新・山の雑記帳 9

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 1.最 新 の 雑 記 帳
 鎌倉散策の下見  2017.11 記

 漸く大弛峠−甲武信ヶ岳間を歩く  2017.10 記

 またまた代替の山に大満足  2017.10 記

 最終的には満足して登り終えた代替の山  2017.9 記

 念願の小太郎山  2017.9 記

 目からウロコのコースを辿って天狗岩、奥千丈岳  2017.8 記

 念願の白岩岳  2017.6 記

 残雪の蝶ヶ岳  2017.6 記

 大満足の乗鞍岳  2017.5 記

 2.これまでの 新・山の雑記帳 8    ('2015/12 − '2016/6 )      ←   こちらもご覧下さい

 3.これまでの 新・山の雑記帳 7    ('2015/12 − '2016/6 )      ←   こちらもご覧下さい

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鎌倉散策の下見  2017.11 記

10月上旬は自治会の行事やら、プライベートの旅行やらスケジュールが立て込んで 比較的天気が良かったにもかかわらず山に行くことができず、中旬になると今度は天候の方があまり芳しくないためさらに山に行けない日が続く。
そんな中、10月18日は久々に天気が良さそうであったのだが、どうも身体の方が乗り気を見せてくれず、残念ではあるが山行を諦めることにする。 しかし、この後も不順な天候が続くようなので、折角の晴れ間を無為に過ごすのは勿体ないと考え、恒例となった鎌倉散策の下見に出かけることにする。
今回は山登りを少し軽めにして寺巡り中心の企画とし、源氏山を中心とした散策を行う予定である。

10月18日(水)、少々遅めに車にて自宅を出発し、鎌倉散策の下見の際によく利用しているタイムズ大船5丁目の駐車場に車を入れる。
大船駅まで歩いた後、駅構内で弁当を買おうとしたところ、10時54分の逗子行きが到着寸前と分かり、弁当を諦めてホームへと向かう。
鎌倉駅到着は 11時。ここでも弁当を買おうとしたのだが、西口に向かったところすぐに改札を出てしまい、仕方なくそのまま第一の目的地である壽福寺へと向かう。
ロータリーを抜けて鎌倉市役所方面へと向かい (西へまっすぐ)、市役所前の交差点にて右折して車道を暫く進む。
道はやや狭いにもかかわらず意外に車の往来が多いので、当日は注意が必要である。

やがて、左手に八坂大神の鳥居を見ると、その隣に公衆トイレが現れるが、壽福寺にはそのトイレの横から入ることになる。
すぐに壽福寺の総門が現れるが、その前は小さな広場となっており、周囲を樹林が囲んでいるので、先程の車道からは総門がほぼ見えない状態である。時刻は 11時10分。
壽福寺は鎌倉五山第三位の寺院で、総門の手前右脇にある石碑には 『 壽福金剛禅寺 』 と刻まれている。
また、本尊は釈迦如来で開基は北条政子とのこと。

なお、今回で 5回目を迎える鎌倉散策であるが、鎌倉五山のうち第一位の建長寺、 第二位の円覚寺、第四位の浄智寺は既に訪れているので、この壽福寺を訪れることで残すは第五位の浄妙寺だけとなるが、 この壽福寺は中門から内側の境内は一般公開されていないので、果たして参拝したと言えるのかはやや疑問である。
さて、総門を抜けると、中門まで真っ直ぐ石畳の参道が続いている。先程までの道路の喧噪から一気に静寂の世界に入り込むことになって、 その変化に驚かされる。
また、参道両脇には常緑樹に混ざってカエデなども見られるので、本番の頃には赤や黄色の彩りが加わってさぞかし見事なことであろう。

6〜70m程参道を進むと中門に至るが、 上述のようにここから先へは入ることができない (但し、正月などの特別拝観の時は入ることができるようである)。
仏殿は中門越しに見ることができ、その手前には日本庭園のような境内が広がっている。
緑の芝生 ? の中を石畳が仏殿まで続いており、人を入れていないからであろうか、その石畳は苔むしている。
そして、ビャクシンの枝葉が左側から大きく張り出している後方に、方形をした仏殿が見えている。
壽福寺の創建は 1200年、当時は鎌倉五山第三位の寺らしく七堂伽藍を擁し、14の塔頭を有する大寺院であったらしいが、 その後 大火にあって消失。今はこぢんまりとした感じであるし、この仏殿 (瓦葺き) も江戸時代に再建されたものである。

11時13分、中門から左に道をとって一旦 壽福寺の外に出る。
細い道に出て右に曲がると、すぐに左に分かれる道が出てくるが、良く分からないので、ここは真っ直ぐ進んでみる。
すぐに壽福寺の墓地に突き当たり、左に進むとまた丁字路にぶつかる。北条政子、そして源実朝の墓はその丁字路を右に曲がって裏山へと登っていくようであるが、 右に曲がってすぐの所に左上へと続く石階段があったので北条政子の墓は後回しにしてその階段を昇ってみる。
階段は途中から左に曲がって上部の墓地に出るが、その少し先で山道らしきものとぶつかる。どうやらこれが源氏山へと続く道らしい。
その道を右に辿ればそのまま山中に入っていくようなので、岩の間を抜けるなどの面白そうな部分は飛ばしてしまったようである。

ということで、それを確かめるべく源氏山とは反対方向、つまり左に道をとって下って行くと、すぐにお目当ての 『 切通 』 が現れる。
ここには、岩を削って人一人が通れる幅の狭い道が造られており、また足下には水を流すためであろう、溝が掘られていてなかなか面白い場所であるが、 残念ながら距離は短い。
壽福寺の中門からこの切通に至るにはどうすべきかを知るべく、さらに先へと下っていくと、丸太の横木による階段を経て、 下側の墓地の一角に下り立つ。右手の岩壁には岩を刳り貫いたやぐらのような穴が見えている。
道なりに墓地を通り抜けていくと、先程 昇った石階段の前の道と合流し、その合流地点には 『 ← 源氏山公園 』 の標識が置かれている。

さらに壽福寺からの道を確認すべく右に曲がっていくと、すぐに右手に岩を刳り貫いて向こう側に抜けられるようになっている穴が現れる。 穴を通り抜けた先には民家が広がっていて、まるで穴が別世界への入口のようである。
さらに進んでいくと、右手の岩壁に 2つほどの穴が見られ、2つ目の穴 (中に門扉があり、こちらも向こう側に抜けられる) の所で道は左に直角に折れて民家の横を進み、 先程 壽福寺の中門から出たところの道に合流する。
つまり、小生は中門を出てそのまま寺の敷地に沿ってまっすぐ進んでしまったのだが、源氏山に向かうには左の道を取るべきであったのだった。 時刻は 11時20分。

壽福寺中門から源氏山へと向かう道が分かったところで、再び今辿ってきた道を戻る。
丸太の階段を昇り、狭い切通を抜けて、先程 石階段から辿り着いた上側の墓地に至った後、今度はその墓地の裏手を進む。
ここからは完全に山道となり、木の根や岩が露出している道を緩やかに登っていく。
道の両側にはササ、そして樹木が生え、場所によっては木々が鬱蒼としていて完全に登山モードである。
喧噪の車道、静かな寺院と墓地、そしてすぐにこの山道と、この急激な変化には驚かされる。
やがて登る先に墓のようなものが見えてくる。傍らにある説明書きには 『 太田道灌公の墓 』 とある。時刻は 11時28分。
太田道灌の墓は伊勢原市に首塚、胴塚があり、さらに埼玉県の入間市に分骨を納めた墓があるらしいのだが、 ここの墓は 『 1826年に以前の墓を再建した 』 とあるので、どちらかというと供養塔といった感じなのかもしれない。

墓を後にして少し進むと、右手に後程訪れる英勝寺の墓地の入口 (施錠されていて入れない) が現れる。
また周囲には杉の木が目立つようになり、道幅も広くなって、さらには道の右手に底の浅い石畳を模したような側溝も現れ、 既に源氏山公園の管理地域に入り込んでいることが分かる。
続いて石畳の階段を昇っていくと、右手には広い草地が現れ、その少し先で公園のトイレに辿り着く。時刻は 11時32分。
なお、トイレの少し手前に左の斜面を昇っていく階段があり、この階段を昇っていけば源氏山頂上に至ることは昨年の下見で分かっていたのだが、 階段はかなり長いので当日のメンバーには少々きつかろうと思い、昇らずにパスしたのであった。
とは言え、折角ここまで来たのだから源氏山には登っておきたいので、トイレの奥にある比較的短い階段を昇って源氏山頂上へと向かう。
この辺は昨年 5月の鎌倉散策の際に下調べをしているので良く分かっている場所である。

源氏山到着は 11時34分。頂上には石祠と朽ちかけた石塔が 2基あるだけで、人の訪れも少なく静かな場所である。
頂上は樹林に囲まれて展望はほとんど得られないが、一箇所だけ開けた場所がある。この日は雲が多く、何も見ることができなかったものの、 晴天の場合、方角的に丹沢方面が見えるのではないかと思われる。
また、周囲の木々は一見すると常緑樹が多いような気がするが、紅葉の時期にはどのようになるか少々楽しみでもある。
頂上を左手に進み、先程パスした階段を下りてみる。しかし、やはりこの階段は長く続くので、年寄り向きではないことを確認する。
11時37分、再び階段を昇って源氏山へと戻り、少し周辺を歩き回った後、今度は奥の方へと進んで源氏山の斜面をグルッと回るようにしてトイレのところまで戻る。 時刻は11時43分。

トイレから少し進めば源頼朝像がある源氏山公園で、この辺は紅葉の時期、かなり華やかな彩りになるはずである。時刻は 11時45分。
遠足の子供達で賑わう芝地を抜け、化粧坂 (けわいざか) への分岐を右に見て暫く進むと、車道にぶつかる。
車道を左に下っていけば銭洗弁財天 (銭洗弁財天宇賀福神社) であるが、ここはまず真っ直ぐ進んで葛原岡神社へと向かう。
当日はこの順序で歩き、林の中にあるために鳶に弁当をかすめ取られる心配が少ない神社前のベンチで昼食とするつもりである。
その葛原岡神社には 11時50分に到着。参拝を済ませ、11時55分、再び源氏山方面へと戻る。
途中、林の中にある日野俊基の墓に立ち寄り、道路には戻らずにそのまま林の中を進んで、東屋そして丸い生垣のある広場に至る。
さらに広場を突っ切り、再び樹林帯に入り、斜面を下っていく。この辺は落葉樹が多いようなので、紅葉の時期に通るのが楽しみである。

車道に出た後は右に進んで銭洗弁財天を目差す。ここはいつでも人でいっぱいである。
銭洗弁財天の鳥居の前には 12時1分に到着。ここに至るまでの車道はかなりの急坂で、弁財天参拝後にこの坂を登り返すのは少々キツイかもしれないと感じる。 実際、弁財天にお参り後、坂を登り返してみると確かにキツイ。
どうしようかと思っていると、源氏山公園への入口に至る少し手前左側に山に入る道があったので、 もしかしたら銭洗弁財天に通じる道かもしれないと思い、その道に入ってみる。
すると、思った通り、左下に弁財天を見ながらの山道が続き、やがて銭洗弁財天から佐助稲荷神社へと至る道と合流する。 その合流点から左に階段を下りていけば、弁財天である。
再び山道を戻り、先程の車道に合流する。やや、奇をてらった感は否めないが、当日はこの山道を辿って戻る方が面白いし、 また少し傾斜が楽なような気がするのでこのルートを採用することにする。

源氏山公園への入口には 12時13分に戻り着く。
再び公園内の遊歩道を辿り、源氏山公園案内図のある所から左に折れて化粧坂へと向かう。時刻は 12時14分。
道はすぐにコンクリート道から土の道に変わり、やや足下の悪い坂道となる。ここは化粧坂切通と呼ばれており、 鎌倉七口 (三方を山に囲まれた鎌倉に入るための 7つの陸路入口。朝比奈切通、名越切通などがある。) の 1つで、 武蔵国からの入口であったようである。
この化粧坂の名は、『 平家の大将の首を化粧して首実検したため 』 とか、『 木が多いので 「 木生え坂 」 から転じた 』 など諸説あるようだが、 Wikipediaでは 『 「 けわい 」 は身だしなみを整えるという意味に使われており、「 都市 」=「 ハレの場 」 に入る境で 「 身だしなみを整える 」 と言う意味で 「 ケワイ (化粧) 坂 」、つまりは鎌倉との境界である坂との意味 』 との説を押しているようである。

ここは、名越切通のような両側を崖に囲まれている訳ではないが、当時の雰囲気が十分残るなかなか味わいのある坂道である。
ただ、この周辺に道の痕跡はいくつもあるようなので、この道が鎌倉時代のルートであったかどうかは定かではないようである。
水が少し染み出ていて滑りやすい、Sの字状の坂を下る。途中、ほぼ 1枚岩の斜面が続くようになるが、これは鎌倉で多く見られる凝灰質砂岩であろう。
水分が多い場所ということもあってか、岩には苔むした部分も多く見られる。当日のメンバーを考えると、この下りは少々苦労しそうであり、 ここは下りに使うよりは登りに使った方が良いと思われるが、距離は短いので何とかなろう。

坂が終わると車道となり、右手が山、左手が民家といった中を進む。
途中、右への道が分かれる角のところに多くの文字が刻まれた石碑があり、よく見るとその上部にも何やら石碑がある。 この石碑が何を意味するのか分からなかったのだが、帰宅後調べると、藤原景清 (平景清) が幽閉された土牢跡とのことであった。
景清は平家に仕えていた悪七兵衛 (あくしちびょうえ) の異名を持つほど勇猛な武士で、源氏方の美尾屋十郎の錣 (しころ) を素手で引きちぎったという 「 錣引き 」 が特に有名とのこと。
『 景清 』 (かげきよ) として歌舞伎十八番のひとつにもなっており、景清が鎌倉の土牢を破ることがハイライトとなっているようだが、 その土牢がこの場所であるかどうかは定かではない。

やがて道は丁字路に突き当たるので、左に曲がって次の訪問地である海蔵寺へと向かう。時刻は 12時20分。
この道は車道であるが、左側がカエデの並木になっているので、紅葉の時期にはかなり楽しめそうである。
少し進むと、突き当たりに海蔵寺の山門が見えてくる。時刻は 12時23分。
山門へは 15段ほど石段を昇らねばならないのだが、両側からの萩が石段を覆い隠さんばかりの状態で、9月の花期にはさぞかし見事なことであろう。
石段を昇って境内に入るとすぐに本堂が見える。そして右手には鐘楼があり、鐘楼の後方、本殿の右には庫裡が見えている。
一方、左手の方には仏殿が建っており、中を覗くと、薬師如来三尊像が祀られているが、その中央に位置する薬師如来坐像は鎌倉十三仏の一つとのことである。

また、本堂の左にある崖には 4つのやぐらがあり、そのうちの 1つには赤い鳥居が建っていて、翁の体に蛇が巻きついた姿をしている宇賀神が祀られている。
そして、やぐらの横を進んで本殿の裏手を覗いてみると、庭園を見ることができる。残念ながら庭園は非公開であり、 このように横から覗き見するだけであるが、それでもその見事さを十分に知ることができる。
海蔵寺の見所はこれだけではない。仏殿の左側にある小道を進み、岩を刳り貫いたトンネルを抜けて右手に進んでいくと十六井戸に至る。
この十六井戸は、岩窟の中に直径 70cmの穴が縦横 4つずつ合計 16個並んでいて湧き出た水を湛えているもので、 さらには岩窟の中央に観音菩薩像、そしてその下に弘法大師像が安置されている。これは一見の価値があるものである (拝観料100円也)。

十分満足して 12時35分、海蔵寺を後にする。
歩いてきた道を戻り、先程の化粧坂からの道を右に見て先へと進んでいくと、やがてJR横須賀線が見えてくる。
英勝寺や最初に訪れた壽福寺は線路の手前を右に曲がるのであるが、ここは真っ直ぐ進んで線路の下を潜る。
すぐに左に分かれる道が出てくるが、その角のところに 『 岩船地蔵 』 を祀った六角形のお堂が建っている。時刻は 12時43分。
このお堂は源頼朝の息女 大姫の守り本尊とされる石造地蔵尊 (岩船地蔵) を祀っているものである。
大姫は、人質として鎌倉へ来ていた木曽義仲の嫡男 義高と馴染んでいたが (義仲は大姫の名目上の婿として義高を頼朝に差し出した)、 頼朝は近江粟津で木曾義仲を殺害した後、人質である義高も殺害してしまったのである。
大姫はこのことに大きな精神的ショックを受け、その影響は生涯癒えずに 20歳の若さで亡くなったとのことであり、 この姫の哀れな死を悼んでこの岩船地蔵に大姫の守り本尊を祀ったものである。
なお、木曽義高の墓は今年 5月の鎌倉散策時に訪れた常楽寺の裏山にある。
また、お堂にあるのぞき窓を覗くと木造の地蔵尊が見えるが、大姫の守り本尊である石造地蔵尊は見ることはできない。

さらにまっすぐ進んでいくと、左に分かれる道の先にやぐららしきものが見えている。
当日のコースには入っていないが、興味を引かれたのでそちらに進んでみると、草木に覆われた崖のところに 2階建てのやぐらがある。
時刻は 12時47分。
1階部分のやぐらには格子の木製扉がつけられており、相馬師常 (そうまもろつね) の墓所とのことである。
相馬師常は鎌倉時代の武将で、源頼朝の奥州征伐では父 常胤 (つねたね) とともに従軍して武勲をあげ、「 八幡大菩薩 」 の旗を賜ったとのこと。
中を覗いてみると、宝篋印塔や五輪塔が安置されている。鎌倉には墓としてのやぐらが沢山あるものの、そのほとんどが誰の墓所か分からない中、 このように被葬者が明確なものは珍しいとのことである。
ついでに師常のやぐらの左手にある階段にて 2階部分に昇ってみると、そこには石仏や石碑が置かれていたが、こちらは比較的新しいもののようである。
なお、やぐらはこの 2つだけではなく、周辺にもいくつかのやぐらを見ることができる。しかし、駐車場の裏手のやぐらは物置の様になっているなど、 他は少々荒れ気味である。

12時50分にやぐら群を後にして先程の道へと戻る。やがて道が細くなるが、 目差す寺へはその細くなる道の手前を左に曲がっていく。
住宅街の中を進んでいくと、やがて道の左手に 『 浄光明寺 』 の石碑が見えてくる。時刻は 12時53分。
左に曲がって参道を進み、こぢんまりとした山門を潜る。左手に客殿そして庫裡があり、右手には不動堂と鐘楼がある。
となると、仏殿はということになるが、仏殿は境内の奥の一段高い所にある。そこに至るために、正面にスリ減って、苔むした石段があるがここは進入禁止となっているため、 右手から昇って行く。
しかしそちらの階段も昇りきった所でそれより先には進めない。後で調べると、仏殿 (阿弥陀堂) は木、土、日、祝日のみ拝観可能とのことで、 この日は生憎 水曜日であったために中には入れなかったという次第である。
考えたら、本番当日も拝観可能な曜日ではないので、遠くから眺めるだけということになる。
なお、仏殿は市指定の文化財で 1668年の建立とのことである。

12時59分に浄光明寺を後にして辿ってきた道を戻る。岩船地蔵まで戻った所で、 ついでといっては失礼だが、当日の予定にはない薬王寺へと向かうべく右に道をとる。こちらはすぐに道の左側に見えてくる。時刻は 13時4分。
左に曲がり、民家の間の道を緩やかに登っていくと薬王寺の境内であるが、そこに山門はなく、普通の民家のような門が建っている。
この薬王寺の創建は 1293年で、江戸時代には徳川家ゆかりの寺として栄え、一時は三千坪ほどの境内に五重の塔や諸堂が造営されるほど大きな寺であったとのことであるが、 1720年の火事で焼失。その後、さらに明治の廃仏毀釈にて荒廃したものの、大正から昭和にかけて第五十世 海榮日振上人、第五十一世 大埜茲稔日照上人が再興に尽力され、 現在の状況を整えたとのことである。

本堂前にはソテツ (と思う) が左右に植えられていてエキゾチックな感じを醸し出しており、 寺にその種の木があることに物珍しさを覚える。
また、本堂右手には徳川三代将軍 家光の弟である駿河大納言忠長の供養塔が立っており、当然、供養塔には葵のご紋が刻まれている。
本堂の左から裏手の山に登ると、階段の先に観音堂が建っている。元々は釈迦堂であったのだが、観音菩薩像をお迎えしたことに伴い観音堂に改称したとのことである。
その観音堂の裏手は垂直に切り立った崖になっており、そこにはやぐらがあって多くの石像が安置されている。

再び岩船地蔵へと戻り、JR横須賀線のガードを潜った後、今度は左に道をとってJR横須賀線沿いに進む。
最後の訪問地 英勝寺、そして本日最初に訪れた壽福寺へと向かっているのだが、英勝寺に至る手前、道路右側の斜面にやぐらがあり (その隣には稲荷神社もある)、 そこには小さな層塔 (三重の塔や五重の塔など、幾重にもかさなった高い塔) が安置されている。
聞くところによると、ここは 『 十六 (いざよい) 日記 』 の著者である阿仏尼の墓とのことである。時刻は 13時14分。
なお、『 十六日記 』 とは、阿仏尼の実子である藤原為相と継子の為氏との領地相続争いの訴訟のために、弘安2年 (1279年)、 阿仏尼が京都から鎌倉へ下った際の旅日記と鎌倉滞在中の記録である。
これが阿仏尼の墓とは確定していないようであるが、層塔の基部には 『 阿佛 』 の文字が刻まれており、 実子 冷泉為相は先程訪れた浄光明寺に眠っているので、やはりこのやぐらは阿仏尼と何らかの関係があることは間違いなかろう。

阿仏尼の墓から少し進むと、右手に白っぽい塀が続くようになり、塀際を少し進むと教会を思わせるような両開きの金属製門扉が現れる。
縦格子の門扉自体は白く塗られており、両扉の中央部分には緑色をした徳川家の三葉葵紋と黄色い太田 (道灌) 家の桔梗紋を組み合わせた意匠のものが配されている。
ここが英勝寺の通用門で、惣門はもっと先にあるのだが閉鎖されており、英勝寺にはこの門扉の横のくぐり戸から入ることになる。
この英勝寺は、太田道灌の曾孫 康資の娘であり、家康の側室の一人となったお勝の方 (家康の死後に出家し英勝院と号す) が、 三代将軍 家光から寺地としてこの地を賜り、菩提寺としたのが始まりで、1636年創建された現在鎌倉 唯一の尼寺である。
先に述べたようにお勝の方は太田道灌の子孫であり、また徳川家との関係も深く、さらにはこの地がかつて太田道灌の屋敷があったとされる場所であることから、 門扉の意匠も頷けるものがある。時刻は 13時16分。

受付で 300円也を支払い、順路に従って左手に進んで境内を散策する。
四季を通じて花の絶えることがないという花壇の間を通っていくと、まずはスカートを履いているような袴腰造りの鐘楼が現れる。 この様式の鐘楼は鎌倉では英勝寺にしかないとのことである。
鐘楼を過ぎると左手奥に惣門が見えてくるが、先にも述べたように閉鎖されていて通ることはできない。
道順に従い右に曲がっていくと山門の前を通ることになる。しかし、ここはそのまま通過して左奥へと向かう。
すると竹の生える斜面に洞窟が現れるが、洞窟は 2つあって奥が入口になっている。この洞窟は 『 三霊社権現 』 で、中には石仏が安置されている。 洞窟を通り抜けた後は、山門に戻って中に入る。

この山門は 1923年 (大正12年) の関東大震災で倒壊している。 しかし、幸いにして篤志家 間島弟彦氏に買い取られて葛西ケ谷にて再建され、保存されていたのであるが、 その地が住宅開発されることになったのを契機に、2001年に英勝寺が買い戻して復興工事を行い、 2011年5月に落慶供養が行われたものだそうで、国の重要文化財になっている。
なお、山門の鬼瓦に相当する部分 (瓦ではない) には葵のご紋が見られる。
山門を潜ると正面に仏殿があり、そこにあるガラス窓を開けて中を拝観することができる。
堂内には徳川家光が寄進した運慶作の本尊 阿弥陀三尊立像が安置されていて黄金色に輝いている。
これだけでも素晴らしいが、他に両面透かし彫りのボタンの花があしらわれている唐門 (祠堂門)、 日光東照宮を小さくしたような祠堂 (トタン葺きの建物の中に入っていて保護されている) など見るべきものが沢山ある。
加えて、境内の奥には昨年訪れた報国寺のように散策できる竹林もあり、見所満載である。

すごく得をした気分になって 13時31分、英勝寺を後にする。
道路を壽福寺、鎌倉駅方面に進んで行くと、英勝寺の白い門が終わりとなった所に英勝寺惣門が現れる。
惣門を過ぎて少し進めば壽福寺で、折角なのでもう一度境内に入り、北条政子の墓を見に行く。時刻は 13時33分。
中門の前を左に曲がり、道の出たところですぐに左に曲がって道なりに進んでいくと、先程の岩を刳り貫いて向こう側に抜けられる穴があり、 その先で先程の切通を経て源氏山へと向かう道が左に分かれる。
ここはそのまま真っ直ぐ進んで墓地の中を登っていくと、突き当たりの崖の 1つに北条政子の墓と言われるやぐらが見つかる。 やぐらの中には五輪塔が置かれている。

その北条政子の墓から少し間を空けた右側には政子の第四子で次男 (源頼朝としては第六子四男) である鎌倉幕府第三代将軍 源実朝の墓 (こちらもやぐら) がある。 政子の墓と同じように、こちらも中に五輪塔が置かれている。
源実朝は、鶴岡八幡宮にて兄 頼家 (第二代将軍) の子である公暁に暗殺され、わずか 28年の生涯を終えており、 また、これによって鎌倉幕府の源氏将軍は断絶したのである。

墓所を後にして、再び切通を確認した後、13時48分に壽福寺を後にする。
鎌倉駅に向かい、途中 『 今小路踏切 』 にてJR横須賀線を渡って小町通りに至る。時刻は 13時52分。当日はここで解散の予定である。

さて、下見が終わったので、駐車場まで歩いて帰るべく、小町通りを左に曲がって鶴岡八幡宮前へと向かう。
県道21号線に入って鶴岡八幡宮の横を通り、14時4分に建長寺の前を通過する。さらにはJR横須賀線 第三鎌倉道踏切の手前を右折して県道21号線を離れ、 円覚寺、北鎌倉駅方面へと進み、途中で右折して明月院方面へと向かう。
そう、以前は駐車場まで県道21号線を歩き続けたのだが、今回は 5月に登った六国見山経由にて戻るつもりである。
明月院の前を 14時14分に通過。そのまま道なりに進み、14時19分に六国見山登山口へと続く私道へと入る。
そして、六国見山の登山口には 14時23分に到着し山道に入っていく。

六国見山の三角点を 14時28分、稚児の墓を 14時32分にそれぞれ通過し、展望台には 14時33分に登り着く。
この日は生憎雲が多く、富士山を見ることはできないが、本日登った源氏山はよく見えている。
そのまま 5月に通った山道を辿り、大船高校横のロータリーには 14時40分に下り着く。
ここから大船高校の裏手を進み、切通を通って熊野神社、多聞院の脇に下りたのが 14時46分。
後は、車道を進み、常楽寺の前を 14時55分に通過、そして駐車場には 15時丁度に戻り着いたのであった。
しかし、本日は家を出て以来ここまで水分補給のみ。本当に腹が減った。

本日は 12月に予定している恒例の鎌倉散策の下見を行ったが、山に行けなかった分、 その鬱憤 (山行を回避した自分に対するもの) を晴らすべく歩くことに徹した 1日であった。
しかし、この下見の後にこの記録を書いてみると、『 底脱 (そこぬけ) の井 』 など、見落としたものが多々あることに気付いたのであった。
下見にはまだ時期が早かったこともあり、見落としを補うべく、本番が近づいた時点で再度下見を行おうと思う。
それにしても鎌倉は奥が深い。


漸く大弛峠−甲武信ヶ岳間を歩く  2017.10 記

9月13日(水)、19日(火)と 2週連続でトライしようとした大弛峠からの甲武信ヶ岳ピストン登山であるが、 いずれも倒木や林道通行止めにより大弛峠まで行くのを阻まれ、やむなく他の山域に回ることになったしまった。
こうなると意地でも登りたくなってくるが、9月も末ともなると色々な用事があってなかなか都合がつかず、さらには 10月初旬も予定が立て込んでいるため、 避けたかった土曜日 (30日) しか山に行ける日がなくなってしまう。
土日を避けたい理由は、山中に人が多くなるためであるが、加えて駐車場所の確保も懸念材料で、特に手軽に金峰山や国師ヶ岳に登ることができる大弛峠は間違いなく混雑するはずである。

という訳で、大弛峠に駐車場所を確保するため相当早い時間に家を出ねばならないことにやや憂鬱な気分でいたところ、 ふと土日ならではの大弛峠へのアプローチ方法があることを思い出す。
それは、土日に限って山梨の栄和交通が行っている塩山駅北口から大弛峠までの予約バス運行のことであり、早速 その内容をネットで調べてみると、 塩山駅北口出発が 7時30分、途中 柳平にて乗合タクシーに乗り換えて大弛峠到着は 8時50分、そして料金は 1,800円とのことであった。

大弛峠からの甲武信ヶ岳往復は、帰りの国師のタルから国師ヶ岳への登り返しが標高差 460mもあるため、 疲れている身体にとってかなりの難関になることが予想されて怯むところがあったのだが、 甲武信ヶ岳から西沢渓谷の方に下れば、この問題は解決される訳である。
ただ、この方法にも難点があって、西沢渓谷の最終バスが 16時25分であるため、大弛峠を 9時近くに出発するのでは、 小生の今の体力を考えると到底間に合いそうもないということである。
まあ、ここは少し費用がかかるものの、西沢渓谷からタクシーを使うことにして、早速ネットにて予約を入れる。

