「三十六人歌合」藤原公任・俊成撰
【概要】
「三十六人撰」(三十六人歌合とも言う)は、柿本人麿から中務まで、三十六人の歌仙の歌百五十首を撰出して結番した、歌合形式の秀歌撰である。撰者は藤原公任(966-1041)。人麿・貫之・躬恒・伊勢の巻頭四人、および平兼盛・中務の巻末二人は各十首、その他三十人は各三首を選抜している。
これ以前に公任は「前十五番歌合」を編んでいたが、これを発展させた「三十人撰」(散逸)を具平親王に贈り、親王はこれを改撰した「三十人撰」(現存)を編んで公任に贈り返した。まもなく親王は没し、公任は自撰の「三十人撰」を改訂増補して「三十六人撰」を完成させた、と見られている。従って成立は、具平親王が亡くなった寛弘六年(1009)七月以後、まもなくかと推測されている。その後盛んに作られた三十六歌仙形式の秀歌撰の祖にあたる。テキストの底本は新編国歌大観を使わせて頂いた。
後世、藤原俊成(1114-1204)が公任の撰んだ三十六人の歌人につき、各三首を選び直したのが「俊成三十六人歌合」(古三十六人歌合とも言う)である。俊成の撰歌は、公任撰歌の下に添えた。公任の選歌の末尾に(俊1)とあるのは、「俊成三十六人歌合」で、その歌人の一番目に置かれた歌、ということを示す。テキストの底本は岩波文庫『王朝秀歌選』(樋口芳麻呂校注)所載のテキストを使わせて頂いた。
定家の「百人一首」と共通する歌人は、名前の後に○を、共通する歌の後には、*のしるしを付けた。
【メモ】百人一首と共通する歌人は二十五人。公任撰歌との共通歌は十首、俊成撰歌との共通歌は十六首である。百人一首の選歌において、父俊成の影響力は決して小さくなかったことが分かる。
【もくじ】柿本人麿○ 紀貫之○ 凡河内躬恒○ 伊勢○ 大伴家持○ 山辺赤人○ 在原業平○ 僧正遍昭○ 素性法師○ 紀友則○ 猿丸大夫○ 小野小町○ 藤原兼輔○ 藤原朝忠○ 藤原敦忠○ 藤原高光 源公忠 壬生忠岑○ 斎宮女御 大中臣頼基 藤原敏行○ 源重之○ 源宗于○ 源信明 藤原清正 源順 藤原興風○ 清原元輔○ 坂上是則○ 藤原元真 小大君 藤原仲文 大中臣能宣○ 壬生忠見○ 平兼盛○ 中務
三十六人歌合
人麿 ○
昨日こそ年はくれしか春霞かすがの山にはや立ちにけり
あすからは若菜つまむと片岡の朝の原はけふぞやくめる
梅花其とも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば
郭公鳴くやさ月の短夜も独しぬればあかしかねつも
飛鳥河もみぢば流る葛木の山の秋風吹きぞしくらし
ほのぼのと明石の浦の朝ぎりに島がくれ行く舟をしぞ思ふ
たのめつつこぬ夜あまたに成りぬればまたじと思ふぞまつにまされる
葦引の山鳥の尾のしだりをのながながし夜をひとりかもねむ (俊2)*
わぎもこがねくたれがみをさるさはの池の玉もと見るぞかなしき
物のふのやそ宇治河のあじろ木にただよふ浪のゆくへしらずも
龍田川もみぢ葉流る神奈備の御室の山に時雨降るらし
少女子(をとめご)が袖ふる山の瑞垣の久しき世より思ひ初めてき
貫之 ○
問ふ人もなきやどなれどくる春はやへむぐらにもさはらざりけり
行きて見ぬ人もしのべと春の野のかたみにつめるわかななりけり
花もみなちりぬるやどは行く春の故郷とこそ成りぬべらなれ
夏の夜のふすかとすれば郭公鳴く一声にあくるしののめ
見る人もなくてちりぬるおく山の紅葉はよるの錦なりけり
桜ちるこのした風は寒からでそらにしられぬ雪ぞふりける
こぬ人をしたにまちつつ久方の月をあはれといはぬよぞなき
思ひかね妹がりゆけば冬の夜の河風寒み千鳥なくなり
君まさで煙たえにししほがまのうらさびしくも見え渡るかな
逢坂の関のし水に影見えて今や引くらんもち月の駒
白露も時雨もいたくもる山は下葉残らず色づきにけり
掬ぶ手の滴に濁る山の井のあかでも人に別れぬるかな
吉野川岩波高く行く水の早くぞ人を思ひ初めてし
躬恒 ○
春立つとききつるからに春日山きえあへぬ雪の花と見ゆらむ
