2 たおやかな滝時間
2月23日(水)、旅館の朝は早い。
8:15に起きて、最近日課の「あすか」(NHKの朝の連ドラ。ノブはこれが大嫌い)を見ながらぼんやりする。今日の「あすか」は、放送回数延ばし的な話しで、見ていて間延びしてつまらなかった。
ぶちぶち文句言っていたら、仲居さんが朝食の用意をしに来た(ここは、朝も夕も部屋でごはんを食べる)。 朝ご飯は、重箱に入った弁当のようなもの。鰆の焼き物、ノリ、生卵、切り干し大根の煮付け、海草と豆の煮付け、ごはん、みそ汁。
美味しくもまずくもない。…いや、ウソだな。やや美味しくない(笑)。
ごはんを押し込んでから、朝風呂に出かける。今度は露天の方だ。
脱衣所も表にあり、吹きさらし。すっっごい寒い!!浴衣を脱いだ瞬間に全身の毛穴がぎゅぅぅぅっと音を立てて閉まる。
ざっとシャワーを浴びて、湯船へどぼん!
ざぁぁぁーっと音を立てて一気に毛穴が開く。その瞬間にあの激痛(炭酸水の中に身体を漬け込むようなものだからね)が身体中に広がる。いだだだだぁぁぁー!
…慣れてくると、もう痛くないのだけれど、始めに湯に浸かるときは要注意である。
身体ほかほか、顔は10℃以下の風にさらされているので、のぼせることなく気持ちがいい。
前出の通り、ここの湯は湯冷めしにくいので、上がるときは鼻歌ものである。入る前の寒さがウソのようだ。
部屋に帰ろうとフロントの前を通り過ぎようとしたとき、目も覚めるような鮮やかな青いジャージが目に飛び込んできた。ん゙?!と、思って見れば、どうやら宿の主人らしい。
ダンナ「今日は、どこか行くとこ決まってるの?」
かづよ「いえ、まだ…。この辺りをぶらぶらしようと思っているんですが、いいところありますか?」
ダンナ「養老の滝の所までいって、遊歩道づたいで帰ってくれば?往復で10キロくらいだから。」
かづよ「……(え、じゅっきろ?!)」
そんなに歩けないよ的困った笑顔を浮かべていたら、行きだけ車で送ってくれるという。5キロだったら歩けるかな、と思って、好意に甘えることにした。
旅館の前に横付けされた日産「シーマ」。おっちゃん、なかなかいい車乗ってるじゃない。
道中これといって話すこともなかったので、車の話題を振ってみる。
おっちゃんはまんざらでもなさそうに「この辺じゃ、車とゴルフしかないからねぇぇ」なんて、嬉しそうに言っている。…確かに、ゴルフ好きそぉだわ、おっちゃん。
養老の滝の辺りで降ろされて、ぽつねんとたたずむ私。
そんな私を残してシーマに乗った青いおっさんは爽やかな笑顔をのこして行ってしまわれた。…何か、罰ゲームに近いノリがあるなぁ。
ひとりぼっちになって、車で来なかった自分を改めて呪う。
車道から、急な階段を随分下ったところで川に出る。
養老の滝はすぐ目の前にあった。川幅は15〜20mくらい。意外に大きい。
水はやや茶褐色なものの、透明度は高く、綺麗。ぬる〜っとした感じの川底(「滑床」というらしい)。岩がごつごつしているのでも、砂だらけのわけでもなく、その殆どが1枚岩のようなもので出来ているから、そういう印象を受けたのだろう。魚は何だかよく分からないちびっちゃいのが時々泳いでいる。
日向は暖かいが、日陰はかなり寒い。
水の染み出している岸壁沿いに、氷柱が群生していた。
おぉぉ。久しぶりに氷柱なんて見た気がする。
私たちが子供の頃は、よく池に氷が張ったり、霜柱があちこちに出来ていたりした気がする。最近見かけていないところを見ると、温暖化は着々と進んでいるんだなぁ、なんて思ったりした。
後ろを振り返ると、私と同い年くらいの女の人とその母親らしき人が、楽しそうに話しながらこちらへ近づいてくる。
足元を見ると、母親はパンプス、子はヒールのあるブーツを履いている。…地面は所々凍ったり、ぬかるんだりしている。…すごい親子である。
しかも、竹の1.6m位の長さの棒をどこかで拾ったらしく、あちこちの氷柱を破壊しながら歩いてくる。パワフルだ。
その2人組をやり過ごし、再びちんたらと歩き始める。
しばらく行くと、フナムシみたいなものが岩肌でうようよとたっくさん蠢いているのを発見した。(遠目で見ると、けっこう気味悪い)
なんだぁ??と、思って近くに寄ってみる。
すると、それは岩肌から染み出した水が表面だけ凍って、その薄氷の下を新しく湧き出した水が1滴、また1滴と岩肌を伝って流れていったものだということが分かった(つまり気泡)。
砂時計の油式版って分かりますか?ひっくり返すとぽたぽたと色つきの玉が落ちてくるの。そんな感じ。
小さなスライムが、リズムをつけてほよほよと転がっていくような様は、すごくかわいくって、飽きもせず15分くらい見入っていた(暇だなぁ…)。
途中、「山蛭(ひる)注意」なんていう物騒な看板があったり、からからから…っていう小さな落盤が起きる音が聞こえる。
本当に自然の音以外は一切聞こえない。川のせせらぎ、鳥の羽ばたき、風が木々を揺らす音。
きょろきょろしながら歩いていたら、足元で「ぱきっ」っていう音がした。
足を持ち上げてみると、真っ二つに割れた石。
面白いからもう一度踏んでみたらまた2つに割れる。
見回すと、あちこちに割れた石が落ちている。薄っぺたいのを拾って手で割ってみると、面白いようにぺきぺきと割れる。
花占いのように「スキ、キライ、スキ…」とかつぶやきながら石を割っていく。
最後、結構分厚い部分だけ残ったところで気がついた。
…このままだと、キライで、終わってしまう…。むむむ。困った。
仕方ないから「スキぃぃー!」と、大声で叫びながら川に放ってやめてしまった。
まぁ、所詮占いだからね。いいことしか信じません(笑)。
その3へ続く。
1 一種の家出 2 たおやかな滝時間 3 素朴な養老魂
4 半信半疑の久留里城 5 騙して守ろう久留里線 6 田舎電車そして日常