K194.観測壕内の気圧日変化と壕内温度の日変化


著者:近藤純正
東北大学遠野地震観測所の観測壕の奥にある地震計室(幅4m、高さ2.6m、奥行き12m) のほぼ中央において、気圧日変化にともなう壕内の空気温度の日変化を観測した。

気圧日変化(変化幅≒2hPa、正午過ぎに最低)による空気の断熱変化幅≒0.2℃に 対して、壕内温度(壕の入口扉から43m)の日変化幅は約0.02℃、断熱変化の僅か 1%の大きさである。これは壕内壁面と壕内空気間の長波放射(熱放射、赤外放射) の働きによるものと考えられる。 (完成予定:2019年12月5日)

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更新の記録
2019年11月27日:素案の作成

    目次
        194.1 はじめに    
        194.2  観測
        194.3 気圧日変化と壕内温度の日変化
        まとめ
        文献              


観測協力者(敬称略)
河野俊夫

194.1 はじめに

地上気温は時間変動が大きく、また観測値には誤差も含まれており、さまざまな補正 を行う必要があり、地上気温の観測から地球温暖化量を正しく評価することは非常に 難しい(近藤、2012)。そのため、時間変動の小さい地中温度の長期変化から地球 温暖化量を評価する試みとして、岩手県遠野市に設置されている東北大学遠野地震 観測所の横坑の観測壕内において空気温度の時間変化を観測した。

前報によれば(「K177.観測壕内の温度」)、観測壕の 入口扉から30m奥では年間を通じてほとんどの時間帯で天井付近が床付近に比べて 0.02~0.15℃の高温の安定成層となっており、年平均温度は10.27℃で外気の年平均 気温=9.10℃に比べて1.17℃の高温である(2017年11月~2018年10月)。 この1.17℃の高温は、日本の気候条件における地表面温度・地中温度の年平均値が 気温の年平均値に比べて1.0~1.3℃ほど高温であることと矛盾していない。

前報で得た、もう一つの結果は、外気の気圧日変化(変化幅≒2hPa、正午過ぎに 最低気圧)にともない壕内温度が日変化することである。気圧日変化による空気の 断熱変化幅≒0.2℃に対して、壕内温度の日変化幅は入口扉から30mの奥では温度計 の分解能0.01℃以下の概略0.005℃で不確定値であった。

そこで、今回は実質的な精度を上げるために、観測壕奥の地震観測室の中空に4個の 温度計を設置し、4温度の平均値から壕内温度の日変化幅を求めることにした。 また壕内気圧も観測した。


194.2 観測

地震観測壕
遠野地震観測所は遠野市松崎町駒木4-120-74、標高370m、北緯39度23分23秒、 東経141度33分40秒にある。斜面に建てられた玄関前からの見かけ3階建て(2階半) の2階の奥に観測壕連絡通路、さらに観測壕入口の扉がある。扉の奥は長さ36mの 観測壕通路、その奥に地震計室がある。図194.1は観測壕の模式図である。 斜面地にあるため観測壕連絡通路の外側は戸外である。

観測壕の模式図
図194.1 観測壕の模式図。温度計の設置場所は入口扉(距離=0とする)から 測った距離43mの位置である(「K177.観測壕内の温度」 の図177.1に同じ)。


壕内の温度計と気圧計
壕内温度の観測では分解能0.01℃の高精度温度ロガー・プレシィK320(立山科学工業 社製)を用いた。それに接続する温度受感部の直径は2.3mmである。 4線式Pt100センサは高精度検定済み、検定方法は 「K145.高精度気温観測用の計器・センサの検定」に説明してある。

温度計は地震計室のほぼ中央、入口扉から43mに三脚を設置し、三脚の中心に垂直に 立てたアルミ棒の床面から0.85m、0.95m、1.8m、1.9mの4高度に温度センサを 取り付けた。地震計室の天井高は2.6mであり、これら4温度計は中空の空気温度を 測ることになる。壁面(天井、床面)と温度センサまでの鉛直スケールは概略1m である。

壕内の気圧はT&D社製のおんどとりTR-73Uで記録した。気圧の分解能は0.1hPaである。

岩石・コンクリート壁面の温度は観測していないが、その温度は壁面温度(固体面温度) と呼ぶ。

気圧の日変化にともなって壕内温度に断熱的変化が起きるが、温度がほとんど時間変化 しない壁面との放射熱交換によって断熱変化は解消される。この度合い、つまり放射 の働きを観測することが本研究の目的である。

壕内温度の観測は2019年7月1日~8月30日、8月30日~11月11日の2期間行った。 壕内に立ち入ったときは壕内温度が僅かではあるが攪乱されるため、温度の記録から 攪乱の影響が無視できると判断された次の時間帯を解析した。

(1)7月4日~8月29日(57日間)
(2)9月1日~9月28日、10月25日~11月10日(45日間)

記録の時間間隔
壕内温度と壕内気圧は1時間ごとに記録した。


194.3 気圧日変化と壕内温度の日変化

観測壕通路には入口扉を含めて3か所に扉があり、わずかな隙間を通して外気の温度 変化が天井(5月~8月)または床面付近(11月~2月)に沿う空気流によって壕内へ 伝わる。その影響は、入口扉からの距離とともに小さくなり、入口扉から20m付近 から奥では無視できることが分かっている( 「K177.観測壕内の温度」)。

