K76.日だまりの気温ー理論的考察


著者:近藤純正・菅原広史
地表面の熱収支式と接地境界層の気温分布関数を用いて、風が弱い場所にできる晴天 日中の“日だまり”の気温上昇量を計算した。狭い露場では日の出後と日没前に直射光 が入らないこと、および地表面の蒸発効率の風速依存性を考慮すると、晴天日に観測 された各地の結果を説明することができた。気温上昇量は対数目盛で表した 露場広さに対して狭い露場ほど急に大きくなるが、降雨後の数日間は直線に 近い関係になることが推論される(完成:2013年8月4日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法など)の参考・利用に際しては ”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2013年7月19日:素案の作成
2013年8月4日:76.5節のバルク係数に注釈を加筆、図76.13を75.6節へ移動 (説明も追加)



  目次
    76.1 はしがき
    76.2 蒸発効率の歴史的背景
    76.3 蒸発効率の風速依存性
    76.4 狭い露場における直達日射量と大気放射量
    76.5 モデル計算の条件
    75.6 気温差の計算結果
       その1:5月1日の条件の場合
       その2:3月1日の条件の場合
             降雨後の時間経過と気温差の関係、模式図
    76.7 まとめ
    参考文献


76.1 はしがき

各地で観測された日中の“日だまり”の気温上昇量と空間の広さ「露場広さ」の関係を まとめると、狭い露場と広い露場における気温差は狭くなるほど大きくなり、露場周辺 に日陰が多い場合や曇天時には小さいことが分かった(「研究の指針」の 「K75. 日だまりの気温―各地の観測結果」)。

観測結果を説明するために、地表面の熱収支式を解き、地表面温度と顕熱・潜熱フ ラックスと地中熱伝導の日変化をもとめ、得られた正午の地表面温度を基準として、 Ψh 関数(水平一様な接地境界層で成り立つ気温の分布関数:大気安定度の関数)を 用いて気温の鉛直分布を計算した。風速の異なる場合(露場広さが異なる場合)の 気温の鉛直分布の差は、高度による顕熱フラックス一定の仮定のもとに計算された ものである。これを、観測結果に合わせるには、顕熱フラックスを±10%前後修正 すればよいことがわかった。

顕熱フラックス(鉛直方向の顕熱輸送量)を大幅に変えなくても観測結果を説明できた ことは、複雑な狭い露場でも気温は地表面の熱収支によって大勢が決まっており、 残りの10%前後は、計算で無視した次の第2次的な影響と考えられる。

(1)地表面の蒸発効率の風速依存性(露場広さの関数)
(2)狭い露場では、直射光が日の出直後と日没直前に入らない効果
(3)林床などの日陰があれば、その冷気の移流効果
(4)露場周辺の樹木など地物による加熱・冷却効果
(5)露場の上部層(概略5~10m程度の高度)における周辺大気との混合効果

本章では、(1)と(2)について考察する。したがって、観測結果との比較では、 露場周辺に日陰が少ない晴天日について行う。

図76.1は裸地面の蒸発効率と表層土壌の含水率の関係、風速が1m/s と2m/s の場合が 示されている。風速依存性は小さいように見えるが、このわずかな違いが広い露場と 狭い露場の気温差に対して第2次的な影響として現れる可能性がある。

裸地面の蒸発効率
図76.1 裸地面(ローム土壌)の蒸発効率βと表層土壌(厚さ0.02m層)の体積含水率 θの関係(Kondo et al. 1990)。
破線:風速=1m/s、実線:風速=2m/s、プロット:測定値。

前章では、蒸発効率は露場広さによらず一定の仮定のもとに計算したが、本章では 露場広さの関数、つまり風速依存性を考慮する。

図76.2は水平面日射量(全天日射量)の日変化の例、露場広さをパラメータとして 表してある。本章では、露場周辺の地物の仰角は方位によらず一定の場合を想定する。 十分に広い理想露場では、日射量は日の出とともに増加し地方時の正午に最大値を示 すが、狭い露場では日の出直後と日没直前に直達光は周辺の樹木や建築物に遮られ、 地表面には届かない。本章では、このことを考慮して地表面熱収支式を解く。

5月の日射量
図76.2 快晴日の水平面日射量の日変化、パラメータは露場広さ。
北緯35.5度の5月1日(day=121)、気温=20℃、水蒸気圧=14hPa、天空での散乱光に 影響する付近一帯の地表面アルベド=0.15、大気混濁係数=0.1の場合(近藤、2000、 付録Eに基づく計算)。

