り出してしゃべり始めるとやたらに気になることがあげられる。誰だか忘れたけど、ある認知科学者によれば、携帯で誰かがしゃべっていると、相手の声が聞こえないのでどうしても、「予測する脳」が意識的にせよ無意識的にせよその内容を予測しようとするから気になるということらしい。この「予測する脳」については、ぜひぜひわが訳書アンディ・クラーク著『経験する機械』を買って読んでくださいませませ(なお、この携帯の話はクラークの本に書かれているわけではない)。

 

次に、ヨーロッパでは五感のうちでも視覚が特に重要されるようになったという、特に意外ではない事実が次のように指摘されている。ヨーロッパでは、視覚は知性と結びついた感覚としてその優位性がより強調されるようになった。「見る」ことは、「知る・理解する」ことであると考えられたのだ。さらに視覚優位の考え方は、見る人(=主体)と見られるもの(=客体)とを切り離した世界の捉え方を促進することにもなった(20頁)。まあこのあたりは、あえて引用する必要もないほど、当たり前田のクラッカーと言えるかも。要するに、西洋における視覚中心の感覚様式は、西洋という社会的な枠組みのなかで発達したのだということになる。以上のような感覚の歴史的、文化的な相対性を研究する分野は「感覚史」と呼ばれているらしく、それについて次のようにある。哲学や心理学・生理学などにおける感覚に関する考察では、感覚刺激やその認識の仕方の文化性や歴史性が強調されることはあまりない。これに対し、文化的・歴史的な重要性に目を向けたのが、人類学や歴史学分野などにおける感覚研究で、「感覚の人類学」や「感覚史」と呼ばれたりもする。この分野が、欧米の研究者らを中心に注目を集め始めたのは1990年代頃からだが、それ以前にも、においや音など感覚の文化的・歴史的重要性に注目した研究がなかったわけではない。むしろ、1990年代以前に蓄積された研究の多くが、今日の感覚の文化・歴史研究の礎になったといえる(22頁)

 

その礎になった研究として、真っ先にあげられているのが、『贈与論』で有名なマルセル・モースの著作であるのは、少しばかり意外に思えた。ここでもう一度「感覚史」とは何かについて述べられている。次のようにある。≪感覚の変化を理解するには、どのような時代背景や社会的状況のもとで変化が起きたのかや、その変化の影響などにも目を向ける必要がある。そうした変化が起きる理由や影響は決して一様ではなく、一般化することは不可能である。それは、例えば自然科学分野における感覚研究が目指すものと大きく異なる点の一つだといえる。¶感覚の歴史・文化研究の第一人者である人類学者のデイヴィッド・ハウズは、感覚を土台にした学術的研究を「感覚革命」と呼び、その目的は、「知覚を実験室から取り戻すこと」、すなわち自然科学分野における対象としてだけではなく、社会科学・人文学的な観点から感覚を理解することだと述べる。同じく人類学者のコンスタンス・クラッセンも、感覚を単なる生物学的現象として自然科学の領域のみで扱うのではなく、社会のあり方を理解するものとして研究することの重要性を強調する。クラッセンによると、「西洋では、知覚を文化的行為ではなく、物理的行為として考える習慣」があり、「五感はたんに世界についてデータを収集するにすぎない」と考えられてきたという。この五感を単なる「データ」として扱う西洋的考え方は、現在の科学技術、例えば昨今開発が急速に進むAI技術などでも顕著である(24〜5頁)≫。≪自然科学分野における対象としてだけではなく≫、あるいは≪自然科学の領域のみで扱うのではなく≫などといった言い回しからもわかるように、感覚研究に自然科学的要素は不要であると主張しているわけではない点に留意されたい。もしそうであれば、完全な文化相対主義に陥ってしまうからね。わが訳書『情動はこうしてつくられる』で、構成主義的情動理論を展開しているリサ・フェルドマン・バレットは、感覚ではないが感情や情動を対象に文化的、認知的な要素が情動に影響を及ぼすという類似の議論を繰り広げており、予測符号化理論などの最新の脳科学の知見を根拠に立論している(予測符号化理論については、前述のアンディ・クラーク著『経験する機械』を参照されたい)。いずれにせよ、対象は何であれ文化的な条件と生物学的な条件が、いかに相互作用するかが、非常に重要なテーマになりつつあることはあえて言うまでもない。もう一丁ステマ、もといアカラサマをしておくと、わが訳書『文化はいかに情動をつくるのか』でも、タイトルが示すように文化的な条件がいかに生物学的な現象(この場合は情動)に影響を及ぼすかが論じられている。

 

ここでもう一度、「感覚史研究」の何たるかについて書かれたまとめの箇所を引用して第1章はおしまいにしましょう。次のようにある。≪感覚史研究は、人が他人と接したり、周辺環境を理解する上で、感覚がどのような役割を果たしているのかを分析するとともに、感覚に対する意味づけが文化的に構築されてきたことを明らかにしてきた。ハウズは、感覚は「文化の担い手である人間によって実践され、経験される」ものだと主張する。感覚とは、単に身体器官が受容する刺激ではなく、人々が「経験」し、認識することによって意味を持つのである(30頁)≫。

 

ということで、次は「第2章 都市空間で感じる「モダン」」。第2章の目的は、≪大正から昭和初期の日本において、消費主義社会の拡大とともにつくり出されてきた感覚について考えていきたい。特にデパートの中に設けられたレストランに焦点を当てる(39頁)≫ということらしい。どうでもいいことだけど、≪焦点を当てる≫という言い方は誤用なので、翻訳者がこれをやると編集者に怒られるはず。学者先生は怒られないからいいなあ! そもそも「焦点」は、光のように何かに当てるものではなく、当たった結果結ばれるものだからね。それは余談として、デパート内のレストランに関して、続いて次のようにあるのが昔を思い出してなかなか興味深かった。≪私が子供の頃、デパートの大食堂といえば、家族でたまに買い物に行った際に立ち寄る、少し特別な場所だった。当時はまだ食券制度が残っていたように思う。店内には丸いテーブルと合皮張りの椅子がいくつも並んでいた(39〜40頁)≫。新書本の著者紹介欄には著者の生年月日や年齢が記載されていないのでググったところ、一九八〇年生まれとあった。したがって≪私が子供の頃≫とは、一九八〇年代になりそう。一九八〇年代のデパートの食堂と言えば、個人的には、上野だったか御徒町だったかにある松坂屋の食堂でちょうど¥1000の幕の内弁当を食べていたことを思い出す(その頃でも単なる幕の内弁当が¥1000もしていたのですね)。それが直営の大食堂であったのか、食券制度が残っていたのかはよく覚えていない。でも私め自身が子供だった頃の1960年代には、確実に食券制度と大食堂が存在していた。小学校2〜3年生の頃に、東京北区の西ヶ原四丁目に住んでいたので(かつて西ヶ原にあった東京外国語大学の真ん前)、池袋の西武デパートに連れられて行ったことが何度もあった。ちょうど西武デパートと丸物百貨店が合併した頃で、屋上には遊園地があった。それからエレベーターガールがいたけど、その頃のエレベーターガールは「上()へ参ります」とか「地下食品売り場です」とかアナウンスするのではなく(そのタイプのエレベーターガールも今ではいなくなってしもたけどね)、鋼鉄のドアを手で開けるのが役目だった。西武デパートの大食堂は直営店だったはずで(社員食堂みたいな感じだったように覚えている)、今のように専門の業者が入っていたわけではなかった。

