K208.観測の誤差から真実を見るー地球温暖化 観測所の設立に向けて


著者:近藤純正
気象庁が発表する地球温暖化量に疑問を抱いたことが動機となって始めた研究 である。私がこれまで経験してきた観測の誤差にまつわる数例を取り上げて、 正しく測ることの喜びと重要性を示し、温暖化に伴う長期の気温変化を正しく 求める方法について話題としたい。

これは日本気象学会誌「天気」の「気象談話室」に投稿した原稿で、2021年1月号 (Vol.68、p.37-p.44)の内容である。 (完成:2020年10月1日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2020年10月4日:原稿を掲載

    目次
        1 はじめに    
        2  最高気温の観測史上1位の記録
        3  クールアイランドとヒートアイランド
        4 計測器の表示が正しいか目視観測もしよう
        5 満点の論文はありえない
        6 流行に惑わされるな,そしてAMTEX
        7 熱伝導と放射,疑いがあってもデータは貴重
        8 地球温暖化観測所
        9 むすび
        謝辞
        参考文献           


1. はじめに

信じることも疑うことも重要である.私は観測に基づく大気現象に関する論文 を読んだとき,誤差を含む可能性があり,真実は不明という疑いをいつも持って いる.それが研究の動機となり新しい発見をすることがある.ここで言う誤差 とは測器そのものの誤差のほか,例えば地上気温の観測値が地域を代表する値 でなく,観測点周辺の数m平方の局所気温を観測した場合も誤差「地域代表性の 誤差」とする.

私は現役を引退してから20年余になる.現役時代に気になっていたことは, 気象庁発表の温暖化に伴う気温上昇率である.気象観測は時代によって測器や 観測・統計方法も変わり,さらに観測所の近傍100m内の周辺環境も変化している ので,観測値を並べただけでは正しい気温の長期変化は見えない.これが引退後 に行った研究の動機である.ここでは温暖化に伴う気温上昇率を「地球温暖化量」 と呼ぶことにする.

統計方法の変更による誤差の例として毎日の最低気温の年平均値を示すと, 日界(1日の区切りの時刻)を昔の9時から現在の24時に変更した結果,全観測所 平均で0.35℃も,観測所によっては最大0.7℃も低くなった (近藤 2012a; 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年 変化」).

私は全国の気象観測所を見て回り,昔の観測原簿や観測露場周辺の写真などを 調べた.さらに各地の公園や観測所の露場で風速や気温の誤差と観測環境 (露場の空間広さ)との関係を求めた.これらから得た諸々の誤差を補正して みると,正しい日本の1年間当たりの気温上昇率は気象庁の発表値0.0121℃/yと 異なることが分かった(近藤 2012a;2020; 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」).ここに0.0121℃/yは 気象庁ホームページの「日本の気候の変化」による.

第1図は1881~2019年の139年間における日本平均の気温変化を示しており, 直線近似で表したときの気温上昇率は0.0077℃/y である.

気温変化
第1図 日本平均の気温の長期変化(34地点平均)、都市化や日だまり効果 を含まない気温:データセットKON2020を用いた(近藤 2020,より転載: 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。


ここでは,私が経験してきた観測の誤差にまつわる数例を取り上げて,正しく 測ることの喜びと重要性を示し,温暖化に伴う長期の気温変化を正しく求める 方法について話題としたい.科学とは,「観測→解析→理論の構築→観測による 検証」のサイクルによって発展していくことを再認識しよう.


2. 最高気温の観測史上1位の記録

2020年9月までの記録によれば,最高気温1位は埼玉県熊谷における2018年7月23日 と,静岡県浜松における2020年8月17日の41.1℃である.

その前のこと,観測史上1位の記録を出した2007年8月16日に岐阜県 多治見での40.9℃に疑問を持ち,気象予報士たちと共に多治見市内の気温 分布を観測した.多治見アメダスは北消防署の駐車場の隅,生け垣などで囲まれ て風通しが悪い環境にある.道路を挟んで向い側にあるスーパーの広いアス ファルトの駐車場で測った気温と比べると,晴天日中のアメダスの気温は1℃ ほども高温であった.アメダスは地域を代表せず,ごく局所の気温を測っていた (近藤ほか 2013;「M65.多治見のヒート アイランド観測」).

