◎奥野克己著『はじめての人類学』(講談社現代新書)

 

 

『はじめての人類学』はタイトルが示すように入門書であり、開口一番「この本は、人類学の世界を覗きたい、自分自身と他者を知るための学問とは何かを学びたい、そんな初学者のための本です(3頁)」とある。ということで入門書ではありながらも、おもに四人の人類学者に焦点が絞られていて、一人ひとりに一章ずつが割り当てられている。それは、ブロニスワフ・マリノフスキ(第2章)、クロード・レヴィ=ストロース(第3章)、フランツ・ボアズ(第4章)、ティム・インゴルド(第5章)の四人。最後のインゴルド以外は、人類学に詳しくない人でも、少なくとも名前くらいは聞いたことがあるはず。インゴルドについては、私めも初耳だけどね。

 

「1章 近代人類学が誕生するまで」は、マリノフスキ以前の人類学(モーガン、タイラー、フレイザー、デュルケームら)が簡単に紹介されているだけなのでここでは省略して、「2章 マリノフスキ――生の全体」から始めましょう。どうでもいいことだけど、ブロニスワフというポーランド語の表記は読みにくいねえ。昔は「ブロニスラウ」のように表記されていたと思うけど、近年では現地の発音を重視するようになっているんだろうね。たとえばポーランド西部に「ヴロツワフ」という名の大都市があるけど、ドイツ時代に呼称されていたブレスラウのほうが、日本人には(たぶん欧米人にとっても)発音しやすいはず。きわめつけは「オシフィエンチム」で、このきわめて発音しにくいポーランドの都市名を知っている人は日本にはあまりいないだろうけど、かつての名前は誰もが知っているはず(答えは最後に書いておく)。

 

ちょっと脱線したので新書本の話に戻ると、実のところマリノフスキ以前の人類学者は、「探検家や旅行者、宣教師などによって記録された二次資料に基づいて、机の上で仕事をしていた(31頁)」「安楽椅子の人類学者」だった。それに対してマリノフスキは、現地に足を運んで調査するフィールドワークを始めたことで知られる。次のようにある。「マリノフスキは現地の人たちが行っている行事や儀礼、仕事、その他の様々な出来事に参加(参与)しながら観察を行う「参与観察」という手法を編み出しました。この参与観察は、現在でも人類学において非常に重要な研究方法として受け継がれています。彼は現場主義に徹した最初の人類学者だったのです(30〜1頁)」。もちろん参加型フィールドワークには汚染などの問題もあるのでしょうが、当時は斬新な手法だったのでしょう。さらに次のようにある。「目の前で繰り広げられている出来事をその場でわしづかみにするフィールドワークは、社会が儀礼や経済現象、呪術などが複雑につながり合ってひとつの統合体として成立していることを教えてくれます。そしてマリノフスキはその複雑なつながり合いを「機能主義」として理論化し、旧来の人類学を打ち破りました。マリノフスキは、人間の生きている全体をまるごと理解することを提唱したのです(32頁)」。そりゃ、他人の書いた記録を読みながら思考している「安楽椅子の人類学者」には、文化を全体として直観的に一挙に把握することなどできないに違いない。ちなみにマリノフスキ以前の人類学は、「文化や社会を原始から文明に至る直線的な進化の過程として捉える進化論的な考え方(17〜8頁)」から派生する進化主義が主流だったらしいけど、マリノフスキの提唱した「機能主義」は、進化のような時間軸に沿って展開するダイナミクスではなく、社会の構造に焦点を絞ったようにも思え、それがのちのレヴィ=ストロースらの構造主義へと発展していったのかも(新書本にそう書かれているわけではなく、単にと〜しろ〜の私めの憶測ですが)。

 

それからしばらくはマリノフスキに関する伝記的な記述が続くのでそれは省略して、そのあとに個人の欲求の重視という点に関して興味深い記述があった。次のようにある。「マリノフスキはなぜ個人の「欲求」の充足という観点を重視したのでしょうか。それは、彼が人間を理解するためには、社会や文化的な次元に焦点を当てるだけでは不十分だと考えたからです。社会的につくられた「制度」は、日常の人間の活動をつうじて個人の「欲求」を充足させたり、抑制したりすることに深く関わっています。だからこそ人間理解のためには個人の生理的・心理的次元にまで目を向ける必要があるというのが、彼の仮説でした。¶彼は、人間社会全体を知るためには、ひとりひとりの人間の心のありように注目しなければならないと考えたのでした。社会や文化、生理や心理のそれぞれをバラバラに捉えていたのでは、人間の「生の全体」の理解に到達することはできません。マリノフスキの文化理論は、人間を知るためには、その生理や心理の次元にまで踏み込んで考察分析するべきだというものだったのです(50〜1頁)」。「生理」を「生物」と置き換えれば、これはわが訳書、スザンヌ・オサリバン著『眠りつづける少女たち』の主題の一つである「生物・心理・社会モデル」とほぼ同じと見なせる。ただし神経科医のオサリバンは医療における生物学的要因の不釣り合いなほどの重視を問題視して「生物・心理・社会モデル」という「生の全体」を重視する観点に至ったのに対し、マリノフスキは人類学者らしく逆に社会や文化の側からアプローチして生理や心理も含めた「生の全体」という考えに至ったという違いはある。それに関して言えば医療人類学という分野もあったよね。ちなみにその代表格の一人が、私めの最初の訳書『八つの人生の物語』の著者アーサー・クラインマンであることもつけ加えておきましょう。

