K177. 観測壕内の温度


著者:近藤純正
岩手県遠野市に設置されている東北大学遠野地震観測所の横坑(高さ2m、幅1.5m、 長さ48m)において、壕内温度(空気の温度)の日変化・数日変化・季節変化を観測した。 壕内温度は天井近くの2か所と床近くの2か所、合計4点で観測した。2か所のうち1か所は 入口扉から1.5m、他は8mまたは30mの距離である。

壕には入口扉を含めて3か所に鉄扉があり、完全密閉式ではないので、わずかな隙間および 山体と壕構造間の細い微細な間隙を通して空気の出入りが考えられる。

壕内温度は外気の気圧・気温の時間変動によって、日変化・数日変化・季節変化し、 壕の奥に行くにしたがって温度変化幅は小さくなる。 壕内温度の時間変化・空間分布から以下のことがわかった。

外気温が上昇する5月~8月ころは、壕入口付近の隙間の上部から外気の高温空気が入り、 隙間の下部からは壕内の低温空気が排出される。逆に、外気温が下降する11月~2月ころは 壕入口付近の隙間の下部から外気の低温空気が入り、上部から壕内空気が排出される。

天井付近の温度は床付近に比べて、年間を通じてほとんどの時間帯で天井付近が1~3℃の 高温(入口扉から1.5mの距離)、0.02~0.15℃の高温(30mの距離)の安定層になっている。 しかし、入口扉から30mの距離では7月1日~7月28日に逆に床温度が天井温度に比べて0.015℃ の高温となった。床が天井より高温となるのは、対流による断熱変化に近い混合作用と 放射伝達の効果で形成されたものと考えられる。

外気の気圧日変化(変化幅≒2hPa、正午過ぎに最低)にともない壕内温度は日変化する。 気圧変化による空気の断熱変化幅≒0.2℃に対して、壕内温度の日変化幅は入口扉から 1.5mの距離で約0.06℃、8mの距離で約0.03℃である。ただし、これら日変化幅は外気 が壕内へ流入する条件のときである。しかし床付近では、空気が排出される条件のとき、 および30m奥の天井・床付近の温度日変化幅は概略0.005℃である。

入口扉から30m奥の温度の年変化幅は天井付近で0.14℃、床付近で0.07℃である。 天井と床付近を平均した年平均温度=10.27℃であり、外気の年平均気温=9.10℃に 比べて1.17℃の高温である。通常、地表面温度・地中温度・湧水温度の年平均値は 気温に比べて1.08~1.26℃ほど高温(神奈川県秦野市千村と平沢)であることと 矛盾しない。 (完成:2019年1月31日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年1月1日:素案の作成
2019年1月6日:図177.9の色を変更、壕の構造など説明を加筆
2019年1月17日:気圧日変化に伴う壕内温度の位相差を説明
2019年1月18日:付録2(放射の効果)を追加

    目次
        177.1 はじめに
        177.2 観測      
        177.3 基礎知識
        177.4 観測壕内の数日変化・季節変化
            (a) 概要
            (b) 外気温の上昇期 
            (c) 外気温の下降期 
        177.5  気圧日変化と壕内温度の日変化
            (d)  入口扉から1.5m、8mの距離
            (e)  入口扉から30mの距離
            (f)  距離と温度変化幅の関係
        177.6  月平均と年平均の温度
        177.7  まとめ
        付録
          付録1  冷気侵入後の室温回復実験
          付録2 壕内温度の日変化に及ぼす放射の効果(目安計算)
        参考文献
                     


研究協力者(敬称略)
三浦 哲、河野俊夫(東北大学)

177.1 はじめに

研究の動機
地球温暖化量の正しい評価は非常に難しい。それは測器・観測方法・統計方法が時代に よって異なり、さらに観測露場の周辺環境が時代によって変化するためである。 これらの補正を行って日本の100年余にわたる地球温暖化量が評価された (近藤、2012;2018)(「K173.日本の地球温暖化量、再評価2018」 )。

気温は日変化幅が大きいことと気温計に及ぼす放射影響により正しい地球温暖化量の 評価を難しくしている。

そこで考えたのは、湧水温度の観測から地球温暖化量を評価する方法である。 水温は気温に比べて正確に観測することができる。湧水温度は地中温度によって決まる。 地中温度は地表面温度の高周波成分が減衰し季節変化以上の長期変化のみが観測される からである。

この目的のために、東京都内と神奈川県秦野の湧水温度を観測することにした。 その湧水の一つ、秦野市の「くずはの広場」の湧水「ホタルの里」は標高差約10mの 急峻な断崖下からの湧水である。水温の季節変化幅が約1℃もあり大きすぎる (近藤・内藤、2017c)。断崖の標高差が似ている東京都国分寺市の湧水「真姿の池」 の季節変化幅は約0.2℃である。

湧水「ホタルの里」は秦野市の水道施設跡であり、コンクリート造りの下から湧き出ている。 奥はトンネル構造になっており、トンネル内の下部は水、上部は空気層からなる。 トンネル入口は扉が閉まっており、隙間からは空気の出入りがある(近藤・内藤、217b: 「K143.神奈川県秦野の湧水の水温季節変化(1)」の図143.5)。

「外気の気圧・温度変化にともなって地中の湧水源の上に空気の出入りがあれば、 水温の季節変化幅が大きくなるのだろうか?」という疑問を持った。これが横穴の 地震観測壕内の温度を測る動機である。

備考1: 湧水「ホタルの里」のトンネルは断崖面とほぼ垂直に奥に向って掘られているが、 これは入口付近のみであり、すぐ奥でトンネルは横に曲がり断崖斜面にほぼ平行になって いる。そのため、湧水源は地表から浅い所にあり(秦野市環境保全課による)、 湧水温度の年変化幅が大きい理由がわかった。

しかし、外気の気圧・温度変化によって生じるトンネル内の現象は砂漠の蒸発現象と 共通する気象・物理現象である。また、隙間風、その他の諸現象とも共通する。 そのため、観測壕内の温度について調べることとした。

砂漠の砂層に含まれる深い細い間隙を上下移動する水蒸気・熱の流れは砂漠の蒸発量と 関係する物理現象である。日本など湿潤域での蒸発速度は風速に強く依存するが、 雨がほとんど降らず液体水が地中深くに存在している砂漠では蒸発速度は風速と無関係 になる(Kondo, Saigusa & Sato, 1992;近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」、 8.4節)。

本研究の目的
岩手県遠野市に設置されている東北大学遠野地震観測所の横坑(高さ2m、幅1.5m、 長さ48m)における空気温度の時間変化を知り、外気の気圧・気温変動に反応する 壕内の空気・熱の流れを理解することが目的である。

