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マコトは溜息をついた。 この所更に忙しくなった仕事の合間、仮眠中に見た夢が消化不良を起こしそうなものだったのだ。 何で、夢の中でさえ真っ先に笑顔が浮かんで来ないんだろう。辛そうに歪んだ顔してたりするんだろう。心配ですぐ隣へ駆けて行ってしまいたくなる表情で、それなのにちっとも目を合わせてくれない。 思えばいつもそうだった。頼ってくれない。 「どうしてるんだろう、Kさん……」 そんなところで夢が現実に則していてもちっとも嬉しくない。マコトは溜息をついた。 「よ、どうしたよ暗ーい顔しちゃってさ?」 聞き覚えのある明るい声に顔をあげるとMZDが人の悪そうな笑みをたたえていた。 「あー、いやちょっと気掛かりが。どって事ないんですけどねー」 努めて笑うマコトに、MZDは眉を上げた。 「穏やかじゃねぇなぁ、オイ。KKと喧嘩でもしたのかよ?」 マコトの笑顔が一瞬消える。この神様は突然核心を突いてくるから怖い。 「なんでぇ、図星か。あいつ結構思いつめるとこあっからテキトーなとこで折れてやんな?」 「……だったらいいんだけど」 マコトが苦笑まじりの愛想笑いを浮かべるとMZDは後ろの影と顔を見合わせた。 「あのな、マコト。俺今割と暇な訳よ」 にんまり、という表現のしっくり合った笑顔でMZDはマコトの隣に腰を下ろした。 「おにーさんにちょっと話を聞かせなさい」 夕暮れて、ここは西新宿。 「ようKK、いるかぁ?」 アパートの扉を開けざまにMZDが声をかけると、KKはゆっくりと顔を戸口へ向けた。 「……なんだ、あんたか」 「あんたかは御挨拶だな、もう日も暮れてんぜ?電気ぐらいつけろっての」 上がり込んだMZDは、そういうと電気のスイッチを入れる。 「何しに来たんだ」 「見てわかんねぇか?」 MZDは肩を竦めた。 「折角この辺りへ来たからよ、酒でも飲もうかと思って」 にっと笑うと手に下げたビニール袋を掲げてみせる。KKは溜息をついた。 「御機嫌斜めじゃないか、どうしたよ?」 MZDはすでに台所からコップを出している。 「今、そんな気分じゃねぇんだよ」 渋い顔をするKKに、ふーんと相槌を打ち、神様はにまっと笑った。 「さてはマコトと喧嘩でもしたか?」 「出てけ」 「はいはい、じゃぁマコトの話はしねぇでいてやっからとりあえず飲めよ」 MZDはKKにグラスを突き出した。その瓶もコップの中の液体も、KKの見た事のない代物だった。 「何だ、これ」 「メルヘン王国のお土産。」 MZDは胸を張る。胡散臭気にKKはグラスの中を覗き込んだ。色は透明、微かに果物のような匂いがする。さっさと自分のコップを開けるMZDにつられてKKも勢いよく飲み、そしてむせた。 「……何度あるんだ、コレ」 「さぁて、ンな事考えて飲んでねぇからなぁ。味は悪くないだろ?」 MZDは再び自分のグラスを開け、KKのグラスにも注ぐ。ふわりと薫る匂いと微かに感じる甘味。後口もすっきりしている。落ち着いて飲めば確かにいい酒だ。 「ま、飲みなって」 「何か、企んでないか?」 「何かって、何よ」 MZDは影共々にまりと笑う。KKは一層疑わしそうにその顔を見て、眉を寄せた。 「俺に企まれるよーな事、したんだ?」 「いや、別に」 嬉しそうに、むしろうきうきと身を乗り出すMZDにKKは憮然と、酒を飲む。何だつまんねぇ、とMZDも酒を飲む。MZDは勧め上手だし、KKも嫌いな方ではない。瓶の中の水位はかなりの速度で下がって行った。その速度にKKがふと不安感を感じたのは、瓶の中身が半分を切った頃だ。 「どうした?もう酔ったか?」 からかう様に笑うMZDに、KKは口の端を歪める。 「少し、な。……ここんとこ、酒は飲んでないし」 「へー。何でまた?」 MZDが言うと同時にその影が現れ、すっとKKのグラスに酒を注ぐ。そのグラスを口元へ運びかけ、ふとKKは疑問を口にした。 「何か、俺誘導尋問されてねぇか?」 