 

さて、そのデパート食堂の日本での発展について、著者は次のように述べている。≪デパート食堂は、新たに誕生した消費空間として人気を博したということ以上に、当時の日本において歴史的な意味を持つ場所であった。デパートはただ単にモノを買うための場所ではなく、欲求を満たし買い物を楽しむ場所、つまり消費がレジャーへと化した空間であった。店に一歩足を踏み入れると、国内外から集められた洋服や化粧品、家具から絵画にいたるまで、あらゆる商品を一つ屋根の下に収めた世界が広がっていた。さらに、荘厳な西洋建築の外観に加え、当時まだ珍しかったエレベーターやエスカレーター、空調などの最新設備を備えていたこともデパートの魅力の一つだった。これらは一種の「アトラクション」として機能していたともいえるだろう。メディア論研究者の長谷川一はこれを「テクノロジーの遊戯」と呼んでいる。こうした日常の実践の中の「ずれ」は、時に違和感を伴うが、それ故に「愉しさ」を人々に感じさせる。つまり、買い物が娯楽化していく中で必要不可欠なデパートの演出でもあったのだ。¶この消費を楽しむという行為や感性こそが、まさに近代化の産物である。そうしたデパートをより楽しめる場所にするため機能したのが食堂だったともいえる(51頁)≫。本来、デパートとは生活必需品を買うための場所であるはずだったものが、レジャーランド化したということであり(生活必需品を買う場所ではないが大学に似ているかも)、食堂はレジャーを強調するための一つの手段として機能するようになったということになる。ただ個人的な経験からすれば、明治や大正ではなく1960年代ではあったが、池袋西武デパートにかつてあった大食堂は、前述のとおり社員食堂みたいでレジャーランドの食堂という雰囲気じはまったくなかった。むしろたいてい最上階にあった(というか今でもたいてい最上階にある)デパート食堂より、デパ地下にある食品売場のほうがはるかにレジャーランドっぽい(あれって海外のデパートにもあるのかな?)。まあ、かつては屋上に遊園地があるデパートも多かったから、それで十分にレジャーランド化していたわけだけどね。

 

いずれにしてもそれは1960年代の話で、戦前のデパートには≪レジャーとしての消費を客に提供し、近代的文化装置としてのデパートを構築するために重要な存在でもあった(52頁)≫食堂ガールなるスタッフが存在していたらしい。≪レジャーとしての消費を客に提供し≫とあるので、ただ配膳するだけの現代のウェイトレスとは明らかに違うのでしょうね。その食堂ガールについて、さらに次のようにある。≪食堂がデパートの中に組み込まれていたという点で、デパート食堂および食堂ガールは近代性と結びつけられた存在であり、(…)彼女たちの姿・接客には、日本社会が目指した近代化の片鱗も窺える。つまり食堂ガールたちは、人々の感性が近代化されていく過渡期において、日本の伝統的価値観・ジェンダー観と、近代的なそれとが混じり合う微妙な世界観を体現した存在だったのではないだろうか。そこには、近代化の名のもとに、劇的な政治的・経済的・社会的変化が進む日本社会に生きる人々の、期待と不安が入り混じった複雑な感情が透けているようにも思えるのだ(61頁)≫。まあ少し大げさにも思え、またそれがこの新書本のテーマである「感覚」とどう関係するのかがやや曖昧にも思えるけど、著者が言いたいこととは次のようなものらしい。≪彼女[食堂ガール]たちの身体性やその身体が体現した近代的なるものは、買い物客たちが「近代的」また「西洋的」なものを感じ取り、認識し、日常の中に取り入れる契機ともなった。人々がこれまで感じたことのなかった新しい感覚――洋食の味や洋服の着心地、西洋の化粧品のにおいなど――を「近代的」なものとして認識するための文化装置として機能したのがデパートであり、そこで働く食堂ガールやショップ・ガールだったともいえる。つまりデパートは、単に洋食や洋服などのモノを提供するだけでなく、ある感覚を近代的なものとして感じ取るための感覚的規範を習得する場所であった。こうしてみると、(…)近代性と伝統的価値観とが入り混じるデパートで働く食堂ガールたちは、ある時代における感覚がはらむ政治的・経済的・社会的・文化的パワーダイナミクスを体現しているようでもある(62頁)≫。これはまさに日本が近代化を遂げようとしていた頃の話であり、現代のように日本が徹底的に現代化したあとでは、デパートに行ってもここに書かれているような感覚が喚起されることはあり得なくなっている。考えてみると、1960年代にはまだ存在していたデパートの屋上の遊園地は、レジャーの提供という点で、近代を「感覚化」する機能を果たしていた、かつてのデパートの名残がまだわずかに残存していたということなのかもね。これでデパート食堂を扱った第2章をおしまいにするけど、最後に個人的に気づいたことを一点だけ指摘しておく。それはデパートと言えばすぐに頭に浮かんでくる鹿島茂氏の著作に対する言及がまったくなかったこと(巻末の第2章の文献一覧にもない)。鹿島氏の著作の詳細はよく覚えてないが、彼は欧米のデパートのみ扱っていて日本のデパートには言及していなかったということなのかも。あるいはデパートは扱ってもデパート食堂は取り上げていなかったのかもね。

 

ということで、次の「第3章 感覚を科学する」に参りましょう。まず感覚科学の目的について、次のように書かれている。≪感覚科学の目的は、できるだけ多くの消費者、つまり「平均的な」消費者に対して、常に同じ感覚刺激を提供することにあった。不特定多数に売れる商品を生産するためには、なるべく多くの人が「おいしい」と感じる基準を設定する必要がある。その結果、商品開発は個々の好みに合わせるのではなく、概念的に想定された「標準の消費者」、すなわち実際には存在しないモデル化された消費者をターゲットに進められるのである。ここでは、感覚や嗜好は個人のものではなく、匿名的で平均化されたものとして扱われるのだ(73頁)≫。こうして見ると、著者は感覚科学を基本的に批判的に見ていることがわかる。そのことは次のような指摘にもはっきりと見て取れる。≪感覚の標準化は、同時に「脱文脈化」とも結びついていた。感覚科学は、商品の本質的な品質は消費される環境から切り離しても評価できるという前提に成り立っている。つまり、いつ・どこで・誰と食べるかのような、ある商品が消費される環境や文脈に左右されない、「真の」感覚特性が存在するという信念のもとで評価が行われているということである。(…)だが近年の研究は、人々の感覚や感情は、文脈によって大きく変わることを示している。例えば、同じものを食べても、一人で食べるのと、親しい友人と食べるのとでは、味の感じ方が異なることは、経験的にも想像しやすいだろう。感覚科学は、こうした文脈依存性を切り離し、商品の物理的特徴として感覚を数値化する。このような評価結果は、一定の条件下では有効かもしれないが、実際の消費者体験や、なぜ商品が売れるのかといった問いに答えられるものではないだろう(74〜5頁)≫。≪「真の」感覚特性が存在するという信念のもとで評価が行われている≫という指摘は、まさに感覚科学が本質主義的な考え方に基づいていることを示唆する。また≪近年の研究は、人々の感覚や感情は、文脈によって大きく変わることを示している≫とあるけど、前述のとおり、感情や情動に関してその点を指摘しているのが、構成主義的情動理論を提起している(ここでは詳しく述べないが、構成主義は本質主義とまったく逆のアプローチを取る)、わが訳書リサ・フェルドマン・バレット著『情動はこうしてつくられる』、あるいはバチャ・メスキータ著『文化はいかに情動をつくるのか』なのですね(情動と感情はどこが違うのかについてはここでは立ち入らない)。