9月30日(土)、5時30分過ぎに横浜の自宅を出発する。
いつも通り、横浜ICから東名高速道下り線に乗り、海老名JCTにて圏央道へと進んだ後、八王子JCTからは中央自動車道に入る。
天候の方は雲が多く、途中、岩殿トンネルと大月トンネルとの間から見えた富士山も白くボーッとした感じである。
勝沼ICにて高速を下り、これまたいつも通りのルートを進んで国道411号線に入り、赤尾の交差点にて左折すれば、やがて塩山駅南口で、 その先、塩山駅西の交差点を左折してタイムズの駐車場に車を入れる。時刻は 6時50分。
まだ十分に余裕があるので、車内で朝食をとり、その後 塩山駅のトイレを借りた後、身支度をして駐車場を出発する。

再び塩山駅まで行き、高架橋を通って北口に下り、所定の場所にて予約のバスを待つ。
小生は列の 4番目であったが、少し経つと小生の後ろにも人が並び始め、合計で 30人ほどの列ができたのであった。
ネットの情報からバスが来ると思っていたのだが、やって来たのは芦安−広河原間を結ぶ乗合タクシーと同様の 9人乗りワンボックス車で、 嬉しいことに定刻前に出発となる。ただ、出がけに少々トラブルがあり、先頭の車両だったにもかかわらず最後の出発となってしまう。
さて、大弛峠までどのようなルートをとるのか大変興味があったのだが、小生がいつも使っている県道219号線には入らず、 国道140号線の牧丘トンネル南の交差点を左折して県道206号線に入り、途中から林道に入って (道はそのまま) 焼山峠を越えた後、 琴川ダムのある乙女湖へと下って柳平に至ったのであった。
その柳平の丁字路を左折すれば、大弛峠に至る川上牧丘林道に入り、右に曲がればいつも使っている県道219号線である。

成る程、このようなルートがあったのかと感心したが、 例え 9月13日の倒木による県道219号線通行止めの際にこのルートを知っていたとしても、 通行止めの場所から回っていくにはかなり時間がかかる訳で、やはり雁坂嶺、破風山に目的地を変更して正解であったと思う。
乗合タクシーは順調に林道を進み、大弛峠には 8時30分過ぎに到着。予定よりもかなり早いが、これは最初から乗合タクシーだったために柳平での乗り換えがなく、 そのまま大弛峠に直行してくれたことが大きい。

身支度をして 8時37分に出発する。
この時間、大弛峠周辺は車で一杯の状況。路駐の車も多く、その列が峠のかなり下まで続いていたのであった。やはり土日は大変混雑するようである。
金峰山方面の取り付き口まで進み、そこにある登山ポストに登山届を入れた後、踵を返して国師ヶ岳方面へと向かう。
準備中の札の掛かる大弛小屋の前を通過し、シラビソの樹林帯に入る。
先日の天狗岩登山で経験したように、ここからは丸太の横木、階段、そして桟橋が連続し、地面を踏む機会がほとんどない登りが続く。

天候の方は、薄曇りながら天狗岩の時よりもかなり良い状態で、 金峰山+五丈岩、鉄山、朝日岳は勿論のこと、朝日岳の右後方には八ヶ岳、そして金峰山の左方には甲斐駒ヶ岳、鋸岳も見えている。
さらには、鋸岳の右後方、金峰山との間にはうっすらとではあるものの中央アルプスも確認できる。
そして、時々樹林越しに見える展望は進むに連れてその見える範囲を広げ、仙丈ヶ岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳も見えるようになり、 農鳥岳の左後方には塩見岳も確認できるようになる。
また、北岳の手前下方には薬師岳、観音岳、地蔵岳の鳳凰三山が並び、地蔵岳の右には高嶺、そして高嶺の右後方には小太郎山も見えている。
さらには、緑の中に赤や黄色に色付き始めた木々が見られる北奥千丈岳の右後方には富士山も見えるようになり、気分良く登っていく。

前国師が近くなると、さらに展望は広がり、塩見岳の左には悪沢岳 (荒川東岳)、 赤石岳、聖岳、上河内岳が見え、少し間を空けた左方には笊ヶ岳の双耳峰も確認できるようになる。
前国師到着は 9時10分。ここからは北東の方向に三宝山を見ることができたのだが、その隣の甲武信ヶ岳は雲に隠れてしまっている。
北奥千丈岳への分岐となる三繋平を 9時15分に通過し、国師ヶ岳には 9時20分に登り着く。
ここからは富士山、北奥千丈岳、金峰山の他、塩見岳から鋸岳に至る南アルプスを見ることができる。
9時22分に国師ヶ岳を後にして先へと進む。天狗岩への分岐を 9時29分に通過し、ここからはいよいよ未知の領域に入ることになる。

暫くはシラビソの林の中、ほぼ平らな道が続くが、一旦下りに入るとそこからはずっと下りが続くようになる。
無論、途中で平らな道も出てくるが、これは階段の踊り場のようなもので、すぐにまた下りが続く。
展望の方はほとんどなく、ずっとシラビソの樹林帯の中を下る。先程の天狗岩の分岐までは、右手に雲海に浮かぶ富士山をチラチラ見ることができたので、 こういった状況がずっと続くのかと期待していたのだが、展望の無い、ひたすら下る道が続くので少々ガッカリである。
ただ、たまに右側が開けた場所があったので、本来ならば富士山が見えるのかもしれないのだが、この頃には雲がかなり上がってきており、 右側はほぼ真っ白な状態となっていて、辛うじて黒金山を見ることができるだけであった。

また、この道は倒木が多い。ほとんどの倒木は人の手で鋸が入れられているのだが、 先日の台風によるものであろうか、倒れたばかりと思われる、生木剥き出しの倒木も数多く見られるようになる。
とは言え、道は明瞭、ピンクテープもしっかりと付けられているので、歩くのに心配は全くいらない。
時々登りも現れるものの、下りメインの道が続く。展望がない中、黙々と下り続け、同じようなシチュエーションの連続に嫌気が差し始めた頃、 漸く国師のタルに到着する。時刻は 10時33分。

ここまでの状況を思い返すと、甲武信ヶ岳に登った後、復路にてここから国師ヶ岳まで登り返すのはかなりのハードワークであることを実感する。 費用はかかるものの、西沢渓谷に向かうことにしたのは正解だったとつくづく思う。
加えて、とにかく天狗岩への分岐からこの国師のタルまで全く面白味のない道であり、2回もお預けを食っただけに期待が高かった分、 落胆も大きいといったところである。
とは言え、あまりけなしてばかりでは申し訳ない訳で、下草がほとんどない代わりに道の両脇を苔が囲み、さらには苔むした倒木や岩、 そしてシラビソを中心とした樹林帯は、奥秩父らしさを十分に感じさせてくれるものである。

なお、このルートではほとんど人に会わないかと思っていたのだが、 さすがに土曜日ともなるとこの道を辿る人もおられ、途中で抜いた方が 7人程、擦れ違った方が 3人であった。
なお、全員に聞いた訳ではないのだが、甲武信ヶ岳方面に進んでいる方々は本日 甲武信小屋に泊まる予定であり、 擦れ違った方々は前日に同小屋に宿泊されたようで、小生のように西沢渓谷まで下る方はいないようであった。

国師のタルからは、アップダウンを繰り返しつつ徐々に高度を上げていくことになる。
国師のタルの標高は 2,130m程、甲武信ヶ岳の標高は 2,475mなので然程の高度差はないが、 途中に東梓 (2,271.6m)、両門ノ頭 (2,263m)、富士見 (2,373m)、水師 (2,396m) といったピークがあり、 そのピークと鞍部との差は 80〜150m程あるため、かなり厳しい。
しかも、この後、ほとんど展望の無い樹林帯が続くことがこの国師のタルまでの状況から想像できるため、テンションが上がらない。

国師のタルから早速 登りが始まる。倒木を越えて小さな高みに登り着くと、そこから少しの間 平坦な道が続き、その先から下りに入る。
ここで嬉しいことに、樹林の隙間から木賊山、そして目差す甲武信ヶ岳が見えた。意外に近く見えるが、これは谷越しに直線的に見ているからであり、 登山道の方は 『 へ 』 の字を描くように北側を回っていくので、歩く距離はまだまだ長いことになる。
なお、甲武信ヶ岳、木賊山ともその山腹のガレ場がよく目立つ。
道の方は平坦な道、登りというパターンを繰り返しながら徐々に高度を上げていく。
やがて稜線の少し左下を進む様になるが、少し登れば展望が得られそうなので、道を外れて少し登ってみる。 すると、思った通り、そこからは甲武信ヶ岳、木賊山を遮るもの無く見通すことができたのであった。
2つの山の後方に青空はなく、白い幕が張っているようであるが、周辺に雲が漂っていないのがありがたい。
また、甲武信ヶ岳、木賊山の連なりの手前、すぐ目の前に三角形の山が見えている。もしかしたらこれから登る東梓かもしれない。

ここからは樹林帯の中、再び展望の無い道が続き、登りに入った後、すぐに下りとなるなど、アップダウンが続く。
またまた登りに入った際、途中に大きな倒木があって道が塞がれる。まだ緑の葉が多く残る こんもりした木のため、先の道が分かりにくい。
当初、右側から木を避けようとしたところ、通るのが難しくて左から巻くことにしたのだが、左側も元の道に戻るのに少々苦労する。
さらに斜面を登り続け、着いた所には標柱があったのでここが東梓かと思ったのだが然にあらず、ここは地図上の 2,224m地点のようである。 時刻は 10時54分。
すぐに下り斜面に入り、その後も小さなアップダウンを繰り返しながら進む。途中、振り返ると、樹林越しに北奥千丈岳方面が見える。
さらに緩やかに登っていくと、幹の途中に幹の太さの 2倍ほどもあるコブを有した木が現れる。コブは木にできたキズを木自身が修復した痕と言われているが、 それにしてもこのコブは大きい。

道はやがて長い登りに入り、倒木を避けながら登り続ける。
周囲は常緑樹が多いものの、所々に葉を黄色に染めた木々が見られ、秋を感じさせてくれる。
再び樹林越しに北奥千丈岳、国師ヶ岳方面が見え、続いて朝日岳が見えてくる。朝日岳から右に下る稜線の後方にはチラリと山が見えているが、 金峰山かもしれない。
もし、金峰山とすると、国師ヶ岳付近では朝日岳の左後方に見えていた金峰山が、今は朝日岳の右後方に見えていることになり、 道がかなり北側に進んで来ていることが分かる。

さらに登りは続き、新しい倒木を避けて進んで行くと、傾斜は徐々に緩やかになり、やがて樹林に囲まれた小スペースに登り着く。
傍らの木には 『 東梓 』 と書かれた標識が掛かっている。時刻は 11時16分。
地図ではここに三角点があるはずなのであるが、三角点があるべきと考えられる場所にはいくつかの小さな露岩があるだけで三角点は見つからない。
展望も全く得られないのでここは通り過ぎるだけにして先へと進む。途中、樹林越しにチラリと黒金山が見える。
道は小さく下った後、いくつかのアップダウンを繰り返し、その後また下りに入る。
国師のタルのような平らな所に下り立った後、道は再び登りに入るが、途中に踊り場が現れて一息つけるのでそれ程キツクは感じない。

段階を踏みながら徐々に高度を上げていくと、周囲にシャクナゲが多く現れるようになり、 その先で樹林がポッカリと切れて明るい尾根の上に飛び出す。ここは岩場になっており、展望は抜群、恐らく 『 両門ノ頭 』 であろう。時刻は 12時5分。
歩き始めてから 3時間以上経っており、さすがに疲れと空腹を覚えたので、岩に腰掛けて休憩する。
ここは足下が絶壁となっており、それ故 先程述べたように展望が大きく開けている。
右手を見れば、北奥千丈岳、国師ヶ岳が大きく、その右には朝日岳が続いている。 朝日岳から右に下る稜線の後方には先程見たように山が少し顔を出しているが、目を凝らすと、そこに五丈岩らしき突起が確認できるので金峰山であることが分かる。 やはり先程の推測は当たっていたようである。

また、国師ヶ岳からこちら側 (北北東) へと向かってくる尾根を目で追えば、 先程その頂上を通過した東梓が目立ち、さらには そこからここまで尾根が Z字型となって続いて来ているのが良く見える。
北奥千丈岳の左に目を移せば、黒金山、牛首が見え、黒金山の右後方には雲に飲み込まれそうではあるものの富士山が見えている。
そしてさらに目を左 (東) に向けると、木賊山が大きく、その左に本日 目差す甲武信ヶ岳が見えている。 残念ながら甲武信ヶ岳は、水師から東に派生していると思しき尾根に隠れ気味であるものの、丸い頂上はしっかり見ることができる。
こちらから見ると、甲武信ヶ岳に登った後の木賊山への登り返しがキツそうである。

素晴らしい景色を眺めながらユックリと休憩し、12時18分に先へと進む。 断崖絶壁に沿って少し進み、左に折れて再び樹林帯へと下る。
緩やかに下るとすぐに登りとなるが、ここも先程までの道と同様、平らな踊り場を間に挟みながら徐々に高度を上げていく。
また、この辺は出来たての倒木が多く、それを乗り越えたり、迂回しながら進んで行く。
やがて、傾斜は緩み始め、倒れて間もないと思われる木の下を潜っていくと、『 富士見 』 頂上に飛び出す。時刻は 12時49分。
ここも樹林に囲まれていて展望は無い。道の方はここで右に直角に曲がることになっているので、間違って真っ直ぐ進んでしまわないようにとの配慮であろうか、 正面にはロープが張られている。

道は狭い頂上から右に折れ、すぐに下りに入る。
この下りでは周囲にシャクナゲが多く見られるとともに、シラビソなどの木も細くなり、富士見までの登りとは少し雰囲気が変わる。
左右が苔に覆われている溝状の道をほぼ一直線に下る。
周囲のシラビソが再び太くなってくると、道はほぼ平らになるものの、すぐにまた下りに入る。
やがて、前方 樹林越しに水師と思しき高みが見えてくるが、かなり高く見え、疲れを覚え始めたこともあって少々挫けそうになる。
富士見の高さは 2,373m、水師は 2,396mとほぼ同じであるが、この 2つのピークの鞍部の標高は 2,260m程なので、 110m程下って 140m程登ることになり、終盤に来てのこの登りはかなり応える。
このような状況であるから、もし本日 甲武信ヶ岳のピストンを選択していたら、国師のタルから国師ヶ岳への登り返しはかなりの苦行になったことであろう。
本日下って来たあの斜面を思い返してゾッとするとともに、大弛峠からの一方通行にして良かったと心底思ったのであった。

道はやがて水師への登りに入る。最初は緩やかな登りで、道は密に生えているシラビソの中を進んで行く。
この辺はシラビソが整然としてなかなか美しい。と思ったら、傾斜がキツクなるに連れて倒木も多くなり、またシラビソの幼木が通行を邪魔して少々煩わしくなってくる。
やがて、足下に岩が多く見られるようになり、その中を息を切らせつつ 10分程登っていくと、漸く傾斜は緩み始める。
足下も土の道に変わり、周囲にシャクナゲが多く見られるようになると、テントが一張り設営できそうな水師の頂上に到着する。 ここも樹林に囲まれていて展望はない。時刻は 13時24分。

露岩の上にザックを置き、立ったまま休憩してノドを潤し、13時27分に先へと進む。
少し下って行くと、道は樹林帯を抜け、展望の良いザレ場を通過する。時刻は 13時30分。
ここからは正面に黒金山、そしてその後方に富士山が見えるが、いずれも湧き上がってきた雲にほとんど隠れ気味である。
なお、先程 両門ノ頭では黒金山の右後方に見えた富士山が、今は左後方に見えているので、『 へぇ− 』 と思ったのだが、 よくよく考えたら、この縦走路と黒金山との距離は近く、一方で富士山はかなり遠くにあることから不思議でも何でもない。
そして、黒金山の左手には甲武信ヶ岳、木賊山が大きく見えている。目的地がかなり近づいてきていることがよく分かる一方、 まだまだ高さを稼がねばならないことも明白で、少しため息が出る。

道は再びシラビソの樹林帯に入り、緩やかに下って行ったかと思うと、すぐに登りに入る。
先程の富士見と水師の間のように、一旦大きく下ることがないようなのでホッとする。しかし、終盤になっての登りはやはり少々キツイ。
やがて、千曲川源流、そして毛木平へと至る道との分岐点に到着する。時刻は 13時39分。
過去に毛木平から甲武信ヶ岳に登っているため、ここからは一度通った道となり、ついに未踏区間はここで終わりということになる。
感慨深いと言いたいところであるが、先にも述べたように国師ヶ岳からここまでの道は、少し期待外れ。 展望のほとんどない、樹林帯の中のアップダウンの連続であって、ルートとしてはあまり面白くない。
2回トライしていずれも諸事情で拒まれたため、期待だけが大きく膨らんでしまっていたようである。

この分岐からの道は、途中に踊り場をいくつも挟みながら高度を上げていく。
甲武信ヶ岳から西に派生する尾根の北側を進んでいた道は、やがて尾根上に登り着き、前方 樹林越しに木賊山、甲武信ヶ岳が見えるようになる。
しかし、まだまだ距離があり、樹林帯の中の登りが続く。足下には岩が多くなり、合わせて登山者も多くなってくる。
息を切らせつつ登り続けていくと、やがてシャクナゲの中を通り抜けたところで、ついに甲武信ヶ岳の西側斜面下に飛び出す。
見上げれば、嬉しいことに甲武信ヶ岳の後方には青空が広がっている。天候が急回復したのであろうか。

ここからはガラ場の登りであるが、先にも述べたように人が多く、なかなか先に進めない。
団体さんのご厚意で先に進ませてもらい、足下の岩を崩さないように慎重に進み、13時57分、甲武信ヶ岳頂上に到着する。
ここからの展望は素晴らしく、やや雲が多いこの日でも、それなりに多くの山々を見ることができる。
まず南の方角には、今にも雲に飲み込まれそうな黒金山が見えている。その左後方に富士山も見えているのであるが、雲が上がってきていて、 今や頂上が少し見えるだけである。
黒金山の右には北奥千丈岳、国師ヶ岳へと続く尾根が延びており、その途中にトサカ、ゴトメキといったピークが確認できる。
ゴトメキから右に緩やかに下る稜線は白檜平 (しらべだいら) と思しき鞍部へと下った後、途中に奥千丈ヶ岳のピークを経て北奥千丈岳、国師ヶ岳へと上っていく。

国師ヶ岳の右には朝日岳が見え、その 2つの山を結ぶ稜線の後方にはうっすらと農鳥岳、間ノ岳、北岳の白根三山が見えている。
そして、朝日岳から右に下っていく稜線の後方には金峰山が見えており、金峰山の右後方にはうっすらとではあるものの仙丈ヶ岳が少しだけ姿を見せている。
仙丈ヶ岳の右には甲斐駒ヶ岳、鋸岳、編笠山 (南アルプス) が続き、さらに、編笠山の後方には、一段と薄いシルエットながらも空木岳、 木曽駒ヶ岳といった中央アルプスも確認することができる。
そして、朝日岳から右に下った尾根の後方からは別の尾根が立ち上がり、鈍角三角形をした小川山へと至っている。

小川山の稜線が右に下って行く後方からは八ヶ岳が立ち上がっているが、 左から編笠山、権現岳、赤岳までは確認できるものの、さらに右側の横岳、硫黄岳付近には雲が掛かっていてその頂上部分を見ることができない。
その右側も雲が多いものの、硫黄岳の右にある根石岳、西天狗、東天狗だけは雲が切れてその頂上を確認することができる。
しかし、さらに右側の北横岳、蓼科山などはその頂上部分を雲が覆っている。

また、蓼科山があると思しき付近の手前側下方には男山、天狗山、御陵山 (おみはかやま) が良く見え、 その稜線が右に下って行く後方には御座山 (おぐらさん) も見えている。
その御座山の手前側には、低いながらも 3つほど並ぶ岩峰が見えていて目を引くが、恐らく五郎山ではないかと思われる。
そして、さらに右側 (北側)、すぐ目の前には三宝山が大きく、その三宝山と御座山との間の後方にはうっすらとではあるが浅間山を確認することができる。
目を北奥千丈岳、国師ヶ岳へと戻せば、そこからこの甲武信ヶ岳まで続く、本日辿ってきた尾根を一望することができ、 登って来た東梓、富士見、水師といったピークが良く見えている。

こういった素晴らしい景色を見ながらユックリと休みたいところではあるが、 頂上は混み気味でとても休む雰囲気ではなかったため、すぐに甲武信小屋方面へと下る。時刻は 14時1分。
途中、緑の中に赤や黄色が混ざった山肌がなかなか美しい木賊山が大きく見えたが、本来であれば、木賊山の左後方に見える破風山や雁坂嶺は、 雲に覆われていて見ることができない。

何遍も登り下りして勝手知ったる道を下り、甲武信小屋には 14時12分に到着。ここも人が多い。
身体の方は休みを要求していたものの、混雑を避けたい気持ちの方が打ち勝って先へと進む。
が、しかし、ここから木賊山への登りは辛い。息を切らせつつ進み、やがて樹林帯を抜けてザレ場の登りに入る。
嬉しいことに木賊山の後方に青空が広がり始めていて気持ちが良いが、足の方はかなり疲れていてなかなか進まない。
喘ぎつつも何とかザレ場を登り切って振り返れば、青空をバックに甲武信ヶ岳、三宝山が見えている。 昔ガイドブックで見て憧れた定番の光景ではあるが、何度見ても心惹かれるものがある。

道の方はすぐに木賊山の平坦な山頂に辿り着くかと思ったのだが (含む希望的観測)、樹林帯に入ってもまだ登りが続き、ガッカリである。
それでも息を切らせつつ何とか登り続けていくと、やがて傾斜が緩んできて、すぐに木賊山の頂上に到着する。時刻は 14時28分。
三角点を踏み、ベンチで少々休憩して一息つく。
14時30分に出発し、ほぼ平らな道を進む。戸渡尾根の分岐には 14時34分に到着し、ここから右に道をとって戸渡尾根に入る。
暫く樹林帯を下って行くと、ザレ場に飛び出すので、ここの岩場で休憩することにする。時刻は 14時44分。
ここからは本来 富士山や国師ヶ岳方面が見えるはずなのだが、ガスが谷側から上がってきており、展望はほとんど得られない。

ユックリと休憩し、14時52分に先へと進む。
16時25分のバスには到底間に合わないのでユックリ下っても良いのだが、あまり遅くなると暗くなってしまうため、少し早足で下る。
2010年12月に雁坂峠から雁坂嶺、破風山を経て この道を下った際、終盤、暗くなったにもかかわらずヘッドランプを使用しなかったために滑って足首を捻挫してしまったことがあり、 そのことがトラウマとなって足を急がせている気がする。
樹林帯の中を黙々と下り、徳ちゃん新道、近丸新道との分岐には 15時41分に到着。ここで 3分程休憩した後、徳ちゃん新道に入る。

ここからも長い下りが続くが、とにかく黙々と下り続け、だんだん周囲が暗くなりつつある中、西沢山荘の横には 16時57分に下り着く。
後は林道歩きなのでもう問題はない。
ベンチで少し休んだ後、林道を進み、道の駅みとみには 17時23分に到着したのであった。
そこからタクシー (牧丘タクシー) を呼び、塩山駅へと向かう。タクシーの運転手は山のことを良く知っており、楽しく会話できたため、 駅まではアッという間であった。

本日は憧れ ? の 大弛峠−甲武信ヶ岳間を漸く歩くことができたのであったが、 過去に 2回トライしたものの、いずれも大弛峠へのアプローチが拒まれて達成できずにいたためか、 このルートに対する期待はかなり大きくなっていたようである。
しかし、ルート自体はほとんどが樹林帯であり、途中に大きなハイライトもなく、ただ黙々とアップダウンを繰り返すだけであったため、 少々ガッカリしたというのが本音である。
ただ、個々の山々を登るだけでなく、こういったルートを辿ることも奥秩父を知るためには必要であると感じたことも確かである。
それにしても、ルートがあまりにも単調なので、大弛峠からのピストンとしなかったのは大正解であった。
大弛峠から甲武信ヶ岳のピストン登山が、2度に渡って大弛峠まで辿り着けずに実現できなかったのは、 ある意味 体力が落ちている私に対して 山の神様が配慮してくれたのかもしれない。


またまた代替の山に大満足  2017.10 記

9月13日(水)、大弛峠−甲武信ヶ岳往復を計画して現地に向かったものの、 途中の県道219号線が倒木で通行止め状態となっていたため、やむを得ず行き先変更を余儀なくされたのであった (雁坂嶺、破風山に登る)。
こうなればやはり早いうちにリベンジを果たしたい訳で、好天が予想される 19日に再度挑戦することにする。
しかし、念のため 18日の夜に山梨県の県営林道規制情報を見ると、何と県道219号線のさらに先、柳平ゲートから大弛峠を結ぶ川上牧丘林道に通行止めの印が 3箇所程つけられていたので愕然とする。
但し、情報は台風18号を踏まえてのものなので、19日には解除されている可能性もあったのだが、問い合わせするには時間が遅く、 行ってはみたもののやはり通れないという可能性も残っているため、安全を考えてやむなく今回も計画を変更する。

土壇場での行き先変更なので対応に困り、どうしようかと考えているうちに ふと思いついたのが八ヶ岳の権現岳である。
権現岳には既に 2回登っており、特に現在 食指が動く山という訳ではないのだが、権現岳のそばにあるギボシの頂上を踏んでいないことが心残りとなっており、 編笠山や西岳からギボシの姿を見る度に、面倒臭がらずにギボシに登っておけば良かったといつも思っていたのであった。 そして今回、急遽 代替の山を探さねばならない状況に陥り、それならばギボシを目差そうと思いついた次第である。
ルートは観音平から編笠山、権現岳に登り、三ッ頭経由にて観音平に戻ってくるというものとしたのだが、 このルートはかつてこの 2つの山に登った時と逆回りなので、新鮮味も期待できると思われる。

9月19日(火)、4時過ぎに横浜の自宅を出発する。
横浜ICから東名高速道下り線に入り、圏央道、中央自動車道と進んで、小淵沢ICで高速を下りる。
途中、南アルプスは雲の中、また肝心の八ヶ岳も頂上からかなり下方にかけて雲がかかっており、テンションがグッと下がる。
小淵沢ICからは県道11号線を北上する。富士見高原への道を左に分けて暫く進むと、道の左手に 『 ← 観音平 』 の標識が見えてくるので、 その先にて左折して県道618号線に入る。後は終点まで進めば観音平である。

観音平到着は 5時58分。高速からスムーズに来ることができる場所なので、 大弛峠より遠いにもかかわらず 1時間ほど早く到着できるのが嬉しい。なお、駐車場には平日ながらも既に 10数台の車が駐車している。
さて、肝心の天候状態であるが、相変わらず雲が多いものの、徐々に青空が見え始めているので、今後の回復が期待できそうである。

車内で朝食をとり、トイレを済ませ、身支度を調えて 6時7分に出発する。
用意してきた登山届をポストに入れた後、そのままポスト脇の道を進めば良かったのだが、ふと前回と同じく三ッ頭経由にて登ってみようかとの浮気心が芽生え、 ポストよりも駐車場側にある林道のような道に入る。
右下には東屋が見え、さらには標識らしきものもあるので、この道が三ッ頭へと通じる道かと思ったのだが、すぐに右手に 『 ← 編笠山 』 の標識が現れ、 結局 当初の予定通りの道を進んでいることを知る。
そう言えば、前回観音平から三ッ頭経由にて権現岳に登った際は、もっと斜面を下っていったこと思い出す。

暫くは樹林帯の中、林道の様な平らな道が続く。やがて傾斜が始まり、カラマツの樹林帯の中を小さくジグザグに登る。
足下はササ原になっており、少々煩いところもあるので、ズボンが夜露で濡れるかと思ったのだが、幸いササは乾いているようである。
単調な登りが続くが、ほうれい線の目立つ顔を思わせる岩など、時々面白い形の岩が現れて楽しませてくれる。
足下の道は良く踏まれているものの木の根が剥き出しになった状態が続くので、滑らないように注意しながら登る。
なお、この辺からはほぼ一直線の登りが続くため、傾斜はさほどではないものの、こういった登りが苦手な身としては少々息が上がる。

傾斜がやや急になってくると、今度は足下に岩がゴロゴロし始め、少々歩きづらくなってくる。
歩き始めて 30分程経つと、樹林越しに朝日が差し始めて周囲が明るくなる。また、この頃になると、登山道の周囲に大岩が現れるようになるが、 八ヶ岳は大昔火山だったようなので火山弾あるいは溶岩なのであろう。
道は明るいカラマツ林の斜面を緩やかに登る。下がササ原のため、なかなか絵になる光景であるが、やはりほぼ直線の登りは辛い。
やがて、傾斜が緩やかになるとともに、樹相も雑木林に変わると、右手樹林越しにチラチラと高みが見えるようになる。 地形的には三ッ頭へと続く尾根と思われるが、嬉しいことにその後方に青空が見えている。 いつの間にか雲は消え、本日は快晴に向かっているようである。

道の周辺にはまたまた大きな岩が現れ始め、門のようになっている岩の間を抜けて少し登ると、小さな広場に登り着く。
ここが 『 雲海 』 で、富士見平からの道との合流点にもなっている。時刻は 6時57分。
樹林越しに東側を見ると、三ッ頭へと続いていると思しき尾根が見え、やはりその後方に雲は無い。どうやら完全に天候は快晴モードとなったようである。
さらには、『 雲海 』 から少し登って振り返ると、樹林の間に鳳凰三山が見えている。雲海の上に薬師岳、観音岳、そして地蔵岳が見え、 中央自動車道では全くといって良いほど見えなかった南アルプスの山々が、青空をバックにクッキリと見えていることに心弾む。
展望が得られるうちに早く編笠山に登り着きたいものである。

周囲にはシラビソなども見られるようになり、暫くは緩やかな傾斜の台地状の中を進む。
しかし、それも長くは続かず、道はまた登りが続くようになり、ササ原の中、岩がゴロゴロしている道を登っていく。
一旦 傾斜は緩んで一息つくが、すぐにまた岩がゴロゴロしている道の登りが続く。なお、ここからは、周囲にあれ程見られたササは全く無くなり、 道の周囲は岩と木の根、そして土と雑草に変わる。道の方は明瞭で、しっかりと赤テープが続いている。
その後またまた傾斜が緩み、少しの間、土の目立つ、緩やかな登りが続くが、その後また岩がゴロゴロした斜面の登りが続くようになる。
展望の方は全く得られず、ここは我慢しかない。