群馬県館林アメダスでは時々日本一の最高気温を記録していた.見学すると 消防署駐車場の隅,アメダスは生け垣に囲まれていた.気象台に「なぜ生け垣 で囲むのですか?」と尋ねると,「周囲のアスファルト舗装の熱気から防ぐため」 との返事.多くの研究者も同様に,日中の植物葉面は気温より低く周囲を冷やす という間違った常識をもっている.よほどの強風でない限り植物葉面は吸収した 太陽熱の一部を顕熱に変え大気を加熱する(近藤 1994,6章).この理論的関係 を説明しても間違った先入観をもつ者には分かってもらえないので,観測によって 実証した(近藤・内藤 2014;「K83.気温観測に及ぼす 樹木の加熱効果ー実測」).

昔から「気温は日あたりと風通しのよい場所で観測する」とされてきたが, 守られていない観測所は少ならず存在する.なお、館林アメダスは2018年に 館林高校に移転した.

このような風通しの悪い所では日中の気温は高めに,夜間は低めに観測される. これを「日だまり効果」と名付け,日中と夜間について各地の観測結果をまとめた (近藤ほか 2017,図157.1と図157.2; 「K157.日だまり効果、 アーケード街と並木道の気温(まとめ)」).さらに理論計算も加えて整理し 観測環境の重要性を示した(Sugawara and Kondo 2019).

晴天日中の例として,観測点の風上に樹高5mの樹木群があるとき,樹木群の 風下50m(空間広さ=10)の気温を基準とすれば,風下5m(空間広さ=1)の気温 は約2℃ほど高温になる.樹木でなく建築物の場合は約1℃ほど高温になる. なお,空間広さの定義は後掲の式(1)で示される.

なお,実測と理論的考察によれば,晴天日中の樹木による空気の昇温量は, 近似的に風下距離 X の平方根に逆比例して小さくなる.樹高が数m程度の場合, 目安として樹木による昇温効果はX<30mで大きいが、X>50mでは小さくなるとして よい(近藤・内藤 2014;「K83.気温分布に及ぼす樹木の 加熱効果ー実測」 ).


3. クールアイランドとヒートアイランド

多くの研究者の常識では,晴天日中における都市内の森林公園の気温の水平分布は ほぼ同心円状で中央部ほど低温とされてきた.しかし,詳細に観測してみると, 森林内の気温は水平距離約30m平方内の樹木の枝葉密度を表す「木漏れ日率」と, 風通しを表す「見通し」の関数として表される.近藤・内藤(2015)の図115.3に 示すように(「K115.新宿御苑の気温水平分布」), 東京の北の丸露場のように風通しの悪い林内の日だまりでは市街地 に比べて1℃前後も高温になる.

都市キャノピーと呼ばれるように,都市も森林に似たところがあり,都市の ヒートアイランドも都市中心部ほど高温の同心円状の気温分布が知られている. しかし,詳細に観測してみると,近藤ほか(2017) 「K157.日だまり効果、アーケード街と並木道の気温(まとめ)」の図157.2 に示されるように, 地上気温は風通しの良否によって決まり,広い道路は風通しがよく低温である のに対し,狭い道路ほど高温である.

「自然通風式シェルターは同じ形に作ってあるので,放射影響誤差が1℃程度, 最大5℃あっても,ヒートアイランドの分布形の観測値は正しい」という研究者 がいる.これは正しくない.放射影響誤差の大きさは風速と放射量によって変化し, 観測された気温分布は真の気温分布と異なる.放射計,温度計,風速計(熱線式) は感部の温度変化から導き出すという同じ原理に基づいて作られており,温度計 は風速計にも,放射計にもなりうるのである(近藤 1982).

気温を観測する場合,可能ならば高精度温度計を用いたい.センサ本体のみ ならずシェルターなども含めて全体で高精度に測定できる温度計である. 高精度で観測すれば,それまでは見えなかった現象が見えて,それは喜びであり, それが大きな社会貢献・変革をもたらすことになる.研究とは,新しいことを 知るために行うものである.例えるならば肉眼では見えない現象が顕微鏡で 見れば新しい世界が広がる.