76.2 蒸発効率の歴史的背景

数値天気予報の本格的な取り組みが始まったのは1960年代である。気象庁に電子計算機 が導入された1959年以後、地表面のパラメータ化の研究が始まり、1960~1980年の 期間は世界中で大気境界層研究が盛んに行われた。

地表面における潜熱フラックス(蒸発散量)を表すパラメータ化の研究が行われていた。 図76.3は土壌粒子からなる表層土壌の模式図であるが、植生地における草や樹木の場合 も基本的に同じと考えてよい。

水平の破線は土壌粒子群の上端を表す地表面(z=0)である。植物群落などキャノピー の場合はキャノピー・トップに相当する。

土壌模式図
図76.3 表層土壌のモデル(Kondo et al. 1990)。
少し乾いてくると土壌粒子の大間隙には液体水はなくなり水蒸気が占めるようになり、 液体水は小間隙に存在するようになる。

地表面の比湿をqs、高度 z の比湿を q、水蒸気の交換速度をCeU(Ce:バルク係数、 U:風速) とすれば蒸発速度 E は次式で表される。

E=ρCeU(qs-q) ・・・・・・(1)

qs をどのように表すべきか。1960、1970年代のパラメータ化の多くは、相対湿度αを 用いる形式(のちにα法と呼ばれる)、すなわちqs=αq*(Ts)として、

E=ρCeU(αq*(Ts)-q)・・・・・・(2)

と表した。ここにq*(Ts)は地表面温度 Ts に対する飽和比湿である。多くの研究者や 日本の大気大循環モデルの開発者たちは観測によるチェックや思考実験を十分にせずに、 α法を用いていた。形式的にはこれでよいのだが、少し立ち止まって考えてみよう。

例えば、日変化する場合、朝方の地表面温度は高くないのでαは1に近い値で E は表 される。しかし、地表面温度が高温になる日中は、α<<1となり、αは地表面温度 (すなわち、その飽和比湿)と大気の比湿に大きく依存することが想像できる。 実際の観測データを調べても、αの日変化は激しく、地表面温度やそれに支配される 地上気温や地上風速がうまくシミュレートできない。

それゆえ、別形式のパラメータ化を提案しなければならない。ここで思考実験して みよう。日中の(q*(Ts)-q)の値は非常に大きくなるが E は大きくなれない。 しかしE は(q*(Ts)-q)に比例するような振舞いをする。それゆえ、比例係数βを 乗じた形式がよさそうである(当初は比例係数として記号 h を用いていた)。

近藤・内藤(1969)、近藤(1971)は次のβ法を提案し、観測資料から検証した。

E=ρCeUβ(q*(Ts)-q) ・・・・・・(3)

半乾燥地のアメリカ・ネブラスカ州のO’Neill 1956年夏の境界層観測資料を用い、 高度100mにおける境界条件を与え、1日中β=一定と仮定して高度100m以下の気温、 風速、地表面の熱収支の日変化を数値計算した。計算で得られた地上気温・地上水蒸気 圧・地上風速・地中温度および顕熱・潜熱フラックスと地中伝導熱の日変化と観測値 と比較したところ、O’Neillにおける晴天日は、β=0.06とすれば、現実をよく シミュレートできることがわかった。

β法はα法に比べて簡単で便利なため、その後、多くの研究で利用されるようになって きた。そうして、裸地面蒸発のパラメータ化の研究へとつながり、α法とβ法の違いを 簡単な式で表すことができた。αはβの関数のほか、地表面温度と大気の比湿の関数 で表される(Kondo et al.1990)。

なお本章では、水蒸気輸送のバルク係数 Ce と顕熱輸送のバルク係数 Ch は等しいと して取り扱う。すなわち、蒸発速度のバルク式は次式で表す。

E=ρChUβ(q*(Ts)-q)・・・・・・(4)

76.3 蒸発効率の風速依存性

裸地面蒸発のパラメータ化を行ったKondo et al.(1990)によれば、図76.1に 示すように蒸発効率βは表層土壌(厚さ0.02m)の体積含水率θの関数であり、風速に 対して弱いながらも依存する。βは次式で表される。

β=1/(1+CeUF(θ)/Datm)・・・・・・(5)

