eばあちゃんのPC物語

 

〜「高齢」「女性」「重度メカ音痴」三重苦のeばあちゃんがパソコンとお友達になるまで〜

 

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*おばさんパートに           *ホームページを立ち上げて

*ホームページを立ち上げて 2     *はじめてのパソコン

*eばあちゃんサポーターに志願     *トホホなサポーター

*そして、、、思うこと          *メモ(はじめてパソコンに触れる高齢者に)

 

おばさんパートに

おばさんは(その頃はまだばあちゃんではなかった)毛筆の履歴書を持ってあるスーパーの面接会場にいった。

一人の採用に十人以上の応募者。周りは若い人ばかり、、、。ウ〜ン。これは、、、。50歳は無理かな。

ところが、めでたく採用されてパートの事務員として10時から3時まで働くことになった。

 

後から聞くと取ったばかりの「簿記」が決め手だったらしい。簿記の資格が実務に生かせるかは難しいところだが 高年齢なのに資格取得に挑戦したその意欲を評価したのだという。

へ〜エ? 年齢が有利に働く事もあるんですねエ。

働く場所がスーパーの事務所。倉庫のようなさえない職場には若いギャルは不釣合い。

おばさんなら生活かかっていますから多少の辛苦も耐えられる。

 

さて、おばさんの初出勤。ソロバン片手に向かった職場。

正社員の女性が一人。仕事は、毎日3店舗分の伝票を検算し、コンピューターに打ち込むのだという。山のような伝票と電卓を渡された。

電卓使ったことないよ〜。指が動かない。何度やっても答えが違う。

様子を見に来た、社長の奥さんの顔が 明らかに「とんでもないおばさんを採って。。」といっている。

こっちだって泣きたいよ〜。

要するに簿記一級もソロバン2級も仕事には役に立たなかったのだ。

とにかく電卓が打てなくては仕事にならない。

 

帰宅して子供の古い学級名簿で電話番号の下4桁の数字を打ち続け、指に数字を覚えこませた。

こうしてコンピューターの「コ」も知らずに社員さんの指示のままた数字を打つ日々を過ごすことになったのだ。

 

 まだ、Windowsの出る前の話でおばさんは家計のためにひたすら数字を打ち込んだ。

 

 

(臨時編)ホームページを立ち上げて

200438日安普請ながら小屋ができた。

棟梁は遠く離れている息子。忙しくて現場には来てもらえない。どうにもならないときメールで指示を仰いだ。

 

初めてパソコンを教えてもらおうとした人に先生が『環境は、、、』といったら「ハ?窓を開けますか」と言ったとかという笑い話があるが、pcを持って4年もなるのに新しいことをするときは、言葉を知らないで外国に行ったような、不安いっぱいでpcの前に座っている。

この度も原稿が出来上がって、離れている息子にチェックしてもらうため一時的にアップロードした。

終わって『全部削除して整ってからもう一度アップし直しなさい』と言われほっとしてお昼寝。

お昼寝から覚めて、デスクトップにある「homepage」のフォルダを開いて目が点。

空っぽだ。あちゃ〜〜。FFFTPのダイヤログで削除する時右側のサーバー分だけでいいものを左の自分のファイルまでも削除してしまった。こんな風にpcのわかる人には想像も出来ない失敗をする。棟梁も「なんでそういうことになるのかな〜」とあきれている。

またワードからやり直し。二度目はすいすい。さすがに順調。やり直しもいいもんだ。(負け惜しみ?)

 

実際に立ち上げて改めて考えさせられることもある。

一番に思うことは「自分の都合のよい人」にだけ見てもらえるものではないこと。

見る人を限定できない。

たとえば前の「おばさんパートに」の項で社長の奥さんを出してあるがもし、この箇所を本人がみたらどう思うであろうか。

彼女は現在も友人の一人だが、その友情も壊れてしまうかもしれない。

第三者を話題にする時その人を毀損することのないよう気をつけたい。

見せるためのHPを立ち上げながら身近な人には見てほしくないような矛盾した思いがある。

ちょっと複雑。

 

 

 

(臨時編)ホームページを立ち上げて 2

●なぜワードなのか。

ホームページを作るための便利なソフトも多く出回っているのに、ワードで作ろうとした理由は以前、「ワードで作るホームページ」(8時間)という無料の講座を受けるチャンスに恵まれ、これならできるかもと思ったから。お金をかけずに楽しめるのは弱体家計を預かる主婦としてうれしい。

実際取り掛かってみると理解したはずのことも私のポンコツメモリーからはだいぶ漏れていてスムーズには進まなかった。それに講座で使ったのは「word2000」私のソフトは2003.