 

そして最後に、有名なクラ交易に関する研究が紹介されている。有名なので詳しくは説明しないけど、クラとは、「交易という財の交換ネットワークであると同時に、それだけに止まらない信仰や儀礼や神話、人々の信頼関係や名誉などが埋め込まれたひとつの文化的なシステムなのです(64頁)」。ちなみに「資本主義社会にはない、非常に興味深い行動様式だと言えます(64頁)」とあるけど、経済的な領域の外に出れば、クラ交易に似たシステムは日本や欧米にもないわけではないと思う。一例は、サッカーW杯の優勝杯や甲子園の優勝旗がそれに当たる。あれって次回開催時には返還しなければならないんだよね? 一定期間それを保持することで、特定の国や高校に一時的に名誉が与えられるという様式はクラ交易と変わらない。だから、W杯の優勝杯や甲子園の優勝旗を勝手に売っ払うわけにはいかない。その点でノーベル賞メダルやオスカー像とはわけが違う(ワトソンさん、あなたのことですぞ!)。ただもちろんクラ交易の場合には、ネットワークに参加している誰もが一定期間、お宝を保持して名誉を享受できる機会を持てるのだろうけど、優勝杯や優勝旗はその大会で優勝した(つまりそのスポーツで実力のある)国や高校しか持てないという違いがあるのは確か。

 

次の「3章 レヴィ=ストロース――「生の構造」」に移りましょう。個人的にはレヴィ=ストロースの著書(みすず書房の『野生の思考』だったと思う)は途中で話がわからなくなって放り出した覚えがある。その後、大学院レベルの記述と、きょうび中学生にさえ相手にされないダサギャグが同居していると評されている橋爪大三郎著『はじめての構造主義』(講談社現代新書)にあった(『はじめての構造主義』は、この新書本にも引用がある)、交叉いとこ婚に関するレヴィ=ストロースの研究の図式的な説明を読んで、かなりむずかしかったけど、それなりにわかったような気になったことを覚えている(内容は詳しく思い出せないけど)。

 

個人的な話はそれくらいにして新書本に戻ると、2章は次のような記述で始まる。「私たちは遠く離れた辺境の地に住む人たちを、長い間「文明から取り残されている人」として「野蛮人」や「未開人」呼ばわりしてきました。こちらから一方的に偏見を持って見下して語ったり、劣等者扱いをしてきたのです。¶フランスの人類学者であるクロード・レヴィ=ストロースは、そういう考え方こそが非科学的だと言い放ちました。それは、耳ざわりのいいヒューマニズムではありません。彼は自身の研究を通して、「未開人」の洗練された思考を人類学的に明らかにしたのです(76頁)」。実のところ「野蛮人」や「未開人」呼ばわりしたのは一般ピープルだけでなく、マリノフスキ以前の進化主義的な立場をとる人類学者もそれに近い見方をしていたのですね。

 

ところで「耳ざわりのいいヒューマニズム」というくだりに反応した人もいるかも。昨今ではポリコレのおかげで何かにつけ「(マイノリティに対する)差別だあああ!」と叫ぶ自称知識人が増えているように思われるけど、なかにはそう叫んでいる人自身が差別主義的に振る舞っているケースも多々見られる。そもそも「差別」をことさら言い立てる人のなかには、動機が非常に怪しく、たとえば「国民はバカだ!」などといったエリート主義的で権威主義的ともとれる発言を平然とする人も見受けられる。そもそもこの言明は、普通に解釈しても大きな問題を孕んでいる。なぜならそれは、「一国民たる自分も、バカである。よって自分のこの言明は信用するに値しない」という、クレタ人のうそつきばりの自虐ギャグをかましているのでないとすれば、「自分は日本国民ではない、つまり非国民である」と宣言しているか、「自分はバカな下級国民とは違う上級国民である」という差別発言をしているかのいずれかでなければならないのだから。のみならず認知科学的に言っても誤りであることは、ヒューゴ・メルシエ&ダン・スペルベル著『The Enigma of Reason』や、わが訳書、ヒューゴ・メルシエ著『人は簡単には騙されない』を読めばわかるはず。いずれにせよ、その手の人々は、マイノリティを差別していることにも気づかない愚かな人々と見なして自分たち以外の一般ピープルを差別し(「国民はバカだ!」)、そもそもそのような自分の行為自体が差別であることに気づかずに、いわばマウントを取って自己を優越的な立場に置くことで自我同一性を確保しようとしているかのようにも見える。これは最悪の部族主義と言えるかも(部族主義については『J・S・ミル』の後半を参照)。そのような態度はまた、自分の「自我同一性」を確保するために「差別」に関する言説を自分に都合よく利用していることにもなり、よってマイニリティに対する「差別」を糾弾するように見せかけて、自分では一般ピープルを対象にした別の「差別」を平気でやらかす最悪の卑劣な差別だとも言える。もちろんそれは一部の人々に限られるけど、そういう人は声がでかいから余計に目立つ。

