K75.日だまりの気温ー各地の観測結果


著者:近藤純正・菅原広史・内藤玄一
公園など含め、広い露場と狭い露場で正午前後の地上気温を観測した。露場空間の広さ が狭いほど気温は高くなり、露場周辺に日陰が多い場合や、曇天時、および大雨の 翌日には気温上昇量は小さいことがわかった。

波数4の周期関数を用いて地表面の熱収支式を解き、地表面温度と顕熱・潜熱輸送量と 地中伝導熱の日変化をもとめた。得られた正午の地表面温度を基準に、大気安定度を 考慮して、気温の鉛直分布を計算した。 風速の異なる場合の気温の鉛直分布の差は、広い露場と狭い露場の気温差 に相当する。この気温差は、高度による顕熱フラックス一定の仮定のもとに計算された ものであり、顕熱フラックスを±10%前後修正すれば、気温差の観測結果を説明する ことができた。

資料解析に際して、熱収支の特殊な性質に注意すること。その性質とは、蒸発がある ときの風速依存性、及び地中伝導熱の時間変化が地表面温度・顕熱輸送量と位相差を もつことである(完成:2013年6月30日、備考8、9を追記:8月4日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2013年6月22日:素案の作成
2013年6月30日:部分的に加筆、完成
2013年8月4日:備考8、備考9を追記


  目次
    75.1 はしがき
    75.2 研究計画(研究経過)
    75.3 日中の気温上昇量と露場広さの関係
    75.4 理論的考察
    75.5 今後の研究
    75.6 まとめ
    謝辞
    参考文献


75.1 はしがき

気象観測所の露場周辺に樹木が成長し、また住宅などが密集してくると、露場の風速が 弱まり平均気温の観測値は上昇する。これを日だまり効果による気温の上昇と呼ぶ。 これは、都市化による気温上昇と区別すべきもので、住宅などのない田舎であっても 生じる現象である。

なぜ、日だまりの気温上昇量を研究するか

(1)気候変化の正確な把握
観測所近傍の環境変化にともなう気温上昇量は、地球温暖化など長期的な気候変化の 観測では誤差となる。それゆえ、日だまり効果による気温上昇量と露場広さとの関係 を定量的に明らかにしておかねばならない。これは観測所の環境の維持管理のうえでも 重要である。

露場からある方位に見える周辺地物の仰角をαとしたとき、1/tanα=X/h(X:露場空 間の広さ、h:地物の高さ)を露場広さとし、1/tanα(=X/h)の全方位平均値 すなわち<1/tanα>=<X/h>を「露場広さ2」と定義する。

なお、「露場広さ1」=<X>/<h>である。周辺地物の仰角が方位によって大きく変化 する場合は”風みち”があることを意味し、「露場広さ2」>「露場広さ1」となり、 「露場広さ2」を用いれば、各地の観測値がよくまとまる( 「K74.露場風速の解析―室戸岬」の図74.12)。

すなわち、各地で観測した風速比及び露場通風率は「露場広さ2」と相関関係が大きい。 ここに風速比=露場風速/測風塔風速、露場通風率=露場風速/非常に広い理想露場の 風速である。

一般に、露場広さが狭くなると、日中の最高気温が高くなり、朝の最低気温は低下し、 差し引き年平均気温は0.1~0.5℃程度高くなる。ただし都市では熱容量の大きな コンクリートのビルで囲まれ、夜間の気温は下がらず、狭い露場の最低気温は低くなり 難い。

本章では、まず、気温上昇量がもっとも大きくなる晴天日中の正午前後の気温を対象 とする。

日だまり効果は、気候変動の解析や観測所の維持管理のほか、農業気象や都市気候の 問題でも定量的に解明しておかねばならない課題である。

農作物の生育・生産量は日々の気象に影響される。特別な場合でなければ、田畑の 作物は周辺の気象観測所(アメダスなど)の観測値をもとに管理されている。 しかし気象観測値は、必ずしも周辺地域の気象を代表しているとは限らない。

都市内の気温分布は、舗装地や緑地など表面の被覆状態に依存するほか、風通しに よって大きく変化する。森林緑地であっても風通しの悪い開放空間では市街地よりも 晴天日中の気温は1℃ほども高くなる。その例は、東京の北の丸公園に開設された 新露場(「K54.日だまり効果と気温:東京新露場」)や 東京の白金台にある自然教育園内の旧事務棟跡(「K60.森林の 開放空間“日だまり”の気温」)で観測された。

都市内でも、風通しの悪い狭い空間では、日中の気温は1~2℃程度高温になると考え られ、野外作業や運動公園におけるスポーツ活動における健康管理・熱中症対策でも 解明しておかねばならない課題である。

75.2 研究計画(研究経過)

観測所近傍の環境変化によって生じる気温上昇の定量化は非常に難しい課題である。 それゆえ、周到な研究計画のもとに進めなければならない。本研究の最終目標は、 その結果を全国の気候観測所に適用し、観測誤差(環境変化によるズレ)の補正を 可能にすることであり、さらに、気候観測所の環境管理に活用することである。 この計画のもとに研究を進めてきた。


備考1:暫定的な環境管理の目安
気候観測では平均気温は0.1℃の精度が必要である。露場から見た周辺地物の仰角を αとしたとき、1/tanα=X/h(X:露場空間の広さ、h:地物の高さ)の 30%の変化と、 風速比(露場通風率)の10%の変化が大きな環境変化であり、これ以上の変化が 生じないように管理しなければならない。この目安は、これまでに得られた中間結果 から暫定的に決めたものである。今後も研究の途中で暫定値は少しずつ改訂される 可能性があり、より確かな値を求めるために研究を続けている。


(1)日だまり効果の発見
日だまりの気温が高いことは太古の昔から知られていたことであるが、これが気候資料 の解析で大きな誤差となることには気づいていなかった。

日本における地球温暖化の正しい解析を行う過程で、樹木の成長など観測所近傍の 環境変化により、平均風速が減少するほど、年平均気温が上昇していることがわ かった(近藤、2010;2012)。