本論では、壕内温度・空気流の現象が大規模スケールや微気象スケールの現象と共通 している。そのため、「備考」に類似現象を挿入しながら壕内現象の理解を深めていきたい。 さらに、壕内現象から大気現象の理解に役立てたい。


177.2 観測

地震観測壕
盆地にある遠野市街地・田畑地区から斜面を登っていくと、山の中腹に遠野地震観測所がある。 ここは遠野市松崎町駒木4-120-74、標高370m、北緯39度23分23秒、東経141度33分40秒にある (国土地理院の地形図は実際と少し違うようで、注意!)。
山の傾斜面に対して、奥に向って水平に掘られた横坑であり、通常の道路・鉄道のトンネルの ような造りで高さ・幅を小さくした半トンネルで、一番奥は岩盤である。

そのトンネル入口の手前に観測所の建物が接続して建てられている。
観測壕へ入るには、まず、建物手前の玄関前からの見かけ3階建て(2階半)の2階の奥に進むと 観測壕連絡通路となり、さらに観測壕入口の鉄扉がある。扉の奥は長さ48mの観測壕となってい る。図177.1は観測壕の模式図である。斜面地にあるため観測壕連絡通路の外側は戸外である。
壕内には入口扉を含めて3か所に鉄扉がある。鉄扉は完全に密閉式ではないので、 わずかな隙間からわずかながら空気の出入りがあると考えられる。

観測壕の模式図
図177.1 観測壕の模式図。温度計の設置場所は入口扉(距離=0とする)から測った 距離1.5mと、8mまたは30mの位置である。


壕内の温度計
壕内温度の観測では分解能0.01℃の高精度温度ロガー・プレシィK320(立山科学工業) を用いた。それに接続する直径2.3mmの4個のセンサは塩ビパイプ(肉厚2mm、 直径75mm、長さ180mm)の中心に入れてある。4線式Pt100センサは高精度検定済み、 精度は0.01℃、検定方法は近藤(2017)に説明してある( 「K145.高精度気温観測用の計器・Ptセンサの検定」)。

筆者は高精度温度ロガー・プレシィK320を3台所有しており、その1台を検定準器としている。 検定準器をもとに他の温度ロガー(センサ含む)を検定する。検定方法は検定槽内 (水またはアルコール)の温度が時間的に単調に上昇する条件(検定槽内の温度が室温 より低いとき)、または単調に下降する条件で(検定槽内の温度が室温より高いとき)、 手動攪拌しながら10秒ごとに30分間の記録をとり1温度の校正値を求める。

検定準器の校正は立山科学工業に2017年1月(1回目)と2018年8月(2回目)に依頼し、 国家標準にトレースされた高精度測定システムにより行った。1回目と2回目を比べて 指示温度は10℃以下の範囲で0.01℃高く、25℃以上の範囲で0.01℃低くなっていたが 10℃以上~25℃以下の範囲では不変であった。この検定準器を用いて壕内温度計を -15℃~+40℃の範囲で検定した。温度表示の分解能と精度はともに0.01℃であるが、 壕内温度計相互の相対的誤差は±0.003℃である。

図177.2は温度計一式の写真である。温度計の1つは観測壕の床に置くと、センサ受感部の 高さは床面から40mmになる。この温度を床温度(空気温度)と呼ぶ。他は天井に吊るし、 センサ受感部は天井面の下80mmになる。これを天井温度(空気温度)と呼ぶ。 壕の高さ2mの天井温度センサと床温度センサの鉛直高度差は1.9mとなる。

岩石・コンクリート壁面の温度は観測していないが、その温度は岩石・コンクリート 壁面温度(固体面温度)と呼ぶ。

温度計写真
図177.2 温度計(2チャンネル)一式の写真。左側はデータロガー、右側2つは温度 センサ(直径2.3mm)が入った塩ビパイプ(直径75mm)。


壕内温度の観測は2017年8月29日から開始した。温度計の配置は次の通りである。
2017年8月29日~9月27日の期間:
センサA:入口扉から1.5mの天井付近(天井壁面の下80mmの空気温度)
センサB: 同上、床面付近(床面の上40mmの空気温度)
センサC:入口扉から8mの天井付近
センサD: 同上、床面付近

2017年9月27日~2018年11月28日の期間:
センサA:入口扉から1.5mの天井付近
センサB: 同上、床面付近
センサC:入口扉から30mの天井付近
センサD: 同上、床面付近

温度記録の吸い上げの時などは観測壕内の空気が人為的に攪拌されるので、そのときの 温度データは利用しない。

観測壕連絡通路の室温
観測壕内とは別に、観測壕連絡通路で室内温度を測った。その期間は2017年9月27日~ 2018年9月27日までである。その気温計は3線式Pt1000センサと「おんどとりTr-52i」、 分解能0.1℃、高精度検定により相対的精度は±0.03℃である。

戸外気温
観測壕連絡通路の戸外の気温は観測していないので、遠野アメダス(標高=275m) の気温を利用する。標高差=370m-275m=95mであるので、次式によって推定する。

 戸外気温=遠野アメダス気温-0.60℃ ・・・・(1)

記録の時間間隔
壕内温度、その他の室温・気温は1時間ごとに記録した。


177.3 基礎知識

温度変動幅が外気に比べて微小な壕内温度を絶対精度0.01℃、相対精度±0.003℃で理解 するには、基礎知識が必要である。

地中の温度変化
地表面の温度変化が地中へ伝わることで地中温度が変化する。そのとき、短時間周期の 高周波成分は深さによる減衰が大きく、位相遅れは深さとともに大きくなる。減衰率 (温度変動幅)と位相遅れは、周波数(周期)と地中の熱的パラメータ(a=λ/cρ、 λ:熱伝導率、cρ:体積熱容量)の関数となる。地中の温度拡散係数 a が一定の場合、 温度変動の振幅(変動幅の 1/2)と深さの関係、および位相遅れは次式で表される (近藤「水環境の気象学」、1994、p.150の式6.80~式6.84)。

振幅の減衰:exp[-z(ω/2a)1/2] ・・・・・(2)
位相遅れ:ε=z(ω/2a)1/2 ・・・・・・(3)
  ω=2π/τ(τは周期)

具体的な例が図177.3に示されている。この図は 「K142.東京の5湧水の水温季節変化(1)」の図142.6と同じであり (近藤・内藤、2017a)、水戸地方気象台における地中温度の測定から作成したものである。 地表面(z=0)の温度の年変化幅=26.2℃、地中の温度拡散係数 aが水戸地方気象台の 場合である。

