K102.森林内の気温-湘南海岸公園と平塚市総合公園


著者:近藤純正・内藤玄一
神奈川県平塚市の湘南海岸公園と平塚市総合公園で3~4月の晴天日中の気温を観測した。 公園内の広い芝地と隣接する林内の気温差を比較すると、林内がいずれも0.7~1.1℃ (湘南海岸公園)、0.3℃(総合公園)ほど高温であった。 (完成:2015年4月10日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2015年4月5日:素案の作成
2015年4月7日:一部に加筆・修正
2015年4月9日:湘南海岸4月9日観測を追加


  目次
      102.1 はじめに
      102.2 観測方法
      102.3 湘南海岸公園の広い芝地と海岸防砂林の気温差
      102.4 平塚市総合公園の広い芝地と林内の気温差
      102.5  まとめ


102.1 はじめに

森林内は蒸散作用によって、都市域や無樹木地に比べて気温が低いというのが常識の ようだが、正しいだろうか?

ここでは晴天日中について考える。
樹木の幹や太い枝を除けば、葉面と細枝は熱容量が小さく貯熱量が少ない。 また、日射エネルギーの大部分は葉面からの長波放射と顕熱と潜熱に配分され、 そのうち顕熱は大気を直接加熱する。強風時など特殊条件を除けば、樹木の存在は樹木の ない所に比べて大気温度の上昇が大きくなる。

林床では、木漏れ日がある。木漏れ日は全天日射量よりもエネルギー量は小さいが、 林内では風が弱いため熱拡散が小さく、気温は風の強い林外より高くなることがあり、 林内の気温が低いわけではない。

林床では、樹木からの長波放射量がある。林外では大気からの下向き大気放射量が地表面 からの上向き長波放射量に比べて小さく、正味放射量は失うほうが大きく、マイナス 100W/m2前後であるのに対し、林内ではゼロに近い。この長波放射の役割も 日中の林内の気温を上げる効果に寄与している。林内の高温は「日だまり効果」の典型的 な例である。

世界を代表する大都市・東京の気象観測所が市街域の大手町から森林の北の丸公園に移設 された(2014年12月2日)。ここでの気温の長期変化には、「地球温暖化」と「都市化の 変化」のほか、観測露場周辺の「森林環境の変化」による影響が重なって観測されること になる。「地球温暖化」は観測所周辺環境の時代による変化の少ない田舎の観測所のデータ から評価できる。今後の東京における都市気候の長期変化について「都市化の変化」と 「森林環境の変化」による影響を分離して評価する必要がある。

北の丸露場は、次の理由によって、もっとも複雑な環境にある。

一般に、観測点の空間広さ(無次元の露場空間の広さ:X/h)は露場中心から周辺地物の 上端を見た仰角αを測量し、その方位360度の平均値<X/h>=<1/tanα>でもって定義 される。ここにXは測量点から周辺地物(樹木、建築物)までの水平距離、hはその高さ である。

多くの観測所では、露場の風通し(露場通風率)と晴天日の日中の気温上昇量 (夜間は下降量)は近似的に空間広さの関数で表される。それゆえ、長期の環境変化として、 仰角αを約5年ごとに測定・記録していけばよい。

ところが、北の丸露場では空間広さで定義された範囲内(水平距離<X)に低木が多く植樹されており、 露場通風率は非常に小さくなっている。これが他の観測所と異なる複雑さである。

ちなみに、空間広さは旧大手町露場が3.4、北の丸露場が3.2で大差はないが、北の丸露場 ではその範囲内の低木によって露場通風率が一般の約半分、すなわち大手町の通風率 57.9%に対し北の丸は29.1%である。それゆえ、北の丸露場についての環境は、空間広さ (仰角α)のほか露場通風率(露場の高度1~2mの風速)、樹木の高さや森林密度も記録 していく必要がある。

観測所の環境パラメータについての詳細は「研究の指針」の 「K63.露場風速の解析―北の丸と大手町」「K65.北の丸露場の風速減率と周辺の森林遮蔽率」「K75.日だまりの気温―各地の観測結果」「K84.観測露場内の気温分布―熊谷」 などに掲載されている。

このシリーズ研究「森林内の気温」は、観測露場周辺の環境変化が気象観測値にどの ような影響を及ぼすかを明らかにし、観測所管理上の参考にすることを目的としている。 同時に、都市気候に及ぼす森林の影響をより詳細に解明する目的をもっている。 都市気候、とくにヒートアイランドは大都市で深刻化し、熱中症による患者・死者が 急増しており、森林の気象に及ぼす影響を深く理解する必要がでてきた。

本章では、神奈川県平塚市の湘南海岸公園の広い芝地とそれに隣接する海岸防砂林、 および平塚市総合公園内にある広い芝地と林内で気温観測を行ない、晴天日中の林内 気温と芝地上の気温の違いを知るものである。

102.2 観測方法

観測には高精度の強制通風式気温計2台を用いた。この気温計の総合的誤差(通風筒に 及ぼす放射影響を含む)は0.03℃程度である (「K92. 省電力通風筒」「K100. 気温観測用の次世代通風筒」)。

