それぞれの4人 ~再び青春が~

第1回 4人の物語の始まり 
 この町の名は「緑ヶ崎」、名前の由来は明治時代の頃、この辺りが海ですぐ近くの丘の緑の素晴らしさからつけられた物と言われている。自然の多い町で、30年前には工業地帯で公害も多く、
その対策に自治体が苦慮して行った結果、環境保護の盛んな町として評価されている。
 この町に北見健という一人の男性がいる。彼はこの町の丘にある製薬会社の研究所に勤めており、新卒でなんとか採用されていた。研究はかなり時間をかけて行っていて帰る時間もかなり遅いようだ。
「いやぁ、今日も大変だったな」研究員の一人が背伸びしながら話しかける。
「こう毎日8時くらいまでやってると疲れも相当たまっていくよ」
「先輩、これは今までのものよりかなり手こずりそうな研究ですね」
研究員たちのそんな会話の中で北見だけは自分の自転車を持って来て挨拶をする。
「それでは失礼します」
「北見君、あれだけの仕事やってたのにそれで帰るのか?」
研究員の先輩である藤中が不思議そうに質問して来た。
「ええ、町の風景を見ながら自転車で走りたかったんです、それで・・・」
「タフだねぇ」
「それじゃあ、暗い夜道だからあまり飛ばすなよ」挨拶を交わし自転車で研究所の門をくぐっていった。
 丘の坂を下って町の中心に出て行くのに15分はかかっている。朝はその逆なので大変ではないかと思われるが、彼は疲れを見せずに通勤している。いつものコースを通ってうちまではあとわずかになっていたがその道の途中で、以前通っていた高校の変わらない姿が目に止まっていた。彼はこの高校で親友たちと出会い、つらくとも楽しい時間を過ごした。
「そういえば卒業してからもう5年経つのか・・・。みんな、どうしてるかな?」
親友たちとは成人式の時に再会した以来会っていなかった。北見はこの町から離れた遠くの大学で薬学の勉強に日々を過ごしており、なかなか連絡が出来ず、社会人になってからも多忙な日々を送っているため結局なかなか会えない状況になってしまったのだ。帰宅後、すぐに食事をとり、風呂に入ってから2階の自分の部屋に戻った、もう10時を過ぎていた。くたくたの体をベットに投げ出して目をつむったまま、北見は友人たちのことをふと思い出していた。
「あいつ、そういえば家の陶芸教室を継ぐために美術関係の大学へ行ってたんだったな。今はうちの教室の手伝いをしているかもしれないな」
 5年前の卒業間近の時、友人とこんな話をしていた。
「健もとうとう進学が決まったな。自分の夢に向かっての一歩って所だな」
「経済上薬を買えない世界の人々のためにできることをしてみたいと思っていたことから始まっているからね」
「お前の通う大学はここから3時間はかかるって話だったけどここを出て行くことになりそうだな」
「うん、なかなかここの近くに自分の学力で入れそうな所がなかったからね。そういえば浩司は美
術科のある大学に合格したんだっけ」
「ああ、自分の身近で出来そうなことっていったら美術に関することぐらいだから。それに親父のやってることを継いでみることになるかもしれないって考えたら、そういうところで勉強するしかないだろうからな」
「僕も大学で薬学部に入学できてやっとやりたいことが出来たから、まずそこからだよ」
「大学卒業したら戻ってくるんだろ?」
「そうだね」それから彼らは卒業後、それぞれの進路に向かって行った。あの頃のことを思い出すうちに眠気が容赦なく北見を襲った。
「とにかく明日も早いから休もう」
また忙しい日々がこうして始まるのであった。