 

それから感覚科学とAIに関して述べられているので、その箇所を引用しておきましょう。次のようにある。≪感覚を活用するAI技術の開発は、19世紀から続く身体を機械に{準/なぞら}えた理解に基づいたものにみえる。例えば、センシング技術の研究開発は、人間も機械も、知覚能力が検知(情報収集)と認知(情報処理)の組み合わせで構成されているという前提のもとに進められる。そして、人間の身体は、感覚刺激(信号)に反応する機械的センサーに置換されるのだ。だが感覚は、人間にとっては周辺環境を理解するための重要な情報であり、身体は、ただ単に外界からの刺激を受け取るセンサーではない。感覚刺激の理解の仕方は、時代や場所、文化的環境など文脈によっても異なるからだ。AIやセンサーの場合、そうした文脈に即した情報や微妙なニュアンスは捨象されてしまう(78頁)≫。≪感覚は、人間にとっては周辺環境を理解するための重要な情報であり、身体は、ただ単に外界からの刺激を受け取るセンサーではない≫というくだりは、前述したアンディ・クラーク著『経験する機械』で詳しく説明されている「予測する脳」という概念を考えてみればよくわかるはず。『経験する機械』については、「ヘタレ翻訳者の読書日記」で何度も取り上げてきたので細かくは述べないが、同様なことが述べられている部分を一箇所だけ、同書の「はじめに」から引用しておきましょう。次のようにある。≪予測処理理論は科学や哲学における難題の一つ、つまり心とリアリティの関係の本質に言及する。着実に影響力を蓄積してきたこの理論は、心とリアリティの関係をめぐる理解を大きく変えるはずだ。「私たちの五感は外界に臨む受動的な窓である」とする従来の見方とは異なり、世界(…)が提供する事象を刻一刻と予測しようとする、つねに活動的な脳を前提とする新たな見方が台頭しつつある。これらの予測によって、表情の解釈から痛みの感覚、さらには映画を観に行く計画に至る、ありとあらゆる人間の経験が構造化され形作られているのである(同書13頁)≫。

 

ということで、次の「第4章 素材が変える感覚」に参りましょう。まず本章の目的が次のように述べられている。≪本章では、主にガラス、セロハン、プラスチックという、19世紀末から20世紀半ばにかけて、建材や工業製品としてだけでなく、日用品の材料としても広く利用されるようになった三つの素材に焦点を当てる。これらは、単に新しい合成素材として利用されただけでなく、「近代的」なものとして文化的意味を獲得し、デザイナーや建築家、社会批評家らから注目されるようになった。このような新しく誕生した素材が、人々の感覚にいかに影響を及ぼしたのか、特にそれらの素材の社会的・文化的意味を通して考えたい(82頁)≫。「おや〜〜ん、また≪焦点を当てる≫が登場したべ」。まあ、それはいいとして、要するに本章は、本書の副題「なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか」という問いに対する答えが提示されているのだろうということがわかる。

 

それを論じるにあたって、著者はロンドン万博における有名な水晶宮や、建築家ブルーノ・タウトの「ガラスの家」、あるいはグロピウスによるバウハウスの校舎を取り上げている。ここではタウトの「ガラスの家」に関する記述のみ引用しておきましょう。次のようにある。≪タウトは、近代社会を動的なものだと捉えており、それを体現していたのが、ガラスの物質的特性でもあった。(…)そうした新しい「ガラス文化」は、古い文化を置き換えると同時に、自らも置き換えられていくという、継続的な相互作用の中で常に変化するものであり、それは近代性を象徴するものでもあった。¶ガラスはタウトにとって、閉鎖的な空間を解体し、流動的で変化に満ちた感覚環境を生み出すものだった。例えば、「ガラスの家」のステンドグラスの天井は、プリズムの光の屈折を通じて光と色の相互作用を強調することで、人々の感覚の解放を目指したものである。すなわち、建築は、受動的に見るものではなく、動的な知覚の場として想定されていたのだ。光や反射の変化によって空間は固定されたものではなく、見る者の動きによって変化し続けるものとなる。この意味で、タウトのガラスは単なる透明な壁ではなく、複数の感覚を刺激する動的な媒体だったといえる(84〜5頁)≫。≪建築は、受動的に見るものではなく、動的な知覚の場として想定されていたのだ。光や反射の変化によって空間は固定されたものではなく、見る者の動きによって変化し続けるものとなる≫というくだりは、知覚と行動の循環的な統合という、『経験する機械』のクラークが依拠する予測符号化理論(予測符号化理論自体は神経科学者のカール・フリストンによって提唱され、その後発展した)によっても裏づけられる。

 

ただそれとやや矛盾するようにも思える次の指摘も引用しておきましょう。≪19世紀末以降、ガラスのショーウィンドウやアーケード、陳列ケースの増加により、商品はガラス越しに視覚的に鑑賞されるが、直接触れることはできなくなっていった。ガラスのもたらす透明性は、触覚的な関係を断絶し、視覚を中心とした消費文化を形成するようになったのである。¶「すべて見ることはできるのだが、何一つ手にすることはできない」¶ベンヤミンはこのように述べ、ガラスが持つ透明性は、かつて思い描いたような解放的可能性ではなく、知覚のあり方を受動的なものへと変質させるものだと考えた。触覚の喪失は、単なる物質文化の変化ではなく、消費と知覚の仕方そのものの変化を示していた。消費者と商品の関係は、かつてのように実際に触ることのできる触覚的なものではなく、ガラスや包装材を通してみるという、視覚的なものになったといえるだろう。また、(…)観光業の発達によって、異国の風景や文化は、ホテルのガラス窓、列車のパノラマ車両、プラスチック包装された土産物といったフレームの中で経験されるようになったのだ(90〜1頁)≫。ヘタレ翻訳者ならではの些末な指摘をしておくと、≪ガラスや包装材を通してみる≫の≪みる≫は、明らかに視覚のことを指しているのだから「見る」と書くべきだったでしょう。これだと「やってみる」の「みる」にも取れてしまうからね。まあ重箱の隅をつつくのはそれだけにするとしても、都市の遊歩者を意味する「フラヌール」の概念で知られるベンヤミンを取り上げて、≪知覚のあり方を受動的なものへと変質させる≫と言うのはやや奇妙な感じがしないでもない。ガラスのショーウィンドウなどによって視覚と触覚が分離されたのは確かだとしても、アンディ・クラークらが主張するように知覚は行動や動作と統合的な循環を構成しているのであって、知覚のあり方それ自体が受動的なものになったわけではないように思える。そもそも「(視覚を含めた)知覚=受動的」という従来の方程式そのものが、予測処理理論によって覆されたとさえ言えるかもね。