図75.1の横軸は測風塔における風速の変化率、縦軸は露場において観測された年平均 気温の上昇量である。この図に示されたように、年平均気温についての定量化は得られ ている。

しかしながら、測風塔風速計は近傍の地物の影響が少ないように、高度10~20mに設置 されており、より広域を代表する風速を観測するものであり、露場の風速(露場面上 1~2m高度)を代表するとは限らない。そのため、観測値のプロットのばらつきは 大きい。

風速と日だまり効果
図75.1 風速の変化と日だまり効果による気温上昇の関係. 四角印は樹木の成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点,丸印は日だまり 効果に都市化の影響も含む可能性のある地点を示す(近藤(2010;2011)、あるいは 「研究の指針」の「K45.気温観測の補正と正しい地球温暖化量」 の図45.6に同じ; 「K46.日本における温暖化と気温の正確な観測」の図46.1に同じ).

露場の日だまり効果による気温上昇量は、測風塔風速よりも露場の風速と相関関係が 大きいと考えられるので、いろいろな環境下にある露場の風速との関係を確定させ なければならない。


備考2:深浦のプロット
図中の深浦のプロット(横軸=-0.36、縦軸=0.06℃の四角印)は、他の地点よりも 気温上昇量が小さい。この観測所では、周辺の松などが成長し風速が弱まり日だまり 効果で気温が上昇したが、多くの桜が植樹されたため露場とその周辺に日陰が増えて 気温の観測値は低めとなった。それらが互いに打ち消し合った結果として気温の上昇量 は風速減少率が大きい割には小さいと考えられた。この打ち消し合う現象は、 次の75.3節の(5)で確認される。

備考3:深浦の環境整備
深浦観測所は史蹟公園「御仮屋」に設置されている。観測所としての環境が悪化して いたので、何度も訪問し環境改善のお願いをした。その結果、2009年11月上旬と2011年 2月下旬に桜など33本の伐採と、松15本の枝切りをしていただいた。その要約は、 「応援会情報」の「A06.深浦観測所見学、2011年6月 25日」に掲載されている。


(2)各地における露場風速の観測
気象観測所の露場風速の特徴を知るために、最初に、単純な構造の防風林の風下に おける風速の観測からはじめた。

風速に及ぼす樹木など地物の影響が無視できる理想露場として非常に広い露場を想定し、 理想露場の風速に対する現実の露場風速の比を「露場通風率」(%)として定義した。

図75.2は空間の広さ(露場広さ)と露場通風率の関係である。横軸を対数目盛で表す と、露場広さ>1の範囲で近似的に直線関係にあり、露場広さ>30~40で露場通風率は 100%に漸近する。

露場通風率1
図75.2 開放空間の広さ(1/tanα= X/h) と露場通風率の関係、α:空間中心の 地表面から見上げた樹高の高度角、X:開放空間の半径(単純な列状防風林では X は 防風林からの風下距離)、h:平均樹高。「K57.森林内の開放空間 の風速」の図57.10に同じ。

次いで、より複雑な環境下にある各地気象観測所の露場において露場風速(高度1~2m) を観測し、露場広さとの関係を調べた(図75.3)。

露場通風率2
図75.3 各地における露場広さと露場通風率の関係、全資料平均(ただし津山は全方位 平均)の関係。記号の(外)は露場外の公園での観測値を意味する。「K74.露場風の解析-室戸岬」の図74.12に同じ、ただし横軸は 対数目盛で表してある。
緑破線:平坦な林内空間で得た実験式
赤破線:丘の関係(深浦、津山)

露場の周辺が樹木の場合でも住宅など建物の場合でも、露場通風率は仰角αの測定に よって定義される「露場広さ2」と密接な関係にある。ただし、平坦地と丘地形に 大別される。丘地形(深浦、津山、室戸岬)では、丘を吹き上げる風が測風塔の高度 付近で強化されるのに対し、地表面近くでは風速は逆に弱化され、露場通風率は見かけ 上、平坦地の70%程度になっている。


備考4:室戸岬と北の丸露場
室戸岬では、測風塔風速は露場から約500m離れた場所、尖った尾根地形で観測されて おり、測風塔風速が周辺より強めに観測されている。そのため、露場通風率は見かけ 上小さく現れている。また、北の丸露場は特殊な環境にあり、露場空間の水平スケール X の範囲内に存在する多くの低木により露場風速は弱められ、露場通風率は特別に 小さくなっている。


以上をまとめると、図75.1では、気温上昇量は風速減少率と近似的に直線関係にあり、 図75.2~3では露場通風率(露場風速の大きさ)は対数目盛で表した露場広さと直線 関係にある。この2つの関係から、日だまり効果による気温上昇量は露場広さの対数と 直線関係になることが予想される。いろいろな場所で気温を観測し、この予想を次章 で確かめる(図75.5)。

(4)予備知識
次章で示す観測結果の理解を助けるために、接地境界層における日中の気温鉛直分布 を説明しておこう。接地境界層とは、地表面から高度30m程度までの範囲、非常に広い 水平方向に一様な空間では顕熱や潜熱の鉛直輸送量(鉛直フラックス)は近似的に一定 と見なされる高度範囲のことである。

図75.4は気温鉛直分布の時間変化の例である。気温の高度による差が小さいとき、 気温は高さを対数目盛で表したとき直線分布(「対数分布」と呼ぶ)に従うが、 地表面温度が上昇する正午前後に近づくと、高度が高くなるほど対数分布からずれて 曲線となる。

気温鉛直分布時間変化
図75.4 夏の晴天日における8時~11時の気温鉛直分布の模式図、Kondo(1962)の解析 資料(O’Neill, 1956, 観測)に基づく。横軸は地表面からの高度、縦軸は気温、 プロットと実線は観測値、破線は気温分布に対する粗度高度 zt(この図 ではzt=0.0003m)にプロットした地表面温度 Ts まで外挿した気温分布。 粗度高度 ztは、風が強く気温が近似的に対数分布で表される中立安定度 に近いとき、破線のように外挿して決めることができる。

