守覚法親王 しゅかくほっしんのう　久安六〜建仁二(1150-1202）　通称：北院御室(きたいんおむろ)・喜多院御室・仁和寺宮

久安六年(1150)三月四日、雅仁親王の第二子として生まれる。母は大納言藤原季成女、高倉三位局成子。二条天皇の異母弟。式子内親王の同母弟。以仁王の同母兄。八条院�ﾜ子内親王の養子となり、のち建春門院平滋子の猶子にもなった。
久寿二年(1155)、六歳の時、父が即位（後白河天皇）。翌年の保元元年(1156)十一月、仁和寺に入る。永暦元年(1160)二月、同寺北院の大僧正覚性のもとで出家。法名は初め守性。仁安三年(1168)四月、灌頂を受ける。嘉応元年(1169)、仁和寺第六世法主となる。同二年四月、仁和寺・円宗寺・円融寺・円教寺などの検校に補される。同年閏四月、親王宣下。安元二年(1176)三月、後白河法皇の五十宝算の賀の勧賞として二品に叙せられる。建久九年(1198)八月、寺務を辞す。建仁二年(1202)八月二十六日、仁和寺喜多院で入寂。五十三歳。仁和寺の西北、紫金台寺に葬られる。御室法流の中興と称せられた。
治承頃から仁和寺で月例歌会を催行し、僧侶歌人や平家歌人が集った。治承二年(1178)には俊成・俊恵・重家らに家集を献上せしめ、また寿永頃、顕昭に命じて『堀河百首』や『散木奇歌集』などの注釈書を執筆・献上させるなどした。建久九年(1198)、仁和寺の僧侶歌人グループに御子左家歌人（俊成・定家・寂蓮）や六条藤家歌人（顕昭・季経・藤原有家）ら十七名を加えて五十首歌を詠進させ（守覚法親王家五十首）、建仁元年(1201)にはこの五十首より選んで『御室撰歌合』を結番した。この五十首歌にはその後新古今集に採り入れられた秀歌が少なくなく、定家の「春の夜の夢の浮橋とだえして…」なども、この五十首歌から生まれたものである。正治二年(1200)には後鳥羽院の初度百首に詠進。
学才にすぐれ、著書『野目鈔』『左記』『右記』、日記『北院御日次記』などがある。家集には『守覚法親王集』『北院御室御集』があり、また『守覚法親王百首』がある。千載集初出。勅撰入集計四十首。

仁和寺 光孝天皇の発願になり、仁和四年(888)、宇多天皇により創建。代々、皇子皇孫が門跡を継ぎ、御室御所とも称された。（写真は仁和寺宸殿。）

　春 2首　夏 2首　秋 2首　冬 1首　恋 1首　雑 7首　計15首

春

　

谷陰は春めきやらず風さえて消ゆればこほる雪の下水（御室五十首）

【通釈】谷陰はなかなか春めくこともなく、風は冷え冷えとして、積雪は解けて下水になったとたん、凍ってしまう。

【語釈】◇雪の下水　積雪の下に隠れている水。

桜

かへるさのすゑ程遠き山路にもいかが見すてむ花の夕ばえ（御集）

【通釈】帰りは先が遠い山道であるが、どうして見捨てて通り過ぎようか、夕映えする桜の花を。

【語釈】◇夕ばえ　あたりが薄闇に包まれる頃、ものの色や形が陰翳を深く帯び、明るい時よりも却ってくっきりと美しく見えること。それが本来の用法であるが、のち、夕日を受けて照り輝くさまや、夕日に空が赤く染まること（夕焼け）を言うようにもなった。

夏

暮天時鳥といへる心をよみ侍りける

ほととぎすなほ初声をしのぶ山夕ゐる雲の底に鳴くなり（千載157）

【通釈】ほととぎすは、まだ初声を忍び音で、信夫(しのぶ)山にかかっている夕べの雲に深く隠れて鳴いている。

【語釈】◇しのぶ山　旧陸奥国信夫郡、いまの福島市内にある山。「忍ぶ」を掛ける。歌枕紀行陸奥国参照。◇雲の底　雲に覆われた下の方。

【他出】古来風躰抄、守覚法親王御集、歌枕名寄、題林愚抄

正治二年百首歌に

しはつ山風吹きすさぶ楢の葉にたえだえのこる日ぐらしの声（新続古今1690）

【通釈】四極山では、風が楢の葉に勢いのまま吹きつけて、そのはげしい音にかき消されがちに、途切れ途切れに蜩の声が聞こえてくる。

【語釈】◇しはつ山　四極山。柴津山とも書く。大分県別府市の高崎山という（但し万葉集の高市黒人の歌に見える「四極山」は摂津国の地名とする説が有力）。「しは」に柴を掛け、縁語として「楢」を起こす。

【他出】正治初度百首、三百六十番歌合、歌枕名寄、夫木和歌抄

秋

秋立つ日よみ侍りける

浅茅生の露けくもあるか秋来ぬと目にはさやかに見えけるものを（千載227）

【通釈】浅茅の生い茂る野は、いちめん露に濡れ、私の目も露っぽいことだなあ。せっかく秋が来たと、目にはくっきりと見えていたのに。

【語釈】◇浅茅生(あさぢふ）　浅茅の生える野。浅茅は丈の低いチガヤ。◇露けくもあるか　野が露っぽいことに、秋の景色に感傷的になって涙もろくなる意を掛ける。

【本歌】藤原敏行「古今集」
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

五十首歌よませ侍りけるに

身にかへていざさは秋を惜しみ見むさらでももろき露の命を（新古549）

【通釈】我が身と引き換えにして、さあ、それでは秋を惜しんでみよう。どうせ露のように脆い命なのだから。

【語釈】◇いざさは　さあ、それでは。◇さらでも　そうでなくても。命と引き換えに惜しまなくても、ということ。

【参考歌】藤原長能「拾遺集」
身にかへてあやなく花を惜しむかな生けらば後の春もこそあれ
　　源俊頼「詞花集」
身にかへて惜しむにとまる花ならばけふや我が世のかぎりならまし

