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1999年2月
『屍泥棒』
ブライアン・フリーマントル、真野明裕=訳、新潮文庫

新潮社が独自に依頼したオリジナルシリーズの短編連作。この手ではフォーサイス+角川とか、騙されたような記憶があるので、用心、用心。要はFBIでおなじみの連続殺人を心理プロファイリングで解決していく捜査官のヨーロッパ版であるらしい。

全12編、巻頭と2編めを読み終わった時点では、怒り爆発寸前。いい加減な捜査をする地元警察に対して、鮮やかな手際で事件を解決するスーパーウーマンという図式は受け入れてもいい。しかし、犯人へと導く手がかりがズサン過ぎる。

(以下、ネタバレを含みます。読みたくない人はココをクリックしてジャンプしてください)

怒りのネタバラシはこちらね。

というわけで、ディテールが手抜きもいいとこ。この程度の出来に対しては、依頼した編集者はきちっと要望を伝えて直してもらわないといけない。それが作家のためなのだから。これでは日本の読者をなめているのか? と喧嘩腰になっちまう。

しかしながら、なかにはさすがにフリーマントルって作品もあるのだ。それは異常性格の連続猟奇殺人ネタだけではなく、麻薬禍、ネオナチ対チェチェンマフィア、カルト教団、対テロリスト交渉、検察官監禁、少年ポルノ、幼児誘拐と多様なケースで意外なオチやシニカルな人間性への洞察を見せてくれる、作家としての引き出しの豊富さによるところが大きい。フツーの書き手なら長編ネタにするような素材をポンポン出してくるんだから。

ところが、短編だけに、とくに悪役のキャラクターの書き込みがいかにも淡い。しかも、心理学者、検屍官、コンピューター技術者のトリオのそれぞれの個性にいまひとつ陰影というか立体感がない。人物背景に工夫は見えるが、造形として焦点を結んでいない。たぶん、生活や行動のディテールが欠落しているせいではないかと思うのだが。脇役のキャラが立っていないのも同様。同じ主人公で書かれるという長編に期待するか。

『業火』
パトリシア・コーンウェル、相原真理子=訳、講談社文庫

ついに奥の手。いやあ、不覚にも最後は落涙してしまった。これはネタバレ厳禁。

ルーシーの自立。マリーノの心境の変化。宿敵キャリーの脱走。憎いはずの新聞王スパークスの人間性の吐露。

もはや謎解きとかサイコ犯罪とかサスペンスとかじゃないところで読んでるわけで。実際、トリックというにはあまりにチャチだし、瞬時に発火する謎だって、なんでプロがわからんのか理解できない。唯一、額の傷が意味する猟奇犯罪の真相がかなり無気味なくらいで。これはもはやミステリーではなくて、テレビドラマで見るような、なじみの登場人物たちの成長(あるいは老化)と変化の物語だ。

というわけで、なんだか中年女性への応援小説のような気もしてしまった。

こうなると、このシリーズは次の10作目で終わるのではないか? と勘ぐってしまうのだが。

『マイクロソフト帝国 裁かれる闇』(上・下)
ウェンディ・ゴールドマン・ローム、倉骨彰=訳、草思社

「マイクロソフトとビジネスをするのは、マイク・タイソンとデートするようなものだ」

このジョークが、一番本質を言い当てているような気がする。圧倒的な力を持っている相手との、危険なデート。魅力的だが、いつレイプされるかわからない。

私は、もうひとつよく当てはまる格言を思い出した。

「悪貨は良貨を駆逐する」

別にマイクロソフトが憎いわけではない。しかしまた、ビル・ゲイツが神様だとも思っていない。この本は、マイクロソフトのあくどいビジネスの実際を再構成しようと努力した結果である。その実証的な態度は巻末にまとめられた取材ノートにもうかがえる。そして、「この10年間にマイクロソフトは嘘、脅迫、餌撒き、乗っ取りによってその独占的地位を固めた」ということを、そんなに直接的には言えないから、慎重に描写したというところか。

