新・山の雑記帳 3  ('2012/5 − '2013/7 )

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 1.最 新 の 雑 記 帳
 梅雨時にしては満足の武尊山  2013.7 記

 年休の取り甲斐があった火打山  2013.6 記

 スリルもあって楽しい富士登山  2013.6 記

 楽しても良い登山  2013.5 記

 山登り 復活  2013.5 記

 スノーシュー空振り  2013.2 記

 目論見通りの楽しい山行  2013.2 記

 雪に戯れねば面白くない  2013.1 記

 2013年 登り初め  2013.1 記

 雪の低山を楽しむ  2012.12 記

 これまた会心の編笠山・西岳  2012.12 記

 会心の念丈岳  2012.11 記

 クタクタの空木岳  2012.11 記

 代打が満塁ホームラン  2012.10 記

 穴場ルートを楽しむ  2012.10 記

 満足の乗鞍岳登山  2012.9 記

 思わぬ儲けもののアサヨ峰  2012.9 記

 リベンジ成功 奥穂高岳  2012.8 記

 待望の安平路山  2012.6 記

 スノーシュー デビュ  2012.5 記

 ゴールデンウィーク中の登山  2012.5 記

 2.これまでの 新・山の雑記帳 2    ('2011/6 − '2012/4 )      ←   こちらもご覧下さい

 3.これまでの 新・山の雑記帳    ('2006/8 − '2011/5 )      ←   こちらもご覧下さい

 4.これまでの山の雑記帳:INDEX 1    ('97/10 − '00/5 )      ←   こちらもご覧下さい

 5.これまでの山の雑記帳:INDEX 2    ('00/5 − '02/11 )      ←   こちらもご覧下さい


梅雨時にしては満足の武尊山  2013.7 記

梅雨入りならびに雑用などが立て込み、 平日を利用して登った火打山 (6月13日) 以降山に登る機会がなかったのだが、この 7月6日(土) は他に予定もなく、 しかも天気が良さそうだということで久々に山に行くことにした。
天気予報を見ると、総じて関東の天気が良いようで、残念ながら長野県・山梨県の方は曇りの地域が多い。そこで選んだのが群馬県の武尊山である。
今年は、初めての山にチャレンジすることが少なく (1月の薬師岳・夕日岳、5月の三ノ沢岳のみ)、一方で百名山に再チャレンジ (あるいは再々チャレンジ) することが多くなっているが (会津駒ヶ岳、 木曽駒ヶ岳、富士山、火打山)、この流れを汲んで、武尊山にも再々チャレンジしようというものである。
過去 2回はいずれも旭小屋から川場尾根を登り、不動岳・前武尊を経由してのピストン登山だったので (復路は鎖場の難所である不動岳を避けるべく、 川場野営場への下山など少しバリエーションを加えてはいるが・・・・)、今回は反対側の武尊神社から登り、武尊山の頂上を踏んだ後は剣ヶ峰経由で下山するという計画とした。

3時45分に横浜の自宅を出発。空には雲が多いが、現地さえ晴れていれば良いので、 あまり気にならない。
横浜ICから東名高速道に乗って東京ICまで進み、東京ICからは環状八号線に入る。環状八号線は早朝というのに相変わらずの交通量であるが、 途中 工事を行っている場所が 一ヶ所だけだったので、意外とスムーズに練馬ICまで進むことができたのだった。
練馬ICから関越自動車道に入り、水上ICを目指す。相変わらず空はドンヨリとしていて雲が多く、とても快晴になるような雰囲気はない。
さらには、途中、自分がサングラスを掛けているのではないかと錯覚するような、暗い雰囲気の空模様になって少々慌てたものの、 その後、空は少しずつ明るくなり、何とか 1日持ちこたえそうな状況になってきたので一安心。
また、高速道を進むに連れ、赤城山、谷川岳、武尊山もその形をハッキリ見せてくれたので、本日は快晴とはならずとも、 それなりに山登りが楽しめそうな天候のようである。

順調に車を進め、水上ICで高速道を下り、国道291号線 (奥利根ゆけむり街道) に入る。
この道は谷川岳、白毛門・朝日岳などに登った際に通っているので、スムーズに進む。
大穴という所で右折して、谷川岳への道と分かれ県道63号線 (この道も奥利根ゆけむり街道) に入り、藤原湖方面へと進む。 藤原湖の横を進み、やがて武尊トンネルを抜けた所で右折し、やすらぎの森キャンプ場を目指す。
山道 (舗装道で快適) を進み、キャンプ場の売店などを過ぎると、やがて武尊神社 (あるいは裏見の滝) 駐車場に到着。時刻は6時38分。
上段の舗装された駐車場には 20台ほどの車が駐まっていたが、駐車の仕方があまりにも雑。区画線がないことを良いことに、車をいい加減に駐めており、 車の間隔も広く取り過ぎで、キチンと詰めればあと 5、6台は駐められる状況である。 中には自分の車の横にテントを張っている輩もおり、呆れるばかりである。仕方なく、上の駐車場を一周した後、下の駐車スペースに車を駐める。

駐車場設置のトイレで用を済ませ、身支度をして 6時46分に出発。林道を先へと進む。
すぐに左手に真っ赤な鳥居の武尊神社が現れ、その先で林道は車両通行止めとなる。ゲートを越えて林道をさらに進む。ここからは未舗装の道が続く。
やがて、林道に車が入ることができた時には駐車スペースだったと思しき場所を通過する。さらに先を進んでいくと、いつの間にか林道は山道に変わっており、 足下に水の流れを見ながら緩やかな傾斜を登っていくことになる。
7時25分、武尊山 (手小屋沢避難小屋経由) と剣ヶ峰との分岐に到着。まずは武尊山山頂を目指すつもりなので、道を左にとる。 順調に行けば、右の道から戻ってくるはずである。

この分岐からは勾配がややきつくなる。少々ぬかるんだ箇所も多く、また木の根っこが剥き出しとなった場所もあり、足下に注意しながら登っていく。
道は沢沿いを進むことが多く、また小さな沢を数回渡ることになる。従って、水にはあまり不自由しない。
昨日は雨だったこともあるのだろうが、山自体かなり水を含んでいるような感じである。かといって湿気が多いと言う訳でもない。
また、ありがたいことに、天候の方がパッとしない分、気温もあまり上がっておらず、順調に登って行くことができる。気温が 30度を超えていたら、 かなり厳しいであろう。

やがて、上ノ原登山口からの道と合流。時刻は 8時11分。
そこから少し登ると、手小屋沢避難小屋への分岐をやり過ごすことになる。ここでその避難小屋の方から男性が 1名登ってきたが、すぐに追い抜く。
一旦緩やかになった勾配もすぐに急となり、ジグザグに登って高度を稼ぐことになる。
この頃になると樹林越しに周囲の山々が見え始める。
さすがに雪の多い越後の山だけあって、皆どこかしらに雪を抱いている。 見たことのあるような山が多いが、木々が邪魔をして断片的にしか見えないため、なかなか山座同定が難しい。

ところで、このジグザグの道を登っている途中、虫を口から吸い込んでしまい、 慌ててザックから水を出してうがいをし、口を濯ぐことがあった (恐らく虫は吐き出せていないと思う)。
苦しい登りなどでは口呼吸にならざるをえず、そうなると今回のように口で虫を吸い込んでしまうことが多々ある。今まで、吸い込んだ後で何らかの体調トラブルに見舞われたことはないが、 吸い込んでしまった虫はどうなっているのであろう。胃の方に入れば、胃酸で死ぬと思われるので問題ないが、万が一肺に入ったらどうなるのか。 虫が肺の中に卵を産みつけるなどといった恐ろしいことも想像してしまう。
閑話休題。

道の方は急登が続く。それに呼応して徐々に見える山の範囲が広がり始める。
やがて、道の方には岩場が現れ、鎖場、梯子が続くようになる。足下の岩は濡れているので要注意であるが、ちゃんと足場が確保できるようになっているので、 それ程難しくない。むしろ、設置されている鎖を使用しない方が効率良く登ることができたりする。
2番目の鎖場の手前ではかなり広い範囲で展望を得られるようになる。しかし、山の名前がよく分からない。越後の山は丸みを帯びた山が多くて、 皆見たことがあるような形をしており、しかもこの地域では馴染みの山も限られているので、特定が本当に難しい。
4番目だったかの長い鎖場を登り切ると、道の左にある岩場が好展望台になっているのに気が付き、寄り道をする。
そこには、先程虫を飲み込んでしまった際に追い抜かれてしまった 避難小屋から登ってきた男性の方がおられたので、一緒に山座同定を試みる。
遮るモノのない展望を見回すと、まず、特徴ある斜面を持った苗場山を発見した。そういう手がかりが見つかると山座同定が少し楽になるもので、 苗場山の手前に見えるのが谷川岳と検討がつく。
また、男性の方が武尊山山頂からの展望図を持っていたので、それと照らし合わせて、谷川岳の横に笠ヶ岳、朝日岳などの山々が続くことを確認する。
また、右の方に大きく目を転じれば、何と至仏山、そして燧ヶ岳も見えている。男性の持っておられる展望図は、至仏山、燧ヶ岳の方までは網羅していなかったが、 その手前までは描かれているので、ほとんどの山の名が確認出来たのであった。

5分程展望を堪能した後、その岩場を離れ先へと進む。
目の前には武尊山と思われる頂が見えるが、まだまだ距離がありそうである。しかし、次の鎖場を乗り越えると、後は気持ちの良い尾根道が続く。
右側から吹き付ける風がかなり強いものの、ほてった身体を冷やしてくれて気持ちが良い位である。また、赤城山や本日登る予定の剣ヶ峰が見え、 心が弾む。
崩壊した道を避けるために新たに切り開かれた道を進み、灌木帯を登って行くと、意外にあっけなく武尊山頂上に飛び出したのだった。時刻は9時52分。
まずは御嶽山大神と彫られた石碑、そして三角点、祠が迎えてくれた。お馴染みの上部を山型にカットした標識、そして方位盤もある。
狭い山頂には 10人程の先客がおられたが、幸い倒れた標識の柱の所が空いていたので、そこに腰掛けて休憩とする。しかし風が強い。

少し周囲の灌木が邪魔ではあるものの、ここからの展望はやはり素晴らしく、 この山頂に至るまでに見てきた苗場山、谷川岳から至仏山、燧ヶ岳までの山々に加え、日光奥白根山、皇海山、赤城山などの山々を確認することができる。
青空はないものの、周囲の山々に雲が掛かっていないのがありがたい。
そして、南に目をやれば、過去 2回の武尊山登山の際に使ったルートである中岳、家ノ串山、川場剣ヶ峰と続く尾根が見え、 そこから右の方に目を転じれば、これから登る剣ヶ峰が鋭い穂先を天に突き出している。
また、武尊山から剣ヶ峰に至るまでの道は気持ちの良さそうな尾根道であり、少し楽しみになる。

10時14分、武尊山山頂を後にする。
この頃になると、僅かながら日も差し出したので、首筋、頭、耳が日に焼けないように帽子にサンシェードを装着する。
一旦、中岳方面に少し下ると、すぐに剣ヶ峰への分岐が現れるので、そこを右に折れて急斜面を下る。この斜面がやはり足下が悪く滑りやすい。
事実一回足が滑って尻餅をついてしまった。本日から、無雪期用の靴(SCARPA)を履きだしたのだが、ビブラム底が劣化してしまっているのか、 あるいは本当に足場が悪いからか、とにかく良く滑る。
ただ、急斜面から尾根に下り着いてからは気持ちの良い道が続く。前方に見える剣ヶ峰の形が素晴らしい。そこに至るまでに数回のアップダウンがあるのだが、 いずれも厳しいものではなく気持ち良く進むことができる。また、振り返れば武尊山の姿が立派である。

やがて、剣ヶ峰への分岐に到着。時刻は11時8分。
剣ヶ峰はここからピストンすることになる。濡れて滑りやすい、岩の多い道を登る。かなり急であるが、距離は短い。
そして11時15分、剣ヶ峰頂上に到着。頂上は狭く、標識があるのみである。そこには先客が 4名おり、少し窮屈であった。
ここからの展望も素晴らしく、特に武尊山の堂々とした姿が目を引く。座る場所もない山頂に長く留まっている訳にもいかず、11時19分、 下山開始、登ってきた道を下る。

やはり急斜面故に、滑りやすくて苦労する。木の枝などを掴みながら慎重に下る。 11時25分に分岐に戻り着き、左へと下って武尊神社を目指す。
しかし、ここからは本当に苦労した。急斜面+ぬかるんだ道が続き、加えて何遍も言うようだが靴が滑りやすいこともあって、 なかなか思うように下ることができないのである。
嫌になる程の悪路を延々と下り続ける感じである。時折見える武尊山の姿がパワーをくれはするが、それを上回る苦行である。スパッツは泥だらけ。 尻餅をつくことはなかったが、1回バランスを崩し、ザックが泥だらけになってしまった。

ようやく勾配も緩み始めると、道は歩きやすくなるものの、 今朝程の分岐までかなりの距離がある。
展望のない林の中をひたすら下る。途中、沢を横切るところで小休止。冷たい水が本当に美味しい。
分岐に着いたのは12時59分。ここからは今朝程の道を戻ることになる。
今朝程は、久々の登山で少し張り切っていたためか、あまり感じなかったのだが、この林道も結構距離がある。ただ、緩やかな下り勾配なのがありがたい。
駐車場に戻り着いたのは13時28分、駐車場は裏見の滝を見に来た方々の車も含め、今朝程同様結構混んでいる。

本日は快晴の予報が外れてしまったものの、天候に大きな崩れは無く、 また山中、展望もかなり得られたので良かったと思う。あまり暑くなく、梅雨の合間の登山としてはかなり良い点数が付けられる山行であった。
と思っていたら、この日梅雨明けが宣せられた。今年の梅雨は短く、しかも梅雨末期の土砂降りに遭遇した記憶もなく、 あまり梅雨を意識しないうちに終わってしまった気がする。そのため夏場の水不足が心配である。
なお、帰りの高速道では、車載の外気温度計が 36度を示していた。
いよいよ暑い夏の到来である。


年休の取り甲斐があった火打山  2013.6 記

定年間近ということを理由に年休を取得して、このところ会津駒ヶ岳、三ノ沢岳と平日登山を行っているが、        この6月13日の木曜日 (無論平日) にも山に登ってきた。
場所は新潟県の火打山、2回目の登山となる。山にはまだかなり雪が残っているようで、このところ病み付きになっている残雪登山にはもってこいと判断しての選択である。
しかも、梅雨入りし、さらに台風3号が日本列島に接近して、多くの地域で雨の予報が出ている中、この火打山近辺 (妙高市、糸魚川市) の予報は晴れなのである。 尤も、お隣の長野県小谷村は曇りの予報だったので、全面的に信じてよいかは疑問だが、それでも貴重な晴れの予報である。

早朝というか夜中の 3時に横浜の自宅を出発する。 横浜は雨で、果たして火打山の方は晴れているのか心配になる。
横浜ICから東名高速道にて東京ICまで行き、そこから環状八号線に下りる。雨量は意外と多く、ますます先行きが心配になる。
環状八号線を北上して練馬ICから関越道に入る。雨は依然として降り続いており、時速100kmを越すと雨がかなりフロントガラスにたたきつけ、 ワイパーが忙しい。不安がさらに増す。
しかし、ありがたいことに関越道を北上するに連れて雨の勢いは徐々に衰え始め、藤岡JCTから上信越自動車道に入ると霧雨程度に変わり、 さらには更埴JCTを過ぎてからは、雨はすっかり止んでくれたのだった。ただ、青空が広がるという状況にはなく、上空には雲が多い。
空いている自動車道を順調に進む。空模様は相変わらずであったが、長い薬師岳トンネルを抜けた瞬間、目の前に妙高山が現れ、 さらにはその後方に青い空が広がっていたのである。
あまりにも突然の妙高山の登場に大変驚くとともに、テンションがグッと上がる。妙高山の姿は素晴らしく、 本日は火打山を止めて妙高山に登ろうかと思った程である。

妙高ICで高速道を下りて国道18号線に入った後、すぐに妙高温泉入口で右折して県道39号線に入る。
後は登山口のある笹ヶ峰までほぼ一本道である。道はやがて杉野沢の町並みを抜け、その後はスキー場の脇を通り、山道を進む。
所々狭い所があるものの、全面舗装されており、気分良く進むことができる。青い空が前方に見えること、そしてやがて現れた笹ヶ峰牧場の牧歌的な景色も気分を良くさせてくれた一因である。
やがて、右手に妙高山・火打山登山口の駐車場が見えてきたので、右折して車を駐める。
なお、この駐車場の少し先には、トイレ、売店などが設置された大駐車場がある。
平日にも拘わらず、駐車場には車が 5、6台程駐まっていたので、少々意外な感じを受ける。皆登山者なのであろうか。

身支度を済ませ、7時9分に駐車場を出発する。登山口は洒落た東屋風の建屋になっており、 上高地にある西穂高岳への登山口を思い起こさせる。
樹林の中、緩やかな傾斜の道を進む。しかし、これが長いのでかなりイライラする。イラつく理由は、 早く稜線上の展望の良い場所に出て火打山を始めとする周囲の山々を見たいのに、なかなかこの森を抜けきれず、一方で空には雲がかかり始めているからである。
このままで行くと、火打山が見える場所に着く頃には火打山は雲の中、という最悪のパターンも考えられ、少し焦る。 やはり妙高山にすべきであったかとの思いも頭に浮かんでくる。

道には木道が現れ、それが断続的に続く。傾斜は緩やかなので足が進むものの、 一向に展望の良い場所に着かない。
黒沢を渡り、暫く進むとようやく十二曲りに到着。ここからは少し登りがきつくなる。そして、やっとこの十二曲りにおいて、 樹林越しに南側の山々が見通せるようになり、白馬岳方面の白き山々を見ることができたのだった。
ただ、そのバックには青い空も見えているが、その左側 (長野側) の方は雲が多いので、もしかしたらこの先雲に飲み込まれてしまうかもしれない。
また、この十二曲り周辺にはシラネアオイが薄紫色の花を咲かせていて、心を和ませてくれる。

十二曲りがこの登山道において一番の難所という記憶があったが、 その後に現れた急登の方がかなり厳しかった。9日に富士山に登ったばかりであり、中 3日の登山はちょっとキツイ。
やがて登山道上に雪が現れ始め、その後一気に雪の世界へと突き進むことになる。この変わり目となる所で、若い男女のペアと擦れ違う。 挨拶を交わしただけだったが、時間的に見て恐らく前日に谷池ヒュッテに泊まったのであろう。
その後、もう一人やや年配の方と擦れ違う。周囲はドンドン雪の世界に変わり、ピンクテープ、木に付けられたペンキ印を頼りに登っていくようになる。 雪の上に先程の方達の足跡も残ってはいるが、シラビソ、コメツガなどの葉が雪の上にかなり散らばっているため足跡が見分けにくい。

やがて樹林帯を抜けて広い雪の原に飛び出す。恐らくここは富士見平であろう。小生は尾根側を進んだが、少し右の低い所にもテープが見える。
広い雪原を緩やかに登っていき、雪のマウントを越えていく。前方には黒沢岳が見える。登山道は黒沢岳の斜面を横切って進んでいくはずである。
黒沢岳が近づいてくるようになると、樹林が切れてようやく火打山方面が見通せるようになってきた。時間は9時17分、ここまで到達するのに2時間10分を要したことになる。 そして、それだけ時間が掛かった分、恐れていたことが現実のモノとなってしまったのだった。つまり、火打山の上半分程はガスに覆われ、 山容がほとんど見えないのである。
また、火打山の右、荒れた岩肌を有した鬼ヶ城は見えており、その後方に青空が広がっているものの、そこにも流れるガスがかかり始めている。 また、火打山の左奥にある焼山も頂上付近はガスに覆われている。これは大ショック。懸念したとおりになり、やはり妙高山にすべきだった、あるいはもっと早く家を出るべきだったと、 反省しきりである。
救いは火打山手前に広々とした高原状の広がりが見えていること。そこまでガスに覆われていたら、何のためにここまでやって来たか分からず、 情けなくなってしまう。

黒沢岳の雪の斜面を進む。それなりに斜度のある斜面を横切っており、 滑ったら結構下まで滑落の危険性があるので、慎重に進む。
特に雪の道は、大丈夫だと思っていたりすると足が潜ってしまうことや、崩れることもあり、またバランスを崩すと踏ん張りが利かないので、 ユックリ慎重に進む。左手の火打山の状況は全く変わっておらず、憂鬱な思いのまま足を進める。
やがて、火打山手前の広がりの中に三角形の谷池ヒュッテが確認できるようになる。黒沢山の斜面を通り抜けると、再び広い原に出る。 ここからは火打山は見えない。
ピンクリボンを付けた竹の棒が雪に刺してあるので、それを辿るが、その間隔が広いため、ガスが出てきたら道を失う可能性も考えられる。 緩やかな雪の斜面を登り、ポールに従って道を左にとって、所々夏道が出ている場所を経て雪の上を進む。
やがて、谷池ヒュッテに到着。時刻は 9時59分。左側から谷池の方へと回り込む。
ヒュッテ前のベンチに座って暫し休憩。その休憩中に奇跡 (大げさだが) が起こった。何と、雪に覆われた谷池の向こうに、 今までガスに覆われていた火打山が徐々に姿を現し始め、その後方に青空が広がり出したのである。先般の富士山と同じように、 この奇跡的な ?? 出来事に思わず声を上げる (周囲にはヒュッテの管理人さんのみ)。
そして日の光が周囲を照らし出す。こうなると、ユックリしてはいられない。すぐに火打山を目指して出発する。

恐らく谷池の上と思われる場所を直進し、ピンクテープが付けられた竹の棒に従って進む。 谷池の縁と思しき斜面を登り、さらに緩やかな斜面を登っていくと、やがて火打山、影火打、そして手前に雪に覆われた天狗の庭が一望できるようになる。
夏、そして秋も素晴らしいことは間違いないだろうが、こうして真っ白な雪原の向こうに見える火打山も素晴らしい。
下り斜面に入り、露出している木道の上を進んで、天狗の庭の標識の所から右に曲がる。ここにも雪の上に竹の棒が立てられている。先程雪原と言ったが、 雪に覆われた天狗の庭にもしっかりと春はやって来ているようで、一部に草、そして水面が顔を出している部分がある。

やがて登りにかかる。ここから振り返って眺める天狗の庭もなかなかのものである。 後方には高妻山が見える。天候の方は、薄曇り。
さらに登っていくと道は夏道に変わり、雪渓に沿って進むようになる。タカネ(ミネ)ザクラが花を開きかけており、ここでも山の春を感じさせてくれる。
振り返れば妙高山の姿が見え、その山頂もハッキリ見えている。しかし、北アルプス方面は既に雲の中である。
火打山手前まではほぼ夏道が続く。火打山への最後の登りにかかる時点で、再び周囲をガスが覆い始め、頂上からの展望が怪しくなるが、 ここに至るまでに火打山の姿を始め、ある程度景色を楽しめたので、もうあまり頂上からの展望に拘りはない。

夏道から雪渓に入るが、ガスであまり視界がない中、深く考えずに雪渓の左の方に進んでしまった。 雪が解け、草やハイマツが露出している部分が見えたためだが、これが大失敗であった。
雪の斜面は結構急角度になり、アイゼンを装着していない身にとっては登るのがかなりキツイのである。足を雪に蹴り込みながら一歩一歩慎重に登る。
やがて、この斜面の行き着く先にある平らになった部分を 1人の登山者が下ってきた。その方は小生が登っている側とは反対の、 雪渓の右側へと進んでいる (下山時に分かったのだが、そちらには夏道があった)。
その方と上・下で暫し話をする。もう頂上に誰も居ないので独占できること。北アルプス方面は雲で見えないこと。一方、日本海側は見通すことができ、 佐渡島が見えること等々教えて戴いた。

ようやく斜面の登りも終わり、そこからは歩行が楽なる。
地面が出ている所と残雪が交互に現れた後、最終的に灌木の斜面を登っていくと火打山頂上であった。小広い頂上に雪は無い。時刻は11時53分。
やはり、頂上はガスに囲まれ、展望は得られない。余裕があれば影火打まで進もうと思っていたのだが、この状況なので断念する。
ユックリ休憩していると、やがて日本海側の方はガスが晴れ、佐渡島を見ることができた。
再びガスが濃くなる中、12時6分に下山開始。
やはり頂上近くの雪渓が鬼門で、ガスで先の方が見えない。先程の方の足跡がハッキリ残っていたので、難なく夏道に入ることができ、 それで登りの際に雪渓をずっと直登したのが間違いだったと気づく (雪渓−夏道が交互に現れる)。

後は何の問題なく下る。勾配が無くなったところで振り返ると、 何と火打山頂上がしっかりと見え、その後方に青空が拡がっている。
タイミングがずれてしまったようだがあまり悔しさはない。天狗の庭に入ると、今度は温度の低い雪原からガスが上がり始める。 ここも広いだけに迷わないようにせねばならない。
谷池の横断もガスの中。途中、雪原に穴を掘り、池から水を引いている場所があるので落ちないように注意が必要である。
ヒュッテには13時7分に到着。休憩しようとすると、管理人の方から声を掛けられる。
何でも十二曲りの上部にアイゼンを置き忘れた方がおられ、もし帰りに見つけたら杉野沢にある苗名の湯に預けて欲しいとのこと。 無論何の問題もないので、見つけたら届けると約束する。

ヒュッテから先はガスもあまり無く、難なく進むことができたが、 先程も述べた様に、この場所でガスに囲まれたら道迷いもありうる状況である。
順調に進んでいくと、雪も終わりになる頃、残雪の縁に黒いケースに入ったアイゼンを発見する。
その後も順調に足を進め、15時1分に駐車場に戻り着いたのであった。

約束どおり、帰りに苗名の湯に立ち寄ってアイゼンを届けたところ、 受付の方が 「ああ」 との一言で受け取られてお終い。これでは会話が続かない。
別に礼を求めていた訳ではないのだが (無論、受付の方は礼を言う必要はない)、本日擦れ違った 5人 (最後に擦れ違った方の前に、 火打山の手前で女性と擦れ違う) の中のどなたが置き忘れたのか位は知りたかったところである。

最後にこのようなことはあったものの、今回も残雪の山を大いに楽しむことができ、 さらには一旦失望させられた状況が好転し、火打山の素晴らしい姿を見ることができ、遠くまで遠征してきた甲斐のある山行であった。


スリルもあって楽しい富士登山  2013.6 記

梅雨に入ったにも拘わらず、それが間違いではないかというような天候が続いていたが、 どうやら6月10日(月)からは梅雨らしい天候となるようである。それならばと、梅雨空が続くようになる前、 最後の晴れとなりそうな 6月9日の日曜日に山に行くことにした。ただ、この日は色々用事があって 18時前には帰宅せねばならず、 また翌日から仕事であることを考えると あまりハードな山登りは避けたいところである。
さらには、このところ残雪の山を楽しんでいることから、できれば今回も残雪のある山に登りたい・・・。
といった条件のもと、検討を重ねた結果、今注目が集まっている富士山に登ることにした。もともと人気の高い山だが、 世界遺産に登録されればなお一層混むことは必定、さらには入山料徴収も検討されているとあっては、 今のうちに登ってしまいたいところである (個人的には入山料設定は致し方ないと思っている)。

富士山には過去 2回登っているが、剣ヶ峰登頂、お鉢巡りは 2回目に登った時のみ。 しかも、その時は雨交じりの天候で全く展望を楽しめなかったので、いつかは再チャレンジしたい という気持ちを持ち続けていたのであった。
しかし、一方でこの山は登る山ではなく、眺める山であるということを 2回の登山にて痛感したことから、3回目の登山に対し二の足を踏んでいたことも事実である。
ただ、今回は残雪が多く、今までの富士登山とは少し違う面が楽しめそう ということが最終的な決め手になったのだった。そして、 過去 2回の登山は麓から登ることに拘っていたのであるが、今回は時間的な都合もあって五合目から登ることにした。
先日の駒ヶ岳ロープウェイを使用しての 三ノ沢岳登山にて少し考え方が変わってきたこと、また 60歳になっていつまでも青臭いことを言っていても、 やがて体力の方がその拘りについて行けなくなるだろうと思い、少しずつ拘りをなくすことにした次第である。

さて、いくつかある富士山の登山口のうちどこから登るかであるが、過去 2回は吉田口からだったので、 今回は当然他の登山口からにしたい。地図を見ながら色々検討した結果、富士宮口から登ってお鉢巡りをした後は御殿場口へと下り、 途中から宝永山に登って富士宮口に戻る というルートをとることにした。
これで単調なピストン登山は避けられるし、興味を持っていた宝永山にも登れるので結構楽しめそうである。

3時40分、横浜の自宅を出発する。快晴の天気予報にも拘わらず、上空には雲が多い。
自宅近くの横浜ICから、御殿場ICを目指して東名高速道に乗る。このアプローチの手軽さも、今回富士山を選んだ理由の一つである。 御殿場ICを目指す中、空も徐々に晴れ始め、まだその頂に雪を残す富士山が 周囲の山々の上に浮かび上がっているのが見え、テンションが上がる。
御殿場ICからは、いつも下りるバイパスの方ではなく第一出口へと下り、県道401号線に入る。国道246号線、県道23号線とナビに従って進み、 富士山スカイライン (県道23号線+県道152号線) に入る。
富士宮五合目に着いたのは 5時28分。上の駐車場はほぼ満車状態であったものの、その下の駐車場はかなり空きがあったので、 混雑を避けて下の駐車場に車を駐める。
なお、上の駐車場は満杯とはいえ、全部の車が登山者という訳ではないようで、ご来光などを眺めに来た方も多くおられるようである。

身支度をして 5時35分に駐車場を出発。石の階段を昇り、 一旦トイレに立ち寄って小用を済ませた後、登山口へと向かう。 空には再び雲が多くなっているものの、登山口から頂上方面が見通せる。
サー・ラザフォード・オールコックの登山記念碑の前を 5時42分に通過。登山口から暫く溶岩の斜面を登っていくとやがて六合目の小屋が現れる。
ここで登山道は左に曲がって建物と建物の間を進むようになっているのだが、そこには通行止めの標識&柵が設置されている。 冬の富士登山を規制してのことであろうが、皆そこを乗り越えて進んでいる。
先程述べたように、空は快晴とは行かず、薄曇り状態で、所々に青空が見える程度。少々裏切られた感があるが、この後の展開に期待したいところである。

六合目からは、如何にも火山といった感じの、赤茶けて荒涼とした斜面をひたすら登り続けるのみ。 高度を上げても周囲の景色は余りパッとせず、後方に愛鷹山が見えるくらいである。
まだ山開き前なので登山者の数はそれ程多くなく、夏に比べれば本当に理想的な状態。新七合目を通過し、元祖七合目を過ぎると、右手に雪渓が見え始める。
八合目の小屋を過ぎ、鳥居の横を登っていくと 登山道右手には本格的な雪渓が現れる。多くの人は夏道を登っているが、 雪渓登りを楽しんでいる人たちもいる。

九合目の萬年雪山荘を過ぎ、鳥居を潜って暫く登ると、やがて九合五勺。 ここからは雪渓を登ることになる。
念のためにアイゼンを装着して雪渓を登る。アイゼン無しでも登ることは可能と思われたが、用心に越したことはない。 ただ、ピッケルはザックに装着したままで、ストック 2本での登りである。
頂上が近くなると、再び夏道が露出。暫し夏道を避けて雪の斜面を登ったが、それも限界がありアイゼンを脱着する。
そして、最後に一踏ん張りすれば頂上に到着、時刻は9時25分。突き当たりにある頂上浅間大社奥宮の鳥居、本殿前を左に曲がると、 雪の原の先に剣ヶ峰が見える。ここは休まずに剣ヶ峰へと向かう。
剣ヶ峰へと進む途中、火口の縁に寄ってみる。そこは白い雪と黒や茶色の岩のみ、まさにモノクロに近い世界である。

剣ヶ峰には 9時48分に到着。『 日本最高峰富士山剣ヶ峰 』 と彫られた石柱の周りは、 記念写真を撮る人達で賑わっている。前回登った時 (2001年) にはまだ存在していた気象観測ドームは最早ないが、残っている施設の使用は結構自由なようで (立ち入り禁止との札はあるが)、 鉄の櫓に登る人達も結構多い。