 その友人の名は木田浩司、北見健と同じ学校の生徒であった。美術大学を出てからは父親の経営する陶芸教室で助手をしていた。彼は今、教室用の道具を購入するため父親が御用達にしている店に出かけていた。
「これで全部だな」
重量のある陶芸用の粘土を抱えているものの、軽々となれたもので大変さを感じさせない。店を出てバイクで帰る途中、少し近くの公園で休憩した。
「こんないい天気ならバイクで遠くへいくのが最高なんだけどなぁ」
ベンチに座って空をじっと眺めている木田。その数分後、一人の女性がうつむき加減で暗い表情で歩いていたと思うと、彼の座っているベンチの向かい側に座った。
「どこかで見た顔だな、もしかして・・・」
木田は彼女を見てすぐ気がついた、それからゆっくりと彼女の方へ行って話しかけた。
「あの、貴島さんじゃないか?」
久しぶりの再会に彼の声は明るかった。
「もしかして木田、浩司君・・・」
その声に彼女がゆっくりと反応する。
「成人式以来だな、会うのは。確か貴島さん、専門学校を卒業してから就職したんじゃないか?」
「うん、でもね・・・」
彼女の表情は木田とは正反対に暗く、彼との再会を喜んでいない。
「でも?」
木田は不思議そうに聞いた。
「なかなか職場になじめなくってね、専門学校の頃はそうでもなかったんだけど社会に出てから
本当に180度変わったって感じ」
「職場の人間関係って奴か・・・、俺はそういう所で働くことがないからはっきりとはわからない。でも色々な人間のいる所だから、ストレスもたまるかもしれないな・・・」
「私、私どうしたらいいかわかんない・・・」
彼女はただうつむいたままだった。高校時代の明るく、少々強気ではっきりと自分の意見をいっていた彼女の姿を見ていた木田にとって不思議でしかなかった。彼女のそんな様子を見て少々驚いていた、高校の頃彼女がそんな悲しい表情をしている所を見たことが無かったからだ。
「随分と大変そうだな、今の俺じゃあ話を聞いてあげられることしか出来ないなぁ。もしも、それでよければいつでも呼んでくれてかまわないよ」
「うん、わかった・・・」
二人は少しの間だけ静かな再会をした、彼女の表情が生き生きとする気配は結局なかった。
 
 それから一週間後、北見は久しぶりに休むことが出来た。彼の勤務している製薬会社では現在、
大きな取引になる薬品の研究をしているため、新人である彼だがそれなりの力を見た研究員や研究長からも手伝ってほしいということになり、彼自身も前向きに自分の目標に近づけることになると考え、研究に参加している。そのため残業が多く10時くらいに帰ってくるという有様であった。
そのように大変な状況でも、家事についても彼はやらなくてはならず、今近くのスーパーで食料を買っている。
「ずっとうちで姉さんと二人暮らしが長かったから家事も苦にならないな、そう言えば」
彼の両親が仕事で海外への異動となって、彼が高校に入ってからは姉と二人で生活していた、もちろん仕送りはあったのだが、両親がいない中で家事もやるので高校の頃も部活に参加する時間が少なく勉強もしなければならず、財政面よりも時間の面で忙しい日々を過ごしていた。
彼は必要なものをさっさと買ってレジに向かった。と、その時彼の目にある人の姿を見た、その人はとなりのレジで会計を待っている。
「どこかで見たような・・・」
会計を終えて荷物を買い物袋に入れている時、彼は確かに知っているその人の顔を見た。彼女もまた、彼の顔を見かけた後、すぐに気づいて笑顔を見せた。
「もしかして、北見君?」
「片桐さん? 片桐さんじゃないか、成人式の時以来だね」
「もう戻って来てたの?」
「うん、今は少しここから離れた丘にある研究所に努めているよ」
「そう、私は服飾の専門学校へ行ってからいろいろとあってね、今はうちの母親の店で働いてるの」
「確か洋服店だったよね、片桐さんのうちは」
「自分の考えだけで作ろうとするものよりも、お客さんが何を求めてか考えて作るのって難しいって思ってる。でも、そう考えて仕事しているのも面白いな」
2人は途中まで一緒に帰ることにした。
「薬の研究って一つ作るのに結構かかるの?」
「ちょっとまだ僕にはわからないけど、何年もかけて作ったりするっていうものもあるみたい。結構遅くまで研究してるから帰るのは10時くらいになるな」
「そんなにまで・・・、自分のやりたいことだからやっていけるかもしれないけど、あまり無理はしないで」
彼女は北見に微笑みかけて、心配した。
「ありがとう、それじゃ」
家路の途中で2人は別れた。こうしてそれぞれのきっかけの中でで再会を果たした4人の物語のが始まりを迎えた。