観測は原則として快晴日に行なうこととし、1日の最高気温が現れやすい時間帯の 11時~14時までの3時間とする。ただし、風向などの条件によって30分間ずらすことも あり、雲が現れるときは2時間の観測となることもある。気温のサンプリングは20秒ごと に行ない、3時間の平均気温をもとめる。同時に3時間内の最高気温も求める。 センサーはPt1000オーム、受感部の直径は2.3mmを用いている。


備考1:最高気温と最低気温
1970年代以前はレスポンスの遅い棒状温度計で最高・最低気温が観測されていた。 時代による測器と統計方法の変更がある。最近の気象官署では通風速度=5.4m/s前後、 受感部直径=3.2mm、時定数=36秒を用いている。気温のサンプリングは1秒ごとで、 10秒間の平均値をもとめる。データ処理部においては、前1分間の平均値を求め、 それを正10秒の瞬間気温とする。つまり、平均化時間=1分(10秒ごとの6個のデータの 平均値)の気温時系列の中で、日最高(低)気温は1分ごとデータのうちの最大(小)値 としている。

一般アメダスでは、2006~2008年更新の地点については直径=6.0mm、通風速度=5m/s、 時定数=56秒のセンサーを用い、10秒ごとの瞬間値のなかのその日の最大・最小を日最高 気温・日最低気温としている(「K23.観測法変更による気温の不連続」 を参照)。

以上をわかりやすく説明すれば、仮に時定数=1秒の微細センサーで気温を測ったとした 場合、1分間余(80秒~100秒程度)の時間で平均した気温データを連続してつくる。 このデータのうち、その日の最大値・最小値が上記の日最高気温・日最低気温に近似的に 等しくなる。

本研究では気象庁観測所で用いている受感部より細い、受感部直径=2.3mmを用いており、 最高・最低気温の定義を気象庁方式に合わせるために、20秒間隔でサンプリングした 気温値5個の移動平均値をもとめ、その最大値・最小値を最高気温・最低気温とするので ある。

備考2:林内の木漏れ日率: 本来は、林床の日射量が林外の何%であるかを測定すべきである。林内の放射環境は まだら分布をしているので、多数の日射計を用いる代わりに1台の日射計を用いて林内を 歩いて測定し、平均値をもとめる方法がある。今回は、簡便に木漏れ日率を目視によって 測定した。林内には、一般に灌木などが生えているので、林床面上の高度1m以下の範囲を 見たときの直射が当たっている水平面上に投影したときの面積率を「木漏れ日率」と定義した。


通風式気温計は、パラソル三脚の中心軸に通した伸縮棒の上端に取り付ける。通風筒の 吸気口の地表面からの高さは1.5mとした。2台の気温計のうちの1台は、広い芝地に設置 し、他の1台は林内に設置した。森林の植生密度は均一ではなく、林内気温は場所による 変化があるので気温計を移動して林内平均気温をもとめた。

移動の方法として、30分ごとに気温計の設置場所を変える方法がある。また、30分間は 林内のある地点に置き、次の30分間は林内を歩きながら気温を観測した。

気温差と基準点(広場)の定義:
気温観測の基準点として林外の広い芝地を選び、林内気温と基準点の気温差をもとめるわけであるが、 基準点はやや広域の 1 km~数km 程度の範囲を代表する気温でなければならない。都市化が進んでいない時代 であれば、気象観測所は郊外の開けた場所や風通しのよい場所に設置されたが、最近の一般アメダス では、風通しが悪化して周辺の気温を代表できなくなったものもある。本研究では、対象 とする森林に近い場所で、風通しのよい場所、可能ならば地表面が芝地か背丈の低い植生で覆われた 場所を基準点とする。

林内と芝地の平均気温の差は、

気温差=林内気温-芝地気温

によって定義する。気温差がプラスのときは林内が高温、マイナスのときは林内が 低温である。


102.3 湘南海岸公園の広い芝地と海岸防砂林の気温差

平塚市内の相模湾沿岸には防風林(防砂林)が東西に延び、湘南海岸公園付近では防砂林 の幅は南北約200m、その中を東西に国道134号線(湘南バイパス道路)が通る。 この防砂林の北側に接して湘南海岸公園がある。この公園は東西約300m、南北約150m あり、西半分は芝地など、東半分の南側は裸地のグラウンド(70m×100m)である。 西端部分の南側は駐車場、北側はプールとテニスコートなどがある。ほぼ平坦な芝地の広さは 130m×80mである。

広い芝地に基準の気温計を設置した(図102.1)。この場所の空間広さ=18.1である。 前記のように、空間広さ=<1/tanα>で定義され、αは観測点から見た周辺地物の仰角 である(「K57. 森林内の開放空間の風速」を参照)。