さて、お鉢巡りであるが、そのまま岩場を突き進む道もあるようだが、 ここは一旦剣ヶ峰から少し戻って下の道を進む (無論雪道)。途中で急斜面を下降することになる。ほんの 10m程であり、 アイゼン無しで下り始めたものの、途中でそのまま下る自信が急に無くなり、平らな場所に戻ってアイゼンを装着することにする。
その際、後続の方に迷惑を掛けてしまったが、急に自信がなくなったのは、今思うと、三ノ沢岳や千畳敷カールにおける急斜面の下降でアイゼンにお世話になったため、 アイゼンを着けていないことに不安を感じたからと思われる (アイゼン依存症??)。実際はアイゼン無しでも慎重に下れば問題はなかったと思う。 その後はお鉢に沿って順調に進む。

火口壁の凄まじさは雪に隠れ気味ではあるものの、それでもすごい迫力である。
全く何も見えない中、グルッと一周した前回のお鉢巡りが 如何に味気ないものであったかが良く分かる。
途中、剣ヶ峰の次に高い白山岳に立ち寄り、南アルプスの山々を眺めながら昼食とする。
その後、久須志岳、吉田口からの到達点である久須志神社を過ぎ、やがて御殿場口への下山口である銀明水に到着。しかし、 このまま下ったのではお鉢を 1周したことにならないので、さらに先へと進み、先程の頂上浅間大社奥宮の裏手まで進む。 そこから表側に出るには柵を越えねばならなかったので、ここまでとし、銀明水に戻って下山を開始する。
実は、剣ヶ峰直下でアイゼンを装着してから、その後ずっとアイゼンを着けたままお鉢巡りをしてきたのだったが、 この御殿場への登山路は富士宮口のような雪渓もなく岩場の下りが続くので、アイゼンを脱着する。

暫く下っていくと、下から 2人の方が登ってこられたので、下方の雪渓の状況などを聞く。
小生が宝永山経由で富士宮口に戻ると言うと、下はガスが出てきて視界が利かなくなっている上、宝永山への道は雪渓で分かりにくい等々 種々情報を戴く。 これが大変役に立った。そのまま何も知らずに下っていたら、恐らく宝永山方面への分岐を見過ごして御殿場口に下ってしまい、 富士宮口に戻るまでのタクシー代でかなりの散財となったことであろう。
とはいえ、戴いた情報だけではクリアできない問題点がこの先待っていた。ガスがドンドン上がってきて、視界がほとんど利かなくなってしまったからである。
おまけに途中に標識らしいものがほとんどなく、またあったとしても風化した状態で字が読めないという始末。幸い、道の方はロープが張ってあるので迷いはしないが、 少々緊張を強いられる下山であった。

さらには途中に山小屋があるが、閉まっているのは当然としても、山小屋の名前がどこを探しても見つからないのである。従って、ガスで視界がない中、 今どこにいるのかを確認することが全くできない状態で、不安が増す。
そんな中、助かったのが わらじ館 (七合四勺) のバイオトイレの存在。バイオトイレ横にあった解説書きの中に、わらじ館の文字があり、 ようやく現在地を確認できた次第である。
こうなると、次に現れる小屋が日の出館ということが確認できる訳で、さらにはその日の出館手前にあるはずの分岐点に注意を向けながら進むことができる。

わらじ館から暫く下ると、やがてガスの中、先の方に青い建物が見えてきた。 恐らくあれが日の出館との当たりを付け、その手前にあった雪渓を右に下ることにする (雪渓の上にシリセードの跡、古い足跡あり)。
しかし、雪渓が途中途切れるともう分からない。雪のない部分に沿って左の方に進むと、道を示すロープがあったので、 御殿場口に下るのも致し方ない と思いながらその道を下る。
御殿場口からタクシーが呼べるだろうか と不安に思いながら下っていると、何と言うことだろう、奇跡か神がかりか、 ガスが一瞬サーッと引いて周囲の視界が得られるようになり、右手にある泥のような雪渓の向こう側に斜面に沿ったロープが見えたのである。 思わず声を上げ、この奇跡に感謝しながら、泥に覆われた雪渓を横断する。その道に登り着くと、道に沿ってロープがずっと続いていたのであった。
ただ、鉄杭などに張られたロープではなく、地面に這わせてあるロープなので、雪が積もったら全く見えなくなる。
また、この道には目印として太い木の柱が所々に立てられていたのだが、柱には導 (しるべ) となる文字などは一切無いので、意味を成さない。

もうこれで安心と思ったものの、この道が正しいという確信を得られるものは何もなく、 まだ全面的には信頼し切れないまま道を下る。しかし、ありがたいことに、暫く下るとガスの中に方向指示を示す標柱が現れ、 しかもそこには やや消えかけてはいるものの、文字が残っていたのであった。宝永山は斜め右、まっすぐは御殿場口 (下り専用の砂走り) である。 この宝永山への道は斜面を横切るようになっており、この方向指示がなければこのガスの中では見分けがつきにくい状態だったので、本当に助かった。

暫くほぼ平らな道を進み、やがて土手のような道を進むことになる。すると、再び標柱が現れたが、 そこには 『 馬の背 』 の文字はあるものの、肝心の方向を示す部分の文字は、下ってきた御殿場六合目を示す以外は消えている。 恐らく右に下る道が富士宮口への下山路、宝永山へは直進との見当を付け、まっすぐに進んでみる。
すると、ガスの中、同じ方向に進む男女のペアがおられたので、道を確認すると、小生の推測が正しいことが分かったのであった。感謝しつつ 2人を追い越し、 土手のような道を急ぐ。
やがて宝永山山頂。宝永山はその土手のような道の突き当たりにあり、そこには大きな方向指示盤が地面に設置されていて、 その真ん中に宝永山の石柱が立っている。
この頂上には幼い女の子を連れた若いご夫婦がおられたがすぐに下山。先の 2人が到着するまで頂上独占と言いたいところだが、ガスで全く視界が利かない。 小生もすぐに下山すべく来た道を戻る。
先程の馬の背まで登り返さねばならないのかと思っていたら、先に下山した幼い女の子連れのご夫婦が途中から左の方へと下って行くではないか。 これはラッキー。このガスの中、その女の子を連れたご夫婦がいなければ、間違いなく馬の背まで戻ってしまったはずである。

ここからの下山路は砂走りのような状況。数人と擦れ違った後、先の方には誰もいないようなので、砂にかかとを突っ込むようにして後方に体重を掛けながら駆け下りる。
やがて下り着いた所は公園のようになっており、ベンチもあって宝永山第一火口とある。そこからまた火口壁に登り返さねばならず、 距離は短いものの疲れた身体には些かキツイ。
登り着いた所は丁字路になっており、ここにはキチンとした標識が立っている。どちらに進んでも富士宮口に戻れるのだが、 右の六合目経由の方がかなり時間的に短いようである。
後は黙々と道を進むのみ。やがて先の方に六合目の小屋がガスの中に浮かび上がってきた。これで今朝のルートに合流である。
駐車場に戻り着いたのは 14時8分。途中、かなり緊張を強いられ、御殿場口への下山も覚悟した中、こうして無事に戻ってこられたことが嬉しい。

御殿場口下山途中に出会った 2人の登山者、それから現在地を確認出来たバイオトイレ (わらじ館) の存在、 神がかり的な一瞬のガスの切れ間、珍しく字が残っていた標示板、道を確認させて戴いたカップル、そして近道を知ることになった幼い女の子連れのご夫婦、 こうした幸運が重ならなければ、今頃 御殿場口でアタフタしていたかもしれないし、かなりの遠回りを強いられたかもしれない。
特に、ガスが切れて雪渓の向こう岸にロープが見えたことには 本当に神がかり的なものを感じる。少しでもタイミングが遅れていたら、 宝永山への道に入ることが出来ず、そのまま御殿場口に下山したことになっていたであろう。その場合、本当にタクシーを呼ぶことができたのか ということも含め、 今 考えても恐ろしい。

世界遺産に登録とのことだが、標示板の文字が見えないなどの不備 (実際は この冬の厳しさで、 標示板が傷んだらいいが・・・)、小屋の名前が全く分からないという状況等、まだまだ足りないものがあるような気がする。
個人的にはスリル満点で、山の恐ろしさを知り、またそれをどこか楽しんだ自分が居た山行でもあった。


楽しても良い登山  2013.5 記

5月10日(金)に年休を取得して会津駒ヶ岳に登ったのだったが、平日の山は人が少なく、 また車による往復もスムーズで、平日登山の魅力に取りつかれつつある。
一方、5月も下旬となる中、梅雨入りが近いと天気予報が報じていることもあって、梅雨入り前にもう 1つくらい残雪の山を楽しみたい という気持ちが強くなってきている。
ということで、定年間近 (尤も、定年後も会社勤めは続くのだが・・) といったあまり説得力のない理由にて、またまた 5月24日(金)に年休を取得して山に行くことにした。 会社の同僚にはご迷惑をお掛けするが、定年間近 ?? ということで御容赦戴きたいところである。

さて、24日の金曜日は全国的に快晴とのことなので行き先に迷ったのだが、 このところ過去に登ったことがある山にばかり登っているので、まだ登ったことのない山をということで検討する。 最終的に決定したのが中央アルプスの三ノ沢岳。この山は木曽駒ヶ岳を初めとする中央アルプスの山々に登る度に、その美しい山容に惹かれ、 いつか登りたいと思っていた山である。

しかし、桂小場や木曽福島側(木曽駒高原スキー場跡)から登ると日帰りはきつく、 登るなら駒ヶ岳ロープウェイの山麓駅である しらび平から登るしかないとも考えていたのであった (つまりロープウェイは使用しない)。
しかしである、最近のヤマレコに掲載された三ノ沢岳の登山記録を読むと、今の時期、残雪が素晴らしいようである。こうなると、 この時期に是非とも登りたい という気持ちが非常に強くなり、ロープウェイなどを使っての登山は避け、極力下方から登る という自分のモットーに反することにはなるものの、 千畳敷から登ることにした次第である (結構、悩んだのだが・・・)。

3時30分過ぎ、横浜の自宅を出発。快晴との予報であるが、横浜の空には雲が多い。
国道16号線を進み、途中からナビに従って八王子バイパス相原ICから町田街道に入る。町田街道を進み、医療センタ入口で左折して八王子南バイパスに入り、 高尾ICから圏央道に乗る。
早朝のため車の流れはスムーズで、順調に八王子JCTから中央道に合流する。笹子トンネル、日影トンネルを抜け、勝沼ICが近づいてくると、 南アルプスの山々が目に飛び込んでくる。何時もどおりであるが、何回見てもこの光景はテンションを高めてくれる。この頃になると、上空には青空が広がり、 本日の登山に期待が膨らむ。
駒ヶ根ICで高速道を下り、菅の台バスセンタ (以下 菅の台BC) には 6時43分に到着。平日というのに駐車場には登山者、山スキーヤーが結構いる。
身支度をして 7時15分のバスにて出発。菅の台BCから乗り込んだ登山者は、小生を含めて 10人ほど。バスは山の中を進んでいくが、小生は睡眠をとる。

しらび平には 8時前に到着。8時のロープウェイにて千畳敷へと向かう。
ロープウェイから下を見ると、下方の斜面にはまだ残雪が多く、この時期、しらび平から千畳敷への道を登るのは苦労するものと思われる。
やがて千畳敷。乗車時間僅か 8分程で、アッと言う間である。
ここで 千畳敷駅の標高が 2,612mと聞いてショックを受ける。やはり、文明の利器を使ってこんな高い所まで昇ってきて登山を行うことに 後ろめたさを感じてしまう。
建物の外へ出ると、残雪をまだ多く抱く千畳敷カールの姿が目の前に広がる。宝剣岳も青い空にその姿を突き出しており、素晴らしい光景である。

建物前のベンチにて 10本爪アイゼン装着、ピッケルを持って出発する。風が結構強く、 冷たいので、古い雨具をウィンドブレーカ代わりに着る。
ロープウェイで一緒だった人達は皆 木曽駒ヶ岳を目指すのであろう、八丁坂、乗越浄土方面を目指してカールを登り始めており、 反対側の極楽平を目指すのは小生 1人である。こちらのルートは無雪期に下山で使ったことがあるが (北御所登山口から伊那前岳、宝剣岳に登った際、下山に使用)、 その時はジグザグにカールを下った記憶がある。今日は結構傾斜のある雪壁を直登する。
踏み跡は雪の上に残っているものの、雪が締まっていてアイゼンが利くので、その足跡に拘る必要はない。ドンドン高度を上げていくと、南アルプス、 そして塩見岳の左に富士山も見えるようになる。
カールの縁である極楽平には 8時46分に到着。ここで本日目指す三ノ沢岳の姿を初めて見ることになる。まだ雪を多く抱えたそのピラミッド型が素晴らしい。
三ノ沢岳の右には御嶽が大きく、その姿・形、そしてまだ山の半分以上が真っ白な姿は、まるで空中に浮かぶ航空母艦のようである。 テンションがグッと上がる。ただ心配なのは、この稜線を吹き抜ける風である。このまま強く吹いているようだと、三ノ沢岳斜面の登りは要注意である。
三ノ沢岳への分岐に向かうべく宝剣岳方面へと進む。この稜線上には雪はなく完全な夏道なので、折角装着したアイゼンを脱着する。 三ノ沢岳への分岐には 9時3分に到着。目の前には宝剣岳。そして、後ろを振り返れば、空木岳、南駒ヶ岳がこれまた残雪を多く抱えていて素晴らしい。

ここから三ノ沢岳方面には雪渓が続いているので、再びアイゼンを装着する。面倒臭い。
目の前の宝剣岳を見ると、その岩肌に雪は全くなさそうなので、帰りに余力があれば登ることにする。
雪渓を下る。雪の上に踏み跡は残っているものの、強い風のためか、あるいはこのところ気温が高いので融けるのが早いのであろう、踏み跡は消え気味である。
ただ、天気が良いので三ノ沢岳まで見通すことができ、ルートは迷いようがない。当然、三ノ沢岳に登るのは小生が初めてのようである。
一旦、ハイマツと岩がある部分を横断した後、さらに下る。目の前には三ノ沢岳が大きな三角形の姿を見せており、その頂上に至るまでに ナイフリッジ状になった残雪、 そして雪の急斜面が続くなど、少々スリリングな展開が待ち受けていて楽しみである。
雪は固く締まっているが、右側からの風が強く、気をつけねばバランスを崩して三ノ沢カールへの転落も考えられ、慎重に進む。

三ノ沢岳までは一旦下っては登り返すというパターンを 3回程繰り返し、 最後に山頂部への急登が待っている。斜面の角度はかなりあり、滑落しないようにピッケルを雪に突き刺しながら慎重に登る。
長い斜面を登り切り、ここが頂上かと思ったら、右手にさらに高い本当の頂上が見える。しかしそこまでの距離は短く、10時38分、三ノ沢岳頂上に到着。
雪に覆われている頂上らしき場所には標柱などはない。ただ、少し先にあるやや低い部分に三角点があり、支柱などからはずれてしまった標示板が置いてあった。 そこの岩場には雪がなかったので、そちらで暫し休憩。360度の展望を楽しむ。
やはり目立つのが御嶽。その左には先程まで見えなかった白山らしき山が少し見えている。御嶽の右には乗鞍岳。そしてその右に北アルプスの山々が続く。 そして、その手前には麦草岳、さらに手前に木曽前岳があって木曽駒ヶ岳へと続いている。木曽駒ヶ岳からは中岳、宝剣岳と中央アルプスの主稜が南北に延びている (先程の極楽平はその一角)。
その稜線を目で追っていけば、熊沢岳、東川岳、そして空木岳、南駒ヶ岳、仙涯嶺、越百山が見える。そして少し離れて恵那山が黒々とした姿を見せている。
また、中央アルプスの稜線の後方には南アルプスのスター達がズラリと並び、先程と同じく富士山も見える。八ヶ岳方面はやや霞み気味である。

素晴らしい展望の頂上を 30分程 独り占めした後、往路を戻る。
雪は今朝程よりは緩んでいるが、歩行に支障はない。三ノ沢岳分岐には 12時43分に戻りつく。
少し休憩して宝剣岳を目指す。本日のスタート地点の標高が 2,612m。しらび平の標高が 1,662mであるから、 本来なら 950mを自力で登らねばならないところを ロープウェイで楽をさせてもらったので余力は十分である。
アイゼンを外し、ピッケルを仕舞って 12時52分に出発。日当たりが良いためであろう、岩場に雪は全くなく、鎖場も問題なく通過できる。 岩場のコンディションは夏場と同じ状態である。また、朝方強く吹いていた風も徐々に弱まり、この時点ではほぼ無風で、コンディションは良好である。
宝剣岳頂上には 13時16分に到着。前回、伊那前岳から回ってこの頂上に到達した時には、ガスに囲まれて展望を得られなかったのだが、 本日は快晴の下、素晴らしい景色が 360度広がる。今まで見てきた眺めの総集編である。
また宝剣山荘の向こう側、駒飼ノ池へと下る斜面では雪上訓練が行われている。

7分程展望を楽しんだ後、乗越浄土側へと下る。 こちらは岩場に少し雪が残っているが、登山にあまり支障はない。
宝剣山荘の横で暫し休憩。まだ余力があり、時間的にも余裕があるので、木曽駒ヶ岳にも登ることにする。ストック 2本を持ち、アイゼン無しで進む。
中岳への斜面はまだ雪が多い。しかもこの時間だと踏み抜くことが多くなるが、それでも 14時前に中岳山頂に到着。ここからの下りはほとんど雪のない斜面である。
中岳と木曽駒ヶ岳の鞍部に下り着いて駒ヶ岳頂上山荘の横を進む。そのまま正規の道を進めば雪のない登りとなるのだが、折角雪が残っているということで、 少し木曽駒ヶ岳山頂より東側にある雪の斜面を登って、スキーや尻セードを楽しんだ跡を辿ることにする。
この斜面はアイゼン無しでも楽に登れるが、さすがにこの時間では緩みがちで、所々で踏み抜きが起こる。踏み込んだ足がそのままグッと雪の中に入ってしまうのはさほど気にならないのだが、 足を踏み出すべく片方の足を上げた途端、踏ん張るべき足の方が沈んでしまうのが一番応える。それでも雪の斜面を楽しみ、登り着いたのは馬の背。 そこから雪の斜面を左に進めば、伊那側の祠が見えてくる。
そして、14時27分、木曽駒ヶ岳頂上に到着。ここも誰もいない。

暫し休憩した後、下山は素直に夏道を下ることにする。
下り着いた所からは中岳経由の道と巻き道に分かれる。冬場、この巻き道は通行禁止らしいが、もうこの時期ならば問題なかろうと巻き道を進んでみる。 考えたらこちらを辿るのは初めてである。
結局、登山道上に雪は全くなく、問題なく通ることができたのだが、崖下を進む感じなので、恐らく雪が多い時は雪崩、あるいは右手の谷へ滑落、 そして残雪期は落石の危険があるのだろう。
さて、乗越浄土まではアイゼン無しで戻ってきたが、千畳敷カールに向かって少し下ると、雪の急斜面が待っていた。これはアイゼン、ピッケルが必要と思い、 またまたアイゼンを装着して、急斜面を下る。
雪は固いが、尻セードや山スキーの跡が多く、足跡は少ない。先の方に老夫婦が下っておられたが、急斜面に相当苦労しているようである。 小生もピッケルを斜面に突き刺し、慎重に足場を確保しながら下る。少し傾斜が緩くなった所からは、山スキーの跡を追う。カールを縦断し、 千畳敷駅に着いたのは 15時42分であった。
16時発のロープウェイがあるはずなので、着替えはせずに、ピッケル、アイゼンの片付けだけで乗り込む。ロープウェイは小生以外観光客ばかりで、8人程。 人数が少ないので、汗臭さを嫌がられずに済んだ。
しらび平到着後、16時20分のバスで菅の台BCへと向かう。往復料金、3,800円である。

今日は初めてロープウェイを使い、少々後ろめたさを覚えながらのスタートであったが、 残雪の山は素晴らしく、また平日のため人も少なく、快晴であったこともあって山を大いに楽しむことが出来たのだった。ロープウェイを使用して楽をした分、 スタミナ十分、足は快調。目的の三ノ沢岳の他、快晴の下、宝剣岳、中岳、木曽駒ヶ岳に登ることができたのは儲けモノであった。
こう考えると、1,000m程の高度を自らの足で稼ぐということがどれだけ体力的に厳しいかが良く分かる。恐らく、無雪期でもしらび平から自らの足で三ノ沢岳に登ったら、 帰りにロープウェイを使うとしても三ノ沢岳往復だけで終わったことであろう。
積雪期限定でロープウェイ使用を自分に許可してもよいと思った次第である。本当に身体は楽、楽しい一日であった。


山登り 復活  2013.5 記

2月10日に雁ヶ腹摺山に登って以来ずっと山に行かず (行けずではない) 状態が続き、 このホームページの更新も 3ヶ月以上滞ってしまった。
言い訳は色々あるのだが、身体的には 2月、3月と腰痛に悩まされ、さらには胃の調子もおかしい状態が続いていたため山に行く気になれず、 さらには両親の 1周忌の法要などもあって結構プライベートも忙しかったことが大きい。
また、ホームページの更新の方も、雁ヶ腹摺山の登山記録作成が途中になったままで、そうこうしているうちに山は春を迎えてしまい、 今更掲載できない状況になっている。
さらには、体調が悪いと考えることも後ろ向きになるもので、そろそろ定年を迎えることから、多くの金を払ってまでこのホームページを維持するのも馬鹿らしいと思い始め、 いっそのことホームページを閉じて、登山記録の方はヤマレコでアップしようかとまで考えたのであった。

そんなこんなでウジウジしながら迎えたゴールデンウィークであったが、 ヤマレコを見ていて久々に登ってみたいと強く思う山が見つかった。日光の女峰山である。
女峰山には既に 2回登っているのだが、今回のコースは日光東照宮から登るという、ロングかつ高低差 (1,860m程) のあるコースである。
実を言うと、日光を代表する男体山に登った際、男体山の登山口となる二荒山神社 (中禅寺湖畔) がかなり高い標高の場所 (1,300m前後) にあるため、 そこから登ることに少々後ろめたさを覚え、本来なら日光市街 (標高600m程) から登るべきなのだろうと強く思っていたのだった。
そういう意味では、男体山とほぼ同じ高さにある女峰山に、日光市街から登ることができるのは大変魅力的である。
心配は2ヶ月半のブランクによる体力問題であるが、何とかなるだろうと、4月28日の早朝、日光に向かったのだった。

結果は、大変充実感のある登山となり、大満足であった。
ただ最初は、快晴の天気予報にも拘わらず山は雲やガスで覆われ、テンションが低いまま登山道を進むことになった。曇り空の状態が続き、途中、 有名な標識 (苦しけりされど登りたし) のある場所からこの日初めて見えた女峰山は遙かに遠く、しかも山は雪のため真っ白で、 さらにはかなりガスっていたため、途中撤退もあると思いつつ進むという状況であった。実際、この後 1名の撤退者とすれ違っている。
進むに連れ、周囲の男体山や大真名子、小真名子山を覆っていた雲が徐々にとれていく中、女峰山だけは白いガスに覆われたままで、テンションが低い状態が続く。
おまけに、前日雪が降ったらしく、足下はかなりの雪の量で歩みを妨げる。幸い先行者の足跡があったので何とか頑張れたが、もし踏み跡ゼロでまっさらな雪であったら、 途中で引き返すことになったに違いない。
しかしである、ありがたいことに唐沢避難小屋で休憩しているとみるみるうちに天候が回復し、上空には青い空が広がり、日の光も周囲に溢れて雪に反射し眩しい状態となったのであった。
その変化があまりにも劇的であったのでビックリするとともに、テンションの方もグッと上がる。

この避難小屋まではアイゼン無し、2本のストックだけで登ってきたのだったが、 ここからの斜面が急なことは前回 志津乗越から登って確認しているので、10本爪アイゼンを装着し、ストックをピッケルに持ち替える。
青い空の下、白く輝く斜面を登る。新雪の量はかなりあり、本日 最初にここを登り切った方はかなり苦労したことであろう。感謝である。
そして 13時12分、女峰山頂上に到着。それまで頂上におられた方々は皆下山したので、頂上独占状態。 男体山、大真名子、小真名子山、太郎山、日光白根山等々周囲の景観が素晴らしい。
また木々にも雪が付着してミニスノーモンスター状態、頂上の祠にもエビのしっぽが付いている。4月も下旬というのに冬に近い状態の雪山を大いに楽しんだのであった。
結局、久々の登山 + 当初の低いテンション、そして雪のため、合計 12時間近い登山となったが、大変に充実感のある登山であった。
そして、この2ヶ月間山に行かなかったことが大変悔やまれるとともに、山への意欲が復活した登山でもあった。

となると、ゴールデンウィークの期間中にもう 1つくらい山に登りたくなる。
かといって遠出は帰りが大変 (Uターンラッシュ) ということで、選んだのが昨年も登った川上牧丘林道を使っての国師ヶ岳である。 前回は雪の林道歩きにワカンを使ったものの、緩み始めた雪にかなり苦労し、それがスノーシュー購入の切っ掛けになったのであった。 従って、今回は同じルートをスノーシューにて再チャレンジしようという目論見である。

5月5日、快晴のもと、柳平の林道ゲート脇に車を駐める。
到着時、駐車スペースには車がなかったのだが、身支度している間に後から 2台やってきた。その方達に、このゲートは時間が来たら開くのかと聞かれ、 6月まで閉じたままと答えたら、皆 帰っていかれた。ここから登る物好きはそういるものではない。
林道を進む。最初の 2km程は傾斜がきつく苦しいが、後は緩やかな道が続く。しかし、分かってはいるものの距離が長い (大弛峠まで14km)。
昨年は大弛峠まで 5kmの標識を過ぎた所で、雪が道を覆う状態になったのだったが今年は雪が少ない。結局 雪が道路を覆う状況になったのは、 大弛峠まであと 2kmとの標識を過ぎてからで、それも所々にアスファルトが露出している状態である。
従って、折角背負ってきたスノーシューの出番はないまま大弛峠に到着。これではスノーシューを担いだだけで終わった雁ヶ腹摺山の二の舞である。

大弛峠から国師ヶ岳までは昨年と違って雪が締まっており、またゴールデンウィークに登山者が多く登ったためか、 踏み跡も明瞭である。
峠からは 10本爪アイゼンを装着して登る。但し、軽アイゼン、あるいはアイゼン無しでも登ることができる状態である。
国師ヶ岳に登った後は、昨年登り損なった北奥千丈岳へと向かう。こちらも雪が締まっていて難なく到着。
さて、これからどうするかであるが、計画ではこのまま南へと石楠花新道を進み、奥千丈岳を経て白檜平 (しらべだいら) に下り、 鶏冠山林道 (西線) に合流したところで、その林道を辿って柳平に戻るつもりであった。
幸いそちら方面の雪上に踏み跡も残っている。しかし、進むに連れ、こちらに向かって来る踏み跡が一番新しいということに気がついた。
石楠花新道からこちらに登ってくる人がいる確率はかなり低いはずなので、もしかしたら途中で引き返した人の足跡ではないかと思っていたら、 果たしてその通りであり、最終的に小生も戻ることになってしまったのであった。
というのは、途中までピンクテープも頻繁にあり、雪の上の足跡も明瞭だったのだが、古い小さな標識 (←シラベ平 ・ ○○=読めない→) を見た後 暫く下った先で足跡は途切れ、 さらにいくら探し回ってもテープ、赤ペンキが見つからなかったのである。
10分程周囲を歩き回ったがついにギブアップ。来た道を戻ることになった次第。地図では尾根上を進むことになっているにも拘わらず、 テープは尾根を外れた所を進んでいたので、尾根に登り返せばルートが見つかったのかもしれないが、無理は禁物。ここはおとなしく往路を戻ることにする。

大弛峠からは 2kmほど雪道が続くので、スノーシューに出番を与える。
確かに快調。午後になって雪がかなり緩んできてはいたものの、大きく沈むことなく下ることができたのだった。
昨年のこの下りは、ワカンを履いていてもかなり潜り、泣きたいくらいの下り 4km余りであったが、今回は快調。2kmしかないのが残念な程であった。

さて、折角スノーシューの出番を期待したものの、残念ながらその活躍場所が僅かであったことから、 こうなるとやはりスノーシューの活用が可能な山を物色したくなる。昨年スノーシューデビューした御嶽に登れば間違いないところであるが、 同じ山・ルートばかり登っていたのでは面白くない。
そこで思いついたのが会津駒ヶ岳。まだ残雪が豊富で山スキーが盛んなようだからである。
ただ、土日に登ると、スキーヤーとお互いに邪魔になると思い、さらには 5月11日、12日の土日の天気が悪そうだったので、 年休を取って天気が良さそうな 10日の金曜日に登ることにした。

もう7回目 (平ヶ岳2回、燧ヶ岳2回、会津駒ヶ岳2回) となる東北自動車道・那須塩原ICから檜枝岐村への道を進む。
快晴のはずだった天候は曇り空 (天気予報では午後から曇りであった) なので、気分が悪い。
とは言え、車の方は快調で、6時30分に檜枝岐村に到着。会津駒ヶ岳駐車場の標識に従ってテニスコート横に駐める。
登山口から林道を進めば、かなり上の方まで車で行けることは分かっていたが、前回、前々回とも中土合公園に駐めているので、 今回も国道から登ることにした次第。
林道、近道と進み、山に取り付く階段下には 7時9分に到着。途中の駐車スペースでは山スキーをやる方が身支度をしていた。
階段を昇って山に取り付く。最初は雪のない斜面が続くが結構急登である。雪はやがてまばらな状態で現れ始め、途中から量がドッと増える。
時間が早いのでかなり締まっており、アイゼンは不要。ただ、国師ヶ岳から中4日では身体が少々バテ気味 (というよりは、 長い休みの後の出勤疲れの方が大きい気がする)。
途中休憩していると、昨晩 駒ノ小屋に宿泊したという方が下りてこられた。少し話をする。
この先雪がずっと続くがアイゼンもスノーシューも不要とのこと。その言葉どおりスノーシューを使わずに登り続けたが、 背中のスノーシューが 2kg程あるので重く、さらに雪にも結構足を取られるようになったので、スノーシューを履くことにする。 背中は軽くなり、しかも雪上歩行がスムーズになって、何故もっと早く履かなかったのかと悔やむ。
天気の方は相変わらず曇り空であるが、時折 雲の間から太陽が顔を出す。また、曇りとは言え、ありがたいことに周囲の景色はよく見え、 燧ヶ岳、至仏山が素晴らしい。

雪の斜面を黙々と登り、駒ノ小屋前には 11時20分に到着。
小屋の前で少し腹拵えをした後、山頂を目指す。駒大池も雪の下で、恐らく私が通ったルートは本来なら池の上だったのかもしれない。
駒ヶ岳へはほぼ一直線に登る。本来ならジグザグに登るはずだが、これも豊富な雪がなせる技である。山頂には 11時48分に到着。 雪の上に出ている標識は 『 会津駒 』 まで字が見えている。しかし、これでも例年より雪が少ないと今朝程擦れ違った方が言っておられた。
さて、山頂から中門岳方面を眺めると微かな踏み跡が残っている。これはやはり行かざるをえないということで先に進む。 真っ白い緩やかなアップダウンが続くだけでどこがどこやら全く分からないし、中門大池の畔にあるはずの標柱も池とともに雪の下である。
一応 2つ程高みを越え、北端と思われる所まで進んだところで引き返すことにする。池塘を囲む木道も恐らくこの鞍部の手前でUターンしていたはずである。
周囲の景色は素晴らしく、三岩岳がなかなか良い形を見せており、反対側には越後駒ヶ岳、中岳、平ヶ岳などが真っ白な姿を見せている。

雪庇に注意しながら往路を戻り、一旦駒ヶ岳の頂上を踏んだ後、駒ノ小屋へと下る。
暫し休憩したのち、往路を戻る。今朝程駐車スペースにいた 2人の山スキーヤー (2度目の山頂で会った) が頂上からスキーにて下っていくのが見える。
かなり早い。こちらは帰りも歩きである。しかしスノーシューの威力は抜群。快調に下る。
ただ、かなり下ってきた所では雪が結構緩んでおり、スノーシューがスキーのように滑ってバランスを崩し、2回程転ぶ。
雪が切れかけたところでスノーシューを脱ぎ、あとは登山靴にて下る。雪はズブズブとなり、かなり潜る箇所もある。
やがて夏道が現れだし、雪も消え、木の根がむき出しになって歩きにくい下りが続く。階段を下りて林道に下りついたのは 15時33分。 そこから林道、近道を下り、テニスコート横の駐車場には 15時53分に戻りついたのだった。

晴天とはいかなかったものの、残雪の山でのスノーシューをたっぷりと堪能でき、 楽しい山行であった。
なお、曇り空ということで油断していたのだったが、紫外線はかなり強かったようで、下山後 数日間は顔の皮がボロボロむけ出してひどい有り様であった。
このように残雪の山が楽しいと、次回も雪のない山よりは残雪豊富な山を楽しみたいところである。