4. 計測器の表示が正しいか目視観測もしよう

前記した「露場の空間広さ」は測量器で測る周辺地物の方位と仰角αから求める. 観測点から X の距離に高さ h の地物(樹木や建物)があるとき,ある方位の 露場の空間広さは次式で定義する.

  X/h=1/tanα            (1)

1/tanαの全方位の平均値が観測点の「空間広さ」である.ただし,観測点に おける風向が限られている場合には,主風向の±20°範囲の平均した空間広さを 用いる.

筆者は古くから使われている簡単なセオドライト(ポケットコンパス), あるいはレーザ光線を用いた安価な測量器を利用している.レーザ光線を用いる ときの注意点は,対象物の手前に電線などの細い物体があると,それでレーザ 光線が反射されて距離が短く表示されることである.

気象台が利用している,やや高価な測量器では,現地で測量前にキャリブレー ションの準備を行う必要があり,取り扱いが難しい.そのためか,あるいは最近 の測器は高級品化されているためか,例えば仰角何度と表示されれば,多くの者 はその値を信じてしまう傾向にある.

気象庁が各観測所で「露場の空間広さ」を求める目的で測った仰角の資料を 見せてもらったところ,測量値を疑う観測所が多くあった.そこで,私は協力者 と共に現地6か所(秋田,盛岡,仙台,静岡,高知,室戸岬)へ行き観測露場で 仰角を測量した.その結果,仙台以外の仰角測量値が大きく違っていた.特に 注意すべきは,秋田や盛岡や静岡では,周辺に住宅やビルが多く,目視で仰角 ゼロではないのに測量値ではゼロとなっている(近藤 2012b; 「K64.観測露場内の地物の仰角測量」).これは,測量前 に行うキャリブレーション不足の可能性がある.

これは気象台職員の例に尽きず,一般に最近の若い人たちは計測器の表示を 疑うことなく信じてしまう傾向にある.目視その他によってチェックしよう.

なお,最近では魚眼レンズをつけたカメラによる周辺環境の記録も行われる ようになっている.


5. 満点の論文はありえない

論文を読めば,その論文を100%信じることなく疑いも持とう.100点満点の論文 はあり得ない.

論文の内容に間違いと思う部分があっても読者にとって重要な情報となること がある.それゆえ,編集委員・査読者の先入観から内容に疑う部分があっても 不採用にしないで欲しい.論文には観測事実とは別に著者の考え,つまり思想が 書かれてあり,思想・宗教の自由は許されている.

私の記憶に残る論文の例を示したい.2005年前後だったか,アメリカ地球物理学 連合誌JGR(Journal of Geophysical Research)に次の内容の論文が掲載された. 中国北部地域の地上風速がしだいに弱くなっている.この原因は地球温暖化に よって海陸の温度差が小さくなり,季節風が弱くなったからだと説明されていた. 私は読んだとき,観測は事実で,原因の説明は著者の考え,よくぞ掲載して もらった,貴重な情報だと思った.私は,風速が弱くなっているのは観測所周辺 の都市化などによって生じた現象だと思った.日本でも同様の現象が見られる.

日本では1966年に観測を中止したが,世界中で小型のパン蒸発計(口径0.2m) による蒸発量の観測が行われてきた.このパン蒸発量は世界的に減少傾向にある ことが1990年代から発表されるようになった.これは,東北大学に長く滞在した ことのある私と同年代のBrutsaertさんから聞いていた(Brutsaert and Parlange 1998).この経年変化の解説と,日本における状況について浅沼ほか(2004) が発表している.

しかし私は,その主な原因として,多くの観測所では蒸発計を設置してある 露場の風速がしだいに弱くなっていることの表れだと思った.蒸発計による 蒸発量は設置場所の環境(気温,湿度,風速,放射量)を表すパラメータである. 露場風速が減少すると,蒸発計(ただし,口径1.2mの大型蒸発計)の蒸発量は いくら減少するかを計算した(近藤 2000,図5.9).このような計算から観測所 の環境変化の推定が可能である.