香をとめて誰をらざらむ梅花あやなしかすみたちなかくしそ
山たかみ雲井に見ゆるさくら花心の行きてをらぬ日ぞなき
わがやどの花見がてらにくる人はちりなむのちぞこひしかるべき
今日のみと春をおもはぬ時だにも立つ事やすき花のかげかは
郭公夜深き声は月まつといもねであかす人ぞききける
立ちとまり見てをわたらむもみぢばは雨とふるとも水はまさらじ
心あてにをらばやをらむはつしものおきまどはせるしらぎくのはな *
わがこひはゆくへもしらずはてもなしあふをかぎりとおもふばかりぞ
ひきうゑし人はむべこそおいにけれまつのこだかくなりにけるかな
いづくとも春の光は分かなくにまだみ吉野の山は雪降る
住吉の松を秋風吹くからに声打ち添ふる沖つ白波
伊勢の海に塩焼く海人の濡れ衣なるとはすれど逢はぬ君かな
伊勢 ○
青柳の枝にかかれる春雨はいともてぬける玉かとぞ見る
千とせふる松といへどもうゑて見る人ぞかぞへてしるべかりける
春ごとに花の鏡となる水はちりかかるをやくもるといふらん
ちりちらずきかまほしきをふるさとの花見てかへる人もあはなむ
いづくまで春はいぬらんくれはててあかれしほどはよるになりにき
ふたこゑときくとはなしに郭公夜深くめをもさましつるかな
三輪の山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじとおもへば (俊2)
うつろはむことだにをしき秋はぎにをれぬばかりもおけるつゆかな
人しれずたえなましかばわびつつもなきなぞとだにいふべきものを
なにはなるながらのはしもつくるなりいまはわが身をなににたとへむ
合ひに合ひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なる
思ひ川たえず流るる水の泡のうたかた人に逢はで消えめや
家持 ○
あらたまのとしゆきかへる春たたばまづわがやどにうぐひすはなけ
さをしかのあさたつをのの秋はぎにたまとみるまでおけるしらつゆ
春ののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ
まきもくの檜原もいまだ曇らねば小松が原に泡雪ぞ降る
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける*
神奈備の三室の山の葛かづら裏吹き返す秋は来にけり
赤人 ○
あすからはわかなつまむとしめしのに昨日もけふもゆきはふりつつ (俊1)
わがせこにみせむとおもひしむめのはなそれともみえずゆきのふれれば
わかのうらにしほみちくればかたをなみあしべをさしてたづなきわたる (俊3)
ももしきの大宮人は暇あれや桜かざして今日も暮らしつ
業平 ○
世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし
たのめつつあはでとしふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
いまぞしるくるしき物と人またむさとをばかれずとふべかりける
花に飽かぬ嘆きはいつもせしかども今日の今宵に似る時はなし
月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つは元の身にして
誰が禊ゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへて鳴く
遍昭 ○
すゑのつゆもとのしづくや世中のおくれさきだつためしなるらむ (俊3)
わがやどはみちもなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに
たらちねはかかれとてしもうばたまのわがくろかみをなでずやありけむ
いそのかみ布留の山辺の桜花植ゑけむ時を知る人ぞなき
皆人は花の衣になりぬなり苔の袂よ乾きだにせよ
素性 ○
いまこむといひしばかりになが月のありあけの月をまちでつるかな (俊3)*
