西川美和作品のページ


1974年広島県生、早稲田大学第一文学部卒。在学中より日本映画の現場に助監督として参加、是枝裕和監督等の作品に携わる。2002年映画「蛇イチゴ」にてオリジナル脚本・監督デビューを果たし、第58回毎日映画コンクール・脚本賞をはじめ映画賞各賞を受賞。また、06年再びオリジナル脚本・監督した「ゆれる」にて第61回毎日映画コンクール日本映画大賞、ブルーリボン賞監督賞、読売文学賞戯曲・シナリオ賞等数々の賞を受賞。自ら小説化した同名小説は第20回三島由紀夫賞候補、また短篇集「きのうの神さま」が 第141回直木賞候補となる。


1.
ゆれる

2.きのうの神さま

3.その日東京駅五時二十五分発

4.永い言い訳

 


   

1.

●「ゆれる」● ★★


ゆれる画像

2006年06月
ポプラ社刊
(1200円+税)

2008年08月
ポプラ文庫化

2012年08月
文春文庫化

 

2009/07/18

 

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オリジナル脚本・監督し、カンヌ国際映画祭の監督週間に出品するほか数々の映画賞を受賞した「ゆれる」を、自ら書下ろし小説化した作品。
選んだ道は違えどお互いに信頼し合っていた筈の兄弟。
それが、幼馴染の女性が吊り橋からの転落死した事故をきっかけに、疑心、憎悪といった複雑な心情が2人の間に浮かび上がってくるという、兄弟間の葛藤を描くストーリィ。

父親と喧嘩するようにして家を出、自分の好きな道でカメラマンとして成功した弟。一方、寂れていく町でちっぽけなガソリンスタンドという家業を継いで、35歳の今も独身のまま父親と地道に暮らしている兄。
母親の一周忌に久しぶりに弟が実家に戻るところからストーリィは始まります。
弟を迎えるのは、昔から折り合いの悪い父親、地道に働く兄、実家のガソリンスタンドで働くかつて関係のあった女性。
3人で出かけた吊り橋から女性が転落死したことから、殺人が疑われ、事件は法廷にさらされることになります。その過程で、兄とは本当はどんな人間なのか、自分に対してどういう思いを心底では抱えていたのかという疑念が弟に生まれてくる。
各人の様々な思いが、章毎、死んだ女性まで含めて登場人物別に語られていくという巧妙な構成。

他人であったら簡単なのでしょう。お互いに遠ざかればいいのでしょうから。しかし、兄弟という関係ではそうはいかない。
まして、片方は好きに生きてきた、片方は家業を否応なく家業を継がされてきた、という思いがあるのであれば。
途中、思わず目を覆いたくなる気持ちにさせられたことが幾度もあります。
こうした兄弟間の葛藤が主人公兄弟だけでなく、父親と伯父の間にもあったという点が上手い。

30代前半の若さ、監督3作目でこうしたオリジナル作品を世に出し、かつ書下ろしまで。凄いと思います。当分目の離せない作家となりそうです。本映画にも興味大。

    

2.

●「きのうの神さま」● ★★


きのうの神さま画像

2009年04月
ポプラ社刊
(1400円+税)

 

2009/07/19

 

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「僻地の医療を題材にした映画を作りたい」。その一念から何とか出版社の支援を取り付け、実に豊かな取材をすることができた結果が、映画「ディア・ドクター」脚本の他、本短篇集に結びついたのだそうです。
帯にある「ディア・ドクターに寄り添うアナザーストーリーズ」という紹介文の意味は、そうした経緯によるものでしょう。

「1983年のほたる」は、往復3時間をかけて町の学習塾に通っている小学生の女の子と、バスの運転手との関わりを描いた篇。
「ありの行列」は、小さな離島に3日間、代診にやってきた医師を主人公とした篇。
「ノミの愛情」は、元看護師、今は小児心臓外科医の夫を支える妻の役割を果たしている女性を主人公とした篇。
「ディア・ドクター」は、映画作品とは別ストーリィで、医師だった父親に対する長男の複雑な思いを描いた篇。
「満月の代弁者」は、4年にわたる僻地の港町での診療所勤務を終え後任者への引継ぎを行なっている医師を主人公とした篇。

僻地を舞台にした3篇、「1983年のほたる」「ありの行列」「満月の代弁者」がいずれも味わい深い。
僻地にも医師の存在が欠かせないのは当たり前のことですが、僻地には僻地ごとの医師と患者の付き合い方がある、という語りかけを感じて印象的。
「1983年のほたる」は直接医療とは関係ありませんが、主人公の少女の存在感が実にお見事。
「ノミの愛情」は、主人公の発想が何とも看護師的であるだけでなく、皮肉さが入り混じっているところが面白い。
「ディア・ドクター」は直接僻地医療に関係ないストーリィですが、最後に関わりが語られるところが、かえって印象的。

いずれも、さらりとした中に深い味わいを感じ取れるところが、本短篇集の良さです。

1983年のほたる/ありの行列/ノミの愛情/ディア・ドクター/満月の代弁者

        

3.