 

いずれにせよ、それは個人的な見解なのでそのくらいにしておくとして、新書本に即して言うとここまではほぼガラスのみに言及されていたけど、次にセロファンと、新書本の副題にもあるプラスチックが取り上げられている。ここでは後者のプラスチックに関する記述のみを引用しておく。まず二〇世紀中盤までにおいて、プラスチックがもたらしていた感覚について次のように述べられている。≪タッパーウェア[タッパーウェア社のプラスチック容器]の宣伝レトリックは、多くの消費者にとって馴染みの薄い近代的技術や素材が、日用品として家庭内の日常生活の一部となるよう入念につくられていた。その際に重要となったのが、触り心地やにおい(この場合は、においがない、つまり無臭であること)、カラフルさなどの感覚的要素である。つまり、宣伝文句がその商品のイメージを構築すると同時に、消費者は感覚を通してそれがいかなるモノであるかを理解したのである。そして、タッパーウェア独自の滑らかさや色などが日常的な感覚として定着していったのだ(108頁)≫。まあそのような経緯を経て副題にあるように、プラスチックを「清潔」と感じる感覚が生まれたのでしょう。ところが二〇世紀も半ばを過ぎると、プラスチックが喚起する感覚の様相は次のように変わってくる。≪しかし、1960年代になると、プラスチックが持つイメージ、さらにはその色などの感覚的要素が持つ意味が大きく変化することとなった。かつてデザインに大きな可能性をもたらすと思われていたプラスチックは、環境問題への意識の高まりや大量消費社会への批判が広まる中で、環境破壊や物質主義、浪費と結びつけられるようになった。(…)そうした社会的・文化的変化の中で、それまでの生活の一部となっていたプラスチック、その色や触り心地、音がマイナスの感情を喚起するようになったことは、人々の感性の変化により、「日常なるもの」が置き換わったことを示している。そしてこれは、単にプラスチックがもたらす感覚的認識だけではなく、視覚や触覚などの感覚が、環境問題や消費主義社会といった社会的、時に政治的諸相と結びついているということでもあるのだ(108〜9頁)≫。一般により高次と考えられている認識的・認知的事象によって、より低次と考えられている感覚的・感情的事象が変わりうるというこの指摘は、きわめて重要であり、最新の脳・認知科学の知見によっても裏づけられる。たとえば、ここでは詳細には述べないが、前述のリサ・フェルドマン・バレット著『情動はこうしてつくられる』や、ジョセフ・ルドゥーの最近の諸著作(この点に関しては、わが訳書でルドゥーの最新作『存在の四次元』より前著の『情動と理性のディープ・ヒストリー ――意識の誕生と進化40億年史』の終盤のほうが詳しい)を読めばよくわかるはず。

 

ということで、次の「第4章 素材が変える感覚」に参りましょう。この章題を見て、私めは、前述したドナルド・ホフマン著『世界はありのままに見ることができない』の、クロマチュア(これについてはあとで説明する)を取り上げる「第8章 ポリクローム インターフェースの突然変異」と、感覚に関する知見をビジネスに応用する例(著者のホフマン氏は実際に企業のアドバイザーも務めている)が紹介される「第9章 精査 人生でもビジネスでも必要なものが手に入る」を思い出した。それについてはあとで触れるとして、まずは新書本から引用しましょう。次のようにある。≪デザインが重要なのは、視覚的アピールや購買意欲を生み出すためだけではない。技術哲学者ピーター・ポール・フェルベークが論じるように、デザインとは、単に色や形などの外観を指すだけではなく、「モノが人と世界の関係を形成する」その仕方、「人とモノとの関係を促進する」ものなのだ。すなわちデザインは、「日常生活において(人とモノとを)媒介する役割」を担っている。消費主義社会におけるデザインと感覚の歴史をたどることで、人とモノの関係、特に産業化が進む中で人々が新しい技術とどのように向き合おうとしたのか、そして技術・嗜好・ライフスタイルが複雑に絡み合いながら、私たちの感覚やそれを取り巻く世界がどのようにつくり出されてきたのかがみえてくるのではないだろうか(112〜3頁)≫。≪私たちの感覚やそれを取り巻く世界がどのようにつくり出されてきたのか≫という問いに対しては、ホフマン氏なら進化生物学に基づいて「感覚は、生き残って子孫を残す可能性を示す適応度を報告するべくつくり出された」と答えるでしょうね。もちろん新書本の著者は進化生物学に参照しているわけではないので、そう答えるはずはなく次のように述べている。≪デザインは、ある時代や場所の価値観やライフスタイルと結びつき、ナラティブをつくることで文化的な意味を持つようになる。その過程で、デザインは人々の感性を表す「記号」としての役割を果たす。例えば、丸みを帯びた家具や柔らかな素材の椅子は、安心感や親しみといった感覚を呼び起こす記号として機能する。このように、デザインの形や色、素材、使い方などは、単に社会の価値観を映す鏡であるだけでなく、人々が自分の身体や感覚を通して意味を理解できる手がかりとなるのだ(121頁)≫。「ナラティブ」「記号」「意味」などといった用語が使われているところからして、著者が表象文化論系の学者であることがわかる。ついでにここでホフマン氏の考えを引用しておきましょう。≪人間の感覚は、経験という言語で適応度利得をコード化するべく進化してきた。この言語には、情動の経験が含まれる(同書220頁)≫。ホフマン氏は、「記号」ではなく「コード」という用語を使っているものの、新書本の著者とかなり似たようなことを進化生物学の用語で主張しているようにも思える。ただし情動的な経験を強調しているところは新書本の著者とはやや異なるかも。

 

ところで、第4章の紹介に入った直後にホフマン氏の著書に言及したとき、特に説明せずに「クロマチュア」という用語を用いた。「クロマチュア」とは色と肌理、すなわち触覚の結びつきを意味する。新書本にも「クロマチュア」という言葉こそ用いられていないものの、次のような類似の言及が見られる。≪視覚(モノの見た目)と触覚(触り心地)が、互いに「一致」していることも重要だった。ウォーランス[ドナルド・ウォーランス、工業デザイナー]は、「モノを触った時に、その触感が正しいと感じられるだけでなく、それが正しい触感であるように見える」ことの必要性を唱え、「{触覚的エステティクス/tacthetic}(tactile〔触覚〕とaesthetic〔エスティック〕を合わせた造語)」という概念を用いて、これら二つの感覚の密接な関係を説明している。これは、視覚的に伝わる触覚といえるかもしれない。すなわち、人はモノと接する時、手を通してだけでなく、「目を通して」も、どのような触り心地であるかを想像すると同時に、その触感を理解しているのだ。このようにみると、工業デザイナーらは、複数の感覚に統合的に働きかけるものとしてデザインを標榜していたといえる(126頁)≫。ここで言われている「触覚的エステティクス」とは「クロマチュア」とほぼ同義と見なしてよいと思う。ただし進化科学に依拠しているホフマン氏の議論には、「クロマチュア」を≪適応度に関するデータを大量にコード化(同書223頁)≫するものと見なしているという大きな違いが存在する。