スノーシュー空振り  2013.2 記

2月9日から三連休であるが、中日の 10日(日)に山に行けることになったので、 早速行き先を検討する。
条件は、ノーマルタイヤの車によるアプローチが可能等々 何時も通りであるが、中でも強く望むのがスノーシューが使用可能な山である。 先般の御坂山塊におけるスノーシュー登山が殊の外面白かったことによるためだが、そうなるとすぐに北横岳、入笠山、霧ヶ峰という山々が頭に思い浮かぶ。 いずれも車とバスを組み合わせればアプローチが可能であり、スノーシューの活躍の場も間違いなくあるはずだが、人気スポットであるがために人も多いはずであり、 そのことを考えると少々怯んでしまう。

もっと静かな山歩きができる場所をということで考えた挙げ句、思い浮かんだのが奥秩父の雁ヶ腹摺山である。
スノーシュー購入のきっかけとなった大弛峠までの雪の林道歩きと同じパターンが期待できるのではと、二匹目のドジョウを狙っての浅知恵によるものである (尤も、 1匹目のドジョウも捕まえてはいないのだが・・・)。
つまり、昨年4月に冬季通行止めになった雪の川上牧丘林道を、柳平から大弛峠まで歩いて国師ヶ岳に登ったのと同様に (その時はスノーシューを持っておらずワカン使用)、 現在冬季通行止めになっている真木小金沢林道を大峠まで歩き、そこから雁ヶ腹摺山に登ろうというものである。シチュエーションがほぼ同じであり、 雪を大いに期待してのことである。
ただ、ここでしっかりと関係部門に電話をして道の情報を得ればよかったのだが、金曜日の晩、そして土曜日では官公庁も休みでそれは叶わず、 先日の水曜日に降った雪、北に位置する大菩薩嶺の雪の状況から判断して、間違いなく林道に雪が積もっているであろう との見込みで行くことを決定したのであった。

後はアプローチであるが、ピストン登山は味気ないと思い、まずは中央本線大月駅近くの駐車場に車を置き、大月駅7時発のバスで真木小金沢林道手前にあるハマイバ前まで行く。 ハマイバ前からその真木小金沢林道を登って大峠に至り、そこから雁ヶ腹摺山に登った後、状況を見てその先どう進むか判断するという形にした。
雁ヶ腹摺山登頂後については、例えばさらに近くの姥子山に登った後、姥子山近くの奈良子林道を下って先程の真木小金沢林道に合流し、ハマイバ前まで戻る (ハマイバ前発大月駅行きのバスは 17時15分がある)。 あるいは、姥子山に登ってから金山鉱泉に下り、そこからタクシーにて大月に戻る。 さらには、少々ハードになるが雁ヶ腹摺山から大峠に戻って黒岳に登り、 黒岳からは湯ノ沢峠に下って、そこから先程の林道に下るルートをとってハマイバ前に戻る など結構バリエーションが考えられる。

何時もより少し遅めの 5時少し前に自宅を出発する。 天気予報では晴れとなっていたが、空には雲が多い。
何時もどおり国道16号線を進む。普段はそのまま八王子バイパス経由にて中央高速道八王子ICに至るのだが、本日はナビに従い、 圏央道高尾ICを目指す。早朝のためバイパス経由よりもスムーズに進むことができた気がするが、 昼間は車が混みそうな道なので、このルートの使用は時間帯を考えねばならないであろう。
八王子JCTにて中央高速道に合流し大月ICを目指す。時間的にかなり余裕があるにも拘わらず、性分なのであろう、ついついスピードを出してしまい、 ナビ表示の到着予定時間がドンドン早くなる。
あまり早く着きすぎても寒い中でバスを待つのは大変と、急遽予定を変更して手前の上野原ICで高速道を下り、国道20号線に入って大月を目指すことにする。 なお、この頃になると上空には雲一つ無い青空が広がりテンションが上がる。

大月駅の北側にある Timesの駐車場には 6時40分に到着。 簡単に身支度をして大月駅前のバス停まで歩く。出発時刻よりも 5分程早くバスは到着、バスの中で暖をとれたのはありがたい。
ハマイバ前までは 30分弱の道程。最初から最後まで乗客は小生 1人であった。
終点のハマイバ前でバスを降り、本格的な身支度は後回しにしてそのまますぐに林道を登る。道路周辺には雪があり、この後が楽しみになる。
途中、日当たりの良い場所でスパッツを装着し、上着を縦走用のものに着替えて進む。雪は所々圧雪された状態で林道を覆っているものの長くは続かず、 ほぼアスファルトの状態が続く。
見上げれば南大菩薩の山々が朝日を浴びて輝いており、さらに進むと目指す雁ヶ腹摺山も見えてくる。
途中、数台の車が小生を抜いていった。中にはミニショベルを積んだトラックもあったので少し嫌な予感がする。雪もほとんど無いままに、 車両通行止めのゲートには 8時12分に到着。ゲートの周囲に車は一台も駐まっていない。ますます嫌な予感が高まる。

ゲートを越えた後も道路上に雪がほとんどない状態が続く。林道の勾配はそれ程でもないものの、 単調な歩きに嫌気がさすとともに、一向に雪が足下に現れないのでイライラする。 たまに雪が現れても、ホイールローダによる除雪がなされているようで、車がしっかり通れるような状態になっている。
高度を上げていくと富士山が見えて少しテンションが上がるが、一方で足下は乾いたアスファルトが続き、背中のスノーシューが重い。スノーシューは 2kgあるはずである。
長い林道を登りながら気づいたことは、この地域はもともと積雪がそれ程でもないこと。さらに道は日当たりが良いため例え雪が積もったとしてもすぐに融けてしまうこと。 そして、工事を行っているために工事車両が通れるように除雪がしっかりなされていることなどである。当初の目論見は見事に外れたのであった。

傾斜が緩くなって雁ヶ腹摺山の左斜面と黒岳の右斜面が作り出す Vの字が見えるようになり、 大峠も近いと思われるようになった頃、道路上でワイヤーロープをコントロールしながら崖下の方で実際に工事が行われていたのには驚いた。
斜面に堰堤を造っているようであったが、3連休というのにご苦労様なことである。
その工事現場を過ぎると除雪は行われておらず、道路は雪で覆われるようになる。ただ、深さは 10センチ前後、それもフカフカしていてスノーシューには適さない。
なお、雪の上を進んでいるうちに、足跡が一つあることに気がついた。小生と同じようにこの林道を登ってきた登山者がいるようである。ただ、本日ではなく昨日なのかもしれない。
周囲の雪が多くなり、道路も傾斜がなくなってくると大峠であった。時刻は 10時13分。
3時間近く何も口にしていないので、黒岳へ向かう斜面の縁にある東屋で休憩する。こちら側は雪の上に全く足跡が無く、登りは苦労しそうである。 天気は良く、日が差しているものの吹く風が冷たい。

20分程休憩した後、再び峠に下りて雁ヶ腹摺山を目指す。
こちらには先程林道にあった足跡が雪の上に続いている。ここでスノーシューと思ったが、狭い登り道が多く、岩も露出しているところがあり、 スノーシューには適していないようなので諦める。
雪はサラサラ。その雪の下に凍った部分が多々あるので歩行は要注意である。
高度を上げて行き、やがて展望の良い場所を通過するようになると、そこから富士山、南アルプス、そして黒岳などが次々に見えるようになり、 テンションがグッと上がる。
淡々と先行者の足跡を辿っていくと、やがて前方に小さな岩をパズルのように組み合わせてできたような大岩が現れた。傍らには 『神奈備岩』 とある。 そこを過ぎると雪の原が目の前に広がり、その先の斜面の上に雁ヶ腹摺山の頂上が見えたのであった。頂上到着は 11時57分。21年ぶりの山頂である。
振り返れば、目の前に広がる雪原 (本当はカヤトの原) の向こうに富士山が見える。ここから見る富士山は 旧500円札の図柄になったと言われており、 やはり素晴らしい。

日当たりの良い、誰も居ない山頂で食事休憩し、この後のことを考える。
スノーシューが使えるのなら登ってきた林道を戻ることも吝かではなかったのだが、ただ歩くだけという状態では林道はもう通りたくない。 従って、この後姥子山に登り、金山鉱泉に下ることにする。
雪の量、そして道が分かるか心配であったものの、林道を戻るよりはましであろうと割り切って進む。姥子山が初めて登る山であることも動機付けになっている。
雪原を少し下ると、左に姥子山への案内が現れる。ありがたいことに、そのルートには先程の先行者の足跡がある。
こちら側の雪の量も思った程多くない。ドンドン下っていくと、やがて下から年配のご夫婦が登ってこられたので少し話をする。聞けば、 金山鉱泉に車を駐めての登山とのこと。これでルート上に問題がないことが確認でき、安心する。
さらに斜面を下っていくと、やがて白樺平と呼ばれる平らな場所に下り着く。時刻は 12時53分。ここには標識があり、姥子山は左、 大月駅・金山峠はまっすぐとなっている。
雪の上の足跡は先程のご夫婦のものも含め、大月駅、金山峠方面のみについており、姥子山方面にはない。しかし、ここで姥子山を回避しては面白くない。 雪も 10センチ程度なので、迷うことなく左に道をとる。

何も足跡もない雪の斜面が続くが、途中まばらながらテープがつけられている上、 道らしき部分の雪が少し凹んでいるので迷うことはない。右の方へと進んでいき、斜面を下っていくと下の方に林道のカーブミラーが見えてきた。
林道に下り立つと、姥子山はそのまままっすぐに林道を横切って進むことになっており、 林道を右に進めば大月駅・金山峠とある。林道の先の方で先程のルートと合流するのであろう。

姥子山を目指す。当然こちらは雪の上に足跡はない。林道から階段を下りた後、暫く緩やかな斜面を登る。少し傾斜がきつくなり始めると展望が開け、 またまた富士山が見通せるようになる。
イメージ的に黒川鶏冠山への最後の登りのような岩場を登ると、狭く横長の高みに登りついた。ここが西峰と思うが標識などは一切ない。
一旦下ってまたまた岩場を登り返すと、今度はそこに姥子山東峰の標示板が置かれていた。時刻は 13時20分。
ここは南側がスパッと切れ落ちており、そのため展望が素晴らしい。富士山は勿論のこと、丹沢方面まで見通すことができる。 但し、位置的に逆光気味、そして遠くの山は霞み気味である。
また、振り返れば先程までその頂上に居た雁ヶ腹摺山が大きい。

頂上で暫し写真を撮った後、ふと姥子山には祠があるはずであることを思い出す。 見落としてしまったのかと思ったら、標識の下に姥子山神社はこの先 5分程の所にある旨の手書きの案内が置かれていた。
当然、祠を目指して先へと進む。一旦下って登り返すのだが、この斜面はかなり急である。さらには雪がサラサラしており、 その雪の下は岩などが隠れていて要注意である。
雪の上に足を下ろしても必ず 2〜3センチ足がズレ、時には 5センチ以上ズレる。ズレ幅がさらに大きければ、転倒・滑落である。 木にしがみつきながら慎重に下る。
鞍部に辿り着き、再び岩場を登っていくと、登り着いた先に 2つの祠が置かれていた。ここも南東側が切れ落ちており、そのため展望は素晴らしい。
5分程展望を楽しんだ後、来た道を戻る。姥子山東峰、西峰を通過し、順調に下って、林道には 14時丁度に戻りつく。

ここで道を左にとる。林道は雪に覆われてはいるものの、雪の量はそれ程多くない。
暫く進むと、先程の白樺平から下ってくる道と合流。ここから左へと下る。雪の斜面をドンドン下っていくと、やがて川沿いの林道に下りつく。
左に進んで橋を渡った所が百間干場。そこから右に曲がって再び山に登ることになる。こちら側は結構雪が多い。
登り着いた所が金山峠。ここを乗り越えると、杉や檜の林の中を下ることになる。こちら側は少々荒れ気味で、あまり雰囲気が良くない。
最後は沢沿いの道を延々と進むことになる。何回も沢を渡る。
ようやく沢から離れて山を登っていくようになると、またまた林道に飛び出した。ここからは雪の林道歩きが続く。
足下の雪が無くなってくると、やがて前方に人家 (山口館) が見えてきた。そこを通り過ぎて暫く進むと駐車場、そして金山鉱泉であった。 時刻は 15時50分。
鉱泉の方に頼んでタクシーを呼んでもらう。タクシーを待つ間、暫し鉱泉のご主人と話をする。
雪の量を聞かれたので、思ったより少なかったと言うと、前々回の大雪の時は大変雪の量が多く、白樺平までで撤退したパーティがあったとのことであった。
また、小生がハマイバ前から大峠経由でグルっと回ってきたといったら驚いておられた。こういう時は少し嬉しい。

本日は見事に目論見が外れてスノーシューを使うことができなかったが、 大峠以降は雪と戯れることができ、それなりに楽しめた山行であった。 21年ぶりの雁ヶ腹摺山に登り、今回も頂上から富士山を眺められたのが嬉しい。
今度はもう少し下調べをしてスノーシューが活躍できる場を探したいものである。


目論見通りの楽しい山行  2013.2 記

1月27日の日曜日に山に行けるチャンスが巡ってきた。
しかし、元々予定していた訳ではないので、例の如く行き先選びに困ってしまう。無論、雪のある山に行きたいところだが、 先般の編笠山・西岳のように雪の上にしっかり道が出来ていて、そこを忠実に辿るだけといったシチュエーションでは面白味がなく、 少し雪で苦労する方が望ましい。かといってラッセル地獄は勘弁願いたい。
また、購入後まだ 2回しか使用していないスノーシューに活躍の場を与えたいところである。さらには、毎度のことでしつこくなるが、 ノーマルタイヤの車でアプローチが可能な場所に限る。
と、条件・希望を並べ立ててみたが、色々思案しているうちに、これらの条件を満たす山がふと思い浮かんだ。富士山麓、河口湖周辺の御坂山塊である。 ここは最高峰の黒岳を中心に 1,500〜1,700mの山々が並び、その間を結ぶ稜線が結構平らなので、スノーシューで歩いたら面白いと思われるからである。
さらには富士山の冷気を受けるのか、この山域は意外と雪が多く、一方でこの山塊を登る人の数はそれ程多くないため、 雪の上に完全に道筋が出来上がっているというようなことはないはずである。

ということで御坂山塊の地図を眺めながら、登山口までのアプローチ、 下山してからの対応も含め、尾根歩き中心のコース取りを検討した。
その結果、御坂トンネル手前から御坂峠を経由して黒岳に登り、黒岳からはそのまま西に進んですずらん峠、破風山、新道峠、中藤山、 不逢山を越えて大石峠まで縦走し、大石峠からは大石プチペンション村へと下るというコースを設定してみた。
このコースを一遍に歩いたことはないものの、個々の区間は過去に歩いて知っており、雪さえあればスノーシューの活躍の場が十分にある との確信によるものである。
後は交通の問題であるが、バスの経路と発着時刻をネットで調べた結果、以前 三ツ峠山に登った際に利用した河口浅間神社向かい側の駐車場に車を駐め、 ここを起点として、まずは近くのバス停 (河口局前) から 6時48分の甲府行きバスにて御坂トンネル手前 (バス停は三ツ峠入口) へと向かう。
そして、縦走した後は大石プチペンション村を 16時に出る富士山駅行きのバスにて河口局前へと戻るという手立てが見つかり、問題解決である。

当日は少々寝坊してしまい、5時少し前に横浜の自宅を出発する。
ナビの示す現地到着予定時刻はバスの時間である 6時48分をオーバーしているので少々焦る。早朝なので到着時間を早められるとは思ったものの、 もし間に合わなかった場合、ルート設定の際に検討したもう一つの案での対応も覚悟する。
つまり、目的のバスより 10分遅い河口局前 6時58分のバスにて大石プチペンション村に向かい、本日の予定とは逆コースを進むというものである (その場合は、 黒岳から河口浅間神社方面に直接下山することになる)。
横浜ICから東名高速道に入り、御殿場ICで降りる。まだ日は昇っていないが、月明かりに富士山の姿が浮かび上がる。本日は期待通り良い天気のようである。
御殿場ICからは国道138号線を北上し、そのまま東富士五湖道路に入る。道路周辺には多くの雪が残っており、横浜とは全く違う風景である。
河口浅間神社向かい側の駐車場には 6時40分に到着。間に合ってホッとしつつ、取り敢えずの身支度をしてバス停へと向かう。
バスは定刻通りに到着。日曜の早朝ということもあって乗客は小生の他 1名のみ。三ツ峠入口にてバスを降り、トンネルの方へと向かう。 周囲には雪が多く残っており、凍っている場所もあるので要注意である。
トンネル手前で右折して天下茶屋へと通じる道に入ると、すぐに御坂峠への登山口である。登山口から少し入った所でスパッツ装着や 縦走用のウェアに着替えるなど 本格的な身支度を行う。 出発時間は 7時10分。

最初は林道を登る。雪は当初まばらであるものの、右手に堰堤が現れてからは完全に雪道になる。
雪の上には結構足跡が残っているが、踏み固められている訳ではないので楽しく登っていくことができる。
ジグザグに斜面を登る。高度を上げるに連れて樹林越しに富士山が見えるようになるが、木の枝が邪魔することが多く、なかなか見通すことができない。 また、富士山の左手には三ツ峠山も見えている。
この道は 2回目であり、前回登った時には道の傍らに石仏などを見たのだったが、今回は全て見落としてしまった。足下に注意を向けすぎたのと、 寒いので頭、耳、首などをガッチリと固めていたため、視野が狭くなっていたからと思われる。
黙々と雪道を登る。雪の量が少し多くなる一方で、傾斜が緩やかになってくるとやがて御坂峠。時刻は 8時41分。
右に進めば御坂山で、本日目指す黒岳は左である。
黒岳への道は下りに使ったことはあるものの、登りに使うのは初めてである。 雪の斜面に足跡が一つあるのみ。足跡には木の葉が詰まっていたので、昨日以前のものかと思われる。また、かなり雪に足が潜っているのを見て、 御坂天神の祠の裏でスノーシューを装着する。当初の目論見では黒岳に登った後にスノーシューを装着するつもりだったのだが、予定変更である。8時53分に出発。

やはりスノーシューの威力は抜群。雪に残る足跡の方は極力雪の少ない場所を探しながら登っているのに対し、 小生の方は気にせずドンドン登っていける。
ただ、傾斜がきつくなってくると、逆にスノーシューでは効率が悪くなる。かなり手間取る感じでモタモタしていたら、 後から登ってきた若いカップルに抜かれてしまった。
なお、スノーシューは黒岳への登り途中の岩場で 1回外したのを除けば、ずっと装着しっぱなしであった。 最終的に不逢山手前にある岩の多いピークまでずっと装着しており、目論見通りかなりに威力を発揮してくれたのであった。

黒岳への登りでは左手に富士山、右手に南アルプス、八ヶ岳、奥秩父の山々を見ることができる。 しかし、富士山の方は時折樹林が切れて見通すことができるのに対し、右手の山々は木々が邪魔をしてほとんど見通すことができない。
黒岳到着は 10時27分。御坂峠から 1時間30分以上かかったことになる。地図では 50分となっているので、途中モタモタしたこと、 1回スノーシューの脱着・装着があったことを割り引いても、やはり雪の抵抗はかなり厳しい。

頂上の三角点を踏んだ後、南側に少し下って展望台まで進む。 そこには先程小生を抜いていったカップルが憩っていた。
ここからの河口湖と富士山の眺めは最高。また南アルプスの白き山々も見ることができる。
再び黒岳頂上に戻り、休まずにそのまま大石峠へと向かう。ここからの下り斜面も雪が多く、足跡が 1つあるだけである (こちらは新しい)。
ここでも足跡は歩きやすそうな所を選んでいるのに対し、小生の方はまっすぐに尾根を下ることができるので効率良く、また大変気持ちが良い。
すずらん峠を 11時1分に通過。途中、見晴らしの良い岩場で 10分程の食事休憩を行い、破風山には 11時38分に到着。 随所に見ることができる富士山の姿が素晴らしい。
破風山を過ぎると雪の上の足跡が複数になる。想像するに、 つい最近ここまで登ってきて引き返した方々がおられたということであろう。
尾根の細くなっている所や急斜面での歩行には若干苦労したものの快調に進み、やがて新道峠に到着。時刻は 11時56分。下り中心のためか、 雪山といえどもほぼ地図どおりのコースタイムである。

この新道峠から先にも足跡が 1つ続いているが、ツボ足なのでやはりかなり雪に潜っている。 小生の方は少し沈むことはあってもドンドン進むことができるし、足跡とは全く別の場所を進んでいるので、誰も足を踏み入れていない雪山を登るのと同じ感覚が楽しめる。
黒岳頂上以降はこのまま誰にも会うことがないかと思っていたら、やがて先の方から 4人程のパーティがやって来た。彼らはツボ足で、 小生のスノーシューを見て羨ましそうだったのがちょっと嬉しい。
しかし、このコースも結構アップダウンがあって疲れる。この道はかつて逆コースにて歩いたことがあるにも拘わらず (その時は河口湖畔の大石公園から新道峠に登り、 そこから黒岳、どんべい峠、釈迦ヶ岳と縦走して一旦芦川町へと下り、車道を暫く進んだ後、再び大石峠に登り返してそこから新道峠まで戻ってきた)、 牛ノ寝通りのようなほとんど平らな尾根道である との都合の良いイメージを膨らませていたのであった。 しかし、現実は厳しく、結構アルバイトさせられる。

先に述べたように、不逢山手前にある高みでスノーシューを脱ぐ。岩場が続いているのと、 土がむき出しになった場所が多く現れるようになったからであるが、その後再び雪の量が増え、大石峠まで雪道が続く状態になったのには少々まいった。
高度が低くなっていくので、スノーシューを再び履いてもすぐに雪のない場所が現れるのではないか と思って再装着しなかったのであるが、 結果的には大石峠登山口までスノーシューが使える状態であった。

当初、大石プチペンション村には早く着き過ぎ、バスの時間までかなり待つことになるのではと思っていたのだがとんでもない。 やはり雪の上では無雪期程効率は上がらず、大石峠に到着したのは 14時29分であった。
地図ではここからペンション村まで 1時間35分かかることになっているので、その通りの時間を要したら 16時のバスには乗れないことになる (次のバスは17時46分)。
大石峠からの下り道が凍っていないことを祈りつつ、少々焦りながら下る。
しかし驚いたことに、こちらは雪の上に足跡は全く無い (先程のパーティは芦川町側から登ってきたようである)。また、ありがたいことに、 この雪はフカフカしており、しかも平均20センチ程の積雪で、多いところでも 50センチ程度なので安心して下っていける。 しかも柔らかい雪により足腰へのショックが軽減され、かなりスピードを上げることが可能である。

樹林帯を下り、やがて杉・檜の植林帯を抜け出ると、大石プチペンション村へ続く林道に到着。時刻は 15時11分。 雪の斜面を登るにはかなり時間がかかるが、下りの場合は先に述べた条件も加わって効率が上がったようで、地図上では 1時間のところを 44分程で下り着いたのだった。
林道周辺の雪の上にはかなり足跡が残っている。こちら側から登ろうとしたものの 登山道上に踏み跡がないので引き返したような風情である。
今朝程、目的のバスに乗り遅れて 6時58分のバスにてこちら側にやって来ていたら、小生も踏み跡のない登山道を登ることになった訳である。 フカフカした雪の登りはスノーシューを履いたとしても苦労したであろうし、さらには尾根上の雪の状態を考えると、一番高い山 (黒岳) を最後に残しておくのは 体力的にかなり厳しく、 黒岳登頂は断念することになったかもしれない。 そう考えると、今回のコース取りは大正解であったし、6時48分のバスに間に合って本当に良かったと思う。

林道を進むとやがて道は車道に変わり、新しくできた県道719号線の下を進むことになる。 道路には雪が多く残っており、しかも凍っているので山よりも歩くのに気を遣う。
大石プチペンション村のバス停には 15時33分に到着。小さく洒落たバス待合所にて着替えを行い、荷物を整理してバスを待つ。
芦川物産販売所からのバスは定刻に到着。乗客は小生 1人である。
幹線道路に出ると車窓から見る富士山、そして道路周辺には日が当たって眩しく輝いている。これは意外であった。 大石峠からの下り斜面は木々に囲まれていて薄暗く、また大石プチペンション村も日が当たっておらず、冬独特のドンヨリした天候という雰囲気だったから、 こんなに明るいとは思わなかったからである。日が当たらないオフシーズンの村はまさに寒村という感じである(失礼)。

本日の登山は目論見通りスノーシューを楽しめたし、しかもほとんど人が踏んでいない雪の上を歩くことができたので大満足。 このようなスノーシューに適した穴場的な場所をもっと探して楽しみたいところである。
冬の山の楽しみが広がった気がする有意義な山行であった。


雪に戯れねば面白くない  2013.1 記

1月12日からの 3連休において 13日の日曜日に山に行けることになったので、 早速行き先を検討する。
やはりこのところ連続して雪のある山を楽しんでいるので 今回も是非とも雪の山にしたいところであるが、いつも言うように小生の車がノーマルタイヤのため、 雪のある山へのアプローチがままならないことがネックとなって、行き先がかなり限定的になってしまう。
加えて、山ではこのところほとんど雪が降らない状態が続いているらしく(無論関東地域の話)、雪がほとんど融けてしまった山も多いようで、 そういう山はできるなら避けたく思い、候補がさらに限定的になってなかなか行き先が決まらない。
仕方なく、登山前日である 12日(土)のヤマレコの記録 (12日に登った方の記録) を参考にしながら行き先を考えようと思っていたところ、 12日の朝起床してみると かなり風邪声になっているではないか。ノドの痛みはないが、気をつけないと本格的に風邪を引いてしまうことになりそうなので、 こうなるとあまりハード (高さあるいは歩く距離) な山行は避けねばならないと思い始め、次第に考えるのが面倒臭くなって、 結局 昨年の 11月と同じく八ヶ岳の編笠山・西岳に登ることにしてしまった。
あまりにも安易ではあるが、雪山であり、またコースは明瞭であるし、短時間で登ってこられるのがありがたい。前回から雪の量が格段に増えていることを期待したいところである。
なお、登山基地となる富士見高原リゾートまではノーマルタイヤでも問題なく行けることは確認済みである。

13日は 4時50分に自宅を出発する。車載の温度計は横浜でも零下を指しており、 本日はかなり厳しい寒さかもしれないと気を引き締める。
何時もどおり国道16号線を進み、八王子ICから中央高速道に乗る。3連休の中日であるためか、車の量は結構多い。
順調に進んで、やがて笹子トンネルを通過する。上りのトンネルが例の崩落事故で閉鎖中のため、トンネル手前から片側交互通行になっており、 トンネル内は 40km/時の標示が出ている。
しかし、早朝のためか、皆 結構飛ばしていて平均80km/時近くで進む。ただ、混んではいるものの、普段の笹子トンネルでよく見られるような、 車間をあまり取らずに前の車にピタッとくっつくようにして走る車はいないようである。あの崩落事故、そしてその後片側交互通行になってからの追突事故等が 人々の走りを自ずと抑制しているのかもしれない。道路通行がいつもこうであれば (車間をキッチリ空ける)、ブレーキが踏まれることは少なくなり、 さらには渋滞を引き起こさないで済むのだが・・・。
トンネル通過中はつい天井を見上げてしまう。天井板は外され、トンネル本来の丸いアーチ型天井が見えている (というより、 本当に天井板があったかどうかの記憶がないのだが・・・)。
そうなると、今度は空気の流れを生じさせている大きなファンが目立ち、これが天井から落ちてきはしないかと心配になる。

笹子トンネルを抜け、次の日影トンネルを抜けると何時もどおり南アルプスの山々が目に飛び込んでくる。
しかし、この時期空気が冷たいのでもっとハッキリ見えても良いと思うのだが、意外に山は霞み気味である。前回はモルゲンロートが美しかった八ヶ岳も、 本日は心なしか輪郭がぼやけているような気がする。

小淵沢ICで高速道を下り、料金所を出た所を右折する。
そのまま暫く進んで、大平にて左折し、八ヶ岳鉢巻道路に入る。暫く進めば右に富士見高原リゾートが見えてくるので、右折した後すぐに左折してゴルフ場手前まで進み、 舗装した駐車場に車を駐める。到着時刻は7時12分。
3連休の中日とあって駐車場には先客がかなりいる。見上げれば編笠山、西岳がよく見え、また振り返れば甲斐駒ヶ岳が朝日を浴びて少し黄色く染まっている。
身支度をして、7時21分に駐車場を出発する。
歩き始めてすぐに身体が重いと感じ始める。1月2日に日光の薬師岳・夕日岳・地蔵岳に登ったばかりなのでもっと軽快に歩けるはずだが、 その後 飲み食いに明け暮れたため、一気に正月太りして重くなってしまったようである。
雪が所々に残る林道を進み、樹林帯に入る。やがて涸れ沢を渡るが、前回と同様、沢に架かる丸太橋は老朽化のため通行禁止のため、沢に下りて横断する。 斜面の雪が凍っていて滑りやすい。

やがて五叉路に到着。ここから登山道に入る。
この辺も雪はまばら。盃流しを通過し斜面を登ると少し雪が多くなり始める。
雪が完全に登山道を覆い始めるのは、臼久保岩小屋を過ぎた辺りから。踏まれた雪が凍っていて結構滑るので、斜面を登り始める前に軽アイゼンを装着する。
雪はその後頂上までずっと続いていたので、早めの軽アイゼン装着は正解であった。斜面でのアイゼン装着は場所の確保も含め、結構苦労するはずである。
相変わらずの急斜面をジグザグに登る。雪の道は良く踏まれており、またアイゼンが効いて登りやすいが、逆に全く面白味がない。なお、重かった身体も一汗かいたら少し軽くなり、 結構ペースが上がる。お陰で森林限界までの間に 10人ほどを抜き去る。

2,100mの標識を過ぎると、斜面の傾斜も徐々に緩やかになり始める。
2,300mの標識を過ぎると、周囲は密度の濃いツガの樹林帯へと変わる。しかし、やはり雪がこのところ降っていないのであろう、 足下の雪の量は結構多いものの、雪が木を覆っている状態は皆無で スノーモンスターなど論外。わずかに枝に雪が残っている程度である。 これでは 2ヶ月前とあまり変わらない。
それでも、いつもは樹林帯から岩場に変わる場所で、岩によじ登るのに苦労しているのだが、今回はスンナリ通過できてその境目に気づかない程であった。 雪の量が多いので、雪が台になり段差がかなり縮まったようである。

岩場に立つと風が強く冷たい。日は照っているものの、すぐに頬が強ばる。
展望は相変わらず素晴らしく、富士山、南アルプス、中央アルプス、御嶽、乗鞍岳、北アルプスの山々がよく見えるが、やや霞み気味。 しかも、強く吹く風に身体が揺らされて、写真を撮るのがなかなか難しく、さらにジットしていると非常に寒い。
ここからは吹きさらしの斜面を登る。
大きな岩がゴロゴロしている斜面もかなり雪に覆われており、また雪は岩と岩の間も埋めているので、岩の上を通らずとも進んでいける。 前回は軽アイゼンを装着したまま登ったところ、岩を乗り越える際にアイゼンの歯が岩を引っ掻いて煩わしかったが、今回は全くそれがない。
強く冷たい風に翻弄されつつも歩みを進める。周囲の景色を楽しむ余裕は全くない。それでも何とか登り続け、10時12分、ようやく編笠山頂上に到着する。 今回は先客が 1人いるのみであった (後から3人加わった)。
前回と同様、今まで見えなかった八ヶ岳の主峰群が目の前に姿を現したが、前回程の感動はない (飽きっぽい性格なのか、前回、今回ともほぼ快晴で、 同じ条件にての展望が広がったが、予想どおりの光景が現れたという受け止め方であった)。

>しかしそれにしても風が強く冷たい。前回は穏やかな風が吹く中、周囲の景色に感動し、頂上を歩き回って写真を撮りまくったのだったが、 今回は写真撮影も そこそこにしてすぐに青年小屋方面へと下る。
時刻は10時21分。ギボシ、権現岳を見ながら下るのだが、目の前に広がるこの光景は相変わらず素晴らしい。
こちら側の斜面にも大きな岩がゴロゴロしているものの、ほとんど雪に覆われており、岩場であることを忘れさせてくれる。
後から思えば、斜面の雪が踏み固められていなかった分、この下りが一番楽しかった気がする。
下り着いた青年小屋前で休憩しようとするが、前回休んだベンチは雪の下。休憩場所を求めて小屋の周囲を歩き回る。すると、小屋の裏手に冬季小屋があり、 中に人がいるようであった。しかし、軽アイゼンや登山靴を脱がねばならないのが面倒臭く、小屋横に少し露出している岩の所で立ったまま休憩する。