水戸の場合、深さ10mの年変化幅は約0.3℃で地表面温度に対する比は約1%(=0.3/26.2) である。

地中温度
図177.3 地中温度の年変化幅と深さの関係、水戸の例(近藤、2000「地表面に近い大気 の科学」の図4.11に基づき作成)。「K142.東京の5湧水の水温季節 変化(1)」の図142.6に同じ。


一般に、地中の温度拡散係数 a は場所(土壌・岩石)により異なり、この図と同じ関係 にはならないが、目安として利用することはできる。観測壕の入口扉から30m奥について、 仮に a が同じで、山地斜面からの深さが概略10~15mとすれば、温度の年変化幅の目安 は0.01℃前後となる。

参考:温度拡散係数(a=λ/cρ)の値
温度拡散係数の目安として、乾燥砂地で2.3×10-7/s、 湿り砂地・粘土で6.7×10-7/s、 大気境界層内の乱流で1~100m/s程度である (「地表面に近い大気の科学」の表2」)。図177.3の破線は a=3.1×10-7/s としたときの関係である。

観測壕内温度変化の原因
原因として気圧変動と壕内・外気間の温度差の2つがある。

その1:気圧変動による流れ
高・低気圧の通過に伴い気圧は10hPaの桁で変動する。また気圧の日変化の変動幅は 約2hPaである。これら変動幅は平均気圧1000hPaの1%または0.2%であり、それに伴い 壕内空気は圧縮・膨張により外部空気と交換される。

図177.1に基づいて概算すると、壕内空気の容積は270mである。その1%は 距離0~30m間のトンネル構造部分の空気の長さ約1mに相当する。 ただし、トンネルの天井の鉛直断面は丸まっており、その最大高さ2mの平均的高さを 1.7mとして、270m=(1.7m×1.5m×30m)+(4m×4m×12m)= (77m+192m)によって概算した。

入口周辺の隙間(扉の隙間と岩盤・壕構造間の微小間隙)を出入りする熱量を概算して みよう。隙間周辺の個体部の温度と壕内空気の温度差は1~5℃、平均2℃とする。 気圧2hPaの日変化による空気の出・入りの容積=0.2m×1.7m×1.5m=0.51m である。

これに温度差2℃の空気の体積熱容量を掛け算すると、0.51×2×1.2×10 =1.2×10J、となる(J:ジュール)。これは気圧日変化による 空気が出るとき、または入るときの熱量である(半日間に出る、または入る熱量)。

これに対して山の斜面から下向き・上向きに壕内壁面に向って流れる地中伝導熱の 土壌・岩石の深さ数mでの値は目安として1 W/ m= 1 J s-1-2 =0.864×10J d -1-2である。 (地中の3~10mの深さにおける地中温度の鉛直勾配は年間、±3℃/mの範囲内に あり、鉛直勾配が1℃/mのときの地中伝導熱は概略1 W/mである。)

したがって、壕入口付近の微小隙間を通って壕内に入る熱流量は地中伝導熱 (壕内壁面1m当たり)の概略 1/30である。壕内壁面上側の面積 として10mを対象とすれば、1/300 の微小量となる。空気の運ぶ 熱輸送量は微小である。

後で議論する地中伝導熱によって維持されている壕内のトンネル壁面温度は、それが出す 長波放射によって壕内空気の加熱・冷却作用を行うことになる。

その2:温度差による流れ
壕内温度の年平均値は、外気の年平均気温に近似的に等しい。また、壕内では乱流的拡散 は微弱とみなされ天井付近が高温、床付近が低温の安定成層になっている。外気と壕内 で温度差があるとき、低温空気は高温空気の下へもぐり入る。これは夜間の広い裸地面上 を冷気が流れる「レイズド・ミニマム」の現象や、低温大気が高温大気の下にもぐって 暴風のエネルギーを生む現象、あるいは斜面風、舞台風と似た現象である。


備考2:レイズド・ミニマム(極小低温層、 raised minimum, elevated minimum)
観測壕内の床に沿う流れの現象は、野外で冷気流が高温地面と高温空気に挟まれた間を 長距離流れる現象「レイズド・ミニマム」と同じである。夜間の裸地面グラウンド上の場合 (層厚0.1~0.5m程度)は距離数十m流れる。暖かい海面上に内陸から流れ出た冷気流 (厚さ数m~10mの海上霧)の場合は数kmも流れる(近藤、2007: 「裸地上の極小低温層(特別講義)」 の図20.5、図20.19を参照)。

備考3:暴風のエネルギー、舞台風、斜面風のエネルギー
温度差で生じる空気の流れは大気現象中に見られる暖気・寒気の境で起きる物理過程、 つまり温帯低気圧が不連続面を境に寒気が暖気の下に潜り込む現象と同じである。 このときの暴風は空気の持つ位置エネルギーが運動エネルギーに変換される。 これはM.Margules,(1906) の暴風のエネルギー源であり、簡単な例では風速15m/sが 発生する(近藤、1987、「身近な気象の科学」、p28)。

大劇場で熱気に包まれた観客席と舞台間で温度差があるとき、幕が開いたとき舞台から 吹いてくる「舞台風」に気づく。夜間の斜面で発生する斜面下降流の速さも冷気の持つ 位置エネルギーが運動エネルギーに変換される原理によって概算できる(近藤、2000、 「地表面に近い大気の科学」p.172-p.175)。



説明の模式図:
気圧変動や壕内・外気の間の温度差によって、壕内温度は日変化・季節変化することになる。 図177.4は外気の気温上昇期(上図)と気温下降期(下図)について示した空気流の模式図 である。

入口扉は完全密閉ではないので空気は隙間から出入り可能である。さらに、山の斜面の 土壌・岩石と観測壕入口構造の間に存在すると考えられる微細な空気流通経路を空気が 移動しうる。壕内と外気に温度差があると、その境界面で空気の入れ替わりが生じる。

図177.4(上図)に示す外気の気温上昇期には、壕内の低温空気が床付近から流出し、 その補償流として高温の外気が天井付近から壕内へ入る。この際、外気が入る天井付近 では激しい温度変動が記録されるはずで、床付近では壕内空気の流れであるので激しい 温度変動は記録されない。ここに激しい温度変動とは、温度変動幅は微小ながら時間的に 変動する意味をいう。

気温上昇・下降期、模式図
図177.4 外気の気温上昇期(上図)と気温下降期(下図)における壕内空気の動きを 説明した模式図。


逆に、下図に示す気温下降期には床面に沿って低温の外気が侵入し、その補償流として 天井付近から壕内空気が流出する。この場合は、床付近の温度に激しい時間変動が見られ、 天井付近では見らないはずである。