風の条件が強風から弱風になるときの気温鉛直分布もこの傾向に似ている。すなわち、 広い露場では風速が強いので、大気安定度は相対的に中立に近く、気温は対数分布に 近く8時の分布のような形となる。一方、狭い露場では風速が弱いので、同じ放射条件 でも地表面温度は上昇し不安定となり、10時の鉛直分布のような形になる。さらに狭い 露場では、いっそう不安定となり11時の鉛直分布のような形になり、広い露場との 気温差は風が弱い狭い露場ほど大きくなる。

75.3 日中の気温上昇量と露場広さの関係

気象観測所の周辺環境は様々である。それゆえ、いろいろな条件下において、 概略500m以内の範囲内にある広い露場と狭い露場で気温差の観測を行った。 露場とは、公園などを含む広場である。

広い露場として、理想露場に近い場所(露場広さ>30)を基準にしたいが、現実には 狭い露場に近接する広い場所はめったに存在しない。多くの場合、広い露場としての 露場広さ(空間広さ)=5~20の範囲にある。図75.2~図75.3では、露場通風率は空間 広さの対数に比例するので、ここでは近接する2地点の空間広さを対数で表したときの 差と2地点の気温差の関係を調べた。

基準とした広い露場は、つくばの農環研露場(芝地、露場広さ=9.3)、平塚市内の 花菜ガーデン・センターフィールド(芝地、露場広さ=16.6)、湘南海岸公園(芝地、 露場広さ=18.1)、同グラウンド(裸地、露場広さ=12.4)、須賀公園野球場(裸地、 露場広さ=10.0)、桜ケ丘公園(裸地、露場広さ=13.7)、四十瀬川公園(裸地、 露場広さ=5.6)、防衛大グラウンド(草地、露場広さ=11.4)(その後人工芝となる)、 防衛大グラウンドB(裸地、露場広さ=12.4)である。観測は今後も続く 予定であり、パラメータなど一覧表は続報に掲載する。

図75.4は最高気温の起きる正午前後に観測した結果である。観測時間は原則として 連続3時間を1観測とする。雲により直射光が急にゼロとなったような場合の観測時間は 1~2時間の短時間である。データのサンプリング間隔は原則として自記記録の場合は 20秒、アスマン通風乾湿計(2012年)を用いた水銀柱の直読観測では1分間隔である。

2013年の観測から、水平の直射除けをつけた2重円筒の通風筒内にセットした1000 オーム白金抵抗温度計を用いた。直射条件下における観測精度は±0.03℃である (「K70.気温観測用の電池式通風筒」)。

露場広さの差と気温差
図75.5 露場空間の広さの差(対数で表したときの差)と気温差の関係。縦軸は広い 露場の気温を基準としたときの狭い露場の気温差(=狭い露場の気温-広い露場の気温) である。白抜き記号は晴天条件(直射光が連続して十分にある場合)、他の記号は 本文中に説明してある。

図に示した記号は次の通りである。
(1)晴天条件:白抜き記号
(2)地表面の種類が異なる場合:赤塗り記号(芝地と裸地、あるいはアスファルト駐車場)
(3)曇天条件:黒塗り記号(晴天条件の途中で雲に覆われ、直射光が無くなった場合)
(4)前日が大雨の場合:青塗り記号
(5)周囲に樹木が多い場合:オレンジ塗り記号(周囲に樹木が多く林床温度が低温、及び地面温度が3℃ほど低温の場合)
(6)上空の低温空気が下降してくる場合:青記号のうち気温差<0(防衛大の中庭に上空の風が入り込む南風の場合)
(7)理論的な関係(晴天):赤線と緑線
(8)同上(曇天):黒線(赤破線の条件と同じで入力放射量のみ1/2)

図は原則3時間の平均気温の差を表したものであるが、その時間内の最高気温についても 同様の図が得られる。しかし、最高気温は瞬間的な値であり、プロットのばらつきは 大きいので、まとまった結果を得るには沢山の観測を行う必要があり能率的でない。 ここでは原則3時間の平均気温を対象とする。

図75.5にプロットした観測では、観測ごとに忘れないうちに気温差の大きさについて 考察した。その結果、プロットの縦軸の大きさの理由ついて説明ができる。

(1)晴天条件(白抜き記号:赤丸、赤四角、赤三角)
横軸の大きさ(マイナス)が大きくなるほど、つまり対数で表した露場広さが狭く なるほど気温差は大きくなり近似的に直線関係に見える。平均気温の差は最大2℃程度 である。観測のプロットは今後増えるので、ここでは暫定的な結果とする。赤丸印 (平塚)は、同じ芝地の2地点の気温差と、同じ裸地の2地点の気温差であるが、 芝地と裸地で顕著な違いは見られず、同じ記号でプロットしてある。

赤四角印(気象庁)のうち、横軸=-0.64の2プロットは、志藤ら(2013)の観測に よるものである。これは、学会予稿集に掲載された図中のプロットの平均値を数値 データとして利用させていただいた。11~14時の平均日射量>556W/m2 の場合の平均値であり、春分~秋分の季節の観測値(縦軸=0.62℃)とそれ以外の 季節の観測値(縦軸=0.35℃)である。これは大手町露場(広い場所:露場広さ=4.0) とその東側の隅にある植栽内の狭い空間(狭い場所:露場広さ=0.9)の気温差である。

赤丸印と赤三角印に比べて気温差が小さいのは、雨天の翌日データを含むことと、 植栽内の日陰と小屋の日陰の影響を含むことが考えられる(後述の(5)を参照)。

赤四角印(気象庁)のうち、熊本ら(2013)の観測は横軸=-0.85、-0.54、-0.37、 -0.15にプロットされている。これは学会予稿集のプロットの数値データを提供して いただいたものである。日射量>167W/m2の条件における値である。弱い 日射条件を含むため、赤丸印と赤三角印に比べてやや小さめであると考えられる。