●基礎知識の不足

「Word」「excel」のごく基礎的なことは暇に任せて受講したあちこちの無料講座で教わっていたのだが、日常、使うこともないので忘れていてホームページを作るのにそれらが身についていないと実感した。

    画像の選択は時間がかかる

パソコンの中にはホームページに使うための色々な無料の素材を提供してくれているサイトがたくさんあるが、内容にマッチした図を選ぶのがむずかしい。センスのなさにもよるが「迷い」に使った時間は膨大。それもまた、作る楽しみと思ってはいるが。

 

こんな粗末なHPでもアップできたという達成感はある。

ことにワードの知識を確認でき、新しいことも多く知った。

もしあなたがホームページを作りたいと思いながら一歩踏み出せずにいるなら、ワードでなら気楽に取り組みが出来ますよ。

私は見栄を張ってはじめから間口を広げてしまったけど

1DKのお家で十分です。後から改築も増築も出来るのですから。

 

次からpc物語に戻ります。

 

 

 

はじめてのパソコン

パソコンを持ったのは4年前。パートの仕事もすでに辞めていて、囲碁を覚えたはじめた時期。巷には囲碁のソフトというものがあってそれで勉強すると格段に強くなるらしい。

囲碁のためにパソコンが欲しかった。

子供たちに「新しいPCにしたらお古を譲ってね。」と予約を入れた。

年齢、使用範囲、能力、貧乏性(ケチじゃない。。。妙に強調。)・・・で新しいPCを買う気持ちにはならなかった。お古で十分。

 

忘れていた頃、娘が車に古いパソコンを積んで持ってきた。

プロバイダーにすでに登録を終え、インターネットが楽しめるように

設定してくれていた。うれしい誤算だ。

仕事でパソコンをいじっていたとはいえ、「ロータス123」の数字の打ち込みだけ。

文字の入力はほとんどしたことがなかった。

「ここをこうして、それからここを押して。今日から毎日私にメールを送りなさい」

一通りメールの説明をすると娘は私をネットの海に放り込んで帰っていった。

毎日欠かさずメールを出した。必ず返事が来た。少しずつ機械になれていった。

 

入力は「かな」で始めた。

はじめて、電卓を使ったときの経験から我流ながら指は両手を使うことにした。「あいうえお」が何処に配列されているのかわからないほど 一からの出発だった。。

(かなで始めたのは結果的には失敗で、後、ローマ字入力に変えた)

 

eばあちゃんサポーターに志願

私は機械に弱い。どのくらい弱いかというと、いまだに携帯電話が使えない。

テレビの録画をするのにいちいちマニュアルを見る。

 

家の中でPCのことを聞ける人がいないといざという時困る。

びくびくしてpcに向かっていると機械のほうでこちらの心を見透かすように見たこともない画面を出して意地悪をする。

心臓が飛び出しそうにギョッとする。怖いから知っていることしかしない。

私の場合、夫もパソコンアレルギーだからパソコンの楽しみは広がりそうもなかった。

 

そんな折、パソコンボランティアの会があると知った。

パソコンが始めてという人のお手伝いをするというもの。お手伝いしながら勉強しよう!

 

入会条件は@女性Aメールアドレスを持っているBボランティアの経験がある。

年齢制限がなかった。うれしい!

Bが問題。長い間家庭にあり社会的なことには無縁の我利我利生活だった。ふと20代の頃続けていた点訳奉仕のことを思い出した。40年前。時効でしょ?