 

またまた脱線したので新書本に戻ると、当たり前田のクラッカーではあるけどあえて言えば、レヴィ=ストロースは、その手合いとはまったく関係がないということ。彼の業績を総括すると次のようなものになる。「レヴィ=ストロースは、「構造」こそが人類に備わった普遍的なものである主張した人類学者です。彼は言語分析の方法論を用いて親族体系や神話を研究し、人々が日々生きていく中で意識されていない「生の構造」が、そこに潜んでいるという結論に辿り着きました(77頁)」。マリノフスキと同様、ダイナミックな、すなわち時間軸に沿ってものごとを捉える進化主義的な見方やヘーゲル・マルクス的な史観(マルクス主義については以下の引用を参照)とは大きく異なり、「生の構造」という普遍的で、よって静態的な構造に着目したということでしょう。この彼の考えが「構造主義」と呼ばれる一般的な思想に発展していったというわけ。その構造主義については次のようにある。「20世紀になると、人間や社会は進歩していくのだという歴史の発展法則に基づいて、マルクス主義が進展を遂げました。それとは逆に、構造主義は人間の精神は進歩するのではなく、最初から完成してしまっていると説いたのです。その点で、構造主義はまったく新しい人間観でした。構造主義では、西洋近代社会も「未開」社会も、同じ人間の精神の所産なのです。彼の提起した構造主義により、西洋近代が「未開」社会を、遅れたもの、劣ったものとみなすことには何の根拠もなくなってしまいました。¶レヴィ=ストロースは西洋近代の知を理性的だと思い込み、「未開人」を主観的で劣った世界に住む人たちだとみなす見方を傲慢だと批判します。人間を「構造」が生み出す要素にすぎないと語る構造主義によって、人間の主体中心の思想として広まっていた実存主義は解体されてしまいました(78頁)」。

 

その後しばらく、彼に関する伝記的記述が続くのでそれは省略する。そのあとは彼の主著をもとに理論的な側面が説明されている。まずは先に言及した交叉いとこ婚が関係する『親族の基本構造』が取り上げられる。ここではその理論の内容を詳しく説明することはしないけど、その説明を読んだら、現在では構造主義が廃れた理由の一端がわかる気がしたとだけ言っておく。別に理論がどうのこうのと言うのではなく、現在のポリコレ的政治状況のもとではタコ殴りにあっても仕方がないようなことをレヴィ=ストロースは主張しているから。たとえば次のようにある。「レヴィ=ストロースは(…)、婚姻制度における「女性」をクラ交易のヴァイグア[お宝]と見立てたのです。彼は婚姻制度があって交換がなされるのではなく、女性の交換のために婚姻制度があるという仮説のもとに議論を組み立てていきました(98頁)」。「女性の交換のために婚姻制度がある」というくだりは、婚姻制度を否定する左派(日本にも「おひとりさま」をお勧めする某旧帝大の女性学長がいたよね?)には有用な言説かもしれないとしても、いかんせん「女性」を交換の道具に見立てているのはヤバそう。E・O・ウィルソンはピッチャーの水を浴びせられたそうだけど、レヴィ=ストロースは時代が時代ならやかんの熱湯を浴びせられそうだよね。新書本の著者もその点を気にしてか、「なお、もしかしたら読者のみなさんの中には女性に対して「交換」という言葉を使うことに違和感を抱く方もいるかもしれません。これに関しては、現代のジェンダーの観点からはある意味で時代遅れと捉える向きもあろうかと思います(98頁)」と注意書きを加えている。まあ自分までタコ殴りにされてはかなわないだろうしね。

 