6. 流行に惑わされるな,そしてAMTEX

大気境界層内の下層「接地境界層」では,鉛直方向の気温差がゼロに近いとき, 風速の鉛直分布を高さの対数目盛で表したグラフにプロットすると直線になること, いわゆる「対数則」が知られている.

1970年の少し前のこと,波のある海面上では「対数則」は成立せず,海面近くで 風速分布の折れ曲がり「キンク」がある,という論文がでた.それに同調する論文 が次々と発表された.

それは,ちょうど数値予報の精度向上の時代,私は海面の摩擦応力や顕熱・潜熱 輸送量のパラメータ化を正しくする研究をしていた.キンクの存在の有無でパラ メータ化が大きく変わるので,確認の必要があった.その一つは風速計の動特性 (レスポンス)から波の上では風速が見かけ上強く観測されることを理論的に 計算したことである(Kondo et al.1971).当時の多くの研究者は風杯の大きさ に比べて回転半径の大きな小型風速計を使っていたが,筆者はレスポンスのよい 風速計が必要と考え,独自に開発した光の透過・遮蔽で回転数を測る3杯式微風速計 を使っていた.1960年以前に気象庁で使われていた4杯式風速計(ロビンソン風速計) も風速計の回り過ぎの特性から乱流状態にある大気境界層内の風速は10~20%ほど 強く観測される.

「キンク不存在」の証明の二つめとして,観測から確かめたことがあげられる. 具体的には鉛直方向に1つの支柱に取り付けた数個の風速計を一斉に上げ下げして 各風速計の相対誤差が無いか確かめると同時に,どの高度範囲でも対数則が成り 立つことを証明した.同時に大きな副産物として,風向と波の方向が一致する ときと反対のときで,海面波と波に誘起された風速変動の位相差が180度変わる こともわかった(Kondo et al. 1972).

海面波の「うねり」で誘起される風速変動があることは,実は最初に測器音 を耳で聞いてわかった.海面に近い高度の風速鉛直分布を測るために,風速計 が波で壊れてもよい覚悟で取り付けてあった.台風による「波のうねり」が強く なり風速計が壊れていないか,夜になって心配になり陸上で記録していた風速計 の電磁カウンターを見に行くと,カウンターのカチカチ音が約12秒の周期で変動 するのが聞こえたのである.そうして,いろいろな条件について海面波と風速変動 の関係を明らかにした(Kondo et al. 1972).この投稿論文の査読者が内容に 感動したことを知らせてくれた.

海面を境にした大気と水中の境界層に関する追加論文も含め,海面・大気間の 熱・水蒸気輸送量を求めるパラメータ化を完成させた(Kondo 1975; 近藤 2006).

こうした準備研究ののち,1975年と1976年の2月に東シナ海で国際協力研究の 気団変質実験(AMTEX)が実施された.プロジェクト実施センターが沖縄気象台 に置かれた.3時間毎に観測船,商船および漁船からの気象通報(5桁の数字群 からなる暗号文)が気象台で受信され,その受信紙をもらって宿泊先のホテルで 毎日の海面熱収支量を計算した.ホテルでの宿泊は二宮洸三さん(のちの気象庁 長官)と同室であった.深夜3時観測の通報は観測船からは無かったが,漁船から はあった.私たちの研究は多くの人々に支えられている.

東シナ海の大気柱の熱・水収支量はラジオゾンデのデータから計算された (Ninomiya 1975; Ninomiya and Akiyama 1976; Nitta 1976).一方,私は 海面熱収支量の計算から黒潮が運ぶ海洋運搬熱も求めた.大気安定度を考慮した バルク法によって求めた私の海面熱収支量と新田 勍さん(1997年,54歳の若さで 逝去)の大気熱収支法による海面熱収支量が見事に一致したのは大きな喜びで あった(Kondo 1976).

冬の東シナ海の黒潮海域は世界最大級の熱放出域で,顕熱・潜熱の放出量が 1,000 W/m を超えることを観測から確認できた.このエネルギーは 大気上端に入射する日射量の世界平均値(340 W/m)の約3倍である. この莫大なエネルギーが黒潮から大気へ供給されている.