ここに、Datm は水蒸気の分子拡散係数、F(θ)は実験から決められる関数で、土壌 間隙内における水蒸気拡散の抵抗を表し(次元:m)、体積含水率θが大きければ ゼロ、含水率が小さくなるにしたがって大きくなる。

土壌がロームの場合についてβの風速依存性を図76.4(上図)に示した。

下図はキャノピーの多層モデル(Kondo and Watanabe, 1992)で計算されたキャノピー 層の蒸発効率βc の風速依存性を表し、観測からも確かめられたものである。ただし、 計算・観測が行われた風速の範囲(U10h=2~7m/s)について示してある。

驚くべきは、土壌面と植生群落の蒸発効率の風速依存性の関数形がよく一致している ことである。

裸地と稲の蒸発効率
図76.4 蒸発効率の風速依存性、座標は両対数目盛で表してある。
上図:裸地面の蒸発効率と風速の関係、Ch=0.00202とし、パラメータは表層土壌 (厚さ0.02m)の体積含水率θ、ローム土壌の場合(Kondo et al. 1990, に基づく)。
下図:日中の水田における多層モデル計算によって得られたキャノピー層の蒸発効率 βcと風速U10h(キャノピー高さh の10倍の高度の風速)の関係、パラ メータは葉面積 指数LAI(Kondo and Watanabe, 1992, のFig.15からLAIをパラメータに書き直したもの)。

図76.4によれば、一般に、蒸発効率は次の形式で表される。

β=1/(1+aU)・・・・・・(6)

比例係数 a は、裸地面では土壌の体積含水率の関数、植生キャノピー層では葉面積 指数の関数になる。つまり、狭い局所に含まれる液体水分量の関数である。

新しい発見:
土壌面と植生群落の構造は異なるように見えるが、蒸発効率の風速依存性が同じ関数形 で表されることが分かった。土壌であれば単位体積当たりの小間隙内の水分量、植物 キャノピー層なら単位体積当たりに含まれる気孔の中の水分量の関数となっている。


この応用として、都市キャノピーでは、街路樹など蒸発散する部分の割合に関係して くることになる。観測で確認しながら応用範囲を拡張していくことにしよう。

本章では、露場はおもに芝地・草地を想定しており、蒸発効率について同じ関数形が 成りたつものとして蒸発効率を風速の関数として与える。

76.4 狭い露場における直達日射量と大気放射量

日射量
日射量の日変化は、緯度=35.5°の5月1日(day=121)および3月1日(day=60)の 快晴日、天空での散乱光に影響する付近一帯の地表面アルベド=0.15、大気混濁係数 =0.1とする。日射量の日変化は近藤(2000)の付録Eに基づいて計算した。

○直達光が露場に入らない朝・夕の時間帯:
日射量=全天日射量(快晴時)-水平面直達日射量(快晴時)

○上記以外の時間帯:
日射量=全天日射量(快晴時)

熱収支の解析解に利用する際、日射量の日変化は波数4までの周期関数で表す (計算式は「水環境の気象学」p.152-p.159を参照)。

大気放射量
図76.5は晴天日における下向き大気放射量の天頂角依存性である。天頂角をθとした とき、sin2θを横軸にとってある。丸印付き曲線の下の面積が大気放射量 L↓となる。

ここでは、露場周辺の地物の仰角αは方位によらず一定の場合を想定している。 図によれば、例えば仰角α=30°(図ではθ=90°-α=60°)の露場では、斜線 範囲の面積が樹木などからの長波放射量の寄与であり、そのぶんが下向き大気放射量 に加わる。ただし、樹木などが近似的に気温に等しいときであり、ビル壁が異常な高温 になった場合はその分を補正すること。

大気放射天頂角分布
図76.5 下向き大気放射量 F の天頂角θへの依存性、地上気温=6.8℃のときの観測例。
図中の右向き矢印(斜線範囲の上端)はこのときの地上気温6.8℃に相当する黒体放射量。
下向き大気放射量は曲線の下の面積(L↓=257W/m2)である(「水環境の気象学」 図4.14から転載)。

気温が日平均値 Tm(絶対温度K)に等しい時刻における有効入力長波放射量として、

Rn0=L↓-σTm ・・・・・・ (7)

と定義する(夜間はマイナスの値)。ただし、σはステファン-ボルツマン定数である。

注: Tsを地表面温度とすれば、夜間の正味放射量=L↓-σTs4で ある。正味放射量は、有効入力長波放射量(式7)と異なる。有効入力放射量 (R↓-σT:R↓は短波と長波を含む)は熱収支量を表すときの重要な パラメータ(入力エネルギー)となる。