備考5:熊本ら(2013)のデータの縦軸の値
プロットは館野高層気象台の第2放球場で観測された気温差のうち、南寄りの風のとき のデータである。周辺は森林であり、露場気温は風下ほど高温の平均場になっている と考えられる。そのため、基準の気温(広い空間の気温)として、風上側-7h の気温と 風下側 7h の気温の平均値を用い(h は防風ネットの高さ)、防風ネットから 5h、3h、 2h、1h の風下側の気温上層量をプロットしてある。5h, 3h, 2h, 1h の露場 広さ X/h は、それぞれ防風ネットの風下側 5、3、2、1 に相当する。

なお、風上側-7h から南方向(方位180°±30°範囲)の仰角を測量した結果、この 地点の南風に対する露場広さ(方位180°±30°の平均値)X/h=6.7である。


(2)地表面が異なる場合(赤塗り記号:芝地と裸地、あるいはアスファルト駐車場)
晴天条件において観測された芝地と裸地、あるいは芝地とアスファルト駐車場の気温差 は、地表面条件の違いのほか、露場広さに大きく依存することがわかる。

横軸=+0.03にプロットされた観測は縦軸=0.94℃である。これは、南北に約50m 離れて存在するアスファルト駐車場と芝地の気温差(駐車場が高温)であり、例外的 に大きい。この時の風(風向=西南西)は、駐車場の風上は住宅地であるのに対し、 芝地の風上は広い裸地運動場(桜ケ丘公園、露場広さ=13.7)であった。そのため、 芝地に入る風は広い裸地上において鉛直方向によく混合されてできた、相対的に低温 空気であったと考えられる。

まとめると、風上側が同じ住宅地または防風林で露場広さが同じとき、裸地と芝地の 気温差は微少(0.1~0.3℃程度)であり、露場広さの違いによる効果が大きい。 しかし、風上側の広範囲の地表面状態が違っていて、露場(芝地でも裸地でも)に 流入する気温(風上側の境界条件)が異なる場合、2地点の気温差は大きくなること がある。

(3)曇天条件(平塚の赤丸印のうちの黒塗り記号)
同一場所において、雲によって直射光が無くなると、気温差は1.49℃から0.95℃、 1.55℃から1.01℃、0.92℃から0.36℃に低下した。おおよそ40~60%の低下である。

黒四角印(多治見、2012年9月1日、2日、9日の観測)のプロットはすべて気温差>0 であるが小さい(「M64.多治見のヒートアイラ ンド:準備観測」)。この3日間は雲が多く、時々雨の降る状態で行った観測で あり、曇天条件と次項(4)の大雨の翌日に相当すると見なされる。

(4)前日が大雨の場合(青塗り記号)
防衛大の草地における観測であり、大雨時の翌日は快晴であっても、地面温度の 上昇は小さく、2地点間の気温差は大きくならない。

(5)周囲に樹木が多い場合(オレンジ塗り記号)
「横軸=-7.8:縦軸=0.38℃」(赤丸オレンジ塗り)は平塚須賀公園野球場(全面 裸地)のセンター裏と野球場中央の気温差である。「横軸=-7.6:縦軸=0.39℃」 (赤三角オレンジ塗り)は農環研旧露場と現露場の気温差である。

これらの狭い露場は周囲に樹木が多く、その林床温度は低温である。その低温の空気が 流れ出てくるため露場の気温は高温になり難い。一般風が無風の場合、開放空間の 露場は熱せられ上昇流が発生する。その補償流として周囲から冷気が露場に流れ出て くる。

「横軸=-5.1:縦軸=-0.27℃」(赤三角オレンジ塗り)は農環研の旧テニス場 (草地:露場に隣接、現在は温室が建てられている)と露場の気温差である。マイナス の気温差は、旧テニス場の地面温度を放射温度計で測ってみると、露場に比べて3.4℃ ほど低温であったことによる。この旧テニス場の周辺は樹木一列の防風林に囲まれた 空間であり、草に交ざって地表面にはコケが生えて湿っぽかった。

前節の図75.1で説明したように、深浦のプロット(横軸=-0.36、縦軸=0.06℃)は、 他の地点よりも小さい気温上昇量にあった。これは、本項の「周囲に樹木が多い場合」 の観測によって確かめられたことになる。


備考6:放射温度計による地表面温度の測定方法
地表面が粗面のとき(草地など)、個々の粗度物体の温度は一様でなく、太陽光の 当たる面が高温、風当たりがわるい面が高温となる。したがって、放射温度計で測る 地表面温度は放射温度計を向ける角度(天頂角)と太陽の方位・天頂角によって変わる。 このような場合、顕熱輸送量など熱フラックスを代表する地表面温度は斜めの方向、 鉛直方向から50°~70°の角度で測ったときの値が最適である (Matsushima and Kondo, 1997)。

放射温度計を持って歩きながら周辺一帯の地表面温度の平均値を測る場合、傾ける 角度が斜めになり過ぎると、地表面と放射温度計の距離が長くなり、途中の水蒸気・ 二酸化炭素などの吸収・射出の影響を受けて誤差となる。それゆえ、現地における 観測では、放射温度計を傾ける角度=40~50°に保ち、左右に振り、方位を変えながら 平均温度を測定する。裸地の場合も同様に測った放射温度の平均値を地表面温度と する。平らな水面の場合は、反射率が天頂角とともに大きくなり、天空からの下向き 大気放射量が測定値に大きく影響するようになるので、放射温度計は真下に向けて 測る。


(6)上空の低温空気塊が下降してくる場合(青記号のうち気温差<0)
これは、防衛大の中庭に上空風が入り込む南風の場合である(図の範囲外にはみ出した -1.3℃、-1.4℃、-1.74℃も含む)。この中庭は周囲すべてが校舎で囲まれ、 横方向からの風は直接には入り込めない。