いずれにせよレヴィ=ストロースは、そのような記述を通じて、婚姻やインセスト・タブー(近親相姦の禁止)に基づく一般交換[3つ以上の外婚集団から成る社会で行われる「縁組理論」]を通じて社会が成立していることを明確にした。次のようにある。「自集団内で結婚を繰り返していたならば、集団はやがて自らのうちに閉じてしまい、外に向かって社会環境が成立することはなくなってしまうでしょう。言い換えれば、生まれ育った集団の外に女性を与え、他の集団から女性をもらうという女性の交換によって、どの集団も次世代を生み出す女性の確保を確実なものとし、社会環境を成立させてきたことになるのです。¶インセスト・タブーは、社会を閉じて消滅させてしまう不利な行為を禁止し、社会環境を人類社会にまで拡大発展させていくことを可能にする規則だとも言えます。つまり、インセスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させてきたのです(103頁)」。また次のようにもある。「家族は、「交換する主体」として最初から存在するのではありません。集団内で性交渉(結婚)を禁止することによって、「交換する主体」としての家族が生み出されるのです(103頁)」。これも婚姻制度や家族を否定する左派には有用な言説でしょうね。『眠り続ける少女たち』や『誰も正常ではない』の訳者あとがきでちょっとだけ言及した、家族制度を批判するR・D・レインも、おそらくマルクス主義などとともに、「交換する主体」として家族が生み出されたとする構造主義の考え方の影響を受けていたのかも。

 

さて次の主著は、かつて私めが放り出した『野生の思考』。「野生の思考」とは何か? 著者(およびレヴィ=ストロース)はまず、アメリカ先住民の分類体系について取り上げてから次のように述べる。「この分類体系は分類のためだけにあるのではなく、空間と時間を結びつけ、宇宙の連続性を表現しています。それは、象徴の次元で現実をいったん解体した上で再構成し、全体像をつくり上げる手段となります。レヴィ=ストロースはこうした分類体系の分析をつうじて、文化の核心部分で働いている思考様式、すなわち「野生の思考」を取り出そうとしたのです。¶「野生の思考」とは、非合理的で非論理的だと思われてきた「未開人」の遅れた思考法ではありません。「科学的思考」と同じように合理的であり、人類にとっても普遍的な思考法のことなのです(113頁)」。思うにレヴィ=ストロースの言う「野生の思考」とは、メルシエやスペルベルらの現代の認知科学者の言う「直観」に近いのかもしれない。ただしメルシエやスペルベルらが進化科学に依拠しているのに対し、レヴィ=ストロースは人類学的な知見に基づいているという違いはあるとしても。これを逆側からとらえると、もっぱら人類学的な知見を元に抽象されたレヴィ=ストロースの見方が、近年の進化科学に基づく認知科学の研究によってもある程度裏づけられるようになったと言えるのかもしれない。

 

またレヴィ=ストロースの見方は、哲学(とりわけ現象学)で言うところの「自然的態度」とも合致するかもしれない。ここでいう「自然的」という意味については最近読んだ入不二基義著『問いを問う』(ちくま新書)に簡潔な説明があったのでここに取り上げておきましょう。次のようにある。「・外的世界は、理論や議論ではなく、{実践的な行為/傍点}の次元に存在する。¶・外的世界は、理性や知によってではなく、{信じて受け入れられる/傍点}。¶・その行為や信念は、生物の{本能的な事実/傍点}として成立している。¶その行為や信念は、私たちの{ふつうの生活のなかで続く/傍点}(同書90頁)」。二番目の項目に関しては、レヴィ=ストロースの見解「「野生の思考」とは、非合理的で非論理的だと思われてきた「未開人」の遅れた思考法ではありません。「科学的思考」と同じように合理的であり、人類にとっても普遍的な思考法のことなのです(113頁)」とはまったく矛盾するように思われるかもしれないけど、私見を言えば、これは合理性の解釈の違いに起因するにすぎないと思う。レヴィ=ストロースについては正直なところよくわからないけど、先にあげたメルシエ&スペルベル著『The Enigma of Reason』は、合理的思考を直観的推論の一形態としてとらえていることを考えてみればよい。要するに合理的思考の働きを、実践的な営為のなかにも認めるか(レヴィ=ストロースやメルシエ&スペルベルの立場)、認めないか(おそらく入不二氏の立場)の違いに起因するにすぎないと思う。ちなみに入不二氏も「心の表層と中層に関しては、「知と信」は二項対立的な背反関係にはない(同書146頁)」と述べており、心の表層と中層が自然的態度の領域に相当するので、それに限定すればレヴィ=ストロースと大きな違いはなさそう。ただし入不二氏は、心の深層に関してはそれとは異なると述べているけど、ここでそれについて説明することはしない。少し飛躍気味かもしれないけど、レヴィ=ストロースの見方は、このような神経科学や哲学の見方とも整合するように思える。

 