岩と木の根が入り混じった道を登り続ける。周囲にはシラビソやコメツガが多く見られるようになり、また苔むした岩も多くなってくる。
息を切らせつつ登り続けていくと、やがて傾斜が緩み始め、さらに平らになったかと思うと、足下に水の流れが現れる。『 押手川 (おしでがわ)』 に到着である。 時刻は 7時32分。
右に道をとれば、編笠山を巻いて権現岳の取り付き口となる青年小屋へと進むことができるが、ここは真っ直ぐ進んで編笠山を目差す。
なお、道の傍らにこの押手川の名の由来について書かれた標識が立っていたが、それによれば 『 その昔、ここを訪れた登山者が水を求めて手で苔を押し探したところ、 コンコンと清浄冷水が湧きでた 』 ことによるとのことである。
しかし、水を見ると、濁ってはいないもののあまり流れが無いようなので、とても飲む気にはなれない。

道の方は、再び岩ゴロの中を登っていく。まるで干上がった川床を歩いているような感じであるが、 岩には苔が多く、大雨の時以外、ここを水が流れることはないのであろう。
大岩が集まった場所を越え、さらにほぼ一直線に登り続ける。周囲はシラビソ、コメツガの林が続く。
少し平らな場所にて休憩中の 1人を抜き、さらに高度を上げて振り向くと、嬉しいことに断片的に南アルプスが見えるようになる。
まずは樹林の間に北岳が見え、さらに少し進んで振り返ると鳳凰三山、そしてその右にある高嶺が見えてくる。
こうなると、疲れた身体に少し活が入って元気が出てくる。

そして、さらに少し登っていくと、今度は背後が一気に開けた場所に登り着く。時刻は 8時4分。
ここは暫し足を止めて、南アルプスの姿を楽しむ。左方から辻山、その右に鳳凰三山、高嶺が続き、 さらに赤薙沢ノ頭、早川尾根、アサヨ峰の高みを経て甲斐駒ヶ岳へと至る稜線が良く見えている。 そして、その早川尾根の後方にはやや鈍角なピラミッド型をした北岳が大きく翼を広げており、さらには北岳の左後方に農鳥岳と思しき山も少し見えている。
また、甲斐駒ヶ岳の右には烏帽子岳、鋸岳、三角点ピーク、さらに編笠山 (目差す山と同名) が続いているのが見え、 その尾根の後方には仙丈ヶ岳が優美な姿を見せてくれている。
これらの山々の下方に雲が見られるものの、頂上を結ぶ稜線後方には青空が広がっている。今朝ほどの中央道の状況が嘘のようである。

2分程写真を撮りまくり、気分を良くして先へと進む。
道の方は相変わらず岩ゴロの状態が続くが、森林限界も近いのであろうか、見上げる先はかなり明るい。
少し登って振り返ると、今度は樹林の間から雲海の上に頭を出している富士山が見えている。
標識の所で右に直角に曲り、岩ゴロの道を登り続けていくと、すぐに短い鉄梯子が現れる。時刻は 8時17分。
そこから一登りすると再び背後が開け、富士山をスッキリと見通せるようになる。雲海のために富士山の下方、 そして左右に全く山は見えず、まさに孤峰そのものである。

周囲はシラビソなどの樹林からやがて灌木帯へと変わり始める。 振り返るとは、編笠山 (南アルプス) の右手に白岩岳も見えるようになる。
そして、周囲にハイマツが多く見られるようになると、今度は中央アルプスの一部が見えるようになり、 右から空木岳、南駒ヶ岳、仙涯嶺、越百山、安平路山などが確認できるようになる。こうなると疲れてはいるがテンションが上がり、足が進む。

そして、ハイマツに囲まれた岩ゴロの道を登っていくと、そのハイマツもやがて無くなり、岩がゴロゴロした草付きの斜面に飛び出す。
周囲の木々が無くなって遮るものなく展望が広がっているため、頂上が近いことは分かっているものの足が止まる。
ここに至る迄に見えた山々は勿論のこと、中央アルプスでは空木岳の右側の山々も良く見えるようになり、 東川岳、熊沢岳、檜尾岳、そしてさらに右に伊那前岳、中岳、木曽駒ヶ岳、茶臼山といった山々が確認できる。
さらに右には経ヶ岳、そして御嶽も見え、この素晴らしい光景に暫し見とれてしまう。

しかし、周囲に何も無いため風が強く、汗をかいた身体を冷やし始めたため、先を急ぐ。
傾斜の方はほぼ無くなり、再び現れたハイマツ帯の間を抜けていくと、岩がゴロゴロした先に編笠山の頂上標識が見えてくる。
頂上到着は 8時38分。ここからは、今まで見えなかった赤岳、阿弥陀岳、権現岳といった八ヶ岳の主峰群が良く見えるようになる。
編笠山には何回も登っているので見慣れた光景ではあるが、このところ残雪期に登ることが続いていたため、 秋の気配が少し漂い始めたこの時期の山々が新鮮に映る。

そして、西の御嶽からさらに右側の山々も見えるようになり、 御嶽と対峙するように乗鞍岳が見え、その剣ヶ峰と四ツ岳との間の手前下方には鉢盛山も見えている。
乗鞍岳の右には十石山、霞沢岳が確認でき、そのさらに右に西穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳が続く。 北穂高岳の右には、大キレットを間に挟んで南岳、中岳、大喰岳、そして槍ヶ岳が見えている。
槍ヶ岳のさらに右には独標、そして常念岳、大天井岳が続く。

そのさらに右の山々はややボーッとしているものの、燕岳がある付近が確認でき、 右に餓鬼岳、龍王岳、立山、針ノ木岳、蓮華岳が続く。
そして蓮華岳と重なるようにその後方に見えているのが剱岳であるが、針ノ木岳、蓮華岳、剱岳辺りは写真を拡大しないと分からない。
さらに右に目を向ければ、爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳が見え、その後は少し分かりにくいが、何とか唐松岳、天狗ノ頭、そして白馬鑓ヶ岳、白馬岳を確認することができる。
また、北アルプスの手前側にもお馴染みの山々が見えており、燕岳と餓鬼岳を結ぶ稜線の手前には鉢伏山、鹿島槍ヶ岳の手前には美ヶ原、 そして美ヶ原の左方手前には霧ヶ峰が見えている。

八ヶ岳の方に目を戻してジックリと眺めれば、まずは北西の方向、 つまり鉢伏山の手前、この編笠山のすぐ隣に西岳が見え、西岳から右に目を移せば、奥に蓼科山、さらに右に北横岳、縞枯山が続く。
また、縞枯山の手前から尾根が立ち上がって峰の松目に至り、峰の松目の右後方に西天狗、東天狗が見えている。
そして、峰の松目の手前からもう 1本尾根が立ち上がっており、尾根は途中から急傾斜を見せて、阿弥陀岳のドッシリとした姿へと繋がっている。 阿弥陀岳の右には中岳が続き、中岳から右に続く尾根は主峰赤岳へとこれまた急角度で上がっていく。

そして、中岳と赤岳とを結ぶ稜線の後方には横岳が見えている。
赤岳の右手前、この編笠山のすぐ目の前にはギボシが見えており、その右に権現岳が続いている。こちらから見るギボシは富士山型の美しい形をしており、 見栄えは権現岳よりも格段に良い。
そして、そのギボシ、権現岳へと至るルートも良く見えていて、この後の行程の厳しさを示している。
そうそう、やや逆光気味ながらも富士山もしっかり見えていることを忘れてはならない。
南アルプスの方はやや雲が上がって来ているものの、先程まで見えた山々は全部確認することができる状態である。

さて、先にも述べたように、この編笠山頂上付近は風が強く身体を冷やすので、 先を急ぐことにして 8時46分、青年小屋へと下る。
暫くシャクナゲ、ハイマツの中を進み、やがてシラビソの樹林帯に入る。
時々展望が開け、目の前にギボシ、権現岳が見える。ギボシは手前に西ギボシ、奥に東ギボシと連なっており、どちらも右側の権現岳に比べて岩の部分が多く、 かなり登高意欲をそそられる。
さらに進むと、一気に展望が開け、八ヶ岳が広範囲に見通せるようになり、さらには下方に青年小屋の青い屋根も見えてくる。
樹林帯を抜け、少し平らな場所を通過した後は、大きな岩がゴロゴロした斜面を下る。岩にペンキ印がついており、それを忠実に辿る。
青年小屋の前には 9時2分に到着。ベンチに腰掛けて食事にする。考えたら登山開始以来、初めてものを口にすることになる。

少々風が冷たいながらも、食事をしたらかなり眠くなり、秋を感じさせる日差しを浴びながら暫しウトウトしてしまう。
ハッと気付けば 9時半近くになっており、慌てて荷物を整理して 9時32分に出発する。考えたら、昨日はどういう訳かあまり良く眠れず、 睡眠時間は 2時間ほど、この日差しの下では眠くなる訳である。
トイレの前を通り樹林帯に入る。すぐに開けた斜面に出ることになり、振り返れば今登って来た編笠山の他、富士山、御嶽が良く見える。
この場所からは少し斜面が急になり、シラビソの林を小さな振幅にてジグザグに登っていく。
土が抉られて溝状になった道を登る。編笠山までの岩ゴロの道と違い、ここは土の上に小さな石や木の根がある道で、これはこれで少々歩きにくい。

やがて、樹林を飛び出し、岩盤が露出したような斜面を一登りすると、展望がグッと開ける。
振り返れば、編笠山が丸い山頂を見せており、その山頂付近を覆う緑を登山道が真っ二つに割っているのが良く見える。 編笠山の左後方には雲海が広がっており、その雲海の先に仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、北岳の連なりが見え、さらに左方には富士山も見えている。
そして、さらに登っていくと、右手に三ッ頭が見えてくる。
道の方はやがて樹林帯を抜け、ハイマツの生える細い尾根を進むようになる。
展望は素晴らしく、気持ちよく進むことができるが、一方で、先の方に見えるギボシが高く手強そうである。

素晴らしい展望に、暫し立ち止まっては北、中央、南のアルプスを眺める。
この辺は傾斜があまりないので本当に気持ちが良く進んで行くことができ、天気も申し分ない。何遍も言うが、朝の状況が嘘のようである。
やがて、鉄分が多いのか、錆びたような色の、ボロボロ崩れる岩場を登って小さな高みに到着する。ノロシ場である。時刻は 10時3分。
ここは武田信玄がノロシ場に使っていたとのことであるが、天候さえ良ければ、ノロシは当時 最速の通信手段であったことであろう。
実際、ここからの展望は素晴らしく、南から北西にかけての山々が良く見える。残念ながら、南アルプス、中央アルプス、御嶽には雲が絡み始めているが、 北アルプスにはほとんど雲はかかっていない。
尤も、ノロシの役割は情報伝達なので、山の景色はほとんど関係ないが、甲府方面から諏訪方面にかけての盆地もよく見ることができることから、 このノロシ場の果たした役割は大きかったに違いない。

また、進む方向 (北東) には荒々しい岩壁を有する西ギボシがデンと構えている。
ここから見る西ギボシは、栗を思わせる形をしている上に、下方の岩壁にできる影がくびれの様に見え、まさに擬宝珠を彷彿とさせる。
西ギボシの右奥には権現岳が見えており、緑の山肌の先にある頂上の岩場は、まるでトサカのようである。
飽くことなき景色を堪能して 10時7分に先へと進む。
一旦ハイマツ、シャクナゲの間を下って狭い尾根を進む。左側は西ギボシの切り立った崖が立場川本谷へと深く落ち込んでおり、 その迫力はなかなかのものである。

道はすぐに登りに入り、ハイマツ帯を登りきると、足下は岩屑の道となって、その先からガラ場の登りが始まる。
見上げれば、崩れそうなガラ場の急斜面に少々怯むが、実際は意外と足が進む。吹き抜ける風も気持ち良く、ガラ場をジグザグに登り高度を上げていく。 そのガラ場を登り詰めると、足下はしっかりとした岩場の登りに変わり、それとともに傾斜がやや増してくる。
振り返れば、編笠山、そして先程のノロシ場が良く見える。
ペンキ印に従って岩場を登っていくと、やがて上方に鎖場が現れる。ここの鎖場は、鎖に目一杯頼るというものではなく、 安全のために握っておくといった程度のもので、岩場を斜め上に登っていく。

岩場が終わると傾斜が緩み、再び岩屑の斜面を登る。見上げれば西ギボシの頂上部が見えている。
さらにガラ場を登り続け、再び現れたハイマツの間を抜けると、西ギボシ頂上と思しき場所に登り着く。時刻は 10時27分。
縦走路から少し外れて南に突き出た岩場があり、そこは展望も良く、休憩にはもってこいであるが、そのまま先を目差す。
目の前には、本日の本命である東ギボシがピラミッド型を見せており、その姿は右手の権現岳よりも遙かに魅力的である。
道はハイマツ帯の中を一旦下った後、緩やかに登っていく。この辺の尾根はかなり狭いので、ハイマツの優しい姿に油断してはいけない。 強風時はかなり怖いことであろう。

ハイマツ帯を抜けると、足下は砂礫の道へと変わり、東ギボシに向けての登りが始まる。
すぐに足下は岩場に変わり、少し登ると急斜面の岩場をトラバースするようになって、再び鎖場が現れる。
岩場のトラバースが続く。ここの鎖も安全のために握るという状況で、足下もしっかりしているので難易度はそれ程高くない。
道は東ギボシの南側斜面をトラバースするので、右手には権現岳、三ッ頭が良く見える。
長く続く鎖場は、一旦岩場を縦に登ることになるが、足場も豊富にあって難易度は低い。その登りもそれ程長くは続かず、 すぐにまた斜面をトラバースしていく。
再び、鎖場にて少し斜めに岩場を登り、そこを過ぎれば東ギボシへの分岐点に到着する。時刻は 10時39分。

当然ここは左に岩場を進んで東ギボシの頂上へと向かう。 ここは冬場であると見事なナイフリッジとなり、恐ろしくて挑戦する気にはなれないが、無雪期は歩く岩場の幅もあり、全く恐怖を抱くことは無い。
そして 10時42分に東ギボシの頂上に到着。念願が叶って大変嬉しい。
しかも、ここには 3体の不動明王の石仏が置かれており、標識も何もないものと思っていただけにこれは嬉しいサプライズであった。

ここからの展望は 『 素晴らしい 』 の一言。少し雲が絡み気味であるとは言え、 南アルプス、中央アルプス、そして御嶽も良く見え、さらにはほぼ雲の無い状態にて北アルプスの山々を見ることができる。
編笠山から 2時間以上経っているのに、この景色が保たれていることに感謝するとともに、空気が澄む秋が来ていることを感じさせられる。
なお、八ヶ岳についていえば、先程 編笠山頂上にて見えた赤岳、横岳、阿弥陀岳に加え、硫黄岳も見えるようになっている。
素晴らしい光景に頂上にいた登山者と喜びを分かち合う。

10時50分、権現岳に向かうべく登ってきた道を戻る。10時52分に縦走路に戻り、さらに下って行く。
やがて登りとなり、権現小屋の前を 10時56分に通過したが、心なしか小屋が右手の谷側に傾いている気がしたのは錯覚であろうか。
ハイマツ帯に入り、やや土がボロボロした感じの溝状の道を登る。振り返れば東ギボシが見事なピラミッド型を見せている。
10時59分に赤岳への縦走路を左に分ける。その先に 60数段の鉄梯子があるはずである。
そして、傾斜が緩やかになると、権現岳は間近で、目の前には大きな岩の上にチョコンと小さな岩が乗っかっている頂上が見えている。

その岩場の下まで進み、そこから左手の岩場を登れば権現岳頂上である。 時刻は 11時3分。7年ぶりの権現岳ということになる。
展望はほぼ東ギボシとほぼ同じであるが (北アルプスは見えない)、編笠山から東ギボシへと至る迄の尾根を一望できるのが良い。
また、東側を見れば、雲が多いものの奥秩父の山々を見ることができ、金峰山の五丈岩も確認できる。

頂上からの景色を堪能し、岩場を伝って檜峰 (ひみね) 神社の石祠の方へと下りる。 ここで無理をして祠の裏手から岩場を下りたのだが、祠の裏手、左側を下れば良いものを、右側を下り、最後やや飛び下り気味になって少しバランスを崩してしまう。
祠の裏側を回って祠の左側 (祠正面から見れば右側) に下り立ったのだが、そのさらに左は急な崖、そのまま滑落の可能性もあった訳で、肝が縮む。 やはり、どんな山にも危険はつきもので、安易な行動は避けるべきと反省した次第である。

祠の前にて暫し休憩し、11時12分に下山を開始する。 前方を見れば三ッ頭が見え、その後方に富士山も見えている。なかなか気分の良い光景であるが、少々雲が上がってきているのが気になるところである。
ハイマツ帯の中をジグザグに下る。すぐに鎖場のある岩場の下りとなるが、ここも難易度はそれ程高くない。一枚岩のような岩場を鎖、 そしてビブラム底の摩擦に頼って下った後、さらにハイマツ帯を下る。
前方には三ッ頭が見えているが、その前に一つピークが待っている。なお、三ッ頭後方の富士山は雲に隠れてしまっている。
道は登りに入り、灌木帯を進む。途中からピークを巻くように進んだが、頂上を通過すればそこにも石祠があったようである。

目の前に三ッ頭が大きく見えてくると、道は灌木帯からコメツガ、トウヒの林へと下って行く。
三ッ頭との鞍部を過ぎ、シラビソの林を登っていくと、すぐに樹林を抜け出し、周囲はシャクナゲ、ハイマツの道に変わる。
振り返れば、権現岳、そして赤岳、中岳、阿弥陀岳が良く見えるものの、赤岳付近には少しガスが上がってきている。
道の方はすぐに緩やかになり、ハイマツと岩の道を暫く進めば、そこは石碑がいくつか見られる三ッ頭頂上であった。時刻は 11時40分。
ここからは八ヶ岳が良く見える他、北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳がシルエット状に見えている。先程まで上がってきていた雲は少し落ち着いたようである。

暫し休憩して 11時53分に出発。再び見えてきた富士山を眺めながら進む。
やがて前三ッ頭分岐に到着。時刻は 11時56分。真っ直ぐ進めば前三ッ頭を経て天女山へと至るが、観音平は右下へと下ることになる。
この道を通るのは 19年ぶり、下りに使うのは初めてである。
シラビソなどの樹林の中を下る。道は尾根のすぐ左下を進み、草付きの斜面を横切るようにして下っていく。
やがて左手樹林越しに、砂礫の稜線が見えてくる。恐らく、先程の分岐を真っ直ぐに進んだ先にある前三ッ頭と思われる。
樹林の中を緩やかに下って行くと、やがて樹林が切れて、前方に雲を下に従えた北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳が見えるようになる。
草地の斜面を下り、少し樹林を抜ければ、立ち枯れが目立つ場所に下り着く。
ここからは暫く平らな道が続く。振り返れば、編笠山、西ギボシ、東ギボシ、そして権現岳が良く見える。

道はまた樹林帯に入るが、すぐに先程と同じような平らな場所を通過する。この辺から見る編笠山は見事である。
再び樹林帯に入り、暫く登っていくと、突然 『 木戸口 』 と書かれた標識が現れる。地図上の 『 木戸口公園 』 であるが、公園といっても何も無い。 そう言えば、前回もここで同じような疑問を持ったことを思い出した。時刻は 12時32分。
ここからも樹林帯の下りが続く。足下はいつの間にかササ原に変わり、その中を黙々と下る。
やがて、左手に開けた場所が現れ、傍らには 『 ヘリポート 』 とある。時刻は 12時41分。
少し寄り道をしてその平らな場所に行ってみる。ここからは北杜市であろうか、下方に街並みが広がっているとともに、 その後方上部に富士山が見えている。

登山道に戻り先へと進む。道はササがなくなり、下草のない少し荒れ気味の斜面になるが、すぐにまたササ原に突入する。
ここからはずっとササ原の下りが続くのだがが、傾斜はそれ程ではないものの、右へ左へと大きく振られる感じで、どうも方向感覚が狂う。
途中、『 雲海 』 と書かれた標識がある場所を通過する。朝方通過した雲海と同じ高さということなのであろうか。
そこからもササ原を下って行くと、やがてベンチとともに標識が現れる。右に道を取れば 『 延命水 』 とあり、先の岩場に 『 水 』 と書かれている。 この辺は記憶に残っている。時刻は 13時20分。

寄り道をせずにそのまま下る。長く続く単調なササ原の下りに嫌気が差し始めた頃、 しっかりとした道に合流する。『 八ヶ岳横断歩道 』 である。時刻は 13時30分。
そこにある標識には、『 観音平 → 』 と書かれているが、ここはやはり真っ直ぐ進み、19年ぶりに 『 八ヶ岳神社 』 を再訪することにする。
歩道を横断し、再びササ原の斜面を下る。数分下って行くと、また標識が現れ、観音平を示す右手方向にお目当ての八ヶ岳神社が見えている。 時刻は 13時34分。神社は大きな岩の上に小さな石祠が置かれており、その周囲にはケルンのように石が積まれている。

神社にお参りした後、その横を通って観音平を目差す。 しかし、この辺を訪れる人はあまりいないのであろう、先程までのササ原の明瞭な道に比べ、こちらはほとんどササに覆われてしまっている。
ササの高さは膝くらいしかないので、ササが微妙に凹んでいるところを探しながら進む。
やがて道は 『 保安林改良施行地 』 と書かれた古い看板の立つ、谷の突端のような場所を横切った後、斜面を登るようになる。 その距離は僅かだが疲れた身体にはこれが結構キツイ。
その後、何とかササの上の凹みを見つけながら斜面を横切るように進んで行くと、突然目の前が開け、そこに標識が現れてホッとする。
標識には 『 観音平 0.9km 』 とある。時刻は 13時42分。

標識に従って右に少し進むとすぐに林道に飛び出し、 ここからは緩やかながらも登りとなる。なお、林道手前にある大岩の上には小さな石像が置かれていた。
三ッ頭を出発してからここまで 1時間40分程、この間、全く休憩を取っていないのでもうヘトヘトである。それでも何とか林道を登っていくと、 やがて 『 ← 観音平 / 三味線滝・天女山 → 』 の標識が見えてくる。時刻は 13時49分。
右に進んで階段を昇って行けば、先程の八ヶ岳横断歩道の標識の所に至るものと思われる。

左に曲がって小さな岩が散らばる道を下っていくと、水のない河原を横断することになり、その後、再びササ原の斜面の登りが始まる。
先程 『 観音平 0.9km 』 とあったのですぐに観音平と思ったのだが、とんでもない。登りが長く続いて、もうヘトヘトである。
それでも何とか進み続けていくと、やがて右手の上部に空間が見え始める。
ジグザグに斜面を登り、その空間の所まで喘ぎつつ登り着くと、そこにはベンチ、方位盤 ? があり、その先が観音平の駐車場であった。
駐車場到着は 14時5分。

今回、またもや大弛峠−甲武信ヶ岳の計画が台風の影響で没になり、 急遽 編笠山、権現岳に登ることにしたが、天候にも恵まれ、また長年気になっていたギボシの頂上も踏めて、大変楽しめた山行であった。
急に思いついた行き先にしてはかなり楽しく、前回登ったルートとは反対回りに進んだことも良かったと思う。
しかし、19年前に観音平から直接 権現岳を目差したのだが、今回そのルートを下ってみて、よくもまあこんな道を登ったものだと感心した次第。 まだ若さと元気があったのだと思う。


最終的には満足して登り終えた代替の山  2017.9 記

9月5日に小太郎山に登り、体力不足・運動不足を実感したが、 ここは毎日 8,000歩以上歩くことを励行するとともに、できるだけ数多くの登山を行って立て直すしかない。 そこで、9月13日は晴れとの予報であり、何の予定もないことから早速山に出かけることにする。
行き先であるが、少し身体に負荷を与えた方が良いと考え、大弛峠からの甲武信ヶ岳往復にトライすることにする。
この奥秩父の山域については、東の雲取山から飛竜山、将監峠、唐松尾山、笠取山、雁峠、古礼山、水晶山、雁坂峠、雁坂嶺、破風山、木賊山、甲武信ヶ岳と、 小間切れながらも繋いできており、また国師ヶ岳から西は大弛峠、朝日岳、金峰山、そして瑞牆山と繋いでいるので、 この大弛峠−甲武信ヶ岳間だけが未踏の山域として残っているのである。

従って、いつか歩きたいと思ってはいたものの、行程が長く山中一泊は必要なため実行は半ば諦めていたのであった。
しかし、先日大弛峠から天狗岩に登ったことで、大弛峠からの往復なら日帰りできるのではないかと思い付き、今回実行することにしたものである。 今までは標高が2,360mもある大弛峠からの登山スタートは “良しとせず” の心境であったのだが、年齢を考えると、 少し柔軟に考えても良いと思えるようになってきた次第である。
なお、地図のコースタイムでは往復 11時間40分、これならば何とかなりそうであるが、難関は復路の国師のタルから国師ヶ岳への登り返しで、 疲れてきている終盤に 460m超の高低差を克服しなければならないのが少々気に懸かるところである。

9月13日(水)、2時50分に横浜の自宅を出発する。前日が雨だったためか、空には雲が多いものの、当該山域は晴れの予報である。
いつも通り横浜ICから東名高速道下り線に入り、圏央道、中央自動車道と進んで、勝沼ICで高速を下りる。
その後も通り慣れた道を進んで国道140号線に入り、西沢渓谷方面へと進む。途中、牧丘トンネルを抜けた先で左折して県道219号線に入れば、 後は大弛峠までほぼ道なりである。
まだ暗い中、ブドウ畑が多く見られる村落を抜けて山へと進む。杣口浄水場の横を過ぎたところで 1台の車と擦れ違う。
通勤の車なのか、まだ 5時前というのに大変だなあと思ったのだが、この擦れ違いには訳があったのである。

クネクネとした山道を進み、この道が琴川ダムへの道であることを示す 「こ」、「と」、「か」・・・ (間隔はかなり空いている) と書かれた標識を順調に通過していくと、突然目の前に道路を横切っている倒木が現れる。
まさかと思って車を止め、倒木に近寄ってみると、右の法面にある木が根の部分を法面に残したまま倒れており、木の上部は左のガードレールに載っていて、 高さ 1m程のバリケードができあがっているのである。
木の直径は 20センチ近くあり、押してもビクともしない。これではこの先に進むのは無理であり、後からやって来た 2台の車に状況を説明した後、 やむなく来た道を戻ることにする。
成る程、先程擦れ違った車はこのことが理由で戻ってきたものであると納得する。

これで本日の山行計画はおじゃんであるが、高速代を払ってここまで来たのだから、 このまま引き返す訳には行かず、どこの山を代替にするかと考えながら山道を下る。
一方、あの状態をそのままにしておくのもまずいと思い、市民の義務をどうやって果たすべきか ということも考えていたところ、 ふと西沢渓谷に向かう途中、三富に駐在所があったことを思い出す。
そこで、登る山を甲武信ヶ岳か雁坂嶺・破風山にすることにして国道140号線まで戻り、三富の駐在所に車を止め、そこから日下警察署に電話を入れる。 これで一安心。その後、西沢渓谷へと向かい、道の駅みとみに車を駐めたのは 5時25分であった。

車内で朝食を食べながらこの後のことを考え、雁坂峠から雁坂嶺、破風山に登り、その後元気があれば甲武信ヶ岳まで登ることにする。
ただ、このルートは過去 2回歩いており、しかも雁坂峠までの行程は今年の 3月に引き続いてのことになるので、あまり気乗りがせず、 モチベーションが低いままに 5時34分に出発する。
振り向けば、木賊山から鶏冠山にかけての稜線に朝日が当たり始めており、本日は予報通り快晴のようであるが、 こうなると本来の計画を実行できなかったことの悔しさが増してくる。

前回と同じく、国道140号線を少し戻り、途中から釣り場の方へと進む。 釣り場の横、コンクリートの坂道を登っていくと、『 → 雁坂峠登山道入口 』 と書かれた立派な標識と案内図が現れ、道はそこから山道に入る。
まだ暗い樹林の中を一登りすればすぐに林道に飛び出すので、道を左にとって国道140号線の鶏冠山大橋の下を潜る。
すぐに飯場跡が見えてくるが、その手前に新しい工事用の現場事務所が立っている。鶏冠山大橋の耐震補強工事を行っているようだ。
林道を進み、やがて 5時56分に雁坂トンネル手前の駐車場横を通過する。しかし、この傾斜のある林道歩きに息が上がる。
士気が下がっていることもあるのだろうが、それにも増して身体が怠く感じられる。1週間前に登った小太郎山の疲れが残っている訳でもなかろうが、 とにかく身体が重く、もし本日の計画がそのまま実行されていたら、途中で引き返すことになったかもしれないという状況である。

それでも黙々と林道を歩き、沓切沢橋を渡って、6時27分に山への取り付き口に到着する。
やはり体調は芳しくなく、この時点で、どこで折り合いを付けて戻ることにしようかと考えるまでに至る。
山に取り付きジグザグに登る。この辺は山の陰になるので、陽が当たらず、まだ薄暗い感じである。
6ヶ月前の記憶通りの道を進む。異なっているのは足下に雪がないことだけで、この道は良く踏まれていて歩き易い。
さらには途中から道はほぼ平らになるので怠い身体には大変ありがたい。
前回はその飛沫で周囲が凍っているために通過がかなり危うい場所であった沢を横切りさらに進んで行くと、 やがて左下方の久渡沢がいくつかの滝によって徐々に高さを上げ、登山道との高低差が縮まってくる。
そして、右からの沢を横切ると、道は久渡沢の河原に入る。時刻は 6時54分。