冬

百首歌奉りし時

立ち濡るる山のしづくも音たえて槙の下葉に垂氷(たるひ)しにけり（新古630）

【通釈】人を待ちながら木の下に立っていると――ふだんなら山の木々の雫に濡れてしまうのだが、その音も今は絶えて、針葉樹の下枝の葉につららが下がっているのだなあ。

【語釈】◇槙(まき)　杉・檜の類。

【補記】正治二年後鳥羽院初度百首。

【本歌】大津皇子「万葉集」
足引の山のしづくに妹待つと吾が立ち濡れぬ山のしづくに

恋

正治百首歌奉りける時

恋ひ死なばまたも此の世にめぐりきて二たび君をよそにだに見む（続後拾遺727）

【通釈】このまま恋しさの余り息絶えてしまったら、またこの世に生まれ変って来て、ふたたびあなたの姿を見よう、せめて遠くからだけでも。

【語釈】◇よそにだに見む 「よそに見る」とは、無関係な人間として、傍から見る、ということ。生まれ変ったら別人なのだから、再び恋愛関係は結べなくても、せめてよそながら姿を見たい、ということである。

雑

旅

さても世をすぐしけるかとよそに見し鄙(ひな)の篠屋(ささや)にいく夜とまりぬ（御室五十首）

【通釈】はたから見ていたときは、あんな所でよくまあ暮らしているなあと思っていた、田舎の笹小屋――そこで私は幾晩寝泊まりしたのだろうか。

【語釈】◇世をすぐし　生活する。暮らす。◇篠屋　屋根を笹で葺いた小屋。

高野にまうで侍りける時、山路にてよみ侍りける

跡たえて世をのがるべき道なれや岩さへ苔の衣きてけり（千載1107）

【通釈】世間から行方をくらませて逃れ入るべき道だからだろうか、岩までが苔の衣を着ているよ。

【語釈】◇跡たえて　痕跡が絶えて。◇苔の衣きてけり　岩が苔に覆われた状態をこう言った。「苔の衣」は僧や隠者の着る粗末な衣服。

述懐の心をよみ侍りける

思ひ出(いで)のあらば心もとまりなむ厭(いと)ひやすきは憂き世なりけり（千載1108）

【通釈】思い出があったなら、心も俗世にとどまるだろう。しかし思い出と呼べるものもない私にとっては、もっとも厭いやすいものは、まさに「憂き世」だったのだ。

【補記】普通、現世にまつわる懐かしい思い出が出家のさまたげになるのだろうが、楽しい思い出も無い私にとっては、遁世はいとも容易いことだった、ということ。

閑居水声といへる心をよみ侍りける

岩そそく水よりほかに音せねば心ひとつにすましてぞ聞く（千載1134）

【通釈】岩に流れかかる水のほか、物音ひとつない住まいだから、ひたすら心を澄ませてその音を聞くのだ。

【語釈】◇閑居　閑静な住居。

をさなくよりおほしたてたる童の、日ごろ重くわづらひしが、いまはかぎりと見なしてしかば、さてしもあるべきにもあらで、鳴滝といふ所にうつりわたりにき。なぐさめがたき宿のさびしさに、常に聞きなれたる岩根にそそく滝の音までも折からにや身にしむ心ちすれば

せきあへぬ涙はたぐひありけりと折しもむせぶ滝つ瀬の声（御集）

【通釈】留めようもなく溢れる涙――しかしそれにも仲間はあるのだとでも言うように、折しもむせび泣くような声をたてる滝つ瀬よ。

【語釈】◇童　わらは。ここでは寺の雑使に従事した少年であろう。◇鳴滝　京都市右京区。仁和寺の西北。御室川が流れ、同名の滝がある。◇たぐひ　ペア。似合うもの同士。互いに釣り合いがとれている二つのもの。同類。◇滝つ瀬　水が激しく流れる瀬。奔流。

はかなくなりて後、雪の降るあした

おくれゐてひとりながむる庭の雪に心までこそうづもれにけれ（御集）

【通釈】取り残されて、独りで眺める庭の雪に、心までが埋まってしまった。

【語釈】◇はかなくなりて　前の歌の「童」が亡くなったのである。◇おくれゐて　先立たれ、自分だけは現世に残っていて。

病にわづらひけるが、少しおこたりて侍りければ、そのよし人につげたる文を後に見いでて、つねならぬ世のさだめなさも今更に思ひしられてよめる

まよふべき闇をば知らではかなくも霧の絶えまと思ひけるかな（続後拾遺1213）

【通釈】死後、迷うべき無明の闇があることを知りもしないで、むなしくも、霧の絶え間と思って安心していたことだなあ。

【語釈】◇少しおこたりて　病勢がやや沈静化して。◇霧の絶えま　病が小康を得たことを喩えて言う。

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更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年01月19日

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