次に、図177.5は気圧の日変化(変化幅≒2hPa)によって壕内空気の圧縮・膨張にともない 外気と壕内空気の交換を示す模式図である。

上段の図は外気が高温の夏期についての模式図である。気圧が高くなる夜間(左図)と 気圧が低くなる昼過ぎ(右図)の状態を説明している。左図では気圧上昇にともない 壕内空気が圧縮され天井に沿って高温空気が侵入する。その動きに刺激されて、侵入 空気容積より少ない一部の壕内空気が床付近から排出される。

下段の図は低温の冬期を説明した空気の流れである。戸外で気圧が高くなる夜間(左図)、 壕内空気の圧縮にともなって床面に沿って冷気が侵入する。昼過ぎに戸外の気圧が低く なると(右図)、壕内空気は天井付近から戸外へ排出される。

気圧変化模式図
図177.5 気圧日変化にともなう壕内空気の流れの模式図。
上:外気の高温期、左は気圧上昇時(夜)、右は気圧低下時(正午過ぎ)
下:外気の低温期、左は気圧上昇時(夜)、右は気圧低下時(正午過ぎ)


気圧の日変化幅は約2hPaであり、これが瞬間的に起きれば壕内空気は断熱的に約0.2℃変化 (正午過ぎに0.2℃の温度低下)する。しかし、壕内では岩石・コンクリート壁面からの 長波放射による加熱・冷却作用があるので、0.2℃の温度変化よりも小さいはずである。 なお、入口扉の隙間と岩石・コンクリートの微細間隙は外気と直接触れておらず、 その温度は、高周波成分を含まない地中温度に近いと考えてよい。

観測壕の入口付近について:
入口付近では空気の流れ「移流」があるため、微弱乱流拡散と放射伝達の両方が作用する。

観測壕の奥について:
観測壕の奥では流れは無視できるほどに小さく、放射の作用が相対的に大きくなると考え られる。ただし後述されるように、天井と床温度がほぼ等温位状態になる7月1日~7月28日 の期間は放射よりも鉛直混合の効果が勝る状態である。

水平な広い野外(1次元モデル)についての計算例であるが、大気放射のみが作用する ときを説明する。地表面温度がその直上(0~1mの層)の大気温度に比べて1℃ほど 低いとき、0~0.5mの大気層の冷却速度は1時間当たり約1℃である(Kondo, 1971; 近藤、2000:「地表面に近い大気の科学」、p.130-p.131)。放射による冷却速度は温度差 にほぼ比例する。このことから、壕内の空気温度が瞬間的に断熱変化で0.2℃の変化が 生じる場合でも12~24時間周期の気圧変動にともなう2次元構造のトンネル内空気の温度 日変化幅は0.2℃よりかなり小さくなると考えられる。

なお、観測壕内では、野外で一般にみられるような乱流拡散はゼロとみなしてよい。 野外の接地境界層内で強い大気安定層が形成されたとき(リチャードソン数:Ri>1)、 静流状態となる。このときの乱流による熱拡散はゼロに近い(Kondo, et al, 1978)。


備考4:放射と分子拡散・微弱拡散の効果があるとき
壕内温度の時間変化を計算するには、近似的に2次元の円筒内の放射伝達・熱拡散の 微分方程式を解くことになる。放射伝達は近接作用と遠隔作用を含み、計算は非常に 込み入ったものになる。放射平衡の特徴は、固体面温度とそれに接する空気温度が必ず 不連続分布になる。筆者が行った1次元の計算結果ではあるが(Kondo, 1971)、 地表面(固体面)に接する高度0~0.1m付近の空気層は大きな放射冷却・加熱率となる。 そのため、計算が発散しないように時間・空間メッシュを細かくとることになる。 2次元の場合は、よく工夫した計算を行わねばならない。

備考5:放射影響を実験から求める方法
放射影響を実験から求める方法のうち、簡単な例として、鉛直高度差20m以上の エレベータが使える場合を考える。20mの高さで気圧差は約2hPaである。トンネルの 小型模型に温度計・データロガーを入れてエレベータで上昇させた後、廊下へ出して トンネル模型の温度を記録する。最初は断熱変化に近い0.2℃の温度下降があり、 時間とともに模型内壁の温度に漸近していく。温度計は0.01℃の分解能を用いる。 真空ポンプがある場合は、エレベータを使わずともよい。

備考6:放射影響の室内実験
暖かい部屋の窓を短時間空けて戸外の冷気を入れたあと、窓を閉めると、冷気は部屋の 天井・壁・床からの3次元的な熱放射(赤外放射、長波放射)を吸収し、また分子拡散・ 微弱乱流によって室温はしだいに上昇し元の室温に回復する。この実験例は付録に示した ように、室温は10分間ほどでほぼ元に回復する。



実際の温度変化と記録される温度変化の違い
本観測では、分解能0.01℃の温度計を用いて、それ以下の温度変動幅の現象を理解したい。 図177.6は実際の温度変動(左)と分解能0.01℃の温度計に記録・表示される温度変動(右) について4例(A),(B),(C),(D)を示した。

瞬間値(1記録)には±0.005℃の誤差を含む。しかし、長時間の平均温度(多数個の 平均値)を求めれば、温度が長期間についてほぼ一定(変動幅0.0025以下)の稀な場合 を例外とすれば、小数点以下3桁の微小な温度変動を精度±0.003℃程度で知ることができる。

温度記録模式図
図177.6 分解能0.01℃の温度計で壕内温度を観測したときの実際に温度変動(左図)と、 表示記録される温度変動(右図)。


以上で説明した基礎知識に基づいて次節以後の観測結果を理解することにしよう。


177.4 壕内温度の数日変化・季節変化

(a)概要
図177.7は観測初期を除く2017年9月27日~2018年11月28日までの1年2カ月間の壕内の 天井温度と床温度の日変化・数日変化・季節変化である。図にはアメダスの気温と観測壕 連絡通路の室温も含めてある。いずれも1時間間隔で測った空気温度の年変化である。

最上段から下段の図になるにしたがって、縦軸目盛りが拡大されている。壕内温度の記録 の分解能が0.01℃であることを考慮して時間変化に注意すること。横軸の目盛りは10日 ごとに縦線を入れてある。

壕内温度変化6地点
図177.7 2017年9月27日~2018年11月28日(1年2カ月間)の記録、いずれも空気温度。
最上段:全6記録(アメダス、連絡通路、壕内1.5m天井・床、壕内30m天井・床)
2段目:アメダスを除く5記録
3段目:壕内4記録(入口扉から1.5mの天井と床、30mの天井と床)
4段目:入口扉から30mの天井温度と床温度
最下段:入口扉から30mの天井温度と床温度の差


