桐野夏生作品のページ No.1


1951年石川県金沢市生、成蹊大学法学部卒。会社員を経て、1993年「顔に降りかかる雨」にて第39回江戸川乱歩賞、98年「OUT」にて第51回日本推理作家協会賞、99年「柔らかな頬」にて 第121回直木賞、2003年「グロテスク」にて第31回泉鏡花文学賞、04年「残虐記」にて第17回柴田錬三郎賞、05年「魂萌え!」にて婦人公論文芸賞、08年「東京島」にて第44回谷崎潤一郎賞、09年「女神記」にて第19回紫式部文学賞、「ナニカアル」にて10年第17回島清恋愛文学賞・11年第62回読売文学賞(小説賞)、23年「燕は戻ってこない」にて第57回吉川英治文学賞を受賞。また、英訳版「OUT」は04年に日本人初のエドガー賞候補となる。


1.顔に降りかかる雨

2.天使に見捨てられた夜

3.OUT

4.柔らかな頬

5.ローズガーデン

6.玉蘭

7.ダーク

8.グロテスク

9.残虐記

10.魂萌え!


東京島、女神記、IN、発火点、ナニカアル、優しいおとな
、ポリティコン、緑の毒、だから荒野、夜また夜の深い夜

 → 桐野夏生作品のページ No.2


奴隷小説、抱く女、路上のX

 → 桐野夏生作品のページ No.3

  


       

1.

●「顔に降りかかる雨」● ★★      江戸川乱歩賞


顔に降りかかる雨画像

1993年09月
講談社刊

1996年07月
講談社文庫

(619円+税)

2017年06月
(新装版)


2004/03/02

これまで読んだ桐野作品はOUT」「グロテスクと重厚な作品でしたので、それに比べると初期の本作品はかなり軽やかな印象を受けます。
本作品は、村野ミロという女性探偵を主人公としたハードボイルド、と認識していたのですが、実際に読んでみれば違うじゃないかというひと言。やはり、小説は読んでみないと判らないものです。
ストーリィは、友人のフリーライター・耀子が恋人である成瀬から預かった1億円を持って失踪。その金の出所が暴力団関係であったために、疑いをかけられたミロも事件に巻き込まれ、成瀬とともに耀子の行方を追う羽目になります。
ミロは会社勤めを経て結婚という平凡な道を歩んだものの、夫・博夫が自殺し、現在は無職、新宿で一人暮らし。しかし、父親である村野善三はかつて名の知られた調査探偵であり、探偵仕事とミロは無縁でもないという設定です。
とは言ってもそこは素人。行方を追うといっても手探りですし、暴力団の脅しに脅えもし、弱気にもなります。また、夫の自殺という傷心を未だに抱えたままという主人公像。

サスペンス・ストーリィ自体はそれ程のものと思いませんが、ミロにしろ耀子にしろ、一人都会で生きる女性の哀切感があって、そこに惹かれます。また、村野ミロという探偵役の造形、小気味良い展開、逆転劇の鮮やかさに、本書の魅力があります。

     

2.

●「天使に見捨てられた夜」● ★☆


天使に見捨てられた夜画像

1994年06月
講談社刊

1997年06月
講談社文庫

(619円+税)

2017年07月
(新装版)


2004/05/22

顔に降りかかる雨にて登場した村野ミロもの第2作。
前作では、やむを得ぬいきがかりから探偵仕事をする羽目になったミロですが、本作では本業の探偵として登場します。しかし、どこか探偵に徹しきれないでいる中途半端さも感じられます。そこが、村野ミロのミロたるところなのでしょう。

フェミニズム系の出版社を経営する渡辺房江が、失踪したAV女優・一色リナの捜索をミロに依頼してきます。リナの主演したレイプビデオは人権侵害にあたると告発するため。
アダルトビデオの業界だけに、女性であるミロにとって特に調査は難しい。女性である故の弱みをつかれた脅迫も受けます。
前作に引き続き、本ストーリィでもミロの抱える哀感が印象的。隣人・友部と気持ちが通じ合うものの、彼は同性愛者であって恋人関係にはなり得ない。また、父親・善三はハードボイルドをそのまま実践しているかのような人物。
孤独感を抱えるが故に、女としての弱みを時々さらけ出してしまう、またそれが故に探偵に徹しきれない、それが村野ミロという探偵像です。
サスペンス・ストーリィとしては、それ程のものとは思わない。あくまで本書は、村野ミロの物語と言うべきでしょう。

※同じ女探偵として、若竹七海「悪いうさぎ等に登場するフリーター探偵・葉村晶を思い出しますが、境遇が似ているようで印象はミロと対照的。読み比べるのも一興かもしれません。

   

3.

