熊野古道

グリーンウッド氏は能登半 島と若狭湾周遊の旅を終え、次ぎなる目標として紀伊半島に目をつけた。そして司馬遼太郎の街道シリーズの「熊野・古座街道 種子島みち ほか」、「十津川街道」、白洲正子 の「西国巡礼」、小 山靖憲の「熊野古道」 などを読み、昭文社の「山と高原地図50大峰山脈」を購入して事前準備をしてきた。

熊野信仰は神仏習合の結果生じたものである。熊野詣は平安時代に盛んになったが次第に衰退し、室町から戦国時代になると伊勢参宮に人気が移った。伊勢参宮 の後は伊勢路経由で新宮に参詣し、ついで那智の青岸渡寺(せいがんとじ)に 歩きここから西国三 十三ヶ所巡礼に出かけるということになったようだ。

高野山も大峰道も女人禁制の地だが熊野は女性・障害者の参詣にも広く門戸を開いたので皇后、妃、女院や庶民の女性が多く訪れた。参詣には先達、御師(おし)などが組織的に案内をし、宿坊などを整備した。

グリーンウッド氏はすでに西国の28と33番に行っているので1番の那智の青岸渡寺にゆけばみなし満願 ができる。同時に熊野三山詣でができる。

1978年文化庁は熊野参詣道を「奥の細道」、中山道とともに「歴史の道」に指定した。このとき熊野参詣道で指定されたのは中辺路の滝尻ー本宮間、大門 坂、大雲取越、小雲取越であった。2004年に紀伊山地の霊場と参詣道(熊野古道)がユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

番号は西国札所  青色:ドライブルート、 赤色:徒歩

小山靖憲の「熊野古道」によると6ルートある。

紀伊路:西海岸沿い180km

窪津王子⇒堺⇒湯浅⇒道成寺⇒田辺を結ぶ。 田辺からは中辺路と大辺路に分岐

中辺路(なかへじ):内陸50km

田辺⇒滝尻⇒逢坂峠⇒近露(ちかつゆ)⇒小広峠⇒岩上峠⇒三越峠⇒発心門 王子⇒伏拝⇒熊野本宮大社 、および熊野速玉大社(新宮)⇒大門坂⇒熊野那智大社⇒大雲取越⇒地蔵茶屋⇒小口⇒妙法山(小雲取越)⇒熊野本宮大社

大辺路:南岸沿い120km

田辺⇒串本⇒大門坂⇒熊野那智大社

小辺路(こへち)醒睡笑(せいすいしょう)に初出の巡礼道。内陸の最短距離で約60km

高野山町石道⇒大股⇒伯母子峠(伯母子岳)⇒三浦口⇒三浦峠⇒十津川温泉⇒果無山脈⇒伏拝⇒熊野本宮大社

大峯道(大峯奥駈道):内陸全コース約140km

吉野山⇒青根ヶ峰⇒四寸岩山⇒大天井ヶ岳⇒五番関(女人結界)⇒山上ヶ岳⇒阿弥陀ヶ森分岐(女人結界)⇒大普賢岳⇒八 経ヶ岳(八剣山)⇒釈迦ヶ岳⇒(前鬼の小仲坊、61代目五鬼助が経営)⇒笠捨山⇒玉置山⇒熊野本宮大社

伊勢路(東熊野街道):東海岸160km

伊勢神宮⇒尾鷲⇒花の窟 ここから分岐して花の窟⇒風伝峠⇒妙法山⇒熊野本宮大社 あるいは花の窟⇒熊野速玉大社(新 宮)

あまりにも膨大である。さてどうする。

 

歩く場合(地図の赤ルート)

坂東巡礼をご一緒した和田氏から熊野古道を一緒に歩かないかとの提案があった。やさしいコースが希望という。歩くことにすると 那智から本宮に抜ける中辺路、吉野から本宮に抜ける大峯奥駈道、滝尻から本宮に抜ける中辺路、そして高野山から本宮に抜ける小辺路がある。

第1案:那智から本宮に抜ける中辺路(大雲取、小雲取)

西国三十三ヶ所巡礼の出発点ともなり、熊野入門コースとして魅力的である。山岳コースでかなりキツイ。途中で一泊の必要 あり。 ジパング倶楽部の割引は「のぞみ」には適用されない。「ひかり」に乗る必要がある。

