藤 水名子(ふじみなこ)作品のページ

 
1964年東京都生。のち栃木県へ転居し高校卒業まで宇都宮で過ごす。日本大学文理学部中国文学科中退。91年「涼州賦」にて第4回小説すばる新人賞を受賞し、作家生活入り。


1.
色判官絶句

2.公子風狂

3.覇王残影

4.花残月

5.ふりむけば闇(※8人の作家によるアンソロジー)

6.しぐれ舟(※9人の作家によるアンソロジー)

7.散りぬる桜(※10人の作家によるアンソロジー)

8.夢を見にけり(※10人の作家によるアンソロジー)

    


 

1.

●「色判官絶句」● ★☆

 

1993年4月
講談社刊

1996年6月
講談社文庫

   

2000/03/20

中国・明時代の寧波港。そこに都から美男で女たらしの判官がやってきます。その名を柳禎之
迎える寧波港には、荷揚げ人足を仕切る火竜娘という綽名の美少女・高悠環と、港一番の実力者である呉家の若き当主・鷹訓がいます。
密貿易のリーダーである鷹訓と、それを摘発せんとする柳判官の争いに、お互い悠々小姐を自分のものにしようとするライバル心が加わり、寧波港の騒動は賑やか、というストーリィ。さしずめ、“中国歴史ロマンス+冒険アクション”と表現したい作品です。
本書の魅力は、悠環の勇ましい活躍ぶりを見ることに尽きると言って、過言ではないでしょう。裾の割れてピタリとした女真服を身にまとい、倭刀を背負って、漆黒の駿馬にまたがり駆け回る。そして、口からは気風の良いセリフが矢継ぎ早に飛び出す、というヒロイン。その一方で、鷹訓と柳禎之の間に、恋を知り始めた乙女心が揺れる、という風。
悪役もちゃんと出てきて、テンポの良い活劇アクションですが、魅力的なヒロインに出会えるのが楽しいところです。

  

2.

●「公子風狂」● 

 

1997年12月
講談社刊

2001年3月
講談社文庫化

  

1998/04/11

三国時代の魏を築いた英雄・曹操 を中心に、曹操、その息子、彼らの妻妾らを描いた連作短編。
歴史ものというと得てして英雄を描くことが主眼となりがちですが、本作品はむしろそれぞれの人間臭さを主眼に描いているようで、なかなか新鮮な印象を受けます。
とくに、曹操ら男性より、曹操の丁夫人、魏の初代皇帝となった息子・曹丕の洛夫人を描いた作品が秀逸。英雄たちに対し心の底で愛情を持ちながら、彼らの生き方に引きずられまいと意地をはり通す姿は魅力に富んでいます。夫らにとっては、それぞれ気の強い、また冷たいような厄介な妻に過ぎなかったのでしょうが。
作者の藤水名子さんはまだ30代半ばの若い作家。宮城谷さんらの中国歴史ものとは異なる、新しい書き方に挑んでいるような若々しさが感じられるのも魅力のひとつです。

公子風狂/青青子衿/憂愁佳人/仮面の皇帝/女王の悪夢/曹操の死

  

3.

●「覇王残影」● 

 

 
2001年12月
新潮社刊
(1800円+税)

  

2002/02/16

中国時代もの活劇小説、といった作品。
時代は後漢。主人公は、若くして“隠密司馬”の頭領(都尉)となった朱炎です。
この朱炎が勇敢無比、知略縦横、男らしい男であれば話は明快なのですが、それがそうではない。剣の腕は立つものの、知略の面でも頼りないし、ワキが甘くてすぐ女につけこまれる。そして、皇帝の寵姫となったかつての恋人に、いつまでも恋々としている。 
この辺り、藤さん自身が述懐されているとおりです。 
「正統派ヒーローによる、正統派の活劇を描きたい、と思った」「気がついたら、主人公は、昔の恋人をいつまでも忘れられない女々しい男になっていた。これでは、正統派活劇のヒーローではなく、正統派恋愛小説の主人公ではないか」(あとがきから抜粋)
主要人物としては、朱炎の他に、友人・李英、隠密司馬を差配する蔡卿の妾腹の娘・煌芳が登場。
李英は富商の息子ですが放蕩者で女好きと、朱炎と好対照。相応に腕も立つとあって、良い取り合わせです。一方、煌芳と朱炎の関係には微妙な綾があって、面白くなりそうなのですが、結局あまり展開は進まず。 
もうひとつ突っ込めば面白いのになぁと、もったいなさを感じるところが残ります。
5篇の中では、表題作の「覇王残影」がやはり読み応えあり。

嫦娥の刃/雨美人/覇王残影/惜別姫/羈愁

  

4.