上から3段目に注目する。入口扉から1.5mの天井温度は高温期4月20日~9月27日の記録に 数日周期の大きな変動幅が見える。いっぽう床温度は低温期11月21日~3月21日の記録に 同じような大きな変動幅が見える。この原因は図177.5で説明したように、外気が入口付近 の天井(高温期)、あるいは床(低温期)から壕内に侵入していることを意味している。

逆に、数日周期の顕著な時間変動が見えない時間帯は、壕の奥から入口に向かう流れのとき であることを意味している。

この現象は次の項(b)と(c)で詳しく調べることにしよう。

(b)外気温の上昇期
図177.8は外気温度の上昇期4月1日~6月29日について横軸を拡大して時間変化を見やすく した図である。3か月間の平均値からの差で表してあることに注意のこと。下図によれば、 入口扉から1.5mの天井温度は4月21日から時間変動が顕著になっている。しかし床温度では、 時間変動は微小である。

外気温上昇期記録
図177.8 外気温度の上昇期(4月1日~6月29日)の壕内温度の時間変化。全記録の時間 変動を見やすくするために縦軸は横軸の期間3か月平均からの差で表してある。
 上:アメダス、連絡通路、壕内の全6記録
 下:壕内4記録


アメダス気温や連絡通路の室温における数日周期の変動に壕内温度はよく追従しており、 時間遅れは小さいことがわかる。しかし、アメダス気温の日変化に対する壕内気温の反応は 顕著ではない。これは前記したように、入口扉の隙間と岩石・コンクリートの隙間は外気 と直接触れておらず、その温度は、周期が24時間より短い高周波成分を含まない地中温度 に近いと考えられるからである。

そこで、24時間移動平均した外気温と壕内の1.5m天井温度についての相関関係を図177.9に 示した。下図ではアメダスの気温ではなく、式(1)によって標高補正した観測壕外の推定 された「戸外気温」を用いてある。

上昇期相関
図177.9 入口扉から1.5mの天井温度と連絡通路の室温の関係(上図)、および戸外気温 との関係(下図)、ただし気温上昇期(2018年5月)。各プロットは24時間移動平均値。


(c)外気温の下降期
図177.10は外気温度の下降期の12月1日~1月31日について横軸を拡大して温度の時間変化 を見やすくした図である。前項(b)とは対照的に、天井ではなく1.5m床温度に顕著な 数日周期の時間変動が現れている。

図177.11は24時間移動平均した気温と壕内の1.5m床温度についての相関関係である。

外気温下降期記録
図177.10 外気温度の下降期(12月1日~1月31日)の壕内温度の時間変化。全記録の 時間変動を見やすくするために期間2か月平均からの差で表してある。
 上:アメダス、連絡通路、壕内の全6記録
 下:壕内4記録

下降期相関
図177.11 入口扉から1.5mの床温度と連絡通路の室温の関係(上図)、および戸外気温 との関係(下図)、ただし気温下降期(2018年1月)。各プロットは24時間移動平均値。


前掲の図177.3、および(a)~(c)の項で示した温度の時間変動の記録からわかった ことは次のように要約できる。

外気温が上昇する5月~8月ころは、壕入口付近の隙間の上部から外気の高温空気が入り、 隙間の下部からは壕内の低温空気が排出される。逆に、外気温が下降する11月~2月ころは 入口付近の隙間の上部から壕内空気が排出され、隙間の下部から外気の低温空気が侵入する。


177.5 気圧日変化と壕内温度の日変化

気圧の数日以上の長期変化による壕内温度の変化幅は長時間では減衰して微小となり、 記録には現れなくなる。短周期の気圧日変化の影響のみが現れる。

気圧の日変化幅は約2hPaである。仮に断熱変化すれば壕内空気は変化幅0.2℃の日変化をする。 しかし、実際には放射と熱伝導・拡散の作用がある。さらに前節でみてきたように、 入口扉に近いほど壕の内外で空気の交換・移流の効果もある。壕の入口扉に近いほど 相対的に熱伝導・拡散の効果が大きく、奥ほど放射の効果が大きくなる。その結果、 温度変動幅は入口扉からの距離の関数になると考えられる。

本節では、温度の観測場所を入口扉からの1.5m、8m、30mの距離として表すことにする。

(d) 入口扉から1.5m、8mの距離
図177.12は観測初期の2017年8月29日~9月27日の期間について示した壕内温度(空気温度) の時間変化である。横軸に入れた縦線は1日間隔である。

1.5mの天井温度(赤実線)は日変化を伴いながら約1か月間に約15.0℃から約14.0℃まで 1℃ほど下降している。8mの天井温度(黒実線)は、約13.5℃から13.2℃まで0.3℃ほど 下降している。9月13日から17日にかけて壕内温度の約0.4℃の急激な下降は、外部気温 (遠野アメダス)の急激な下降(日平均気温で20.2℃から15.1℃)とよく対応している。

天井温度とは逆に、床温度は1か月間に0.1~0.2℃ほど上昇しており、日変化は図からは ほとんど見えない。

8月29日~9月27日
図177.12 壕内温度(空気温度)の時間変化、2017年8月29日~9月27日。
横軸に入れた縦線は1日間隔であり、日付の位置は各日の0時を表す。
 赤実線:1.5mの天井温度
 赤破線:1.5mの床温度
 黒実線:8mの天井温度
 黒破線:8mの床温度


気圧・温度日変化9月
図177.13 気圧と壕内温度の日変化(2017年9月3日~9月26日の平均)。
 上:盛岡地方気象台の現地気圧
 中:1.5mの天井温度
 下:8mの天井温度


図177.13は、気圧の日変化にともなう壕内温度の日変化を詳しくみるために、9月3日~26日 までの24日間を平均した気圧と壕内温度の日変化を示している。気圧は半日周期に比べて 1日周期が顕著に現れている。そのため、壕内温度は1日周期しかみえない。

壕内温度の変化幅は1.5mの天井で0.08℃、8mの天井で0.04℃である。

温度の変動幅が小さいので、気圧と温度の正確な位相差につい断言できないが、気圧の 最低値が15時ころに対し、温度の最低値は数時間早く12時ころに生じているように 見える。

床温度は日変化幅が微小であるので縦軸を拡大してみよう。
図177.14は縦軸の1目盛は記録計の分解能0.01℃である。温度の数日周期が大きくて 日変化は見え難いが、数日周期の変化幅が小さい9月8日前後と9月23日前後(大きな楕円 で囲んだ範囲)をみると、温度は正午前後(隣り合う縦線と縦線の中間)に下がり、 夜間に上がる傾向がある。

この例から分かるように、壕内温度の記録データから数日周期の変動幅が小さい長い期間 を見つけて日変化の統計を行えば、微小幅0.001℃の桁の日変化幅を求めることができる (図177.6を参照)。