障害物の影響のない広い理想露場に対する狭い露場の「Rn0 の比」を 図76.6に示した。図によれば、仰角α=20°(天頂角=70°)の場合の「Rn0 の比」は0.92、α=30°の場合は0.80となる。

なお、1/tan20°=2.7、1/tan30°=1.7は、それぞれ露場広さ=2.7と1.7に相当する。

  狭い露場の大気放射比率
図76.6 広い理想露場に対する狭い露場の有効入力長波放射量「Rn0の比」。
横軸は天頂角(=90°-露場周辺地物の仰角α)である。

76.5 モデル計算の条件

計算では単純化したモデルを用いる。各輸送量のバルク係数を定義する基準高度を 1mとする。広い露場と狭い露場が存在し、基準高度1mの風速U1mは露場ごとに1日中 一定とする。地表面の熱収支式を解き地表面温度と熱収支量の日変化を計算し、広い 露場と狭い露場の相対的な気温差をもとめる。

露場中心から見た周辺地物の仰角αは方位によらず一定とする。

気温と水蒸気圧と地中の熱パラメータ
t(s)を時刻(t=0は地方時の0時)、 ω=0.727×10-4s-1、 地中の熱パラメータcgρgλg=2×106 J2s-1 K-2m-4、水蒸気圧は1日中一定とし日平均気温のときの60% 相対湿度に等しいとする。

気温の日変化
T(℃)=日平均気温-5cos(ωt-π/4)+cos(2ωt-π/4)・・・・・・(8)

5月1日
日平均気温=20℃、水蒸気圧=14hPa

3月1日
日平均気温=10℃、水蒸気圧=7.4hPa

日射量
狭い露場では日の出直後と日没直前に直達光は露場の地表面に入らず、散乱光のみ入る。 直達光のエネルギーを I としたとき、水平面入射量 Icosθの大きさ(400~800W/m2) に比べて、散乱光の大きさは日の出から8~9時ころまでは小さいので(70W/m2 程度以下)、周辺地物(樹木、建築物)による散乱・反射光は地物が無いときの天空 散乱光に等しいと仮定する。つまり、直達光のみ露場広さの関数とする。

緯度=35.5°の2つの季節(5月1日、3月1日)について計算する。

快晴とし、気圧=1000hPa、天空での散乱光に影響する付近一帯の地表面アルベド= 0.15、大気混濁係数=0.1とする。日射量の日変化は「地表面に近い大気の科学」 (近藤、2000)の付録Eによって計算する。

5月1日(day=121)
日平均の気温=20℃、水蒸気圧=14hPaの条件における理想露場の日平均日射量 =285.5W/m2、正午の日射量=881.2 W/m2となる。

3月1日(day=60)
日平均の気温=10℃、水蒸気圧=7.4hPaの条件における理想露場の日平均日射量= 190.4W/m2、 正午の日射量=696.1 W/m2となる。

水平面日射量の日変化(例:5月1日は図76.2)をフーリエ級数に展開する。特に露場 が狭い場合(露場広さが 2.4 や 1.4)には、日射量は波数20までとれば近似が良く なるが、ここでは計算作業を簡単にするために波数が少なくてもよいように工夫する。

その際に考慮すべきは、
(1)日平均日射量が真値に等しいこと。
(2)最終的に利用する正午前後の日射量が真値に近い値になること。

この2条件が満たされるようにフーリエ係数を修正した。その結果、次式のように 波数4の周期関数で表すことができた。

5月1日の日射量の日変化
理想露場(露場広さ=15でも同じとする)
S↓=286-450cos(ωt)+165cos(2ωt)+9cos(3ωt)-10cos(4ωt)……(9a)

露場広さ=5.5では、
S↓=284-450cos(ωt)+164cos(2ωt)+10cos(3ωt)-8cos(4ωt)……(9b)

露場広さ=2.4では、
S↓=273-430cos(ωt)+195cos(2ωt)-10cos(3ωt)-28cos(4ωt)……(9c)

露場広さ=1.4では、
S↓=248-418cos(ωt)+229cos(2ωt)-23cos(3ωt)-36cos(4ωt)……(9d)

3月1日の日射量の日変化
理想露場(露場広さ=15でも同じとする)
S↓=190-318cos(ωt)+175cos(2ωt)-30cos(3ωt)-17cos(4ωt)……(10a)