●「花残月(はなのこりづき)」● 

 


2003年3月
廣済堂出版刊

(1800円+税)

 
2003/04/05

中国の歴史ものをずっと書いてきた藤さんにとっての、初の時代小説、元禄を舞台にした恋愛小説。
旗本の実家を出奔して、長屋で用心棒稼業をしながら暮す宗太郎と、手妻師であるかすみという娘を主人公とした、恋愛+青春ストーリィという風です。
その2人と対比する存在が、宗太郎が放埓な生活に陥るきっかけをつくった元渡り中間の直助(宗太郎と同居)、かすみの姉で深川芸者の佐江
直助と佐江がそれなりの情事経験を重ねてきた男女であるのに対し、宗太郎とかすみの2人はあくまで初々しい。ただ、かすみの宗太郎への愛が真摯で真剣なものであるのに対し、宗太郎の方は気分的なところも自分勝手なところもあり、やや心許無い。
そんな4人の恋愛模様の中に、不知火組という一味が登場し、かすみ誘拐を企てる。ちょっと唐突な感じがありますが、それがなければ起伏のないストーリィで終わってしまうのも事実。
最後には女武者が登場したり、心中事件が発生したりと、2人の恋路に波乱が生じますが、それもまた恋愛小説である故のこと。最後は余韻を残して終わりますが、ちと物足りなさあり。

  

5.

●「ふりむけば闇−時代小説招待席−(藤水名子監修) 

  

 
2003年6月
廣済堂出版刊

(1800円+税)

 

2003/11/12

藤さんが、作家・テーマを一切任されたというアンソロジー。
テーマを“勝負”としたことから、チャンバラを沢山楽しめると期待したところ、勝負ネタは驚く程幅広いものだった、というのが藤さんの語るオチ。
読者もまた、おかげで幅広いストーリィを堪能できる訳です。

私の既読作家は4人。その4作は、各作家の持ち味がそれぞれ生きていて、作家の個性を改めて成る程なぁと感じる次第。
浅田次郎「かっぱぎ権左」は、明治へと移り変わった時代の幕府御家人の苦衷を描く一篇。じ〜んとくるストーリィですが、その如何にも、という雰囲気にいつも合わないものを感じてしまう。
藤水名子「秋萌えのラプソディー」は、本書中唯一と言える、溌剌さとコミカルを併せ持った一篇。若い武家の男女を主人公とした、ドタバタ・ラブコメディとも言うべきストーリィで、楽しい。
宮本昌孝「秋篠新次郎」は、如何にも宮本さんらしい、爽やかで読後の余韻も快い一篇。私の好みにぴったり合います。

上記4作以外に強く印象に残ったのは、冒頭の秋月達郎「村重好み」と、最後の山崎洋子「リボルバー」。前者は、長い年月に亘る名陶工同士の勝負と、読み手の予想もしない結末に唸らされます。後者は、外国商人が闊歩する横浜を舞台に、若い娘の決死の勝負を描く一篇。娘とその弟の清新さが印象的です。
なお、時代小説でありながらカタカナの題名、いずれも女性作家という2作に心惹かれます。

秋月達郎:村重好み/浅田次郎:かっぱぎ権左/高橋義夫:龍の置き土産/火坂雅志:子守唄/藤水名子:秋萌えのラプソディー/眉村卓:ヌジ/宮本昌孝:秋篠新次郎/山崎洋子:リボルバー

  

6.

●「しぐれ舟−時代小説招待席−(藤水名子監修) ★★

  

 
2003年9月
廣済堂出版刊
(1800円+税)

 

 2004/01/09

藤さんに作家・テーマが任されたアンソロジー、第2集。
今回のテーマは“恋愛”です。

本書は、アンソロジーの楽しさをつくづく感じさせてくれます。
収録されている9篇いずれも、各作家の個性が十分に発揮されていて、とても楽しい。
まず冒頭の「夢筆耕」。「大江戸神仙伝」石川英輔さんらしい、明るく楽しい作品。ぐっと本書への期待感を盛り上げてくれます。そのまま明るい作品が続くかと思いきや、そうはいなかない。切ない話、ちょっと怖い話等、そこは様々。
宇江佐真理「堀留の家」には、巧いなぁと唸らされます。
島村洋子「猫姫」は、島村さんならという予想を見事に覆されたストーリィ。9篇の中でも、特に淡々とした静かな作品。
藤水名子「リメンバー」は痛快。要は祝言の最中に元の許婚者が生還するという三角関係のバタバタ劇なのですが、「惜しや、○○○。(中略)女のために死に急ぐか」という武蔵・小次郎ばりのセリフに、思わず笑ってしまいます。一体どう決着がつくのか、最後まで全く予想つかない展開。スリル満点でした。
山崎「柘榴の人」は、いいなぁ。書いてしまうのは勿体無い気がするので、省略です。