新書本には、「野生の思考」に関してさらに次のようにある。「「野生の思考」は今日に至るまで生き続けてきています。「野生の思考」と「栽培化された思考[科学的思考]」の違いは、前者が感覚、直観に基づいて物事を捉えるのに対して、後者はモノを生産する効率を高めるために用いられるという点にあります。つまり「野生の思考」とは、近代科学によって分断されてしまった人間の感覚的な思考を重視し、それを基に世界を捉えようという思考法なのです(114〜5頁)」。ただし注意する必要があるのは、レヴィ=ストロースは「「科学的思考」と「野生の思考」を対立的に捉えていないことです(119頁)」。また次のように述べられている。「「野生の思考」はルネサンス期以降の科学の発達とともに、ヨーロッパでは迷信とされたり、非合理なものと考えられたりしてきました。しかしレヴィ=ストロースは、この2つの様式は同等のものとして並置されるべきものだと言います(119〜20頁)」。「科学的思考」と「野生の思考」を補完的に捉えるべきだというのは、ある意味で誰にでもわかることではある。進化論的に言えば、生存や子孫の繁栄を担保するために人間が獲得してきた直観、つまり「野生の思考」は、まさに過去に獲得されたものであり、その頃とは大幅に異なる現代の環境のもとではバックファイアーする可能性があることは言うまでもない。そこで必要になるのが「科学的思考」なのですね。

 

少し理屈っぽくなってきたので、ここで最近何かと話題の「原発処理水の海洋放出」を例に取って具体的に考えてみましょう。直観的に「原発処理水の海洋放出は危険だ」と感じること自体は自然だと言える。それは次のような理由に基づく。少し荒っぽい言い方をすると、たとえば食えそうなものは見つけ次第何でも食べてしまう傾向のある人は、腐った食物に手を出すなどしてお星さまになりやすいので、やがて自然選択によってそれに関連する遺伝子が除去される結果になる。だから人は、未知のものに対して警戒を抱きやすくなるよう進化を遂げているのですね(メルシエさんの言う「開かれた警戒メカニズム」はそれに当たる)。よって「原発処理水はヤバそう!」という、一種の本質主義的な直観にとらえられることには、ある意味でやむをえない側面がある。でも、ちょっと科学的事実を紐解いてみれば、たとえば自然界には微量の放射線を発する物質がいくらでも存在しているのだから、結局、濃度が問題であることがわかる。この結論は、事実、科学、算数、論理などの「科学的思考」を駆使した推論に基づいて得られるものなのであって、「野生の思考」だけでは決して導き出し得ない。ツイ(X)のコミュノートで反対派のツイがよくコミュられているのを見かけるけど、彼らのツイのほとんどは、事実、科学、算数、論理に基づく科学的思考を経て得られたのではなく、もっと言えば本質主義的な直観とさえまったく無縁で、ひとえにイデオロギー(とりわけ抵抗権や革命権の概念)に先導されて最初から答えを決めてかかっているのであろうことがすぐにわかる。彼らのツイを読んでいると、聖書を文字通り信じて進化論を否定する創造論者を思い出す。創造論者が宗教のドグマチックな、つまり原理主義的な部分にとらわれているのに対し、彼らはイデオロギーに完全に篭絡されているという違いはあるとしても。もしかすると近代に入ってから凋落の兆しを見せてきた宗教の座を、イデオロギーが占めるようになったということなのかもね。またイデオロギーとは近代以降に登場したものなので、それに対抗する遺伝子などというものは存在するはずがなく、それに依拠して結論を出すととんでもない間違いを犯す可能性が高くなる。フランス革命以来その傾向が高くなったことは、日本を含む欧米帝国主義国、ソビエト/ロシア、中国、ナチスドイツの行動を考えてみればよくわかる。いずれにせよポピュラーサイエンス翻訳者の私めとしても、おかしな陰謀論に陥らないためにも、「野生の思考」を全面的に否定することなく「科学的思考」で補完する必要があると考えている。

 

レヴィ=ストロースに関する残りの記述で興味深かったのは、「冷たい社会」と「熱い社会」に関して。前者は「未開社会」に、後者は「近代社会」に相当する。レヴィ=ストロースによれば「冷たい社会」が「自分を初めの状態に保とうとする傾向を持つ(120頁)」のに対し、「熱い社会」は、「社会階級の間に生じた潜在的なエネルギーの差を利用し(120〜1頁)」、また「時間を累積的連続として捉え、過去と現在を単一線上に置いて、進歩の線路をひた走る(121頁)」ということらしい。こうしてみるとレヴィ=ストロースの構造主義が「冷たい社会」を扱うのに対し、進化主義やマルクス主義は「熱い社会」を扱うと言えるようにも思えてくる。実のところ前者に関しては、著者も「もちろんレヴィ=ストロースが注目するのは、「構造」によって支えられた「冷たい社会」のほうです(125頁)」と述べている。

 

お次は「4章 ボアズ――「生のあり方」」。ボアズの名はマリノフスキやレヴィ=ストロースに比べればマイナーだけど、それでもビッグネームと言える。ただ彼よりも弟子の女性人類学者二人、ルース・ベネディクトとマーガレット・ミードのほうが有名なのは確か。ボアズはドイツからアメリカにやって来た移民らしく、その彼によって生み出されたのがアメリカの人類学だとのこと。彼の研究の特色を簡潔に述べると、次のようなものだったらしい。「広範な調査の結果、ボアズの研究は環境に応じて変容する人間の適応能力の高さを示すものでした。要するに、人間は先天的に{身体/からだ}つきが決まっているのではなく、置かれた環境によってどんどん変化する生き物だという事実を明らかにしたのです。これは、人種というのは変わり得ないものだと断定して、ユダヤ人種の根絶を謳うナチス・ドイツに対抗する言説になり得るものでした。¶このように、ボアズによって始められたアメリカ人類学は最初から政治的な意味合いを帯びたものだったのです。「イデオロギー性」をめぐる問題が、ボアズの時代からアメリカ人類学に潜在していたと言い換えてもいいでしょう(137〜8頁)」。ちなみにボアズはユダヤ系だったらしい。