2分程久渡沢の左岸を進んだ後、丸木橋を渡って右岸へと渡る。すぐに道は左手の斜面に取り付き、その斜面を横切るように進む。
この頃には、雁坂峠まで登れば一応メンツが立つので、雁坂峠までにしようと考えるまでになっており、ただ惰性で足を進める。
やがて、道の両側に紫の花が咲くトリカブトの群落が現れる。トリカブトは有毒であるが、その花は美しく、その名の通り兜を被っているようである。 さらに兜の下方は嘴のように飛び出ていてやや黄色く、その姿はペンギンを彷彿させる。あまり花には興味がないが、 今回はこのトリカブトの姿に癒やされ、少し元気をもらう。
ほぼ平らに近い道を進んでいくと、やがて井戸ノ沢を横切ったところからは暫く登りが続くようになる。やはり、本日の身体には登りが辛い。
おまけにこの先の状況もよく分かっているため、ため息が出る始末、やはり本日は調子が最悪である。

道は沢から離れて高度を上げていく。この頃になると、周囲に陽が当たり始めるが、意外に空には雲が多い。
足下にササが多く見られるようになると、やがて道は斜面をジグザグに登るようになる。少し登れば富士山が見えてくるが、期待に反し、 富士山はその縦半分が雲に隠れてしまっている。
そして、富士山の右手に見える毛無山付近には全く雲が無いものの、さらに右手の黒金山方面には雲がかかっている。
これでさらにテンションが下がり、本日は雁坂峠までと再度決心して登り続ける。

ここからは何回か富士山が見えるようになるが、見る度に富士山にかかる雲は変化しているので、 どうやら富士山本体が雲に巻き込まれているのでは無く、その手前側に雲が湧き上がっているということが分かる。
ということは、うまくすれば富士山が良く見えるようになる可能性もある訳で、確かに、途中で富士山の頂上部分をしっかりと見ることができたのだった。
この富士山頂上が見えた所で少し休憩する。余程水分が不足していたのであろう、500mlのビタミンウォーターを一気飲みしてしまう。
その後、道は斜面を横切って進むようになるが、冬場に比べて足下のササがかなり煩くなっている。
前方を見れば、水晶山と思しき高みが見えている。

道はやがて、左手のササ原の斜面をジグザグに登るようになる。
息を切らせ、喘ぎつつ登る。もうすぐ雁坂峠と分かってはいるものの、足がなかなか進まない。
途中振り返れば、富士山はスッカリ雲に隠れてしまっており、黒金山、国師ヶ岳、北奥千丈岳にも雲が多く絡んでその頂上が確認できない。
怠い身体に鞭打って何とか登り続けると、やがて先の方にベンチと標示板が見えてくる。漸く雁坂峠に到着である。時刻は 8時46分。
倒れ込むようにしてベンチに腰掛け、暫し休憩する。

しかし、ユックリ休み、食事をしてアミノバイタルも飲んだことで少し元気が出てきたのか、 山の頂上を踏まずに戻るのは悔しいという思いが強くなり始める。とは言え、体調に自信がないため、散々迷ったものの、結局 頑張って雁坂嶺まで足を延ばすことにする。
ところで、本日は大弛峠−甲武信ヶ岳を目差していたため、手元の地図 (2009年 金峰山/甲武信) にはこの雁坂峠が載っていない。
辛うじて右端に雁坂峠から破風山 (西破風山) まで 2時間20分との記述があるのだが、当然 雁坂峠−雁坂嶺間の時間が分からない。
道の方は明瞭のはずであり、何回も歩いているので心配ないのであるが、やはりこの先の時間の目安を知りたいところである。
と思ったら、この雁坂峠には 『 奥秩父案内図 』 が掲げられていて、そこに時間が書かれていることに気が付く。
そこに書かれている時間を見ると、雁坂峠−雁坂嶺間は 30分、雁坂嶺−東破風山間が 50分、東破風山−西破風山間が 25分とある。 これなら何とかなると思い、9時5分に峠を出発する。

少し登ると、右手に岩場の高みがあったのでそちらに進んでみる。 そこから振り返れば、唐松尾山が見え、さらにはその左後方、北へと延びる尾根上に東仙波、そして和名倉山が見えている。 また、目の前には 3月に登った水晶山が大きい。
緩やかに尾根を登っていく。足下にはササが多く、周囲はあまり背の高くないコメツガなどが生え、また所々に露岩が現れる。
傾斜はさほどキツクないので、このまま何とか登って行けそうである。
樹林の切れ間から左手を見ると、富士山を覆っていた雲が少し左に移り、うっすらではあるが再び山頂が見えるようになる。

傾斜の方はさらに緩やかになるが、一方で樹林は密度が増し、その中に立ち枯れの木々が目立つようになる。
足下のササも密度を増して、なかなか気持ちの良い斜面であるが、やはり立ち枯れが多いことが気になるところである。
一時、奥秩父近辺の立ち枯れは酸性雨が原因といわれていたが、どうやら今はその説は一般的ではないようで、 花崗岩が表土の下に多いために保水性が弱いところに、日当たりの良さ、風の強さ、そして残雪が根を不活性にするなどの要因によって、 木々が乾燥ストレスにかかるためとの説が有力とのことである。
立ち枯れの中、傾斜がほぼなくなったので もう頂上かと思ったが、それ程甘くはなく、先の方に新たな高みが見えてくる。

道はその高みに向けて再び傾斜が出始める。
道の左右には相変わらず立ち枯れが多いが、一つ気になるのは幼木が全くといってよいほど見られないことである。 このままでは雁坂嶺は禿げ山、否、ササ原の山になってしまうのではないかとの危惧さえ抱く。
再び傾斜も緩み始めたので、そろそろ頂上かと思ったのだが、なかなか頂上標識は現れない。先程の 『 奥秩父案内図 』 によれば、 雁坂嶺まで 30分とのことであったが、既に 30分以上経過している。
自分の足の衰えはここまで来たのかと少々悲しい気持ちになりながらほぼ平らな道を進んでいくと、道は再び傾斜がつき始め、 その登り着いた先が三等三角点のある雁坂嶺頂上であった。時刻は 9時47分。

頂上はほぼ樹林に囲まれているが、一部樹林が切れて南面が少し開けている。
しかし、ほとんどガスと雲に覆われていて、毛無山だけがうっすら見えただけであった。
さて、先程までは雁坂嶺の頂上を踏んだら引き返そうと思っていたのだが、少し身体の調子も良くなってきたこともあって、 このまま引き返すのは勿体ないという思いと、あの道を戻るのは面白味が全く無いように思え、そのことに心理的抵抗感さえ覚えるようになる。
一方、このまま先に進んでしまえば、何とか破風山を乗り越えたとしても、破風山避難小屋から木賊山への登りがかなりキツイので、 それも厳しいかなと思えてしまう。

どうしようかと迷っていると、ふと破風山避難小屋から林道へと下るバリエーションルートがあることを思い出す。
このルートは西沢渓谷から破風山避難小屋の直下まで延びている鶏冠山林道 (東線) まで下り、暫く林道を下った後、 林道をショートカットして西沢渓谷まで下りるというもので、時々ヤマレコにもその記録が載っている。
このルートに前々から興味があったので、これは良い機会と思い、もう少し頑張って進むことにする。
しかしそれにしても、気分の良い稜線歩きが続いたことによって、登りも苦痛ではなくなり、登高意欲が出てきたのには我ながら驚いたのであった。

頂上で 2分程休んで下りに入る。少し進むと展望が開け、東破風山へと続く尾根、そして東破風山、西破風山の姿が見えるようになる。
その尾根上には立ち枯れ、ササ原などが見え、それ程アップダウンがないようなので気持ちよく歩けそうである。 ただ、東破風山への登りは少々厳しいかもしれない。
また、西破風山の後方に見える木賊山にはガスが掛かっており、その頂は見ることができない。従って、 ますますバリエーションルートによる下山を成し遂げたいとの気持ちが強くなる。

その尾根歩きであるが、思った通り気持ちが良い歩きができる。
立ち枯れの中、時々差す日差しを浴びながら気分良く進んで行く。体調の方はすっかり回復したのか、身体の怠さもなくなり、 登ることが億劫とは思わなくなる。
このルートは 2回ほど通っているにも拘わらず、意外と新鮮に思えることもプラスに作用しているようである。
考えたら、前回 (2010年12月) は初冬で雪が積もっていたので、今回は前回とは全く雰囲気が違うからなのかもしれない。
道はほぼ平らになり、正に木の墓場といったような立ち枯れの木のみが何本も立つ中を進むようになる。展望もあり、気持ちが良いが、 これ程の立ち枯れはやはり問題であろう。救いは、先程と違って幼木が足下に見られることで、しっかり代替わりして欲しいものである。
なお、木の隙間から見える富士山であるが、やはりガスというか雲が絡み気味で、時折その一部が顔を出すといった状態である。

やがて立ち枯れの林は終わりとなり、道は緑濃いシラビソの林に入る。
と思ったら、またまた立ち枯れの林が現れる。道の方は小さなアップダウンはあるものの総じて歩き易く、身体の方も楽である。
左手を見れば、いつの間にか富士山がその頂上部分を雲の上に出している。やはり、この縦走路には富士山の姿が不可欠である。
また樹林帯に入った後、そこを抜け出すと、展望が開けて前方に東西の破風山が見通せるようになる。 しかし、その後方の木賊山はガスで姿が全く見えない。富士山も頂上部分が見えているが、先程よりも下の雲が上がってきている。
その後、また暫く樹林帯に入り、そこを抜けるとまたまた立ち枯れの林が現れる。立ち枯れが多いのは問題であるが、 足下にはササ原が広がっていて全体的に明るく、歩くのには気分の良い場所である。

樹林帯、立ち枯れの状態が交互に繰り返される中、何回目かに樹林帯を抜けると、 目の前に東破風山が見えてくる。やはり遠目に見た時よりも斜面は急に見え、厳しそうである。
振り返れば、先程通過した雁坂嶺が見えており、そのボリューム感には少々驚かされる。富士山の方も再び周囲に雲が多くなり、 もはや頂上部分を残してアップアップの状態である。
なお、富士山の手前に鉄塔らしきものが頂上に立つ山が見えるが、もしかしたら三窪高原かもしれない。 また、さらに目を手前に引けば広瀬湖が見えている。

周囲に大きな岩が現れ出すと、やがて道は東破風山への登りに入る。
途中、ササ原の中に四等三角点を示す白い表示杭が立っているのが目に入る。ササ原に入って杭に近づいてみると、そこには金属標があり、 しっかり四等三角点の文字が刻まれていた。
ここが手元の地図の端に辛うじて書かれている 2,180m (正確には、四等三角点は 2,178.2m) ということになるのかもしれない。
東破風山の標高は 2,260mなので 80m程の高低差しかないが、傾斜が徐々に急になるとかなり厳しく感じられるようになる。 原因は体調の方ではなく、登りがほぼ一直線だからで、ここは兎に角ひたすら登り続けるしかない。足下には岩も現れ息が上がる。

四等三角点の所から 20分弱登り続けると、漸く傾斜が緩み始め、前方の樹林の間に頂上標識の一部が見えてきてホッとする。
東破風山到着は 10時47分。雁坂嶺からここまで 1時間を要したことになるが、先程の 『 奥秩父案内図 』 によれば、 この間のコースタイムは 50分ということなので、またまた自信をなくす。
この東破風山の頂上も樹林に囲まれて狭い場所ではあるものの、木々の隙間から展望は得られるはずであるが、今や周囲はガスで真っ白、何も見えない。
岩に腰掛けてノドを潤し、10時49分、先へと進む。前方を見ると、西破風山の頂上部分が見えており、かなり高く感じられる。
遠くから見ると東破風山・西破風山は台形を為しているように見えるが、その上底部分は平らとはいかないようである。

それでも出だしはほぼ平らな尾根道が続く。
シャクナゲやシラビソの木々の中を 2分程進むと、展望が開けて、背の低いクロベ (ネズコ)、ハイマツなどが生えている、 岩がゴロゴロした場所に飛び出す。ここはいつ来ても日本庭園のようで雰囲気が良い場所だと思うのだが、実際は岩が多く少々歩きにくい。
道は再び樹林帯に入った後、再度岩がゴロゴロした場所を過ぎると、一旦下り、そこから目の前の高みに向かっての登りが始まる。
一登りして傾斜がほぼなくなると、今度はまたまた岩が重なった中を進むことになる。岩は先程よりもかなり大きく、少々歩きにくい。
漸く岩の道が終わったかと思うと、またまた岩が現れ、少々煩わしい。

岩に登って前方を見れば、西破風山が結構な高さで見えている。
何回か断続的に現れる岩の障害物を抜けると、暫くは平らな道が続くものの、すぐに西破風山への登りに入る。
この登りも厳しいかと思ったのだが、意外に簡単に登ることができ、道が平らになってきたかと思うと、先の方に破風山の標識が見えてくる。
頂上到着は 11時20分。東破風山から 31分要しており、『 奥秩父案内図 』 記載のタイムよりも 6分ほど多くかかってしまったことになる。

ベンチに腰掛けて地図を見ると、先程も述べたように、 雁坂峠からここまで 2時間20分とある。一方、『 奥秩父案内図 』 記載のタイムの方は合計すると 1時間45分になる。 『 奥秩父案内図 』 の方がかなり厳しめの所要時間になっていると納得する。
因みに小生は 2時間15分 (休憩含み) を要しており、やはり時間がかかっていることは間違いない。
なお、この三等三角点のある西破風山頂上も樹林に囲まれていて展望はほぼ無い。

ユックリ休んで 11時28分に出発。 暫くシャクナゲ、シラビソ、コメツガなどの生えるほぼ平らな道が続くが、樹林帯を抜けると展望が一気に開けるとともに、 そこからは急坂の下りが待っている。
下った先には破風山避難小屋が見え、その周囲はササ原が広がっている。そしてその後方に目を向けると、木賊山は相変わらず頂上部分がガス (雲) に覆われてしまっている。
もし、破風山避難小屋からのバリエーションルートが見つからなかった場合には、そこを登っていかねばならず、 急であることに加えて展望の無い登りを考えると気が滅入る。是非ともバリエーションルートを見つけたいところである。

ここからの下りは、露出した岩の上を進むのだが、 一方で道の周囲はコメツガ、クロベ、ハイマツ、シャクナゲといった背の低い植物がビッシリと覆っていて、 遠くから見たら草地の斜面を下っている様に見える面白い場所である。
ということは展望も素晴らしい訳で、高度感ある下りにワクワクする場所でもある。
滑らないように慎重に岩の上を伝って下る。木賊山を見れば、右側からガスが上がってきて山全体を覆っており、 ますます木賊山を回避したくなる。

気持ちの良い斜面もやがて終わりとなり、道は樹林帯を下る。
傾斜も緩み、土手状の道を進むようになると、左手に今まで見えなかった黒金山が見えてくるが、その周囲は相変わらず雲である。
富士山の方も今や雲が頂上の真下まで上がってきており、頂上の一部が少しだけ見える程度である。
周囲にササ原が目立つようになると、立ち枯れが現れ、そこを過ぎて少し下れば破風山避難小屋の前に飛び出す。時刻は 11時58分。
なお、『 奥秩父案内図 』 では西破風山からこの避難小屋まで 30分とあり、この下りだけはそのコースタイム通りであった。

小屋前のベンチにて休憩。周囲を見回すと、南に下るササの斜面にピンクテープが点々とつけられているのが見える。
どうやらあのテープを辿っていけば林道に下れるようだと分かりホッとする。ただ、水場もほぼ同じ方向にあるはずなので、水場への道標かもしれず、 そこは用心せねばならない。

12時4分に小屋を出発。左手を振り仰げば、西破風山が高い。
ササ原に足を踏み入れる。テープは 2つのルートがあるようで、最初は左手のルートを進んでしまったものの、 あまりにも足下が良く踏まれている感があり、さらにはテープの中に古いものも混ざっているので、これは水場へ通じるルートと判断し、 右手の斜面上にあるテープの方へと移る。ヤマレコに、上側 (右手) のテープを辿れば良いとあったとことを思い出したためである。
しかし、こちらはササが煩い。足下 2〜30センチ程のササ原の中、斜面を横切って進むのだが、あまり踏まれていないことで足下が平らではないため、 谷側の足 (左足) が滑りやすく、さらにはササの下に枯れ枝などが隠れていて、足を取られることが多い。

バランスに気をつけながらササ原を下って行く。
踏み跡は薄く、あまり人が通っていないことが分かるが、ありがたいことにテープの方は短い間隔でつけられているので、迷うことはない。
静かな樹林帯の中、クマでも現れるのではないかとビクビクしながらテープを忠実に追っていく。
ササに悩まされながら下って行くと、急にササの密度が低くなり、ササの中に道らしきモノが現れる。ホッとするが、逆にそのことが、 突然 『 水場 』 ということになりはしないかとの心配をもたらす。
しかし、手元の地図 (避難小屋の記載はある) には、小屋から水場まで 20分とあったので、現在 20分を過ぎても水場に至っていないことから、 どうやらこのテープを辿っていけば間違いないようである。

短い間隔でつけられているテープを追っていくと、突然左手上方からのテープの流れと合流する。
傍らの木には赤ペンキで左上方への矢印も書かれている。もしかしたら、水場からの道なのかもしれない。
ピンクテープを追うのを楽しみながら下って行くと、道はやがて支尾根に入り、足下の道もかなり明瞭になってくる。
右下には川の流れがあるようで、一時、樹林越しに滝のようなものが見えたが、これが地図上にある幻の滝なのかもしれないなどと思いながら下る。
そして、いつの間にか足下のササはなくなり、シャクナゲが多く目立つ様になって、ところどころにシャクナゲのトンネルが現れる。
そのシャクナゲが切れた所にて左手下方に林道が見えたが、まだそこまでかなり距離がある。
また黒金山も見えるようになり、確実に西沢渓谷方面へと進んでいることが分かりホッとする。

やがて道は崖の縁に飛び出す。崖の下は広場になっているので、どうやら林道の終点のようである。
道の方は崖を直接下るのではなく、右側から崖の際を通って下って行く。そして、12時55分、林道終点に下り立つ。
ここからは荒れた林道歩きが始まる。ガードレールに沿って崖の縁を左に回っていくと、こちらは崖が大分崩れており、崩れた岩の横を通って橋を渡る。
橋には 『 昭和50年12月竣巧 』 とあるので、42年前にできたことになるが、いつ頃からこの林道は使われなくなったのであろう。
橋を渡って少し進むと、崖の上から水が流れ落ちている。立ち寄ってノドを潤し、顔を洗ってサッパリする。

未舗装の林道歩きが続く。先程、林道が使われなくなったのはいつからかと書いたが、 林道には新しい轍がいくつも残っているのでまだ現役らしい。 また、林道脇には五輪塔のように石を積み重ねたものがいくつか見られるようになる。どういう意味があるのであろう。
なお、少し進んで振り返ると、西破風山、そして避難小屋のある笹平の鞍部が見える。そして、その鞍部の左手下方に滝が見えている。
恐らくあれが幻の滝と思われるが、遠目でありながらも急峻な岩肌を幾筋も水が流れている姿はなかなか見事である。

さて、林道歩きが続くが、次の懸案は、林道からの下降点が見つけられるかということである。 尤も、そのまま林道を歩き続けても、歩く距離は長くなるものの西沢渓谷には辿り着けるのだが・・・。
20分程歩いたところで、右のガードレール脇の木にピンクテープがつけられているのが見えてくる。これが下降点かと思ったが、 下を覗いてみるとピンクテープなどは見られない。ここは林道を歩き続ける。
さらに数分後、右のカーブミラーの所に手作りの五輪塔もどきが 2基並んでいるのが見えてくるが、ここも下降点ではないようである。
その後もピンクテープが 2回ほど現れたが、どちらも下降点ではないようなのでそのまま歩き続ける。
もしかしたら下降点を見落としたのかもしれないと思いつつ歩き続けていくと、今度は右手のカーブミラー、そしてその手前の木にいくつものピンクテープがつけられているのが見えてくる。
どうやらここが下降点のようで、確かにそこから右に下る緩やかな斜面にピンクテープが見えている。これで一安心。時刻は 13時29分。

カーブミラーの所から樹林帯に入り、ピンクテープを追いながら斜面を下る。
テープは先程の避難小屋からのルートに比べてかなり疎らではあるものの、下草の全く生えていない地面には踏み跡らしきものも見え、 またテープが見つからない場合は少し身体の位置を変えたりすると、テープのついた木が見つかったりする。
展望の無い、退屈な下りが続く。道は途中から細い緩やかな支尾根上を下るようになるので、道間違いの心配はほとんどない。
早く新たな展開が現れることを願いつつ黙々と下って行くと、前方にテープが 2段に巻かれている木が現れ、 そこからは今まで下って来た支尾根を外れて右側の斜面を下るようになる。時刻は 13時48分。

これでもうすぐ近丸新道 (登山道) に合流かと思われたのだが、 そこからも暫くは緩やかに下り、支尾根のさらに支尾根を下るように進む。
その支尾根が急斜面にて行き止まりになったところで左に下り、そこからは斜面を横切るように下っていく。
いつまでこの道は続くのかとイライラし始めた頃、右下方に林道が見えてくる。林道というのもおかしいなと思いつつ、テープを追っていくと、 道は斜面途中で折り返して戻るようになり、やがて林道がかなり近くに見えてくる。

この辺はやや道が不明瞭なので、傾斜の緩そうなところを選んで林道に下り立つ。時刻は 14時2分。
林道を下っている方向に少し進むと、前方に工事用の現場事務所が現れ、そこから少し進むと、下方に、 西沢渓谷の 『 ねとりインフォメーション 』 の特徴的な屋根が見えてきたのであった。
どうやら、近丸新道に下り立つのではなく、先程の林道をショートカットして林道起点に出たようである。
その 『 ねとりインフォメーション 』 の前には 14時5分に到着。そこからは暫く舗装道を歩き、道の駅みとみには 14時24分に戻り着いたのであった。

本日は倒木による道路封鎖により目的地変更を余儀なくされ、急遽 雁坂嶺、破風山に登ることになってしまった。
従って、モラールの上がらない、気乗りのしないスタートとなってしまい、また途中での体調不良もあって雁坂嶺、破風山には申し訳なかったが、 それでも登っている内に徐々に身体の調子も出てきて、稜線に出てからは結構楽しむことができたのであった。
加えて、気になっていたバリエーションルートも辿ることができ、代替の山ではあったものの、最終的にはかなり楽しめた登山であった。


念願の小太郎山  2017.9 記

7月19日に天狗岩、奥千丈岳等に登ったものの、その後、家のリフォーム完了に伴う引越、 そして引越後の荷物の整理に追われてしまい、さらには引越疲れが溜まったところに天候不順が続いたことで体調を崩し、 とうとう 8月の山行はゼロに終わってしまった。
漸く体調の方は回復したものの、それでも背中と肩がかなり重く感じられるため行きつけの整体治療院に行ったところ、背中がカチカチの状態で指が入らない程だそうで、 年を取ったら 1ヶ月に 1回ほどは整体に通った方が良いとのアドバイスまで戴く始末。
当然、この 1ヶ月半ほどは運動不足に陥っており、一方で食欲は一向に衰えないことから、自分でも腹の肉が邪魔だとハッキリ感じるようになってしまい、 何とかせねばとの焦りを覚える。

ということで、体調も回復した今、リハビリを兼ねて山に行くチャンスを窺っていたのだが、今度は天候の方がスッキリしない。
そんな中、漸く 9月5日は秋雨前線も少しおとなしくなり、晴れ間が出そうだとのことなので、早速 山に出かけることにする。
さて行き先であるが、ここは是非とも南あるいは北アルプスに登りたいところである。しかし、1ヶ月半ぶりの山であることから少し不安もある訳で、 あまり山奥に入り込むのは無謀と考え、最終的に南アルプスの小太郎山に登ることにする。

小太郎山は北岳から北に派生する尾根 (小太郎尾根) 上にあり、北岳に登る度に気になっていたのであるが、 一般的にこの小太郎山だけを目差すことはないようで、小生も近くに日本第二の高峰があるのを無視して、 この山だけに登ることに少々抵抗を覚えていた次第である。
無論、健脚な方は日帰りにて北岳とともにこの小太郎山にも登っているのだが、小生の今の体力では日帰りにて二兎を追うことはとても無理なため、 リハビリを兼ねた登山であるならば小太郎山のみに登るのも “ あり ” と自分を納得させた次第である。

9月5日(火)、2時40分に横浜の自宅を出発する。
前日の雨の名残か、空には雲が多く、星は全く見えない状態であるが、ここは天気予報を信じるしかない。
いつも通り横浜ICより東名高速道 (下り線) に乗り、海老名JCTからは圏央道へと進んで、八王子JCTにて中央自動車道に入る。
空模様は相変わらずの状態の中、甲府昭和ICにて高速を下り、国道20号線を長野方面へと進む。暫く国道を進んだ後、 竜王立体手前から側道を進んで左折し県道20号線に入る。後は芦安まで道なりである。

芦安の第三駐車場には 4時58分に到着。車内で朝食を食べ、タクシー乗り場へと進む。
平日にも拘わらず、駐車場は 6〜7割程埋まっており、タクシー乗り場にも 20人近くの登山者が並んでいる。
本日は小太郎山と決めているので、あまり慌てず、自ら 4番目のタクシーを選んで乗る。
相変わらず空には雲が多く先行きに不安を覚えたものの、広河原へと進むに連れて少しずつ青空が広がり始め、 さらには林道途中にて青空をバックにした北岳、間ノ岳が見えて不安が一気に吹き飛ぶ。

広河原到着は 6時14分。トイレなどを済ませて 6時26分に出発する。ゲートを過ぎ、少し進むと左手に北岳の姿が見えてくる。
林道で見たとおり、その後方には青空が広がっているが、稜線の背後に薄い雲が見えているのが少々気になるところである。
吊橋を渡り、広河原山荘の横を通って山に取り付く。かなりゆっくりの出発であったため、小生の後ろにはあまり人が居らず、前方に数人の登山者がいるのみである。
久々の登山とあって体力が心配であったのだが、意外と足が進み、数人を追い抜く。しかし、後から考えると、これは久々の登山であるためにアドレナリンが多く分泌されていただけのようである。

樹林の中を緩やかに登っていくと、登山道上に水の流れが現れ、さらに進んで行くと、 白根御池分岐点に到着する。時刻は 6時47分。
帰りはいつも通り、草スベリ、白根御池小屋経由にてここまで戻ってくる予定であるが、まずは真っ直ぐ進んで大樺沢二俣を目差す。
水の流れに沿って樹林帯を進む。この道は 5回ほど歩いているのでもう慣れたものである。
やがて、樹林が切れて再び北岳が見えるようになる。背景にうっすらと雲が流れているものの、本日はほぼ天気予報通りで、 久々に山頂からの展望も期待できそうである。また、振り返れば、高嶺、赤薙沢ノ頭が良く見えている。

木橋にて沢を渡ると、今度はすぐに鉄パイプの橋を渡ることになる。ここからは北岳の他、八本歯ノコルも見ることができる。
このパイプ橋付近からは暫くの間 北岳を見続けることができるが、やがて道は樹林帯に入り、また展望の無い登りが続くようになる。
小さな岩がゴロゴロした道を登っていくと、道は少し下って再び沢を横切った後、またまた登りが続く。
歩き始めてから 1時間以上経っており、この辺から少し疲れを感じ始める。やはりスタミナ不足のようである。

7時40分に 『 二俣・チップ制公衆トイレ 約1時間 』 と書かれた標識を過ぎ、 その後すぐに河原に飛び出して鉄パイプ製の橋を渡る。
少し登って振り返れば、高嶺の右後方に白き花崗岩が目立つ赤抜沢ノ頭も見えている。
そして、そこから 10分程樹林帯を進んで行くと、前方がパッと開け、再び北岳が姿を現す。
薄い雲が混じっているとは言えその後方には青空が広がり、またすぐ目の前には黄色い花のハンゴンソウの群落、そして北岳の左には八本歯ノコルとその下方に雪渓が少し見えている。
なかなか絵になる光景に心躍り、本日は北岳を目差すのではないことが非常に残念に思われるが、ここは初志貫徹である。

さらに高度を上げて振り返れば、赤抜沢ノ頭の右手に鳳凰三山の 1つである観音岳も見えるようになる。
道の方は大樺沢の河原沿いを進んでいく他に、そこよりもやや上の斜面を横切る道もあり、いつもは河原沿いを行くのだが、本日は大樺沢二俣から右俣コースを登るつもりなので、 上側の道を進む。
前方を見れば、八本歯ノコルへと向かう左俣コース上に雪渓が良く見えるようになるが、さすがにこの時期、雪渓はかなり小さくなっている。
少し息を切らせつつ緩やかに登っていくと、やがて、前方にバイオトイレが見えてくる。二俣はもうすぐである。
そして 8時19分、大樺沢二俣に到着。岩に腰掛けて暫し休憩。
出だしは良いペースできたものの、さすがに運動不足のためスタミナは持たず、かなりくたびれてしまった。

少し長めに休憩し、8時28分に出発。
この二俣からは道が 3つに分かれており、右に戻るようにして斜面を登っていけば白根御池に至り、右手に見える大樺沢右俣沿いの道を進めば北岳肩ノ小屋へと至り (右俣コース)、 そしてそのまま直進して大樺沢左俣を進めば八本歯ノコルへと進むことなる (左俣コース)。
小太郎山を目差すには右俣コースを進むことになるのだが、ここからは全く初めてのコースとなり、ワクワク感が増してくる。
右俣左岸沿いに登る。こちらは左俣コースに比べて緑も多くて明るく、北岳を左に長めながら楽しく登っていくことができる。
但し、見上げれば目差す稜線はかなり上方に見え、そこまでの距離に少々怯んでしまう。

オンタデと思しき黄白色の花が咲く道をジグザグに登る。
こちらへ進む人がほとんどいないのは予想通りであったが、逆にこちらを下山路に使う人が多いようで、結構 人と擦れ違う。
確かに草すべりを下るよりは、こちらの方が下りやすく、また景色も良いので、然もありなんといったところである。 本日は完全にピストンになってしまうが、小生もこのコースを下山に使うことに方針変更する。