 

もう少し『世界はありのままに見ることができない』から引用してみましょう。次のようにある。≪私たちは、一〇〇〇万種類の色を識別する卓越した能力を持つが、この数は識別可能なクロマチュアの数に比べるとまさに色あせてくる。たった二五個のピクセルから成る正方形の画像は、観察可能な宇宙全体の粒子の総数より多い種類のクロマチュアを表現することができる。このようにクロマチュアは、適応度メッセージを伝える豊かな媒体として機能する。そのことは、単色の言語では不可能な正確さで私たちの情動に雄弁に訴えかけてくる、前掲のクロマチュアの図版によって確認することができる(同書223〜4頁)≫。≪前掲のクロマチュアの図版≫とは、同書の途中にはさまれているカラー図版G、Hを指しているが、ここには掲載できないので興味がある人は同書を買って確認してみてね。なお上記、新書本の引用では≪工業デザイナーらは、複数の感覚に統合的に働きかけるものとしてデザインを標榜していた≫と過去形で書かれており、いかにもそれが過去の話であるように述べられているけど、実際には現在でもそれが当然のごとく行なわれていることは『世界はありのままに見ることができない』を読めばよくわかるはず(そもそも著者のホフマン氏自身が企業向けにその種のアドバイスをしている)。

 

さてステマ、もといアカラサマはこのくらいにして次に参りましょう。次は「第6章 感覚体験の商品化」。まず次のようにある。≪メディア文化研究者のアン・フリードバーグは、著書『ウィンドウ・ショッピング――映画とポストモダン』の中で、「体験の商品化」がいかに人々の時間的・空間的感覚を変えたのかを論じている。鉄道や蒸気船、さらにはエレベーターやエスカレーターは、それまでよりも長い距離を短時間で移動できたり、上下移動を可能にするなど、時間と空間の感覚を大きく変化させた。19世紀に始まった万国博覧会や博物館、さらに、デパートなどの消費空間は、過去につくられたり、遠い国から運ばれてきた珍しいモノを単に陳列・販売する空間であっただけでなく、時間と空間を超越する装置としても機能したのである。フリードバーグによると、これらの例は、「見る」という行為と消費とが強く結びつき、現実および想像上の時間的・空間的移動において、視覚が重要な役割を果たすようになったことを示唆しているという(135頁)≫。アン・フリードバーグの著書は、かつて私めがまだITエンジニアだった頃に、引用文中にある『ウィンドウ・ショッピング』の原書Window Shopping: Cinema and the Postmodern(California, 1993)と、The Virtual Window: From Alberti to Microsoft(MIT, 2006)(『ヴァーチャル・ウィンドウ――アルベルティからマイクロソフトまで』として邦訳されている)を読んで非常に強い印象を受けたことがある。当時はまだ翻訳者ではなかったので読んだだけだったけど、今ならどこかの出版社に持ち掛けているはず。けっこうおもろかったからね。

 

この「感覚体験の商品化」の例として、著者はパック旅行と遊園地を取り上げている。まずパック旅行には、お約束のトーマス・クックによるパック旅行があげられている。クックは、当初は禁酒運動の参加者の便宜を図ることを目的として旅行会社を創設したとのこと。まったく関係ない話だけど、禁酒(テンペランス)運動というと、私めはどうしてもバート・ランカスター主演のおバカ西部劇『ビッグトレイル』(米・一九六五年)を思い出してニタニタしてしまうんだよね。それはどうでもいいとして、トーマス・クックのパック旅行に関しては次のようにある。≪クックは、旅行を企画するにあたり、対象地域に最低2回は赴き、その場所にいわゆる「名所」があるかどうかや、リーズナブルなレストランと宿泊施設があるかを調査した。これにより、客を連れてくるに値する場所かどうかを判断したのである。訪れるべき場所が決まると、クックは、名所の説明とともに旅程を詳しく記したガイドブックを作製し、客たちに配布した。フリードバーグによると、パック旅行とは「あらかじめ用意された「{光景/sight}」を一連の物語に沿って並べ」たものであり、旅の必需品ともいえるガイドブックは、「それがなければたんなる視覚的な「光景」にすぎないものにつけられた説明文としての役割を果たした」のだ。つまりパック旅行は、「名所」や「名物」をつくり出す一連のプロセスだともいえるだろう(140〜1頁)≫。ここでのキーワードは≪物語≫でしょうね。バス会社が「物語」を作りたがるのもそういうことだろうね。ただし≪たんなる視覚的な「光景」にすぎないものにつけられた説明文≫というくだりは、もちろんそういうケースも多いのだろうとしても、さすがに言いすぎなような気がしないでもない。

 

次は遊園地だけど、それにはコニーアイランドやルナパークが例としてあげられ、そのあとで次のように述べられている。≪19世紀後半から20世紀初頭に建設された遊園地は、単なる娯楽施設にとどまらず、「{近代的なるもの/モダニティ}」のあり方を映し出し、それを問い直す場でもあった。ローレン・ラビノヴィッツ[アイオワ大学教授で映画の研究者らしい]によれば、「モダン」という概念は、デザインや建築様式など視覚的なものだけではなく、「{感覚の過剰刺激/sensory overstimulation}」によっても特徴づけられる。遊園地はまさにその感覚的な刺激を体現した空間だった。ローラーコースター[ジェットコースター]のようなアトラクションに代表されるスピード感や動き、それを可能にした産業技術、群衆の体験が一体となって、視覚に限定されないモダンな感覚のあり方をつくり出していたのである。機械仕掛けの乗り物がもたらすスリル、展示や建築、そして大都市に近接したビーチサイド[コニーアイランドは海岸にある]――これらは、「見るスペクタクル」だけではなく、新たな形の感覚を人々に提供した。¶こうした娯楽は身体的な体験と深く結びついており、リン・サリーが述べるように、「技術の壮大な展示と{感覚の過負荷/sensory overload}」によって、スリルや快楽を求める人々の身体、さらには公共空間における自分と他者との関係の感じ方を根本的に変容させた。ここで形成される{近代的主体/modern subject}は、「目を持つ私(an “I” with an “eye”)」という存在であるのみならず、複雑な感覚知覚を統合した「全身体」として理解できる。つまり、単に映像を見るだけの受動的な経験ではなく、(限定的ではあるにせよ)能動的にアクティビティに参加することで構築される主体だったのである(152頁)≫。こうしてみると≪近代的主体における感覚知覚を統合した「全身体」≫の構築という側面において「デパート+遊園地=デパート屋上の遊園地」が果たした役割は大きそう。デパートの屋上の観覧車やローラーコースター(ローラーコースターまでデパートの屋上にあったかどうかはよく覚えていないけど)は、感覚刺激が恐ろしく増幅しそうだからね。デパートの屋上の遊園地って海外にもあったのかな? それとも変態日本人の発明なのだろうか?