みてのみや人にかたらむ山ざくらてごとにをりていへづとにせむ
みわたせばやなぎさくらをこきまぜてみやこぞ春のにしきなりける
我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕陰の大和撫子
音にのみきくの白露夜はおきて昼は思ひに敢へず消ぬべし
友則 ○
ゆふさればさほのかはらのかはぎりにともまどはせるちどりなくなり
ゆきふれば木ごとにはなぞさきにけるいづれをむめとわきてをらまし
秋風にはつかりがねぞきこゆなるたがたまづさをかけてきつらむ
夕されば蛍よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき
東路の小夜の中山なかなかに何しか人を思ひ初めけむ
下にのみ恋ふれば苦し玉の緒の絶えて乱れむ人なとがめそ
猿丸 ○
をちこちのたつきもしらぬ山中におぼつかなくもよぶこどりかな (俊1)
ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬとみしは山のかげにざりける (俊2)
おくやまのもみぢふみわけなくしかのこゑきく時ぞ秋はかなしき (俊3)*
(俊2、第四句は「と思ふは」。俊3、初句は「奥山に」。)
小町 ○
はなのいろはうつりにけりないたづらにわがみよにふるながめせしまに (俊1)*
おもひつつぬればや人のみえつらむゆめとしりせばさめざらましを
いろみえでうつろふものは世中の人の心のはなにざりける (俊2)
海人の住む浦漕ぐ舟の梶を絶え世を倦み渡る我ぞ悲しき
兼輔 ○
あをやぎのまゆにこもれるいとなれば春のくるにぞいろまさりける
ゆふづくよおぼつかなきにたまくしげふたみのうらはあけてこそみめ
人のおやの心はやみにあらねどもこをおもふみちにまどひぬるかな
短夜の更け行くままに高砂の峰の松風吹くかとぞ聞く
逢坂の木の下露に濡れしより我が衣手は今も乾かず
みかの原分きて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ*
朝忠 ○
よろづ世のはじめとけふをいのりおきていまゆくすゑはかみぞしるらむ (俊1)
くらはしの山のかひより春がすみとしをつみてやたちわたるらむ (俊3)
あふことのたえてしなくは中中に人をもみをもうらみざらまし (俊2)*
敦忠 ○
かりにくときくに心のみえぬればわがたもとにもよせじとぞおもふ
あひみてののちの心にくらぶればむかしは物もおもはざりけり*
けふそへにくれざらめやはとおもへどもたへぬは人の心なりけり
物思ふと過ぐる月日も知らぬまに今年も今日に果てぬとか聞く
伊勢の海の千尋の浜に拾ふとも今は何てふかひかあるべき
身にしみて思ふ心の年経れば遂に色にも出でぬべきかな
高光
春すぎてちりはてにけりむめのはなただかばかりぞえだにのこれる (俊1)
かくばかりへがたくみゆる世中にうらやましくもすめる月かな (俊2)
みても又またもみまくのほしかりしはなのさかりはすぎやしぬらむ (俊3)
公忠
ゆきやらで山ぢくらしつほととぎすいまひとこゑのきかまほしさに (俊2)
よろづよもなほこそあかねきみがためおもふ心のかぎりなければ
たまくしげふたとせあはぬきみが身をあけながらやはあらむとおもひし (俊1)
とものりのとものみやつこ心あらばこの春ばかり朝清めすな
忠岑 ○
春たつといふばかりにやみよしのの山もかすみてけさはみゆらむ (俊1)
ときしもあれ秋やは人にわかるべきあるをみるだにこひしきものを
春はなほ我にてしりぬはなざかり心のどけき人はあらじな
夢よりもはかなきものは夏の夜の暁方の別れなりけり
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし*
斎宮女御
ことのねにみねのまつ風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ
かつみつつかげはなれゆくみづのおもにかくかずならぬ身をいかにせむ
あめならでもる人もなきわがやどをあさぢがはらとみるぞかなしき
袖にさへ秋の夕は知られけり消えし浅茅が露をかけつつ
なれ行くは憂き世なればや須磨の海人の塩焼衣間遠なるらむ
寝(ぬ)る夢に現(うつつ)の憂さも忘られて思ひ慰む程ぞはかなき
頼基
ひとふしにちよをこめたるつゑなればつくともつきじきみがよはひは (俊1)
わかごまとけふにあひくるあやめぐさおひおくるるやまくるなるらむ
つくば山いとどしげきにもみぢばはみちみえぬまでちりやしぬらむ
鳴く雁は行くか帰るかおぼつかな春の宮にて秋の夜なれば
子の日する野辺に小松を引き連れて帰る山路に鶯ぞ鳴く
敏行 ○
秋きぬとめにはさやかにみえねども風のおとにぞおどろかれぬる (俊1)
ひさかたのくものうへにてみる菊はあまつほしとぞあやまたれける (俊3)
心からはなのしづくにそほちつつうくひずとのみとりのなくらむ
秋萩の花咲きにけり高砂の尾上の鹿は今や鳴くらむ
重之 ○
よしのやまみねのしらゆきむらぎえてけさはかすみのたちわたるかな
風をいたみいはうつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな (俊2)*
秋くればたれもいろにぞなりにける人の心につゆやおくらむ
夏刈りの玉江の葦を踏みしだき群れゐる鳥の立つ空ぞなき
筑波山端山繁山繁けれど思ひ入るには障らざりけり
宗于 ○
ときはなるまつのみどりも春くればいまひとしほのいろまさりけり (俊1)
つれもなくなりゆく人のことのはぞ秋よりさきのもみぢなりける (俊3)
山ざとはふゆぞさびしさまさりける人めもくさもかれぬとおもへば (俊2)*
信明
かたきなくおもへるこまにくらぶればみにそふかげはおくれざりけり
こひしさはおなじ心にあらずともこよひの月をきみみざらめや
あたら夜の月とはなとをおなじくはあはれしれらむ人にみせばや (俊1)
ほのぼのと有明けの月の月影に紅葉吹きおろす山颪の風
物をのみ思ひ寝覚の枕には涙かからぬ暁ぞなき
清正
ねの日しにしめつるのべのひめこまつひかでやちよのかげをまたまし (俊1)
あまつかぜふけひのうらにゐるたづのなどかくもゐにかへらざるべき (俊2)
むらながらみゆるにしきは神な月まだ山風のたたぬなりけり (俊3)
順
水のおもにてる月なみをかぞふればこよひぞ秋のもなかなりける (俊2)
ちはやぶるかものかはぎりきるなかにしるきはすれるころもなりけり
わがやどのかきねや春をへだつらむなつきにけりとみゆるうのはな
春深み井手の川波立ち返り見てこそ行かめ山吹の花
名を聞けば昔ながらの山なれどしぐるる秋は色増さりけり
興風 ○
ちぎりけむ心ぞつらきたなばたのとしにひとたびあふはあふかは (俊1)
たれをかもしる人にせむたかさごのまつもむかしのともならなくに (俊2)*
君こふるなみだのとこにみちぬれば身をつくしとぞわれはなりぬる
いたづらに過ぐす月日は思ほえで花見て暮らす春ぞ少なき
元輔 ○
秋のののはぎのにしきをわがやどにしかのねながらうつしてしがな
うきながらさすがにもののかなしきはいまはかぎりとおもふなりけり
おとなしのたきとぞつひになりにけるいはでものおもふ人のなみだは
契りきな互(かたみ)に袖を絞りつつ末の松山波越さじとは*
大井川堰(ゐせき)の水のわくらばに今日は頼めし暮ぞ待たるる
憂しと言ひて世をひたすらに背かねば物思ひ知らぬ身とやなりなむ
是則 ○
みよしのの山のしらゆきつもるらしふるさとさむくなりまさるなり (俊1)
やまがつと人はいへどもほととぎすまづはつこゑはわれのみぞきく
ふかみどりときはのまつのかげにゐてうつろふはなをよそにこそみれ
朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪*
牡鹿伏す夏野の草の道をなみ繁き恋路にまどふころかな
元真
としごとのはるのわかれをあはれとも人におくるる人ぞしりける