 

次に彼の方法論が説明されている。「ボアズが学生たちに強調したことの一つは、あらゆるデータを集積して、社会をひとつのまとまりとしてホリスティック(全体的)に捉えることの重要性でした。このホーリズムはその後、アメリカの人類学における重要な手法となります(138頁)」。また次のようにある。「人類学者は、フィールドに暮らす人々の「生のあり方」を知れば知るほど、現地に入る前に得た知識がいかに不完全で現実から離れたものであるかに気づくのです。ボアズが言いたかったのは、社会を一つのまとまりとして、ホリスティックに調査を進め、調査地の文化をまるごと理解することの大切さだったのです(139頁)」。ただホーリズムは、前述のマリノフスキの「機能主義」にも似ているように思え、よってここまでは特にアメリカ人類学に独自の考えとは言えないような気がする。

 

しかし次の主張は、確かにマリノフスキら大陸の人類学者にはなかった観点を含んでいるように思える。「ボアズは、個々の文化は様々な歴史の偶然によってつくり出されており、普遍化や一般化をすることは不可能だと考えていたのです。それぞれの文化を独立した個別のものとして捉え、各文化の変遷をめいめいに辿っていくボアズのアプローチは、「歴史個別主義」とも呼ばれます。¶ボアズは、文化とは環境との関係や移住の経緯、隣接する文化からの借用など、歴史の積み重ねによって形成されるものだと主張しました。ボアズにとって、文化とはひとつのまとまりとして見るべきものであり、文化の要素は他の要素との関係で理解されるべきものだったのです(140頁)」。この考えはのちの文化相対主義につながっていくわけで、その意味でも重要だと言えそう(昨今では文化相対主義は評判が悪いとしても)。

 

次に弟子のベネディクトとミードに言及しているけど、ここでは日本を題材にした『菊と刀』で有名なベネディクトをおもに取り上げましょう。ちなみに私めは、このよく知られた本を読んだことがない。というのも、特定の文化や集団を類型的にとらえる見方は、必ずやチェリーピッキング的な傾向があるはずと思えてしまうから。風土論などはその一つだろうし、あるいはもっと俗なところでは『話を聞かない男、地図が読めない女』などという本は、タイトルを見ただけで読む気が失せる。まあ個人的な感想はそこまでとして、新書本に戻りましょう。

 

まず「文化は「生のあり方」だ」と言い始めたのは、ベネディクトとミードらしい。著者によれば、実はこの文化の定義は、「アメリカ固有の政治状況に連動しながら確立されていった(143頁)」とのこと。さらに次のようにある。「[この定義は]個々の生に意味と目的を与え、その人なりの生き方を肯定する。文化を「生のあり方」と定義すれば、生まれではなく育ちが、人種ではなく文化こそが人間の生き方を規定することになります(144頁)」。現代では遺伝学、脳科学、進化科学などの進歩によって、「生まれ」と「育ち」が相互作用することが明らかにされているので、「生まれか育ちか」という問いは無意味と考えられているけど、ベネディクトらは後者に的を絞ったと言えそうだね(「文化相対主義」が失速した理由の一つも、次に述べる政治性などとともにその点、つまり科学的な側面からの批判を受けたことにあるのかも)。しかし、そのような見方が政治性と無縁でないことは次の指摘からわかる。「こうした定義は第二次世界大戦前後の世界秩序の中で共産主義やファシズムに対抗し、それらを押し返すために、アメリカの人類学にとって大切なことだったのです。ボアズ以降に培われていったこのような文化観は、文化相対主義とセットとなって、アメリカという超大国を発展させ、維持する上でも重要だったのです(144頁)」。もちろん共産主義やファシズムに対抗することは自由主義圏では必須の営みであるとはいえ、客観的たるべき学問に政治的な価値観を持ち込むことが妥当なのかどうかは、それとは別の話であることは言うまでもない。

 