なお、気温差>0の5プロットは東風の ときであり、東側の校舎屋上にはレーダー(アンテナ、他の装置)が設置されており、 中庭へは上空風が入り難いと考えられる。

南風のとき、上空の低温の風は北側の校舎壁にぶつかり、下降して中庭に入り グラウンドよりも低温になると考えられる。

これと同じ現象は気象庁の大手町露場でも見られた。大手町露場では一般風が東寄りの とき、露場の西側の15階建ての竹橋会館にぶつかり、反転して露場に吹き下ろして くる。「K63.露場風速の解析―北の丸と大手町」 の図63.4を参照すると、東寄りの風のとき、露場風向は180°変化し、逆流している ことがわかる。

逆流は地面付近の気温より低温の上空の風が吹き下ろしてきたものであり、ビル街に ある大手町露場の日中の気温の上昇を抑制していると考えられる。

大手町露場近傍では暖候期における晴天日中の風向は殆んど南寄りまたは東寄りで ある。これら風向別の最高気温差(北の丸露場-大手町露場)を図75.6(下)に 示した。ただし図にプロットした晴天日とは、2011年8月~2012年7月の1年間の 4月~9月の暖候期、日照率>60%で全天日射量>18MJ/(m2d)=208W/m2の条件である。

北の丸と大手町の最高・最低
図75.6 晴天日の北の丸露場と大手町露場の最高・最低気温差。
上:最高気温差(赤印)と最低気温差(緑印)の日平均風速への依存性
下:風向別の最高気温差と正午ころの風速との関係

下図に示したプロット(晴天日の合計日数=59)のばらつきは大きく、確定的ではない が、南寄りと東寄りの風のときで大きな違いは認められない。その理由は、大手町露場 では南側が開けており(仰角が小さく)、南寄りの風のときは露場でも南寄りの風と なり、皇居・お堀からの風は鉛直方向によく混合されて相対的に低温となり、露場へ 入ってくるためである。

風速が弱い場合に比べると、風速が強いと鉛直混合が盛んで、地表面付近の熱が上空に 運ばれ地表面温度と地上気温は高温になり難い。大手町露場では、皇居・お堀からの 南寄りの風のときに相当する。

まとめると、晴天日の大手町露場では、東寄りの風のときは上空の低温空気が竹橋会館 にぶつかり風向を逆転させて露場へ吹き下ろしてくる。一方、南寄りの風は開けた 方向からくる相対的に低温の空気であり、ビル街にあるにもかかわらず最高気温は あまり高くならない。

(7)(8)は理論的な関係(赤線、緑線、黒線)
詳細は次節で説明されるように、熱収支式で決まる地表面温度の日変化を波数4個の 周期関数の和として解析的に解き、得られた地表面温度を基準として、プロファイル 関数ΨHを用いて気温の鉛直分布を求める。風速が強い場合(広い露場) と弱い場合(狭い露場)の高度1mにおける気温差を計算する。

このΨHを用いる理論計算では、高度による「フラックス一定の仮定」と、 「熱交換速度 ChU は1日中一定の仮定」を含むために、現実を正確に再現している わけではない。つまり、狭い露場では、周辺の地物(樹木の枝葉)による大気の加熱や 下層における低温空気の移流が生じており、フラックス一定の仮定は成り立たない。

それゆえ、計算された気温差が観測された気温差に合うように顕熱フラックス H (すなわちモニン・オブコフの大気安定度長 L )を±10%前後変えたときの気温 分布を求める。

図75.5の緑一点鎖線は夏(蒸発効率β=0.3)、緑破線は晩春(β=0.3)を想定した 場合である。赤破線は地面がやや乾燥した晩春(β=0.1)、黒破線は晩春の曇天 (β=0.1、日射量は1/2)を想定した場合の関係である。

いずれも直線で表されているのは、観測結果のプロットの関係が近似的に直線関係に あるので、その傾向に計算値が合うように顕熱フラックスを±10%前後の範囲で 変えたことによる。

ここで対象としている狭い露場の内外では複雑な過程を含み、数値シミュレーション による計算のみでは、現実を正確に再現させることは難しく、結局は観測に合うように 諸パラメータを決めることになる。この問題については観測が基本となるので、 いろいろな条件にある各地の露場における観測値をさらに増やして いかねばならない。


備考7:最高気温と平均気温の関係
瞬間的な気温である最高気温は、上記で得た平均気温の関係から統計的に求める。 その際、図75.7の関係を用いる。この図は、高度zをモニン・オブコフ長さ L( 安定度スケール)で割り算した無次元高度と気温変動θの関係である。縦軸の気温 変動は摩擦温度θ*で無次元化してある。ここに、θ*=-H/(cpρU*)で定義される。 この定義式の顕熱フラックス H と摩擦速度 U* は気象条件から推定できる。

気温変動量と無次元高度
図75.7 大気安定度が不安定なとき(L<0、θ*<0)の気温変動量θの大きさと 大気安定度 L の関係(近藤、1982、図5.2より転載)。摩擦温度: θ*=-(1/U*)(H/cpρ)、U*:摩擦速度、H:顕熱輸送量、cpρ:空気の体積熱容量

地表面付近(z=1m前後)では、晴天日中は普通、図75.7の横軸が-0.01~-1程度の 範囲にあり、縦軸は-1~-3に相当する(図示範囲の左側では、縦軸は-3 程度に漸近する)。 したがって、摩擦温度θ*が与えられれば気温変動θはわかることになる。つまり、 平均気温のまわりの瞬間的な気温のばらつきが統計的(確率的)にわかる。 したがって、ある地点(例えば、広い田畑やアメダス地点)における平均気温が わかれば、それと最高気温の差は統計的に推定することが可能である。