 

ところで些末な点だけど、この新書本の著者、現役の学者についてはいきなり名前だけ出すという傾向が見受けられる(それとも随分前にすでに言及されているのかもだけど)。この引用文中では、ローレン・ラビノヴィッツとリン・サリーがそれに当たる。前者に関してはググると検索されてきたけど、後者に関してはその名前の人物が検索されてきてもそれが当人なのかよくわからなかった。他にもたとえば、すでにお星さまになっている前述のアン・フリードバーグに関しては、初出時に≪メディア文化研究者≫とあるのに対し、同じページに出現する≪エヴァ・イロウズとヤーラ・ベンガー・アラルフ(135〜6頁)≫に関しては、そのような配慮がなされていない。フリードバーグはそれなりに有名なので肩書きのようなものはなくても少なくとも私めにはわかるが、≪エヴァ・イロウズとヤーラ・ベンガー・アラルフ≫となると、「変な名前! その人たちいったいどこの誰で、何を研究している人なの?」と途方に暮れざるを得ない。何を専攻しているかくらいは、初出時には書いておいてほしいのだが・・・。

 

まあそれは些末なぼやきなので、最後にパック旅行と遊園地に関するフリードバーグ(と新書本の著者)の見解を紹介して第6章を締めくくることにする。次のようにある。≪パック旅行も遊園地も、フリードバーグの言葉を借りれば、「別の空間、別の時間、別の創造世界への安全な移動を可能」にしたといえるだろう。つまり「買うという行為によって精神的な変容を体験できる、劇場のような空間」において、消費者は「「ここではない場所」という感覚を得ることができる」のだ。人々は、パック旅行では(物理的および想像上の)移動を、遊園地では固定された非日常的空間とミニチュア化された技術の体験を「購入」するのである。こうした感覚体験は、商品化されると同時に、利益を生む{生産性のある/productive}ものとして市場に動員されるのだ(160頁)≫。

 

ということで、次は「第7章 ヴァーチャルな感覚と身体」。この章では、最初に「ヴァーチャル」のさまざまな定義が紹介されたあと、VR体験について論じられている。まず次のようにある。≪VRの世界に入り込むことは単なる疑似体験ではなく、身体そのものをつくり替えるプロセスであり、身体とは「固定した静的なもの」ではなく、常に環境の中で自己を再編成する存在なのだ。¶こうした身体の「つくり替え」は、サイバースペース内に限らず、私たちの日常生活にも当てはまる。(…)人間の感覚は、実践と経験を通して磨かれていくのである。これは、主体(自分)と客体(モノや周囲の環境)の融合によって人間の感覚が存在するということでもある。つまり、私たちの感覚や身体は、生まれつき決まっているものでも、自分だけで成り立つものでもなく、世界との関係の中で、初めて特定の感覚を感じ取れるようになるのだ(166頁)≫。ということは、身体や感覚は、環境との相互作用のなかで動的に変化していく可塑的なものだということになる。たとえば精神医学でも、生物(脳を含む身体)と心と環境(社会)は循環的に相互作用すると論じられており、環境が変わればつねにそれと相互作用している生物(脳を含む身体)や、それに端を発する感覚や感情(情動)も変化しうると見なされている(詳しくは、わが訳書ではスザンヌ・オサリバン著『眠りつづける少女たち』やロイ・リチャード・グリンカー著『誰も正常ではない』を参照されたい)。

 

次に新書本の著者は、ブルーノ・ラトゥールによる調香師の訓練の例をあげて次のように述べる。≪ここでラトゥールが注目するのは、わずかな香りの違いを認識できるようになったという事実は、単に調香師の嗅覚が敏感になったというだけではなく、新しい感覚(嗅覚)世界がつくられるということである。つまり、訓練をすることで鼻が微妙なにおいの違いまで嗅ぎ分けられるようになる身体的変化は、わずかに異なる数多くの香りが存在する世界が立ち現れるという環境的変化でもあるのだ。この変化は、調香師自身の身体の変容というだけでなく、講師、香りキットなど、人やモノの関係性の中で生まれる。ラトゥールは、主体と客体、そして知覚と現象との境界が溶解し、それによって私たちの体験がつくられていると論じる。これをラトゥールは、身体を「獲得する」と呼んでいる。感覚刺激に気づくようになった身体を「獲得」すると同時に、それを取り巻く感覚世界がつくられるのである(167頁)≫。これも、一種の生物(脳を含む身体)と心と環境(社会)の相互作用の例と見なせるかもしれない。あるいは前述の『経験する機械』の「第6章 生身の脳を超えて」で展開されている「拡張された感覚」や「拡張された心」に関する議論にも関係するように思える。同書から、細かい議論は飛ばして第6章の結論部分だけ引用しておきましょう。次のようにある。≪脳は、実践的行動を起こすのと(同じ理由で)同じように簡単に外的資源を調達し、神経回路のさまざまな側面を活性化させる、予測する機械なのだ。予測処理が展開されるにつれ、人間の経験と思考は、神経活動、ならびに脳と身体の濃密なネットワークによって内部から、また、私たちが生活している高度に組織化された技術的社会によって外部から織り上げられる。こうして、循環的な因果関係の網の目が構築され、そのなかで心はつねに身体や世界に開かれているのである(同書232頁)≫。

 

ステマ、もといアカラサマはそのくらいにして、新書本に戻りましょう。著者は次にパノラマやパノプティコンから始まり、ヘッドマウントディスプレイによるVRを経て、最新のVRに至る視覚技術の変遷について説明している。事実に関する詳細な説明はカットして要点だけ引用しましょう。パノラマについては次のようにある。≪まずパノラマは、他の人との共有された体験である。大きな円形の建物の中に描かれた絵を、多くの人が同時に眺められるようになっており、建物中央部の観覧台を自由に歩きながら鑑賞できた。そこでは、他の人たちとその空間を共有し、たとえお互いに会話などがなくとも、周囲の人の気配やざわめき、驚きの声などを自然に感じ取りながらパノラマ画を観ることになる。さらに観覧台では、他の鑑賞者も動きながら絵を見ており、そうした周囲の反応や動きそのものも自分の鑑賞体験に組み込まれるのだ。展示空間や絵との接し方、そして観客同士の位置や動きによって、パノラマは、他者との共存を前提とした社会的な体験として、開かれた感覚世界をつくり出す。それは偶然性に満ちており、一度きりしか生じない唯一無二のものである(176頁)≫。「パノラマ」とはおもに19世紀に流行った視覚的な仕掛け?ではある。でも、新書本には書かれていないけど、20世紀半ば頃にもそれに近い仕掛けが発達していた。それはシネラマ映画のこと。ここで「シネラマ」でググった結果検索されてきたAIの回答をコピペしておく。「シネラマ(Cinerama)は、1952年にアメリカで開発された、3台のカメラと映写機を用い、146度に湾曲した超ワイド(アスペクト比約2.88:1)スクリーンに投影する革命的な映像システム。観客を包み込むようなパノラマ映像と7チャンネルのサラウンド音響により、高い臨場感を体験させるアトラクション的な上映方式」。その代表作は『西部開拓史』(米・1962年)で、アスペクト比は2.89:1にもなり、二台の映写機でスクリーンに投射して上映されていた。DVDではワイドスクリーンの標準である2.35:1(シネスコサイズ)で収録されているが、元の映画が二台の映写機でスクリーンに投射されていたため、個人所有のDVDでは、画面の真ん中に縦線が薄っすらと見えている箇所が多く、皮肉にもそれが視野狭窄的な印象を与えてしまっている。