露場広さ=5.5では、
S↓=189-313cos(ωt)+182cos(2ωt)-35cos(3ωt)-23cos(4ωt)……(10b)

露場広さ=2.4では、
S↓=176-290cos(ωt)+205cos(2ωt)-63cos(3ωt)-28cos(4ωt)……(10c)

露場広さ=1.4では、
S↓=138-253cos(ωt)+173cos(2ωt)-103cos(3ωt)+45cos(4ωt)……(10d)

それぞれは図76.7(5月1日)と図76.8(3月1日)に示した。図中の実線は真値、 破線は波数4までの周期関数の和(式9または式10)である。日射量が不連続的に急変 する朝方には真値とのずれは大きいが、それより数時間後の正午の熱収支量と地表面 温度の計算値を利用するので、ずれの及ぼす影響は小さいと考えてよい。

  5月の日射比較
図76.7 快晴日の水平面日射量の日変化。
実線は真値、破線は波数4までの周期関数の和で近似、ただし北緯35.5度の5月1日 (day=121)、気温=20℃、水蒸気圧=14hPa、 天空での散乱光に影響する付近一帯の地表面アルベド=0.15、大気混濁係数=0.1。
上から順番に理想露場、露場広さ=5.5、露場広さ=2.4、露場広さ=1.4の場合。

3月の日射比較
図76.8 図76.7に同じ、ただし、3月1日(day=60)、気温=10℃、水蒸気圧=7.4hPa、 ほかの条件は同じ。

すなわち狭い露場の場合、波数4で打ち切ると日の出直後の日陰の時間帯の日射量は真値 より大きくなっているが、その後は真値より小さくなっており、プラス・マイナスの 両効果が正午ころには打ち消し合って、結果に大きな誤差は及ぼさないと考えられる。

露場内アルベド
露場内地表面のアルベドは0.2とする。

長波放射
理想露場では、下向き大気放射はすべて天空からの放射量であるが、露場が狭くなる と、樹木や建築物からの長波放射が加わる。その放射は天空放射量よりも大きい。 快晴時の理想露場における有効入力長波放射量Rn0=100W/m2 と する。

狭い露場における有効入力長波放射量「Rn0の比」は図76.6に示した。

バルク係数
バルク係数は、基準高度 z=1m、風速鉛直分布の粗度 zo=0.005m、気温鉛直分布の 粗度 zT=0.0003m(芝地)とすれば、次式で表される(「水環境の気象学」 のp.109)。

運動量輸送のバルク係数:Cm=[(1/k)ln(z/zo)]-2=0.0057、

顕熱輸送のバルク係数:Ch=[(1/k)ln(z/zo)×(1/k)ln(z/zT)]-1=0.0037、

摩擦速度: U*=(Cm)1/2U=0.076U

計算に用いる条件は表76.1、76.2に示した。

注:高度1mのバルク係数は1日中一定とする。ただし、本章では日中を対象 とするので、やや不安定時のバルク係数を用いる。別章で、夜間を対象とする 場合は、やや安定時のバルク係数を用いることになる。
季節変化を考慮した熱収支・水収支計算(Kondo and Xu, 1997)では、各時間ごとの 安定度を用いており、季節変化の一部として行う詳細計算では、解析解ではなく各深さ の土壌水分の時間変化も含めた数値シミュレーションとなる。


表76.1 露場広さごとの条件
  Rn0の比:有効入力長波放射量の理想露場のそれに対する比
  日射量比(カッコ内数値):日平均水平面日射量の理想露場のそれに対する比

露場広さ 周辺の仰角 天頂角 Rn0の比    日平均日射量      日平均日射量
 X/h    α                   5月1日       3月1日
       °    °         W/m2       W/m2
理想露場                      1.00     285.5(1.000)    190.4(1.000)
 15.0    3.8      86.2    1.00     285.4(0.999)   190.3(0.999)
  5.5    10.3      79.7    0.98     284.2(0.995)    188.6(0.991)
   2.4      22.6      67.4    0.90     273.3(0.957)    176.2(0.925)
   1.4      35.5      54.5    0.72     247.5(0.867)    137.6(0.723)



表76.2  風速、顕熱の交換係数ChU10m、摩擦速度U*、蒸発効率βの表
βの小さい方(a=1.33として計算)を「乾燥地面」、中間(a=0.50として計算)を
「半乾地面」、大きい方(a=0.222として計算)を「湿潤地面」と呼ぶことにする。