前回と同じく富士山を写真に納めた後、10時47分、小屋を出発する。
ここから西岳に向かうルートにもしっかりトレースがつけられている。
乙女の泉は雪の下。そこから斜面を登っていく。やがてほぼ緩やかな明るい道となるが、青年小屋−西岳間はしっかりと雪の上に溝状の道が出来ているので、 歩くのは容易である。一方で、何遍も言うようだがあまり面白味がない。
西岳には 11時32分に到着。頂上にある岩に腰掛けて暫し休憩する。
南アルプス、中央アルプスも少し薄い膜がかかっているようであるし、富士山も周囲の白さに紛れ気味、あまり良い状態ではない。
但し、ギボシ、赤岳、阿弥陀岳は相変わらずの迫力で楽しませてくれる。樹林がなければもっと良いのであるが・・・。

11時54分に西岳を出発する。
凍っている道を軽アイゼンにて下る。軽アイゼンの歯が雪 (氷) を良く捉え、全くロスがない (滑らない) 歩行はありがたい。
雪はかなり下の方まで残っていたが、2つ目の林道を横切ってからは雪がほとんどなくなり、軽アイゼンをはずす。
不動の泉には 13時1分に到着。水は細くなっているものの間断なく流れているので、何時ものようにのどを潤すとともに軽アイゼンを洗わせてもらう。
不動の泉からは林道を進み、やがて五叉路に到着。ここからは今朝程の道を辿り、駐車場には 13時26分に戻り着いたのであった。
このコースは 2ヶ月前に登ったばかりということもあって、あまりハイライトもなく、淡々と登り終えたという感じであり、少し不満の残る山行であった。 我が儘なことではあるが、雪の山とは言え、やはりこうキレイに道筋ができていると、あまり面白味がない。
かといってラッセルするような山は御免であるが・・・。

ところで、この登山の翌日 14日は平野でも大雪であった。
上述したように雪が少ない状態であった山々もかなり雪が積もったことであろう。朝見る丹沢も雪化粧で、2〜3、000m級の山のようである。 雪化粧とは本当にうまい表現である。
さて、こうなると、山は俄然面白味を増すが、一方で登山口までのアプローチが更に難しくなる。
先日の日光のように、車+α (バス等の一般の交通機関) という組み合わせで 何とかトライするしかあるまい。


2013年 登り初め  2013.1 記

喪中につき、新年のご挨拶は遠慮させて戴いておりました。
旧年中は色々なことがありましたが、本年は穏やかな年であって欲しいと願っています。

さて、昨年の 12月23日に日光の半月山・社山に登った際、 年末休みは 12月29日からの 3日間しかないので、天候の具合によっては これが今年最後の山行となるかも知れないと思っていたら、 案の定であった。
しかし、一方で年始の休みは 1日から 6日までと長いため、これを利用しない手はなく、早速 2日に山に行くことにした (年始めのこれ程早い時期に山に登るのはかつてないことかもしれない)。
行き先は少々迷ったが、昨年暮れと同じく日光とした。というのは、半月山・社山に登った際、茶ノ木平がスノーシューに最適な場所であることを知り、 是非ともスノーシューにて茶ノ木平を歩きたいと思ったからである。
ただ、茶ノ木平をスノーシューで歩いた後、昨年末と同じコースを辿ったのでは全く面白くない。地図を眺めて色々検討しているうち、 中善寺温泉から茶ノ木平に登った後は方向を細尾峠方面に取り、細尾峠からは薬師岳、そして夕日岳、地蔵岳と禅頂行者道 (ぜんちょうぎょうじゃみち) を縦走して古峰原神社に下る というルートが面白そうであることに気がついた。後は古峰原神社からの交通の確保であるが、三箇日ではあるものの、JR鹿沼駅行き (含む東武日光線新鹿沼駅) のバスが 17時15分に出ることが分かってこれは解決。

従って、前回と同じくJR日光駅近くの市営駐車場に車を駐め、東武日光駅からバスにて中善寺温泉まで行って縦走開始。下山後は古峰原神社からバスで鹿沼駅まで行って、 そこから電車で日光に戻るということになる。
なお、このようなコースを組んだ結果、面白い現象が発生することになった。中善寺温泉の標高は 1,282m、そして茶ノ木平が 1,600m前後 (茶ノ木平から細尾峠への下りに入る所にある高みが 1,617.8m) であるのに対し、 薬師岳が 1,420.1m、夕日岳が 1,526.1m、地蔵岳が 1,483mと、目的とする山々の方が低いのである。こういう登山も面白いではないか。

当日は少し遅めの 4時少し前に自宅を出発する。空には星が瞬いているが、 風が強いのが気になるところである。
前回と同様、横浜ICから東名高速道に乗り、首都高の渋谷線、中央環状線と進んで川口JCTから東北自動車道に入る。道は空いており、順調に宇都宮ICに到着。 そこから宇都宮道路に入って日光ICで下りる。
市営駐車場には 6時18分に到着。前回と違って駐車場はガラガラである。
東武日光駅前まで歩き、6時30分のバスに乗る。乗客は小生の他は 1名であったが、その方は日光東照宮の神橋 (しんきょう) で下車したので、 またまた終点まで貸し切り状態である。
中善寺温泉には 7時15分に到着。身支度やトイレ使用などで時間を食ってしまい、出発したのは 7時29分。前回はバス停付近にアイスバーンが出来ていたが、 本日は全く消えており、道路にも凍結はないようである。ただ、歩道には雪がかなり集められていて歩きにくい。

見上げれば男体山が大きいが、今日はやや雲が多い。相変わらず中禅寺湖から吹きつける強く冷たい風を受けながら、前回と同じく日光レークサイドホテル横の道に入り、 少し進んで中宮祠阿世潟峠線歩道の標識の所から山に取り付く。
心なしか前回よりも雪の量が少ない気がする。一方で、踏まれた雪が凍っており、斜面を横切って進むのに注意が必要である。また、前回と同様、 尾根の西側や尾根上を進む時には中禅寺湖からの冷たい風が強く吹きつけ、頬を強ばらせる。一方、尾根の東側を進む場合は、全くの無風状態であるから本当に面白い。
少ないと思われた雪も徐々に増え始める。雪上に数多く見られた足跡も、途中からほとんど見えなくなる。風で雪が削られたということであろうか、 それとも途中で皆引き返したということであろうか。

茶ノ木平の一角であるロープウェイ山頂駅跡に着いたのは 8時31分。ここからの眺めは相変わらず素晴らしい。男体山、大真名子山、帝釈山、女峰山がよく見える。 ただ全体的に雲が多く、奥白根山や錫ヶ岳には雲が少し掛かっている。
景色を堪能した後は、いよいよ待望のスノーシューハイクである。昨年 5月の御嶽以来のスノーシューとなるが、装着方法も忘れておらず (尤も、 非常に簡単なのだが)、すぐに出発し、平坦な雪の原を進む。山頂駅跡からほんの少し進めば明智平・細尾峠方面への分岐となるが、 この先どれ程スノーシューに適した雪原が待っているのか分からないので、茶ノ木平を半月山方面に進んで少し遊ぶことにする。 雪はスノーシューを装着していても少しく沈むので、ツボ足の場合かなり苦労するだろうなと思いながら歩く。ここは本当にスノーシューに適した場所である。
「自然観察教育林」 と書かれた標柱を過ぎ、さらに先に進むと左の方から合流する微かな踏む跡があったので、そちらに進んでみる。やがて小さな川 (雪に覆われており、 流れがあるかどうかは不明) と思しき雪の窪みを渡り、さらに左へ左へと進んで自分が歩いてきた足跡に合流する。そこから少し戻れば、先程の分岐である。 この間、わずか 15分程であったが、本当に楽しく遊べることができ、感激である。

分岐からは微かな踏み跡を辿って進む。途中、雪が多くて進む方向が分かりにくい所があったものの、 密度の濃い樹林帯に入ってしまえば、溝状の道となり (無論雪に覆われている) 明確になって全く問題ない。
やがて、明智平と細尾峠の分岐に到着。標識に従って右に進む。ここからは目の前の高みに向かう明確な足跡が雪の上にあったので、その跡を辿る。 小さなピークに登り着くとそこには三角点があったが、恐らくここが 1,617.8mの場所なのであろう。本日の縦走路中の最高点である。
この先は下り斜面となるが、先程まで明確だった足跡が無くなっている。この方もここで引き返したのだろうか。左手の樹林越しに男体山や女峰山の姿をチラチラ見ながら下る。 やがて大きな岩がいくつかある場所に到着。岩の上には 2つの石仏が置かれている。篭石という場所らしい。
男体山は雲に隠れ気味であるし、木の枝も多くて見通すのが難しい場所ではあるが、以前は男体山が見通せたのであろう。この場所も含め、 このルート上には男体山の見える場所にお札が木に括り付けられていたり、石仏、祠などがある。歴史を感じさせる道である。
ここからはさらに下る。雪の上に足跡は薄く、またテープも古いモノがまばらにある程度で少し慎重さを要するが、難しいルートファインディングは必要ない。

やがて平らな尾根に下り着いたので、スノーシューを外す。平坦な尾根を暫く進み、さらに右への下りに入れば雪の量も少なくなり、ササ原に敷かれた白き道を下ることになる。 右手を見れば、樹林越しに半月山が見える。
途中から道は平らな尾根道となり、歩きやすい。ここで前方から人がやって来た。登山者かと思ったら猟銃を肩に担いでいる。少し言葉を交わす。 この辺では猪と鹿が獲物とのこと。
送電線の立つ見晴らしの良い防火帯のような場所を 2回程過ぎ、その後樹林帯を下っていくとやがて細尾峠。到着時刻は 10時36分。
ここを通る道はかつて日光と足尾を結ぶ主要道路であり、小生も何回か車で通った覚えがあるが、今は薬師岳斜面下の日足トンネルを通る道に代わられ、 しかも細尾峠から足尾側の間は冬季通行止めになっているらしい。
峠には 2台車が駐まっていた。先程の猟師の方の車と、この後 薬師岳斜面で擦れ違った登山者のものであろう。
アイスバーン状になった道路を横切り、薬師岳への登りに入る。道は明瞭であるが、雪の斜面を横切る道は狭く要注意の場所や、崩壊が進んだ場所もある。 途中で 右に延びている正規の道とは別に、薬師岳に直登する道が現れた。ここは当然直登を選んだのだが、この登りが長くキツイ。空腹であることもあり、 少しバテ気味になりながらようやく稜線に登り着き、少し左に進むと石の祠がある薬師岳頂上であった。時刻は 11時24分。
ここからは男体山や女峰山がよく見える。その2つの山の間には大真名子山も見えているのだが、木が邪魔をしている。

薬師岳で 15分程食事休憩した後は、登ってきた道を右に見てそのまま一直線に尾根を下る。
下り着いた所が薬師肩。先程の分岐から正規の道を進めばここに到達した訳で、断然こちらの方が楽そうである。
ここからは雪の尾根道を順調に進むが、途中いくつものアップダウンがあり、さらには雪の上の足跡は消え気味で雪に足を取られることが多く、結構体力を使う。 ようやく三ツ目に登り着いたのは 13時6分。ここからは夕日岳を往復することになる。
夕日岳はなかなか良い形のピラミッド型をしていて魅力的であるが、そこに行くには一旦下った後、長い斜面を登ることになる。そして見た目よりも頂上は遠く、 高みに登り着いたらさらに先があるという状態が続く。夕日岳到着は 13時26分。ここから眺める男体山、大真名子山、女峰山も素晴らしい。 ただ風が強く冷たいので長居は出来ず、登ってきた道を戻る。途中の岩場で風を除けながら休憩。少し元気を得て三ツ目に戻る。
ここからも雪の尾根を登る。修験の道とのことであるが、修験者達は所々で見える男体山の姿にパワーをもらったことであろう。またまた数回のアップダウン、 というよりは高みに登り着く先にまた高みがあるといった状態を繰り返すと、やがて地蔵岳に到着。時刻は 14時13分。
ここには地蔵尊の胸像が収められた石祠がある。

地蔵岳からはハガタテ平に下る。道はかなり歩きやすくなっているが、途中、 谷川の源頭のような場所を横切ることがあり、足下が凍っているので少々苦労した (トラロープが設置されている)。
ハガタテ平には 14時42分に到着。尾根はこの先、唐梨子山、行者岳等に続いているが、時間的にここまで。左に折れて杉や檜の樹林帯を下る。
足下には水の流れがいくつも現れるが、雪に覆われているか、凍っているのであまり急ぎ過ぎると危ない。
足下の雪もほぼ無くなってくると、林道になり損ねたような岩だらけの道となり、やがて本物の林道に到達する。 林道をショートカットする山道もあるようだが、ここは着実に林道を下る。
やがて、先の方に倉庫のような建物と壊れかけた家屋が見えてきた。ここで大失敗をしてしまった。倉庫の先で道が 2つに分かれていたのだが、 右の林道は上に登っているので少しおかしいと思い、さらには左の道に轍の跡が沢山見られたので、柵があったにも拘わらず閂を外して中に入りこんでしまったのである (鹿除けの扉と、都合の良いように解釈してしまった)。
恐らくこれが古峯園であろうと思って中をドンドン進んでいったところ、職員の方が現れて私有地だから通り抜けできないとのこと (実際にここは古峯園であったが、 営業時間は終了していたようである)。仕方なく先程の倉庫の所まで戻り、右の道を登る。すぐにゲートが現れ、車道に出たのだったが、良く確かめるべきだったと反省。
後は車道を下ればやがて古峰原神社であった。古峯園に入りこんで時間をロスしたので、到着時刻は 16時30分を回っていたが、お陰でバスの待ち時間が減ってくれた。

バスは定刻の 17時15分に発車。先に新鹿沼駅に着くが、眠っていたためここはパス。終点のJR鹿沼駅まで行く。到着時間は 18時15分。時刻表を見ると 18時20分の日光行きがあり、 これはついていると喜ぶ。ところがである、寝ぼけていたのであろう、間違って向かい側のホームに止まっていた宇都宮行きの電車に乗ってしまったのである。 お陰で宇都宮駅まで行く波目になり、さらには宇都宮駅から日光に行く電車は 1時間に 1本程 (鹿沼止まりはある)。
結局、JR日光駅に着いたのは 20時を過ぎていたのであった。恐らく 1時間半はロスしたことになろう (結局自宅に戻ったのは 23時半過ぎ)。

新年早々下山後に失敗が続いたが、山の方は目論見通り楽しい雪遊びができ、 気分良い登り初めとなったのだった。


雪の低山を楽しむ  2012.12 記

1ヶ月近く山から遠ざかっていたが、 ようやくこの 12月22日からの 3連休に山に行けるチャンスが巡ってきた。
また、今年の年末休みは12月29日からの3日間しかないので、天候の具合によってはこの3連休が今年最後の山行となるかも知れず、 行き先選びに少々気合いが入る。
行くなら快晴の日を選びたいし、また先日編笠山・西岳にて雪山を楽しんだ後であるから、やはり雪のある山にしたいところであるが、 ノーマルタイヤの車しか持たない身にとってはなかなか雪山へのアプローチが難しく、候補選びが難しい。
さらには候補となる山が多い中央高速道周辺は、先日の笹子トンネルの事故で大月IC−勝沼IC間を迂回せねばならず面倒であり、 さらに帰りの渋滞が恐ろしい。
というようなことを考えて、最終的に決めたのが日光の半月山・社山である。そして天気予報を見て、トライする日は 3連休の中日である23日 (天皇誕生日)にすることにした。
社山には昨年の 2月に登っているので、今回は半月山をメインとし、半月山に登った後、雪の状況、体力等に問題がなければ、 さらに社山まで足を伸ばすという 2段構えで望むことにする。

横浜の自宅を 3時40分過ぎに出発する。
空は雲に覆われており、本日の天候が心配になるが、日光地方は快晴の予報を信じるしかない。
横浜ICから東名高速道に乗り、さらには首都高速道3号渋谷線へと進んで、大橋JCTから中央環状線に入る。 さらに江北JCTから首都高速川口線に入って東北道へと進む。3連休の中日であるが、高速道は皆空いており、順調に進む。
宇都宮ICからは日光宇都宮道路に入り、日光ICで下りる。そう、今回も中禅寺湖周辺の路面凍結を恐れて、JR日光駅前の市営駐車場に車を駐めることにしたのである。
駐車場に着いたのは 6時18分、身支度をして 6時30分発の中禅寺温泉行きのバスに乗るべく、東武日光駅前のバス停に向かう。
この時点で空は雲が無くなりつつあり、駅周辺からは男体山、大真名子山、女峰山がよく見える。

バスは貸し切り状態で 7時15分頃に中禅寺温泉に到着。やはり車を下に置いたのは正解で、 周辺の道路は凍結、帰りに通った湖畔の駐車場も路面凍結状態であった (いろは坂の状況は寝ていたので不明)。
身支度をして 7時24分にバス停を出発。見上げれば男体山が素晴らしい。
しかし寒い。特に中禅寺湖からの風が冷たく厳しい。雪の積もる歩道を進み、日光レークサイドホテルへと進む (バスはこのレークサイドホテル前にも停まるが、 身支度をする場所がないので、終点の中禅寺温泉まで行くのが正解。両者間の距離はそれ程ない。)。
レークサイドホテル横の道路に入り、中宮祠阿世潟峠線歩道の標示板を見た所で山に取り付く。歩道というだけあって丸太の階段を進むことになるが、 やがてその階段も雪に覆われ、完全な雪の斜面・雪道の登りになる。
雪の上に足跡は残っているものの、数日前のものらしくあまりハッキリしない。山の東側斜面を進む時は風も斜面に遮られて問題ないが、 西側斜面を進む場合や稜線に立つと、中禅寺湖からの風が吹き抜けてかなり寒い。
雪は徐々に多くなり、2〜30センチほど。表面はクラストしているが、体重を支える程ではなくすぐに割れるので、アイゼン等は不要。 ピッケルも持参したが、ストックで十分である。
斜面をジグザグに登ったり、またまっすぐに尾根を進むなどして、踏まれていない雪道歩きを楽しむ。樹林帯の中なので展望はなかなか得られないが、 それでも時々、社山や男体山を見ることができる。

茶ノ木平の一角に登り着いたのは 8時39分。 ここはかつてあった中禅寺温泉と茶ノ木平を結ぶロープウェイ (2003年廃止) の山頂駅があった場所で、眺めが素晴らしい。
目の前に男体山が大きく、その右斜面後方に大真名子山が少し顔を見せており、さらにその右には帝釈山・女峰山が見える。 また、中禅寺湖、奥白根山、社山も見ることができる。
この山頂駅跡からは、真っ平らな茶ノ木平を突っ切ることになる。本日、スノーシューを持ってくるかどうか迷ったのだったが、 茶ノ木平はまさにスノーシューにはもってこいの場所。ちょっと悔しさが残る。雪は30センチ程で、足が潜り進むのに時間がかかる。
道はやがて下りとなるが、調子に乗って下り続けていると、そのままルートを外れて谷に下りてしまうような場所が 2ヶ所ほどあった。 1つ目はしっかり標識があったので間違える心配はないのだが、もう一つは雪の上にかすかな踏み跡がなければ、下り過ぎてしまうところであった (無論、 無雪期なら問題はないはず)。

下り続けるとやがて展望台が現れる。ここから見る男体山、中禅寺湖、その中禅寺湖の向こう岸に見える奥白根山、 そして錫ヶ岳が素晴らしい。
展望台からはすぐに中禅寺湖道路 (閉鎖中) に降り立つことになる。雪に覆われた道路の上に足跡が 1つ。ほんの数時間前につけられたようであるが、 その人はここまで道路を進んできて、この場所から茶ノ木平に向かうでもなく、これから小生が登る狸山 (ムジナヤマ) に向かうでもなく、 この地点で引き返している。
道路を横切り、標識に従って狸山への登りに入る。この斜面にも踏み跡はうっすらとあるだけ。雪に足を取られつつ苦労して斜面を登る。
途中、南側が開けた場所を通過したが、夕日岳、地蔵岳がよく見えた。

中禅寺湖テレビ中継局のアンテナ設備が立つ狸山には 9時54分に到着。 設備裏手の石積みの土台に座って食事とする。朝方、一時雲が多くなったが、今は雲もとれて青空が広がり、風を避けているのでポカポカ陽気である。
10時9分、狸山を出発、斜面を下る。樹林越しに半月山が見えてきたが、アップダウンがかなりありそうなので、社山をどうするか、少し考えてしまう。
下り着いた所が中禅寺湖展望台で、まっさらで誰の足跡もない雪の上 (第一駐車場) を進み、ベンチのある場所まで行く。ここからの眺めも素晴らしい。
やはり男体山が一番目に着くのは当然として、男体山の右後方には帝釈山、女峰山が見え、男体山の左後方には於呂倶羅山、温泉ヶ岳、前白根山、奥白根山、 錫ヶ岳が見える。雪化粧した山々は本当に魅力的である。

半月山へはこの駐車場の奥から取り付くことになり、10時25分に出発する。先程狸山手前の車道についていた足跡の方は、この展望台まで戻ってきており、 半月山に向かっている。半月山から下ってきて、また登り返したのであろうか。何とももったいないルート取りである。
ということで、ここからはその方の足跡を追うことになるが、雪の量が多いのでそんなに容易ではない。苦労しながら、11時16分に半月山に到着。
結局、中禅寺湖展望台から 51分かかったことになる。地図では 40分なので、雪の斜面の登りが結構厳しかったことが良く分かる。
頂上手前にも三角点のようなものがあったので、そこが頂上かと思って周囲の標識を探していたら、後ろから人が登ってきた。足下を見るとスノーシューを付けている。 確かにスノーシューだとあまり潜らず正解である。
半月山頂上で少し休んでいると、さらに 2人ほど別々の方向から現れたのでビックリ。一人は小生と同じ方向から、もう一人は道のないところを直登してきており、 中禅寺湖畔の狸窪からの道を途中からショートカットしたようである。展望の無い半月山頂上なので、皆ほとんど止まらずに、そのまま展望台へと向かう。
小生は 7分程休んで 11時23分に出発し、展望台には 11時29分に到着。
ここからの展望も素晴らしかったため、写真を撮りまくって 5分程止まってしまった。先程の中禅寺湖展望台と異なるのは、反対側の展望も開けていることで、 皇海山、鋸山、袈裟丸山を見ることができる。男体山の左には先程まで見えなかった山王帽子山が見え、さらには太郎山も少し見えており、 戦場ヶ原の広がりも視野に入るようになってきている。また男体山の前に広がる中禅寺湖に八丁出島が蛇のように突き出ているのが見える。

展望台からさらに下ると半月峠。その半月峠へと下る斜面からの眺めも素晴らしく、 先程の展望台では周囲の高い山に目立つことがなかった社山が、その姿を主張し始めている。
半月峠到着は 11時45分。ここから湖畔の狸窪へと下ることもできるが、時間的にはまだ余裕がある上、少々バテがきてはいるものの、 社山をパスするのはもったいないとの思いが強く、社山に向かうことにする (いざとなれば、阿世潟峠までとしても良いと考えた)。
ここからの斜面はあまり人が登った跡がない状態であったが、ありがたいことに先程のスノーシューの方はこの斜面を進んだようで、 先達がいることを知って心強さを感じる。ただ、スノーシューは沈んでいないのに、小生は雪にズボッと足を取られながら登ることになるのでかなり疲れる。 スノーシューを持ってくれば良かったとの思いがまた強くなる。
急斜面を登り着いた所に中禅寺山の標識があったが、認知された名前ではないのだろう。この中禅寺山から下れば阿世潟峠かと思ったのだが、 下り着いた所には何もなく、さらに目の前に高みが待っている。徐々に大きく立派に見えてくる社山が慰めである。

阿世潟峠には 12時27分に到着。今回の半月峠−阿世潟峠間はほぼ地図通りのタイムであった。
地図ではこの阿世潟峠から社山まで 90分となっているが、雪のハンデを加えて 14時半到着を目標にさらに先に進む。
ここからのルートは人が多く登っているようで、今までのような踏み跡がほとんど無いルートとは違い、良く踏まれた雪道が続く。 少々バテバテになりながら斜面を登り続け、雨量観測施設がある岩峰には 12時53分に到着。時間は押しているが、バテ気味なので休憩を取ることにする。
ここで出会った人から、この先アイゼンを付けた方が効率的だとのアドバイスをもらい、軽アイゼンを装着することにする。13時7分に岩峰を出発。
高度を上げて振り返れば、半月山が黒々とした頂上を見せている。何故半月山という名前なのかと思っていたのだが、 もしかしたら頂上の形が半月のように半円形をしているからかも知れない。また、半月山の左には今朝ほど通ってきた尾根も見える。 こう見るとかなりの距離を歩いてきており、我ながら感心する。

雪の斜面を黙々と登る。一旦ピークに登り着き、さらにピークが現れるという感じである。 やがて急斜面を見上げれば、岩場の先に木々に囲まれて黒々とした頂上らしきものが見えてきたが、残念ながらそれが頂上ではないことは前回登って知っている。
喘ぎつつ登り、最後は少し登っては上を見上げるというバテ始めた時のパターンを繰り返しつつ、それでも何とか 14時1分に頂上に到着したのであった。
男体山方面は木に覆われていて展望があまり利かず、皇海山などのある南〜南西方面が開けている。暖かい紅茶を飲みながら富士山が見えないかと探したが、 見つけることはできなかった。
14時12分下山開始。ちなみに、スノーシューの方はさらに先に進んだようである。
景色を楽しみつつ順調に下り、阿世潟峠には 14時48分に下り着く。ここからは道を左にとって、阿世潟に下り、そこから中禅寺湖半を回って戻ることになる。 阿世潟を 14時59分に通過、凍った道を黙々と歩く。
中禅寺湖半の歌ヶ浜駐車場に着いたのが 16時丁度。そこから見る男体山は夕日を浴びて少し赤く染まっていて美しい。 そして、中禅寺温泉には 16時22分に戻り着いたのだった。16時45分発のバスにて駐車場へと戻る。

かなり疲れたが、天候に恵まれ (最後まで、男体山、奥白根山が見えていた)、 雪山を大いに楽しむことができたので、充実感のある山行になったのだった。


これまた会心の編笠山・西岳岳  2012.11 記

11月23日からの 3連休は最終日の天候が一番良さそうだったので、その 25日(日)に山に出かけることした。
行き先だが、この度冬用の登山靴を新たに購入したことから、そのデビューとすべく雪のある山が好ましく、一方で、次の日から仕事であることを考えると、 体力をかなり必要とする山や、遠い場所にある山は避けたいところである。色々検討した結果、最終的にこの条件にピッタリの編笠山 (八ヶ岳) に登ることにした。
ルートとしては観音平からのコースと、富士見高原リゾートからのコースが考えられるが、初めてのルートを選ぶなら前者 (下山には使ったことがある)、 人が少なく、さらに楽しみをもう一つ付加すること (西岳) を考えるなら後者である。ここはやはり新しい登山靴のことを考え、雪に触れる時間が長いと思われる後者を選ぶことにする。
ちなみに、新しい登山靴はAKUのフィッツロイGTX。自分の年齢を考えると、オレンジ色のアッパーがイヤだったのだが、 店 (ICI石井スポーツ神田登山本店) の方に、雪山用の靴は皆派手になっていると説得 ? され、さらには機能の割りに価格が手頃だったことから購入したものである。

最近登った山々に比べ場所が近く、また山行時間も短いと思われたので、少しユックリ目の 4時40分に自宅を出発する。
先々週の念丈岳と同様、この日も空には雲一つ無く星が瞬いており、テンションが上がる。
何時もどおり国道16号線を進み、八王子ICから中央高速道に入る。既に 5時を回っているためか、あるいは連休でしかも好天のためなのか、 高速道は意外と混んでおり、河口湖方面では渋滞も起きているようである。
既に明るくなってきているため、笹子トンネルに続く日影トンネルを抜けると、南アルプスの山々が目に飛び込んでくる。 真っ白な北岳、間ノ岳等の山々が存在感を示しており、 さらには車を進めるに連れ、その白い頂が朝日を浴びてピンク色に染まっていく様子が素晴らしい。
また、暫く進むと見えてきた八ヶ岳も素晴らしく、雲一つ無い空にその姿が映えている。本日登る編笠山も黒々とした斜面、そして頂上の雪がよく目立つ。

ナビに従って小淵沢ICで高速を下り、八ヶ岳高原ラインを北上する。
大平の信号にて左折し、八ヶ岳鉢巻道路に入って林の中をほぼまっすぐに進んでいけば、やがて富士見高原リゾートの入口が右側に見えてくる。 右折した後、すぐに左折してリゾート施設の中を進んでいくと、富士見高原ゴルフクラブに突き当たるので、その手前の駐車場に車を駐める。
過去、ここから 2回登っており、いずれもゴルフ練習場の駐車場に駐めていたのだが、どうもそれはまずいらしいので、 スキー場の駐車場に駐車したものである。 時刻は7時10分。駐車場からは快晴の中、富士山、そして本日目指す編笠山が見える。

身支度をして7時16分に駐車場を出発する。
車に付いている外気温度計はマイナス 2度を示していたが、それ程寒く感じなかったのでラガーシャツの上にフリースを着ただけである。
ゴルフ練習場横の入口から玄関の前を通り、暫く進んで林道に合流したのだが、最後にここに来たのは 2年半程前、その時とは大分様相が変わっている。 今はゴルフ練習場の横にある林を進まずに、初めからゴルフ場練習場前の道を進むのが正しいようだ。
鎖の簡易ゲートを越えて林の中を暫く進むと、以前迷ってしまった林道に突き当たる。今は明瞭な標示板が設置されており、これなら迷うこともない。 そこから左に折れて再び林の中へと進むが、林道が作られようとしているらしく、周囲は伐採が進み、建設機械も入っている。
やがて涸れ沢を渡る。沢に架かる丸太橋が老朽化とのことで迂回路を進み、少し登ればまた林道に飛び出すことになる。編笠山へはこの林道を横切った後、 斜めに林の中へと進むことになる。西岳に向かうのであれば、その編笠山登山路の左にある林道 (ぶつかった林道とは丁字路状態になっている) を進めば良い。
順調にいけば帰りはこの道を戻ってくるはずである。

樹林帯を進んで行くと、樹林越しに編笠山が見える。上空には雲一つ無い青空が広がり、風も穏やかで、 本日は楽しい登山ができそうである。
やがて丁字路となるので右折し、『盃流し』 のある方へと進む。すぐに、この時期涸れてしまっている渓流が現れる。『盃流し』とは、 渓流の流れで抉られ凹みができた岩を言うらしく、「平安時代に一枚岩に盃を流し、流れる間に句を読む貴族の遊びがあったそうで、 その一枚岩に似ているのでこの名が付いた」とのこと。前回はその場所が分からなかったのだが、今回は標示板があって場所は明確だったものの、 立ち寄るのが面倒臭く感じられ、そのままスルーして先へと進む。
渓流を渡って斜面を登っていくとすぐに林道に突き当たる。さらに暫くして林道を横切った後、道は編笠山に向かってほぼ一直線の登りとなる。 少し登っては緩やかな傾斜あるいは平らな道が続く というパターンを繰り返しながら高度を上げていく。
やがて左側に大きな岩がゴロゴロした場所を進むようになり、大岩の下が洞穴となった岩小屋を過ぎれば、その少し先で緩やかな道は終わりとなり、 急斜面の登りに変わる。
樹林帯の斜面をジグザグに登っていくのだが、道は明瞭、標識やテープも付けられている。しかし、こういった斜面にありがちだが、 いくつも道ができていて、ウッカリすると本道を外れてしまうので要注意である。
雪の方は最初まばらであったが、2,100mの標示を過ぎた辺りからは頻繁に現れるようになり、徐々にアイスバーン状態が多くなる。
凍っていない場所や 氷の上に飛び出た石の上を選んでどうにか登っていたのだが、さすがに耐えきれなくなり、2,300m手前で軽アイゼンを装着する。
軽アイゼンの威力は抜群で、小気味良く歯が氷に食い込み、効率良く登って行くことができる。
なお、新しい登山靴であるが、おろしたてのため全体的に少々固く、歩くとトップライン (靴の履き口) がアキレス腱の周囲に当たって違和感を覚える。 しかし、それは最初だけのこと、重くもなく、総じて歩きやすい。