 

もちろんかつてのパノラマはおそらく静止画だったのに対し、当然ながら映画は動画であり、座席に座って鑑賞するものであって観客が≪自由に歩きながら鑑賞≫するわけではない。でも映画は動画なのだから、観客のほうが動き回る必要などまったくないとも言える。また引用文後半の≪社会的な体験として、開かれた感覚世界≫というくだりは、確かに現在の映画ではひとりでじっとすわり魔法にかけられてアホになったかのごとく大画面に見入っているだけなので、当てはまらないのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし実は、1950年代当時の映画には、ある程度社会的な側面もあり、それが一種の共同体験でもあったことは、若き日のクルーゾー警部が出演している、わがお勧めの映画『The Smallest Show on Earth』(英・1957年)を観ると少しばかりわかる。あるいは日本では、八九三映画で高倉健が悪漢に襲われそうになったときに、観客が「健さん!あぶね〜〜」などと叫ぶことがあったとも聞く。その意味では、当時の映画は、社会的側面においてもかなりパノラマ的であったと言えるのかもしない。それからついでに述べておくと。映画を観る体験と演劇を観る体験は似ているように思われるかもしれないが、実は根本的に異なっている。これは映画評論家でもあったドイツの社会学者ジークフリート・クラカウアーの受け売りだが、映画は「偶然性」(著者の言う≪偶然性≫とはやや異なるのかもだけど)が非常に重要になる視覚/聴覚メディアであるのに対し、伝統的な演劇は徹底的に偶然を排除する視覚/聴覚メディアだったのですね。たとえば映画ではエキストラを雇ってでも、偶然居合わせた通行人などの人物を次々に登場させるのに対して、伝統的な演劇ではその手の偶然性は徹底的に排除される(むしろそのような演劇の伝統があるからこそ、現代のアバンギャルドな前衛演劇では、その慣習を打破するためにわざわざ観客参加などといった偶然的な要素を導入する試みがなされているのだとも言える)。新書本の著者も、映画を題材にして、映画鑑賞から受ける感覚の変遷をサイレント映画時代からマーベルのアクション映画が大ヒットする現代に至るまで検討してみたり、あるいは、3D映画や、『大地震』(米・1974年)『ジェット・ローラー・コースター』(米・一九七七年)などの少数のパニック映画で採用されていたセンサラウンド方式のようなギミックがなぜ受けなかったのかを考察したりしてみるとおもろいのではないかと、余計なお世話なアドバイスをしておきましょう。

 

それから現代のVRについては次のようにある。≪一方、VR装置によるヴァーチャル体験は、きわめて個人的である。ここでは、パノラマのような社会的で開かれた感覚世界とは対照的に、外界の手がかりを遮断し、没入を個別化する性質が強調される。自分の周りに他の人が立っていたとしても、ヘッドマウントディスプレイを装着したり、ポッドの中に入っていれば、人の気配はさほど強く感じないであろう。だからこそ、これらのVR装置はより強い没入感を提供できる。さらに、この個人的なヴァーチャル世界では、ある意味で体験が空間化する。VRの中では、「今・ここ」という概念は保留され、そのヴァーチャルな世界の中を、仮想の身体が{彷徨/さまよ}うことになる。つまり、VRの中では時間が止まり(または消滅し)、代わりに無限に広がるサバースペースに入っていくことで、体験は空間的なものに還元されるのである(177頁)≫。率直に言って、VRを体験したことがまったくない私めには、≪時間が止まり(または消滅し)≫だとか≪体験は空間的なものに還元される≫だとかいった状況が、いったいいかなる状況なのかが直観的にまったくわからない。いずれにしても上記引用文は、わざわざVRを持ち出さずとも、そのまま現代の映画にも当てはまるように思える。現代の映画は≪外界の手がかりを遮断し、没入を個別化する≫からね。あるいは著者の文章をもじって、「自分の周りに他の人がすわっていたとしても、忘我常態でスクリーンに見入っていれば、人の気配はさほど強く感じないであろう」とも言えるし…。1950年代はまだしも、観客がスクリーン上に表示されたセリフを読み(これは現代でも外国映画の場合にはほぼ同じではあるけど、字幕の出方はインタータイトル形式だったので現在とはやや異なっていた)、伴奏者がおもむろにピアノ伴奏をするのを聴いていたようなサイレント映画時代の環境のもとで、映画鑑賞者が現代と同じような感覚体験をしていたとはとても思えない(余談だけど、サイレント映画からトーキー映画への過渡期に起こったゴタゴタは、ミュージカル映画『雨に唄えば』(米・一九五二年)の例の音声ズレのシーンで象徴的に表現されていた。新宿の映画館でリバイバルを観たとき、あのシーンにはメチャクチャ笑ってもた)。まあだから、映画鑑賞における感覚史の変遷を研究してみればおもろそうに思えるわけ。

 

ただし著者は、もっとあとのほうで映画とVRの違いについて次のように述べている。≪こうした映画の知覚変容が、観客とカメラの間に成立する「距離」によって媒介されていたのに対し、VRはその「距離」を積極的に縮め、あるいは消去しようとする。映画では観客はスクリーンの外にとどまり、映像を「観る」主体であるが、VRでは観客自身がヴァーチャル世界の内部に位置づけられ、周辺環境に「没入する」主体へと変化する。したがって、VRによってもたらされる知覚変容は、単なる視覚的再構成にとどまらず、身体の定位や空間の認知そのものを再編成する可能性をはらんでいる。ここにおいて、VRは映画とは異なる形で、人間の感覚や現実感の構造そのものを変化しうる技術だといえる。これまで私たちが経験したことのない、ヴァーチャルでありリアルな感覚を通して、新しい身体性や知覚のあり方を獲得するのがVRかもしれない(183〜4頁)≫。ここに書かれていることが間違いであるとは思っていないとしても、この範囲の説明ならVRにも(現代の)映画にも当てはまるのでは?という気もしないでもない。≪映画では観客はスクリーンの外にとどまり≫というのは、あくまでも鑑賞者の身体の話であって心の話ではなく、心は≪「没入する」主体へと変化≫しているはず。ただ著者は≪主体≫という言葉に「行動主体」という意味を持たせているのであれば、確かに映画の鑑賞者は自分で環境に働きかけることができないので「行動主体」と呼ぶことはできない。残りの文章を読んでも主体的な行動には言及されておらず、もっぱら受動的な側面(≪知覚変容≫、≪視覚的再構成≫、≪身体の定位や空間の認知そのものを再編成≫、≪人間の感覚や現実感の構造そのものを変化しうる技術≫、≪新しい身体性や知覚のあり方を獲得する≫など)にしか触れられていないので、≪「没入する」主体≫が「行動主体」を意味しているのかどうかはまったく定かでない。個人的には、映画とVRの最大の違いは「没入」ではなく、「行動主体」として生物・心・環境の循環的相互作用に参加できるか否かにあると思っている。映画の場合には、環境(映画)→心(鑑賞者の心)→生物(鑑賞者の脳や身体)という一方向の作用しか働かないのに対し、VRでは環境(ただしヴァーチャルな環境)⇔心⇔生物という双方向の作用が働きうる。とはいえ環境に関して「ヴァーチャルな環境」と但し書きをつけたことからもわかるように、VRの環境は現実世界における環境とは異なる。