 X/h    露場通風率  U1m  ChU1m     U*        β       β    β
      %    m/s     m/s    m/s     (a=1.33)  (a=0.50)  (a=0.222)
  15.0     80    3.00   0.0111   0.228    0.200    0.400    0.600
   5.5     58    2.18   0.0081   0.166    0.256    0.478    0.674
   2.4     40    1.50   0.0056   0.114    0.334    0.571    0.750
   1.4     30    1.13   0.0042   0.086    0.400    0.639    0.799


76.6 気温差の計算結果

(その1)5月1日の条件の場合
図76.9は5月1日の日射量を用いて計算された気温鉛直分布である。露場が狭くなる ほど、風速が弱く大気安定度がより不安定になり、高さを対数目盛で表したときの直線 的な気温鉛直分布(対数分布)が、高度が増すにしたがって急な曲線になる。

5月気温鉛直分布
図76.9 5月1日の条件についての計算した気温鉛直分布。
左:「乾燥地面」、中:「半乾地面」、右:「湿潤地面」
黒線、緑線、紫線、赤線はそれぞれ露場広さX/h=15、5.5、2.4、1.4における気温鉛直 分布。

図76.10は高度1mの気温差と露場広さの関係である。縦軸は露場広さ=15の気温を基準 としたときの狭い露場の気温、横軸は対数目盛で表した露場広さの差[ log10(X/h)- log10(15) ]である。プロットは晴天日の観測値(周辺に日陰が多い狭い 露場は除外)、曲線は計算値である。

計算値について注意すべきは、各曲線は芝地の含水率が一定のときの蒸発効率の風速 依存性を考慮に入れたものである。

   5月の気温差と露場広さ
図76.10 快晴日の気温上昇と露場広さの関係(計算値は5月1日の条件)。
プロットは観測値、曲線は計算値。紫破線は現実の露場に対して推定される関係。
上図の縦軸:気温差(=狭い露場の気温-広い露場の気温)
下図の縦軸:高度1mの気温

現実の露場では、狭い露場は風速が弱く、雨後の蒸発散速度は小さいので風通りの よい広い露場にくらべて湿っぽいと考えられる。このことは表76.3の潜熱輸送量の 日平均値の計算結果にも示されている。狭い露場ほど潜熱輸送量の日平均値が小さい ことが分かる。

注:潜熱輸送量=100 W/m2は、蒸発散量=3.53 mm/d に相当する。


表76.3 熱収支量の日平均値
( )内の数値は露場広さ=15の値に対する比率(%)

露場広さ 顕熱輸送量(W/m2)      潜 熱 輸 送 量 (W/m2)
          乾燥   半乾   湿潤    乾燥       半乾     湿潤

5月1日の気象条件
 15.0   48.3   22.5    5.1    59.9(100)   96.7(100)  121.5(100)
  5.5    43.3   23.6   11.4     60.6(101)   91.9(95)   111.2(91)
   2.4    37.1   23.5   15.9     60.0(100)   85.1(88)    99.1(82)
   1.4    32.3   22.5   17.5     57.9(97)    78.5(81)    89.2(73)

3月1日の気象条件
 15.0    19.5    6.3  -3.8     25.0(100)   43.3(100)   57.3(100)
  5.5    14.7    5.2 -1.4     23.5(94)    38.1(88)    48.1(84)
   2.4    15.5    8.8   4.7     23.5(94)    35.3(82)    42.5(74)
   1.4     9.2    5.0    2.7     19.8(79)    28.3(65)    33.0(58)


したがって、図76.10(上)の左のほう(概略、横軸<-0.4)の計算値は、現実の露場 と比べて乾燥した条件となっており、気温差は大きめに計算されている。観測値と対応 させる場合は計算値を下方(縦軸が小さいほう)へずらして比較すべきである。

図76.10(下)は気温と露場広さの関係である。狭い露場ほど地面の含水率が大きい ことを考慮して推定される気温を紫破線で示した。横軸=0における紫破線の縦軸の 気温を基準とした気温差を下図に紫破線で描いてある。