道はこのままずっと右俣を詰めていくのかと思っていたところ、 残念ながら気持ちの良い景色とは分かれ、途中から道は右に曲がって林の中に入っていく。これは少々残念。
しかし、樹林帯に入っても所々で展望が開けるので結構 楽しませてくれる。鳳凰三山方面も良く見え、 観音岳の右には薬師岳が見えるようになるが、地蔵岳の方は赤抜沢ノ頭に隠れてしまっていて見ることができない。
道は急斜面をジグザグに登っていく。先に述べたように、こちらのコースは遅い時間ならば北岳肩ノ小屋を目差す人が使うことが考えられるものの、 今の時間帯に登りに使う人はほとんどいないと思っていたのだが、やがて下方から足の速い若者 2人がやって来た。
かなりのスピードで羨ましい限りであるが、こちらのコースを使うとはどういうことであろう。もしかしたらこの後 小太郎山を往復した後、 北岳まで登って日帰りするのかもしれない。

と思っていたら、今度は 7、8人程の若者が登って来た。こちらも先程の 2人程ではないが、かなり早い。
全員がほぼ同じペースで登っているので、それなりの経験者なのであろう。
一方、小生の方はやはり運動不足がたたってペースが上がらない。時々樹林が切れて姿を見せる北岳に励まされながら登り続ける。
天候の方は快晴といっても良い状況で、直接日差しが照りつけてくるが、ジリジリという状況ではなく、秋の日差しの柔らかさが感じられる。
ダケカンバの林の中を進む。時折 上方に稜線が見えるがまだまだ遠い。

やがて、北岳が好く見通せる場所に到着する。
ここで 5分程休憩してノドを潤したが、そこから少し登ると樹林帯が終わって、台地状の場所に飛び出す。時刻は 9時21分。
休むのであればこちらであったと悔やんだものの、このコースは初めてなのでこれは致し方ないところである。
ここは台地状の広場に岩が点在しており、休憩にはもってこいの場所である。
すぐ左手には北岳が迫力ある姿を見せており、その後方には雲一つ無い青空が広がっている。
また、斜面を見上げれば、林とともに草地が続く箇所もあり、もう少し早い時期であればこの辺は見事なお花畑になることが想像される。
ただ残念なのは、登山道右手に鹿除けの柵が立てられていることで、植生保護のため致し方ないとは言え、少々興ざめである。

道はその柵に沿って登っていく。少し高度を上げて振り返れば、 赤抜沢ノ頭から高嶺へと続く稜線の後方に地蔵岳のオベリスクと思しき突起が見えている。これで鳳凰三山揃い踏みである。
道は再びダケカンバが目立つ樹林帯に入るが、その樹林帯もそう長くは続かず、道は草の斜面の真下に出る。この斜面も 7月頃は見事なお花畑になることであろう。
振り返れば、高嶺、赤抜沢ノ頭 (その後方に地蔵岳)、観音岳、薬師岳、そして辻山と続く稜線が見え、さらには目を凝らすと、 赤抜沢ノ頭と観音岳との鞍部後方にうっすらとドーム型の山が見えている。恐らく先日登った国師ヶ岳、北奥千丈岳と思われるがどうであろう。

丸太の階段を登っていくと小さなベンチがあり、そこを過ぎると、 道は草の斜面をジグザグに登っていくことになる。北岳も良く見え、気持ちの良い場所であるが、長く続く登りは身体に応える。
再び樹林の中を進んだ後、樹林を飛び出せば、道は斜面を横切るようにして高度を上げていき、前方に今度は八ヶ岳が見えてくる。
八ヶ岳の下方は雲に覆われているものの、赤岳、阿弥陀岳の頂上付近に雲は全く無いので、あちらも好展望を得ていることであろう。
本日は、久々に展望を得られる天気となり嬉しい限りである。

やがて、道は白根御池から登ってくる草スベリと合流する。時刻は 9時57分。
ここからは右手に鹿除けの柵が現れ、その柵に沿って登っていく。見上げれば稜線はかなり近くに見えるが、ここからの距離は意外と長い。
草と灌木の斜面を登る。途中で道が 2つに分かれることになったが、真っ直ぐの道はそのまま斜面を直登するようであり、左手の道は少し回り道をしているように思えたので、 真っ直ぐに進むことにする。
しかしこれが失敗であった。左が正規の道で、この直登の道は足下が崩れやすく登り辛い上に、急斜面でかなり息が上がる。
それでも、すぐに正規の道に合流するであろうと思っていたのだが、なかなか合流せず、とにかく息を切らせて登り続ける。
疲労もかなり増してきており、少し登っては立ち止まって上を見上げるという所作が続く。

草の斜面の先には稜線が見え、その後方には青空が広がっているので、もう少しと自分を叱咤しながら登り続ける。
かなり高度を上げてきたので、足下が少し危うい中、振り返ると、何と北岳の左、ボーコン沢ノ頭から池山吊尾根へと続く斜面の後方に富士山が見えるではないか。
八ヶ岳同様、こちらも下方は雲海の中であるが、五合目付近より上が完全に雲を突き破って露出している。
山で富士山を見るのは久々なのでとても嬉しくなる。これで少し元気を貰い、喘ぎつつも登り続けていくと、やがて正規の道に合流する。
すぐ右には丸太の階段が見え、その先はもう稜線のようである。

そして、10時13分、漸く稜線に到着。
右手の小スペースへと進むと、甲斐駒ヶ岳の姿が目に飛び込んでくる。甲斐駒ヶ岳は花崗岩によるクリーム色の山肌が雪のようで素晴らしいのだが、 こちらからは本峰に加えて東峰も見えるため頂上が意外と横に広く、ピラミッド型ではなく富士山のような形なのが少々残念なところである。 それでもやはりその姿にテンションが上がる。
また、甲斐駒ヶ岳の右下方には摩利支天が見え、その左手前にはアサヨ峰が見えている。アサヨ峰から左に続く稜線は、甲斐駒ヶ岳の手前を横切って栗沢山へと続き、 栗沢山の後方、甲斐駒ヶ岳から左に下る斜面の先には駒津峰が見えている。

なお、ここには 『 小太郎分岐点 』 と書かれた、標示板部分が二つに折れてしまっている標識があるのだが、 ここよりさらに北岳方面へと登ると 『 小太郎山分岐点 』 と書かれた標識が立っているはずである (前回 北岳に登った際に確認済み)。
ただ、わざわざその 『 小太郎山分岐点 』 まで進まずとも、ここからも小太郎山に行ける訳で、壊れかけた標識の所からハイマツ帯の中を進み、 稜線の北側へと進む。すると一気に展望が広がる。
まずは目差す小太郎山、そしてそこまで続く小太郎尾根を一望することができるようになる。小太郎山の後方には栗沢山とアサヨ峰を結ぶ稜線が見え、 さらにその後方に甲斐駒ヶ岳が見えている。この素晴らしい光景に小太郎尾根を進むのが大変楽しみになる。

また、先にも述べたように、甲斐駒ヶ岳の左には駒津峰が続くが、 さらにその左に双児山が続き、双児山の後方には鋸岳が見えている。
そしてさらに左、北西の方向を見やれば、仙丈ヶ岳がドッシリとした姿を見せている。
また、良く目を凝らせば、仙丈ヶ岳の右手後方には北アルプス、そして左手後方には中央アルプスが見えており、 この素晴らしい景色にテンションがますます上がる。
しかし、これが失敗であった。周辺に人が多かったこともあり、またテンションが上がった勢いで、そのまま小太郎尾根に足を踏み入れてしまったのだが、 先程までの登りでヘバリ気味だったことを考えると、この分岐で食糧、水分を補給すべきであった。

道の方は下りから始まる。木々のない岩とハイマツの尾根は展望が素晴らしく、 上記で述べた山の他、八ヶ岳、蓼科山、鳳凰三山 (地蔵岳のオベリスクがかなり迫り上がってきている) などの山々が見え、 さらに鳳凰三山の後方に広がる雲海の上には小川山、金峰山、国師ヶ岳・北奥千丈岳といった奥秩父の山々が島のように浮かんでいる。
甲斐駒ヶ岳を正面に見ながらの下りが続く。この小太郎山への道は地図上では破線になっているが、道は明瞭で、所々に青テープ、 そしてペンキ印も見られる。

かなり下ってくると、小太郎山からの登山者と擦れ違う。 この時間、前日に北岳に登り、北岳肩ノ小屋などに泊まった方が、ついでに小太郎山を往復しているようで、 小生が小太郎山の頂上に着くまでに 5人程と擦れ違う。
しかし、北岳へと向かうメインルートに比べれば、かなり人数は少ない。
また、この辺は二重山稜になっていて、道は左側 (西側) の稜線を下って行く。

下り斜面は一旦緩やかな道へと変わるが、その先で岩場の短い下りに入る。 その後また緩やかになった道は、ハイマツ帯の左手を進んだ後、岩場の先から急斜面の下りとなる。なお、二重山稜はここで終了となっている。
この急斜面は砂礫が多く滑りやすい。慎重に斜面を下り終えると、また歩き易い稜線上の道が続く。

この辺の展望は素晴らしく、よくよく見れば、鋸岳の左方に横岳、 そして先日登った白岩岳も見えている。八ヶ岳もさらに良く見えるようになり、 赤岳の左に横岳、そして阿弥陀岳が続き、さらに左には東西の天狗岳、そして縞枯山、北横岳、蓼科山も確認できる。
また、中央アルプスもやや雲が絡み気味ではあるものの、木曽駒ヶ岳、三ノ沢岳、そして檜尾岳、熊沢岳、空木岳、南駒ヶ岳といった山々を確認することができる。

そして、ややボンヤリではあるが、北アルプスの方も笠ヶ岳を一番左として、 その右に西穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳、北穂高岳、大キレット、南岳、中岳、大喰岳、槍ヶ岳が続いているのが確認できる。
槍ヶ岳の右には独標、そして水晶岳が見え、少し間を空けて常念岳、大天井岳が見えるが、そのさらに右側の山は鹿島槍ヶ岳、五竜岳くらいしか判別できない。
しかし、帰宅後に写真を拡大すると、大天井岳の右には燕岳、立山、剱岳、蓮華岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、白馬岳といった山を確認することができたのであった。

道は暫く尾根上を進んだ後、ギザギザした岩場の稜線を避けて左下の斜面をトラバースする。
単に斜面を横切るだけではなく、時にはもう一段下に下りたりするので、少々分かりにくいところもあり、注意が必要である。
もしかしたら尾根上を進んだ方が良いのかもしれないのだが、ギザギザした岩場が続くので、それはそれで危険を伴うことになる。
道の方は再びグッと下るようになるが、この下った先がこの尾根の最低鞍部となるようで、そこからは樹林帯となり、 その先には緑の斜面の中に白い岩肌を露出させている前小太郎山が待ち構えている。

一方、尾根歩きは意外と風が強く、先程まで大汗をかいていた身体から体温を奪う。
おまけに、やはりノドの乾きと空腹を覚え、足の進みがかなり遅くなる。岩場に腰掛けて食事にすることも考えたのだが、少し寒いのでそのまま進み続ける。
振り返れば北岳が良く見えるが、その姿はズングリしており、上から押さえつけられているような感じであまり良い形ではない。
道はハイマツの中を進むようになり、さらに先で樹林帯に入る。
ここは風が遮られているので、倒木に腰掛けて 5分程休憩する。時刻は 11時3分。

ノドの渇きを癒やし、菓子パンを 1つ食して少し元気が出たところで出発。
樹林帯とは言え、木の生える密度は低く、時折 右手が開けて鳳凰三山が見える。しかし、薬師岳付近には雲がかかり始めている。
やがて、道は本格的なシラビソの樹林帯に入るものの、それ程長く続かず、すぐに岩とハイマツの道を登っていくようになる。
途中、短いロープにて岩をよじ登っていくと、再び展望が開け、振り返れば再び北岳が良く見えるようになる。
ここから見る北岳は、今まで見えなかった西へと下る尾根が見えるようになっており (途中に中白根沢ノ頭が見える)、根を大きく張った、 堂々とした姿に変わっていて大変魅力的で、先程の姿からの鮮やかな変身に驚かされる。
そして、前を向けば、ハイマツの海の向こうに前小太郎山が見えてくる。

ハイマツ帯を抜け、岩場を登る。見た目ほど岩場は厳しくなく、 それ程 苦労することなく登り着けば、そこには前小太郎山の小さな標識が立っている。時刻は 11時19分。
小太郎山はまだ先であるが、鳳凰三山方面に雲がかかりつつあることもあって、ここで周囲の山々をジックリと眺めることにする。
まずは正面にこれから登る小太郎山が見え、頂上標識も確認できる。近いようだが、そこに至るには一旦大きく下ってまた登り返さねばならない。
小太郎山の右後方には甲斐駒ヶ岳が見え、その右斜面下方には摩利支天があり、摩利支天の手前にはアサヨ峰が見えている。
アサヨ峰の右にはミヨシノ頭、早川尾根ノ頭と続いて、さらには赤薙沢ノ頭、高嶺、地蔵岳オベリスク、赤抜沢ノ頭、そして観音岳へと稜線が続いているが、 観音岳の右にある薬師岳、辻山は雲の中である。

またミヨシノ頭と早月尾根ノ頭を結ぶ稜線の後方には八ヶ岳が見えているが、 赤岳、阿弥陀岳はまだその頂上が良く見えているものの、東西の天狗岳を始めとするさらに左側の山々は今や雲の中である。
そして、目を鳳凰三山に戻せば、観音岳より右側は雲が多いため連なる山々を見ることができないものの、さらに右に目を向けると、 富士山が雲海の上に顔を出している。
富士山の右手前にはボーコン沢ノ頭が見え、その尾根はそのまま北岳へと向かっていくが、途中でこの小太郎尾根に隠れてしまう。

北岳は先にも述べたように、こちらへ下ってくる左側の小太郎尾根とバランスをとるように、 右側に中白峰沢ノ頭を途中に有する尾根が見えていて、それが威厳のある堂々たる姿を作り出している。
そして北岳から少し右に目を向ければ中央アルプスが見えるものの、先程に比べてかなり雲が湧き上がってきており、同定は少々難しい。
さらに右には北岳よりも堂々とした風格を見せている仙丈ヶ岳が続き、仙丈ヶ岳の右奥には北アルプスが見えている。こちらも先程よりもかなり雲が絡んでおり、 さらにはやや霞み気味である。そしてさらに右に白岩岳、鋸岳と続いて甲斐駒ヶ岳へと至ることになる。

雲が多いものの、久々の好展望に気をよくして 11時21分に先へと進む。
ハイマツがやや煩い中、尾根通しに岩場を進み、小さなアップダウンを繰り返しながら徐々に高度を下げていく。
岩場を過ぎ、一旦灌木帯に入ってそこを抜けると、小太郎山に向けての最後の登りとなる。あまり急斜面ではないのがありがたいが、 積み重なった岩が崩れやすい箇所が所々にあるので要注意である。
そして、最後は一直線に岩場を登っていくと、やがて頂上直下の小スペースに登り着く。ハイマツに囲まれたこの場所にはケルンがいくつか積まれており、 その先に甲斐駒ヶ岳とアサヨ峰が見えている。

その小スペースから左に少し曲がってハイマツの中を一登りすると、そこは小太郎山の頂上であった。時刻は 11時46分。
ここには三等三角点が置かれている他、『 山梨百名山 』 の標柱が立っている。
頂上の周囲にはハイマツしか生えていないため、ここからも 360度の展望を得ることができる。基本的には先程の前小太郎山、 あるいは小太郎尾根の途中で見た景色と同じであるが、最終目的地に到達したことで、もう少し詳しく周囲を眺めてみる。

すると、ここで一つ気になったのが、小太郎分岐点がかなり高く見えていることである。
地図で調べると、小太郎尾根に踏み入った所の標高は 2,850m程であるのに対し、この小太郎山は 2,725.4m。 つまり、帰りの方が高さを稼がねばならない訳で、これは少々厳しい。
ましてや、さらにそこから北岳に登るのは大変厳しそうで、とても挑む気になれない。

その北岳の右手奥をよく見ると、奥茶臼山がうっすらと見え、さらに右には前茶臼山と思しきシルエットも見えている。
このような新たに見つけた山もあったものの、全体的に雲が多くなってきている。北岳もバットレス側から雲が湧き上がってきており、 中央アルプス、八ヶ岳、鳳凰三山は雲に飲み込まれつつあり、北アルプスは辛うじて穂高連峰、槍ヶ岳が確認できるという状況である。
そんな中、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳には雲が全く掛かっておらず、泰然自若といった感じであるのが面白い。
富士山も雲海の上に姿を見せてくれてはいるが、こちらは時々雲に隠れてしまう状況である。

十分に景色を堪能し、休養もとったところで、12時3分に往路を戻る。
先にも述べた様に、ここからは一旦高度を下げた後、アップダウンを繰り返しながら徐々に高度を上げていくことになる訳で、 疲れた身体には大変厳しい。
それでも順調に進んで、前小太郎山を 12時24分に通過。目の前には小太郎山分岐、そして北岳へと登るルートが良く見えており、 その高低差に思わず怯みながらも先へと進む。
なお、忠実に往路を戻ったつもりであるが、注意力がやや散漫になっていたのであろう、途中 2箇所ほどで道を間違える。 2回目は少々ハイマツ帯を横切ることになり、かなり苦労してしまった。

そして、息絶え絶えになりながら小太郎分岐には 13時32分に戻り着く。
振り返れば、甲斐駒ヶ岳も雲に飲み込まれそうである (仙丈ヶ岳は依然として良く見えている)。
3分程休憩して広河原を目差す。ガスであまり展望が得られない中、黙々と下る。
右俣コースとの分岐には 13時43分に到着。今朝ほど、気持ちの良い右俣コースを下ることに方針変更したのだったが、 ガスがかなり上がってきていて北岳バットレスが見えない状況であるため、当初の予定通り馴染みのある草スベリを下ることにする。
左に道をとって、ダケカンバの林の中をジグザグに下る。黙々と下り続けていくと、やがてダケカンバの林を抜け、草付きの斜面に変わる。
急斜面を滑らないように下っていけば、ガスの中、下方に白根御池が見えてくる。

そして白根御池小屋には 14時30分に到着。桃味のソフトクリーム (500円也) を購入して少々休憩し、 14時37分に出発する。
16時10分のタクシーに間に合わすべく、少しペースを上げ、樹林帯を黙々と下り、広河原には 16時3分に到着したのであったが、 タクシーは最後の 1台が出発するところで、係の人にバスに乗るように指示される。
しかし、バス停には既に 7〜80人程の人が並んでおり、しかもバスは 2台しか来ないとのこと。列の後ろの方であることから覚悟はしていたものの、 芦安までの 1時間ほどずっと立ちっぱなしであった。

本日は、リハビリを兼ねて小太郎山に登ったのだが、初めてのコース、 初めての山ということで刺激を得られて大変楽しい山行であった。
しかし、一方で身体の方はかなり鈍っていることを感じ、北岳以上に厳しい山行に感じられた次第である。
確かに、地図上では広河原から北岳 (左俣コース) まで 5時間半となっている一方、小太郎山までは 6時間20分 (右俣コース使用)。 さらには、北岳からはほぼ下り一辺倒になるのに対し、上述したように小太郎山からは登り返しがキツイことを考えれば、小太郎山の方がキツク感じられるのも頷けるところである。


目からウロコのコースを辿って天狗岩、奥千丈岳  2017.8 記

梅雨入りしたとは言え、ほとんど雨の降らない日が続くが、 一方で自治会の仕事やら (今年から自治会に関わらざるを得なくなった)、家のリフォーム確認作業、リフォーム終了に伴う引越準備等々で、 毎日何かしらの用事が入り、山に行けない日が続く。
気が付けば 7月も半ばを過ぎてしまい、焦りを感じる中、19日は何も予定が無く、しかも前日の雨とは打って変わって晴れになりそうだということで、 早速 山に出かけることにする。

しかし、6月20日の白岩岳以来の山行であり、その間ほとんど運動をしていないことから、 タダでさえ体力が落ちている身にとっては行き先に迷ってしまう。そのため、ヤマレコの記録を調べまくったところ、国師ヶ岳近くの天狗岩に登った記録を見つけ、 俄然 食指が動きだす。
この天狗岩というのは、国師ヶ岳から南東に派生している天狗尾根の途中にある岩峰で、その頂上には宝剣が立っているのである。
その存在は以前から知っていたものの、如何せん下から登るのはかなりハードであるため、なかなか行く気になれずにいたのである。
無論、国師ヶ岳に登ったついでに往復してくるのが一番手っ取り早いのだが、その国師ヶ岳あるいは金峰山には何回も登っているため、 わざわざ出かける気になれず、ましてや大弛峠のように標高 2,360mもあるところからの登山は個人的に潔しとしない。

ところが、このヤマレコの記録では、大弛峠から国師ヶ岳を経て天狗尾根を下り、 天狗岩を通過した後は鶏冠山林道 (西線) へと下って、そこから白檜平 (しらべだいら) まで林道を歩き、白檜平から石楠花新道を登って奥千丈岳、 北奥千丈岳を経て大弛峠まで戻ってくるというルートをとっているのである。
これは目からウロコ、大弛峠からの登山を潔しとしない小生には思いもつかなかったルートである。
しかも、2013年5月に国師ヶ岳に登った際、北奥千丈岳、奥千丈岳を経て白檜平まで下ろうとしたものの、残雪が残る樹林帯で道が分からなくなり、 結局 途中で引き返したため、奥千丈岳にも未練が残っていることから、このルートはかなり魅力的である。
また、天狗岩には大嶽山那賀都神社 (だいたけさんながとじんじゃ) の奥宮があるとのことで (本宮は黒金山の南東山麓にある)、 岩の頂上に立つ宝剣はその奥宮に奉納されたもののようである。

7月19日(水)、3時半過ぎに横浜の自宅を出発する。前日の雨の影響か、空には雲が多く、この後の回復を祈りながら車を進める。
横浜ICから東名高速道下り線に入り、海老名JCTにて圏央道へと進んで、さらに八王子JCTからは中央自動車道に入る。
空模様は相変わらずであり、南アルプスもほとんど見えない状態の中、勝沼ICにて高速道を下りて国道20号線を大月方面へと戻る。
いつも通り柏尾の交差点にて左折して県道38号線に入った後、ナビの指示どおりに国道411号線、一般道を進んでいくと、 中牧神社北の交差点にて県道219号線入り、後は大弛峠までほぼ道なりとなる。
山中を進み、乙女湖 (琴川ダム) への下りに入る頃には、青空が広がり始め、テンションが上がる。
柳平のゲートを抜け、道は川上牧丘林道に入る。このゲートから大弛峠までは 14kmあり、道には 1km毎に標識が立っている。
この林道を歩いて大弛峠・国師ヶ岳に登ったことが 2回あるが、車でも長く感じるのに、よくもまあこんな距離を歩いたものである。

大弛峠には 5時55分に到着。平日というのに駐車場には十数台の車が駐まっている。
身支度を調えて 6時2分に出発。ここからは、左に道を取って金峰山に向かう人がほとんどであろうが、小生は右手の樹林帯に入る。
すぐに大弛小屋に至るが、小屋には 『 準備中 』 の札がぶら下がっている。
小屋の前を過ぎると、シラビソの中の登りが始まる。まずは道に丸太の横木が置かれた階段状の道が現れ、続いて立派な木の階段が現れたかと思うと、 その後、階段、桟橋が連続して、地面を踏む機会がほとんどない状態が続く。まるで、ビル内を回遊して高度を上げているという感じで、 登山という感じは全くない。
最近では 2012年、13年に国師ヶ岳に登っているが、いずれも残雪期であるため道は雪に覆われており、まさか道がこのような状況にあるとは全く知らなかったのだった。 これでは最早 登山とは言えない。
道がかなり抉れているので、その広がりを抑えるためであろうが、木道ならともかく、これはやり過ぎであろう。

6時12分に 『 夢の庭園 』 との分岐を通過、ここは真っ直ぐ進む (遠回りになるが、夢の庭園経由でも国師ヶ岳には登ることができる)。
展望の無い道が続く中、途中、右手の樹林が切れて朝日岳が見え、さらに進んで行くと朝日岳の左後方に金峰山、 そしてシンボルである五丈岩が見えるようになる。しかし、その後方には少し黒っぽい雲があり、本日は快晴、好展望とは行かないようである。
所々に土の道が現れるものの、総じて人工的な道が続く。一般的に登山道には大小の高低差が頻繁にあり、それが体力を奪うこととなるのだが、 ここは階段、木道、桟橋の連続で、身体に無理をさせて高低差を克服するということがなく、楽といえば楽である。
しかし、それでは全く面白味がない。

やがて、道は 『 夢の庭園 』 からの道と合流する。時刻は 6時19分。ここからも階段・桟橋が延々と続く。
慰めは樹林が切れて金峰山、鉄山、朝日岳が見えることであるが、朝日岳の右後方にあるはずの八ヶ岳は全く姿を見せてくれていない。
やはり、本日は展望が今一つのようである。
再び樹林帯の中に入り、階段を登り続けていくと、今度は小川山が見えるようになったものの、少しぼやけた感じである。
6時28分に 『 ← 大弛峠、国師ヶ岳 → 』 の標識を過ぎ、ほぼ直角に右に曲がって長い階段を登り終えると、嬉しいことに、 そこからは本来の登山道が続くようになる。
道の左右はシャクナゲの群落に変わり、まばらではあるものの所々に花が咲いている。花の色は白地にピンクが混ざり、内側に薄い緑色の斑点があるのでハクサンシャクナゲであろう。

傾斜の方はかなり緩やかになり、右奥の樹林越しに北奥千丈岳が見えるようになる。
丸い大きな岩がゴロゴロしている場所を過ぎ、樹林帯を少し進めば、やがて前国師に到着。時刻は 6時37分。
前国師は本来展望の良い場所であるが、青空は見えているものの、その下方に雲が多く、周囲の山はほとんど見えない。
休まずに先へと進む。すぐに下り階段が現れるが、人工的なものはここだけで、後は普通の登山道が続く。
周囲にコメツガ、シラビソ、そしてシャクナゲが見られる中、緩やかに高度を上げていく。土の感触はやはり良い。
北奥千丈岳への分岐となる三繋平 (みつなぎだいら) を 6時41分に通過、まっすぐ進んで国師ヶ岳を目差す。
本日、順調に行けば北奥千丈岳を経てここへと戻ってくるはずであるが、天狗尾根、石楠花尾根は初めてなのでさてどうなることであろう。

シラビソの林の中、広い登山道を進む。残雪期にはこの樹林帯の中をクネクネと歩いた記憶があるが、今はそれ程 頻繁な曲折はない。
丸く削られた岩がゴロゴロしている場所を過ぎ、再び歩き易い道になると、やがて樹林が切れて右手奥に北奥千丈岳が見え、 その後、すぐに国師ヶ岳頂上に飛び出す。時刻は 6時47分。
大弛峠で数人の登山者を見かけたものの、ここまで誰にも会わず、この頂上にも人はいない。やはり皆 金峰山を目指したのであろう。
一等三角点のあるこの頂上は南側が開けていて小広く、そこに大きな岩が点在していてなかなか雰囲気が良い。無論 展望も素晴らしいはずであるが、 本日はあまり良い状態ではなく、北奥千丈岳が見えるだけで金峰山も少し霞み気味、そして八ヶ岳、富士山、南アルプスなどは全く見ることができない。

岩に腰掛けてノドを潤した後、6時49分に先へと進む。
ここからは未知の領域であり、ワクワク感が増すが、一方で天狗尾根はなかなか手強いと聞いているので、天狗岩から引き返すことも念頭に置きながら進む。
『 お知らせ 西沢渓谷方面へ至る森林軌道跡の歩道が崩落し危険なため通行を禁止します 』 と書かれた注意書きの横を通り、 シラビソの中にシャクナゲが多く目立つ道を進んで徐々に下って行く。
やがて、『 甲武信ヶ岳 ←→ 国師ヶ岳 』 と書かれた標識の他、古い標識 2つほどが付けられた標柱が現れ、そこにはトラロープが張られている。 時刻は 6時57分。

事前の学習にてこのトラロープのことはインプット済みであり、縦走路から外れてロープを潜り、踏み跡を辿る。
すぐに先程と同じような 『 西沢ルートは進めない 』 旨の立て看板が現れるが、その前段には 『 ここから先、林道までは通行可能ですが・・・』 とある。 つまり、天狗尾根を下り、林道に至る迄は通行可ということなので、安心して先へと進む。
少し顔を上げると、『 大嶽山 奥之院 天狗尾根 → 』 と書かれた、この山域ではお馴染みの青地に白文字、そしてキツネのイラストが描かかれた標識が目に入る。

背の低いシラビソとシャクナゲが入り混じる中を緩やかに下って行くと、樹林が切れて斜面の縁に飛び出す。時刻は 7時1分。
ここからはこれから下る天狗尾根の一部が見え、その途中に目差す天狗岩も見えている。
また、天狗岩の後方に見えている少し尖った山が乾徳山であることに気がつく。ということは、その左に見える丸い大きな山は黒金山ということになるが、 見る方向によって随分印象が違うものである。
この広々とした景色を見て一気にテンションが上がる一方で、はてさて、この後どのような道が待っているのか、少々不安も増してくる。

ここからは大きな岩が林立する中を縫うようにして下って行く。
このルートを通る人はそれ程多くないのであろう、先の縦走路に比べて、道はやや歩きにくい。
しかし、赤テープが頻繁に付けられており、ルートは明瞭である。
とは言っても、時々、赤テープを探して周囲をキョロキョロすることが数回あったのだが、落ち着いて探せば必ず見つけることができる。
勝手に判断して踏み跡らしきものを辿るのは危険で、少し進んでもテープが見つからなければ戻るべきである。

岩場は段差が大きいことが多く、下りるのにやや苦労するが、初めての道というワクワク感がそれを帳消しにしてくれる。
狭い岩の間を抜け、飛び下りるような形で岩場を下り、シャクナゲが多く目立つ道を下る。難路とは言え、両手にストックを持つ身でも下ることができるので、 難易度はあまり高くない。
暫く下っていくと、時々先の方に天狗岩が見えるようになるが、先程はかなり下方に見えた岩が今はほぼ同じ高さに見えており、 頂上部の宝剣も肉眼で確認できるようになる。