湘南海岸公園芝地
図102.1 湘南海岸公園の芝地(空間広さ=18.1)に設置した気温計(2015年3月30日)。


防砂林は松からなり、低層には灌木が生えている。林内には東西方向に延びる遊歩道が 2本、部分的には1本が整備されている(図102.2)。

この防砂林の松の高さの平均値=12m、目測による林内平均の木漏れ日率 は約35%である。

防砂林
図102.2 湘南海岸公園の南側の防砂林内に設置した気温計(2015年3月30日)。


快晴日の観測は2015年3月30日と31日に行なった。広い芝地の3時間平均気温は16.96℃ (3月30日)、18.05℃(3月31日)であり、林内は17.70℃(3月30日)、19.16℃(3月31日) であり、いずれの日も林内が0.74℃(3月30日)、1.11℃(3月31日)ほど高温である。

薄曇りで直射光の強い日(明瞭な日陰ができる日)、4月9日にも観測をおこなった。この前日の 8日は寒波の影響で低温で雨が降ったが、9日は朝から薄曇りの天気であった。 芝地の11時~14時の3時間平均気温は10.40℃、林内は10.84℃で林内外の気温差は0.44℃である。


102.4 平塚市総合公園の広い芝地と林内の気温差

相模湾沿岸から内陸約3kmに平塚市総合公園がある。公園の広さは南北約500m、東西 約600mあり、北側半分は野球場とサッカー場、南半分にはおもに芝地からなる平坦広場、 桜が植えられた緩斜面、日本庭園などがある。100m四方の平坦な芝地の中央に気温計を 設置し(図102.3)、それより約200mの西方にある林内にもう一つの気温計を設置した (図102.4)。総合公園では、気温計は移動せず一定の場所に固定して観測した。

林の樹高=14m、林内の木漏れ日率は約15%であった。

総合公園芝地
図102.3 平塚市総合公園の広い芝地の写真、空間広さ=4.7(2015年4月2日)。


総合公園林地
図102.4 平塚市総合公園の西池の北東側の林内の写真(2015年4月2日)。


2015年4月2日、朝のうちは曇っていたが、気温計は11時30分に設置し晴れるのを待ち、 12:30から快晴となったので、この日は12:30~14:30の2時間平均気温をもとめた。 広場(芝地)の気温13.44℃に対し、林内では13.73℃であり、林内が0.29℃の高温で あった。


まとめ

平塚市の湘南海岸公園の広い芝地とその南側の防砂林内、および平塚市総合公園の広い 芝地と林内で気温を観測し、林内外の気温差および最高気温差をもとめた。前報告 「K101.森林内の気温―北の丸公園と自然教育園」 における観測結果も含めて表102.1にまとめた。

なお、気象庁の気温観測用の通風筒に及ぼす放射影響について、日中の誤差は0.3~0.4℃ 高めに観測されるので(「K99.通風筒の放射誤差(気象庁95型、農環研09 S型」「K84.観測露場内の気温分布―熊谷」)、 正午前後は平均として観測値から0.3℃引き算した気温を真値として補正し、表の「気温差補正」 の列に示した。

表に示す結果は3~4月の晴天日の観測である。自然教育園の林内の平均気温は大手町露場 よりも0.25℃、0.59℃高温、平塚の湘南海岸と総合公園の林内の平均気温は広い芝地より も0.29~1.11℃の高温、いずれも林内が風通しのよい広場より高温である。

今後、別の森林についても同様の観測を行ない、実例を増やしていく予定である。

表102.1 晴天時における広い基準点(広場)の気温と林内の気温の一覧表
 大手町:気象庁の大手町観測露場
 開の北:自然教育園の開空間(旧庁舎跡地)の北20mの林内の観測地点
 海岸公園:湘南海岸公園
 総合公園:平塚市総合公園
  西池東:平塚市総合公園内の西池の北東側の林内の観測地点
 空間広さ:広場の空間広さ=<1/tanα>=<X/h>
 気温差(℃):林内の気温-広場の気温
  気温差補正(℃):気象庁の気温計は晴天日中に0.3℃高めであることを補正した気温差
 最高差(℃):林内の最高気温-広場の最高気温

     年  観測地 広 場   森林 樹高  時   刻 天気 空間 木漏れ 広場  気温差 気温差 最高差
番号                            広さ  日率  気温      補正
    月/日                         m                          %    ℃   ℃   ℃      ℃
   2012年
01  4/05 教育園  大手町  開の北 14  11:10-13:50 快晴  3.4   30  18.55 -0.05  0.25  ---
02   4/08 教育園  大手町  開の北 14 11:00-15:00 快晴  3.4  30 12.34   0.29  0.59   ---
   2015年
03   3/30 平塚 海岸公園  防砂林 12  11:30-14:30 快晴 18.1   35  16.96   0.74   ---   0.80
04   3/31 平塚 海岸公園  防砂林 12  11:00-14:00 快晴 18.1   35  18.05   1.11   ---   1.42
05   4/02 平塚 総合公園  西池東 14  12:30-14:30 快晴  4.7   15  13.44   0.29   ---  0.33
06   4/09 平塚 海岸公園  防砂林 12  11:00-14:00 薄曇 18.1   35  10.40   0.44   ---   0.56


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