Bon Voyage! HOMEMOVIE REPORT > 1998年10月

「ブギーナイツ」
ポール・トーマス・アンダーソン監督、マーク・ウォールバーグ、バート・レイノルズ、ジュリアン・ムーア、ヘザー・グラハム、ジョン・C.ライリー、ウィリアム・H.メイシー
★★★☆

1977年から1983年というと、私はこの主人公とほとんど同時代・同世代ではないか! ちょっとショックではある。なんか60年代のサイケとかを引きずっているような気はするが、たしかに「ポパイ」が運んできたさわやかカリフォルニアの、裏にあった文化はこんな感じだったと思う。

落ちこぼれ高校生から巨根を武器に人気ポルノ俳優に成り上がった男の栄光と転落、と要約すれば足りるのだが、面白いのは周辺のクセのある人物群像だ。なかでもステレオを売るのにカントリーをかけて客を逃がす黒人俳優とか、パーティでは路上で公開セックス(もちろん夫とではなく他人と)をしちゃう妻をもった助監督(この役のウィリアム・H. メーシーは、こういう情けない役が妙にはまる)とか、豪邸でドラッグを買うやたらハイな謎のアラブ人と爆竹を鳴らし続ける中国人とか。

セックス、ドラッグ、ロックンロールはもちろん、暴力、殺人、強盗、スポーツカー、空手、モータウン、メロウとなんでもあり。渦巻く時代の流れと狂乱の末に、そこはかとなく漂う人生の渋みが味わい深い。出てくる人間はみんなアホというか常軌を逸しているが、なんか憎めないところに演出の冴えを感じる。腹を抱えて笑うほどではないが、けっこう細かいギャグがおかしい。2時間35分を長く感じない(でも長い)。

ちなみに主演のマーク・ウォールバーグは元ニューキッズ・オン・ザ・ブロック(あの、ドラッグをやらない健康的ロックで子どもより親に受けてたバンド)というところは時の流れか。

「愛を乞うひと」
平山秀幸監督、原田美枝子、野波麻帆、中井貴一、熊谷真実
★★★☆

父の遺骨を探す女(照恵)が壇ふみに見えたのは私だけだろうか? 

それはともかく、その照恵を子どもの時に虐待した母(豊子)の方は、完全に原田美枝子のはまり役で、普通の優しげな様子から殴る蹴ると逆上するさまは「鬼気迫る」という言葉そのもの。その理由は最後まで説明はされないが、ラストは映画的にはストンと腹の底に落ちる納得感がある。

性格描写、時代背景、ストーリーを極力説明を排して的確なエピソードとディテールで描ききった(一部、文明堂のCFなどはやりすぎだが)ところは素直に褒めたい。美術、撮影、効果、録音などのスタッフのいい仕事がこの映画を見事に支えている(ただ、異様な老けメイクとか、バスの窓から見える風景の不自然さとかキズはなくもないのだけれど)。

また、台湾ロケの明るさと、照恵の娘役の野波麻帆の率直さがいいアクセントになっている。しかし、圧巻はやはり原田美枝子の2役で、終盤の照恵が豊子に会いに行くシークェンスの緊迫感と、少ないセリフと視線の交換に込められた密度には、映画全体の重量とメッセージそのものを支える力強さがみなぎっている。そこらの不良高校生や親子断絶のドラマでは到底追いつかない、遠く深いところを見据えた軸足の置きどころがよい。

「犬、走る/DOG RACE」
崔洋一監督、岸谷五朗、香川照之、冨樫真、遠藤憲一、大杉漣、岩松了、絵沢萠子
★★★☆

要約すると、

ヤバイ刑事とこずるい情報屋としたたかな女。

あるいは、

2日寝ていない刑事が3日目もまた寝られずに、新宿をかけずり回る。

または、

日本人と韓国人と上海人と福建人とコロンビア人がいかに新宿を食い物にしているかの物語。

松田優作のための原案の復活というよりは、やはり 崔洋一監督が練り上げた多国籍欲望疾走ムービーですかね。文字にすればハチャメチャな話が、こうして映像になると説得力とリアリティをもって迫ってくるところが出色。「不夜城」の新宿はどこか別の国のような風景だったが、「犬、走る」では見慣れた日本の景色のなかで多様な人間が蠢いていて、ちゃんと映画の映像になっているところが非凡。←これって変な言い方だが。

