登山NO.011 甲 斐 駒 ヶ 岳( 甲斐駒ヶ岳:2,967m ) 1989.10.7-8登山


 御来迎場から見た甲斐駒ヶ岳( 1989.10.8 )

【甲斐駒ヶ岳登山記録】

【甲斐駒ヶ岳登山データ】

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再登山

再々登山


NO.11 甲斐駒ヶ岳登山記録

朝からどんよりした天気で雨が心配であったが、中央本線の大月を過ぎる頃からとうとう雨となってしまった。
しかし、ここまで来たのだから今更引き返すのも何だかシャクだということで、そのまま登ることに決め、 韮崎駅からタクシーで竹宇駒ヶ岳神社まで行った。
大きな駐車場横にあるシャッターの降りた売店の軒先でレインウェアを着て、傘をさしながら歩き出した。
神社の社殿横から左に折れて橋を渡ると、すぐさまジグザグの登りとなって、雨のために暗くなった樹林帯の中を暫く登ることになったが、 すぐに道も尾根上の登りに変わって周囲も明るくなってきた。
腹が空いたので飯を食べようとしたが適当な場所が見つからず、仕方なく登山道に立ちながら家から持参した握り飯を食べた。

雨は激しくはないものの、しきりと降り続いており、明日の頂上もこのままだったら困るなと思いながら登る。
しかし、当然、山は晴れている日に登るに越したことはないのだけれど、雨の日は周りの景色に気を取られず黙々と歩くことになってペースは逆に上がるようであり、 また何かを集中して考えることもできるので、雨の日も面白いのではないかとも思ったりもする。
やがて道は山腹をトラバースするようになり、上から崩れてきそうなザレた場所を横切って尾根を越えると、 周囲は花崗岩帯となって、その後 粥餅石に着いた。
この粥餅石は大きな岩で、その上にはいくつもの石碑が祀られており、昔の信仰華やかなりし頃を彷彿とさせてくれた。

岩のそばを流れる流水で喉を潤してからまた歩き始め、横手駒ヶ岳神社からの道と合流して笹ノ平へと入ると笹の中のキツイ登りになったが、 ここは八丁登りと言われるところで、雨水が流水となって流れ落ちる中、何回も急な坂で足を滑らして余計なエネルギーを消費させられた。
後で考えると、この登りが一番キツかったように思われる。
八丁登りを登り切り、前屏風ノ頭を越えるとやがて刃渡りで、そこは確かにその名の通り岩の両側が鋭角にスパッと切れて刀の刃のようになっていたが、 あたりは一面ガスの中で岩の下部が全く見えなかったために恐怖心もわかず、また鎖も付けられていたことから難なく通過することができた。
この後は梯子が連続し、やがて再びしっかりした登山道になると刀利天狗に着いた。
ここにも多くの石碑や祠などが見られたが、このような高い所まで重い石を運び上げた昔の人たちの信仰心の厚さには本当に感心させられる。

この後は緩やかな登りとなり、大分身体も楽になって来たなと思いながら進んでいくと、 道は樹林の中を下るようになり、やがて五合目小屋の前に飛び出した。
荷を降ろして雨具を脱ぐのが面倒だったので小屋に入るのをやや躊躇したが、ジュースが飲みたかったので思い切って戸を開けると、 もう既に何人かの登山者が宿泊の用意をしていた。
小屋の主人が勧めてくれるまま、囲炉裏で身体を暖めながら少し話をしたが、小屋の主人は下山路もこの黒戸尾根を通るようにしきりに奨めてくれた。
しかし、やはり下山路は北沢峠の方へ向かうことを考えたい。

五合目小屋からはすぐに屏風岩となり、備え付けの梯子を使って乗り越えたが、 この後も鎖場や梯子が連続しており、緊張感があって返って楽しむことができた。
やがて不動岩の鎖場を越えると、今日の宿泊所である七丈小屋であった。
七丈小屋に泊まったのは、甲斐駒ヶ岳で息子さんを亡くされ命日に合わせて登ってこられた方や、 北沢峠から登ってもう既に頂上を踏んできた 2人連れなど、総勢 10人程であった。
小屋の主人が、濡れた靴を乾かすための新聞紙を配ってくれたが、代わりに私が前日の巨人軍優勝を一面に大きく掲げた今朝のスポーツ新聞を渡したところ、 本日のニュースが読めると言って大変喜んでくれた。
小屋の食事は少人数のため楽しく食べられたが、何とおかずにマグロの刺身が出てきたのには大変ビックリさせられた。