第一日 6/2

新横浜7:52発→(新幹線ひかり503号)→名古屋駅9:21着、9:58発→(JR特急ワイドビュー南紀3号)→新宮13:25着、13:49発→ (紀勢本線 串本行)→那智駅14:11着⇒補陀洛山寺→(バスまたは徒歩2時間)→大門坂⇒熊野那智大社⇒青岸渡寺の民宿 美滝山荘17:00着、

第二日 6/3

青岸渡寺の宿坊⇒大雲取越⇒地蔵茶屋⇒標高差800mの下り⇒小口自然の家泊

第三日 6/4

小口自然の家⇒妙法山(小雲取越)⇒熊野本宮大社近くの湯の峰温泉民宿小栗屋泊

第四日 6/5

小栗屋⇒湯の峰温泉8:03発→(バス)→発心門王子8:37着⇒(徒歩4時間)⇒熊野本宮大社13:00着、15:20発→(熊野交通バス)→熊野権現 前16:09着⇒熊野速玉大社(新宮) 着⇒新宮駅17:28発→(JR特急ワイドビュー南紀8号)→名古屋20:44着、21:23発→(新幹線ひかり532号)→新横浜22:51着

ここはかって藤原定家が雨の中、後鳥羽院に同行した道である。

終日、険阻を越え、心中夢の如し。未だかくの如きことに遇わず   

という歌を残している。

第2案:吉野山から本宮に抜ける大峰奥駈道

西行も修行したという 大峰奥駈道は修験の道である。現代では140kmの大峰道を全て歩くことはなく、吉野から釈迦ヶ岳まで縦走し、前鬼に下りるのが一般的である。しかしこれ も5泊6日かかる。吉野をでて直接山上ヶ岳まで登るのは70才にとっては過酷である。百丁茶屋跡(二蔵宿)は食事も寝具もない単なる非難小屋である。そこ で@案タクシー(3,000円)で二蔵宿まで、またはAタクシー(6,000円)で五番関までゆく方法がよい。国民宿舎吉野山荘は大分前に廃業してアパー トになっているという。

第2-1案:吉野から山上ヶ岳までの大峰奥駈道:

山上ヶ岳の後、高野山に立ち寄るのは小辺路の可能性を探るためである。2009 年5月、和田君と二人で踏破。

第一日

東京9:33発→(新幹線ひかり507号)→小田原10:08着10:09発→(新幹線ひかり507号)→名古屋11:21着11:25発→(新幹線のぞ み219号)→京都駅12:01着12:20発→(近鉄)→吉野駅13:56着⇒吉野千本口→(ロープウェイ)→吉野山駅⇒太鼓 判本館泊16:00着(Hotel Serial No.455)

第二日

@案:太鼓判本館7:00発⇒(タクシー)⇒二蔵宿⇒大天井岳⇒五番関⇒洞辻茶屋⇒山上ヶ岳 山上櫻本坊泊着(Hotel Serial No.456)

A案:太鼓判本館7:00発⇒(タクシー)⇒五番関⇒洞辻茶屋⇒山上ヶ岳 山上櫻本坊泊

第三日

山上ヶ岳7:00発⇒洞辻茶屋⇒洞川(どろかわ)温泉12:25 or 14:55発→(奈良交通バス・大淀バスセンター)→下市口駅13:36 or 16:06着14:24 or 16:24発→(近鉄吉野線急行・大阪阿部野行)→吉野口14:41着15:48発→(JR和歌山線・和歌山行き)→橋本15:21着15:47発→(南 海高野線)→極楽橋16:26 or 18:41着16:31 or 19:06発→(高野山ケーブル)→高野山16:36 or 19:11着⇒高野山観光協会(0736-56-2616)⇒高野山 不動院泊(Hotel Serial No.457)