●「OUT」● ★★   日本推理作家協会賞


OUT画像

1997年07月
講談社刊

(2000円+税)

2002年06月
講談社文庫化
(上下)


1999/02/09

弁当工場の夜勤パート仲間である主婦4人。その一人である雅子43歳は、パート仲間が殺したその夫の死体を他の二人に手伝わせてバラバラにして捨てる。
4人の主婦それぞれの置かれた境遇と生活は本当に荒涼としたもので、読み始めるとともに気が滅入ってしまい、そんな自分の気持ちをどうすることもできませんでした。

一度手を染めた犯罪から、4人は抜け出ることのできない暗澹たる繰り返しの罠に嵌まり込んでいきます。まるで自分たちの破滅を急ぎ、かつ極め尽くすかのように。
と思いきや、いつしかストーリィは、彼女らの犯罪が「殺人者が17年前に封印した悪夢を解き放った」、そしてそのことが恐ろしい結果だった、というように主眼が移ってしまいます。
しかし、その恐ろしさは、私にはむしろ薄っぺらな感じがしました。正直言って、小林信彦「怪物がめざめる夜」の中で呼び起こしてしまった怪物の方が、余っ程恐ろしかったように思います。

はぐらかされて終わってしまったという思いもあるのですが、雅子という主人公に感情移入もできなかったし、釈然としないまま結末に至ったというのが私の読後感です。

       

4.

●「柔らかな頬」● ★★     直木賞


柔らかな頬画像

1999年04月
講談社刊

2004年12月
講談社文庫
上下
(590・562円+税)



2006/02/25

主人公のカスミは北海道の僻地である故郷、両親を捨てて東京へ出た。そして結婚、2人の娘をもうけたが仕事先の石山と不倫。
逢瀬を楽しむため家族で招かれた北海道の石山の別荘で、逢引の翌朝長女の有香が失踪し、皆目行方がつかめないままとなる。
以後カスミは片時も有香のことを忘れず、探し続ける。そして4年後、癌で余命僅かな元刑事・内海が助力を申し出てきて、再度2人による有香探しの旅が始まる、というストーリィ。

桐野さんの代表作のひとつですから、読んでおきたいと思っていた一冊。図書館に文庫本が寄贈されたのを機に借出して読みました。
サスペンスチックな作品ではありますけれど、いわゆるミステリーともサスペンスとも一線に置くことは出来ない作品。
事件そのものより、この事件の発生によって登場人物各々の生活が崩壊していく様子、孤独感を強めていく様子がとてもドラマチック。
カスミが有香を捜し求める執念は罪悪感の裏返しであるし、石山もまたその罪悪感から身を持ち崩していく。
野心家であった内海も30代という若さで死病を負い、カスミの表情に認めた自分と同じ剥き出しの孤独感に共感を覚える。
カスミ、石山、内海だけでなく、他の登場人物にも程度の差こそあれ、生きていくに連れ深まっていく孤独感、というものを感じることができます。その点で実に桐野さんは容赦ない。それは登場人物に対してだけでなく、読者に対しても同じ。

本ストーリィでは、解決も救いも決して与えられません。最後の最後まで突き放していく、その徹底さが凄い。
なお、幼い少女失踪の真相はどうだったのか。その点、桐野さんに何度ハッ!とさせられたことか。しかし、その度に肩透かしをくわされるのです。
結局読者が辿り着く結論はひとつしかないのですが、そこにはもっと深く暗い闇が待ち受けていると言わざるを得ません。
楽しめるというような作品ではありませんが、一度読んだら決して忘れることができないと感じる作品。

     

5.

●「ローズガーデン」● 


ローズガーデン画像

2000年06月
講談社刊

(1600円+税)

2003年06月
講談社文庫化

2017年08月
新装版

2004/06/10

amazon.co.jp

村野ミロもの初の短篇集、と簡単に言えばそれで終わってしまうことですが、表題作の「ローズガーデン」と他の3篇とでは趣をはっきり異にしています。
すなわち、「ローズガーデン」は、ミロとその自殺した夫・博夫との関係を高校時代にまで遡って描いた作品だからです。
ただ、決してミロと博夫だけのストーリィではなく、義父・村野善三が周到に絡んでいます。ミロの語る善三との関係がどこまで真実か不明のままですが、そこまでミロという女を醜悪に仕立て上げる必要があったのか。村野ミロというキャラクターは、作者の意図を超えて勝手に膨れ上がってしまう、そんな自儘さを内に秘めているように感じます。
ミロという人物像にますます困惑する一篇。ミロものとして歓迎するかどうかは、読み手の好み次第という他ありません。

他の3篇は天使に見捨てられた夜後の探偵ミロとしてのストーリィ。
ミロの探偵仕事は結局いつも中途半端なまま、と感じざるを得ないのが「漂う魂」「独りにしないで」
その点、SMクラブの女王的存在だった若い娘・の轢死事故を追った「愛のトンネル」が、探偵ものとしては唯一すっきりしたストーリィと言えます。

ローズガーデン/漂う魂/独りにしないで/愛のトンネル

       

6.