樹林帯の中の道も傾斜が緩み始め、さらに周囲は大きな木々からやや背の低いツガの林へと変わる。 この辺は木々が密である。足下の雪はアイスバーン状態から積雪状態に変わり、ツガの葉にも雪が残っていたりして、雪山気分にさせてくれる。
再び斜面が急になり、足下に岩などが見られるようになった場所を登り詰めて行くと、やがて樹林も終わり岩場にぶつかる。 最初の岩に登り、樹林の上に抜け出て振り返れば、目の前に大展望が広がる。
富士山、南アルプス、中央アルプス、御嶽、乗鞍岳といった山々が立ち並び、さらには奥穂高岳を始めとする北アルプスの山々が白い壁のように繋がっている。 ここまで全くと言って良い程展望がなかったので、この光景に思わず息を呑む。

ここからは大きな岩がゴロゴロした吹きさらしの斜面を登ることになるが、 風は冷たいものの弱いので、何の問題もなく登っていける。 横着をして軽アイゼンを着けたままであるため、岩の上は歩きにくいが、やがて岩の隙間に残る雪が増え始め、軽アイゼンが役に立つようになる。
頂上到着は 10時19分。3時間程での到着であった。

頂上の展望は 「素晴らしい」 の一言。先程の山々に加え、今まで見えなかった八ヶ岳の主峰達が迫力ある姿を間近に見せており、ハッとさせられる。
この編笠山は 3回目であり、頂上に立てばどのような光景が見えるのかは十分承知しているのだが、それでもこの冠雪した権現岳、ギボシ、赤岳、 阿弥陀岳といった峰々の姿は新鮮で、感動を覚える。
また北横岳、蓼科山など北八ヶ岳方面も良く見え、眼下にはこれから進む西岳も見えている。登ったことがある山々がまさにズラリと並んで痛快である。
さすがにこの天気、この展望、そして気軽に登れる山ということで、頂上には登山者が多い。 観音平から登って来る人がほとんどだが、樹林帯を抜けて目に飛び込んでくる光景に皆歓声・感嘆の声を上げている。

写真を撮りまくりながら頂上に 20分程居たが、風は弱いとは言え座る場所もない吹きさらしでは休む気にもなれず、 飲食せずに青年小屋に下ることにする。
この青年小屋への下り斜面から見る権現岳、ギボシも素晴らしい。
小屋到着は 10時57分。閉まっている青年小屋前のベンチで休憩・食事とする。ベンチの一方の縁に登山者が 1人座っていたので、 その人とは反対側の、 編笠山に向かい合った側に座る。
座った途端、この場所から富士山が見通せることに気がついた。富士山の下方には雲が薄くかかっていて足下の山々が隠され、 富士山だけが浮き上がって見える状態なので、孤高、気高さを感じてちょっと感動モノであった。
ポカポカ陽気の中 (小屋で風が防がれている)、青年小屋で 20分程休憩した後、11時20分、 西岳へと向かう。
なお、青年小屋から権現岳を眺めてみると、何となく登れそうな気がしたのだったが、軽アイゼンで岩場を登っていけるのか分からず、 また新しい登山靴にまだ慣れていない部分があって 微妙な足場コントロールができそうになかったため、素直に西岳へと向かうことにしたものである。

乙女の水でノドを潤した後、樹林の斜面を登る。
登り着いた所からは樹林の中、ほぼ平坦な道が続く。本日は 3連休の最後であり、前の 2日間にここを通った人も多かったのであろう、 雪はしっかり踏まれていて、しかも残雪期のように踏み抜くこともなく快調に進むことができる。
途中、編笠山と富士山のツーショットや、権現岳、赤岳、阿弥陀岳の揃い踏みも見え、楽しみながら進む。
やがて土の斜面になり、傾斜がきつくなってきたかと思ったら、そこは西岳の頂上であった。時刻は 12時11分、頂上には誰も居ない。

前回は残雪期のため踏み抜きが多く、このコース (源治新道) を歩き通すのにかなり時間をとられた記憶があるが、 本日は本当にアッと言う間の到着であった。
西岳からは編笠山と富士山のツーショット、北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山などの眺め、そして木々に隠れ気味だが権現岳、 ギボシ、赤岳、阿弥陀岳、 硫黄岳を見て楽しむ。
最近、中央アルプスに立て続けに登っており、そこから眺める南アルプスの順番が左から甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、北岳であったのに対し、 ここでは北岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳という順番になっていて、その入れ替わりに少々戸惑う。

12時27分、下山開始。途中までは軽アイゼンが必要だが、やがて土の部分が多くなり、 軽アイゼンをはずす。
この斜面は過去 2回下っているが (登りは 1回)、緩やかであるものの、長いので嫌になる。おまけに、新しい登山靴によるかかとの靴擦れは起こさなかったものの、 両方の親指が靴に擦れて痛い (帰宅後確認すると水ぶくれができていた)。甲高幅広の典型的な日本人の足を持つ身にとっては、 もう少し履き馴らす必要がありそうである。
このルートも林道を 3回横切る。やがて土の斜面をグッと下れば不動清水である。時刻は 13時39分。
美味しい水でノドを潤し、前回と同じように軽アイゼンを洗わせてもらう。後は林道を暫く歩けば、今朝程の編笠山への分岐である。
そこから樹林帯、そして林道をユックリ下って、駐車場に戻り着いたのは 14時8分であった。戻り着いた時には青い空は消えており、 薄い雲のベールが上空を覆っていたが、少なくとも西岳を下るまでは青空であったのが嬉しい。

ということで、本日は晴天に恵まれ、雪山を楽しみ、また新しい登山靴のデビューも叶い、充実感のある楽しい1日であった。
このように 2回続けて天候に恵まれると、次の山選び (天候も含めて) が難しくなる。


会心の念丈岳  2012.11 記

11月10日は快晴との天気予報が出ており、また急を要する用事もないことから、前回中途半端になってしまった登山 (空木岳) のモヤモヤを晴らすべく、少し気合いを入れて山に行くことにした。行き先は中央アルプスの念丈岳。
普通に考えれば前回のリベンジ (空木岳・南駒ヶ岳) とすべきであろうが、それぞれ既に登っている山であり、また冬が近づきつつあることを考慮して、この計画は来年に回すことにしたものである。
実はこの念丈岳には昨年一度トライしている。しかし、登山口の鳩打峠までの道が分からずにかなり時間を食ってしまい、結局時間切れで手前の烏帽子ヶ岳までとしてしまったのだった。そのため、今年に入ってずっと登る機会を狙っていたのだが、季候の良い内はどうしても 3,000m級の山に目が向いてしまい、なかなか踏み切れないでいたのである。しかし、近頃の寒さを考えると、同様に山行を後ろ倒しにしていたらアプローチの道路が凍結してしまい、登るのを断念せざるをえなくなってしまった昨年の安平路山 (今年登った) の二の舞を演じてしまう可能性もあるため、この機に出かけることにしたものである。
その登山ルートであるが、当初は昨年と同じく鳩打峠から烏帽子ヶ岳、池ノ平山を経て念丈岳に登ろうと思っていたのだった。しかし、ヤマレコを見ていると、もう一方の本高森山、大島山経由のルートにおいて最近ササの刈り払いが行われたとの情報が載っていたため、それならばと新鮮さを求めて大島山経由のルートを選ぶことにする。途中までとは言え、同じルートを辿るのはできたら避けたいところだからである。

夜中の2時過ぎに横浜の自宅を出発する。先日の空木岳の時とは違い空には星が瞬いており、本日は天気予報どおり快晴のようで期待が膨らむ。
順調に車を進め、何時もどおり八王子ICから中央高速道に入る。高速道も順調であったが、岡谷JCTを過ぎた頃から猛烈に睡魔が襲ってきた。仕方がないので小黒川PAにて 20分程仮眠、さらには駒ヶ根SAでトイレ休憩をとる。本高森山登山口の駐車スペースが狭いと聞いているので、このように時間を費やしてしまっては駐車できるか心配になる。
松川ICからは最初の信号を右折して県道15号線を進む。鳩打峠に向かうのであればこの信号を左折である。リンゴの販売所が立ち並ぶ道を暫く進むと、右 高森カントリークラブの案内板が見えてきたので右折。高速道の下を潜って暫く進めばすぐにカントリークラブに到着するが、登山口へはさらに先へと進まねばならない。
道は舗装されているものの急激に狭くなり、さらには道の両端に生える草木が道を覆い始める。草にボディを擦られながら暫く登っていくと、舗装道は砂利道へと変わり、最後は杉の植林帯の中、狭い山道を登っていくことになる。
やがて、右手に本高森山の登山口が見えてきたので、その先の駐車スペースに車を駐める。時刻は 6時24分。
駐車スペースは噂どおり狭く、せいぜい 3台が駐車できる位である。しかし場所取りの心配は全くの杞憂に終わり、この時点で小生が一番乗りであった(その後も駐車する車はなかったようである)。

身支度をして山に取り付く。ようやく朝日が当たり始めた道をジグザグに登る。風が強く吹き、その風で落ち葉がハラハラと舞い、なかなか雰囲気が良い。登山道には、本高森山までを 10等分してそれぞれの場所にラミネート加工した標示板が設置されている (塩見岳、恵那山、烏帽子ヶ岳等も同じモノがあった)。
道は 0/10 (登山口) から 4/10までは緩やかな傾斜の道が続くが、逆に距離を進んだ割りには高度が上がらないことになる。
5/10は小さな広場になっており、ここから南アルプスの山々を見ることができ、逆光気味だが仙丈ヶ岳、北岳、間ノ岳がよく見える。 5/10を過ぎると少し傾斜がきつくなる。 6/10は前高森山との分岐点。ここから 9/10までの登りは、先程までとは違ってかなり本格的になる。特に 7/10を過ぎてからはずっと急坂が続き、なかなか現れない 8/10にイライラ、そして少々バテ気味になる。
先般の空木岳登山で最悪だった体調は現在復調しつつあるものの、それでもふくらはぎ辺りが重い。喘ぎながら急坂を登っていくと、ようやく標示板の掛かった場所に到着したが、標示は何と 9/10であった。どうやら 8/10を見落としてしまったらしいが (実は標示板は木の裏に落ちていた。復路で気がつく。)、こういうあるべき標示が抜けていると、精神的にも肉体的にも疲れるものである。
9/10を過ぎ、少し登って行けば傾斜は緩やかになり、やがて本高森山頂上であった。時刻は 8時30分。頂上は樹林に囲まれていてあまり展望を得られないが、それでも烏帽子ヶ岳、池ノ平山、中央アルプス方面が見える。

この本高森山で 10分程休憩した後、さらに先へと進む。下り口に、本高森山から念丈岳までのルートを長年に亘って整備されてこられた故 上澤 広幸氏に因んで、ここから先を上澤新道と呼ぶとの表示もある。
当然の如く、道は下りとなって今までの高度をはき出すことになり、その後、何回かのアップダウンを繰り返す。この上澤新道には、所々に里美平、幸の丘、浅井窪、五雄頭、清水平、洋子園 等と書かれたラミネートの標示板が掲げられている。最初はそれなりに謂われのある場所かと思ったのだが、人の名前らしきモノが続くので、どうやらこのルート整備に尽力された方々の名字や名前からの命名のようである。コース整備に尽力された方々の特権であることは認めるが、こうあまりに場所のイメージとは関係無い名前が出てくると、少し興ざめである。
その里美平、幸の丘はササの斜面が日の光に輝き、その先に青空があって素晴らしく気持ちの良い場所である。
幸の丘を越え、道はさらにまたササ原の斜面をジグザグに登って行くことになるのだが、腰くらいまであるササの斜面の中に動物に似た倒木が見える。頭、胴体など本物そっくりだなと思いながら側を通ると、何とその倒木には目もついており、視線があった途端に灰色の毛を持った本物のカモシカであることに気がついた。
驚いて思わず声を上げたため、カモシカには走り去られてしまい写真に撮ることができなかったのが悔やまれる。

一旦 清水平まで下った後、ササの斜面を登り詰めると、やがて傾斜が緩み、見晴らしの良い高みに登り着く。もしやと思い周囲を見回すと、奥の木に 大島山と彫られた小さな標識がつけられていた。時刻は 10時12分。
雲一つ無い晴天の下、朝方吹いていた強い風も今は止み、ポカポカ陽気の中で休憩する。ここからは正面に安平路山がよく見え、その左には摺古木山、そしてその左後方に恵那山も見える。
反対側には南アルプス。甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳、そして塩見岳、悪沢岳から始まる荒川三山、そして赤石岳、聖岳、上河内岳といったオールスター勢揃いである。
ずっとノンビリしていたい素晴らしい場所であるが、まだ先がある。10時27分、大島山を後にする。
少し下ると、仙涯嶺、南駒ヶ岳がよく見えるようになる。
また右手には大きなガレも見える。大島山はノンビリとした雰囲気の山であるが、裏側では荒々しい崩壊が進んでおり、そのギャップに驚かされる。
樹林帯のアップダウンが続き、下り着いた所に小川が流れている。そこから再び登りが始まる。この登りも結構キツイ。
展望の良い場所があったり、樹林の中を進んだり、ガレ場の縁を進んだりして、アップダウンを繰り返しながら徐々に高度を上げて行く。やがて、岡戸頭を過ぎると、ガレ場の縁を通過し、急斜面に取り付くことになる。斜面にはトラロープが設置されていたが、登りの時は不要。但し下りの際には、刈られたササで足を滑らせれば、そのまま勢いがついてガレ場から谷へと落ちてしまうような恐怖を覚え、このロープが安心を与えてくれる。

周囲はやがてシャクナゲやハイマツとなり、上を見上げると標柱が見えている。ようやく念丈岳に到着である。時刻は 11時42分。頂上には誰もいない。
ここは小さな広場になっており、周囲には高い木々が無いので 360度の展望を得られる。
まずは北側の南駒ヶ岳、仙涯嶺。周囲の緑の多い山々とは異なり、岩肌の白や紅葉後の茶色が目立つ。そしてその左には越百山が見え、そこから安平路山へと尾根が続いている。
よく見ると、その斜面にこちらから続く道らしきモノが見えるので、恐らくその到達点が奥念丈岳であろう。そして、その奥念丈岳の右後方には冠雪した御嶽が姿を見せている。
そしてササの多い斜面を有する尾根は、安平路山、摺古木山へと続いている。摺古木山の左手奥には恵那山が見える。
また南駒ヶ岳に戻れば、その手前にこちらから続く池ノ平山、烏帽子ヶ岳が見える。烏帽子ヶ岳の右下方には小八郎岳も見えており、紅葉真っ盛りのようで、山自体がエンジ色に輝いている。
そして烏帽子ヶ岳の右後方には雲に隠れた部分の多い山並みが見える。もしかしたら、浅間山かもしれない。そしてその右には、こちらも雲の多い八ヶ岳が見え、そして南アルプスへと続く。
南アルプスは雲一つ無い状況で、加えて朝方から時間が経過したお陰で逆光も解消され、それぞれの山に積もる雪も見ることができる。富士山も見えるかもしれないと期待したが、こちらの高さが足りないのか、それとも塩見岳の後ろに隠れてしまっているのか、見つけることはできなかった。

頂上を 1人占めすること 31分、下山を開始する。
余裕があれば目の前の池ノ平山を往復したいところだが、往復に 3時間近くかかるようで、この季節では時間的に無理と諦める。
本心を言えば、戻るのではなくこのまま鳩打峠まで縦走できれば最高であった。
順調に下り、樹林帯に入ったところで本日初めて人と合う。実際には念丈岳に向かう途中、念丈岳の頂上に 1人居ることが確認出来ていたのだが、その方は烏帽子ヶ岳の方に戻ったようで、人と実際に会ったのはこれが初めてである。
この人もピストンかなと思ったのだが、登山口に戻ると車が無い。タクシーで登山口まで来て、あのまま鳩打峠へと縦走したのかもしれないと思っていたら、後日その方の登山記録がヤマレコに載っているのに気がついた。
何と まつかわの里から、バリエーションルートにて本高森山の 4/10周辺に登り着き、そのまま本高森山、大島山、念丈岳、池ノ平山、烏帽子ヶ岳、小八郎岳、鳩打峠へと進み、峠から林道を下ってまつかわの里まで戻ったとのこと。イヤハヤ、世の中には凄い人がいるものである。
この念丈岳を中心とするこれらの山々を歩くのは魅力的だが、体力を考えると一番現実的なのは鳩打峠まで車で行き、そこからグルッと回って本高森山登山口まで下り、そこから林道を歩いてゴルフ場まで行って、そこでタクシーを呼んで鳩打峠に戻るのが良いと思う。
順調に下り登山口には 15時44分に戻り着く。
6/10地点から前高森山を往復する手もあったものの、念丈岳、大島山以上の展望が得られるとは思えず、登らずにそのまま下山したのだった。

この日は快晴となり、また人もほとんどいない山域を旅することができ、充実感溢れる山行であった。
いつもこのような天候の時に山に登ることが出来れば言うこと無しである。
最後に、このルートを整備された方々、そしてこの秋にボランティアでササの刈り払いを行った方々に心から御礼申し上げたい。
斜面で刈られたササに足を滑らすことはあったものの、それを補って余りある素晴らしい展望を得ることができた。ルートファインディングなどしないで済んだ分、山を楽しめたことは間違いない。心から感謝である。


クタクタの空木岳  2012.11 記

ありがたいことに、 10月27日にも山に行けるチャンスが巡ってきた。
本来であれば、 10月13日に登ろうとしていた山 (寝坊してしまい、結局 計画変更して 茶臼山、 将棊頭山経由にて木曽駒ヶ岳に登った) に登るべきところであるが、 この時期、 狙っていた北アルプスは 積雪とのことなので諦めることとし、 代わりに先日の木曽駒ヶ岳にて目に止まった 空木岳、南駒ヶ岳に登ることにした。
どちらも個々に登っている山であるから、 今回は初めてのコースをとることにして、 伊奈川ダムから木曽殿越経由にて 空木岳に登り、その後、南駒ヶ岳まで縦走することにしたものである。 そして、もし南駒ヶ岳に着いた時点で余力があれば、 越百山まで足を伸ばすことも少し考えていたのであった。
天気予報では この地域は快晴のようで、 紅葉には遅すぎるものの、 晩秋の山を大いに楽しめそうである。

2時過ぎに横浜の自宅を出発。 出発時、先般の木曽駒ヶ岳の時は空に星が瞬いていたのだが、 今回はどんよりと曇った空である。 この時点で少々嫌な予感がしたのであった。
順調に車を飛ばし、 中央高速道伊那ICから 何時もどおり権兵衛街道、 中山道へと進む。
中央本線の須原駅が近づいてきたので、 ナビに従って左折し、 須原駅の先でさらに左折する。 この道は、 以前 南駒ヶ岳・越百山に登った際、 暗闇の中で見つけることができなかった道であり、 さらにはその後ナビに従って進んだ道が 途中で通行止めとなっていて、 しかも Uターンもままならない狭い道だったため 大変苦労した思い出の道 ?? である。 今回は見落とすことなく順調に左折、 と思ったのも束の間、 何と橋の工事をしているとかで 伊奈川ダム方面へは行けない との案内が出ているではないか。 それでも夜間は通れるのでは との淡い期待を抱いて先へと進んだものの、 途中で完全に通行止め、 前回と似たようなシチュエーションに愕然とする。
仕方なく、 中山道に戻ってさらに先に進み、 南駒ヶ岳登山の時と同様、 大桑中学校のところから 伊奈川ダムへの道に入る。 その後は難なく進むことができたのだったが、 伊奈川ダムの先にある駐車場に着いたのは 6時10分、 かなり遅くなって しまった。

慌てて身支度をして 6時18分に出発。 天候の方は薄曇り。 これからの回復に期待したいところである。
林道ゲートを越え、 橋を渡るとすぐに丁字路となるので、 そこを左折する (南駒ヶ岳、越百山は右折である)。
覚悟してはいたものの、 この林道歩きはえらく長い。 鋸岳に至るための 釜無川工事用道路にも匹敵する長さである。
途中、 自転車に乗った登山者に追い抜かれたが、 小生はピストン登山ではないとのだから と言い聞かせる。 しかし、自転車があれば本当に楽と思われる道程である。
大分傷んでいる避難小屋を過ぎ、 金沢土場に着いたのが 7時20分。 ここで右に道を取る。 まっすぐ進めば、倉本駅。 そちらが本来の登山ルートのようで、 地図には三合目以下の記述がある。
金沢土場からも林道歩きは続く。 傾斜がかなり出てきて 山に登って行くという感じだが、 途中で舗装道となったのには驚かされた。 不思議に思っていると、 先の方に小さなダムのようなものがあったので納得する。
そこからも傾斜のある道を登っていくと、 ようやく 7時41分にうさぎ平に到着したのだった。 空の方は青い部分も見え始め、 山の上部には朝日が当たってはいるものの、 今ひとつスカッとしない感じである。

うさぎ平からは完全に登山道となる。 急坂の登りが続くが、 八丁ノゾキという小さな広場に登り着くと、 後はほぼ平らな道が続くようになる。
やがて 道は小さなアップダウンを繰り返すことになるのだが、 実際には徐々に高度を下げていっており、 最後はグッと下って北沢へと下り着く。 時刻は 8時33分。
吊橋にて北沢を渡り、 再び樹林帯に入ると、 ここからはずっと登りが続くようになる。 これがキツイ。
実はこのところ あまり体調が芳しくない状態が続いており、 林道を歩き始めて 身体が重いことに気づいたのであった。 さらには登り斜面に入ると 身体のだるさも感じるようになり、 加えて 何となく身体の節々が痛い。 従って、北沢からの登りは全くペースが上がらない。
しかも 途中見えた山々は完全に雲がかかっており、 テンションも沈みがちである。 少し登っては 立ち止まって上を見上げる という体調が悪い時のパターンが出始め、 本日は空木岳ピストンへの変更 という選択肢も頭に浮かぶ。
この延々と続くと思われた登りも、 七合目を過ぎるとようやく傾斜が緩くなり、 仙人の泉に到着。 水の出はかなり細いが 疲れた身体には大変甘露であった。
しかし、仙人の泉からも登りが続く。 樹林帯が続き展望は全くと言って良い程なく、 我慢して登り続けるしかない。
ようやく八合目に登り着いて暫し休憩。 時間は 10時を回っており、 時間的にピストン登山の公算が強くなる。
八合目から暫く登ると、 ありがたいことに傾斜が緩み、 斜面を横切って進む道となる。 やがて 見晴台と書かれた 朽ちた標示板が道に置かれている場所を通過する。 ここからは樹林の切れ間から 御嶽が見えるらしいのだが、 この日は何も見えない。 また、前方左手に 麦草岳らしき山が見えたものの、 あっと言う間にガスに飲み込まれてしまう始末。 天気予報とは異なり、 快晴は全く期待できないようである。
やがて、 今度は見晴場と書かれた 立派な標識の立つ場所を通過する。 ここからは空木岳、南駒ヶ岳方面が見通せるものの、 逆光の上、 それぞれの山頂付近にはガスが掛かっており、 身体の不調さと相俟って テンションがグッと下がる。
一方、道の方はほぼ平らとなり楽になったので、 ペースが多少上がる。 やがて木曽義仲の力水に到着。 こちらはほぼ涸れていた。 この水場の前後から 樹林越しに空木岳方面がよく見えるようになる。 かつて木曽駒ヶ岳から縦走した時、 その急な角度にビックリさせられた 空木岳の斜面も見えている。 ただ、斜面の先にあるのは頂上ではなく第1ピークであり、 その右にあるはずの空木岳頂上付近は ガスの中である。
11時26分、 木曽殿山荘前に到着。

誰もいないかと思ったら、 2人 + 犬1匹の先客がおられた。 2人は会話中だったので、 挨拶を交わしただけで 小生はベンチの方に進み休憩に入ったのだが、 1人は外国の方で犬を連れている。 もしやヤマレコでその名を馳せている ? Hanameizanさんではないかと思い、 帰宅後、ヤマレコで確認したら やはりHanameizanさんであった。
この日の記録を読むと、 池山尾根を登って空木岳に至り、 そこから南駒ヶ岳を往復した後、 この木曽殿越に下り、 そこから東川岳、檜尾岳と進んで 檜尾尾根を下山されたとのこと。
イヤハヤ何ともスーパーな体力の持ち主である。 トレランをやる人は 我々とは身体の出来が違うようだ。
休憩中、 彼が木曽殿越から東川岳に登って行く姿を見たが、 確かに早い。 風邪を引いていた とのことだったが、 体調万全であったら さらに凄かったことであろう。 なお、もう1人の方は 伊奈川ダムの方へと下山していかれた。
余談であるが、 Hanameizanさんのヤマレコ記録に、 愛犬ハナとそのもう 1人の方が 戯れている写真が掲載されている。 その後方のベンチで ザックを空けようとしているのが小生である (かなり小さな姿だが)。 閑話休題。

11時36分に木曽殿越を出発。 雪の残る斜面を登る。
風が強く、 さらにガスが湧いてきて 周囲の景色はほとんど得られない。 先程まで見えていた東川岳の斜面も すでにガスに飲み込まれてしまっている。
ただ、 幸いにも 今登っている斜面にはガスがあまりかかっていないので、 先の方を確認しながら登っていける。 しかし、 この登りも本日の小生には大変キツイ。
ようやく登り着いた場所には 第1ピークと書かれた岩があったが、 先に述べたように ここは頂上ではなく まだまだ行程は続く。
大岩の間を進み、 あるいは大岩を乗り越え、 さらには鎖場を越えていく。
この空木岳は、 池山尾根から登った場合、 頂上まで優しい感じの斜面が続くが、 こちら側の道は 大きな岩に囲まれてまさにアルペンムード満点である。
初めてこの斜面を登った際 (桂小場−木曽駒ヶ岳−宝剣岳−熊沢岳− 空木岳−池山尾根を 1泊2日で縦走) に使用した地図の解説に、 『ビブラムを効かせて岩場を登る』 という表現があった記憶があるが、 まさにビブラムソールのフリクションを使って岩場を進む。
そして苦労の末、 12時51分、 お馴染みの空木岳頂上に到着。 頂上には誰もいない。
展望もほとんど無く、 南駒ヶ岳はガスの中である。 この時点で往路を戻ることを決定する。 時間的な問題 (本日のペースでは下山時、 山中で暗くなってしまう)、 体力的な問題 (南駒ヶ岳に登り返すのは辛い)、 そしてルートの問題 (南駒ヶ岳から伊奈川ダムへの下山路が分かりにくい。 ましてやガスの中である。) があり、 ピストンとした次第である。
なお、 今朝程林道で自転車にて小生を抜いていった方には、 この空木岳の斜面で擦れ違ったのだった。
到着時、展望はないと言ったが、 頂上付近を歩き回ると、 空木平方面がかなりよく見えるので驚いた。 直下にある駒峰ヒュッテに何人かいて 今日は宿泊するようであり、 風に乗って声も聞こえてくる。 空木平の紅葉は終わっているが、 それでもなかなかの光景である。

13時6分、下山開始。 往路を戻る。
空木岳の斜面を下る途中、 ガスが少し流れて東川岳、檜尾岳を見ることができたが、 こういうガスの中に山の一部が見えると、 山はなかなか荘厳な感じがする。
木曽殿越には 14時8分に戻り着く。 その手前で登山者とすれ違ったが、 時間を考えると この方も駒峰ヒュッテ泊であろうか。
木曽殿越からは少しペースを上げて下る。 しかし、八合目から下の斜面は本当に長い。 よくもまあ、体調の悪い中、 このような所を登ってきたものだ と感心する。
北沢を 15時56分に通過。 下り一辺倒ならまだ良いのだが、 この北沢からは登りとなるので、 これが辛い。 クタクタになりながら うさぎ平には 16時38分に戻り着く。
標柱の横にベンチがあるので、 そこで暫し休憩。 かなり暗くなってきているが、 ここからは林道歩きなので焦ることはない。
金沢土場を 16時56分に通過、 途中からドンドン暗くなってきたので、 ヘッドランプをザックから取り出す。 しかし、 林道は花崗岩を砕いたような白い砂地なので、 道が暗闇にボーッと白く浮き上がって 灯りを点けなくても進むことができる。
とは言え、 やはりこの長い林道を暗闇の中進むのはキツイ。 時々、右下の川、 そして林の中から ガサゴソと音がして驚かされる。
また、暗い中、 道路を横切ってつけられている 流水溝の格子蓋を踏んだ時など、 自分の立てた音にビクッとさせられる。 雲がなければ月明かりで明るいはずなのだが、 月は雲の後ろに隠れて ほとんど効力はない。
駐車場に戻り着いたのは 17時51分、 夏であればまだまだ明るい時間なのであるが、 さすがに 10月末になると 真っ暗である。
駐車場には朝方 10台ほどの車が駐まっていたが、 今は 5台程、 皆、山中泊であろうか。

それにしても、快晴と思っていたのに天候に裏切られ、 また自分の体調にも裏切られ、 本来の目的を果たせず残念な登山であった。
万全な体調で望まねば 登山は楽しめない とつくづく思った次第である。
このコースは いつか再チャレンジしたいものである。


代打が満塁ホームラン  2012.10 記

10月7日 (木曽駒ヶ岳:福島Bコース+木曽前岳+麦草岳) に引き続き、 10月13日にも山に行けるチャンスが巡ってきた。 しかも、この日は快晴のようで、 7日と違って かなり展望が期待できそうである。
しかしである、 当日 目を覚ますと 時刻は 2時30分を過ぎてしまっているではないか。 目覚ましを 1時過ぎに設定し、 設定時刻どおりにしっかり鳴ったにも拘わらず、 無意識のうちに 目覚ましを止めて寝続けてしまったようである。
普通に考えれば、 夜中の 2時半起床、 3時出発であるのならば、 まだ十分余裕があるはずであるが、 小生が今回狙っていた山域・コース (内緒である) はこの時間では少々苦しい。 従って、 当初の目的の山は諦め、 身支度をしながら代わりに登る山を考えた。
ただ、 起き抜けでボーッとしている頭では 考えられる範囲も高がしれており、 結局、安易ではあるが、 7日に登れなかった 茶臼山・行者岩・将棊頭山を加えて 再度 木曽駒ヶ岳にトライすることにしたのだった。
2週続けて同じ山に登るのは、 プチ吹雪で苦労し翌週も登った 1990年の大菩薩嶺以来のような気がする。 勿論、 7日はガスが多く展望をほとんど得られなかったので、 その分を今回の登山で補填したい とも考えてのことである。

3時過ぎに横浜の自宅を出発する。 見上げれば夜空に星が瞬いている。 こんな状況は久しぶりのような気がするし、 今日の山は期待できそうである。
国道16号線を進み、 何時もどおり八王子ICから中央高速道に乗る。 今回は途中の通行止めもなく 順調に進むことができ、 しかも岡谷JCTを過ぎると、 左手に南アルプス、 右手に中央アルプスが見えてきて テンションが上がる。
ただ、青空の範囲は広いものの、 朝日に赤く染まった雲も多いので、 ちょっと意外に思った次第。 雲一つ無い快晴とはいかない ようである。

伊那ICで高速道を下り、 ナビに従って国道361号線 (権兵衛街道) へと進む。
この道は何回通ったことであろう。 今年に入ってからも、 御嶽、乗鞍岳、 そして先週の木曽駒ヶ岳に続いて 4回目となる。
神谷入口にて国道19号線 (中山道) に合流。 左折して国道19号線を南下し、 原野を目指す。
さらに原野で左折して国道19号線を離れ、 別荘地、水産試験場を通って進んでいくと、 やがて木曽駒高原スキー場跡である。
先週と同じく、 ペンション アルパインの駐車場に車を駐める。 先週は 3連休の中日でもあり、 かなり車が駐まっていたのだが、 本日の駐車場は閑散としている。

身支度をして 6時18分に出発、 ゲレンデ跡を目指す。
前方を見れば、 麦草岳の稜線、 そしてそのずっと左には 将棊頭山から馬の背へ続くと思われる稜線も見える。 空は青空とはいかず薄曇りであるが、 山での展望は期待できそうである。
しかし、 それにしても寒い。 先週は雨上がりで気温も高かったのだが、 1週間しか経っていないのに 今の気温は 2度程である。 都会ではまだまだ気温が高い日が続いているが、 冬は確実に近づいてきているようだ。

やがて、茶臼山コース、福島Bコースとの分岐に到着。 先週は右の道を進んだのだったが、 本日は左の道を進む。 帰りは右の道から戻ってくるはずであり、 本日は天気が良さそうなので、 余程のことが無い限り 変更はないものと思われる。
暫し林道を進む。 やがて、鎖による簡易ゲートを通過し、 さらに沢登りコースの道を右に分ける。
暫く進むと、 正沢川を渡ることになる。 川の流れは早く、 渡渉は無理で、 そこに架けられている作業用吊り橋を渡ることになる。 この橋が大変怖い。 4枚の板が別々に一列に吊り下げられているのだが、 最初の 1枚を進む時が一番怖かった。 左右のワイヤーの位置が低く、 さらにブランコのように 大きく前後左右に揺れるのである。
腰をかがめながら進み、 2枚目の板に移る。 2枚目以降はワイヤーの位置も高くなり、 持つ手の位置も高くできるのでまだ助かる。 橋の高さはそれ程でもないものの、 下を水が勢いよく流れているので、 本当に肝が縮む思いであった。 この日最大の難所と言えよう。
考えると、 先週こちらのコースを使って下山していたら、 恐らく薄暗くなってこの橋を渡ることになり、 さらに恐怖が増したことであろう。 ガスのためピストン登山に切り換えたのは 怪我の功名だったようだ。