19時前にテレビ (電波が弱く画像がゆがむ) をつけて皆で天気予報を聞いたが、 明日は晴れという予想であり、全員で快哉を叫んだ。
知らぬ者同士が集まる山小屋でも、目的が一つだとこういう一体感が生まれるから大変楽しい。
翌日は天気予報通り快晴で、雲の中から現れた太陽が周囲の山々に順々に光を与えていき、 紅葉で黄色に染まった山々が光り輝き出す様は、見事としか言いようのない素晴らしいものであった。
小屋から暫く進むとすぐに森林限界となり、ハイマツ帯の岩場を軽快に進んで行くと、やがて八合目の御来迎場に着いたが、 ここには石の鳥居があって、その先に甲斐駒ヶ岳の姿をハッキリ見ることができた。
雲一つない青い空をバックに、岩の白と、紅葉で赤や黄色に染まった木々が織りなすその鮮やかな山肌の色模様は、 堂々としたその山容とともに惚れ惚れとするものだった。
周囲の景観も秀逸で、アサヨ峰や
北岳、 先般登った鳳凰山、 そして、はるか遠く雲の上には北アルプス槍ヶ岳などが見え、 いつまで見ていても飽きない素晴らしいものであったが、まだここは八合目、止まっているわけにはいかないので先を急いだ。

暫く平坦な道を行くと、やがて登りとなり、途中やや長めの鎖場を越えて稜線上に飛び出したが、 上を見ると九合目の二本剣や頂上の祠が見え、逸る心を押さえるのに苦労した。
信仰の熱心さを感じさせてくれる剣や石碑を横目に見て登り詰めていくと、頂上の石の祠が目に飛び込んで来て、 やがて誰もいない頂上に立つことができた。 やはり一番乗りはうれしいものである。
頂上からの展望は申し分なく、谷を挟んで木曽駒ヶ岳が対峙し、 また周囲には北岳仙丈岳、 そして鋸岳が紅葉に染まって輝いており、1時間近く眺めていても飽きることがなかった。
ただ一つ気に入らなかったのは、頂上の標識が東駒ヶ岳となっており、しかも東の字が消されていたことである。
これは木曽駒ヶ岳を西駒ヶ岳、そしてこの甲斐駒ヶ岳を東駒ヶ岳と呼んでいるために、そのまま頂上標識に書いたのであり、 それを知らない者が東という文字を邪魔だとして消したものと想像できる。この行為は褒められたものではないが、 やはり甲斐駒ヶ岳を目指して登ってきた者にとっては、 頂上標識は " 甲斐駒ヶ岳 " とはっきり書いておいて欲しいものである。

下山は、摩利支天に向かって下り、途中の分岐で摩利支天への道を分けたが、 そちらには行かずに右に曲がってハイマツの道を駒津峰の方へ下った。
途中の六方石付近で雷鳥を見て、その後ヤセ尾根を伝って駒津峰に着いたが、こちらから見る甲斐駒ヶ岳はピラミッド型をしており、 これまでの甲斐駒ヶ岳とは全く違った雰囲気を見せてくれていた。
駒津峰からは仙水峠の方へ足を向けたが、七丈小屋から続いていた軽い興奮がこの駒津峰を下る頃から薄れていくのを自分でも感じながらの下山であった。


甲 斐 駒 ヶ 岳 登 山 デ ー タ

上記登山のデータ登山日:'89.10.7-8 天候:雨 (7日)、晴れ後曇り (8日)単独行1泊
登山路:竹宇駒ヶ岳神社−粥餅石−笹平−刃渡り−刀利天− 五合目小屋−屏風岩−七丈小屋()−御来迎場−二本剣−甲斐駒ヶ岳−六方石−駒津峰−仙水峠 −北沢小屋−北沢峠
交通往路:瀬谷−(相鉄線)−横浜−(京浜東北線)−東神奈川− (横浜線)−八王子−(中央線)−高尾−(中央本線)−韮崎−(タクシー)−竹宇駒ヶ岳神社
交通復路:北沢峠−(バス)−広河原−(バス)−甲府− (中央本線)−八王子−(横浜線)−橋本−(相模線)−海老名−(相鉄線)−瀬谷
その他:10月7日に七丈小屋まで行き、翌8日に甲斐駒ヶ岳登山。
その他の
甲斐駒ヶ岳
登山
尾白川渓谷駐車場−竹宇駒ヶ岳神社−笹平−刃渡り−刀利天狗−五合目小屋跡−屏風岩−七丈小屋−御来迎場− 二本剣−甲斐駒ヶ岳東峰−甲斐駒ヶ岳 (往路を戻る)  ( 2009.9.20:快晴 )
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尾白川渓谷駐車場−竹宇駒ヶ岳神社−笹平−刃渡り−刀利天狗−五合目小屋跡−屏風岩−七丈小屋−御来迎場− 二本剣−甲斐駒ヶ岳東峰−甲斐駒ヶ岳 (往路を戻る)  ( 2016.8.31:晴れ時々曇り )
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