例:中立安定度のときのU*=0.4U/ln(z/z0)より、z=2mでU=3.0m/s のとき、その場所の粗度がz0=0.005mならU*= 0.2m/s 、不安定なら これより大きく0.25m/sと推定されたとする。 顕熱輸送量も H=100W/m2 と 推定された場合、θ*=-(1/U*)(H/cpρ)=0.33℃、L=-U2/ [(kg/T) θ*]= -U2/[0.014θ*]=-13.6m、z/L=-0.07となる。

図75.7から地表面に近い高度に対する無次元高度(z/L)=-0.07の縦軸≒2、したがって 気温変動の標準偏差σ=0.33×2=0.66℃と推定される。普通、最高値は標準偏差の 3倍程度とみてよいので、最高気温の期待値は平均気温よりも0.66℃×3=2℃ほど高い 値となる。このように統計的に推定することが可能である。

なお、多治見で観測した気温変動の標準偏差σ(ただし、アスマン温度計による 1分間隔の観測値から求めた値)は「身近な気象」の 「M64.多治見のヒートアイランド:準備観測」の図64.9に示されているように、 σ=0.2~0.7℃であり、日照率が大きいほど(日射量が大きく顕熱輸送量 H が大きく なるほど)大きくなっている。


75.4 理論的考察

地表面温度は地表面の熱収支式と、顕熱・潜熱フラックスのバルク式を連立して解けば 得られる。同時に顕熱・潜熱フラックスと地中伝導熱の時間変化も得られる (「水環境の気象学」の6章)。その際に与える条件は、入力放射量(日射量、 大気放射量)、気温、湿度、地表面のアルベド、地中の熱パラメータ(熱容量と 熱伝導率の積)である。

日射量は波数4の周期関数でかなりよく表現できる。その場合の解析解の例を75.7に 示した。この図には地表面温度は示されていないが、通常の日変化によく似た解が 得られている。

熱収支量の日変化
図75.7 晴天日の熱収支の日変化、入力日射量 S↓を波数4の周期関数で与えたときの 解析解の結果。R↓は下向き大気放射量、H:顕熱輸送量、lE:潜熱輸送量、G:地中 伝導熱(「水環境の気象学」の図6.7より転載;「基礎3:地表 面の熱収支と気象」の図3.17に同じ)。

この方法によって、地表面温度の日変化を計算する(「水環境の気象学」の p.152-p.159)。多地点について行った、年間にわたる日々の地表面温度を再現した ときの精度は±2℃以内である(Kondo and Xu, 1997)。

ここでは、今後の研究の進め方についての見通しをつけるために、異なる4条件に ついて地表面温度、顕熱輸送量、潜熱輸送量、地中伝導熱の日変化を求めた。

地表面は芝地を想定し、風速に対する粗度zo=0.005m、温度粗度zT= 0.0003mとすれば、運動量輸送のバルク係数 Cm と顕熱輸送のバルク係数 Ch、及び 摩擦速度 U* が次式で与えられる(「水環境の気象学」のp.108~p.109)、ただし k=0.4はカルマン定数である。ここでは対数則が近似的に成り立つ低い高度z=0.1mを 想定し、その高度0.1mのバルク係数 Cm, Chをもとめる。

Cm=k2/(ln(z/zo)2=0.0178
Ch=k2/[ln(z/zo)][ln(z/zT)]=0.0092

したがって、摩擦速度は、

U*=Cm1/2U0.1m=0.1335U0.1m

温度粗度zT=0.0003m は湘南海岸公園の広い芝地と農環研の広い露場で、 気温の鉛直分布から求めた値である。

上記のバルク係数Ch を用いれば、顕熱輸送の交換速度 ChU は次表のように計算される。 参考のために示した高度2mの風速U2mは中立安定度のときの風速である。

表75.1 計算に用いる条件
 露場広さX/h 通風率    U2m      U0.1m       U*      ChU0.1m
     15          80%    3.0m/s   1.50m/s   0.20m/s   0.0138m/s
      5          56     2.1      1.05      0.14      0.00966
      1.5        31     1.16     0.58      0.077     0.00534


熱収支式を解く際に、t(s)を時刻(t=0は地方時の0時)、 ω=0.727×10-4s-1、 地中の熱パラメータcgρgλg=2×106 J2s-1K-2m-4、地表面アルベド=0.2、 水蒸気圧は1日中一定で日平均気温のときの50%相対湿度に等しく、Tmを日平均気温 (K)、蒸発効率をβとする。その他の条件は以下の通りである。

(1)夏、β=0.3
入力日射量 S↓(W/m2)=329-464cosωt+130cos2ωt+20cos3ωt-15cos4ωt
下向き大気放射量 L↓(W/m2)=σTm4-80
気温 T(℃)=25-5cos(ωt-π/4)+cos(2ωt-π/4)

S↓式から、地方時12時のS↓=888W/m2 である。

(2)晩春、β=0.3
入力日射量 S↓(W/m2)=251-362cosωt+115cos2ωt+5cos3ωt-9cos4ωt
下向き大気放射量 L↓(W/m2)=σTm4-100
気温 T(℃)=20-5cos(ωt-π/4)+cos(2ωt-π/4)

S↓式から、地方時12時のS↓=714W/m2 である。

(3)晩春、β=0.1
他は(2)に等しい。

(4)晩春、曇、β=0.1
入力日射量は上記(2)の1/2
下向き大気放射量L↓(W/m2)=σTm4-50
他は(2)に等しい。

以上の4条件について計算された地表面温度から、接地境界層の気温プロファイル 関数ΨHにしたがって計算された地方時正午の気温の鉛直分布を 図75.8~75.11の上図に示した。

前述したように、このΨHを用いる理論計算では、高度による「フラックス 一定の仮定」と、「熱交換速度 ChU は1日中一定の仮定」を含むために、現実を正確に 再現しているわけではない。つまり、狭い露場では、周辺の地物(樹木の枝葉)による 大気の加熱と下層における低温空気の移流が生じており、フラックス一定の仮定は 成り立たない。