●「玉 蘭」● 


玉蘭画像

2001年03月
朝日新聞社刊

(1800円+税)

2004年02月
朝日文庫化

2006年06月
文春文庫化

2001/06/21

恋人と別れ、上海に留学して孤独を囲う有子の前に、若き日の大伯父・質(ただし)が幽霊となって現れます。そこから、東京での有子と松村行生との恋愛経緯、並行して戦争直前の上海における質と宮崎浪子の恋愛ドラマが、交互に書き綴られていきます。

本書は、評判が高かったものの、なんとなく私には合わないような雰囲気を感じていましたが、読んだ感想は印象の通り。
現代の2人の恋仲が互いに利己的なものであったの対し、戦時中の2人の関係は、極めて打算的・妥協的。そうした違いがあっても、2組に共通するのは、その関係から何も生み出されるものが無かったこと。終わってみれば、有子、質のどちらにとっても、空虚さのみが残る関係に過ぎなかったこと。それ故、本作品から納得感が得られなかったのは、仕方ないことでしょう。
そうしたストーリィを救い、読後の後味を悪くしなかったのは、最後の章「遺書」に登場した関登美子という老女。男の世話を焼くのが生き甲斐だと、質に語ります。最後に至って、漸くホッと息をつけた気がします。

世界の果て/東京戦争/青い壁/鮮紅/シャングハイ、ヴェレ、トラブル/幽霊/遺書

  

7.

●「ダーク」● ★☆


ダーク画像

2002年10月
講談社刊

(2000円+税)

2006年04月
講談社文庫化
(上下)



2004/05/28

ここには顔に降りかかる雨天使に見捨てられた夜とは全く違った村野ミロがいる。
怒りに端を発して義父の善三を死に至らしめ、壊れ、関わる人々を道連れにして壊れ続けるミロ。ちょっと歯車が狂っただけで、こうも人間は壊れてしまうものか。その驚きがあります。
これまでの追いかける側から、追われる側へ。前2作の村野ミロとは、“ジキルとハイド”のような違いを感じます。
 500頁余りという大長編ですが、小樽から博多を経て韓国へ、最後は再び日本へと、目まぐるしく展開する故にこの厚さは少しも苦になりません。私の好まないストーリィだというのに、頁を繰る手を少しも止めることができない。
頁を進むたび、常に予想もしない展開が待ち受けています。

これは村野ミロの魅力なのか、それともストーリィの上手さなのか。
村野ミロという素材の面白さ故に、桐野さんが新たなミロの物語を書いた、という観があります。その意味で、ミロあってこそのストーリィであり、ミロ自身の物語という実感がある。
ミロといい、義父・村善といい、前作に登場した隣人・友部秋彦といい、同じ人物が登場作品を変えただけでこんなにもキャラクターを変えてしまうというのは、そうはないことでしょう。
しかし、ミロについては、元々こうした危うさを抱えていたキャラクターと思うのです。
理屈は不要。前2作を越えてさらにミロの世界に入り込もうというのであれば、読むべしという作品。
破滅的な物語ですが、読後感は意外と爽やかです。

 

8.

●「グロテスク」● ★★       泉鏡花文学賞


グロテスク画像

2003年06月
文芸春秋刊

(1905円+税)

2006年09月
文春文庫化
(上下)



2003/11/02

一流企業に勤めるOLが街に立って売春、という衝撃的な事実が明らかになった“東電OL殺人事件”。本書は、その事件にヒントを得たと思われる重厚な意欲作です。

本書の主要な登場人物は3人の女性。ハーフの姉妹、そして姉と高校時代に同級生だった佐藤和恵
ハーフの姉妹同士、姉と和恵は、それぞれお互いにいがみ合う関係。そして、妹のユリコと和恵が、共に街娼として殺害されるに至ります。それまでの経緯を3人、それに加害者の中国人・も交え、代わる代わる第一人称にて語るストーリィ。
OL=街娼だった女性の謎を解く、という単純なストーリィを期待したら、それは誤り。本書はもっと深遠で複雑な様相をもった作品です。
最初は、普通の人である姉と怪物的な妹の対比、と感じたのですが、そんなことでこのストーリィは収まりません。3人各々が、自分を、そして相手を語るうちに、醜悪、そしてグロテスクな面がまざまざと現れてきます。しかし、その中にどこか懐かしさを感じるところがある。それこそが、この重厚な作品に最後まで惹かれる理由でしょう。
人間は誰しも、心の内に醜悪な部分を秘めているもの。普通はバランス感覚がその表面化を守ってくれるのですが、本作品はそのバランス感覚を取り払った故の醜悪劇であり、人間劇であると感じます。
人間の醜悪さ、それは本人の感じ方、見る方の捉え方によっていくらでも変わり得るという、人の心の毒を書き示した作品でもあります。本書の複雑さを一つ一つ語ることは到底不可能なこと。あとは、自身で読んでもらう他ありません。

子供想像図/裸子植物群/生まれついての娼婦<ユリコの手記>/愛なき世界/私のやった悪いこと<張の上申書>/発酵と腐敗/肉体地蔵<和恵の日記>/彼方の滝音

     

9.