たとえば、ペン字入力OSを開発したゴー社は、対応アプリケーションを作ってもらおうとMSに持ちかけた。MSは、結局そのOSをしゃぶりつくしてから契約をしないことにし、やがて自社製品としてペン字入力システムを発表した。

MS-DOSの対抗馬だったDR-DOSを蹴落とすため、存在しないMS-DOSヴァージョンを発表し、システムがダウンするかのような嘘の警告が出る隠しコードを挿入し、ソフト抱き合わせと価格誘導でコンピューターメーカーを恫喝した。

アップルは、著作権法では敗訴したが、特許法での訴訟を準備していた。しかし、ゲイツの友人ジョブズの登場で訴訟はしなかった。

この本はたぶん、マイクロソフトいじめの偏向したキワモノのように受け取られるのかもしれない。しかし、私にはうなずけるところが多かった。実際、ウィンドウズ98は、ただIEとウィンドウズ95を一緒にしてさらに不安定にしただけだった。IEバンドル強制で司法省に告訴されたのは氷山の一角だったのだ。

そしてまた、対抗するソフトハウスも踊らされるメーカーも摘発する司法省も、それぞれに戦略を誤ったり、打つ手を間違えたり、内部に矛盾を抱えたりしてMSの一人勝ちを許した。

私には、オーウェンの『1984』をベースにしたマッキントッシュの歴史的なCFで、ハンマーでたたき壊される全体主義の亡霊が、実はIBMではなかったのではないか・・・と思い始めている。

『推理短編六佳撰』
北村薫・宮部みゆき=選、創元推理文庫
ハナ:ねえねえ、受賞作なしなのに落選作品をまとめて本にしちゃうって、ちょっとずるいんじゃない?
クロ:でも、読んでみるとどれもなかなかいい線いってるんだ。
ハナ:けど結局《創元推理短編賞》にはならなかったんだから、どこか悪いところがあったんじゃないの?
クロ:そうだね。そのへんは解説対談で作家2人が、突っ込んでいるよ。
ハナ:ふ〜ん。そういえば審査員ってどういう基準で作品を評価してるのか、知りたかったんだ。
クロ:そう、そこがこの本の最大のウリだね。実際の応募作に即してどこがよくて、どこが課題なのかを現役の作家が具体的に指摘しているのが読みどころ。それも、純文学のようなわけのわからない抽象的な議論でもなく、主観的な好き嫌いでもなく、それぞれの作品のジャンルや書き手の資質に応じてアドバイスまでしてるんだ。
ハナ:なんて親切な。それってさあ、将来のライバルに塩を送るようなもんじゃないの?
クロ:そうかもしれないけど、ミステリー界の隆盛のために、みんなで新しい才能を発掘しようと頑張っているわけなんだな。この賞だって、鮎川哲也大先生の肝いりだし。
ハナ:これを読んだら、作家デビューできるのかなあ?
クロ:え? キミは文字を400字以上書いたことあるのかい?
ハナ:失礼な。今までで一番長かったのは学生時代に書いた母への手紙かなあ。
クロ:どうせ、借金のお願いだろ。
ハナ:アタリ。でもさあ、アイディアくらいなら提供できるかもよ。
クロ:それはどうもありがとう。とはいえ、収録された6編のレベルはけっこう高いよ。
ハナ:どれがおすすめ?
クロ:ボクなら「崖の記憶」と「瑠璃光寺」かな。どちらも文章が吟味されていて、人間の残酷さとか情念とかがよく出てたし。ただ、設定の奥行きがいまひとつ甘い。読者にとってはどうだろう? という視点で見直せばよくなるのに。このへんが、一度、他人に読んでもらって率直な批判をもらうべし、という由縁だろうね。
ハナ:トリックとしてはどう?
クロ:今の趨勢はパズルよりも人間描写だからね。でも、けっこうあったよ。印象的なのは「憧れの少年探偵団」の密室トリック。だけど、このトリックはシチュエーションをうまく使わないとおおハズレになるだろうな。本格的な暗号では「試しの遺言」。このオチはなかなかうまいと思う。暗号自体は新味がないけど、きちんと作り込んでいるところはご苦労さんってところだ。ただ、小説としては登場人物の性格付けがゆるくて成り立ってないけど。
ハナ:ついでにあとの2編も教えてよ。
クロ:「萬相談百善和尚」は、アガサ・クリスティの「クイン氏の事件簿」そのものだね。それをひねってみせたところがお手柄。でも、この1編だけではいかにも弱い。連作にするか、こうしたアンソロジーのなかでは生きるけど。「象の手紙」は、構成も文体もいまひとつ。編集者にとって直し甲斐があるだろうって感じ。ミステリーとしては謎も解決も弱いし。ただ、時々光るところがあるんで捨てられないんだな。
ハナ:で、やっぱり泣いたの?
クロ:実は。「崖の記憶」の最後に少女が粘土で作った人形を差し出すところで、・・・
ハナ:やっぱり。少女趣味に加えて、人形趣味まであったのね!
クロ:いや、違う、それは誤解だよ、待ってくれえ、ねえ、頼むからさあ・・・
(足音が遠ざかる)
『よそ者たちの荒野』
ビル・プロンジーニ、山本光伸=訳、ハヤカワ・ミステリ