それゆえ、計算された気温差が観測された気温差に合うように顕熱フラックス H (したがってモニン・オブコフの大気安定度長 L )を±10%前後変えたときの 気温分布を求め、その結果を各図の下図に破線で示した。

すなわち、観測結果の気温差は対数で表した露場広さの差に近似的に比例している ので(図75.5)、その傾向に合うように顕熱輸送量 H を少しだけ変えたときの気温 鉛直分布を計算した。この際、地表面温度は変えない。

夏β=0.3
図75.8 夏、β=0.3の条件についての計算された気温の鉛直分布。黒線は広い基準の 露場(X/h=15)、緑線は中間的な広さの露場(X/h=5)、赤線は狭い露場 (X/h=1.5)。
上図:解析解、
下図:地表面温度は変更せずに、顕熱フラックスを±10%前後(モニン・オブコフ 安定度長L )変えた場合の気温鉛直分布。

顕熱フラックス H は表57.2に示す修正係数を掛け算した値とした。

表75.2 計算された気温差が観測された気温差に合うように修正した係数。
     条 件       X/h=15(基準)    X/h=5   X/h=1.5

 (1) 夏、β=0.3            不変          0.94     1.09
 (2) 晩春、β=0.3      不変          0.95     1.08
 (3) 晩春、β=0.1      不変          1.05     1.18
 (4) 晩春、曇、β=0.1    不変          0.95     1.03


現実は複雑であり、ここでは顕熱フラックスを変えたが、摩擦速度を変えてもよいし、 両方を変えてもよい。結局は安定度スケール L が変わり気温鉛直分布の形(対数分布 からのずれの大きさ)を変えることになる。いろいろなパラメータを変えるよりは、 わかりやすく顕熱輸送量のみを変えたのである。

晩春β=0.3
図75.9 晩春、β=0.3の条件について計算された気温の鉛直分布。

晩春β=0.1
図75.10 晩春、β=0.1の条件について計算された気温の鉛直分布。

晩春曇りβ=0.1
図75.11 晩春、曇、β=0.1の条件について計算された気温の鉛直分布。


備考8:高度10m前後における大きな昇温
図75.9~75.11では、高度10m前後で大きな昇温(1~5℃)が計算されている。 現実には、露場の上端高度(樹木等の高さに依存し、3~10m)の近くでは、周辺大気 の低温空気と露場内の高温空気の混合・拡散が生じる。その結果、大きな昇温は消失 することになる。この問題について、今後、観測と理論的な計算によって確認する ことになる。

4例についての修正係数は系統的になっていない。その理由はいろいろあろうが、 最大の理由は、熱収支の複雑な振舞いにある。その複雑さを図75.12によって説明 しよう。図の横軸は交換速度 ChU、つまり風速 U とみなしてよい。地表面温度と 気温の差(Ts-T)と潜熱輸送量 lE(=蒸発量)は、ともに風速とともに単調に変化 する。すなわち、(Ts-T)は単調に減少し、潜熱輸送量 lE は単調に増加する。

ところが顕熱輸送量 H は、蒸発効率β=0(蒸発ゼロ)以外では、極大値をもつこと である。これは熱収支を理解する上で知っておくべき特徴的な性質である。

地温気温差顕熱潜熱の風速依存性
図75.12 地表面と気温の温度差(上)、顕熱輸送量(中)、潜熱輸送量(下)と交換 速度 ChU の関係。 Q(=入力放射量-地中伝導熱)=700W/m2, 気温 T=20℃、 相対湿度=50%のとき、パラメータとしての蒸発効率βを0.1きざみで0から1まで描い てある(Kondo and Watanabe, 1992;「水環境の気象学」の図6.3から転載).

日中の放射条件のもとでは、微風時の顕熱輸送量は風速の増加とともに 大きくなり大気層を加熱するのだが、ある風速(蒸発効率βに依存)を超えると、 顕熱輸送量は風速の増加とともに減少しはじめる。さらに強風になると顕熱輸送量 はマイナスとなり大気層は冷却されるようになる(日中であっても大気安定度は、 不安定から逆転して安定となる)。

図75.12は図中に説明した条件の場合であり、Q(=入力放射量-地中伝導熱) の値に よっても顕熱輸送量の極大値を示す風速は変わる。地表面で蒸発現象があることが 熱収支の振舞いを複雑にしている。

さらに熱収支の性質について付記すべきことがある。蒸発効率がゼロまたはそれに 近いときは熱収支の振舞いが単純になるかと言えば、そうではない。裸地面が乾燥して きて蒸発量が微少になったとき、蒸発量は地表面で生じるのではなく土中内部で起きる ようになる。この場合、蒸発量はしだいに風速に依存しなくなり (Kondo, Saigusa, and Sato, 1992)、土壌水分量と湿度の関数となり、土壌の多層 モデルで熱収支・水収支を解かねばならなくなる(Kondo and Saigusa, 1994)。

本節の理論的考察で得られた重要なことは、顕熱輸送量を大幅に変えなくても観測結果 を説明できたことである。すなわち、複雑な狭い露場でも、露場で観測される気温は その露場の地表面熱収支によって大勢が決まっており、残りの10%前後の影響は露場 を取り囲む周辺地物(枝葉など)による加熱・冷却および日陰の林床があれば、 その冷気の移流効果である。

この顕熱輸送量の10%前後の差を観測から検出すればよいのだが、現行の手法・測器の 測定精度からして不可能に近い。

本節の理論的な計算は、今後の見通しをつけるために粗い近似モデルを用いた。より 正確な計算結果は次章に示される(「K76.日だまりの気温ー 理論的考察」)。

75.5 今後の研究

観測と解析
(a) 公園など含む各地2か所の露場の組み合わせで、気温差の観測を行い、図75.5の プロットを増やし、日だまり効果による気温上昇量と露場広さの関係を明確にする。