地面の含水率は、降雨量と降雨後の時間経過および日射量、気温、風速などによって 変化するので、紫破線は左の方ほど上下に幅を持つことになる。

図76.10(上)の関係を要約すると、
現実を表す紫破線の縦軸は大雨直後にゼロに近く、時間経過と ともに大きくなり、 十分時間が経過するとゆっくりと赤実線に漸近する。広い露場では風速が強く、 2~3日の短時間のうちに赤実線に近づく。しかし、狭い露場では蒸発散速度が小さく 地表層の乾燥化が遅れ、赤実線に近づくには長時間がかかる。そのうちに次の降雨が 起きて、赤実線には容易に近づけない。その結果、現実に観測される気温差と露場 広さの関係は直線に近い関係になると考えられる。

(その2)3月1日の条件の場合
3月1日は5月1日に比べて太陽高度が低く日射量の日平均値が小さく、さらに狭い 露場では日の出直後と日没直前の直達光が入らない時間が長い。これらが気温差の違いに どのように現れるか調べてみよう。

図76.11は3月1日の条件を用いて計算された気温鉛直分布である。5月1日の図76.9と 同様に気温鉛直分布の傾向は同じであるが、露場広さによる気温差は小さくなって いる。

特に露場広さ=1.4の場合、直射光が露場に入る時刻が約1.5時間遅れ、地表面温度の 上昇が大きくなれず、広い露場との気温差も大きくなれない。理想露場に比べて日平均 日射量は72.3%である(表76.1)。

3月の気温鉛直分布
図76.11 図76.9に同じ、ただし3月1日の気温鉛直分布。
左:「乾燥地面」、中:「半乾地面」、右:「湿潤地面」

3月の気温差と露場広さ
図76.12 快晴日の気温上昇と露場広さの関係(計算値は3月1日の条件)。
プロットは観測値、曲線は計算値。紫破線は現実の露場について推定される関係。
上図の縦軸:気温差(=狭い露場の気温-広い露場の気温)
下図の縦軸:高度1mの気温

図76.12は高度1mの気温差と露場広さの関係である。上図の曲線は露場広さ=15の気温 を基準としたときの狭い露場の気温である。

下図は正午の高度1mの気温、ただし、地表層の含水率が曲線ごとに一定の場合 である。前述したように、狭い露場ほど日平均潜熱輸送量(蒸発散量)が少ないので、 現実には狭い露場ほど湿っぽい。紫破線は、このことを考慮した場合に推定される 関係である、ただし、降雨日からの経過日数によって縦軸の値は変化するので紫破線 は図の左のほうで大きな幅を持つと見なすべきである。

露場広さによる気温差は降雨直後にゼロに近いが、晴天が続くと時間経過とともに 増加して赤実線に漸近することになる。これを詳しく調べるには、毎日の日射量、 降水量その他の気象条件を使って日変化の計算を1年間にわたって行う必要がある。

例えば、Kondo and Xu(1997)は中国各地の裸地面について熱収支や地表面温度の日変化 の計算を1年間行っている。その計算では、土壌各層の含水率の日変化の計算も行って いる。

露場広さ=2.4と1.4では、日の出直後と日没直前の直射光が入らない効果が現れる。 図76.12と図76.10の上図に示した気温差について3月1日と5月1日の比をみると、

X/h=2.4
比=1.86℃/2.68℃=0.69(乾燥地面)、0.59℃/2.19℃=0.73(半乾地面)、 1.47℃/1.92℃=0.77 (湿潤地面)

X/h=1.4
比=2.84℃/4.70℃=0.60(乾燥地面)、2.56℃/4.04℃=0.63(半乾地面)、 2.44℃/3.68℃=0.66 (湿潤地面)

X/h=2.4の気温差の比=0.69~0.77に対してX/h=1.4の気温差の比=0.60~0.66であり、 おおよそ0.1程度(86%程度)の低下、つまり3月は狭い露場ほど昇温量が小さく なっている(3月の図76.12のほうが直線に近くなっている)。

すなわち、狭い露場では日陰の効果が効いてきて、露場広さと気温差の関係が 直線に近くなる。さらに極限状態(ビルの谷間、森林内の微小な開放空間)を 想定すると、直達日射がまったく入らなくなり、気温は移流以外の効果では上昇 しなくなる。

降雨後の時間経過と気温差の関係、模式図
(その1)と(その2)の計算結果をまとめ、降雨後の日数経過と気温差の関係を 模式的に図76.13に示した。狭い露場(横軸の左方) ほど蒸発散速度が小さく乾燥化が遅れ、地温の上昇、したがって気温の上昇も遅れ、 広い露場との気温差が大きくなるまでには長い時間が掛る。晴天が続き乾燥化が進むと 赤実線に漸近していく。その途中で次の降雨が起こり、曲線①~③の関係を繰り返す ことになる。