ポケミス45周年記念出版。

殺人事件も意外な犯人も証拠となる伏線もある。だが、これは謎解き小説ではない。だいたい、たいしたトリックはない。最大の謎は「よそ者」ジョン・フェイスが小さな街にやって来た目的なんだろうが、結局それは明快には説明されない。

しかし、私はこう言い切ろう。この小説は、ハードボイルドの最高到達点であると。

ここには不死身のヒーローはいない。主人公であろうジョン・フェイスが街にやってきて、殺人事件に巻き込まれ、そして街を出ていくわずかな日々のなかで、人々は自分の人生の分岐点を迎え、いくつかの決断をくだしていく。モーテルの経営者、思い込みの激しい女、インディアンの高校教師、警察署長、銀行の支配人、妖艶な未亡人、乱暴なメキシコ人兄弟、その弟に妊娠させられた女の子、ウェイトレスとその粗暴な夫、落ち目の新聞記者・・・これだけのキャラクターを登場させながら、それぞれが生き生きとした像を結び、ストーリーのなかで生きているのは見事というほかはない。

ハードボイルドなのは、実は高校生の女の子かもしれない。自分の倫理に合わないものに激しく抗議する狂信的な妻に嫌気が差した夫かもしれない。自分の信じるところにしたがって、新しい一歩を踏み出していく姿は美しい。逆に、自分の欲望や妄想に溺れていく者もいる。

泣けますねえ。私だけかもしれんが。とくに妊娠した高校生が逆にフェイスを助ける一連のシークェンスにちりばめられた彼女のコトバの数々。

街の人々がそれぞれの視点から語っていくフレーズを積み重ねていく形がうまい。それは一見、闖入者ジョン・フェイスについて描写していくように見せて、実は語り手自身の人生を物語っていく仕組みになっている。それぞれの語り口の文体も計算され尽くしていて、なおかつ自然。間然するところがない。そしてクライマックスへと収斂していく。

フェイスは"faith"なのかなあ。だといいなあ。彼の目がマイク・シングルタリー(シカゴ・ベアーズのラインバッカーだった)の目と同じだ、って描写があるんだけど、それはなかなかすごいことです。なにしろ、シングルタリーのニックネームは「サムライ」。別に刀を振り回す訳ではなくって、その強烈な睨み方が、剣の達人みたいだから。私はアメリカンフットボールのポジションのなかではラインバッカーがもっとも好きなのですが、そのなかでもシングルタリーのプレーは大好きでした。相撲の立ち会いのような、豹か虎が獲物を狙うかのような、あの目。

読み終わってみれば、一種のシンボリックな話ととれないこともない。フェイスという名前にこだわるのは、そのあたりをもう少し考えてみたいからなのだが(後日注:やっぱりFaithであった。そうか、そうなのか。なんてまじめなビル。1999/03/05)。


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