「誘導尋問する必要があるのかよ、俺に」 酒と一緒に持って来たらしいサラミを齧っていたMZDは心外だ、とばかりに口をへの字に曲げる。KKはコップの中身に口を付けた。 「そう言われてみればそうなんだけどよ……」 「何か引っ掛かるか?」 「……」 MZDはサングラスの奥の目を細めた。 「そりゃぁお前さんのここに、何かやましいとこがあるからだろうな」 ここ、とMZDは自分の胸を親指で差す。KKは不機嫌に目を逸らした。 「……別に、何も?あんた、酔ってるか?」 「あったり前だろう、どれだけ飲んでると思ってる」 「自慢になるか」 MZDの影の動きが「すまんね」と言ったように読み取れて、KKはやれやれ、と首を振った。 「なぁ、KKよ」MZDはくすくすと笑う。「お前、忘れがちだから言っていいか?」 「何だ、言えよ」 「……やーっぱ言わねぇ。いや言えねぇ」 くすくす笑いながら卓袱台の上に上半身を折るMZDは、どこかマコトに似ていた。KKは唇を噛む。 「どうした、KK?」 MZDは上目遣いにKKを見上げ、影は気遣うようにKKの背を抱え込んだ。 「お前こそ、何かしんどい事あんなら言えよ」 「………」 KKは俯き、そしてグラスを一息に空けた。口を閉ざしたまま、首を横に振る。MZDは残念そうに溜息をつき、苦笑した。 「ちったぁ人をアテにしろっての。よくねぇ癖だ」 グラスを握りしめたままのKKの手にMZDは自分の手を重ねる。 「隣に誰か居る時にまで、勝手に独りになりなさんな。な?」 「……あいつみてぇな事、言うんだな」 その視線は自分の手に落としたままだ。MZDはただ、KKの手を包み込む。 「言っとくけど頼まれた訳じゃないぞ?」 MZDの声は珍しく優しく、影はKKの肩を抱いている。 「俺はKKが好きだからな。マコトも好きだけど」 沈黙する事しばし、KKは大きく息を吐いた。それを機に、MZDはKKの手を離す。 「マコト、元気か?」 KKの問いに、MZDは口元を緩めた。 「死にかけてるけど生きてるよ」 死にかけ、という単語にKKがびくりと顔を上げる。 「心配か?」 返事代わりにKKはMZDを睨みつけた。 「まぁ、怪我や病気じゃねぇから安心しろ」 KKの肩が安堵で下がるのを見て、MZDが続ける。 「過労死しそうな勢いで働いてるだけだ」 「………」 酢を飲んだような表情で黙るKKの前で、MZDは意地悪く笑った。 「この頃始発の時間に出て終電の時間で帰れれば御の字だって言ってたからなぁー、帰れない日もあるって言ってたし。当然休日返上」 KKの反応を伺うように、MZDが言葉を切る。 「あんだけ意地みてーに仕事続けりゃいつか過労か事故で死ぬね、賭けてもいい」 「大丈夫だろうよ」 ぽつりと小さくKKは言った。目元は見えないが心無しか、寂し気な微笑を浮かべている。 「……あいつなら、放っておいても立ち直るさ。傍が放っておきもしねぇだろ」 「そうかもしれねぇがよ」MZDはこめかみを押さえた。「お前はいいのか?」 KKは無言で、ただ口元を引き上げた。印象は寂し気、と言うよりは最早自嘲に近い。 「俺といたって、あいつにいい事なんかねぇよ。可愛い嫁さんでももらって、幸せに人生過ごす方があいつにゃ向いてらぁ」 KKは空のグラスを満たし、飲む。話のポイントがずれているのは、酔いの所為か、それともわざとか。 「あいつの幸せは、あいつが決める事だぜ?KK」 MZDはKKのグラスに手を添えて離させ、遠ざけた。 「お前の幸せも、そうだろ?」 言うと今度はKKの隣に座り直し、相手の頬を掌で挟んで正面から顔を覗き込む。 「お前、今フリーなんだろ?マコトんとこ戻る気がねぇんなら、よ」 MZDは喉の奥でくつくつと笑った。 「誰かとかるーく浮気してみりゃどーよ?俺とか、さ?」 「……あぁ」KKはとろりとMZDを見た。酔いを多分に含んだ瞳で呟く。 「そういう手も、あったな……」 「あったな、っておい」 予想外の返答に戸惑うMZDを余所に、KKはシャツのボタンに手を掛ける。 「待てこら」1つ、2つとボタンを外すKKの手をMZDは引き止めた。