  気温差と露場広さ関係模式図
図76.13 降雨後の時間経過と気温差の関係を表す模式図。
プロット:数日以上の晴天が続いたときの観測値、ただし青塗つぶし印は大雨の翌日
赤実線:5月1日の条件で計算した「乾燥地面」、図76.10の赤実線に同じ
紫破線:図76.10の紫破線に同じ、数日以上の晴天が続いたときに推定される関係
緑破線:降雨後1~2日後に推定される関係
青破線:大雨の翌日に推定される関係、実測値(青塗りつぶし印)をもとに推定される関係


要約すると次のようになる。
狭い露場ほど風速が弱いので、土壌水分が同じであれば、蒸発効率β自体は大きくなる。 それゆえ、降雨直後における狭い露場での蒸発散量は、風速が弱くなる効果と、 風速が弱くなってβが大きくなる2つの効果で最終的に決定される。

狭い露場での降雨直後の蒸発散量に及ぼす効果:
1.風速が弱くなる効果
2.風速が弱くなってβが大きくなる効果

一方、降雨後しばらく経過した後は、土壌水分の違いが効いてきて、

狭い露場での降雨後しばらく経過した後の蒸発散量に及ぼす効果:
1.風速が弱くなる効果
2.風速が弱くなってβが大きくなる効果
3.降雨後の蒸発散量の経過の違いによって生じる土壌水分の違いから、 βが変化する効果

このように、蒸発散に及ぼす風速とβの相互影響は、かなり複雑となる。


76.7 まとめ

晴天日の日だまりの気温上昇と露場広さの関係について理論的に考察した。計算で 用いる露場は芝地とし、周辺地物の仰角が一定のαとした。北緯35.5°の5月1日と 3月1日の快晴日の日射量の日変化を用いた。

地表面の含水率が露場の広さによらず一定の3つの場合(乾燥地面、半乾地面、湿潤 地面)について計算した。蒸発効率は風速(露場広さ)に依存すること、及び狭い 露場では日の出直後と日没直前に直射光が露場に入らないことを考慮した。

蒸発効率の風速依存性を考慮して改善されたことは、狭い露場で蒸発効率が大きいので 昇温量が小さくなる。その結果、昇温量と露場広さの関係が直線に近づく傾向となる。

(1)計算結果は、数日以上晴天が続いたときに観測された結果とおおむね一致して いる。

(2)地表層の含水率一定の条件では、広い露場の気温を基準とした狭い露場の気温差は露場 広さ(対数目盛で表す)の差に対して、急の曲線の関係となる。狭い露場ほど風速が 弱いために蒸発散量の日平均値が少なく含水率が大きく湿っぽいので、現実には、 降雨後の狭い露場の気温上昇量は計算値のように大きくなれず、直線に近い関係になる と考えられる。

(3)太陽高度が低い季節(本章では3月1日が例)には、日の出直後と日没直前の直射光が 狭い露場に入らなく、そのぶん地温が高くなる時間が遅れ、気温上昇も小さくなる。

本計算では、日射量を波数4までの周期関数の和で表した。この近似が気温に及ぼす 誤差を小さくするために、日平均日射量が真値に等しく、かつ正午ころの日射量が 真値に近くなるようにフーリエ係数を修正して計算した。この近似による誤差は別途 評価したいと考えている。

今後は、気温差と日射量の関係、及び気温差と一般風の強さとの関係、などについて 理論的に調べる予定である。

参考文献

近藤純正・内藤玄一、1969:地表面近くの地温・気温の日変化特性.国立防災科学技術 センター研究報告、第2号、89-105.

近藤純正、1971:地表温度の数値予報.国立防災科学技術センター研究報告、第7号、 47-67.

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、pp.324.

Kondo, J., N. Saigusa and T. Sato, 1992: A model and experimental study of evaporation from bare-soil surfaces. J. Appl. Meteor., 31, 304-312.

Kondo, J. and T. Watanabe, 1992: Studies on the bulk transfer coefficients over a vegetated surface with a multilayer energy budget model. J. Atmos. Sci., 49, 2183-2199.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in the heat and water balances for non-vegetated surfaces. J. Appl. Meteor., 36, 1676-1695.

トップページへ 研究指針の目次