石川英輔:夢筆耕/宇江佐真理:堀留の家/薄井ゆうじ:象鳴き坂/押川國秋:臨時廻り/加門七海:あづさ弓/島村洋子:猫姫/藤水名子:リメンバー/藤川桂介:たまくらを売る女/山崎洋子:柘榴の人

      

7.

●「散りぬる桜−時代小説招待席−(藤水名子監修) 

  

 
2004年2月
廣済堂出版刊

(1800円+税)

 

 2004/03/24

藤さんに作家・テーマが任されたアンソロジー、第3集。
今回のテーマは“武士道”です。

武士道というと、私には硬直的・形式的という印象が強く、正直いってあまり好きではないのです。
それ故、コチコチの武士物語を予期していたのですが、あに図らんや、本書収録の各篇はむしろ武士道を揶揄するような作品が多いようです。
その点で秀逸なのは、侍らしく華ある死を願いつつ遂に果たせないまま終わろうとする大久保智弘「死なぬ」。前半の青春小説らしさと後半の意固地な人物に変化してしまう主人公の対比が面白い。
また、上意討ちを命じられ、30余年もの間相手を探し続けた菊池秀行「才蔵は何処に」はお見事。前半部分に旅の始まりと終わりを配し、後半部分に途中経過を描くという絶妙の構成により、果てしなく続く旅路の遠さが実感されます。
異色は、佐藤賢一「ルーアン」。唯一の西洋騎士道もの。
藤水名子「黒のスケルツォ」は、相変わらずカタカナの入った題名。冷酷さと滑稽さが二重写しになったストーリィは、絶妙の味わいがあります。

秋月達郎:あいのこ船/薄井ゆうじ:マン・オン・ザ・ムーン/大久保智弘:死なぬ/菊池秀行:才蔵は何処に/佐藤賢一:ルーアン/高橋三千綱:消えた黄昏/南原幹雄:留場の五郎次/藤水名子:黒のスケルツォ/村松友視:泪雨/山本一力:純色だすき

  

8.

●「夢を見にけり−時代小説招待席−(藤水名子監修) ★☆

  

 
2004年6月
廣済堂出版刊

(1700円+税)

 

2004/07/02

藤さんに作家・テーマが任されたアンソロジー、第4集。
今回のテーマは“千両箱”、すなわちお金にまつわる話です。

“千両箱”→“一攫千金”→“夢を見にけり”というのが藤さんの説明。
お金にまつわる話となれば悲喜こもごも。哀切を感じる話から、滑稽譚、歴史を題材にした話まで、実にヴァラエティに富んでいます。
その中で秀逸なのは、多田容子「すぎすぎ小僧」。善人からも盗みます、というのがそのすぎすぎ小僧の口上。その論理は極めて明快。善悪という主観的な基準によらず、多過ぎる処から少ない処へ富の偏重を糺すのが目的という。裂ぱくの気合を感じるような、多田さんの才知がキラリ光る一篇。爽快です。

一方、とりわけ愉快なのは、藤水名子「フルハウス」。恒例のカタカナ題名で、今回はどんな内容やらと、読む前からドキドキします。雨宿りのため古い辻堂で向き合うこととなった面々は、浪人、武家娘と老女、商家の番頭、悪相の渡世人2人と実に様々。
彼らが互いに想像する素性と、その実態が実にかけ離れており、そのくい違いが予想外の剣戟をもたらすという展開。これ程愉快な時代短篇も、そうはないでしょう。
島村洋子「梅の参番」は、前回とはまた違った女性2人の運命もの。ハッピーエンドへの持っていき方が巧妙で、味わいの良さが魅力。

薄井ゆうじ:わらしべの唄/小杉健治:はぐれ角兵衛獅子/島村洋子:梅の参番/高橋直樹:銀の扇/多田容子:すぎすぎ小僧/火坂雅志:人魚の海/藤水名子:フルハウス/宮本昌孝:長命水と桜餅−影十手必殺帖−/森村誠一:吉良上野介御用足/山崎洋子:ドル箱

     


  

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