●「その日東京駅五時二十五分発」● ★★


その日東京駅五時二十五分発画像

2012年07月
新潮社刊
(1200円+税)

2015年01月
新潮文庫化

  

2012/08/18

  

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作者の伯父さんの戦争体験を基にした中篇小説とのこと。

東京駅始発の東海道線に乗り込み、故郷へと向かう兵隊2人を描いたストーリィ。
2人は主人公である「
ぼく」と同じ部隊の同期兵である益岡。軍人手帳も階級章も焼き捨て、何故この時期に部隊を離れ列車に乗り込もうとしているのか。その理由は次第に明らかにされます。
2人が所属していたのは北多摩郡に置かれた大本営直属の陸軍中央特殊情報部の無線傍受所。たまたまそうした特殊な部隊にいたところから、日本の無条件降伏を8/15に先立って知ることになります。その結果、部隊は8/15を待たず解散となり、2人は帰郷しようとしているという次第。

そうした事情から、本書では戦争体験記によくあるような戦争の悲惨さも、軍隊での過酷なシゴキも殆ど縁がありません。むしろこれからの希望を車中で語り合う、若者2人の屈託なさが印象的です。現代の若者の比べて何ら変わらない若者の姿がこの2人からは感じられます。
一方、何故戦争をしなければならないのか、何故戦争に行かなければならないのか、何故戦争は終わったのか。それらについて何の説明もなくただ命令されるままに振り回されていただけという事実もまた、強く印象に残ります。

僅か 120頁程の中篇小説ですが、ひとつの戦争体験記として忘れ難いものがあります。

                

4.

「永い言い訳」 ★★★


永い言い訳

2015年02月
文芸春秋刊
(1600円+税)

2016年08月
文春文庫化

 


2015/03/23

 


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突然に大事な家族(妻)を失った小説家=津村啓の痛みを、第一人称で語る他、第三者からの視点を加えて複眼的に描いた長編。

マスコミが報道で流すような綺麗ごとでは終わらない、その先の心底にある痛みが本作品では描かれます。
喪失感、悲しさ、そして置いてけぼりにされてしまったという動揺、悲しみ、怒り(それが利己的なものであろうと)。
もし自分の身にと想像してみても、そこに生まれる感情はひと通りのものではなく、様々な感情が渦巻くことだろうと思います。でもマスコミは、その一面を撮っただけで終えてしまう。
それに対し本作品は、第三者的な視点を加えることによって、津村啓の理解しがたい行動、妻の死に対するその無感覚ぶりさえも暴いていく。

本書を書くきっかけになったのは、東日本大震災で家族や友人を失った方々の報道において、綺麗なエピソードばかり報道されることへの違和感だったそうです。

本書ストーリィは、お互いの妻が学校時代からの友人同士で一緒にスキーツアーに出掛けた処、乗ったバスが転落事故を起して2人とも事故死してしまうところから始まります。
子供がおらず一人残された作家の津村啓は、妻の
夏子とは既に心が離れていて、妻の死という喪失感を実感できないでいる。
一方、妻の
ゆきを失ったトラック運転手の大宮陽一は9歳年下の夫、頼り甲斐のあった妻に死なれた喪失感を抱えて悲しんでいるばかり、小6の真平と4歳のという2人の子供の世話をどうするかという現実的な問題に対し何の具体的な行動もとれずにいます。
陽一からの電話をきっかけに、津村は大宮家の3人と深く関わっていくことになるのですが、そこに歪な関係があることは否めません。
様々な屈折や葛藤を経た末に漸く彼らの生活は落ち着いていくのですが、そこに至るまでにはやはり永い時間が必要なのだと、心から感じます。
リアルで切実な問題に真正面から挑んだ力作。綺麗ごとではない、足掻き続けるような各人の思いをきめ細かく書き綴っているだけに、深い感銘を胸に刻まれます。 お薦め!

  


   

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