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1999年3月
『極大射程』(上・下)
スティーヴン・ハンター、佐藤和彦=訳、新潮文庫

『ダーティホワイトボーイズ』『ブラックライト』に先立つボブ・リー・スワガー連作の第1作。ようやく、って感じですか。でも、とにかく出たから許す。きっと、いろいろ応援頼んだんだろうけど。新潮文庫には、まだチャーリー・マフィンとかアレックス・デラウェアの未訳があるので、ぜひ頑張ってほしい。

それはさておき、これは全体的な骨格は謀略に巻き込まれた孤独なヒーローの反撃、という意味ではあまり新味はないのだが、とにかく異様に細かいディテールで描写されていくライフルと狙撃の情報量に圧倒される。いわばオタクの世界だが、そこに誇りとか愛が感じられるところが、一部で銃文化の擁護と非難されたのだろう。でも、やっぱり銃というのはもはや文化だと思うけど。もちろん、私は銃規制賛成だし、アメリカのように誰でも銃を持つことが安全につながるとはまったく思わないが。

それはさておき、これはやっぱり男の物語であり、男のバリエーションをいくつも見せながら、よくも悪くも酸いも甘いも清濁合わせて展開していく。いやな出世主義者やレイプ精神科医のようにティピカルにデフォルメされているにしろ、キャラクターが上滑りしないあたりはさすがである。まあ、フツーは主人公のボブ・リーとか副主人公のニック・メンフィスに感情移入しながら読むと思うのだが、等身大に近いニックはともかく、ボブ・リーが銃撃戦で鬼のように殺しまくるあたりには、単純な英雄視を阻むものがある。この作品単独では、ただの邪推だが、シリーズとしてはさりげなく撒いた伏線のような気がする。

それはさておき、はっきりいってこの作品だけだったらオススメにはならない。『真夜中のデッドリミット』のような魅力的なバイキャラも、感動的なシーンも少ないし。結局、いちばんよかったのは冒頭の鹿のティムとの対決かな。ラストの仕掛けとも見事に呼応して、ほとんどシンボリックな描写にまで昇華している。そしてたぶん、このシリーズ全体のトーンもここで決定されているのでないだろうか?

『OUT』
桐野夏生、講談社
ハナ:ねえ、もう読んだ?
クロ:は〜い、読みましたとも!
ハナ:じゃっ、さっそく配役を考えようよ。まず、弥生は美人だけど夢見る人だからQさん(以下、すべて架空の人物です。仮名なんだから、勝手に想像しないように)よね。
クロ:えっ? 女優なら奥菜恵(芸能人はそのままでいいや)に少し生活感を足した感じじゃないの?
ハナ:誰それ? あ、またロリコンだ! そうじゃなくって、回りにたくさんいるでしょう、こういう人。
クロ:そうねえ、邦子ほどじゃなくても見栄っ張りで生活が崩壊している人はいるなあ。
ハナ:ははは、Lさんでしょう。
クロ:当たり! それから、家族運の悪いヨシエは、Cさんかな。
ハナ:でも、彼女はお金持ちよ。
クロ:現実はとにかく、ビジョンはないけど生活力だけで生きてるってとこは似てないかな?
ハナ:う〜ん、そうねえ。でも最大の問題は雅子よねえ。
クロ:そう、読んでる途中まではよくいるお局タイプで、言い方が率直過ぎる、って感じだったんだけど、実は深いんだよねえ。
ハナ:そりゃそうよ。死体をバラバラにして捨てるのをまるでビジネスみたいに取り仕切るんだから。
クロ:いや、それもあるけど、雅子の人生も家族も内面も、実は毀れているわけだろ? でも、外見はしっかりしているわけだ。で、最後の佐竹との対決じゃあ・・・
ハナ:ちょっと待った! それ以上はネタバレ危険! その佐竹は誰かなあ?
クロ:彼はサイコキラーではないし、狂ってないんだけど、自分のなかの危険な欲望をずっと飼い慣らしているんだよね。ある意味で破滅的で、女性には魅力的に映るんじゃない?
ハナ:たしかに。「一緒に死のう」とか言われてみたい。
クロ:(へん、相手だって選ぶ権利はあるがな)
ハナ:なんか言った!?
クロ:いいえ、私なんか十文字クラスです、女子高生を追っかけてケチな仕事をしては、ヤバくなったら逃げる、はい、情けないヤツです。
ハナ:私は誰がいいっかなあ〜。弥生の可愛さと、雅子の度胸かなあ。男を殺して切り刻むってどんな気持ちかなあぁ。あ、逃げるなあ〜っ!
『クリニック』(上・下)
ジョンサン・ケラーマン、北澤和彦=訳、新潮文庫

アレックス・デラウェアシリーズの、第11作。ただし、第9作の"The Self Defense"は未訳なので、翻訳としては10作目になる。なお、ケラーマンにはこのシリーズ以外に『殺人劇場』というイスラエルを舞台にした警察小説があり、こちらは実に重厚にして緻密な仕上がりになっている。

というわけで、前作『パラダイスの針』で舞台と気分を変えたあとは、L.A.に帰っていつものメンバーと事件の解決に向かうわけですが。テレビの連続ドラマのような、なじみの感覚と軽いタッチで、さらりと流れていく。う〜ん、なんか肩すかし。悪いわけではないのだが。

殺されたフェミニストの心理学者の本当の顔が次第に明らかになっていくあたりに、なんか起伏というかサスペンスがないんだなあ。真相はけっこうドラマチックなんだけど。むしろ、学内のセクハラ審問会での「薮の中」状況の方がずっと怖かったりする。で、これが伏線になっているとは推測がついたが、見事に予想をはずされた。それでもカタルシスが弱いのは、中盤が中だるみだからか。

それでも、キャラクターの設定と立て方は味がある。なんやかんやいっても、次作も買うだろうな。


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