「いいのかよ、ほんとに?」 KKは不思議そうに頷いた。 「別にあんたは初めてじゃねぇんだろ?」 「そりゃぁね?……ま、いいか。分ったから力抜きな。ついでに目も閉じろ」 サングラスを外してMZDが言うとKKは素直に目を閉じた。MZDの掌はKKの頬をひと撫でして顎を持ち上げる。それに応じてKKは唇を微かに開いた。まず試すように軽く唇が触れ、一度離れてからゆっくりと重なりあう。舌を絡め、吸い、甘噛みし、舐める。 「………ん、」 身じろぎしてKKが薄く目を開いた。酔ってとろけた瞳が微かに光る。その目が焦点を結んだのとほぼ同時、不意にMZDの動きが止まった。 「?」 触れた時と同じように優しく、しかしあっさりと唇を離すMZDに、KKが目を瞬かせる。 「MZ、D?」 「言ったろ、KK。幸せってのは自分で決めるもんだってな」 MZDは悪戯っぽく笑ってサングラスを掛け直した。 「お前さんはマコトがいいんだろ?なのに俺とヤっちゃぁハッピーじゃねぇだろうが。お前さんが幸せじゃなけりゃ、俺だって楽しくない訳よ、分かる?」 「……」 唇に手を当てるKKに、MZDは続ける。 「脱がそうとすりゃ止める、俺以外の名前まで呼ぶ、それでまだ俺とヤりたいっつったら怒るぜ?」 「別に、呼んでなんか……」 頬を赤くして抗弁するKKの頭に、MZDはこつりと拳を載せた。 「あんだけひっついてりゃ唇の動きだって読めない訳じゃないのよ、俺にはね」 KKの顔が更に赤くなる。 「あれは、あんたの髪があいつと同じ色でそれで」 「言い訳はいいからよ。思い出して口にしたのは事実だろ」 それとも何か、とMZDはKKの目の前に顔を突き出した。 「俺と本気でまだヤりたい?」 KKはたっぷり3秒は沈黙した。 「いや、いい……」 「だろ?ならこの話はナシな」 KKはこくりと頷き、そして済まなそうにMZDを見る。 「すまん」 「なーに、気にするこっちゃねぇ。それより」MZDは腰を上げてにやりと口元を歪めた。「その台詞はマコトに言ってやんな」 KKの顔は一瞬泣きそうに歪み、そして再び自嘲するように視線を落とす。 「おいおい、いい加減に折れてやれって。潮時だぜ?」 MZDの苦笑にも、KKは諦めを含んだ目を上げようとしない。MZDは再びKKの傍らにしゃがみ込んだ。 「KKよぉ」 「……すまん」 ぽつりと言うKKの頭を抱えてMZDは盛大に溜息をついた。 「しょーのねぇ頑固もんだなぁ、全く」 KKはされるがままにMZDの腕に頭を埋めている。 「とりあえずゆっくり眠っても一度考えな。これ以上飲むなよ?」 KKは頷きかけ、ふと物言いた気にMZDを見上げた。 「あいつにゃ言わないでくれ、無駄に心配するから」 サングラスの奥でMZDの目がすっと細くなる。そして聞こえない程度の声で「無駄、ねぇ」と小さく呟いた。多分、それはKKの意地なのだろう。自分がどれだけ消耗しているかすら見えない程余裕無く、重ねて張った強がりの最後の欠片に思えた。 「知らねぇ訳じゃねぇだろうに……」 MZDの声が聞こえたのか、KKは確認するようにもう一度言った。 「なぁ、言わないでくれよ?」 「聞こえてるよ。安心しな」 言わない、と約束する事を避け、MZDはKKの頭を優しく撫でた。 「俺はもう帰るけどな、ちゃんと寝ろよ?」 「……うん」 KKはいつに無く素直に頷き、MZDの腕から体を起こす。その瞳に一瞬だけ、言葉を飲み込む気配があったのをMZDは見逃さなかった。 「達者でな、MZD」 「おう、また来るからな」 本当は1人で置いておくのが不安な程にKKは痛々しい。引き止める言葉を口に出さなくても、人恋しげな心が隠し切れていない。後ろ髪を引かれる思いで、MZDはKKの部屋を後にした。 「重傷も、いいとこだな」 溜息の後のMZDの言葉に影が頷く。見えない振りで余計に広げているその傷口が、KKの身も心も食い尽くしてしまう前に何とかしてやりたい。 「……待ってなよ、KK」 MZDはKKの部屋を振仰ぐと、夜道を歩き出した。 −−−−−−−−− |