急な下りが続く中、やがてやや平らな場所に飛び出す。
ここは天狗岩の展望台といったところで、頂上部の宝剣も良く見え、天狗岩の左後方にはうっすらと黒金山も見えている。
さて、どうやら天狗岩に行ける目途もついたので、天狗岩に登った後どうするか思案し、このまま下り続けることにする。
下ってきた斜面がかなり急であることから登り返すのは億劫であり、またこのテープの量ならばこの先も迷うこともなかろうと思われるからである。

再びシャクナゲとシラビソ、そしてハイマツの海に身を投じ、 その中をクネクネと進んで行くと、やがて目の前に天狗岩が現れ、道の方はその手前にて左右に分かれることになる。 ピンクテープは左に付いているので左へと進み、途中で道から外れて右手の天狗岩に取り付く。
岩は登りやすいものの、油断は禁物。バランスを崩したら滑落の危険性があり、特に強風時は注意が必要である。
大岩の重なりをよじ登り、宝剣の後ろに立つ。時刻は 7時19分。
宝剣を固定している基部の鉄箱には奉納者の名前の他、宮司、先達の名が書かれており、建立が昭和39年7月とある。
当然、ここは見晴らしが良いはずだが、近くの乾徳山、黒金山もボンヤリとしていることから、遠くの山々の状況は推して知るべしである。

さて、折角 天狗岩に登ったので、当然 大嶽山那賀都神社奥宮にもお参りしたいところである。
普通ならば、その場所を探すのはなかなか難しそうであるが、先のヤマレコにその場所が記載されていたため、目印となっている折れた鉄剣を探す。
鉄剣は岩の南西側にあるとのことなのでそちらを見ると、すぐ下の岩に何やら茶色いものが見えたため、そちらに下りてみる。
やはり、見えたものは折れた鉄剣で、そこには奉納者の名と思われる文字が刻まれている。

肝心の奥宮であるがすぐには見つからない。
周囲に目を凝らすと、北側の岩と岩の隙間からなる窪地に細いロープが垂れているのが目に着く。 もしやと思い、その窪地に下りてみると、その奥 (折れた鉄剣側) は小さな窟屋となっていて、中に紫色の幕が張られ、幕の前には 3本の木製の剣が立てられていたのであった。
その 3本の剣には、左からそれぞれ 『 大雷神 (おおいかずちのかみ)』、『 大山祇神 (おおやまつみのかみ)』、『 高龗の神 (たかおかみのかみ)』 と書かれており、 後で調べると、この三神は大嶽山那賀都神社のご祭神とのことであった。
そして、三神の前にはカップ酒などが供えられており、また紫色の幕には 『 平成27年7月吉日 』 とある。

7時26分に奥宮を後にして天狗岩を下りる。
その際、少し無理をして下方の岩に飛び下りたのだが、その際に着地場所が少しズレ、右足首を痛めてしまう。
まあ、歩くのには支障ない程度だが、あれから 10日以上経った今でも、朝起きると少し痛む状況である。
天狗岩の基部に戻り、先へと進む。
振り返れば下ってきた尾根がよく見える。木々の緑が目立つ、なかなか見事な三角形の高みの所々に岩峰が見えており、その傾斜はかなりキツそうである。 標高差は 150m程と思うが、数字よりもかなり高いように思え、やはり登り返すのは結構 厳しそうである。

テープを忠実に辿り、岩と岩との間を苦労して抜けていく。
少し進んで振り返れば、天狗岩が再び見えるようになるが、宝剣は背後の空が灰色のため全く確認できない。
そう、天候の方は完全に曇りとなり、もしかしたら雨が降るのではないかとさえ思われる状況である。
さらに下り、露岩の左を巻いていくと、『 ← 国師ヶ岳 西沢渓谷・広瀬 → 』 と書かれた標識が現れる。久々の標識にホッとする。
足下に苔が多く生える松林を下って行くと、再び前方が開け、下方に露岩の平坦地が見えている。
そして、そこに至るまでの間、岩が多く露出した斜面を下っていくことになるのだが、最後の下りが岩場の急斜面となっている。
岩場にロープなどはないため、足を置く場所を慎重に選びながら下る。
漸く斜面を下り終えて振り返れば、斜面はかなり急に見え、とてもこちらのコースを登りに使う気にはなれない。

傾斜が緩やかになった道を下る。途中、間違えて踏み入らないようにとのトラロープが張られている場所を通過し、 先程上から見えた露岩の平坦地には 7時49分に下り着く。
ここで小休止。この頃になると、一時は暗くなりかけた空も少し明るくなっており、雨の方はどうやら大丈夫そうである。
また、西側にはこれから登ることになる石楠花新道のある尾根が見え、そこの一部に陽が当たっている。その尾根をじっくり眺めると、 最初は急だがその後暫くは緩やかな勾配となり、最後は再び高みに向かってグッと傾斜がキツクなるようである。
その最後の高みが北奥千丈岳と思われるものの、全く馴染みのない角度から見上げているため、断定する程の自信はない。

7時53分に出発。ここからは 2回ほど大きな岩の横を通過した後、ほぼ樹林帯の下りが続くようになる。
樹相も変わり、周囲には松が多く見られるようになる。
テープの方は頻繁に付けられており、迷う心配はない。この天狗尾根を下るにあたっては、地図上の破線ルートであるため少し心配であったのだが、 これならば全く問題ない。
下草のない、松葉が敷き詰められたような道をドンドン下る。やはり、こちらを登りに使うのはキツイようである。
左手人差し指で方向を指し示しているような岩の横を通り、苔むした倒木の間を縫うように下る。足下は松葉でフカフカしている。

かなり下ってくると、今まで殺風景だった道の周囲にシャクナゲが現れてホッとする。
シャクナゲのトンネルを抜けていくと、丸太の横木による階段 (但し相当古いもので、朽ちかけている) が何回か見られるようになる。
かつてはここも整備された道だったのか、それとも林業用に整備されたものなのか・・・。
忠実にテープを辿っていくと、道は途中から大きく左に曲がり、再びシラビソの林の中を下るようになる。
この頃になると、登山道上にも樹林を通して陽が当たるようになるが、かといって青空が広がるという状況ではない。
樹林の中をジグザグに下り続けて行くと、やがて赤テープが巻かれた 1本のダケカンバが下方に見え、その後方に舗装道も見えている。
そして、8時30分に鶏冠山林道(西線)に下り立つ。

この取り付き口に標識は見当たらないが、先程の 1本のダケカンバと、 その手前に立つ 『 山火事注意 』 の文字と炎の絵が描かれた看板が目印になりそうである。
さて、ここからは林道歩きが続く。右に進んで行くと、すぐに西沢渓谷に繋がる道が左手に現れるが、これが通行禁止のルートで、 当然、ここはそのまままっすぐに進む。
しかし、ここで誤算が生じる。ここから白檜平までの道は下り勾配に違いないと思っていたのに、何と緩やかながらも登り勾配なのである。
地図を見ると、天狗尾根の取り付き口の標高は 2,000m前後であり、白檜平の標高は 2,154m。この 2地点間の距離が長いため、 150mの高低差とは言え勾配は緩やかであるが、やはり登りが続くのは辛い。

黙々と林道を歩く。林道は途中に路肩が崩れかけた所があるものの、舗装された綺麗な道である。
しかし、まさかここを車が通ることはあるまいと思っていたところ、白檜平に至るまでに 2台の作業トラックと擦れ違う。
また、途中、右手の法面のネットが落石を辛うじて押さえ込んでいる箇所があったので、なるべく道路の左、谷側を進むようにする。
黒金山林道の分岐を 8時53分に通過。単調な道に嫌気が差し始め、加えて空腹でフラフラになりかけた頃、嬉しいことに前方にいくつかの標識が見えてくる。 漸く白檜平に到着である。時刻は 9時25分。
ここから左の斜面に取り付けば、ゴトメキ、トサカ、大ダオを経て黒金山や徳和に至り、さらに少し先にて右の斜面に取り付けば奥千丈岳、 北奥千丈岳のある石楠花新道である。

その石楠花新道の取り付き手前にある広場にて暫し休憩。 この白檜平は、今は道路が通っているが、かつては湿原の広がる場所だったと思われる。今も湿原は少しだけ残っているものの、見るべきものはない。
漸く腹を満たしたところで、9時39分に出発。ここからは本日初めての本格的な山登りとなる。
標識に従って湿原を越え、シラビソの林に入る。暫くの間 平らな道が続く。道の左右は苔むしているので、道は明瞭である。

少し進むと、『 ← しらべ平 北奥千丈 国師岳 → 』 と書かれたかなり古そうな標識が現れ、 そこを過ぎると、道に傾斜がつき始める。
ところで、このルートは大弛峠までの林道が整備される前は、山梨側から国師ヶ岳に向かうメインルートだったはずである (国師ヶ岳は奥秩父でも奥深い山の一つであった)。
従って、ルート上には往時の立派な標識がいくつか残っているが、今は歩く人もそれ程 多くないのであろう、新しい標識は皆無であり (一方、 テープの方は新しいものもあるようである)、さらに倒木がかなり煩いところがある。
しかし、如何にも奥秩父らしいシラビソの林、そしてその下方を覆う緑の苔群はなかなか良い雰囲気を醸し出してくれている。

再び古い標識を見て先へと進む。少し登っては平らになり、また登りが現れるというパターンが続くため、意外と足が進む。
やがて、4本目か 5本目の標識を見た後、勾配は少々キツクなり始める。
喘ぎつつも、斜面をジグザグに登っていく。ルート上には誰一人いないと思われるので、後ろから来る登山者に抜かれる心配もなく、 キツイながらも自分のペースで登っていけるのがありがたい。
展望の無い樹林帯が続く中、やがて斜面の先、樹林の間に空間が見えてくる。そろそろ奥千丈岳かと思ったが、先日の白岩岳同様、 登り着いた所はただの高みで、まだ先に斜面が続く。
そして、この辛い登りも漸く緩み始めたかと思うと、今度はルート上に倒木が頻繁に現れるようになる。やはり、この道に整備の手は入っていないようである。

おまけに倒木が煩いため、ルートが分かりづらい。
ヤマレコのレポートでも、倒木にて道を見失ったものの、倒木に沿って左に進んだら道が見つかったとあった。小生も実践してみると、その通り、 再びテープが見つかってホッとする。やはり、最新の情報を仕入れておくことは重要である。
障害物競走のように倒木が続く場所を過ぎると、左手に立ち枯れが目立つようになる。立ち枯れている木は疎らなので、 本来ならばその向こうに周囲の山々が見えるのかもしれないが、ガスが掛かっているのか、立ち枯れの後方は真っ白である。
さらに進んで行くと、またまた斜面の先に空間が見えたので、今度こそと思って登っていくが、またもや裏切られることになる。
その高みには苔むした岩があり、そこに朱色で 『 → コクシ 』 と書かれている。時刻は 10時32分。

その岩から道は一旦下りとなり、その先、樹林越しに大きな高みがチラチラ見えるようになる。 今度こそ奥千丈岳ではないかとの期待を持って足を進める。
道が登りに入ると、またまた倒木が多くなり、そこを何とか抜け出すと、周囲は美しいシラビソの樹林帯に変わる。シラビソの幹は細いので、 やはりそれなりに高度を上げてきていることが分かる。また、下部にはシラビソの幼木がかなり密生している。

またまた斜面の先、樹林の間に空間が見え、期待を持って登っていくと、 今度は裏切られることなく、奥千丈岳に到着したのであった。
時刻は 10時43分。
頂上には三等三角点があり、立派な標識も置かれているのだが、周囲を樹林に囲まれて展望は無く、さらにはもっと先の方に高い所もあるようなので、 頂上という雰囲気はあまりない。和名倉山や天城山の万二カ岳のように、気づかなければ通り過ぎてしまうような頂上である。
なお、頂上標識の根元にカモシカの頭部と思われる白骨が置かれていた。これも事前にヤマレコで情報を得ていたのでさほど驚かなかったが、 いきなりこの頭蓋骨を見たらドキッとするところである。

三角点の上にザックを置いて、ノドを潤し、10時48分に出発。
ここからは今まで倒木に苦しんだことが嘘のように、よく踏まれた明瞭な道が続くようになる。恐らく、大弛峠から北奥千丈岳、 そしてこの奥千丈岳をピストンする登山者が多いということであろう。
奥千丈岳からは暫くほぼ平らな道が続いた後、少し傾斜が出てくると、やがて Y字路を示すペンキ印が書かれた岩が現れる。
時刻は 10時58分。
左に進むのが正式なルートで、右の道はそのまま斜面を直登して尾根上に登る感じであったが、踏み跡は薄い。
ただ、左に進んで行くと、高度を上げることなく、斜面を横切る道が長く続くので少々不安になる。まあ、テープがしっかり続いているので間違ってはいないはずだが、 それにしてもドンドン方向が逸れているような気がしたのは、先程の Y字路のことが頭にあったからである。

長く続いた斜面を横切る道もやがて終わりとなり、右手の斜面を登っていくようになる。
道は少し登っては平らな道が現れるというパターンを繰り返しながら高度を上げていく。
そして、11時34分、見覚えのある標識の前を通過する。この標識は 2013年5月に北奥千丈岳から奥千丈岳を目差したものの、 道が分からなくなって戻ることにした際に見た標識である。
その時の標識は雪の上 50センチほどの所にあったと記憶しているが、今回 この標識は 2m近いところにあったので、 当時は大変な量の雪が残っていたことになる。道が分からなくなったのも無理もなく、あのまま先に進んでいたら大変苦労したことであろう。

この標識を過ぎれば北奥千丈岳は近いと思ったのだが、それ程甘くはない。
何度か頂上かと思われる高みを越え、最後は大岩の横を抜けて漸く北奥千丈岳に到着したのであった。時刻は 11時46分。
ここからは人気ルート、俄然人が多くなる。
この北奥千丈岳でタップリ休み、11時59分に出発する。

なお、北奥千丈岳からの展望であるが、雲が湧いてきていて金峰山は雲の中、 小川山、男山、天狗山、御座山 (おぐらさん) が辛うじて見える程度である。無論、八ヶ岳は見えない。
また、向かい側の国師ヶ岳は良く見えるものの、その右後方にはガスが出ていて僅かに木賊山と思しき高みがチラリと見えるだけである。
北奥千丈岳からはユックリと三繋平に下り (12時2分着)、前国師を 12時5分に通過、木道、階段を下って、途中、『 夢の庭園 』 経由の道を辿り、 大弛峠には 12時28分に戻り着いたのであった。

本日は目からウロコのルートにて念願の天狗岩、そして奥千丈岳に登ることができ、大変満足である。
展望の方は今一つであったが、やはり初めてのルートは刺激があって楽しい。
また、クラシックルートである石楠花尾根を辿れたのも嬉しいことで、いかにも奥秩父らしい道にこれまた満足である。
しかし、先日の白岩岳、そして今回の天狗岩と、初めてのルートにてワクワクすることが続くと、 これはもう既に登ったルートを辿るのでは満足できなくなってしまいそうである。


念願の白岩岳  2017.6 記

6月はいろいろ忙しくて山に行けない日が続く。漸く16日に山に行く余裕ができたのだが、 朝 3時に起きると身体が怠く、眠くてたまらない。
結局、この調子では車の運転並びに登山は難しいと判断し、この日の山行は諦めたのであるが、この眠さ、怠さの原因は服用している薬と思われる。 実は、仮住まいの庭木があまりにも伸び放題であるため数日前に少し伐採をしたところ、チャドクガに刺されてしまったらしく、 左腕を中心に赤くはれ上がって痒くてたまらない症状に見舞われてしまったのである。
そのため、皮膚科にて塗り薬とともに、アレルギー症状を抑えるための抗ヒスタミン剤としてこの飲み薬を貰ってきたのであるが、 この薬は副作用として眠気、倦怠感なども表れる場合があるとのことで、まさに小生はその副作用が出てしまったようである。

ということで、数日間 車の運転を控え、山行も止めていたのであるが、 漸く飲み薬を服用しなくてもよくなったことから、20日に山に行くことにする。行き先は、南アルプスの白岩岳。
かなりマイナーな山ではあるが、八ヶ岳から南アルプスを眺めた際、鋸岳方面から釜無山、 入笠山へと続く尾根上に見えているなかなか形の良い山がこの白岩岳であり、近年登った硫黄岳や横岳、そして天狗岳などからこの山を眺めていつか登りたいと思っていたのである。
ただ、マイナーな山故に、残念ながら 『 山と高原地図 』 に登山ルートは記載されていないのだが、山行記録はヤマレコにも時々上がっていてそれなりに情報がある。
従って、近頃 新しい山に挑戦していないことに我ながら不満を覚え始めている中、この山はまさに打って付けのターゲットなのである。

6月20日(火)、3時20分に横浜の自宅を出発する。上空には雲が多く、 星はほぼ見えないが、予報では白岩岳のルートがある伊那地方は午前中晴れとのことなので、それが的中することを願うばかりである。
いつも通り、東名高速道−圏央道−中央自動車道と進む。相変わらずドンヨリとした曇り空が続き、さらには相模湖ICを過ぎるとガスも出てきて少々心配になったものの、 車が進むに連れて青空が広がり始め、須玉ICを過ぎる頃には完全に晴れとなってくれたのであった。
諏訪ICにて高速道を下り、すぐに国道20号線のバイパスを右へと進んで韮崎方面に戻る。やがて、国道152号線との立体交差になるので、 陸橋手前から側道を進み、すぐに右折してその国道152号線に入る。
国道20号線、中央自動車道を潜って少し進むと高部東の丁字路に至るので、そこを左折する (道は国道152号線のまま)。

600m程進んで、今度は安国寺西の信号を右折して国道152号線は山へと入っていく (杖突街道)。
山中を進み、杖突峠を越えると、道は高遠町へと下っていき、高遠城趾を過ぎた所で左折して秋葉街道に入る (国道152号線のまま)。
美和湖を右手に見ながら暫く進んで行くと、やがて前方に赤い三峯川橋が見え、その手前に 『 ← 南アルプス林道・戸台 』 と書かれた標識が立っているが確認できる (戸台口)。
標識に従って橋の手前を左折し、黒川沿いに進む。南アルプス北沢峠へのバス発着所である仙流荘の脇を過ぎると、片側一車線の快適な道はやがてセンターラインのない狭い道へと変わる。
擦れ違いが難しい場所も多々あり、少し緊張するが、この先に人家はあまりないと思われるので基本的に対向車は少ないはずである。

戸台口から 6km弱進んでいくと、右手に戸台大橋が見えてくる。この橋を渡って右へと進めば甲斐駒ヶ岳、 仙丈ヶ岳の登山口である北沢峠へと通じているのだが (一般車は通行禁止)、目差す白岩岳へはそのまま真っ直ぐである。
ここからは黒河内林道となり、舗装道とはいえ道はさらに狭くなって、擦れ違いがかなり難しい状況が続く。
また、左側の斜面から落ちてきた岩屑が道に散乱した箇所が多々あって注意が必要である。
右下に流れる小黒川 (戸台大橋より上流は小黒川というらしい) 沿いに林道を 5km程進み、やがて道路上に猿の群れが現れ始めたかと思うと、 その少し先にシンナシ沢橋が見えてくる。
事前に得た情報では、さらに先へと進むことができるようであるが、橋の手前左側にあるスペースに車を駐める (2、3台駐車可)。
時刻は 6時32分。

朝食がまだなので車の中で食べようと思ったのだが、気持ちが逸るのか、 少し落ち着かなかったため、すぐに身支度を調えて 6時37分に出発する。天候は晴れではあるもののスカッとした青空とは行かない状況である。
橋を渡って林道をさらに先へと進む。ここまでずっと舗装されていた道が未舗装に変わると、やがて前方に大きな岩が見えてくる。
この岩の先に林道と分かれて右に下る道があり、事前に得た情報では、その下った所に駐車スペースがあるとのことである。
6時37分、その大岩を通過すると、情報通りその先に右に下る道が現れる。
ただ、草の斜面であり、駐車スペースも狭いことから、先程のシンナシ沢橋の袂に駐めたのは正解であろう。
一方、シンナシ沢橋、そしてこのスペースに車は全くないので、本日 白岩岳に登るのは小生一人となると知り、少々心細さを覚える。

その小スペースからは戻るようにして下方へと下る小道があり、 そこを辿っていくとすぐに小黒川にぶつかることになって、そこには丸木を数本まとめただけの橋が架かっている。時刻は 6時44分。
橋は一見危なっかしく見えるものの、意外としっかりしており、難なく渡ることができる。
丸木橋を渡った後、蛇籠の堤を登ると、そこには三方を山に囲まれた草地が広がっていて、左手には廃屋となった旧営林署の建物が草と樹林の間に見えている。
また、右手を見れば、樹林に囲まれた斜面が迫っており、そこが山への取り付き口なのであろう、木の枝から赤色が少し脱色したテープがぶら下がっている。

この先 急登が連続するとのことなのでまずは腹拵えと思い、旧営林署の建物の方へと進んで握り飯を頬張りながら周囲を見学する。
建物は 2階建てになっており、2階部分が宿泊場所なのであろう、ガラス越しに破れた障子が見えているが、窓から顔が覗くのではないかと思えて少々目を向けにくい。
6時50分、食事を終えて出発。先程 小黒川の堤を登って来た場所まで戻り、さらに先へと進んで山の取り付き口に向かう。
事前の調べでは、ここから白岩岳に登るルートとして、白岩谷の右側の尾根を登るルート、白岩谷そのものを登るルート、 そして白岩谷の左側の尾根を登るルートがあるようだが、単独行であり、本日は他に登山者がいないことを考慮して、 比較的良く踏まれていると言われている右側の尾根を進む (他の 2ルートはさらに小黒川沿いに進むことになる)。

テープの下を潜り樹林帯に入ると、いきなり急坂となるもののすぐに斜面は緩やかになる。 左手にテープが見えているのでそちらに進む。
手元には国土地理院の電子国土WEBからダウンロードした地図に、既に登られた方々のルートを手書きで書き込んだものがあるだけなので、 本日はテープに頼るところ大である。
しかしである、このルートはテープが頻繁にあるとのことであったが、意外とテープが疎らなので少々戸惑ってしまう。
5つほどテープを追った後は、全くテープが見つからなくなったため (小生の目がそれ程良くないこともある)、 とにかく斜面を真っ直ぐに登り続けていくと、足下に踏み跡らしきものが現れる。

その踏み跡は斜面を左手の方に登っていくので少々おかしいとは思ったものの、他に手がかりはないのでそのまま進み続ける。
すると、斜面をほぼ水平に横切るよく踏まれた道に合流したのでホッとしたのであるが、ここで今までの流れからついそのまま左の方へと足を進めてしまったのである。
しかし、進めど進めど一向にテープは現れず、これはルートを誤ったかと思い始めた頃、先の方に小さな谷が現れ、道はそちらへと下っていくではないか。 これは完全にルートを誤ったと確信し、来た道を忠実に戻る。
漸く最後に見たテープの所まで戻り着いたのであるが、16分程時間を無駄にしてしまったのであった。

けれども、振り出しに戻ったとは言え、この先の目処が全くつかない。
仕方なく、今度は右手に向かって斜面を適当に進んで行くと、漸く次のテープが見つかり、そこからはよく踏まれた道がこれまた水平に続くようになる (もしかしたら先程の水平な道と繋がっているのかもしれない)。
水平の道を右に暫く進んで行くと、『 → 八九四 』 と赤字で書かれた木が現れる。しかし、その先を見ると大きな倒木が道を塞いでいる様子なのでまたまた道が分からなくなる。 時刻は 7時19分。
仕方なく、ここからは斜面を直登することにする。この斜面は足下に下草は全くといって良い程生えておらず、足を入れると土ごと崩れやすく、 登るのに苦労する。さらには、この先の目処が全くついていないので、どうも身体に力が入らない。

何とか枯れ枝と枯れ葉、そして崩れやすい土の斜面を登り続けていくと、 やがて斜面右手上方の樹林が切れ気味でやや明るくなっているのが見えたので、そちらを目差すことにする。
すると、今までの苦労が嘘のような、固い地面の尾根筋に到達し、そこには赤いテープがあったのだった。
さらに嬉しいことに、尾根の上方を見やると、今までとは違ってテープが頻繁に続いているのが見えるではないか。漸くルート上に辿り着いたようで心底ホッとする。 時刻は 7時34分。
ここからも急斜面の登りが続くが、ルート上に乗ったという安堵感が足を進ませる。無論、今までのような崩れる足下ではない上に、 うっすらと道があるので足運びも楽である。

展望の無い樹林帯の中をほぼ直登する。実際には、道は小さな振幅にてクネクネとしているのだが、その振れ幅は 2m以内で、ほぼ一直線に近い。
ただ、先程も述べたように、この先の目処が付いたことが気持ちを楽にしてくれ、体力不足の現状であっても意外と足が進む。
それにしても、最も登山道に近い状態とのことであるこのルートでさえ苦労したのであるから、他の 2ルートはもっと苦労するに違いない。
安全を考え、このルートを選んで正解であった。
なお、もう夏なのであろう、蝉の鳴き声がかなり煩い。

長く続いた急斜面も漸く一息つけるような勾配に変わると、この辺からは斜面上に白い岩が時折現れるようになり、 さらには白い岩屑が足下に見られるようになる。
石灰岩とのことらしいが、この山の名も谷筋に見られる石灰岩や山頂の北側にある大きな石灰岩の岩峰に由来しているようである。
緩やかな斜面の登りは、さらに傾斜を緩め、ほぼ平らな道が続くようになる。時刻は 7時51分。
ただ、このルートは正規な登山道ではないため、途中に指標となるものが乏しく、自分の位置がほとんど分からない (GPS専用機やスマホは持っていない)。 手元の地図を見ると、1,500m 〜 1,550mの間がかなり広いので、恐らくその付近にいるものと思われる。
ということは、まだ行程の 1/3程度であり、先は長い。

この平らな道はそう長くは続かず、一旦少し下った後、再び急斜面の登りが始まる。
ここの斜面では木の表側や内部が焼け焦げて真っ黒になっている倒木が時々現れるが、この黒焦げは落雷によるものであろうか ?
また、登っている尾根は左右とも緩やかに落ち込んでいるため、あのまま彷徨ってこの尾根を見つけられなかったら、頂上に着けないということである。 そう思うとゾッとする。
やがて、周囲の白い岩が苔むすようになり、シダ類も多く見られるようになる。一方、相変わらず樹林の中、展望は全く得られない。
唯一希望となるのが、登っている尾根の先にある木々にチラチラと空間が見えることである。あそこまで登り着けば展望が得られるなり、 一息つけるような場所があるに違いないと思いながら登り続ける。
しかし、実際は登り着けばさらに先へと延びる尾根が待っているという状態が続く。

枝を多く有した倒木が道を塞いでいるような場所を過ぎ (ここはテープが明確なので抜けられる)、 何回か痩せ尾根を通過し、白い岩の横を進んでいくと、やがて右手の樹林が少し切れて高みがチラリと見えるようになる。
それが白岩岳かどうかを知るすべはないが、稜線までまだまだ距離があることは確かである。
また、途中で何回か白い大岩の下を巻くことになったが、もしかしたらその大岩に登れば展望を得られたのかもしれない。
その中の 1つである大岩の下を進み、少し荒れ気味になっている斜面を登る。すぐ上は稜線のようなので、疲れが出始めてはいるものの、少し足が速まる。
しかし、登り着いてみると、稜線と思ったところは小さな支尾根で、目の前の谷の向こう側に稜線が見えている。やはりまだまだ遠い。

道の方はこの支尾根を右に進み、小さなマウンドを越えた後にまたまた急登が始まる。
しかし、ここからは今までと少し雰囲気が変わり、周囲にはカニコウモリらしき群落 (無論、花期ではない) が現れ、その後やや倒木の多く目立つ斜面をジグザグに登るようになる。
上方を見上げれば、またまた樹林の向こうに空間が見えているので、稜線が近いという気にさせられるが、先にも述べたように、 登り着いてみるとさらに先に斜面が待っており、武蔵野の逃げ水の如く、稜線にはなかなか到達できない。

そんな中、振り返ると、木々の間からまだ雪が残る山がチラリと見える。 木々に囲まれて断片的であるため山名当てクイズのような状況であり、その時は山名が分からなかったのだが、白岩岳頂上にて中央アルプスを眺めた時、 見えたのが仙涯嶺付近であったことを知る。
残雪の山を見て少し元気をもらったものの、やはり厳しい登りに息が上がる。オマケに空腹を覚えるとともに、身体が水分を求めている。
ただ、少し傾斜が緩み始め、さらには上方の木々の向こうにまた空間が見えているので、もうすぐ稜線に違いないと思ってついつい登り続けてしまう。
しかし、先程と同じで今回も武蔵野の逃げ水の如く、さらに先へと登りが続く。

こうなってはもう我慢できず、休憩することにする。時刻は 9時51分。
やはり、かなり水分不足に陥っていたのであろう、先日の蝶ヶ岳と同じく 500mlの ビタミンウォーターを一気に飲み干してしまう。
そして、アンパン (勿論つぶあん) を一つ頬張り、ついでにアミノバイタルを水とともに流し込んだ後、出発する。
この間、立ったままであり、時間は 5分足らず。長い休憩、ならびに腰を下ろすと出発が億劫になるので、避けたものである。
かなり緩やかになった斜面を、大きな振幅にてジグザグに登っていく。ここに至るまでにはシラビソ、トウヒなど多くの種類の木々が見られたが、 この辺からは俄然シラビソが多くなり、南アルプスらしき雰囲気が漂い始める。

そのシラビソの間を縫うようにして登っていくと、ついに道は平らになって右の方へと進むようになる。漸く稜線に到着である。
時刻は 10時6分。稜線上は今まで以上にテープ類が多く見られ、また足下も普通の登山道と変わらないほど明瞭である。
足取りも軽くなる中、苔むした樹林帯を進んでいくと、やがて 『 境界見出標 』 が現れる。
ということは、今歩いている左側は長野県諏訪郡富士見町となり、右側は伊那市ということになると勝手に解釈したが、 実際は森林管理局によって保安林を区切っているだけなのかもしれない (ただ、帰宅後調べると、富士見町側だけが保安林となっていたので、 市町村境と言っても強ち間違いではないようである)。
展望は全く無いが、頂上が近いことが分かるので足が進む。