黒潮の運搬熱の意味は,東シナ海が水深の同じ湖であった場合と違う点にある. すなわち,冬の大陸から乾燥寒冷気団がやってくると,水面は大きな顕熱・潜熱 を放出し水温は低下するのだが,黒潮の運搬熱のおかげで水温は下がりにくく, 乾燥寒冷気団が長期間変質され,南西諸島の暖かさが続くわけだ.


7. 熱伝導と放射,疑いがあってもデータは貴重

長期変動について,湿度や降水量に比べて相対的に簡単な気温でも正しく求める ことは難しい.その理由の一つは,気温は季節変動など短周期変動幅が大きいこと にある.そこで私は気温のほかに,短周期変動がゼロに近い湧水温度,あるいは 山腹に掘られた地震観測壕内の温度から温暖化量を求めることを試みている.

地中温度は地表面温度と同様に,地表面の熱収支によって決まり,強風地域など 特殊な場合でなければ,年平均値は年平均気温より僅かに高くなることが理論的 に分っており(近藤 1994),また観測からも確認してある(近藤 2019a; 「K177.観測壕内の温度」).

岩手県遠野にある東北大学の横坑の地震観測壕(通路の高さ2m,幅1.5m,奥行き 約40m)で空気温度を観測した.分解能0.01℃の高精度温度計の4センサを入り口扉 付近から奥まで場所を変えて測ると,当初予期せぬ副産物が観測された (近藤2019a;2019b;「K177.観測壕内の温度」, 「K194.観測壕内の気圧日変化と壕内温度の日変化」). それについて話題としたい.

入口扉に近い位置では大気圧の半日周期変動が明瞭に記録されたが,30~40mの 奥での気温の日変化は温度計の分解能以下の0.002℃程度であった.この値は 気圧日変化幅≒2hPa に対する空気の断熱変化幅≒0.2℃に比べて1/100程度である.

入口扉の近くではわずかな隙間から外の気圧変動に伴って空気が流入し大気温度 の変動が観測される.さらに空気流は天井または床面近くを微弱な流れとなって 観測壕の奥へ進む.そして,壁面からの長波放射の作用によって空気温度の変化幅 が小さくなると考えた.

放射伝達による空気温度の変化を正しく求めるには解析的に解けないので, 数値計算によって解き,また観測壕を真似た小・中模型の実験で確かめた. 小模型とは,大型リックに入る大きさの, 周囲を断熱したアルミ製の箱の中に 入れた気圧計と温度計であり,これを背負って横浜のスカイガーデンの3階から 69階(273m)まで高速エレベータで上り,下りして気圧変化に伴う断熱箱内の 空気温度を記録した.放射による断熱箱内の空気温度の変化が早く,正しく測れ なかった.

そこで,別模型の容器を風呂桶に入れ,体重を利用して瞬間的に容器内の圧力 を変え空気温度の変化を記録した.さらに中模型(試験空間の高さ=0.58m, 幅=0.80m,長さ=1.2m)でも実験した.熱電対の直径は0.05mmの極細線を用いた (近藤 2019c;「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の 実験(2)」).実験箱内には乱流が発生しないように試験空間の上側には 高温水,下側には低温水を入れて実験した.

放射の作用が強ければ空気の温度変化は早く平衡値に近づく.これを時定数 で表す.時定数が小さいときほど働きが強いことになる.

温度計センサなど温度 T の熱伝導のよい金属的物体からの熱放出量が周囲の 温度 Tsとの差(Ts-T)に比例するとき,T は初期温度を To ,時間を t とすれば, 次式にしたがう(近藤 2000).

T(t)=To+(Ts-To)[1-exp(-t/τ)]     (2)

このτを時定数と呼ぶ.時定数は初期時刻の温度差(Ts-To)が1/e≒0.37に減少, すなわち63%の効果によって初期時刻の37%の温度差になるまでの時間である. ところで放射の作用による空気温度の時間変化は式(2)の指数関数で表せないが, 似たように時間とともに平衡になり最終温度 Ts に近づく.そこで,初期時刻の 温度差の37%に小さくなるまでの時間を放射時定数と定義し放射の働きをみる ことにした.