小変動時の記録例
図177.14 壕内の1.5m床温度の時間変化、2017年8月29日~9月27日。
横軸に入れた縦線は1日間隔であり、日付の位置は各日の0時を表す。


(e) 入口扉から30mの距離
図177.15は30mの天井・床温度の数日周期の変動幅がゼロに近い期間(3月26日~4月30日) の記録である。図177.7の4段目の図から選び出したものである。

30m距離の微小記録
図177.15 壕内の30mの天井・床温度の時間変化、2018年3月26日~4月30日。横軸に入れた 縦線は1日間隔であり、日付の位置は各日の0時を表す。


この期間のうち、3月31日~4月20日を平均した気圧と壕内温度の日変化を図177.16に示した。 温度変化の振幅は、温度計の分解能0.01℃以下のわずかであるため、 気圧・温度間の位相差の有無については断言できない。

最低気圧が15時ころであることは確かであるが、温度は夜間に高く日中に低くなる傾向にあり、 その変化幅は天井と床でともに0.004~0.005℃程度である。

気圧・温度日変化30m
図177.16 気圧と壕内温度の日変化(2018年3月31日~4月20日の平均)。
 上:盛岡地方気象台の現地気圧
 中:30mの天井温度
 下:30mの床温度


(f) 距離と温度変化幅の関係
上記の(d)(e)で求めた気圧日変化にともなう壕内温度の変化幅を図177.17と表177.1 にまとめた。図の横軸は対数目盛で表してある。赤丸印と赤線は天井温度の日変化幅 (最高温度と最低温度の差)、黒四角印と黒破線は床温度の日変化幅である。いずれも 外気が隙間から壕内へ侵入する条件のときである。そのため、入口扉に近いほど温度変化幅 が大きく、奥ほど小さくなっている。

緑の×印と緑破線は床温度を表し、距離依存性が見いだせないのは壕の奥からほぼ一定の 低温空気が床面に沿って外向きに流れ出るときの条件であるからである。

外向き流のとき変動幅は、1.5mと8mでは0.002~0.012℃(平均0.006℃)である。

距離30mでは流れの方向の区別はつかないが、0.003~0.005℃(平均0.004℃)である。

温度計の相対誤差と統計誤差(図177.6)を考慮すれば、30m奥の温度変動幅と外向き流 のときの1.5mと8mの温度変動幅はほとんど同じで平均0.005℃程度とみなしてよいと 考える。

日変化幅と距離
図177.17 気圧の日変化にともなう壕内温度の日変化幅と入口扉からの距離の関係、 横軸は対数目盛で表してある。


表177.1 気圧の日変化にともなう壕内温度の日変化幅、一覧表。
max: 1日の 1時間ごと記録のうちの最高温度(期間の平均値)
min: 1日の1時間ごと記録のうちの最低温度(期間の平均値)
表1、日変化幅



177.6 月平均と年平均の温度

月平均温度についてみてみよう。距離30mの天井・床温度の季節変化を図177.18に、 壕内温度の年変化幅と入口扉からの距離との関係を図177.19に表し、さらに壕内温度と 戸外気温などの一覧表を表177.1にまとめた。ただし、図177.19の8mの天井・床温度の 変化幅は、次のように推定した。最高温度は図177.12にプロットしたデータから読み 取れるが、8m温度の最低温度の時期の観測はないので、図177.7の上から3段目の図から 推定した値を用いてある。

30m月ごと変化
図177.18 入口扉から30mの天井温度、床温度、および天井・床の平均温度の季節変化。


年変化幅と距離
図177.19 壕内温度の年変化幅と入口扉からの距離との関係。
横軸に壕の上の山地斜面からの概略の深さの目盛り(青文字)も入れてある。

これらの図と表からわかる要点は次のとおりである。

(要点1) 入口扉から30mでの年変化幅は天井温度で0.14℃、床温度で0.07℃である (図177.18)。

(要点2) 入口扉から30mの天井・床温度を平均した年平均温度=10.27℃であり、 外気の年平均気温=9.10℃に比べて1.17℃の高温である(表177.2)。通常、地表面温度・ 地中温度・湧水温度の年平均値は気温に比べて1.08~1.31℃ほど高温であることと矛盾 しない。1.08℃は神奈川県秦野市千村、1.31℃は秦野市平沢の値(近藤・内藤、2017c、 「K153.神奈川県秦野の湧水の水温季節変化(2)」)。

湧水温度の年平均値が年平均気温より高温になることは、理論的に、通常の気候で成立する 関係である。特殊な気候として、放射量が少なく、地表面が湿った強風気候 (有効放射量がマイナス、蒸発効率が大、熱交換速度が非常に 大きい場合)では、年平均地表面温度・地中温度・湧水温度は年平均気温に比べて低温と なる(近藤、1994、「水環境の気象学」の6.2節を参照)。

(要点3) 壕内温度の年変化幅は入口付近で大きく奥ほど小さい。
図177.19について検討する。この図が地中温度の深さ依存性を示した図177.3と異なるのは 横軸である。図177.3は地表面からの深さであり、図177.19は観測壕入口扉からの距離 である。距離30mの位置について山地斜面からの深さを測っていないが、概略10mとする。 つまり距離の目盛りを仮に1/3程度として考える。

観測壕入口付近の山地斜面は模式図177.1に示したように、一般道のトンネル入口で見られる ように岩石・コンクリートが切り立っている。そのため、入口扉から距離1.5mの観測点 の山地斜面からの深さは1.5m以上の深さがある。

図177.19において赤線または黒破線を距離=0 に外挿した縦軸の温度年変化幅は6.05℃ および5.08℃となり27℃(戸外気温の年変化幅)に比べてかなり小さい。そこで、 距離0の縦軸が27℃になる緑一点鎖線を描き、距離1.5mと距離8mの深さを推定してみる。

1.5mの赤丸印と黒四角印が一点鎖線に載るのは深さ≒3mの位置、8mの赤丸印と黒四角印 の深さ≒4mの位置となる。

表177.2 月平均値、年平均値、年変動温度幅の一覧表。
月平均一覧表


177.7 まとめ

岩手県遠野市に設置されている東北大学遠野地震観測所の横坑(高さ2m、幅1.5m、 長さ48m)において、2017年8月29日から2018年11月28日までの1年余にわたり、 壕内温度(空気温度)の日変化・数日変化・季節変化を観測した。用いた温度計の分解能・ 精度は0.01℃である。温度が変動するときの1日以上の長時間温度を平均したときの温度 センサ間の相対的精度は0.003℃である。