この難所をクリアしてしまえば、 後はひたすら登り続けるだけである。
最初は、 斜面の上から 一直線に下ってきているガラ場を ジグザグに何回も横切って高度を上げていく。 この辺は少々道が悪い。
その後は 福島Bコースと同じく 四合目の標識が現れる。 ここからは道は良く踏まれていて、 歩くのに問題はないが、 登り一辺倒なので辛い。
合目の標識は茶臼山までのようである。 また、合目の標識には、 次の合目まで要する時間が書かれている。 その時間を大幅に短縮したタイムで 次の合目に到達できるので、 元気が出てくる (そういうことまで計算して時間が書かれているのなら 大したものである)。
ただ、樹林帯の登りがずっと続くので 展望がなかなか得られずイライラさせられる。 時々振り返ると、 樹林の間から御嶽や乗鞍岳の一部が チラリと見えるのだが、 こういうスッキリしない状態は ストレスを呼ぶ。
やがて、 これも樹林越しであるが、 右手に麦草岳や木曽前岳、 木曽駒ヶ岳が見え始める。 本日、快晴とはいかないものの、 展望はすこぶる良い。

全体がハッキリと見渡せるのは、 八合目を過ぎて登り着いた小さな岩場。 進む方向を除き 周囲に樹木もないので、 かなりの展望が得られ、 先に述べた山の他、 北アルプスの笠ヶ岳、穂高連峰、 そして槍ヶ岳、大天井岳、常念岳などが良く見え、 テンションがグッと上がる。
この岩場で休憩しようかと思ったのだが、 意外に快調なのでそのまま先へと進む。
やがて九合目。 標識にはここから茶臼山まで 60分とあるが、 恐らく半分位の時間で着けると思うので、 ここでも休まずに進む。 しかしそうは言っても、 3時間以上登りっぱなしはやはりキツイ。 右前方には行者岩や将棊頭山、 そして右手には馬の背、木曽駒ヶ岳などが見えるので、 何とか頑張れる。
やがて道は ハイマツの中を割るようにして進むようになり、 9時51分、 三角点と祠のある茶臼山頂上に到着したのであった。
ここは 360度の大展望である。 周囲の山々を楽しみながら本日初の休憩、 そして食事とする。
ここから展望できる山としては、 御嶽、乗鞍岳、笠ヶ岳、穂高連峰、槍ヶ岳、 大天井岳、常念岳、 さらには八ヶ岳連峰、奥秩父。 そして さらに甲斐駒ヶ岳を初めとする 南アルプスが横に広がっており、 富士山も間ノ岳と塩見岳との間に ほんの少し頭を覗かせている。
また、 すぐ近くには行者岩、 そしてその後、将棊頭山、馬の背、木曽駒ヶ岳、 木曽前岳、麦草岳と続く。 素晴らしい眺めであり、 本日はここまでとしても良いくらいであるが、 向かい側に見える木曽駒ヶ岳には 何としても辿り着きたいところである。
しかしそれにしても寒い。 太陽は薄い雲に覆われているので 日差しが弱い一方、 風が冷たく、 汗びっしょりの背中が冷えて、 ジッとしているのが辛い。 展望はすばらしいものの、 あまりに寒いので、 10時9分、先へと進む。

一旦下って登り返せば行者岩。 過去に 2回桂小場から木曽駒ヶ岳に登ったが、 分水嶺に登り着いた途端に目に飛び込んでくるのは 御嶽とこの行者岩であり、 かなり気になる高みだったのである。
従って、 今日こうして行者岩をものにできたので 嬉しい限りである (但し下を通っただけだが)。
分水嶺を過ぎ、 西駒山荘を目指す。 前回 桂小場から登った時は、 このまま将棊頭山に直登したのだが (道もあり、テープもあった)、 地図を見ると 一旦 西駒山荘の横を通過して 天水岩の方から戻るようにして登るのが 正しいルートのようである。
西駒山荘前で本日初めて登山者と出会う。 左手の権現づるね方面から下りてきたので 権現山経由で登ってきたのかもしれない。
小屋横を通り過ぎ、 木曽駒ヶ岳の方へと進む。 途中で右手に将棊頭山への道が現れたので、 そちらに進む。 すぐに天水岩が現れる。 前回 この岩を見落としたため、 本当に 22年ぶりのご対面である。 今日も岩の上の丸い窪みに水が溜まっており (但し凍っている)、 その向こうに御嶽、木曽駒ヶ岳が見える。
将棊頭山には 11時13分に到着。 頂上には 4人程先客が居たがすぐに下山。 ここでも南アルプスを始めとする 周囲の景観を楽しむ。
ここから木曽駒ヶ岳を見るとかなり遠い。 かつて 馬の背を登りながら アップアップの状態になったことを思い出す。 しかし、ここから戻るよりは先に進む方が近く、 それならば進むことを選ぶべきである。

精神的には これからの行程を思うとやや萎えるが、 肉体的にはいたって快調。 聖職の碑を過ぎ、 快調な歩きが続く。
やがて、 濃ヶ池への分岐を過ぎ、 馬の背の登りが始まる。
左手には昨年登った伊那前岳の尾根が見え、 前方には宝剣岳、 そしてその左に空木岳、南駒ヶ岳も見えてくる。
周囲を見渡しても、 頂上に雲がかかっている山は皆無と言って良く (この頃になると、乗鞍岳に雲がかかり始めていたが)、 今日は それぞれの山の頂上で 喜びが溢れていることであろう。
越えていかねばならない高みは 2つ程あり、 それぞれ厳しそうである。

一方、ありがたいことに、 この頃になると 太陽を覆っていた薄雲は周囲に引っ込み、 青空をバックに 太陽がその本領を発揮し出す。 今までの寒さはとうにどこかに行ってしまい、 耳や首筋に暑さを感じる程である。
道の方は高度を上げ、 三ノ沢岳も見えてきて、 その見事な山容に心惹かれる。
遠いと思っていた木曽駒ヶ岳も 歩いてみると意外と近く、 手前のピークで少々ノドを潤した後、 快調に進んで 12時59分に頂上に到着したのだった。
頂上は先週程ではないにしても人が大勢おり、 この山の人気を物語っている。 ロープウェイを使える手頃さが良いのだろうが、 その陰で寂れつつある登山道も多いことであろう。
頂上からの景色は、 ここまで歩いてきた時に見えた光景の総集編 といった形なので目新しいものはなく、 晴天にも拘わらず 先週と同様頂上には 4分程いただけで すぐに玉の窪小屋を目指して下山する。

下山時、 先週と同じく目の先には 木曽前岳と麦草岳が見えたが、 その後方に御嶽があることを初めて知る。
先週は御嶽は雲の中であったことから、 これら 2つの山との位置づけが 全く分からなかったのだった。 やはり快晴の日に登るのが一番である。
玉の窪小屋下で少々休んだ後、 先週往復した道を一気に下る。 驚いたことに、 1週間しか経っていないにも拘わらず、 周囲の紅葉は終わり始めている。 美しかった麦草岳、牙岩の斜面の紅葉も、 今は茶色一色になりつつある。

八合目を過ぎ、 大きな岩が重なり合っている山姥も順調に通過、 七合目の避難小屋には 14時45分に到着したのだった。
さらに少し下って見晴台に登ってみれば、 最早 御嶽、乗鞍岳は雲に覆われている。 一方、七合目手前まで見ることができた木曽駒ヶ岳は、 最後までで雲一つ掛かることなく、 その素晴らしい姿を見せ続けてくれ、 大いに満足したのだった。
また、 今朝程その頂上に立った茶臼山、行者岩も、 谷を挟んだ向こう側正面によく見え、 よくもまあ グルッとまわってきたなあ と自分自身に感心してしまう。

先週は体調が悪い状態が続いていた中での登山だったため、 かなりへばりながらの下山であったが、 本日は身体も山に順応してきたのか、 それとも靴を替えたのが良かったのか (ソールのビブラムがあまり効かない靴から、 もう一つの靴に履き替えた)、 天候が良いのでテンションが上がっていたのか、 さらには道に慣れたのか、 こうした要素がうまく絡み合って 結構 早く下ることができ、 渡渉点には 16時5分に到着したのだった。
そして林道を下り、 駐車場に戻り着いたのは 16時27分。

この日の登山は 急遽 目的地を変えてのものであったが、 先週宿題となって残っていた 茶臼山、行者岩も登ることができ、 また終日天候に恵まれ、 ピンチヒッターが満塁ホームランを放った感じである。
また、 先週見ることができなかった景色を 余すことなく見ることができ、 新しい発見もある登山であった。
何度も言うようだが、 登山は快晴の下で行うのが一番で、 雨の日の登山もまた楽し などというのは 負け惜しみでしかない と思う。


穴場ルートを楽しむ  2012.10 記

10月6日から3連休であるが、 体調があまり芳しくないため 5日は休養日とし、 さらに 8日は法事があることから、 7日だけが山に行けることになった。
さて、行き先であるが、 こういう紅葉真っ盛りのハイシーズンには山選びに苦労する。 人が多い山は避けたいし (先日の乗鞍岳のように頂上まで行列ができる山など、 考えただけでも怖気立ってしまう)、 加えて 登山基地における駐車場確保も考慮しなければならない。
昨年の鹿島槍ヶ岳では 扇沢の駐車スペースを確保できず、 結局 大谷原に回って 赤岩尾根を登ることになったし、 数年前の仙丈ヶ岳登山においては 芦安での駐車場確保が厳しく、 結局 広河原行きのバスに乗れずに 帰宅せざるを得なかった (翌日再挑戦して登った) ことなど、 結構 トラウマになっているからである。
さらには、 まだ雪が積もらないうちに 3,000m級の山に登っておきたいところであるし、 当日の天候も考慮せねばならない 等々、 色々な要素が絡まるからである。

こうしたことを考えると、 人気の山を狙うのは大変厳しくなるのだが、 実はこの日のために穴場を見つけておいたのである。
登る山は木曽駒ヶ岳。 もともとロープウェイを使う気はなく、 何時も使う桂小場からのコースも 駐車スペースがそれ程広くないため、 余程早く行かないと確保は難しいと思われる。
こうした状況の中、 穴場というのは木曽福島側、 かつての木曽駒高原スキー場跡から登る 福島Bコースである。
木曽駒ヶ岳は大変人気のある山であるが、 恐らく大半の人がロープウェイ使用を中心に 伊奈側から登ると思われるので、 このコースを使う人は少ないはずであるし、 さらにはかつてスキー場だっただけに 多くの駐車スペースがあると聞いているからである。 さらには、 少し無理をすれば 木曽駒ヶ岳に登った後、 将棊頭山、茶臼山を経て戻ってこられるので、 味気ないピストン登山も回避でき、 まさに穴場という訳である。 幸い、当日の天気も晴れと出ている。

ということで、 7日は夜中の 2時過ぎに自宅を出発。
何時も通り八王子ICから中央高速道に入る。 ところがである、 中央道は前日に起きたトラック横転事故 (積載していたボンベ炎上、爆発) により、 諏訪IC−伊北IC間が通行止めとなっていたのである。
さらには、 出発時は上がっていた雨が 高速道に入ると再び降りだし、 しかも時折強く降ってくる。 こう困難が重なっては、 今日の山行は諦めるべきと思ったものの、 一応諏訪ICまで進んでみることにする。
すると、 道の方はナビが諏訪ICから伊北ICまでの下の道を しっかりと誘導してくれ、 スンナリ進むことができたのだった (知らなかったのだが、 最近のナビは高速が通行止めの場合、 自動的に新しいルートを探してくれるらしい。 車を最近買い換えたのだが、 前の車のナビにはそのような機能はなかった。)。
また、雨の方も諏訪ICを下りる頃には止んでくれたので、 晴れるとの天気予報を信じて 目的地まで行くことにする。
伊北ICから再び中央高速道に乗り、 隣の伊那ICにて下りる。 ここからは先日の乗鞍岳の時と同じく、 国道361号線(権兵衛街道)、 国道19号線(中山道)へと進む。
ナビに従って 原野にて左折、 ゴルフ場の横を通り、 やがて水産試験場の前を通過する (ナビにはこの水産試験場を入力しておいた)。 その後も舗装道を進むと、 やがてスキー場跡に到着。 確かにここには駐車スペースは沢山あり、 余裕で車を駐めることができる。

多くの人が車を駐めている ペンション アルパインの駐車場に車を駐め、 身支度をして 6時17分に出発。 ゲレンデ跡へと進む。
暫く進むと、 広いゲレンデが目の前に現れる。 ここにも車を駐車できるようで、 数台が駐まっている。
空の方は、 後方に青空が広がっているものの、 前方は雲が多く、ガスもかかっている。 麦草岳と思われる山の方は 稜線がよく見えているが、 馬の背・将棊頭山方面はガスの中である。 この後の天候の回復を祈るばかりである。
林道のような道を暫く進むと、 道が 2つに分かれる。 右が福島Bコース、左は茶臼山への道である。 当然右の道を進むが、 順調にいけば左の道から戻ってくることになるはずである。
初めはゲレンデに沿って進み、 やがてゲレンデと離れて樹林の中に入っていく。 道は上り勾配になっている上に、 直線が多い。 こういう道は苦手である。
鎖による簡易ゲートを過ぎ、 さらに登って行くと、 今までの草と砂利の混ざった状況から コンクリートの坂道に変わる。 そしてそこを登ると、 堰堤が 2つ現れ、 1つ目の堰堤を過ぎた所から 階段を下りて川を渡渉することになる。 川の水量は少ないので、 石伝いに簡単に渡ることができ、 渡り終えると山に取り付くことになる。

いきなり急登が始まる。
ジグザグに樹林帯の中を登って行くのだが、 途中、傾斜が緩やかな場所はあるものの、 総じて登り続けることになり、 ここのところ体調が芳しくなかった身にはかなり辛い。
道には何のアクセントもなく、 とにかくジグザグに登り続けていくのだが、 途中で四合目と書かれた標示板が現れた。
こういうものは励みにもなるが、 一方でディスカレッジさせるものにもなる。 今回は後者の方で、 四合目からかなり登って、 先の方に標示板が見えてきたので 五合目かと思ったら、 四合目半(力水) とあったので力が抜ける。 ここは合目の間の距離がかなり長い。
樹林の中の登りが続くので 展望はなかなか得られず、 見えたとしても左の山々はガスに覆われている。 それでも時折上空には青空が顔を出すので、 今後に期待を抱かせる。
六合目を過ぎて暫く登ると、 勾配は緩やかになり始め、 斜面を横切る道へと変わる。 暫く進むと岩場となり、 傍らに見晴台の文字が見える。 確かにここは樹林が切れており、 さらには岩に登れば展望がグッと広がる。 目の前には御嶽、 その右後方には乗鞍岳の姿が見えたのだったが、 残念ながらどちらの山も頂上が雲に覆われている。 恐らく、天気が良ければ 北アルプスの山々も見えたのであろうが、 この日は雲の中であった。

見晴台で小休止した後、 少し登っていくと七合目となり、 ここにはソーラーシステムを屋根に載せた 避難小屋がある。 少し中を覗いてみたが、 なかなかキレイであった。 外のトイレも夏用と冬用が完備しており、 もうこの時期、 冬用のみ使用可能であった。
ベンチに腰掛けて食事にする。 この頃になると日が差し始め、 今後の展開に希望を持たせてくれる。
小屋横からは道がいくつか分かれており、 右に進めば福島Aコース、 真ん中は麦草岳、 左が木曽駒ヶ岳である。 標識には麦草岳まで 0.8kmとあり、 少し食指が動くが、 今回は諦めることにして先に進む。

この七合目からの道は周囲の山々も見え始め (但し、ガスが覆っていることが多い)、 また紅葉も進んでおり、 さらには桟橋や岩場などもあってかなり楽しい。
傾斜もそれほどではなく、 さらには日が照ってきたので テンションも上がってきて足が進む。
やがて、七合目半となる山姥を通過。 周囲は大きな岩が重なり合った岩屋ができており、 まさに山姥が住んでいそうな場所である。 岩の隙間がつくり出した穴の中には 雪も残っていて驚かされる。 暑かった夏を耐えてきたということは、 万年雪の可能性さえあると思われる。
山姥を過ぎると、 周囲の紅葉がかなり進むようになる。 ハイマツの緑も混ざっており、 さらには岩の色も加わってなかなか美しい。
やがて八合目。 ここには水場があるらしいのだが、 見つからなかった。
八合目からは 少し勾配も急になり、 さらに進めば、 玉ノ窪カールの基部に到着。 周囲の紅葉が見事である。 目の前の木曽駒ヶ岳はガスの中であるものの、 麦草岳、牙岩の紅葉が美しい。
カールに入ると、 岩場をジグザグに登って行くようになる。 木曽前岳がなかなか見事である。

玉ノ窪山荘前には 10時56分に到着。 休まずに木曽駒ヶ岳を目指す。
残念ながら、 見上げてもガスのため、 頂上付近は見えない。
ガスの中を登り、 木曽駒ヶ岳山頂には 11時28分に到着。 登る途中、ガスが晴れて見えた 木曽前岳がなかなか見事であった。
多くの人で賑わう頂上だが、 やはり周囲をガスに囲まれてしまっていて、 全く展望を得られない。
ここで、この先どうするか暫し思案する。 このままガスの中を将棊頭山方面に進んでも 何の面白味もない訳で、 さらには将棊頭山には既に登っていることから、 急遽予定を変更することにする。
なかなか良い形を見せてくれている木曽前岳に登り、 先程ちょっと気になった麦草岳にも登って 往路を戻ることにしたのである。

頂上には 5分程居ただけですぐに下山開始。
途中、 ガスが流れて麦草岳、木曽前岳の姿がハッキリ見え、 その素晴らしさに コース変更は正解だったと確信する。
玉ノ窪山荘前で 8分程休憩。 しかし、何という皮肉であろう、 下山した途端にガスが流れ、 木曽駒ヶ岳、宝剣岳や三ノ沢岳が姿を現す。 これも山、タイミングを掴むのは難しい。
木曽前岳へは往復 25分程。 頂上らしきものが 2ヶ所 (それぞれ標識があった)、 どちらも確認した後、下山。 この頃になると、再びガスが湧きだし、 すぐ側の麦草岳もガスに飲まれつつある。
この木曽前岳から 直接 麦草岳に行ける道もあるようだが、 かなり荒れているようなので 往路を戻ることにする。

玉ノ窪山荘からは一気に下る。
先程登って来たばかりの道を順調に下っていくと、 またまた皮肉なことに 右手に茶臼山や行者岩がハッキリと見える。 あちらに進んでも、 しっかりと展望は得られたようだ。 それならば、 前回見落とした 天水岩を確認したかったところである。
七合目の避難小屋前には 13時36分に戻り着く。 ここから麦草岳往復である。

頂上まで 0.8kmという数値をどう捉えるべきかであるが、 小生としては やや舐めてしまったところがあり、 頂上まで 30分も掛かるまい と高を括っていたのだった。
しかし、一直線の急登にバテバテ。 ようやく頂上かと思うと、 さらに先に高みがあるといった状態が続き、 結局 頂上まで 51分もかかってしまったのだった。
かなり疲れたが、 それでも この頂上から展望が得られれば 元気も出てくるのだが、 周囲はガスに覆われ 展望は全く得られない。 足は疲れており、 頂上からさらに先の方に、 頂上よりも高い高みが見えたものの、 パスすることにする。
避難小屋前には 15時13分に戻り着く。 小屋には宿泊者がいるようで、 中から楽しそうな声が聞こえてくる。

この七合目から一気に下りたいところだが、 この下りは結構長い。 先程の麦草岳の無理が祟り、 疲れが出てペースが落ちる。 また滑りやすいため 2回程転倒。 散々であった。
それでも、 ほとんど休まずに下り続け、 渡渉点には 16時43分に到着。 続いて下り勾配の林道をユックリと下って、 駐車場には 17時12分に戻り着いたのだった。

それにしても疲れた。 このところ、 体調が悪かったことが 一番の原因であろう。 そして、翌日、 久々に足の筋肉痛を味わうことになった。
こうした状態であるから、 恐らく、木曽駒ヶ岳頂上から予定通り先へと進んでいたら、 さらに時間と体力を使うことになり、 日も落ちる中、 初めての道に苦しむことになったことであろう。
往復 + 木曽前岳・麦草岳 としたのは正解であった。 これはガスによる怪我の功名というべきか。

このコースは思った通り人も少なく、 静かな山旅が楽しめ、 さらには紅葉もなかなかのものがあり、 やはり穴場であった。
おまけに木曽前岳、麦草岳も登ったので、 天候はいまいち、 そしてバテてしまったものの、 充実感のある山行であった。
今度は茶臼山経由の道を登りたいものである。


満足の乗鞍岳登山  2012.9 記

乗鞍岳はずっと気になっている山である。
今年に入ってからも、 御嶽頂上から見たその姿は、 雪を多く残す北アルプスの精鋭達を後方に従えて 先頭に立つリーダーのような迫力があったし、 また奥穂高岳に登った際には、 御嶽から見た時とは全く違って、 伸びやかで優美な姿を見せてくれ、 小生を魅了し続けている。
無論、 そういう魅力的な山であるから 1999年にその頂上 (剣ヶ峰) に立ってはいるのだが、 3,000mを越すその堂々とした山容に対して、 あまりにも短い登山行程に、 登頂の喜びよりはむしろ 罪悪感を覚えたのであった。
その時は、 上高地から焼岳に登って中の湯温泉に下山し入浴。 その後、 釜トンネル前からバスに乗って畳平まで行き、 その日は肩の小屋に宿泊して 翌朝剣ヶ峰に立ったのであった。
しかし、 先に述べたように、 登山という観点から見ると、 この時の登山は距離、 登った標高差 (300m程) とも大変物足りないものであり、 加えて畳平から肩の小屋までは ガスで全く視界が利かず、 しかも車道のような道であったことで、 全く満足していないのである。
折角、 3,000mを越す標高、 雄大な裾野を持つ山でありながら、 僅かな部分しか触れることができなかったのは心残りであり、 一方で 乗鞍岳と対峙する御嶽の方は、 結構 その懐に飛び込んだ登山ができたと思っているので、 いつかこの山と真摯に向かい合いたいと、 ずっと思っていたのである。
せめてもの慰めは、 乗鞍岳頂上から下の乗鞍高原観光センタまで 歩いて下山したことである。 その時、 いつかこの逆コースを登ってみたいと思ったものの、 それから 13年、 未だその気になれないでいる。
というのは、 このコースは途中何回も車道を歩いたり、 横切ったりせねばならないからであり、 そして苦労して肩の小屋まで登ったとしても、 そこには畳平からの登山者に加え、 観光客に近い方もおられ、 ガッカリさせられるのが目に見えているからである。

そこで、 ここ数年考えていたのが 西側の乗鞍青屋登山道を登り、 千町ヶ原を越えて乗鞍岳に登るルートであるが、 こちらは距離が長く、 山中一泊は必至。 そうなると こちらもなかなか挑もうという気になれない。
こういうモヤモヤがずっと続いていたのだが、 先日ヤマレコを見ていたら、 乗鞍岳から 中洞権現(畳石原)経由で 中洞権現ノ尾根を下った登山記録が掲載されていたのである。
早速地図で調べてみると (2011年の山と高原社の地図)、 そのルートは破線で表示されており、 草木の刈り払いが為されていない可能性がある との記載がある。
確かに、 この中洞権現ノ尾根ルートをネットで検索すると、 藪こぎの記録がかなり出てくる。 しかし、先のヤマレコの記録では 森林限界より下は ササの刈り払いがしっかり為されていたとのことであり、 森林限界より上は ハイマツに苦労するものの テープは明瞭との記載がある。
もしそうであるのならば、 このコースを使って 乗鞍岳の日帰りが可能である訳で、 俄然乗り気になったのであった。
そして3連休の中日にあたる 9月16日、 早速トライすることにした次第である。

夜中の 2時過ぎに横浜の自宅を出発。
何時も通り八王子ICから中央高速道に入り、 ナビに従って伊那ICで下りる。 ナビには目的地として 南乗鞍オートキャンプ場を指定してある。
伊那ICからは、 権兵衛トンネルのある お馴染みの権兵衛街道 (国道361号線) に入り、 やがて中山道に合流して、 御嶽や南駒ヶ岳の時と同じように中山道を南下する。
中山道を暫く進んだ後、 木曽大橋の所で右折して開田高原を目指す (この道は同じく国道361号線だが、 こちらは木曾街道)。 開田高原を抜け、 かなり長いドライブの後、 高根乗鞍湖と野麦川の合流点に架かる 高嶺大橋を渡った所で道を右折する。 この道は野麦峠で有名な野麦街道である。
その後、 暫く先で ナビに従って左折してオートキャンプ場を目指す。 今は閑散としているオートキャンプ場を通過し、 さらに先に進む。 道はオートキャンプ場まで舗装道だったものの、 それ以降はかなり 凸凹がある未舗装の林道となる。 林道の延長工事をしているらしく、 平日は工事車両が通るので道は荒れ気味 というところであろうか。

やがてゲートに到着。
ゲート手前に橋があり、 その橋のたもとに小広いスペースがあるので そこに車を駐める。 但し、そのスペースは崖下にあり、 見上げれば 崩れたばかりのような生々しい土肌が露出している。
また、 斜面途中にはむき出しの岩も見え、 さらには崖下に大きな石がゴロゴロ落ちている。 少々心配になるが、 崩れてエネルギーを放出したばかりのようなので 当面は大丈夫のようである。
なお、ありがたいことに 駐車スペースには 1台先客がいた。 これでこのコースを 全く一人で挑戦するのではないことが分かりホッとする。
ところで、 もう一つ心配なのが、 近頃各山で聞かれる熊の出没である。 人が余り通らない道を進むのは、 この時期やはり怖く、 熊鈴を精一杯鳴らしながら進むしかない。

身支度をし、7時8分に出発。
ゲートを過ぎても暫く林道が続く。 林道には ナンバーが書かれた標識が 数百メートル毎に立てられており、 その NO4の標識の所で道が 2つに分かれる。
正規の林道 (ナンバー標識が立てられている方) は左だが、 付け焼き刃に事前に仕入れた知識では、 『間違えて左に進んでしまい、また戻って右に進み直した』 と書かれた登山記録があった記憶がある。
一方で、 『工事車両がドンドン追い越していった』 という別の登山記録も頭に残っており、 暫く考えた後、 正規の林道を進むことにする。
橋を渡り、 勾配のきつくなった道を進む。
標識 NO6を過ぎた辺りで、 少々心配になる。 というのは、 登山道は左側斜面を登るはずなのだが、 いつまで経っても斜面は右側、 左側は谷という状態が続くからである。
先程の分岐で右に進むべきだったのではないか との考えが頭を過ぎり、 暫し悩んだ後、 道を戻ることにする。
NO4の標識まで戻り、 右の道を進む。
こちらには工事車両の通った気配はないのだが、 周囲のササがキレイに刈り払われているので期待が持てる。 しかも、 木の上方には 旧くなってはいるものの 赤テープまで巻かれているではないか (これ1つだけだったが)。
しかしである、 15分程登って行くと道の先は草に覆われ、 とても登山道へと続く道とは思えなくなったのである。 やむなくこちらも引き返すことにする。
ここで地図を見ると、 道はしっかり川を横切って進んでいる。 初めから億劫がらずに地図を見れば、 何の問題もなかった訳で、 大いに反省。
間違えた道も上り勾配、 NO4に戻って 2回目の通行となる道も上り勾配。 肉体的には無論のこと、 精神的にもかなり疲れた。 さらにこのことで 40分位時間をロスしたことが痛い。 後でこれが響いてこなければ良いが・・・。
先程の NO6の標識を過ぎて暫く進むと、 前方の道端にピンクテープがヒラヒラしているのが見えてきた。 先程、もう少し進んでこれを発見していれば ロスは生じなかったのにと悔やまれる。
しかし、ピンクテープを過ぎてからも 一向に登山口は現れず、 標識は既に NO8となる。
事前に調べたところでは 登山口は林道終点にあるとの記録が多かったのだが、 最新情報では 林道の延長工事が為されているようで、 登山口を見落としてしまったのではないかと 不安になってくる。 しかし、NO8を過ぎて少し左にカーブした所で、 ようやく登山口の標識を見つけたのであった。 時間は8時19分、 もったいない時間ロスであった。
登山道の標識は道端の少し奥まった所にあり、 注意力が散漫だと見落としてしまう可能性もある。 川音が大きくなり、 川の流れが右前方に見えてきたら 左を見るようにすれば良い。

道はいきなりの急登。
振幅の小さなジグザグの急坂を登ることになる。 暫くすると傾斜が緩やかになるが、 また再び急登が始まるという感じである。 エネルギーを先程の道迷いでかなり使ってしまったので、 この急坂が結構堪える。
しかし、嬉しいことに高度が上がった分、 視界が少しずつ開けるようになり、 樹林越しに御嶽が大きく見えるようになってくる。 また 中央アルプスの山々も シルエットの状態で見ることができるようになり、 中央アルプスが左方に切れ落ちて終わる部分の後方には 甲斐駒ヶ岳らしき山の姿も見える。 少し元気が出る。
やがて 緩やかな傾斜の道が続くようになる。 どうやら尾根の一角に登り着いたようだが、 展望はほとんど無い。 この緩やかな登りがかなり長く続くのだが、 足下の方には変化が現れる。 水たまりや泥濘 (ぬかるみ) が現れるようになり、 干上がりつつある沢のような感じになるのである。
また、周囲にはササが多いものの、 ありがたいことにキレイに刈り払われている。

緩やかだった道も徐々に傾斜がきつくなる。 足下は沢のような状況が続き、 先程の状態に加え、 苔むした岩が頻繁に現れるようになる。 事前に読んだ登山記録の中には、 これに加えて 『両側のササが煩く登山道を覆い、 足下が見えない状態で苦労した』 というのもあった。 今回は足下が見えるので、 苔むした岩に足を滑らせることも、 また泥濘に足を取られることもなく、 問題なく登っていける。 手入れをしてくれた自治体 (恐らく高山市?) に感謝である。
先程の緩やかな道も長かったが、 この登りも結構長い。 休みたいが、適当な場所がなく、 黙々と登り続けるしかない。

やがて、苦労の甲斐あって周囲の樹相も変化を見せ始め、 遂には灌木帯へと変わる。
加えて傾斜も緩くなり始め、 もうすぐ森林限界かと思わせてくれるが、 結構 この灌木帯の登りも長い。
森林限界はまだかと思いつつ登って行くと、 やがて道は崖の縁を通るようになり、 右手の展望が開けてくる。 周囲の山々の他、 前方には緑一色のハイマツの斜面が見える。 もうすぐ森林限界である。
そして、9時56分、 大きな岩がゴロゴロした場所に飛び出し 樹林帯は終わったのだった。
前方を見上げれば、 緑の絨毯を敷き詰めたような斜面が広がり、 その所々にアクセントとなる 灰色の岩が点在している。 テンションがグッと上がる。
岩を越えていくと、 登山口以来の標識が現れる。 そしてその先には 緑のハイマツの中を割っている登山道が見える。 ここの登りもかなりきつそうである。

事前に得た情報により、 ハイマツの中を歩くのは苦労すると思ったのだが、 キチンと道ができていて全く問題ない。 ピンクテープも頻繁に付けられており、 余程ガスで視界が悪くならない限り 問題なく登っていける。
一箇所だけ 背丈程のハイマツの中をかき分けながら進む場所があったのだが、 下山時にはそのような所がなかったので、 道はいくつかあるようである。 下からは分かりにくいが、 上からは最適なルートが見つけやすい ということであろう。
迷路を辿るようにピンクテープ、 岩に付けられた印を追っていく。 傾斜は見た目程きつくなく、 展望が大きく開けているので気持ち良く登っていける。
振り返れば御嶽が大きく、 中央アルプスも見える。 しかし、御嶽には雲がかかり始めており、 また吹く風も強く結構冷たい。
やがて、 登って行く斜面の右前方に 乗鞍岳が有する山々のいくつかが見えてくる。 いずれも火山であることを示す、 岩の頂である。