(b) 理論的な考察によれば(図75.8~75.11)、高度の概略0.1~1mの範囲において、 気温差は高度によって大きく違わない傾向にある。これを観測から確認する。

(c) 観測結果のまとめの図75.5について、気温差と風速の関係、及び気温差と日射量 の関係を明らかにする。

その際の資料解析に際して、地表面温度・気温鉛直分布をきめる熱収支の特殊な性質、 すなわち蒸発があるときの風速依存性、及び図75.7に示されているように、地中伝導熱 は地表面温度・顕熱輸送量の時間変化とπ/4の位相差で時間変化することに注意が 必要である。なお、波数1の場合、位相差π/4は3時間である(「水環境の気象学」 の6.7節参照)。

具体的には、(1)大雨翌日の蒸発効率は他の日と大きく異なり、顕熱輸送量の極大値 を示す風速が他の日とずれるので別扱いにすること。(2)晴天日、例えば地方時9時と 15時の日射量はほぼ等しいが、地中伝導熱が大きく異なり、9時と15時における気温 鉛直分布の形が違ってくる。

したがって、本解析で取り扱ったように正午前後の数時間平均の気温差から風速依存性 と日射量依存性を求める。そうでないと、風速依存性と日射量依存性の正しい関係を 求めることは難しい。

理論的な考察
理論的な考察をさらに進める。図75.8~75.11では、条件の一部について示したが、 黒線・緑線・赤線の間の関係はいろいろな場合があり、他の条件についても考察する。

観測結果と理論的な考察の違いは、気温差にして1℃程度、顕熱輸送量にして10%程度 に相当する。このわずかな違いについて、まず、蒸発効率の風速依存性を検討する。 また、日の出・日没ころ狭い露場には直射光が入らないことも考慮して熱収支式を解き、 放射の影響を検討する。

狭い露場の気温場について3次元的なモデルによる理論的な考察(数値シミュレーション 含む)を行う。その際、観測結果と合致させることに力点をおくと本質が分からなく なる恐れがあるので、理論的な考察では一般的な特徴を見出すことに力点をおく。

露場周辺が樹木で囲まれている場合、日射の当たる葉面で加熱および弱日射の葉面で 冷却(蒸散で冷却)される効果は、「身近な気象」の 「M61.都市昇温の緩和策」の図61.6が参考になる。

露場と隣接する日陰を含む範囲の地表面温度は、放射量(日射量、大気放射量)を 日陰面積率に応じて変えたときの熱収支式からもとめ、これをもとに気温鉛直分布 を計算する。


備考9:露場広さと地面の乾燥度の関係
本章では、露場広さの大きさによらず、地表面の湿り(蒸発効率)の違いは考慮して いない。現実には、風速が弱い狭い露場では蒸発散速度が小さく、広い露場に比べて 湿っていることが多い。この問題については次章で考察する( 「K76.日だまりの気温ー理論的考察」)。

75.6 まとめ

気象観測所の近傍の環境が悪化し、風速が減少すると年平均気温が上昇する ことがわかっている(図75.1)。年平均風速の10%の減少が年平均気温の約0.1℃の 上昇に相当する。

これを日中の最高気温、夜間の最低気温にも拡張し、最終的には気候観測資料の 補正を行えるようにするとともに、観測所の環境管理にも活用することを目的として 研究を行っている。

本章は、その中間のまとめである。

広い露場と狭い露場で正午前後の地上気温を観測した。露場空間の広さが狭いほど 気温は高くなることが確認できた。さらに、露場周辺に日陰が多い場合や、曇天時、 および大雨の翌日には気温上昇量は小さいことがわかった。

今後の研究の進め方を見出すために、地表面の熱収支式を解析的に解き、地表面温度と 顕熱・潜熱輸送量と地中伝導熱の日変化をもとめた。得られた正午ころの地表面温度 を基準にΨH 関数(水平一様な接地境界層で成り立つ気温の分布関数) を用いて気温の鉛直分布を計算した。風速の異なる場合(露場広さが異なる場合) の気温の鉛直分布の差は、高度による顕熱フラックス一定の仮定のもとに計算された ものであり、顕熱フラックスを±10%前後修正すれば、気温差の観測結果を説明する ことができた。

顕熱輸送量を大幅に変えなくても観測結果を説明できたことは、複雑な狭い露場でも 気温は熱収支によって大勢が支配されており、残りの10%前後の影響は露場を取り囲む 周辺地物による加熱・冷却および日陰の林床があれば、その冷気の移流効果である。 また、今回無視した、蒸発効率の風速依存性、日の出後・日没前の直射光が狭い露場に は入らないことなど、第2次的な要因も考慮すべきことを意味している。

本章で示したと同様の観測を続け、図75.5(気温差のまとめの図)のプロットを 増やし、気温差と露場広さの関係を明確にする。同時に理論的な考察により、 気温差についての一般的な特徴・性質を明らかにする。

本章では、最高気温の生じる正午前後の気温についての結果であり、続報では 朝の最低気温が生じる日の出前の気温について取り上げる。

謝辞

つくばの農環研(農業環境技術研究所)では露場とその周辺の広場を使わせていた だいた。桑形恒男氏、福岡峰彦氏、滝本貴弘氏、ほかの皆さんからご支援を得た。

花菜ガーデン(神奈川県立花と緑のふれあいセンター)(園長・佐久間浩氏)では、 園内で気温の観測をさせていただいた。

平塚市内には多くの公園がある。公園の使用に際してみどり公園・水辺課(公園施設 管理担当主事・橋本佳居氏)には、町内会への連絡その他でお世話になった。 西仲町町内会(会長・宮代氏)、中里町内会(会長・坂口氏、事務局長・府川氏) には、夜間~朝にかけて公園の見回りなどしていただいた。

富士見保育園(園長・牧野恵子氏)の庭、(株)みづほ野(開発部部長・山下清志氏) の駐車場、八王子神社(小林氏)の境内を使わせていただいた。

参考文献

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