 

VRが現実世界と異なることについては、著者も次のように述べている。≪VRは、身体を「虚構」としてつくり出すと同時に、感覚体験・世界をなるべく忠実に再現することを目指す技術でもある。だが、VRで再現しようとする「現実」は、その技術的制約のせいもあり、私たちが日常生活で感じるものとはかけ離れている。私たちは普段、さまざまな感覚を統合して周辺環境を感じ取っているが、視聴覚に重きが置かれているVRでは、そうした身体の営みからずれることになる。(…)さらに重要なのは、VR内で身体が受け取る感覚や世界は、ある特定の時空間的文脈の中に存在するはずの「意味」を持たないということだ。私たちは普段の生活で行動したり、それによって何かを感じる時、特定の文脈――例えば、週末に友人と馴染みのレストランで食事をするとか、デートで映画を観に行く、というような――が重要となる。そうした文脈(誰と・いつ・どこで・何をするか、など)によって、私たちの行動だけでなく、どのように感じるかが変わることも少なくない(例えば、普段より食事がおいしく感じるなど)。視覚や味覚、嗅覚といった感覚刺激のデータをAIに学習させたり、VRで同じような感覚刺激を再現することは可能である。だがそうした情報には、「あの日、誰かと一緒に見た光景」とか「あの人と、あの時に食べた味」のような、個々の感覚経験を成り立たせている時間的・空間的文脈やそれが意味するものは含まれていない。それにより、視覚や味覚などを数値化し、「客観的」「科学的」に再現することが可能となる。感覚体験が依拠するはずの文脈やその意味が削ぎ落されているという点においても、VRで再現される「リアリティ」とは、私たちが通常生きる環境と大きく異なる(178〜9頁)≫。つまり、VRの場合には現時点では視聴覚オンリーであるのが問題であるにすぎず、いずれ嗅覚、触覚、味覚などの他の感覚も再現されるようになれば、より現実の感覚に近づけるといった単純なものではまったくなく、文脈やそこから派生する(生きられた)意味/経験が抹消されざるを得ないという本質的な問題が存在するということなのでしょう。この見立ては正しいと思う。

 

上記引用に続いて著者は、19世紀のパノラマから現代のVRへの移行にともなう感覚の変遷について次のように述べている。≪これらを踏まえると、パノラマからVRへの移行は、単なる技術的進歩や視覚メディアの変遷の問題にとどまらず、近代以降における感覚体験の構造そのものがどのように再編成されてきたかを物語っている。19世紀のパノラマにおいて重視されたのは、観客が空間を共有しながら没入体験をするという、共同的な臨場感であった。それに対してVRでは、ユーザーはヘッドセットやポッドの中に個別に閉じ込められ、他者との関係を遮断された状態で、自らの知覚世界に深く入り込むことが求められる。ここには、感覚体験のあり方における決定的な転換がみてとれる(179〜80頁)≫。こうしてみると、パノラマからVRへの変遷と同様な事態は、規模は小さくても映画でも並行的に、というか周回遅れで起こっていたことがわかる。前述したとおり、かつての映画館にはある程度≪観客が空間を共有しながら没入体験をするという、共同的な臨場感≫が存在していたのですね。ところが、とりわけマーベルを筆頭とするアクションもの花盛りの今日のハリウッド映画では、鑑賞者は完全に孤立して忘我状態でアホみたいにスクリーンに見入っている。しかも、すでに3Dで少なくとも二度は失敗しているはずなのに、視聴覚以外の感覚まで取り込もうとする4Dとかいうケッタイな代物まで登場している(D映画館が出現するようになってからは、私めは一本も映画館で映画を観ていないからそれがどのようなものかはよく知らないけど)。でも先の引用文にもあったように、いくら視聴覚以外の感覚を取り込んだところで、≪VR[4D映画]で再現される「リアリティ」とは、私たちが通常生きる環境と大きく異なる≫。

 

第7章の最後のほうで、写真や映画などの複製技術(敢えて言うまでもなく、ベンヤミンが生きていた頃にはVRなど影も形もなかった)に関するヴァルター・ベンヤミンの有名な議論に言及されているので、それを引用することで第7章はおしまいにしましょう。≪ここで、複製技術が人の知覚に与える影響に関するベンヤミンの議論をみてみよう。ベンヤミンにとって、写真や映画などの技術的複製は、「一回性を克服」するためだけのものではなく、クローズアップやスローモーションのような撮影・編集技術によって、時間の流れの引き延ばしや縮約、拡大や縮小、中断が可能となることで、人間の知覚のあり方を大きく変えるものでもあった。これらは、単に人やモノを大きく見せたり、動きをゆっくり見せるだけではなく、例えばスローモーションの場合、「独特の滑るようで、漂うような」動きのように、「既知の運動の要素」とは異なるものを「発見」することが可能になる。クローズアップは空間を拡大させ、スローモーションは時間を延伸させることにより、それまで見えていなかったもの、知覚されていなかったものを初めて感じ取れるようになる。ベンヤミンによれば、「われわれはカメラによって視覚における無意識を知る」のである。そしてベンヤミンは、そうした知覚の変化をただ記述するにとどまらず、「知覚の変化となって現れることになった社会的大変革を明らかに」することの必要性を論じている(183頁)≫。この文章に関して一点だけ指摘しておくと、著者はなぜか、クローズアップとスローモーションにしか言及していないが、もっとも典型的なのは映画論ではお約束のモンタージュ技術でしょう。ただ一般には「犯人のモンタージュ写真」を想起させてしまう「モンタージュ」という言葉は、映画論に疎い読者のために敢えて使わなかったのだろうと思う。

 

ということで次は最終章「第8章 感覚の政治性」。感覚が政治的に利用されてきたことは、ナチスの例を考えてみればすぐにわかる。たとえばナチスに関してググると次のような記述が検索されてくる。「ハーケンクロイツ(卍)の旗、制服を着た大群衆、軍事パレード、サーチライトを用いた「光の神殿」など、視覚的に力強さと統制を強調しました」「幻想的なたいまつ行列は、人々の感情に訴えかけ、ナチスへの忠誠心と熱狂を高める役割を果たしました」。まあナチスが感覚や感情を巧みに操作して大衆を煽動していたことは、誰もが知っているはず。ちなみに著者は、あまりにもよく知られているからか、ナチスに関しては一切言及しておらず、それよりはるかに見えにくい例をあげている。いずれにせよ、感覚史をテーマとする本のレビューであまり政治的なことを根掘り葉掘り論じる気にはならないので(そのような議論は他の本でさんざん取り上げているし、これからも取り上げるつもり)、この最終章についてはこれ以上言及しないので悪しからず。ということで、全体的に非常に有用で、かつおもろい本であるという印象を受けたと述べて、この新書本についてはおしまいにしましょう。

 

 

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※2026年2月24日