時定数と空気層の距離
第2図 時定数と空気層の距離の関係(近藤 2019c; 「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)」).丸印と四角印は実験値, 傾斜の小さい直線は放射時定数(水蒸気量=10g/m3 のとき),傾斜の大きい直線は 分子熱伝導のときの時定数,破線は乱流拡散係数のときの時定数を表す.
例1として空気層の距離z=0.02mの場合、分子熱伝導の時定数τ=0.7分に対して, 放射時定数τ=2.8分であり,熱伝導の作用によって素早く平衡状態に近づく. 例2としてz=0.2mの場合,τ=70分に対して,τ=13分であり,放射の作用に よって平衡状態に近づく. 例3としてz=100mとし,乱流が盛んで拡散係数K=10m2/sの場合,乱流拡散の 時定数=37分に対してτ≒1日である.乱流がなければ放射の作用では1日かかる ところ乱流の作用によって1時間以内に平衡状態になる.



放射の作用の強さを表す空気温度の放射時定数と空気層の距離の関係図に実験値 5点(空気層の距離=0.025m~0.6m)をプロットし,理論計算値と比較した (第2図).空気中に含まれる水蒸気量a=10g/m3の時の放射時定数の 理論計算値は,次の実験式で表される(近藤 2019c; 「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)」).

 放射時定数:τr≒Az2/3 , A=40分/m(2/3)   (3)

空気層の距離z=0.025mのプロットが式(3)の線から大きく外れており誤差に しては大きすぎる.ここで,理論計算は放射のみを考えたことに気づいた. 外れのz=0.025mでは分子熱伝導が効いているのではないか,と疑ったことが 面白い結果を導くことになる.

熱伝導のときは次の理論式で表される(近藤 2019c; 「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)」).

  時定数:τ=Bz2         (4)

分子熱拡散係数K=2.1×10-5m2/sのとき, B=1700分/m2 となる.外れたz=0.025mに対するプロットは式(4) とほぼ重なっており,外れたプロットの理由に納得できた.さらに第2図から, 水蒸気量=10g/m3 のときは空気幅0.06mを境にして,これ以下なら 伝導熱,以上なら放射の役割が大きいことが分かる.

これを盆地の下層大気にあてはめてみよう.下層雲の雲底が高度100mにあり, その下に地表面温度と異なる高温空気が移流してきたとき,大気は安定成層で 乱流が働かないとする.100mの空気層の放射時定数は1050分(17.5時間)である ので,移流暖気は17.5時間でほぼ消滅することになる.これは図に示す水蒸気量 が10g/m3 の場合である.水蒸気量がこれより多い場合は,放射の作用 が大きくなり放射時定数は短くなり,より短時間で移流暖気は消滅する.

続いて乱流がある場合を考えよう.乱流拡散係数K=1m2/s の場合は地面からの 概略高度z<200mでは乱流の効果が放射の効果より大きく作用するが, 概略z>200mでは放射の作用が上回る.大気の平均的状態である概略値 K=10m2/s の場合,大スケール(地球規模)に近づくほど放射の 作用が大きくなる.つまり,地球大気の平均的な温度分布や気候変化は基本的に 放射の作用によって決まってくる.このことが再認識できたのである.

教訓として,先入観・常識から外れた実験結果があったとき,誤差として捨てず, 外れの原因を考察しよう.論文の中には,外れたプロットを捨てて著者の先入観に 合致した図を公表している例がある.


8. 地球温暖化観測所

地球温暖化量を正しく評価し,温暖化対策に役立てることは研究者の役目である. 日本の温暖化量は100年以上にわたる気象庁の地上観測から評価していた. それには,いろいろな補正を行う必要があった.この補正方法を見つけるために, 仙台,つくば,東京,平塚の公園のほか,複雑地形・周辺環境にある実際の観測所 (寿都,深浦,宮古,日光,大手町,北の丸,静岡,津山,室戸岬)やその隣地 などで1~2か月間の観測を行った.その結果,露場の気温観測地点から周辺地物 の仰角(露場空間の広さ)を数年ごとに記録しておけば,日だまり効果の補正が 可能であることを気象庁に示した.気象庁では数年間隔で主要観測所の露場状況 などの付帯情報(メタデータ)として仰角を記録することになった.