壕内温度は天井近くの2か所と床近くの2か所、合計4点で観測した。2か所のうち1か所は 入口扉から1.5m、他は8mまたは30mの距離である。天井付近の温度センサと床付近の 温度センサの鉛直距離は1.9mである。

壕内温度は外気の気圧・気温の時間変動によって、日変化・数日変化・季節変化する。 壕内温度の時間変化・空間分布から以下のことがわかった。

(1)外気温が上昇する5月~8月ころは、壕入口付近の隙間の上部から外気の高温空気 が入り、隙間の下部からは壕内の低温空気が排出される。逆に、外気温が下降する 11月~2月ころは壕入口付近の隙間の上部から壕内空気が排出され、隙間の下部から 外気の低温空気が入る。

(2)天井付近の空気温度(略称:天井温度)は床付近の空気温度(略称:床温度)に 比べて、年間を通じてほとんど天井温度が1~3℃の高温(入口扉から1.5mの距離)、 あるいは0.02~0.15℃の高温(30mの距離)である。

しかし、入口扉から1.5mの距離では4月26日の1日中の温度差(天井-床)が0.050℃ となった。

また、30mの距離では7月1日~7月28日の期間は逆になり床温度が天井温度より0.015℃ の高温となった。この温度差0.015℃は鉛直対流による断熱変化の高度減率(温度センサ の鉛直高度差1.9mに対して0.019℃)に近いが、放射伝達の作用も影響していると考えら れる。

(3)外気の気圧日変化(変化幅≒2hPa、正午過ぎに最低)にともない、壕内温度は 日変化する。気圧変化による空気の断熱変化幅≒0.2℃に対して、壕内温度の日変化幅は 入口扉から1.5mの距離で約0.06℃、8mの距離で約0.03℃である。ただし、これら日変化幅 は外気が壕内へ流入する条件のときである。しかし壕内の床付近では、空気が排出される 条件のとき、および30m奥の天井・床付近の温度日変化幅は概略0.005℃である。

(4)上記(3)の内容、すなわち気圧の日変化幅(約2hPa)に対する空気の断熱変化幅 (約0.2℃)に比べて壕内温度の日変化幅が小さいのは、壕内では壁面からの放射による 加熱・冷却作用と空気の分子拡散・微弱熱拡散作用によると考えられる。

(5)なお、岩石・コンクリートの体積熱容量に比べて空気のそれは1/2000程度であるので、 壕入口から数m以上奥の岩石・コンクリート壁の温度とそれに接する空気温度に与える 外からの侵入空気の影響は小さいとみてよいだろう。すなわち、壕の奥の温度はおもに 観測壕直上の山地の斜面から土壌・岩石を伝わってくる熱伝導によって決まるものと 考えられる。

(6)入口扉から30m奥の温度の年変化幅は天井付近で0.14℃、床付近で0.07℃である。 天井・床付近を平均した年平均温度=10.27℃であり、外気の年平均気温=9.10℃に比べて 1.17℃の高温である。通常、地表面温度・地中温度・湧水温度の年平均値は気温に比べて 1.08℃~1.26℃の高温であることと矛盾しない(1.08℃=14.90℃-13.82℃:神奈川県 秦野市千村、1.26℃=16.61℃-15.35℃:秦野市平沢)。

(7)今回の観測によれば、30m天井・床温度の年平均値は10.27℃(2017年10月~ 2018年9月)である。今後10年後、20年後、・・・に観測すれば、気候変動・地球温暖化量 を知ることができる。

(8)本研究では、観測壕直上の山地形状を測量していない。今後、測量して山地斜面 から観測壕の入口扉から1.5m、8m、30mまでの深さを知り、図177.19で概算した内容 を正したい。


付録1 冷気侵入後の室温回復実験

暖かい部屋の窓を短時間空けて戸外の冷気を入れたあと、窓を閉めると、入った冷気は 部屋の天井・側壁・床との間で熱放射(赤外放射、長波放射)を吸収・射出し、また分子 拡散・微弱乱流によって室温はしだいに上昇し元の室温に回復する。

この実験を広さ8畳相当の板の間(3.55m×3.55m×2.4m)で行った。温度計は床面 z=0m と高度z=0.01m、z=0.05m、z=0.55m、z=1.5m、z=2.25m(天井の下0.15m) の5高度に設置し、1分間隔で記録した。部屋内を攪乱させないために通風式温度計のファンは 停止させ、吸気円筒部は外し、センサ受感部の最先端のみが出るようにした。

z=0.01mの温度は温度センサ取り付け部を床に水平に置くと直径2.3mmの受感部が床面 からの高度=0.01mになる。その受感部先端に紙の半円筒(直径=30mm、長さ45mm) を被せた。また、床面温度は受感部を床板の継ぎ目の細溝に沿わせて置き、ビニール テープで固定した。

エアコンと扇風機は窓を開けて冷気を入れる1時間前(ちょうど午前0時)に停止させ、 室温が自然に下降する状態にしておく。窓・ドアは2分間だけ開ける。窓・ドアの開閉時 以外は室内には立ち入らない。

室内空気中に含まれる主に水蒸気が放射加熱・冷却作用と、極微弱乱流によって冷気は 加熱される。室内であるため、3次元の熱伝達過程であり、野外の1次元、観測壕内の 2次元よりも放射影響は大きいはずである。

図177.20は実験例である。図の下段に示すように、冬期夜間は窓が閉まった状態でも ガラス窓とカーテンの間で冷却された冷気が床面に下降し、床面直上には 「レイズド・ミニマム」がいつも形成されている。0.05mの温度が極小値で、床面温度 に比べて約2.5℃の低温である。

このような「レイズド・ミニマム」は、どこでも見られる現象である (前記の備考2)(近藤、2007: 「M20.裸地上の極小低温層(特別講義)」の図20.17を参照)。

窓を開けたとき、戸外の冷気は窓の下部から入り、室内の高温空気は窓の上部から出る ことで空気は交換される。室温は約10分間でほぼ回復し、30~60分間でほとんど回復する ことがわかる。

窓の開閉時間を3倍の6分間にした翌日の実験では、回復時間は長いようにも見えるが、 同じ10分間程度でほぼ回復した。

室温時間変化12月29日
図177.20 部屋の窓・ドアを2分間開放して冷気を入れたあとの室温の時間変化。
上:各高度の温度の時間変化
中:高度0.01mの室温T0.01mと床面温度Tsの差
下:窓を開ける前と後の温度鉛直分布


夜間の床面上にできる「レイズド・ミニマム」の発生源が窓ガラスとその部屋側に張った カーテン間でできていることを確かめるために次の実験を行った。

早朝の4時40分に暖房エアコンを ON から OFF にし、室温が自然に下がる状態にした。 日の出後、少し経過して7時47分に南窓のガラスとカーテン外側全面に太陽直射光が当たる ようになった。南窓は正確には南南東方向であり、冬の朝はほぼ真正面に近い方向から 太陽光が当たる。なお、12月31日の日出時刻は6時51分である。