中洞権現には 10時50分に到着。
石仏の横で休憩とする。 ここは千町ヶ原からの道との合流点であり、 そちらの方を見やれば、 遙か遠くに避難小屋らしき赤い屋根、 そして地塘が見える (実際は勘違いで、 子ノ原高原の無印良品南乗鞍キャンプ場であった)。
目の前には乗鞍岳の一部を為す 薬師岳・屏風岳が大きく、 所々火山特有の色をした岩が見える。
10分程休んで出発。 地図ではここから 1時間15分程で 剣ヶ峰に到着するはずである。
風が強く冷たいため、 雨具をウィンドブレーカ代わりに着込む。 尾根上のハイマツの中に作られた道を進んでいくのだが、 一部道が崩壊した箇所あったのだろうか、 新たにハイマツを切り開いて作られた道もある。
やがて道は一旦下り、 舟窪状の場所を横断する。 足下は溶岩砂礫、 そして草原に変わり、 さらにもう一度同じような場所を通過して登って行く。
ここには 100m毎に標識が立てられており、 安心して進んでいける。 難所と言えば、 大きなガレ場の横断がいくつかあること。 岩に印が付けられており、 向こう岸の目的地がしっかり見えれば全く問題ないが、 ガスの場合は難儀するかもしれない。 頼りは数多く積まれているケルン。

やがて、 高天ヶ原という饅頭型をした山を右下方に見ると、 左手には剣ヶ峰、 そして頂上にある乗鞍本宮の姿が ハッキリ見えてきた。 剣ヶ峰に到達するには、 今進んでいる大日岳の周囲をグルッと回り、 剣ヶ峰との鞍部まで達してから取り付く必要がある。
この鞍部までの道に、 またまたガレ場があるのだが、 ガスが出た場合、 特に下りの際に迷い易いと思われる。
鞍部に到達すると 権現池の姿が目に飛び込んでくる。 本来なら池の向こうに 笠ヶ岳などの山々が見えるのかもしれないが、 この頃になるとガスが湧いてきて 遠くの視界は全く得られない。

剣ヶ峰へは崩れやすい岩場の中を急登する。
忠実にペンキ印を辿っていくが、 所々で分かりにくい箇所がある。 暫く登り続けた後、 上を見上げて驚いた。 肩の小屋からの道には、 頂上まで人の列ができているのである。
岩場を登り切り、 行列の中に割り込ませてもらう。 頂上はすぐそこであるが、 列はなかなか進まない。 下を見れば列はかなり下まで続いている。イヤハヤ、 今までの静かな山旅が嘘のようである。
8分程並び、 ようやく頂上に到着。 時刻は 12時15分。
狭い頂上は人でごった返しており、 特に剣ヶ峰の標識付近は 記念写真待ちの人々で一杯である。
取り敢えず三角点を写真に納め、 頂上本宮を写してすぐに下山する。 ありがたい(?)ことに、 この時間、 ガスで周囲の視界が利かず、 北アルプスの山々は全く見えず仕舞い。 従って下山への踏ん切りがつきやすい。
下山路(一方通行)には向かわず、 本宮の横を周り、 登りの一方通行の列を横切って、 石積の場所から先程の合流点まで進む。 列をなす人達を尻目に、 皆が思っているのとは全く違う方向に下るという訳である。
従って、 下り始めた途端に、 この道はどこに行くのかとの質問を受ける。
見下ろせば、 縦走路にも結構ガスが上がってきているので少々心配になる。 鞍部を過ぎ、 剣ヶ峰を見上げると、 最早剣ヶ峰は完全にガスの中であった。 ただ、小生が歩いている場所のガスはそれ程濃くないので、 難なく進んでいける。 そして中洞権現には 13時10分に戻り着く。
途中、 いくつか石仏があるのに気がついた。 行きには全く気がつかなかったので、 気が急いていたのかもしれない。
中洞権現からはハイマツの絨毯の中をユックリ下る。 周囲には面白い形の岩や、 人工的に空けられたのでは と思われるような穴を有した岩が数多くあり、 興味深い。 また、下り斜面に入って下方を見ると、 ピンクテープが 2列ならんでいるように見える。 これはハイマツの中をジグザグに進むため、 要所に付けるテープが最低左右 2つ必要だからである。
森林限界には 13時46分に到着。 振り返れば、 緑の斜面はまだよく見えるものの、 剣ヶ峰方面はガスの中であった。

後は一気に下るのみ。
ほとんど休まずに下り、 登山口には 14時45分に戻り着く。 林道を黙々と歩き、 15時24分、駐車場に戻り着く。
なお、先に車を駐めていた人とは、 小生が大日岳の縁を進んでいる時に擦れ違っている。 剣ヶ峰直下まではその人に会っただけだったのだが、 肩の小屋からの道に合流した所での渋滞には参った。
しかし、 部分的とは言え、 それなりに乗鞍岳の良さを知り得た 今回のルートは大変満足行くものであった。
反省すべきは道迷いでロスした 40分。 それがなければ、 もしかしたら剣ヶ峰頂上でも展望を得られたのかもしれない。
ただ、一度登っている山なので、 頂上からの展望にあまり未練はない。 むしろ乗鞍岳の懐に飛び込むことができ、 それなりにアルバイトをして登った という充実感を得られたのが大変に嬉しい。 素晴らしいルートであった。

乗鞍岳を畳平から登って物足りなさを覚えた方、 そして足に自信がある方なら、 是非ともお勧めしたいルートである。 今なら道は良く整備されている (来年は分からない?)。


思わぬ儲けもののアサヨ峰  2012.9 記

小生の勤める会社では、 毎年お盆を中心にマルマル 1週間の夏休みが設定されている。
従って、 この休みを利用して毎回山に行っており、 昨年も赤石岳に登るなど、 登山にはありがたい期間になっている (実際は、赤石岳・荒川三山の縦走を試みたものの、 天候の悪さに 赤石岳だけのピストンに終わってしまったのだが・・・)。
そして、 今年の休みは 8月11日から 19日までの 9日間。 ただ、天気予報は前半があまり芳しくない。
尤も、 休み前半の遠出はお盆の帰省ラッシュに引っ掛かるため 避けるべきであるし、 さらにはこの時期、 オリンピックが終盤に差し掛かっているので 夜更かしが続くことになることが予想されることから、 山に行くのは 休み後半で丁度良いという訳である。
狙うは赤石岳・荒川三山、 昨年のリベンジである。

ところがである、 休み後半も天気は良くなるように思えず、 このままでは折角の休みも山に行けないままで終わってしまう というピンチに陥ったのであった。
毎日、 ヤキモキしながら天気予報をチェックしていたところ、 ありがたいことに 16日(木) は晴天になりそうな気配である。 しかし、その前後は天候が崩れそうなので、 結局計画していた 2泊3日の赤石岳・荒川三山縦走はあきらめることにしたのであった。

そうなると、 16日に日帰りできる山ということになるのだが、 当然この時期であれば アルプスに登りたいところである。 そこでさらに調べてみると、 晴れが望めそうなのは南アルプスのみ。 そのため、 南アルプスの未踏の山々を思い浮かべ、 最終的にアサヨ峰に登ることにしたのだった。
コースとしては、 当初、バスを乗り継いで北沢峠まで行き、 そこから栗沢山経由にてアサヨ峰に登った後、 早川尾根を進んで広河原峠から広河原に下る という計画を立てたのである。
しかし、 どうもこれでは登りがあっさりし過ぎていて物足りない。 加えて、 北沢峠に行くには 広河原にてバスを 30分程待たねばならず、 それがどうもイヤで、 広河原からすぐに登ることができる 逆コースをとることにしたのだった。
つまり、 広河原から広河原峠に登り、 そこから早川尾根を進んでアサヨ峰に至り、 後は栗沢山経由にて北沢峠に下るというものである。 ただ、このコース設定では 広河原から広河原峠まで 4時間弱、 さらには広河原峠からアサヨ峰まで 3時間超を要することになっているので、 北沢峠発の最終バスに間に合わせるためには かなりの早歩きが要求されることになる。
少々ギャンブルではあるものの、 自分の足を信じて決行することにした次第。

16日は夜中の 1時30分に起床し、2時前に横浜の自宅を出発。
この時期、 道路は帰省の Uターンモードに切り替わっており、 中央道下りは空いている。 甲斐昭和ICで高速道を下り、 国道20号線を甲府方面へと進む。 竜王立体手前から側道に入り、 県道20号線に合流、 後は芦安まで一本道である。
途中のコンビニで食料、水を購入したが、 奥穂高岳の時のように 食料売り切れ状態ではなかったのでホッとする。
芦安には 4時25分に到着。
早速身支度を調え、 乗り合いタクシーに乗る。 タクシーは 4台程が待機しており、 小生は 2番目の車であった。
出発は 5時10分とのことなので、 タクシー内で少し眠る。 出発直前、 徐々に明けてきた空を見上げると、 山の方はガスがかかっているではないか。 これにはガッカリしたが、 天気予報では昼近くまで曇り、 その後 晴天になるとのことだったので、 それに期待したいところである。

9人の乗客を乗せたタクシーは定刻に出発。
山道を登り、徐々に視界が開けてくると、 先程のガスも消え、 山々の後方には青空が広がっている。 さらにはタクシーの運転手さん曰く、 晴れ間が覗くのは 1週間ぶりくらいとのこと、 テンションが上がる。
広河原には6時に到着。
靴の紐を結び、 気を引き締めて 6時5分に出発。
途中、北沢峠に続く林道のゲート付近から 北岳がよく見え、 暫し足を止め 写真を撮りまくる。
北沢峠行きのバスを待つ人以外は、 全員が野呂川を渡って北岳へと向かう中、 小生一人だけそのまま林道を北沢峠方面へと進む。 白鳳峠への登り口を過ぎ、 さらに 5分程進むと、 広河原峠への登山口に到着。 時刻は 6時24分。

登山口から少し登ると、 雑草がかなり生えた ほぼ平らな道を暫く進むことになる。
登山道に雑草が生えているということは、 この道を利用する人が少ないという証だが、 道自体はテープがしっかりつけられているので迷うことはない。
やがて、 木橋を渡って沢の右岸に移る。 この時、橋の上で足を滑らせ、 尻餅をついてしまったのだった。 橋から落ちなくて幸いであったが、 しこたま尾てい骨を強打し、 2週間程お尻が痛い状態が続いたのだった。
足下が濡れていて滑り易かったこともあるのだが、 原因の大半は小生が履いている登山靴にある。 積雪時に使用することが多かったため ビブラムソールの劣化が早まったのか、 岩場で踏ん張りが利かなくなってきており、 先の奥穂高岳でも苦労したのであった。 アッパーの方もかなり痛んでいるので ソールの張り替えもままならず、 この夏でその役割を終えさせよう と思っていたところだったのだが、 そろそろ限界のようである。

堰堤を 2つ程越えると、 急斜面の登りが続くようになる。
振り返ると、 樹林越しに北岳、 そして青空が見える。 一方 こちら側は南西の斜面のため日が当たらずに暗く、 さらには上空には雲が多い。 登る山を間違えたと思いつつ、 ひたすら登り続ける。
身体の方は オリンピックの見過ぎで昼夜逆転状態が続き、 さらには その間 運動もほとんどしていなかったために かなり重く感じる。 時間との競争の中、 少々焦りがでる。
シラビソ林の斜面には 足下にコケや倒木が多く見られるが、 基本的に殺風景であるし、 おまけに距離が長く 展望が利かないので、 少々イライラさせられる。
それでも黙々と登って行くと、 やがて周囲にシラビソの幼木が目立ち始め、 さらには上方の木々の間に チラチラと空間が見え始める。 こんなに早く広河原峠に着くはずはない と思ったのだが、 何とありがたいことに 少し先でヒョイと広河原峠に飛び出したのだった。
ここからは八ヶ岳がよく見える。 時刻は 8時12分。 広河原から 2時間程で到達したことになり、 時間に余裕ができたのがありがたい。
峠で暫し休憩するも、 ここはあまり日が当たらず、 風が冷たくて寒いくらいである。 山の夏はもう終わりなのかもしれない。

峠は T字路になっており、 右に進めば白鳳峠を経て鳳凰三山、 そして左はアサヨ峰である。
5分程休憩した後、 左に進んで斜面を登る。 また辛い登りが続くのかと思ったら、 すぐにピークに到達し展望が開ける。 ハイマツが若干邪魔ではあるものの、 北岳、仙丈ヶ岳、アサヨ峰が見え、 テンションがグッと上がる。
その後再び樹林帯に入るが、 大きなアップダウンのない歩きやすい道が続き、 快調に進む。
やがて、 早川尾根小屋に到着。 時刻は 8時53分。
小屋に人の気配はなかったが、 よく見ると下方の水場で 管理人さんと思われる方が身体を拭いておられる。 朝の仕事が一段落したので 沐浴ということであろう。 そのまま小屋を通り過ぎ、 斜面を緩やかに登っていくと、 すぐに三角点が現れる。 早川尾根ノ頭である。 しかし、展望はあまりない。 それでもその手前で北岳や仙丈ヶ岳を見ることができる。

この頃になると、 今まで北岳のバックにあった青空は消えてしまい、 雲の多い状況に変わっている。 天気は下り坂に思われるが、 天気予報の通り午後に晴れることを願うばかりである。
道の方は暫く小さなアップダウンが続く。 そして高みに登り着くたびに展望が開け、 テンションが上がる。
振り返れば、 鳳凰三山地蔵岳のオベリスクが見え、 さらにはその右に富士山も姿を現している。 天候は雲が多くなってきているものの、 これだけの山々を見ることができたので 本日の登山は価値が高い。
そして甲斐駒ヶ岳もその真白き姿を見せ、 ますますテンションが上がる。

広河原峠以降は楽な道程が続いていたが、 ミヨシノ頭への登りはかなりキツイ。
手前の高みから一旦大きく下り、 そこから登り返すことになっており、 その登りが急なので 鈍った身体には応えるのである。
しかし、その見返りは素晴らしかった。 後のアサヨ峰に負けるとも劣らずの大展望が待っており、 さらにはこの頃になると、 上空を覆っていた雲がとれて青空が広がり始め、 強い日差しが降り注ぎだしたからである。 これぞ夏山である。
この頂上で暫し休憩。 時刻は 10時26分。
時間的にかなり余裕が生まれ、 北沢峠のバスに乗るのは楽勝のようである。 が、時刻表を見ると 13時5分の後は 15時30分の最終バスしかないではないか。 何と中途半端なダイヤであろう。 これでは 先程までとは逆で時間を潰しながら進むしかない。 10時50分にミヨシノ頭を出発。

ここからも大きく下って アサヨ峰に登り返すことになるのだが、 天候も良くなってテンションも上がっているので足が進む。
そして 11時28分にアサヨ峰に到着。
ここから望む甲斐駒は迫力十分である。 しかし、残念ながらこの頃になると ガスがかなり上がり始めている。
ところで、 迫力ある甲斐駒を間近に見続けながら登ることができたのは 嬉しい限りであるが、 その姿形には少々は違和感を覚える。 同じ早川尾根上にある高嶺から見た甲斐駒は 美しいピラミダルな姿をしている。 しかし、 この日の甲斐駒はアサヨ峰に近づくに連れて 徐々に平べったい富士山のような姿に変わっていくのである。 これが小生の好みではなく、 一番美しくない姿を見てしまった気がしたからである。

アサヨ峰には 1人先客がおられたが、 すぐに栗沢山に向かわれたので頂上独り占め状態。
周囲の景観を楽しみながら、 20分程休憩し、 11時48分、 岩場を伝って栗沢山へと向かう。
この栗沢山も素晴らしい展望であるが、 この頃にはかなりガスが上がってきており、 甲斐駒、鳳凰三山、富士山、北岳、塩見岳、仙丈ヶ岳等の山々も、 それぞれ いずれかの部分がガスに隠れてしまっている。
北沢峠のバスの時間までかなり余裕ができたため、 どうせ待ち時間が生じるなら ここで時間を潰した方が良いと、 この頂上でもかなり長居する。
ここには 先程アサヨ峰で出会った方が居られたので、 暫し話をする。 聞けば、 三百名山も残すところあと 30数山とのこと。 もうすぐ 70歳になられるとのことであったが、 お元気な方であった。

時間的に余裕があるので、 下山はその方と一緒にユックリと下る。
仙水峠は 以前 甲斐駒ヶ岳から下った時に通っているので、 今回は北沢峠へ直接下るコースを選ぶ。 話し好きのその方とおしゃべりをしながら 楽しく下ることができ、 さらにはユックリだったので 身体への負担も少ない楽な下山となった。
道は、 途中 ガスに囲まれ始めた仙丈ヶ岳の姿を見たのを最後に、 ひたすら展望の利かない樹林の中を下ることになるのだが、 こういう場合、 一人では自然と早足になって 身体への負坦が大きくなるところである。 それがセーブできたので良かったと思う。

改装中の北沢駒仙小屋を 14時40分に通過、 そこから林道をゆっくり登って 北沢峠には 14時55分に到着したのであった。
バスの切符を購入し、 2台目のバスにて広河原へと戻る。 思ったよりもバス待ちの人が少なくてラッキーであり、 広河原でも それ程待つことなく 乗り合いタクシーに乗ることができ、 スムーズに芦安に戻ることができたのだった。

アサヨ峰はいつか登りたいと思っていた山であるが、 一方で、 敢えてこの山だけを目指す程ではない とも思っていたのだった (甲斐駒などと合わせて登る山)。
しかし、 これは大変失礼な思い込みであった。 この混雑するシーズンに山中僅か 6人にしか会わず、 しかも広河原からミヨシノ頭までは 誰一人とも会わない静かな山旅を楽しむことができ、 加えて、 周囲の名だたる山々 (八ヶ岳、鳳凰三山、富士山、北岳、間ノ岳、塩見岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒等々) の眺めを楽しむことができ、 素晴らしい山であった。
ここは穴場のコースであり、 大変得をした気分になった山旅であった。
なお、結果論だが、 17日、18日は 雷雨などがあった由、 赤石岳・荒川三山縦走は取り止めにして正解だったようだ。


リベンジ成功 奥穂高岳  2012.8 記

またまた 2ヶ月近くもホームページの更新を滞らせてしまった。
亡くなった両親に関する諸手続が 色々あって忙しかっただとか、 梅雨でなかなか山に行けなかった とか言い訳はいくらでも思いつくのだが、 実際のところは 集中して何かを行うことが 些か億劫になっていたというのが 本当のところである。
しかし、 気がつくと既に梅雨は明け、 夏山シーズン真っ盛りになってしまっているではないか。 そして、 毎日の通勤で青い空、 沸き立つ雲を眺め、 そして熱い日差しを浴びて 汗をかきながら駅に向かって歩いていると、 さすがに山に行きたい気持ちが強くなってくる。
こういう気持ちは大事にしないと ストレスが溜まってしまうということで、 急遽 7月27日の金曜日に年休をとり、 山に行くことにした (とは言え、 この話自体ももう古新聞だが・・・)。
行き先は松本、高山方面の天候が良さそうだったので、 昨年 10月のリベンジを図るべく、 前穂高岳、奥穂高岳、北穂高岳とした次第 (無論、山中一泊)。

熱帯夜が続いて睡眠不足が続いている中、 木曜日の睡眠時間はさらに短く 2時間程。 眠い目をこすりつつ 夜中の 2時前に横浜の自宅を出発する。
何時も通り、国道16号線を進み、 八王子ICから中央高速道に入る。 道路は混んでおらず 快調に進むことができるが、 高速道の単調な運転に徐々に眠気が増し始める。 窓を全開にしても眠気は収まらないので これはまずいと、 八ヶ岳PAにて仮眠をとる。
20分程の仮眠ではあったものの、 多少スッキリし、 その後は順調に進む。
岡谷JCTから長野自動車道に入り、 ナビに従って松本ICで高速道を下りる。 上空は青空とはいかず、 北アルプスの山並みも雲に隠れて見えないが、 何となく良い天気になりそうな予感がする。
松本ICから目的地の沢渡へは一本道。 途中のコンビニで朝食、昼食、水などを買い込むが、 何と おにぎりなどはほぼ売り切れ状態。 山に向かう人達が大量に購入したのかもしれないと思い、 山での混雑、宿泊する穂高岳山荘の混み具合が心配になる。
沢渡大橋の第一駐車場に車を駐めたのは 5時31分。 急いで身支度をして、 既に待機していた 5時40分発上高地行きのバスに乗る。 バスは存外空いており、 今日が平日であることを再認識する。 この調子で山、 そして宿泊先も空いていて欲しいものである。

上高地にてトイレなどを済ませ、6時21分に出発。
やはり平日とは言え、 かなりの人がターミナル付近にたむろしている。 梓川沿いを進み、 河童橋を渡って岳沢登山口へと向かう。
この頃になると上空には青空が広がり、 昨年秋のリベンジが叶いそうで心が弾む。 梓川の向こうに見える焼岳の姿が素晴らしい。
6時39分に岳沢登山口に到着。 ここから樹林帯の登りとなる。 この登りは昨年の記憶通りである。
雪崩跡、風穴を過ぎ、 やがて岳沢のガレ場の縁に到着。 ガレ場を進むと青空の下、 周囲の山々がよく見えるようになる。
昨年は山の上部をガスが覆っており、 全くテンションが上がらなかったのだが、 今回は素晴らしい眺めに テンションは上がりっぱなし。 先の方には 西穂、奥穂、前穂の山並みが見え、 また振り返れば、 乗鞍岳、霞沢岳の姿も素晴らしい。 やはり山は晴天時に登るのが一番である。

岳沢小屋には 8時20分に到着。
前回は山を覆うガスに焦りが出て、 15分ほどここで休んで すぐに出発したのだったが、 今回は 晴天という余裕もあり、 テラスからの景色を楽しみ、 8時44分に出発する。
記憶にまだしっかり残っている道を登り、 長い鉄梯子を進み、 辿り着いた場所がカモシカ立場。 時刻は9時31分。
前回は岩に書かれた カモシカ立場の文字が、 途中から降り出した雪に覆われていて確認できず、 ここがカモシカ立場ということに確信が持てなかったのだが、 やはり間違いなかったようだ。
少し休憩した後、 先へと進む。 前回はかなり降り出した雪、 加えてガスで全く先が見えない状況に、 このカモシカ立場にて引き返したため、 ここからは未知の領域である。
道は徐々に険しくなり、 鉄梯子や鎖場が現れる。 上方に見える前穂高岳は そそり立つ壁のようである。
息が上がらないようにペースを守って登って行くが、 途中、前を行く人々が抜かせてくれるので 早く抜けようと急ぐこととなり、 ペースが乱れる。
次に登り着いた場所が岳沢パノラマ。 時刻は 10時3分。 やけに人が憩っているな と思いつつその場所を通り過ぎて見下ろすと、 下方の岩に岳沢パノラマの白い文字。 成る程、 目の前に広がる岳沢、乗鞍岳、焼岳、霞沢岳の光景は まさにパノラマである。
少し先の岩場で休憩。 西穂高岳、奥穂高岳がよく見える。 その後、岩屑の斜面をジグザグに登る。
周囲は徐々に緑よりも岩の方が目立つようになる。 急登ではあるが、 岩峰の先に雲が掛かりだしたのが気になって 足が結構進む。
小さな梯子を下り、 再び登って行くと、 目の前に紀美子平の標識が唐突に現れた。 あまり意識していなかったので、 意外にあっけない到着に少々拍子抜けである。 時刻は10時58分。
5分程休んだ後、 紀美子平に荷物を置き、 カメラとペットボトルだけを持って前穂高岳を往復する。 ここの登りも厳しいが難所という程ではない。 しかし、昨年、 もしカモシカ立場から先に進んでいたら、 雪が降り、 そして風が強く吹く中、 ここを登るのは厳しかったことであろう。 撤退は正解であったと思う。
前穂頂上には 11時30分に到着。 登っている間にドンドンとガスが湧き出し、 残念ながら槍ヶ岳方面は ガスに囲まれていてその姿は見えない。 と思ったら、 時々ガスが流れて槍ヶ岳の尖塔が姿を現す。 また、 奥穂高岳もその頂上付近はガスに囲まれてしまっており、 どうもスッキリしない。
ただ、 涸沢岳、北穂高岳はガスの中に時折見え、 明日進む道の険しさが十分に伝わってくる。 また、 常念岳、大天井岳方面はよく見えている。
前穂頂上に 20分程居た後、 紀美子平に 12時24分に戻り着く。 途中、 奥穂のガスがとれそうな気配だったので、 カメラを構えてかなり待ったが、 結局 頂上を見ることはできなかったのだった。
紀美子平で腹拵えを行った後、 12時35分に出発。 吊尾根を進む。
この道も険しいが、 道はしっかり整備されており、 全く問題ない。 しかし、岩場だけで木々は全くないことから、 昨秋のコンディション (雪と風) では、 この吊尾根を進むのも厳しかったに違いない。
吊尾根と言われるだけあって 最初は緩やかな道のアップダウンが続き、 足が進む。 しかし、奥穂高岳が近づくに連れ、 傾斜は厳しくなり息が上がり始める。 ただ、振り返ると前穂の姿が存外に素晴らしく、 そしてその右に見える明神岳へと続く山並みが どういう訳かマチュピチュを思い起こさせ、 その見事さが元気を与えてくれる。
厳しい登りをペンキ印に沿って黙々と登り、 長い鎖場を越えていくと、 ありがたいことに前方のガスが消え始め、 奥穂高岳の頂上らしき姿が見えてきた。 さらに近づいていくと 頂上の祠も確認できるではないか。 ゴールも近いと思い元気が出たのか、 最後はかなり足が進むようになり、 14時4分、 目出度く奥穂高岳頂上に到着したのだった。
残念ながら笠ヶ岳方面はガスで何も見えない。 そしてジャンダルムも 半分以上ガスに覆われている。 しかし、 前穂から明神岳へと続く尾根、 そして前穂から反対側の涸沢方面へと下る尾根は よく見えて素晴らしい。
また、北穂高岳へと続く尾根も ガスが流れる合間に時々姿を現し、 明日の行程も簡単ではないことを見せつけてくれる。
奥穂高岳頂上で 20分程過ごした後、 穂高岳山荘を目指して下る。 この道は崩れそうな岩場が続き、 混雑時のことを考えるとゾッとする。 幸い現時点ではほとんど人がいない。
鎖場、梯子などが続く道を慎重に下る。 下方には穂高岳山荘の赤い屋根が見え、 小屋前のテラスには多くの人が憩っている。 今日の宿泊がまたまた心配になる。 そして 14時53分、 穂高岳山荘に到着。
受付で宿泊を申し込むと、 一畳を 2人で使う (= 1つのふとんに 2人で寝る) ことになると言われ、 恐れていたことが起こってしまった と憂鬱になる。 しかし、ありがたいことに、 最終的には 1枚のふとんに 1人という状態が確保できたのだった。 同部屋に居た人達も 一同ホッとした様子であった。
隣の人のいびきには 多少悩まされはしたものの、 睡眠不足、疲れもあった上、 涼しいので結構眠ることができ、 翌日起きた時はかなりスッキリした状態であった。
小屋前のテラスからはご来光が望めたものの、 この日は雲が多く、 常念岳の右が黄色く輝いただけであった。
5時45分に小屋を出発。 いきなり涸沢岳への急登が始まる。 テント場の中を進み、 これまた岩ばかりの道を登る。 周囲はガスが流れ、 上空には青空は見えず、 今日はあまりコンディションが良くないようである。
それでも、 高度を上げると展望が開け、 ガスでぼんやりとしてはいるものの 笠ヶ岳も見ることができるようになる。
涸沢岳には 6時1分に到着。 槍ヶ岳方面はガスの中であったが、 時折 ガスが流れて槍の穂先が現れる。
5分ほど頂上で時間を過ごした後、 いよいよ北穂高岳に向かって足を進める。 鎖場、梯子の連続で緊張を強いられるが、 それ程難度が高いという道ではない。 しかし、最初はかなりの高さを下降することになるので、 気を抜くことができない。 逆方向からだと、 最後の涸沢岳への登りは大変厳しいように思われる。 まるで垂直の壁を登るように見えるからである。

緊張を強いられながらの道であるが、 ほとんど人が居ないので快調に進むことができる。 これで人が多かったら、 途中、渋滞するに違いない。
ガスが多く、 槍ヶ岳もチラリと見えただけ。 奥穂高岳、前穂高岳の方も ガスが多く絡んでいて 周囲の景色を楽しむことはできないが、 岩場の道は 難問を次々解いていくようでかなり楽しめる。
やがて 道は鞍部から北穂高岳への登りにかかる。 見上げれば岩峰に 白いペンキ印が点々と続く。 まあ、かなり厳しそうだが、 ガスで周囲が良く見えない分、 登りに集中できるというものである。
岩場をよじ登り、 鎖場を慎重に進み、 岩場を乗り越えると、 ついに北穂高岳手前の鞍部 = 涸沢への分岐点に到着。 時刻は 7時21分。 涸沢岳からの道は難路ではあったが、 以外とスンナリ通過することができたのだった。
雪渓を横断し、 少し登れば北穂高岳の山頂。 到着時刻は 7時27分。 頂上はガスに囲まれ、 視界は全く利かない。 すぐ先には 北穂高小屋の赤い屋根が見えたが、 ここは立ち寄らずにそのまま戻ることにする。 時刻は 7時35分。
先程の分岐まで戻り、ここから涸沢へと下る。
涸沢岳 〜 北穂高岳の難所を越えて、 仕事が終わった気になっているので、 ここの下りは結構辛い。 下方に涸沢のテント場がよく見えるが、 なかなか距離が縮まらずイライラさせられる。 また、登ってくる人がかなり多く、 何回も待たされるのが辛いところである。
なお、 下るに連れ 徐々に上空に青空が広がりだしたのは皮肉であるが、 これも山、 致し方ないところである。
テントの花が咲く涸沢に到着したのは 9時1分。 少し休憩して涸沢ヒュッテ横から下山する。
自分としては パノラマコースを下山しているつもりだったのだが、 途中で横尾へのコースを 下山していることに気がついた。 こちらの方が安全なので そのまま進むことにする。
道は緩やか。 多くの人々が登ってくる。 振り返れば 前穂から北穂へと続く峰々の後方に青空が広がり、 日差しも強く当たるようになっている。 タイミングとは難しいものである。
本谷橋を渡り、 横尾には 10時51分に到着。 自動販売機でポカリスエットを購入し、 一気飲みする。 ここからはもう散策道。 多くの人とすれ違い、多くの人を追い抜く。 しかし距離が長い。
徳沢には 11時36分に到着。 自動販売機を期待したが、 見当たらなかったのでそのまま通過する。 長い道を早足で歩き、 昨年登った霞沢岳への分岐を 12時9分に通過。 その後、 明神館にてポカリスエットを 2本購入し、 少々休憩する。 後はお馴染みの道を進んで、 12時57分に上高地に戻り着いたのだった。

山登りの後の長い林道歩きと言えば、 最近の安平路山や国師ヶ岳、 そしてかつて登った鋸岳などを思い出すが、 それにしても横尾、徳沢、上高地の距離は長い。
このコースを通って 奥穂高、北穂高に挑むというのは 小生の性格には向いていない。 しかし、こちらから進めば、 明神岳に始まり、 素晴らしい山々が少しずつ見え始め、 最終的に涸沢の雪渓と 穂高連峰の山並みとご対面でき、 その自然のなせる演出は素晴らしいものがある。
岳沢からのコースとどちらが良いかは 何とも言えないところだが、 小生としてはすぐに山に取り付ける 重太郎新道 (岳沢−前穂−奥穂) の方が好みである。

ということで、 天候に少し難点はあったものの、 何とか昨年のリベンジを果たすことができ、 大満足の 2日間であった。 さて、次はどこへ行こうか。


待望の安平路山  2012.6 記

5月27日以来の まさに 1ヶ月ぶりの更新である。
実は私事で恐縮だが、 3月の母親の他界に引き続き、 この6月に 父親も後を追うようにして亡くなってしまい、 その前後、 とても山に行ける状態ではなかったのである。
ましてや、 ホームページの更新など 手がつけられる訳も無く、 結局 本日 ようやく 1ヶ月以上前に登った 御嶽の登山記録をアップするという為体である。
しかし、 こうして急に両親を相次いで亡くしてしまうと、 もっと親孝行すればよかった との後悔しきり。 もう後の祭りである。
そして、 今までほとんど知識の無かった 高齢化社会の問題点に直面し、 さらにはそれに関わる色々な制度の矛盾も知り、 大変 勉強にもなった。
両親とも 頭がクリアなまま死を迎え、 さらには残された我々に ほとんど手を掛けさせることの無い 見事な死の迎え方であった。 小生も 自分の最後はかくありたい と思った次第である。