すなわち、観測壕通路の奥と地震計室では、外気温度の影響は無視できて、 短周期の気圧日変化の影響が観測される。
ほかに山地の地表面から土壌・岩石を伝わる地中伝導熱によって壕内では温度の年変化 が観測される。前報で示した1年余にわたる観測によれば、観測壕入口扉から30mの 奥では、温度の年変化幅は0.08℃、最高温度は10月、最低温度は6月に記録された。

図194.2と194.3は壕内気圧と壕内温度の日変化であり、24時間変化に半日変化も 含まれている。

気圧の日変化幅1.5~2.0hPaに対して温度の日変化幅は0.0015~0.002℃である。 これは、断熱変化0.15~0.2℃の1%である。

気圧日変化からの空気温度の位相遅れは概略3時間、すなわち日変化の周期を2π (rad)で表したときの位相遅れは概略π/4である。

気圧と温度日変化、7~8月
図194.2 壕内の気圧(上図)と空気温度(下図)の日変化、2019年7月~8月 (57日間平均)

気圧と温度日変化、9~11月
図194.3 壕内の気圧(上図)と空気温度(下図)の日変化、2019年9月~11月 (45日間平均)


図194.2~194.3によれば、24時間変化に半日変化も混ざっており、また温度分解能 0.01℃より小さい変動のため、振幅も位相遅れも概略値とみなされる。

壕内では年間を通してほとんどの時間帯で天井付近が床付近に比べてわずかに高温 の安定成層が形成されており、乱流による熱輸送が無視できる。そのため、壁面・ 空気間の放射熱交換が強く働くと考えられる。外の大気中では10km桁の鉛直 スケールに対して、壕内空気層は壁面からの距離は1mのスケールで小さい。

分子熱伝導と放射の働きを比較した図(「K191.空間内の温度 に及ぼす放射影響の実験(2)」の図191.11)を参考にすれば、鉛直スケール 1mの空間における放射時定数は概略40分(2400秒)である、ただし空気中の 水蒸気量=10g/m3のときである。

また、鉛直スケール1mの空間における分子熱伝導による時定数は約24時間である。 したがって、観測壕内の気圧日変化にともなう壕内温度の日変化幅は、おもに放射 の作用によって小さくなっていると考えられる。

放射時定数は、初期条件として等温空気と壁面の間で温度差ができたとき、初期時刻 直後の空気温度の時間変化から定義されたものである。しかし経過時間が大きくなると、 壁面に近いほど空気温度は分子熱伝導と放射の作用で壁面温度に近づくため、 壁面から離れた空気の実質的な鉛直スケールは短くなり、壁面・空気間の単位温度差 当たりの空気温度の時間変化率は大きくなる。すなわち、経過時間が大きくなるに したがって放射の働きが大きくなる(放射時定数が短くなることに相当する)。

備考1:放射時定数
放射時定数は、「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の 実験(2)」の191.3節で定義した。すなわち、温度計センサなどの小物体 (熱伝導率が大きい金属など)からの熱放出量が周囲の温度 Ts との差(Ts-T)に 比例するとき、物体温度T の時間変化は次式で表される。 ただし、t=0 の初期条件 の物体温度を T=To として、

  T(t)=To+(Ts-To)[1-exp(-t/τ)]

一般に、この τ は時定数( time constant)と呼ばれている。

ところが、放射の作用による空気温度の時間変化は解析的に表すことができず、 上式のような指数関数で表すことはできない。そこで、放射による温度変化の 「放射時定数」 τr を次式で定義する。

  τr=(Ts-To )/ [(dT/dt)t=0]

ただし、Tsを十分な時間経過後の空気温度、To をt=0 の初期条件の空気温度 とする。

その意味は、t=0直後における 温度の時間変化率がそのまま続いたとしたとき、 τr の時間で T は Ts に 等しくなる、つまり T が元の状態にもどると いうことである。 あるいは、 時間 t=τr には、元の温度に概略 60~80%ほど戻るという意味である。

備考2:放射の働きの数値計算
赤外放射による空間温度の時間変化は解析的に解けないので、数値計算を行うことに なる。図194.2、図194.3についての数値計算では、空気層を20層程度に分割し、 時間変化する各層温度間の放射熱交換量を秒~分の時間間隔で細かく計算することに なる。

数値計算の例は「地表面に近い大気の科学」の図4.16に示してある。この計算は 筆者が大学4年生~大学院1年生時代に数か月かけて行ったものである。現在、 若い人たちが行うとすれば、計算プログラムの作成と計算に数日~1か月間で行う ことが可能であろう。


まとめ

岩手県遠野市に設置されている東北大学遠野地震観測所の横坑奥にある地震計室 の中央、入口扉から43mにおいて、2019年7月4日から11月10日のうち、作業等による 壕内空気の攪乱影響が無視される102日間(57日間と45日間)について、壕内気圧 と壕内温度(空気温度)の日変化を観測した。用いた温度計の分解能は0.01℃である。

壕内温度は天井高2.6mの地震計室の床面から0.85m~1.9m範囲の4高度に設置した。 温度の日変化幅は温度計の分解能以下であるため、4温度計の平均値について解析した。

気圧日変化(変化幅≒2hPa、正午過ぎに最低)にともない、壕内温度は日変化する。 気圧日変化による空気の断熱変化幅≒0.2℃に対して、壕内温度の日変化幅は 約0.002℃で、断熱変化の1%である。

壕内では壁面からの放射による加熱・冷却と空気の分子熱伝導が作用する。 空間の鉛直スケールが1m程度であるため、分子熱伝導は微小で、主に放射の緩和 作用によって温度の日変化幅が小さくなっていると考えられる。


文献

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、 25-56.




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