図177.21はその実験結果である。温度は床面温度 Ts と高度z=0.05mの 室温 T0.05mと、それらの温度差の時間変化を示している。7時47分から はガラスとカーテン外側の間で冷気の発生がほぼゼロになるにしたがって、両温度が 上昇し、温度差も小さくなり始めた。

なお、実験を行った部屋には南窓(3.1m=1.68m×1.83m)と太陽直射光 がほとんど当たらない東窓(0.9m=0.77m×1.21m)がある。 南窓が全窓面積の77%を、東窓が23%を占める。冷気発生量はこの面積比にほぼ比例して いると考えれば、太陽光が南窓に当たったときの温度差(-0.6℃)とそれ以前の温度差 (-2.6℃)の違いがほぼ説明できる。

図には9時までの結果を示している。その後、仮にカーテンを開け直射光が床面に 当たり始めると、床面が非常に高温になるので再び温度差はマイナス方向に大きく なるはずである。

室温時間変化12月31日
図177.21 夜半から朝までの温度の時間変化。
 上:高度 z=0.05m の室温 T0.05mと床面(z=0m)の温度 Ts
 下:温度差(T0.05m- Ts)


付録2 壕内温度の日変化に及ぼす放射の効果(目安計算)

壕内の空気温度に及ぼす放射による加熱・冷却の計算は、熱伝導・熱拡散の計算と違って、 非常に複雑で手間がかかる。ここでは放射影響の目安を知るために、移流や熱伝導による 加熱・冷却は無視し、壕内壁面温度(固体温度)は一定(基準のゼロ)として単純化する。

すなわち、観測壕の入口からの距離30mの観測点を想定する。

水平一様な野外における1次元の場合、地表面温度がその直上の大気温度に比べて1℃ほど 低いとき、地表面直上の大気層の冷却率は1時間当たり約1℃/hである(Kondo, 1971; Kondo et al, 1978;近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」p.130-p.131)。

この冷却率を考慮に入れて、2次元とみなされる壕内温度(空気温度)の放射冷却率を1時間 当たり1.7℃/hと仮定し(温度差1℃の場合)、温度変化の計算を次のように単純化する。

気圧上昇にともなう空気は断熱変化で温度は上昇する。昇温した空気は壁面温度より 高くなり、その温度差に対して放射が作用して空気は冷却される。

断熱変化率・・・気圧変化1hPa あたりの温度変化率:dTp=0.1℃/hPa
放射冷却率・・・1 時間あたりの温度変化率:dR=-1.7℃/h×温度差

単位について、時間は1時間(h)、気圧は hPa、温度は℃で表し、 温度差=(温度-壁面温度)とし、壕内温度は1時間間隔で計算する。

Tiを時刻 i 時の温度、Ti-1 を 1 時間前の温度として、

時刻 i 時における温度:Ti=(Ti-1+dTp) -1.85×[ Ti-1 +(dTp/2) ]
右辺第1項は断熱変化によって生じた i 時における温度、
右辺第2項は30分前の温度差に働く放射冷却率、
である。

最初の初期温度を適当に選び、48時間計算すると、2日目以後は同じ周期変化を繰り返す ようになる。以下の図では2日目の計算結果を示す。気圧も温度も日平均値をゼロとして 表す。

以上の目安計算の結果を以下に示す。

例1 気圧日変化が正弦関数の場合
図177.22は、気圧日変化が正弦関数で表されるとし、3時に1hPa高く、15時に1hPa低く なる場合の計算結果である。この場合は、温度の位相は約6時間早いほうへずれている。 温度の日変化幅は約0.004℃である。

放射の作用は断熱変化を緩和するように働くので、変化の周期が長くなるほど温度の変化幅 は小さくなる。

気圧変化と温度変化、正弦関数
図177.22 気圧日変化が正弦関数で表されるとき(上図)の壕内温度の時間変化(下図)。


例2 気圧日変化が盛岡の観測値の場合
図177.23の下図は、気圧の日変化として盛岡地方気象台の観測値(21日間平均値)に同じと した場合の壕内温度の日変化である。9時~21時の時間帯における気圧変化は正弦波よりも 激しく(短周期的変動)、そのため、温度の変動幅は前図よりも大きく、約0.007℃である。

なお、計算値の×印プロットのばらつきが大きいのは、気圧観測値の1時間ごとの 変化が滑らかでないことによる。

気圧日変化幅2hPa によって壕内温度が断熱変化するなら温度日変化幅は0.2℃であるが、 放射の強い抑制効果によって温度変化幅は約3%(=0.007℃/0.2℃)になっている。 つまり、空気温度を決めるのは壁面温度との間で行われる放射熱の作用が大きい。

気圧変化と温度変化、観測気圧
図177.23 気圧日変化が盛岡の観測値(2018年3月31日~4月20日の平均)と同じ場合の 壕内温度の日変化。
上:気圧の日変化(盛岡における観測値)
中:壕内温度の観測値、入口扉から30mの天井と床(空気温度)
下:壕内温度の計算値、黒破線は移動平均して滑らかに結んだ時間変化


中図は観測値の図177.16の中図・下図をまとめた図である。縦軸の変動幅は 温度計の分解能0.01℃よりも小さい値であり、正確には言えないが、日変化の傾向は 観測値に似ているが、違いもある。

壕内温度の計算値(下図)と観測値(中図)の違いを詳しくみてみよう。
下図に示す計算値は、気圧変動よりも位相が早いほうへずれているが、 中図の観測値は気圧変動よりも遅れている。すなわち、壕内温度の観測値は計算値よりも 遅れている。

その理由として考えられるのは、ここで用いた計算の方式にある。すなわち、 断熱変化による温度変化が瞬間的に生じるように、放射伝達の作用も瞬間的に温度変化が 生じる計算になっており、熱伝導のように時間遅れで逐次伝搬する放射効果は含めていない。 さらに、時間遅れをともなう分子熱伝導・微弱熱拡散も無視している。

概念的にいえば、放射の作用には遠隔作用と近接作用がある。遠隔作用はほぼ瞬間的に 温度変化を生じるのに対し、近接作用は熱伝導に似た熱の伝わり方で温度を変化させる。 上記の計算では、簡略化するために、空気層を1層とみなし、瞬間的に温度変化する 計算式を用いた。

この付録2では、目安を示すために、複雑な放射伝達の計算は行わず、前記の仮定の もとに行った概算結果を示したのである。


参考文献

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