人ならばまてといふべきをほととぎすまだふたこゑをなかでゆくらむ
君こふとかつはきえつつふるほどをかくてもいけるみとやなるらむ
咲きにけり我が山里の卯の花は垣根に消えぬ雪と見るまで
あらたまの年を送りて降る雪に春とも見えぬ今日の空かな
恋しさの忘られぬべきものならば何かは生ける身をも恨みむ
小大君
いはばしのよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかづらきの神 (俊1)
たなばたにかしつとおもひしあふことをそのよなきなのたちにけるかな
かぎりなくとくとはすれどさとかはのやまゐのみづはなほぞこほれる (俊2)
大井川杣山風の寒ければ立つ岩波を雪かとぞ見る
(俊2、「かくばかりとくとはすれどあしひきの山ゐの水はなほ氷りけり」)
仲文
ありあけの月のひかりをまつほどにわがよのいたくふけにけるかな (俊1)
ながれてとたのめしことはゆくすゑのなみだのうへをいふにざりける
おもひしる人にみせばやよもすがらわがとこなつにおきゐたるつゆ (俊3)
苔むせる朽ち木の杣の杣人をいかなるくれに思ひ出づらむ
能宣 ○
ちとせまでかぎれるまつもけふよりは君にひかれてよろづよやへむ
もみぢせぬときはのやまにたつしかはおのれなきてや秋をしるらむ
きのふまでよそに思ひしあやめぐさけふわがやどのつまとみるかな (俊1)
御垣守り衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ*
我ならぬ人に心をつくば山下に通はむ道だにやなき
忠見 ○
ねのびするのべにこまつのなかりせばちよのためしになにをひかまし
さ夜ふけてねざめざりせばほととぎす人づてにこそきくべかりけれ
やかずともくさはもえなむかすがのはただ春の日にまかせたらなむ (俊2)
恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか*
いづかたに鳴きて行くらむ時鳥淀の渡りのまだ夜深きに
兼盛 ○
かぞふればわが身につもるとし月をおくりむかふとなにいそぐらむ
みやまいでてよはにやきつるほととぎすあか月かけてこゑのきこゆる
やまざくらあくまでいろをみつるかな花ちるべくもかぜふかぬよに
もち月のこまひきわたすおとすなりせたの中みちはしもとどろに
くれてゆく秋のかたみにおくものはわがもとゆひのしもにざりける (俊1)
たよりあらばいかで宮こへつげやらむけふしらかはのせきはこえぬと (俊2)
ことしおひのまつはなぬかになりにけりのこれるよはひおもひやるかな
あさひさすみねのしらゆきむらぎえて春のかすみはたなびきにけり
わがやどのむめのたちえやみえつらむおもひのほかにきみがきませる
みわたせばまつのはしろきよしの山いくよつもれるゆきにかあるらむ
忍ぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで*
中務
わすられてしばしまどろむほどもがないつかはきみをゆめならでみむ (俊3)
うぐひすのこゑなかりせばゆききえぬ山ざといかではるをしらまし
いそのかみふるきみやこをきてみればむかしかざししはなさきにけり
さらしなにやどりはとらじをばすての山までてらす秋のよの月
さやかにもみるべき月をわれはただなみだにくもるをりぞおほかる
まちつらむみやこの人にあふさかのせきまできぬとつげややらまし
わがやどのきくのしらつゆけふごとにいくよつもりてふちとなるらむ
したくぐる水にあきこそかよふらしむすぶいづみのてさへすずしき
さけばちるさかねばこひし山ざくらおもひたえせぬはなのうへかな
天河河辺涼しき織女に扇の風を猶やかさまし
秋風の吹くにつけても訪はぬかな荻の葉ならば音はしてまし
ありしだに憂かりしものを飽かずとていづくに添ふるつらさなるらむ
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