やがて、左下方樹林越しにササ原の窪地を見て少し進むと、樹林帯を飛び出して目の前に小山が現れる。時刻は 10時13分。
ついに白岩岳頂上かと期待しつつ斜面を登る。この斜面にも白い岩が散らばっているが、それよりも目立っているのが白い花である。
葉の形から、恐らくシロバナノヘビイチゴと思われるが、足の踏み場を選ばねばならないほどに咲き誇っている。
そして、左手には頂上部分が乳首のように突起している山が見えている。しかし、見たことがある山ではあるものの、とっさには名前が思い浮かばない。 疲れて頭の動きが鈍くなっているなと思いつつよく見ると、その山の左後方に甲斐駒ヶ岳が確認できたので、見えている山が鋸岳 (第一高点) と気付く。 そう言えば、その姿は以前 釜無川の沿いのルートを辿り、三角点ピークから見た姿そのものであった。
鋸岳、甲斐駒ヶ岳の後方にはやや雲が多く、青空をバックに映えるという訳にはいかないが、ここまでほとんど展望が得られなかっただけにテンションがグッと上がる。

そして、斜面を登り切り、疎らに生える木々の間を抜ければ、そこは白岩岳の頂上であった。時刻は 10時16分。
急登の連続に苦労はしたものの、意外にあっさりと到着したので少々拍子抜けだが、それでも念願の頂上に立てたのは非常に嬉しい。
この白岩岳の頂上には二等三角点 (標高 2,267.4m) の他、この山の特徴である白い岩が散乱しており (ケルンのように積まれているものもある)、 さらには歴史を感じさせる石碑も置かれている。
石碑を見ると、その正面には 『 通大天狗 』 と彫られており、さらに右サイドには 『 天保五年 甲午(きのえうま)八月吉日 五穀成就 』、 左サイドには 『 黒河内村 施主 山本講中 』 とある。
天保五年 (1834年) は天保の大飢饉 (1833〜39年) の最中なので、このような奥深い山に重い石碑を担ぎ上げたということは、 村民の五穀豊穣に対する願いがかなり切実なものだったと推測できる。

さて、展望の方であるが、ややドンヨリとしていてスッキリとしないものの、それなりに多くの山々を見ることができる。
まずは上述の石碑後方には中央アルプスが見えている。目が行くのは木曽駒ヶ岳と言いたいところだが、実際は空木岳がよく目立ち、 その左に赤梛岳、そして南駒ヶ岳が続く。
南駒ヶ岳の左には、先程 樹林帯の中でチラリと見えた山が見え、ここでその山が仙涯嶺であったと気付く。
仙涯嶺の左には越百山が続き、少し間を空けて安平路山が確認できる。

また、空木岳に目を戻せば、その右側の稜線は木曽殿越方面へと大きく下った後、 再び東川岳へと立ち上がり、さらに右に熊沢岳、檜尾岳といった東川岳と同じような高さの山が続く。 檜尾岳から下った稜線は、濁沢大峰へと立ち上がり、その右には三ノ沢岳があたかもその稜線上にあるかのように見えている (実際は稜線の後方に見えている)。
そして、三ノ沢岳の右手、濁沢大峰から続く稜線の先には島田娘、宝剣岳、伊那前岳、中岳が続き、木曽駒ヶ岳へと至っているが、 宝剣岳、伊那前岳、中岳については肉眼では少々見分けにくい。
木曽駒ヶ岳の右には将棊頭山、茶臼山が続いた後、稜線は下っていく。

その稜線は大棚入山の鈍角三角形にて再び盛り上がっており、その大棚入山の右後方には御嶽が見えている。
ただ、御嶽は本当にうっすらとしか見えず、これは先日の蝶ヶ岳と同じ状況である。
御嶽の右には少し間を空けて経ヶ岳が見え、さらにその右側、またまた少し間を空けた所に乗鞍岳が確認できる。しかし、 この乗鞍岳も御嶽と同様うっすらとしか見えない。
乗鞍岳の右側手前には小鉢盛山、鉢盛山らしき高みがシルエットとなって見えているものの、そのさらに右側は樹林によって遮られる。
但し、もう少し右に目を向けると、樹林の上方に穂高連峰が確認できるようになる。しかし、こちらもほとんど空の色と区別がつかない状況である。

先程の安平路山に目を戻すと、安平路山の少し左手後方にはうっすらと恵那山が見えている。
恵那山の左に暫く名も知らぬ山が続いた後、南アルプスの地蔵尾根が立ち上がっている。
そして、その地蔵尾根を追っていくと、真南の方角にて仙丈ヶ岳に至っており、こちら側からは頂上直下の藪沢カールがよく見えている。
また、仙丈ヶ岳の右後方には大仙丈ヶ岳が少し顔を出しており、また仙丈ヶ岳から左に下る稜線がやや平らになった後、再び下りかける所が小仙丈ヶ岳と思われる。
そして、その小仙丈ヶ岳から左に下る稜線の後方には間ノ岳が見え、その間ノ岳から左に延びている稜線は、中白根山を経て、北岳に至っている。 ここから見る北岳は、少し遠いながらも綺麗なピラミッド型をしており、その左側からこちらの方に下ってきている尾根の先には小太郎山が見えている。

小太郎山の手前からは双児山に至る尾根が立ち上がり、その尾根は双児山を経た後、 駒津峰へとさらに上っていくが、駒津峰は途中から鋸岳に隠れてしまう。また、双児山と駒津峰を結ぶ稜線の後方には栗沢山とアサヨ峰が重なるようにして見えている。
駒津峰を途中で隠している鋸岳は、ここから近いこともあって、左後方の甲斐駒ヶ岳にも負けない存在感を見せている。 そして、鋸岳からこちら側の左方に下ってきている尾根は編笠山に至り、編笠山から右に分かれた尾根は横岳に至った後、 そのままこの白岩岳へと続いている (編笠山、横岳といっても八ヶ岳ではない)。
編笠山から左へと下る尾根は急傾斜にて谷に落ち込んでおり、その尾根の後方には甲斐駒ヶ岳から左に続く尾根が見えている。恐らく八丁尾根であろう。

その八丁尾根は大岩山に至った後、二つに分かれてそれぞれ左方に下っていく。
そのうち、後方の尾根は小さなアップダウンの後、残雪の如き白さが目立つ高みを経て雨乞岳へと再び上っているが、その白き高みは恐らく水晶ナギであろう。
また、この大岩山から雨乞岳に至る尾根の後方にはうっすらと奥秩父の山々が見えており、大菩薩嶺、金峰山、小川山などを確認することができる。 そして、小川山のさらに左には御座山が見えており、その御座山の手前からは八ヶ岳が立ち上がっている。
八ヶ岳は右から三ツ頭、権現岳、旭岳と続き、旭岳の稜線が左に下る後方から主峰である赤岳が現れ、赤岳からさらに左に横岳、硫黄岳、 そして根石岳、天狗岳が続いている。残念ながら天狗岳のさらに左側は樹林に隠れてしまっている。
なお、上記に述べた展望は、一箇所から得ることはできず、山頂を動き回らねばならない。

ややボーッとしてはいるものの、素晴らしい展望に満足して食事にする。山頂の岩に腰掛け、中央アルプスを見ながらパンを食す。
山頂独り占め + 素晴らしい展望という状況に食事も美味いと言いたいところであるが、何しろ羽虫が周囲を飛び回ってかなり煩わしい。
幸いブユなどはいなかったようだが、ユックリ休むことは叶わず、さらには写真を撮る際にレンズ周囲を飛び回って、写真に映り込む始末。 しかし、大変イライラさせられはしたものの、白岩岳に登った喜びはそれを上回っている。

山頂で十分休み、11時丁度に下山を開始する。これ程 長く山頂にいたのは久しぶりである。
おとなしく往路を戻る。テープが頻繁に付けられており、また登りでそれなりに学んできたので安心である。
しかし、それにしてもかなりの急斜面が続く。途中、5分程休んだが、振り返って見上げた急斜面に、よくもまあこんなところを登ったものだと我ながら感心してしまう。 初めての山、そして念願の山ということがモチベーションになったのであろう。
忠実にテープを追って下って行くと、やがて道は斜面を横切って右に水平移動するようになり、何と目の前には今朝ほど道を塞がれてしまっていると解釈した大きな倒木が見えてくる。 しかも、この場所は今朝とは反対側である。
ここでも行き止まりかと思ったが、よく見ると道は倒木の下方、一旦少し斜面を下った所にあって、すぐに今朝ほどの 『 → 八九四 』 と書かれた木の所に出たのであった。 時刻は 12時43分。

これでもう安心と思ったためか、つい斜面を横切っている踏み跡をそのまま進んでしまい、下降点を見落としてしまう。
暫く進んでも赤テープが見つからないので、また迷ったかと思い、左側の斜面を下りてみる。
斜面がグッと落ち込んでいる縁まで来ると、何と左下に赤い屋根が見えるではないか。行き過ぎたと気づき、そのまま獣道のような踏み跡を左斜めに下る。 そして何とか今朝ほどの取り付き口に戻り、草地の広場には 12時56分に下り着いたのであった。
もう一度旧営林署の建物を見るべく少し寄り道をした後、12時59分に丸木の橋を渡る。
そして林道に戻り、車のあるシンナシ沢橋には 13時7分に戻り着いたのであった。

本日は、少々刺激を求めて地図上にルートのない白岩岳に登ったが、 出だしで道に迷い、また途中、かなりのハードワークを強いられたものの、山頂では素晴らしい展望を得られ、十分に満足のいく山行であった。
願わくは、白岩谷の左側の尾根を登り、今回ピストンした右側の尾根を下りたかったところであるが、途中の道迷いを考えると、 ピストンで正解のようである。
しかし、やはり初めての山、初めてのルートは刺激があって大変楽しい。こうなると次に登る山の選択に困ってしまう。


残雪の蝶ヶ岳  2017.6 記

恒例の鎌倉散策 (5月23日) の案内も無事に終わり、6月上旬には恐らく梅雨入りになると予想されることから、 5月中にもう 1つ山に登っておきたいところである。ただ、狙っている北アルプス方面は天候があまり芳しくなく (24日〜25日は曇りで 26日は雨)、 また混雑する土日を避けると、小生の都合もあって 30日しかチャンスがない。
しかも、その 30日は前回の乗鞍岳と同様に前日の帰宅が 22時を過ぎてしまうことからあまり気乗りしなかったのであるが、 行ける時に行っておかないと後悔すると考え、思い切って出かけることにする。

行き先は蝶ヶ岳。先日の乗鞍岳からその姿を見たこともあって当初は常念岳を考えていたのだが、 少々左膝に痛みを感じる状況であることを考慮し、常念岳に比べて多少は登り易そうな蝶ヶ岳に変更したものである。
そうは言っても、蝶ヶ岳にはまだ雪が多く残っているようであるし、今回登る三股から蝶ヶ岳に至るコースは下りにしか使ったことがないことから、 初めて登るコースと同じく新鮮に思え、大変楽しみである。
因みにこのコースを下ったのは 2010年で、その時は三股から常念岳・蝶ヶ岳と周回しており、この下りではガスでほとんど展望を得られていない。

5月30日(火)、3時20分に自宅を出発する。空には星が瞬いており、本日はかなり良い天気になりそうである。
いつも通り横浜ICから東名高速道下り線に入り、海老名JCTにて圏央道へと進んだ後、八王子JCTから中央自動車道に入る。
空には雲一つないことから、大月トンネルと岩殿トンネルとの間の短い区間にて富士山の姿が見えることを期待していたのだが、 一応 富士山を見ることはできたものの薄いベールがかかったようであまりパッとしない。
この状態は笹子トンネル・日影トンネルを抜けた後の南アルプスも同様で、全体的に薄い膜が掛かったようである。
本日は気温も高くなるとのことなので、山での展望は少し厳しいのかもしれない。
そして岡谷JCTから長野自動車道に入ると、今度は北アルプスが見えてくるが、こちらもやはりベールを被ったようである。

途中、梓川サービスエリアにてトイレ休憩とコンビニで食料・水を購入した後、安曇野ICにて高速を下りる。
下りてすぐの信号を左折して県道57号線に入ると、前方に常念岳らしき山が見えてくるが、やはり少し靄っている感じである。
暫く進んだ後、豊科駅入口の交差点にて右折して国道147号線に入り、200m弱進んだところで新田の交差点を左折して県道495号線を西へと進む。 ここからは道なりに 5km程進むのだが、運転中、前方には常念岳、そして横通岳の姿を見ることができる。
山の雪はかなり融けているようで、山襞の谷の部分のみが白くなっているだけであるが、ここでも先程と同様、全体的に何となくぼやけていて今一つスッキリとしない。

道はやがて北海渡の丁字路に至り、そこを右折して県道25号線に入る。 すぐに 『 ← あずみの公園 堀金 穂高 』 の標識が左手に見えてくるので、そこを左折し再び県道495号線に入る。 あずみの公園の脇を進み、須砂渡キャンプ場のところで県道495号線と分かれた後、まっすぐ進んで烏川林道 (舗装道) へと入っていく。
山の中を 10km程 進んでいくと、やがて三股の駐車場で、到着時刻は 6時34分。 途中、猿が道にたむろしていて、運転には注意を要したのであった。また、広い駐車場には、平日というのに 10数台の車が駐車している。

身支度を調えて 6時41分に出発。駐車場の奥へと進む。 見上げれば蝶ヶ岳の稜線が見えており、その後方には雲一つない空が広がっているが、少し青みが不足していて抜けるような青空とは言いがたい。
ゲートを抜けて林道を進む。駐車場までは舗装道であるが、ゲートから先は砂利道が続く。10分程進んでいくと前方にトイレそして登山相談所が見えてくる。 その手前で目の前を猿が横切って右手の木に登っていったので少々ビックリする。
その三股登山口には 6時53分に到着。用意してきた登山届を相談所のポストに入れて先へと進む。

用具小屋の前を進んで樹林帯に入る。鉄製の橋を渡るとすぐに分岐となり、 『 常念岳 (7.1km) →、↑ 蝶ヶ岳 (6.2km)』 と書かれた標識が立っている。右の常念岳への道は過去 2回登っており、 本日は初めて登りに使う蝶ヶ岳への道を進む。
緑の中、木橋にて数回小さな流れを渡っていく。この辺は緩やかな登りが続く。
やがて吊橋に到着、時刻は 7時4分。やや揺れる吊橋から見下ろすと、本沢はかなりの水量であり、流れにも勢いがある。
その後、また小さな流れを渡ったところで少し傾斜が出始める。道の両側はニリンソウの群落になっており、白い花が咲く中をジグザグに登っていく。 ニリンソウの群落が終わると足下に小さな岩が目立ち始める。

その後、小さな岩の中に横木が敷かれた道を登っていくと、水が湧き出る 『 力水 』 に到着、時刻は 7時14分。
そこの標識には 『 蝶ヶ岳 5.6km 』 とある。まだノドの乾きは覚えていないのでそのまま通過する。
ここからは結構 勾配が出てくるようになり、階段も連続するようになる。
樹林帯の中ではあるものの、日差しが強く感じられる。先般の乗鞍岳では雪の照り返しに顔が真っ赤になるほど焼けてしまったが、 今回はそれを反省して顔には日焼け止めを塗っている。一方で、腕の方はある程度日焼けしたいので、長袖を二の腕までまくり上げる。

小さな梯子、階段が連続するが、階段は山でよく見かける簡易なものではなく、 綺麗にカットされた木材をボルトとナットでしっかりと留めたものである。中には手すりが付いているものもあり、 その手すりもトゲなどが刺さらないように面取りされているなど、この登山道にはそのような階段がかなりの数が設置されている。
こういう状況を見てふと疑問が湧く。恐らくこの登山道の整備費は長野県の予算で賄われているものと思われるが、 それを利用している小生はほとんど長野県にお金を落としていないのである。本日も高速代、コンビニでの支払いだけであり、 恐らく長野県に税金として入る金額は微々たるものであろう。
つまり、ほとんどタダでこういう整備されたものを使わせてもらっていることになり、何か申し訳ない気になってしまう。 入山税という議論もあるようだが、こういう整備された登山道を見ると、その他に遭難への対応費用などもあることから、入山税導入もやむなしとも思ってしまう。

閑話休題。
やがて、緩やかな登りの先にベンチらしきものが見えてくる。道はそのベンチ前で右に曲がっている様であるが、そこには何やら標識らしきものも立っている。 何だろうと思いながら登り着くと、そこには有名な ? 『 ゴジラみたいな木 』 があったのだった。時刻は 7時22分。
ゴジラというよりはティラノサウルスという気がするが、枯れ木が恐竜の頭の形をしていているのである。
しかも、木には緑色の苔が生えていて一層 恐竜の肌らしく見え、節だったと思われる部分も凹んでいて目となっており、 さらには少し開き気味の口もあって、そこには石が詰められて歯のようになっているので、確かに恐竜らしく見えるのである。
前回この道を下った際には全く気付かなかったのだが、イヤハヤ見事なものである。

道はすぐにカラマツが両側に立ち並ぶ中を緩やかに登っていく。 面白いのは、カラマツが道の両側にしか生えておらず、並木道のような風情であることである。
この頃から右手樹林越しにチラチラと山が見え始める。恐らく常念岳方面と思われるが、5月も末となれば緑もかなり生い茂っており、 なかなか見通すことができない。それでも、途中、樹林が切れてそれらの山々の一部を見ることができ、前常念岳であることを確認する。
この辺では雪は全く無く、日差しが強い。傾斜もさほどキツクはないものの、左膝の調子が今一つであり、さらには少々バテ気味である。
昨日は 2時間半程しか寝ていないためなのか、この暑さが結構 応える。

一方、展望の方は徐々に開け始め、今度は常念岳が見えてくる。 しかし、やはり薄いベールが掛かったようでクッキリ見える感じではない。
さらに高度を上げていくと、今度は樹林越しに蝶ヶ岳方面が見えるようになる。常念岳の荒々しさを感じさせる山肌とは異なり、こちらは曲線が目立ち、 緑と雪の山肌が優美さを感じさせてくれる。しかも、目を凝らすと、蝶ヶ岳ヒュッテらしき建物がその稜線上に見えている。
道の方は例の階段を交えながら高度を上げていく。やがて目の前に高みが見えてきたので、急登が待っているのかと身構えたが、 ありがたいことに道はその右手を巻いていく。

すぐに樹林が切れて展望が開けた場所に至り、そこからは前常念岳から常念岳へと続く尾根がよく見えるようになる。
ただ、こちらからは前常念岳と常念岳の高さがほとんど変わらない様に見えている。
再び道は展望の無い樹林帯に入り、やがて左に大きく曲がると傾斜もキツクなり始める。そして目の前に現れた高みを今度は巻くことなく登っていく。 ここでもしっかり作られた階段が頻繁に現れるが、かなりの労力と資金が注ぎ込まれているようである。
それにしてもこの登りはキツイ。特に階段の昇りでは左膝がシクシクと痛む。オマケに暑く、息が上がる。
喘ぎつつも何とか足を進めて行くと、このキツかった登りも漸く終わりとなり、道が平らになってやがて まめうち平に到着、時刻は8時20分。
ややバテ気味だったのでベンチに腰掛けて休憩し、500mlのペットボトルの水を一気に飲み干してしまう。

このまめうち平は樹林に囲まれた小広い平坦地で、上述の通りベンチも数基置かれていて休憩にはもってこいの場所である。
記憶ではもう少し倒木があって荒れていた印象があったが、今はかなり綺麗に片付いている。
8時27分に出発。傍らの標識には 『 蝶ヶ岳 3.9km 』 とある。ここからは暫くの間ほぼ平坦な道が続く。ということは、 まめうち平というのはこの休憩場所だけを指すのではなく、斜面の登りが始まるまでのこの辺一帯を言うのであろうなどと思いながら進む。
また、ありがたいことに、この辺では木々も背が高いためか、太陽が照りつけることもなく、涼しいので足が進む。
さらには、ここは積雪量も多いのであろう、周辺にはかなり倒木が見られるようになるが、それらはしっかりと伐採されて片付けられている。
本当に良く整備された登山道である。

足下には暫し木道が現れ、やや泥濘んだ地面を回避しながら進む。 道は徐々に緩やかな登りに入り、やがて多くの木々が伐採されている斜面を階段にて登る。ここからは再び常念岳の姿が見えるようになるが、 ここから見る常念岳は前常念岳よりもかなり高くなっている。
常念岳はややドーム型をしており、白い部分よりも濃い緑色やダークグレイの岩肌が目立つが、常念岳の右下からこちら側へと下って常念沢へと至る谷筋にはまだ雪が相当残っている。
ジグザグに高度を上げていくと、やがて周辺に雪が見られるようになるが、登山道の方にはほとんど雪がない。シラビソやツガの樹林帯を登り、 やがて標高 2,000m地点を通過、時刻は 8時50分。傍らの標識には 『 蝶ヶ岳ヒュッテ 3.1km 』 とある。

この 2,000mの標識を過ぎると、登山道上にも雪が現れるようになる。 しかし緩やかな斜面であり、加えて時々雪が途切れて地面が現れるのでアイゼンは不要である。
傾斜の方は徐々に角度を増してくるが、雪の上に残る踏み跡を辿れば問題なく登っていくことができる。ただ、中にはかなり深く踏み抜いた跡も残っているので、 ある程度踏み抜きを覚悟しておかないと、踏み抜いた時のショックが大きい。
徐々に雪も多くなり、傾斜も増してくる上、雪がシャリシャリしているために少し歩みにロスが生じ始める。アイゼンを装着した方が効率的と思うが、 雪が無い場所もまだかなり出てくるのでそのままノーアイゼンにて登り続ける。

残雪の中、道の方は基本的に登山道上を辿っているようであるが、 時々残雪を利用してのショートカットが現れる。ただ、そのショートカットも雪がかなり融けてきているようで、時には藪漕ぎのような状態になる。
また、右下に下る雪の斜面をトラバースする箇所が何回か出てくる。慎重に進めば問題は無いのであるが、気をつけねばならないのが、 残雪の中から飛び出している木の枝である。
それを踏んでは申し訳ないと、無理して避けると体勢が崩れて滑落の危険があるという訳である。慌てず慎重に枝を掻き分けて進む。

9時16分に蝶沢の斜面をトラバース。ここは見晴らしが良く、常念岳から前常念岳方面がよく見える。
その形は常念岳が頭、常念岳から蝶ヶ岳方面へと下ってくる尾根が鼻、そして前常念岳迄の稜線が胴体、前常念岳から右へ下る斜面がお尻といった感じで、 マンモスの姿をイメージさせる。
この蝶沢の斜面はかなり急で、急傾斜が右下の谷へと深く落ち込んでおり、滑落したら間違いなくアウトなので慎重に進む。
また、前方には蝶槍らしき高みも見えている。
トラバースを終えると、また雪の無い、岩がゴロゴロした道が続く。岩を見ると、かなりアイゼンで引っ掻いた傷が残っているので、 アイゼンを付けたままここを通った (恐らく下った) 方が多くいるのであろう。

再び短いトラ−バースが現れる、ここは残雪から出ている枝がかなり煩い。
その後、再び夏道が現れるが、この辺ではかなり小バエが周囲を飛ぶ。もしかしたらブヨも居るかもしれないので要注意である。
と言いながらも、結局 顔を 3箇所ほど刺されてしまったが、恐らく刺されたのは蝶ヶ岳の山頂付近かと思う。
雪の上に付けられた踏み跡を辿って登っていく。この辺では登山ルートを外れているようで、登っている場所の右手には階段が見えている。
先にも述べたように雪の斜面のトラバースを数回繰り返しながら樹林帯を進む。この辺は日当たりが良いためか、雪が無い箇所が時々現れるので、 アイゼンの着用は躊躇うところである (尤も、アイゼンなしで頂上まで登る方も多くおられるようである)。

時々見える常念岳や蝶槍に元気づけられながら黙々と進んでいくと、道はやがて樹林帯に入る。時刻は 10時21分。
ここまで雪で滑ることも多々あり、また先の方を見ても雪が続いているようなので、そろそろ潮時ではないかと思いアイゼンを装着する。
この雪の状態ならば軽アイゼンで十分ではあるが、本日はチェーンスパイクと 10本爪アイゼンしか持ってきていないため、 大は小を兼ねるという観点から 10本爪の方を装着する。ついでに少し休憩した後、10時27分に出発。
すぐに道は樹林帯を抜け、大きなダケカンバが 1本生えている斜面をトラバースして進む。アイゼンを装着しているため、 こうしたトラバースも安心して進むことができるが、一方で雪の上の道幅が狭いため、足がクロスする所謂モデル歩きになるので、 もう一方の足を引っかけないように注意しながら進む。ここからも常念岳、前常念岳がよく見える。

トラバースを終えると、道はシラビソの樹林帯に入り、ここからは雪の斜面をほぼ直登することになる。 どうやら、アイゼン装着はグッドタイミングだったようだ。
こういう斜面ではやはりアイゼンは効率が良く、斜面を小さな振幅にてジグザグに登っていく。
途中 下山者と擦れ違ったのでこの先の状況を聞くと、この樹林帯を抜け出た後は雪の斜面の直登とのこと、漸くこの先の目処が立って嬉しくなる。 とは言いつつも、この斜面の登りは結構キツイ。やはり身体が鈍っていることを実感する。
息を切らせつつも登り続けていくと、長くて辛く感じた斜面も漸く終わりとなり、樹林を抜け出して再び斜面をトラバースする。 ここからは蝶槍がよく見える。

そして再び短い樹林を通り抜ければ、先程の登山者が言っていた直登が始まる。
左上に向かって延びる雪の斜面に取り付く。上方は小さな高みとの鞍部になっているようで、斜面の先には青空が見えている。
ただ、抜けるようなスカイブルーとは言えず、ややダークが入っているが、それでもこの光景にテンションが上がる。
一方、完全に樹林帯を抜けているので、日差しをもろに浴びることになるが、雪の斜面には風が吹き抜けていて心地よい。
左のシラビソの樹林帯に沿ってやや斜め左に登り鞍部を目差す。右側は小さな高みに向かって雪の斜面が広がっており、 その斜面には疎らに小さなダケカンバが生えている。
雪の上には多くの踏み跡があり、それを忠実に辿る。かなりへばってきているので息が上がるが、もうすぐ頂上という気になっているので頑張って登り続ける。

しかし、それ程甘くはない。樹林から離れて少し右へ曲がり、鞍部に辿り着いたかと思うと、その先にはさらに雪の斜面が続いていて、期待は脆くも砕け散る。
ここからはスキー場のような斜面を登って、さらに先に見えている鞍部に向かう。ガッカリしたものの、ここは我慢して登り続けるしかない。
斜度は 30度位だろうと思われるが、疲れている身体にはかなりの急勾配に思われる。途中で何度も立ち止まっては上を見上げるという動作を繰り返しつつ登る。
少し高度を上げてきたところで、息を整えるべく立ち止まって振り返ると、今まで見えなかった常念岳よりも左側の山々が見え始めており、 東天井岳、中天井岳、大天井岳が確認できる。しかし身体を捻ると斜面を滑り落ちてしまいそうなので写真が撮れない。
もう少し傾斜が緩むところまで撮影はお預けにして登り続ける。

喘ぎつつも登り続け、漸く傾斜が緩やかになると、今度は少し平らとなった雪原の先にまたまた斜面が控えている。
但し、その斜面の先にはハイマツ帯があるので、今度こそ頂上付近であるとの期待が持てる。
そして、足下も落ち着いたので、大天井岳方面を写真に収める。大天井岳の左手前には蝶槍の姿も見えている。
ハイマツ帯に向かって足を進める。緩やかな傾斜の雪原を進んだ後、右斜めに斜面を登っていく。最後の登りとは思うがやはり苦しい。
2度程途中で立ち止まりながらも斜面を登り切り、何とかハイマツ帯の下に至ると、そこで雪は全く無くなってしまう。
このまま頂上まで雪が続くことを期待していたのだが、これには少々ガッカリ。仕方なくアイゼンを外し、手にアイゼン、ストックを持ったままハイマツ帯を進む。
振り返れば大滝山が見えているが、その後方に見えるはずの八ヶ岳や富士山、そして南アルプスは霞んでしまって全くと言って良いほど見ることができない。

さて、穂高連峰、槍ヶ岳はどうであろうか・・・と思ったら、ハイマツ帯を緩やかに登っていくと、 ハイマツ帯の先、蝶ヶ岳ヒュッテの風力発電装置と風速計が立つ左後方に槍ヶ岳の姿が見え始めたのでテンションがグッと上がる。
さらには、蝶ヶ岳の三角点がある高みの左後方に野口五郎岳が確認でき、その左には喜作新道のある尾根が見えている。
蝶ヶ岳の最高点までもう少しである。
早く穂高連峰から槍ヶ岳へと続く山並みを見たいとの逸る気持ちを抑えつつテント場を横切り、少し登って蝶ヶ岳の稜線に立つ。
時刻は 11時36分。イヤハヤ、体力不足の上に雪に苦しんで、何と駐車場から 5時間もかかってしまった。
時間的には手元の地図通りではあるが、雪の無いまめうち平までがコースタイム 2時間20分のところを 1時間40分でこなしたのに対し、 まめうち平からここまではコースタイム 2時間40分のところを 3時間10分程かかっている。
この結果を真摯に受け止め、普段体力をつけることをしっかりと実践せねばなるまい。

さて、目の前に広がる展望であるが、穂高連峰、そしてそこから右の槍ヶ岳まで続く山々は雲などに遮られることなくしっかり見えている。
しかしである、やはり薄いベールが掛かっているようで、期待が高かっただけに失望感の方が先に立ってしまう。
それでも、気を取り直して暫し穂高連峰、槍ヶ岳、そしてその周辺の山々を眺めて同定を楽しむことにする。
南南西の方角を見ると、御嶽が霞の中にボーッと浮き上がるような感じで見え、その右には先日登った乗鞍岳が見えている。
乗鞍岳の方は御嶽よりもまだその輪郭がよく分かるが、それでもやはり薄いベール越しに見ているようである。
乗鞍岳を形成する山の 1つである四ツ岳の右手前には霞沢岳が見えており、その霞沢岳から右へと延びる尾根が上高地へと下るその後方に焼岳が姿を見せている。 しかし、こちらも相当 影が薄い。

