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1999年9月
『無法の正義』
クレイグ・トーマス、田村源二=訳、新潮文庫

ロシアの刑事と元CIAエージェントが協力して敵をやっつける、という構造はなんか流行してしまったが、さすがにクレイグ・トーマスらしく、組織が当てにならないどころか悪と結託して襲いかかってくるのである。冷戦後のスパイの生き残りとしては、なんと元KGBと元CIAが共同で巨大な企業を経営するのだが、いったいその資金はどうしたんだ? と思ったら、ちゃんとストーリーがあったのだ。

いかにも「いま」のシチュエーションだが、実はシベリア辺境の町という舞台はかなりオールド・ファッションド。天然ガス開発にアメリカ資本、中東・中央アジアからの低賃金労働者、町を牛耳るマフィア、腐敗する警察、蔓延する麻薬、売春、そして極寒のツンドラ。なんか懐かしいというか、なんと言うか。

でもねえ、麻薬、核兵器技術者の密輸、という悪事の設定よりもロシア側の警察の陣容が心に残る人物像なのだ。はたしてこれらのキャラクターはどこかでまた登場するのだろうか?

『永遠の仔』
天童荒太、幻冬舎

借りて読んで正解。買わなくってよかった。スティーヴン・キングの『IT』、トマス・H.クックの『緋色の記憶』、ジェイムズ・エルロイやジョン・ル・カレを読んでしまっては、もはや容易に予想がつくお話なんだもん。悪くはないし、泣かせるディテールもあのだが。高村薫、宮部みゆき、桐野夏生(『OUT』しか読んでないけど)に比べても、なんか迫ってこないのだなあ。

児童虐待という題材からは木村治美『愛を乞うひと』(未読、映画は観た)を思い出す人も多いだろうが、テーマは全然違う(断言)。これは『IT』や映画なら「スリーパーズ」に近い、少年(少女も含む)の日の永遠の輝き(があらかじめ失われている)を回復する話である。

構成もうまいし、ディテールの書き込みも悪くないし、登場人物の性格付け(とくに虐待する親ね)もケチをつけるようなもんじゃない。最大の問題は、ストーリーをドライブさせる衝動というか動機というか、それはテーマそのものでもあるのだが、あまりにわかりやす過ぎるために陰影も何もないということだ。誤解を招きそうだなあ。つまり、エルロイなんかは理解したくてもできないくらい無茶苦茶な精神構造を無理矢理納得させてしまう説得力があり、だからこそ結末の圧倒的迫力にたじろぐような感動があるのだ、たとえば。

そういう意味では上下2巻、2段組の大作にもかかわらず、書き込んでいる射程距離があまりに短い。虐待の中身と症状の関係がストレート過ぎるのも気になる。おそらく取材ではそうだったのか、納得性を高めるためにそうしたのかだろうが。主人公の優希の虐待内容が途中までは明かされないのに、容易に見当がつく当たりはミステリー・ファンには興醒めである。まあ、周到な伏線と紙一重なんだけど。結局、ページをめくらせる原動力を「あの日、霊峰であった真実とは何か」というような謎を解かずにおくことにしたために、その謎の解決なんか想像がつく読者(しかもたいていは当たる)にとっては、真実が明らかになっても、それだけでは感動しないんだよねえ。しかもその中身がとくに衝撃的でもないし。あ、これも誤解されそうだ。児童虐待そのものがインパクトがないのではない。

でも、告白するが、読む途中に何回かは泣かせてくれるのだ。ただ、「ギョーザをソースで食うのだと信じていた母」の話がいちばん好きだっていう私の精神構造にも問題があるかもしれん。


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(C) Copyright by Takashi Kaneyama 1999