しかし現実には,各種の補正ができる実行力のある人材が不足している.そこで, 「日だまり効果」の補正の必要がない塔の上で気温を測る「地球温暖化観測所」 の設置を提案したが,その実現は困難である.広い所に建てられた高さ20~50m の塔の上では周辺地物の直接的な影響を受けないことを理論的に示しても, 具体的に実証しなければ多くの人からの理解は得られない.

そうした困難なとき,微かな光が見えてくる.国立環境研究所の地球環境研究 センターで温室効果ガス濃度を中心とした各種気象要素の観測をしていること がわかった.北海道の落石岬,富士北麓,沖縄県の波照間島の, 高さがそれぞれ 55m,32m,39mの観測塔における気温データを提供してもらい解析してみると, 最近の12年間の気温上昇率について,観測塔3か所平均値が0.05℃/y に対し, 気象庁地上観測所34か所平均値が0.047℃/y で6%の違いでほぼ一致した (近藤・笹川2020;「K206.地球温暖化,全国3試験観測所」 ).この結果から,塔の上での観測所が数か所以上,できれば 10か所あれば日本の気温上昇の様子がほぼ正確にわかることになる.

日本の気温上昇率が0.047℃/yの割合で今後続けば20年間で0.94℃上昇する. 1881~2019年の139年間の上昇率が0.0077℃/y であるので,1881年を基準と すれば2040年には2.0℃(=0.0077×139+0.94)の上昇となる.

しかし,過去にあった40~50年ごとの平均的に約0.5℃下降する低温年が今後 20年以内に起きれば,それほどは上昇しない.過去と同じ現象が起きるか否か, だれも予測することはできない.その真実を知るために正しい気温上昇率 (地球温暖化量)の観測が必要である.

気温変化の複雑さとして,過去の現象が繰り返す場合と,そうでない場合の例を 示しておこう.世界的な大規模火山噴火が起きたとき,日本では約90%の確率で 大冷夏となりコメの大凶作・大飢饉が起きているが,そうではない場合もあった. 1815年4月にインドネシアのタンボラ山が大噴火した.この噴火は歴史上最大規模, 翌年には北ヨーロッパやアメリカ東部で異常冷夏により農作物が壊滅的な被害を うけた.アメリカでは東北部から西部へ移住するものが急増した.しかし, 日本では冷夏による大飢饉は生じなかった(近藤 1987;Kondo 1988).


9. むすび

塔の上で観測された気温から地球温暖化量が正しく評価できることを示す試験 はいずれ終了する見込みであることから,気象庁の観測所の測風塔で長期の気温 観測を始めることを提案する.具体的には,寿都,室蘭,浦河,根室,深浦, 宮古,大船渡,日光,銚子,石廊崎,相川,浜田,津山,室戸岬,屋久島, 沖永良部,南大東島,与那国島などが適している.他に研究用として電力会社の 送電鉄塔や通信鉄塔(中継局)が利用でき,協力も得られそうである.

これら塔上での観測値は,地上観測所の観測環境の変化の検出にも利用する. そうして「日だまり効果」などが補正された地上観測値も加えれば,今後の地球 温暖化量はより正しく評価することができる.


謝 辞 

日本各地で行った観測では気象庁,公園管理者それに地域住民の方々に協力して いただいた.

本原稿に目を通していただき,また時には私のホームページの下書き段階で コメントをいただいている次の方々に感謝いたします(称号・敬称略,査読順). 木村龍治,内藤玄一,廣幡泰治,中島映至,桑形恒男,菅原広史,中澤高清, 江守正多,松山 洋,内山明博, 本谷 研,安成哲三.


参 考 文 献

浅沼 順, 上米良 秀行, 陸 旻皎,2004:我が国におけるパン蒸発量の長期変動と 水循環変動との関わり.天気,51,667-679.

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近藤純正, 2019b: K194.観測壕内の気圧日変化と壕内温度の日変化.
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近藤純正, 2019c: K191. 空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2).
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近藤純正,2020:K203.日本の地球温暖化量,再評価2020.
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近藤純正, 内藤玄一,2014:K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果-実験.
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近藤純正, 内藤玄一,2015:K115.新宿御苑の気温水平分布,
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