と、冒頭で暗い話になって申し訳なかったが、 ようやく少し落ち着いてきたこの 23日の土曜日、 山に行けるチャンスが巡ってきた。
天気予報を調べると、 いつもチェックしている 長野県の大桑村、 そして飯田市の天気予報は 一日中 晴れマークが並んでいる。 これは昨年の 11月に登ろうとして、 前夜に路面凍結情報を得たため断念した 安平路山に登る機会を狙っていたためであるが、 これはもう絶好のチャンスである。

ということで、 23日の土曜日は 2時50分に横浜の自宅を出発。
空を見上げれば満天の星 と言いたいところだが、 空はどんよりと曇っている。 飯田市の方は 予報通り晴れに違いないと思いつつ、 いつも通り国道16号線を進んで 八王子ICから中央高速道に入る。
しかし、 いつまで経っても曇り空が続き、 北岳や鳳凰山、甲斐駒ヶ岳といった山々も その姿を見ることができない。 八ヶ岳だけはそのシルエットが ハッキリと見えていたものの、 どうも天候は快晴とは行かないようである。
途中、 余りにも眠くなって 諏訪湖SAで 20分程仮眠。 その後、 岡谷JCTを過ぎると 少し青空が見えたものの、 飯田ICを下りる頃には 青空は無くなり、 曇り空が広がった状態であった。
飯田ICからは 国道153号線に入り、 すぐに飯田インター西で右折して 三州街道に入って飯田市街へと向かう。 やがて、 知久町二・三丁目の交差点を左折し、 大平街道に入る。 後は当分道なりである。 /P>

この大平街道は伊那谷と中山道の妻籠宿を結ぶ道路で、 できたら徒歩で歩いてみたい と思わせるような なかなか趣のある道路である。
山道が続き、道幅は狭く、 対向車に注意が必要ではあるものの、 交通量は少ないのか、 往きも帰りも 擦れ違った車は数台であった。
道の脇には 石仏もあり、 また途中 猿の群れに出くわすなど、 昔の街道の面影を残す なかなか楽しい道である。
やがて飯田峠を越え、 下り道に入ると、 暫くしてようやく民家 (無人) が現れる。 大平宿である。
摺古木山・安平路山への道は その最初に現れた民家から 100m程進んだ所にあり、 明瞭な標示板があるので 迷うことはない。

標示板に従って右折し、林の中を進む。
暫くは舗装道であるが、 やがて未舗装道路に変わり、 『 落石注意 』 の看板が現れる。
小生の車は AWD (4WD) なので、 そのまま未舗装道を進むことは可能だったのだが、 父の死など色々なことがあって 少し身体を虐めたい (身体に負荷をかけたい) という気持ちが強かったため、 その看板手前の空き地に車を駐める。 時刻は 7時20分。
無論、ヤマレコなどで下調べ済みであり、 ここから 2時間弱の林道歩きは 覚悟の上である。
林道は 途中 大きな岩 2つが道の真ん中に転がってはいたものの、 総じて 言われている程 悪路という気はせず、 確かに 車高の高い車なら 全く問題ない道である。
但し、 崩れかけた砂状の斜面途中に 大岩が転がっている箇所がいくつもあり、 大雨が降れば 道の様相は一変する危険性は 十分に考えられる。
摺古木自然園休憩舎に着いたのが 8時54分。 1時間30分程の林道歩きであったが、 1ヶ月以上も山歩きをしていない身にとっては 良い準備運動である。
休憩舎の先から山道が始まる。 最初は急登が続くが、 すぐに緩やかな道となり、 展望もそれなりに開けてくる。 近くにはササ原の斜面を持つ なかなか魅力的なアザミ岳が見え、 さらには南の方に恵那山も見える。
上空に相変わらず青空は見えないものの、 薄日が射す。 本日はこのままの状態が続きそうである。

ササの斜面を進む。
道は緩やかであり気持ち良く登って行ける。 また水場が豊富にあるので これは大変助かる。
但し、 この摺古木山、安平路山を登るのに 真夏ではきついであろう。 秋、そして今の時期が良いと思われるが、 一つ難敵が待っていた (後述の虫たち)。
やがて、 大きな岩が重なる横を進む。 道には木の梯子がつけられている。 その大岩の隙間を覗くと 中に雪 (というより氷) が残っていた。 ここが養蚕の種を保存するために 天然の冷蔵庫として使われていた と言われる場所であろうか。
9時40分、 摺古木山への直登コースと、 周遊コースの分岐に到着。 本日の目的地は 安平路山なので 無論 直登コースを選択する。
直登と言っても 急登という訳ではなく、 時々恵那山を眺めながら 楽しく登って行くことができ、 息が切れたりするようなコースでは無い。
やがて 傾斜が無くなってきたかと思うと、 周辺に赤やピンクの花をつけた 石楠花の群落が現れ始める。 まだ盛りとは言えないが、 最盛期にはさぞかし見応えがあろう。
そして、 石楠花の花を写真に撮ろうと 少し道を外れると、 石楠花の向こうに 空木岳、南駒ヶ岳、仙涯嶺といった山々が 見えてきたのであった。 快晴とは言えないので、 展望はあまり期待していなかったのだが、 これは嬉しい限りである。
更には、 暫く平坦な道を進むと、 今度は樹林の向こうに御嶽もその姿を現す。 1ヶ月前に登ったばかりの山なので、 御嶽が見えた喜びは格別である。
道は少し下り、 また登り返していくと、 やがて小広い頂上に飛び出した。 摺古木山である。 時刻は 10時12分。
ここからの展望は素晴らしく、 御嶽が北西に見え、 御嶽の左には白山、 そして御嶽の右には 乗鞍岳、 そして穂高連峰も見える。 少し霞み気味なのが残念だが、 この梅雨の時季、 これだけの展望を得られれば 文句は言えまい。

この摺古木山頂上で 15分程休憩。
素晴らしい景色を眺めながら 楽しく食事と行きたかったところであるが、 コバエ、羽虫が煩い。 そう言えば、 同じ中央アルプスの 経ヶ岳に登った時も同様だった と思いつつ、 纏わり付く虫たちに辟易しながら食事をする。
この虫たちは この後も 煩く付き纏い、 安平路山まで邪魔し通しであった。 しかも、 コバエと思っていた中に ブヨ (ブユ) も居たらしく、 帰宅後 鏡を見たら 顔をかなり刺されていたのであった。 こんなことは初めての経験である。
摺古木山から下り始めると、 前方に 白ビソ山らしき山が見える。 かなり遠い感じであるし、 そこに至るまで アップダウンもありそうである。 しかも 白ビソ山は目的地では無く、 目的の安平路山はさらに奥なのである。
摺古木山までは明瞭だった道も、 摺古木山を過ぎてからは ササが煩く少々分かりづらくなる。 ササの高さは 高い所で胸くらい。 まあ、皇海山の帰りに 六林班峠経由の道で もっと背の高いササの海を泳いだり、 南ア 不動岳の登りにおける ササの斜面で鍛えているので さして気にならない。
ピンクテープがしっかり付けられているし、 またササの中につけられた道は それなりに分かるものである。
白ビソ山は 11時26分に通過。 標識がなければ 頂上とは気づかないような場所である。
不思議なことに、 この白ビソ山を過ぎると、 道がかなり明瞭になる。 踏み跡がしっかりあり、 迷うことや ササの海に苦労することもない。
やがて、 下り斜面の先に赤い屋根の小屋が見えてきた。 安平路避難小屋である。 そして、その後方には安平路山も見える。
この下り斜面も展望が良く、 御嶽や乗鞍岳、 穂高連峰、中央アルプスがよく見える。
小屋前には 11時58分に到着。 ここでご夫婦の登山者と擦れ違う。
小屋では休まずに先を目指す。 ここからはまたまたササが煩くなる。
テープを着実に辿り、 ササの海を進むと、 やがて安平路山への登りとなる。
涸れ沢のような道を登ったり、 ササの多い中を進んだりと 変化に富んだ登りが続く。
高度が上がった分、 展望も開け、 御嶽の姿がよく見える。

そして、 12時36分、 安平路山頂上に到着。
狭い頂上には 先達が 2人おられた。
この頂上は狭い上に、 展望も全くと言って良い程無い。 しかも、コバエやブヨが 攻撃を仕掛けてくるので 頂上には 8分程居ただけで、 すぐに引き返す。
復路はササの海も快調に進み、 全く迷うことなく 摺古木山まで戻って来られたのだった。 時刻は 14時36分。
しかし、白ビソ山から摺古木山までのアップダウンは かなり厳しかった。 久々の登山であるし、 さらに林道歩きもあったことから、 体力がちょっとついて行けない という感じであった。 この感じは 奥茶臼山からの下山や、 塩見岳から三伏峠への下山時と同じ感覚である。
摺古木山で暫し休憩。 しかし、やはり虫たちが顔や手足に纏わり付き ユックリ休むことができない。 それでも 9分程頂上で休憩し、 下山開始。
登りは直登コースだったので、 帰りは周遊コースをとるべきであったが、 最早 この時間では展望も期待できず、 さらに遠回りするのがイヤで 往路と同じ直登コースをとることにする。
この摺古木山からは下り一辺倒なので 楽勝。 疲れてはいたものの かなりスピードを出すことができ、 15時30分に休憩舎に戻り着くことができたのだった。

が、 これで終わりでは無い。 長い林道歩きが待っている。 結局 車を駐めた所に戻り着いたのは 16時39分。
林道歩きの途中、 安平路山頂上に居られた 2人組から、 車に乗りませんか という 有り難い申し出を戴いたのだが、 ここまで来たら最後まで歩きたい とお断りをしてしまった。
乗せてくれるとは思っていなかったので、 断る言葉しか出ず、 御礼を申し上げなかったのが 悔やまれる。

安平路山は休憩舎まで車で来てしまえば、さほど厳しい山では無い。
途中のササの海が 煩わしくもあるが、 結構 それが楽しくもある。
しかし、 山としては 展望のある摺古木山の方が 魅力的であった。 安平路山は 玄人受けする山と言えるのかもしれない。
まあ、二年越しの目的を果たせ、 また御嶽や中央アルプス、 北アルプスを見ることもでき、 これ以上の贅沢は言えまい (なお、南アルプスはかなり霞んでいた)。


スノーシュー デビュー  2012.7 記

4月28日に登った国師ヶ岳の登山記録にて触れたように、 川上牧丘林道後半部の残雪多き道をワカンで登ったところ、 何回も雪を踏み抜いてしまい苦労したのだった。 そして下山時においては、 暖かい陽気でなお一層緩んだ雪に、 往路よりもさらに数多く踏み抜きを起こし、 かなり難儀したのだった。
それに対し、 同じ雪の上に残るスノーシューの跡は ほとんど踏み抜きがなく、 その威力に驚嘆。 スノーシューの購入を衝動的に決めてしまった次第である。
シーズンもオフであり、 販売している店がなかなか見つからない中、 ようやくネットで在庫のある店を見つけて 注文したところ、 5月9日に手元に届いた。 当初は 5月15日頃に届くと聞いていたので、 今シーズンの使用は難しいと思っていたところ、 1週間も早く着いたので俄然使ってみたくなる。
モノは Atlasの 1230。 自分の体重、担ぐ荷物、靴、 そして首から掛けるカメラの重さなどを考慮して、 68〜113kgまでの重さに耐えられるものをチョイスした結果である。
ただ、届いた商品を見て驚いた。 かなり大きいのである。 勿論、76.2cmという サイズを認識してはいたものの、 実物を見て 予想以上に大きいので 使いこなせるか少々心配になってしまったのである。
まあとにかくトライあるのみと、 早速、その週末に試してみることにする。
天気予報を見ると、 5月13日の日曜日の方は かなり天候が良さそうだったため、 その日にトライできる山を探す。
しかし、雪の残る山も少なくなっている中、 なかなか適当な山が見つからない。 まず頭に浮かんだのが会津駒ヶ岳であるが、 天気予報では 檜枝岐村はかなり雲が多いようなので断念。 ヤマレコなどを見ながら候補地を探しまくったあげく、 最終的に決定したのが御嶽である。
田ノ原から王滝頂上、 そして剣ヶ峰を目指すルートは、 まだ残雪も豊富なようで、 山スキーの人達も多く詰め掛けているようであり、 しかも田ノ原は標高 2,000mを超えた場所にあることから、 3,000m峰へのトライと言っても それ程きつくないはずである。
早速、 ザックの背にスノーシューを括り付けるなど準備を始める。 当然、10本爪アイゼンも携行。 先般の白馬岳遭難事故のように、 山では何が起こるか分からないので、 冬用のパーカー、手袋も持参する。

当日は 2時50分に横浜の自宅を出発。
何時も通り、国道16号線を進み、 八王子ICから中央高速道に入る。
この日は朝方気温が低かったこともあって、 高速道では周辺の山々が霞まずによく見える。 まずは、日影トンネルを抜けると、 北岳を始めとする南アルプスの山々が白く輝き、 その後暫くすると鳳凰山、 甲斐駒ヶ岳が左手に、 そして八ヶ岳が前方&右手に見えてくる。
また、 岡谷JCT手前でチラリと 北アルプスと思しき白き峰々が見えた後、 岡谷JCTから名古屋方面へと進むと、 将棊頭山を始めとする中央アルプス、 そして再び南アルプスが見えてくる。
これらの山を見て気分が高揚する中、 伊那ICで高速道を下りる。 その後はナビに従って、 権兵衛峠道路 (国道361号線) に入り、 権兵衛トンネルを始めとして いくつかのトンネルを通過して山道を進む。
やがて中山道にぶつかるので、 左折して福島宿を目指す。 このルートは南駒ヶ岳や (中ノ湯からの) 御嶽に登った際に通っているので、 もう勝手知った道になりつつある。
中山道を南下し、 ナビに従って元橋という所で右折、 王滝村へと進む。
かなり進んだ所で三叉路となるが、 右はロープウェイへと通ずる道で、 中ノ湯から御嶽に登った際に通っている。 今日は田ノ原へと向かうので左折する。
王滝村役場前を通り、 道は御嶽への登りに入っていくが、 これがかなりの距離であり、 御嶽の懐の深さに驚かされる (この道は2度目であるものの、やはり驚かされた)。
また、道の周囲には信仰の山であることを示す石碑が数多く見られる。

やがて、 先の方に御嶽の山頂部分が姿を現す。 周囲の緑芽吹く山の向こうに、 まだかなり雪が残って白く輝く御嶽はやはり気高く、 その姿に惹き付けられる。
ただ御嶽山頂が見えても、 まだまだ先は長い。 本当に広い裾野である。
ドンドン高度を上げ、 スキー場を横切って道は進む。 そして、7時16分、 ようやく田の原の駐車場に到着。 目の前には御嶽山頂部がデーンと構えている。

身支度をして 7時25分に駐車場を出発。 登山口の石の鳥居下にはまだ雪が多くあり、 その後方には御嶽の姿が大きい。
最初から雪道となるが、 登山靴のままで全く問題はない。 樹林帯の中にほぼ一直線に付けられた道を進む。
雪は多くの人が踏んでいるためか良く締まっており、 踏み抜きは全くない。
やがて周囲はシラビソからダケカンバに変わり、 斜面が少し急になってくる。 ダケカンバの中を暫く登れば、 周囲に高い木は全く見られなくなり、 目の前には雪の登り斜面が広がっている。 その先には青い空。 そして雪に埋もれたハイマツが所々に顔を出している。
暫く雪の斜面を登ったところで、 そろそろスノーシューを試す時期と思い、 岩が露出していた所でスノーシューを装着する。
装着はアイゼンなどよりもかなり簡単で、 2工程ほどで装着完了である。
かかとが当たる部分に付いている ヒールリフトバーを上げ、 斜面を登る際に足首の角度が楽になるようにして進む。
さて、初めてのスノーシューだが、 大きすぎて手 (足) に余るかと思ったものの それは全くの杞憂。 快調に登っていける。
周囲には山スキーヤーが同じく斜面を登っているが、 小生の方はほぼ直登であるのに対し、 スキーを履いた方々は 斜面をジグザグに登って行かざるをえず、 ドンドン差をつけることができる (尤も、下りの時はアッという間に追い抜かれてしまったが・・・)。
右手の方を見ると、 岩場に祠のようなものが見える。 恐らく夏道なのだろう。 こちらは完全に冬道の直登である。
高度を上げて暫し振り返ると、 かなりの急斜面を登ってきたことが分かり足がすくむ。 滑落したら下まで転げ落ちるのは間違いなく、 少々緊張が走る。
なお、ピンチは1回。 小さなコブをまっすぐ越えようとしたところ、 少々傾斜がきつくて右足が滑ってしまい、 慌てて立て直しを図ったものの、 そのまま 1.5m程滑り落ちてしまったのだった。
ヒヤリとしたが、 足を踏ん張って何とか滑落を免れる。 あまり調子に乗らないことが肝要のようだ。

やがて雪の斜面の先に鉄筋のホテルのように見える王滝小屋が見えてきた。 しかし、なかなか辿り着かない。 少し休んで振り返れば、 背後にずっと見えていた中央アルプスの さらに後方に南アルプスも現れ出し、 また富士山も見えてきたのだった。
そして王滝頂上には 10時に到着。 ここは風が強い。
王滝頂上の祠の後方には目指す剣ヶ峰が見えているが、 こちらはかなり夏道が露出しており、 スノーシューは無論のこと、 アイゼンも不要のようである。 スノーシューを外して、 暫し王滝頂上で大休止。
中央アルプス、その後方の南アルプス、 南アルプスの左に見える八ヶ岳を写真に納める。 そうそう、白山もここから見ることができる。
休憩後は神社横を通って剣ヶ峰に向かう。 ここからはアイゼン不要と思っていたのだが、 神社横から裏手に下る階段部分が アイスバーンになっている。 仕方がないので、 10本爪アイゼンを装着し アイスバーンを通り抜けたものの、 すぐに雪のない道となる。
小生の 10本爪アイゼンは 歯がアルミ製なので岩場は厳禁。 仕方なく、 付けたばかりのアイゼンを脱着し、 登山靴で進む。
八丁ダルミの雪原を横切れば、 後は完全に夏道、 岩場を登ることになる。
中にはアイゼンを付けたまま岩場を登っている人もいたが、 これは危ないと思う。 また、岩場の東側には雪の斜面が広がっており、 スキーヤーはそこを登っている。
なお、 登る左手には噴気口から水蒸気が上がっている。 これは記憶通り。 剣ヶ峰の鳥居前には 11時13分に到着。 この辺は完全に雪が周囲を覆っている。 雪の上の足跡は鳥居を巻くものが多かったのだが、 ここは鳥居を潜るのが本筋と思い、 雪によって鳥居下の隙間が かなり狭くなっている所を這うようにして潜り、 その後の雪に埋もれた階段は キックステップにて進んで、 11時16分、 ついに御嶽頂上に到着したのだった。
ここからの景色は素晴らしい の一言。 今まで見えなかった北アルプスも 乗鞍岳を中心に見えるようになり、 その手前、 眼下には御嶽の一ノ池、二ノ池が広がっている (但し、雪に覆われている)。
そして、北アルプスの左には白山が白く輝き、 グルッと大きく左に目を向ければ、 恵那山、中央アルプス、南アルプス、富士山が見える。 暫し眺めを楽しんだ後、 何時も通り神社裏手の岩場に進み、大休止。 ここからの景色も抜群なのであるが、 ほとんど人は来ない。 景色独り占めである。
1時間近く休憩した後下山開始。 剣ヶ峰直下の雪の斜面は、 先程までは足跡が多くあったのだが、 今はスキー板によって表面がキレイに削られており、 結構怖く感じる。
そこを何とか抜ければ、 後は王滝頂上まで岩の夏道、 快調に下る。
王滝頂上からは 今朝程登ってきた雪の斜面を下るのだが、 やはりスキーをやらない小生には この角度に足がすくむ。 実際はそれ程角度がある訳ではないのだろうが、 小生には 45度以上の斜面に見えるのである。
とても慣れないスノーシューを装着して下る気にはなれず (つんのめったらそのまま滑落)、 王滝頂上手前で付けたアイゼンのままゆっくりと下る。 尻セードという手もあるが、 器具は持参しておらず、 また器具無しでトライしたとしても、 カメラを首からぶら下げたままでは バランスを崩した時に カメラが雪まみれになってしまう ということで、 1歩ずつ足を着実に踏み出しながら下るしかできないのである。
本当に一直線の斜面なので、 躓いたり、滑ったりしようものなら、 そのまま下まで転げ落ちかねない。 緊張しながらの長い下りである。
しかし、スキーヤー、スノーボーダーは 登りの時のお返しとばかりに、 小生の横を一気に下っていく。
また尻セードの道具を持ってきた若者や、 ピッケルを使ってグリセードを行う登山者など、 皆斜面を一気に下っていく。 余程、左に見える夏道に逃げようかと思ったが、 それでは面白味がない。 緊張感を維持しながら、 しかも着実に足を進める。 本当に長い斜面である。

ようやく斜面も緩み、 周囲にダケカンバが現れるようになると、 緊張も緩む。
ただ、そこで調子にのって一直線に進んでしまい、 気がついたら滝の上部に出てしまったのだった。
そう言えばダケカンバの林では、 上の方にピンクテープが付いたロープが張られていたのだった。 つまり、そこで左に曲がれと言うことだったのだが、 先の方にもピンクテープが見えたので そのまま下ってしまった次第である。
再び登り返して戻るのも面倒と思い、 左手の林に入る。 理論的には左へと進めば、 登山道に戻れるはずである。 ありがたいことに林の中の雪も腐ってはおらず、 目論見通り、 スンナリと登山道に戻ることができたのだった。
後は一直線に下れば田ノ原である。 そして田ノ原到着は 13時46分。

とにかく楽しい山であった。 スノーシューが威力を発揮してくれ、 それを使いこなせたことが嬉しい (下りでは装着する勇気が出なかったが・・・)。
しかも、 登山時間は 7時間を下回っており、 久々に身体にあまり負坦のない登山であった。
また、 この時期に 3,000m峰に登れたのも嬉しい限りである。 最早、スノーシューの時期は終わりであろうが、 次のシーズンには大いに使いたいところである。 大満足の一日であった。


ゴールデンウィーク中の登山  2012.5 記

4月28日からはゴールデンウィーク。
小生の会社では 3連休と 4連休の狭間の 2日間 (5月1日、2日) に出勤させても 出勤率が悪いと見たのか、 あるいは作業効率が悪いと読んだのか、 この 2日間も休みにするという粋な計らいをしてくれ、 9連休のまさに黄金週間が実現したのである。
こうなると、 これを利用して是非とも山に行きたいところだが、 山はどこも混んでいると思われるし、 さらには高速道路を中心に渋滞となるのが目に見えている。
昨年の同時期などは、 朝の 3時過ぎに家の近くの横浜ICから 東名高速道に乗ったにも拘わらず 渋滞に巻き込まれてしまい、 狙っていた丸盆岳の登山口 (正確には林道ゲート) に着いたのは 8時半という かなり遅い時間であった。 これが結構トラウマとなっており、 この期間中の遠出は少々腰が引けるところである。
そのため、 一昨年の鶏冠山と同様、 近間にあり、 そして登りたいと思っていた山という条件から山選びを行い、 最終的に奥秩父の国師ヶ岳に決定したのであった。

登山の詳細は、 本日 登山記録をアップしたので そちらをご覧戴きたいが、 国師ヶ岳を選んだのは 昨年末に三度登った鶏冠山から見た その堂々とした姿に、 是非とも もう一度登りたいと思ったことが一番の理由である。
もう一度 と言ったように、 この国師ヶ岳には 2001年に既に登っている。 しかし、 その時は 廻目平から金峰山に登り、 金峰山からは大弛峠に下り、 そこから国師ヶ岳、北奥千丈岳を ピストンしたのであり、 どちらかというと 国師ヶ岳は主役ではなかったのである。 そのため、 今回は国師ヶ岳を目標とした登山を試みた という訳である。
なお登山ルートであるが、 鶏冠山からの素晴らしい姿を見て、 国師ヶ岳だけを目指した登山をしようと 決心した時から密かに暖めていたルートを使うことにした。 つまり、残雪期において川上牧丘林道経由で大弛峠まで登り、 そこから国師ヶ岳を目指すというものである。 何故なら、この時期、 この川上牧丘林道は 車両通行止めになっているからで、 まさにチャンス到来なのである。
そして、 通行止めのゲートから 大弛峠まで 14kmもあるため、 そんな苦労の多いコースを使おう などと考える人はあまりいないに違いないと踏んで、 静かな山旅を期待してのことである。

この続きは 登山記録をご覧戴きたいが、 少々補足すると、 かなりの雪が残る中、 昨年購入した ワカンを初めて使用したものの、 気温が高くなったためか ワカンでもかなり踏み抜きを起こしてしまい、 疲労度合はかなりのものがあった。
さらに、 林道を下山する際には 時刻が 15時を過ぎていたこともあって、 踏み抜きが頻繁に起こり、 もう泣きたい程であったが、 一方で林道につけられていたスノーシューの跡には あまり踏み抜きがないのである。 接地面積の違いが大きいようだが、 この経験を通じて スノーシューの購買意欲は一気に増し、 帰宅後 ほとんどスノーシューが売り切れ状態の中 何とか 在庫がある店を探し、 注文してしまったのである。 ゴールデンウィーク中の注文であり、 手元には届いていないが、 何とかまだスノーシューが使用できる山を探して 是非とも 1回は試してみたいものである。

さて、 この国師ヶ岳登山は 12時間 (休憩含む) にもおよぶ長丁場となってしまったのだが、 考えれば、その前の竜喰山も 10時間近い山行、 そして今年最初の登山である 天子山地 後半部縦走も 11時間近くを要するなど、 ちょっとオーバーワーク気味な登山が続いている。
そこで、 天候が回復してきた 5月5日、 もう少しノンビリした登山を目論んで、 これまた奥秩父の 小金沢山に登ることにしたのである (またまた 奥秩父だが、 理由は上述の通り)。
小金沢山も 2回ほど登っており、 なるべく 初めての山に登ろう という今年の登山モットーには反するが、 実は 小金沢山には失礼だが、 この山は今回の登山の目的では無いのである。 今回の登山の目的は 牛ノ寝通りを歩くこと。 そのために 目的の山を小金沢山にした次第なのである。
大菩薩嶺に登ることも考えたが、 間違いなく混雑するはずなので、 比較的人が少ないと思われる 小金沢山を選んだのだが、 イヤイヤ、久々に登った小金沢山も立派な山であり、 心の中でお飾り程度 ( OSの Windows DSP版を買うために、 フロッピードライブを購入するようなもの。 表向きは フロッピードライブに Windows が付いてくる感じ。) に考えていたことを深く反省したのだった。
小金沢山、手前の狼平、天狗棚山間のササ原歩きは 最高に気分良く、 また小金沢山山頂から眺めた富士山の姿も素晴らしく、 大変 儲けものをした気になったのだった。

しかし、結論を言うと、 またまた少々厳しい登山になってしまったのである。
マッタリとした登山を目指すなら、 松姫峠から牛ノ寝通りを使って 小金沢山をピストンすれば良く、 小生も初めはそのつもりだったのである。
しかし、 ピストン登山は味気ないと思い (と言いながら、今年の黒川鶏冠山、 国師ヶ岳など 結構 やっているが・・・)、 地図をじっくり見て研究した結果、 まずは小菅村の白糸の滝駐車場に車を駐め、 そこから大菩薩峠を目指す。 大菩薩峠からは熊沢山を越えて石丸峠に至り、 そこから天狗棚山、狼平を通って小金沢山を往復した後、 牛ノ寝通りを下って 大ダワ (棚倉)から小菅村に下る。 小菅村からは林道を歩いて 白糸の滝駐車場に戻るというコース取りを選んだのである。
結果、 やはり欲張りすぎたため、 10時間になんなんとする登山となってしまったのであった。 小菅村に下り着いた時点で 心情的には登山は終了しているので、 林道歩きはモチベーションが上がらず、 さらには林道は上り勾配のため、 本当に辛かったのである。 慰めは、 小菅村の売店で購入した飲み物とアイスクリーム。 それを飲みながら (食べながら)、 林道を 1時間歩いたのだった。

ということで、 マッタリ、ノンビリした登山には 今回もならず。 これも性分なので仕方が無いところであるが、 今回は残雪が全くなかったのと急勾配がなかったので、 身体的にはあまり疲れが尾を引かないので良かったと思う。
少しその時の状況を書いておくと、 家を出発したのが 3時40分。
国道16号線を進み、 いつも通り 八王子ICから中央高速道に入る。 今回は国師ヶ岳の時と違って 16号線、 中央高速道ともあまり混んでおらずスムーズに進み、 大月ICで高速を下りる。 大月ICからはナビに従って国道20号線から 国道139号線に入る。 後は小菅村まで 1本道である。
途中、松姫峠を通ったが、 車が 2〜3台駐まっており、 さらには自転車も置かれていた。 自転車を峠にデポし、 車で小菅村や丹波山村まで行って登山するのは賢い選択である。
小菅村からは林道を白糸の滝駐車場へと進む。 途中から舗装道は砂利道に変わり、 しかも結構上り勾配である上に、 距離があったので 今回のコース選択はちょっと失敗だったかな と思いながら進む。
白糸の滝駐車場には 6時12分に到着。 5台程先客がいる。
身支度をし、トイレを済ませ、 6時22分に出発。 暫く林道を進み 12分程で大菩薩峠登山口。 ここから山に入る。
道は急登もなく歩きやすい。 それもそのはず、 この道は大菩薩峠を越えて甲斐国に至る重要な街道だったのであり、 登山用の道ではないのである (なお、本来の大菩薩峠は 今の賽の河原付近とのこと)。
気持ちの良い道が続き、 丹波山村への街道と合流する フルコンバには 8時22分に到着。 ここは気持ちの良い場所で、 奥秩父北側の飛竜山、竜喰山などの山々を 初めて見ることができる。
大菩薩峠には 9時5分に到着。 今までの静かな山旅が嘘のように 峠は人々で賑わっている。
峠で暫し休憩した後、 人々の流れに逆らって 熊沢山を目指す。 この山の頂上は 東京都水道局の林班界標のみしかないはずなので 尾根上には進まずに縦走路を忠実に進む。
縦走路を進むと、 熊沢山の南東にあるササ原斜面の上に出る。 この斜面からの眺めは相変わらず素晴らしい。 これから進む小金沢山、 そこに至るまでの狼平を初めとするササ原、 そして富士山、南アルプス等々。
気分良くササ原を下り石丸峠には 9時48分に到着。 ここからは天狗棚山に登る。 途中、牛ノ寝通りへの分岐を過ぎる。
天狗棚山からは狼平に下る。 この間のササ原、そして眺めは素晴らしい。 目の前の小金沢山も堂々として 立派である。
狼平を過ぎてからは 樹林帯を登り、 小金沢山頂上を目指す。 前回、小金沢山に登ったのは 2000年。 記憶も曖昧であり、 登り斜面に取り付いてから頂上まで 結構 距離があるのには驚いた。
小金沢山頂上には 10時46分に到着。 大きな富士山を眺めて大休止。 結局、頂上に 24分も留まってしまった。 往路を戻り、 牛ノ寝通りへの分岐には 11時54分に戻り着く。

ここから本日の主役、 牛ノ寝通りへと進む。 噂に違わず、素晴らしい道である。
途中の榧ノ尾山を過ぎると、 まさに牛ノ寝通りの名が示す通りの 平らなプロムナードとなる。 登山道の両側に見られる ブナなどの巨木が素晴らしい。
残念なのは 展望があまり得られないこと。 榧ノ尾山と大ダワ (棚倉) では 雲取山、飛竜山が見えた。
大ダワ到着は 13時48分。 10分程休んで小菅村へと下る。
最終的に 小菅村の牛ノ寝方面登山口に着いたのは 15時丁度。
しかし、これで終わりでは無い。 上で述べたように、 小菅村の店でアイスクリームと飲み物を購入し、 林道を白糸の滝駐車場を目指して進む。
上で述べたように、 心情的に登山は終了しており、 さらには上り勾配なので この林道歩きは辛い。 舗装道が砂利道に変わる所で 白糸の滝まで 2.7kmの標識を見て、 さらに進んで同じく 0.5kmの標識を見た時は 本当に嬉しかった。 駐車場は白糸の滝より大分手前にある訳で、 もう駐車場も近いはずである。
そして大きく右にカーブすると、 駐車場が見えてきた。 到着は 16時6分。 結局、ハードな山行になってしまったのだった。
なお、帰宅後にネットを調べていたら、 榧ノ尾山を少し下った所に 白糸の滝から先へと続いている林道の終点に下りられる道があるらしい。 確かにいくつか山道、 巡視路の分岐があったものの、 明確に表示がないため 怖くて下りられなかった次第。
尤も、それでは牛ノ寝通りの魅力を 満喫できなかったこともたしかである。


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