●「残虐記」● ★★☆          柴田錬三郎賞


残虐記画像

2004年02月
新潮社刊

(1400円+税)

2007年08月
新潮文庫化



2004/03/21

作家・小海鳴海が自宅から突然失踪。残された原稿には、彼女自身が25年前小学生だった時の、誘拐され1年間監禁されたという事件の真相が記されていた、というストーリィ。

前回のグロテスクも東電OL事件を題材にして衝撃的な作品でしたけれど、その点は本作品も同様。それ以上に、「残虐記」という恐ろしげな題名、町工場の汚いアパートの一室に1年間も監禁されたというおぞましいイメージから、手に取るのを躊躇わせる印象が本書にはあります。
実際に本書を読んでみると、文章はむしろ軽やかであり、からっとした明るささえ感じる不思議な雰囲気があります。
しかし、そうした表面の底には、閉じ込められた少女と閉じ込めた工員との間の異様な関係、工員周囲の歪んだ人間関係、救い出された少女に向ける人々の眼の毒々しさ、が横たわっている。
そのアンバランスさが、読者を魅了して止まない、といった風が本作品にはあります。

誘拐される前ごく普通の小学生だった女の子は、1年間にわたる監禁生活を通じて、人間の醜い性的欲望を知ってしまった少女に変わっていた、という。
人間の心の底知れなさを描く本書は、果てしない広がりを感じさせる作品でもあり、私にとっては今まで読んだ桐野作品の中でのベストです。

     

10.

●「魂萌え!(たまもえ)」● ★★☆     婦人公論文芸賞


魂萌え!画像

2005年04月
毎日新聞社刊

(1700円+税)

2006年12月
新潮文庫化
(上下)



2005/08/29



amazon.co.jp

夫が心臓麻痺で急死してしまい、一人残されて呆然とする60歳の専業主婦、敏子を描く力作長篇。
今まで夫がいる前提での暮らし知らなかっただけに、敏子はこれからどう生きていけば良いのか判らない。その困惑に突き込むようにして米国に行ったきり音沙汰のなかった長男が突然家族とともに帰国して同居を強要してくる。
夫の亡き後所詮長男に頼る他ないのか。そのうえ、夫は蕎麦打ち教室だと言いつくろって愛人の元へ足繁く通っていた事実が判明し、敏子に追い討ちをかける。
高校時代の同級生3人が支えになってくれるかと思ってみたものの、夫が生存していたり各々の生活があったりして、敏子の揺れ動く胸の内は思うように伝わらない、というストーリィ。

まさにこれから誰にでも訪れる出来事! 主人公がサラリーマン家庭の平凡な専業主婦であるだけに、なおのこと身近に感じられる物語、つい真剣になって読まずにはいられない物語です。
どこにでもありそうな物語という点では今までの桐野さんには見られなかった作品ですが、一方で桐野さんの代表作のひとつになるに違いないと思われる力作です。
以前佐江衆一「黄楽を読んだとき、高齢者の面倒を見るのは高齢者であるという問題を知らされて愕然としましたが、本書については自分も年を重ねただけにもはや当然と受け止めています。
でも、実際の寡婦・敏子の戸惑い迷い、不倫も経験して、一人で生きていく術を身につけていく様を克明に描いた本書の存在は大きい。考えさせられることが沢山あります。

なお、自分自身のことを考えると、本書に登場する一人身の老人たちより前に、まず敏子の長男と同じ立場が来るわけです。長男の自分勝手な考え方には敏子以上に腹立ちますが、判らないでもないんですよねぇ、これが。
ここ10年位ずっと、いざという時の後のことをなんとなく考えてきましたが、本書を読むとそれなりに的外れではなかったと思いほっとするところがあります。でも、本書の息子や娘の振る舞いを見て引き続き自分を戒めていかなくてはと思う次第。

誰にでもやがて訪れる物語、心しておかなくてはならない問題を描いた作品として、40代以上の方には是非お薦めしたい力作長篇です(お薦めするのが遅すぎたかも ^^;)。

  

桐野夏生作品のページ No.2    桐野夏生作品のページ No.3

    


 

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