 

こんな経歴詐欺まがいのことをして仲間に入れてもらうことになった。かなり厚かましい。

会には2年半お世話になって夫の退職と同時に辞めたが、曲がりなりにもHPを立ち上げられたのは、ここで身につけた知識のおかげだと思っている。

 

 

トホホなサポーター

会員は女性30名ほど。週一度の無償奉仕。

活動はパソコンが初めてという20名の受講生に無料で一講座3回(6時間)

メール、インターネット閲覧の体験をしてもらう。

会員の一人が講師を勤め他の会員は受講生の隣に座ってサポートをするというものである。

 

ある企業の協力でパソコンつきの会社の研修室を借りての活動。恵まれた環境だった。

 

一年半ほどして政府のIT講座が始まり市民センターなどでパソコン受講ができる機会が増えたが、その前は家庭の主婦がパソコンに親しむ機会は少なかったので初めてインターネットを経験する受講生の驚きと感激を その喜びを共有できた楽しい時間だった。

・・・と、あたかも一人前にサポーターを勤めたように述べてしまったが。実態は受講生と大して変わらない力のないサポーター。

講座は毎回繰り返されるので範囲内のことはサポートでき、始めての人の不安もわかるのでどうにか役をこなせたと思うのだが、、、。、

少しはやったことのある受講生の隣に座ったりするとこちらが教わる始末。

これでいいのかなあ。入会のときの厚かましい意気込みはどこへやら。

・・・後ろめたい。情けないサポーターだった。

 

 

そして、、、。思うこと。

ボランティアのはずが自分の受けた恩恵のほうが大きくなったしまった2年半だったが

有能な女性が多かったのでパソコン以外のことでも刺激をもらった。

 

いま、情報化は進み、ごく当たり前に生活の中にパソコンが入ってきている。

若い人は何の苦労もしないでパソコンを生活に活かしている。

その中で、70歳以上の男性、60歳以上の女性の中に波に乗れずにいる人がいるのではないだろうか。

 

パソコンが壊れるのではないか。はじめ、その怖さがなかなか取れなかったがある講座で先生がキーボードを持ち上げて「パソコンは簡単には壊れません」といきなりキーをガチャガチャ叩いた。自分で試してみる勇気はないがコーヒーでもこぼさぬ限り操作でパソコンが壊れることはないのだと怖さが和らいだ。

苦手意識をなくしてとにかく触ること。「閉じるボタン」と「強制終了」を知ると何処でものぞくことが出来るようになる。

 

「開いたら後はパソコンの言うとおりに」とベテランはいうがいまだにeばあちゃんには

パソコン語がわからない。いわれている質問は日本語なのに何度読み返しても「イエス」なのか「ノー」なのかがわからない。

それにあの「ヘルプ」ヘルプに助けられたことはほとんどない。が増える始末だ。

ハードのことはほとんど分かっていない。

それでもパソコンは楽しく遊べるようになる。

 

いざという時教えてもらえる人を確保できれば早く機械になれるとおもうが、そういう人がいなくても、毎日パソコンを開き、遊んでいると牛の歩みのようでも知らぬ間に機械に慣れてきてこうしてお粗末とはいえHPの立ち上げまでするようになった。そして、新しいことが一人で出来るとそれが自信にもなる。

 

すっかり自分の無能さをさらけ出してしまったが、eばあちゃんのように重症の機械オンチでも続けていればそれなりの楽しみ方は出来るから、あきらめないでとの高齢者へのメッセージのつもりなのである。

そして、ベテランのあなたへ。あなたの近くにパソコンをやってみたいというお年寄りがいたら

優しく教えてあげてくださいね。

 

子供のお古をもらい、機械か自分の寿命、どちらか果てるまでの短い付き合いと思っていたが新しい機械に換えて、デジカメも、もっと上手になどと欲は大きくなり、eばあちゃんには今一番のおもちゃであり、いつでも遊び相手になってくれるお友達だ。しばらくは健康で過ごしたいものだと思っている。   メデタシ、メデタシ。

 

 

メモ

はじめてパソコンに触れる高齢の方に。(万年初心者からの助言 ^^;;)

 

      目的を持つ(孫とのメール交換、ゲームなど具体的に。)

      マイペースで楽しむ。(つまずいても、くさらず続ける)

      学習のチャンスを活かす。(NTT、公共の講座などに積極的に参加する)

      わからないことを見つける(疑問を持ち質問する。与えられた知識より求めたほうが身につく)

      忘れることを恐れない。(8忘れても2は残る)

      文字入力はローマ字で。(なるべく両手を使う)

      お助けマンを確保できればベスト

      光には影がつきもの。

   ウィルス、迷惑メール、果ては犯罪まで、パソコンの負の面も心して、自衛の心構えを忘れない。

 

 

 

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