次にベネディクトの方法論に移ると、彼女は主著の『文化の型』で、3つの文化を比較してそれらをニーチェのギリシア悲劇の二類型に従って「アポロ型」とか「ディオニソス型」などとパターン化し分類しているらしい。『菊と刀』でも、日本の「恥の文化」と欧米の「罪の文化」を対比していることはよく知られているよね。これはまさに文化相対主義的な考えから出来していると見ることができる。ただし著者によれば『菊と刀』の最終章では、そのような文化相対主義的観点を否定するような主張がなされているらしい。次のようにある。「ただ、『菊と刀』最終章の「降伏後の日本人」でベネディクトが述べていることは、文化相対主義と矛盾するかもしれません。ベネディクトは、アメリカの民主主義の理念である個人主義や契約の概念に合致しない非民主的な制度や慣習は廃止しなければならないと断じています。そして文化は学習可能だとするボアズ以来の見方に沿って、日本はアメリカの[ような]民主主義的な国家に生まれ変わらなければならないと唱えるのです。つまり、アメリカの民主主義という方便に、文化相対主義が無残にも組み込まれてしまっているのです(150〜1頁)」。今でも多様性を謳いながら、自分が信奉する特定の「生のあり方」を他者に強要しようとする人々が大勢いるけど、ベネディクトはそのような人々の元祖と言えるのかも。

 

それは三分の一冗談としても、次の事実はここでもっとよく考える必要がある。次のようにある。「ベネディクトは第二次世界大戦が始まると、アメリカ軍の戦時情報局に召集されます。1944年に日本研究の仕事を委嘱され、その時まとめられた報告書をもとにして、戦後の1946年に『菊と刀』を出版しています(149頁)」。だから彼女は一度も日本に滞在したことがないらしい。それはまあ特に問題視しないとしても(実際この件では、学者とはいえ戦時中に敵国に行ってあれこれ調査すればスパイ容疑で摘発されるだろうから、日本に赴かずに調査を行なっているが、他の業績では現地に出掛けて調査を行なっているとのこと)、看過できないのは、『菊と刀』はアメリカ軍(政府)の要請で行なわれた調査をもとにして書かれているという点。だから自己の本来の主張に矛盾するようなことを最終章で平然と書いている。だとすれば七〇年も前にGHQが日本に対して行なったこと(最近何かと話題の学術会議や憲法の制定への関与を含める)についても、それが日本の現状にふさわしいか否かを再確認すべきであることがわかる。彼らの目的には、日本の持つ独自性、多様性を度外視して、アメリカ流の「生のあり方」を日本に押しつけることが必ずや含まれていたはずで、ベネディクトのようなアカデミックでさえその陥穽から逃れられなかったのだから、ましてや政治家や官僚が逃れられたとは思えないのだから。キナ臭い話はそこまでにしておきましょう。

 

さて4章の最後では、その後のアメリカ人類学が取り上げられており、そのなかにはマーシャル・サーリンズ、ヴィクター・ターナー、クリフォード・ギアーツなど、私めが著書を読んだことのある人類学者も含まれている。サーリンズ以外はほとんど内容を失念してしまったけど、狩猟採集社会の豊かさを強調したサーリンズの主張だけは覚えている。まあそのサーリンズも、今ではあまり評判が芳しくないようだけどね。

 

ということでお次は「5章 インゴルド――「生の流転」」に参りましょう。インゴルドという人類学者は名前すら初めて聞く。なんでも彼が「世に知られるようになったのは、20世紀末から(162頁)」で、「70代半ばになった今でも現役(162頁)」なのだそう。彼の基本的な考えに関しては冒頭に次のようにある。「彼は若い頃から「自然」と「社会」を切り分けて考える近代西洋の二元論的な思考法に違和感を抱き、それを乗り越える方法を探ってきました。その思索の果てに、人間を「生物社会的存在(biosocial beings)」だと捉える考えに辿り着きました。()これはつまり、人間はつねに生物学的で動物的な存在であり、同時に社会的関係の中を生きている存在でもあるということです。そのどちらが欠けても、人間の本来のあり方とは言えない、というのがインゴルドの主張です(162頁)」。むしろ一般人にとっては、人間が「生物社会的存在」であることは当たり前田のクラッカーに思えるだろうけど、アカデミックのあいだではわざわざインゴルドのような主張をしなければならないほど、生物と社会を截然と分けて考え、どちらか一方に肩入れする見方が一般化していたのでしょう。たとえば4章で取り上げられていたアメリカ人類学の文化相対主義は、社会にもっぱら焦点を絞ったという具合に。あるいは『眠り続ける少女たち』のスザンヌ・オサリバンが「生物・心理・社会モデル」を重視するのも、それまでの精神医学が、生物か心理か社会かのいずれか一つに焦点を絞る傾向があったことに対するアンチテーゼとしてなのですね。なお二〇世紀の精神医学におけるか類似の問題に関しては、精神医学史の第一人者アンドルー・スカルの最新刊『Desperate Remedies: Psychiatry’s Turbulent Quest to Cure Mental Illness(Belknap, 2022)で論じられている。私めが関連する記述を一部抜粋して訳した記述(2文字ほど頭をずらしている箇所)をぜひ参照されたい。

 