第四日

高野山散策(高野山ケーブル)→極楽橋→(南海高屋野線)→九度山→難波駅→(地下鉄御堂筋線)→新大阪→(新幹線)→新横浜→東京

洞川温泉を拠点にして男だけなら山上ヶ岳に登ってまり、洞川温泉に下るルートが考えられる。

女連れなら稲村ヶ岳に登って稲村ヶ岳山小屋に泊まりレンゲ辻から洞川温泉に下る。稲村ヶ岳といってあなどってはいけない。

第2-2案:大普賢岳

もしその南の大普賢岳にゆきたければ、日を改めて和佐又口バス停から和佐又ヒュッテ前泊で登れる。

第3案:滝尻から本宮に抜ける中辺路

滝尻までバスでゆく。滝尻⇒逢坂峠⇒近露(ちかつゆ)⇒民宿泊⇒近露⇒小 広峠⇒岩上峠⇒三越峠⇒発心門王子⇒伏拝⇒熊野本宮大社  

一番ポピューラーであるがバス道に平行しており、面白みは少ない。

第4案:小辺路

宿泊施設が整備されていないため野宿覚悟でないと踏破は困難。

下は標準コースだが2017/10にその一部を実際に歩いた

第一日 高野山⇒大股 16.8km、高低差530m

南海電鉄高野線極楽寺駅→(高野山ケーブル)→高野山町石道⇒薄峠⇒大滝⇒高野龍神スカイライン⇒水ヶ峰⇒大股バス停近 くの津田旅館(泊)(0747-38-0133)

第二日 大股⇒三浦口 15.9km、高低差900m

津田旅館(泊)⇒大股バス停⇒伯母子峠(伯母子岳)⇒三浦口バス停→民宿岡田泊(0746-67-0063)

第三日 三浦口⇒十津川温泉 19.2km、高低差900m

民宿岡田→三浦口バス停⇒三浦峠⇒西中大谷橋→(奈良交通バスを使ってもよし歩いても可)→十津川温泉「ホテル昴」 (0746-64-1111)

第四日 十津川温泉⇒熊野本宮大社 15km、高低差1,014m

十津川温泉「ホテル昴」⇒果無峠⇒八木尾バス停⇒(奈良交通バスを使ってもよし歩いても可)⇒熊野本宮大社→タクシー→渡瀬温泉のホテルささゆり泊→(奈 良交通バス)→JR五条駅

 

車でドライブの場合(地図の青ルート)

家族連れで車でドライブする場合として考えたのが下記のルートである。

第一日

JRで奈良まで移動し、ここで車をレンタル。真田昌幸が幽閉された九度山(く どやま)の真田庵→高野山泊

第二日

高野山→高野山から伯母子岳(おばこだけ)など1,000m級の山を三つ 越える小辺路の 代替として高野龍神スカイライン→十津川温泉→熊野本宮大社→(熊野大社に近い発心門王子な どを散策)→西日本最大という大露天風呂がある熊野本宮大社近くの渡瀬温泉のホテルささゆり泊。

第三日

ホテルささゆり→富田川(とんだがわ)沿いの中辺路→花山法王の旅姿を模 したという中辺路の箸折峠近くの牛馬童子像→真砂の清姫の墓→白浜→大辺路→潮岬→(古座街道のある古座川峡)→紀伊勝浦泊

第四日

紀伊勝浦→1番札所の西国1番札所那智青岸渡寺(せいが んとじ)→熊野新宮大社→熊野川→静峡→(三重県熊野市の丸山千枚田)→東熊 野街道→標高1,500m前後の緩やかな起伏が続き年間降水量が屋久島に並ぶ多雨地帯の大台ヶ原で大峯奥駈道の代替とする→吉野山→奈良でレンタルバック

別の機会にゆずった名所旧跡

邪馬台国の有力候補地とされる瀍向(まきむく)遺跡もある「山の辺の道]と飛鳥 の水落跡、川原寺跡、7番岡寺、石舞台古墳、棚田のある明日香の神奈備(かんなび)の 郷は2007年にあるいた。

西国2番札所紀三井寺西国3番2番札所粉河寺(こかわらでら)と道成寺はまた別の機会としよう。

奥州・白河から熊野本宮に向かったハンサムな若い僧、安珍(あんちん)は 中辺路の真砂にある一願寺で清姫を見初めた。安珍に捨てられた清姫が嫉妬に狂い大蛇となった道成寺(どうじょうじ)は 富田川の北60kmにある日高川が海にそそぐあたりにある。道成寺にはなぜか安珍を焼き殺したという鐘はない。

熊野参詣の歴史

後鳥羽上皇は白装束の山伏姿で屋形船で桂川、淀川を下り渡辺の浜、窪津(現在の天満橋と天神橋の間らしい)で陸にあがり、ここから紀伊路⇒大辺路を歩いた という。

 

バイクツーリング

バイク仲間とツーリングするなら海岸沿いを西から東に一周するのがよかろう。

May 19, 2006

Rev. October 24, 2017


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