なかでも 大杉漣のキャラクターの複雑さとアホさと愛らしさが素晴らしい。暴力と笑いがこれだけ見事に共存する日本映画というのは久々ではないだろうか? それにしても、不法入国、パスポート偽造、不法賭博、売春、麻薬、ぶったくりバー、地下銀行などなどの犯罪カタログに加え、対する刑事は殴る蹴るはもちろん、スピードを打ち、バーの客引きの女を強姦するすさまじさ。しかし、全然ウェットではなく、悪徳刑事とかヤクザの仁義とかいった既成概念をぶち壊して「こいつら一体、何のためにこんなバカやってんだ?」という不思議な世界をつくっている。

映画が表現したいことを言葉で表そうとすることほど空しいことはないのだが、あえて言えば、ここに登場する人物は寂しいのかもしれない。好きとか愛とかでは埋められない空虚を抱えて。

しかしながら、映画としての射程が短い(あるいは思想背景が浅い)ので、いい映画なんだけど、大きな感動が広がることはない。まあ、きっと監督は「感動なんかクソクラエ!」ってなもんだろうけど。

「アベンジャーズ」
ジェレマイア・チェチック監督、レイフ・ファインズ、ユマ・サーマン、ショーン・コネリー、パトリック・マクニー、ジム・ブロードベント、フィオナ・ショー、エディ・イザード
★★★

イギリスというより「英国」のテイストがあふれる一品。だいたい、天気を支配して世界を脅迫する悪人なんて発想、蝙蝠傘1本で優雅に敵をなぎ倒すエージェント、とにかくすぐにお茶を飲むズレ方、爆笑こそしないが頬がゆるむ。移動本部(MOBILE HEADQUARTERS)は赤い2階建てバス、車はオールドモデル2シーターのオープン仕様で紅茶サーバー付き、悪人たちはテディベアのぬいぐるみを着て会議。そういえば、悪の総帥の名前はサー・オーガスト・デ・ウィンター(冬の8月卿)という。

こういう可愛いおとぎ話のような映画を真面目にお金をかけて作るところがいいわけですね。キャストもCGもセットもロケも音楽もなかなかです。とくにユマ・サーマンのタイトなレザースーツをはじめとするファッションはさすが。私はこの人がそんなに美人だとは思えないのですが(ギリシア彫刻の均整美にたとえるには眼と口が大きすぎる)、プロポーションは見事のひとこと。たしか、子どもを生んだんじゃなかったっけ? 話はそれるが「ガタカ」も観たかったのだけれど、あの恵比須ガーデンプレイスという場所がどうも気にくわないのだな。

それはさておき、こういう話で重箱の隅を突っつくのは野暮というもの。なんで銃を持たないのかとか、気球で逃げるのかとか、考えてはいけない。巨大昆虫から逃げた途端に機関銃をもったやたら言葉遣いのていねいなおばちゃんが出てくる不条理な設定とか、いったいどういう構造なのか(カプセルが意味もなく吊り下がっている)わからないセットとか、最後には雷に翻弄される死にざまとか、理性を頭の外に追い出して楽しまなければいけません。

まあ、わざわざお金と時間をかけて観るほどではないけれど、細かいギャグを見つける喜びを与えてくれるところは価値あり。普通に聞こえる会話のはしばしに、いやらしいダブル・ミーニングがあって(字幕では傍点がついてます)英語の勉強にも。


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Text by (C) Takashi Kaneyama 1998