そして焼岳の右手前からは再び尾根が立ち上がっており、途中に明神岳を経て前穂高岳へと至っている。
前穂高岳から右に下る尾根は屏風ノ頭、屏風岩へと至っており、その尾根の後方に奥穂高岳が横幅のある堂々とした姿を見せている。
奥穂高岳の右には涸沢岳、そして北穂高岳が続き、稜線は一旦大キレットへと下っていく。大きく下った稜線は南岳に向かって再び立ち上がり、 中岳、大喰岳を経て槍ヶ岳へと至っている。
山々の色を見ると、前穂高岳、涸沢岳、槍ヶ岳は岩の黒が目立ち、北穂高岳、南岳、中岳、大喰岳は雪の白が目立っていて、 奥穂高岳はその中間という感じである。
そして、奥穂高岳下方の涸沢カール、大キレット下の本谷カール、そして南岳下方の横沢右俣付近は真っ白である。

暫し展望を楽しんだ後、尾根を左に登って蝶ヶ岳最高点 (標識には蝶ヶ岳山頂とある) へと向かう。 最高点到着は 11時42分、ここには誰も居ない。標識手前の岩場に腰掛けて雄大な景色を見ながら食事をする。 風はやや冷たいが、アウターを羽織る必要は無い。
食事を終えた後は、槍ヶ岳より右側の山々を眺める。槍ヶ岳から右には北鎌尾根が下っており、その尾根は北鎌独標を経た後、大きく下降する。
また、北鎌尾根の手前下方には槍ヶ岳から右斜めに下る東鎌尾根が見え、途中、赤沢山に隠れるものの、赤沢山の右後方から西岳へと再び上っている。 西岳の右には喜作新道のある尾根が延びており、途中に赤岩岳も確認できる。
また、西岳の右後方には白く形の良い山が少し見えているが、帰宅後調べるとどうやら水晶岳 (黒岳) のようである。

喜作新道のある尾根の方は少し下った後、牛首展望台へと再び盛り上がり、さらに右の大天井岳へと続いている。 そして、牛首展望台の左後方には野口五郎岳も見えている。
大天井岳の右には先程見たように中天井岳、東天井岳が続くが、さらに右へと続く稜線は手前から立ち上がる常念岳に隠れてしまう。
常念岳の右には前常念岳が続く。しかし前常念岳の右側後方に見えるはずの頸城山塊、そして上州の山々は全く見えない。
場所を移動して頂上標識の後方に進むと南東方向に大滝山が見える。しかし先にも述べたようにその左右の後方に見えるはずの八ヶ岳、富士山、南アルプスは全く見ることができない。
さらに右側、南の方角には鉢盛山が見えるものの、その後方の中央アルプスはほとんど同定できない状況である。
そして、鉢盛山のさらに右、南南西の方向にはうっすらと御嶽が見えている。これで 360度、グルリと一周である。

すぐ目の前の槍・穂高連峰がクッキリとしていないのが残念だが、一応この展望に満足したところで、12時19分に下山を開始する。
当初は蝶槍まで行くことも考えていたが、最高点を踏んでしまうと全く行く気が失せてしまった。従って、蝶ヶ岳ヒュッテや瞑想の丘にも寄らずにそのまま下山する。 身体の方が早く下山したい旨を脳に伝えていたようである。
テント場へと下る手前にて見納めとなる槍・穂高連峰の姿をカメラに収めた後、往路を戻る。大滝山を見ながら雪渓の手前まで進み、 アイゼンを装着した後 雪の斜面を下る。
急斜面なので心配であったが、アイゼンが利いてくれて無事に長い斜面を下り終えて樹林帯に入る。この雪の斜面も順調にこなし、 トラバースが続く道に入る。

アイゼン装着時と同じ場所でアイゼンを外し、夏道と冬道が交互し、そして雪の斜面のトラバースが数回現れる道を下る。
雪は今朝ほどより緩んでおり、一度 大きく右足を踏み抜いてしまったが、恐ろしいことにその右足が底を捉えることはなかったのであった。
往路を忠実に戻り、2,000m地点の標識を 13時45分に通過、ここからは普通の夏道が続く。まめうち平には 14時丁度に戻り着き、 3分程休憩してさらに先へと進む。
そして、『 ゴジラみたいな木 』 のある場所を 14時36分に通過し、14時40分に力水に戻り着いたのであった。 冷たい水にてノドを潤し、顔を洗って気合いを入れてさらに下る。
ニリンソウの群落を抜け、吊橋を渡り、常念岳との分岐には 14時55分に到着。そして、登山口には 14時57分に到着し、 そこのトイレをお借りした後、駐車場には 15時7分に戻り着いたであった。
この間、常念岳が見えるはずの場所では、ガスなどに遮られることなく、しっかりとその姿を見ることができたのであった。

本日は残雪の山として蝶ヶ岳を選んだが、登りに使うのは初めてであるためワクワク感もあり、 しかも好天に恵まれたため、前回全く見ることができなかった景色を楽しみながら登ることができて満足できた一日であった。
雪の斜面ではかなり苦労したものの、蝶ヶ岳を選んだのは身体的にも正解であった。
また、蝶ヶ岳から見た槍・穂高連峰は薄いベールが掛かっているようで期待したレベルではなかったものの、 十分に初夏の山々の様子を窺うことができ、これも満足である。
ただ、問題はいつものように体力で、本当に体力強化に真剣に取り組まねばならない状況である。


大満足の乗鞍岳  2017.5 記

混雑がイヤでゴールデンウィークの山行は避けたところ、その後の天候があまり芳しくない。
それでも何回か晴れの日はあったのだが、生憎 用事があって山に行くことができず、少々焦りが出てくる。
そんな中、16日は何とか晴れそうであることから、前日の帰宅が 22時であったにも拘わらず山に行くことにする。

さて行き先であるが、まだ雪との戯れが不十分と感じているので、 残雪の山を中心に行き先を探したところ、燕岳、常念岳、乗鞍岳が候補に上がる。ただ、サラリーマン時代に比べて毎日の歩く距離が極端に減っている現状であり、 加えて 4月は鎌倉の低山を登っただけで実質山行ゼロだったことも考慮して、体力的に自信が持てなかったことから、最終的に乗鞍岳に行くことにする。
とは言え、仕方なく乗鞍岳にしたということではなく、燕岳、常念岳が無雪期、残雪期の違いはあれど、どうしても一度登ったコースを辿ることになるのに対し (途中 冬道はあるが)、 乗鞍岳の方は積雪期や残雪期にのみ登ることができるコースなので、非常に楽しみなのである。

5月16日(水)、午前 3時過ぎに横浜の自宅 (仮住まい) を出発する。 空には雲が多いように思えるが、現地の天気は晴れのはずである。
いつも通り横浜ICから東名高速道下り線に入り、海老名JCTからは圏央道に入って、さらに八王子JCTにて中央自動車道に入る。
中央道に入っても空には雲が多く、笹子トンネルを抜けても南アルプスはボンヤリとしか見えずに少々先行きが心配になる。
しかし、進むに連れて徐々に雲は無くなり始め、韮崎ICを過ぎる頃には甲斐駒ヶ岳や八ヶ岳がよく見えるようになってテンションが上がる。
その後、諏訪ICを過ぎる頃から再び曇りがちとなりヤキモキさせられたものの、岡谷JCTから長野自動車道に入って暫く進むと、 穂高連峰、常念岳などの山々が見えるようになりホッとする。

松本ICで高速を下り、国道158号線に入る。暫く道なりに進み、 前川渡トンネルを抜けたすぐの信号 (前川渡) にて左折して県道84号線 (乗鞍高原より先は乗鞍エコーラインとも呼ばれる) に入る。
もうこの頃には青空が広がっており、さらには前方に乗鞍岳の姿も見えきてテンションが上がる。
青空に映える乗鞍岳の姿、そして山道のドライブを楽しみつつ順調に進んでいくと、やがて三本滝レストハウスの駐車場に到着。
時刻は 6時38分。
駐車場には 10台ほど車が駐まっており、そのうちの 2台には人が休憩中のようであった。乗鞍岳春山バスにて位ヶ原山荘へと向かう方なのかもしれない。

トイレを借り、身支度を調えて 6時46分に出発。道路を渡り、スキー場のゲレンデに入る。無論、ゲレンデにほとんど雪はない。
ゲレンデの先を見上げると、上部を歩いている人が見える。これはありがたい。
というのは、このコースは初めてであり、手元には十分な地図もないため (手元には乗鞍大雪渓 Web Siteからダウンロードした簡単な 『 ノリクラガイドマップ (春スキー 版)』 があるだけ)、 この三本滝レストハウスからどのように進むのか少々不安だったからである。
かもしかリフトのスタート地点の横を通り、ダブルストックにてゲレンデに取り付く。ところが、少し斜面が急になってきたところで、忘れ物に気が付く。 折角 高度を稼いできたのにとは思ったものの、こればかりは致し方ない。

駐車場まで戻り、6時55分に再出発。
この 10分程のロスを後悔することにならねば良いのだがと思いながら再びゲレンデを登る。やはり久々の登山に息が上がる。
疎らに残る雪を踏み、ゲレンデの傾斜が緩やかなところを選びながら高度を上げていく。それでもこの斜面は結構急なので、 ここは上級者向けなのかもしれない。
高度を上げて振り返れば、鉢盛山、小鉢盛山が見えている。
7時3分に道路を横断。この道路は先の三本滝レストハウスから続く乗鞍エコーラインで、位ヶ原山荘、畳平へと延びているものである。
さらにゲレンデは続く。見上げればゲレンデの先には雲一つ無い青空が広がっており、気分が高揚する。

2回目の道路横断は 7時8分。この道路も先程横断した乗鞍エコーラインの続きである。
高度を上げるに連れて展望も開け、左手には南アルプスの山々がうっすらと見えるようになる。甲斐駒ヶ岳、鳳凰山、仙丈ヶ岳、北岳などが確認できるが、 その順番や形は、普段見慣れているものと違っているので少々戸惑う。
さらには中央アルプスの主稜も見え始めるが、登るに連れ、手前の山に隠れてしまう。ただ、経ヶ岳は南アルプスの手前に見えている。
草の斜面を登り続けていくと、青空しか見えなかった斜面の先に乗鞍岳の剣ヶ峰、高天ヶ原の姿が顔を出し始める。剣ヶ峰は美しいピラミッド型をしている上に、 その山肌はまだかなり白く、その頂上に立つことが非常に楽しみになる。

長かった草のゲレンデも漸く平らになり一息つけるようになると、 左手に中央アルプスがよく見えるようになり、伊那前岳、木曽駒ヶ岳、木曽前岳、三ノ沢岳などが確認できる。
やがて、先程のかもしかリフトの終点に到着、ここからツアーコースが始まることになるようである。時刻は 7時17分。
ここからは暫く緩やかな斜面が続くが、その先に雪の急斜面が見えている。ササ原を掻き分けるようにして進み、その斜面の下まで進む。
ここでアイゼンを装着すべきだったのだが、この後も雪のない場所が現れるのではないかと思い、そのまま雪の斜面に足を踏み入れる。
雪の上にはスキーの跡やスノボーの跡が残っており、さらには先行者の足跡もしっかり確認できる。足跡を見ると、先行者もまだこの時点ではアイゼンを装着していないようだ。

スノボーにて滑らかになった雪面を辿るようにして斜面をジグザグに登っていく。
しかし、暫く登っていくと足が少し滑るようになり、ロスが感じられるようになる。足下を見ると、いつの間にか雪の上にはアイゼンの跡が続いているではないか。 シマッタと思いつつ、何とか登り続け、雪の上に顔を出しているササヤブの所でアイゼンを装着する。
少々場所が悪かったため、装着に手間取り、5分程かかってしまう。やはり斜面の手前で装着すべきであった。
しかし、これで万全、足はロスなく進む。なお、雪の方は意外と締まっており、踏み抜きはほとんどないのがありがたい。

キツかった登りもやがて傾斜が緩み始め、両側から樹林が迫ってやや狭くなった場所を抜けていくと、 そこからはまた雪の道が先の方へと続いているのが見えるようになる。どうやら、ここから頂上まで雪が続くとみて間違いないようである。
足下は暫くの間 平らであるが、その先には再び雪の斜面が見えている。そして、その斜面の行き着く先には樹林帯が壁のように立ち塞がっているが、 樹林帯に入ることは恐らくないはずである。そして、目を凝らすと、その樹林帯に赤い標識が見えている。
雪の斜面に入り、ユックリと登っていくと、その赤い標識がよく見えるようになり、そこには黄色にて 『 1 』 と書かれていたのであった。
手元のノリクラガイドマップにおける 『 1番標識 』 ということになるようである。
因みにこの標識は 6番まであるようだ。時刻は 7時54分。

下からは壁のように見えた樹林帯だが、道の方はこの 1番標識の所から左に折れており、さらにゲレンデが先へと続いている。
暫く平らな雪道を進んだ後、少し右に曲がってそこからまた斜面の登りが続くようになる。両側はツガやシラビソの樹林帯で、 その間に雪の絨毯が敷かれているという感じである。
この斜面を登り終えるとそこには 『 2番標識 』 が立っている。時刻は 8時8分。
ここからは一旦小さなコブを越えた後、また斜面が続くようになる。

所々で樹林が切れ、南アルプスや中央アルプスが見える。
特に中央アルプスはその距離が近いこともあって、ハッキリと見える上に、高度が上がった分、先程よりも多くの山々を見ることができるようになる。 左に将棊頭山が見え、その右に伊那前岳が続いた後、中央アルプス最高峰の木曽駒ヶ岳へと続く。こちらから見ると、木曽駒ヶ岳が一番高いことがよく分かる。
木曽駒ヶ岳の右には木曽前岳が続き、その右下には木曽前岳に重なるようにして麦草岳が見えている。麦草岳の右には三ノ沢岳が大きな山容を見せており、 その右後方には空木岳がやや小さく見えている。さらに右には赤梛岳が見え、南駒ヶ岳、越百山が続いている。
また、中央アルプスの左後方からは南アルプスが始まっている。赤石岳を始めとして左に荒川中岳、悪沢岳 (荒川東岳)、塩見岳、農鳥岳、間ノ岳、 北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰山、甲斐駒ヶ岳と続くのが確認できるが、こちらは薄ボンヤリとしか見えておらず、また悪沢岳近辺には雲が湧き出している。

気温は高く、かなり暑くなってきたので、手袋を脱ぎ、袖をまくって登り続ける。 しかし、その後風が意外に冷たく感じられるようになったので、元の状態に戻す。
コースの方は乗鞍岳とはやや反対方向へと進んでいたのであるが、『 3番標識 』 を過ぎた所で左へと曲がって軌道修正される。
時刻は 8時18分。
ここからはやや緩やかな登りとなって助かるが、久々の登山だけあって普段使っていない筋肉が少々悲鳴を上げている。
しかし、先の方にはやや薄い雲が掛かり始めたとは言え、青空が広がっており、テンションの方はかなり高いままである。
8時25分に 『 4番標識 』 を通過。この辺からは、先程まで樹林に阻まれて時々しか見えなかった乗鞍岳がよく見えるようになる。
その後方には薄い雲がかかり始めているのが気になるが、前回の時のように頂上でガスに囲まれることのないよう願うばかりである。

この辺では樹林の間に広がるゲレンデもかなり広く、また傾斜も緩やかなのでかなり楽しく登っていくことができる。
その傾斜も徐々に角度がつき始め、登り着いた所には 『 5番標識 』 が置かれている。時刻は 8時32分。
ここからもほぼ平らに近いゲレンデとなり、足が進む。乗鞍岳も剣ヶ峰の他、その右の蚕玉岳 (こだまだけ)、そしてその後方の朝日岳も見えるようになる。
その緩やかだった道も少し傾斜が出始めると 『 6番標識 』 が右手に見えてくる。時刻は 8時40分。
そして、そこからは少し厳しい傾斜が続くようになる。
息を切らせつつ何とか斜面を登り切ると、足下は暫く平らになり、その先に土手のような高みが待っているのが見える。
周囲の木々も疎らになり、開放感が出てくる一方で、身体の方はかなりキツクなり始めている。やはり 1ヶ月半ぶりの登山、 そして普段の運動不足が如実に表れているようである。

その平らな雪原を暫く進むと、土手に向かっての傾斜が始まる手前に注意書きが立っている。
右に進めば位ヶ原山荘、真っ直ぐ進めば肩の小屋そして剣ヶ峰とあり、さらにそこには 『 これより上部へ向かう方はここでもう一度天候・体調・装備等をチェックして下さい。 この先は今までのような道はありません。(以下 省略)』 と書かれている。
成る程、ここでツアーコースは終了で、ここからは自己の判断で登ることになる訳である。天候は問題なし、体調はややバテ気味、 装備はピッケル・ハードシェルを持ってきているので問題なしという状態であり、当然 真っ直ぐ進む。時刻は 8時52分。

すぐに斜面に取り付く。ここの斜面は疲れてきている身体にはキツイ。
喘ぎつつ登りながら右手を見ると、やはりそちらにも土手のような高みが続いており、 その斜面にデブリ (崩落した岩石・雪・氷などの破片) が見られるではないか。
雪崩などは考えにくい状況なので不思議に思ったが、よく考えると、乗鞍エコーラインに積もっている雪を取り除いている際に出た雪塊のようである。

キツイ斜面の登りが続く。少し登っては立ち止まって上を見上げるという苦しい時のパターンが続く。
朝食を食べてから 2時間半ほど経過しており、ここは休みたいところである。そのためにはこの斜面を早く終えてしまいたいのであるが、 果てしなく斜面が続くような感じがしてなかなか先の目処がつかない。
救いは斜面の先に雲混じりとは言え青空が見えていることであり、この斜面を終えれば乗鞍岳の姿を見通せる場所に着くのではないかとの期待があることである。

その苦しい登りも一歩ずつ足を進めて行けば終わりは来るもので、漸く傾斜が緩み始め、期待通り、先の方に乗鞍岳の姿が見えてくる。
しかし、その頂上に至るにはまだまだ長い雪原を越え、急斜面を登らねばならず、逆に少し気持ちが萎えてしまう。
周囲は森林限界に近いようで、雪の上には疎らに生えるシラビソ、そしてダケカンバが見えるのみである。
緩やかな傾斜を登る。ここからは乗鞍岳の剣ヶ峰をズッと見通せるようになるが、剣ヶ峰方向に進んでしまうのは不正解のようで、 途中でロープに遮られる。この辺には伊奈川の流れがあるらしく、その谷に入ることを禁止しているようである。

やがて、乗鞍エコーラインの除雪状況が見通せる場所を通過する。
道路とともにそれを囲む雪の壁が見えたのだが、高さは 5m近くあるようである。
さらに進んでいくと、やがて右手後方に北アルプスが見えるようになる。まず常念岳が目に着き、その右に蝶ヶ岳、長塀山、そして大滝山が見えている。 常念岳の手前には霞沢岳も少しだけ見えているが、常念岳のさらに左側は乗鞍岳の山々 (恐らく大黒岳、富士見岳) の斜面に遮られている。 しかし、この後の展望が楽しみである。

そして、前方には摩利支天岳が良く見えるようになり、その左斜面途中に乗鞍観測所 (旧乗鞍コロナ観測所)、 そしてさらに左下方の鞍部には肩の小屋が見えている。
これで少し安心したので、幹が少し曲がっていてザックを置きやすそうなダケカンバの所にて 5分程休憩する。
その際、少し寒さを感じたのでソフトシェルを羽織る。日差しは強いが結構 風が冷たい。
食べ物、飲み物にて活力得た後、緩やかな登りの道を進む。
この雪の下は恐らく谷なのであろうが、今は平らな雪原となっている。その雪の量を考えると恐ろしくもある。

やがて雪原の中にハイマツ帯が見られるようになると、常念岳より左側の山々も見え始める。
しかし、雲が多く、なかなか見通すことができない。真っ白な奥穂高岳が雲の中から姿を現したかと思うと、すぐに雲に飲み込まれ、 その代わりにその右にある前穂高岳が姿を現す。
そして奥穂高岳と前穂高岳が同時に見えるのを待っていると、今度は奥穂高岳の左後方に槍ヶ岳が少し顔を見せるといった具合で、 待ち続けてもなかなか良い光景を撮ることができない。
ベストショットを撮るべく、時々足を止めて穂高連峰方面を確認するが、最後まで雲が邪魔をして気に入った光景をカメラに納めることはできなかったのだった。

長い雪原歩きもやがて終わりに近づき、右手にはトイレが見えるようになる。
岩が並んでいる、恐らく乗鞍エコーラインの駐車スペースがあると思われる場所を過ぎると、いよいよ乗鞍岳・剣ヶ峰への登りが始まる。
普通に考えれば、まずは肩の小屋を目差すべきであり、斜面の傾斜もそちらの方が緩そうだったのだが、夏道と同じルートを辿るのは面白くないと思い、 小屋の左側、朝日岳方面に向かって進む。
海に浮かぶ島のようなハイマツ帯の間を抜け、斜面に取り付く。丁度シリセードらしき跡が斜面に残っていたので、その右側を進む。
しかし、これが失敗であった。斜度が結構キツイのである。そのため、もっと右側の傾斜の緩い斜面を登るスキーヤー達にドンドン抜かれる始末。 シールを貼り付けたスキーは威力抜群のようである。

こちらは急斜面に入り込んでしまったため、足を斜面に蹴り込みながら一歩ずつユックリ登る。 この状況では背中のピッケルに出番をお願いしても良かった位である。
また、ここはほとんど無風状態なので暑い。しかし、ソフトシェルを脱ぐ余裕など全く無い。
途中、水平方向に割れ目が入っている所が 3箇所程あった。割れ目は浅かったので問題なかったが、いずれはこの斜面も途中で崩れ落ちるのかもしれない。
ダブルストックを駆使し、アイゼンをフル活用して登り、斜面途中にあった岩場に何とか登り着く。時刻は 10時34分。
予想外に体力を消耗したため、ここの岩場で小休止する。

ここから穂高連峰方面を見ると、奥穂高岳、前穂高岳ともほぼ雲が取れてよく見えている。
しかし、常念岳の右後方にある前常念は完全に雲に覆われている。
10時46分に岩場を出発。ここからは岩場の右側に出て、皆が歩いている傾斜の緩やかな方へと進む。
しかし、暫くは踏み抜きが続くようになる。つまり、岩場が出ているくらいであるから、この辺は雪があまり多くないということなのであろう。
その踏み抜きも、斜面に角度がつき始めると起こらなくなり、アイゼンが良く利く斜面の登りに変わる。 よく見ると、この辺では雪の表面が薄くクラストしており、耳を澄ますと近くの斜面からはその割れたクラストが斜面を落ちていく音が聞こえる。

急斜面を登る。見上げれば進んでいるのは蚕玉岳と朝日岳の鞍部のようである。
そこに登り着けば、通常のルートに合流するはずである。しかし、この斜面の登りもキツイ。
息が上がるが、気は抜けない。見上げれば斜面の後方に青空と行きたいところであるが、今は雲の方が多い状況である。 しかし、前回のようにガスに囲まれるということはなさそうである。
喘ぎつつも何とか斜面を登り切り、鞍部には 11時23分に到着。左手に剣ヶ峰が見えるかと思ったのだが、 そこには高みがあり雪の回廊と露出した岩の斜面がまだ続いている。

一方、ここでは展望がグッと広がる (尤も、登っている斜面では周囲を見渡す余裕は無かった)。
残念ながら穂高連峰の頂上付近には再び雲が掛かっており、さらにはその雲は帯状になって一定の高さを保ち横に延びているため、 穂高連峰の左に続く北アルプスの山々の頂上は全て雲の中である。
残念ではあるがこればかりはどうしようもない。その代わり、乗鞍岳を形成する山々は前回と違ってよく見え、 摩利支天岳、不動岳、烏帽子岳、四ツ岳、大丹入岳、魔界岳、大黒岳といった山々が確認できる。
そして嬉しいことに、四ツ岳と大黒岳の間の後方には焼岳も見えている。これだけ見えれば文句はない。

気分を良くして先へと進む。少し足を踏み抜きそうになりながら雪の回廊を登っていくと、ついに目の前に剣ヶ峰の姿が現れる。
左側 1/3は完全に雪に覆われているが、残りの 2/3は岩が露出している。そして乗鞍本宮と鳥居もハッキリ見えている。もう少しである。
道はすぐに蚕玉岳に至る。無雪期にはこの蚕玉岳の下を巻く道もあるのだが、雪に覆われ道は蚕玉岳頂上のすぐ横を進む。
時刻は 11時29分。
少し下ってさらに雪の回廊を進む。剣ヶ峰の右後方には大日岳が見え、さらに右に屏風岳、そして薬師岳、雪山岳 (せつざんだけ) といった権現池を囲む山々が見えてくる。

本来ならこの最後の登りに取りかかる所で道は二手に分かれるのだが、現在歩かれているのは頂上小屋を通るルートのみのようである。
小生もこちらの方が本道と思っているので 迷うこと無く頂上小屋方面へと進む。
ここは無雪期には岩がゴロゴロした斜面の登りであるが、今はほぼ雪に覆われていて歩き易い。雪に埋もれ、入口だけが開いている頂上小屋を過ぎ、 雪の斜面を登っていくと、やがて朝日権現社の祠の前に到着する。頂上はこの後ろである。

祠の左手を進むと、御嶽が目に飛び込んでくる。雪は大分少なくなっているようであるが、一方で頂上付近からは噴煙が上がっている。
そして、11時43分、乗鞍岳頂上に到着。この時期に 3,000m峰を踏めたことは大変嬉しい。
なお驚いたことに、乗鞍本宮、鳥居、さらには乗鞍岳の標柱、そして本宮を取り囲む岩にはエビのシッポが張り付いているではないか。
4月上旬なら未だしも、5月も中旬になるというのにこのような光景を見ることができるとは、良い日に登ったものである。
そう言えば、横浜でもここ数日は寒かったので、3,000m峰ともなれば気温も氷点下になったのであろう。

周囲を見渡すと、権現池は雪の下。そして白山方面は見えず、 また先に述べたように北アルプスの山々はほとんど同定ができない状況であるが、それでも十分に嬉しい。
暫し頂上からの眺めを堪能した後、11時51分に下山を開始する。
鳥居を潜って岩場を下る。この道がもう 1つの道であるが、やはり途中で下るのが少々厳しくなり、頂上小屋の手前から先程登って来た道の方へと移る。
そして、蚕玉岳には 11時59分に到着。少し休憩して先へと進む。
朝日岳との鞍部に到着したところで、折角なので朝日岳に登ってみることにする。無雪期には立入が許されていないようであるが、 雪の道ができている今なら許されると勝手に解釈して登り始める。

雪の上に踏み跡がしっかりついているのでルート選びには苦労しないが、 一方で表面がクラストした雪なので、足を踏み出す度に雪片が斜面を転げ落ちていき、その音も結構煩い。 幸い下方を歩いている人はいないので良かったものの、チョット気が引ける思いで進んだのであった。
さらには、頂上近くなると雪はかなり少なくなる上に緩んでおり、踏み抜くことが多くなる。一度は、両足ごとストンと膝上まで沈んでしまったのだが、 岩と岩の隙間だったようである。
少々苦労しながらも 12時12分に朝日岳頂上に到着。頂上には半分雪に埋もれた小さな祠が置かれている。
周囲を見渡すと、剣ヶ峰が見えるのは当然だが、権現池の周りを囲む大日岳と屏風岳との間に御嶽も見えている。

12時15分に下山開始。登って来た道を戻るのだが、やはり崩れる雪に苦労する。
鞍部に戻ってからは、肩の小屋を目差そうと雪の斜面を横切って進む。しかし、途中まで進んだところで、肩の小屋側から登って来られた方がいたので、 狭い斜面での擦れ違いは危険と思い、思い切って右下の斜面を下っていくことにする。
こちらもクラストしている雪の崩れがあったものの、慎重に下り、やがて往路で辿ってきた斜面に合流した後は、往路を忠実に戻る。
しかし、登りではあれだけ苦労した斜面であるが、下りはアッという間で、12時46分に乗鞍エコーラインの駐車スペースと覚しき場所に下り着いたのであった。
後は緩やかに斜面を下り、ツアーコースへと戻るだけである。

なお、途中、2回ほど道路を横断することになる。
今朝ほどは雪に覆われていた場所であるが、パワーショベルによる掘り返しがここまで進んできたらしい。 無論、パワーショベルなのでアスファルト部分までには至っておらず、道筋をつけただけである。 しかし、何も無い雪の原において正確に道路上を掘っていくのは大変なはずである。GPSでも使っているのであろうか。
順調に下り、今朝ほど休憩したダケカンバの所にて今回も 5分程休憩する。

その後、少し緩んできた雪の斜面を滑るようにして下り、位ヶ原山荘との分岐を示す注意書きを 13時7分に通過。
その後ツアーコースに入り、『 5番標識 』 を 13時15分に通り過ぎ、『 1番標識 』には 13時27分に到着したのであった。
本当に雪の上の下りは早い。
そして、かもしかリフト上部の設備には 13時42分に到着。アイゼンを外すなどするとともに少し休憩して 13時50分に出発。
後は草の斜面をまっすぐに下り、三本滝レストハウスの駐車場には 14時5分に戻り着いたのであった。

本日は残雪の山を楽しむべく乗鞍岳に登ったのだが、 初めてのルートを辿ることによるワクワク感を味わい、そしてずっと雪の斜面が続くコースに大変楽しい時を過ごせたのであった。
体力が追いつかずに登りでは少々時間が掛かってしまったものの、この時期に 3,000m峰に登ることができて、大満足の一日である。
しかし、日焼け対策をないがしろにしたため、帰宅後、顔は完全に真っ赤になり、その後かなり苦しんでしまう。でも楽しい山行であった。


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