さてインゴルドの話を続けると次のようにある。「インゴルド人類学のテーマは、一言で言えば、(動詞の)「生きている」です。彼に言わせれば、「生」というのは固定された不動のものではありません。絶えず動き続けて生成と消滅を繰り返し、変化するものなのです。固定化された名詞的な「生」ではなく、流動的で動詞的な「生きている」状態、「生の流転」に目を向けるのがインゴルドの人類学です。¶生きている、というのはすでにゴールの決まっているプロセスを歩むことではありません。むしろ、行き先が未定で、宙に投げだされたかのような状態で変容していくプロセスに他なりません。インゴルドにとって「生きている」とは、人とモノ、人と環境が持続し、瓦解するプロセスを進んでいく中で開かれる現実なのです(162〜3頁)」。ということは、明らかに静態的な構造に着目する構造主義とは異なるということなのでしょう。このように「生きている」ことを重視するインゴルドは、次のような主張もしているらしい。「人類学の「探究の技術」とは、「そこで現在生じていることに次々に即応できるように、知覚を研ぎ澄ませることであり、世界との関係を調整することである」(…)と言います(194頁)」。ちなみに彼は、アフォーダンス理論のジェームズ・ギブソンの影響を受けているとのこと。あるいは、「『メイキング』[2013年に出版された著書]の最初の章でインゴルドは、フィールドとの関係で人類学を説明しています。人類学の主要な調査方法である参与観察とは、たんなるデータ収集のためのテクニックではありません。それは「内側から知る」方法なのです(194頁)」とある。この文章によって、インゴルドはマリノフスキ以来の参与観察の方法を受け継いでいることがわかる。

 

彼の著書『生きていること』からの次の引用は、人類学に対する彼の考え方が何となく透けて見えるので、引用の引用になるけど最後にあげておきましょう。「人類学とは、私に言わせれば人が生きることの条件と可能性をじっくりと着実に探っていく学問である。けれども、これまでの人類学の歩みがそうだったというわけではない。ときとして人類学者たちは、苦心の末に自分の理論から生きることをそっくり抹消してしまうか、遺伝対文化、自然対社会のように区分けされるパターンや規範、構造やシステムから吐き出される単なる出力結果の断片として、「生きていること」を扱おうとしてきた。(中略)行き先の定まったプロセスであるという目的論的な見解に代えて、行き先が絶えず更新されていく宙に投げ出された流転として、生きることの可能性を新たに捉えなおすことはできないだろうか。(中略)生きることは開いていく運動であって、閉じていくプロセスではない。そして本来、このような「生きること」こそが、人類学の関心の中心にあってしかるべきなのだ(190頁)」。

 

ところで著者はこの引用のあとで次のように補足して、この新書本の位置づけをしている。「インゴルドはここで、過去の人類学に別れを告げ、新たな人類学を提唱しています。この観点から人類学の100年を読み直し、人類学が人が「生きている」さまを探究してきたと見るのが本書『はじめての人類学』です(191頁)」。ただ個人的な感想を述べると、このようにインゴルドの人類学を過去の人類学と訣別した新たな人類学、あるいは現時点において最高点に到達した人類学のように扱ったうえで、その観点から最近100年の人類学を見てしまうと、インゴルドとは違って「冷たい社会」の持つ静態的な構造を論じてきたマリノフスキやレヴィ=ストロース、そして「自然対社会のように区分けされるパターン」を適用して後者を重視したボアズ以下のアメリカの人類学は、発展途上の不完全な見方に見えてこないだろうかという疑問が湧いてくる。もちろんここまで彼らの人類学を詳述してきた著者がそう見ているはずはないけど、私めのようなと〜しろ〜はそういう印象を受けてしまう。しかし、アメリカ人類学、とりわけ文化相対主義はとりあえず脇に置くとしても、少なくとも「冷たい社会」を扱ったレヴィ=ストロースらの構造主義的観点は、インゴルドのようなダイナミックな見方とは補完的な見方として、現在でも有効であるように思える。それとも人類学では、レヴィ=ストロースらの考えは、完全に過去のものになったということなのだろうか? なおレヴィ=ストロースは一〇〇歳まで生きたので、お星さまになったのは十数年前にすぎない。また前述のとおり参与観察の重視はマリノフスキ以来の考えだしね。

 

さて最後の「終章 これからの人類学」は、章題にある「これからの人類学」について最初に述べられたあとで、おもに本書全体のまとめが書かれている。今さらなので省略する。ということで、「はじめての人類学」というタイトルから想像されるほど、安っぽい本ではない。とりわけマリノフスキやレヴィ=ストロース、あるいはボアズを嚆矢とするアメリカ人類学、さらには現代の人類学についてある程度詳しく知りたい読者にはうってつけの本だと思う。新書本でそれほど高くないし、強く推薦できる本だね。あっと、言い忘れるところだった。ポーランドの都市「オシフィエンチム」はかつての「アウシュヴィッツ」ですら。

 

 

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※2023年9月12日